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紀元・暦法を集めるスレpart2

1 :蟻太郎 ◆J7M7PQyXkE :2006/05/28(日) 15:23:39 0
引き続き古今東西、歴史を記す上で欠かせない紀年法・暦制・元号について
幅広く語りましょう。
現役のもの、マイナーなもの、非公式なものまでいろいろどうぞ。

前スレ
紀元・暦法を集めるスレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1044889496/l50
にくちゃんねる「暦」検索結果
http://makimo.to/cgi-bin/search/search.cgi?q=%97%EF&andor=AND&sf=2&H=&view=table&shw=&D=whis

2 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 19:02:48 0
立ててと言われて立てたのに
2ゲトもされないこの悲しさ

3 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 19:59:21 0
現行グレゴリオ暦の長所は置閏法が太陽の回帰周期にかなり正確に対応し、閏年の計算が比較的簡明である。
短所としては
1 毎月の日数と順序が不規則である。 2 年初が無意味な日に置かれている。 3 週日と暦日が変動する。
といったところでしょう。
このうち週日と暦日の変動はむしろ長所といってよいものとも言えます。週や干支のサイクルが数千年のスパンで
一定しているところに意味があって、歴史的にしばしば改変を蒙る実定暦法から独立して補証的機能を果たしており
無理に一致させる必要はないと思います。しかしこれまで提出された改暦案はこれに拘ったものが多いようです。
さて私の改暦案の核心は、太陽の運行に暦月を対応させ、かつ単純明快な月の日数配置を実現した点です。
1、置閏法は現行のものに加え紀元年数が4000及び10000の倍数の場合は平年とする
(これで1年の平均日数は365.2422となり真太陽年にかなり近似します)
2、年初は春分とする
3、平年は最初の5ヶ月を全て31日とし、その後の7ヶ月を30日とする
4、閏年は最初の6ヶ月を全て31日とし、その後の6ヶ月を30日とする
ケプラー法則により視太陽の運動は徐々に速くなり徐々に遅くなります。春分から霜降までは中気から中気までの
日数が30日強または31日強、以後次の春分に回帰するまでは29日強です。
そこで私案暦法によると中気と月初がほぼ近接することになります。そして西向く侍にお伺い立てるまでもなく
月の大小は直ぐ記憶できます。


4 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 20:00:23 0
日本におけるグレゴリオ暦の採用が明治初年であることは、歴史情報というより
普通学歴レヴェルの常識と言ってよいでしょう。しかし最近になって織田信長の
政権による実施が計画されていたという驚愕の研究が発表されました。
立花京子著「信長と十字架」(集英社新書)によると天正十年末に予想される閏月
問題について、当年十二月の次に置くべきか翌年正月の次かの吟味に信長は或る
申入れを朝廷筋に行っている、これについて関係者の対応には困惑が伺われる、
これは単純な置閏のための計算といった事情による停頓とは思えないので、実は
信長はこの際において天主教国における改暦に、日本の暦制度の根本的改革をも
連動させようとの思惑を実践に移したのではないか?という学説なのです。
天正十年はキリスト紀元では1582A.D.に相当します。これでピンときた方も
おられるでしょう。そう、教皇グレゴリオ13世がユリウス暦からの改革断行に
踏み切った年です。但しこの改暦実施が日本に伝わったのは2年後だそうですが、
信長はヴァリニャーノら親近のイエズス会バテレンから得た情報によって、夙に
教皇が改暦を断行するであろうという事態を予想していたのではないか、そして
置閏の議が諮問されるタイミングを捉えて純太陽暦採用を朝廷にせまった。その
背後には日本の政権を操ろうとするイエズス会の野望があった、と立花さんは
考えるに至ったのです。



5 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 20:01:09 0
立花さんはイエズス会を先鋒とする南欧勢力に示唆され応援された信長が、
彼等の目論見による日本全国統一と朝鮮への出兵まで画策していたという
展望を説き、その布石について細かく解明しています。そして信長の自己
神格化が路線の逸脱として南欧勢力から評価された結果が、本能寺の変で
秀吉に切り替えられてしまった。という筋書きを立花さんは描いておられ
説得力に唸ってしまうと同時に、一種の陰謀説には危なっかしさも感じます。
この辺は大いに語りたいけど日本史テーマなのでよしときましょう。また
立花さん本人の「出来上がり方」についても関心があるんですよね。


6 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 22:05:40 0
暦の変換、ユリウス通日、干支etc
http://www.asahi-net.or.jp/~dd6t-sg/

