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哲学に外国語は無関係 3

1 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 12:59:30
外国の哲学書の厳密な読解が目的なら語学は不可欠だが、
思考・世界の根本条件を探究することが哲学本来の目的のはずである。
ゆえに外国語の勉強は直接には無関係である。むしろ理系のほうが必要なくらいだ。
ここを勘違いしている学者が多いから、純粋な哲学が育たないし、無用であると思われてしまう。
哲学やるのに本当に必要な資質・能力とは何か?

2 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 13:00:47
前スレ
〈哲学〉に外国語は無関係
http://makimo.to/2ch/academy3_philo/1106/1106834533.html
【本質】lt;哲学gt;に外国語は無関係 Part2【核】
http://makimo.to/2ch/academy3_philo/1108/1108912057.html

3 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 13:02:16
語学もできねーやつに哲学は無理。

4 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 13:04:14
語学しかできないやつに哲学は無理

5 :池田 晶子:2006/01/22(日) 13:06:14
英単語もろくに覚えていませんし「ロゴスに聞け」と哲学してますが、なにか?


6 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 13:06:57
というわけで、結論でました。

語学+α……哲学が出来るかも
語学だけ……哲学は無理
αだけ ……哲学は無理



7 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 13:07:03
「ロゴス」もギリシア語で既に外国だろ。

8 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 13:11:32
>>6
アメリカには英語しか使わず外国語できないで
哲学教師している連中がうじゃうじゃいるぞ。

9 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 13:14:12
>>7
大衆受けする和製英語でエッセー書くと本が売れるんです。あきこです。


10 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 14:44:42
哲学をすることって、アメリカで教壇に立つことだったのか。

11 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 14:46:46
日本語だけでも哲学している人は大勢いると思う。

12 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:02:03
市井の哲学家気取りならそれで良いかもね。

13 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:03:34
>>12 市井の哲学者を馬鹿にするとはどうかと思う。

14 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:05:50
だれも馬鹿とは言っていないけど、
そう思うなら、そう思うだけの理由が在るのだろう。

15 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:07:25
>>12
>市井の哲学家気取り

これは「市井の哲学者」を馬鹿にした言い方だろう。

16 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:16:38
市井の哲学家と市井の哲学者じゃ違うんじゃないの?
歴史家と歴史学者の違いぐらい


17 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:20:20
哲学家と哲学家気取りも随分違うけどね。

18 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:22:56
おまいらにはどうせ関係ないだろ

19 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:47:24
>>16
そも、哲学史家と哲学家は明確に別けられるのが普通。
哲学史は哲学じゃなくて歴史学

20 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 15:49:18



哲学史家の話なんかしてないのだか。ミスリードを誘ってるの?


21 :Tar ◆SQIDAUQYpc :2006/01/22(日) 17:52:38
なんでこんなスレが3まで続いてんだろ。

22 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 21:27:48
>>8
まあ政治哲学とか分析哲学はほとんど米英の学問だから、英語以外しらんでも大丈夫だろう。

23 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 23:44:16
>>22
>政治哲学とか分析哲学はほとんど米英の学問

しかし少し19世紀まで辿ると途端に英語だけでは済まなくなるんだけどね。

24 :考える名無しさん:2006/01/22(日) 23:47:01
馬鹿に限って「物事の本質」とか言いたがるよね。

25 :ヘイト ◆iyx/0deoUw :2006/01/23(月) 00:01:47
マルチ氏ね

26 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:07:58
哲学w

27 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:09:19
どんな学問でも、先行研究を調べることができなければ、
他の人から見ても意味がある研究はできないと思うんだが。

28 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:14:36
>>25
マルチじゃないだろ


29 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:36:40
という以前にはたして学問なのかな?
そこがまだクリアになっていないわけだが。

30 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:38:03
馬鹿に限って「先行研究」とか言いたがるよね。

31 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:38:29
>>29
大学で教えられるべき内容はあるし、
制度化もされているから
少なくともその一部はれっきとした学問になっている。


32 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:49:08
哲学が「言葉」に依存していないと言い切るようなセンスの持ち主に哲学は不可能。

野暮なことを言わせるな。論外だ。

面を洗って出直して来い。

33 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:57:37
言葉に依存してしまうから駄目なんだよw

34 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 00:58:44
馬鹿に限って「センス」とか言いたがるよね。


35 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 01:04:27
語学がダメなら、宗教に走れよ

36 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 01:04:42
哲学ではなく人間の発想が言葉に依存してしまっているのだ。
だから語学ができるのは哲学の発想を広げる上で役に立つが、
できないのはそれほど問題ではない。
……そういやドゥルーズはほとんどドイツ語出来なかったらしいし。

37 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 01:06:11
>>35
走ってるだろう、もともと。哲学そのものが。

38 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 01:14:30
オレ様教祖でいいなら、別に語学ができなくても良いじゃん。


39 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 01:23:54
哲学は常に俺様教だった

40 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 09:43:24
日本で哲学ができるのは
旧帝国大の哲学専攻の大学院を修了した奴だけ。

41 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 09:49:23
実際、大学院生レベルになるころには、理系のほうが英語力はある。
理系の学生なら博士かていくらいには最低でも、国際学会で30分くらいの
発表とかざらにあるので、英語を訓練しなければという圧力が働く。
しかし、文系のようないんちき学問では、教官ですら英語は必要ないw
さいてい、辞書引きながら読めればいいだけw。



42 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 09:51:41
語学は英語だけとは限らんが。

43 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 11:31:59
理系はドイツ語もフランス語も必要ない。
対して哲学は英独仏語、古典語のギリシア語ラテン語まで必要。
理系の語学力では橋にも棒にも引っかからない。

44 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 11:56:05
英・独・仏・希・羅のうち3から4国語が読めないと、東大の院すら
受からないからな。
とはいえ、哲学徒も外国語の論文くらい書けよ、という非難は甘んじ
て受けるべきだな。

45 :考える名無しさん:2006/01/23(月) 13:48:55
理系の中でも専門によって違うだろうけれど、平均的なところで考えれば、
理系の論文はたいした語学力なんてなくても書けるでしょ。

46 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 00:08:16
語学のできない理系の嫉妬スレのヨカーン

47 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 01:30:35
>>45
発表、質疑応答は困るだろ?



48 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 01:31:11
>>46
そもそもまともに相手にしてないから。

49 :考える名無しさん:2006/01/24(火) 08:47:38
>>45
とりあえずノバとかでなんとかなるんじゃね?

50 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 01:12:00
馬鹿に限って「センス」とか言いたがるよね。

51 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 14:31:24
>50
センスって日本語でどういうの?

52 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 14:37:57
感覚

53 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 14:42:47
>52
センス無〜い/有る〜、のセンスは?

54 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 14:47:04
各言語の差異、その差異が思考に与える影響を鑑みることのできない人間に突き詰めた思考は不可能。

「哲学に外国語は無関係」とか言う素朴なセンスの持ち主は竹田でも読んでろよ。

55 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 14:49:47
↑原書講読だけで時間を潰して給料をとっている日本の哲学科の専任教員ども
には好都合な言い訳。w

56 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 14:51:28
>>55
禿同!!

57 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 14:59:35
>>56
自演するなよ・・・・

58 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 15:01:36
>57
じえんか、じえんでないかを見極めるセンスも持ってないやつに何を言われましてもね

59 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 15:02:44
俺は原書なんつってないわけ。

「各言語の差異、その差異が思考に与える影響」、これを嗅ぎ付けられない人間は言語に関して何の本質的思考を及ぼしていないことを自白しているようなものだと言ってるだけ。

何でも翻訳が可能、何でも要約可能と考えている人間は思考とは何の縁もないことを自覚するべき。

60 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 20:24:25
>>55
まさに。

61 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 20:26:25
ふん、ソクラテスは外国語なんてできなかったさ。

62 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 20:28:30
>>61は女性ですか、どうよ?


63 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 21:07:01
―先日、行われたPRIDEヘビー級の頂上決戦であるエメリヤーエンコ・ヒョードル×ミルコ・クロコップの試合は見ましたか。
アルロフスキー:見ていない。
―この2人について、どういう印象を持ってますか。アルロフスキー:サンボでも戦ったことはないんだけど、ヒョードルとは会ったことがあるんだ。ナチュラルな強さを持っている選手だ。歴史的に見ても、ロシアのベストファイターだろう。(何故かミルコはスルー)
―UFCかPRIDE、どちらの舞台でもいいので、戦ってみたいと思いますか。
アルロフスキー:私はUFCに専念したい。もちろん、私にチャレンジしてくる選手がいれば、ヒョードルでも戦う。そういう気持ちでオクタゴンに上がっている。


64 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 21:08:20
で?  


65 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 21:10:19
捏造なんていっぱいある現実も知らないのか。

66 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 21:25:44

杜玖椀も知らんのか?

またおまんじゃしてやろうかね?(チョピピップ




67 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 22:10:08
哲学に興味がありながら外国語に興味がわかないわけがわからない。

まー言葉を克服していくのが哲学かもしれないが。言葉を学ばないことには始まらないでしょ。
しかし言葉を学ばなきゃ哲学は必要ないのかも。
真理に到達するために言葉を経る必要があるのか否か。
人は言葉を学ぶ前は真理と共に在ったのかもしれない。
それなら外国語を学ぶことは真理を把握するには余計だけど言葉を学ばないことには哲学は始まらない。
外国人の哲学をよく理解したいなら外国語を学ぶのは大切だと思うよ。


68 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 00:46:00
植え付けられた言霊の破壊・・・
それが哲学者や聖者が実践してきたものかもしれない。
言葉からなる他者あっての相対的な自分、他者から区別された記号的な自分の破壊。
その実践を言葉で表現し伝えるなら言霊の増築に繋がり逆効果になりがちと。


69 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 02:03:26
言葉によって精神が物質のように相対的に働くようになるほどに精神は不安定になるんだ。

哲学は絶対性、真理を求めるわけだけど概して下手して精神の相対化を押し進める。

言葉は最大で最悪の発明か。
というか使い用だろうけど上手に使えないんだ、使われてしまうんだ

70 :考える名無しさん:2006/01/31(火) 14:40:53
日本語すらまともに使いこなせない方もおられるようですな。

71 :考える名無しさん:2006/02/02(木) 00:55:25
自民マンセーの犬HKなど阿呆らしくて見てられね


72 :考える名無しさん:2006/02/02(木) 02:14:48
おまんじゃしてやろうかね?

73 :考える名無しさん:2006/02/02(木) 02:57:12
杜玖椀を知らんのか?

74 :あらわる。:2006/02/02(木) 05:05:57
世界のあらゆる哲学性を理解しようなら、日本語だけじゃ無理。
その国独自の文化や風土から生まれた言葉から紡ぎだされた哲学を、
日本語に転回させて翻訳されても、それは決して十全な訳語として
伝わるはずもないし、理解も不十分だろう。
はたして、日本語の「侘び」「寂び」を、他の言語で完全に同意な一語で
あらわすことはおそらく不可能かと思う。

日本にいろんな諸外国の書物を翻訳した者の、
日本語の意味合いに近寄るための苦労や歯がゆさは、
並大抵なものではなかっただろうと思う。



75 :考える名無しさん:2006/02/02(木) 05:48:08
結局哲学は言葉の数学だからな
数学は1がかならず1であるからいいが、言葉は難しい
外国語となるとまた、さらに難しい

76 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 10:29:45
あれ?電波のための板ってこんなとこにもあったのか

77 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 11:08:18
> 世界のあらゆる哲学性を理解しようなら、

「国民性」という言葉を聞いて激怒した香具師がいたらしいが、
「哲学性」とは・・・。w

78 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 12:07:16
普遍なものとでも?

79 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 13:02:51
ドゥルーズは英語が出来なかったとかドイツ語が出来なかったとかよく言われるが、
原書をゆっくり読む程度のことはしてただろう、明らかに。
あんだけたくさん本読んでるんだから。

80 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 13:29:42
自分の読みの甘さを語学の所為にできるってのは楽でいいな

81 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 17:31:40
そりゃ原書にあたってかつ辞書を丹念に引いていくぐらいでないと本当の意味での精読とはいえないだろう。

82 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 17:35:25
より不確実性の高い翻訳に甘んじるのは読み方が甘いね。



83 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/03(金) 19:14:12
確かにウィットの論理哲学論考の出だしだけみても、
日本語、ドイツ語、英語では、まるで読む感触が違うね。

1.世界は成立していることがらの総体である。

1.The World is everything that is the case.

1.Die Welt ist alles, was der Fall ist.

ことがら→事実→事態→対象、等の言葉の定義や意味づけは、
哲学者ごとに微妙に異なるし、その相違が、思考全体の軌跡だから、凡庸な翻訳本の読み手である私なども、
ここは原典ではどのような用語やいいまわしをしているのか、気になるときはある。

しかし、それに縛られすぎると、哲学は、一部の学者の占有物になってしまう。
時間の無い一般の市民でも読み下せることを第一義と位置づければ、「哲学の民主化」の方向とは相反することになる。

事実-fact-Tatsascenと、事態-atomic fact-Der Sachverhaltの定義を、
原語で知ることと、訳本で知ることとに大きな相違があるかというと、内容本位、思考追尾の本筋で見れば、原語で知ることは第二義的なものであるともいえる。

でも、個々人の時間の制約の多寡に差異が有る限り、この両者の適切なバランスをそのつど決めるのは、つまるところ個々人に委ねられるしかないよ。

時々、原書を読まないと何も言えないよ、というレスにお目にかかるけど、それは、一面では正しくもあるし、あるいは、大いなる誤謬であり占有意識の表出である、とも思うけどね。




84 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 21:23:36
外国人の哲学をしっかり学びたいなら、その外国語の習得は必要。
これは仕方ない。
学ぶ気があるなら勉強の時間はとれるはずだ。学ぶ機会は開かれている。
結果的に占有されているのだ。
機会の平等ではなく結果の平等、共有を求めるのは民主主義的ではない。社会主義的である。

表向き民主化といいながらその内容は社会主義、本音は快楽主義的個人主義。
怠惰で努力はできないが自分が劣ってるのは許せない、なら政治的に抑えつけるという嫉妬する資格すらない嫉妬に促されたやりかたはくだらない。

85 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 21:43:34
ロールズの『正義論』(矢島訳、紀伊国屋書店)が、アマゾンで¥35000
で、ボッタクってた。サンデルの『正義と自由主義の限界』も絶版だし、決
定的なのは、トマス・ナーゲルなどの著作が(ごく一部を除いて)邦訳され
ないことだ・・・最低限、英語の知識は哲学には必要だね・・・




86 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 23:24:53
何を探究するか、問題は何か、が決定されない限り、
外国語の知識の要/不要は決められない。
訓詁学なら外国語プラス背景文化の知識は重要不可欠に決まってるが、
自分の探究主題のためにヒント・参考として利用する、という態度なら、必ずしも語学は必要ないのは自明だ。
哲学とは何か、が一義的に決められない以上、正しい答えはない。
すべては、目的・探究主題が決めることにすぎない。



87 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 23:27:09
>>86
>自分の探究主題のためにヒント・参考として利用する、という態度

これって別に、哲学じゃないだろ。

88 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 23:30:41
>>87
そういう哲学観もあるが、他の哲学観もある。


