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真理を決定するのは、結局、多数決なのか?

1 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 00:11:56
哲学を学んでいけばいくほど、世の中理屈に合わないことが多いと思わされる。

日本国憲法では、国民の平等を説いているのに、なぜ特権階級である皇室が存在しているのか?
人を殺してはいけないのに、なぜ死刑が存在するのか?

考えれば、結局それは、多数派が支持しているからである。
ニュートン力学や相対性理論が真理なのも、多数派の学者が支持しているからだ。
民主主義が正しいのも、多数派がそれを支持しているからだ。
1+1=2なのも、多数派がそれを支持しているからだ。

真理とは結局多数決、そのときの力関係によって決定されるのだろうか?
だったら、哲学とはいったい何の意味があるのだろうか?

2 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 00:14:44
      ∧_∧      ∧_∧
     _( ´∀`)    (´∀` )
  三(⌒),    ノ⊃    ( 1  )   糞スレは・・
     ̄/ /)  )      | |  |
    . 〈_)\_)      (__(___)

         ∧_∧  .∧_∧
         (  ´∀) (´∀` )
       ≡≡三 三ニ⌒) 1  .)   立てるなって・・
        /  /)  )  ̄.| |  |
        〈__)__)  (__(___)

           ∧_∧  ,__ ∧_∧
          (    ´)ノ ):;:;)∀`)
          /    ̄,ノ'' バ  )  言ったろーが!!
         C   /~ / /   /
         /   / 〉 (__(__./
         \__)\)
                      ヽ l //
            ∧_∧(⌒) ―― ★ ―――
            (    ) /|l  // | ヽ   ヴォケがーー!
           (/     ノl|ll / / |  ヽ
            (O  ノ 彡''   /  .|
            /  ./ 〉
            \__)_)




3 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 01:38:17
 平等も社会の目的の一つだとして、どんな平等が実現されるべきなのか。平等の実現された階級対立のない社会としては無階級社会・共産主義の理想と、一階級社会がある。
無階級社会は空想的ユートピアに過ぎないことは明らかである。歴史の進行につれ特権にしがみつく人々が必ず生まれると考えた方が現実的である。

 死刑制度と存廃問題

4 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 01:40:54
        ____________________
       /                            \
∧_∧  | >>1君さぁ こんなスレッド立てるから        |
( ´∀`)< 厨房って言われちゃうんだよ             |
( ∧∧ つ >―――――――――――――――――――‐<
 ( ゚Д゚) < おまえのスレを必要としてる奴なんて        |
 /つつ  | いないんだからさっさと回線切って首吊って逝け |
       \                            /
         ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




5 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 14:21:27
>>4
>>1の言ってることはもっともなことだと思うんだが、なぜ厨房とか言うんだ?

イデアとしての真理性、多数決原理の真理性、この二つをどうやって取り扱うかというものは
哲学板としては重要だと思うんだが。

6 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 17:59:17
「国民は平等」
これが(哲学的な)真理か??ww

7 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 18:51:41
う〜ん、たしかに真理とは普遍的で絶対的なものなのか?
それとも、その当時の多数派の意見によって変化する相対的なものなのか?
これはたしかに哲学板なりの答えを出すべき問題だと思うが。

8 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 18:55:17
>真理とは普遍的で絶対的なもの
こっちに決まってるじゃん。何いってんの?w

9 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 18:56:12
もしかして平等真理教にでも入ってらっしゃるんですか?

10 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 19:28:54
分類は図だからな。どこでやることかを決めると、人間のいるところは
数が多いところなんだ。だから、多数決を採ってるだけだ。

11 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 19:36:33
政治的決定の手段として多数決をとることは、
多数決で真理を決めるって事じゃないぞ。

12 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 19:39:04
政治で決めた事を真理だと思っている時点でアウトだろ。
>>1は哲学板じゃなく、他の板に言った方がいいよ。

13 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 19:48:27
民主主義は、構成員の価値とか意味を集約して表現するものであって
真理を作り出すものじゃないんだよ。

多くの哲学者にとって真理は価値のあるものかもしれないが、
一般人もそうだとは限らないって事だ。

勝手に、真実で無ければならないとか、真実を知らなければならないとか
普遍的真理に基づいた決定が為されなければならないと決めつけるんじゃないよ。

虚偽を選択してもいいんだよ。
真実を知ることが必ずしも幸せな事じゃないってこと。

だから、
>だったら、哲学とはいったい何の意味があるのだろうか?
そう思うならやめれば良いんだよ。
真理を知りたいと思ってやるのが哲学なんだから
知りたくなければやめればいい。

哲学を学んだというが、お前は一体何を学んだんだ?

14 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 20:34:07
>>1のいっていることは、政治的な話ばかりではないだろ。

ちゃんと相対性理論や数学の真理性についても言及している。
フッサールも真理の条件に普遍了解性、共通了解性というものを提出していた。

>>8
>こっちに決まってるじゃん。何いってんの?w

だったらその真理性をどうやって保障する?
どうして「1+1=2」なのか? どうしてこれは真理とされるのか?
「1+1=3」と回答したら間違いだといわれるのは、なぜか?
数学のイデア性ですら、多数決以外に根拠がないのではないか?

地球は丸い。しかし、知覚障害の人は地球の写真を見て、3角形や4角形に
見えるかもしれない。
なのに、どうして地球は丸いと判断されるのか?

普遍了解性、共通了解性以外に、真理を決定する方法はないのか?
もしないのなら、真理とはただの多数決になってしまう。

政治の話ではなくて、知覚や悟性レベルの話だよ。
そこまで突き詰めた場合の話だろ。

フッサール以来の難問だよ。

なぜこの問いを、仮にも哲学板の住人が厨房扱いするのか不思議だ。

竹田青嗣殻のサイトのコピペだが、
>繰り返すと、現象学は絶対的真理を否定します。真理の基礎づけなどとは、
>フッサールの言い回しにひっかかって、中身を読んでいないだけです。客観
>というものは存在しない、主観において確信が成立するだけだ、広範な共通
>了解が成立するときわれわれはそれを客観的とか客観存在と呼んでいるのだと。

15 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 20:46:10
>>14
真理であるか否かを決めるのは論理だよ。
大多数の人間が、真理であるものを、間違えて真理でないと思っていても、
その真理は真理として厳然と存在するんだよ

普遍了解性、共通了解性というのは要するに合理性だ。
合理的であれば、共通了解が可能だと言うだけで、
普遍了解性、共通了解性があっても、多数が了解するとは限らないんだよ。
多数は馬鹿かもしれないんだから。

なにで真理を保障するも何も、真理を保障する必要なんて別に無いんだよ。

16 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 20:47:57
1は、世の中理屈に合わないといけないと疑いもなく信じちゃってる点で、哲学に向いてないんだよl。

17 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 21:00:19
>>15
>その真理は真理として厳然と存在するんだよ

ほう、その根拠は?

>真理であるか否かを決めるのは論理だよ。

だから、論理のイデア性そのものを疑ってるんでしょ?
論理展開だって無限に存在する。
なかには詭弁やパラドックスといわれているものもある。
論理は人間が思っているほど、厳密で、普遍的で、不変的で、超越的なものではないのではないの?

真理を決定する論理と、真理をねじ曲げる詭弁の決定的な違いは?

多数決以外に、それを識別できるのかい?

18 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 21:06:07
>>1
>真理を決定するのは、結局、多数決なのか?
そうでもないよね。学問的真理は常に少数派から多数派に。
つまり、真理は口の上手さなりけり。w


19 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 21:09:18
真理が真理として存在するのは定義からして当然なんだよ。
それがあると仮定して、合理的思考でもってそれを探求するのが哲学だ。

そりゃあもしかしたら真理はないかもしれない。
合理に反する奇跡が起きるかもしれない。
しかし、起きないと仮定して考えるから哲学なんだろ。

詭弁は論理が通っているように見えて破綻しているから詭弁なんだよ。
論理が通ってる詭弁なんて無いんだよ。
矛盾するなら論理が通ってないって事だよ。

多数に認めてもらう必要なんて無いんだよ。

20 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 21:14:22
>>18
>そうでもないよね。学問的真理は常に少数派から多数派に。

そういう場合もあるけど、少数派のままで終わった学説のほうが多数でしょ。
少数派の学説は異端視されて、時には嘲笑、迫害の対象にすらなる。
相対性理論の否定する学者はどんなに真面目に唱えていても、トンデモ学者扱いされる。

たとえ後々支持を得て多数派になったとしても、やはり、それは多数派になったから
真理認定されたに過ぎないし。

やはり真理を決定するのは、多数決(多数の人間が共通了解する学説)ということになる。

>つまり、真理は口の上手さなりけり。w

そうなんだ。
もし客観的真理そのものを否定してしまうと、けっきょく真理とは口のうまさ、宣伝の
うまさ、多数派工作になる。
だったら哲学って、なに? となる。
ここが問題なんだよ。

21 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 21:19:27
>>20
哲学する人間にとって、真理が何の役にも立たないから無価値とはならないんだよ。
真理そのもの知ることそのものに価値を置いているのが哲学なんだから。

知ることに価値を置かず、人間の幸せに価値を置くなら、宗教でもやってりゃいいんだよ。

22 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 21:24:06
>>19
>矛盾するなら論理が通ってないって事だよ。

そうだけど、たとえば量子力学とか、どうなるの?
光は波であり、粒である。
粒子の存在場所は、確率論的にしか取り扱えない。

古典物理学者が量子力学の説明を受けたら、「矛盾している。論理が破綻している」
と認めないだろう。

ある量子力学の学者は「量子力学を利用できる人間は大勢いるが、量子力学を
理解している人間は一人もいない」といった。

アインシュタインも不確定性原理を認めなかった。
量子力学は実用性があるから真理認定されているのであって、合理的だから
認められているとはとてもじゃないが思えない。

23 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 21:26:42
珍しく良スレの悪寒。


24 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 21:41:07
俺も以前同じような事を考えたというか、その話題につながったよ。

実用性があるから真理認定されてるわけじゃないんだよ。
実用性があるから実用されてるだけ。

二重スリットの実験の矛盾を解決できないなら、
その説明は真理じゃないんだよ。

そう考えるから、アインシュタインも隠れた変数理論を出してきて
それに応じて、もしくは、それておは違う形で、学者達が矛盾を解決しようとしてるんだよ。
例えば、玉突き理論ってのもある。

認められなくても、真理はあるんだよ。
それが、「神はサイコロをふらない」という態度だ。

実用に耐えるからといって、真理とは限らないんだよ。

電子レンジは神様が暖めてくれるとか、火を使って暖めていると考えても、
暖まるものだというのは間違えてないから、日常生活に支障はきたさないだろう。

今の量子力学ってのはそういうことだ。
出発点で、何でか分からないが、こう考えておくとうまくいくから、こういうことにしておこうと言ってその上から理論を組み立ててる。
何でなのかは、おそらくこれからわかることだ。
分からないからと言って真理がないと言うことには為らない。



25 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 22:17:12
>>24
しかし、論理というものを考えれば、基本的な原則は、同一律、矛盾律、排中律だが、
矛盾律や排中律は弁証法で否定されている。
花であり、つぼみであるという、矛盾し、中途半端な状態はありえる。
運動すると言うことは、そこにおり、かつそこにいないということだ。(そこの矛盾を
鋭く突いたのが、ゼノンのアキレスと亀のパラドックスだし)

となると、鉄壁な論理というものは、もう同一律しかない。
花は花。つぼみはつぼみ。静止は静止。運動は運動。

しかし、悲しいかな、同一律は論理として発展性がない。
ただの同語反復をえんえん繰り返しているだけだ。

論理の根本原則がここまであいまいである以上、論理や合理に真理性を求めるの
は難しいのじゃないのかな?

26 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 22:21:45
>>25
「花でありかつ花でない」とか「そこにおりかつそこにいない」
がOKなら、同一律だって駄目なんじゃないの?

27 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 22:29:41
>>26
同一律は問題ないでしょ?

おんなじことを繰り返しているだけだし。
矛盾律や排中律は難癖つけられるけど、同一律は何も中身のあることを
いってないだけに、論理としては反論しようがない。

28 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 22:30:14
パラドックス(に見えるもの)なんて世の中にいくらでもあるんだよ。
俺たちの知性には限界があるんだから。

ゼノンのパラドックスもやがては解決される問題だ。
そう構えるから、パラドックスと呼ばれるんだよ。
解決する試論はいくつもある。

真理を確かめるには論理を使うしかない。

29 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 22:47:22
>>28
>ゼノンのパラドックスもやがては解決される問題だ。

でも、ゼノンのパラドックスはもう2500年近く論破できないんだよ。
たしかに、物理的に、現実的にはアキレスは簡単に亀に追いつける。

しかし、論理ではいくらいっても、亀には追いつけない。

これは本質的に論理が持つ欠陥のような気がするけど。

物理学は運動を線で捉えるが、論理学は運動も点でしか捉えられない。

たしかに物理学的にはゼノンのパラドックスは詭弁でしかない。
しかし、論理的にはその詭弁を論破できない。

2000年後も、ゼノンのパラドックスは論破できないと思うよ。

30 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 22:56:36
そりゃ運動を点でしか捉えられない既存の論理学に何らか欠陥があるって事だよ。
物理だって論理なんだから。
物理学で論破できるなら、論理的に論破したって事だよ。
論理学でできないなら、論理学の論理に欠陥があるだけの話だ。

これから永遠にこのパラドックスを解決できないと考えると言うことは、
世界には矛盾が存在すると考えると言うことだ。
それはつまり別の言い方をすると世界には奇跡があると考えると言うことだ。

それは正しいかもしれないが、そんなのは、哲学の場じゃお呼びでないんだよ。

31 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 02:41:46
>>30
>それはつまり別の言い方をすると世界には奇跡があると考えると言うことだ。

意味わからん。
どうしてパラドックスが存在したら、奇跡があると考えるの?

しょせん人間の作った論理学に、欠陥がないと考えるほうがどうかしてないか?

32 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 02:47:16
>>30
>物理学で論破できるなら、論理的に論破したって事だよ。

物理学で論破しているわけじゃないでしょ。
しょせん物理学は自然現象の後追い、後付でしかないんだから。
論理的に矛盾していても、物理学ではそれを受け入れなくてはいけない。

物理学にできることは論破じゃなくって、解釈であり、予測だよ。

物理学者がいくら亀に追いつく実験を繰り返したところで、ゼノンのパラドックスとは無関係。

33 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 03:01:59
解決できないパラドックスがあるって事は、論理で説明のつかないものがあるってことだろ?
それは奇跡以外のなにものでもないじゃないか。

現在の論理学でそのパラドックスを解決できないんだから欠陥があるのは承知してるよ。
それでも、論理でパラドックスを解決できる構えるから学問なんじゃないか。

34 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 15:02:19
俺は、哲学にも論理学にも数学にも詳しくない素人なんだが。

ゼノンのパラドックスって「定規」が曲がっているから起きるだけでしょ。
アキレスが亀を追い越す時間または距離を計るのに、
追い越す地点を極限とした漸近線の形をした定規を使っているから測定できないだけ。

真っ直ぐな定規を使えば、簡単に計れる。当然目盛りが合わなければ、
ちょっとしたモヤモヤ感は残るが現実に対応するには必要十分。

科学(物理でも論理でもいいけど)は、現実的に対応する定規を与えるだけ。
また、現実に対応する定規を用いなければ科学じゃない。
ゆえに、科学に真理なんぞ厳密には存在しない。
まあ、だからと言って多数決で現実が変わるわけでもないがなw

35 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 15:14:50
奇跡が起きることを信じている(仮定している)宗教と
奇跡が起きないことを信じている(仮定している)哲学と、
わからないものを信じている(仮定している)点では変わりないんだよ。

哲学の場では、論理で説明できないものはないと構えるんだよ。
哲学をするというのはそういうことだ。

36 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 15:41:22
間抜けな哲学というのはそういうことだ。


37 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 16:41:09
アメリカではトップ1パーセントの高額所得者が、
全米の国富の(土地も金融資産も含めてだが)
50パーセント以上を占有している。

アメリカ型の民主主義というのは
民衆が、自分らの利益に反するような指導者を選んでしまうほど巧妙に
全国のマスコミが組織・整備されており、かつ
民衆がそんなマスコミに簡単に乗せられてしまうほど
愚かな集団であるときにのみ成立する、
そういう民主主義なのだ。

日本においても、小泉のようなチンピラにけっこう人気が高く
貧富の差がますます拡大しているが、それでも
日本の民衆は、いまだに、自分らの利益を代表する勢力にではなく
自分らを搾取する勢力に政権を与え続けている。
こういう馬鹿者が優勢な国でこそ、日米タイプの「民主主義」が
成立しうるのである。

ところがタイではそうではない。
この国では、民主的に選挙を行えば、
みごとに、農民の味方であるタクシンに票があつまってしまうのである。これでは、中間層と富裕層にとっては不都合な政府ができあがってしまう。
よって軍事クーデターで政府をひっくりかえすしかないのだ。
民主主義による公明正大な選挙では勝てないからこそ
武力を行使するのである。
タイという国では、最低の貧乏人でさえ、自分らの利益を守って
くれるのが誰なのかに関して、日米の国民のような馬鹿丸出しの判断は
しないのである。


38 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 18:28:43
すこし議論を整理しよう。

>繰り返すと、現象学は絶対的真理を否定します。真理の基礎づけなどとは、
>フッサールの言い回しにひっかかって、中身を読んでいないだけです。客観
>というものは存在しない、主観において確信が成立するだけだ、広範な共通
>了解が成立するときわれわれはそれを客観的とか客観存在と呼んでいるのだと。

という意見があるように、

真理というのは、人間を超えて、超越的に、絶対的に存在するのか?
それとも絶対的真理は存在せず、ただの共通了解、多数決で決定される存在で
しかないのか?(つまり、あくまで人間の間でしか通用しない真理)

哲学板の住人はどっちを支持するんだい?
正確に集計することはできないが、どっちを支持する人間が多いのかぐらいは知りたいんだが。

39 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 18:53:47

>真理を決定するのは、結局、多数決なのか?
先ずは、真理とは何か?を知る必要は有りませんか?
まるで象と七人盲人の話しみたいですね。


40 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 19:10:13
哲学をする人は、絶対的真理があるとしないと始まらないと思うよ。
絶対的真理があるかどうかはわからないけれども
それがあると構えなければ、哲学は始まらないじゃないか。

41 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 19:50:24
フッサールについての部分に
客観というものは存在しない とあります
このままだとフッサールは一見 >>38
A.真理というのは、人間を超えて、超越的に、絶対的に存在するのか?
B.それとも絶対的真理は存在せず、ただの共通了解、多数決で決定される存在でしかない
のBの立場であるかのようにも取れますが 本当にそうなのでしょうか?

超越論的現象学でいう 存在 は
超越的である場合 存在 とは呼ばないことにする
という独特の定義をしているだけで
真理を想定していない とは言えない
ということはないでしょうか?

42 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 19:51:36
C.真理というのは、こっくりさんによって決定される

43 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 19:55:27
スレ違いなので41の質問は取り下げます
ごめんなさい

44 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 04:27:41

 具体的に「真理」の「候補」をあげてみろや >> 1
 お前の能力はそれで露呈発揮できるぞ。w

45 :Tar ◆SQIDAUQYpc :2006/10/14(土) 05:04:13
渡辺真理
飯島真理
天地真理
吉村真理

46 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 09:49:42

>37
なかなか賢い観察ですね。
私は資本主義と民主主義の異なる主義の共存に疑問を感じます。
もしかすると資本主義者が大衆を治め支配し他国に争いを仕掛ける為の口実として資本主義を唱えて要るのではないか?とね。

一つの国に主が二つ、なんて矛盾していますので片方は偽物ですよね。
とすると資本主義国の国民は騙されている事に成り、誰に騙されて要るのか?問題ですね。
騙されて人生が終わったら、たまんないですよね。


47 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 10:27:59
>一つの国に主が二つ、なんて矛盾していますので片方は偽物ですよね。

民主主義と平和主義は両立しない。
平和主義と社会主義は両立しない。
社会主義と民主主義は両立しない。
これと同じくらい馬鹿げた意見だな。
レベル低すぎ。

48 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 10:32:47
>多数決

プラグマティズムで提唱された考え方。特に新しい考え方ではない。


49 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 10:48:27
>>44
1が言っている真理というのは、一般的に、論理的、科学的、政治的に定説、正論、
常識として支持されているものすべてだろ。

すでに書いているように、「1+1=2」という数学的真理、相対性理論という科学的真理、
民主主義は正しいというイデオロギー的真理。
スレの途中に出てくる、同一律、矛盾律、排中律とか、「地球が丸い」というのも真理
のひとつになるだろう。

50 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 10:53:51
真理という言い方をしたらちょっと多義的で、神秘的な意味を含みすぎるから、
もっと単純に、

「正論と詭弁の違いは何か?」

という風に考えたらどうだろうか?

たとえば、こういう話がある。

ある殺人者Aが、ナイフで被害者Bを刺し殺した。
殺人者Aは裁判にかけられたが、その場でこう反論した。
「すべての運動は相対的である。私がナイフで被害者Bを刺したのではなく、
被害者Bのほうがナイフに刺さってきたのだ」
それを聞いた裁判官は唖然としてこう言った。
「それは詭弁だよ」

詭弁と呼ぶのは簡単だ。
おそらく多くの人間が殺人者Aの主張を「へ理屈だ」というだろう。

しかし、物理学的には殺人者Aの主張は正しい。
論理的にこの殺人者Aの主張を、詭弁と証明できるだろうか?

論理的には反駁不可能で、もしかしたら、やはり多数決によって詭弁と判断するしか
ないのではないだろうか?

