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三浦俊彦 「ラッセルのパラドクス」

1 :Cap:2005/10/26(水) 00:41:20
今日この本買ったのだが、ものすごいトンデモ本だった。
ラッセルに対する愛情はあふれてるんだけど、あまりにも無茶なこといいすぎ。

2 :Cap:2005/10/26(水) 00:51:44
どこから手をつけてよいのか分からないくらいたくさんあるが、
とりあえずは146ページあたり。ここで三浦はかの『言語哲学大全』を批判する。

飯田隆が、「ラッセルは言語の社会性を無視した」と、当然のラッセル批判をしているところに
反論を試みているのだ。始めは、どんな議論が出てくるのかとわくわくしたが、
唖然とするほか無いものだった。

3 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:56:48
理系=自然系=対データ系、文系=記号系=対人系


言葉はどっち?そしてそれと対になるものは???


4 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 00:57:53
おっ、ついに立ったか。

5 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 01:04:17
三浦スレって初?

6 :園遊会:2005/10/26(水) 01:07:28
>>3
言葉とモノ、対話

7 :Cap:2005/10/26(水) 01:10:39
ラッセルの見解からすれば、コミュニケーションは論理的固有名ではなく、
記述によって果たされるとする。この点はよい。飯田の批判を覆そうとするなら、
ラッセルの記述の意味理解が、コミュニケーションを可能にするものだということ
を示さなければならない。しかしこれができていない。

8 :& ◆Cc2c/FBPKI :2005/10/26(水) 01:31:29
言語前的コミュニケーションが無ければ仕方ない。

9 :Cap:2005/10/26(水) 01:35:58
AさんとB君が、コーヒーカップについて会話しているとしよう。彼らの発話の「これ」は、論理的固有名である限り、
同じ個物は(センスデータ)を指示しない。なぜなら、彼らが直知(この訳語もダサすぎ)している個物は
全く異なるものだからだ。
しかし彼らが発話する、たとえば「このコーヒーカップ」が(べつにここは「ポチ」とかでもいい)偽装された記述である限り、
コミュニケーションは成立する。
なぜなら、彼らが発話する「このコーヒーカップ」は、Aさんが直知しているセンスデータとB君が直知しているセンスデータのどちらをも含む、
センスデータとセンシビリアからなる同一の集合(個物ではなく、論理的虚構)であるからだ。
三浦はここまで書いてはいないが、固有名ではなく記述がコミュニケーションを可能にするとするなら、こうした考えにいたると思われる。

10 :Cap:2005/10/26(水) 01:47:41
とすると、問題はAさんとB君が同じ集合を記述することができるのはなぜか、ということだ。この点を三浦は解説していない。
(ひょっとしたらしてるのかも。一度しか、しかも怒りながら読んだので見落としているかも)
これだけでかなり痛いと思うが、この本で解説されているラッセルの道具立てからして、可能な説明は次のものになるだろう。

11 :Cap:2005/10/26(水) 01:54:25
答えは、AさんとB君が同じ属性を直知しているからだ、と言うものになるはず。センスデータは時空的存在であるが、普遍である属性はそうではない。
それゆえ、彼らは同じ属性を直知できる。そして、同じ属性を直知しているがゆえに、集合を構成する出発点となるセンスデータは異なるが、
それぞれが構成したセンスデータの集合は一致する。それゆえ、AさんとB君はおなじ集合(コーヒーカップ)について語り合うことができる。
だが、これがコミュニケーションの説明になっているのは、AさんとB君が同じ属性を直知しているということが、AさんとB君との間で確保されているときだけだ。
しかし、「直知」という概念では、これが確保できない。なぜなら、属性そのものは普遍的だとしても、それを理解するときの直知という関係は、
時空的、個別的であり、かつ私秘的なものだからだ。

12 :Cap:2005/10/26(水) 01:56:52
AさんはB君の心の中は覗き込めないし、逆もまたしかり。彼らが手にするのは、相手が発話した「このコーヒーカップ」という語だけである。
もちろんそれは、自分が発話した「このコーヒーカップ」と似ているであろう。しかしそれは、相手が自分と同じ属性を直知し、
かつ「コーヒーカップ」という語にその属性を結び付けているということを確保しない。同音異義語などいくらでもある。
それになりより、いくらでも懐疑の余地はある。Aさんは今のコーヒーカップのセンスデータと昨日見た東京タワーを結びつける属性を「コーヒーカップ」で表現し、
B君は今のコーヒーカップのセンスデータと昨日見た朝顔を結びつける属性を「コーヒーカップ」で表現しているのかもしれない。

13 :Cap:2005/10/26(水) 02:00:11
また、同一人物の異なる時点の発話に関しても、同じ懐疑が成立する。
いくら属性が普遍でも、「理解」が「直知」という私的な心的作用として考えられる限り、コミュニケーションを支える形での意味の客観性は確保されない。
言語の社会性を見ていないという批判は、ウィトゲンシュタインの私的言語批判をもとに、この点を突いたものだ。
これに対する反論も出さず、飯田隆に「無論証の私的言語批判」、「曲解もしくは不注意」をしているなどの言葉を投げつけるのは、チャンチャラおかしい。
とりあえず今日はここまで。一人でやるのは大変なので、できれば分析系の知識のある人、一緒にやってくれないか。

14 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 02:05:56
普遍が成り立つのは純粋言語だけ。

15 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 02:48:46
ttp://8044.teacup.com/miurat/bbs
ここに直接書けばいいのに。

16 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 03:20:42
サプリメント飲み杉でラリラリ

17 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 03:28:08
そもそも>>11がワケワカンネ

18 :考える名無しさん:2005/10/26(水) 06:35:28
拾い読みしただけなんだが。

この本で飯田氏の私的言語批判が無論証だ
と記されていた気がするんだけど、

次のような議論は「論証」には含まれないのかな?
ttp://www.geocities.jp/mickindex/wittgenstein/witt_other_mental.html

つうか私的言語批判と心理主義批判って違うものだっけ?

19 :Cap:2005/10/29(土) 01:24:31
>18
普通「心理主義」というのは、論理学の必然性を人間の心理学的法則に基づけるものであり、
それに対する批判は私的言語批判とは異なる。
しかしここでまとめられているのは「私的言語批判」であり、これは結局「論証」と呼ぶに値する。
だから三浦の飯田批判は的外れなのは確か。
もちろん、ここで問題にされているのは心像であって普遍的な概念ではないという違いはあるが、
本質的な違いにはならない。

20 :Cap:2005/10/29(土) 01:37:37
さて、次なる意味不明な部分。141ページ。
「つまり、意味論と認識論と存在論を統合するラッセル流統一主義は、
前提であるどころか、「固有名と確定記述の論理的振る舞いの相違」を
認めさえすれば、そこから導き出される帰結なのだ。」

うそーん。

21 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/10/29(土) 01:41:57
今度はここかね?

22 :Cap:2005/10/29(土) 01:53:35
「論理的固有名」とは、「指示対象との直接的リンク」を果たす名詞、
「統一主義」というのは、「意味論的原子=認識論的原子=存在論的原子」という見解とみなす。

まず、「つまり」といわれているが、この主張に相当することは何も論証されていない。
「論証」ではなく、「主張」されていることに限るとしても、
論理的固有名は必ず指示対象を持ち、それが指示しているという主体の信念は錯覚ではないということに過ぎない。
指示対象が存在論的原子であるとか、認識論的原子であるなんてことはまったく言われていない。



23 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/10/29(土) 01:55:57
119 :マーボχの美意識 ◆JaGIySSf4w :2005/10/28(金) 22:41:10
哲学的世界平和
哲学的戦争
哲学的人類愛
哲学的ホロコースト
哲学的ジョン・レノン
哲学的アドルフ・ヒットラー
哲学的思想的立場

24 :Cap:2005/10/29(土) 01:57:57
三浦のこの主張を真に受けるなら、通常の固有名についての直接指示の論者は、
町行く人々やあなたの目の前のパソコンを、存在論的に単純なもの、
それ以上分割できないものとする立場に立つことになる。そんな無茶な。
もちろん、三浦が言う「統一主義」を私が誤解しているという可能性はあるが、
しかし「意味論と認識論と存在論」の統一主義ということで、他の考え方がありうるとは思えない。

>21 村田さん?

25 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/10/29(土) 02:00:00


26 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/10/29(土) 02:00:38
純一なのですがね

27 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/10/29(土) 02:08:13
もしや、村田・純一だと言いたいですのかね?

28 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/10/29(土) 02:08:54
まあ、そんな訳ではないのですがね

29 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/10/29(土) 02:10:33
柏木ですがね

30 :考える名無しさん:2005/10/31(月) 20:27:07
この本、面白いよ。

俺は、今までラッセルのパラドクスやタイプ理論に触れた文を読んだことはあったけど、
それがパラドキシカルに見えたことは一度も無かった。
でも、この本の第3章の書き方だったら、確かにパラドクスと感じられる。
これだけでもこの本を読む価値がある。
おかげで、数学基礎論って深入りしちゃいけない世界だと確信した(笑)

西洋哲学史やラッセル・アインシュタイン宣言の「分かりやすい」ラッセルが、
哲学の世界ではこんなヤバイことに興じていたというのが面白い。

31 : :2005/11/03(木) 15:54:06
>>15が言うように、批判すべき点があるなら、
三浦俊彦氏のBBSに書き込むのがよいであろう。
http://8044.teacup.com/miurat/bbs

32 :考える名無しさん:2005/11/05(土) 09:51:48
マーケティング戦略 / 和田充夫, 恩蔵直人, 三浦俊彦著. - : 有斐閣 , 1996.4. - (有斐閣アルマ ; Specialized).
戦略的マーケティング / ジャンージャック・ランバン著 ; 三浦信,三浦俊彦訳. - : 嵯峨野書院 , 1990.7.
eマーケティングの戦略原理 : ビジネスモデルのパラダイム革命 / 原田保, 三浦俊彦編. - : 有斐閣 , 2002.4.
グローバルビジネス戦略 / 小田部正明, クリスチアン・ヘルセン著 ; 横井義則監訳 ; 三浦俊彦 [ほか] 訳.

