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笑いとは何か

1 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:03:30
いったい笑いとは何だろうか。いまだに完全な笑い論は完成していない。

「笑いはその正体が明かされるには、掛け値なしに150頁の論文を
要求し、それにその論文はアカデミーの文体ではなしに化学の文体で
書かれなければならぬ。」 Stendhal "ラシーヌとシェイクスピア" (高桐書院)

■参考文献
Charles Baudelaire "ボードレール全集 4" (人文書院)
Charles Baudelaire "ボードレール批評 1" (ちくま学芸文庫)
Henri Bergson "笑い" (岩波文庫)
Sigmund Freud "フロイト著作集3" (人文書院)
Sigmund Freud "フロイト著作集4" (人文書院)
Francis Jeanson "笑い その人間的意味" (双身社)
Max Eastman "The Sence of Humor" (Octagon Books)
Max Eastman "Enjoyment of laughter" (Simon and Schuster)

■閲覧可能
Herbert Spencer "笑いの生理学"
ttp://www.mt.tama.hosei.ac.jp/~hhirano/2000/kobayashi/index.html

2 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:05:13
うわ、立ててしまった。まさか立つとは・・

3 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:09:38
※04年5月
279 :GRIZZLY ★ :04/05/01 18:14
ipad*okayamaima.okayama.ocn.ne.jp を全サーバで規制。
無意味な文字列を連続投稿(連続コピペ)
による2ちゃんねるに対する迷惑行為。

※04年12月
33 :ロック鳥 ★ :04/12/28 22:51:42 ID:???
○規制
 ipgw.phs.yoyogi.mopera.ne.jp 規制
○荒らしの内容と特徴
 無意味な文字列のコピペ・連続投稿
26 :田吾作 ★ :04/12/28 22:12:54 ID:???
じゆん ◇bYRNL78mlE<>sage<>04/12/26 18:08:33 F0hXBiZo<>       ;;;;;;;:::::::::<><>
t507086.ipgw.phs.yoyogi.mopera.ne.jp<>220.159.7.86<>

※05年12月
203 :軍艦焼 ★ :2005/12/19(月) 02:32:19
ipad\d+okayamaima.okayama.ocn.ne.jp を全サーバで規制。
無意味な文字列を連続投稿(連続コピペ)による2ちゃんねるに対する迷惑行為。
★051216 哲学板 通称「純一」報告スレ
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2chd/1134698608/159 (まとめ)
純一 ◆Fn0dptrDJw <>age<>2005/12/17(土) 00:16:33 M9txXAUV<><a href="../test/read.cgi/phil<><>
p3191-ipad12okayamaima.okayama.ocn.ne.jp<>220.105.76.191<><>Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0;
Windows NT 5.1; SV1)

4 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:12:34
いつ人は笑うのか?
不安から解放された時でしょ。ということで、笑いとは、不安からの解放である。

5 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:31:49
思考の秩序の緩み、または崩壊(破壊)、またはそれらのフリ

6 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:39:27
松本人志の笑いって、簡単に言うとどういう構造なの?

7 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:42:37
哲学者にそんな人いたんだ。知らなかった。勉強不足鬱鬱鬱

8 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/29(水) 23:47:13
来襲。。。

■なぜお笑いブームは「狂気」化するのか

世界は「狂気」である。

たとえば電車の中でサラリーマンがすこし大きな声で仕事の話をしています。そんなことはよくあること
で特に気になりません。しかしよく見ると、そのサラリーマンには話し相手がいなかった。独り言を会話
しているようにしゃべり続けていたのです。このとき「狂気」を感じます。

たとえば昼間、サラリーマンが街中で、大きな声で歌を歌っている。その場に緊張が走ります。このサラ
リーマンが、「みんなビックリした?笑いのために、あえてやってみました〜!」と言ったとします。これ
では誰も笑わないでしょう。さらなる「狂気」がおそいます。

この場合に僕たちがすることは、このサラリーマンがだれとコミュニケーションを成立させているか、と
いうことでしょう。たとえば同僚が少し離れたところで、はずかしがり、歌うサラリーマンをわらっている。
それはなんらかの罰ゲームかもしれませんが、「歌うサラリーマン」と同僚に間にコミュニケーションが
成立していることを確認すると、僕たちはホッとします。

さらには、「実はテレビ番組の収録でした。みんなビックリした?笑いのためにあえてやぶってみました
〜」といいそこにTVカメラが出現すると、もっと緊張は緩和されます。そして「正常な地点」へ回復するこ
とで笑いがおこります。

そもそも「他者」とはなにを考えて、なにかするかわからない「狂気」の存在です。「狂気」の方が「一般
的」であるということです。この「狂気の世界」で懸命に、「他者」ときちんとコミュニケーションができてい
るように、装うのことで社会はできています。それは、「薄氷の上を歩く」ようなものではないでしょうか。

9 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/29(水) 23:48:03
笑いの強迫性

TVとは関係なく「歌うサラリーマン」は、普通は「狂気」ですが、とても「シュール」であるともいえないで
しょうか。「シュールな笑い」とは、緩和し回復されるはずの「正常な地点」でないが、それが(新たな)正
常点なんだという、この「狂気さ」を笑おうとする意志によるものです。このような「滑稽さ」は「あり」だと
そこに正常点が見出され、同意されるときに、それは緩和されるのです。

実は、この「同意」性はシュールだけでなく、笑い全般に言えることではないでしょうか。どこに正常点が
あるのか。それは誰にもわかりません。それはそのときにのみなの同意によって決められるのです。同
意は「薄氷」のごとく脆いものです。だからTVのお笑いで笑い声が足されるのです。ここが同意された
「正常点」であると教えるのです。

シュールな笑いは、その「正常点」を一般的に同意されているだろう地点とは、ズレたところ、まだ狂気
が残っているだろう新たな地点を新たに見出し、(無理矢理に)笑ってしまいます。それによって同意の
「小さな内部」を形成されます。だから「シュールな笑い」はいつもマニアックであり、「オレそれわかるわ
かる!」というわからない人を排他する快感とも言えるでしょう。

だから笑いはあたらに創造されづける意味で解放的ですが、「内部」を強要すると言う意味で、排他的
です。たとえばアメリカのコメディを見ても、違和感があり、面白くありません。なぜなら僕たちが「正常
点」を同意する「内部」に属していないからです。そして「内部」に属していないために、疎外された不快
感を感じます。そしてこの笑いの疎外が、人々に「笑わなければ」、あるいは「笑いなさい」という強迫性
です。

10 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/29(水) 23:48:42
お笑いの浄化作用

現代、「同意」形成の場として作動しているのは、テレビメディアでしょう。テレビは大きな「同意の内部」
を形成して、社会の正常点を生みだしています。あるいは強迫してもいます。テレビタレントは往々にし
て「変人」です。一般社会では「狂気」の人ですが、それがテレビに出て、「同意」されるとその「狂気」は
「笑うもの」として同意されます。

たとえば素人参加番組でも、テレビにでると人々はよく日常隠していたことを暴露します。日常の狂気、
罪をみなに同意されることで、あるいは笑われることで、正常点として、浄化されるのです。これはテレ
ビだけでなく、悩みを友達に相談することでも行われる「同意」の効果です。

11 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:49:06
>>7
哲学者の名前はまだ出てないと思うよ。>>1で書かれてるベルクソン以外は

12 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/29(水) 23:49:26
狂気化するお笑いブーム