正論と詭弁の違いが、誠実で緻密な論理の積み重ねではなく、ただ多数決に
よる力関係によって決定されるとしたら、それは論理性、合理性を至上価値とする
哲学にとって深刻な危機であり、挑戦なのではないだろうか?

51 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 11:13:19
>しかし、物理学的には殺人者Aの主張は正しい。

正しくないんじゃないの?

52 :十二使鳥:2006/10/14(土) 12:07:51
>>50
それは物理的にもおかしいな。
といっても物理自体が腐っているので物理で測ること自体がおかしい。

この世の有は無からなる。
一般に、相対的な見方は距離、重さ、磁気、熱気といった実体のない
もの(無)の働きにより、実像(有)は作られるのである。
殺人の場合の無は、殺意、という実体なきものであり、この殺意が形としての
殺人をつくるのである。
この殺意というものは普通、一方的なものであり相対的に捉えるものではない。
例外的に心中、安楽死といったものは相手も殺すことを望んでいるもので、
この場合は相対的であるといえるかもしれないが。

53 :十二使鳥:2006/10/14(土) 12:13:41

尚、法学自体も腐りきっている。
な。

54 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 14:42:42


>47
>民主主義と平和主義は両立しない。
>平和主義と社会主義は両立しない。
>社会主義と民主主義は両立しない。

平和主義を掲げてる国は何処ですか?

資本主義と民主主義も両立しませんよ。

55 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 14:55:49
確かに資本主義と民主主義は並び立つ者ではないよな。
民主主義のなかで経済分野の資本主義が認められているってことだろ。

56 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 14:57:58
被害者Bのほうがナイフに刺さってきたとしても、

その運動を生じさせたのは、お前の意志。

57 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 15:28:01
>>50
>私がナイフで被害者Bを刺したのではなく、
>被害者Bのほうがナイフに刺さってきたのだ

物理的に普通に区別できるよ。
言葉の問題ではない。裁判官がアホすぎ。

58 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 15:46:12

>55
資本至上主義の中で大衆をコントロールする為に、資本家達が民主主義を唱えてる、と言うのが事実じゃないの。


59 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 15:55:39
>>58
実態としてはそうかもしれないが、
構造はそうじゃないだろ?
民主主義の手続きで、資本主義を制限したり、もしくは資本主義でない経済を創ることも可能だ。
けれども、資本主義の論理で、民主主義を制限することはできない。

60 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 16:01:08
>>50
物理的に正しいかどうかではなく、法的に正しいかを論ずるのが裁判だから
「たとえBから寄ってきたとして、通常ありえないところ(犯行時の手の中)にナイフを固定してそれを収めようと努力をしていない
被告は運動の相対を語るほど知能に富んでいるのだから、どうなるか事後の予測ができたはずなのに発生を防ごうとしなかった
よって、害が及ぶことを予測しながら行為を続けていた被告には、被害者に対する十分な害意があったと容易に推測できる」
でおわりでない?

61 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 16:03:29
多数決に至るまでの過程を無視して、多数決だから正しくはないと言うのはちょっと…

62 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 16:08:37
屁理屈は理屈じゃないだよ。
論理が破綻しているが、それを指摘するのがめんどくさいから屁理屈と呼ばれるだけ。
破綻していないなら、それが正しい。

63 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 16:51:03

>59
民主主義とは一国の主権が人民にあること、を指しますが資本主義国の主権は財閥と言う資本家が握っています。
その財閥の指示で官僚が動き、国民が選んだ政治家に実行させる、と言う寸法です。
日本は米国の財閥が米国の官僚に指示し米国の官僚が日本の官僚に米国財閥の指示を伝え日本の官僚が日本の財界と
相談して政治家に米国官僚の指示通りに実行させる、と言う筋書きです。
つまり一国の主権が人民にあること、の民主主義は日本にも他の資本主義国のどこにも無いと言うことですね。
実態と実際も事実も同じなのです。
私が
資本至上主義の中で大衆をコントロールする為に、資本家達が民主主義を唱えてる、と言うのが事実じゃないの。
と言う意味がお分かりですか?

64 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:06:46
>資本主義国の主権は財閥と言う資本家が握っています。
ここからおかしいんだよ。

日本国民は、主権を行使して、経済の大きな部分に市場主義を採用しつつ、
公共事業を見れば分かるように、非市場主義も採用してる。

資本主義国ってのは、私有財産性と自由主義から派生する市場主義を重視してる国ぐらいの意味しかないんだよ。
資本主義国と呼ばれる日本にも、国有財産や公共事業はあるんだから。

従って、「民主主義のなかで経済分野の資本主義が認められている」というんだよ。

マルクス主義臭い文章書いてんじゃねーよ

65 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:25:40
日本の財閥というものをもって財閥の定義を考えていいのかどうか問題だが、
とりあえず、財閥と呼べるほどの規模を持った企業共同体ってのは、
戦後の財閥解体ということもあったが、創業者たちの手を事実上離れてしまっている。

経営上層部もほとんどは社員であって、「財閥を保有する資本家(個人ないしその家族)」というものは、
もう、漫画や小説のなかにしか存在しない。


66 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:26:48

>64
民主主義とは一国の主権が人民にあること、を指します。
日本と他の資本主義国家は主権が人民では有りませんので何処まで論議しても
資本主義は民主主義では無く資本主義なのですよ。
分からないほど、難しい説明ですか?当たり前の事ですよ?
マルクス主義の話しではなくて本当の民主主義の話しですよ。


67 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:33:02
具体的な何か情報をもって論じているのではなく、
単に自分の抱いてるイメージだけで言ってるような

68 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:42:53
>65
世界の富の60%が米国に集まっていますが、その冨の50%近く米国の財閥が握っています。
その米国財閥の意のままに日本の政治が成されています。
この50%近い冨は世界の冨の実に28%にあたります。
その財閥が信奉する28対72の法則、と言う話しを聞いたことが有りませんか?
それでも日本は「民主主義のなかで経済分野の資本主義が認められている」と言う国ですか?



69 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:45:41
>>68
>その米国財閥の意のままに日本の政治が成されています。

米国の財閥って「誰」ですか?
それから、「米国の財閥の意」ってどのようなものですか?

70 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:49:05

>67
分からない時は辞書を引け、ってね。
試しに辞書で民主主義を引いて見れば誰が
>具体的な何か情報をもって論じているのではなく、
>単に自分の抱いてるイメージだけで言ってるような
事を言ってるのか分かるから良いんじゃないの?


71 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:52:14
>>66
日本は国民主権じゃないんだ。へ〜。

資本主義が民主主義だなんて誰が言ってるんだよ。
お前、頭大丈夫か?

72 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 17:57:28
>>70
民主主義について十分わかったうえで言ってるんだけどな。
ちなみにイメージだけで云々っていうのは君のことだよ。

73 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 18:04:59
なんか、政治体系と経済体系をごっちゃに語ってるからおかしくなるんじゃないの?
片方がもう片方に対して干渉することはしばしば有るけど、vsで語るようなものじゃないと思うんだけどな

74 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 18:09:13

>69
>米国の財閥って「誰」ですか?
ユダヤ財閥です。
>それから、「米国の財閥の意」ってどのようなものですか?
ユダヤ民族の世界支配です。
イラクも北朝鮮も長い時間を使いユダヤ財閥に陥れられ双国の現状が有るのですよ。
エーそんな、って言われると思いますが事実は事実です。
ユダヤ財閥が信奉する78対22の宇宙法則に則って彼らは動いています。


75 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 18:09:59
そうそう、民主主義で、この程度の資本主義を採用してるんだよ。
気に入らないなら、もっと公共事業を増やすなりして、
「民から官へ」とやってもいいんだよ。

76 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 18:11:31
>>74
なんだってー!!!!

77 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 18:38:21
MMRスレだったか

78 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 19:58:58
資本主義は経済の方法
民主主義は政治参加の方法

比べる次元が違う物を並べて並び立たないとか言ってる奴はバカ。


79 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 20:07:58

民主主義=人民の為の人民に拠る政治=それ以外は民主主義では無い=民主主義国の存在は現在有りません
資本主義=資本家の為の財閥に拠る政治=民主主義では無い=日本・米国やその他の資本主義国

80 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 20:08:52
>>78
資本主義で政治を行うこともできるんだよ。
例えば、財産や納税額に応じて、票を割り当てるとかな。

なのに、政治は民主主義で、経済は資本主義というのはどういうことだってのが、
問題提起なんだろ。

だから、俺は、民主主義の枠内で、資本主義は認められているに過ぎないと言ってるんだ。
かなりの程度の経済を資本主義で運営することが効率がよく主権者である国民の利益になると判断してるから、
経済の大きな部分で、資本主義がとられているんだよ。

だから、資本主義と民主主義は並び立つものじゃなく、
民主主義>資本主義なんだよ。

81 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 20:15:49
>>74
>ユダヤ財閥です。
ユダヤ財閥って「誰」ですか?

>ユダヤ民族の世界支配です。
なぜそんなことを意図しているのですか?
つまり、それを行うことで、彼らは何か得をしますか?

82 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 20:18:27
>>79
あほか。独占禁止法は何のためにある。国民が国民のために創った法律だろ。
日本もアメリカも民主主義国なんだよ。

その中で、金持ちが財力でもってうまいこと金持ちでない国民をごまかしてるのかもしれないが、
ごまかす必要があるって事は、民主主義国だってことだ。

金持ちが力を持っても、それを許容してるのは国民だ。
累進課税を今程度のものにしているのは国民の判断だ。
金持ちがいるのが気に入らないなら、アホみたいな累進課税率を設定することもできる。
結果的に、国民全体が貧乏になるからそんな判断を、国民がしないだけだ。
国民一人一人が自由に行使できる一票を持っていてる限り、民主主義国であることには変わりないんだよ。


83 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 20:27:25

>78
>資本主義は経済の方法
>民主主義は政治参加の方法
国民が選んだ政治家で多数の党は政府与党と言う官僚のお抱え政治家に成ります。
従って大切な案件は政府の決めた事だから、と言って政治家が口を挟む余地は有りません。
資本主義国の民主主義は、どんなにあがいても官僚のロボット選び選挙、迄ですね。
資本主義>小さな小さな>民主主義です。

84 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 20:34:47
>国民が選んだ政治家で多数の党は政府与党と言う官僚のお抱え政治家に成ります。
ここからおかしいというか、何の説明もない。
いきなり、こんな極端な前提を持ってきて、
それに、基づいて、話を展開してもダメだよ。

>従って大切な案件は政府の決めた事だから、と言って政治家が口を挟む余地は有りません。
訊きたいのは、「従って」じゃなくて、「なぜなら」だよ。

お前の脳みそなら、UFOだって占いだって信じられるんだろうな。

85 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 20:38:28
日本の主権はユダヤ財閥にあるといってみたり、官僚にあると言ってみたり、お前はアホか?

86 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 20:38:42
多数決で決めるべきではないかどうか
多数決で決めようぜ

87 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 21:35:48
>>86
こういうの好き

88 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 21:44:13
>>51>>52>>57
せっかく論理の話をしてるんだから、ちゃんと一言レスじゃなくって、論理の積み重ねで否定してくれなきゃ。

ガリレオの相対性原理では、べつにどっちととってもいいはずでしょ。
列車が走ってるといってもいいし、列車の周囲の風景が高速で後方に下がっているといってもいい。
だったら、殺人者が刺したといってもいいし、被害者が刺さってきたといってもいい。

それはどの地点で観測するかによって違ってくる。

アインシュタインが日本に旅行に来たとき、つまづいてこけてしまった。
そのとき一緒にいた日本人が、「博士の相対性理論では、博士がこけたといってもいいし、
地球が博士に向かって動いてきたと言ってもいいんですよね?」と言って、アインシュタインが
苦笑したという話を聞いたことがある。

>>60
>被害者に対する十分な害意があったと容易に推測できる

たしかに一般論としては申し分のない答えだし、実際の検察や裁判官ならそう答えるだろう。
しかし、あくまで論理の話、ディベートの話として、

「推測に過ぎない。これはあくまで事故で、あるいは自殺であって、事件ではない」

と、殺人者Aが突っぱねたらどうだろう?
これ以上論理的に批判することができるだろうか?
「ああいえば上佑」という言葉があったが、どんな犯罪者だって、いくらでも自己弁護
の理屈はこねられるものだ。

>>62
>破綻していないなら、それが正しい。

そうだろうか?
突き詰めたら、矛盾律、排中律すら怪しいのに、安易に「破綻していない」などと決定できるだろうか?

89 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:08:39
>85
>日本の主権はユダヤ財閥にあるといってみたり、官僚にあると言ってみたり、お前はアホか?
権力の順位は>63で説明した
>日本は米国の財閥が米国の官僚に指示し米国の官僚が日本の官僚に米国財閥の指示を伝え日本の官僚が日本の財界と
>相談して政治家に米国官僚の指示通りに実行させる、と言う筋書きです。
とね。



90 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:09:25
>>50
しかし、その例はあまり説得力がないんではないですか。
「Aが故意にナイフでBを刺す」場合と、「AのナイフにBぶつかってきた」
場合では、AやBの脳の内部や体内の筋肉の運動など、物理的にも
全く違う事態だと思います。相対性理論で同一視できるものではありません。
それと、たとえば「Aがナイフを掴んで振り下ろす」動作が仮に
物理的に全く同じでも、ナイフの先にリンゴがある場合と人体がある場合では、
社会的な意味が全く違います。人体がある場合でも、Aが「故意」にやる
場合と「過失」でやる場合と「無意識に」やる場合では、全く意味が違います。
Bが「刺されることを希望していた」としたら、また全く意味が違います。
後者などは、本当は物理的には区別できません(脳内の物理状態を観測
できるわけではないので)。
このように、裁判というのはある物理状態の「社会的意味」をめぐるもの
なので、物理的にどうである、というのは二義的問題でしかないと思います。

91 :十二使鳥:2006/10/14(土) 22:19:12
>>88
>ちゃんと一言レスじゃなくって、論理の積み重ねで否定してくれなきゃ。
俺はひとことレスはしてないつもりだが・・・

>「推測に過ぎない。これはあくまで事故で、あるいは自殺であって、事件ではない」
と、殺人者Aが突っぱねたらどうだろう?

その通り。あくまでも推測でしかない。といってもいいものだろう。
物的証拠だけでは殺人罪は成立しにくい時もあり、状況証拠、証言
により、殺意の有無を推測するわけだ。殺意と言うものは実体が無い
ものだからしょうがない。
もともと第三者が裁く裁判は完全ではないのである。
真実を知る者は第三者ではなく、当事者なのだからな。

92 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:26:06
裁判は、「高い確率で殺人者である」ってことを認定する手続きであって、
殺人者であることを証明する手続きではないって事だな。

93 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:26:54
>>80
>資本主義で政治を行うこともできるんだよ。
>例えば、財産や納税額に応じて、票を割り当てるとかな。

それはちょっと時間がたつと立憲君主制になっちゃうんでは?
それである程度時間が経つと腐敗して革命で潰される

現状、資本主義が国を動かしているのは、民主主義というオブラートで多量の国民を騙しているから

94 :十二使鳥:2006/10/14(土) 22:28:09
>>92
そういうことになるな。
だから、低い確率で冤罪もあるわけだ。


95 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:29:02
>>89
国民がNOと言ってもその指示は通るのか?

お前の意見は、自民党が長い間、政権を持っているから、日本は一党独裁の国だと言ってるようなもんだ。

96 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:30:21
>>93
なんで立憲君主制になるの??なんでそんな言葉が出てくるんだ?

97 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:42:57

 アホウの宴会会場はここですか?


98 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:44:14
ちなみに刑事裁判で求められる証明の程度は
「合理的な疑いを容れない最高度の心証」と表現される。

99 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:51:25
哲学板なら「多数決とは何か」から考えるべきだろ?
民意とは何だ?権力とは何だ?
日本は本当に民主主義国家か?アメリカは民主主義国家か?
国際社会でそんなレベルで議論していたら笑われるぞ…。
政治の場で多数決が民意と思っている馬鹿はさすがにここにはいない
であろうが、もう少し法律を勉強せいよ。

100 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:53:28
>>96
専制君主制や独裁政治でもいいよ
資本主義上ではトップが替わる機会が非常に少ない
特に既得権益の誘導や法を自由に改変できればできるほどな
結果的には専制君主制になるわけ
一応決まりは設定されているから専制で無く立憲になるわけだ

101 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:53:56
「本当の民主主義国家」というのはどういう意味?

102 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:56:41
>>100
>資本主義上ではトップが替わる機会が非常に少ない

それは別に資本主義のせいではありません。
むしろ共産国のほうがトップが代わる機会が少ない。

103 :十二使鳥:2006/10/14(土) 22:58:39
じゃあ俺も。ちなみに最近法学の板でこのようなレスをした。

日本において殺人は合法である。
死刑がそれだ。
最近騒がれている飲酒運転によって人を殺した場合は、殺人ではない。
理由は飲酒運転の場合、死刑と違って殺意がないから。である。

死刑という言葉は軍隊を自衛隊と呼ぶのと同じようなものだな。
都合のいい話だ。形を変えることにより違法を合法にする。

有は無よりなる。形(有)だけではその本質は捉えられないものである。

104 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 22:58:49

>95
>国民がNOと言ってもその指示は通るのか?

国会で政府の決定だと言えば与党も野党も、その事の論議は終わりですよ。
これは、どの党が与党に成っても同じです。
政治家が官僚の言うことを聞かなければ手段を問わず地位を剥奪するシステムに資本主義は成っているのです。
官僚に従順な政治家を選ぶ選挙は国民向けのパホーマンスですよ。
小泉さんも就任当初、北朝鮮に赴いたことで米国の官僚からえらく怒られたんですよ。
米国が長い時間をかけて創り上げた北朝鮮の体制は米国のドル箱だからね。


105 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:01:58
>>100
仮に、君の言うとおりだとして、その状態は、寡頭政治じゃないのかな。
いわゆる大資本家というのは、一人しかいないわけじゃなかろう。

106 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:05:10
正確な意味で、刑法に罪の定義が書かれているわけではない。
罰則によって刑法上の罪は暗黙の上に定義されている。
 法律ではなにごとかを「行う」というときには「しなかった」場合も
含まれる。つまり法律上では「行為」は「無行為」も含まれる。
 論理的には「罰則」が「罪」を生む。民法には罰則がないが同様に、
刑法には罰則が存在する。じゃあ刑法に違反しなければ何をしてもよい
かといえばそんなわけではない。そこが社会性に疎いヒッキーにはまる
でわからん「社会規範」と「社会的制裁」というものがあるからだ。


107 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:05:21
>101
>「本当の民主主義国家」というのはどういう意味?
民主主義とは一国の主権が人民にあること、です。
人民に拠る人民の為の政治、が民主主義です。

108 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:06:39
納得した瞬間にしか存在しないのが真理
だって、時間軸がズレれば、真理の定義もズレるだろ?

それはともかく、詭弁でもいいから、一瞬でも全会一致になれば、それは一応、真理

109 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:08:26
>>101
「民主主義」というのはすべての人民の民意が反映できる国家という意
味であるならそんなものは世界中どこを探しても存在しないであろう。
と思えばよい

110 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:09:09
>>107
治者と被治者の自同性をもって国政に正当性を付与する、
という民主主義に関する一般的見解をどう思いますか?

111 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:09:11
>>100
株式会社みろ。きちんと株主総会が開かれて、
資本に応じた、多数決が行われている。
監査役もあって、取締役会もあって、それは、司法があって、内閣がある政治に似てるんだよ。
資本に応じた多数決が、独裁になるとは限らない。

>>104
>国会で政府の決定だと言えば与党も野党も、その事の論議は終わりですよ。
政府って何?官僚のこと?

>政治家が官僚の言うことを聞かなければ手段を問わず地位を剥奪するシステムに資本主義は成っているのです。
お前の言ってることは、何も根拠がないんだよ。陰謀論だけで。

>小泉さんも就任当初、北朝鮮に赴いたことで米国の官僚からえらく怒られたんですよ。
米国が日本に対して圧力をかけられるのと、日本が民主主義国であるのとは何も関係ない。
今のところ日本国民は、対米追従を支持してるだけ。




112 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:12:28
民主主義vs資本主義の人コテつけてくれないかなあ。
NGにするんで、話の所々に電波が混じるとやりにくくて・・・。

113 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:18:07
最初の頃の真理と多数決についての話題のほうが面白かった。
民主主義うんぬんはどっかで切り上げて、仕切り直してほしいな。

114 :十二使鳥:2006/10/14(土) 23:19:45
>>106
刑法に違反しようがしまいが何をしてもいいのだよ。

ストライキを禁止したところで旧国鉄職員はスト権を求めてストライキをしたし、
勤労の義務だといっても働いていない奴は腐るほどいて、実情は義務ではない。
刑法で殺人を禁止したところで殺人はある。

〜をしてはならない。ということは実はないんだな。
ただそれをすると反発を伴うこともある。というだけの話だ。

115 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:21:56
>>111 それは上場企業に限って言えるが、未上場についてはいかがな
ものか?
>>106 厳密に言えば刑法で規定されている「罪」とは国家にとってそ
の存続が危惧を感ぜしめるような罪を暗黙の前提にしているわけである
し、その方がすっきりする。ひきこもりが問題なのは、国家にとって
単なるお荷物でしかないわけで、生活保護の支出がこれ以上増えれば
国家にとっても非常に問題なわけで、社会的云々以前にこれ以上負債の
増加を防がないと日本は、他の国の資本を受け入れるほかなくなり、
国家としてのアイデンティティが崩壊し、国家そのものが瓦解の危機に
直面するからだ。(なぜそこがわからん人間が多いのか理解に苦しむが)
 人民がアパシー(無気力)になって滅んだ国家は昔から数多い(なぜ
か昔から中国に多い摩訶不思議)。それを歴史や法律を研究する人々が
警告しているにすぎない。

116 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:23:41
>>114
じゃあ死にたくないとしても、高層ビルの最上階からとびおりてはいけない、
ということもないんだな。


117 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:26:29
>>115
>他の国の資本を受け入れるほかなくなり、
>国家としてのアイデンティティが崩壊し

そんなんなら日本は終戦後の段階ですでに崩壊してるはずだが。



118 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:27:40
>>111
>株式会社みろ。きちんと株主総会が開かれて、
>資本に応じた、多数決が行われている。
カタチだけな
西武の創業者はその点よく分かっていた
確かあの会社は以前完璧な貴族性を敷いてたよな

119 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:29:24
真理は全ての人民に共有されている概念ではない。
正確に言えば民意を反映した正義とか社会規範というべきであるなら
多数決反映しているとも言える。
 しかし、「真理」とは多数決であるわけではない。それこそ「真理」
というのは「パラダイム」に近い概念として考え直すべきではないか。
 普遍性を伴っていなければ「真理」と言えないと言うなら、それこ
そ多数決で「真理」を共有しているということは「間違い」になって
しまう。

120 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:32:21
>>114
人間は本質的に自由だからね。
「〜してはいけない」というのは、「〜しないでね」ってことだ。

121 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:35:18
で、真理ってなに?