89 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 23:37:08
訓詁学的要素ゼロで哲学は無理。
ゼロだったら哲学だと自覚することすら不可能。

90 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 23:49:26
訓詁学する必要があるかどうかすら考えるのが、広義の哲学的精神だ。
定義上、古代最初に哲学した人は訓詁学しているわけがない。
どれが真の哲学かどうか、を決める単一基準はない。
学習者と探究者とは区別せねばならない。
どうも探究=思考者というものの本質がピンときていない人が多いようだ。
思考・探究も、語学の勉強と同じように実践あるのみだ。頭先で考えているだけでは分かるわけがない。

91 :考える名無しさん:2006/02/03(金) 23:57:05
思考すればなんでも哲学だと思ってるバカは手のほどこしようがねえよ

92 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 00:03:14
>>84
あなたは、世間一般の日常生活者が、いかに日々の糧を得るために時間を拘束されているかを知らない。哲学はもちろん原書で学ぶ方がいいに決まっている。これは自明の理です。
しかし、哲学だけが、他の学問とは異なり、外国語を障壁とする閉鎖的なものであってよいものでもない。高卒レベルの人間は、哲学とは一生無縁でもいい/しかたない、一部の「選良」が占有するのも致し方ないといういいぐさですよ。
「学ぶ機会は開かれている」といういいぐさは、「天才はどこからでも出てくる」という小林秀雄の能天気ないいぐさと同じく、体制、社会構造、階層(階級とは書きません)等を、すべて捨象している。
ギリシャ語、ラテン語が読めないレベルの人間は、プラトンもソクラテス等、ラテン語原語の一切の哲学書とも一生無縁でもしかたない、というあなたの切捨て御免の文言は、その「選良」万能主義において、重い誤謬であり、罪ですよ。
普通の生活の中でも哲学を必要とする人間はいる。
しかし、かれらが原書を読む時間の制約を受けている現実を看過するのであれば、あなたは原書の査読を旨とする閉鎖社会の中の一介の研究者/教育者にすぎない。

<機会の平等ではなく結果の平等、共有を求めるのは民主主義的ではない。社会主義的である。>

私は、結果の平等、共有ではなく、「哲学をする」機会の平等を求めているつもりですが。50、60歳になって哲学を学びたい、という人も多い。これらの人が新規の外国語を習得する労苦の大きさに思いを寄せたことがありますか?
あなたは、そういうひとたちから、「機会の平等を奪う」側の規制価値/体制の中にどっぷりと浸かっている。
あなたが、どちらの側にいてもいいのですが(他人ごとですから)、少なくとも、現代の哲学の閉塞状況を作り出している側に大いに関与していることは確かですよ。
(続く)


93 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 00:03:31
>>91
もちろん。そんな程度の低い人は論外だ。
そういうレベルの思考は、訓詁学と同じように、哲学=思考=探究とは言わない。
妄想マイ哲学も訓詁学オンリーも、半端な思考という点では同じだ。

94 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 00:04:52
>>92
(続き)
ロシア語が読めなくとも、読めても、ドストエフスキーの作品の魂に触れることもできるし、できないかもしれない。しかし、それは、原語の問題ではない。

カントしかり、キルケゴールしかり、フォイエルバッハしかり、サルトルしかり、マルクスしかり、ハイデガーしかり、ウィットゲンシュタインしかり、です。

<外国人の哲学をしっかり学びたいなら、その外国語の習得は必要>

これを否定しているのではなく(当たり前のことだから)、哲学不在の現代の体制/社会等に対する、「ものごとを自分で考える基盤としての哲学」は、原語をマスターし、しっかり学ぶことが必須であるという、あなたの論には組しません。
哲学の基本的立場の獲得とは、どの既成の学問領域、体制押しつけの価値、及び経済活動に組込まれながらも、
それらの立場から、ほんの少しだけ位相をずらし、自己固有の立場(これは、よほどの天才か秀才以外は到達不能のイデアに終始してしまうものであることは否定しませんが)を、自分なりに構築すること。
そして、そこを起点とし、もの申し続けていく基盤を獲得する営為一般をいう、と考えています。


95 :90:2006/02/04(土) 00:17:46
>>94
私とやや違う観点で論じておられますが、賛成です。
学者たちの間でさえ、哲学とは何か、がひどく一致しない有り様ですから、
どの研究方法・探究の道が正当(正統)なのか、ということに単一の答えはありません。
それぞれの哲学観ごとにそれぞれの答えがあるだけです。
こういう事実を直視せずに、特定の哲学観の正しさを強弁するとしたら、それこそ広義の哲学的精神に反することでしょう。


96 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 00:31:49
なにも外国語に限ったことでもないのですよ。

埴谷雄高の「死霊」は、埴谷が好むと好まざるとに関わらず、大方の読者の理解/同調等を最初から切り捨てています。
これも、日本語内の問題とはいえ、原語の問題です。
埴谷の用語は、日常用語と埴谷独自の「哲学的」な造語とが絡み合う独自のものですが、日本の既成の小説の臨界点を越えるところにしか、埴谷独自の世界を構築できない、という諦念と気概から、ほぼ完全に居直って、独自世界を構築しようとした反小説です。

では、これを読めるか/読めないか、は原語の問題ではなく、埴谷の思想/思考に、いかにコミットできるか、近付くことができるか、という書き手と読み手との、読み手の数にほぼ等しいかかわり方をも許容します。

埴谷の政治論も、これに通じるところがあります。
「永久革命者の悲哀」も、問題意識の共有無くして、字面だけを追いかけても、何も得ることはできないでしょう。

原語以前の、根幹的な問題意識の方が、言語を超えてはるかに重要です。


97 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:01:11
「外国の哲学文献を精読する」のに語学力は不可欠。
それ以上でも以下でもない!



98 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 01:18:55
>>97
「精読するのに語学力は不可欠」

トートロジー以上でも以下でもない!

99 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:23:57
哲学をする上で、外国の哲学文献を精読することが必要不可欠なのか否か、
で意見が分かれてるんだろうね。

100 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 01:29:29
「哲学をする上で、」

この用語のそれぞれの受け止め方で、意見が分かれてるんだろうね。

>>84さんは、<外国人の哲学をしっかり学びたいなら、その外国語の習得は必要>である、と言っている。
ここでいう「外国人の哲学をしっかり学」ぶ、ということと、>>99さんの「哲学をする」ということとの間には明らかに乖離がありますね。


101 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:32:44
なにこの馬鹿w

102 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:36:08
>>100
哲学的問題に関して自分で満足できる答を見出そうとしている場合と、
哲学者として人から認められることを求めている場合では、だいぶ話が違うだろう。
後者なら多くの場合文献の精読が必要になるだろうけれど、
前者の場合はひとそれぞれだろうなあ。

103 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:37:33
外国語で書かれたものを理解するのに外国語を習熟することは不可欠だよね。もちろん習熟度は高ければ高いほど良い。反論しようがない自明の事ですね。

104 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 01:40:27
>103
哲学のお話ですか?
それとも、<外国語で書かれたものを理解するのに外国語を習熟することは不可欠>までのお話ですか?

105 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:41:10
哲学者として他の人から見ても価値がある仕事をするためには、
自分が考えている事柄について過去に誰がどういうことを言っているかを知ったうえで、
まだ言われていない何かを言わなければならないでしょ。
これは、「外国語は読めない」では無理だよね。

106 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 01:42:44
>105
学会内のお話ですか。

107 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:43:22
>104
哲学でも文学でも、なんでもそうですよ。

108 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:45:54
バカが埴谷雄高語ってるしw

109 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 01:48:54
>>107
ではローマ法皇は万能ですね。

110 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:49:00
学会内に限らずそうなんじゃないかな。
本をよく読む人からは、「そんなの○○がすでに言っていることじゃない」で済ませられてしまう
ようなものじゃ、「他の人から見ても価値がある仕事」とは言えないでしょ。

111 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 01:51:46
>>110
それはそうですよ。
でも、今は外国語の習熟が哲学をするのに必須であるか、が問題になっています。

112 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:52:29
>109
「不可欠」というのは、必要条件ですよ。外国語に習熟していればそれでいいという事では全くありません。

113 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:54:11
>>109
バカwww
「無謬」て言葉も白根ーのかよw

114 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 01:54:58
>>112
では、「哲学をする」ための必要条件はなんですか?
過去に誰も書いていないことを見出すことですか?

115 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 01:55:43
>>111
だから、自分が今言っていることが、すでに言われていることなのかどうか
ぐらい自分で判断できなきゃならないわけで、そのためには外国語の文献も
読めないとダメなんじゃないの?

116 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 02:00:58
>>114
「哲学をする」だといろいろなことが含まれるから何ともいえないけれど、
哲学の領域で他人から見て価値がある仕事といえるためには、
誰かがすでに言っていることと同じじゃダメなんじゃね?

117 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 02:01:28
>104
哲学はかなり自由なものだと思うので、「哲学をする」ための必要条件は、特にないと思います。ただ、それが人に認められるかどうかは、別の問題ですが。

118 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 02:03:50
もちろん、そのまま鵜呑みにしていてもダメでしょうね。

119 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 02:06:03
>>118
鵜呑みにするなんていう話はしてないよ。
自分で考え付いたことでも、それがすでに誰かによって考えられ書かれている
ことと同じだったとしたら、他人から見て価値がある仕事ではないだろ、ってこと。

120 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 02:26:01
外国語が無関係な哲学もある。

121 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 02:30:50
例えば?

122 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 02:36:39
哲学とは
自分の存在の意味を問う学問である

存在に意味があると思いたい学問ではあるが
実際には誰もが生きる事に意味があり、意味がない
という結論に達してしまう学問でもある

123 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 02:50:28
哲学者と哲学研究者とではかなりの隔たりがあるぞ!

ただ哲学書(外国語の物然り)や哲学解説書などを読んだだけで、
果たして「哲学している」といえるだろうか?


124 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 03:58:18
やさしい気持ちになれた時
自分が生きているという実感!

単に欲求を満たした時にくるものとは違う感情。。。


125 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 04:13:30
哲学と言語は密接に結びついているので
「日本語でする哲学」を究めるには、むしろ外国語が出来ない方がいいかもしれない。
ただ、「日本語でする哲学」に、いかなる価値があるのかまでは測れないが。

126 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 04:50:02
ラテン語を知らんようだなw

127 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 05:02:55
杜玖椀を知らんようだなw

128 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 11:38:52
卑近な質問ですが、
外国語の文献をそのまま読むほうがいいという発想は
音楽はホールで生の音を聴くほうがいい、CDは糞、という発想と同じですか?

129 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 12:01:57
翻訳というのは、翻訳者の私的な解釈を経てできるものだから、CDとは違うでしょう…

130 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 12:06:30
語学ができないバカは禅でもやることだな。

131 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 12:14:46
映画は吹き替えよりも字幕の方がいい、に近い。

132 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 13:19:05
>>128
料亭や高級レストランで出される食事のほうがビニ弁や牛丼屋と比べて味覚においても
衛生面においてもはるかにマシというのと同じ。

133 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 15:51:02
ギリシャ語、ラテン語、ドイツ語、フランス語、英語の哲学書の原典をほぼ完璧に読めるのは日本でも多くても数百人でしょう。
だとすれば、それは、一種、特殊な閉鎖社会。
それを一概に否定するわけではありませんが、
それにより哲学プロパーたちが、みずから、哲学をより閉鎖的な学問に押し込め、
一部選良の占有物にしてしまっていることも事実。
そこに、自己保身らしきものが見えてしまうこと、
学問のなかで哲学だけが社会との乖離が大きくなってしまってきていること、
そういううしろめたさのいくばくかは感じ取ってほしいと思うのは私だけではないと思います。


134 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 15:58:44
で?  



135 :ヘイト ◆iyx/0deoUw :2006/02/04(土) 16:00:44
そいつらがヒッキーなだけで何も占有しちゃいねーだろ
やつらはこっち見るより前見たいに決ってる
偽善でやられるよりずっといい

136 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 16:05:52
長々とつまらん屁理屈を連ねてるが、要は、
「哲学に外国語は無関係」って言い張ることで、
単に外国語を勉強したくない自分を正当化したいだけなんだろ?


そんな怠惰な奴に哲学をやる資格なんて無い。とっとと失せろ。

137 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/02/04(土) 16:07:45
>136
まるで文意を解釈できてないようなので、お相手つかまつらんことにします。

138 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 16:10:32
>>133
あなたの言うとおりだと思う。原語で読むことにこだわるよりは、
翻訳でいいからきちんと読んで、自分で考えることが大事だね。

139 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 16:17:34

どういう哲学をやるのかによって違う。

>136
哲学をやる資格?
自称哲学者であっても、あるまじき発言。

140 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 16:41:50
>>136
激しく同意。

141 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 16:47:23
女は語学が苦手なんだよ。
だからよく哲学もわからんと。


142 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 19:28:52
サンスクリットを知らんようだなw

143 :86:2006/02/04(土) 19:29:57
>>96さんは哲学=思考のある面での本質をついていると思います。
日本語文献での問題に置き換えると、明快に本質があぶり出されてきますね。

私は、少し別角度から誤解を正しておきましょう。
哲学することと文献解読することとは、今さらいうまでもなく、必ずしも重なりません。
この本質の違いに応じて学者も区別されます。哲学者と哲学学者とです。(たぶん永井均氏の命名)
まったく他人の思想に触れずに自分の哲学を立ち上げることは99パーセントできないでしょうから、何らかのかたちで文献解読をすることになります。
しかし、このために専門家とされる人々の方法を厳守する必要はありません。
読書・勉強が訓詁学である必要はありません。
「特定の学会で認められること」イコール「哲学」と考えるのでないかぎり。
もちろん、ヘーゲルなりカントなりの思想を極めることが目的なら、当然、訓詁学のために全精力を費やすことは正当なことです。

当たり前すぎることを確認しておきます。
研究方法は個々の目的・主題に応じて決められるべきです。
問題と問題解決方法は、栄光の過去からありがたく頂戴するべきものではありません。
目的・必要に応じて、継承、利用、翻案、改良、否定、廃棄されるべきものです。
目的・問題意識・に応じた懐疑を忘れた哲学(徒)は、単なるイデオロギー(信者)に成り下がります。



144 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 19:44:04
広松渉の読書は、自伝で書いているが、外国語で読むということよりも、幅広い分野をたくさん読むことを重視した。
若年の頃はドイツ語さえさぼっていたそうだ。


145 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 20:21:06
語学を過剰否定する人は、語学力という言葉におびえているのだろう
語学を過剰礼賛する人は、思考力とかセンスという言葉におびえているのだろう



146 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 20:47:40
実際には、中途半端な語学力の香具師が原語で読もうとするよりは翻訳で読んだほうが、
マシだったりもする。

147 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 21:01:15
翻訳といえども、訳しにくい所は原語も併記してあるか注釈があるのが普通。

148 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 21:55:04
まぁ三十歳までには希、羅、独、仏、英、ぐらいは読めるようにしておくべきだろうよ。
金じゃ買えないいい財産になるからね。
真の海外旅行に毎日でもいけるわけで。
体を海外に運ぶ海外旅行なんてのは邪道ってもんよ。


