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応用できない真理の価値・意味

1 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 23:05:18
例えば決定論、
「この世の全てのことはあらかじめ決定されている」
これが仮に真理であったとしよう。
しかし、
「どのように決定されているかは、人間は絶対に知ることができない」
としたら、
「この世の全てのことはあらかじめ決定されている」
ということを「知っている」ことに、なにか意味や価値はあるのだろうか?




2 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 23:47:01
重複です
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/philo/1106218094/l50

3 :凡人:2007/01/15(月) 23:06:31

>>1 応用できない真理の価値・意味
真理は同じ場所に行き着くので>「この世の全てのことはあらかじめ決定されている」と言うことは良しとしましょう。
だが>「どのように決定されているかは、人間は絶対に知ることができない」と言う決め付けは誤解を招きます。
諦める前に何故、人は真理に辿り着けないのか、その原因を探るべきでしょう。
人類にとって最も大切な真理を会得せずに、その意味や価値に疑問を投げかけるべきでは無いと思いませんか?



4 :考える名無しさん:2007/01/16(火) 19:45:22
>>3
>だが>「どのように決定されているかは、人間は絶対に知ることができない」と言う決め付けは誤解を招きます。
まったくそのとおりですね。
ですから、もちろん、そのように「決め付け」るつもりはありません。
このスレの趣旨は、その「たまたま挙げた一つの例」について言えば、
「仮に」知ることができないとすれば、「この世の全てのことはあらかじめ決定されている」
が「仮に」真理であったとして、どのような価値があるのか、ということです。

知ることが仮に、できるのであれば、「知るjことができるようになった、そのときは」それなりに価値や意味が出てくるかもしれませんね。

>諦める前に何故、人は真理に辿り着けないのか、その原因を探るべきでしょう。
なぜそんなことを探る必要があるのでしょうか?

>人類にとって最も大切な真理を会得せずに、その意味や価値に疑問を投げかけるべきでは無いと思いませんか?
「人類にとって、最も大切」であれば、会得する必要があるでしょうね。
でも、「その真理」が「人類にとって、最も大切」であると、なぜわかるのですか?

5 :考える名無しさん:2007/01/16(火) 20:14:16
3 名前:凡人 :2007/01/15(月) 23:06:31

>>1 応用できない真理の価値・意味
真理は同じ場所に行き着くので>「この世の全てのことはあらかじめ決定されている」と言うことは良しとしましょう。
だが>「どのように決定されているかは、人間は絶対に知ることができない」と言う決め付けは誤解を招きます。
諦める前に何故、人は真理に辿り着けないのか、その原因を探るべきでしょう。
人類にとって最も大切な真理を会得せずに、その意味や価値に疑問を投げかけるべきでは無いと思いませんか?


決定論ならこっちでやれ!
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/philo/1168890701/


6 :考える名無しさん:2007/01/16(火) 22:01:25
>>4
>でも、「その真理」が「人類にとって、最も大切」であると、なぜわかるのですか?
真理とは理の枠組みに納められている一つです。
理に拠って導きだされるのが倫理や真理・道理などですが、その他に人の知能も理に拠って育てられます。
人類が物事の理を悟り真理を見極める時に戦争や貧困・犯罪など、全ての苦難を知能より産みだされた知恵で解消できるのです。
ですから真理・倫理・道理は人類にとって最も大切なものだ、と言えるのです。
哲学の扱う理とは正しい心の在り方を指し、それに嘘、偽りを含まぬ意味で真と付けたのが真理です。




7 :考える名無しさん:2007/01/16(火) 22:04:27
>>5
事実を申し上げているだけですので決定論では有りません。

8 :考える名無しさん:2007/01/16(火) 22:25:45
>>6
ええと、「戦争や貧困・犯罪など、全ての苦難を解消できる」のであれば、「その真理」は確かに大切ですね。
つまり、「そういこことに応用可能」な真理であれば、価値や意味があるでしょう。

しかし、このスレでは、「そういう真理」は対象にしていませんよ。
>>1 をよく読んでください。

9 :考える名無しさん:2007/01/16(火) 22:47:17
「どのように決定されているかは、人間は絶対に知ることができない」
ことを知っているならば、彼(彼女)は超人なのだろう。
彼(彼女)は超人であるが故、普通の人間であれば知り得ない真理を知り得た。
仮にそれが自己満足と呼ばれるものであったにせよ、彼(彼女)にとってそれは意味があり価値があるのではないだろうか。
なんちゃって。

10 :考える名無しさん:2007/01/16(火) 23:22:15
自己満足という価値を認めるならば、
真理とそうでないものに、価値の違いはあるのだろうか?


11 :考える名無しさん:2007/01/17(水) 00:05:34
>>8
>「どのように決定されているかは、人間は絶対に知ることができない」
と言う間違った決定論に基づいて話し合うのですか?
>「この世の全てのことはあらかじめ決定されている」
>ということを「知っている」ことに、なにか意味や価値はあるのだろうか?
真理を会得せずに、その意味と価値を疑うことはできません。
確かに、この世の全てのことはあらかじめ決定されていますが、どの道を選ぶか
は本人が現在まで受けた外的要因に拠って決められることです。
幾多の道を知らずに歩く拠り、それを知り歩けるのが真理です。
目隠しをして人生を歩くのか、それとも目隠しを外して歩くのか、その答は?


