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なんでも相対主義を破壊する一言

1 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 19:15:05
「相対主義も相対主義にすぎない!」

この世界に絶対なものは何も無く、あるとしても相対的にあるだけである。
とする論は、相対主義を絶対化し、なんでも相対化しようとする
真理探究をあきらめ、哲学をあきらめた腑抜けのレトリックである。

※相対主義とされているものには
「認識的相対主義」・「道徳的相対主義」・「審美的相対主義」・「文化相対主義」
等がある。







2 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 19:19:04
相対主義者にいやがらせでもされたのかい?

3 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 19:20:12
そうたい

4 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 20:24:18
絶対的なものは真理しかないのでは?


5 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 20:42:55
真理ちゃんを嫁にしよう

6 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 20:57:23
相対主義に関するよくある質問
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/FN/relativism.html

7 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 21:03:28
はてなダイアリー > キーワード > 相対主義

この世界に絶対的・普遍的・客観的なものは存在せず、
ただそれぞれの相対的な視点のみが存在するという主義思想として時に扱われる。
実際には必ずしも確定した単一の思想ではなく、
同じ形の思考のプロセスを経由して算出された主義思想の一群と捉えるべきである。
しかし、まずは相対主義をあらゆる絶対的立場の否定としてだけ考えた場合、
自己適用すると相対主義自体の絶対的立場性もまた否定される為、
「絶対的立場は絶対に存在しないがこれもまた絶対ではない」
となり自己論駁的矛盾を引き起こすかに思われるが、そうではない。
「絶対的立場は絶対に存在しない」という立場を立場A、
「絶対的立場は絶対に存在しないということはない」という立場を立場Bとすれば、
「立場Aと立場Bが存在する」とはすなわち複数の立場の相対的存在であって、これは立場Aと矛盾しない。
この自己適用の場合には、逆に「立場Aだけが絶対的に存在する」ということの方が立場Aには困る。
立場Bは単に肯定されているのではなく、括弧の中で立場Aと並べられた上で、
括弧の外側の立場Aにとって肯定されているといる。
このことは括弧の内側と外側の両側で働く立場Aの、
ひいては立場、概念枠、私というありかたの特性に由来する。
詳しくは相対主義の極北を参照のこと。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C1%EA%C2%D0%BC%E7%B5%C1

8 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 01:13:52
で?

9 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 16:01:18
真理などないということが真理。

10 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 16:12:25
目的は何なの?

11 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 16:19:04
「善」「美」「文化」は価値相対主義。
宗教も相対主義。
科学に相対主義はない。
価値がからめば全部相対主義。


12 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 16:36:27
「善は価値相対主義」

日本語が不自由なようで

13 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:39:10
イデオロギー暴露はやめよう

14 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:42:04
イデオロギーなんていまの時代にあんの?

15 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:42:41
>科学に相対主義はない

19世紀の科学観?

16 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:44:27
あるんだね相対スレ。w 

17 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:44:30
科学は絶対だと思っている人が
現在でも多くいるのは見苦しい。

18 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:48:17
早退?

しましたけどなにか?

19 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:49:45
>>17
確かに。
誤謬はあるが絶対なのは自然のみだ。これに勝る絶対は無い。



20 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 01:19:16
自然とはどこからどこまでを指すのか。
物理法則?

21 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 15:14:35
物理という言葉を使うと際限なく広がる

22 :ホットカルピス(;´Д`)ハアハア ◆PDG4DGZXd2 :2006/09/21(木) 16:23:52
↓ホッカルさん

     ∧_∧_     
    ( ;´Д`)  ̄"⌒ヽハァハァ  
   / ) ヽ' /    、 `、       
  γ  --‐ '      λ. ;    低学歴も程ほどにしておけよ
  f   、   ヾ    /   )  
  !  ノヽ、._, '`"/  _,. '"   
  |   ̄`ー-`ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄/ 
 _!、__,,,, ニつ/  FMV  /
         \/____/




23 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 16:27:11
>1 とする論は、相対主義を絶対化し、なんでも相対化しようとする

