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全ての物事の始点とは

1 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 00:08:33
決定論的に考えて、現在は過去によって既に決定されたものであり、
また未来も過去及び現在によって決定されたものである、されるから
自由意志は否定される、と考えてはいるが、当たり前ながらスレタイの通りの疑問を抱いた。

つまり、過去とはそれ以前の過去によって決定される筈であるから永久にさかのぼり続けることになる。
すると、どこへ行き着くのだろうか?

ビッグバン、という風に言っても何故ビッグバンが起きたのか、それはビッグバン以前の事柄
によって既に決定されていたのだ、ということにはならないのか。
つまり、無から有を発したビッグバンであるにも関わらず、その無とはつまり有を発生させる
ための何かしらを持っていた、つまり無であったという過去は存在しえないのではないか。

しかし、仮にそうだったとすると、全ての現象の始点こそが存在しえない無限の過去におかれるということになるのか。

また、純粋な観念論的に考えれば各個人の世界は各個人が世界を意識して初めて生まれた、ということになり、
つまりは人間の捉えられない、人間の概念としてはあり得ないところにしか始点は存在しえないということなのだろうか。

2 :1:2006/12/02(土) 00:12:24
補足:
無であるということから有を発したのはつまり、無が有を発するための条件ということになる?
しかし、そうであるとすると、現在は常に有の状態から有を生産しているわけだから、
これのやはり当てはまることはないのだろうか?

とりあえず2行目の 〜されるから = 〜とされるから です。
下から3行目の 始点こそが〜 は 始点は〜 です。

3 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 00:18:39
ものの存在としての始まりはビッグバンと定義されている。
だからビッグバンの原理については詳しく知らんが、そういうことになってる、ということだ。

4 :1:2006/12/02(土) 00:23:35
>>3
ということは人間が感じえる、考えうる世界というのはあくまでもビッグバン以降のことのみということですか?
何かそういうことだけで片づく気はしないのですが…。

5 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 00:28:07
マイナスに、マイナスをかけるとプラスになるね。

6 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 00:33:20
人の誕生と死を考えてみればいい。
人は生きている。同じく星も生きている。ということは宇宙も生きている。
人という小宇宙を知ることは、大宇宙を知ることになる。

人の誕生はまさに無から有へとなるでしょ。
もちろん命を生み出す母体はあったかもしれないが、
その母体から別の命が宿るというのは、命という点で無から有を生じさせる実証になると思う。
つまり無から有は生じることがありえる、と言えると思う。

過去、現在、未来は存在しない。一つ言えることは、あらゆるものは「動」であるということ。
静止している無機物でも、時間の中では動体であると言える。
その動的な時間を定義したものが、過去現在未来なのだと考える。
つまりあらゆるものは活動をし続けている。
それは、無というものが、かならずしも静止した時間ではないと感じる。
無も時間という定義の中で動いているのなら、そこから科学的な反応なり
新たなものが生み出される可能性はないとも言えない。
その前に無という事実は、実は存在しないのではないのか?
生命は死によって無になるために、人は宇宙の原始を無だと定義しようとするのだが、
一つ考えてもらいたい事は、実は永遠というものが存在するのではないのだろうか?という事だ。
地上世界では有限かもしれないが、霊魂の世界、または異次元の世界もまた有限である、とは言えないと思う。


7 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 00:37:54
>>6
別の命かな。
母体の血や肉、が分け与えられるのと同時に命も分け与えられただけかもよ?