33 :環境音楽愛腔者:2005/11/06(日) 16:59:57
『ラッセルのパラドクス』をさ先程読み終えました。

34 :Cap:2005/11/08(火) 00:26:33
スレ立てた本人の癖に一週間以上放置してしまった。

私がしたいのは、「批判」というよりも、「この本が間違いだらけであることを、
他人に知ってもらう」ことだ。だから、取り上げている部分も、グレーゾーンではなく、
(まともな知識を持っているなら)議論の余地無く間違いとして同意してもらえる点に限っている。
だから、本人と議論しても生産的なことは何も無いし、三浦が簡単に非を認めるわけも無いから、
「あなたも言語の社会性という先入見にとらわれている」という一般的な返事とか、
「あれはレトリックだ」とか「語用論的に云々」といったごまかしが返ってくるだけだろう。

というわけで2ちゃんに書くことにする。

35 :考える名無しさん:2005/11/08(火) 00:30:35
なるほど。

36 :Cap:2005/11/08(火) 00:35:43
さて、おかしい点の続き。198ページ以降の「前途展望」のところ。
ここで三浦は、「意識の必然的存在」がラッセルの中性的一元論から帰結する
としているが、完全な誤り。
論理が実在の一部だとしても、それは論理定項や論理形式の存在を必然とするだけで、
個体の存在を必然とはしないだろう。センスデータが必然的に存在するという理由はラッセル哲学には無いし、
そんなことをラッセルは考えもしなかったと思う。

>30
第3章あたりは、三浦はそれなりに自制していると思うし、そこが面白いという観想もありだ。
しかし、第7章あたりからは電波を受信しすぎとしか言いようが無い。

37 :Cap:2005/11/08(火) 00:44:50
36の論点をもう少し詳しく書いておこう。
三浦は、「たとえば今、私がここにA、R、U、V、D、W、J、M、B、と適当に書く」
と想定し、論理が実在的なものであるなら、この9文字からの論理的に可能なすべての
組み合わせが必然的に存在することになる、と論じている。
たしかに、組み合わせを構成していくための基底が与えられたなら、そこから可能な組み合わせは必然的に帰結する。
しかし、基底となる9つの文字が存在するということにはなんら必然性は存在しない。
三浦が書かなければ、あるいは少なくとも英語が存在しないなら、この9つの文字は存在しないからだ。
そして論理学自身は、この9つの文字が存在するということを証明したりはしない。

三浦はセンシビリアを「論理的実体」と呼ぶことで、それが必然的存在だということを意味しているのかもしれないが、
ラッセルがそんなことをいっている箇所があるなら挙げてくれ、と言いたい。

38 :Cap:2005/11/08(火) 00:56:03
また、仮にセンスデータ・センシビリア(ここでの議論では、「中性的素材」とでもいっておいたほうがよいのだが、三浦の語法に従おう)
が必然的なものだとしても、「意識の必然的存在」は帰結しない。なぜなら意識、心は単なる論理法則によって結合されたセンスデータの集合ではなく、
心的な法則によって結合されたものだからだ。心的な法則、あるいはそれに含まれる普遍が必然的に存在するとする理由は何も無い。
論理学はそれを示さない。

でたらめもいい加減にしてくれ、と言いたくなる。


39 :性器王シャドーブーン⊂ニニニ( ^ω^)ニ⊃ ◆tooPQuLoig :2005/11/10(木) 18:06:17
小谷野敦ブログ
猫を償うに猫をもってせよ
2005-07-04 三浦俊彦の売春悪くない論
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/200507

> 2005年05月3日の朝日新聞朝刊によると、三浦は日に265錠のサプリメントを飲
>むという。さらに31日朝日新聞によると、三浦の主食は三食ともカップめんだそうで
>ある。

40 :考える名無しさん:2005/11/10(木) 18:06:56
              _,......,,,_
               ,、:'":::::::::::::::::``:...、
           /::::::::::::::::::::::::::::::◎::::\
       ,../ `ヽ;_  i | / ヽ──ヽ / 
        / ``'ー 、_\  !   ヽ─'  /   それはどうかな?
    /ー 、_    `\:、_ ::    /
   /     ``ヽ、   ヽ`'7‐--'゛
  /          `ヽ、 `/

41 :考える名無しさん:2005/11/10(木) 18:08:29
下流社会

42 :考える名無しさん:2005/11/10(木) 18:11:18
パラドクスにはパラドクスをもって生きよ。


43 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 15:30:09
>>34
>>36
>>37
「グレーゾーンではなく」どころか、
以下のペイジにすでに答えが出てるじゃないか。
http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/br-q&a.htm

44 :考える名無しさん:2005/11/16(水) 15:38:40
>>39
小谷野ってブログなんかやってんの。
「インターネットは無責任なメディアだから認めない」とか
前に言っていたのに。

45 :考える名無しさん:2005/11/20(日) 01:23:32
>>34>>1 は、 >>31 に従うか >>43 に答える義務がある(たぶん)

46 :Cap:2005/11/23(水) 00:56:02
45の言うことももっともだ。もちろん三浦の主張には反論できる。
まず、可能世界論での「通例」を、そのまま存在論の議論に前提できると思っているところがおかしい。
様相論理のさまざまな体系にモデルを与えることができるというのは重要な成果だが、
しかしその存在論的含意については大きく評価が分かれるところだ。

実はこれすらかなり三浦に譲歩した主張である。
そもそも様相論理をまともな論理学として認めない論者もいる(たとえばクワイン)。
それに、可能世界論というモデルを与えることができるとしても、
それがわれわれの言語理解とどう整合しうるのかも問題になる。つまり、意味理論との整合性の問題だ。

こんな問題含みの概念を、当然の前提として利用するとはどういうことだ。

47 :Cap:2005/11/23(水) 01:04:03
次に、三浦に少し譲歩して、可能世界論での「通例」が、正しい存在論的主張である保証を与えるとしてみよう。
しかしそれは、三浦の議論を正当化することにはならない。
かれが200から201にかけて論じているやり方は、「論理的に可能である」から、
「それが実際に成り立っている可能世界が存在する」を導き、結論として、
「この世界ではないとしても、どこかでそれが実現している世界があるのだから、
可能世界の集合全体で考えてみれば、ありとあらゆる可能な心や物が必然的に存在していると言える」とするもの。
しかし可能世界論の「通例」では、現実世界だけが実在的なものだ。可能世界は開くまでかのうせいであって、現実とは別の実在的な世界ではない。
何年も前に土屋俊にこっぴどくやられたのにまだ懲りてないのか。

48 :Cap:2005/11/23(水) 01:24:39
「開くまでかのうせい」は「あくまで可能性」の間違い。すまん。
最後。ホームページでの三浦の主張は、私の38の論点を克服するものではない。

普遍者であるセンシビリアが必然的に存在するとしても、そこからは「意識の必然的存在」は帰結しない。
なぜなら、中性的一元論では、センシビリア自体は心的でも物理的でもないからだ。
さまざまな1階の性質が、われわれの心理学が記述しているような関係(これは2回の性質になるわけだ)を
互いに対して実際に持つときのみ、心は存在する。
つまり、1階の性質や2回の性質(関係)が必然的に存在するというだけでは不十分で、
それらからなる複合物が必然的に存在しなければならない。言い換えれば、そうした複合物を記述する命題が必然的に真だと言えねばならない。
しかし、そのように言える根拠を三浦は何も提出していないし、できない。できるはずも無い。
またそうすることは、われわれの心理学の法則を、経験的なものではないとするに等しいからだ。

そうではなく、われわれの心理学の法則が成立する可能世界が存在するのだから、可能世界全体を考えてみれば、われわれの心理学の法則は
必ず成立している(そういう世界が必ずどこかにあることになる)といいたいのかもしれない。
しかしこれはすでに47で論破した主張だ。

というわけで>45よ、これでよいか。
三浦の言うことを、自分で考えもせず真に受けている31は(ry

49 :Cap:2005/11/23(水) 01:28:20
「等しいからだ」の「からだ」は余分だったな。
以上。すれ立てたくせに長期の放置申し訳なし(誰に謝ってる?)


50 :Cap:2005/11/23(水) 01:44:57
ごめん。>31ではなく>43だった。

51 :>47:2005/11/23(水) 20:06:40
そのへんの物や心と同様、可能世界だつて「論理的虚構」
として有るのだから(といふことらしいから)、
ただの配列さえあれば、なにもかもそれなりに(どんな心や物も)
有る というので問題ないと思はれる
Cap氏は、素朴実在論ならぬラツセル流構成主義
が論点であることを忘れてゐる?

52 :考える名無しさん:2005/11/23(水) 20:17:31
>>48
>>そうした複合物を記述する命題が必然的に真だと言えねばならない

だったら東京タワーも森タワーも存在するとは言えなくなっちゃう。
でも論理的虚構としては有るんでしょ。

53 :代理いぬ:2005/11/23(水) 20:18:20
暇だから書いてやる。
様相論理は超くだらん。
それはもはや論理学の何たるかを忘れたバカの生み出した、
偽論理学だ。

本来、論理学は意味抜きの値のやり取りだけであるべき存在なのだ。
それなのに、様相論理では必然だの可能性だの、
初めから解釈と意味ありきで展開しておる。
当然ながら、その様相論理学においても、
記号展開のルールはそっくり通常の論理学の範囲内にあるので、
なんら新しい理論性はもっていない。

ゆえに、様相論理はただの解釈と言葉遊び。
以上。
がんばれよ。

54 :考える名無しさん:2005/11/23(水) 21:04:08
>>47

>しかし可能世界論の「通例」では、現実世界だけが実在的なものだ。可能世界は開くまでかのうせいであって、現実とは別の実在的な世界ではない。

 可能世界も現実世界と同等の実在性を持つ、とするルイスのような少数派もいるよな。
 三浦がそっちの陣営に荷担しているということではないの?

>>53
>本来、論理学は意味抜きの値のやり取りだけであるべき存在なのだ。

 意味論という分野は様相論理の誕生以前の昔からあることを知らんのか。

55 :代理いぬ:2005/11/23(水) 21:18:59
>54
ウィトゲンシュタインが真理値を発明し、
道具としての論理学が完成した以上は、
意味論は言葉遊びに等しい。

意味論という恣意と、
必然による論理規則が一緒くたに論じられては、
論理もへったくれもない。
だから、論理学は意味抜きでなくてはならぬ。
だが実際、意味抜きの論理学を役立てるには、
負数や虚数を認め(つまり意味抜き)、
道具化した数学を扱うようなストイックさが必要なので、
現在のところ論理学はほとんど社会の役に立っていない。

56 :考える名無しさん:2005/11/23(水) 21:57:18
>>54
「中性一元論では、私たちの誕生を説明するのに、物理的な多宇宙は必要ない。一個の宇宙さえあれば……」(p.203)

 可能世界と多宇宙はちょっと意味合いが違うかもしれませんが。

57 :考える名無しさん:2005/11/23(水) 22:57:58
>だが実際、意味抜きの論理学を役立てるには、
>負数や虚数を認め(つまり意味抜き)、
>道具化した数学を扱うようなストイックさが必要なので、
>現在のところ論理学はほとんど社会の役に立っていない。

つっこみどころ満載なんですが

58 :考える名無しさん:2005/11/23(水) 23:34:31
簡単にいうと
シンタックスだろ?

59 :Cap:2005/11/24(木) 01:21:35
>51、52
まとめて相手してやる。
東京タワーや森ビルは確かに論理的虚構である。しかし、それらをセンシビリアという普遍から
構成するための関係という普遍者は現実に存在している。
したがって、東京タワーや森ビルが存在しているということを許容する意味がある。
ただし、それは必然的ではなく偶然的。

しかし、現実世界以外の可能的な物理法則、心理法則に含まれる性質は現実に存在していない。
天と地の差がある。

まあこう書いても分からんかもしれんが、俺の責任ではない。己のあほさをのろうべし。
顔を洗って出直して来い。


60 :Cap:2005/11/24(木) 01:23:44
>54
たぶんあなたの言うとおり、三浦はルイス的な実在論にコミットしているのであろう。
しかし、それが可能世界論の「通例」か?異端だろ。
そんな存在論的にヤバヤバの立場を前提する馬鹿がどこにいる。

61 :Cap:2005/11/24(木) 01:28:52
>代理いぬ
応援してくれるのはありがたいが、私は様相論理そのものをばかにするつもりは無い。
三浦という節操の無い濫用者をののしりたいだけ。というか、金返せといいたいだけ。

あなたはウィトゲンシュタイン信者っぽいな。
自戒の念をこめて言うが、さっさと卒業したほうがいいぞ。54氏が一番まともだな。

62 :45代理:2005/11/24(木) 01:59:16
>>59
構成するための関係という普遍者?
って配列するための数学的順列関係だけでは?
あるもないも、どこにでもある。
あそこのQの重久いう人は、そこまではわかっていたみたい。
Capさんより理解度ウエだね。

63 :45代理:2005/11/24(木) 02:25:56
追加。>>59「可能的な物理法則、心理法則」
    を作り出すのに必要なのは数学的順列関係だけでしょと言いたかった。

64 :考える名無しさん:2005/11/24(木) 15:16:51
まともな知識を持っているなら)議論の余地無く間違いとして
同意してもらえる点に限っている。というから
始めはどんな議論が出てくるのかとわくわくしたが(どんなウソが暴露されるかと)

哲学の「まともな知識」て何?
クワイン先生の御説?