122 :十二使鳥:2006/10/14(土) 23:37:17
>>116
そんな奴いたな。テレビで見たことあるわ。
パラシュートで飛び降りてたわ。
死にたくなくて尚且つ、高層ビルの最上階から飛び降りた奴だな。あれは。


123 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:37:35
陰謀論になんで説得力がないかというとさ、
「そんなことしてそいうつらに何の得があるのか」
にまったく説得力がないのよ。

「世界を裏から支配している」で終わってる。
馬鹿じゃねえの?

支配してる、というのは、「コントロールしてる」ということだよな?
例えば、車を運転している奴は車をコントロールしてる。
なんで車をコントロールしてるかというと、どこか行きたいところがあるからだ。
もちろん、ドライブそのもを楽しむという目的もあるだろうが、
基本的には、「目的地へ行く」という目的のために、「コントロールする」という、
「作業」をやむを得ずやってるわけだ。
リムジンの後部座席で寝ているだけで目的地につけるなら、
「車の」コントロールなんて、他人に任したほうが、よっぽど楽なわけだ。

「世界を支配する」なんて、車の運転よりよっぽど大変なことをやって、どんな得があるのよ。



124 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:39:35
>>117 戦時中のアメリカや西欧の日本の歴史研究家は現代の研究者よ
り日本のことを研究していた節もある。日本のアイデンティティは、
欧米社会の様に言語化されてるアイデンティティではない。天皇制を
残したには確かな理由がある。天皇を処刑してたら日本から「日本人」
がいなくなったのではないか。坂口安吾はこのことを正確にわかってい
た。
「天皇制自体は真理ではなく、また自然でもないが、そこに至る歴史的
な発見や洞察において軽々しく否定しがたい深刻な意味を含んでおり、
ただ表面的な真理や自然法則だけでは割り切れない。」(「堕落論」)
 集合観念というか、共有している歴史感情が日本人というアイデンテ
ィティの深層に含まれている。

125 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:39:43
>>122
それで?


126 :十二使鳥:2006/10/14(土) 23:41:09
>>125
それだけ。

127 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:41:37
>>124
つまりさ、国家のアイデンティティなんてものは、経済とか資本とか
だけで簡単にわりきれるものじゃ無い、ってことじゃないの?

128 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:45:27
>>126
意味がよくわからないのですが。

129 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:46:30
>>90
>このように、裁判というのはある物理状態の「社会的意味」をめぐるもの
>なので、物理的にどうである、というのは二義的問題でしかないと思います。

たしかにそうなんだけど、その場合はやはりただ多数決で押し通していることになるんじゃないのかな?

「物理的に、現象的に、事実として、『殺人か、事故か、自殺か』が問題ではない。
裁判官が、陪審員の多数派が、殺人と認めたから殺人なんだ。裁判ではそれで充分だ」

という主張でしかない。

論理的に反駁しているつもりが、結局、多数決、社会常識を援用していることにならないだろうか?

論理のイデア性を維持するためには、はやりこの殺人者の詭弁を、論理的に反駁しないといけない。
「裁判だから、そんな理屈は通用しない。お前が否認し続けても、有罪は有罪なんだよ。刑は強制的に
執行される。世間をなめるな」
では、反駁したことにならないだろう。

裁判官や陪審員の多数派の支持抜きで、殺人者Aの主張そのものを突き崩し、
殺人であること認めさせないと論破したことにはならない。

130 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:47:29
意味の分からない質問するからじゃん>>116

131 :十二使鳥:2006/10/14(土) 23:49:51
>>128
>>116の・・・からとびおりてはいけない、
ということもないんだな。
というのに対し、飛び降りた人はいるよ。と言っただけど
何か変か?

132 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:50:01
>>130
意味がわからない?
>>114 が真であれば、 >>116 も真となるはずだと思うが。
そんなに難しいことか?



133 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:51:29
>>129
裁判にどんな夢を見ているのか知らないけど、
裁判は真理を追究する場じゃないんだよ。

134 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:52:07
中国や韓国が戦時中の天皇を「批判」はすれど「暗殺」は考えないのは
国際社会の「体面」ではないのは明らかだ。潜在的に日本の地雷は天皇
の生死にかかっているわけで、天皇は日本のアイデンティティを感じる
仏壇や境内と同じである。天皇制は宗教とは違うのはそこに規範や十戒
の様な「縛り」がないからである。そこの領域を侵犯しなければ日本人
でいられるわけである。
 はっきりいっておけば、天皇の暗殺こそが、最大の日本のアイデンテ
ィティにおけるタブーである。中国と韓国が恫喝しているが、恫喝こそ
「恐怖」の裏返しであってガキの論理でいえば見栄に近いものだ。

135 :十二使鳥:2006/10/14(土) 23:55:04
>>132
真もなにも、そのまんまじゃん。
どこがおかしいの?
禁止すればなくなるというものじゃないでしょ。
禁止したってやる奴はやるんだから。

136 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:56:05
>>131
質問の答えにはなっていませんよね?

137 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:58:17
>>132
>>114は「〜してはいけない」というのはどういう意味かを説明したんだよ。
それは「〜できない」って意味じゃないから、
人を殺すこともできるし、ビルから飛び降りることもできる。
「〜してはいけない」というのは、反発を起こすことに過ぎないと言ったんだ。

とんちんかんな質問してんじゃねーよ。

138 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:59:33
 天皇がいなくなれば間違いなく「日本人」は日本に住んでいられなく
なる。国無き民、流浪の民族になる。ユダヤやクルド等歴史的な背景
を背負ったテロリストになる一団もあるだろうが、経済に溶け込み、
ユダヤ商人とは違うベクトルで世界を動かす民族になるかもしれない。
 その方がアイデンティティを感じやすくなるかもしれないが、非常に
恐ろしい未来ではある。

139 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 23:59:41
>>136は陰謀論の人ですか?

140 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:02:44
>>138は陰謀論の人だよね。

141 :十二使鳥:2006/10/15(日) 00:04:02
>>137
そういうこと。

142 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:04:36
殺人の裁判のケース以外にも、詭弁の例はある。

AとBがジャンケンをした。
Aがパーを出したのを確認した後、Bはチョキを出し、「オレの勝ちだ」と言った。
面食らったAは、「ちょっと待てよ、後出しだろ?」と言ったが、「は? お前が早く出しすぎただけだろ?」とBは臆面もなく答えた。
第三者はいないから、多数決は成立しない。

この場合、AはBをどうやって論破する?
第三者のいない状態で、Bを論破し、過ちを認めさせることができるだろうか?

143 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:08:55
>>135
>禁止すればなくなるというものじゃないでしょ。
>禁止したってやる奴はやるんだから。
まったくそのとおりですね。

というか、あなたの言う「いけない」の意味は、
「誰かが禁止している」という意味なのか、
「実行不可能」であるという意味なのか、
どちらですか?

>>114
を読むと、前半は前者の意味で「いけない」を使いながら、
後者の意味に該当するものが無い、という理由で、「いけないということはない」
と結論づけていらっしゃいますよね?
これは矛盾していませんか?

私が申し上げているのは、「自分以外の誰かが禁止した」「実行不可能である」
以外にも、我々が「いけない」と考えていることはあるのじゃないかということです。
医者に酒を止められたとき、酒を飲んでは「いけない」のは、
医者が禁止したからでしょうか?それとも、酒を飲むという行為が不可能だという予言を医者がしたのでしょうか?

144 :十二使鳥:2006/10/15(日) 00:12:07
>>142
これはBに過ちがある前提があるが、なぜそのような前提が
できたのかな?

145 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:12:30
>>142
じゃんけんのルール上、出すべき時間よりもAが早く出していたら、Bの言ってることが正しいし、
Bが遅く出していたら、Aの言ってることが正しい。

仮に、Bが遅く出していたとしたら、
Bを納得させることができなくても、証拠が無くても、
事実は事実として存在する。

論破できなくても、真理は真理として存在するんだよ。


146 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:14:00
>>137
>それは「〜できない」って意味じゃないから、
>人を殺すこともできるし、ビルから飛び降りることもできる。
まったくそのとおりですね。

>「〜してはいけない」というのは、反発を起こすことに過ぎないと言ったんだ。
ですから、「死にたくない場合に高層ビルから飛び降りること」も、
「いけなくない」ことになりませんか?
現にできるわけですから。

どこか間違っているでしょうか?




147 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:15:08
子供の主体性や権利の尊重という美名の下で行われた戦後教育
で学級崩壊が起こっている。
実はこれは日本だけのことではない。
かつてはアメリカでも左翼系の学者が唱える
「生徒が悪いのではない、制度が悪いのである」
「すべての規制から解放すれば、生徒は生き生きと甦る」
「個人個人のニーズに合致させる教育」
「学年や教材や、時間割に縛られることなく自由に」
「従来のような画一的な学校体制を強いるのはよくない」
というような理念の下で行われた非管理教育だった。
その結果誕生したのは、アメリカ映画「暴力教室」に見られるような学校だ。
日本では銃は普通手に入らないし、覚醒剤もそう簡単には手に入らないから
、アメリカほど酷くはならないが、学級崩壊が起こっている。
で、1990年にブッシュ大統領は国家教育目標六項目を発表し、翌年には
「アメリカ2000教育戦略」として、「我が国を本来あるべき姿に戻すために」
というキャッチフレーズで2000年までに国家教育目標を達成するための戦略
を打ち出した。
それが、非管理教育を完全に否定したゼロトレランス政策(非寛容の政策)。
これをクリントン大統領が引継ぎ、「各学校は、規則を強化し、ゼロトレランス
方式を確立すること」を全国民に呼びかけた(クリントンコール)。

148 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:15:42
それによって数年のうちに学校の規律は回復し、見事に立ち直った。
少年の犯罪も減少し、最初に導入したワシントンのタコマ市では91年に殺人を含め二百件
あった暴力事件が92年には百件を下回った。
この年にさらにゼロトレランスを強化したところ、93年にはたったの4件、94年
3件と暴力事件が激減し、ほとんど皆無の状態になった。
この「ゼロトレランス」方式の方法と理念はこういったもの。

1、地区教育委員会は、細かい生徒行動綱領を示す。
各学校は、それに則り、その学校に適合するさらに細かい規則を整備し、その
ディシプリン(規律や罰則)をあらかじめ生徒、父母、コミュニティーに
周知し、徹底しておく。
2、自らの行動に責任がとれる年齢(小学校高学年以上)に達した生徒は、自ら
の行動に対し責任を持たせる。
もし規律・規則違反があれば直ちに罰を受ける。
その罰を体験し自分の犯した行為を反省し、自らで立ち直る。
3、ゼロトレランスの適用に関しては、厳正に、平等に行う。
日常の学業成績とか、特別の状況、理由、個人的な環境などによって適用が
偏向されないことが特に留意される。

149 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:15:52
>>133
裁判に夢見てるわけじゃないだろ。
裁判は多数決のよって判決が成立するが、それに対して論理の緻密な積み重ねと
して、殺人者Aを論破できるのか? 論理のイデアの独立性を維持できるかって言う
話をしてるんでしょ?

スレの意図を理解してくれよ。
裁判と言うのはただの例えでしかない。べつに場所が、法廷でなくてもかまわない。

150 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:16:43
で、ゼロトレランス政策は、生徒の問題行為に対しては、早期に指導し
、生徒に大きな過ちを犯させないことを最大の目的としている。

1、細かい規則に従って、プログレッシブに規律指導を行う。
すなわち、小さな規則違反のうちに軽い罰を与えて、早期に立ち直らせる。
決して大きな問題非行行為を起こさせるまで放置しないという配慮である。
2、この指導法は、大多数の善良な生徒に対しては、何の痛痒も感じさせていない。
事実、多くの善良な生徒にとっては、何の拘束感も持つことなく、明るく
学校生活をエンジョイできる環境となったているのである。
3、規則の制限内で個人の行動と自由が保障されるという、自由と民主主義
社会の原則を、学校生活の中で体験させるのである。

151 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:17:36
>というような理念の下で行われた非管理教育だった。
>その結果誕生したのは、アメリカ映画「暴力教室」に見られるような学校だ。

プラトンが「国家」で予言していたことそのままなわけだが。
しかし、「そうならないため」のプラトンの提案というのが・・・。


152 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:18:11
現在のアメリカではロッカー検査を行う規定があり、管理職の教師は生徒の
ロッカーの鍵を持っていて、自由に開けられる。
朝の登校時に、通学バスを利用する場合は、待つときに必ず規律正しく
整列させる。
小・中学校においては、放課に子供が水を飲むときにおいても教師が監督し
て、きちっと整列させている。
ランチタイムに食堂へ入るときも、必ず教師の監督のもとに、廊下で座って
順番を待っている。
マーティンルーサーキング高校においては、登校時に、玄関の入り口に設置
されている金属探知機の前で監督の教師のもとに整然と並んで待っている。
特筆すべきは、廊下の壁面、天井の梁、ロビーなど生徒の目につく至るところ
に、人格的徳目や、道徳的フレーズが書かれている。
人格的徳目としては、自己規律、思いやり、責任、友情、勉強、勇気、忍耐、
正直、忠誠、秩序と規律、信仰など。

153 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:19:16
>>142
すかさず「まぁいいか、負けるが勝ちだもんな」とこちらも臆面もなく返せれば
実利は得れなくとも精神的に多少は溜飲も下がるかもしれん。
この手の解釈変更はあんまり好きじゃないけどね。

154 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:21:44
>>143 
「(実行不可能であるという意味の)〜してはならない。」ということは実はないってことだろ。
字面ばかり追ってないで、それくらい読み取れ。

>>146
それが、「いけなくない」こと(できること)だから何なんだよ?何が言いたいのかさっぱりわからん。

155 :138:2006/10/15(日) 00:23:00
>>140 よく読めアホ。日本人の知的財産が流出しようが俺はかまわん。
はっきりいって愛国心ゼロのモナドなんで俺。
中国や韓国はその気はないと暗に言ってるのがわからんか?つまり、
地雷を避けて苛め抜こうとしている程度の話だ。ユダヤが世界経済の
中枢を握るだの中国や韓国が日本を占領しようとか考えるなら、陰謀論
であろうが、少なくとも正確に陰謀を企んでいるなら北朝鮮ですらあや
しいし、正確な意味で暴走に拍車をかけている世界経済を制御している
とか夢物語に付き合う気もない。つまり日本人のアイデンテ ィティは
虚数というかブラックホールの様なものじゃないかと思っているだけだ。


156 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:25:22
>>142
いっそ臆面もなく「パーとチョキならパーの勝ちだろ」と言い切ってしまえばどうだ?w

157 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:32:09
>>154
>「(実行不可能であるという意味の)〜してはならない。」ということは実はないってことだろ。
なるほど、「(実行不可能であるという意味の)〜してはならない。」に「限って」、
「実は無い」とおっしゃっているわけですね。


158 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:38:52
>>129
>たしかにそうなんだけど、その場合はやはりただ多数決で押し通していることになるんじゃないのかな?

>>50の例は、全く違うと思いますよ。
「Aが故意にナイフでBを刺した」と「Aの持ったナイフにBがぶつかって
きた」では、物理的にも全く違う事態であって、相対性理論で同一視する
ようなものではありません。仮に現場を撮影したビデオがあれば、
誰が見ても両者の違いは一目瞭然でしょう。また、Aがナイフを持つに至った
経緯まで事実関係を特定すれば、Aにどのような意図があったかは
容易に推測できるわけです。Aがそのような言い訳をしても、A自身が
それが論理的に正しいと本気で信じているということは、
(狂人でない限り)まず有り得ません。
どうも誤解があるようですが、第一に、事実関係は論理によって特定できる
ものではありません。事実関係はあくまでも観察・経験によって特定する
(あるいは推測する)しかありません。
第二に、別に物理や数学だけが「論理」ではありません。法律の世界の
「論理」は、いわゆる「法解釈」や「経験則」に基づくものが主なので、
物理や数学の論理とは全く別ものなのです。だからといって、どちらが
本物でどちらが偽物、というものではありません。

159 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:42:43
>>158
>物理的にも全く違う事態であって

だからどう違うの?
誰もこの点に答えてくれない。
「だって、すべての運動は相対的なのだから」という意見に反論してないじゃない。

160 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:50:04
>>159
それは、上にも書いた通り、AやBの身体内部の筋肉の動きも、
脳の内部のニューロンの発火具合も、何もかも違いますよ。
AとBの関係性(どこで生まれてどこで知り合ってどんな利害関係
を持っていたか)とか、刺されるまでの行動(Aがいつどこで
ナイフを手に入れたかとか、どういう経緯で会ったのかとか)も、
行為の意味を推察するためには当然考える必要があります。
ただ単に「質点Aと質点Bの距離が縮んでぶつかった」という
話とは、まるっきり物理的にも別な話です。

161 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:50:44
>>158
>法律の世界の「論理」は、いわゆる「法解釈」や「経験則」に基づくものが主なので、
>物理や数学の論理とは全く別ものなのです。

例え法解釈で考えても、殺人者Aが「殺人ではなく、事故であり、自殺である」と主張したらどうするの?

162 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:53:50
>>160
>AやBの身体内部の筋肉の動きも、
>脳の内部のニューロンの発火具合も、何もかも違いますよ。

ほう? 一般的な目撃者しかいなかったらどうするの?
筋肉の動きやニューロンの発火具合なんて、身体内部的なものは、
瞬間的な目撃者にはわからないでしょ。

観察器具や脳波計を、殺人者Aにつけていたわけじゃないんだから。

163 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:54:52
>>159
AのナイフがBに向かっていったのか
BがAのナイフに向かっていったのか
裁判では問題にならないって事だよ。
どちらが殺意をもって殺人という結果を引き起こしたと思われるかが問題になるだけ。

どちらが真実かと問われれれば、どちらとも言えない。

普通、AがBをさしたと言うときは、
「仮に、Bが動いていないとすると」というような前提が省かれてるんだよ。
めんどくさいから。

真理は、全ての運動は相対的だと言うことだ。

164 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:57:39
>>161
仮に「事実関係がはっきりしているなら(目撃者が大勢いるとか)」、そんな主張は
「論理によって」一蹴できます。「AがBをナイフで刺した」と
「BがAのナイフに自分でぶつかった」は明白に別の物理的事実ですから。
ただし、「事実関係がどうであるか」は、論理によっては全然決定できません。
現実に、殺人でなく事故か自殺である可能性もあるのであって、
それは論理の問題ではないのです。世界最高の論理学者でも、裁判官や
裁判員としては全くの無能である、ということも、大いに有り得ます。

165 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 00:59:11
多数決をとれば、BがAのナイフに向かっていったというのは、間違いだと答える人が多数になるだろうよ。

しかし、本当は、全ての運動は相対的なんだから、Bが動いていないというような仮定がなければそれは間違いだ。

多数の人に理解してもらえなくても、全ての運動は相対的という真理は真理としてある。

多数決で真理が決まるなんてことはないんだよ。

166 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:01:43
>>162
わかるわからないは全く関係ありません。それは事実関係の
確定の問題なので。
というか、普通の目撃者であれば、「AがBを刺した」と
「BがAのナイフにぶつかった」の違いなど、両者の身体運動を
見れば一目瞭然にわかります。
申し訳ないですが、どうも>>50の例はこのスレの例題としては
あまりふさわしいとは思えません。

167 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:05:11
真理は形式と内容の正しさにあるのであって、多数決とは何の関係も無い。

168 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:09:26
相対とかいうことを言い出すからややこしくなるんじゃなかろうかね。

Aが殺意を持って自分の意識でBを刺したとしても、
「殺意を持つこと」「刺そうとすること」もあらかじめ決まっていて、
Aは「殺意を持つしかなかった」「刺すしかなかった」としたら?

169 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:14:14
>>168
それは単なる事実や解釈、見方で、真理かどうかは別問題。

170 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:19:43
>>163
普通、裁判や日常生活においては、「地面が止まっているとするとと」言う仮定があるんだよ。

171 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:19:56
裁判の判決は裁判官の心証主義を採用している。
要するに裁判官(長)がそう思ったということがイコール判決である。
最高裁まで上告してもその原理に変わりはない。
裁判官(長)という人間がどう思うか?であって、法律家や評論家が
どう批評しようが判例が一番強力な根拠であることに違いはない。

172 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:24:10
>>169
「Aはそうするしかなかったから罪には問えない」といったら?