149 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 22:03:03
中途半端な奴は何をやってでもダメ

150 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 22:11:22
30で最低十カ国語、40で最低二十カ国語、一生で最低五十カ国語をマスターすべきだ。
ということでいいでしょ。
ところで何の話だっけ・・・

151 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 22:19:28
>>150
いくない。そりゃめちゃくちゃだ。
考えもせず板違いの適当いいやがって。
これだからガキは嫌いだ。

152 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 22:20:08
語学もできないバカに哲学的思考は無理だって話。

153 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 22:53:46
「数学もできないバカに哲学的思考は無理」なんて言っていた椰子もいたらしいが、
今度は「語学」かい。w

154 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 23:11:11
どのみちバカには哲学は無理だろ。

155 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 23:12:18
7 :我  無 ◆mCAllRXeSY :04/11/25 14:07:10

       /\___/ヽ  
      /:::::::       \ 
     .|:::.   ''''''   ''''''  |  
      |::::.-=・=-  -=・=-: | 
     .|::::::: ノ ,,ノ(、_, )ヽ、,, | 
      \:::::.ヽ`-=ニ=- ' /  フマフマ
     /   `一`ニニ´-,ー´  
     /  | |   / | 
    /   | |  / | |  
    /   l | /  | |  
__/    | ⊥_ーー | ⊥_ ________
   |  `ーヽl_l_l.} ヽl_l_l.}              \   
  (、`ーー、ィ   } ̄`   ノ               \      
    `ー、、___/`"''−‐"                \


156 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 23:29:53
いや、馬鹿じゃなきゃ哲学やらんだろ

157 :考える名無しさん:2006/02/04(土) 23:44:40

あたりまえだ。

158 :考える名無しさん:2006/02/05(日) 00:02:38
たぶん、日本で育ち人生活している人なら、一部の天才を除いて、
どれほど勉強しても、結局、日本語から抜け出せず、完全に外国語で考え感じることまでは不可能だ。
語学力を高めさえすれば生の原典・思想家に触れられるというのは幻想だ。
日本語的感覚というバイアスは完全には除去できない。
外国語知らない人よりマシということにすぎない。


159 :考える名無しさん:2006/02/05(日) 00:09:10
まあ一応建前としては、哲学が求めている真理って言うのは、
○○語を母国語としている椰子ならそう思う、っていうようなのよりは、
もうちょっと普遍的なものなんじゃね?

160 :考える名無しさん:2006/02/05(日) 00:18:47
そうなると、極論すれば、
外国語文献解読における原典と翻訳との違いは、直接翻訳か間接翻訳かの違いに過ぎない、ということになるね。


161 :考える名無しさん:2006/02/05(日) 13:01:13
>>158
ましならいいじゃん。

162 :考える名無しさん:2006/02/05(日) 22:49:52
ここの対立は、
哲学というものを厳密な思考の原理・条件・土台の学として捉える人と
哲学とされる特定の文化・文献・思想家の研究として捉える人との対立だろうね。
前者なら、外国語は無関係でなければならないし、
後者なら、外国語でやらなければならない。


163 :考える名無しさん:2006/02/05(日) 23:48:08
前者なら特定の一言語に限定される思考では話にならんだろ。

164 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 00:44:31
>>163
まったくだ。
自己の使用言語を客観的に見るために、他の言語を習得するのは意味のあることなのにな。

165 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 01:28:14
>>158
だわな。


166 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 01:38:40
普遍的な思考の原理なんてものがあるのかどうかで、意見が分かれるが、
あると思う人にとっては、母国語から生じる偏見から解放され
より普遍的な思考を求めるために、
外国語の学習が必要だ、と考えるだろうね。


167 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 01:40:35
あると思う人でも
自分の短い一生でそれに到達するほどの言語を学び尽くすのは無理だと
すぐ気付くはず。

168 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 01:43:07
おおかた文献学の徒が
著者の思考を正確にたどるため
という理由による。
普遍的な思考の原理云々は
理屈として唱えてるだけで、
現実に到達できると考えてやってるわけじゃないだろうね。

169 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 11:35:44
>>168
完全に普遍的な思考っていうのは到達不可能だろうけれど、
だからといってより普遍的なものを求めるのが無意味になるわけじゃない。
自分の考えを妄信するよりは、他の人の意見も聞いた方が幾分か普遍的なものに
近づくだろうし、自分に近い境遇・環境の人の意見だけ聞くよりは、
もっといろいろな人の意見を聞いた方がいいでしょ。
外国や他の時代の人の意見を知るのは、そういう意味で価値があるんじゃね?

170 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 19:34:50
数学は有関係

171 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 21:44:51
個々の自然言語からその固有の要素を引き算していって
最後に残るのは骨だけなのか?

172 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 22:27:59
原書で読める人間がカラーテレビを所有しているとするなら、語学下手はモノクロテレビしか所有していないといえる。
カラーテレビを少数者が所有しているからといって、彼等が哲学を占有しているという話からして間違ってるし、
そんな話を認めようが否定しようが語学下手が不鮮明なモノクロ映像しか見れないという現実には何の変わりもない。


173 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 22:34:30
比喩の使い方は難しいな。

174 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 22:36:19
>>163
それは完全な誤解。
もしそのレベルでいう普遍性なら、全世界のすべての言語を習得すべき、というしかない。
そういうレベルでない普遍的思考の原理という位相を知りたいなら、例えば現象学の問題意識をしるべきだね。
これが成功しているかどうかは君が判断すればいいが。



175 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 22:36:58
>>172
まさにそうだね。
それは語学だけじゃなく、数学や物理にも当てはまるな。
数学・物理ができないやつの思考なんて
電波が届かないところで無理やり映像を見ようとするに等しい。


176 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 22:44:02
>>175
原書読むとかだけじゃなく、「考える」にも同じ論法が成り立つよね。

177 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 22:49:44
数学と物理並べる奴って頭の中に予備校生でも入ってんのか?

178 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 22:52:34
とりあえず価値について語るときは
その自覚があった方がいいんじゃないか?

179 :観客:2006/02/06(月) 22:57:22
みんな見解を示す前に哲学観を明示したほうがいいな。
哲学とされる営みは多様だから、
自分が信じている特定の哲学観を、暗黙の前提として独断的に強弁しているのが目に付く。
哲学しているはずの者が宗教論争していては、どういう意味のものであれ、自分で哲学を放棄していることになるよね。

180 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 22:58:31
氏ネバ?

181 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 23:26:26
言語使用の(イイカゲンさにより生じる思考の)混乱を解く、という哲学観もあるよ。
一時期のウィゲンシュタインや論理実証主義の哲学観。
この場合は、整頓解明すべき言語が外国語でない限り、自国語によりそうしかない。
まあ、狭く、評判もいいわけではない一つの哲学観にすぎないけど。

182 :考える名無しさん:2006/02/06(月) 23:31:29
>>177
はあ?便宜上、世の中で別称されている学問分野を並べただけだろうが。
もちろん分野によっては、方法論や扱う対象からして
他方とほとんど無関係なものもあるが。


183 :86:2006/02/07(火) 19:30:51
哲学にはおおまかに二つの面がある。
既存の受け継がれてきた問題を解く、または、解消することと、
新たに問題〜問題解法を発見・発明すること である。
前者は、見慣れた多くのアカデミズムのお決まり作業である。
後者は、古代ギリシャという開祖の哲人、天才、自分で新たな問題を見出さざるをえなかった人々が行うことである。
もし後者の人の残した問題が前者の人に重く受け止められたなら、前者の人が後者の問題を継承し整理し洗練していくことになる。
自分問題が誰にも相手にされなかった後者の人は、馬鹿、変人、狂人とされるだけであろう。
哲学史とは、このような循環であるとみなせる。
哲学という営みの本流は、この二者の協同作業である。

184 :考える名無しさん:2006/02/07(火) 21:07:24
>>163
それは完全な誤解。
もしそのレベルでいう普遍性なら、全世界のすべての言語を習得すべき、というしかない。
そういうレベルでない普遍的思考の原理という位相を知りたいなら、例えば現象学の問題意識をしるべきだね。
これが成功しているかどうかは君が判断すればいいが。


185 :考える名無しさん:2006/02/07(火) 22:27:28
>>184
事実・自然と、権利・条件との峻別ということかな。


186 :考える名無しさん:2006/02/07(火) 22:53:15
ウィトゲンシュタインの哲学観。
哲学は病気の治療のようなもの。
哲学者とは、どんな共同体にも属さないもののことだ。

187 :考える名無しさん:2006/02/07(火) 22:58:10
ようするに浮浪者のことか

188 :考える名無しさん:2006/02/07(火) 23:06:21
>>187
それに近いところもあるね。
晩年のウィトゲンシュタインはわずかの食事と数冊の本とぼろ小屋で生活してようだから。

189 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 00:40:43
学問と語学の問題は昔からよく語られるよねー。
そもそも母国語でなければ分からない部分というのが、書物にはある。
ここで言う母国語とは、その人のアイデンティティーの形成に大きな影響を与えた文化圏での公用語とする。
で、俺に言わせりゃノーベル文学賞なんて糞なんだ。
第一、大○の『○縄日記』って、どうよ? どう考えても読むに値しない書物だろ?
難解なために理解できないからそのあてつけに言ってるわけじゃなくってね。

190 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 00:42:56
大丸? デパートだったっけ?

191 :189:2006/02/08(水) 00:45:29
で、学問と語学の問題に関するやり取りには、
将棋でいう定石みたいなものが明らかに存在する。
たとえば、、、
『語学と思想は無関係だ』
『語学やりたくないからってイイワケすんな』
みたいなのはその典型的なものの一つ。
こういうものを一つ一つ洗い出していけば、くだらんスレを乱立させずに済むと思うのだが、どうだろう?
ここは一つ、ウチらで定石を洗い出さないか?

192 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 00:48:31
定石があるという思い込みを否定するのも哲学なんだがね。

193 :189:2006/02/08(水) 00:57:14
>>192 そりゃそうだな。哲学は言葉遊びだから、面白いことを言うこと自体に非常に価値がある。

それじゃー、『こういう定石があるように見えるが、それは定石ではない』って例を示してくれ。

俺の思い込みを覆して欲しい。

194 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 00:57:48
定石ってもともとは囲碁の用語じゃなかった?

195 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 00:59:06
公用語=Amtsprache=公の機関で用いられる言葉


196 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 00:59:37
先手必勝!

197 :189:2006/02/08(水) 01:01:21
>>194
へー。じゃ、囲碁における定義の『定石』で、哲学における問答の定石を否定してくれ。

198 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 01:03:45
言葉を知らない人が語る「言葉遊び」ほどみすぼらしいものはないな。

199 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 01:07:15
198の文章は変だ。

200 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 01:09:06
但し書きがあると、意味が取れるようになりますね。

201 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 01:09:17
大森先生は定石好きだったよなあ

202 :189:2006/02/08(水) 01:19:29
>>198 上手い!! イイコト言った!! まさに俺が考えるところの哲学的発言だ!! これは嫌味じゃない。
こういう上手いことを言うのが哲学だろう。だから言葉遊びなわけだ。
母国語と公用語を混同して用いたのは明らかに俺のミスだな。申し訳ない。
細かい反論はあるが、>>199 が指摘してくれてるからいいや。


203 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 10:11:04
定石というものは、思考省略のための便利道具である。

204 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 22:24:08
頭のいい人は、問題に応じて自力で定石を考え出す。使い物になる既存の定石は利用しながら。
頭の悪い人は、どんなことでも自分の知っている定石で強引に処理しようとする。的外れだとも気がつかずに。

205 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 22:45:21
定石の意味を知ってて書いてるのかしら?
まったく、馬鹿は困るな。

206 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 22:50:13
比喩というものを知ってるのかなw

207 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 22:58:23
比喩とは無知の逃げ口上のことだったのか。

208 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 23:12:20
なるほど比喩の意味分からんかったわけね
ご希望通り、囲碁や将棋の基本テクニックのことだということにしとくよ。
いちおう坊やの下手なな釣りにつきあってあげたよ。
次回はもっと腕上げろよ。

209 :考える名無しさん:2006/02/08(水) 23:34:31
杜玖椀を知らんのかね?

210 :考える名無しさん:2006/02/09(木) 00:19:42
>囲碁や将棋の基本テクニック
プッ

211 :考える名無しさん:2006/02/09(木) 01:06:54
>>210

プッ

212 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 01:03:51
工学こそ最も基礎的な学問MSF

工学こそ最も基礎的な学問MSF

工学こそ最も基礎的な学問MSF


213 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 01:14:07
最低でも英仏独語ぐらいは読めないと
学者とは云えませんね。
英語で論文書けない人は自殺すべきです。

214 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 01:26:00
でも英語そこ工学の典型なんだよ?

215 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 01:29:47
>>213
じゃ、まず君が自殺する羽目になるじゃんwww

216 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 01:33:24
俺は帰国子女だが、割と必要が無いのは邪念や邪推かな。
他は変わらないよ。哲学すると全く変わらないよな。
迫害されようが、ちやほやされようが。
「色眼鏡野郎」が俺を屈辱的に誘い「優しい人」が逃げてと言う。


ただ、還元するに至っては、・・・貫く他在るか?
一応突っ込む事をしなかった俺は、寧ろ酷いめにあったが、未だに突っ込まれそうで哲学出来る。うん、そんな感じ。

217 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 01:51:51
>>216
何が言いたいのか全く分からんよ。
帰国子女だそうだが、日本語からしっかり勉強せいよ。

218 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 02:01:26
あ、一度否構築な文体でやってみたかっただけだから、気にすんな。

219 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 05:26:41
もうすぐ国際MFS会議から発表されるそうです。


220 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 11:19:05
私は、19世紀の西洋哲学を専門にしています。
原典で読めば、翻訳とも違った解釈が可能になります。
また国際的な学会に出席し発表することもありますが、
やはり語学力の不足を痛感します。
もう少し語学力があれば、もっと上手く表現できるのにと悔しくなります。
それでもいままで著作でしか知らなかった有名な教授と直接に話しができた時には、
至上の喜びがあります。
哲学を学ぶために外国語が必須であるとは、必ずしも言えないと思いますが、
数ヶ国語ができれば、可能性がより広がると信じて努力しています。
好きなことなら進んで努力できるものです。
博士号はドイツで取得しました。

221 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 12:23:49
> それでもいままで著作でしか知らなかった有名な教授と直接に話しができた時には、
> 至上の喜びがあります。

変な香具師がいるんだなあ。

222 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 12:37:50
>>218
また日本語おかしいし。

223 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 12:45:57
中国人留学生じゃないの?

224 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 12:49:31
帰国子女=残留孤児

225 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 20:37:09
>>220
文献研究者なら、それは正論だし、語学ができることはすばらしいことだけど、
僕自身が考える哲学とは、ちょっと違うかな。



226 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 20:50:20
>>220
ほぼ同意ですね。外国語の理解はその言語で書かれた哲学の理解を高めると思いますね。
その国の言葉や文法自体で、その著者の思考形式が決まってくるので。
例えば、英米語は演繹型(結論を出し論証するスタイル)、
日本は渦巻き型(結論・中心に向かってぐるぐると論を重ねていくスタイル)、
などといわれます。外国人と会話する機会が多いほど、
その人の出身国によって思考形式の違いに気付かされることが少なくありません。
相手の思考形式だけでなく、自分の考えを伝えるためにも外国語の習得は不可欠だと思います。

ただ、225さんのいうように「哲学する(生きること・考えること)」という意味においては、
外国語が必ずしも重要というわけではないですが・・・。

227 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 21:14:02
>>226
>英米語は演繹型
では古英語は何型ですか?

