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【私】を記述してください。【私の存在性】

1 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 14:20:03
副題:=【私】は、どこまで肉体に依存するのか?=

『私』『自我』『主体』『主観』『主観性』、
デカルト的懐疑の到達点、
各種宗教的アプローチの底に見出されるもの、
等は、どのような記述が可能なのか?
その記述方法は、唯物的な事象の羅列で十分か不十分か?
その記述方法は、一通りか?それとも何種類もあるか?
それら記述方法の分類・仕分けはどのようなものか?

基本的に何でもありですが、できれば副題にあるように、
この肉体(脳)ベースでどこまで記述できるか?
に挑戦してください。

・マジレス及び連関したレス内容である場合、
名前欄へ、識別可能な何かを記入してください。(レス番可)

2 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 14:26:33
初2ゲット

3 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 14:46:07
人間の脳が「物質」であることには、誰も異論がありません。
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端から
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。
『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。

4 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 15:04:54
今はヒキコモリ
将来は家を持たずにアウトドア派

5 :1/2 素人:2006/04/05(水) 16:10:20
せっかくなので記念パピコ

[哲学]◆決定論:脳は物質だから意識は必然にすぎない33〜57◆
※かなりの昔、一言さんと話した「サッカーのゲーム」という例。
※「スクリーンプレイ」という語を用いたレス。
※富士山・雲・路端の花となんら変わりはない、という一レス。
※どなたのレスか知らないが、
  661 名前:考える名無しさん 投稿日:2006/02/24(金) 19:38:40
     どうもおれらは「思う行為(そのもの)」を指して我と呼んでるんじゃ?
     「思う」は「在り」の根拠や前提じゃなくて「主体そのもの」なんじゃね?
※範囲を決めてから鬼ごっこをするのでなく、
 鬼ごっこで走り回っている範囲が鬼ごっこの範囲である。
  →「私」が先にあるのでなく、ある状態(種々の条件によって生じたところのもの)が
    「私」として知覚されている。
※全ては関係であり、もし崖から落ちたなら、それは、「関係」が落ちていると言ってもよい。
※754 哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo 2006/04/02(日) 05:19:37
    >> 753
    だから『私』の正体を、具体的な物質的要素で説明してよ
    物質の、何が『私』なの?
 に対しては、「関係」「関連」である、と。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1144123901/の 108 109からなら、
 (脳内の)総体としての【A】という状態が「私」である、と。


今思い出せる内容はこのくらい。


6 :2/2 素人:2006/04/05(水) 16:11:09
このスレ用にまとめてみれば、
・人は、そして『「私」という、意識される認識主体(たとえそれがデカルト的懐疑の終着点にある「私」というものであっても)』は、
 種々の条件によってそこに現れている、顕われている。
・初めに【私】があるのでなく、ある【在り様】が【私】として顕われていると見る。
・その条件としては、肉体・環境・過去の経験等によって規定される。
・また、ミクロに見れば、上記の制限によって現れる脳内の電荷のパターンが、種々の思考であると。
 ある一瞬の特定の物質(分子でも素粒子でも何でもいいが)が私なのでなく、
 また一瞬を切り取った写真のような脳内のパターンが「私」なのではなく、
 あるスパンにおいて(時間的な連続において)見られる【動的な「在り様」】が【私】である。
・具体的な脳内のパターンはどのようなものか?その対応関係はどのようなものか?は、
 脳科学の専門家にお任せするしかないし、また、畢竟わからないかもしれない。
・具体的なパターンを示すことができないところは、このスレ的に不十分か・・。
・また、このような記述方法は、弾道を数式で表現するかのように、
 愛情をお金やプレゼントの山で表現するかのように、本質を大きく外しているかもしれない。
 その意味では、最高位の「記述できていない。」という指摘はもっともなものかもしれない。
・どのような解説書(どの分野のどのような記述方法)が最も的確か?という別の議論があってもいいかもしれない。