65 :考える名無しさん:2005/11/24(木) 20:47:44
>>60 (Cap)

>ルイス的な実在論が可能世界論の「通例」か?異端だろ。

 別にルイスの様相実在論が「異端」とか「ヤバヤバ」とまでは思わないけど、ごく少数派のうえ、その妥当性も係争中というのは間違いない。
 もし三浦がこれを「可能世界論の主流です」と言って自分の論拠にしているのなら、それは確かに酷い。
 この『ラッセルのパラドックス』は未読だけど、同じ三浦の『可能世界』には「ルイスの実在論はごく少数派で、妥当性についても論争続行中」という真っ当な説明がしてあったんだがなあ。

>59

>関係という普遍者は現実に存在している。

とCap氏は言うが、本当にそんな簡単に言い切っていいの、これ?
関係を存在者として(さらに言えば論理定項として)認めていいかどうか、というのは、論理の普遍性を守ろうとしたラッセル、フレーゲ、ウィトゲンシュタインたちが三者三様に悩んだところでしょう。

66 :考える名無しさん:2005/11/24(木) 20:48:40
65=54ね。

67 :考える名無しさん:2005/11/25(金) 01:59:49
>>54 >>60 >>65
普遍は(関係、性質は)必然的に(どの可能世界にも)存在するか、
という問題と、
可能世界はルイス型か、
という問題は、
相互にまったく独立だろ。なんでDルイスの話なんか?

68 :考える名無しさん:2005/11/26(土) 18:06:05
>>47
かれが200から201にかけて論じているやり方は、「論理的に可能である」から、
「それが実際に成り立っている可能世界が存在する」を導き、結論として、
「この世界ではないとしても、どこかでそれが実現している世界があるのだから、
可能世界の集合全体で考えてみれば、ありとあらゆる可能な心や物が必然的に存在していると言える」とするもの。
しかし可能世界論の「通例」では、現実世界だけが実在的なものだ。可能世界は開くまでかのうせいであって、現実とは別の実在的な世界ではない。

あまり詳しくないのだけれど,可能世界の議論でいう「必然的」というのは,
どの可能世界でも成り立つという意味(そして「可能」というのは,可能世界の
どれかで成り立つという意味)じゃなかったでしたっけ。
それからすると,三浦の議論は,ありとあらゆる意識が「可能」であるということ
しか言えていないのに,それにより意識が「必然」であると言ってしまっている,
ということになる?
可能世界が実在すると考えるかどうかという議論もでてきているけど,
「実在」することと,「必然的に存在する」ことは,つながりがあるんでしょうか。
(別に三浦を養護しているつもりはないけど)

69 :考える名無しさん:2005/11/26(土) 23:05:53
>>68
 俺は47ではないが、
 ラッセルはいわゆる「存在物」を「論理的配列」に還元した。
 「論理的配列」は、通例の存在論(ルイス型モデルに限らず)では、必然的な存在者だ。
 だって数学の言語だけで出来ているから。
 ラッセルにおいては、ありとあらゆる論理的配列が存在者となりうるため、
 ありとあらゆる可能な心、物がそれなりに存在者となる(それなりに論理的構成された時空の中に)、
 ということでしょ。 

 可能世界なんか関係ないんだってば。
 スレ主は惑わされたな。しろうとだね。
 大体あの本は可能世界の話なんかしてないだろ?(それともしてたっけ?してたらごめん)

70 :考える名無しさん:2005/11/26(土) 23:25:18
>>69
ラッセルによると、未だ書かれていないプログラムも、既に書かれたものも
区別がないわけだ。

71 :69:2005/11/26(土) 23:41:39
>>70
でしょう。
俺ら全員、遺伝子によって書かれたプログラムだけど、
それでも俺ら自身が論理的虚構でしょ、ラッセルによれば。
論理的原子以外のものはすべて論理的虚構だから、書かれた書かれてないにかかわらず、
プログラムなんて高タイプのものは
論理的原子の実在度から比べると、相対的に同程度の虚構度=実在度しか
持ってないだろう。(これたぶん正しい解釈)

72 :考える名無しさん:2005/11/26(土) 23:49:53
>>71
論理的空間に含まれる全て(原子も複合も)というなら明らかにそうですね。
それを、存在や実在と言うかは別ですが。

73 :考える名無しさん:2005/11/26(土) 23:55:21
ラッセルは相対性理論や量子力学をふまえて(どっちも啓蒙書を書いたりしてるし)、
「物質が次第に数学的構成物に似てきた……」と感じていたはず。
心についても同様だろう。思ってたより抽象的なものだと。

74 :68:2005/11/27(日) 00:44:12
この本自体には,可能世界の話は出てこないので,可能世界の話を持ち出すのは
不適切だったかもしれないですね。

そうすると,もはや全く素人的疑問なんだけど,この本のいう「必然」というのは
どういう意味になるんだろう。例えば,「2005年に『ラッセルのパラドクス』を書き終えた
三浦俊彦の意識状態」(こちらは現実にそうだった)と,「2005年に『ラッセルの
パラドクス』なんて本を書くのはやっぱりやめよう,と思った三浦俊彦の意識状態」
(こちらは現実にはそうではなかった)が,どちらも論理的には構成されうるので
必然的に存在するのだ,としたら,「必然」と言っても何のことだかよくわからないの
ですが。現実には存在しないのに必然的に存在する?

75 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 01:04:32
「論理的に可能」は頭の中だけのこと。

76 :68:2005/11/27(日) 01:05:42
ああ,論理については,現実がどうなっているかに関わらないですね。
しかし,意識についてまで論理と同じに考えてよいのかどうかは,この本の
該当箇所を読んでみたけど,わかりませんでした。

さらに勝手な疑問を書くと,心も物質も素材から論理的に構成されるという
点で変わらないのだとすれば,例えば「地球が太陽の周りを回っていない
状態」も,論理的には構成されうるから必然的に存在するのか?

77 :68:2005/11/27(日) 01:13:13
76は75を確認する前に書いてしまったんだけど,頭の中でのことに
すぎないのに「必然」というのが,よくわからんのです。

78 :Re:74-77:2005/11/27(日) 01:31:17
必然ねえ……。
p.203に、「別々の時間・空間とともに構成されるため」とあるから、
「頭の中」というより、別の時空ごと、論理的構成物として必然ということでしょ。
だから「回らない地球」は、必然的に存在する。ただし
別の時空とともに構成されるから(中性一元論のパースペクティブ空間)、
この時空に「回る地球」とともに共存は出来ない。

>>56 の受け売りですが。

79 :78:2005/11/27(日) 01:36:26
>この時空に「回る地球」とともに共存は出来ない。

「この時空」ってのは、
これ(今の私のセンスデータ)から整合的に構成できる時空ってことね。

80 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 01:55:45
要するにグレッグ・イーガンの塵理論か。

81 :Cap:2005/11/27(日) 02:08:21
あのなあ、中性的素材から心や物質を構成するのは、単なる論理的配列という抽象的構造ではなくではなく、
二階の性質(関係)が必要なの。
ひょっとしたら、一階の性質さえ具体的な内容をもつ物であれば、二階の性質はいらないと思ってないか?
そういう風に考えるのは、関係について唯名論をとるということであって、根本的にラッセル的ではないんだぞ。

「論理的構成」は論理的手法を使うのだが、論理学の概念だけを使って構成するものではない。
分かってないのは68。


82 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 02:09:06
必然と言うのは前提や原因あるいは条件と結果の関連。
現に回っている地球からすれば、回ってない地球は想像だけ。



83 :Cap:2005/11/27(日) 02:15:01
たとえば集合の例を挙げようか。68とか、45の代理が言っていることは、
個々の人間から人間の集合を構成するときに、論理学と集合論の概念しかいらないといっているようなもの。

実際はそうは行かなくて、「人間である」という性質が要る。
性質という内包的存在者を認めて、集合や系列という外延的存在を不要にするのがラッセルの論理的構成の手法なのである。

で、問題になるのは、この世界とはまったく異なるような心や物質もまた存在するというためには、
それらを構成するための関係が必要となるのだが、そんなものの存在を認められるかどうかだ。

問題をちゃんと理解しろよ。
それをにぎやかしてくれるのはいいけど。

84 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 02:23:46
>>81
68ではないのでどうでもいいが、

>分かってないのは68。
は正しくは
>分かってないのは69。
かな?

二階、3階、……の性質は、ラッセルにとっては論理的概念だったはず。
それこそタイプ理論。
(今でも「高階の論理学」は論理学と認められている)

85 :Cap:2005/11/27(日) 02:24:08
まあ、そういう誤解が生まれるのも、三浦の論述からして無理も無いのだけれど。
でもラッセルの外部世界論を読むと、センスデータやセンシビリアから物質を構成するためには、
物理法則で記述されるような関係が必要だとちゃんと書いてある。
原典もよもうぜ。

86 :Cap:2005/11/27(日) 02:28:55
失礼。たしかに69だった。
しかし、「二階、三階の性質はラッセルにとっては論理的概念だったはず」
というのはおかしな発言。

これを正しい主張と受け取るなら、すべての概念は論理的概念。
もちろん、「高階の論理学」は論理学。だがそこで扱われる概念は、
実質的な意味内容を持ったものだ。

87 :Cap:2005/11/27(日) 02:30:10
「すべての性質は」とすべきだったな。

88 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 02:33:01
>>85
物理法則はとうてい論理的原子とは考えられないのだが。もっとバラせるでしょ。
>>83
まったく異質の内包がもし認められないなら、それは可能ですらないということだから、
論理的構成に使えるはずがない。
不可能な心や物は構成できなくていい。
ラッセルにとっても三浦にとってもそれで問題ないのでは?