228 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 21:45:01
日本語が論理的コミュニケーションに向いていないのではなくて、
その使い方、日本的コミュニケーションが論理的コミュニケーションに向いてない
ということは確認しておいたほうがいいと思います。



229 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 22:06:28
>>227
んー、何型なんでしょう?(笑)。
226の分類は単純化・極論ですので・・・。

>>228
たしかにおっしゃられる通りですね。
「秘すれば花」的な日本のコミュニケーションは、
外国人にとってはまわりくどいかもしれませんね。

230 :考える名無しさん:2006/02/11(土) 22:21:55
>>229
訓練受けたはずの学者でさえ、しばしば日本的思考形式から抜け出せないのをみますと、
よほどのセンスがあるのでない限り、厳しい矯正・訓練(海外生活など)が必要に見えます。
哲学の場合は、センスの占める割合が大きいのかもしれませんが。

231 :考える名無しさん:2006/02/12(日) 00:41:57
だから前から1点じゃん。

西洋哲学を本当にまじめにやりたいなら、
日本の大学じゃだめなんだよ。

232 :考える名無しさん:2006/02/12(日) 00:45:18
>>228
日本的コミュニケーションが西洋論理的コミュニケーションに向いてないだね。
当然西洋論理はイスラームにも向かないし、中国にも向かない。逆もしかり

233 :考える名無しさん:2006/02/24(金) 19:55:13
age

234 :考える名無しさん:2006/02/25(土) 01:04:41
>>231
はたしてそうかなっぷりろ?

235 :考える名無しさん:2006/02/25(土) 06:12:15
「言語は文化だ」

陳腐か?

236 :考える名無しさん:2006/02/25(土) 08:42:05
>>225さん
220です。

>文献研究者なら、それは正論だし、語学ができることはすばらしいことだけど、
僕自身が考える哲学とは、ちょっと違うかな。<

私にとって、哲学するとは、哲学を学ぶことであり、
自分の考えを他人のそれと対話させることを意味しています。
そのために私は多くの(外国語の)文献を読みますが、
自分が文献研究者であるとは特に思っていません。

また外国語を学ぶことは、自分の母国語(日本語)をより鍛えることでもあります。
何より母国語が大切と思い、私は今でも漢字の書き取りを毎日しています。

237 :りくーつ・こねりー:2006/02/25(土) 09:01:47
>>235
陳腐じゃないと俺は思う
全ての哲学書がエスペラントで書かれていたら、というほうが陳腐だと俺は思う

238 :考える名無しさん:2006/02/26(日) 17:20:25
>>236
それはそれで立派な哲学観ですね。文句付けられませんよ。

僕の場合は、自分の問題(哲学の範囲をこえる場合もある)を、厳密に表現し解決や解消するために
何人とか関係無しに他人の知恵を利用します。だから、手頃によめさえすれば、原語どころか原典どころか二次文献でもいいわけです。
もちろん僕の問題は、哲学の定番的問題と重なるところもあれば重ならないところもあるので、何学というべきか分からないところもあります。
僕にとっては哲学とは、学問以前の厳密な探究の総称です。

239 :考える名無しさん:2006/02/26(日) 23:14:48
哲学が普遍性をもたないなら、語学力は必要条件になるな。


240 :考える名無しさん:2006/02/27(月) 01:57:33
>>239さん

>哲学が普遍性をもたないなら、語学力は必要条件になるな。<

仮に哲学それ自体が普遍性を持っているとしても、
それを行なう人間(哲学者)は、
さまざまな時代的なあるいは社会的な状況に制約されている(すなわち普遍性を持っていない)こととなる。
プラトンは古代ギリシャの時代のなかでギリシャ語をもって思索し、
カントやヘーゲルは18−19世紀の近代ドイツ社会の中でドイツ語をもって哲学した。
それを学ぶためには、当然に
>語学力は必要条件になる<と思う。

241 :考える名無しさん:2006/02/27(月) 03:34:53
765 名前:考える名無しさん :2006/02/09(木) 23:18:46
フマさん、
だからトクワンのネタ、面白くないって



みんながいってるw


766 名前:考える名無しさん :2006/02/09(木) 23:35:25
ピエさんの仕事って自宅警備員なわけじゃないすか。
自宅の警備に24時間体制で奮闘してるわけじゃないすか。


767 名前:考える名無しさん :2006/02/09(木) 23:51:13
>>765

激ワロス

「とくわん」wwww 一体何だよ?
君はそう読んじまったわけだWwwwwwww

完全なカンチガイ。厚顔無恥とはこのことだ。


242 :考える名無しさん:2006/02/27(月) 18:43:21
>>240
原語や時代や文化に制約を受けるということは、哲学が普遍的ではないないということの証明。
旧きよき哲学は、特殊な文化の特殊な思想にすぎない、というほうが妥当だろう。
ただしこれから普遍的哲学をつくりだすことが不可能かどうかは分からない。


243 :考える名無しさん:2006/02/27(月) 19:52:54
つ超越論哲学

244 :考える名無しさん:2006/02/27(月) 23:31:44
>>230
訓練受けたはずの学者でさえ、しばしば英国的思考形式から抜け出せないのをみますと、
よほどのセンスがあるのでない限り、厳しい矯正・訓練(在日生活など)が必要に見えます。
哲学の場合は、ノンセンスの占める割合が大きいのかもしれませんが。

245 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 00:34:01
>>242さん

240です。あなたのご意見には同意です。
でも私が、240で申したかったことは、
哲学それ自体が普遍性を持っているかどうかではなく、
最後の2行の、
「それ(哲学)を学ぶためには、当然に
>語学力は必要条件になる<と思う」ということです。
これについては242さんはどう思われますか。


246 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 08:07:19
伏見宮・男系優先皇位継承順位(皇太子殿下と同世代以下限定)

1.賀陽宮家:章憲王系男子2名(小学生)
2.杜玖椀宮家:朝融王系男子3名(未婚2名)
3.朝香宮家:直系男子1名(既婚)
4.東久邇宮家:盛厚王系男子6名(乳児1名)
5.竹田宮家:恒徳王系男子5名(未婚5名)

伏見宮・女系血縁優先皇位継承順位

1.東久邇宮:昭和天皇第一皇女成子内親王及び明治天皇第九皇女聰子内親王の子孫
2.竹田宮家:明治天皇第六皇女昌子内親王の子孫
3.杜玖椀宮家:明治天皇第八皇女允子内親王の子孫
4.久邇宮家:靈元天皇第五皇女福子内親王の子孫
5.賀陽宮家:靈元天皇第五皇女福子内親王の子孫



247 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 22:40:25
>>240
分析哲学以外は、原語で読むことが必要でしょう。
ただし、分析哲学でなくとも、問題意識や感じ方が、文化差を越えて類似している場合があるとは思います。言い換えれば、天然の人がいるということです。希少な例外ですけど。
つまり、ほとんどすべての普通の人は、原則として、分析以外の哲学を学ぶには原語でなければならない、ということが私の見解です。

248 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 10:21:25
独尊型の人は別として,一定の高度以上に登山しようと思う人は原語で読む必要
あるでしょう。これ当たり前。

>分析哲学以外は、原語で読むことが必要でしょう。
これは意外。「分析哲学の人は原語で読むことが必要でしょう」が正しいのでは?

249 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 12:35:36
論理学とか数学基礎論の本は、原語で読むことにさほどこだわる必要はなさそうだね。
もっとも、論理式や数式の言語を原語と言うんなら、たしかに原語で読むことが必要
だろうけれど。

250 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 13:03:16
世の情報の多くが英語で書かれていて,日本語で書かれた本の多くはその「翻訳」
というのが現実なのでは?とくに哲学のようにわが国でマイナーな分野では,大部分の
情報が翻訳されておらず,いろいろ勉強したい,となった場合英語ないし外国語
は必要。


251 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 13:08:30
近現代の哲学書の翻訳の数では、日本語への翻訳というのはもしかしたら
世界で一番多いかもしれないと思うが。それでも、もちろんある分野に興味を
持ち、もっと知りたいと思えば外国語が必要になってくる場合が多いのは
事実だけど。

252 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 13:10:14
「翻訳されてない本も多いんだから、それらを読むために外国語が必要だろ」
という意見と、「翻訳じゃダメだよ。原書で読まなくちゃ」という意見は
別のものだろうけれど。

253 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 14:42:08
>「翻訳じゃダメだよ。原書で読まなくちゃ」という意見
哲学者研究の場合,この意見にも一理ある。
考え方の論理的内容に関心がある場合,翻訳,原書にこだわる必要なし。
よい翻訳があればそれで十分。必要ならば,原書を参照すればよい。

254 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 15:09:12
>>248さんは、分析哲学に疎いみたいですね。
アメリカの多くの分析哲学者は、外国のものでも英文でばかり読んでいるし、
分析系の学会では原語を必ずしも重視していないようです。原語重視の伝統・イデオロギーはないようです。
分析哲学では、どう見ても、原語でないとどうしょうもないような独特の観念やイメージを表現しようとしている議論は少ないです。
そもそも、分析哲学が原語のニュアンスに左右されるようなら、分析哲学は自己矛盾を犯していることになるとさえいえるでしょう。
根本的に違う哲学観もあるのですよ。まさに哲学という言葉は多義語ですから。
私は、少なくとも、能動的な問題処理志向の哲学と、受動的な解読鑑賞志向の哲学とは、区別しておきたいと思います。

255 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 15:16:27
ラジカルな分析哲学の本質は、極論すれば、メタ哲学である、とさえいえるかもしれません。


256 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 15:26:35
オレは、語学学習やってるうちに、哲学より語学のほうがおもしろくなったよ。

257 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 15:44:44
>>254
すいません,「原語」というのは英語のことです。

258 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 15:55:09
っていうか、哲学ってなに?

259 :254:2006/03/01(水) 16:03:54
>>257
そんなこと当たり前でしょ。
もろにポイントずれてますね。
そんなアホ読みしかできないの・・・

260 :254:2006/03/01(水) 16:12:04
>257
異国の文献でも英文翻訳ですますということは、原語にこだわってないということですよ。
ここに彼らの哲学観があらわれていますよね。
わざわざ、ここまで説明しないといけないわけですか?




261 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 16:48:22
>260
何か誤解があるようですね。
われわれ日本人は邦訳ですますわけにはいかないのでは,邦訳の量から見ても,と
いうのが私のポイントかな。
分析哲学の人が基本的には表現言語にこだわらない,どの言語でも表現可能
なアイデイアを追求している,というのはおっしゃる通り。

262 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 17:18:18
分析哲学は似非哲学であるでFAでしょ。

263 :254:2006/03/01(水) 23:11:22
>261
先端の重要論文群を隅々までフォローしようとする学者は、
翻訳されている論文が少なすぎるので、自ずと原語で読まねばならない
ということですか? 
そういうことならば、当然、事実として承認するしかありませんよ。

264 :254:2006/03/01(水) 23:42:14
ある外国語の文献を我が物とするには、二つの壁があると思います。
文化・原語の差異から来る壁と、個人の才能・感性・問題意識の差異から来る壁です。
外国文献の解釈には、解釈されるテキストの性質と、解釈する個人の性質や事情とが複雑にからみあっているので、
どちらが本質的な壁なのかという問題には、一つの答えを与えることはできないでしょう。


265 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 00:48:56
「哲学する」と言っても、そこには様々な意味や現実があると思います。
人生の問題に突き当たった時に、
その解決の手助けのために哲学書を読むこともあるでしょう。
そんな時には、翻訳でも十分だと思います。
けれど哲学の諸問題について学会発表や論文を書くためには、
外国語の文献を原典で理解しなければなりません。
やはり専門的な文献はあまり翻訳されていませんから、
二次文献を読むためにも、
そこでは相当に高度の語学力が要求されるでしょう。

哲学を原典で読むか、翻訳で読むかは、
それぞれの哲学の場によると思います。
ちなみに私の場合は、私の専門はほぼ原典で、
それ以外の教養(あるいは趣味)のためには、翻訳で読んでいます。
古典的な哲学の基礎的な知識を得るためには、
すでに優れた翻訳もありますので、翻訳で十分だと思います。


266 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 07:55:04
>263
先端の重要論文群を隅々までフォローしようとする学者は、
翻訳されている論文が少なすぎるので、自ずと原語で読まねばならない
ということですか? 

イエス,かな。264,265には大きな異議なし。



267 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 10:21:36
西洋の哲学を日本語で語るのは難しくね?
ニュアンスまで含めて単語を訳出する、という難しさももちろんあるけど、
おれが言いたいのはそこではなく文構造に起因する難しさというか。

フラ語だとすっと書ける文章が、日本語だと指示代名詞をやたらめったら
使ってだらだら書くハメになる・・・てな経験したことね?

だから日本語では哲学なんてできねー、と主張する気はないんだけどね。
西洋哲学をやるんだったら外国語を知ってたら、人の言うことを理解する
ことだけではなく、自分の主張を伸べる際にも「便利」かつ「有用」なのは
間違いないような気がする。


268 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 12:48:08
哲学の専門家といっても、やっている哲学の意味に応じて分類したほうがいいと思う。
だから、僕は、文献哲学の専門家と、思索の専門家とを分けて捉えているよ。
それぞれの次元で専門論文がある、と考えている。
一般的学会論文は前者。文献の考証が本質。
後者は、読み手を限定せずに、ひたすら直接の問題自体の思索の展開に特化しているもの。
ウィトゲンシュタインや大森荘蔵や永井均は後者。
哲学は二者の協同作業。

269 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 15:58:31
>>268
シンプルに文献の専門家と哲学の専門家という区別でいいのでは?
つまり、誰それの何文献にある何論に執着している文献屋と、物事とは何か?(とは何か?)に執着している哲学屋との区別ということになる。

270 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 17:01:39
議論や思索の現場で、問題に応じて自然に臨機応変に哲学を使えなきゃ何の役にも立たないので、
哲学を使いこなせるようになる能力を育てる訓練をもっとすべきだ。
こういった実践から目を背けていては、単なるオタクの雑学レベルのガラクタとみなされてしまう。
現に最近、哲学科不用論が膨らみつつあるので、これを論破するためにも、哲学(教育)というものの再考・改革が緊要である。
哲学的なものは断じて無視できるわけがない。あらゆる思考や学問領域の根底に隠れ横たわっているものだから。
哲学者は、自分のやっていることの本質を把握し、その責任を自覚すべきだ。
さもないと、「役に立たない」という一面的正論=一面的短慮を退けることができないから。

271 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 17:15:40
哲学はもう死んでると思うけどなw

272 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 18:04:11
270
>哲学者は、自分のやっていることの本質を把握し、その責任を自覚すべきだ。
哲学の本質と社会的責任は重要なテーマ。あらためて,それは何でしょう?