173 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:24:13
通常、法律などのルールは、「地面が止まっている」と仮定して組み立てられているんだから、
裁判で、運動は相対的だからなんて言ってもダメなんだよ。

174 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:27:36
法的真理は裁判官に体現されている。スターリンのように・・・

175 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:29:01
極端になるが、左翼教育の象徴として。

小林秀雄は「考えるヒント」(新潮社)で某中学教師の手記にある次のような事件
を紹介している。
クラス討議の時間、先生が議題の「教室であばれないやうに」について、「教室
で、あばれては、何故いけないのか」と生徒に問う。
生徒は「教室は勉強するところだからです」「あばれたければ、校庭に出れば、よい」
と答える。
先生は「校庭では、無論、あばれてもよい。しかし、教室では何故あばれてはいけない
のか」と重ねて問う。
生徒は混乱して騒然とし、一人が「常識ぢゃないか」と言ったのを聞きつけた先生は
続ける。
「常識?常識って何だね。そんなわかったやうな、わからないやうな、いいかげんな
ものは信じられないね」
「議長ッ!」と手をあげた生徒が言う。
「教室で、あばれると、窓ガラスや机や椅子をこはすからいけないのです」。
これに対して先生はこう答えた。
「うん、なるほど。だが、何故、窓ガラスや机や椅子をこはしてはいけないのか。
君たちはあばれたい。それなら、ちょっとあばれるとこはれるやうな安物のガラス
を、何故入れて置くか、と考えないか」先生は窓ガラスを指で弾いて言う。
「こんなやくざなガラスを入れたのは誰か。やくざな政治家だ。政治が、なっていないのだ」
それ以降、生徒は教室で暴れ放題に暴れることを、決して止めなかったという。
「「悪魔祓い」の戦後史」稲垣武

176 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:47:46
一定の前提の元で教室で暴れてはいけないというのは、
最大多数の最大幸福を実現するルールなんだよ。

なぜそうであるか、説明できるけれども、説明するのがめんどくさい。
だから、普通、説明しないんだ。

デカルトも、自分は全ての常識を疑ってみるけれども、
真理がわからない間は、常識と呼ばれるものに従って生活しようと思うといってる。

先生が言ってることは詭弁でも何でもない。論理の途中であるだけだ。

この議論の結果は、教室で暴れてはいけない理由がわからないということだけだ。
まだ考えなければならないことはある以上、暴れても良いという結論は出ていない。

それなのに、生徒が暴れるという選択をするのが、馬鹿なんだ。




177 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 01:49:46
わからない間は、常識に従うのが安全だというような、保守思想がないのが問題だ。
詭弁とよばれるものが問題なんじゃない。

178 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 02:01:57
暴れる生徒は自然に近く、先生は規範に近い。倫理はその間にある。

179 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 02:02:23
極論すると教育改革で今必要なのはスパルタ手前の躾だよ
どう論を並べたところでとりあえず恐怖で縛らない限りガキは従わない
これが現実、理を並べたところでガキには聞く耳も解する頭も尊重する気も
ないんだからね

180 :十二使鳥:2006/10/15(日) 09:02:36
暴れてはいけない。を
暴れてもいい。ということにすればいいんだよ。
そうすれば先生も暴れられる。

生徒がおかしければ先生が暴れる。
先生がおかしければ生徒が暴れる。

理想社会だと思うが。

181 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 10:00:32
>>180
>そうすれば先生も暴れられる。

>理想社会だと思うが。

何がうれしいの?


182 :sophia ◆8ADoZCl6.k :2006/10/15(日) 10:08:13
>>1
Nativism
Empricism
Rationalism
Aetheticism
Pragmatism
Consensus (多数決)
Monism
Dualism

多数決以外にも数えたらキリが無いほどいっぱいあるよね。

183 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 10:33:26
>>142
論破なんかはしない
そんな阿呆には「もう一度だけやろうよ」と下手に出て腹にグーをお見舞いしてやる
んですごむ
そんなアホな論が通るのは相手との関係が対等なときだけだからな

184 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 10:57:16
>>159
・・・・
えっと、ばかげたこと言うけど、Bが地に足ついて、Bの背景が変わらない場合
Aの方からBへ近づいたという風にしか見えないけど、Bからも近づいているの?
もし近づいているなら、Bは地面や背景と一緒に動いているの?

185 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 11:10:27
>>184は相対性云々じゃなくっての話です。

186 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 11:10:44
そりゃそうだろ。
Aだけ動くのとA以外のすべてが動くのは区別できないって話なんだから。

187 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 11:15:31
>>184
別にばかげてはいないよ。
>>50の例では、問題になるのは、AとBと地面や床や目撃者(C)の
相対位置。BとCの相対位置に変化がなくて、AとBCの相対位置に
変化があるなら、それは
1.AがBCに向かって動いた。
2.BCがAに向かって動いた。
3.両方が互いに向かって動いた。 の、どれか。
そもそも、物体が動くにはエネルギーが必要だが、BCだけに外部から
エネルギーが作用した、という事実はない。内部からエネルギーが作用した、
という事実(地震で揺れ動いた)という事実もない。あればわかる。

Aだけに外部からエネルギーが作用したという事実(室内で局部的に
突風が吹いたとか、誰かが突き飛ばしたとか)はない。あればわかる。
あと残る可能性は、Aの内部からエネルギーが作用した、つまり、Aの
筋肉がAの肉体を動かした、という可能性しか、残らない。実際にそれが
起こったかどうか、Aの身体の動きを見ていれば、馬鹿でもわかる。

188 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 11:22:41
>>187
まさに、そういうイメージです。言葉足らずでごめんなさい。
どう見てもAが動いたようにしか見えない。Aが動いていないなら
A以外の全てがA側にスライドしたことになるけど・・・。

189 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 19:04:45
この流れが馬鹿げていると思うのだが

190 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 19:30:03
>>187
>あと残る可能性は、Aの内部からエネルギーが作用した

たしかに常識的に言えばそうだろうけど、その内部のエネルギーを計測していたわけじゃないから、
目撃者Cにも証明できないんじゃないの?

たとえば、殺人者Aがナイフを構えてジャンプした。
その瞬間、地球の動きが変わって、一気に殺人者Aの後方に移動した。
当然、一緒にBもCも地球ごとAに接近してきたので、ナイフに刺さってしまった。

191 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 20:34:15
>>1
「大衆(大多数の考えていること)は常に間違っている」

192 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 21:54:53
>>191 正確ではないな
「大衆(大多数の考えていること)は常に間違いを含んでいる」

193 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 22:14:36
>>190
あなたが言ってるのは、殺人者Aが静止している座標系での解釈。
一般社会で通用しているのは、地面が静止している座標系での解釈。

194 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 22:18:35
で、(多数派の)間違いとは何かと言えば、
論理が通っていないことを言うんだから、
真理というのは、多数派の意見を意味するのではなく、論理が通っていることを指して言うんだよ。
多数に支持されていなくても、万人が理解できなくも、真理は存在する。

真理の共通了解性とか言うのは、
論理が通っていれば、共通了解の可能性が高いということを言っているだけで、
共通了解されたことが真理だと言ってるわけじゃないんだよ。
真理なら、万人の支持を得られる可能性が高いというだけだ。

だから、万人が支持したとしても、論理が破綻していれば、真理ではない。


195 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 22:39:38
多数派は自分たちが支持しているものが真理だと思い込んでいる。

196 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 22:41:05
>>194
>論理が通っている

「論理が通っている」ということそのものが、多数決によって決定されるんじゃないの?
自分なりに誠実に理路整然と主張したのに、「それは詭弁だ」って言われたことはないかい?

何が論理的なのか? 何に論理が飛躍しているのか? も、結局は感受性でしかない。
歌や映画を面白いと思うような感受性と同じなんじゃないのかな?

197 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 22:43:15
>>193
そうだけど、論理的には両方解釈できるというという点を、殺人者Aは主張してるんでしょ?
「私か動いている座標系だけ考えるのは一方的だ」とか言い出したらどうするの?

198 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 22:56:37
>>197
>>173

199 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 22:57:41
>>195
>>196

だから、他人がどう思っていようが、関係ないんだよ。
論理が通っているという状態は、他人がいくら詭弁だと言おうが、存在するんだよ。

大多数のアホが、論理の通っていないものを真理と信じ込んでいるからってなんなんだよ。

>>197
地面を動かないものとして仮定すると、AのナイフがBに刺さったというのは真である。
だから、地面を動かない者として仮定して作ったルールの中で、Aが裁かれるのは当然なんだよ。
仮定がなければ、どちらともいえない。それだけの話。
ナイフが動いてないものと仮定すると、AのナイフにBが刺さったというのが真になる。
それでも、ルールは、めんどくさいからいちいち書かないが地面を動かないものと仮定しているんだから、
Aはそのルールの中で殺人者なんだよ。

それだけの話だ。

200 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 23:02:44
>>197
>>60で終わり

201 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 23:51:23
>>198
なら、「そのルール、仮定を改めるべきだ。そんな仮定はただの勝手な偏見、先入観
であり、相対性原理という物理法則が優先されるのは当然のことだ。これを画期的な
判例として裁判の記録に残さなくてはならない」と殺人者Aが主張しだしたら?

でも、そもそもこの問題は、詭弁論破の話なんだから、裁判のルールとか
持ち出しても意味ないよ。
裁判というのは物語の舞台設定でしかない。
いかに、論理だけで、その殺人者Aを論破して、過ちを認めさせるかなんだから。

「裁判のルールだから、君が何を言おうが強制執行」では、そのまんま力で押し通す多数決原理でしょ。
論理のイデア性ではないよ。社会的圧力、世論を無視して論理だけで考えないと。

202 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 23:52:43
>>199
>論理が通っているという状態は、他人がいくら詭弁だと言おうが、存在するんだよ

ほう? それじゃ、「1+1=3」と他人が主張しているのを見て、君は納得するの?

203 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:02:42
>>201
それがわかってるなら、裁判の例を持ち出すなよ。

裁判を離れていえば・・・

「地面が動いていない(地面を観測者の視点)と仮定すれば、AのナイフがBに向かっていった」というのが真。
「ナイフが動いていないと仮定すれば、AのナイフにBが向かっていった」というのが真。

「AのナイフがBに向かっていった」というのは、おそらく多数派の意見だが、
(仮定がめんどくさいから省かれていると考えない限りは、)真ではない。

多数派の意見が真理でないのがよくわかるだろ?

>>202
はぁ?納得しないよ。納得しないから何なんだ?
他人が、「1+1=3」と主張してるからといってなんだと言うんだ?
もっと実りのある質問しろよ。
それとも、その質問の意図をこれから説明してくれるのか?

204 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:05:06
>>201
つまり、「ナイフが動いていないと仮定すれば、AのナイフにBが向かっていったといえる」という犯罪者Aの主張は
詭弁でも何でもないんだよ。 正しいことを言ってるんだ。
(関係ないが、裁判においては、それが正しいからと言って無罪になる訳じゃない)

205 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:06:16
おまいら楽しそうでいいよな。
そんな話に興味わかねえー。

206 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:11:28
>>205
楽しいよ。何の役にも立たないだろうことは承知だが。


さらに言っとこう。
「1+1=2」が真理だと言うとき。
そこには、「1は〜であるとすると」「+は〜であるとすると」「=は(ry」「2は(ry」
という仮定があるんだ。めんどくさいから書かないだけで。

207 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:21:25
多数の理解どころか、人が理解していなくても、真理は存在するんだよ。

地動説が提唱される前でも、
(例えば、太陽を観測者の視点とすると)、地球は太陽の周りを回っていたんだ。

相対論が提唱される前でも、
>「地面が動いていない(地面を観測者の視点)と仮定すれば、AのナイフがBに向かっていった」というのが真。
>「ナイフが動いていないと仮定すれば、AのナイフにBが向かっていった」というのが真。
>「AのナイフがBに向かっていった」というのは、おそらく多数派の意見だが、
>(仮定がめんどくさいから省かれていると考えない限りは、)真ではない。
という真理は、あったんだ。


208 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:28:52
>ニュートン力学や相対性理論が真理なのも、多数派の学者が支持しているからだ。

>>1
は科学について根本的な誤解をしていると思われ。



209 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:34:07
プラグマティズムの立場からの反論みたいなものを期待するよ。

210 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:40:48
プラグマティズムの立場からいうと、真理なんてどうでもいい。

211 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 00:42:35
>>210
なるほど・・・わかりやすい説明だね。

212 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 10:49:08

>真理を決定するのは、結局、多数決なのか?
正解>207・多数の理解どころか、人が理解していなくても、真理は存在するんだよ。

ただ、地動説は物理的に確認できますが、真理は正しい理非の判定ですので未だ最後の審判
を下す人が現れないのが実状です。



213 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 14:14:08
>>203
>「地面が動いていない(地面を観測者の視点)と仮定すれば、AのナイフがBに向かっていった」というのが真。

全然違うというのに。
「ナイフを持ったA」と、「Bと床と地面と目撃者その他の地球全体」
の位置関係が問題なんだから。
「後者が前者に向かって動いて、前者は静止していた」なら、後者に新たな
膨大なエネルギーが加わっていなければならないのに、そんな事実はないし、
その場合でも、「前者が後者に向かって動いて、前者は静止していた」
場合でも、どっちみち前者には新たなエネルギーが加わっていなければならない。
そのエネルギーが外部から加わっている(局地的突風とか誰かに突き飛ばされた
とか)という事実はない。残る可能性はAの内部から筋肉のエネルギーが
作用してAの体を動かした、というものだけだ。それが実際に起こったかどうかは、
現場でAの身体の動きを見ていた人がいれば、すぐにわかる。
そういう証拠があるから起訴されているわけで、物理的にもAの詭弁など
成り立つ余地はないんだよ。そんな詭弁より、「誰かが超能力で私の体を
動かしたんだ!」という詭弁の方が、よほど反証は難しい。
結局「常識的にそんなことは有り得ない」と判断するしかないだろう。

214 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 14:31:35
>「後者が前者に向かって動いて、前者は静止していた」なら、後者に新たな
>膨大なエネルギーが加わっていなければならないのに、
そうとは限らないよ。「AのナイフとBの体ははじめから動いていて、Aのナイフが静止したに過ぎない」ともいえるんだ。
これは、「Aのナイフを観測点すると」という前提を加えると真になる。
動いているというのは、新たな運動エネルギーが加わることを指すんじゃない。
だから、(太陽を観測点としない限り)太陽は動いていると言えるし、(地球を観測点としない限り)地球も動いていると言える。


「ナイフが動いていないと仮定すれば、自分(A)のナイフにBが向かっていったといえる」というAの主張は、真。
しかし、
「ナイフが動いていないと仮定すれば、自分(A)のナイフにBが向かっていったといえる
だから、自分(A)は、法というルールの中で(地面を不動のものとする仮定の下で)殺人の罪に問われない」
というAの主張は、論理が通っていない。
この主張は、支持されないが論理が通っているものじゃなくて、論理が通っていないものなんだよ。


「ナイフが動いていないと仮定すれば、AのナイフにBが向かっていった」というのは真だ。
しかし、Aは、法というルールの中で(地面を不動のものとする仮定の下で)、殺人罪に問われる。
それだけの話。

215 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 15:10:46
>動いているというのは、新たな運動エネルギーが加わることを指すんじゃない。

当たり前だよ。「動きが変化する」というのが、新たな運動エネルギーが加わる
ことを指すんだろ。エネルギーが加わらない限り、動いているものは
動き続け、静止しているものは静止し続ける。物理の基本だろうが。

>「AのナイフとBの体ははじめから動いていて、Aのナイフが静止したに
>過ぎない」ともいえるんだ。

それを言うなら「AもナイフもBも床も壁も地面も地球もはじめから動いていて、
Aとナイフだけが静止した」だろ。そうなるためにはAの体だけに新たな
エネルギーが加わらなければならないんだよ。「全部はじめから静止していて、
Aとナイフだけが動き出した」でも同じことだ。
一方、「全部はじめから動いていて、Bや地球だけが静止した」と、
「全部はじめから静止していて、Bや地球だけが動き出した」は相対的には
同じことで、どちらもAを除く地球全体に膨大なエネルギーが作用する
必要がある。そんな事実がないことくらい、調べなくてもすぐわかるだろう。
Aだけがそのエネルギーの作用を受けない、なんて、ほぼ想定不能だ。

そんなこと以前に、Aの体に筋肉からの新たなエネルギーが加わったかどうか、
なんてのは、それ自体で検証可能だ。A本人が誰よりも自覚できる。
そもそも問題は
「Aは自分の意志でナイフをBに刺したことを認めているが、相対性理論により
それはBの自殺とも言えると主張している」のか、それとも
「実際にAはナイフを(リンゴをむくために)持っていただけで、Bが
自分からぶつかってきたのだと主張している」のか、どっちなんだ。
前者なら、物理的にも全くバカげた主張で、論理的に一蹴される。裁判官の
心証を悪くするだけだから、Aが論理的な人間ならそんな主張はしないだろう。
後者なら、それは立派な事実関係に関する争いなのであって、詭弁でも何でもない。

216 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 16:49:48
違う座標系にいる観測者からは、同じ運動でも違って見えるという話なのに、
片方の座標系からの見方に固執してるみたいですね。

217 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 17:32:26
>>215
その当たり前のことを把握しつづけていられないのがお前。

「B(地面)が静止してる座標系から見ると、AのナイフがBに刺さったと言える。」 これは真。
「ナイフが静止している座標系からみると、Bがナイフに刺さってきたといえる。」 これも真。

ただ、「従って、Aは殺人罪に問われない」というのは、さっき言ったとおり、論理の間違い(飛躍)がある。それだけ。

論破したいというなら、論理の間違いを説明すればいい。
裁判官は、能力がないもしくはめんどくさいからそれを指摘せず、詭弁だと言っただけ。

殺人罪が成立しても、
「ナイフが静止している座標系からみると、Bがナイフに刺さってきたといえる。」 
これは、真であり続ける。


218 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 17:43:05
>>215
走っている車から外を見ると、景色の方が後ろに移動しているように見えませんか?

219 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 18:31:04
>>217
「Aが静止している座標系」「Bが静止している座標系」って何だ?
座標系をどこに取ろうが、「記述の仕方」が変わるだけで、
起こっている事実が変わるわけではないぞ。
将棋の試合を普通に将棋盤を座標系にして記述しようが、一枚の歩を
座標系にして記述しようが、将棋の試合の内容自体は何も変わらない。
後者だと、記述の内容が恐ろしく複雑になるだけの話だ。
試合の勝敗も、棋士が自分の意志で駒を動かしていた事実も、変わる
わけではない。
地球を座標系にして記述しようが、地動説によって記述しようが、
記述の仕方が変わるだけで、天体の動き自体が変わるわけでないのと
同じことだ。
ナイフを座標系にして記述しようが、地面を座標系にして記述しようが、
「記述の仕方」が変わるだけだ。「Aが自分の意志でナイフをBに
突き刺した」と「Aの持ったナイフにBが飛び込んできた」では
全く「事実として違う」のだから、どこを座標系にして記述しようが、
両者は全く「違う記述」になる。多数派だの少数派だのという話に
なるはずがない。なんでこんな簡単なことがわからんのだ?

ちなみに、裁判で「地面が動かないという仮定」なんてないぞ。
たとえば地震で部屋が揺れ動いてBの体が飛ばされて、壁に押し付けられていた
Aの持っていたナイフに突き刺さった、という事件は、
ナイフを座標系にしたときと特定の人間を座標系にしたときで記述の仕方は
全く違うが、どちらだろうと「単なる事故でAは無罪」という
結論になる。別に多数決の問題じゃない。

220 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 19:06:01
>>219
こうやって、殺人罪か否かと、運動の相対性とごちゃごちゃにしちゃうアホが出てくるから、
この詭弁の例はよくないんだよね・・・。

>ちなみに、裁判で「地面が動かないという仮定」なんてないぞ。
>たとえば地震で・・・

あほとしか言いようがない。

221 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 19:07:30
「レベルを下げれば下げるほど大衆に受ける」

アドルフ・ヒトラー

222 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 19:27:24
皆さん勘違いしていますが、現実の裁判というのは多数決ですらないのですよ。
裁判官の「独断」です。
まあ、裁判員の「多数決」にしたところで、より真実がわかるという保証は
全くありませんがw

>>213
>「誰かが超能力で私の体を
>動かしたんだ!」という詭弁の方が、よほど反証は難しい。
>結局「常識的にそんなことは有り得ない」と判断するしかないだろう。

超能力はともかく、「心神喪失」だの「心神耗弱」だのという詭弁は、
現実に大問題です。「悪魔が体に入ってやった」という被告も、現実におります。
そういう場合は、「精神鑑定」になるわけですが、これがまたすこぶる論理的でない。
鑑定医の主観に左右される部分が大きいわけです。
これまた「多数決」ですらありません。



223 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 21:25:57
>>1
>ニュートン力学や相対性理論が真理なのも、多数派の学者が支持しているからだ。

物理学の世界に真理なんてものは無いと思うが
自然科学が提示する世界観というのはどんな時代においても仮説に過ぎないし、
その仮説に対する反証が見つかれば、覆される可能性を常に孕んでいる

224 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 21:56:05
物理学というのは「実験結果による多数決」ともいえるのではないか。
既存の理論と矛盾する実験結果が出たら、それが一回きりだったら
「実験の間違いだ」ということになるが、何回も繰り替えされたら
理論の方が間違いだ、ということになるわけだろ。

225 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 22:44:58
実験による証明が難しい仮説もあるから一概には言えないと思う。

226 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 23:19:05
>>224
それ、多数決じゃないし。

227 :223:2006/10/17(火) 00:02:18
>>224
>>1が言いたいことは、個々人の恣意性が多数決という手続きを経て「真理」という名前の
合意を作り出してるってことじゃないの?
そして、その合意があたかも客観性、普遍性を持ってるように振舞うから問題であると・・・。

んで、物理学のケースに戻るけど
確かに実験結果は多ければ多いほど良いというのは言えるかもしれない
だけど、実験が科学的に承認される方法で行われ、個人の恣意性が混入する余地が無いなら
このスレで言うところの多数決ということにはならないと思うが

228 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 04:13:57
科学的検証における帰納法と多数決は違うよ。
それに違う実験データが出れば、それこそ重要視される。

同じ結果が出るからめんどくさい方法より簡単な理論を選択することもよくある。
メジャーってのはそういうことよ。
シュレーディンガーの猫の話有名でしょ。

229 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 04:33:49
>>222
>皆さん勘違いしていますが、現実の裁判というのは多数決ですらないのですよ。
>裁判官の「独断」です。

それはちょっと指摘がずれてるだろう。
裁判官は国民のマジョリティに信任されているという意味での多数決だよ。
国民の信任があるから、権威と社会的圧力も出せる。

まあ、高等裁判所以上は裁判官だって複数になるから、じゅうぶん多数決だし。

>>227
>だけど、実験が科学的に承認される方法で行われ、個人の恣意性が混入する余地が無いなら
>このスレで言うところの多数決ということにはならないと思うが

たしかに科学は可能なかぎり恣意性を排除しているから、相応の権威を与えられたわけだけど、
現象学レベルまで考えていくと、やっぱり知覚の問題が出てくる。

世の中には知覚障害を持った人間がいるし、時には幻覚を見る人がいる。
結局、地球が丸いのも、空が青いのも、そう見える人がマジョリティなだけだということなにる。

そしてまた、「定義」の問題も出てくる。
言語、用語の定義を変えれば、科学体系もまったく変わったものになる。

「光」とはなにか? 「エネルギー」とはなにか? 「惑星」とはなにか? 「地球」とはなにか?
言語の定義が違うもの同士では、議論がかみ合わない。

知覚や定義の問題まで遡行したら、やっぱり科学的真理もマジョリティが決定するということになる。

230 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 05:06:34
集団・全体・封建主義的体質が目立つ日本の教育
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1160808380/l50

このスレのID:OKgm/9sk

231 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 10:55:06

真理とは理に叶う真ですからマジョリティで決定した理に叶わぬ
真理はマジョリティの真理で、イミテーション偽ブランドの真理ですね。
>230
日本は資本主義国家で資本家による資本家の為の政治が行われているのに、
民衆による民衆の為の政治と言う民主主義を唱えることが矛盾してますよね。
資本主義国家の民主主義は大衆の猫騙しですよね。

232 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 11:04:06
>>229
丁寧な意見だね。
ひとつ、簡単な誰にでも分かる科学的真理の例を上げてみてくれないか?