このような同意の「内部」は生き物であり、絶えず変化し続けています。それによって、人々は最近の
「空気(ノリ)」に同意するのです。

最近のお笑いブームでは特に流行り廃りが早いですね。「なんでだろ〜」、「ゲッツ」、「〜切り、残念」、
「ヒロシです。」「フォ〜!!!」と見事に切り替わっています。これは「狂気の消費」といえるかもしれま
せん。ブームとは新たな新鮮な「狂気」が同意されていくという消費過程です。同意し尽くされ、そこに
「狂気」が失われると、ブームは終わる。そして人々は新たな「狂気」へ向かうのです。これはボクが「無
垢への欲望」と呼ぶものの一形態です。

HG当たりから、特に受ける笑いがヒステリックになっているようにも感じます。猫ひろし、小梅太夫な
ど、人々が刺激を求めて、より「狂気」へ、それはより「病的」へ向かっているように思います。

13 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/29(水) 23:53:46
もともと日本語のもつ複雑さ、繊細さからか、
日本の笑いは多様ですね。

ベルクソン、フロイトなどの「笑い」論ではぜんぜん
組み尽くせないのではないでしょうか。


14 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:55:16
>>13
同意。特にベルクソンは偉そうに書いたわりには、全然深遠な笑いを解説できてない。
とは言っても、ベルクソンとかフロイトは真剣に笑いを探究したわけではないだろうけど

15 :考える名無しさん:2006/03/29(水) 23:58:49
ぴかぁさん、それどこからのコピペ?

16 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:01:06
ボクのブログからです。

17 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:04:00
■大喜利侍 松本人志

「斎藤環は、ボケと突っ込みによる笑いは、文脈の衝突と転換によって生じる」というのは、芸人的には
「緊張と緩和」です。コンテクスト(文脈)の破れ(緊張)によるコンテクストの 確認(緩和)です。お笑いは
コンテクストを切り替える、その場の空気をコントロールする力が求められます。

そして大喜利は、突然お題を出されて、そこでアドリブで面白いことをいう、笑いの「力」の瞬発性が求
められるわけです。松本が持つ笑いの価値観にこの瞬発性の追求があります。より困難な状況から、
瞬間の発想で笑いを生む、場をコントロールする、という挑戦に充実感を見いだしています。そして瞬
間性とは、単なるアドリブではなく、反射速度にこだわっているところがあります。侍の一刀両断的、と
いうような。

たとえば、典型的なものが、ガキのはがきのコーナーです。視聴者からの突然の無理難題の内容を、
また最近の深夜番組でも、標語を考える、4コママンガを考えるというものがあります。HEY3などバラ
エティでのコメントのすべてが、大喜利ですね。ゲストの普通の発言をうけて、大喜利する。その発想
と、瞬発力で、コンテクストを転倒する。これが、松本のお笑いの価値表現なわけです。

その中でも、もっともストイックで挑戦的なものが「写真で一言」ではないでしょうか。次々に写される写
真に一言で笑いを生む、その瞬発力と発想の展開が試されるのです。すなわち「写真で一言」が松本
の笑いの指向の一つの典型であるといえ、その写真そのものの選定にもまたこだわりがあるのではないでしょうか。「難民の子供の写真とか、病人とか」については良く知りませんが、そこには、いわば、
「不幸な人を笑いものにするのか」に対する挑戦があったのではないでしょうか。 どのような状況、より
困難な状況でも笑わせてみせる、という挑戦が。

18 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:04:22
その狂気は死人が甦る恐怖と近いものがあるようです。
死人が動いているなんて映画があります。
そこには何も無いのに、判り難いものが迫ってくるのです。
恐怖は無を含んだ何かに対して与えられるようですね。
それと同じく、歌を歌っていることに何かが欠けているので、
狂気であると考えているようです。
だが、
笑いには、飛躍があるようです。
飛躍は形式が余っている、内容がはみ出ている、
これらが笑いであるようです。

19 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:12:13
哲学とは、「人間」学です。
「人間」学という意味は、進化論から認知科学へという
動物としての人間に対立するラディカルさで考えないといけません。

だから哲学は言語論にこだわるわけです。「人間」にのみが言語をもつ。
そしてその先に笑いがあります。「人間」のみが笑う。

フロイトは夢分析の延長線上として「機知」を考えました。
すなわち無意識分析ですね。
「笑い」分析は、もっとも複雑な哲学である、考えています。
そしてまだ十分に考察されていない分野ですね。

そのような意味でも、ボクはいくつか「笑い」分析を行ってきました。
そのうちの二つをコピペしてみました。ご参考になれば。


20 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:14:48
黙ってブログやってろ

21 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:16:54
>>18
恐怖と笑いは、同じもです。
その違いは、いわば恐怖が個人的なものであるのに対して、
笑いは集団的なものである、ということです。
笑いはかならず他者への「同意」としてある、と思います。

22 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:17:47
笑いとは人生の諦めの境地

23 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:25:08
恐怖と笑いは親和しいが、戦争は集団ですが、集団戦でも怖いようです。
それとも、何かが無いにしても、集団を和やかにしたい現われである。
集団戦でも、笑っていると、何かが無いので、狂気である。
例えば、集団の立場が悪くなるので、怒ってみせたり、笑ってみせたりします。
これは誰でも判っているけど、咎めもしないし、褒めもしないのです。

24 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:28:44
初めての挫折について、私とあなたで一緒に考えますか?

25 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:31:44
恐怖が個人で、笑いが集団か。それなかなか面白いな

26 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:35:21
う〜ん、ボジョレヌーボ

27 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:36:07
>>23
笑いは集団戦でも個人として体験する。
笑いは回りに誰もいなくても、「集団」として体験する。
ということです。
ポイントは「他者への同意」です。
さらにいえば、笑いはアイロニーです。
直接、体験するのではなく、体験を他者の目でみなおすという
ところに現れます。

28 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:37:42
笑いは集団戦でも個人として体験する。

恐怖は集団戦でも個人として体験する。


29 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:43:05
フロイトの機知論は言語論でもあるのですね。
なぜなら、笑いは恐怖のような(個人的)身体的な体験でなく、
人間のみがもつ高等な社会性を円滑に運営するためのもの、
「言語」を解した、社会性(象徴界)として体験です。

30 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:46:17
笑いは個人的、身体的にいい影響があったよなぁ
フ・シ・ギ。

31 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:46:37
以前は鼻毛切りバサミ(眉毛切りと違って先端が丸いのでなんか安心)で
マン毛とけつ毛をカットしていましたが
今回は思い切って陰毛全体の剃毛にチャレンジしました。
使ったのは今まで腕と足の毛を剃っていた電気シェーバーです。
そして…無事UMからの卒業をはたしました!
スッキリ爽快な気分です。
陰毛特有のもわっとした臭いからも開放され、パンツがスカスカして気分は最高!

32 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:46:48
憎くて仕様がないので、うれしいってこともありますね。
もう楽しくてしようがないのですよ。
そこまで憎ませたのが運のつきです。
怖いのはあたりまです。
憎いのに怖くないなんて、きっとその人は狂ったところがありますね。
それなのに、彼は全然憎んでないなんて、いい人生送ってきたんだろうなぁと。
そこで、付け上がって飛び跳ねた挙句に、憎まれて一敗地にまみれて、
復讐にあれこれ画策するなんて、うれしいじゃあありませんか。
うふふ、よく熟して、おいしくなって戻ってらっしゃい。

33 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 00:54:23
「フロイトの機知論」ってどんなものですか?