8 :1:2006/12/02(土) 00:46:57
>>5
すいません。その先にある何を指しているのか分かりません。

>>6
前半部と後半部の統一性が取れてない気がしますが、本論は後半部だと思うのでそちらを中心にお伺いしますが、

>それは、無というものが、かならずしも静止した時間ではないと感じる。
>無も時間という定義の中で動いているのなら、そこから科学的な反応なり
>新たなものが生み出される可能性はないとも言えない。

無という空間においては、時間という概念は存在しえない。だからこその無なのではないでしょうか。
そういう意味では有が生じえる以前は、本当に人間が関知しえない領域となってしまうかもしれませんが、
無というものの捉え方として、時間がある・化学的な反応を起こす要素がある、ということではそれは無では
なくなってしまう気がします。


しかし、そのことによって

>その前に無という事実は、実は存在しないのではないのか?
>生命は死によって無になるために、人は宇宙の原始を無だと定義しようとするのだが、
>一つ考えてもらいたい事は、実は永遠というものが存在するのではないのだろうか?という事だ。
>地上世界では有限かもしれないが、霊魂の世界、または異次元の世界もまた有限である、とは言えないと思う。

ということを導いていることは概ね理解できます。
しかし、やはり永遠というものは未来へ向かっての永遠、それこそ仰られる動体における常に一歩先の地点への
永遠は存在しえても、永遠という概念を我々がもっている以上、この概念を発生させた根源は別のところに
あるのではないでしょうか?

>>7
命というあくまでも観念的な概念が血や肉といった物質と同等・同列ということですか?
僕はそうは思えないのですが。。

9 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 01:00:43
仮に全ての始点が分かりえたとしよう。
そうすると当然、その始点以前はどうなっていたんだ、ということになる。

つまり、始点は決められないカオス的なものの中に存在しているとしか考えようが無い。

もしくは堅い決定論的立場を捨てるか、だ。
俺は捨てられないからこう解釈するしかないと思っている。

10 :7:2006/12/02(土) 01:01:47
>>8
えーと、どういう意味で「観念的」という語を使ってるのかよく分からないが。
命というものが頭の中だけにしかないような想像上の(観念的な)ものでしかなく、実在しないと考えるならばそもそも命の有無とか分割とかを論じること自体無意味だろう。
とりあえず>>7>>6の「命が赤子に生まれるように、無から有は生じる」という意見に対して
「いや、そもそも赤子には母体と別個の命が生まれているのか?」
という問いね。

11 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 01:08:09
>永遠は存在しえても、永遠という概念を我々がもっている以上、
>この概念を発生させた根源は別のところに
>あるのではないでしょうか?
無の概念を発生させた根拠が現実世界なら、
永遠の概念を発生させた根拠が宗教的世界観でしょうか?
そして人知を超えた宇宙や過去未来永劫についても永遠を想像させる。


12 :単純な論理 ◆KQ.ePdbBgg :2006/12/02(土) 01:09:55
いずれにしろ十年以内に偉大なる将軍様が逝かれる前に世界中に正義の
核ミサイルを撃ち込んで堕落した資本主義国を悉く荒野にするので、
全てはそこから再生するしかないであろう。

13 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 01:13:12
宇宙がビッグバンによって生まれたのなら、
宇宙の「死」も存在しなければならない。
生まれっぱなしで、成長し続けるというのはどうなのだろうか?



14 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 01:17:46
まあ、こういう疑問をぶつけられるたびに俺が思うことは
「まず量子論を勉強しようぜ?」ってこと
ビッグバンとかどういうものかよく分かってないくせにそういう言葉を使ってるだろ
いや、俺もなんだけどさ
まず最新科学の概要ぐらいは理解できるよう勉強しようぜ

15 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 01:18:27

>>9
そうですか。やはり解明し得ないのかなぁ…何か凄く残念でなりませんが。
僕も自由意志を否定する非両立主義以外は考えられません。

>>10
僕はそもそも命の定義が確固たるものであるという認識を持っていません。
そして僕はここで話題にしてあげた物事の始点、というものを命の誕生と
同様のものとしてみなしてない、つまり世界を命とみなしてはいません。
>>6氏はそう仰っておられますが)

赤子の例ですが、あくまでも母体から独立した存在として誕生しているのだと考えます。
何故なら、命自体が人間の観念的な部分に大いに依存するものであり、
前述したとおり命の定義について確固たる認識が無いからです。
(他スレに命の定義について、というようなスレッドがあったと思います。)