273 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 20:08:12
外国語で書かれたの文献を読むことがどうとか言う話と関係ないんですが、
いろんな言語を学習することで、言語について考え多くの事例を知る機会を持つことって、
哲学をする上でものすごく役に立つような気がします。しません?

274 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 21:25:21
1.いろいろな言語を知っていることは、哲学をする上で役に立つ。
2.自然科学などいろいろな学問の知識をもっていることは、
 哲学をする上で役に立つ。
3.職業とか、結婚とか、離婚とか、病気とかのいろいろな人生経験を積むことは、
 哲学をする上で役に立つ。
1〜3についておまいらの意見はどうよ?



275 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 21:28:25
>>268-269
「文献屋」と「哲学屋」の別というのは、個人における態度の別であって、個人間の別ではない。
問いへの直接的思索なくして哲学文献を理解することは全く不可能であるし、
また「哲学屋」にとって古典的文献以上の「対話」相手は極めて稀有だと思うが。

276 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 22:50:16
>>275
文献理解での思索と、裸一貫からの根本的思索とは似て非なるものだ。
この差異が分からないとすれば、その人は経験したことがないということに過ぎない。
経験がないと、さっぱり意味さえ分からないかもしれない。
思索の素材は文献だけではない。ある程度社会で生活し日常語を使いこなせていれば、思索の素材をもっていることになる。
それどころか、直接の現実こそが真に思索すべきテクストである。文献は補助にすぎない。(文献が主になってしまっている人を文献哲学者と呼ぶのだろう)
しかし問題を表現する技術を学ぶには、偉人の思想の勉強は必要だろう。
また、古典文献との対話は非常に有効だが、距離のとり方も問題。溺れてはいけない。

277 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 23:20:39
>>272
哲学の本質 
常識やパラダイムやイデオロギーを括弧に入れること。
社会から相対的に自由な判断ができること。
物事を、抽象的・部分的ではなく、具体的・全体的に見られること。

責任
短慮(からくる暴走)を常にチェックし批判するという重大な任務にたいして責任がある。

278 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 23:30:06
>>274 
全部ほどほどに役に立つと思う。
厳密に役に立つかどうかは、個々人の持っている興味やテーマによると思うけどね。

279 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 01:11:21
>>276
「直接の現実」なんていうのは幻想

文献やデータに基づいた客観的な分析ができない奴の妄信



280 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 02:09:54
>>279
文献やデータも過去の「直接でない現実(というよりほとんど妄想)」に過ぎない

281 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 02:12:07
>>280
だからこそ「直接の現実」などないのだよ。

282 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 02:13:36
だからこそ「客観的な分析」などないのだよ?

283 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 02:15:04
>>282
文献やデータの分析には客観性はあるのだよ。

284 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 02:17:18
過去の妄想を妄想として客観的に眺めるわけだね?

285 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 02:19:29
>>276
「直接の現実」って何?

286 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 02:20:15
資料分析と哲学は異なるのだよ。

287 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 05:40:35
>>277
看板,理念で言えば,
大学における哲学の位置:諸科学を「綜合」し,必要ならば批判する
フォーラム
かな。
「大学」をはずせば,
人間や組織の諸活動の「意味」を問い,必要ならば批判するフォーラム
かな。
「評論」の高邁な形態。

288 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 09:11:35
>>276
>この差異が分からないとすれば、その人は経験したことがないということに過ぎない。
>経験がないと、さっぱり意味さえ分からないかもしれない。

>直接の現実こそが
なぜこのような詭弁を弄してまで、「哲学文献研究家」と「哲学者」を分割したがるのか、理解に苦しむ。
そんなに哲学書が嫌いなのか?

根本的思索は文献との真摯な対話の必要を解除しはしない。
根本的思索者は自らの思索を試練にかけ吟味し、より練磨するために、
単なる思索の素材ではなく、思索する他者、すなわちテクストとしての文献を何よりも必要とする。
他者不在の思索など一片の価値もない。
それは良くてもせいぜい「個人的な思想信条」であって、「哲学」ではない。

289 :哲学者:2006/03/03(金) 09:35:21
「哲学文献研究家」と「哲学者」は明確に異なる。
哲学者の集合はほぼ文献研究家の集合に包含されるがね。

290 :哲学者:2006/03/03(金) 09:40:34
>根本的思索は文献との真摯な対話の必要を解除しはしない。

必要ではあっても、十分ではないのだよ。
文献との真摯な対話のみで充足してしまうのが、文献研究家と呼ばれるべき者たちであろう。

言わずもがなだと思うが、わしは276の考えに賛同しているわけではない。

291 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:08:50
>>288
ではプラトーンは現代人よりもテキストを読んでいないので
哲学者度は低いのですか?

292 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:18:19
>>290
現役の「哲学者」の名前を挙げるとするとドナタ?

293 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:26:23
>>291
ギリシア時代の人物と、現代の我々とを直に比べるのは見当外れ。参照しなければならない文献量が全く異なる。

294 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:28:50
>>293
それは要するにプラトーンのほうが
現代人よりもテキストの対話をしていないということですよね?
それとも古代の人はテキストと対話していなくとも哲学者と呼べるのですか?

295 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:39:47
>>288
あなたは、強靭な哲学的思索を経験したことがないようだ。経験がないひとは的外れな屁理屈をこねがちだ。
考えるということは自分でしかできないことだ。他者不在以前に自分不在では、からっぽだ。
当たり前のことを確認しておく。
文献研究をほどほどにして問題の探究をするのが哲学者
文献研究自体が目的になるのが文献学者
文献研究といっても、いろいろな次元がある。単純化しすぎてはいけない。
こんなこと自明だね。問題はシンプルなことにすぎない。この区別を否定したがる人のほうが歪にみえる。
シンプルに見えないということは意味が分かってないということ。
自立的で根本的な思索=個人的思想信条としてしまうのも、思索というものに対する初歩的な誤解だ。
経験あるのみ!ウダウダ言わずに挑戦してみたらどうか?

本来、哲学の問題は、人がその中で生きている現実から見出すものだね。
現実は直接的で、文献は間接的なものに過ぎない。当たり前!
あなたには、哲学は、文献の中にしかないのかな?
どうしても分からないなら、まず初歩中の初歩の中島義道の本からはじめよう。


296 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:39:59
>>294 哲学者と言っても、
当時は小さなポリスのなかだけの話だったから、
現代の意味で普遍的に哲学者だったかどうかは不明。
ただ今は、二千年以上の歴史の継承を経て、
プラトンは古代ギリシアの歴史的な人物として
哲学者と呼ばれるようになった。

297 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:45:42
>>295
>人がその中で生きている現実

>>288じゃないが、
現実現実うざいよあんた。何を「現実」と見做すか、
現実の捉え方、現実に対する哲学的な見方は、
それこそ哲学的文献との対話を介して培われる。

それなしには、赤ん坊にとっての「現実」と同様、
「直接の現実」など説明不可能、理解不可能なお題目に過ぎない。


298 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:47:05
現実イデオロギー万歳!

299 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:49:17
288の偏狭な見解では、
少なくともウィトゲンシュタインが説明できないね。

300 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:50:28
294
プラトンはソクラテスのそばにいたんだ。最高級の対話圏に身を置いていた
んだよ。つまり完全に伝統を踏まえていた。当然ソクラテスも対話圏に身を
おいていたー彼の場合はその主人公だけどね。かれらが哲学者でないとすれ
ば,誰も哲学者ではないよ。

301 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:52:59
英語に比べると日本語は,聞き手に大きく,その話の内容の判断を委ねる.
と聞いたことがある.
言葉の厳密性を追い求める,哲学には日本語は不向きかもね.
だから,あんまり哲学盛んではないのかな.
考えるよりもやってみよう.
日本はそんな風土なのだ.
だから,物作りが強いのだ.

302 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 11:59:26
>>300
うん,ソクラテスとプラトンを哲学者の例にとり,それとの距離で
いろんなヒトの位置(哲学者度)を測るのは悪くないね。



303 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 12:01:45
>>297
ひどい的外れな曲解だね。
現実なんてものごころがついたら、誰もがもっているものだよ。
現実の中で生きていない人はいないよ。
哲学以前の問題ね。そしてその基底をなすのが日常生活。



304 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 12:03:33
所与の事象を「現実」として無批判で受け入れておきながら
哲学か。おめでてーな

305 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 12:05:16
現象学って知ってますかw

306 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 12:07:47
>>305
知っているとなんか良いことあるのかね。
それとも貴殿はそれでなんか真理でも見出したかね。
もしそうなら、それを開示してみせたらどうだね。
できないなら、すっこんでろ。

307 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 12:17:33
学問分野の名称を挙げるだけで、人よりも分かってる気になってる奴っているよねー。

308 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 12:22:50
>>303
じゃあ「現実」や「日常生活」とは何か説明してみ?

「現実」や「日常生活」は誰もが素朴に接しているからこそ、
哲学をするには、分かったようなふりをしたり、単純に
前提したりしてはならない「謎」なのだよ。

現象学的還元は「現実」や「日常」へのドクサをエポケーすることから始まる。

309 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 12:30:16
>>308
あれっ、それは反論ではないよ。
同意だよ。文句ないよ。
僕は、哲学を行う出発点・素材が現実だの日常だのといってるだけだからね。

310 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 12:36:55
>>309
だから、現実や日常を単純素朴に前提しないためにこそ、
過去の文献や哲学史の吸収によって、哲学的に批判的態度
を身に付けなければならないということ。

そのために文献研究は不可欠。

ウィトゲンシュタインは無学のまま哲学したかのような神話が
まかりとおっているが、大間違い。
ウィトゲンシュタインは、ラッセルを批判できるほど
当時の哲学には精通していた。

311 :308:2006/03/03(金) 12:52:30
>>310
だから、文献研究といっても、読み方の問題が本質的問題だよ。
文献研究が必要有益でも、文献哲学者になるということとは全然別のはなし。

ウィトの古典軽視(プラトンは時間の無駄というくらい)は事実。
ショウペンハウエルはきちんと読んでいたそうだ。

文献研究がゼロでいいかどうか、といういびつな問題設定をしてるのは貴方のほうではないのかな。


312 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 13:06:32
>文献研究がゼロでいいかどうか、といういびつな問題設定をしてるのは貴方のほうではないのかな。

はげしく同意。

313 :311:2006/03/03(金) 13:14:12
誰それの哲学文献にはものすごく精通しているが、誰それのコピー的見解しか述べられないのが文献学者。
自分の言葉で自分の見解を述べられるのが哲学者。
文献研究しているか否かが問題なのではなく、哲学しているか否かが本質的問題。
文献学者でありながら哲学できている人もいるから。(広松渉など)

314 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 13:15:53
クォックグーを知らんようだな

315 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 13:17:34
杜玖椀を知らないのだろうね、おそらく

316 :311:2006/03/03(金) 13:18:59
補足しておくと、哲学していても文献学者ではない人もいる。(ウィトなど)

317 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 13:19:35
>>311
>文献研究がゼロでいいかどうか、といういびつな問題設定をしてる
のは>>295=>>303だろ。
>>310はそれにアンチテーゼを返しただけだ。

318 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 13:34:58
哲学研究者で,文献研究のみやっていて肝心の哲学的問題と格闘していないヒト
なんている?

いれば,冷たい目で見られて仕方ない,自分はそうはなりたくない,
とはワタシも思う。



319 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 13:57:26
>>313
>文献研究しているか否かが問題なのではなく、哲学しているか否かが本質的問題。
そんなことは判りきっている。

いまは「文献研究のためには哲学が必要であり、哲学のためには文献研究が必要である」という見解に
関して議論しているんだろ。
それについてはどう思うのかね?
ウィトゲンシュタインの例があるから文献研究はいらない、では話にならんよ。

>>318
禿同。

また、文献研究に従事しない人々にも、
「文献研究と哲学は相即する」という「理念」は必ず保持されるべきだと俺はおもう。

永井均もどこかでいっていたことだとおもうが、

「○期○○における○○概念について」というような典型的文献研究は哲学的でない、
というが如き意見には一切同意できない。

320 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 14:17:34
>>319
前半同意。

後半
>永井均もどこかでいっていたことだとおもうが、

「○期○○における○○概念について」というような典型的文献研究は哲学的でない、
というが如き意見には一切同意できない。

これには違う意見。
「○期○○における○○概念について」という研究が典型的「文献研究」かどうか
わからないが,そしてこのタイプの研究が全然哲学的ではない,とも思わないが,
あまり面白いとも思わない。
ちがったスタイルの研究,問題に則した研究のほうがよい,と思う。

321 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 15:36:59
どうでもいいこと議論してないで、自分が哲学だと考えることでもやったら?
それとも、哲学に外国語が無関係かどうか考えるのが、おまいらの哲学なのか?w

322 :りくーつ・こねりー:2006/03/03(金) 20:25:10
>>274

> 1.いろいろな言語を知っていることは、哲学をする上で役に立つ。

哲学書や哲学の論文を読んで考え方を学ぶ上で役に立つと思う
結果として、自分が思索するという行為において役に立つと思う

> 2.自然科学などいろいろな学問の知識をもっていることは、哲学をする上で役に立つ。

自分が思索するという行為において役に立つと思う
こういった知識を得るために論文を読んだりするんだったら、
いろいろな言語を知っていることは役に立つと思う

> 3.職業とか、結婚とか、離婚とか、病気とかのいろいろな人生経験を積むことは、哲学をする上で役に立つ。

生きていく上で役に立つと思う

と、とうしろの俺が思ったりした

323 :313:2006/03/03(金) 23:14:23
>>319
同意だ。どんな哲学的思索であれ、多少なりとも文献解読に影響されているから。
ただし、何をすべきだとか何を読むべきだとかが決定できない、ということも強調しておきたい。
なぜなら、格闘すべき問題自体が決まっていないから。問題しだいでは、古典を軽視する可能性さえ残されているから。

ちなみに永井は「私・今・そして神」という本で、今までの哲学はほとんどダメで本当の哲学はこれから、と書いている。
また別の本で、学者的文献研究をしたことがない、と書いている。

どういう種類の文献研究をするかは問題の種類が決める、というのが妥当だと思う。
もちろん文献研究ゼロはありえない。

324 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 23:27:39
このスレ、永井がこう書いているとかいうことがよく出て来るんだが、
そいつが何を言っているかなんて、この問題にどう関係があるんだ?

325 :考える名無しさん:2006/03/03(金) 23:37:22
永井って『ハレンチ学園』の作者?

326 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 00:08:31
デビルマンじゃなかった?

327 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 00:16:43
永井は両方ともかいている。

間違いない!