ただ、最高位が、なぜ各種解説書を認めないのか?それがわからない。
何冊あったっていいじゃないかw  勿論、ピンきりで、トンデモなものもあるだろう。
が、それは一つ一つに対してちゃんと吟味すればいいことではなかろうか。
そうして、場面場面で、その都度適切な解説書を使用すればよいのではなかろうか。
(また、設計図である必要はないw)

たとえば仏教では、五蘊(十二処十八界)が解説書の一つだ。
社会学や法律の世界にもそこで使用するのに最も適した解説書があろう。
医学の世界にもあろう。生物学の世界にもあろう。

さて、全てに援用できる、オールマイティな解説書が存在するかどうか・・・?


7 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/05(水) 17:30:04
乙!

8 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 19:26:48
私とは内なる目である

9 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 20:19:46
【私】

10 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 21:09:41
私は前頭前野

11 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 22:20:23
じゃ、前頭前野をビーカーに入れて保存しよう

12 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 22:33:55
脳の情報をデジタルに変換出来ないんですかね。
DVD-Rみたいに脳の情報を出し入れ出来ないんですかね。
脳の情報を並列化させたら人格が一緒なんですかね、でも
同じ場所にいるわけじゃないから同じになりませんね。

13 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 00:18:56
唐揚

14 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 16:35:40
私は次の様に考える。
生命とは自己調整能力を持った炎の様なものである。
そして、私はその中の火に過ぎない。

よって常に私は揺らいでいるし、
私自身を正確にコピーする事はできない。

私に似た存在を残すには、子を作るか、
私の考えを他人に伝える事によってのみ可能であると思う。


15 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 16:46:21
無限に続くドミノ倒しの板の一枚。
倒れる事、倒れる速さ、倒れる角度が意志。

16 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 16:58:43
「同じ存在を残す」のに元来意味はない。
なぜならそれは不老不死と同義だし、そこに進化は存在しないから。
新たな状況が出てきた時に、たちまち全滅してしまう。

むしろ意味があるのは、劣化コピーを残すと言うこと。
そこには進化が存在し、新たな状況に対応できる希望も生まれる。

17 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 17:01:17
ならば、と考える。
デジタルの世界はコピーを本質とし、同じ物が普遍的に存在する世界。
だからこそ、AIに魂が生まれない、といわれるのだろうか?

18 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 17:31:39
>>17
デジタルも確率的に劣化するのよ
HDDのデータシート見てごらん
エラー率ってのが書かれてるから。

よってデジタルも万能ではない。

疑似乱数ではない自然な揺らぎを生成できるなら
AIにも魂が宿る可能性を否定できない。


19 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 17:34:23
>>18
疑似乱数ではない自然な揺らぎって何?
完全な乱数の定義なんて出来ないと思うが。
第一それとAIに魂が宿るかどうかは無関係だろ。
疑似乱数で魂が宿る可能性が否定されたわけではない。

20 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 18:43:39
>>19
>>疑似乱数ではない自然な揺らぎって何?
熱雑音とかを利用した乱数発生器ってのがあったかと・・・
(パチンコとかにも使ってるらしいぞ、FM音源ICでもノイズ源あるでしょ?)

>>第一それとAIに魂が宿るかどうかは無関係だろ。
>>疑似乱数で魂が宿る可能性が否定されたわけではない。

うん、これに関しては否定しないけど、
揺らぎが人工的だから、極めて不自然な魂になる気がする・・・

もし、ライフゲームが生命か?と問われれば、
私は生命かもよ? と答える。


21 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 18:50:35
どうでもいいことだけど、20さんは僕の意中の女性と語り口が似てる。

22 :19:2006/04/06(木) 18:52:39
今、気づいたんだが
パチンコ台って生き物にかなり近いかもね。
(自己メンテが完全でないから生き物ではないけど)
ハマるの怖いので私はやらないから、よくは分からないけれど・・・