人間が生命だと思う事柄に対して、便宜的に命と名づけただけであって分割しえるしえないも
また観念的なことになるのだと思います。

ちょっとズレましたが、逆に命とはどのようなものだとお考えですか?
その前提のもとに話しておられるので知っておきたいです。

16 :1=15:2006/12/02(土) 01:25:31
>>11
宗教的世界観に限らず、科学的にも無という言葉は用いられる場合は多いと思います。
結局のところ、人知を超えてしまってはどうしようも無いですね…。

>>13
宇宙の誕生が世界の誕生では無いと考えると宇宙の消失は十分に考えうる範疇だと思います。

>>14
むしろ、量子論を勉強したところで答えが出るとは思えません。
もちろん、哲学的思想の礎をつくることは確かですが、現に量子学に精通している
人間がこのテーマに対する確かな答えを出せるかというと、それは違うか、と。
ただ、ある程度の概要を理解すべき、ということには同意します。勉強します。


17 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 01:41:50
今思いましたが、
感知する我々の五感もさほど当てにならない。
また気分や出来事によっても、対象を見る目は180度変わることもある。

つまり、我々の能力には限界があるのではないか?という事を感じました。
全ての物事の始点は、わかりえない。私は諦めます。

考えて出る答えなら、十の昔から答えは出ていたはずです。

様々な人生経験によって人生哲学と叡智を学びたいと私はそう思っています。
それが我々に一番充足感を与えてくれる哲学なのではないでしょうか?
宇宙に関しては天文学にまかせるのがよいでしょう。
神に関しては宗教界に。
そう。それがいいんです。そして、それでいいんです。


18 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 01:44:42
>>16
とりあえず不確定性原理や、いや、それ以前に原子核の周りの電子がどういう状態にあるか知りな
それはおそらく決定論的な考えに仇なしていると思うから

19 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 01:49:49
>>15
つまり、命とは普通その言葉が使われるような魂的なものではなく、
純粋に観念的な概念で、概念さえ認識できない赤子の中には命はないという考え?
もしそういう便宜的な概念でしかないのならば、やはり便宜的な定義をすればいいだけだと思うけどね。

で、まあこういう言い方をすると凄く卑怯に聞こえるだろうが、自分はまだ命というものを上手く定義できていない。
だから何とも言えない。

20 :1:2006/12/02(土) 01:59:35
>>17
確かにその通りです。人生哲学としてなら全く問題にならない問題です。
ただ、疑問とは疑問である、という風に片付けられないのです。
これはもう病的なほどに。
逆にだからこそ、僕は哲学というものに身を寄せるわけですが。
疑問に思ったことの解決を諦める、という概念はあってもそれを実行するという
概念は僕の中には無いので、摂理として僕には無理なようです。。。

>>18
わかりました。今度詳しく調べてみます。
ただ、決定論に仇名すものだったとしても現在も淘汰されてないという事実が
それらが決定論が誤りであるという決定的な証拠にならないということだと思いますが。

>>19
普通その言葉が使われる魂的なもの、というのがあなたの命の定義であると思います。
つまり、人間がある程度普遍的に(というと誤解を招くかもしれませんが)命であると認識するもの・システムが命なので
仰られるとおり、便宜的名概念でしかないので便宜的な定義となる、ということです。

卑怯でもなんでもなく、概念として以外命は存在し得ないわけだから上手く定義することは誰しも出来ないのだと思いますよ。

21 :19:2006/12/02(土) 02:35:55
>>20
いや、違う。
自分はまだ「命は概念でしかないのか、それとも実在するのか」という問いにさえ答えられない。
従って「魂的なもの」は今自分が命の定義についてもっている仮定の一つに過ぎない。
あなたは簡単に命の実在を否定するが、自分はそれを証明する手だてを知らない。

22 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 07:46:14
久々にある程度の答えの予測すら出来ない問いを見たな
難題すぎる。不毛なほどに

23 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 17:38:31
無という観念もビッグバンによって生じたとは考えられないかな?
観念の根元まで突き止めるのはさすがに無理な気が…

24 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 17:46:02
決定論では説明しきれないと思うなぁ、俺は

25 :りくーつ・こねりー:2006/12/02(土) 19:51:50
>>18
人が予測できないことと、決定論はあんまり関係ないと思えるんだよなあ、俺は

少なくとも、量子論的な見地では人には予測できない、というだけのお話なんじゃないの?