328 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 01:23:51
杜玖椀を知らないようでは問題だよね

329 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 09:02:03
ここでいわれている「文献研究」と哲学者研究とは同じではないようだが,
ときどき哲学者研究を「文献研究」といいあらわしているようだ。

哲学者研究を否定するわけではないが,問題研究がメインになるべきだと
は思う。

330 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 09:49:44
「哲学に外国語は無関係」とか言う馬鹿に「問題研究」など不可能。

331 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 10:34:11
たぶん、問題を文献からではなく日常で自然に見出してしまうタイプの人(哲学病患者?)が、
問題の探究と文献の研究との差異に敏感になるんだろうね。永井もそういうタイプだろう。



332 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 11:07:45
本当は日常の問題自体が、様々な文献で考えられてきた
ことなのにねぇ。それを自分で直接に見出したかのように
感じられる感覚が病気ってことか。

333 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 11:33:56
いろいろな人の影響下で自分が問題を考えてさせられていることが
自覚できない人が、「自分で考える」などと言うのです。

334 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 11:36:44
永井の病状はすごいぞ。
文献読む前にすでに(幼少のころ)自力で哲学的問題を見出していたんだって。
そういう問題が哲学というものだ、というのを後で本読んで知ったそうだ。

335 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 11:59:33
「幼少のころ」と言っても、こういうスレに書かれているようなことであれば分かるんだが。
それを一足飛びに「哲学」と思い込んでしまうのは、やはり病気だろう。

子供の頃の変な記憶☆その15
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1141045401/
子供の頃にしてた奇行 part 4
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1127294232/
子供の頃考えていた意味不明なこと 2
http://bubble4.2ch.net/test/read.cgi/mukashi/1134005643/
子供の頃に思ってた勘違い3回目ヽ(・∀・)ノ
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news7/1121364246/

336 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 12:41:31
>文献読む前にすでに(幼少のころ)自力で哲学的問題を見出していたんだって。
そういう問題が哲学というものだ、というのを後で本読んで知ったそうだ。
これは別に不思議でもスゴイことでもないよ。哲学上の問題は基本的なものだから,子ども
も接触できるよ。

337 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 13:10:46
哲学の問題の中には、子供も接触するようなものもある。
独我論とか時間論の一部とかね。
一方で、子供は普通考えないような問題もある。

338 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 13:31:17
>一方で、子供は普通考えないような問題もある。
その通りですな。永井さんの名前がよくでるけど,本気で独我論を主張している
ようだね。誰か彼の「独我論」をコンパクトに説明してくれない?(何,自分で
読め!?話を聞くほうが手っ取り早いので)

339 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 13:53:21

サンスクリットの中動態を知らんようだな

340 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 13:59:10
1.独我論批判の議論がたくさんあるが、<私>には独我論の方が正しいことが分る。
2.<私>は子どものときからそれが分っていた。
3.このような天才である<私>の考えに間違いがあるはずない。→1に戻る。


341 :考える名無しさん:2006/03/04(土) 19:44:31
>340
ふーむ。これはウィトゲンシュタインの後期思想が克服しようとした考え
じゃない?

342 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 00:58:34
>>333
そのいいぐさじゃあ
ようするに無知なガキが夢想するタワゴト以外
全て自分の考えじゃない
ということになってしまうね

343 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 01:21:11
そうそう。大部分の人間には「自分の考え」なんてものはないよ。

344 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 01:34:07
自分の「独創的で主体的な考え」も、実はそれを
根底で構成している言語や社会の権力構造によって
語らされているにすぎない、というのが、
構造主義以降に踏まえられるべき常識ではなかったか。
バルトのいう「作者の死」だ。

345 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 02:01:01
あほくさ。そういったことは踏まえた上で、
なにか新しい捉え方なり切り口の発掘があるか、
という意味で「独創性」を議論すべきだろう。
そうじゃなきゃはじめからこんなスレはナンセンス。

346 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 02:02:45
>>344
はたして本当にそうかな?


347 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 02:04:42
単なる文献オタクの言い訳に悪用されがちなフレーズだな。w

348 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 02:17:41
>>345
「すべき」じゃなくてお前の考えでお前が言ってんだからお前が自分自身で展開すりゃいいだけの話だろ。

呆れた奴だな。

349 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 03:54:24
自分の「独創的で主体的な考え」も、実はそれを
根底で構成している言語や社会の権力構造によって
語らされているにすぎない、というのが、
構造主義以降に踏まえられるべき常識すらも、
単なる思い違いの結果に過ぎないかもしてない、といって誤魔化すのが、
哲学の歩んできた道のりではなかったか?

350 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 05:15:56
「作者の死」って面白い。サンクス。
>自分の「独創的で主体的な考え」も、実はそれを
根底で構成している言語や社会の権力構造によって
語らされているにすぎない
はひとつの見方にすぎないだろうが,独我論への警鐘,解毒剤にはなるね。


351 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 08:53:13
>>344
確かにバルトに限らず、アルチュセールの重層決定論やフーコーの言説権力論も大筋ではそのような考え方だよね。

実際、永井の独我論や竹田の現象学等は、彼らの独創どころではなく、日本の戦後民主主義の微温的風土の中に生きる哲学者ワナビー達に要請され供給された既製品の玩具に過ぎないだろう。

352 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 10:40:43
>竹田の現象学
竹田さんてどんなこと言っているの?
(向学ためお尋ねします)

353 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 11:03:26
>>351
そういうまとめ方は結構竹田っぽい。

354 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 16:22:36
>>351
戦後民主主義は、元をたどれば、キリスト教文化の奇形かな。



355 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 16:55:12
どんな領域であれ、絶対的に純粋な独創はありえない。あたりまえのことだ。もちろん、ウィトゲンシュタインでさえ、「根底の社会的なもの」で説明できるかもしれない。
しかしここで問題になるのは、にもかかわらず、
独創/非独創、という言葉(区別)が実効的に使用されうる、つまり無意味ではない、ということだ。
単に、独創なんてない、とい言い切ってしまうことによってある種の現実や本質を切り落としてしまわないのか?
社会関係・作用決定論だけで済ませてよいのか?
社会関係・作用決定論に対する決定的な反論(否定)は不可能であるとしても。




356 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 16:58:26
キリスト教文化の基本はヒエラルヒーだが。

357 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 17:05:23
いや、人権思想や平等思想はキリスト教の基本。

358 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 17:14:06
人権思想とは平等思想ってのは啓蒙主義以降の考え方なわけだが。

359 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 17:18:26
近代のはキリスト教の思想が生んだもの。
たとえば、キリスト教にいじめられたガリレイでさえキリスト教の信仰をすてなかった。

360 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 17:23:35
啓蒙主義はキリスト教の子、
マルクス主義でさえ、キリスト教精神が根底にある、という説もある。
すくなくとも、キリスト教のないところでは人権という観念は生じなかった。

361 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 17:31:38
ヤンセン主義者のことを念頭においているんだろうが、
彼らを異端あつかいして破門したのはローマ法王だった
りするわな。

キリスト教文化なんてのは長い間に変遷しているわけだから、
それを無視して、「キリスト教文化の奇形」などと言っても
何かを語ったことにはならない見本だね。
市井でインテリの振りをするのには役立ちそうだが

362 :考える名無しさん:2006/03/06(月) 10:35:24
議論の伝統があって,そこに未解決の問題があり,それを解く,というのが科学の
スタイル。哲学もおなじだろ。もともとの哲学のスタイルか。

363 :考える名無しさん:2006/03/06(月) 10:37:06
宗教モデルがあるから、未解決というよりは、理解できていないのでしょうね。

364 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 13:29:06
関係あるに決まってる

365 :考える名無しさん:2006/03/30(木) 21:57:24
ほんとうかな?

366 :考える名無しさん:2006/04/02(日) 20:03:37
英語読めてドイツ語読めない場合
原書がドイツ語のものなら日本語訳で読むより
英語翻訳で読むほうがいいですか?

367 :考える名無しさん:2006/04/02(日) 20:08:57
あげ

368 :考える名無しさん:2006/04/02(日) 22:52:39
何よりも、訳者の文献哲学者、翻訳家としての実力が問題。
訳者が学者として同レベルなら、ドイツ語の兄弟言語の英語訳のほうがいいだろう。

369 :考える名無しさん:2006/04/02(日) 23:48:23
あと外ではウォシュレットは使わんね。使い方しらんアホがウンコびっちゃーって
ウォッシュレットの射出口にぶっかけてる可能性を否定できないからな。




370 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 16:33:52
西洋哲学を楽しむに際して
独仏希羅は原典とその他2次文献を読むのに必要。
英は訳・注釈用の言語。なくてもかまわない。

371 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 21:17:18
訳・注釈用の言語ってどういういみ?

372 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 23:11:44
370のいう哲学は狭すぎるよ。
英米哲学が抜けてるからね。
現代において英米哲学無視は致命的。(現代では現象学と英米哲学以外はほとんど死んでいるから。)
旧きよき古典を愛でているだけでいいなら、それでもいいけど・・・






373 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 23:41:37
旧い哲学=形而上学はいうまでもないが、
英米哲学も死んでると思うけどなw


374 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 00:03:29
ワラってるアホ

375 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 00:10:23
哲学自体が死んでるだろ

376 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 00:11:17
あほ、死んでるのはおまいの脳だ。

377 :通行人:2006/04/04(火) 00:24:51
366>カントでも英訳の方が良いとドイツの学者も云つてゐる。
18世紀には標準のドイツ語だつたけど、今ではドイツ人にも分らなくなつてゐるさうだ。


378 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 00:26:09

                ...-ー、,-─ 
               .-=・=- i、-=・=-      .∩2z、
              ..   / ー-' ヽ        /  /
       こっちじゃよ?  . -=ニ=-       /`/
      ,  '    _   l´   '⌒ヽ-‐  /  /  } }  +
    / /     /       リ     |  |   /  ノ
 C、/ /        ╋  /      |  |/  /  //
&  \____/     (     ノ/ _/―''
 ⌒ヽ-、__/   ̄ ̄ ̄`ヽ   '´   /   十
      /  ̄ ̄`ー- ...,,_災__,/| /        +
              /   ノ {=   | |
 +            ∠ム-'    ノ,ィi、ヽ、
          十              ̄    ╋


379 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 01:03:20
>>377
どの翻訳が評判よろしいですか?

380 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 12:10:27
現代ドイツ語訳のカントがなかったか?

381 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 22:37:03
全然知らない英単語がなくならない。
まじウザイ


382 :考える名無しさん:2006/04/05(水) 09:26:17
きっと全然知らない日本語もなくならないよ

383 :考える名無しさん:2006/04/11(火) 02:54:47
           ,-――――――-.
           /           |  へいらっしゃ
          /           |
          /             |
         l"ゴキロー寿司   l    ゴキは絶不中トロ 
        ,、_lー-―――――‐--、/l   チャンスに打てずにドツボにハマチ
      !"'''';;、|.i'"_,,            |    自己中バントはイカが? 3試合連続タコって
     !丶_`イi "゛゛`''‐   ,.-''''゙゙゙゙''ヽ |"l'y,''"i  カレイにカサカサ チームにウニが溜まって
    ヽ...\ |! '‐=*ニ,>/.i <,ニ*=‐'  {;;iゞ  ,!  ゴキロー孤立でメシ食いにイクラ
     \.....〔:    _ノ i         |!゙.../ /
       \,|    (,"、 ,゙",!     l" /   チャーララチャララチャーララチャララ〜
           !  ,-‐ v ‐-、    ,i/
       /i:ト、;;i, <, <ニニニ> >; /ヽ__      ここのすし屋や日本一!
    r-‐'´i::::ハ;;ヾ、 ,゙''ー!r!!ノ´/i:::'i`i‐- 、_
   ::i' .l:i 'i::::i ヾ;;`‐---‐'i':/ i、 'i::! i::::i `   ゴキ食いねえ ゴキ食いね〜
   :i' i:| !:::l _,r.、;;;;;,r''´ヽi. ll::i i::i l:::'i



384 :考える名無しさん:2006/04/13(木) 00:16:06
哲学 = 外国語
外国語 = 哲学

385 :考える名無しさん:2006/04/13(木) 22:29:00
哲学=うんこ
外国語=しっこ

386 :考える名無しさん:2006/05/05(金) 01:22:59
>>385=ちんかす

387 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/05(金) 01:31:14
身のためにならないが有益なことと、身のためにならないし
無益でもないことがある。

388 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 06:17:54
文献蚤学者必死棚

389 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 10:35:39
↑釣れますか?

390 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 11:37:03
doukana?

391 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 21:43:34
>>>>1

どれだけの人間が在って,どれだけの考えが有ると思ってるの??

日本人同士の考えだけでスッキリするならどうぞ。



392 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 23:21:57
> 文献蚤学者必死棚

必死というか漫然とだね


393 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 23:30:00
>>391
その論法を徹底すると
ヨーロッパだけ何ヶ国語できても足りない。
全世界の言語をマスターしなければ哲学できないということになり、
だから、哲学者は全部失格ということになるが。
それこそ、どれだけの種類の人間がいて、どれだけの文化・考えがあるか真剣に考えれば、
こう考えざるをえない。
大きなスケールでみれば、1も391も五十歩百歩お互い様だ。

394 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 23:32:52
訳せるってことが大事なんだよ。大雑把に性的な意味で。

395 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/18(木) 23:53:06
意地なのか?w 発狂して首吊りそうになったことあるか?w

396 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/18(木) 23:54:30
あのときは、これ、こわれそうになったからなw

397 :考える名無しさん:2006/05/19(金) 00:00:13
処刑ライダーって誰と喋ってんの?

398 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/19(金) 00:02:18
お喋りしてるんじゃないのw

399 :考える名無しさん:2006/05/19(金) 00:04:05
何やってるのかさっぱり分かんねーよ?

400 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/05/19(金) 00:06:08
上層の連中は良く分かっておる。

401 :考える名無しさん:2006/05/19(金) 00:14:08
それも意味不明

402 :考える名無しさん:2006/05/19(金) 00:20:41
社会構造そのものが、いや、さらに、人間存在そのものが、
いや、さらに、牛糞とそこにわく蛆でさえも、
いや、さらに、宇宙の生誕そのものすらも
テクノロジーによって初めて規定されているということに
まだ気がつかないのかな?


403 :考える名無しさん:2006/05/19(金) 11:30:44
哲学 = 文学 = 外国語
外国語 = 哲学 = 文学

404 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 14:34:00
最近、修辞学に興味持ってレイコフの「レトリックと人生」なんて読んでるけど、
思考と言語には密接なつながりがあると分かる。
外国語で説明不能とは思わないけど困難だなぁと実感させられる。

405 :考える名無しさん:2006/05/23(火) 13:04:43
外国語ができない人間は翻訳されるまでチンポを咥えて待ってるつもりか?

406 :考える名無しさん:2006/06/06(火) 17:48:08
>>405

いやぁ親上京君悲惨だなぁw
潜伏スレを暴かれて照れ隠しに大暴れw
ぶひゃひゃひゃ
池田並みの単純自動スクリプトっぷりで天晴れじゃw

407 :考える名無しさん:2006/06/06(火) 22:43:49
外国語なんて筋力トレーニングみたいなもんだから、こつこと続けるのみ。
馬鹿でもでき、最も努力が報われる分野なんだから、あほらしい苦手意識で自分から放棄するなんてもったいない。




408 :考える名無しさん:2006/06/06(火) 22:53:30
哲学者って外国語の先生のことだよね?

