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★スキタイ人はどんな遊牧民族なの?★

1 :初心者:2006/01/25(水) 23:39:45 0
どんな生活をして
どんな宗教を信じていたのか
何でもいいので教えてください!

2 :初心者:2006/01/25(水) 23:47:40 0
教えてください!

3 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 23:53:10 0
民族はコーカソイド
語族はインドアーリア系
生活は遊牧民
宗教は生命樹、猪などのアミニズム?崇拝
分布した地域は時期によって異なるが、
確認された東端が現在のモンゴル北部、西は現在のEU東部

4 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 23:54:36 0

  _________________________
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5 :世界@名無史さん:2006/01/25(水) 23:59:08 0
遺跡の多くは墳墓の形で発掘される。
ウラルアルタイ地方のそれはソ連アカデミーによって詳細に研究された。
クルガンで検索。

6 :初心者:2006/01/26(木) 00:02:19 0
う〜ん・・・
匈奴と似てるね。


7 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 00:02:27 0
すき焼きが大好きらしい。

8 :初心者:2006/01/26(木) 00:05:20 0
>>3>>5
ありがとうございます!

9 :初心者:2006/01/26(木) 00:09:24 0
バターを開発したのもスキタイ人らしい・・・

10 :初心者:2006/01/26(木) 00:20:12 0
マリファナが大好きらしい・・・

11 :初心者:2006/01/26(木) 00:22:43 0
スキタイ語はイラン語の一派だった・・・

本当?

12 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 00:23:45 0
>>11
たしかに有力な説

13 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 00:55:34 0
アキレウスは実はトロイに救援に来たスキタイ軍と戦って戦死したという説がある。


14 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 01:19:01 0
アマゾネスもスキタイだっけ?

15 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 01:23:27 0
スキタイ人
ttp://www.stratcommandcenter.com/forums/index.php?s=c4788a67897521d25b443f4f894842c5&act=Attach&type=post&id=3085
ttp://www.stratcommandcenter.com/forums/index.php?s=c4788a67897521d25b443f4f894842c5&act=Attach&type=post&id=3086
スキタイの貴族
ttp://www.canada-osetia.net/iryston/scyth2.jpg

16 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 01:35:12 0
剣を崇拝していた

17 :初心者:2006/01/26(木) 01:37:20 0
みんなスゲーな!
2ちゃんのレベルの高さに
ビックリ★

18 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 07:58:20 0
>>14
サルマタイでは?

19 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 09:34:06 0
黄金製の装飾品が多く出土

20 :初心者:2006/01/26(木) 16:54:17 0
こんなのあった

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:800px-ScythianWarriors.jpg#file

21 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 17:02:27 0
語族はインドアーリアじゃなくてイラン・アーリアのほうだろ
宗教はインド・ヨーロッパ系でオセット人やスラヴに影響を与えた

22 :初心者:2006/01/26(木) 17:09:08 0
こんなのも

ttp://www.osoushiki-plaza.com/anoyo/world/ancient/a_sikita.html

23 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 20:53:41 0
地味にスキタイ関係の本だった
ttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0763.html

24 :世界@名無史さん:2006/01/27(金) 04:18:33 0
紀元前のスキタイについてはギリシア人が残したギリシア語のものくらいしか
まとまった文字資料がないため、どういう言葉を話していたか確実に分かって
はいないが、少ない人名などの情報から恐らくイラン系の言語を話していた
のでは無いかと推測されているとか。

ただ、スキタイの一派と思しき大月氏のクシャン人たちは確実にイラン系の
言語を話していた事が分かっている。バクトリア語と呼ばれるものがそれで、
ギリシア系の文字で読み書きされ、中期イラン語の特徴を持つ。古代語の
アヴェスター語や同じ中期イラン語のソグド語と同じく東イラン語の
特徴が見られ、おおよ東イラン語の中期語に分類されている。
しかし同じ時期のパルティア語や中世ペルシア語などの西イラン語の特徴も
少なからず見られるとのことなので、東西イラン語の中間的言語かも知れない
という予測もされているらしい。

カニシュカ王がバクトリア語の碑文で、碑刻した自らの言葉を「アルヤ語」と
呼んでいるが、カニシュカの前代か前々代からこのギリシア系の文字で自らの
言語を筆記するようになったと考えられている。2世紀からアラブ征服が
はじまる7、8世紀頃までアフガニスタン周辺で使用されていたようだ。

25 :世界@名無史さん:2006/01/27(金) 21:04:47 0
連中はマリファナを焚き火にくべてその煙を吸ってハイになっていた
というぞ。

26 :世界@名無史さん:2006/01/27(金) 22:19:38 0
月氏=クシャン=スキタイは微妙だな。
貴霜を含めた五翕侯は月氏が大夏征服後に
その国を分割して置いた物だよ。

27 :世界@名無史さん:2006/01/28(土) 11:45:53 O
1は例の寄生獣の作者の漫画に興味があるだけですよ

28 :世界@名無史さん:2006/01/28(土) 12:27:05 0
スキタイは遊牧民じゃねえ
農耕スキタイ人ってのも『歴史』に登場するし

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/28(土) 12:41:25 0
スキタイ人って遊牧民の元祖だよな確か。
しかもコーカソイドだから何気にカッコイイ!

30 :世界@名無史さん:2006/01/28(土) 14:04:04 0
好きですたい。

31 :初心者:2006/01/28(土) 16:05:11 0
>>27
ダメですか?

32 :初心者:2006/01/28(土) 16:29:02 0
ところで皆さんスキタイ関係
じゃないのですが、
山窩の事に詳しい人いませんか?

33 :世界@名無史さん:2006/01/29(日) 22:15:18 0
>>25
正確に言うと「天幕の中で麻の実を焼け石にのせて
そこから出る蒸気を浴びていた」だ。
単なるサウナでないかと思うが。

34 :世界@名無史さん:2006/01/29(日) 23:44:42 0
>>29
スキタイはイラン系じゃねえの?