国際世界暦協会(英語のサイト)
http://www.worldcalendar.org/

北斗中正百年暦(中正暦)、世界暦、十進暦と十進時法
http://onpumoe.hp.infoseek.co.jp/

こよみのページ
http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm

科学暦普及協会
http://sci-cal.org/promotion/

地球暦
http://www.geocities.jp/atsucnn/koyomi/

【太陽暦】暦について語るスレッド【太陰暦】(天文・気象板)
http://science4.2ch.net/test/read.cgi/sky/1039275406/

7 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 00:35:41 0
前スレのあやめのレスのパクリばっかじゃねえか

8 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 00:58:21 0
前スレ983まで読んでいたがその後どうなったんだろう
>>6以外にもテンプレが用意されていたようなんだが
1週間ほど見ないうちに落ちてしまっていた1000まで読めず残念

9 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 10:54:32 0
>>8
984を最後に落ちてる
ちなみに最後のレスは

> 984 :世界@名無史さん :2006/05/23(火) 15:57:12 0
> age



10 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 20:59:02 0
突然の削除で驚いた。
削除の基準て何なんだ?
職人が勝手な判断でやってるのか。

11 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 21:45:34 0
980を超えると24時間書き込みがないと自動的に落ちる、
んじゃなかたっけ?

12 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 23:02:06 0
そうだよ。
ちなみに流れが速い板だと真逆の即死判定ってのがあるよ。

13 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 11:59:58 0
ホス

14 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 17:00:12 0
hosh

15 :世界@名無史さん:2006/06/06(火) 13:53:54 0
age

16 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 01:00:28 0
あ、そういえば↑は皇紀だと2666年6月6日だったのか…

17 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 11:24:14 0
あと4000年すると、皇紀6666年6月6日6時6分6秒が来るよ、気長に待とうな!

18 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 12:14:55 0
あと2327年すると、檀紀6666年6月6日6時6分6秒が来るニダ、気長に待てニダ!

19 :世界@名無史さん:2006/06/10(土) 15:33:46 0
( ´,_ゝ`)

20 :世界@名無史さん:2006/06/15(木) 23:44:05 0
ネタ切れの悪寒

21 :世界@名無史さん:2006/06/22(木) 21:25:51 0
夏至あげ

22 :世界@名無史さん:2006/06/22(木) 23:04:46 0
曜日の普及過程について知りたい
誰か教えて

23 :世界@名無史さん:2006/07/03(月) 23:35:28 0
(・∀・)ハイーキョ!!

24 :世界@名無史さん:2006/07/07(金) 10:40:53 0
今年の七夕は7月31日です。

25 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 14:06:54 0
>>4-5
ってなんなの?
グレゴリオ暦は明治六年からじゃないのか?


26 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 20:48:45 0
>>25
信長はグレゴリオ暦を採用しようともくろんだが
本能寺の変でオジャンになってしまった
と言いたいのであろう。
まあ「らしい」っちゃあ「らしい」けど。

27 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 13:06:34 0
13の月の暦(マヤン・カレンダー)では今日が元日
http://www.iprema.net/13moon/index.html

28 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 05:36:33 0
さて、今夜は七夕だ。マダケも切り頃。

29 :世界@名無史さん:2006/08/05(土) 10:34:38 0
220 :世界@名無史さん :2006/02/15(水) 19:50:12 0
梁初期に普通という元号があるのが微笑ましい。

222 :世界@名無史さん :2006/03/04(土) 01:49:09 O
中大通も微笑ましい。
どこの学生街だw

30 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 17:40:47 0
>>22
曜日は平安時代から暦や日記に出ているよ。

31 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 17:57:43 0
http://www.ffortune.net/calen/calen/fromqa/qa107.htm

32 :世界@名無史さん:2006/08/30(水) 10:37:28 0
知ってる人は知ってると思うが、法律がまた変わらない限り
平成21年(2009)9月に5連休がある。

9月19日(土)
9月20日(日)
9月21日(月)敬老の日
9月22日(火)国民の休日
9月23日(水)秋分の日

33 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 23:09:14 0
月例置閏に上がりました。

34 :世界@名無史さん:2006/10/01(日) 00:01:05 0
┏( ┓゚ω゚)┓<ボク タチコマ!