人が予測できないことと、世界は決定されいるかは別もんだと俺は思うけど
人は世界を予測もできないし決定もできない、という話にしかならんと思うけど違うの?

不確定性原理が出てるついでに、人には世界を決定できないことは不完全性定理で証明されてるけど、
「人には」なんだよな

俺は決定論者でもないし非決定論者でもないし、
人には、どっちだか分かんないだけのことにしか、俺には思えないんだよな

世界は決定してるだの、してないだの、人に分かるもんなの?よく分からんけど

26 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 21:57:28
決定論は人間が用いるには高度すぎる理論であるということをまず悟らなければならない
猫においかけられているねずみが窮地にあるものとして、その際には威嚇を行い得ないということだ

27 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 22:19:50
何かオシムみたいだな
例えが飛躍しすぎててよくわからん

28 :1:2006/12/03(日) 00:33:46
>>21
じゃあ貴方は命を論じ得ないですね。それにも関わらず、命が分離不可のものだ、
といったようなニュアンスの言葉を使ったのは場を混乱させることが目的だったのですか?
具体的な意義と方向性すらないことの提起は全てを徒労としますよ。
>>22
予測できないのは当然のことでしょう。観察者としての人間はどこまでいっても不完全なのですから。
>>23
観念がどこから生じるか、それは各個人の世界において、でしょう。
その観念自体がどこから来たか、つまりその観念を生んだ各個人の世界はどこから生まれたか、
そしてその各個人の世界を生じるに至った場所、つまり普遍的なこの世界が如何にして始まったか、
ということを論じるのは決して無理ではないはずです。
>>24
説明しきれない、というのはどういうことでしょうか?
決定論が誤りだから、それでは結果を導けないということでしょうか。
もしくは、>>26氏の言うとおり人間にとって決定論とは最終的には理解出来ない形となる、ということでしょうか。
>>25
量子論、ということですが、平行に無限の世界が存在していると仮定する以上、
人間には予測できないかもしれないが、確実に既定のものとして未来は存在しているという風な解釈を僕はしています。
つまりは、決定論的な考え方とそれほど相違ないものではないでしょうか。
人にわかるモノなのかどうか、ということも含めての議論が出来れば嬉しいのですが。
>>26
そうは思いません。何故なら決定論とは人間が考え出すに至った思考体系の1つであるからです。
27氏も仰っておられるとおり、人間をねずみ、威嚇を決定論と比喩していることは分かりますが
窮地にあるもの、という表現や行い得ないという断定は理解不能です。

そして色々考えて思ったのですが、時間という概念が人間的なものである以上答えを出すのは難しいのでは、ということです。
つまり、時間とは人間が定義した「ある尺度」に過ぎないからです。
ということは、過去・現在・未来が同一の、そして全て点における試行は世界としての時間でないある尺度で測った場合の1単位であるかもしれない、ということです。

そうなると…やはり難解極まりないですねw

29 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 00:53:36
物事の全ての第一原因に関してだけなら分かる。
解は、「存在に関して物事の状態は四つに分けられる」からだ。

まず、存在するかしないか、つまり有か無かだが
有で有る・有で無い・無で有る・無で無い、この四つ。
このうち、有で有るもしくは無で無い状態だと存在する事になる。

で、全ての第一原因の状態が上の四つを変化していったうちで
有で有るもしくは無で無いになった時、全ての第一原因が存在する事になり
そこから今の様々な物質・精神・法則が生まれ(俗に言うビックバンと同じ)
様々な動きをしている。