23 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 18:55:00
>>22
名前ミス 19>20でした。スマソ

>>21
リアルでは男なので・・・スマソ



24 :考える名無しさん:2006/04/07(金) 00:04:24
パチンコなんてゲーム性はほとんど無いと言っても良い。
昔のパチンコ台は釘を打つ位置で確率を定めていたから、まだ偶然の余地があった。
しかし、最近の物はコンピュータを内蔵しているから、
顧客から見えないプログラムの部分で、いくらでもズルができる。
パチンコを「ギャンブル」なんて思っている人はメーカーに踊らされてるぞ。

25 :考える名無しさん:2006/04/07(金) 01:23:03
政府は「パチンコ税」を導入しろ!
タバコ並みの税率でいい

26 :考える名無しさん:2006/04/07(金) 03:00:46
ダメです。だって税金より先に献金してもらってるもの

27 :考える名無しさん:2006/04/07(金) 07:58:15
>>24
不正改造が無ければ、まともなギャンブルですよ。
公的な認証機関でチェックしてたはずですし・・・
姉歯氏的な存在あるかは知らないですけど・・・
まぁ、不正改造が無ければね・・・・・・・・


28 :考える名無しさん:2006/04/09(日) 15:43:51
唐揚

29 :考える名無しさん:2006/04/09(日) 15:49:16
皆、文学的な私論ばかりで読むに耐えん

30 :考える名無しさん:2006/04/09(日) 23:48:47
哲学は文学と科学の間に存在する。

31 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 22:13:42
私はあなた

32 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 23:29:19
>>素人くん
このスレはダメだね。

33 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 23:34:06
わかったわかった
一刀両断してあげるから、おとなしくしてなさい!

34 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 23:39:33
>>33
待ってくれ
行儀よくするのはなにしているのかを教えてあげれば良くなるでしょう
切り捨てるのと行儀よいってどういうことなんだよ

35 :考える名無しさん:2006/04/12(水) 16:38:11
>>29
そういう「独創的な表現を競い合うスレ」というのもおもしろいかもw
>>12>>14>>15とかw

36 :考える名無しさん:2006/04/23(日) 12:08:12
最高位さんこちらも忘れないで下さい。

37 :考える名無しさん:2006/04/23(日) 14:30:44
私の感覚では、私が肉体に依存する分量は半分くらいかな?
後の半分は周囲に居る人とか環境によって形作られている気がしますね。


38 :考える名無しさん:2006/04/23(日) 15:32:22
バファリンの感覚では、バファリンがやさしさに依存する分量は半分くらいかな?
後の半分はアスピリンとか緩衝剤によって形作られている気がしますね。

39 :考える名無しさん:2006/07/06(木) 14:56:03
あげ。

40 :考える名無しさん:2006/07/06(木) 15:54:30
「私」の一種、「わだす」は岩手あたりに自生、土着するが近年、外来種に駆逐されつつある。

41 :考える名無しさん:2006/07/06(木) 18:01:07
「意識とは意識された社会的存在でアール」マッド・マックス

42 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/07/06(木) 21:44:03
我疑うという超越論的跳躍により私の存在が一瞬の間、浮かび上がり、そして、ゆえに我有り、の着地点は、常に、異なるシステムのはざま、というのが柄谷のコギトエルゴスムスの復権のロジック。



43 :考える名無しさん:2006/07/08(土) 14:10:57
351 名前:哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo 投稿日:2006/07/08(土) 07:12:18 >>263
>「比類の無さ」はそれを口にしてしまった時点で、
>「比類される」のを避けられないんだよ。
>混同は避けられない。