34 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:56:15
だから笑いはある集団への帰属していないと、
笑えないということがが多々あります。

ボクも少し前、アンガールズの何が面白いのかわからず、
悩みました(笑)
みんなが笑っているのに笑えないと、疎外感を味わいますね。

たまに子供にTVを見せないという教育熱心な親がいますが、
学校での「話題」に乗れずに疎外を味わいます。
この「話題」とは情報であり、知っている、知っていないですが、
それだけでなく、いまみなが共有している「アイロニーの距離感」、
どの程度のメタさが今面白いのか、ということ。
それは、空気を読むことができないことであり、
いじめられたりするのではないでしょうか。

35 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 00:57:52
>>33
笑いのレベルとしては、だじゃれ分析みたな感じです。
フロイトの時代は、だじゃれが最新の笑い?

36 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 01:00:41
もらい食いして豚豚豚豚太りやがって、
股ズレができるくらいにもらい食いすぎるから、笑えないんだよ
道で拾い食いして、人前でゲップばっかりしやがって
行儀の悪い奴だ、人のいないところか、ケツから空気をだせよ

37 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 01:01:35
へぇ〜、私はアンガールズがなんであんなに面白いのか分からずに悩みました。
死や老いをテーマに笑いを取る綾小路きみまろさんが、なぜ高齢者に受けて、
若者に受けないのかは、ぴかぁ〜さんの言う、
恐怖=個人、笑い=集団 でよく理解できますね。

38 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 01:02:39
高齢者の方が死や老いの恐怖を身近に感じてますからね。

39 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 01:05:47
自演乙

40 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 01:06:09



松本人志 「人は笑うために生きてるんや!」




41 :紗南:2006/03/30(木) 01:31:42
>>39
ぴかぁ〜さんの自演じゃないですよ!!
33、37、38は紗南のカキコです。

42 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 01:32:01
>>38
そうですね。綾小路きみまろの笑いも一歩間違えば、
高齢者蔑視でヤバイですね。現に毒舌過ぎて、
問題を起こした時代もあったと聞きます。
笑いは、絶えず非難されることとスレスレのところにあります。

そこには必ず、これは笑うモノだというみなの「受け入れ」、
「同意」が必要です。そしてそれに「同意」できない人々もいます。

だから新しい笑いは、いつも大人には笑えない醜悪なものからはじまりますね。
HGもよくみなの「同意」を得たものです。

43 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 01:33:28
昔桂しじゃくさんが笑いを数学的に分析してた、ここがこうなってギャップができるからとか
色々言ってたけど、結局何だかよくわからなかった。結局生理的な物だと思うわけです。
空が青くて気持ちがいい、空気が澄んでてすがすがしいとか、それをコメディアンは色んな方法で表現しようとしているんじゃないでしょうか?
きみまろさんは、絶望をうまくかわして本当のことを言いながらも人間の情を無くさないまま酷いことを言っているし。
アンガールズは見るからにダメっぽい二人がダメながらも普通というか、かっこよくさえ見せようと真面目にやっていて
ダメでもキモクても人生投げてない。そのパワーが人をリラックスもさせ、元気にもするんじゃないかとソウ思うわけです。

44 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 01:42:47
>>43
>きみまろさんは、絶望をうまくかわして本当のことを言いながらも人間の情を無くさないまま酷いことを言っているし。
>アンガールズは見るからにダメっぽい二人がダメながらも普通というか、かっこよくさえ見せようと真面目にやっていて
>ダメでもキモクても人生投げてない。そのパワーが人をリラックスもさせ、元気にもするんじゃないかとソウ思うわけです

人間の情を無くさないまま酷いことをいっているか、酷いことを言い過ぎてるかは主観であり、
その主観は、その集団の同意(フロイト的無意識)によって決まるわけです。
少し時代が違うと、毒舌過ぎて笑えないことは十分にありえます。

ではなぜいまそのギャップが面白いと同意されるのかは、誰にもわからないでしょう。
いわば「クオリア」と同じです。

45 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 01:50:15
>昔桂しじゃくさんが笑いを数学的に分析してた、ここがこうなってギャップができるからとか
>色々言ってたけど、結局何だかよくわからなかった。結局生理的な物だと思うわけです。

支雀はボクも好きでしたが、笑いを数学的に分析していたは、真面目すぎる彼らしいエピソードですね。
真面目すぎて、自殺しちゃいましたね。
「笑い」という生き物を、管理し捕らえようとしすぎたのかもしれませんね。

46 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 03:03:51
>高齢者の方が死や老いの恐怖を身近に感じてますからね。

笑いは狂気の緩和という面も大きいですね。
「あとになれば笑い話になる」と言いますが、恐怖、苦痛の体験も、後に友達などとの会話で笑い話にする。ことで、
無意識に抑圧されていたものが、他者との同意によって、緩和されるます。
人は自分の失敗談をよく人に話すのも、笑い話にすることで、
それを笑いとして同意してもらうことで、内部に溜まった緊張が
緩和されるということがあります。

なにが面白いかは、いまないにストレスに感じているか、
恐怖を感じているか、大きく関係しているでしょう。

たとえばなぜアンガールズが受けるのか。
アンガールズの面白さは、本来、教える側と教わる側という
上下関係が、友達のようななれ合いの関係になってしまうような
女子高生的な過剰なれ合ったの人間関係の滑稽さですね。
一見、友達など、なれ合いの人間関係に潜む、本当は分かりあっていないのでは、
という恐怖の緩和から来ているのかもしれませんね。

47 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 11:00:35
このスレでベルクソンの 「笑い」 を過小評価している人がいるけど、
俺はあの著書がそこまで低く見られる理由が分からない。
例えばフロイトはユーモアや機知について 「子供の頃の感覚を取り戻す作業」 と
言ったことがあるけど、それはベルクソンも著書において同じようなことを言ってたわけだし。

48 :47:2006/03/30(木) 11:04:26
言い忘れたけどベルクソンの笑いは1899年、フロイトの機知論は1905年に投稿された。
あれから100年以上経った今でも、これらを大きく超えた笑い論があるとは到底言えない。
数学というか数理論理学的に笑いを体系付けようと試みた桂枝雀でさえ、
最も引用していた文献はベルクソンの笑いだよ。

49 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 11:24:39
笑いのもうひとつな面が身体反応をともなうことです。しかし本能的なのに動物は笑わない。
この人間と動物の境界、ミッシングリング的なところにある。これがフロイトが、ラカンが注目するところです。
それは擬似的生理現象ともいえる。生まれたての赤ちゃんでも笑うのですからこの擬似性は根源的です。

50 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 12:06:11
フロイトは快感原則を基本にしました。恒常原則であり、物理学でいう慣性による等速度運動です。
だから人は静止ヘむかうときも加速するときも不快なのですね。
笑いはいわば、快感原則、等速度運動へ回復するための運動ではないでしょうか。
そして主体内部の不快は、内部にありつづけると緩和されず、他者の同意、すなわち言語化という現前に置くことでしか緩和されない。
だから笑いは他者の同意の場なんですね。

51 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 12:12:35
他者の同意はわかったよ、しつこい。
先に進め。思考が停滞してるぞ。

52 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 13:39:22
主体とはそもそも抑圧、疎外としてあります。
言語をインストールされることそのものが外部からの異物の混入であるわけです。
これは精神分析的には去勢などと呼ばれ、「立派な」社会人になるための過程です。
この内部の緊張を緩和する効果として笑いがあるといえます。
それは言語化という外部への提示として行われる精神分析的な行為ですが、
抑圧の深さから過激な毒舌が求められたりします。