35 :世界@名無史さん:2006/01/29(日) 23:47:51 0
誰も>>3の「アミニズム」には突っ込まんのか・・・

36 :世界@名無史さん:2006/01/29(日) 23:48:32 0
イラン系もコーカソイド
ラテン系やスラブ系だけがコーカソイドと言うわけではない

37 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 01:05:27 0
だいたい「アーリア人」というのもイランやインドを征服した遊牧民だ。

38 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 01:13:17 0
アーリア人のせいでインドの文明は退化してしまった
今、欧米が築いてくれた経済の下地で
頑張ってインドを復活に導いているのは
インドにわずかに残っている
インダス文明時代の農耕民族なんだよな

遊牧民は馬乗るのがやたら上手いから昔の戦争ではやたら強かったから
インダス文明が滅びてしまったのは仕方ないが

39 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 01:40:30 0
>>38
アーリア人って騎馬民族だったんでしょうか。
以前古代インドについて読んだら、牛の群れを連れて移動してる人々のようなイメージが・・・

40 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 01:41:57 0
インダス文明の滅亡がアーリア人の侵略によるかどうかは
あまたある仮説の中の一説の域を出ないのが現状じゃなかったっけ?

41 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 01:50:48 0
もし侵略でないとすると
衰退に乗じて移住してきたとか・・・?

42 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 04:29:37 0
話をスキタイに戻せ

43 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 11:29:13 0
>>39
戦闘スタイルの面では、キンメリア人やスキタイ人はおおむね騎馬兵として戦ったようだが
古代インドのクシャトリヤ階級はチャリオットや象に乗って戦っていた。
イランはよく知らない。

44 :初心者:2006/01/30(月) 13:55:04 0
もし像に乗ってスキタイ人と戦っても
矢で射られちゃいそうだねw

45 :初心者:2006/01/30(月) 14:12:06 0
http://homepage3.nifty.com/coffeemonster/histories/sasurau1.htm

スキタイ人ってカッコイイな!

46 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 20:09:09 0
イランはササン朝までは、アーリア人がセム系やドラヴィダ系の
農民層の上に君臨する、古代インドと似た社会だった。
現代のイラン人はそれらとトルコ・モンゴルのミクスチャー。

47 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 21:02:44 0
農耕スキタイはスラヴ人の祖先だったとかいわれている

48 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 00:28:39 0
ケンタウロスって要はスキタイのこと?

49 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 00:31:27 0
小林カツ代の息子のことだよ

50 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 17:39:31 0
中央ヨーロッパで前5〜6世紀に栄えたラウジッツ文化をスキタイは徹底的に破壊したらしい。


51 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 22:50:26 0
フン族は馬から下りると死ぬと思われていたらしい。
ある意味ケンタウロスだな。

52 :世界@名無史さん:2006/02/06(月) 01:59:42 0
単なる漫画厨の1に真面目に答える皆さんに脱帽。
1は単に、寄生獣→ヒストリエと読んだだけ。
「スキタイ」って言いたいだけのリアル厨房。

53 :世界@名無史さん:2006/02/06(月) 15:01:23 0
スキタイが好きたい

っって言いたかったから言ってみたよ


54 :世界@名無史さん:2006/03/07(火) 17:23:36 0
スキタイ人について研究をしてみたいと思うのですが
日本の大学の権威ってどんな人が居るのでしょうか?

55 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 12:01:10 0
age

56 :世界@名無史さん:2006/04/17(月) 18:24:14 0
アテアス王の時代が最盛期といわれる。アテアス王はトラキアへ侵攻、
マケドニアのフィリッポス王がトラキアに救援軍を出しスキタイは敗北、
アテアス王も戦死という大打撃を受けた。指導者を失ったスキタイは
イラン系サルマートなど周辺民族に侵蝕され消滅する。


57 :世界@名無史さん:2006/04/17(月) 20:17:50 0
ミトリダテス戦争の頃にもちらっとスキタイ人が出てくるよね。

58 :世界@名無史さん:2006/05/08(月) 22:35:05 0
ヒストリエのスレはここですか?

59 :世界@名無史さん:2006/05/08(月) 23:16:56 0
あんたも好きたいね

60 :世界@名無史さん:2006/05/08(月) 23:36:51 0
身体を水で洗うことはなく草をすり潰したものを使って髪の毛も洗ったと聞く
それにしても金細工はみごとだね

61 :世界@名無史さん:2006/05/09(火) 00:01:23 0
って、単にギリシア人の技術者に造らせたのと違うか?>金細工

62 :世界@名無史さん:2006/05/09(火) 08:14:47 0
ギリシャ本国には無い造形の細工からして「単なるギリシャ職人の製作」では作れない。

63 :世界@名無史さん:2006/05/09(火) 12:53:48 0
>>45
へー、スキタイ人ってちゃんとした鎧を着てたんだ

64 :世界@名無史さん:2006/05/09(火) 16:29:01 O
自分も金細工はスキタイ人が造ったと思うが
スキタイ人が征服して農耕をやらせていた農耕スキタイ、農民スキタイとヘロドトスが呼んでいたキンメリア人が造った可能性もある

65 :世界@名無史さん:2006/05/10(水) 20:29:08 0
大昔の日本の神々ってスキタイ人に似てる

66 :世界@名無史さん:2006/05/21(日) 19:36:27 0
スキタイやサルマートの王族の子孫とかいるのかな?