409 :考える名無しさん:2006/06/06(火) 23:13:15
408>
悲惨だが、現状ではそうですなw

410 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 15:01:38
外国語に詳しいだけでは哲学はできない

411 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 16:15:39
脳に癖があればだれでもできます。芸術家と似たようなものですね。
なぜか本など読まなくても似通った考えに進展するもの。
おそらく哲学をする人間にも発育上の偏向性、社会的な共通性があるのでしょう。
あとは言語力やら熟語の使いまわしで個性を磨けば立派に哲学。
題目を観点に分析し、しゃべれば、分析脳と呼ばれる左脳の前頭葉も活性化し、質をつくる。
これが循環して哲学者となるのですね。

412 :考える名無しさん:2006/07/12(水) 22:33:30
安易にすぎるよ

413 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 02:34:29
次!

414 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 03:20:06
>>1は正論
外国の文献を読んで勉強することが哲学だと勘違いしている輩が多すぎるのが日本哲学界の通弊だ

415 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 05:49:59
で、君の考えではどうすることが哲学なんだね?

416 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 05:56:05
〜だね?〜かね、〜したまえ、〜だとも、
とかいっちゃう奴は翻訳小説に侵食された日本語をまずなんとかすべき。

417 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 06:05:38
そもそも、職能的哲学は芸能の一種であるからして、幇間的自覚を持たざるを
得ない。このためには、周到なる気配り、あるいは身分・秩序への敏感さが
必要とせざるを得ない。
かくのごとき才覚は商人に似たるものであって、良きパトロンを得れば栄達も
夢ではないとぞ覚ゆるものなり。



418 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 06:08:38
>>51
いいねぇ〜、それ民族言語だろ?ノスタルジックだね。

419 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 06:13:36
>417
いとあしざまにてつきづきしとおぼゆ

420 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 08:52:01
日本人は外国語を学ぶには有利だよね。


421 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 09:42:30
>>420
なんで? むしろ不利だろ。外国人少ないし。

422 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 10:00:53
>>421
・外国語として難解な日本語を母語としているから、外国語を客観的に把握しやすい。
・先進国の言葉の研究、翻訳などが結構進んでいる。
・金がある。

423 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 10:08:51
母語のように外国語を駆使できるようにすることが,外国語の勉強だというなら逆に不利だけど、外国語を知るためには有利


424 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 10:54:18
外国語を判った気になるには便利かな

425 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 12:51:16
もし422のように英仏独語だけが外国語(あとギリシャラテン)だという
スタンスなら、日本人は決定的に不利だよ。そんなのラテン語を勉強
したらわかることかと思ってたが、違うんだ。

日本の優位性というのは、いわゆるマイナー語でも翻訳者がいて
本が出版されてたり、教材が売ってるとこだと思う。


426 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 20:12:07
堵虞慧螺くらい知って置けよ

427 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 20:43:58
哲学科の先生は
外国語の勉強にちょうどいいやって思ってるんじゃない?

428 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 03:48:15
外国語で論文執筆できるほどの語学力がないのなら
外国語が「できる」などと驕ってはいかん。

429 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 04:19:34
書けない話せない聞こえない

できる言葉も少数のヨーロッパ語だけ

語学板基準では底辺ランクだな。

430 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 07:52:13
だまれ爺!


431 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 08:28:26
下らねー。
明治大正生まれじゃないと尊敬できる爺はあまりいないからなー。

432 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 08:47:59
最近のオヤジは虚栄心ばかり強くて骨がない。敗戦の残影だ。
昔は骨太のオヤジも珍しくなかった。


433 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 10:39:45
粋がるな坊主。
戦後は精神を貧困化する社会的な圧力が強かった。
子供が逆らえる圧力ではなかったのだよ。
何より生き延びるだけで精一杯であり、精神が省みられなかったのは仕方のないことだった。


434 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 10:51:34
語学板は3〜4言語は読み書き話す自由自在で国際会議で自由に討論できるとか
15ヶ国語くらい読めるとかざらだからな。

435 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 10:55:22
>>425
その通りだと思いますね。
とすると、哲学研究にとってそれは
どのようなメリットになると思いますか?

436 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 10:59:00
まず形を繕わなければならなかった。
容器がなくては何も入れようがあるまい。
形だけでもまず整えるのが当然優先されるべき悲しい仕事だったのだ。
戦争の痛みだ。

437 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:01:47
>435
専門以前の部分では仕入れられる情報の幅が広がることだと思う。

438 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:03:55
外国語で論文を書けない程度の語学力で翻訳されてもな〜
誤訳ばかりになるんじゃね?

439 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:04:05
>>429


哲学を知らんようだね?

                  r'"⌒ヽ
                 /◎ω ◎\
             ,____/ヽ  -==- /
          r'"ヽ   t、  ヽ___/
         / 、、i    ヽ__,,/
         / ヽノ  j ,   j |ヽ 
         |⌒`'、__ / /   /r  |
         {     ̄''ー-、,,_,ヘ^ |
         ゝ-,,,_____)--、j
         /  \__       /
         |      "'ー‐‐---''
        ,ハ    ,ィ'   ,;-ゝ、
        /ミ`ーt!,_,ィ-‐彡''"^ヽ
        /  ヾ::::::::::::::::r''"  ぃ ;}      
       l   t:::::::::::/    ノ /       
       l!   `'T7′   / /


440 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:06:17
語学力としては全然ダメダメだという事実にはかわりない


441 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:07:39
辞書引きながら独仏の現代語読める程度で、あたかも
ものすごいことができるような顔されてもなあ・・・・・・




442 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:10:01
読めるだけなのがショボいんじゃなく、哲学の奴は白人思想学だから
決まりきった西欧語しか読めないことがショボいんだと思う。
歴史学も5言語くらい読めないとやってけない部分があるが、その
言語も実にさまざまだからな。

443 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:16:24
戦争の被害者って哀れだ。
戦争禁止すべき。

444 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:31:59
戦争って怖いね。
別に原爆被災者じゃなくても後遺症で子孫まで苦しむ。
だから戦争は終わらないのかもしれない。

445 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 11:35:14

スレ違い。こちらでどうぞ。
>>443>>444
正しい戦争。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1087306810/


446 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 12:01:55
インディアンが土地を奪われて、白人を付けねらったのを思い出すね。

447 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 12:22:18
┐(´ー`)┌

448 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 01:29:32
外国語で論文を書けない程度の語学力で翻訳されてもな〜
誤訳ばかりになるんじゃね?




449 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 02:52:49
哲学書はどれほど読みにくい悪訳をしても、読む側に変なプライドがあるから
ムリに理解、解釈しようと必死になってくれる。変な語彙を使うと却って喜ばれる。
読み手責任で全てが進むから、訳す側には天国。コミュニケーション論からいえば最低だが。

450 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 03:56:54
つまり、見える者にしか見えないのだよ。

451 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 03:58:38
翻訳者にも見えてないけどなw

452 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 09:50:50
良い翻訳書に出会ったことのない人の愚痴は惨めですね。

453 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 14:13:17
同じドイツ語やフランス語を訳しても、訳す奴のギリシャ語ラテン語の
素養が深いと奇妙奇天烈なカタカナ語はでてこなくなる。

454 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 20:11:30
日本語力の欠如が珍妙な訳を生み出している

455 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 20:17:26
語学力あっても、国語力が欠如。
おまけに哲学に文学、詩学を持ち込むのが、悪訳。w


456 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 20:30:56
>変な語彙を使うと却って喜ばれる。

いかにも頭の悪い人間の発想だね。

457 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 21:51:25
そうかなあ。俺もミメーシスとかアフォーダンスとか、ドラマツルギーとか、
そういう変なのどうにかならんのかなって気するが。

458 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 00:34:15
堵虞慧螺轡簸も読まずに哲学を語る奴は痛いなぁ

459 :考える名無しさん:2006/08/20(日) 01:52:22
哲学書を原書で読みたいから、外国語勉強するっていう人、
多いと思う。

無関係でもいいことだ。

460 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 13:25:58
いいことだが無関係だ

461 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 15:13:14
哲学やってる人の外国語力は結構低い
欧米の哲学者と英語や独語や仏語でディスカッションすらできない奴が多過ぎ

462 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 15:18:58
しかし外国語でしゃべりまくる奴ほど
中味空っぽのバカ発言しかできないんだよな。

463 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 15:19:42
外国語で議論できない程度の語学力で哲学を語る奴は痛いw

464 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 15:22:49
>>463
西洋哲学をやるなら、英語・独語・仏語・ラテン語を自由自在に使いこなせるのが必要条件だろう。

465 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 15:23:40
廣松渉は一度も海外旅行したことがないし外国語で喋ることもないが、一流の哲学者だ。

466 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 15:26:43
>>464
古代ギリシャ語も必要

467 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 19:07:59
外国語で討論できるより、何語であれきちんとした論文が書ける方が良い。

468 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 21:54:59
ん?外国語で論文書いて査読つきの海外誌に載せるくらいは、落ちこぼれ学生でも出来るだろ。
だが、そのレベルの語学力で西洋哲学を学び始めるのは無謀きわまる。
外国語で専門的な討論ができる程度の語学力を身につけろ。哲学を学ぶのはそれからだ。

469 :船橋キチガイ:2006/08/23(水) 22:03:00
コーヒー買ってきます。

470 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:26:41
>>1は数学・記号学・論理学がバリバリに出来る人間だけに許される発言。
文系哲学の場合は基本的に思想史だから語学が出来ない人間は失格。

471 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 23:01:05
ヘーゲルやドゥルーズは、ものすごいたくさんの哲学を研究しているように見えるが、
語学はそれほど得意ではなかったようだ。

472 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 23:03:47
フランス語の達人だったそうだが?

473 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 23:21:53
広松渉は、若い頃は語学はサボり気味で、
むしろ翻訳書でいいから他分野の本の濫読に励んだ。
語学に熱心になったのはだいぶ後のことである。
新たな哲学の構築という目的にとっての優先順位を知っていたからだろう。
ただし、思想文献研究者になるという目的にとっての優先順位なら、語学をもっと優先すべきかもしれない。



474 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 09:09:05
哲学研究は文化研究だからね
外国語が出来ないと研究できない

>> 473
廣松程度の思想家なんて掃いて捨てるほど大勢いるよ

475 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 11:26:30
>>474
>廣松程度の思想家なんて掃いて捨てるほど大勢いるよ

例えば?


476 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 12:54:08
下には下がいる。下を見て安心しているようでは駄目だ。

477 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 13:01:28
廣松レベルの思想家は世界的にもあまりいない。
外国語なぞで討論できなくても、一流ならば翻訳者が自然とつくものだ。

478 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 13:09:06
>>470
その通り。

479 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:23:52
ドゥルーズは、指導教官のとき、学生の語学力はあまり気にせず、
論文内容のみをみていたそうだ。

480 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:30:38
フランスのいい加減哲学はお手本にならない。

481 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:41:16
日本語でも討論できない俺等が何をwwwww

482 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:45:41
パリに行ったときに女の人にぶつかってごめんなさいしたらにっこり微笑んだ。フランスの女の人は優しい寛容なのか。

483 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 18:55:30
ドゥルーズも広松も凡庸扱いするほどの哲学ってどんな哲学なんだろう?
まさか、語学力が大したことなかったと言われるヘーゲルまでそういう扱いか?
でも、語学力だけで測定すればそういうことになるわなw

484 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 19:00:27
馬鹿だな。日本の大学でやってる「哲学」なんて所詮は文献学なんだよ。
語学が×なら存在意義ないでしょうが。

485 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 19:36:00
うちの先生もそうだけど、多くの大学の先生は、
哲学と哲学文献学とは違うという自覚はもっている。
問題は、そういう現状をどう考えるかだな。
これを、強く肯定するのか、開き直るのか、強く否定するのか。
まあ最終的には哲学観の問題だろう。




486 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 20:18:30
哲学と哲学文献学を違うという認識を持っていても、
西洋哲学に関していえば、日本の大学で出来ることは文献学だけなんだよね。

最悪なのは、本人は哲学をやっているつもりでも、実際には文献学を
やっているケース。まわりが大迷惑するんだなぁ、これが。

487 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 20:35:07
はげ同
そういうやつにかぎって、自分の頭で考えるというのは幻想です、とたわけたことを言うw


488 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 21:30:28
文献学・思想史学でない哲学は論理学・記号学・数学を基礎とした数学だろ。
これは日本の文系哲学では成り立たない。語学の壁が関係ないこの分野で日
本人の査定論文の発表がみられないことからも明らか。数学も語学も出来な
い奴は哲学学ぶ資格なし。

489 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 21:45:01
「論理学・記号学・数学を基礎とした哲学だろ。」の間違い。メンゴ。

490 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 02:21:48
>>488
正論すぎると物議を醸すのが日本なのです。

491 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 02:23:39
馬鹿が自分で考えるって...

492 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 02:28:34
ま、日本じゃ相対的に言って馬鹿しか集まらんからな。
文化の差はどうしようもない。
もともと哲学には向いてないんだよ。

493 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 02:35:45
うわーなんかすげーのが来たなwww

いまどきいるんだ。こんな1870年代くらいで思考がとまってる奴www

494 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 02:38:52
世界から相手にされてない業界で安逸をむさぼって悪かったなwww

実は君もこういう立場になりたいんだろ?

妬め妬めwww

495 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 02:40:33
「www」とか添えてるバカが「学問」なんて世の中進歩したのか退廃してんのか...

496 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 02:41:43
>>495
うわーなんかすげーのが来たなwww

いまどきいるんだ。こんな1230年代くらいで思考がとまってる奴www


497 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 06:01:05
哲学の奴ってできる言語も限られてるし、基本的に1スキル
しかないからな。語学力として評価するなら非常に低いね。

最近、音声学と統語論の体系的な訓練受けてない語学教員は
採らない方向にどんどんいってるし、学生もプラクティカルな教授法を
や具体的なスキルを求めてる。あと教育支援技術の進歩で
コールを使いこなせない語学教員は明らかに淘汰されてる。

語学教員として生きてくのもこれからますます難しくなるよ。

498 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 10:47:24
論文書いてない教授は馬鹿にされるようになったね。
昔は「教授」というだけで尊敬されたものだけど。

日本史・法学・考古学などの学科以外は英語で論文を出すことが要求されるよう
になったとき役立たずの烙印を押されて石投げられる哲学科の教員多いだろうな。

499 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 10:51:51
「哲学に外国語は無関係」。
だから国際語である英語での論文の発表が要求されるわけだ。
いい哲学の論文書けば英語に訳して査定のある雑誌に載せることが出来るだろ。

500 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 16:06:24
>>498
>日本史・法学・考古学などの学科以外は英語で論文を出すことが要求されるよう
俺、法学のある分野の教員だけど、ドイツ語で論文書くことが要求されることがあるよ。
ドイツ人教授の70歳記念論文集とかに投稿を求められる。
英語はまだないなぁ。俺の分野だと英語はないかも。他の分野の法学者なら英語もあるかもしれない。

501 :考える名無しさん:2006/08/28(月) 23:59:19
>>499
実は哲学の場合、査定ってのがまた問題なんだよなあ。
中立性の担保が困難なんだよ。
いや、もちろん査読誌に論文出さなきゃだめだろってことには同意なんだけど。

502 :wwwwwwww:2006/08/29(火) 04:30:20
公平な判断基準があろうはずがないw
内容考えれば明らかだろ

503 :考える名無しさん:2006/08/30(水) 23:47:47
もちろん文芸批評のようなものなら主観的な価値判断次第だから公平な査定なんてない。
でも文献学としてなら緻密な資料分析という基準で論文の内容の公平な評価は可能。

504 :考える名無しさん:2006/09/02(土) 18:27:32
ああードイツ語できるようになりてえよ〜

505 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 04:10:21
>>496

もうひとつ質問しよう。ラカンが聴講していたコジェーブの講義は
次のうちどれか。

法の現象学に関するもの。精神現象学に関するもの。カントに関するもの。
その他。

ふふふ。どれでしょう。素人君。学者を舐めんなよ。


506 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 11:44:12
>>505
2番じゃね?