子供はなぜ下ネタずきか。下ネタが社会的に禁止(抑圧)されているのを(無意識に)知っている。
すなわちすでに抑圧されたストレス下にあり、解放されるからですね。

53 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 13:56:10
内部抑圧解放としての笑い。抑圧を言語化し治癒する精神分析的です。
しかし抑圧の解放の方法は笑いだけではないでしょう。

54 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 20:25:33
桂枝雀とか松本人志は笑いを本職にしているけど、
フロイトやベルクソンはそれぞれ別の本職がありながら、
オマケ的に笑い論を書いたんだよね・・・。これはスゴイことだと思うよ。
オマケがあれだけの完成度を持つなんて、凡人には考えられない。

55 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:13:22
オマケがって楽しくて真剣にやったんだから、本職レベルにできても不思議ではない。
俺はガンプラを物凄い完成度で作るリーマンを知ってる。
問題は取り組み方だと俺は思う。
哲学にしろ物理学にしろ真面目にしたら一つの答えには辿り着くのではないだろうか。
ぴかは中途半端なのかもな

56 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:27:04
アーサー・ケストラーも笑いについて沢山書いてるよね
まぁ、彼はキワモノ扱いされてるからが、
ベイトソンは、参考文献に挙げてもいんじゃない?

57 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 21:28:23
フロイトやベルクソンが桂枝雀とか松本人志のように
笑いをとったのでなく、笑いを分析したのですから、
本職ですよ。
だからボクでなく、ボクのテクストに言及するのです。
それができないと、いつまでもいきがった高校生のような
文章しか書けないですよ。(笑)

58 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:31:22
>>57
確かにそう言えるかも。

お笑い芸人は表現家であって思索家ではない。
ベルクソンが人を上手く笑わせられるかと言うと、それはまるでダメだろうしね

59 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/03/30(木) 21:32:11
>ベイトソンは、参考文献に挙げてもいんじゃない?

ベイトソンの笑い論はおもしろそうですね。

60 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:39:38
たしか「精神と自然」に書いてあったと思うけど

61 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:39:55
おまえだろ、頭でっかちのガキは。

62 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:44:17
ベイトソンとベルクソンって紛らわしいな・・

63 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:48:03
>>61
脳萎縮オヤジって、お前?

64 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:52:10
確かにそうだが?

65 :考える名無しさん:2006/04/02(日) 13:45:54
日本で1番多くの人を笑わしてるのは関西人
笑いは文化と関係している
面白い人の多い地域があるのだから、少ない地域もあるはず
要するに、無くても生きていけるんだね。これが

66 :考える名無しさん:2006/04/02(日) 15:59:57
>>48
あれは滑稽の分析だと思う

67 :考える名無しさん:2006/04/02(日) 22:48:32
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1143641010/l50

68 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 00:34:04
>>65
確かにダウンダウンは面白い

しかし、関西人一般は余り面白いとは思えない

彼らの、パターン化され、そして押し付けがましく笑いを強要してくる「笑い話」には嫌悪感さえ覚える

69 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 07:12:03
>>68
関西人は面白いと思って喋ってるわけじゃないんだな、これが
関西人=吉本、と勘違いしてる田舎者が多いのは困る
逆に関西人が東京弁に対して、冷たいとか思ってるのも勘違いだな。普通に喋ってああなんだからしゃーない
笑いを押し付ける奴は関西人だけじゃない。それはその人の個性だ。
関西でも大阪(大阪市内&北摂)、京都、兵庫、奈良では笑いのセンスが全く違う
大阪市内や泉州(大阪の南の方)出身で全国区芸人は実は少ない
さんま、笑い飯=奈良。ダウンタウン=兵庫。ナイナイ=北摂
創価ヤクザシティ地域(大阪中心部〜南部)からは、良いセンスの芸人は生まれにくい

70 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 08:26:33
>>65 >>68
そういうことはお国自慢板でやっててくれないか?
http://travel2.2ch.net/chiri/

>>69
はい、東京メディアの偏向報道、情報操作、隠蔽についての情報
http://www.geocities.jp/henkohodo/
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1138356280/



ここは、哲学板なので。

71 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/03(月) 09:45:18
いや、関西人はおもしろいと思っているよ。これだけいわれたら自意識過剰になる。
それが実際にさらに関西人を笑いに前向きにしている。
ただ笑いはコンテクストだから関西人の笑いが全国で受けるかは別だが、
現に日本の笑い文化の関西の影響が絶大なのもたしか。


72 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 09:55:39
笑いは人間だけのもの、というのは嘘。サルもボスに媚びると
きに笑顔を見せる。笑顔は高度で複雑な群れができてくるつれ
発達したコミュニケーションのための一つの手段。
人が笑うときの共通点は「変なことが起こったとき」そして
「笑顔で自分を見られたとき」。
敵意がない証拠として、非日常的な部分も見せて笑いをとる。
敵意がない証拠として、笑顔で相手を見て笑顔を返してもらう。

涙が自分の感情やストレスの発散のために起こる現象であるのに対し、
笑いは社会との関係のために起こる現象。
あなたが笑うとき、あなたが笑うのではなく、何者かに笑わせられているということ。


73 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 09:58:09
>>72
それは持論?それとも、何かの本に書いていた?

74 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:13:22
>>73
常識。

75 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:16:41
持論だったらすごいと思う!

76 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:18:10
>>74
そんなイジワルを言われるとは思わなかった・・

77 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:18:15
>>75
何がすごいの?

78 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:22:25
ごめん。ただの持論デスタ。

79 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:33:51
>>78
そっか、すごいな!!サンクス。


これからは生物学的な視点から見ていったほうが、笑いの核心に迫れるのかも・・

80 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:36:35
>>72
一人でテレビ見て笑ってるときの俺はどうすれば?

81 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:37:28
>>80
テレビに笑わせられている。

82 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:38:53
勃起は異性との性交を求めるために起こる現象である

>一人でAV見て勃起してる俺はどうすれば?

83 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 10:46:21
エロス論集

84 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 11:14:30
>>66
滑稽だけと言うのはちょっと残酷だけど、でもなにかが足りないんだよね。

85 :指し指 ◆6wmx.B3qBE :2006/04/04(火) 03:12:14
ブログより。

「微妙に傷つく一言」
お笑い小咄板に立ってたスレである。いいアイデアがなかなか思い浮かばない。
この板には頭が固くなった時期に通って柔らかくしようと思うのだけど、僕は元から人を笑わすセンスと言うものがない。
根本的に考え方が間違っているのだと思う、だけどおもろい人は羨ましい。
普段からウケを狙ったような事は言わない、気を利かせてはやる。
僕のツボはかなり浅い、言わば笑い上戸か。

さて笑いとは何か。タイトルは微妙に傷つく一言。
何故、彼は傷つくのか、内面的な汚点があるのか、外面的な汚点があるのか。
何故、彼にそんなことを言ったのか。
リアリティーや、アンモラル、ナンセンス、笑いの種類や必然性だけは分かるが全く思い浮かばない。
差別や、中傷に行き過ぎると”微妙”ではなくなってしまう。
行き着いた答えはここだった、自己満足と虚しさの境界線。
僕の気が利かないのか、僕が一線を越えてしまったのか、相手が気を使いすぎてしまったのか、はたまた気が利かなさすぎただけなのか。
どの間、どのテンポで、何を思って言ったのか、本当に伝えたい事はなんなのか。
さっぱりわからないがそれだけにリアルであり、アンモラルであり、ナンセンスである一言。