67 :世界@名無史さん:2006/05/21(日) 19:59:13 0
アーサー王


68 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 02:19:04 0
スキタイ人はユーラシア大陸を経由し朝鮮半島をスルーして日本に渡って国を作った

69 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 20:14:52 0
資料少ないから盛り上がらないね

70 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 20:24:43 0
居住地や当時の習慣、歴史学的・考古学的成果からスキタイのうち、
農耕スキタイ人、農民スキタイ人(農耕スキタイ人とは別扱いされている)はおそらく原スラヴ人といわれている。
ネウロイ人、ブディノイ人もおそらく原スラヴ人といわれている。
また、メランクラノイ人も原スラヴ人の可能性がある。

遊牧スキタイ人とそれを征服して飲み込んだサルマタイ(サルマート)人は滅亡後行方不明。
やっぱり伝説どおりスラヴ人と混合したか?
とすればスキタイやサルマタイの支配層は西スラヴ系や南スラヴ系諸部族の支配層となった可能性がある。

ともかく古代スラヴの何らかの強い関わりが考えられる。

71 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 22:17:55 0
ナポレオンはモスクワ焦土作戦に『スキタイのやる事は…』と茫然自失に口にしたとか。

72 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 00:35:56 0
ギリシャ時代の古代スラヴ人は外敵に侵入されると村を焼き払い、
森の奥にあらかじめ作ってある堅固な砦に篭って敵が冬を前に土地から出て行くのを待ったという。

ナポレオン時代もそれと同じことをやっていたわけだ。

73 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 05:22:50 0
ゴロディシチェでしたっけ?

74 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 07:08:07 0
堅壁清野だな。

75 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 14:39:02 0
>>73
「ゴロ」は山や丘といった高い場所の意味だよね。
「ディシチェ」って何?砦?

76 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 22:27:49 0
>70
こんばんは。ハンガリーにはサルマートの子孫がいましたよね。
ローマ兵として他の地域に派遣された兵士は部族内の位としては日本の足軽ほどなのでしょうか?(王族が派遣される事はないと思いますが、、)

77 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 08:20:56 0
スキタイの青年にアマゾネスがくっついて生まれたのがサルマート族だとかいう俗説がある。
スキタイの青年はアマゾネスの所に自分の家財(遊牧民の財産なのでそれほど多くは無いだろうが)
を一切持ち去り元の部族を出たという。


78 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 10:36:10 O
スラブ人は5C頃まで活動的でない
7Cになるまで鉄製農具も製造できず、木製農具で生産性の悪い焼畑農耕していた民族がスキタイやサルマタイを制圧することなどできようがない
サルマタイ人はゴート人に征服されたのが有力
ゴート騎兵にサルマタイ騎兵の影響が見られる
フン族到来以前に現在のウクライナ、ベラルーシに勢力を持っていた東ゴートのエルマナリック王の妃がサルマタイ人の一族で彼らの兄弟が王を暗殺しようとした

79 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 11:37:34 0
フンにゴートが瞬殺されたのはゴート支配下だったサルマート系の諸族がフンに呼応した為。


80 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 11:49:27 0
>>76
ローマ兵として一定期間働くと、自動的にローマ市民権がもらえる。
そのため他民族は王族だろうが何だろうがローマ人になりたくて次の2つを選んだ:
1.ローマ兵になる
2.市民権を金で買う

81 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 11:56:51 0
>>78
原スラヴ人がその時代に一つの部族に過ぎなかったならそんな仮説も無くはないが、
ヘロドトスの時代には原スラヴ人と推定される民族がすでに多くの部族に分かれ、
部族ごとに生業も文化程度も異なっていたことがわかる。
そのうち南方のステップ地帯に近く住んでいた諸部族はギリシャでは農業をするスキタイ人と呼ばれて
穀物や鉄器を生産・輸出している。
そこからすこし北に行ったところにいた部族は牧畜を主としていた。
その奥のプリピャチ川上流地帯の森林奥地に住んでいた部族は鉄器は武具程度にしか使わず、
焼畑で回遊式ののんびりした生活を送っていた。
スキタイやサルマタイは原スラヴに制圧されたのではなく、別の理由で滅亡した後に原スラヴに取り込まれたのが妥当。

82 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 13:23:13 O
スキタイにより征服され農耕に従事していた農民・農耕スキタイはキンメリア人
スラブ人とするのは一部の歴史学者の仮説
それにスラブ人のものと確定的にいえる古代の歴史的遺物はコルチャク式土器のみ
鉄器を製造するには鉄鉱石ないしは鉄板を輸入する必要があるが、スカンジナビア、オーストリア、アナトリアという原スラブ原住地に近い鉄鉱石産地と交易したと思われる形跡はなく
また長いロシア、ウクライナでの考古学調査にもかかわらず7C以前のスラブ人による鉄器は一切発見されていない
むしろ原スラブ現住地プリチャピ沼沢地にちかいコウェルでゴート語の刻印された槍の鉄製のヤジリが発見されている
長い間、確定的な歴史的遺物が一切出土せずにわずかな可能性をもとに断定的に発言するのはいかがなものか

83 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 21:04:47 0
>80
そうなんですか。てことは貴族階級でも兵士として派遣され戦死した人もいると思いますが、どう思いますか?

84 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 21:53:24 0
悲しいことだと思います

85 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 23:24:46 0
>>82
農耕をしていたスキタイ人がキンメリア人だったなんて話はかなりのトンデモ。
キンメリア人はスキタイ人が黒海北岸に定住する際に南方に駆逐されている。

また、キュリロス・メトディオス兄弟がスラヴに文字を伝えたのは9世紀の話である上に、
その前後にプリピャチ沼沢地に住んでいたのはスクラヴェニ(スラヴの語源となった)と呼ばれた原スラヴの一派にすぎない。
これはBC5世紀ごろにネウロイやブディノイと呼ばれていた原スラヴ諸部族の末裔と考えるのが自然。
紀元後のタキトゥスの記述が確かならば古代スラヴ(ウェネト)はもっと広い地域、おそらくロシアへ平原全体に広がって住んでいた。

つかヨーロッパ最大民族のスラヴが古代では殆ど存在が無視できるような小集団だったと考えるのはいかにも不自然。
その仮説なら、6世紀ごろ史上に現れてから短期間にこの小集団があんなに巨大化したことになるが、それをどう説明するのか?