35 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 02:03:15 0
↓のスレもよろしこ

元号はもう不要? Part2
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1159892272/

36 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 18:03:28 0
13日の金曜日age

37 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 14:35:30 0
韓国で檀紀や独自元号を復活させようという声すら聞かれないのが不思議だ・・・
自称皇帝まで復活したというのに。

38 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 19:38:42 0
>>37
年号復活しないのは中国がしてないから。
「あれは古くさい」と日本をバカにできる。
でも中国が復活したら朝鮮人も復活するだろう。

檀紀をやめたのは、日本人が皇紀をやめ
中国人が黄紀をやめたからだよ。
基本的にあいつらはストーカーなんで、すべて真似だから。

39 :世界@名無史さん:2006/10/18(水) 13:01:24 0
>>38
現在でも皇紀には法的根拠がある。

40 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 23:12:33 0
そこんとこ具体的実証的に頼んます

41 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 16:47:19 0
つ安田生命
つ全日本居合道連盟

42 :世界@名無史さん:2006/10/29(日) 18:51:10 0
朝鮮人は基本的に年号(元号)には興味がない。
理由は年号を追求して行くと自国が属国であったことに直面するから。

かたがたご存知のように日本史年表には年号が一貫している。
中国史も当然同じ。ベトナム史ですらそう。
ところが朝鮮史ではこうはいかない。基本的になかったから。
ずっと中国年号を使ってたから。

歴代の王朝で年号があったのは、まず高句麗だが好太王碑文の「永楽」しか
伝わっていない。百済は正直判ってない。
新羅は統一前に作ったが唐に恫喝されてすぐやめた。
高麗も建国当初は建ててみたがやっぱりすぐに宋に恫喝されてやめた。
あとは大韓帝国までない。

歴史年表では中国・日本に対しかっこが悪いので王代紀年が書いてあるが
もちろんそんなもので記した当時の文献や碑文などはない。
切れ切れが目立つから返って上記の独自年号は無視されてる。

それでも北は馬鹿だから主体年号とか制定したけどね。



43 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 01:49:29 0
元号法
(昭和五十四年六月十二日法律第四十三号)

1  元号は、政令で定める。
2  元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
3  前項の規定にかかわらず、皇紀の使用をなすことはこれを妨げない。

44 :世界@名無史さん:2006/10/30(月) 08:10:19 0
嘘は止めろ。

45 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 18:16:33 0
>>42
主体紀元が制定されたが1997年。
今のところ世界一新しい紀元だろうね。

46 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 15:41:03 0
熊沢天皇は「大延」という年号を称してたらしいが、いつまで使ってたんだろうか?

47 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 18:53:42 0
「譲位」する昭和32年までと思われ。
そもそも「即位」はいつなんだろ?

48 :47:2006/11/07(火) 01:55:52 0
ちょっと調べてきました。
父・熊沢大然が大正4年に死去してから即位しているようです。

大延天皇が譲位した後の元号を調べて見ましたが、その後の足取りはつかめず・・・
ご存知の方、おられますか?

49 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 18:10:59 0
琉球の歴代王朝は一度も独自の元号を制定したことはなかったんですかね。

50 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 23:36:18 0
ないようです。琉球中山王はずっと大明皇帝〜大清皇帝の臣下で、
その格付けは朝鮮王より上だったともいいますが、
朝鮮同様、中国年号を国内でも使用してました。

臣従しながら国内では別の中国式年号を使っていたのは
皇帝大南こと安南王(ベトナム皇帝)ぐらいのようです。

薩摩の侵略以降は対日文書では日本の年号を使うようになりましたが、
国内、対清では明治4年の琉球処分まで清の年号を使い続けていたそうです。

51 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 22:59:23 0
南詔と大理はどうだったんでしょう。

52 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 00:36:48 0
雲南王朝はずっと独自年号を持ってました。

最古は南詔の神武帝閣邏鳳の「贊普鐘」のようです。
贊普鐘元年は唐の玄宗皇帝の天寶10載、日本の孝謙天皇の天平勝宝3年、
西暦751年です。

南詔〜大禮〜大長和〜大天興〜大義寧〜大理〜後理と年号を持つ王朝が続きました。

最後の後理王の段世が明に滅ぼされたのは明の太祖皇帝の洪武15年、
日本の後小松天皇の永徳2年、西暦1382年ですが、
年号が続いたのは段興智王の天定2年すなわち、
蒙古の憲宗皇帝の3年、南宋の理宗皇帝の寶祐元年、日本の後深草天皇の建長5年、
西暦1253年に蒙古に降るまでのようです。


53 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 01:31:23 0
皇紀ってオカルトっぽいが、実際には天皇が時をも支配するという
古典的・中華的な思想から近代に一歩踏み出した進歩的な
考え方なんだよな。
戦後は再び前時代的な元号を使うようになって残念だ。
日本はポストモダン以前にモダンですらない。

54 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:03:39 0
皇紀と西暦のオカルト度が同程度なのは事実だが
戦前に皇紀が主に使われていたというような事実はない。