49 名前: 指し指 ◆6wmx.B3qBE [あん☆] 投稿日: 2006/04/03
  間奏長いな〜この曲

経験から来るものである。カラオケで、30秒〜1分ぐらい何も歌わない場面があると、さも早送りをしてほしげに言う、この一言にまさに微妙に傷つく。
僕は初めて自分で面白い事が言えたと思った。

86 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 04:28:59
ホッブスのリヴァイアサンでは、笑いは優越感に起因すると指摘していますね

87 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 00:50:15
■なぜボクたちは笑うのか

@なぜ「人間」は笑うのか

恐怖は個人的、笑いは集団的

恐怖と笑いは、同じ体験です。その違いは、いわば恐怖が個人的なものであるのに対して、笑いは集
団的なものである、ということです。笑いはかならず他者への「同意」としてある、と思います。恐怖は集
団戦でも個人として体験する。笑いは回りに誰もいなくても、「集団」として体験する。ということです。ポ
イントは「他者への同意」です。さらにいえば、笑いはアイロニーです。直接、体験するのではなく、体験
を他者の目でみなおすというところに現れます。

フロイトの機知論は言語論でもあるのは、笑いは恐怖のような(個人的)身体的な体験でなく、人間の
みがもつ高等な社会性を円滑に運営するためのもの、「言語」を解した、社会性(象徴界)として体験だ
からです。だから笑いはある集団への帰属していないと、笑えないということがが多々あります。ボクも
少し前、アンガールズの何が面白いのかわからず、悩みました(笑)みんなが笑っているのに笑えない
と、疎外感を味わいますね。

たまに子供にTVを見せないという教育熱心な親がいますが、学校での「話題」に乗れずに疎外を味わ
うでしょう。この「話題」とは情報であり、知っている、知っていないですが、それだけでなく、いまみなが
共有している「アイロニーの距離感」、どの程度のメタさが今面白いのか、ということでもあります。それ
は、「空気」を読むことができないことであり、いじめられたりするのではないでしょうか。

88 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 00:50:57
「同意」の笑い

綾小路きみまろの笑いは一歩間違えば、高齢者蔑視でヤバイですね。現に毒舌過ぎて、受け入れられ
なかった時代もあったと聞きます。笑いは、絶えず非難されることとスレスレのところにあります。そこに
は必ず、これは笑うモノだというみなの「受け入れ」、「同意」が必要です。そしてそれに「同意」できない
人々もいます。だから新しい笑いは、いつも大人には笑えない醜悪なものからはじまりますね。HGもよ
くみなの「同意」を得たものです。

綾小路きみまろが、人間の情を無くさないまま酷いことをいっているか、酷いことを言い過ぎてるかは
主観であり、その主観は、その集団の同意(フロイト的無意識=象徴界)によって決まるわけです。少し
時代が違うと、毒舌過ぎて笑えないことは十分にありえます。だから、なぜいまその「ギャップ」が面白
いとみなに同意されているのかは、誰にもわからないでしょう。いわば「クオリア」と同じで、その起源に
はさかのぼれません。

89 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 00:51:46
抑圧と緩和

「あとになれば笑い話になる」と言いますが、恐怖、苦痛の体験も、後に友達などとの会話で笑い話に
します。これは、それぐらいに体験が客観的に見られる(他者の目でみなおせる)ようになったというこ
とですが、また積極的に、客観的に見ようする行為である、といえます。無意識に抑圧されていたもの
が、「他者との同意」によって、緩和する行為です。人は自分の失敗談を誰かに話して、笑い話にする
こと、それを笑いとして同意してもらうことで、内部に溜まり続けている緊張を緩和することがあります。

これを逆にいうと、いま人々がなにを面白いと思うかは、今人々が潜在的になにをストレスに感じてい
るか、恐怖を感じているか、と大きく関係していると考えら得ます。きみまろが年輩の人たちに受けるの
は、先ほど指摘のように「高齢者の方が死や老いの恐怖を身近に感じて」おり、その恐怖を積極的に
笑うことで、緩和する役目があると考えら得ます。

たとえばなぜアンガールズが受けるのか。アンガールズの典型的なコント設定に、教える人と教わる人
の規律の関係のはずが、教わる人が教える人を舐めているだけでなく、教える人もそれを受け入れて
いる「友達のようななれ合いの関係」である、ということがあります。

これを反転させると、アンガールズを笑う人の「恐怖」は、「友達のようななれ合いの関係」であるのかも
しれません。特にアンガールズは女子高生などの若い女性から人気が出ましたが、彼女たちの「友達
のようななれ合いの関係」に潜む、本当は分かりあっていないのでは、という恐怖かもしれません。アン
ガールズが見せているのは日常に潜む「薄氷のコミュニケーション」という狂気であり、それを緩和する
ように笑うのかしれません。

90 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 00:52:29
A笑いの二大効果

笑いの精神分析的効果

子供はなぜ下ネタずきか。下ネタが社会的に禁止(抑圧)されているのを(無意識に)知っている。すな
わちすでに抑圧されたストレス下にあり、解放されるからですね。内部抑圧解放としての笑い。抑圧を
言語化し治癒する精神分析的です。

主体とはそもそも抑圧、疎外としてあります。言語をインストールされることそのものが外部からの異物
の混入であるわけです。これは精神分析的には去勢などと呼ばれ、「立派な」社会人になるための過
程です。この内部の緊張を緩和する効果として笑いがあるといえます。それは言語化という外部への
提示として行われる精神分析的な行為ですが、抑圧の深さから過激な毒舌が求められたりします。

91 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 00:53:09
笑いの原コミュニケーション

このように笑いは一つには抑圧された恐怖を現前化して緩和する精神分析的効果です。二つ目には
人間の、他者との同意形成手段、コミュニケーション内部の手段です。

笑いはあたかも生理反応のように身体反応をともないます。しかし本能的なのに動物は笑わない。そ
れは擬似的生理現象ともいえます。動物と人間の境界、身体と言語の境界にある。動物は笑わなくて
も、人間では生まれたばかりの赤ちゃんから笑います。

赤ちゃんの笑いの意味を考えるときに、「喜び」と「笑い」の差はなにかということがあります。動物は喜
ぶが動物は笑わない。すると赤ちゃんは喜んでいるのか、笑っているのか。ボクの考えとしては、赤
ちゃんは喜んでいるのであって、「笑って」いるのではない、ということです。

赤ちゃんは喜んぶときに、顔が笑顔になり、笑い声を上げる。このような人間にそなわる身体構造とし
て「笑い」の表象というものが可能になる。あるいは生物学的には無力な赤ちゃんは生きていくために
懸命に「笑う」という表象によって、「他者」であることをアピールする戦略を持っている、ということにな
るでしょう。

たとえばラカンの鏡像段階は、「他者」へと自分の全体像を投影するのですが、何故にそれが「他者」な
のか、と考えると、そこには赤ちゃんの「笑顔」があり、笑顔に笑顔で答える「他者」がいるという構造、
原的なコミュニケーションの成立によって可能になっていると、考えることもできます。

92 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 00:56:47
笑いの前言語性

「いないいないばー」はまさに他者の消失、出現です。まさにここに「人間にそなわる身体構造として
「笑い」の表象」という反射的なものが見いだせます。そしてそれが、フロイトの「フォー・ダー」では、現
実の母(他者)の消失の際限であり、それを象徴化することで、母の消失の苦痛を解消すると言われま
す。ここでは、「いないいないばー」の他者出現の反射から、自己的な他者出現の操作が行われてい
る。すなわち他者への「笑顔」、「私は他者だ」という生物的反射から、象徴的な行為へ移行がありま
す。そしてこのような生物学的、身体構造的な「笑い」の表象は言語以前にある、あるいは笑いにより
言語が始まるという前言語的なものと言えるかもしれません。