86 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 01:08:45 O
物証もなく主観で断言されたらスラブ以外の民族である可能性だってかなりの確率になる
牧畜中心の北カルパティア文化もスラブ、農耕中心のチェルノレス文化もスラブ、農民・農耕スキタイのスルブナヤ文化もスラブ、ほんと欲張りな民族ですな
在来の定説である紀元後6Cまで半定住、半狩猟半農で木製農具で焼畑農耕していたスラブ人のイメージとは合致しづらいですがね

87 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 01:16:56 0
「在来の定説」ってドイツ人の作った定説だし
「欲張りな民族」はアンタの主観だな
6Cまで単一文化の部族だったなんて主張は不自然そのものだろ

ドイツ史観に染まるとこういう馬鹿になるのか…

88 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 01:23:16 0
>>86
>牧畜中心の北カルパティア文化もスラブ、農耕中心のチェルノレス文化もスラブ、農民・農耕スキタイのスルブナヤ文化もスラブ

この民族の生業の地域的多様性を証明するだけのこと。
実際6世紀に歴史時代に入ったときすでにそういう多様性はあったから別に不思議でもなんでもない。
それを欲張りとは。

基本的にスラヴ人は古代にはすでにヨーロッパで最大の領域に住んでたわけだから。

89 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 01:29:17 0
>>88
スラヴはSlavicという民族というよりはSlavonicという語族と捉えたほうがいいです
古代に言語的には共通性があったが、すでに生活様式や文化は多様化していた
Slavonicだけでなくとも、地域的な多様性は同じく広い範囲に住んでいたイラン系語族にもみられます
プリピャチ沼沢地に住んでいた人々だけがSlavonicだなんてアホな話です

その点一定の集団的文化を持っていたゲルマンなどの様な連中とは違うのです

90 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 01:31:00 O
だから物証を示してくださいよ
あなたの主観だけの主張でなく
互いの文化の違いや隔たりがあまりにあるではないですか
納得できるわけないでしょう
ケルトのハルシュタットとラ・テーヌのような連続性・継続性があるように
もうこの話はあまりにスレ違いなので私はこれで去りますが

91 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 02:11:01 0
>>90
物証を示すのは2chの範疇じゃない
が、それほどに知識を捏ねるなら、河川名による研究を知らないはずないだろ
ギンブタスの論文も知らないはずないだろうに

しかも、北カルパチア墳墓文化、チェルノレス文化、スルブナヤ文化、全部時代が違うので反論になってない
考古学の知識の無い人が読んだら同時代だと思いこんでしまうから、そういう書き方は他人をミスリードしていることになる

92 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 17:02:46 0
キンメリア人は遊牧民で農耕民ではなかったのでスラヴ人の先祖とは直接には繋がらないような。


93 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 19:58:37 0
遊牧にも広域放牧と季節回遊式牧畜とがあるが、
古代スラヴ人の一部も季節回遊式牧畜をやっていた形跡はある。
豚を飼っていた。
だから生業で分けるのは正しくない。

94 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 20:55:15 0
それは遊牧と移牧のことですか?
遊牧民は豚は飼わないとか何かで読んだような

95 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 21:04:24 0
>>91
物証というか明確なソースを示すのは大前提だと思うけど・・

96 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 21:39:10 O
マッサゲタイはスキタイの支流だろうか

97 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 09:55:05 0
「スキタイ」と「サカ」ではサカのほうが自称に近いんですか?

98 :世界@名無史さん:2006/06/14(水) 23:07:25 0
スキタイが好きたい

99 :世界@名無史さん:2006/06/30(金) 17:17:09 0
>>95
世論誘導か?
ギンブタスというのは明確なソースだろ?

100 :世界@名無史さん:2006/07/01(土) 07:47:26 0
100ゲット

101 :世界@名無史さん:2006/07/01(土) 11:30:03 0
鋤鯛

102 :世界@名無史さん:2006/07/01(土) 22:03:41 0
アナカルシスについてのソースってどんなのがありますか?

103 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 13:15:46 0
age

104 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 20:30:35 0
あげ

105 :世界@名無史さん:2006/10/06(金) 21:55:10 0
詳しいお方に『アーサー王伝説の起源―スキタイからキャメロットへ』の仮説について意見を聞きたいです。

106 :世界@名無史さん:2006/10/07(土) 00:25:54 0
どんな仮説ですかそれは?

107 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 23:38:07 0
age

ルーの槍 と ロットのアラン人
 

108 :世界@名無史さん:2006/10/14(土) 03:15:54 0
スキタイのタイは複数形。スク=サク=サカ=塞(サク)という繋がり。
一体でもない民族を、アケメネス朝が、「海の向うのサカ」(南ロシア)
「尖帽のサカ」(ホラサン)「ハウマ崇拝のサカ」(ソグディアナ)などと
「サカ」と一環して呼ぶ根拠はない。民族か、言語か、なんらかの共通点が
あった筈。考古学遺物も、北モンゴルにもあったというのであれば、
サカ民族が広い範囲に広まっていたことは間違いないと思われる。

109 :世界@名無史さん:2006/10/14(土) 23:04:11 0
サカ族ってアフガニスタンあたりにもいたよね?
スキタイの文化とあんまり共通性無い気がする。

110 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 10:49:48 0
北アフガンあたりは遊牧民の行動範囲だから。

111 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 14:20:11 0
オゴタイ汗国とイル汗国を比べて
文化的にあまり共通性ない気がする
というようなもんでは。

112 :世界@名無史さん:2006/10/16(月) 23:22:03 0
オゴタイとイルハン国程離れてないだろう。

113 :世界@名無史さん:2006/10/17(火) 20:00:27 0
ただの例えです

114 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 09:42:33 0
エクスカリバーというよりスキタイのアレスだろコレ