89 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 02:35:27
物理法則でキチンと規定しうる概念など極めてマレでしかない。


90 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 02:39:51
現実の我々にできなくても、理念的には可能なはずだで満足するのが哲学クオリティー

91 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 02:44:37
ラッセルのパラドックス自体がある意味トンデモだからな。

92 :Cap:2005/11/27(日) 02:50:10

>物理法則はとうてい論理的原子とは考えられないのだが。
もっとバラせるでしょ。
もしバラせたとしても、論理的な概念(要するに論理定項や関係のシェーマのことだ)
だけでなく、実在の性質が必要ということに変わりは無い。


>>83
>まったく異質の内包がもし認められないなら、それは可能ですらないということだから、
論理的構成に使えるはずがない。
不可能な心や物は構成できなくていい。
ラッセルにとっても三浦にとってもそれで問題ないのでは。

「不可能」ということで、「矛盾を含む」ということであれば、確かに三浦にとって問題ではない。
問題は、「現実世界に含まれていないが、矛盾してもいない関係、あるいは概念」をどうするかだ。
ラッセルの場合、記述理論によってそうした関係の存在を認めることなく、そうした関係に言及しているように見える文を
有意味と認めることができる。

三浦の場合は、たんに記述だけではなく、そうした関係が
生じている可能世界が実際にあるということにコミットしている。
そこに無理があるのだが、分からないか。

89のやけくそな書き込みは無視な。


93 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 03:09:04
>>92
まだわからないのは、この本は可能世界について何か言っていただろうかということと、
「現実世界に含まれていないが、矛盾してもいない関係、あるいは概念」
って一体何だということ。
矛盾してない関係・性質はすべて現実世界に含まれているはず。
関係・性質そのものと、関係・性質の例示(これは現実世界に含まれていない場合がある)
とを区別してちょうだいね。
前者は、現実世界に実在しないことはできない。

94 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 03:09:16
固定した現実世界などは無く、
いつでも進行中で、昨日なかったことが今日生じている。


95 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 03:10:28
>>1
だからなんだよ。しばくぞ。

96 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 03:23:41
はじめからそんな本買うなボケ。

97 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 03:29:45
Capさん甘すぎ。
たとえば
>実際はそうは行かなくて、「人間である」という性質が要る。( >>83

ラッセルにとって、「人間である」などという高次の性質は不要のはずだ。
論理的原子に還元すべし。でしょ。
「人間である」なんてのは諸々のセンシビリア(+諸普遍)に分析できるはずなのだ。

Capさんの穴だらけのギロンだと、グレーゾーンもいいところです。

98 :考える名無しさん:2005/11/27(日) 19:20:16
>Cap

>関係について唯名論をとるということであって、根本的にラッセル的ではないんだぞ。

うっそー。関係についてもクラスについても、ラッセルはどんどん唯名論に傾いていったでしょうが。
「クラスも関係も他のものに還元可能な見せかけだけの存在者」だっつってるじゃん。
そういうラッセルの立場を表現するのに「無クラス理論」なんて言葉があるぐらいでしょ。

99 :考える名無しさん:2005/11/28(月) 11:12:11
>>98
 「共存する(共在する)」のような基本的な関係は最後まで残ったけどな

100 :考える名無しさん:2005/11/28(月) 21:56:33
>「共存する(共在する)」のような基本的な関係は最後まで残った

どのテキストでそんなこと言ってる?

101 :考える名無しさん:2005/11/29(火) 00:08:56
>100
ラッセルの最終到達点を手っ取り早く知りたければ
『私の哲学の発展』見れや。
14、15章あたりとか。
「似ている(相似的である)」
って関係も必要最低限の普遍として残されてるね。

102 :考える名無しさん:2005/11/29(火) 21:56:37
パラドックス?あのボーランド潰したやつねw

103 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 11:16:28
http://cakun-mwulkoki.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_3534.html

104 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 11:19:49
飯田シンパは・こ・こ・も?
http://d.hatena.ne.jp/trivial/20051027

105 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 15:31:29
>>104
> この私的言語に結晶するラッセル哲学を評して、飯田隆は、
> 「言語の社会的性格の無視」と述べた(『言語哲学大全I』二一八頁)。
> …(略)…しかしこの飯田の評価は、ラッセル哲学のごく表面しか、
> いや表面すら見ていないと言うべきだろう。

かっこいい煽り文句だけど、結局何が言いたいのかわからなくなった。
「言語の社会的性格の無視」と評価するのが
「ラッセル哲学のごく表面しか、いや表面すら見ていない」と言うなら
「実は表面よりも下の実相を見ればラッセルも言語の社会的性格を
 無視などしてはいない、むしろ社会的性格をよく捉えていることに
 気付かねばならない」
というようにつなげるもんだろう。
ところが後になって

> 飯田隆の本に見られた無論証の私的言語批判は、現代思想全般が
> 帯びる悪しき偏向を図らずも代表しているので、

という筋で批判するのなら、上の煽り方の代わりに
「飯田隆の言う通り確かにラッセルは私的言語ですが、それが何か?
 私的言語がいけないって誰かちゃんと論証したんですか?」
と煽っておかないと筋が通らないんだけど。

106 :105:2005/12/05(月) 15:32:10
俺の言いたいことをまとめると、
・ラッセルが私的言語をとることを擁護すること
・ラッセルが正しい間違ってる以前に飯田さんの「ラッセル=私的言語」
 解釈自体が表面的な誤解であると批判すること
の2つは整合しないでしょ、と。

別に煽りを除いた部分で三浦さんの言うことがおかしいとまでは
言わない。というか、三浦さんの言いたいことがわかるような引用の
仕方になってないのかなあ、結局104の先の引用じゃ三浦さんの
言わんとすることの筋がつかめなかったなあ、ということで。

107 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 20:21:12
>>106
引用で済ませるなら、>>103 >>104 よりこっちの方が詳しいみたいよ。

http://plaza.rakuten.co.jp/yoiti2gou/diary/200511200000/

108 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 20:55:54
>>107
さんくす
詳しく引用してあるのを読んだらとても面白いね。

109 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:16:57
 

110 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:18:22
や、

111 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:19:28
ラッセルの西洋哲学史、おもしろいね

112 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:19:50
フルーチェはまだかね?

113 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:20:23
まだかね?

114 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:21:26
702 :ミスターX:2005/12/06(火) 00:48:35
ハウス食品だがね

115 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:21:50
誤魔化しても無駄だがね?

116 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:23:30
まだなのかね?

117 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 19:41:51
純一、ぴかぁ〜は年末のバイトしてるのかな、どうよ?


118 :純一 ◆Fn0dptrDJw :2005/12/06(火) 19:42:38
どうかな?

119 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 15:10:10
>>105
>>107
 ●自然言語については
 >「ラッセルも言語の社会的性格を無視などしてはいない、むしろ社会的性格をよく捉えていることに
 気付かねばならない」
 ●理想言語については
 >「飯田隆の言う通り確かにラッセルは私的言語ですが、それが何か?
 私的言語がいけないって誰かちゃんと論証したんですか?」

 って煽りだったようだね。納得。。。?

120 ::2005/12/17(土) 20:49:29
これは? だれか?
http://d.hatena.ne.jp/nuhsnuh/20051102

121 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 20:47:45
>>120 のような歴史的な情報を知りたがる人が多いのだろうけど、
ここのブログの人もなかなかいいこと言っているような。
http://chez-sugi.net/book/2005/001279.html

122 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 00:07:39
高校生なんだけどこいつの論理サバイバルていう本を注文しちまった。
こいつの書いてる本はトンデモが多いのか?

123 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 10:30:52
http://members.jcom.home.ne.jp/0938773301/kaijyu01.htm 
を見れば三浦俊彦の知能レベルがわかる。
彼は大学1年生程度の論理学と高校程度の確率の知識とは持っている。
しかし、彼の持ち出す量子論やニュートン力学の知識は聞きかじり
程度のレベルである。この人物は統計力学やその生物学への応用に
ついては全くわかっていない。生物の進化とは外界からの刺激に
対して細胞内でおきる電気信号によって遺伝子の再生メカニズムが
徐々に変化するためにおきる。このプロセスを説明するには、
高分子であるDNAの細胞内運動を電磁力学とStochastic 力学を
融合させて解析しなければならないが、そのためには、
Stochastic準静止発展方程式(Stochastic quasi-static evolution
equations)を複雑系流体力学(Rheology, Mechanics of Polymer Flow)
の枠組みの中で解析する必要があるが三浦俊彦はこれらに関する
知識が全くない。現在これらの問題の研究は、多くの米国の大学の
Bioinformatics, Mathematical Biology, Computational Biology,
Biomedical Engineering, Chemical Engineering, Biophysics,
Computer Scienceの専門家達の共同研究によって進歩を遂げている。

124 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 12:09:31
爆笑! すげえよ三浦さん!!

125 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 12:23:49
>>123

何馬鹿なヨタをとばしてやがる。突然変異がどうして起きるか
なんてのは何もわかってないしバイオインフォマティクスだって
まだデータベースをやっとこさ構築してる段階でしかないのに。

126 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 13:31:47
>>20
> さて、次なる意味不明な部分。141ページ。
>「つまり、意味論と認識論と存在論を統合するラッセル流統一主義は、
> 前提であるどころか、「固有名と確定記述の論理的振る舞いの相違」を
> 認めさえすれば、そこから導き出される帰結なのだ。」

わたしもここ読んで意味不明だったな。
そりゃ確かに、普通の意味でなら固有名と確定記述の違いは
みんな認めるだろうけど、問題はラッセルのいう「真の固有名」だからね。

普通の意味でなら「ドラえもん」だって間違いなく固有名だよ。
指示失敗の可能性さえ許されない「真の固有名」なんてのは
既にラッセル的存在論なり認識論を前提してると思う。
だからそれが「導き出される帰結なのだ。」なんて言われても理解不能。

127 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 13:35:12
>>1のCapさんって、三浦氏だけでなくラッセル自体にも批判的なのかな。
良くわかんないけど。
実際三浦さんの本を読む限りでは、ラッセル哲学って、
よほど好意的な読者にしか受け入れられない気がする。

でも、そういう好意的な読者がラッセル批判に対抗してあくまでも
ラッセルを擁護するなら、それなりにできてしまうのではないかな。
結局、「何を真の意味でのXXと呼ぶか」(XXには存在とか単純な
基本要素とかが入る)という言葉使いの態度決定がコアにあるから
それを受け入れるかどうかが読者の分岐点になると思う。
まあ、哲学ではなくパラドクスやパズルで遊ぶのがメインなら話は別だけど。

128 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 13:39:11
ちなみに、三浦さんとか、その他多数の哲学者さんたちは平気みたいだけど
「シャーロックホームズは存在しない」という文例自体微妙に変だと思う。
普通の人は「小説の登場人物である」とか「架空のキャラクタである」とか
言うだろうし、その方が実際適切でしょ。「存在しない」って言うか?
「シャーロックホームズに妹は存在しない」なら全然問題ないが。
とにかく、哲学者の変な文例とか言語感覚には最大限注意した方がいい。
三浦さんの本にもいいサンプルがいっぱいある。

129 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 01:36:45
>>128
言語感覚おかしいのはどっちだか怪しいもんだよ。
「ホームズは実際には存在しない」って普通でもいわない?
ごくごく普通の意味で、彼はロンドンには「いなかった」でしょ?