一応明治6年に、年号の表記をするとき、
「神武天皇即位紀元二千五百三十三年明治六年」と書くのを「正式」、
「明治六年」と書くのを「平式」、
「六年」と書くのを「略式」と定めたが、
「正式」の日付表記が採用されたのは位記証書と条約正文くらいで
詔勅の類いでも「正式」表記は全く使われず、
最高法規文章である「大日本帝國憲法」も皇紀は無視している。

皇紀を制定した時点では年号の代わりとする案もあったが、
反対が多く、結局干支の代わりくらいの認識に落ち着いた結果だ。
一方、干支は一応旧暦に置き去りにされた筈だったが、
結局廃れなかった。

なんだかんだで皇紀は単独使用実績のない紀年法に過ぎない。

あと、通算紀年法を「モダン」に結び付けるのも思い付きの域を出ない。
ならばインドは古代から「モダン」になる。

通算紀年法は実用上便利なのは事実だが、
現代物理学的時空間概念に従えば過去から一時点を経て未来まで均等に続く
客観的直線的均等分割的時間観という方がよっぽど前時代的だ。

対して国という制度のもと特定のリーダーを中心に
一つの時間概念が共有されるだけの元号というシステムは
特に現代物理学と衝突するものではないという言い方もできる。




55 :世界@名無史さん:2006/11/19(日) 12:18:01 0
まあ、ヨーロッパじゃ中世にはいるより以前から使われてたわけだしな
モダンという概念と合わないのは、事実ではある。

56 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 17:42:39 0
日食や月食、惑星の動きも=紀元前2世紀、ギリシャの暦計算機−国際チーム
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061130-00000017-jij-int
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061130-04867205-jijp-int.view-001

「超古代文明の遺物!? アンティキテラの 歯車の正体を突き止めろ!」日本テレビ(2003年10月26日)
http://www.ntv.co.jp/FERC/research/20031026/f009.html

57 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 17:53:01 0
>>54
三菱の系列のサーバーは、年号を処理するために
内部では一時的に皇紀を使っているが

58 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 22:07:07 0
誰も「どこでも使われてない」なんて言ってまへんがな。

ちなみに皇紀にも唯一の公用年号の実績、あります。
インドネシア共和国。独立宣言から1〜2週間くらいだけど。

59 :世界@名無史さん:2006/12/03(日) 13:22:11 0
独立宣言文に皇紀が使われてたって話だろ。日本軍がバックアップしてたからな。
でもインドネシア固有の紀年がなかったし、キリスト紀元もちょっとまずい、という事情からで、
公用といいきれるのかどうか。

60 :世界@名無史さん:2006/12/03(日) 13:51:14 0
当初から暫定使用ということで皇紀を使っていたのかもね。
ヒジュラ紀元が一番ありえそうだが、パンチャシラの精神に則って
あえてイスラム式を避けたのかもね。

61 :世界@名無史さん:2006/12/05(火) 00:03:18 0
短い期間ではありましたがインドネシア政府の公用文書の年号が
全て皇紀で統一されていた期間が存在したのは事実ですので
「公用」と言って差し支えないかと。

イスラム式を避けたのはやはり世俗国家としてのこだわりがあったようです。

ちなみにインドネシア固有の年号としてはジャワ暦のシャカ年号があります。
ジャワ・シャカ年号は元来はインドのシャカ紀元年号ですが、
ジャワ暦をイスラム風に改暦した時点から大陰年となったため、
約33年で1年ずつ余分に進むようになった結果、他所のシャカ年号とは
一致しなくなったものです。

この他ジャワ暦には8年1周期で繰返す「ウィンドゥ」という干支のようなものも
あります。
ジャワの暦は年号だけでも西暦、イスラム暦、シャカ暦、ジャワ・シャカ暦、
ウィンドゥ、皇紀、干支などが満載の楽しいものだとか。

62 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 14:21:22 0
イランの核開発制裁論議で安保常任理事国外交筋の思惑の擦れ違い
英米「クリスマスまでの制裁案成立を目指そう」ロシア「クリスマスつったって正教では1月7日だぜ」
中共「旧暦元日は2月8日だ、あわてなさんな」

63 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 23:15:31 0
肝心のイランの正月は春分だ。

64 :世界@名無史さん:2007/01/14(日) 23:16:21 o
で、来週の西元2007/1/20が
回元1428/1/1と。

65 :世界@名無史さん:2007/01/21(日) 03:11:40 0
ゾロアスター教では独自の暦法ないし紀元は持っているんでしょうか?
開祖の生年も定かではないようですが。

66 :世界@名無史さん:2007/01/21(日) 12:27:16 0
暦自体は現在のイラン・イスラム暦も紀元がヒジュラになってるだけで
基本的にイスラム以前のイラン式太陽暦の改良版のようです。

最後のゾロアスター王朝のササン朝ではヤズダギルド紀元を用いていたようですが、
これはヤズダギルド三世の即位が紀元ということですから政治暦ですね。

少なくとも広く使われたゾロアスター教暦というのなさそうです。


67 :世界@名無史さん:2007/02/03(土) 00:41:56 0
ヒジュラ暦って太陰暦でしょ?