ただ、なぜ物質や精神はこのような性質なのか?なぜ物理法則はこうなってるのか?
なぜ自分はこのようになってるのか?という問いは俺も分からない。

30 :21:2006/12/03(日) 01:01:47
>>28
いや、>>10の後半をよく読んでくれ。
「命とはこういうものだ」と論じることは確かに今の俺ではできないだろう。
しかし「命とはこういうものだ」と主張する者に対して「それは違うのではないか?」「こういう可能性もあるのではないのか?」
と論じることは可能なんだよ。
そもそも俺は「命は分離不可のものだ」というようなことを言ったつもりはないが。


31 :1:2006/12/03(日) 01:01:55
>>29
有で有る状態、ということを理解することは容易ですが、無で無い状態を果たして存在と定義できるのでしょうか?
思うことが存在であるとするならば、間違いなくそれは存在し得ないと思うのです。少なくとも僕にとっては。

仮にそうだったとしても、無で無い状態が有で有る状態を生んだのかという説明は出来ず、
そこをビッグバンに依存するかない以上、やはりその根源を明かすことは出来ないんですよね。

という風に、僕が思っている時点で始点が存在しえない以上、やはり始点はどこかという問いの答えは生まれないのかもしれないのですが。。。

32 :1:2006/12/03(日) 01:05:35
>>30
確かに仰るとおりです。
ただ、その指摘・可能性の提起から生まれるものは皆無です。
何故なら、命を、少なくとも個人の思想の範疇としても、定義出来る人間にとってその指摘
に対する返答はほぼ可能であり、その指摘を否定することも可能ですが、
その否定を提起した人間はそれを理解しえないからです。
つまり、それこそが不毛なものである、ということです。

ただ、命が分離不可、ということに関しては勝手に飛躍させすぎでした。すいません。

33 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 01:19:53
>>32
いや、あのう。
肝心の『何故「否定を提起した人間には理解しえない」のか』ということについての理由が語られてないんだが。
それを説明されずに不毛と言われても困る。

34 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 01:32:07
マラソンのスタートラインは人為的に決められるが、「すべての始点」となると
それこそ無限遠のような無窮な観念でキリがないだろう。

35 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 01:35:39
ここでアキレスのパラドクスが出てきてしまうから面白い

36 :29:2006/12/03(日) 01:38:19
>>31
無が有を生んだとは言ってない。無が有を生むのは俺もおかしいと思う。

全ての第一原因について、無から「生まれた」と捉えるのではなく
有と無の状態を「変化」していたと捉えてほしい。
無から突然有が生まれたという、もともとは無だという無を基本とする考えではなく
有と無は変化するものと捉えてほしい。

有と無は変化するが、無の時は考える主体である人間は存在しないので
「何で世界は存在しないの?人間は存在しないの?」
という問いは当然生まれず、「なぜ物事が存在するのか?」
という問いだけが存在し存在する事を疑問に思う事になる。

37 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 01:58:17
物理学的-宇宙論的な始まり、神話的な世界創生論(共同観念)、
老子のような「始原としての無」、個の誕生において(個的な)世界が始まると
いう見方、
普通、「無」とか「混沌」からスタートすることが多い。


38 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 14:18:12
あ〜アキレスのあれだったのか

39 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 13:17:39
答えはまだ出ない?
それとも出ることはない?

40 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 14:17:17
初めから存在するもの

『時』ですよ、

41 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 15:31:24
ソクラテスは偉大だな。2000年も前に人間は何も知らないことを悟っていたわけだから。2000年たっても状況は何も変っていない。

42 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 16:35:54
無理だな

43 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 16:44:04
仮にこれが解明されたとしたら、それこそ真理だな。
必然的にこの世界とは、ということが明らかになるだろう。

ということは反証的にこのことは解明できない

44 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 19:46:16
でも逆にこれが分からなければ、観念論的にも唯物論的にも決定論は証明できない
逆に決定論が証明出来ないのはこのことが理由なのかもな

45 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 02:24:35
「今」が始点
無限の「今」が始点であり終点

46 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 07:15:42
わかんねえからとりあえずビッグバンを始点にしとこ
ってのは暗黙の了解じゃねぇの?