「「赤ちゃんも笑う」のではなく、赤ちゃんの動物的な”喜悦”を、大人が勝手に”人間的な笑い”として解
釈する」。すなわちそのような(錯覚的な)解釈可能性によって、想像関係、そして原-象徴関係が可能
になっていく、ということではないでしょうか。そしてこの赤ちゃんの「笑顔」が導きとなり、「客観的な価
値観」としての「お笑い的笑い」関係という象徴界への参入していくということです。

たとえば未知の高等生物と遭遇したとき人は笑うでしょう、笑顔をみせる。それへの返答でコミュニケー
ション可能性をはかり、「他者」であるか調べ、内部の形成を試みるのです。他者が他者であるのか以
前の「断絶」という狂気の緩和として、そしてコミュニケーションに先立つコミュニケーションとして、身体
として「笑顔」があります。

そしてこの笑いの前言語性が、精神分析的効果を生んでいる。心身を繋ぎ、身体近傍へ抑圧されたも
のを表象し、言語化し治癒するということです。

93 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 00:57:37
B「精神分析的なもの」としての「無垢への欲望」

精神分析から精神分析的なものへ

たとえば、フロイトが夢分析から始めたのは、抑圧され心の憶測に眠っている「無意識の言葉」がそこ
で聞けるからですね。その他にも、言い間違い、機知などに「無意識の言葉」が見出す。その言葉を聞
き、意味を読み、そして現前におくことによって、他者に承認されることで、抑圧は解消されるということ
が、精神分析の目指すところです。

夢分析の場合は、夢を見たこと、そのものが抑圧されたものでは、ありません。夢そのものの意味の向
こうに「無意気の言葉」があります。人はいかに語ろうとも「無意識の言葉」を語ることはできません。懸
命に真実を語ろうとする向こうに「無意識の言葉」はあり、すれ違い続ける、ということです。それでもま
ず夢見たこと、言いたいこと意味がなくとも語ること、自由な連想をもとに語ることから精神分析ははじ
まります。

しかし最近、かつての精神分析にかかったような症状、たとえば抑圧されたものがけいれん、意識不明
などの身体反応として現れるヒステリー症などの「ベタ」な患者はなくなってきています。かわりに薄く広
く神経症が蔓延している、といわれます。

現代の価値が多様化した情報化社会においては、強い抑圧というものが、働かなくなってきているとい
えます。たとえば親の言葉が絶対であり、その不条理に神経がまいるより、親の言葉を疑い、反抗し、
抵抗する。その葛藤はなくなることはないでしょうか、強烈な衝撃としてでなく、持続的なストレスとして
かかる。親の不条理にフリーズする前に、様々な価値のもとにそれを回避し続ける、逃げることはでき
なくても、というようなことです。

すなわち、日常で「精神分析的なもの」が作動している、「無意識の言葉」が解放しようとすることが
様々に行われているだろうということです。簡単に言えば、ストレス発散方法ということです。これは、本
来の精神分析の方法ではありませんが、抑圧を解放するという意味で、「精神分析的なもの」、というこ
とです。

94 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 00:58:06
あっちいったり、こっちにきたり。大変だね。
ひとり夢芝居お疲れ様です。

95 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 00:58:33
「精神分析的なもの」としての「無垢への欲望」

たとえばボクの例でいくと、お風呂に入るとある種のトランス状態に入ります。血行が良くなるからでしょ
うが、様々な思考が駆けめぐりますね。良く言えば、アイデアが生まれるみたいなことがあります。お酒
を飲むという人の多いのではないでしょうか。これは精神分析的ですね。意識を弱めて、饒舌になる
と、様々なことがどんどん口から出てきます。

ショッピングもストレス発散になります。買うことそのものが快感で、その後使わないということもありま
す。ボクも本を買うことが好きですね。たまってすぐに読めなくても、ついつい買ってしまいます。テレビ
を見ると言うこともストレス発散になるでしょう。最近のお笑いブームの消費の早さにも現れています。
ボクはこのような趣向の変化の早さを、「マイフェイバリットからマイブーム」と呼び、そして移り変わる欲
望の新たなモノを「無垢」と呼びました。

これらは、不安に対する防衛機制であって、フロイト的には「置き換え」に対応するかもしれません。抑
圧されたものは、つぎつぎに「置き換え」て、抑圧されたものそのものを体験することを回避し続ける。
その中で、不安は解消していく。ラカン的には、現実界との直接対面をさけて、現実界を縁取った対象a
という幻想を欲望しつづける。

すなわち狂気に縁取られた幻想を「笑う」のです。それは、超自我(象徴界)によって禁止されたもので
す。狂気は、超自我(象徴界)の破れとしてあり、超自我(象徴界)がなければ、狂気もない。すなわち
「フォ〜」、「残念!」などなど、それは「無垢」な幻想として現れます。そして超自我(象徴界)に承認さ
れ、もはや笑われなくなり、「無垢」は消失します。そして次に「置き換え」られ、新たな「無垢」は現れま
す。そして抑圧されてものは、回避され続けるのです。

96 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 01:01:07
病院いけ。マジで

97 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 01:03:02
いい加減そのくだらないコピペやめろよ
糞びか。

98 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 02:23:07
自分の理解可能なことだけを書け
語りえぬものには沈黙しろ

99 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 07:59:35
>>86
たしかに大半の笑いの根底には、優越感がありそうな気がする

100 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/04/06(木) 09:04:31
笑いは笑える同意の内部を形成します。内部をつくることは外部をつくる、外部への疎外、排他、優越が起こるわけです。
これを利用すると、積極的に対象を笑うことで、疎外を働かせることができます。


101 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 11:22:00
哲学を語るやつは、その事柄に対して難しく考え、勝手に自己解決し優越感に浸りたいだけ。

笑いというお題での答えは、人間には感情があり自我がある。その隣にいるのが笑い。難しく考える事はない。

102 :考える名無しさん:2006/04/06(木) 11:47:40
免疫にも良いみたいだよね。笑顔の数だけ強くなれるよ♪

103 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 16:17:05
>>72
>涙が自分の感情やストレスの発散のために起こる現象であるのに対し、
>笑いは社会との関係のために起こる現象。
>あなたが笑うとき、あなたが笑うのではなく、何者かに笑わせられているということ。

泣くことも第三者の干渉によって起こる現象じゃない?

というか第三者の存在がなければ感情なんてない
ゆえに笑うことも泣くことも社会ありきで笑いだけが社会に関係してるとは思えない
つまり最後の一行は
あなたが泣くとき、あなたが泣くのではなく、何者かに泣かされているということ。
とも言える

104 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 16:43:55
哲学は暇つぶしですよ。

105 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 17:11:23
そんなこと言ったら人生はすべて暇つぶしだと思う

106 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 17:29:09
穀潰しとはよく言われる。

107 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 17:41:22
ひつまぶしなら食いたい。

108 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 17:53:37
かつおぶしならここにある

109 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 17:55:02
引き出し昆布の技法ってどこかで(

110 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 17:56:53
たまつぶしは勘弁してくれ

111 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:02:50
両目を開いてよくみてみたのかね

112 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:21:16
僕は暇だから勉強したり考えたりしてます。
実に暇人です。エンターテインメントにはかなり飽きてしまいましたし。笑えませんね。泣きもしません。歓喜もしません。でも芸術は好きです。何度も味わえます。多分生涯ずっと
美を味わい尽くすことも世界を学び尽くすこともできませんのでそれらは一生涯僕の暇潰しに付き合ってくれることでしょう。 そんな人はいません。
悲しい限りです。笑えません。
泣けてきましたよ。

113 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:26:26
哲人の僕としたことが男泣きしてしまいました。 恥ずかしい気持ちでいっぱいであります。いい歳してこんなことは僕だけでしょうか?
大人の男性のみなさんは、男泣きしてますか?