233 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 11:45:49

科学的真理と言う言葉に無理が有ると思いますね。
真理に叶う科学、と言う様に理を基盤として探求される科学が正当だと思いますよ。


234 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 11:48:27
>>232
「誰にでも分かる」のなら、すでに多数決ではないのでは。

235 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 12:03:13
>>233
そうは言っても、科学的真理という言葉は実際にある。
「1+1=2」は数学的真理だと言ったりするよね。
そのことについては、どう思う?
真理という言葉の使い方を間違ってるんだと思うかい?

236 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 12:35:29
>>235
科学、真理、双方に対する誤解から出来た言葉。
俺も「科学的真理」という言葉には、矛盾が含まれていると思う。

>数学的真理と言ったりする。
失礼ながら、馬鹿にわかりやすく説明するための言葉だと思う。


237 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 12:49:25
>>236
俺はね、
「1+1=2」が真理だと言うとき。
そこには、「1は〜であるとすると」「+は〜であるとすると」「=は(ry」「2は(ry」
という省略された仮定があって、
「そう言う仮定の下で1+1=2である」というのは、やっぱり真理だと思うんだ。

例えば、
「1+1=3が真理だ。」
「いや、1+1=2が真理だ。」
と言い争ってるとき、
どちらがマジョリティーかを言い争っているのではないと思うんだ。
双方ともに、自説が普遍的な何かに適ってると主張しているんだと思うんだ。

で、普遍的な何かって何?って話になるんだけど、
俺は、それは「論理」ってやつだと思うんだ。

だからね。真理ってのは、論理に適っている(矛盾のない)ものを指して使う言葉だと思うんだよね。

長々と失礼。



238 :236:2006/10/19(木) 13:41:31
1+1=2というように純粋に数学的な「論理」ならば、それを真理を言っても差し支えないだろう。
しかし、「科学的」と言った場合は、論理に適っているとされていても、その値が真理でない事は多々ある。
重力加速度の値、9.8m/s^2は科学的に妥当な値だが「真理」ではない。

当然、「真理」とやらが多数決で決まるわけじゃない事には同意だが、
科学という分野においてさえ、論理と真理には、現実と理想に相当するような乖離がある。
これは、目の前にある問題に耐え得る論理を科学的論理としている以上避けられない乖離だろう。

ゆえに、「論理に適う」事を以って「真理」とするのは危険であるように私には思える。
>>236で言ったように「真理」と言う言葉は、馬鹿を導くときに使う言葉(例えば「天国」)以上の意味はないし、
「論理的に」話す必要が求められるときには使うべき言葉ではないと、考える。

239 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 15:52:46
>253
理とは厳密なもので理を数式で表現する事は許されますが、数式を理で表現する事は理に叶いません。
>238
>ゆえに、「論理に適う」事を以って「真理」とするのは危険であるように私には思える。
ゆえに、「理に適う」事を以って「真理」とする、が適切ですね。
論理や真理・倫理・理論の全ては理に拠って産みだされますので、理抜きでは論理の理も真理の理も成り立たないのです。


240 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 15:56:27
真理はの定義は
トートロジーとその展開(変形)
が 分かりやすくていいんじゃないかしら?

241 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 16:00:35
>>237
同意だわ
もっと自信を持って!

242 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 17:05:15
じゃあもうちょっと書いてみる。

>>238
数式であれそれ以外の言葉であれ同じだと思う。
数式も日本語も同じように意味を持った記号だ。

「地球は惑星である」これが科学的真理だと言ったときも、
なんらかの惑星の定義や地球の定義を念頭に置いてるわけで・・・

太陽の周りを回っている直径〜以上のほぼ球体の星を惑星とするみたいな定義の下で、

もっと言うと、
太陽とは〜である
回るとは〜である
直径とは〜である
ほぼ球体とは〜である
惑星とは〜である
というような定義もあって

「(それらの定義の下で)地球は惑星である」というのは矛盾がないから真だと言われるんだ。

その定義が変われば、「(変更後の定義の下で)地球は惑星である」というのが偽になるかもしれない。
だからといって、「(普段省略されている現在の定義の下で)地球は惑星である」ことが真であるという言い方は、
論理的な思考に耐えない言い方だとは思わない。

真理とは、真である命題を言うんじゃないか。
真であるとは(省略されてる定義・仮定を含めて)論理に矛盾がないということを指すんじゃないか。

ある命題が真理であると主張している人は、その命題が真であると主張しているって事なんだと思う。
真理を探究するというのは、真である命題(論理に矛盾がない命題)を探す作業なんだと思う。

243 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 17:23:33
物理現象が何なのかしっかり定義したほうがやりやすいよ

244 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 17:25:06
誤爆すまん

245 :236:2006/10/19(木) 17:32:24
>>242
「真理」という言葉の定義に戻ってしまうが、
ある前提条件可での、あいまいな解に「真理」という言葉を用いる事について、危険であるというのが>>238の主旨。

「ニュートン力学が真理である」という言説はある一定の条件下において成立するかもしれない。
あなたに言説でも、ニュートン力学は(一定条件下における)真理として存在するとされる。
しかし、ニュートン自身は普遍的な真理としてその論理を構築した。
アインシュタインしかり、量子論しかり、これらの言説を一定条件下のという条件を後から付与して「真理」とする事が許されるなら、
「真理」の価値とは、意味とはいかなるものか。
現在、広く使われている「真理」とは別物になってしまっているのではないか。

このような後出しジャンケンのような「真理」を許容する事は危険ではないだろうか?
ゆえに、この場合の「真理」、科学的真理という表現は、科学の成果を利用し広く知らしめるための装飾に過ぎないと感じられるのである。


246 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 17:50:04
>>245
じゃあ、あなたは真理をどんな意味だと考えますか?

247 :236:2006/10/19(木) 18:53:06
ある科学者が「真理」に到達したと宣言し、周囲もそれを認めたならば、
この分野における新しい発見はなくなる。
「真理」に到達しているのに、それ以上の研究は不必要だろう。

しかし、現在の科学者たちは「真理」への到達なぞ認めはしないだろう。
常にそれを「仮説」と捉え、反証を求め、追試を繰返し、細分化を試みる。

科学が方法論として存在する限り、科学的真理という言葉は矛盾を含む。
もしかしたら、遥か未来、人が究極の真理に到達したと感じたならば、
科学は方法論である事を止め、「科学的真理」という言葉が矛盾無く成立する日もくるかもしれない。

>>246
科学が方法論である限り、現在のところ科学に真理は存在しない。
「真の直角を見た事があるか」という問いに「否」と答える事が当面の正解であるように、
科学的真理は存在しない、または発見されていないと答える事が正しいと感ずる。

ゆえに、
>科学的真理という表現は、科学の成果を利用し広く知らしめるための装飾に過ぎないと感じられるのである。

248 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 18:59:20
>>247
>科学的真理は存在しない、または発見されていないと答える事が正しいと感ずる。
>ゆえに、
>科学的真理という表現は、科学の成果を利用し広く知らしめるための装飾に過ぎないと感じられるのである


それって、真理を(完全に)普遍的な何かだと考えているから導き出される結論なんじゃない?

249 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 19:00:37

真理とは真の理のことですが真は嘘偽りの無いと言うことなので説明を省きましょう。
さて、肝心な理ですが理とはことわり、ことわりとは物事の理非を弁別する心ですが、ここまでは辞書に記されていますので御理解願えますね。
人が物事の理非を弁別する心を育てることを物事の理を悟ると言いますが物事の理を悟ると物事の是非・善悪を弁別する心と言う知が育ちます。
ここ迄で理知を備えたと言うことですが、その理知で産みだされる答えを真理と言います。
ですから地球が丸いことや科学で発見したことは事実で有って真理では無いと言うことですね。

250 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 19:22:05
>>248
前提条件なしの真理は、完全に普遍的な何かでしょう。
だから、科学という土俵に真理はないと言っている。
>>242で語られているのは、単なる仮説に、前提条件を付与しつづける事により「真理」の体裁を維持しつづける行為にしか見えない。

>>249
あなたの言う「真理」が一般的な定義に合致する物かどうか私にはわからないが、
「真理」が観念的なものであるという意味なら、その部分において同意する。

251 :236:2006/10/19(木) 19:22:45
250=236


252 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 03:27:21
それで、真理って幾つあるのよ。

253 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2006/10/20(金) 03:46:43
>>1
多数決で決められている事は、多数決で決められた事 にすぎないのであって

べつに『真理』であるわけではない  よ?w

254 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 04:48:07
ポモ厨発狂wwwwwwwwwwww


255 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 08:12:58
>>253
ほう? それでは真理とは何なのですか?

256 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 08:24:36
>>240
たしかに、真理と呼べるものは、結局トートロジーでしかないんだよ。
カントの言葉を借りたら分析判断。

上にも書かれているが、論理の三原則の中でも、真理と呼べるのは同一律だけであって、
矛盾律や排中律は怪しい。

デカルトが哲学の第一原理とした「われ思うゆえにわれあり」も、結局、「われ思う」の
中に、われありという要素が入っている。つまり、「われあり、ゆえにわれあり」でしかない。

そして肝心なことに、デカルトは方法的懐疑によって、「われ思う、ゆえにわれあり」しか
導き出せてはいない。それ以上のことになると、「神の誠実」という言葉を持ち出さざるを
得なくなっている。

つまり、近代哲学の始祖であるデカルトも、結局、トートロジーでしかものを語れなかった。
トートロジー以上のものを作り出せなかった。

トートロジーを超える、科学的・数学的・社会的な客観的な事実、真理を構築しようと
思ったら、どうしてもマジョリティの支持、多数決原理を導入するしかない。

257 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 08:28:57
ここで議論を整理した場合、

分析判断はトートロジーであるがゆえに真理であり、多数決を必要としない。

総合判断(科学や数学)は、トートロジーを超えようとするがゆえに、
やはりマジョリティの同意を必要とするのではないだろうか。

いずれにせよ、分析判断としての真理と総合判断としての真理は、分けて考えた
ほうがいいかもしれない。

258 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 11:34:56

>256.257
カントとデカルトもトートロジーの出口(理を悟る)を見いだせなかった哲学の探求者で有ったか、
時代的背景の要因に拠り話すことの障害と危険性が有った、とも考えられます。
「われ思う、ゆえにわれあり」は人々に思考を促す言葉で有り「神の誠実」とは人が物事の理を悟る為に不可欠な純粋で謙虚な心を指す、
と思います。
昔も今も人類社会は理に反する蒙昧に捕らえられていますので、その中で理を説く障害と危険性は変わるものでは有りませんね。
過去、多くの人々が良い言葉を遺しましたが、それを現代の我々が読み解くことができないのも困った現象ですね。
色々と有りますが、哲学用語の真理を諸学に結び付けることに無理が有ると思いますよ。










259 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2006/10/20(金) 12:12:08
>>255
真理といえば、やっぱり天地かな?

260 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 12:16:37
>252
>それで、真理って幾つあるのよ。
真理は理に真を付けたものですが、理とはことわり、と言って他に類を見ない絶対無比な理非を区分けできる心を指し、人の心が産みだす一つ一つの事象に対しの理に叶う真の答え真理が有ります。
例えば、真理を決定するのは、結局、多数決なのか?の問いに真理とは物事の理非を区分けする心を必要とし多数決で決められるものでは無い、と理を通して答えをだすと他の誰も認めずとも、それが真理と言うことですね。



261 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 12:24:17
「真理とは物事の理非を区分けする心を必要とし多数決で決められるものでは無い、」
俺は、これが真理だとは思わないけど、
全ての事柄に、たった一つの正しい事である真理が存在してると思うよ。
たとえ、誰一人、言い当てることができなくても、真理はイデアとしてそこにある。
俺たちは、そういうもののことを指して真理と呼んでると思う。

262 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 14:23:40
う〜ん。
しかし、考えたみたんだが、真理にも、客観的真理と主観的真理の二つがあると思う。
それが未整理のまま、変に錯綜してしまうんだ。

猫好きの人からしたら、「家の猫はかわいい」というのはトートロジーでなくとも真理だろう。
何も他人の同意なんて求めていないから、多数決なんて必要ない。
つまり、主観的真理であり、自己幻想的な真理。

それに対して科学的真理、数学的真理、政治的真理などは、客観的真理、
共同幻想的な真理であるがゆえに、客観性を、他人の同意を、多数決を必要とする。

「客観的真理は多数決が決定する。」
言われてみたらこれもトートロジーで、分析判断だったな。
「客観」という言葉の中に、「マジョリティの総意、同意」という概念がすでに含まれているんだから。

ただ問題は、マジョリティの割合なんだろうな。
世界の99%が支持する客観的真理もあれば、世界の51%しか支持しない、
ぎりぎり過半数を確保できた客観的真理もある。

ニュートン物理学や相対性理論は、8、9割の支持を受ける強力な客観的真理。
それに対してより抽象度が高い政治的な問題などは、5、6割しか支持を受けられ
ないなどということはよくありえる。
そういうのは、弱い客観的真理なんだろう。

263 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 15:52:47
>261
困ったな、下三行は言い回しは違いますが私と同じですよ。
>全ての事柄に、たった一つの正しい事である真理が存在してると思うよ。
>たとえ、誰一人、言い当てることができなくても、真理はイデアとしてそこにある。
>俺たちは、そういうもののことを指して真理と呼んでると思う。
本当に良い答えですよ。

問題は上の二行ですよね。
「真理とは物事の理非を区分けする心を必要とし多数決で決められるものでは無い、」
>俺は、これが真理だとは思わないけど、
真理の「理はことわりと言い、物事の理非を分かち定める意」ですので、そこを否定すると理を含む全てが成り立たちませんよ。
この僅かな「 」の文章を悟れずに人類は争いの絶えぬ苦渋の歴史を今も歩んでいるのです。
哲学の哲は道理にあかるいこと、を指しその為には物事の理非を分かち定める意の会得「悟る」が何としても不可欠なんです。
何故かは「 」を会得することで人の知能が育ち知恵が産みだされ、その知恵が争わず平和に暮らす方法に人類を導くからです。
と言う理由が在るので上二行を御納得して下さい。


264 :考える名無しさん:2006/10/21(土) 23:16:36
どこでもそうだが、
「学会」というシステムは多数決を擬制しているな。
有力者は議題をモデレートし、ご自分の説を痛切に
したがるようでござるな。w

265 :考える名無しさん:2006/10/21(土) 23:43:58
学会も組織なんだから「組織運営」に関しては、
多くのほかの組織と同様多数決を使っているだろうが、
それがなにか?

266 :ソロスファンド ◆sZMOg20d0E :2006/10/21(土) 23:47:46
>>1
まず1/2+1/2=1/2だろ?
でも林檎半分と林檎半分を足すと林檎一個。
すなわち1/2+1/2=1だ。
な、理論と現実はいつも同じとは限らないんだよ。

267 :考える名無しさん:2006/10/21(土) 23:48:23
>>265
ま、そういうことだな。どうも、学会が言ったことが真理だとか
民主主義的手続きを経たものが真理だと思いこんでる人が多い。

それは、一般的な日本語としておかしいと俺は思う。

268 :考える名無しさん:2006/10/21(土) 23:50:25
>>266
君のことは正義のスレで見た。
だから、そのレスには何か深いものがあるのかもしれないとは思うが・・・俺には理解できない・・・


269 :十二使鳥:2006/10/21(土) 23:51:57
多数決で決まっても。
「俺はヤだよ。認めない」
って言えばそれでヨシ。だな。


270 :考える名無しさん:2006/10/21(土) 23:58:33
ソロスファンドってどういう人なの?

271 :ソロスファンド ◆sZMOg20d0E :2006/10/22(日) 00:19:29
>>270
最近カール・ポパーで落ち着いてる凡人ですよ

272 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 09:05:57
「力」について「数」のみしか語ってない時点で何も分かっていない。「平等であるべき」とか信じちゃってるんだろうなぁ。

273 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 11:17:10
>>266

>まず1/2+1/2=1/2だろ?
…いいえ。

274 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 15:36:34
よく陰謀論は論破できないって言うじゃない?

ということは陰謀論も多数決なのかな?

本当はユダヤが世界を牛耳ってるかもしれないし、それは論理的には、否定できない。
都合の悪い情報は、ぜんぶ隠蔽工作でいいし。

275 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 15:38:25
無いことは否定出来ない、という大原則に基づく

276 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 15:41:48
つられちまった。
無いことは証明出来ない、と訂正する。

277 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 16:12:25
>真理を決定するのは、結局、多数決なのか?
ま、早い話し真理を知るには理を悟らずば成らぬし、理を悟らぬ者同士が大勢、集まって
何千年も話し合っても結論は永久に出ずじまいだね。
だから、無いことも有ることも証明できないんじゃ無いの。
この哲板の状況は哲学の歴史、そのままだよね。
>274
>本当はユダヤが世界を牛耳ってるかもしれないし、それは論理的には、否定できない。
>都合の悪い情報は、ぜんぶ隠蔽工作でいいし。
これは陰謀論じゃ無くて事実ですよ。
日本に日米安保条約を堅持させる為に弱国の北朝鮮を長年、虐めて独裁国家に仕立て上げた、
のもユダヤ財閥の陰謀で憶測の陰謀論では無いのですよ。

278 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 17:14:14
>>266
その話知ってる。
古代イスラエルの学校での話だろ?

279 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 17:55:47
「理論と現実はいつも同じとは限らない」?

あほちゃうか。
現実を説明するために理論があるのだよ。
理論と現実が違うなら、単に理論が不十分というだけのことだ。


280 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 18:07:48
>>277君は誰かに似てるなぁ。

281 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 18:07:55
     ____      /)
    / ⌒  ⌒  \   ( i )))
  ./( ―) ( ●)  \ / /
  /::⌒(_人_)⌒:::::  |ノ / こいつ最高にアホ
  |    ー       .| ,/
  \          / /

282 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 18:27:02
>280
女性に良く言われるけど、誰に?

283 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 18:29:13
>>279
う〜ん、たしかに理論はけっきょく現実の後追いに過ぎないからな。
現実と違ったら、理論を修正しないといけない。これは科学の大原則だし。

そう考えると理論というのはけしてイデア的なもの、不変的なものではなくって、
ただの説明の道具、手段にすぎないんだろうな。

現実>>>>>理論、論理

であって、けして

理論、論理>>>>>現実

で、あってはならないんだろうな。

哲学もやっぱり現実に対応しないといけない。
論理にこだわりすぎてはいけないのかもしれない。

論理のイデア性なんて、ただの宗教なのか。

284 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 18:44:38
現実を論理に近づけるべき、では。
それが哲学だな、、

285 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 18:59:17
>>284論理的な世界の姿とは?