 弥生時代中期末−後期初め(紀元前後)の集落跡とみられる愛媛県今治市の朝倉下経田遺跡で、
青銅祭祀具「平形銅剣」が垂直に突き刺さった状態で見つかり、県埋蔵文化財センターが19日
発表した。
 銅剣は集落の外で横にされた状態で見つかるのが普通で、突き刺さった状態の発見は例がない
という。同センターは「中世ヨーロッパの聖剣・エクスカリバーを連想させる特異な状態。突き
刺した剣の周りで踊ったり拝んだりしたのではないか」としている。弥生祭祀の具体的な様子を
探る貴重な発見となりそうだ。

 銅剣は幅4・6センチで、真ん中あたりから刃先まで約21センチ分が残っていた。直径約35
センチ、深さ約30センチの穴に縦に埋まっており、柄など上になっていた部分は後世の整地で
折れたらしい。
 銅剣を取り囲むように少なくとも6棟の竪穴住居跡があり、集落の中心部で、祭祀を営む特別な
場所だった可能性が高い。銅剣の周りだけ土の色が違うため、木の容器に入れて埋めていた可能性
もあるという。

 銅剣は朝鮮半島から武器として伝わり、間もなく祭祀用になったが、具体的な使われ方は分かっ
ていない。エクスカリバーは欧州の伝説に残る聖剣。岩に突き刺さったままアーサー王以外抜けな
かった。
 現地説明会は21日午前10時から。

■ソース(共同通信)
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=MYZ&PG=STORY&NGID=home&NWID=2006101901000191

115 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 19:12:08 0
イラン系って何を以てイラン系っていうの?
現イランが現住地なの?
トルコ系もよく分からないが・・・

116 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 20:44:34 0
一応言語をもって分類していると思う。
トルコ語に詳しいわけではないが、片言のトルコ語を知っているが、
これが、中国新疆からトルコ共和国まで通じるものがある。中央アジア横断
旅行した時ビックリした。イラン系も似たようなもんじゃね。

117 :世界@名無史さん:2006/10/23(月) 22:51:50 0
中央アジア横断旅行か・・・
中国からトルコまで行ったの?
100万くらい掛かったんじゃね?

118 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 05:36:02 0
聖書にスクテヤという獰猛な野蛮人が略奪の限りを尽くしたという記述があるが、
スキタイのことを指しているらしい。


119 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 23:45:20 0
何書の何節?

120 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 12:44:46 0
>>117
全部の経費
西安〜敦煌5000円
敦煌〜新疆20000円
カシュガルからフェルガナ 2000円
フェルガナ〜マリー 30000円
マリーからイラン一周(ザヘダン->バンダルアッバース->アフワズ->タブリース->カスピ南岸横断->ゴルガンまでいって、テヘランへ戻り。
20000円
テヘラン〜トルコ国境ノドゥーウバヤジット 2000円
トルコ一周 60000円

ここまでで、139000円
で、名古屋-西安100000円、イスタンブール-成田 60000円の航空代金
総合計299000円か。だいたい30万円 日数60日くらい。

121 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 00:26:15 0
食費宿泊費は別でそ?

122 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 10:54:20 0
マリーって何の事かと思ったら、
メルヴ(マルウ・アッシャーヒジャーン)のことか(w
ウズベクだかトルクメンの訛りだとよお分らなくなるな。
あとザーヘダーンとかアフワーズ、ゴルガーン。

123 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 09:55:48 0
中世の遊牧民の装備を見ると弓入れと矢筒は別々になっているが
古代のスキタイ人は合体させた容器を使っている。
この変化にはどういう意味があるんだろう?

124 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 18:15:57 0
スキタイが栄えていたころ、スラブ人は遊牧民を恐れて森林に隠れていたはず。
草原地帯にコサックが侵入するまでは。

125 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 20:33:12 0
スラヴ人の祖とも言われる農耕スキタイは王族スキタイに租税を納めて
その勢力下で農耕していたというが。


126 :世界@名無史さん:2006/11/09(木) 22:13:43 0
農耕スキタイ=スラブだとすると、その草原地帯に居たスラブはモンゴル襲来で奴隷連行され居なくなった?

127 :世界@名無史さん:2006/11/09(木) 23:49:24 0
モンゴルに租税を納めて農耕していた


128 :世界@名無史さん:2006/11/09(木) 23:58:21 0
農耕スキタイは、定住民族で王族スキタイの隷属化にあったと
見るべきでしょう。
モンゴル襲来後は、モンゴルの支配下に置かれて国名も変わっ
たってわけかと。

129 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 17:51:31 0
定住民族=必ずしもスラブ語ではない?

地名分布で推測できない?

130 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 21:26:38 O
スキタイはかなり広範囲に居住していた遊牧民であったらしい
漢の史料の月氏(zgudscha)
アッシリアの史料のスクジャ(Skuja)
中央アジア〜北西インドで活躍したサカ(Saka)
も同系民族という説がある
キプチャク草原ではサオルマタイにとって代わられたが、彼らもスキタイと同系である確率が強い
遊牧民支配下の定住民がなんの民族であるか推測することは文献史料がなければ困難だが
例えばテュルク系遊牧民突厥がイラン系定住民ソグドを真似て文字を創作したように異民族間では文化的交流の痕跡が必ず残る
しかしそのような痕跡を認められないのなら定住民もスキタイと同系統の文化的に共通性のあるイラン系だったのだろう
遊牧民が定住民化した例はウイグルがキルギスに滅ぼされ、ウイグル人が中央アジアのオアシス地帯に移住し定住化した例がある
地名がそこに居住した古代の民族を推測することができるというのはナンセンスだろ
例えばギリシャ史料に見られたクリミア半島のスキタイ都市名が現在ほとんど残っていない
それにスキタイ語の都市があったということはスキタイの言語・文化を享受した同系民族が定住したことでもある
長文で書き込み失礼しました