114 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:31:47
>>男泣きしてますか?
ってなんかいい響きだね。
毛がそそられる感じが心地よいよ



115 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:34:34
>>103
生半可な知識で揚げ足取るの止めてほしいな。
泣く=悲しみの表現 ではありません。嬉しいときにも怖いときにも
起こったときにも涙は出る。例:〜嬉し涙 〜悔し涙
涙にはプロラクチンや副腎皮質刺激ホルモンといったストレスに反応し
て分泌される物質が含まれる。どの感情でもストレスが許容範囲を超え
た時に涙は出る。


また感情とはかならずしも他人を必要としない。

怒り:願望に対し、何らかの受け入れ得ない妨害を受けた場合。(攻撃する側に立った場合)
悲しみ:願望に対し、何らかの受け入れざるを得ない妨害を受けた場合。
恐怖:願望に対し、何らかの受け入れ得ない妨害を受けた場合。(防御側にたった場合)
喜び:願望が果たされた場合。

結論:
これらの感情の爆発が泣くという行為。
地震が起こるときに起こる恐怖、地震は人ではないが恐怖という感情は起こる。
自然界にある危険に対する防衛反応。
笑いの場合、他者が介在せずに起こることなど基本的にありえない。ありえた
としてもそれは同種のコミュニケーション手段として発達したものである。

116 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:35:27
>毛がそそられる感じ
ってナニ?ケケケ

117 :115:2006/04/08(土) 18:37:19
↑確認画面が出ずにそのまま書き込みされてしまっ
たため誤字がそのままでスマソ orz
  

118 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:42:36
>>114さんのおっしゃておられる「毛がそそられる」という表現もエキゾチックで素敵かなって私は感じるのですが、それって哲学的にはいかがなものなのでしょうか?


119 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:49:47
オーウ! オーウ! オーウ!
パン、パン、パン
オーウ! オーウ! オーウ!

120 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:51:45
>>118
「毛がそそられる」 という言明の何が素敵というのか?
それは本質的に特に何か目新しいことをいっているわけではないのは明らかなことである。
これは単に「鳥肌が立つ」という慣用句の焼き直しに過ぎないのだよ。

121 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 18:54:43
>>115
何らかの何らかの何らかのって、すべて外部要素(第三者)を含んでるじゃん
泣くことも笑いも感情の爆発でありコミュニケーション手段だよ
ていうかそもそも自分以外に人間がいなければ喜怒哀楽なんて感情は生まれない

122 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:07:29
>>121
地震が起こっても恐怖心生じないんですか?

123 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:13:11
>すべて外部要素(第三者)を含んでるじゃん

含んでいる、だけですね。「自然界に存在する危険」の中に
同種の間の危険が「含まれている」んです。大脳生理学も感情
社会学も踏まえずに妄想で笑いを語ろうとするからあなたみた
いな無知で頓馬な結論が出てしまうんでしょうね。
なるほど。感情がコミュニケーションに利用されていることは
認めましょう。
なぜならあなたのお粗末な頭に「悲しみ」を覚えてしまったから。

124 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:15:40
恐怖心=本能(少なくとも喜怒哀楽ではない)
地震=第三者という範疇ではない(あくまでも対人間の話)

結論、論点がずれてる気がする

125 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:17:42
>>123
ぴかぁ なに隠れてんだよ。
ケツが見えてんどー。

126 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:21:12
>>125
ぴかぁといっしょするなゴルァ!!

127 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:23:47
>>124
腹が減ってて飯にありつけたとき、うれしくないんですか?

128 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:24:14
>>123
あのさあ、もうちょっとわかるように説明してくれない?
知識のひけらかしも下品な罵倒もあなたの品格を落としますよ

適当な単語を並べ立てれば勝ちと思ってるところがこのうえなく下劣
自分の言葉で喋れよ

129 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:24:24
>>126
なに照れてるんだよ、ぴかぁ。

130 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:26:46
>>129
頼むから一緒にしないでくれ。どのへんがぴか〜っぽいのか
説明してくれ。ちゃんと>>つきでレスしてやってるだろ?


131 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:27:34
>>127
あなたは寝るとき嬉しいですか?
オナニーするとき嬉しいですか?

132 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:36:22
>>120
たかが毛、されど毛。
毛程の差しかないかもしれないが、
間一髪の差が大きいものだ。

>>118さん
あなたのような感受性の強い女性には何か惹かれるものがありますよ。
それは毛です。 というのは冗談ですw
そんなに素敵だったでしょうか?
素敵なのはあなたかもしれませんよ?
これは別に冗談ではないつもりです。

133 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:52:37
>>131
(・∀・)?

134 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 19:53:20
>>128
逆にどこらへんがわからないのか教えてくれ。

135 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 20:47:09
>>132
テラキモス


136 :考える名無しさん:2006/04/08(土) 20:59:06
>>128
そんなに怒るなよw
「お粗末な頭」あたりが痛かったのかな?
そうか・・気にしてたのか。ごめんね?

137 :考える名無しさん:2006/04/09(日) 01:42:23
心理について語る哲学者は、心理学者のことを見下している場合が多い。
でも哲学者のやっていることは、ただ文学的表現を交えた心理学に思えてしまう・・。

そりゃ哲学者は心理学に文学を混ぜれるんだから、哲学という幅広い学問を利用して、
ただ心理学を包括して偉そうに言っているだけの話ではないのだろうか?

138 :考える名無しさん:2006/04/09(日) 12:23:45
笑い=世界の露見

139 :考える名無しさん:2006/04/09(日) 14:57:24
>>56
ホロン革命の笑い論を鵜呑みにしちゃいけないってことか・・


というか、ぴかぁって奴は書き込みすぎ!なんなんだこいつ

140 :考える名無しさん:2006/04/10(月) 04:53:26
>99
カネッティが『群衆と権力』でホッブスの笑いに補足してる。
曰く、発作的な横隔膜の痙攣がおきるのは人間だけではない。
ハイエナも獲物を他の動物に横取りされたとき、人間の笑いに似た痙攣をやるそうだ。
笑いは獲物を獲るという原始的な優越感の代償行為、獲物をいつでも獲れたんだ、という時に発生すると指摘してる。

141 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 15:40:03

FUJIWARA>ブラマヨ>二丁拳銃


142 :考える名無しさん:2006/04/12(水) 20:24:37
>>136
あっやべ、すっかり忘れて放置プレイしてた
ごめんね付き合ってあげられなくてwwwww

143 :考える名無しさん:2006/04/15(土) 15:40:11
事実、想像とのズレのバランス、みなが思ってるけど言われてない事、みなが知らなかったものに例える事

144 :考える名無しさん:2006/04/17(月) 11:08:17
 
主人に忠実な犬が
久しぶりに出張から帰ってきた主人をみて
喜んで耳を立て、しっぽを振ってワンワン吼えた。
幼い子供が笑って喜ぶのと同じく
笑っているように見えるが。