意味不明w

そんなお主に一言。「矛盾・不合理の原因は無知」

24 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 17:15:44
自己言及のパラドックスだと言いたいわけだろう。
「相対化を絶対化するということはそれ自体が相対的でない」というメタな話だよ。

25 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 21:51:06
「善悪二つの思想だけがある」


26 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 21:57:20
>>20
物理法則は人が作ったものだ。
自然は自然であり、自然はあるがままだ。
そこに法則や理論は無い。全てが自然なのだよ。

解釈学的な理屈理論等は全て人工物だ。

27 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 01:31:56


28 :ホットカルピス(;´Д`)ハアハア ◆PDG4DGZXd2 :2006/09/22(金) 01:51:20
カルピスからの一言
    ∧_∧     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   (; ´Д`)  <  低学歴の極み・・・?!
   _, i -イ、    |
 (⌒`    ⌒ヽ   \________________  
  ヽ  ~~⌒γ⌒)  
   ヽー―'^ー-' 
    〉    |
   /     |
  {      }
  |      |
  {  ,イ ノ

29 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 05:41:32
まさに哲学のワンダーランドだなw

30 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 06:16:46
いわゆる「ポストモダニズム」には、「体系」なるものが必然的に有してしまう権力性を
脱力/無化しようとする志向性が多かれ少なかれあるので、「体系」を構築するには至らない。
むしろ「体系」なるものが姿を現す前に意識的にそれを崩そうとする傾向がある。
すなわち必然的になんでも化してしまうのであり
最初から逃走ルートを確保してしてあるので、有象無象が戯言をかますのに適しているのである。


31 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 06:50:59
いまさらだな

32 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 23:44:26
哲学は終わった
相対主義が最終的結論

33 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 09:47:33
>>7長すぎ読む気しない

34 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:36:33
真理はひとつだが、意見は多い by 中国の俚諺

35 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:51:53
>>1
> 「相対主義も相対主義にすぎない!」

論理学的にはこれは矛盾しないでしょ?

36 :「危害的怪物論」者 ◆lEKTFOSnAo :2006/09/29(金) 19:39:25

 真理ははじめから人にはわかんねえんだぜ。



37 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 22:36:41
真理ってなんですか?
そんなものあるんですか?

38 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 18:21:31
デリダの脱構築は本当の意味での解釈の多元性でないと思う。
上野千鶴子と高橋哲哉の間での論争が生じたときそう思った。

じゃあ、脱構築とは何か。「○○からの自由」じゃないか。
(○○にはA=A,ナチズム、自民族中心主義、単線的歴史感が入る)

サルトルとデリダの間には思想的類似性が見られる。

39 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 18:23:39
何が真理かがわからなくても、少なくてもこれは真理でないがわかるだけでも
ずいぶん、相対主義は克服できる。

40 :フィロソファー:2006/10/01(日) 18:30:10
 生きていればそれでいんだよ。

41 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 18:47:06
訳の分からない気取りで、わざと難解そうな文章を書く人はどうせみんなから捨てられる。
このことは、肝に銘じておいたほうがよい。
日本の知識業界は、長く1920年代からの、昭和初期の新カント学派と呼ばれる、「ドイツ哲学の学者達」の
悪弊に始まって、やたらと難解な文章を書くことが、偉い事だとだという巨大な思い違いをしている。
この病気は今でもなかなか治らない。本当は自分の頭が良く無いだけのくせに、やたらと、象徴語と、
ドイツ式観念語(本当は禅用語を無理やり当てはめただけ。観念とか本質とか根本とか意識とか。500語)を使いたがる。
読んでいる方はいやになる。こんな下手な誰も説得できないような文章を、苦しみながら書いてるとあとあと大変だろうな。
どうせ誰も読んで分かることは無いのだから。当たり前のことを、はっきりと書くことができない。
やたらとこねくり回してそれが「するどい批評になっていなければいけないと、勝手に思い込む。
副島隆彦「属国日本論を超えて」