130 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 07:28:33
>>126
>そりゃ確かに、普通の意味でなら固有名と確定記述の違いは
>みんな認めるだろうけど、問題はラッセルのいう「真の固有名」だからね。

「ドラえもん」と「机から飛び出してきた猫型ロボット」とでは、
「固有名と確定記述の論理的振る舞いの相違」があるはずだよな。
いやまてよ……、「ドラえもん」だってほんとの固有名とは言えないのでは?
ではほんとの固有名とは? それは……、
とつながってゆくのだから、
「導き出される帰結なのだ。」でわかるべ。

131 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 09:31:50
>>125

ぷっ

132 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 09:42:20
>>129
いや、実は存在したんだよ。
だからその例は混乱の元。

133 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 11:26:54
>>128
「普通の人」てのは、ホームズが存在しないことを知ってる人のことだろ。
「言語感覚」とか言い出すのに限って考えの浅い奴ばっか。

134 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 11:58:39
>>132
>実は存在した
ど こ に ?「普通の人」はこう聞くぞ。

作品世界に存在したといいたいんだとしても、それはこの世界ではないからね。
「実は存在した」というからには足か飛行機か船か潜水艦か宇宙船で原理上行ける場所にいてくれなきゃ困る。

135 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 12:54:09
>>134
いやだから、実は同姓同名(かの有名な作中人物と)の人間がいたことが
後に判明したのだよ。
血の巡りが悪いなあw。

136 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 14:03:24
バカ者の存在が発覚した

137 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 14:04:45
>>134
>「実は存在した」というからには足か飛行機か船か潜水艦か宇宙船で原理上行ける場所にいてくれなきゃ困る。

20以上25以下の素数は確かに存在するが、それは原理上(w)行ける場所にあるかね。
(あるいはこの「存在」は同音異義語だとでも?)
まあ、それは言いがかりだが、とにかく「存在」って言葉はあんたが思うほどは
自明じゃない。わたしはクワインの定義が一番好きだな。

138 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 14:07:23
>>133
>「言語感覚」とか言い出すのに限って考えの浅い奴ばっか。

いえ、「存在」のような言葉に関する言語感覚の鈍感さは
多くの哲学者にとって致命的です。
微妙な違和感を「本質的でない」とか言って無視してては駄目。

139 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 14:28:29
>>129
>「ホームズは実際には存在しない」って普通でもいわない?

「ホームズは実際には存在しない。」「ドラえもんは存在しない。」
「サンタってほんとはいないんだよ。」「神武天皇は実在しない。」
後の2つは、まあ許せるんだけどな。

ホームズについて存在が話題になる場面や脈絡を考えるのは難しい(哲学を除く)
「ホームズ」という名詞に意味を与えているのは、小説作品と、
それを前提とした愛好家たちの会話の積み重ねだから
存在するとかしないとか言っている人は、「ホームズ」という名詞を
理解していないと言った方がいい。あるいは使う資格が不十分と言うべき。
疑問文を例に挙げるなら
「ホームズって知ってる?」ならOKだが「ホームズは存在しますか?」はNG。

140 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 17:26:30
あー予想通りの反論がたくさん。

>>135
>実は同姓同名(かの有名な作中人物と)の人間がいたことが
後に判明した

あのねえ、二人の人が同姓同名ならそいつらは同一人物なの?
君と全く同姓同名の人がいるとして、
その人は君と同一なの?その人が死んだら君も死んだことになるの?
ならないでしょ?別々でしょ?
だから二人のホームズも別々で、
そのホームズさんが存在するからといって、
かのホームズが存在することにはならないの!
君のいっていることが正しかったら、
誰かを「神」と名付けるだけで神の存在証明終わりですよ。
すごい話だね。

141 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 17:27:25

>>137
あのねえ、そりゃ数について存在するといってもいいよ。
でもそれは人と同じ身分の存在者じゃないよね。
人にはあって挨拶できるけど、数にはそれができない。
だから、存在するものが原理上移動していける場所にあるとは限らない。
でも「ホームズが存在する」というからには、
人が存在するといわれているのであって、
人はどこか時空内にいてくれなきゃ困るの。
あって挨拶できる存在者じゃなきゃ困るの。
しかもどうやら君は「この」世界にいるといいたいようだから、
ホームズがいるというならわれわれと同じ時空の中にいてくれなきゃ困るの!
だって「ホームズは存在し、多くの事件を解決し、
パイプを愛用した」わけでしょ?
抽象的対象が問題解決してパイプを吸うの?
すごいねそれ。

あと、こういうのって存在することが束縛変項の値になることである場合にむしろ問題になるってことわかってる?

142 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 17:28:32
>>139
あのねえ、君ちょっと言語感覚変ですよ。
ホームズファンがロンドンにやってきて、
ホームズの墓を探すために誰かに「ホームズのお墓はどこですか?」と聞いたとするよ。
ここで「ホームズはそもそも存在しないんだよ。
だからお墓も存在しないんだ」って答えた人は、
「ホームズ」という固有名を理解してないの?
すごい話だねそれ。そうなると俄然神はどうなるのか気になるね。

143 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 18:23:01
>>138
>>141 そのほか
「ホームズは抽象的存在か具体的存在か」なつかしいな〜〜
なんや三浦本で散々説き聞かせられたことを
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326153059/qid=1136798107/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-1447344-6436357
初心者レベルでおさらいするすれのようだね

144 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 21:18:42
mock name

145 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:03:44
聞きかじりの知識でアホなことをいう>>128ほかに哲学の仕方を教えるスレ、か・・・

146 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:08:52
>>140

馬鹿か?www
>あのねえ、二人の人が同姓同名ならそいつらは同一人物なの?

だれも同一人物だとは言ってないが?
小説に出てくるのとは別人の「ホームズ」が実在したというだけのことだろ?

147 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:12:12
>>146
勝手な解釈すんなよ
実は実在した人物の伝記を小説と偽って発表されていたのが、例の聖典なのだよ?

148 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:13:59
>>145
馬鹿とはかくもおめでたきものかなw

149 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:17:02
ばーかばーか

150 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:24:38
日本語の場合、
「ホームズは存在しない」と、
「ホームズは実在しない」では、
ニュアンスがだいぶ違う。

151 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 00:29:05
>>146
ならなんで「ホームズは存在しない」が混乱のもとなんだよ?
虚構作品中の人物は実際には存在しないと言っている文は、
その人物と同姓同名の別人が存在したくらいで混乱のもとになるとは思えないのだが。

>>147
君はシャーロキアンかよ・・・。

仮に実在する人物の伝記だとしてもそれが小説であると宣言されていたならば、
作中に登場するホームズは実在のホームズとは別で、
やはり存在しないという余地は残されているけどね。

実在の人物をモデルとする小説、たとえば『龍馬が行く』の坂本龍馬について、
その人が寺田屋で殺されてから140年後の日本に我々がすんでいるっていうのは、ヘンな話ではないかと思うんだが。

152 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 02:24:38
ならなんで「ホームズは存在しない」が混乱のもとなんだよ?
虚構作品中の人物は実際には存在しないと言っている文は、
その人物と同姓同名の別人が存在したくらいで混乱のもとになるとは思えないのだが。

↑ただホームズと言ったら、それこ元世界ヘビー級チャンプのラリー・ホームズを指しているかもしれないぞ?

153 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 02:25:52
社会構造そのものが、いや、さらに、人間存在そのものが、
いや、さらに、牛糞とそこにわく蛆でさえも、
いや、さらに、宇宙の生誕そのものすらも
テクノロジーによって初めて規定されているということに
まだ気がつかないのかな?


154 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 03:21:00
>>152
そりゃ「ホームズは存在しない」という一文だけ問題にすれば
「ホームズ」が誰だかわからないし、
この文は議になる可能性があるけど、
今問題になっているのは、
特定の文脈の中でかの作中の人物をさすものとして使われた
「ホームズは存在しない」でしょ?

三浦の本読んでないから正確にはわからないけど、
虚構作品の登場人物の固有名の話をするような文脈で
でてきてるでしょ?
それなら、三浦本の中で登場した「ホームズは存在しない」
は何の問題もない例文だし、それを混乱を招くとか言うのは
単なる言いがかりだよ。

155 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 06:13:12
おいおい、まじに熱くなるなよw

156 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 13:52:02
このスレは虚構

157 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 14:45:06
>>142
誰かに「ホームズのお墓はどこですか?」と聞くホームズファン。
微妙な例ですね。「力石の葬式」を連想します。
「ホームズはそもそも存在しないんだよ。」が適切な答えかどうかは
分からないけど。まじめな場面なら、普通はそう答える前に、この質問の
意図というか意味的脈絡を確認するような気がする。

わたしはやはり、少なくともコナンドイルとの関係の一応の理解程度は
固有名「ホームズ」理解のコアにあると思う。
まあしかし、存在する/しないを語るゲームにはいろいろあっていい。
「神の存在」もいい例です。「存在」といっても、どういう意味で
存在するかと言えば、それこそ神的な独特のあり方で存在するとしか
いいようがない。この場合「存在」の意味と存在証明は一体化している。

とにかく、「ホームズは存在しない」自体変、というのは撤回しても
いいです。問題にしたいのは、あくまでも三浦さんの本の中での、
固有名と指示に関する議論の進め方だから。いくら頭がよくても、
こういう文例で当然のようにすらすら理解してしまう読者というのは
どうかと思うんです。一応哲学書なのだから。

雑誌の記事の見出しで「実はホームズは存在した!」みたいなのが
あってもいいですね。要はホームズのモデルみたいな人がいたという
だけの話ですが、みんな何の問題もなくこの文を理解します。

158 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 02:56:47
>>39
これとか だな? http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/sexfsale.htm

159 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 11:34:40
>>157 お前意味論と語用論を区別しろ。
例えば「渡辺君はいません(存在しません)」は
意味論レベルでは完全に正常な日本語の文であり
語学テキストの例文としてもおかしくない。
語用論レベルでは
「渡辺君はいません」(欠席です)
「渡辺君はいません」(去年死にました)
「渡辺君はいません」(和田部君の間違いだろ)
など、コンテキストの補足は必要。それだけの話。

160 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 11:58:06
>>159
それって、結局コンテキストも考慮して意味論に組み込むべきってことじゃないの?

語用論ってのは意味論から独立したものではないし
簡単に切り離せるものではないよ。

161 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 13:14:18
>>160
意味論はタイプに関わり、語用論はトークンに関わる。
意味論は語用論から切り離されているからこそ、使える。
全部トークンに集中したら、学問の分業ができないでしょうが。
学問の分業が成っていたからこそ、西欧の学問は東洋思想を圧倒し、世界を制覇した。
ストローソンがラッセルを批判したとき理解していなかったのも、その点だった。

162 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 13:26:41
>>161
>全部トークンに集中したら、学問の分業ができないでしょうが。

まあそうなんだけれど、俺が言いたかったのは、
タイプだけ切り離して、意味論を考えることはできないってこと。ウィトゲンシュタインのいう「ざらざらした大地」ってやつが必要。

もちろん最初のレベルで、タイプとトークンを
区別できていなければ、お話にもならないが、
その区別を維持し続けることはできないのよ。

あ、それから、>>157は俺じゃないので、念のため。




163 :161:2006/01/11(水) 13:38:40
俺も>>159ではないので、念のため。

164 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 14:15:43
嗚呼状況意味論

165 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 11:01:27
>>161
勉強不足で余り自信ないですけど
三浦本に出てくる「この犬は吠える」とかは、当然
タイプではなくトークンの事例ですよね?
つまり、sentenseではなくstatementの事例。
具体的に、指示や真偽について論じるための事例なのだから
タイプとして「日本人なら意味分かる」という話なんかじゃない。
固有名詞とか「これ」とかも、暗黙のものも含めコンテキストなしには
指示対象が確定しないし、何も指示しない。
語用論と切り離された「意味論」があるとしても、三浦本とは直接関係ないと思う。

166 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 14:31:33
そうね、>>161のいうとおりラッセルの論理的固有名は
その場かぎりの指示対象しか持たないのだから、
>>161とは反対に、もしかしてラッセルが意味論と語用論を融合させた産物とも言えますね。

167 :166訂正:2006/01/12(木) 14:34:21
>>161のいうとおり → >>165のいうとおり

168 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 16:01:32
自然言語の意味論スレ立ててくれ

169 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 16:21:19
>>168 意味論スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1075723621/
哲学板の外だが、そのスレでもRussellが主役みたいです。

170 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 20:48:57
>>169
そこのスレはレベル高いな。
勉強になる!