131 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 22:31:01 0
ttp://www.stratcommandcenter.com/forums/index.php?s=c4788a67897521d25b443f4f894842c5&act=Attach&type=post&id=
ttp://www.stratcommandcenter.com/forums/index.php?s=c4788a67897521d25b443f4f894842c5&act=Attach&type=post&id=
ttp://www.canada-osetia.net/iryston/scyth2.jpg
おね

132 :世界@名無史さん:2006/11/10(金) 23:14:21 0
ビルとビルの隙間にダルマにされた女の人が挟まってて、
俺と友達で助けようと手を伸ばしてもどこも掴めなくて、
すぐに電話して警察に来てもらった。

簡単な事情聴取をされたくらいで、その後の事は一切不明。
結構トラウマ。。。

133 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 06:30:58 0
>>130
1行目は、ちょっと疑問だな。
スキタイの成り立ちは、近代で言うと宗主国と植民地の関係に近い
かと。
スキタイという名の支配層(王族)が軍事的に影響を及ぼす範囲を
スキタイ(領)と呼んでいたのでしょう。
植民地に当たる集団の民族はイラン系のみに限らない。言語におい
てもネイティブな言語と、大陸共通語(この当時はスキタイ語かな)
の2つ以上の言語が通用していたのかと。
つまり、スキタイと呼ばれる領域は、遊牧民のみで構成されていた訳
ではないと。(まあ、推測部分が多いのですがね)

134 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 09:46:10 O
>>120
参考になった。
楽しそうね。

135 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 12:27:23 0
>ギリシャ史料に見られたクリミア半島のスキタイ都市名が現在ほとんど残っていない

スキタイ人が都市に住んでいたのか?
ギリシャ人の住んでいた都市(ギリシャ語)を、自分たちの呼び方で呼んでいただけなのでは?


136 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 21:21:01 0
ギリシャの殖民都市が黒海北岸に点在していたが、
主権はギリシャではなく王族スキタイに帰属していて、
これらのギリシャ人の居住する諸都市は王族スキタイに貢納し、
それらの貢納品の中にはグリフィンなどの金細工もあった。


137 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 21:48:28 0
>>130
キルギスや突厥と抗争した8世紀のウイグルと、今の新疆のウイグルとは、集団に継続性は
無いぞ。
現在のウイグルは、清の支配地の「回部」を、共産政権が後付で定住性トルコ人の民族名
として既に四散したウイグルの名称を政治的理由でかぶせたに過ぎない。
当時の新疆の住民の帰属意識は居住する都市にあり、民族・集団の自称は、「チュルケ」
(トルコ人)や「モスレム」(回教徒)といった漠然としたもので、ロシア領中央アジアの
ウズベクやキルギスと特に区別する意識は無かった。
新疆の独立を力ずくで押さえ込んだ共産政権は、隣接する回教圏やトルコ語圏との連携を
恐れて、意識的な分断策に出るわけだ。これが、数百年も埋もれていたウイグルの呼称の
復活の真相。

都市に遊牧トルコ人が定住したというよりも、広域軍事支配をした遊牧トルコ人政権の下で、
商業上の利便からもともとトルコ人ではない都市住民がトルコ語を商用・外交に用い定着し
また混血により風貌が周囲の遊牧民と均一化したに過ぎない。


138 :世界@名無史さん:2006/11/12(日) 04:05:07 0
オセット人がスキタイ末裔?

139 :世界@名無史さん:2006/11/12(日) 08:46:52 0
>>121
食事・宿泊費全額込みです。
ツアーではないので、安く済みます。バックパッカーで2年間世界一周した知人によると
だいたいのバックパッカーは1年150万程度とのことです。

140 :世界@名無史さん:2006/11/12(日) 09:24:42 0
オセットがアランに直結するところまでは確実だが
アランとスキタイがどういう関係かはまだわからない。
アランはサルマタイの一部族だったらしいから
全く関係ないわけじゃなさそうだけど、系譜を追うのは
なかなか難しい。

141 :世界@名無史さん:2006/11/12(日) 20:38:28 0
>>137
独立運動が「東トルキスタン共和国」。歴史的にも西トルキスタンとは分かれている
期間のほうが長いような。

142 :世界@名無史さん:2006/11/12(日) 21:16:01 0
パミ−ル以西のマーワラーアンナフル(ソグディアナだかトランスオクシアナ)の地域と
パミ−ル以東の地域を一緒にするような「トルキスタン」という地域概念そのものが
近代になって出て来た極めて恣意的なもので、マーワラーアンナフルがウズベク勢力によって
16世紀頃からテュルク化が促進し、マーワラーアンナフル、ホラーサーン以西のイラン地域、
アフガニスタン地域が結果的に分断されなければ、恐らく出てこなかったものだろう。

カラハン朝や西遼が一時期カーシュガル周辺からマーワラーアンナフルを支配していたが、
カラハン朝は結局支配した都市ごとに王族たちが勢力を取り合ってるだけで東西で地域が一体と
みなしていたかははなはだ怪しいし、西遼にいたっては特にマーワラーアンナフルの住民からは
外来の異教徒による支配を受けているという感覚が根強かった。

モンゴル帝国のオゴデイやモンケなどが定めた「別失八里等処行尚書省」やチャガタイ家の
諸ウルスが領域として近いが、これにしても当時はパミールから東を「ウイグリスターン」
「ウイグル」とか、西の方は「マーワラーアンナフル」や「サルタウル」などと呼んで区別が
されていたけれど。