507 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 12:11:32
ラカンが聴講していた講義を知っているだけで、給料が貰えるとは
たいそうなご身分ですな。

508 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 12:52:02
文献学をやるなら外国語は必要ですね
哲学をやるなら物理や数学が必要です

どちらもできない人には2chが必要ですwwww

509 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 00:16:20
              「\       .「\
               〉 .>      〉 〉
               / /      / /
              /  |        /  |
              /  /      /  /
             (  〈 .    /  /.
              \ `\   |ヽ |
               \  \ /  |
                 ヽ  `´   ノ
                /      ノ
               / l`、  ノ  ノ
           ,...-‐''"  _.l::::`ー,=-'(
         /     ´ ,.!_;;;:r''..   ` 、
      ,...-‐'   _,....-‐'"  `'-、::    ` 、
     /..  ,....―'"        `ー、__  `l
    /_;::::-'"            /::::::::::::::::ノ
 ,.../._r'"               ヽ`''「 ̄ ̄
(__ノ'                 \_\





510 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 20:49:02
X-man

511 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 00:47:54
ラカンが聴講していた講義を知っているだけで、給料が貰えるとは
たいそうなご身分ですな。


512 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 01:36:53
哲学でもそうですが、第一線で思想を展開する人、それに共感して
追随する人、その解釈に走る人、信者のように信ずる人
講壇では、どうしても殆んど受け売り信者ですからね。
哲学科の学生は特に殆んど

513 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 01:39:16
つづきですが、ハイデッガーの場合、「存在と時間」が頓挫して
講義は殆んど他の思想家の解釈に回ったほどですから

514 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 02:55:13
それ哲学に限ったことじゃないだろ

515 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 03:40:04
音楽にもいえるね

516 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 13:16:09
木田元は、ハイデガーは哲学史家だと言ってるよ。
とは言っても、ほとんど自分で哲学してない哲学史家なんて次元とは違うわな。

517 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 13:17:59
「国文学」があるんだから、「国哲学」があったって
よさそうなもんだと思うが。

518 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 06:27:04

繰り返して申しわけないが。。。


世界=思想 なのだよ。

そして哲学=砧歩 が正しい認識。

これは否定の仕様がないのだ。

論破などとは無縁の世界なのだが、それがわからないのだろうか。

論破は論破亞室でどうぞ。




519 :τεστ:2006/09/17(日) 09:44:20
사분오열

520 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 03:45:20
真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを
自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたこ
とがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる
民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。
それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立た
しめ民衆に伍せしめるであろう。近時大量 生産予約出版の流行を見る。その広告宣
伝の狂態はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する全集がその編集に万全の用意を
なしたるか。千古の典籍の翻訳企図に敬虔の態度を欠かざりしか。さらに分売を許さ
ず読者を繋縛して数十冊を強うるがごとき、はたしてその揚言する学芸解放のゆえん
なりや。吾人は天下の名士の声に和してこれを推挙するに躊躇するものである。この
ときにあたって、岩波書店は自己の責務のいよいよ重大なるを思い、従来の方針の徹
底を期するため、すでに十数年以前より志して来た計画を慎重審議この際断然実行す
ることにした。

521 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 00:09:46
世界から相手にされてない業界で安逸をむさぼって悪かったなwww

実は君もこういう立場になりたいんだろ?

妬め妬めwww


522 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 02:04:25
今日のぼやき「722」
http://www.snsi-j.jp/boyakif/wd200601.html#1101
副島隆彦の言うことは信じられない、などど逃げ回ることができなくしてやろうと思います。すくなくとも
私たちのまわり(周囲)にまとわりついて、私たちから知識、情報の泥棒をしに来ている薄汚い連中の脳に、
大きな真実のばい菌(ウイルス、virus ヴァイラス)を注入してやろうと思います。発病まで何年かかかる
でしょうが、それでも、私たちが見舞う真実爆弾は、「現実はこのままであり、受け入れるしか仕方がない
ものだ論者」どもの脳を侵蝕してゆくでしょう。ざまあみろ、ということです。
(中略)
過去150年間の、日本の政治知識人たちの、能力の低劣と、思わせぶりの嘘八百理解と、意味不明文をあり
がたがって、それで、「自分は、これでも、日本では政治知識人だ」と思いこめた、土人のまじない師たちの
哀れな姿の問題を、何とか、継承して、表に出して、そして、「少しでも克服する」ではなくて、本当に、
大幅前進させなければならない。これは、私の決意だ。私の人生に遺された重要な、コトバ研究の分野の仕事だ。
(中略)
急いで、弟子たちに、『政治思想の本の真実読み破りと、なめらか訳の技術の伝授』をやってしまいたい。
そうすれば、以後は、私の弟子たちが、すぐれた翻訳をやって、むずかしいがしかし定評のある外国書を
日本人知識層が、嘘つきではなく、知ったかぶりではなく、いいかっこしいではない、西欧の最先端思想
を自分だけ知っている、分かっている風の、だましの思想の嘘輸入がなくなる。これを、なんとしても、
はやく実現しなければ、いけない。


523 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 04:33:42

>講義は殆んど「他の思想家の解釈」に回ったほどですから

やっぱギリシア・ラテン語読めないとだめってことじゃん

524 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 07:19:52
223 :名無しさん@社会人 :2006/10/12(木) 15:15:15
だから、ポスモダってのは勉強したくない、確認作業したくないというグータラが、
それでも何とか賢こぶってカッコつけるための小道具だから。


224 :名無しさん@社会人 :2006/10/12(木) 17:09:46
だから、ファッションってのは勉強したくない、ダイエットしたくない
というグータラバカ女が、それでも何とか着飾ってカッコつけるための
小道具だから。まあ、それでも多大な需要があるw


525 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 14:24:20

趣味で哲学をやるにしても、翻訳されてない哲学書を読みたくなることは
あるわけで、外国語の勉強は大事だと思うよ。
それとね、卒論を書くときに、学部生はまだ原書を読みこなすだけの語学力は
無い人が多いから、翻訳に大いに依存すべし、ただ、この部分はキーになると
思われる部分は翻訳ではなく原語で読めたほうが良い、翻訳だと、どうしても
伝わらない部分があるから、自論も鍵になる部分だけでも読めるだけの
語学力はあったほうが良い・・・これ某教授から聞いた話です。

526 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 16:49:58
こんなスレ見てるとおれみたいに必要性に応じて英語ドイツ語ギリシャ語ラテン語フランス語、さらに最近オランダ語イタリア語デンマーク語ロシア語、あるいはアラビア語サンスクリット語


なんて勉強しなきゃならん人間って

527 :考える名無しさん:2006/11/01(水) 03:46:41
>>526
堵虞慧螺簸轡を知っているかな?

528 :考える名無しさん:2006/11/01(水) 23:03:03
ごりごりの文献研究をする場合、ほどほどの文献研究をする場合、論理構造や思考パターンを研究する場合など
文献解読にもいろいろな方向があるわけだから、特定の方向のみを絶対視するのは、独断的偏見だ。
そして歴史的にみても、哲学という営みはかなり多様で柔軟である、と言わざるを得ない。

このスレの語学絶対派とそのアンチとの対立は、
自己の狭い哲学観に束縛された者どうしの不毛な信念対立であろう。

なぜ、論理的思考訓練をしているはずの哲学徒がそんな不毛な信念対立に陥るのか?
これは実に興味深い問題である。






529 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 18:13:50
実はもっと本質的な対立がある。

1、哲学をするのに哲学書を読むことは(絶対)必要か。

である。

2、読むとして、原書で読むべきかどうか。

は、そこにまた別の問題が付け加わっている。

さて、私の意見。

1、もちろん、読まない必要ないが、不可欠ではないことは常に自覚すべきことだ。
ソクラテスは哲学書を読まずに本物の哲学した。それは可能だし、今日なお可能だ。
この自覚こそが、「哲学」をはじめて可能にするのだ。

2、原書を忌み嫌う必要がないが、これまた不可欠ではないことを知るべきだ。
イギリスの大学でウィトゲンシュタインの『探究』などの演習に出席していたが、
院生たちは誰も(ドイツ語等の)原文を参照していなかった(俺だけだった)が、
きわめて高度の議論をしていた。一度gameという概念の話になったとき、
ドイツ語のSpielとの意味の違いについて発言したら、先生に褒めてもらえた!
(その時だけだった(涙))。

530 :考える名無しさん:2006/11/19(日) 18:51:37
哲学をするには歴史や自然科学の素養が必要
哲学文献学をするには語学の素養が必要

このスレは終了でいいよw

531 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 07:31:30
哲学といな営みを客観に的にみれば、
語学とは無関係という見解も、語学は不可欠という見解も、
どちらも正しいと言わざるを得ない。

529の、必ずしも哲学書を読む必要はない、という見解は、
必ずしも読書家みたいにたくさん読む必要はない、という意味なら正論だと思う。

532 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 09:19:45
1 俺は,「自分が哲学してるのと同じテーマの文献なら読む必要がある」と思う。
(理由)
哲学のテーマは,一部の天才を除いて,人間の短い一生のうちに解決できるような問題ではない。積み重ねられたものの上にさらに,何かを積み重ねることが重要。
また,自分がAという主張をしたとき,過去にAの主張をした人がいるなら,その人の考え方とその人への批判を知ることは発展へとつながるし,
自分が考えもしなかったBという主張を吟味することも,またAという主張の確実性を担保するために必要。

2 俺は,「読む必要のある文献ならば,可能な限り重要なタームの原義を理解することが必要」だと思う。
(理由)
誤読の可能性を減らすため。





ソクラテスみたいに,テーマを自分で設定したなら,そりゃ最初からやればいい。もちろん,自然に触れるなら自然科学の文献をよまなくてはいけないけど。

533 :考える名無しさん:2007/01/07(日) 03:15:11
次どうぞ。

534 :考える名無しさん:2007/01/07(日) 08:16:26
翻訳は、原典を参考にして、
オリジナルを創作するようにしないと、
意味不明になります。
ですから、翻訳は、翻訳者のオリジナルと思って、
呼んでください。
正しい翻訳など存在しません。
ですから、
原典に体当たりするのは、いいことです。
ただ、中途半端にしかできないなら、
止めた方が、いいですかね。
それより、いろいろな訳本を比較するという手法の方が、
より、原典に近いところへ、たどりつけるかもしれません。
教える側としては、
なかには、ものになる奴もいるだろう、
程度の期待ですか。
Wer keine Fremdsprache kennt,kennt eigene Sprache auch nicht.
を実感してもらいたいのかな。


535 :考える名無しさん:2007/01/07(日) 10:17:46
英米の哲学者は、なんでも英訳で読んでいるな。
(英訳のないものなんかそもそも読まないらしい)。
それが、彼らの創造性の秘訣かもね。

536 :考える名無しさん:2007/01/07(日) 10:27:31
>528-529
ひとつだけ確実なことはお前が空虚な竹田信者であることだな。

537 :考える名無しさん:2007/01/07(日) 19:39:02
自分の立場と違うやつは、全部竹田信者に見えるのか?

538 :考える名無しさん:2007/01/07(日) 20:16:58
まあ、極論すれば、
他人の思想(の表現)の理解・解読・解釈とは、
自分の思考による、他人の思考(の表現)の翻訳だ。

だから当然、原典解釈者は各々、自分の解釈する原典・自分なりの原典を持っており、
ある意味では、原典は複数あるとさえ言える。

唯一の正しい解釈が果たして存在するのかどうかということは、論理的に決着を付けられる問題ではなく、思想の問題であろう。






539 :考える名無しさん:2007/01/09(火) 00:31:29
(副島隆彦の学問道場「今日のぼやき」[2000.3.6]より引用)
宮台真司(みやだいしんじ)君や、その他のまだ、ポストモダンを 言っている人たちがいるようですが、残念ながら、
もう世界規模では捨てられた思想です。今の 37歳ぐらいから上の人間が、感染している病気です。
東なんとか君の本など、どうせ何をいいたいのか、なにを、かいているのか、わけがわかりませんから、ご心配なく。
はじめから、この人たちは「読者にわけが分かるようには」書きません。

「 大正デモクラシー」のころの(ロシア・ボルシェビキ革命の世界的、影響です)からの「新カント学派」の影響で、
とにかく訳(わけ)が分からないように書く。読者より自分の方が頭がよいように思わせるように書く。
これが、この手の人たちの本性です。愚劣きわまりない伝統であり、日本知識人の劣勢遺伝子のかたまりです。
室町・鎌倉期の五山(ござん)の僧侶たちも、こうだったのでしょう。 かれらは、仏教の坊主(僧)だったのに、
何と朱子学(南宋学、儒学)の本をよんで、分かった振りをしていた、おもしろい人たちでした。
これと、今のおフランス思想かぶれの残党たちは、よく似ています。
じつは、フランスでも一番頭のいいのは、ドゴール主義者(ゴーリスト)の政治知識人たちです。ゴーリストたちは、
フーコーらのような、人文(じんぶん)主義の衒学(げんがく)趣味ではなく、本気で「どうやったら自分たちは
アメリカの支配から脱出できるのか」を国家戦略研究所に集まって、研究しつづけているのです。

 日本人のような、東アジアのモンゴリアン・インディアンには、フーコーぐらいが、文化輸出するのに、丁度いい、と、
考えていたのです。フーコー自身が、来日したとき、「ク、ク、ク」とわらいながら、そういうことを、吐いています。
(引用おわり)


540 :考える名無しさん:2007/01/26(金) 14:08:55
西洋の哲学思想世界観を理解し身に付けるに際し大事なのはまず自他の区別、
また自分をも他者とする視点をもつこと、対象化と分析を進めることだろう。
外国語を身につけることよりは文法書を通し分析的に外国語を理解することが、 哲学のいい訓練になると思う。
やがてその訓練された分析的な眼は日本にも向けられ心身一体、
物の心を捉え一体となる主客未分化の日本にメスが入れられ日本人は日本を対象化し日本を知ることになる。
つまり名ばかりの日本人になっていく。 この意味で日本の消滅は近い。
この意味で明治以来、日本の指導層を中心に日本の抹殺が進められてきた、
そして今も尚、それは進行中なのである。


541 :考える名無しさん:2007/01/28(日) 07:54:53
世界から相手にされてない業界で安逸をむさぼって悪かったなwww

実は君もこういう立場になりたいんだろ?

妬め妬めwww




542 :考える名無しさん:2007/02/01(木) 02:03:19
外国語は外国語が出来る人間に翻訳や通訳させるべき。
外国語を学ぶ時間は哲学をすることには無駄に過ぎない。
もっと哲学を研究することに力を入れるべきである。

543 :考える名無しさん:2007/02/01(木) 10:04:43
思索に耽ることは哲学ではないよ

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