うむ、混同するんだよねぇ みんな
これが言葉の、ツールとしての壁だね
しかし、本質を見抜いて混乱せずに理解できる人は、必ず存在するでしょう
そういう知能の高い新人類が徐々にでも増えてくれば、唯物論は消え去るでしょう
ツールとしての純粋な科学だけが残り、唯物論などという間違えた思想は消滅する
これは、もう見えてますね
唯物論 などと言った時点で笑われちゃう時代が来るでしょう
なぜなら、こんなにも唯物論者しかいなかったこのスレにおいても
すでにその兆候が見えてきてるからです
ここってホントにひどかったんですよ
それでも徐々に、理解できている人が確実に増えてきています
面白いですね^^

>>266
あなたが理解しておられる事は、それはクオリアに属する部分ですね
確かにクオリアは物理現象に還元できるとっかかりすらありえません
しかし実は、クオリアでは唯物論を論破しきる事はできないんですよ
この光は、なぜだかわからないけど赤に見える と、解明の方法がありえない とい事にとどまります
そして、どうしても客観的視点から離れる事ができず、一般論的に片付けられてしまう傾向にあります
しかしそこに更に、クオリアの主体であるところの『私』の『存在性』に気づくことによって
唯物論は、完全に破壊されるのです
物理的なものは、同じ要素のものを複数作成する事が可能です
切ったり貼ったりが自由自在
全く同じ物理的要素に と定義する事も可能です
しかし『私』というものは、この世に一人
天上天下唯我独尊、唯一絶対の存在性
ですから、私を物理的要素に特定する事は不可能なんです

44 :考える名無しさん:2006/07/08(土) 14:11:48
354 名前:哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo 投稿日:2006/07/08(土) 07:33:28 >>348
>脳は言葉ですからね。

そんな事はないでしょう
ヘレンケラーは最初、言葉を知らないまま生活していた
言葉を知らなくても、イメージの中で生きていた と考えられる

まぁ言葉の機能性についての議論は必要かもね
てか、もはや哲学は、言葉で説明しきれる次元をとっくに越えているんだよ
曖昧な言葉から、本質を汲み取る事が必要なわけ
それができる人と、できない人が、昔からいるんだよ
だから哲学者は、バカでも理解できる魔法の言葉を探して、言葉の壁に挑戦し続ける

45 :考える名無しさん:2006/07/08(土) 14:12:45
356 名前:哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo 投稿日:2006/07/08(土) 07:43:00 >>353
また、そんなふうに、どうでもいい観点にばかり関心を持っちゃう人が出てくるんだよな
違う違うってね
じゃぁ、何が違うのさ
水の分子AとBの物理的要素の何が違うの?
脳内の水の分子AとBを入れ替えたら何が変わるの?
分子運動の細かい所が違う としても
それもまた、同じ と定義すればいいだけの話
要は、技術的な面で不可能であったとしても
論理的な話で『同じ』と定義すればいいだけの話
物理的な事柄は、同じと定義できるが
私に関しては、同じ と定義する事じたいが不可能
論理的な話で、両者は噛み合わない
『私』と『物理現象』は、噛み合わない

46 ::2006/07/08(土) 21:31:01
まず私が妄想することを表現しよう。
魂はこの世のすべてのものに宿る、そして閉じた価値観の世界では私となり
現実となる。開いた価値観の世界では分散され夢、妄想、幻となる。
魂とは現象の特徴のこと。魂が宿ることで私が他と区別される。
完全なクローン人間でさえ、コピー元とは違う魂を持っている。
クローンがいる位置すら魂の因果の原因となるのだから。
人間の場合は、心という概念も加えたもの、さらに客観的情報を含んだものが
私となる。
心は情報の中心を因果で結ぶ仕組みの情報処理で行う、心もすべての物に宿る
それが小さいか大きいかだけ、閉じた価値観の世界では私となり
現実となる。開いた価値観の世界では分散され夢、妄想、幻となる。
因果はすべてのものに存在し。「もの」という言葉の語源がその意味の中心
であり本質である。
この本質は間接的にしか観測できないものであり、観測すれば違うものに
変わる性質がある。大局的な現象でしか見れない隠されたもの。
夢の中でまた。