47 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 18:47:35
それで放っておけるんならキミはウンチだな
思考停止はウンチだ

48 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 23:08:44
>>46
では聞く
時とはなんだ?
過去とは?未来とは?
過去は本当に過去か?
時は川のように流れ辿るものか?
空間とはなんだ?
物質とは?
ビッグバンが始点と言い切るのなら答えられるはずだ

49 :考える名無しさん:2006/12/07(木) 19:51:29
>>48
辞書ひけはげ

50 :考える名無しさん:2006/12/07(木) 22:43:47
>>49
すべてが辞書に載っているのなら哲学はいらねえよ ボケ!

51 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 03:36:12
人間は恐竜時代ねずみのような哺乳類であったといわれている。そこには思考などなかった。
それがサルに進化して、少しずつ思考が生まれた。考えるのが人間の本質なら、そこが始まりでしょう。
動物では死を賭けた戦い(メスを選んだり、食い物を取ったり)がある。
人間というのは一人では生きていけないので、集団をつくり闘争を今でもしている。
戦いは煩悩の一部であるから、なくなりはしない。これは時間が停止、つまり地球消滅によって終わる。

52 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 13:18:12
>>51
狭義の意味での時間(人として意味があることのみが人に対する全てと考えた場合の時間の意義)ではそれでも良いかもしれませんが
そうなった場合は人とはどこから人かを協議する必要がありますね

53 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 14:15:26
>>47
>>48
亀だが
考えを停滞させたわけでもないし、
言い切ってすらいない。

54 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 14:25:06
>>48
あと、ビッグバンの解明でそんなにいろいろわかる確証は何所から得た?
連レスごめん


55 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 14:47:17
ホーキングの本でも読んで見たら。古本屋で100円で売ってるよ。

「ホーキングの最新宇宙論」日本放送出版協会
 1990年発行だからもっと新しい本あるかも。だけどね。



56 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 14:53:05
うちゅうの ほうそくが みだれる!

57 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 15:45:05
>>54
ビッグバンが始点と言い切れるのなら
当然始点よりの時の構成(内容ではない)が判明しているということになる
時の構成が判明していれば過去も未来もどういうことかはわかる
時と空間は密接に関連していると考えられており、空間のことが分からなければ時も語れないだろう
言い切ってないというのは言い訳でしかない
ビッグバンが始点、そう仮定するだけの根拠を示されたし

58 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 16:13:43
>ビッグバンが始点と言い切れるのなら
 当然始点よりの時の構成(内容ではない)が判明しているということになる

まじでか。


59 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 16:20:27
>>58
そうでないなら始点と言い切ることはできない

60 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 16:24:28
あなたの言う時空の構成さえ掴めれば、
始点が判明されると。これでおk?

61 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 17:16:01
時空の始まりが分からないと、むしろどんな観測も意味をなさない

62 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 18:11:40
それは意味を成すの概念の持ち方、基準的なものでも変わってくると思われ

63 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 19:45:32
>>60
いや「始点を特定できるのなら時空の構成はある程度以上つかめているはず」といっているだけ

日本からハワイへ行くためには海路か空路しかなく陸路はだめだということは特定できる
しかし日本から6000q空路を使ったとしてもハワイに行き着くとは限らない

64 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 19:57:23
>>61
時が一般的に考えられているように簡単なものであればビッグバンが始点としても問題は無いかもしれない
しかし時がパラパラ漫画のように切り取られた無限の一瞬であった場合、ビッグバンが始点である必要は無く、3秒後にビッグバンの一コマが入っていても問題は無い
ほかにも、ビッグバンの外側では何が起きていたかと考えれば、時とは・空間とは何かという疑問が当然のごとく浮かんでくる
物質が何も無いゆえに時も無いというだけであれば、このビッグバンが初めてのビッグバンかという疑問が浮かんでくる