286 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 20:56:56
自己言及のパラドックス、ゲーデルの不完全性定理…
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%B8%8D%E5%AE%8C%E5%85%A8%E6%80%A7%E5%AE%9A%E7%90%86
>>283の方も、>>279の方もこの点について
もう少し深く追求してほしいな。

287 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 21:48:37
数学というのは数学のルールにのっとった場合の答えが出る。数学とは計量・演算だと思う。(だけじゃないかもしれないが…)
いわゆる法則性に乗っ取っていると思う。
文章の真理(と言っては大げさかもしれないが…)は意味に大部分があると思う。
数学と文章に限った話だが…、まだ答えは掴めないなぁ。
文章とは、法則性に乗っ取っていなくても良くて、いわゆる“お話”になる。
法則性には一貫性があるが、お話には内容がある。
真理というものはどちらも持ち合わせなければならない気がする。

288 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 21:50:08
287ですが、ここでのお話とは少し離れていますね。スマソ

289 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 21:54:06
真理とは全てのものに通っている。と思う。

290 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 21:57:33
なぜ 真理 は こんなに多義的になったのかしら

291 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 22:09:24
>285
>論理的な世界の姿とは?
戦争も奪い合いも犯罪も無く、貧しい国も貧しい人も無く、みんなが思いやりと
生き甲斐を持って人生を送ることのできる素晴らしい世界だと思うよ。

292 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 22:12:42
>>291
理があって健全にそれが機能している世界だとそうなるのではないでしょうか?
理を補完する形で情もあれば、そんな良い世界になると思います。

293 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 22:28:17
>>291へえ。戦争、略奪、犯罪、貧困には論理が無く、思いやりと生きがいには論理が有るんですか。もうちょっと頭使って発言しましょうね。

294 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 22:39:44
>戦争も奪い合いも犯罪も無く、貧しい国も貧しい人も無く、みんなが思いやりと
>生き甲斐を持って人生を送ることのできる素晴らしい世界

俺、こんな世界嫌なんだけど・・・

295 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 02:24:34
倫理と読み違えたというオチな気がする

296 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 10:56:41
>292
理とは倫理・論理・真理・理論・等の全ての理と知能・知恵・知識・知性、等の全ての
知と人格や人間性、等を産みだす核と成るものです。
ですから論理的に物事を語るにも、その言葉の核と成る理を悟ることが必要です。
>論理的な世界の姿とは? 人間性の豊かな暖かい社会と言うことですよね。
人の心は物事の理を悟ることで知能が発育し知恵を産みだす仕組みに成っていますが、
殆どの人達は理を悟らずに知恵が有ると勘違いして論理や倫理と言う言葉を使っているんですよ。
物事の理を悟らず、ただ考えること、考えられることを知恵と思い込んでしまう、のですね。
>293>295の様に
理が知を産みだす理と知の密接な関係を知らずに反論されても困りますよね。

297 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 11:23:19
>294
>俺、こんな世界嫌なんだけど・・・
哲学の存在理由は人類社会が理に反する蒙昧に支配され争いの絶えない人類史を繰り返している為に理を以て
>戦争も奪い合いも犯罪も無く、貧しい国も貧しい人も無く、みんなが思いやりと
>生き甲斐を持って人生を送ることのできる素晴らしい世界
を創ることが目的ですよ。
ですから哲学の哲は道理にあかるいこと、を指し皆さんに物事の理を悟ることを促しているのです。
人が物事の理を悟れば全ての理と知に通ずる心を得られますが、そうで無ければ知能は一生、潜在し無知蒙昧の
ままで人生を送ることになります。
何れを選ぶか、は貴方ですので余り私は干渉できませんが哲学とは、そう言う目的が有ります。

298 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 12:32:45
物事の理を悟っている人間は、
>その知恵が争わず平和に暮らす方法に人類を導くからです
>論理的な世界の姿とは?
>戦争も奪い合いも犯罪も無く、貧しい国も貧しい人も無く、みんなが思いやりと
>生き甲斐を持って人生を送ることのできる素晴らしい世界だと思うよ。
こんな文章書けない。

俺なら、もうちょっとマシに書く。
全ての物事の理を悟ってる人間は、
人間の快感の量を最大化することができる。

>哲学は、物事の理を悟ることを促しているのです。
哲学それ自体は、理を悟るのに有用な道具であっても、
哲学それ自体が、人間に、何かの行為を勧める事はない。(数学や化学が何も勧めないように。)
哲学の中で、知を愛することは、ルール。

>人が物事の理を悟れば全ての理と知に通ずる心を得られますが、
>そうで無ければ知能は一生、潜在し無知蒙昧の ままで人生を送ることになります。

>人が物事の理非を弁別する心を育てることを物事の理を悟ると言いますが物事の理を悟ると物事の是非・善悪を弁別する心と言う知が育ちます。
「知とは、物事の是非・善悪を弁別する心」これだけは読み取れる。
辞書の「理とはことわり、ことわりとは物事の理非を弁別する心」は、理を説明するのに理を使ってトートロジーを含んでる。
理とは?知とは?心とは?
明らかにしてくれないと、言ってる意味がわからない。

299 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:01:42
お、ここでもウンコが暴れてるなw
参考ばかりに、>>296との会話パターン。

???「AはBだ。根拠はCだ」
296「AはBではなくnotBです」
???「その根拠は?」
296「AはnotBだからです」
???「それはトートロジー。根拠になってない」
296「無知蒙昧な方には話が通じませんね」

マジでこのパターンのみ。
これからの彼の発言を見てるとおもしろいかもよw

300 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:03:19
独断であるのか、真理であるのかという命題はどこまでいっても
同じだと思うよ

301 :295:2006/10/23(月) 13:05:00
>>296
第三者の立場で書いた単なる憶測・解釈を無知の反論と切られて当惑している。
そんなに絡みたいなら、何故無用に論敵増やしたいのかは問わずお相手仕る。

哲学はよりよく生きるための自己実現ツールだと認識している。
哲学史における栄枯盛衰や流行、復権や多様な主義のあり方がそれを示している。
もしかしたら2,500年間全ての人が間違っていて、君だけが正しい哲学を知っているのかもしれない。
ならばそれを証明して欲しい。

人々が一様に一つの思想に基づいて行動するだけで良いのならそんなに楽な生き方はないかもしれない。
ただ、そんなロボットみたいな人類社会を私は敬遠してしまうだろう。
そうなったとき、その平和で思いやりのある世界で私は無知と罵られ死んで往くよ。

302 :299:2006/10/23(月) 13:09:10
おっと、>>296はトートロジーならまだマシで、普通の論理的間違いもかなり多いんだった。>>296よ、過大評価してすまなかった。

303 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:12:14
 独断は真理でないとすると、独断は真理に全く含まれないものであるので、
一人の人間としては真理を少しも考えてみることはできない。
 独断を真理が少しも含まないとすると、個別的なものについて何事もいえない。
 従って、このような複雑な考えは成り立たない。

独断は真理であるとすると、少なくとも真理を言い当てているものがあると言える。
真理であっても、彼独自の見解を含んでいる。
このように考えるべきが本当ですね。そうでないと、真理とは名ばかりで嘘になります
からね。

304 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:25:45
>298
>俺なら、もうちょっとマシに書く。
>全ての物事の理を悟ってる人間は、
>人間の快感の量を最大化することができる。
確かに簡潔ですけど、実感が湧かない様に思えます、が如何でしょうか?
>哲学の中で、知を愛することは、ルール。
とは通常の解釈ですが、私は揺るぎない人間愛と言う理が人の知能を育てると言う愛智の意を指してる、と理解しています。
>辞書の「理とはことわり、ことわりとは物事の理非を弁別する心」は、理を説明するのに理を使ってトートロジーを含んでる。
トートロジーって、俗に犬が自分の尻尾を追いかける様なことを意味してるのかな?
そこが哲学に残された最後の課題ですね。
>理とは?知とは?心とは?
>明らかにしてくれないと、言ってる意味がわからない。
明らかにする、とは教えることですが理とは悟ることで会得しますので、お教えできないのです。
その為に理の説明に、貴方の仰るトートロジーを含んじゃうんですね。
ですが物事の理を悟る方法はお伝えできますが、御納得戴く為に少し長い文章ですので、いつもE-mailで送らせて戴いてます。
いつでもE-mailでお送りしますよ。











305 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:28:47
どうして304はいつも日本語も論理も不出来なのはなぜ?

306 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:33:26
>辞書の「理とはことわり、ことわりとは物事の理非を弁別する心」は、
>理を説明するのに理を使ってトートロジーを含んでる。

「トートロジー」じゃなくて「循環論法」と言うんじゃなかった?

307 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:35:30
>>305
坊やだからさ

308 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:55:16
>301
>人々が一様に一つの思想に基づいて行動するだけで良いのならそんなに楽な生き方はないかもしれない。
>ただ、そんなロボットみたいな人類社会を私は敬遠してしまうだろう。
>そうなったとき、その平和で思いやりのある世界で私は無知と罵られ死んで往くよ。
人類は力を崇拝し理に反する蒙昧と言う一つの思想に翻弄され生き続けてきました。
その為、知能が育たず知恵を産みだせぬ生き方の狭い、人間性を失ったロボットみたいな人類社会に甘んじて暮らしています。
人は脳の3%を使えば生きられる、と申しますが現状の思想では残りの97%の脳は使われず終わってしまいます。
>ならばそれを証明して欲しい。
>304に記した様に、その証明は貴方自身で物事の理を悟り知能を育て産みだされる知恵を以て明らかに知って戴きたいのです。
物事の理を悟る方法はいつでも E-mailでお伝えします。




309 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 13:59:56
どうしたら、物事の理を悟らずに論理や真理・倫理と言う理が不可欠な言葉を使えるのか、誰か説明して。
理抜きの論理って有るの?

310 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 14:01:04
>>308
循環論法は宗教の勧誘によく使われる。
宗教活動は、宗教板でやれ。

311 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 14:03:44
勧誘としては非常にうまい。

312 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 14:08:22
真理とは多数派の意見によって変化する相対的なものです。
そのことは普遍的で絶対的です。

313 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 14:11:22
>>312
アンチ相対主義が自演してもすぐバレる

314 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 14:47:12
>310>311
アホくさ
宗教は団体を作り集団的自己愛に取り込んで益とすることが目的ですよ。
「物事の理を悟る方法」を広めたら誰もが賢く成って『宗教は崩壊』してしまいますよ。
「パンドラの箱を啓く」と『アルマゲドンが始まる』と言う宗教が恐れる人類平和の道筋ですよ。





315 :295:2006/10/23(月) 14:52:12
>>308
>人類は力を崇拝し理に反する蒙昧と言う一つの思想に翻弄され生き続けてきました。
>その為、知能が育たず知恵を産みだせぬ生き方の狭い、人間性を失ったロボットみたいな人類社会に甘んじて暮らしています。
人類は、じゃないよ論点は「私は、君は」だよ。
昨日以前に死んだ人間全てが不幸な人生を終えたとでも言うつもりですか。
君が人類史上初の知の体得者だと言うだけならまだしも、このような意見は反感を禁じえない。

理を悟る方法とやらの内容に興味はあるのですが、信用出来ない相手にメールは送れません。

316 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 15:20:20
>315
>昨日以前に死んだ人間全てが不幸な人生を終えたとでも言うつもりですか。
自我的な満足ではなく、死を迎える時に本当に自分の人生は至福で有ったと感じて全ての産みの親で有る、
地球に帰られる方はどのくらい要られますか?
少しでも多くの人に至福の人生を送って戴ければ、それが私の人生を至福の時として送れる方法だと考えます。
>理を悟る方法とやらの内容に興味はあるのですが、信用出来ない相手にメールは送れません。
信用や信仰は好ましい事と思えません。
自分で納得のいく確認をして相手が正しいと思われるとこまで認める、と言う方法が良いと思いますよ。
今までE-mail でお送りしてますが私が望むことは一つも有りません。
貴方は貴方の意の儘に、人生を送られることが一番、悔いもなく宜しいと考えます。
>301そうなったとき、その平和で思いやりのある世界で私は無知と罵られ死んで往くよ。
私は
誰一人そうで無くとも、平和で思いやりのある心の世界で私は無知と罵られ死んで往くよ。
と言う感じですね。




317 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 15:23:23
>>313
いや、いいたいことそのままだよ。

318 :295:2006/10/23(月) 16:29:54
>>316
>自我的な満足ではなく、死を迎える時に本当に自分の人生は至福で有ったと感じて全ての産みの親で有る、
>地球に帰られる方はどのくらい要られますか?
君にはわかることでも、私には実際の人数などわかりません。
遺憾に思っていることは、断定していることだと伝わっていないですね。
私は個人の主体性を重んじますので過去の人が(そして今もほぼ全ての人が)傀儡であったという意見には賛同出来ないのです。
またそれに基づき、君がどのような幸せを求めて実践しようと好きに生きれば良いと思います。

最後に、ここで言う信用を理解してもらえていないようですね。
自己防衛の意味で疑心がそうさせるのです。
怪しい人に自分の情報を与えるべきではない、捨てアドの手間も無駄だ、というのが自分の納得ですよ。
前言は撤回して一方的ながら話は終了とさせて戴きます。

319 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 17:55:25
なぜ316が「皆に悟って欲しいこと」を「無知蒙昧な人には何を言っても無駄だからメールしてくれ」と、また「書くと長くなるからメールしてくれ」とここまで「長々と」書いているのかを考えれば、完全に詐欺の類だとすぐに分かる。勧誘としても下手である。

320 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 22:56:53
>319
いつまでも、しつこいね。
E-mail で二人の方にお送りしましたよ。
世の中、君みたいな人ばかりじゃ無いんだよ。


321 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 23:39:51
哲学学んでも哲学者はどうせ何も調査したりしないから哲学はいらない
どうせ探れば哲学も矛盾ばかりの屁理屈だろう
博士が詳しく探れば新しい物を発見できたり

322 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 23:50:05
どこのひろし?

323 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 23:56:53
614 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2006/10/23(月) 21:08:26
異常性格者は何故生まれてくるのか?


615 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2006/10/23(月) 23:25:19
>異常性格者は何故生まれてくるのか?

おまえのママに聞け
ちなみに
おまえのパパはキムジョンイルだ

324 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 01:52:01
>>283>>286についてもっとよく考えてみよう。

たしかに、自然科学・社会科学の世界では、つねに現実を観察し、その結果が最優先されなくてはならない。
「現実>>>>>理論」だ。
マルクス主義者のように、理論を教典化して、現実をそれに従わせようとする行為は傲慢で、非科学的だろう。

しかし、この世には奇妙なものが存在する。
数学の世界だ。
数学の世界には、現実はなく、ただひたすら理論、論理だけが存在する。

数学の世界に「観察」はない。ただ、演算と証明があるだけ。

そして、数学的真理は永遠とされる。
物理学や経済学の法則のように、現実との不合理によって、くつがえされることはない。

これはなぜだろうか?
「論理的真理とはトートロジーのみであり、これを超える展開には多数決を必要とする」
というが、それでは数学の世界はすべてトートロジーなのだろうか?

数学は「問題」を「解答」に、言い換えているだけなのだろうか?
それがゆえに鉄壁なのだろうか?

そして、現実世界には「排中律」「矛盾律」はあてはまらない。
しかし、数学の世界には、平気な顔で、「排中律」や「矛盾律」が幅を利かせている
のはなぜだろか?

325 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 02:03:05
>>283
理論で現実が説明できる間は、別に対応する必要は無いんだけどね。
町内の地図を作るのに、地球が丸いことを考慮する必要はない。
数十キロ平方の精密な地図を作ろうとして始めて問題になる。

持っている理論で、直面している問題が解決できる限りは、
理論を修正する必要は無いはず。

326 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 12:23:09
法則性を悟っている人が、理を知っている人で、
理を持って政治を行って欲しい。

327 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 12:42:53
例えばりんごが木から落ちたとする
ある1人がその瞬間を見ていて、りんごが木から地面に落ちたと言う
しかし他の多数の人がそこにりんごは無いと言った

もちろん実際にその場にりんごはあるのだけれど、その1人が嫌われていたりして
周りから事実をもみ消される

このときに多数が「りんごは無かった」ということを正しいと決めたらその人たちの間ではそれが真理になる
しかし、実際にりんごは存在する

このことから表面上の真理は多数決で決まるけれども、
「実際に起こった事実」ということこそが本当の真理であり、それを実際に見た人以外は真理と決定することはできない

だから真理は多数決では決定されない 少数派はもみ消される可能性がある

328 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 12:47:39
>>327
そら真理を誤用してるだけとちゃうか

329 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 12:56:58
すまんすまん非常に拙い言い方をしてしまった
敢えて言えばその件で使う言葉は真実だろう

多数決だったり歪めることが可能だったり、学者も宗教家もそんなものを知りたくて求道しているのではないだろう

330 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 13:03:25
そうなんです 誤用されてます
多数決に利用されてるのが一般的な真理と思います
本当の真理は実際に立ち会った人のみが知ることです
表に流れていることはあまり信用なら無い情報ということです

その証拠に歴史の教科書で、実はあの写真は〜ではありませんでした
とかいうことがあります
けどその当時生きていた人は真実を知っているから嘘の情報に流されません

とこんな感じでしょうか

331 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 15:18:41
>>312
よくある自己言及パラドックスだけど、この場合、

「客観的真理は多数決によって決定される」

というのは、「客観的」という主語のなかに「多数派の同意、総意」という概念が
すでに織り込まれているトートロジー、分析判断だからいいんじゃないのかな。

トートロジーは、多数決に左右されないでしょ。
同じ言葉を繰り返しているだけだから、疑う余地なく真。

332 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 16:51:09
>「客観的」という主語のなかに「多数派の同意、総意」

ちがくね?

普遍妥当性に近い。

普遍妥当性ってのは論理的なものが持つ性質

333 :312:2006/10/24(火) 17:02:13
>>331
客観的なんて言ってないよ。

334 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 18:55:46
事実が真理だの真理を多数決で決める、なんて驚いたね。
真理は嘘偽りの無い真の理なんだから、それ以上の論議は無駄でしょう。

335 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 19:01:19
真理とは絶対的なものを指す訳ですから、
神の登場なくしては語れないと思います。

構成員が変われば如何様にも変わり得る多数決とは無縁の話。

336 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:16:49
上で語れている「真理」は数などの「権力」を背景に築かれる「正誤」の意味であって、「真理」と「正誤」をごちゃ混ぜにしたのが混乱の原因だな。
で、「正誤」を決定するのが結局「多数決」であることは確かに多い。

337 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:23:27
何事にも効率というものがある
無駄な苦労をして良い環境を得るより、初めから良い環境で育った者の方が上に決まってる
独学による試行錯誤なんざ生兵法、経緯なんざ回り道、下積みなんざ単なる苦労
それが人を凌駕できるのは才能のある天才だけだ
無能な日本人はそれを認めまいと、美学として努力を用いりたがるだけ
サッカーをみても日本に生まれるかブラジルに生まれるかの違いだけで決定的だな
現実としてレベルの差は歴然
あくまで現実としての普遍的な事実だからな

338 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 21:41:39
全て誤り、
天才とは誰もが生まれ付き備えてる才能を開花させた人のことです。
肉体的や技術的の問題では有りませんので、べつにタマ蹴りが得意でも天才とは呼びません。

339 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 22:17:36
>>338
天才→誰もが持つ才能を開化させた者→肉体的や技術的な問題ではない→リーガーに天才はいない

文脈の繋がりが全て意味不明。
なんかあいつっぽいな。

340 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 07:20:31
若者の読解力不足は先進国最下位

341 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 07:58:23
お前バカ?アメリカ人のうち数百万人は字がまともに読めない。

342 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 12:49:55
表現力不足

343 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 12:51:17
何が

344 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 18:01:07
>341
バカもヘチマもない。
文部省の調査結果だよ。
他人をお前とかバカ呼ばわりしたら駄目ですよ。
自我の強いバカに限って、そう口を効く人が多いんだよ。


345 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 18:08:29
だからオマイも会話成立してないわけなww

346 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 18:17:58
>>341くらいでファビョるのはおかしい。

>>336の意見を推す。

347 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 20:28:44
344まあ文部省の調査がどれだけ信頼に足るかは分からんが、君に読解力が無いのは確か。

348 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 23:12:04
>347
狂犬みたいに食いついてばかりいないで少しは真面目に議題に取り組みなよ。




349 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 07:05:18
348君が議論できるならするんだがなぁ・・・。

350 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 07:36:59
              / ⌒ヽ
                /      \
              ,.-‐''⌒ヽ   ,.=、  ヽー、
              ,〃/∠彡ニ\ (.fゃ)  |  j
            /       ミ彡三ヘ`=´   | |
         /       ミ彡三∧    j ./
           ト ャ''"    ミ彡三∧.   //
        」i _;''_,    ミ彡'ニミヘ、 〃
          リ ´ ̄     リ´ f'`ij }/「i|
         ヽ-         '´/ソ'川||
         ヽ一       「彡'川ll.|||
          T   _   / ´ j||.川||
           ` ̄了、     i! 川.川|
              _」. \    | j| 川|ト、
        _/ ̄  \  \   '_/./川 `
        ̄       `    ̄  ´
       ネゴトワ・ネティエ[Negtva Netie]
       (ルーマニア.1935〜54)


351 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 13:51:56
>>350
そいつ19歳で死んでるぞ。

352 :387:2006/10/27(金) 17:40:48
>349さん
真面目な議論なら好きですよ。
>真理を決定するのは、結局、多数決なのか?
この問題も、真理とは理に叶う道理の事ですので多数決で判断できるものでは無いと確信しています。

353 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 17:54:39
352うん、真理は普遍的でなければならないので多数決の結果によって真偽が変わってはいけない。つまり、真理は多数決では決まらないよ。
まあそれはそれとして、「理に叶う道理なので多数決では判断できない」をもう少し噛み砕いてくれないかな。

354 :sage:2006/10/27(金) 19:20:20
真の真理などは存在しないし、あえて言うなら全てであるし、形など無い。
しかし一般の真理は事実などに関係なく、その時代その時代で解釈され決定される。
群れや社会、あるいは自分の意思決定に至るまで構造的にそれらの「多数派」が最優先されることは事実である。
つまり、多数派は真理では無い様にも見えるが、
その行動そのものは正しく真理であると言える。

355 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 19:49:38
それなら「真の真理は存在しない」も真理ではなくなるね。
「一般の真理」のくだりは君がそう定義しただけの話し。
A=B⇒B=Aとかやめてくれ。
ちなみに多数派が最優先されるとは限らないよ。
もうちょっと頭を使いましょう。

356 :352:2006/10/27(金) 21:57:01
>353さん
真理も道理や倫理とかの言葉で理が付くものは、当然ですが理が基本に成ります。
ですから理を会得すれば誰に聞かずとも、理がらみの言葉は自ずと理解できる事と成ります。
逆に言いますと理を会得しなければ書物や他人から聞き覚えても理がらみの言葉は雲を突く様な話しと成り一切は理解できません。
理を会得しなければ理解と言う理がらみの行為を成す事ができないのです。
真理と言う理がらみの言葉を理を会得しない人達が大勢で話し合っても多数決で真理を決めちゃう、とか真理は存在しない等の
それこそメチャクチャな話しに成って仕舞います。
真理とは揺るぎない人間愛が産みだす絶対無比の他に例の無い、万人が受け入れる事のできる答えで、
その事を知るには物事の理を悟る以外に方法は有りませんね。



357 :353:2006/10/27(金) 22:17:14
「理を会得する」「理を悟る」とはどのような状態で、どうすれば辿り着けるのですか?