(副島隆彦「今日のぼやき」2001.5.21より抜粋)
私の頭の中は、今でもこのように、雑然とした理解で成り立っている。生活実感で理解できないと「理解」と
いうのはそもそも成り立たない。私はもの書き言論人としては、素人さん(一般大衆)レベルでの実感での理解、
というのをものすごく重視する。わけの分らないことを書く人や、その文章を毛嫌いする。
このことは、私は、「オッカムの刃」 Occam’s razor と言う考えを自分の思考原理に置いているからだ。
全ての事柄(事象)を徹底的に明晰にしようとする 思考方法であるオッカムの刃 については、そのうち書く。
この日本語という限界言語によってでも、私は、明確なものをぎりぎりまで追究して、死んで行こうと思っている。
(抜粋おわり)


42 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 18:51:25
>>1
「○○は△△に過ぎない」って言ってるバカへ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1152324925/


43 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 21:10:46
相対論も絶対論も単に視点の違いだと思うけどなあ・・・。
広い視野で見れば相対論。状況を限定してそれを深く追求すれば絶対論。

44 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 21:26:40
視点を定めた方が事情の確定に役立つ。右往左往せずにすむ。
ただ、それは盲目の裏面でもある。
思うに、相対主義や相対的なとらえ方は明快な回答を提示しない点が
嫌われている。確かにいらだたしい。逃げているくさい。
逆に言えば、ケースバイケースで事に当たる姿勢もまた
大事だ、そう思えるならば、この苛立たしい逃げが、かえって
適当にも思える場合がなくもない。
物事の追究ということについて、どちらの姿勢も意味があると思う。
絶対はあるし絶対にこれだ、という姿勢はより精緻な探求を可能にする。
相対的なものだ、という姿勢はたとえば上記の精緻な探求が行き詰まった、
袋小路から脱出する手がかりにつながる。

45 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/02(月) 01:59:17
そこで、根源への問いが有効になる。
「〜という信念が正しいということを正当化することができるか」、「〜という信念が誤っているということを正当化することができるか」という問い(「〜」は同一の対象)を行い、
その結果双方ともに失敗した場合、「〜という信念が正しいということ、ならびに誤っているということを正当化することはできない」という結論=理論が得られる。
だったら、「実践」においては各人のかってであるということになるし、そもそも生きるという選択をする限りは、そうするほかない。
理論が絶対主義であるがゆえに、実践を傍観した場合には相対主義を採用せざるを得ないということである。
(その結果、制度などといったものはなくなるが、多数者の主張が機能し続けることに変わりはない。
つまり、根源への問い以前では、多数者が、共有している感覚や感情、妄想を直ちに正当化=不当に正当化していたのに対して、根源への問い以後では、正当化するのを止めるだけで、多数者のゴリ押しは変わらない)

こういう結論に至ったが、その後、
デカルトが「絶対確実なものを知るためにすべてを疑ってみる」という懐疑の結果、「疑っていることを疑うことはできない」という絶対確実なものに辿り着いたという部分で、
そもそも「疑う」という語や、「絶対確実なものを知るためにすべてを疑ってみる」という文が何であるかを前提としていることに対して無批判であるということに気づいた。
無前提では出発することも、終点に行き着くこともないということである。
つまり、言語の制約を受けているんだったら、言語と切り離して何かが存在するとか、成立するとかいったことはあり得ない。
すべては人間が人間の言語によって規定・設定したり、構築・制作したりしている(特に、言語は公共的な性格を持っているということから、そうしたことが多数者主導で行われていることが分かる)んだから、正当化は人間社会においてなされるということなる。
しかも、そこでは、よく想定される人間社会の内側と外側などというものは単なる幻想に過ぎず、ただ人間社会=人間の言語しかないのである。

すべての超越論は失敗して、非超越論が正しいというのが現在の結論なんですが、どうですか?