47 :考える名無しさん:2006/07/27(木) 01:05:18
私など存在しない

48 :考える名無しさん:2006/07/27(木) 04:25:11
名前

49 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 02:09:48
私の行動、言動、によって私の世界は変化する
その責任は重大である
故に私の決定は全て重大である

50 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 02:29:07
超越論的「我」とは「世界と自我」を見ている我であります。



51 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 09:37:49
以下、某所から拝借したもの

●バーナデットロバーツの体験の諸相●

●自己について●

○自己の存在を知るには、心がそれ自身を対象として見るという自意識は必要ではなく、
それがなくとも、思考や感情が起きてそのまま意識される、と思っていたのは間違いだった。


○自省の機能は意識されない場合でも無意識の層で働いているが、
いったんこの自省の機能が失われれば、自意識がなくなるばかりでなく、無意識面でのその働きもなくなる。

つまり、意識の主体を見ることが出来なければ、その主体があるという意識もない。

内省が不可能な時には、物事に価値や意味や目的を付与することが不可能である。


○人が生まれて自己が発達する段階で、すでに無自己は予定されているように思われる。

つまり、人の前半生では自己保存が優勢であるが、後半生では、自己放棄が優勢になる。


○自己と『それ』の結合に執着するのは、一種の不信であると言ってもよい。

この旅は、自己意識から宇宙意識への移行ではなく、また全体と自己との同一視の道でもない。

52 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 09:39:11
○客体化なしでも、自分を主体として知ると主張する人もいるかもしれないが、
それがあり得ないことは、私が経験した事で明白だった。

自己を客体として見られなくなってしまうときには、主体も意識できなくなる。

意識にとっては、その主体は無に等しい。

だが、もしも何かを意識したとすれば、それは客体となってしまっている。


○既知の自己がなくても意識があれば、その主体があると論理的には言えるかもしれない。

だが、単なる知的な要請として考えられた「自己」が、
現実に知られも感ぜられもせず、働いてもいないとしたら、そんな自己に何の意味があるだろうか。


○自己を意識することは、「自分が生きていることの活力の感覚」に支えられなければ、
空想と同じように無意味である。
自己とは単なる意識の対象でなく、自分の活力、意志、衝動の根源的な感覚であり、
それが知の働きと結び付いて「これが私だ」という主観的な確かさになるのである。

53 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 09:40:34
○生の活力は「これが私だ」と意識する以前には、単なる肉体の活力と区別できない。
内省の機能により、自意識が発生して始めて、その活力を自分のものと思うようになる。
そして、情意の働きの本質は「自分が生きている」という感覚にある。


○自己とは、人間の思考を遂行しているものというよりも、その根底にある生の活力の意識にほかならないのである。

したがって、認識や感情の働きを抑えたり変化させても、自己を超えるわけにはいかないのは明らかである。

内省の機能が働いているかぎりは、姿を変えた自己が現れるだけで、この機能を自分で止めることは出来ない。


○現在は、人間が生まれてから死ぬまで、あるいは、死後でさえも、自己が常に不可欠のものとしてい扱われている。

こういう固定観念に囚われているかぎりは、自己を超えた次元に目を開くことは出来ないだろう。


○自己を保存しようとする力と、自己を絶滅させようとする力の二つのシーソーの力の中で、
人間の根本的な自己との葛藤が起きる。


○自己というものは、個別性のために必要なものではなく、自己を失った後でも、その者の個性は残るのである。

54 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 03:01:29
かゆい

55 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 23:43:36
kayui

56 :哲学者最上位(´Д`)y─┛〜〜 :2007/01/28(日) 00:29:20
私の存在性って私ならいつもここに存在してるぞ。

57 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 00:53:01
かなりの人はプロレタリアート以下の存在になっている。
そのような人にとって「私の存在性」とは「不必要」という
性格を帯びる。

58 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 01:15:20
アホみてー



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