143 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 01:30:09 O
130だが
別に現在のモグール人化した(旧来の名ではモグーリスタンに居住したムスリム民族集団である)ウイグル人と古ウイグル語を使用した中世期のウイグル人を同一視していていませんが
スレ違いだが
840年ウイグルはキルギスの攻撃を受け、大量のウイグル人は四散した
一部は甘粛・河西地方へ移住し甘州ウイグルと呼ばれた
一部は850年代に天山山脈東部のビシュバリクを占領し、トルファン、クチャに勢力を拡大、天山ウイグル王国建国、13世紀まで続いた
さらに西方の天山山脈西部のタラス河方面にも移住したウイグル人グループもいた
彼らは定住化し、商業農耕民化した
しだいに軍事力も他の遊牧民に頼るようになった
これがアーリア系主流の中央アジアのオアシス地帯のテュルク化(中央アジアの草原地帯は既にテュルク化していたが)と通常言われている世界史的変化です
ちなみに現在のウイグル人の呼称は1921年にソ連が中央アジアの民族別国境画定のための民族認定を行ったアルマアタ会議でのロシア人言語学者の提案によりウイグル人の呼称が復活して
1935年から中国のシンチャンのムスリム定住民の呼称として使われるようになったのです
また長くなったスマソ

144 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 01:47:15 0
匈奴とスキタイって関係ないの?

145 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 06:10:05 O
五胡十六国時代に華北に後趙国を建国した羯族は匈奴の別種といわれますが
各種の記述からこの部族は人種的にコーカソイドであったらしく
最近では中央アジアのコーカンド地域の出身(イラン系?)でないかと推測されています
無論、スキタイと関係あるかどうかはわかりませんが

146 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 08:17:07 0
月氏(河西に居残った小月氏)の末裔という説があるよ。

147 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 15:19:56 0
小月氏の末裔ならテイ族のが可能性高い。

148 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 15:45:47 0
東欧の原スラブ民族とスキタイ民族の一部が結合して
スラブ民族になったのは確かだな。

149 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 20:40:27 0
みなさん詳しいんですね。
何読んだらそんなにくわしくなれるのか知りたいです。。

150 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 20:50:26 0
wikiみると羯族って匈奴の一部族とってあるが、匈奴ってコーカソイド?

151 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 21:51:12 0
また人種の話題か。もうウンザリ。

152 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 00:28:12 0
>150
匈奴の一部族じゃなくて「匈奴の別部」だ
つまり匈奴本体とは違うという意味合いがある。

「羌渠の冑」ともいわれていて、「羌渠=康居?」とか
石勒の「石」という氏族名は「石=タシケント」と関係ある
という説もある。

ま、これは羯をどうしても西方に結びつけたい場合の仮説で、
あんまり証拠はないんだけどね。

153 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 01:22:05 0
なんか、フン/匈奴すれになりつつあるね。フン族スレ、統一できんの?

154 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 02:34:21 0
>>152
それよくわかんないけど劉淵とは後に分かれるけど西晋時代は行動を共にしていて
後に袂をたって前涼と後涼を建国しているよね。
匈奴本体と違うって意味がわからん。 
彼らは別々の族長として晋に服属していたが、八王の乱で一時的に同盟しただけの
関係だったということ。
よく石勒が羯族で劉淵が匈奴といわれるけど別部というよりある時期まで共に行動しているし
その辺どうなっているのか?


155 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 02:35:31 0
彼らは別々の族長として晋に服属していたが、八王の乱で一時的に同盟しただけの
関係だったということ。 ←これ断定じゃなくて疑問系の?付け忘れた
質問しているという事でかいしゃくよろしこ

156 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 03:08:04 0
石勒は後趙の皇帝だろ?

157 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 03:11:34 0
前趙と後趙だったスマソ
がまあ疑問は同じ

158 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:41:43 0
羯の話は五胡スレでやったら?

159 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 16:26:00 0
月氏は月を崇拝していたの?

160 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 16:49:01 0
月氏の呼称の発音に近い中国語の漢字をあてたものでしょ。

161 :世界@名無史さん:2006/11/20(月) 09:54:53 0
西域月氏こそ中国文化の源流だったのだあああ
伝承者を殺されて奪われた月氏の恨みいいい

162 :世界@名無史さん:2006/11/20(月) 15:53:14 O
好きたい

163 :世界@名無史さん:2006/11/20(月) 16:48:54 0
フンとスキタイは違う系統だろ。フンはアルタイ語族と言われてて、スキタイは印欧語族。

164 :世界@名無史さん:2006/11/20(月) 21:32:50 0
http://www.eroticperfection.com/archive10.html

165 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 17:47:19 0
サカ、クシャン、大月氏は?スキタイ?

166 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 19:46:13 O
クシャンはイラン系バクトリア人では?

167 :世界@名無史さん:2006/11/22(水) 23:31:43 0
月氏は謎だな〜。中国に残った小月氏は騎馬民族だったんだろうか?

168 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 00:58:15 O
小月氏→羯族?

169 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 01:05:12 0
>>168
それは違うと言ったろうが。

170 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 14:04:31 0
エフタル=スキタイ=サカ=クシャン=トハラ、
みな同じ中央アジアのイラン系遊牧民が模様替えしただけだろう。

171 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 14:53:09 O
トハラって微妙だよね
『トハラ語』は天山山脈南麓に住んでいたクチャ人、アグニ人の使用言語で印欧語族の区分であるがイラン語系でなく、ケントゥーム語系
クシャーン朝の支配民族であるといわれる現アフガニスタンのトハリスタンのイラン系原住民のイラン系とは少し違うみたいだ

172 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 17:16:01 0
そもそもクチャ人・アグニ人の言葉に何故トハラ語と名付けたの?

173 :世界@名無史さん:2006/11/25(土) 18:19:38 O
ただ単に初期の研究者の誤解に基づく命名が定着してしまって
やむを得ず現在も使われているのが現状

174 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 23:37:40 0
アグニ人は火の神を拝んでいた?