46 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/02(月) 02:06:22
法、道徳、数学、科学も非超越論的にしか正当化し得ない(したがって、実用性がなくなれば正当化できなくなる)。
右翼対左翼もただ数の多寡によってどちらが正当化されるかが決まる。
超越論的に正当化することはできないんだから、多数者が正しいということになるのはしようがない。

47 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/02(月) 02:08:44
>>46
>実用性がなくなれば正当化できなくなる
「実用性がなくなれば」、というよりも「多数者が、対象には実用性があるという、共有された妄想を捨て去れば」ですね。

48 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/03(火) 04:51:02
>>17
そこで聞きたいことがあるんだが、
科学が絶対でないと科学の側の人間が言っている(しかも、一般人が物語る歴史によれば、時代のとともに科学理論も移り変わってきている)のに、なぜ科学が「超越論的に正当化されている」んだ?
「科学的方法」や「科学的世界観(科学的実在論)」は絶対ということか?
それらも絶対に正しいとは限らないと言うなら、いったいどうして科学を超越論的に正当化できるのか分からない。

49 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/03(火) 04:54:22
あと、
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=34622
ここで投票してくれないか?

50 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 05:02:29
>>1
光の速さ以外は全部相対的だよ。真理とて。

51 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 08:27:40
「神は光である」ということか。

52 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/03(火) 08:52:11
ということは、一神教を信仰している人は光を信仰しているということになる……か?

53 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 00:58:39
やはり天皇絶対主義だよね

54 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 01:11:44
相対主義さえ相対化しなきゃね

55 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 10:42:10
>>54
それは相対主義を絶対化していることと同じ。
というパラドックス。

56 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 17:08:58
真理は敵味方を超越する by シラー

57 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 22:54:51
イスラム原理主義だ!

58 ::2006/11/12(日) 12:49:35
絶対

59 :考える名無しさん:2006/11/12(日) 12:55:32
対が絶えて絶対

60 :考える名無しさん:2006/11/12(日) 12:56:33
一方であることを信じながら、他方でその信念が誤りである可能性を忘れないというのは、
合理的な態度だと思うが、それを一つの演繹体系に組み込もうとすると、矛盾に陥る。


61 :考える名無しさん:2006/11/12(日) 14:43:25
相対主義者は自己の言明を正当化することができない
よって、相対主義は不可能である。
Q.E.D.

62 :考える名無しさん:2006/11/13(月) 12:13:52
>>61
>Q.E.D.
どこが証明終わりなのかね?

63 :考える名無しさん:2006/11/14(火) 16:20:30
神を疑う私を疑うことできない
相対的領域と絶対敵領域があり
どっちも真実なんだ

64 :考える名無しさん:2006/11/15(水) 13:59:14
>>63
>神を疑う私を疑うことできない
>相対的領域と絶対敵領域があり
>どっちも真実なんだ
絶対的領域から発せられたものは真偽もなしか。

65 :考える名無しさん:2006/11/15(水) 15:55:47
相対主義者は相対主義を否定するために相対主義を志すんや!

66 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/11/18(土) 04:50:21
一般的な相対主義の理解の仕方(自己論駁的であるという批判の仕方)は誤っている可能性があるようだ。
http://www.bk1.co.jp/product/1978324/reviewlist

67 :考える名無しさん:2006/11/18(土) 08:48:35
それは思考力が足りないからだよ


68 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 10:22:52
あるクレタ島人がすべてのクレタ島人はみんな嘘吐きだ(嘘しか言わない)と言った。
さて、このクレタ島人が言っていることは真か、それとも偽か。

69 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/11/19(日) 11:55:44
>>67
は?
むしろ、一般的な相対主義理解のほうが思考力が足りないのでは?
その一般的な相対主義理解は、論理学に暗いわたしでも気づいたぐらいだぞ……。
まぁ、その本を読んでないから分からないが。


>>68
>すべての  クレタ島人は  みんな
なんじゃこりゃ。

「あるクレタ島人がすべてのクレタ島人は嘘しか言わないと言った」でいい?
だったら偽だ。
理由は、その文が偽であるということは、「クレタ島人が嘘をつく者だけで構成されているわけではない」ということになるから。

70 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 12:23:16
>>69
>>すべての  クレタ島人は  みんな
>なんじゃこりゃ。

くだらんツッコミはやめてくれや。「みんな」は「嘘吐き」のほうにかかる表現。
だから()して「嘘しか言わない」と言い替えた。()内の表現だけをつかっときゃよかったが。