68 :世界@名無史さん:2007/02/03(土) 18:21:06 0
現在、イランとアフガニスタンで日常使用されている暦はペルシャ固有の太陽暦の
年号だけをヒジュラ起源とした暦で
「ジャラーリー暦」「イラン・イスラム暦」などとも呼ばれますが、
現地では「ヘジリーイェ・シャムシー(ヘジラ太陽暦)」と呼んでいるようです。

月名はイランでは古代ペルシャ起源のものを、アフガニスタンでは黄道十二宮名起源の
ものを使っていて全然違います。

年初は春分、1〜6月が31日、7〜11月が30日、12月が29乃至30日の完全太陽暦で、
太陽暦ですからヒジュラ暦(イランではヘジリーイェ・カマリー/ヘジラ太陰暦)と
違って西暦から単純に621を引いた数が年号になりますので同じヘジラ暦でも
年号の数字は合いません。
平成19年中にシャムシーは1386年、カマリーは1428年になります。

もともとイスラムとは関係のない暦なので、脱イスラム化を進めていた
パフレビー朝のモハンマド・レザーは紀元をアケメネス朝ペルシャの
キュロス大王即位に変更してシャムシー1355年をイラン帝国暦2535年と
改めましたが国民の支持は得られず、2年でイラン革命が起り元に戻されました。






69 :世界@名無史さん:2007/02/05(月) 00:54:07 0
だったらイランではラマダンはどう決めてるんですか?
他のイスラム国とずれてるんですか?

70 :世界@名無史さん:2007/02/05(月) 08:35:26 0
いえいえ、ちゃんとヒジュラ暦(ヘジリーイェ・カマリー)を使います。
ただ、ヒジュラ暦は宗教行事の決定にしか用いられない。
日常の日付は全てシャムシーですし、無条件で正月といえば
それはカマリーのイスラム正月(64の言う通り今年は我々の1月20日)の
ことではなくノウルーズ(ペルシャ正月=春分)を指します。

もっとも他のイスラム諸国でも日常生活まで全面的にヒジュラ暦で
押し通しているのはサウジアラビアぐらいのようです。
(あとオマーンもという説あり)

少しでも農業のある国は太陽年を無視したヒジュラ暦だけではやっていけない訳で
実はヒジュラ暦は多くの国で古くから宗教専用暦として浮いた存在だったのです。

現代のアラブ圏ではむしろ西暦を使います。
イラクとかの多くのアラブ人も今日の事を
フィブラーイル(2月)の5日と思っているわけで、
ペルシャ圏より半島以外のアラブ圏の方が西暦の普及度が高いのは皮肉な話です。

71 :世界@名無史さん:2007/02/06(火) 00:55:59 0
ということは、日本でもカレンダーに旧暦が併記してあったり、
それを見て「今日は○○の日」とか言うのと同じようなものですか。
中国やベトナムでも普段は西暦ですが、旧暦の正月の方が盛り上がりますね。

72 :世界@名無史さん:2007/02/06(火) 20:42:45 0
そんな感じですかね。

例えば、国家予算の年度がイスラム暦で組まれているのが確認出来たのは
今のところサウジアラビアだけです。
サウジは1428年度ですが、イラクもシリアもエジプトも2007年度です。
(我国の平成19年度が4月1日始まりなのと同じように1月1日始まりとは限りませんが)
でもイランとアフガンは1386年度です。
2007年度な国ではだいたいグレゴリウス暦1月1日も休日ですし、建国記念日も
西暦で祝います。

対抗するイスラエルもユダヤ暦5767年は多分にタテマエで年度は怪しいです。
こっちは休日は全部ユダヤ暦ですが。

公文書形式として伝統暦も並記する国は多いですが、本気で日常全て伝統暦の国は
少なくなってしまいました。
ネパール(ビクラム暦2064年)、アフガン、イラン、サウジ、あとエチオピアは
今年エチオピアのキリスト紀元2000年です。

以上に加えグレゴリウス暦と「たまたま同じになる」暦を採用している我国、
台湾(中華民国96年)、タイ(仏暦2550年)が「西暦を正式に受け入れてない国」に
なります。



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