171 :考える名無しさん:2006/01/14(土) 02:16:36
ちなみに次のスレでもRussellがけっこう人気です。レベルは……

20世紀最大の哲学者は誰か?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1120740607/l50

172 :考える名無しさん:2006/01/15(日) 00:50:05
哲学なんて銭にならないもんで、いっぱしに食えていて、
地下室付きの新築一戸建て、女子大教授で、芥川賞候補の常連で独身とは、
なんともうらやましいなぁ。
女子大生の甘酸っぱい色香に囲まれ、より取り見取りかよ。
「先生、サプリメントとカップラーメンだけなんてだめですよ、あたしが、
ごはん作ってあげるね。」なんてガンガンすり寄ってくるんじゃねーの。
いーなぁー。うらやましーなぁ。おいらもそんな感じになりたいな。

173 :考える名無しさん:2006/01/15(日) 04:12:24

杜玖椀も知らんのか?

またおまんじゃしてやろうかね?(チョピピップ



174 :考える名無しさん:2006/01/16(月) 13:52:49
>>122
むしろトンデモバスターズカ
http://snsi-j.jp/boards/cb.cgi?room=takano
「実在し、」がなにげに藁

175 :考える名無しさん:2006/01/19(木) 12:36:08
浅田――最近ワープロ小説とでも言うべきものが増えてきて,笙野頼子から三浦俊
彦にいたるまで,言葉遊びの限りを尽くしているわけだけれども,あれは結局,ジョ
イスをワープロで簡単にやってみただけのことで,しかもジョイスのようなインパ
クトがほとんどない.
http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic012/zadan/honbun_j.html



176 :考える名無しさん:2006/01/21(土) 18:53:55
三浦先生のラッセルの本は全然トンデモとは思わないが
7章あたりの「分析」がよく分からなくて不満が残る。
「シーザー」「日本人」「法律」などという記述は、最終的には辞書の文字とか教師の発言のような、
センスデータと単純普遍のみの命題に分析されると言うが、8章の最後でラッセルの最終的考えでは
これで分析完了という保証ができる分析の終点はないらしい。
そうすると、これらの言葉の意味理解は、所詮「理解したつもり」でしかありえないのか?

177 :考える名無しさん:2006/01/21(土) 18:55:50
また、記述の分析のされ方は人と時刻によって違うだろうから、言語の社会性はやっぱり謎だ。
148ページで、言語が私的であることはある意味当然だとか開き直ってるみたいだけど
「2人が同一の物事(=共通の対象)について語り合う」というのが幻想だとしたら
コミュニケーションも、結局の所分かり合ってるつもりでしかないのか?
ラッセルが言語の社会的性格を無視した、というのは言い過ぎでも、謎を残したのは確かだ。
なので、Capさんの批判には同感する。

178 :考える名無しさん:2006/01/21(土) 18:59:41
個別の言葉について「分析」を考えても、やっぱりよく分からない。
ラッセルの哲学入門の例で「デズデモナはキャシオを愛している」というのがあるが
「愛する」という関係は、直接体験で知りうる単純普遍なのか?
それとも、ドキドキとかハアハアみたいな感覚にさらに分析可能な記述なのか?
実際の具体的な分析は哲学の仕事じゃないかもしれないが、説得力には関わると思う。

179 :考える名無しさん:2006/01/26(木) 18:08:23
>>177
>コミュニケーションも、結局の所分かり合ってるつもりでしかないのか

そうとしか考えられん。
「社会」を基本にとる大味なマルクス主義やらポモやらフェミやらと似たようなアプローチを
分析哲学が容認してしまってはつまんないのは確か。

180 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 13:45:23
なんでもっとよい大学に移らないんだろう?
あれくらいの人ならどこでもひっぱりだこだろうに。
執筆活動のため?

181 :考える名無しさん:2006/01/27(金) 19:09:21
ヒント:文学部唯野教授

182 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 21:24:44

杜玖椀も知らんのか?

またおまんじゃしてやろうかね?(チョピピップ




183 :考える名無しさん:2006/01/28(土) 23:58:47
>>178

>「愛する」という関係は、直接体験で知りうる単純普遍なのか?
>それとも、ドキドキとかハアハアみたいな感覚にさらに分析可能な記述なのか?

『哲学入門』の頃のラッセルは、関係は普遍で、感覚与件は個物と考えてたから、この質問には「『愛する』は分析可能な記述ではない」と答えるだろう。
記述に還元できるのは、固有名だけなの。「愛する」みたいな述語は対象外だ、とね。

でも後になると、感覚与件も普遍に組み入れて、存在するのは普遍だけ、という立場(三浦氏の言う「唯名論の正反対」)になる。
こうなると、もう記述理論そのものが使えなくなる。還元する先の個物が消えちまうから。
ラッセルはこの点についてどう考えていたんだろう。そこが俺には謎。

184 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 01:42:08
>183
それはおかしいんじゃないかな。
哲学入門のときでも、記述によって知られる普遍と、
面識によって知られる普遍があるって考えてたでしょ。

記述理論が適用されるのは個物とは限らないよ。

185 :183:2006/01/29(日) 09:51:46
>>184

わかっとらんね。そういうことじゃないの。
(曖昧に考えたときによくありがちな間違いだけどね。)

1.ラッセルにとって、普遍は言語において「述語」で表現される。これはOK?
2.記述というのは、要するに一階の量化文である。これもOK?

すると、君の言う「記述理論を普遍に適用する」というのは、「一階の量化文の議論領域に述語を含める」
ということを意味する。これは不可能だ。一階の命題の議論領域には、個物しか含められないから。

OK?
もし納得いかなかったら、試しに普遍に記述理論を適用してみてよ。どうなるのか見てみたい。

186 :俺は184ではないが:2006/01/29(日) 13:22:54
どしぇ〜〜、
 いまどき >>185 のような無理解の徒がまだ存在していたとは……、

 2.がダメだね。全然ダメ……。

187 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 14:23:18
でも、ラッセル用語の「記述」は確定記述か不確定記述のことみたいだから。
>>178の「分析可能な記述なのか?」は単に「分析可能なのか?」と言えば良かった。
>>183さん指摘thanks

188 :183:2006/01/29(日) 18:29:19
>>186

>2.がダメだね。全然ダメ……。

 面白い与太とばすな、お前。記述理論を一般形式で書くと下記のようになる。
 (Fに「現在のフランス国王である」、Gに「禿げである」を代入すると、ラッセルの使った例になる) 

  ∃x( (Fx ∧ Gx) ∧ ∀y(Fy → (x=y)) )

 この命題が一階の量化文ではない、と186は言うわけだ。

189 :186:2006/01/29(日) 19:00:23
>>188 さん、全然ダメですわ、貴方やっぱり。
∃x( (Fx ∧ Gx) ∧ ∀y(Fy → (x=y)) ) が一階の量化文ではないとは申してません。
2.がダメだと申したので。

記述が一階の量化文である、というのは意味をなしましぇん。
記述は文ではないからでぃす。

記述についての文を、一階の量化文に書き直せる、というのが正しいのでぃす。
記述は意味論的単位ではないので、丸ごと還元などできず、文脈的に消去できるのみなのですよ。

このことは、論理的原子が普遍なのか個物なのかとは全然関係なくて、
そもそもラッセルの論理学は内包論理なので、xに普遍が入ってもかまわんのです。
わかりる?

∃x( (Fx ∧ Gx) ∧ ∀y(Fy → (x=y)) )は、
形は一階だが、形而上学的には何階でもかまわないことに注意してチョ。

190 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 19:07:45
「世界でナポレオンだけが持っている(the)性質」
みたいに高階のものを記述したってかまわんわけですな

191 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 19:10:01
そのとおりですね

192 :183:2006/01/29(日) 19:19:14
>記述は文ではないからでぃす。

本当だ。おれが間違ってた。ごめんなさい。ディスプレイの前で土下座してます。

>そもそもラッセルの論理学は内包論理なので、xに普遍が入ってもかまわんのです。
>わかりる?

 わかんねーな。「自身に述語付けられない」のような述語まで入れていいてのかよ、タコ。

193 :190:2006/01/29(日) 19:24:48
> わかんねーな。「自身に述語付けられない」のような述語まで入れていいてのかよ、タコ。

横レスなんですが
それをwell-formedにしないための階型理論なんじゃないかと

194 :183:2006/01/29(日) 19:37:52
>それをwell-formedにしないための階型理論なんじゃないかと

そうなんだけどさ、タイプ理論を記述理論に持ち込んだら、
普通に使われている述語のうちにも構成できないものが出る危険が生じるんじゃないのか?
具体的にどれって言えねえけど。


186の説明で、俺の一週間の疑問(普遍しか存在しない立場に移行したあとのラッセルは記述理論が使えないんじゃないのか?)
が氷解して、俺はいま上機嫌だ。

195 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 19:46:56
> そうなんだけどさ、タイプ理論を記述理論に持ち込んだら、
> 普通に使われている述語のうちにも構成できないものが出る危険が生じるんじゃないのか?

どうなんでしょうね
「それならそういう述語は存在しなくていい」という立場なのかな

そもそも「自身に述語付けられない」が問題含みなのは
記述に関連づけることから来る問題じゃないと思うんですが

196 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 22:09:19
ラッセリ必死だなw

197 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 22:50:20
ぷっ

198 :考える名無しさん:2006/01/29(日) 23:00:22
ラッセルねえ

199 :考える名無しさん:2006/01/31(火) 12:21:17
>>194
そう素直に納得していいのかは疑問だけど、
個体を「性質の束」に還元するのは昔からイギリス経験論のオハコだからね。
ラッセルはイギリス経験論に論理学でお墨付きを与えたってとこだろう。

それに命題関数の考えは普遍が基本ってのはわりと常識みたいぜ。こことか↓
http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/r-descri.pdf

200 :考える名無しさん:2006/01/31(火) 23:46:25
ただの馬鹿か

201 :183:2006/02/02(木) 22:47:28
>>199

アホが。命題関数が普遍であることと、命題関数の入力項に普遍を入力できることは違う(無関係でもないが)。
俺が馬鹿さらしたのは後者の問題。

202 :考える名無しさん:2006/02/14(火) 14:43:23
 >>1 ハッケン?
http://www.geocities.jp/mickindex/russell/rsl_book.html

 ↑なかなか勉強にはなるサイトです。

203 :考える名無しさん:2006/02/16(木) 23:31:44
174
バスターズカってなに?なんかCapっていう人の主張が目に入ったから
せっかく論理サバイバル買ったのに三浦って著者が論理的欠陥の
ある主張を連発してたら嫌だなと思った。

204 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 12:50:42
>>203
ゴーストバスターズ=幽霊を退治する人。
ウイルスバスターズ=ウイルスを退治するソフト。
トンデモバスターズ=トンデモ科学、ポストモダン思想など、非論理的なファッションを退治する人。
カ は か? の打ち間違いとも思われる。

205 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 13:14:50
トンデモ科学、オナニスム哲学、ポストモダン思想などを退治する(人、行為、言説など)。

206 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 13:20:10
>>199
> 個体を「性質の束」に還元するのは昔からイギリス経験論のオハコだからね。

記述理論は、ライプニッツの完全個体概念の現代的焼き直しだろ。

207 :考える名無しさん:2006/02/18(土) 23:30:54
>>206
詳しく

208 :考える名無しさん:2006/02/22(水) 21:57:36
日常言語が持つ宿命的欠陥だってさ。
オマイは科学者が日常生活を持たないとでも思っているのか。

209 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 14:46:11
↑必要条件と十分条件の区別ができないお茶目な初心者がいるのはここでしたか。

日常言語は宿命的欠陥を持つ
=日常言語は科学に不十分である≠日常言語は科学に不必要である

210 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 16:56:01
>>207
詳しくって言われても、そのまんまだし・・・。
記述理論以外でも、ラッセルは例えば集合の同一性の定義として、
ライプニッツの不可識別者同一の原理をそのまま用いているとか・・・。

211 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 21:18:43
>>207

アホの言うこと真に受けるなって。
記述理論とライプニッツのつながりなんてゼロだから気にするな。

212 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 21:27:23
解説と訳注の充実した
ラッセルのライプニッツ本の新訳を、
両者の研究者が協力して出してくれんかのう。

213 :考える名無しさん:2006/02/28(火) 23:01:53
>>209
=の使い方を知らんようだな。
あるいは
宿命的の使い方がうまいな。

214 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 12:01:47
>>211
> 記述理論とライプニッツのつながりなんてゼロだから気にするな。

どういう根拠でそう言っているの?
内容的に明らかに類似点がある上に、
ラッセルはライプニッツの研究者でもあったのだから、
思想史的に見ても「つながりなんてゼロ」なんて言えるわけがないが。

215 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 14:18:53
全裸でイナバウアーやってろ

216 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 14:22:59
>>215
で?