>「あるクレタ島人がすべてのクレタ島人は嘘しか言わないと言った」でいい?
>だったら偽だ。
>理由は、その文が偽であるということは、「クレタ島人が嘘をつく者だけで構成されているわけではない」ということになるから。

もうちょっと深読みしてくれよww

71 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/11/19(日) 20:28:53
>>70
分からん……。
教えてくれ。

72 :パンドラ:2006/11/19(日) 21:31:04
>>70
クレタ人の嘘のパラドックスって比較的簡単よ。
そもそも『嘘』か『本当』かっていう判断概念は、原子命題にはなりえません。
原子命題って概念が二つで構成される命題のことです。
「ウマは動物である」
ここでは『ウマ』と『動物』という二つの概念があります。
しかしここで「ウマは嘘である」とか「動物は本当である」といっても意味が不明でしょ。もともと意味はありません。
言語構成において間違っているわけです。
クレタ人の嘘も同様です。
「クレタ人の言ったこと」これにはクレタ人が実際に「ウマは魚である」とかいったとして「クレタ人の言ったことは嘘である」なら、この命題は真です。
「ウマは動物である」といったなら偽です。ここには何の矛盾もありません。
もともと二階の命題を一階の命題のようにごまかしているからいかにもパラドックスが成立しているように見えるわけですね。

>もうちょっと深読みしてくれよww

こんなんじゃ、ダメかしら?

73 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 22:28:22
哲学ってスゲー。

74 :N項算法師:2006/11/19(日) 22:30:01
アホ.アホウルセアホ

75 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 22:42:11
あるクレタ島人が真実を語っているなら、
すべてのクレタ島人は嘘吐きであるということになる。
だが、「あるクレタ島人」もクレタ島人の中の一人であるから、
すべてのクレタ島人は嘘吐きである、というのは嘘になってしまう。

つまりこの問題には答えがない。
真でも偽でもない。

76 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 22:54:58
でも現代人ってホントに相対主義好きだよね

77 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 23:06:07
>>76
そうかな? 相対主義に耐えられないでしょ。

78 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 23:10:45
>>75
 それは一体、何を言っているのか。
 クレタ島人が語っているものが嘘であるということである。
 あるクレタ島人が真実を語っているなら、全てのクレタ島人は嘘を語っている。
だが、あるクレタ島人もクレタ島人の中の一人であるにしても、全てのクレタ島
人は嘘を語っていることも考えられる、ということである。
 クレタ島人が語っているものが本当のことという訳ではないとすると、クレタ
島人が真実を言っている訳ではない、つまり、嘘を語っているのである。
 一方、クレタ島人が真実を語るものが嘘であるとしても、クレタ島人が語らな
いとすると、全ての人が何かを語っていることはやはり嘘であると思われる。
 だから、あるクレタ島人が何も言っていないので、何事かを語っているという
ことが嘘であるということも言えるのである。

79 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 12:00:02
読んでいると、頭の中が納豆状態w

80 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 19:28:12
日常言語でそんなウダウダ書かかずに
述語論理で書けばわかりやすいのに

81 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 14:22:51
>>77 信者という言葉が否定的にしか使われない2ちゃんねるは少なくとも相対主義世界


82 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 14:26:25
どなたか、日常言語をPrologにコンパイルしてくれませんか。

83 :考える名無しさん:2006/12/07(木) 21:14:25
>>83は嘘です。

84 :考える名無しさん:2006/12/07(木) 23:07:16
>>80
述語論理のような現代の標準的な論理学は、メタ言語と対象言語を区別することで
嘘つきのパラドックスを避けて通るものだから、わかりやすくなんかならんよ。


85 :考える名無しさん:2006/12/07(木) 23:27:52
>>84
パラドクスを回避するしないではなくて、表現の簡潔性、明晰性の問題

86 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 10:40:40
>>84
いや、パラドックスを回避して
ともかく数学の形式化を可能にすることが
システム構築の目的になっている。
公理的集合論なんかその典型だが。