358 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 22:21:02
>>356
「真理」という哲学上の言葉にはたしかに「理」という文字が含まれているけど、
それは単に明治時代に翻訳したさいにそうなっただけであって
「理」という字を使っているからといって
「真理」に「理」が不可欠であるとは言えないんじゃないの?
たとえば「真理」は英語で「truth」だけど
どこにも「理」的ニュアンスはないよ。
「真実」とか「本当のこと」と同じ言葉だからね。

「理」を重んじるのは朱子学だけど、その名残が翻訳に残っているだけ
なんじゃないかな。

359 :蒙昧:2006/10/28(土) 00:16:04
>>356
、、、、、凡人さん?
真理を追究しているわりに日本語(漢字解釈)にこだわり過ぎかと。
文字は真理を表さない。

360 :考える名無しさん:2006/10/28(土) 00:45:44
>>359
確かに>>356は凡人(以下)だが、君の簡単過ぎる批判もどうかと思う。
まるで自分は非凡だと言わんがばかりの口振りなら、「どこがダメ」なのか「具体的に」指摘しても良いんじゃない?
そうじゃないと君も凡人さんに見えちゃうよ。

361 :おフランス男爵:2006/10/28(土) 00:48:26
始めに言葉ありき、真理とは言葉の意味で決まるもの
人々が理解するのことは単純で明解なこと、つまり
もっとも合理的な答えを与えてあげれば、集団の個々の意思は
合理的答えを与えた香具師のいいなりになる。


362 :蒙昧:2006/10/28(土) 01:40:25
>>360
ん?そうか?それは嫌だな。
でも実際、文字が真理を表すか?
言葉は意思伝達のために作られた符丁に過ぎない。
時代と共に次第に変わりゆくものだ。
決して世界や真理が人間に語りかけて生まれたわけじゃない。
だからこそ土地によって言葉は違うし、互換性も無い。
変わりゆくものを「絶対である」と考えるのはすでに矛盾だ。
ゆえに言葉を盲信する彼に疑問を感じるんだ。

というか俺の考えでは、本当の真理なんてもんは人間の届く所に無い。
届いたと思ったものはそいつの作ったそいつだけの真理。
人の特性は創造であるというのはのは言うまでもないだろうし。
俺自身の思想も俺だけの真理だしな。

363 :356:2006/10/28(土) 19:47:35
>357さん
>「理を会得する」「理を悟る」とはどのような状態で、どうすれば辿り着けるのですか?
良い質問ですから気合いをいれて答えます。
理とはことわり、ことわりとは物事の理非を分かち定めるの意から、で理非とは道理と非理。
道理に叶っている事と、はずれていること、と辞書に記されています。
悟るとはつまびらかに知る。物事の道理を明らかに知る。とされています。
つまりは人が物事の理を悟る方法は今日までは誰も知らなかった事ですね。
しかし「理を会得する」「理を悟る」ことを成就しないと何処までも同道巡りに成ってしまいます。
今まで人類が物事の理を悟る事ができなかった原因は、理に反する蒙昧に捕らえられ、
その蒙昧が自己愛を産みだして自己愛が数々の自我に成長し人は益々強い蒙昧に捕らえられます。
そして無知蒙昧な者達が悟りを啓くのに自我を捨てろとか無心に成れ等と申しますが
人は自我を捨てたり無心に成る事などできません。
ただ自我を捨てたり無心に成れば、それこそチョウチョ々の世界に入ってしまいます。
自分の自己愛を人間愛に切り替えれば自我も自然消滅し物事の理を悟る事ができます。
もっと詳しくを望むなら356をクリックすればE-mailで直ぐにお送りします。


364 :356:2006/10/28(土) 19:51:09
>357
アドレスを間違えましたのでこちらをお使い下さい。

365 :357:2006/10/28(土) 20:21:09
>>363
つまり「理を会得する」とは「物事の道理に叶っている事とはずれていることを分かち定められるようになる」で、「理を悟る」とは「物事の道理に叶っている事とはずれていることを明らかに知る」という意味なのですね。
ではそれは一体どういう状態で、どうすれば辿り着け、またなぜ「人が物事の理を悟る方法は今日までは誰も知らなかった事ですね」と言えるのですか?
もしこの質問にメールでないと答えないのであれば、それはなぜですか?

366 :考える名無しさん:2006/10/28(土) 20:27:17
自我が消滅するwww

367 :363:2006/10/28(土) 22:46:26
>365
始めに
>もしこの質問にメールでないと答えないのであれば、それはなぜですか?
物事の理を悟る方法は今日でも誰も見いだせていませんが、それを説明し成る程と御納得して戴くためにはレポート三枚分は必要です。
それを短文で説明しても、そのやり取りが大変で尚かつ聴き手が納得できませんので、いつでも送れる様に用意して有ります。
もう何人にもお送りしていますよ。
>つまり「理を会得する」とは「物事の道理に叶っている事とはずれていることを分かち定められるようになる」で、「理を悟る」とは
>「物事の道理に叶っている事とはずれていることを明らかに知る」という意味なのですね。
ズレを知ることは同時に正しい答えが分かると言うことです。
物事の理を悟るとは潜在知能が育ち全ての問題を適切に処理する智恵を産みだせる、と言うことです。
>ではそれは一体どういう状態で、どうすれば辿り着け、またなぜ「人が物事の理を悟る方法は今日までは誰も知らなかった事ですね」
と言えるのですか?
どうすればたどり着けるのか、はメールでお送りしますが >またなぜ「人が物事の理を悟る方法は今日までは誰も知らなかった事ですね」
>と言えるのですか?
の答えは人類が道理にあかるければ戦争や犯罪・貧困などは有りませんし道理にあかるいこと、を指す哲学で誰も迷う人もいませんよ。
つまり人類の一人でも物事の理を悟れば、その連鎖で人類社会は戦争や犯罪・貧困の無い平和で安定した社会に向かうからです。
その兆しが見えないのは、人が物事の理を悟る方法は今日までは誰も知らなかった、からですね。
その物事の理を悟る方法をお伝えするのに、このスレだけでは足りないと思いませんか?





368 :357:2006/10/28(土) 23:11:22
>>367連投すればいいだけな気もしますが・・・。
後、HPを立ち上げればメールの手間も省けますよね。
で、「今日まで誰も知らなかった」から「世界に貧困や戦争がある」のであれば、今はあなたが知ったので「世界から貧困や戦争が確実に無くならなければならない」ことになりますね。
それはいつ頃になりそうですか?
ついでに「全ての問題が解決する」に関して、ひとつの解決例を簡単には書けないですか?

369 :367:2006/10/29(日) 01:08:35
367
HPは数年前の未だ私が未熟の時に立ち上げたものが有ります。
でもHpは自分ではできませんので専門家に依頼して急いで作りましたので大幅な手直しが必要ですので、そのままにして有ります。
近々書き換えをしますが、ご覧に成られるのでしたら検索の方法をお教えしますよ。
私は自分で道理にあかるく成ると同時に純粋な知を望む心と、それを受け入れる謙虚な心の持ち主は誰でも物事の理を悟れる方法を捜し、
そして見つけました。
ですから以後は純粋な知を望む心と、それを受け入れる謙虚な心の持ち主達に物事の理を悟る方法を伝えて、
人類社会の主軸と成られることを目指しています。
>それはいつ頃になりそうですか?
世界が大きく胎動を始めるのが、以後十年と予測しております。
>ついでに「全ての問題が解決する」に関して、ひとつの解決例を簡単には書けないですか?
私は皆さんが物事の理を悟り潜在する知能を育て、知能が産みだす智恵を使って諸問題を解決して戴くことを目的としていますが、
他人の問題や悩みならば直ぐに解決することはできますよ。
以前はセミナーを開いて対話で個人の問題や悩みの解決方法をお話しをしていましたが、
自分の目的と遠退いてしまう様な気がして止めました。
それにセミナーを開くと大勢の人の人件費が係りますので利益団体と思われるのも厭ですからね。
その点メールでは費用も掛からないので時間の許す限り悩みや問題のお返事はいつもしています。



370 :考える名無しさん:2006/10/29(日) 01:11:55
>>362
>俺自身の思想も俺だけの真理だしな

蒙昧さんのこの意見に100%同意します。

371 :考える名無しさん:2006/10/29(日) 01:25:56
真理は真理であって「決定されるもの」じゃない。

372 :蒙昧:2006/10/29(日) 08:23:03
>>371
しかし「真理」という概念や言葉を作ったのも人間だ。
人間が語る「真理」は常に人間の創造物。
あなたの考える「真理」は「あなたがこれを真理だと決定した真理」ではないのか?

373 :Tar ◆SQIDAUQYpc :2006/10/29(日) 08:45:18
「存」と「我」を区別しないとね。

374 :357:2006/10/29(日) 09:24:27
>>369検索方法もメールでないと無理ですか?
後、自己愛を他者愛に切り替えると自我が消えて理を悟れるそうですが、自我が消えるとはどのような状態ですか?
人類が私の思う「自我が消えた」状態になれば、確かに全ての悩みは解決し、戦争をしなくなるでしょう。
ですが、私はこの「自我」を失いたくはない。

375 :369:2006/10/29(日) 10:24:30
>374
余りお奨めでは有りませんがYahoo!JAPANで「心の仕組み」を検索すると約5,150,000件有りますが、それの1番目です。
今度、書き直すつもりですので、その事を承知の上で見て下さいね。
物事の理を悟ると物事の理・非・善悪が明確に弁別する心(知能)が育ちます。
物事の理・非・善悪が明確に弁別する心(知能)が育つと理に反する非と悪い心(自我)は自分に害をもたらす事が明白となり
自我を知っていても自然と使わなく成ります。
物事の理を悟れば、自分と他人に害をもたらす事を承知で自我を使えませんよね。
激流の川向こうに渡るのに智恵の橋を持っているのに、危ない川に踏む込めませんでしょ。
肝心なのは物事の理を悟ると潜在知能が育ち智恵を産みだせますので、わざわざ自我を必要とせずに問題を解決できる、と言うことです。
他人の心から社会のこと、人類史の全てまでも自我で作られたものは全部、見通せその間違いを正す智恵を産みだすことも
できるのが物事の理を悟ると言うことなのです。
大抵は物事の理を悟らないと人は欲が無ければ生きられない、と思い込んでいますが単に欲望と希望と夢の弁別が付けられないで
作られる思い込みが殆どですよね。
>ですが、私はこの「自我」を失いたくはない。
どんな自我か聞いて見たいですね。ちょつと外出します、、

376 :357:2006/10/29(日) 10:43:52
>>375
ビックリしました。まさかとは思っていましたが、全て本気だったんですね。
今は忙しいので、いつかまた気が向いたらメールを送らせていただきます。

377 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 12:27:14
心と宗教板 カトリックスレで真理の議論中。
真理は宗教に有り!
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1159498644/

378 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 14:00:30
>377
大衆から真理を遠ざけて支配社会を維持してきた立役者が宗教なのに「真理は宗教に有り!」とは何をトチ狂っているのですか?
天国や地獄・来世や彼岸など無いものを信じた時から人は真理に近づく事も叶いません。
それで無くとも宗教は人の心を集団的自己愛に取り込んで人の人生と言う命までも宗教団体の糧として美味しく戴いちゃうでしょう。
全ての宗教は人々が真理に目覚めたら自然消滅することは紀元前数千年も前に予測され、その時期が間近に迫っている事も御存知でしょう。
真理をパンドラの箱として価値観の逆転をアルマゲドンとし宗教家達が恐れているのは、
実は人類が長年の間だ待ち望んだ平和な世界だと言うことは知っていますか?
先のローマ法王が隠されてきたパンドラの箱の中を見て、卒倒したと言う話しも有りますね。
パンドラの箱は全ての人々の心の中に有りますので、時代的にパンドラの箱が開かれるのは防ぐ術は無いのですよ。


379 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 20:49:14
真理を決定するのが多数決であるという真理の合意説が真ならば、
真理の合意説が多数決で否定されたらどうするんでしょうか

380 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 20:57:22
パラドックスになりまつ。

381 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 21:13:51
つまり、真理の合意説は成り立たないということです。

382 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 12:46:21
「物事の理を悟る」と言う過程を経て、始めて人は物事の真の理に触れることができます。
真の理とは永遠に変わることの無い、人類が捜し求めてきた不変です。
時代が変わり、人々の意識が変化しても人の良心と一体化する真理は常に人の心に存在します。
>>381>つまり、真理の合意説は成り立たないということです。
その通りです。


383 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 13:00:23
現実には「真理=多数が真と思うもの」なんていう珍説を誰かが主張してんのか?
大多数の人が真と思うものをとりあえず真と考えるという、
信念決定に関する経験則と混同してるんじゃね?

384 :考える名無しさん:2006/12/03(日) 13:48:21
真理は実在論的概念だから合意とかといった相対主義的な定義は不可能なんですよ

385 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 00:04:19
>>384
そうなんですね。
真理とは「理に裏打ちされた観念実在論」ですから理に反する意識の集合体では真理を決めることも見つけることもできませんね。

386 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 08:12:20
何が真理かは人によって考え方が違う。それはそれでいい。しかし、社会的なルールはたくさん違うルールがあっては困る。だから社会的なルールは多数決によってひとつに決める。これが原則。

387 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 17:27:51
何が真理かは「物事の理を悟る」と言う行為を経た者にしか知ることはできないのです。
「物事の理を悟る」と言う行為は数学だと1±1と言う基本原理と同じです。
つまり「物事の理を悟る」と言う行為を経た者には同一の真理に辿り着きます。
社会的なルールは現社会を支配する者達の利害に拠って大衆を欺き、決められますので
正義とは無縁の身勝手な原則に過ぎません。

388 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 17:38:36
違う「真理」を「悟った」香具師については、
「そいつは物事の理を悟ったつもりになっているが、悟っていない、
なぜなら、もし悟ったなら私と同じ真理に辿り着いているはずだから」
ってか?・・・・・・たんなる独断論じゃね?

389 :考える名無しさん:2006/12/04(月) 23:52:50
>>388
相手しなきゃいいのに・・・

390 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 14:19:35
>>388
諸事の問題+理=の答えが真理で有り論理で有り倫理でも有るのです。
答えは諸事の問題が真理的か倫理的か論理的に拠って変わってきます。
「物事の理を悟る」と言う行為を経ぬと思い込みを払拭できませんので
諸事の問題+思い込み=思い込みの答え・各自バラバラな答えと成ります。
御存知でしょうが智恵=物事の理を悟り、適切に処理する心のことですね。
諸事の問題+思い込み=智恵のない不適切な答え、と成ります。
そして適切に処理する心の適切とは、全てに痛みを伴わぬ方法を指します
ので限られた答えがでるのです。



391 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 16:14:25
アンカーミスかと思うくらいトンチンカンな返答だな

392 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 16:18:32
今だに真顔で真理がどーたら言ってるバカは紀元前へどうぞ

393 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 19:47:46
ヘラヘラ笑いながら真理がどーたら言うのも、なんか怖いぞ。

394 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 20:15:13
真理を決定するのは結局自分自身じゃないか?
個人個人で納得いくように解釈するってゆうか、
だから他人には矛盾に思う事もたくさんあるし、それが当たり前なんじゃない?

395 :考える名無しさん:2006/12/05(火) 21:32:02
決定できるなら、解釈さえする必要ないんでないの。

396 :考える名無しさん:2006/12/06(水) 15:32:12
諸君が無知蒙昧で有ることは人類社会全体の責任です。
しかし諸君の人生を無知蒙昧の儘で終わるのか、と言う選択は諸君が決めなければ成りません。
一生、無知蒙昧の儘で終わりたく無いので有れば心の計算式で有る物事の理を悟ることをお奨めします。
「智恵=物事の理を悟り、適切に処理する能力」
人科のホモサピエンスが物事の理を悟れば知能が育ち、適切に処理する能力を備えた人間に進化します。
理を蔑ろにする人は現代に生きる30億年前の人科のホモサピエンスですね。

397 :考える名無しさん:2006/12/06(水) 18:48:59
いや、君が生物学の基本的な知識さえないことは良くわかった。

398 :考える名無しさん:2006/12/06(水) 19:22:20
>>396
真理に関する本であなたのお薦めは何ですか?

399 :考える名無しさん:2006/12/06(水) 23:06:05
もうキチガイの相手するなよ・・・

400 :考える名無しさん:2006/12/06(水) 23:45:28
>>399
といいつつ上げるなよ

401 :考える名無しさん:2006/12/07(木) 04:59:26
神という存在を抜きにして考えたなら、結局真理なるものは存在しないのだろ
う。世界は人間なしで始まったし、人間なしで終わるだろうといった学者がい
たが、実際人間存在は後から付けられたものだろうから、人間存在に真理など
というものはないのだろうし、宇宙をも含めた世界ということについていって
も、確かにある種の方向性、法則性を持って世界は動いたりしていて、それを
真理と見る見方もあるが、それにしてもそもそものビッグバン辺りが案外偶然
の産物かもしれず、となると我々がつかむ宇宙進化の法則性なんかも、偶然こ
ういうことが起きて、あくまでその偶然の中だけでの法則性かもしれず、結局
のところ世界の真理というのも怪しいものだ。となるともしもそれでも真理な
るものをおのれと、おのれを囲む世界に求めるとしたら、1の言うように多数
決で決めるしかないのだろうから、真理とはあくまで人間が決めたところの、
人間間の中でだけ通用するところの真理ということになるのだろう。

402 :考える名無しさん:2006/12/07(木) 16:13:41
>>398
>真理に関する本であなたのお薦めは何ですか?
真理は物事の理を悟ることで会得できる現象ですので適切な書はないと思いますよ。
つまり一つ一つの事象に対して一つ一つの「道理に叶った答(真理)」が有りますので、その答を纏めると危うい方向に利用されてしまいます。
例えば「智恵=物事の理を悟り、適切に処理する能力」の場合に「物事の理を悟り」が真理に触れる心を育て「適切に処理する能力」は真理に依って導きだされる答、と成ります。
物事の理を悟れば、真理や倫理・正しい論理・理論や知能が育ち知恵・知性などの全ての理と知に通ずる心を会得できますので物事の理を悟る、ことをお奨めしているのです。
ところが人類は長年、力を崇拝し理に反する蒙昧に犯され続けてきた為に自分に一番大切な理を受け入れる精神が稀薄に成ってしまっているのです。
物事の理を悟ることは知を望む純粋で聞く耳をもつ謙虚な心さえ有れば誰でも会得できるほど、簡単なことなんですよ。



403 :考える名無しさん:2006/12/07(木) 19:09:12
>>402
あなたの推薦本を知りたかったのは、
あなたの思想的出自を知りたかったからなのです。

404 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 14:17:06
>>402
余程無力な人生を過ごして来たんだなぁ。

405 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 19:04:36
>>403
真理とは他人から聴き知るものでは無くて悟ることで会得するものですので適切な推奨本はないのですね。
私の思想の出所は私の探求心と良心に依って産みだされたものです。

406 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 19:14:56
>>405
つまり、真理というのは属人的なもので、
普遍性は無いということですか?