217 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 15:35:48
>>214
>内容的に明らかに類似点がある
だからその「類似点」を詳しく。

ただ「似てる」ってだけじゃ納得できんす。
任意の哲学説どうしの類似の平均よりもはっきりよく似てる、と感じさせる類似点がなければさ。
(だって全然似てない哲学説のペアなんて見つける方が難しいんだもん)

218 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 22:29:23
固有名についてのラッセルの見解というのは、固有名を確定記述に置き換え、
確定記述を含む文を存在文に置き換えるというものですよね。この前者は、
「個体=属性の集合」というライプニッツの見解の言語論的展開と言っても
いいものだと思いますが。


219 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 22:48:06
>「個体=属性の集合」というライプニッツの見解の言語論的展開

あとづけの曲解だな。
『数学の原理』の頃の存在論を考えれば明白なように、ラッセルは最初からそんな「展開」をするつもりはなかった。
本当は固有名は固有名として扱いたかった。それがうまくいかないから記述理論が要請されたの。

220 :考える名無しさん:2006/03/01(水) 23:40:42
>>218
>言語論的展開
 なんか、言語論的転回と紛らわしいな。真意は?

 いずれにせよ>>219は正しいこと言ってる気がするが。

221 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 02:01:14
じゃ、他の点はどう? たとえば、プリンキピアの論理主義にはライプニッツの
理想的人工言語というアイデアの影響がないか? プリンキピアの中の対象の
同一性の定義はライプニッツから着想を得たものじゃないのか?

222 :219:2006/03/02(木) 23:04:15
>プリンキピアの論理主義にはライプニッツの理想的人工言語というアイデアの影響がないか?

知らん。

>プリンキピアの中の対象の同一性の定義はライプニッツから着想を得たものじゃないのか?

そう。これはラッセルが明言している。


しかし類似点探すのがそんな楽しいのか?

223 :考える名無しさん:2006/03/02(木) 23:10:51
ありゃw

224 :考える名無しさん:2006/03/05(日) 17:12:54
>>221 >>222
影響と類似は別のことだし。

「似てると思ったらかなり違う」を探すのは楽しいかも。
         ライプニッツのモナド ≠ ラッセルのパースペクティブ
とか。(スレタイpp.188-189)

225 :考える名無しさん:2006/03/32(土) 13:00:15
sage

226 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 00:29:05
>225
3月32日ってあったのか。

227 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 01:47:32
志村ーエイプリルフールエイプリルフール!

228 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 23:39:28
糞スレッドあげんなや!

229 :考える名無しさん:2006/04/03(月) 23:55:29
>>228 
――と言って自分でageてる「ageのパラドクス」

230 :考える名無しさん:2006/04/04(火) 00:01:30
ラッセリンコ

231 :考える名無しさん:2006/05/10(水) 12:47:31

  ァ  ∧_∧ ァ,、
 ,、'` ( ´∀`) ,、'`
  '`  ( ⊃ ⊂)  '`
     ∧_∧ ミ ギャーッハッハッハッ!
 o/⌒(. ;´∀`)つ
  と_)__つノ  ☆ バンバン


232 :考える名無しさん:2006/06/21(水) 12:55:00
そういう書き込みしてて、楽しいの?

233 :考える名無しさん:2006/06/22(木) 00:29:10
ラッセル大賞発表。(トリプル受賞)
>>192さん >>194さん >>201さん
(誤りを潔く認め、次の段階へ自説を修正してゆく論証的スタイル とか)

234 :考える名無しさん:2006/07/27(木) 00:13:21
ttp://members.jcom.home.ne.jp/miurat/MIUR4-05.HTM
三浦俊彦「B.ラッセルと中国・日本」

私たちは始終フラッシュの光に追いかけられ、眠っている姿までも写真を撮られた。
(中略) 京都と東京で極端にへつらったもてなしをうけるかと思うと、警察のスパイに
たえず尾行された。ホテルの私たちの隣りの部屋はいつも、タイプライターを持った
大勢の警察官に占領されていた。ホテルの給仕たちは、私たちをあたかも皇族の
ように取り扱い、部屋から出てゆくときは後ずさりするという具合だった。
私たちはよく、「この給仕めが!(Damn this waiter!)」と言ったものである。
すると直ちに、警察のタイプがカチカチ鳴り出すのだった。私たちのために
催された教授たちのパーティでは、私が誰かと少しでも活気ある会話に入るや
いなやフラッシュをたいた写真を撮られるのが常で、その結果会話はもちろん
中断されてしまうのだった。
またラッセルは、女性に対する日本人の態度を具体的事例に即して批判したり
などしている。しかし日本での最大のエピソードは、七月二四日、京都から
十時間の汽車旅で午後七時半に横浜に着いたときの出来事だった。横浜駅に
つめかけた写真班がマグネシウムを一斉にたいたので、妊娠中のドーラが気分が
悪くなって転倒しそうになった、ラッセルは心配してフラッシュを止めさせようと
するが一向にきかない、それでラッセルは激怒して、ステッキを振り上げて
カメラマンに殴りかかったのであった。

235 :考える名無しさん:2006/07/27(木) 00:16:14

ttp://members.jcom.home.ne.jp/miurat/MIUR4-06.HTM
自叙伝によれば、「私は足をひきずっていたので追いつくことができず、それが
幸いした。確かに殺人を犯しかねなかったからだ。」(p.135)ということで、
このときの彼の心情がさらにどう述べられているかというと、

あのときの私の感情は、ミューティニイに際して、(中略) 有色人叛徒にとり囲まれた
インド在住英国人が抱いたに違いない感情と同じものであった。そのとき私は、
異人種の手にかかって害を被ることから家族を護る欲求は、人間の持ちうる感情の
うち最も激しく熱情的なものであろうと実感した。(p.135)
 
ここで、ミューティニイは、一八五七年のベルガル原住民の暴動をさす。確かに
この連想は、国際的なヒューマニストであるラッセルの、極東における必然的
限界を示しているのかもしれない。

236 :考える名無しさん:2006/07/30(日) 00:29:23
限界つーか当然だろ。黄色い猿の狼藉に対してヒューマニズムも糞もない。

237 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 05:12:29
『ゼロからの論証』相変わらず陰険な感じの煽り入れてるな。。
もっとストレートな煽りを入れる山形浩生には嫌な感じはしないんだけど、
三浦のは嫌な感じがするのはなんでだろう。

238 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 08:46:22
>>237
どんな煽りだったんですか?

239 :考える名無しさん:2006/08/19(土) 12:07:33
>>238
>「哲学の才能というのは客観的に測ることができるはずですが、
それはとりもなおさず論理のセンスであり、それはすなわち、
どれほど的確な確率的直観を備えているかに他ならない、と私は信じています。
確率音痴であるがために、なんでもないところに奇跡や神秘を見出したり、
逆にこだわるべき神秘を見逃したりして、問題設定を根本から誤る失敗は、
プロの哲学者にも(にこそ)見うけられます。
そうした<ものわかりの悪さ>を哲学的感性のしるしのように気取るのはくれぐれも控えて、
客観的論理に沿った確率的直観を武器に意義ある問いを真剣に問うて見よう……」

>「物理学者の著述や講演に接していると、ときどき唖然とするほどナイーブな議論にお目にかかります。
素人相手の啓蒙だからと手を抜いているのか、それとも本当に思ったとおりを述べているのか。
もし後者だとすると、物理学の世界には未だにダーウィン的思考法が浸透していないことを
物語っているのでしょう。まだまだ物理学帝国主義から抜け出せず、
他の自然科学から学ぶべきことなどない、と思い込んでいるのかもしれません…」

ま、煽りと感じるのは受け取る側の問題なんだけどねw
カチーンと来るのは痛いところを突かれたってことだわな。。

240 :考える名無しさん:2006/09/02(土) 16:03:34

これって

241 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 01:50:36
>>240
そう、前者は明らかに永井均に対する嫌味でつね。

242 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 01:51:51
あと、中島義道も確率オンチだから、、w

243 :ψ:2006/09/03(日) 09:52:48
>>237
 『ゼロからの論証』、
今日、図書館から借りてくる予定です。

244 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 04:40:37
ほんとうに物理を知らんようだねw

245 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 17:01:14
名犬ラッセル

246 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 01:37:30
他を貶めて自己顕示欲満たしたいだけじゃないのか。
サイトデザインとかも気持ち悪いし、いい趣味しとらんな。

247 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:53:38
>>246
そうなんだよ。
永井均とウィトゲンシュタインのコンビの人気に嫉妬している
不人気な三浦俊彦とラッセルのコンビなんだよ。

仮に三浦の言いたいことが本当だとしてもそれを語ることによって
本来語ろうとしたこと以上のことが語られることをわかってない。
いくらウィトゲンシュタインや永井均が嫌いだとしても言っちゃいけないこととか、
言おうとしてもいえないことがあるのは間違いないんだのにね。

248 :246にあらず:2006/09/06(水) 00:51:54
私は三浦は好きではないが、永井も好きではない。
247がだしているような二択はおかしいし、ラッセルと三浦を一緒にするなといいたい。
あと、永井とウィトゲンシュタインを一緒にして欲しくないと思っている、
ウィトゲンシュタインシンパも大勢いることをお忘れなく。


249 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 01:16:21
好きとか嫌いとかおまえらの趣味なんぞどうでもいいよ。


250 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 05:19:02
いつまでも私物化してるんじゃねーよ!!

251 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 13:47:15
馬鹿ばかりだな

252 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 14:19:31
シンパとかアホか。

253 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:48:43
>>247  >言っちゃいけないこととか、言おうとしてもいえないことがある
哲学板ってあいかわらず宗教色強いんだナ
なごむ

254 :::2006/09/07(木) 07:16:02
犬はほえる
∀x(犬(x)→ほえる(x))

255 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 00:51:07
ラッセラナイ

256 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 08:11:47
>>254
∃x: (犬(x) → not ほえる(x))
病気でほえない(声が出ない)犬は?
not (∃x:: 犬(x) and not ほえる(x))が偽であるときは?