87 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 13:16:55
現代人の大半は相対主義者≠セけど、
それは相対主義という理論体系≠愛しているということではなく、
マルクス主義だの各種の宗教だのといった、
頑固な独善的イズムあれこれに対して反感を持っているということ。
そういう反感は、本当のところ、
主義だのイズムだのといった名前を付けて定義される性質のもんじゃない。
「イズムというものに対するデフォールトの反感」とでも表現すればいいのかな。

88 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 18:49:41
確かに"人間”とか"ペガサス”は存在しないけど、
命題論理とか数学科学は共通一致の普遍概念として存在するだろう
いくらなんでも、、でなきゃなんなんだこのヨは
 この詭弁インチキいかさま詐欺師ペテン変態野郎どもめ

89 :考える名無しさん:2006/12/10(日) 19:51:55
何でもいいから早く誰か破壊してくれ
もう「人それぞれ」って一言にはうんざりだ。

90 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 16:06:37
>>87
プチ相対主義?

91 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/12/21(木) 16:57:11
>>87
そうか?
単に自分の都合が悪くなったらにわか相対主義になって逃げているだけに見えるが。
そして、にわか相対主義者は普段は独善的だ。
ただし、多数派(彼らの大部分は数が多いほうの意見が問答無用で正しいという意識を持っている)なので独善的と見なされていない。
一般人的な表現をするなら、(わたしにとっては)宗教者のほうがマシということになる(この「〜よりマシ」というのは頻繁に使用される表現である)。

>>89
真性の相対主義者は極端に少数派で、しかも影響力を持っていないので、あなたが一般人ならば無視しても問題ないだろう。
にわか相対主義者になる者は非常に多いが、あなたが一般人ならば処世術を用いて対処することができるだろう。
ストレスが溜まるのがいやなら殺せばいい。限定的超越者であるこの虚構世界内存在が許可する。

92 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/12/22(金) 10:02:11
>>80
>>84
パラドクスの回避には正当性がありますか?
たとえばヴィトゲンシュタインはそれまで哲学と呼ばれていたものにおける問いが無意味であると考えたということですが、
これはそれまでの問いが難しいから放棄したわけではないと思います。
つまり彼は自身の考えに正当性があると考えたということですが、それと同じようなものですか?
それともパラドクスの問題に分け入っていくのは自殺行為的なので回避してしまおうということですか?

93 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 10:40:42
>>92
その当時の人々の目的は、
パラドックスを回避して数学を形式化し、
整合性を確かめることだったのだから、
その目的に限定すれば、充分正当性がある。
パラドックスそのものを分析するのが目的なら、
もちろん別の方法を取るべきだが。

94 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 15:38:18
名前があるというのは便利なものだな。

キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝い、正月には神社に出かけ、
結婚式は教会でやり、葬式には仏僧を呼ぶ……みたいな、
現代日本人の宗教生活というのも、確実に何かのイズムなんだが、
それは名前を持ってないから、そもそも対象化することが難しい。


95 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 01:44:55
相対論は外の世界の話。結果論
オレはオレであって、オレであるオレがオレとしてちゃんと生きる
肩切る風は全て相対

96 :考える名無しさん:2007/01/08(月) 13:02:54
相対主義と、相対主義を否定する思想の、
二者を相対化して考える方法ってあるんですか?

97 :考える名無しさん:2007/01/27(土) 16:26:57
相対主義は自己論駁敵である
よって偽である

98 :考える名無しさん:2007/02/05(月) 11:02:10
相対主義は、公理・定理みたいな形で体系化された演繹的思想じゃないんだから、
批判する側が、相対主義の公理系を勝手に想定して「自己矛盾だ」と言っても、
単なるシャドーボクシングだよ。
「英国憲法は自己矛盾している」という批判くらい無意味。

99 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 20:04:00
>>98
自己矛盾というだけで十分有意味な批判じゃないのw

100 :哲学者最上位(´Д`)y─┛〜〜 :2007/02/06(火) 22:29:50
相対というのは目的がないよね。

101 :考える名無しさん:2007/02/07(水) 02:48:20
ホッカルさん哲学板にもいんのかよ
大阪府立大学卒の癖に、低学歴がどうとかいってなんか荒らしてるし