145 :考える名無しさん:2006/04/17(月) 12:00:31
「何を笑うかによって、その人柄がわかる」
―マルセル・パニョル 『笑いについて』

「人間のみがこの世で苦しんでいるので笑いを発明せざるをえなかった」
―ニーチェ 『権力への意志』

「洒落は会話の調味料であって食べ物ではない」
―ハズリット 注釈

「阿呆に限って駄洒落だけは妙に達者ときやがる!」
―シェイクスピア 「ヴェニスの商人」より

「滑稽も人間の深いところから発するときは、たちまちにして悲愴なものとなる」
―アナトール・フランス 『エピキュールの園』より

「人間は笑う力をあたえられた唯一の動物である」
―フルク・グレヴィル
(最近の学説では猿がコミニケーションのために笑うと報告されている)

「自分を笑えるものは他人に笑われない」
―タルムード 注釈

146 :考える名無しさん:2006/04/17(月) 12:03:37
「腹が減ったら歌え、傷ついたら笑え」
―タルムード 注釈

「これは古の賢人の言葉である。ユーモアは真面目さの唯一の証拠であり、真面目さはユーモアの証拠であると。
何となれば、からかいに耐えぬ問題は疑わしく、真面目さのない冗談はたしかに偽りの機知であるから」
―シャフツベリー 1671-1713 イギリスの哲学者

「私の冗談の言い方は真実を語ることである。真実はこの世で一番面白い冗談である」
―バーナード・ショー 注釈

「すばらしい冗談は批評のできない一つの究極の神聖なものである。」
―チェスタトン 注釈

「機知を吐く人、わるい人柄」
―パスカル 注釈

「人間こそ笑い、また泣くところの唯一の動物である。
つまり、人間こそがあるがままの事実とあるべきはずの事実との相違に心を打たれる唯一の動物であるからだ」
―W・ハズリット 『』

「ユーモアのセンスを持っていると、人間性の矛先を楽しむようになる」
―モーム 注釈

147 :考える名無しさん:2006/04/17(月) 21:45:24
>>145-146
すごいなーー
みんな笑いについてある程度の意見は持ってるわけか

148 :考える名無しさん:2006/04/19(水) 09:38:54
ねー。
でも、>>145-146だけだったら哲学じゃないよ。
俺は、ニーチェのと、下から二つ目の「人間こそがあるがままの事実とあるべきはずの…」に、
何か引っかかるものを感じるんだけど…、上手く言えないや。

149 :考える名無しさん:2006/04/25(火) 17:02:24
バタイユの "内的体験" にも笑いについて書かれてるよ。

150 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 00:03:12
>>1
そのスタンダールの言葉ってベルクソンの笑いの訳者あとがきのやつだよね。
有名な言葉のようだけど、どの本から引用してるんだろ・・。

151 :考える名無しさん:2006/04/26(水) 00:05:11
↑ベルクソンの本にも引用元を書いてるね・・。ごめん、発言を取り消すw

152 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 19:15:46
もちろん、笑いそれが問題です。それは存在論的に説明可能です。
”思考”で書いたとおりです。

153 :考える名無しさん:2006/06/09(金) 17:17:00
笑いは生理だ

154 :無なさん:2006/07/29(土) 14:29:13
笑いとは自分がそれを理解出来る事。目の前の事象が何であるか即座に分かる事。
日常で偶然起こる笑いは、それが特異な現象であると気付かなければ笑いには至らない。
漫才は漫才師がおかしな事を言った事を理解出来なければ面白くない。
あるあるネタが笑えるのは説明無しにそれに同調出来るから。ボケツッコミが笑えるのは観客がツッコミの言い分に同調出来るから。
優れたお笑いとは、見せる相手に自分の行為を如何に飲み込ませるかという技術に長けている事。

155 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 17:15:43
血管が緩むこと

156 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 17:42:28
笑いの発生源の一つは、Aが起きたら次はBが起きるのが常識としてあって、
そこにBではなくCとかDとかが起きるという裏切り、差異に皆喜ぶんだろ。


157 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 17:21:28
しかし、我々は笑いを頂くことで、死に対して断絶しようとするようです。

158 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 01:10:46
>>156
いわゆる「テンドン」は?
あれは一回したボケを、もう一度くりかえすことで笑わせるんだろ?

ってことは、その反対の「期待」も笑いの要素のひとつでは?

159 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 01:56:09
「トリビア」で言語学者や心理学者が集まって論理的に最も面白いはずと
案出された冗談がちっとも面白くなかったことを思い出した

160 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 01:59:40
>>159
あったあった、くだらん下ネタだったな
 
なんだったっけ?ブラジャーがどうの、おっぱいがどうのじゃなかったか?

161 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 03:47:37
>>1
何だそんなこともわからんのか。笑いとはこれだよこれ。

http://www.youtube.com/watch?v=LIhbap3FlGc&eurl=

162 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 00:28:22
age


163 : ◆GOD..../vU :2006/09/28(木) 01:02:08
http://vl-o-l.jp/pwmawtpmjgda/

164 :◆HaK8vyb2as :2006/09/28(木) 15:11:57



165 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 17:10:19
「お笑い」を学問する
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4888629579/

166 :考える名無しさん:2006/10/29(日) 16:17:26
ユーモアって大事だよな

167 :考える名無しさん:2006/11/29(水) 07:10:16
>>140
カタアケ、゚セ霈ヨタ」チー、ヌネ筅ャハト、゙、遙「・ロ。シ・爨ヌセネ、・ミ、、、ホゾシー、筅ス、ヲ、ォ、ハ

ネ筅ャハト、゙、熙ォ、ア、・ォ、ノ、ヲ、ォ、ホスヨエヨ、ォ、鬘「カタアツュ、ホツョナル、マクコツョ、キ。「クコツョ、ケ、・ウ、ネ、ヒ、隍テ、ニ
シォ、鬢ホーユサラ、ヌセ隍・ハ、、セキ、タ・」

セ隍タヲ、ネサラ、ィ、ミ、ル、ト、ヒコ」、ホセ隍・ソ、タ、シ。ェ

、ネ、、、ヲクタ、、フ簣ムーユ、キ、ニ

168 :考える名無しさん:2006/12/11(月) 01:08:37
書き込みのテスト

169 :考える名無しさん:2007/01/11(木) 22:49:52
笑う角には福来る。

170 :広瀬由一:2007/01/20(土) 00:00:59
瞬間的な過剰情報流入によって、『笑い』は発生します。例えば、『リンゴ』という言葉から瞬時に読み取り可能な情報量はたかが知れています。
しかし、目の前で誰かがバナナの皮を踏んで転んだとすると、『驚き』『嘲り』『心配』『不安』『嫌悪』などというように、大量の情報が脳内を
駆け巡ることになります。このままでは脳みそはオーバーヒートを起こして破壊されてしまいます。
そこでまず、『大きな笑い声』を出して、聴覚からのこれ以上の情報流入を阻止し、次に目を細め、それでも駄目なときは涙を出して、一時的に
視覚からの情報流入をも防ぎます。次に横隔膜を痙攣させて酸素吸引量を引き下げ、全身の筋肉を収縮させて酸素を消費し、脳みそに回るエネルギーを少なくして、
脳の情報処理のスピードを下げ、クールダウンさせます。その間に脳は、先ほど瞬間的に受け取った大量の情報をゆっくり処理し、処理できたところで、笑いは収まるのです。
私の分析結果は以上です。この説は調べる限り、どの本にも載っていません。既存の説なのかどうか、御存知の方がいれば、ご一報くだされば幸いです。
異論の方も同様にお願いします。  PS、間違ってたらスミマセン。

171 :考える名無しさん:2007/01/20(土) 12:37:03
>>170
ヒント:反例

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