257 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 22:23:56
∃と一緒に使うのは→でなくて∧でしょが

258 :ΒΙΒΡΟΚ:2006/09/09(土) 12:44:39
τεστ

259 :BIBPOK:2006/09/09(土) 12:45:30
τεστ

260 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 01:13:00
犬はほえる
most x(犬(x)→ほえる(x))

261 :三浦信者:2006/09/14(木) 22:32:15
 「エクリチュール元年」は素晴らしい

262 :三浦信者:2006/09/15(金) 04:46:39
「これは餡パンではない」も素晴らしい

263 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 19:14:32
今でも怪しいサプリメントとか健康食品とか食いまくってるのか?
身体に悪いに決まってるのにアホだw

264 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 20:41:18
一日の食費:三食カップラーメン300円+サプリメント7000円

どうみてもサプリメントジャンキーです。


265 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 02:55:51
>>264
そんなもん、医学を知らなくても腎臓や肝臓に負担が来るだけだってわかるのにw
論理学、全然現実に役に立ってないやん。

266 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 23:54:43
三浦先生曰く、「自然のものの方が危険」ということです。

267 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 02:17:43
んな食生活じゃ長生きすることと病気になりにくいを両立はできんな。

>三浦先生曰く、「自然のものの方が危険」ということです。
健康に暮らそうとするあまり病原菌を駆逐した挙句、
アレルギーで快適な暮らしを失っている現実の実例には無関心なのか。
ヘーゲル先生もビックリだな。

268 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 15:45:06
>>266
>三浦先生曰く、「自然のものの方が危険」ということです。

ラッセル先生いわく、「自然の言語の方が危険」ということです。

269 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 17:20:33
三浦俊彦が麺類を好むのは、食べるのにエネルギーを消費しないからであり、三浦俊彦が幕の内弁当を嫌うのは、食べるのにエネルギーを消費するからである。

270 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 21:32:38

>>265 三浦が不健康なのと論理学が得意なのとは両立しうると思うよ。
 論理学は事実についての学問じゃないからね。

 「すべての犬は哺乳類である」という文を論理的に分析するのに
  哺乳類とは何かについての知識は必要ないからね。

271 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 21:38:00
そんなマジレスされてもw

272 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 17:27:32
三浦様は自らを実験台にして人類の未来を考えておられるのです。

273 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 22:30:33
単にカップ麺が好きなんでしょ

274 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 22:51:44
http://kashino.exblog.jp/4227377
に疑問があるのだが、誰か教えて。

まんなからへん、
「著者と同じロジックを使って、ベイズ推論しようか」
というなら、

仮説S 「国から研究費をもらう研究はひとつだけである」
仮説M 「国から研究費をもらう研究は複数ある」

としないと「同じロジック」にならないとちょっと思ったので。

275 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 23:18:07
>>273
カップヌードルのチリトマト味が好きみたい。

276 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 23:58:37
塩分取り過ぎて早めにお亡くなりになって下さい。

277 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/01(日) 16:10:23
そろそろ誰かが結論を言おう。


278 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/01(日) 16:29:29
土屋俊「文学者に出番はない」
9ヵ月後
土屋俊「哲学者にこそ出番はなかったのだ」

????〜『文藝』1994年冬号〜『虚構世界の存在論』〜発言撤回までの経緯を知っている者は報告してください。

279 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/01(日) 19:05:19
>>276
マルマンから発売されている「カリウムバランサー」を飲めば大丈夫だ。
http://www.kenko.com/product/item/itm_7511299072.html

280 :考える名無しさん.:2006/10/01(日) 20:23:19
訳の分からない気取りで、わざと難解そうな文章を書く人はどうせみんなから捨てられる。
このことは、肝に銘じておいたほうがよい。
日本の知識業界は、長く1920年代からの、昭和初期の新カント学派と呼ばれる、「ドイツ哲学の学者達」の
悪弊に始まって、やたらと難解な文章を書くことが、偉い事だとだという巨大な思い違いをしている。
この病気は今でもなかなか治らない。本当は自分の頭が良く無いだけのくせに、やたらと、象徴語と、
ドイツ式観念語(本当は禅用語を無理やり当てはめただけ。観念とか本質とか根本とか意識とか。500語)を使いたがる。
読んでいる方はいやになる。こんな下手な誰も説得できないような文章を、苦しみながら書いてるとあとあと大変だろうな。
どうせ誰も読んで分かることは無いのだから。当たり前のことを、はっきりと書くことができない。
やたらとこねくり回してそれが「するどい批評になっていなければいけないと、勝手に思い込む。
副島隆彦「属国日本論を超えて」

(副島隆彦「今日のぼやき」2001.5.21より抜粋)
私の頭の中は、今でもこのように、雑然とした理解で成り立っている。生活実感で理解できないと「理解」と
いうのはそもそも成り立たない。私はもの書き言論人としては、素人さん(一般大衆)レベルでの実感での理解、
というのをものすごく重視する。わけの分らないことを書く人や、その文章を毛嫌いする。
このことは、私は、「オッカムの刃」 Occam’s razor と言う考えを自分の思考原理に置いているからだ。
全ての事柄(事象)を徹底的に明晰にしようとする 思考方法であるオッカムの刃 については、そのうち書く。
この日本語という限界言語によってでも、私は、明確なものをぎりぎりまで追究して、死んで行こうと思っている。
(抜粋おわり)

281 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 21:16:50
哲学者にこそ出番はなかったのだ

これは永井の発言でしょ?

282 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/02(月) 00:09:32
>>281
つまり、『文藝』1994年冬号での土屋俊の発言に肯定的だった永井均は、『虚構世界の存在論』を読んで、意見が変わったということで、土屋俊は見方を変えていないということか?

それで、飯田隆・土屋俊連合と三浦俊彦ではどっちが正しいんだ?
論理学はまったく理解できないので、判断がつかない。

283 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 00:46:01
>>282
論理学が全く理解できないのに、
そんなことを知ろうとする態度が理解できない。

284 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/02(月) 01:32:46
>>283
分かった。潔く諦める。

285 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 11:11:26
>>284
三浦や飯田を読んでるんだから、全く理解できないというのは誇張だろう。
諦めずに腰をすえて勉強して見たら?

286 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 17:13:25
三浦vs飯田なら、これあたりが短くてわかりやす。
http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/konran.htm
記号は適当に無視してもOKてことで。

287 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/10/03(火) 05:00:05
>>285
買ってはいるが、積んでいる……。
勉強については、論理は実用性もあるし、学習する予定(こっちも本は購入済み)。
ただ指摘のとおり「腰を据えてやる」必要がありそうだから、今は難しいが。

>>286
ありがとうございます。
解読できたら、報告します。

288 :考える名無しさん.:2006/10/03(火) 06:45:50
 「虚構世界内存在」氏の謙虚な姿勢には好感が持てる。

289 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 15:44:02
>>287 >>288 虚構内謙虚じゃないよね。

290 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 18:19:08
>>289
ワロタ

291 :考える名無しさん:2006/11/04(土) 02:32:01
三浦の頭の悪さが露呈してるぞ
ここみてみ

ttp://8044.teacup.com/miurat/bbs

292 :考える名無しさん:2006/11/06(月) 13:19:55
「現代思想」の新連載はどう?

293 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/11/14(火) 19:36:13
ああ、これ岩波新書だったのか。


294 :考える名無しさん:2006/11/15(水) 14:56:05
飯田、土屋、三浦・・・・・・
これらの人の主張を検討するためなら、さほど論理学の知識は必要なかろう?

295 :虚構世界内存在 ◆vWilh8Qklc :2006/11/19(日) 08:32:12
感覚報告
●超越論が正しいならば、パトナムか三浦が正しい。
●非超越論が正しいならば、ローティかグッドマンが正しい。

296 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 19:56:38
いまさらラッセル研究する意味あんの?

297 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/11/20(月) 20:57:16
知見は絶えず増大する。解釈の幅も深さも広がる。

スレ違いだが、日本語で「主観」と「主体」は英語だとひとしなみに
subjectになってしまうが、英語本来の語義からすると「体」は明らかに
objectと見なされる。日本語で哲学をする時に使う「主体」に相当する
言葉が英語にはない。デフォルトでデカルト的二元論になっちまうな。


298 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 01:16:01
     ∧_∧        |
     ( ´_ゝ`)オドレはあの世でもこの世でも||
   /⌒    ⌒ヽ   生きるかちもねえ  |||
  / _イ    /⌒\    ||||
  (___つ/     \   |||||
    / /   イ\   \  /\ <グリグリ
    |     /|   \  \∧ │ ☆
    \_/  |     \<  >/
       │  |    ☆ \∨⌒ヽ    
       /  ノ     ヾ/ ´_ゝ`)ノ
      /  /        |    / バートランド ラッセル
     丿 /        | /| |
    (  (__        // | |
     ヽ_ノ       U  .U



299 :考える名無しさん:2006/11/21(火) 19:00:50
ていうか、三浦たかやすの「ラッセルのイワイクス」は無視か?

300 :考える名無しさん:2006/11/28(火) 18:35:38
 >>239  >>292
お待た〜   N井独在性への?追撃。
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%BC%AB%CE%A9%A4%F2%B6%AF%A4%A4%A4%E9%A4%EC%A4%EB%BC%D2%B2%F1
■連載――人間原理のパラドクス 第2回
  擬似問題から純問題へ

301 :考える名無しさん:2006/11/29(水) 12:43:31
光の速さで走っても230万年かかるアンドロメダ星雲って
存在してる意味あんの?

302 :考える名無しさん:2006/11/29(水) 14:41:18
あーーーほ。
ネットおたくども。
ママのおっぱいでも吸ってろ。
ばぁーーーーーか

303 :考える名無しさん:2006/12/21(木) 16:46:33
>>300
それっていつか単行本に収録されるかな?

304 :考える名無しさん:2006/12/21(木) 16:57:33
連載なんでじきまとめて単行本かされると思われ

305 :考える名無しさん:2006/12/21(木) 17:15:24
サンクス。
本になるまで待っとくよ。

306 :考える名無しさん:2007/02/04(日) 01:40:03
この人の本、何冊か読んだけど、最近スゴイ本出したね。
とりあえず、女子大クビになるんじゃないの?

307 :考える名無しさん:2007/02/05(月) 17:11:56
『のぞき学原論』て。

308 :考える名無しさん:2007/02/05(月) 23:54:53
>>307  内容がヤバすぎると思うんだが・・・・・
女子大には居られなくなることは想定しているだろうけど、それで済むのかな。

309 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 00:00:11
まあ生徒は引くだろな。

310 :考える名無しさん:2007/02/06(火) 20:01:32
たくさん本出してるから大学やめても食っていける自信があるんだろ

311 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 15:53:51
>>308 >>307
それ、ラッセルの恋愛論よりヤヴァい?

312 :考える名無しさん:2007/02/10(土) 18:36:06
第二の植草だな。
時間の問題。

313 :考える名無しさん:2007/02/17(土) 02:15:19
個人の嗜好だからOK。マニア度が突出しているのも研究心の現れ。
ただ、個人的にはパラドクス論を掘り下げた著作を希望。
先生、よろしくお願いします(見てますよねww)。

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