175 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 21:01:41 0
スキタイの金製品を作った職人もしくはその技術はどこからやってきたのだろう?


176 :世界@名無史さん:2006/11/29(水) 23:50:11 0
>>174
その発想は無かったわ!

177 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 00:39:19 O
黄金人間!

178 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 02:40:01 0
>>175
一つにはギリシャというのがあるが

179 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 06:08:20 0
月氏は古くは「禺氏」

180 :世界@名無史さん:2006/11/30(木) 14:57:57 0
>>179
ウ?

181 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 00:41:55 0
ye shi か ue shi って読むんじゃないかね。
最も古代中国の発音が一緒ではなさそうだけど。

182 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 13:47:42 O
ウェッ シッシッ

183 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 20:46:39 0
イッセドネスとの関係は?

184 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 21:29:02 0
中古音は、
禺氏=ngiu zie
月氏=ngiwat zie

現代音の ye shi から民族名を
探ろうとしても不毛だよ

最近は月氏じゃなくて肉氏=liuk zie だ
という説もある

185 :世界@名無史さん:2006/12/02(土) 23:14:34 0
その中古音ってのが非常に変な発音で怪しい。
何を根拠にそんな音だって言えるの?

186 :世界@名無史さん:2006/12/03(日) 00:38:14 O
中古音はあくまで推定の発音だからそのまま事実だと考えるなよ。
ただ単純に現代の発音から比定するよりはなんぼかマシだいうこと。

187 :世界@名無史さん:2006/12/03(日) 00:44:21 0
>>185
中国語は韻書が充実してたり、漢詩の押韻のルールが厳格だったり、
世界の言語の中でも、古代の発音を復元する材料は群を抜いて多いのです。

188 :187:2006/12/03(日) 00:55:03 0
途中で書きこんでしまった。

中国語は韻書が充実してたり、漢詩の押韻のルールが厳格だったり、
漢字音が中国語の各方言や、日本語、ベトナム語、朝鮮語などに伝わっていたり、
世界の言語の中でも、古代の発音を復元する材料は群を抜いて多いのです。

特に、いろいろな言語に伝わった漢字音が、別個に音韻変化を被っている点が重要です。
それぞれの音韻変化を逆にたどっていくと、共通する祖音を見いだせる場合があります。
それが中古音というわけです。

189 :184:2006/12/03(日) 01:00:35 0
>185
出典は『漢字古今音表』。
国際音標は表記できないので近似の文字で表している。

なぜ「変な発音」と思われるのか?
俺様理論じゃなく理屈を教えてくれるとありがたい。

190 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 16:30:00 0
スキタイのタイって人って意味?

191 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 16:50:19 0
>>175
メソポタミアかアナトリアからカフカス経由、という
ルートがあったかも知れないね。

192 :世界@名無史さん:2006/12/11(月) 23:37:19 0
>>190
複数形です。スクが単数形で人。スキタイは人々=人間

193 :世界@名無史さん:2006/12/13(水) 23:27:48 0
墓多弁

194 :世界@名無史さん:2006/12/13(水) 23:48:49 0
サルマタイやマッサゲタイのタイもそうなのか。

195 :世界@名無史さん:2006/12/13(水) 23:58:50 0
そうです。

196 :世界@名無史さん:2006/12/14(木) 00:23:09 0
月氏とパルティアはスキタイとどういう関係にあるのかな?

197 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 19:06:55 0
サルマタイ=フン族?

198 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:32:46 0
スキタイ=スク+タイ=サカ族
なんでしょ?
そうと言ってくれ。

199 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:34:19 0
白フン⇒エフタル⇒インドを横断してインドシナを征服した一派が
ムエタイ族になったんだよ。

200 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:59:47 0
200ゲット

201 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 15:53:24 0
トゥバとかでまだ未発掘のスキタイ墳墓は多いのでしょうか?
そっち方面の黄金製品は誰が作ったのでしょう?
詳しい人よろしく

202 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 16:02:41 0
サカ族の墓からも黄金の鎧が見つかっていたような・・・

203 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 02:02:46 0
サカ族の人種的特徴ってどんなの?

204 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 08:01:04 0
スキタイはパルティアに強い影響力を持ち、
パルティアの王位継承にも介入している。


205 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 09:11:45 0
>>203
スキタイはイラン系の言葉を使ってたから、いまのイラン人みたいのじゃないの?
浅黒くて田舎っぽい白人。

206 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 15:16:08 0
今のイラン人とイラン系って人種的にイコールではない気がするが
どうなんだろうね。


207 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 22:07:05 0
>スキタイはイラン系の言葉を使ってたから、いまのイラン人みたいのじゃないの?
現在のカフカースのオセット族がスキタイの流れを汲んでいるらしいが。


208 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 04:48:51 O
正確には
サルマタイ人の一派、アラン族の
ルーツはスキタイだが

209 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 09:05:09 0
スキタイ人 たぶんオスプレイ・メンアットアームズのイラスト
ttp://web.archive.org/web/20041231164513/www.canada-osetia.net/iryston/scyth2.jpg

210 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 17:09:01 0
パジリク古墳の副葬品を見ると、コーカソイド的な風貌のモチーフが多いが、
あのアルタイ山中一帯は、当時なら匈奴の版図内だよね。
いや、そもそもパジリク古墳の被葬者はいつの時代の人なんだ?

211 :世界@名無史さん:2007/01/10(水) 23:23:23 0
>>198
そうです。

212 :世界@名無史さん:2007/01/10(水) 23:34:20 0
ブルネットのロシア人じゃないの>スキタイ(王族スキタイ)の容貌
金髪のロシア人がいわゆる農耕スキタイというスラブの先祖でさ

213 :世界@名無史さん:2007/01/11(木) 01:02:02 0
スキタイ人の部族に赤毛で碧眼がいるという記述がヘロドトスにも出てくる。

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