12 :考える名無しさん:2007/01/17(水) 00:24:10
絶対に知り得ないことについて知っていると仮定するような矛盾した前提をもとに問いかけてもまともな答えは得られないと思うよ。
>>1の最後の行の「知っている」を「議論する」にでも換えたらもうちょっと一般的な問いになるのかもしれないね。
形而上学ってなんの役に立つの?みたいな。

13 :考える名無しさん:2007/01/17(水) 07:17:24
>>11
>と言う間違った決定論に基づいて話し合うのですか?
もちろん、違います。

これを書くのは三度目になりますが、
決定論はたまたま取り上げた一つの例でしかありません。

>真理を会得せずに、その意味と価値を疑うことはできません。
信じることもできませんね。



14 :考える名無しさん:2007/01/17(水) 15:08:25
>>13
蒙昧な人類社会の産みだす出来事に対して矛盾を感じ、その原因を知りたい探りたい矛盾を解消したい、と言う@「知恵」を求めた時に人は理(正しい心の在り方)の探求を始めます。
そして哲学書や、それに関する書物を読み漁り捜そうと思いますが求めるものは無く哲学研究と言う趣味や始めから理など存在しないんだ、と言う諦めに捕らわれてしまいます。
元もとの探し求める場所を間違えていたので幾ら探しても無かったのです。
人が知能を育てA「知恵」を産みだす為に不可欠なことは、物事の理を悟る、と言う事をしなければなりません。
@で求めた「知恵」は物事の理を悟ることで知能が育ちA「知恵」を産みだす事ができるのです。
ちなみに、物事(人の心が産みだ全ての事柄)の理(正しい心の在り方・ことわり)を悟る(鮮明に感ずる・ハッキリ分かる)ということです。
そして、ことわりとは異論を差し挟む余地の無いこと、絶対を意味します。
物事の理を悟る、たった其れだけで人の知能が育ち全ての矛盾を正しく解消できる知恵が産まれるのです。
心の目を開くことに、なにか意味や価値はあるのだろうか?何て諦めて生まれ付き育てる事のできる知能に封印をし潜在させて仕舞ったら勿体ないと思いませんか?






15 :考える名無しさん:2007/01/17(水) 22:12:50
>>14
じゃあ、封印をし潜在させて仕舞わなかったら勿体なくないんじゃないですか?

16 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 15:17:37
>>15
育てられる知能を育てずに封印する、と言う事はサイフの中に100万円入っているのに3万円しか入っていないと思い込み残りの97万円は一生、使わずに捨てて仕舞うのです。
知恵をお金に例えましたが、何でも願いの叶う知恵を使わないのはお金よりもっと勿体ない事ですよね。
世の中の全ては仕組みと言う真理に拠って賄われていますが、その事を知るにも知恵が必要ですし知恵を産みだす母体と成る知能を育て無ければ知恵を産みだせません。
貴方の、これから考える事も行動も貴方が産まれてから今日まで受けた要素の全てが相俟って次の貴方の考えと行動が必然的に産まれるのです。
勿論、私の書き込みを読めば、それも貴方の要素の一部として貴方の意識に書き込まれます。
ですから人は如何に良い要素を受けるかで、以後の未来に大きな影響と成って現れます。

17 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 23:07:42
>>16
はい、それがなにか?


18 :考える名無しさん:2007/01/20(土) 22:36:08
>>17
君の頭は飾りで着いているんじゃ無いんだから、つまらん返答するなよ。

19 :考える名無しさん:2007/01/21(日) 14:59:20
>>18
そういうことは、自分で実践した上で言え。

20 :考える名無しさん:2007/01/21(日) 18:30:09
>>19
何を諭しても芽吹かぬ種も有る。

21 :考える名無しさん:2007/01/21(日) 22:51:47
誤爆?

22 :考える名無しさん:2007/01/25(木) 13:24:58
>>1 応用できない真理の価値・意味
如何に素晴らしい道具を持っていても道具の使い方を知らなければ、その道具の価値も意味も分からなくて当たり前ですね。
真理とは人が知能を育て智恵を産みだす為に不可欠な物事の理を悟る、と言う行為で会得する理の枠組みに有る一つです。
理の枠組みの中には真理や倫理・論理そして知能・智恵・知性・人格・品性が納められていますので物事の理を悟らなければ、これらの道具の価値や意味を知ることはできません。
逆から見ると人は物事の理を悟るだけで、これら全ての道具の価値と意味、そして使い方まで知り如何様にも、人生に活用できる優れものなのです。

23 :考える名無しさん:2007/01/26(金) 01:17:28
>>22
>如何に素晴らしい道具を持っていても道具の使い方を知らなければ、その道具の価値も意味も分からなくて当たり前ですね。
まったくそのとおりですね。
使い方を知らなければ、「素晴らしい道具」とがらくらに何の違いもありませんし、
真理であろうとそうでなかろうと、同じように、「人生に活用する」ことはできせんね。

>>1 の答えが、「価値は無い」となることがよくわかりました。



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