102 :考える名無しさん:2007/02/07(水) 07:23:11
    /゛ヽ 丿     ゝ、、_ \   ̄\  |\  )、        、 i
   / ヽ | /     ヽ||iii';;=、 、 \    \| \丿 \       ||/
  /  ,| |/       `"'< `i ゛ヽ`=''  、,___,;--―'ノノ      /
 | / ヾ ||     '  ノ-,=―--_,/'/    ,i ノ
 | | |      ;       ''~  i  ( / ||ii|||""> /   / ''
 | ヽ        '          | |  ̄゛゛ ' / /ノ/
  ヽ                /   ,  |      //i
 嗚呼なんてすばらしき東大法。
知名度は運知的。人気実力すべてにおいて於饅蛇絽?



103 :考える名無しさん:2007/02/07(水) 11:40:10
蓮華経という経典は、「蓮華経というのは最高の経典ですよ」という自己言及的な内容。
その限り、この経典の内部論理は整合しているんだが、「だから何」っていう……。

104 :考える名無しさん:2007/02/07(水) 15:33:11
論理的に意味のある命題はトートロジー。数学も然り。

105 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 06:56:02
二項対立を止揚すべし

106 :考える名無しさん:2007/02/08(木) 11:30:18
                        ,,,,,_
                    ,!―-、゙l、`゙i、
                    ‘'-、,,゙l, `'-,,.l゙
  .,____________  ``
 .ヽ、                 ,/
   ` ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄フ" .,-' ̄″
             ,/゛.,/`
           ,/` _/            , -―-、
       .,/ .,/             / ,. ―、 ヽ
      /`  .,i´              {. {    } }
      ゙l、  ヽ、             ヽ__) ,ノ ノ
       `-,、 ‘'ー、,、              / ,.-'´
        `'-,,、  `゙''ー、,、          / /
           `'-,,、   `-、         し
             `゙'-----"        〇


107 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 13:25:47
デカルトみたいになんでも相対的であるのではないかと疑ってみてこそ絶対なものに到達できるというのが大きいかも知れん
相対主義の真髄だったりして

ところが馬鹿日本人は相対主義というと全てが相対的であるとすることであるというなにごとも0か1か
のデジタル超馬鹿になってしまう

 たとえば正義についてもだな,全て正義は主観であるとしてしまう
ほtんどの石儀は一方に緒主観であるというのはいい当然としてでは世界に正義はないのか

108 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 13:28:09
>>107  うっかり送信してしまった,後一行訂正 

「ほとんどの」正義は一方的な主観であるというのはいい、当然としてでは世界に正義はまったくないのか??



109 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 14:09:37
相対主義者のあなたはどこにたっているのか?
私は座標で示される所にいる。
この世界には元から相対され得る本質はないし全てはトートロジーの
レイヤーが示す座標に過ぎない。
「人生とは?」と問う人生が人生である。問わないのも人生である。
それすら結局は相対化し得ないものを取り扱ってるだけの話である。
私は座標主義をここに宣言する。
人間はそこにしか存在できない。宗教でもなくイデーでもなく。生きること只それのみに私はいきる。
今、此処という座標に生きる。殉ずる。信念でなく言葉でなく。
内観でもフォーカシングでも恍惚でも無い。座標があるだけである。
座標主義の前に一切の宗教と哲学は消え去る。
座標がある。一切はそこから生まれる。



110 :107:2007/02/12(月) 17:18:13
>>108 俺に聞いてるの?・どこに立ってるかは話せば長い

日本人はどこに立ってるか単純なはずだと多くおもうんだろう??

111 :考える名無しさん:2007/02/12(月) 18:44:32
相対主義はつまり自然科学の観点をそのまま
哲学に取り入れたばあいに生じる一種の誤謬。

112 :107:2007/02/12(月) 20:25:28
111 そんなのを絶対だと思ってたら単なる落語だ

113 :考える名無しさん:2007/02/23(金) 00:06:45
>>111
というより扱う対象である自然と文化のちがいでもあるしょ?
文化を対象にするとけっきょく困難な問題に直面する。
人文系がトンデモ扱いされるのもその問題と無縁じゃない。

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