407 :考える名無しさん:2006/12/09(土) 21:15:44
フレーゲ、タルスキ、パトナム、ダメットどころか
ヴィトゲンシュタイン、ラッセルすら読んでなさそうだな

408 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 16:55:56
>>406
誰でもが真理を会得する「物事の理を悟る」心を持って産まれてきます。
しかし人類社会は力を崇拝し理に反する蒙昧に支配されてきました。
それが原因で人は自分の知能を育て、智恵を産みだす大切な理から遠退いてしまったのです。
余談ですが、力を崇拝する蒙昧の特徴は知識を集める為に記憶力と言う力に頼り、覚えることが智恵だと思い込んでしまいます。
大切な理から遠退いてしまっていても真理を会得することは知を望む純粋で謙虚な心の持ち合わせが有れば誰でも可能ですので
真理とは普遍性を持ち、誰の心の中にも有る俗人的なものです、と言うのが私の見解です。
しかし俗人ではなく属人と成ると、真理とは蒙昧社会に服従する属人には会得する術が有りません、と言うことに成りますね。

409 :十二使鳥:2006/12/10(日) 17:20:12
>>408
おまえおもしろいこというなぁ。

ま、ともあれ、真理は俺のやっているスレ
★★★ THE 真理 ★★★
だ。
もちろん俺は悟ったしぃ、、、多数決は不要。

410 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 17:27:21
>>409
THE グル、定説です。と何も変わらないですよ

411 :十二使鳥:2006/12/10(日) 17:37:57
>>410
ふ〜ん
THE グルの定説か。
そのコテは知っているけど、ほとんどレスは見たことはないからなぁ、、、
といってもTHE グルに限らず他人のレスはほとんど見ないけど。

412 :蒙昧:2006/12/10(日) 19:09:36
>>408
>誰でもが真理を会得する「物事の理を悟る」心を持って産まれてきます。
>しかし人類社会は力を崇拝し理に反する蒙昧に支配されてきました。
>それが原因で人は自分の知能を育て、智恵を産みだす大切な理から遠退いてしまったのです。

あなたもかつてはその蒙昧に支配された人の一人であったと思いますが、
なぜ『人類史上で唯一』あなただけが理を悟れたのか。
その理由となる成長環境、あなたの人生を具体的に教えてください。
それはきっと『人類史上で唯一』の、世界のどこにも類似環境の存在しない
超異常な環境であるはずなので、興味があるんですが。

413 :十二使鳥:2006/12/10(日) 20:33:58
>>412
『人類史上で唯一』あなただけが理を悟れたのか。

俺も悟った。ちゅーの。>>408が悟ったかどうかは知らんけど。

414 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 23:08:53
>>412
今でも、物事の理に通ずる心をお持ちの方は大勢いられると思います。
「物事の理を悟る」と成ると人為的に起こされる事象の全てに通ずる心を得て、それら全ての問題を良識にて受け止めることのできる全ての人々に得心の行く答を必要とします。
何故なら「物事の理を悟る」と言うことは知能を育て、問題を良識にて受け止めることのできる全ての人々に得心の行く答と言う智恵を産みだせる、と言うことですからね。
人類史に関わる問題から現代の世界的問題や国家的問題から個人的問題の細部に至るまで、その原因を明らかにし正しい方向に差し向けることが物事の理を悟りし者の使命と成るのです。
つまり人類が地球の自然と共存し自由と平等を重んじて誰もが生き甲斐を持てる平和な社会の構築に使命と生き甲斐を感ずるのが「物事の理を悟る」と言うことなのです。
しかし個人だけでは一つ一つの問題に深く関わることができませんので、目的の達成に一番の近道が大勢いらっしゃる物事の理に通ずる心をお持ちの方に物事の理を悟って戴き、そして産みだされる智恵を活用して貰うことです。
私も未だ未熟ですが物事の理を悟られた方は、表社会には現れませんが数人から数十人はいられる、と思います。
私は物事の理を悟りし者が『人類史上で唯一』と申し上げたことは一度も有りません。
ただ人が知恵を産みだすためには、物事の理を悟り知能を育てなければ成りませんよ、と当然のことをお伝えしているだけです。
今は珍しくとも、人が知恵を産みだすために物事の理を悟り知能を育てることは辞書にも記して有りますので、近未来には当然のこととして受け止められるでしょう。
「物事の理を悟る」方法は蒙昧に依って産みだされる己を支配する自己愛から理を重んじる人間愛に心の切り替えをすれば簡単にできる作業ですのでね。




415 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 23:24:42
馬鹿が怠惰に過ごした場合の醜態・・・その典型っ・・・!

416 :十二使鳥:2006/12/10(日) 23:35:44
>>414
何だかよくわからないけど
悟りし者が『人類史上で唯一』と言っていたんじゃないのか、、、
俺の勘違いだな。
確かに悟りし者が『人類史上で唯一』ってことはないわなぁ。

・・・でも、よくわからないけど
>「物事の理を悟る」方法は蒙昧に依って産みだされる己を支配する自己愛から
理を重んじる人間愛に心の切り替えをすれば簡単にできる作業ですのでね。
としてるけど、全然簡単に聞こえないなぁ。
俺、理は知っていても何にも重んじててないもんな。軽視しようが、重視しようが
理は理でしかないからな。
でも、なんていうか、、、比較的そこいらの奴らより理に沿っていうか、
何というか、、、ま、気にするな。独り言だ。

417 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 20:51:56
>>1
>1+1=2なのも、多数派がそれを支持しているからだ・・・・・
・・・・マジでか?
>真理とは結局多数決、そのときの力関係によって決定されるのだろうか?
・・・・いつの時代か1+1=田になるかもなw

418 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 21:18:34
>>408
仮にそうだとすると、
>>406
の答えはどうなるのですか?

419 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 22:02:37
>>416
自分が無知で去ることを悟るだけですよ。
その論述では無理でしょう

420 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 22:28:08
>>418
>406.つまり、真理というのは属人的なもので、普遍性は無いということですか?
>408.真理とは普遍性を持ち、誰の心の中にも有る俗人的なものです、と言うのが私の見解です。
しかし俗人ではなく属人と成ると、真理とは蒙昧社会に服従する属人には会得する術が有りません、と言うことに成りますね。
と、お答えをしています。
俗人は世間一般の人で、僧でない世俗の人ですから自由な発想を備えています。
属人は人がどこに在るかを問わず、決められた法律に従い生きれば良し、と考え更なる思考に及びません。


421 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 22:40:17
>>420
>真理とは普遍性を持ち、誰の心の中にも有る俗人的なものです、と言うのが私の見解です。
ええ、それはわかりました。

私の質問は、仮に、
「真理とは普遍性を持ち、誰の心の中にも有る俗人的なもの」であるとした場合、
「真理というのは属人的なもので、普遍性は無い」は真となるのか偽となるのかということです。



422 :十二使鳥:2006/12/12(火) 01:13:12
>>419
この板では俗に言う哲学のことなんかはとんど知らないし
もう無知なことは十分知ってるけど去ってないからハズレだな。

無知は意外とつおいぞ〜。
好き勝手に思考することができるからな。

423 :考える名無しさん:2006/12/12(火) 01:39:39
面白そうな話題ですね。素人なんですが、
スピノザかゲーデルあたりで説明してくれる人いませんか。

424 :考える名無しさん:2006/12/12(火) 13:46:42
>>421
>「真理というのは属人的なもので、普遍性は無い」は真となるのか偽となるのかということです。
論理的な正誤を判断しますと真偽の程は、偽となります。

425 :考える名無しさん:2006/12/12(火) 16:14:43
哲学書ほとんど読んでない感じだなw

426 :考える名無しさん:2006/12/12(火) 18:31:52
>>423
スピノザ、
欲求の元は個の自己保存のコナトゥス(衝動)であることを、スピノザはむしろ初めて認めた。
しかし、万人の万人に対する闘争になりかねないこの不十全なコナトゥスのカオスを十全な方向へ導くため、
自然(神)の必然性を理性によって理解し、それを受け入れることが要請される。
それは欲求によって欲求を制御するという上の処方箋の目指す究極の形式である。いいかえれば、それは「神への知的愛」であり、
人間はそこで最高の満足を得る、とスピノザは想定する。
>欲求の元は個の自己保存のコナトゥス(衝動)であることを、スピノザはむしろ初めて認めた。
個の自己保存のコナトゥス(衝動)を産みだすものが何で有るのか、の探求が成されていません。
>それは欲求によって欲求を制御するという上の処方箋の目指す究極の形式である。
欲求とは許される限り望むと言う、制御不能なもので有り欲求を欲求で制御することは不可能です。
欲求を制御するのは個の持つ理性や知性を高める以外に方策はありません。
>いいかえれば、それは「神への知的愛」であり、人間はそこで最高の満足を得る、とスピノザは想定する。
それが「神への知的愛」で有るとは到底、考えられませんね。


427 :十二使鳥:2006/12/14(木) 02:08:20
真理の判断基準。とでもなるのかな、
それに普遍性をあげるのは、それはそれでいいとは思うが、
俺はさらに【宇宙観】とでもいうか、それを判断基準とするのもいいと思うな。

宇宙観。これがないようじゃ真理じゃないな。真理は宇宙の理でなければな。
と、するとかなり楽に絞込まれると思う。

ちなみに、【観】 かん くわん(三省堂「大辞林 第二版」より)
(2)〔仏〕 特定の想念や心の本性などを心の中で観察し、仏教の真理に達する方法。

何を隠そう★★★ THE 真理 ★★★の宣伝レスた。

428 :考える名無しさん:2006/12/15(金) 23:43:03
多数決の論理に拘るのに、脱サラしてアムウェイをやりながら俳優をやっている矛盾人間坂口亮二が嫌い。

坂口君が言うには、
「アムウェイをやっている人のグループではアムウェイをやっている人が多数派だから、
アムウェイをやっている事と多数決の論理に拘る事は矛盾していない。」
そうだ。

意味が分らない。

429 :蒙昧:2006/12/16(土) 01:49:25
>>414
>私も未だ未熟ですが物事の理を悟られた方は、表社会には現れませんが数人から数十人はいられる、と思います。
その推測の根拠は何でしょうか。具体的な説明はできますか?
>私は物事の理を悟りし者が『人類史上で唯一』と申し上げたことは一度も有りません。
あなたが言うのならそうなのでしょうが、俺はこれまでのあなたの論調から勝手にそうなのだと判断してしまった。
「人々が物事の理を悟れば蒙昧社会は消えて無くなる そのために私は人々に物事の理を悟る方法を説いている」
「これまでの哲学者が私と同じ境地に立ったとは思えない 何故なら未だに世界は蒙昧に支配されている」
あなたは以前にこういった事を確実に発言した。
俺はてっきり理を悟った人は皆あなたのように蒙昧から人々を解放しようと活動するものだと思っていたので、
あなた一人が頑張って人類を救おうとしていると受け取れるレスから、あなた意外に誰一人として、
物事の理を悟ってないとあなたは判断している、と思い込んでしまった。俺の勘違いか。すいません。
いやそれにしても、数十人も悟った人がいる(推測)のに、世界が一向に蒙昧から解放されてないね。
悟っても大した影響力を持つわけでもなく、悟りの内容も信憑性が低いのかな?
それともただやる気がないだけ?どうなの凡人さん。

・・・・・・我ながら大人気ない突っかかりだが、彼の世界観の「浅さ」に腹が立ってるんだよ。
これでもう突っかかるのはやめるからご安心を。

430 :考える名無しさん:2006/12/16(土) 05:07:48
オウム真理教サイト
息抜きにどうぞ
http://homepage2.nifty.com/aleph/index.html

431 :考える名無しさん:2006/12/17(日) 05:25:48
真理というか物事を決定するベストな方法が多数決。これを疑ったら何もきめられなくなる。
ただしその時どきの多数派が常に正しいとは限らない。多数派でも間違いを起こす、我々は不完全な人間だから。
だから少数意見も常に尊重することがだいじ

432 :短パン:2006/12/17(日) 06:17:00
>真理を決定するのは、結局、多数決なのか?

「真理」というものが在るとして。
だとするならば、それは元来「個」が管轄しているのだと思う。
つまり、それは「自分だけが知り得た答え。」そのものなんじゃねの?
「広めよう」と、欲張ってみれば、「宗教」に化け。
それに、公共性をさらに欲せば、「倫理」とか「政治」なんてのに化けるんじゃね?

だから、俺的には。。。
真理は多数決とは縁遠いんだけど・・・・。ね?

433 :りくーつ・こねりー:2006/12/17(日) 17:45:02
科学的真理は自然が真理を決定する
宗教的真理は教典が真理を決定する
数学的真理は理性が真理を決定する
道徳的真理は経験が真理を決定する
哲学的真理は○○が真理を決定する

434 :考える名無しさん:2006/12/20(水) 21:29:12
>>429
蒙昧さん
>いやそれにしても、数十人も悟った人がいる(推測)のに、計算になります。
と、すると物事の理を悟った者は日本に何人いますでしょう。
そして、宗教色の強い国々では物事の理を悟っても真理を唱えることはできません。
世界が一向に蒙昧から解放されてない、との責任は賢い蒙昧さんの自己責任も見逃せません。

435 :蒙昧:2006/12/23(土) 13:04:02
>>434
俺の名前のせいで解読に混乱が生じるな・・・。正直言って最後の一行の意味がよく分からない。
もう突っかかるのはやめる、と言ったので挑発的な文にするのはやめるが、
>賢い蒙昧さん
というのは俺を指すのだろうか。
そうだとしたら凡人さん、俺は世界を蒙昧から解放する必要性を微塵も
感じていないから、世界が一向に蒙昧から解放されてない、というのは
問題提起ではなくただの感想に過ぎない、と一応説明しておこう。

んでもって、
>と、すると物事の理を悟った者は日本に何人いますでしょう。
何人いるんだ?

436 :蒙昧:2006/12/23(土) 13:09:09
>>435
あ、ごめん、返答しないでくれ凡人さん。
スレタイに全く関係ない荒らしレスをまたいれてしまった。
これ以上荒らすのも悪いんで。

437 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 13:10:51

       o。_。_lコ<o>     |l≡≡≡|ミ|__。≠_〇o
 。+ +。。。。。 |l|FFFFFFF|。 。 .。 +|l≡≡≡|ミ|EEEEEEEEEEE|lll| .。+
  * o  o.   |l|FFFFFFF / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     。。oo  |l|FFFFFF | 職も彼女も見つからないうちにクリスマスか…
   /| ̄ ̄ ̄l ::|FFFFFFF \
   |ミ|:」」:」」:」| ::|FFFFFF     ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |ミ|:」」:」」:」| 〇 FF.。   ∧_∧  |l≡o + +! + 。 〇   +
   lミl.」」.」〇 ++ +  (´・ω・) o  〇 。 o  +   〇 。 +
  __〇___。_゚__/ ~つと)____o______〇__o___。
  二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二


438 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 15:50:32
>>435 蒙昧さん、
貴方の>>429
>いやそれにしても、数十人も悟った人がいる(推測)のに、世界が一向に蒙昧から解放されてないね。
>悟っても大した影響力を持つわけでもなく、悟りの内容も信憑性が低いのかな?
ですか、
数十人も悟った人がいても世界人口六十六億四千万で割ると一億人に二人もいません。
日本は一億二千五百万人ですから蒙昧さんが蒙昧の振りを止めて、物事の理を悟れば日本に二人以上、と成ります。
あ、ごめん、返答しないでくれ蒙昧さん。


439 :考える名無しさん:2007/01/01(月) 11:31:11
>>1 真理を決定するのは、結局、多数決なのか?
真理とは何か、を知らずに真理は多数決でなのか無いのか、との問いに答えられませんよね。
真理を真と理に二分して考えた方が分かりやすいと思います。
真は、まこと、とか本当と言う意味ですから誰でも分かると思いますが、問題は理ですね。
理とは平たく言うと物事の仕組みですが真理ですので、まことの心の在り方、と言う仕組みです。
従って人間として、まことの心の在り方を多数決で決めるのか?と言うことですね。




440 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 13:02:40
当然最後は多数決でしょう。ある程度の支持を得なければ
存在さえ知られないのですから。
しかし、多数の支持を得るには「オッカム」でしょう。
ここまではいいのですが、私の質問は
「オッカムの剃刀」は哲学なのでしょうか?
誰か、教えて。


441 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 13:50:40
>>433
>科学的真理は自然が真理を決定する
自然の「解釈」が真理を決定する
観測の方法で解釈が変わるレベルの科学が絶対だと信じるのは愚か。
実用もできないものを科学とはいえない。

真理は思い込みで決まるものだろ、多数を率いる先導が勘違いすれば
全体も勘違いするものw
本質と真理は別ものだろw


442 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 14:14:02
思い込みで真理を決められるなら、そもそも観測は必要ないのでは?


443 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 14:57:23
矛盾とか不合理とか理不尽とか偶然とか奇跡とは、

物事の因果を理解できない者の言い訳である

444 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 15:19:48
>>1
哲学っていうのは多数決で決められた真理を覆す事のできる学問なんだから十分
存在意義はあるとおもいます
例えばニーチェとか


445 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 16:40:07

ナチスのように民主政治にのっとって独裁制が選ばれる場合もあれば、
日本のように封建遺制のそのまた痕跡が前代から連綿と持ち越されて
きたような民主主義の在り方もある。

それだけ民主主義は、間口が広く融通無碍でゆえに恐ろしいもので
あるといえるが、要するに、民主主義とは、その構成員の『民度』が
たえず試されつづける政治制度といえる。

446 :哲学者最上位 (´Д`)y─┛~~:2007/01/14(日) 16:56:41
つまるところ
構成員の中身がボロボロだと制度など役に立たんということだ。

>ニュートン力学や相対性理論が真理なのも、多数派の学者が支持しているからだ。
>民主主義が正しいのも、多数派がそれを支持しているからだ。
>1+1=2なのも、多数派がそれを支持しているからだ。

真理って一体何なのかね?そんなもんあるのかね?ないような気がするね。

447 :凡人:2007/01/14(日) 17:19:06
>>443
>矛盾とか不合理とか理不尽とか偶然とか奇跡とは、
>物事の因果を理解できない者の言い訳である
なかなか、賢い方ですね。
これだけの事が言えるのは貴方が充分承知をしている、と言うことを意味します。
真理を決定するのは、結局、多数決なのか?の以前に必要な、理とは何か?と言う問いです。




448 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 17:50:33
朝鮮「民主主義」人民共和国

449 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 17:53:05
真理は人の数だけ存在する
つまり何が真理かは、主観に過ぎない

450 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 18:03:38
中学の頃カッコいいと思って
怪我もして無いのに腕に包帯巻いて、突然腕を押さえて
「っぐわ!・・・くそ!・・・また暴れだしやがった・・・」
とか言いながら息をを荒げて
「奴等がまた近づいて来たみたいだな・・・」なんて言ってた
クラスメイトに「何してんの?」と聞かれると
「っふ・・・・邪気眼(自分で作った設定で俺の持ってる第三の目)を持たぬ物にはわからんだろう・・・」
と言いながら人気の無いところに消えていく

テスト中、静まり返った教室の中で
「うっ・・・こんな時にまで・・・しつこい奴等だ」
と言って教室飛び出した時のこと思い返すと死にたくなる

柔道の授業で試合してて腕を痛そうに押さえ相手に
「が・・・あ・・・離れろ・・・死にたくなかったら早く俺から離れろ!!」
とかもやった体育の先生も俺がどういう生徒が知ってたらしくその試合はノーコンテストで終了
毎日こんな感じだった

でもやっぱりそんな痛いキャラだとヤンキーグループに
「邪気眼見せろよ!邪気眼!」とか言われても
「・・・ふん・・・小うるさい奴等だ・・・失せな」
とか言ってヤンキー逆上させてスリーパーホールドくらったりしてた、
そういう時は何時も腕を痛がる動作で
「貴様ら・・・許さん・・・」
って一瞬何かが取り付いたふりして
「っは・・・し、静まれ・・・俺の腕よ・・・怒りを静めろ!!」
と言って腕を思いっきり押さえてた

そうやって時間稼ぎして休み時間が終わるのを待った
授業と授業の間の短い休み時間ならともかく、昼休みに絡まれると悪夢だった



451 :凡人:2007/01/14(日) 18:11:09
>>443
理とは何か?をお答え戴きたい。


452 :考える名無しさん:2007/01/15(月) 00:26:04
>>451
>>443はただ気取っているだけさ
「因果関係が全てに存在し、全ては必然である」と思っているだけの人さ
俺には頭が良くは見えない


453 :443 449:2007/01/17(水) 22:39:58
>451

理って?真理のこと?

454 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 03:58:52
円周率すら完全に表現できない数学は真理では無いですか?

455 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 10:27:45
>>454
表現はできるだろ。πで気に入らないなら、多項式でもいいわけだし。

456 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 15:49:19
>>453
真理は人が物事の理を悟る事で得られる心の一つです。
人が物事の理を悟る事で得られる心は
「真理・倫理・道理・道徳・理性・知能・知恵・知性・人格」
等々、人が人間として生きる為に必要な全て一つが真理です。
ですから物事の理を悟らなければ知能が育たず知恵を産みだせない為に、誰も
真理の事を知ることも語ることもできない、と言う仕組みに成っているのです。
物理の場合は物の仕組みで数学の真理は数のまことの仕組みですので哲学の真理
とは心のまことの仕組みですので全くの別ものなんですよ。
ですが哲学の真理を会得しないと人の知能は育たず知恵を産みだせませんので
哲学は諸学の源と言う大切な役目を担っているのです。
理「真理・倫理・道理・道徳・理性・知能・知恵・知性・人格」を会得しないと人は
欲望に走り互いに奪い合いを起こし、自分達の住まう大切な地球環境までも食い
荒らして目先の欲望を満たすことに専念してしまうでしよ。




457 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 17:37:11
真理というのは、決定されるものなのか?

458 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 18:39:00
>>457
真理というのは常に人の良心と共に誰の心の中にも存在しているものです。
それを知るには物事の理を悟ると言う、悟ることでしか会得できません。
この「真理・倫理・道理・道徳・理性・知能・知恵・知性・人格」全てを会得できるのです。
哲学の哲の文字は道理にあかるいこと、ですがその会得も物事の理を悟ると達成します。
物事の理を悟ると全部付いてくるのですから簡単ですよね。

459 :考える名無しさん:2007/01/18(木) 18:57:49
>452

人は鏡

460 :考える名無しさん:2007/01/19(金) 02:34:30
真理ってのは、全くの最初から存在しているんじゃないのか?
だから多数決ではない

461 :考える名無しさん:2007/01/21(日) 22:22:32
>>460
仰る通り、真理は誰の心にも有るのです。
真理は良心と共に存在して居ますので人の心に真理が無ければ良心も無い、と言うことに成ります。
そんな冷酷で非道な人は数少ないですよね。
ですが、その真理を掴めない。
真理が掴めなければ真理が掴めない理由を捜せばよいのです。



462 :哲学者最上位(´Д`)y─┛〜〜 :2007/01/22(月) 00:07:59
>>450
キミおもしろいね。

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