65 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 21:19:12
>>1
線的時間の端点は、「神」だろ。それを信じてやまないから、西洋は科学を生んだんじゃん。ようは「絶対法則」ってこった。
それに対して、東洋は仏教などに見られる円環時間により、端点はない。神はいるけどね。
現代では、それらを織り交ぜた螺旋時間もあるよな。

66 :りくーつ・こねりー:2006/12/09(土) 22:21:59
>>64
> 物質が何も無いゆえに時も無いというだけであればビッグバンが始点としても問題は無いかもしれない

ホーキングを支持すればそうなるだろうけど、
プリゴジンは宇宙創生以前から、時間はあったと主張してるし

プリゴジンのいう「時間は存在に先行するか?」という問いでさえ、
人はまだ明らかにしていないような気がしないでもないです


67 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 22:46:52
「ビッグバン以前に時間が存在した/存在しない」という命題の中での
「存在する」が何を意味しているのかよく分からん。

68 :りくーつ・こねりー:2006/12/09(土) 23:13:56
>>67
単純に相対論で考えれば、
物質がなくばれば、時間も空間もなくなっちゃう、と思う

結局のところ、時間と空間が独立して存在するのか?
ということだと俺は思えたりする

69 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 23:19:17
>>66
そんな一文どこにある?
勝手に切り張りするなよ

70 :りくーつ・こねりー:2006/12/09(土) 23:22:48
>>69
すまん

71 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 23:33:32
突き詰めると「存在」と「変化」という二つの語句がキーになるのではないだろうか?

物理現象や精神現象について言えるのは
「今この瞬間に存在して変化している」ということ。

それに関して人間が考えるのは
物事ははなぜ存在するのか?物事とは何か?物事はなぜ変化するのか?物事はどのように変化するのか?
物事の変化は決まってるのか?物事の変化を知る事はできるか?物事の変化を自由にできるか?

極めて難しい。物質や精神、ビックバンはなぜ存在してなぜ変化するのか。
存在と変化を起こす源、第一原因は何か?

72 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 23:38:33
ところでひとつ疑問なんだが
エネルギーってなんだ?

73 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 00:04:22
>>72
ある物事を成すための原動力じゃね?
ちなみに俺は「エネルギー≒気」だと思ってる。
だから「電気エネルギー」なんて呼び方は嫌w

74 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 00:36:11
いやさ
物質が移動する力をエネルギーと呼ぶのはわかるが
そうすると物質に依存しないエネルギーってあるのかな?と…

75 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 16:36:47
>>73
でも電エネルギーだとカコワルイな
誰か何かいいの思いつけ

76 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 18:00:50
つ 電ギー

77 :考える名無しさん:2006/12/17(日) 13:33:47
仮に全ての始点が存在すると考えると、それは物凄い人知を超えてるとしか
言いようの無い存在ではないだろうか?

第一原因はあらゆる物質を発生させ、更に物質の性質や物理法則まで決めた
第一原因は精神まで発生させ、更に精神が感じられる五感や思考まで発生させた
第一原因は精神を支配する法則を発生させた、もしくは精神の一つ一つを認識し
    <私の意識>が今のこの時代この人間の脳で生まれるという事まで決めた

これらの事を行った第一原因は何か?第一原因に意思や感情などあるのか?
第一原因は今もどこかで存在するのか?
謎だ・・・

78 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 13:05:10
真空が始点では?

79 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 20:08:18
真空とは?

80 :りくーつ・こねりー:2006/12/19(火) 20:45:46
確か、こんなことだったと思う

どんどこどんどこ、ひたすらエネルギーを空間から抜き続けても、
空間にはどうしてもエネルギーは残る、という意味での真空だと思う

で、その残りカスみたいなのがある状態から、
真空の相転移とかいうのが起こったとかいう物語だったと思う

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