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涅槃

1 :考える名無しさん:2005/10/05(水) 22:02:57
すべての雑念から解放され、
精神的な境地に到達する。
これを「涅槃(ねはん)」、と言う。
つまり、「悟り」、だな。

涅槃的に世の中を語っていこう。


2 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2005/10/05(水) 22:08:03
無抵抗。
全ては無抵抗にしか繋がっていない。

3 :& ◆LMRaV4nJQQ :2005/10/05(水) 22:23:55
涅槃に達し、雑念から解放された私は、何も語りません。さようなら。

4 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2005/10/05(水) 22:25:16
1.道具があれば道具を使って何かをする。
2.道具がなければ道具を作って何かをする。
抗えず何も出来なくなれば(道具がなくなれば)
その次は何でも出来るようになる。
つまり、最初(2.)から始められる。不自由の中の自由。

5 :考える名無しさん:2005/10/06(木) 14:23:22
問題は涅槃の境地にいつまでもいることができないことだ

6 :考える名無しさん:2005/10/06(木) 19:34:34
ここで待ってるって言ってたんだがなぁ
あの勘違い野郎!

7 :凡人:2005/10/06(木) 20:05:00
>>1番さん
仏語の涅槃は宗教上の商売用語で有るから用いる事はしませんが悟りは人が
人間として生きる知能を育てる為に欠く事のできない必須事項です。
宗教的精神を含まずに人が悟る為の方法で有るなら哲学的に尤も重要な部分
ですので真剣にお話し致します。
大変に良いスレですね。

8 :考える名無しさん:2005/10/06(木) 20:21:11
凡人さんヨミニクイ。

9 :Tar ◆SQIDAUQYpc :2005/10/06(木) 20:23:31
なぜ世の中を語りたいのか語れ。

10 :考える名無しさん:2005/10/06(木) 20:25:58
国民には選択させておけばよいのだ。


11 :考える名無しさん:2005/10/09(日) 23:20:20
彼は彼岸だから

12 :考える名無しさん :2005/10/10(月) 16:52:58
真理を悟る

13 :考える名無しさん:2005/10/23(日) 01:56:38
パーラミタってことですか?


14 :考える名無しさん:2005/10/23(日) 02:03:47
無住所涅槃ってことです。



15 :考える名無しさん:2005/10/23(日) 23:24:37
へぇー、涅槃=悟りなのか。
「菩提樹の下で明けの明星を見たときに悟った」
「涅槃はお亡くなりになる事」
と聞いてたから別だと思ってた。

16 :考える名無しさん:2005/11/15(火) 12:34:28
僕が「悟り」と解釈しただけだよ。

17 :考える名無しさん:2005/11/29(火) 19:51:59
全てが無意味であることを

18 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 15:51:30
涅槃(ねはん)で待つって言葉的には合ってるの??

19 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 22:49:19
ブッダの教え(目覚めた人の教え)では、死んだ後のことは知覚できない
つまり、わからないということで死後の世界のことは無記なので
沖雅也サンのように飛び降り自殺の際の遺書に用いちゃうのは、誤解もいいとこです。

20 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 23:10:23
<覚せい剤所持>沖雅也さんの養父を逮捕 警視庁

 俳優の故・沖雅也さんの養父で会社役員の日景忠男容疑者(68)が
覚せい剤取締法違反(所持)容疑で警視庁に現行犯逮捕されていたことが
分かった。日景容疑者は、83年に飛び降り自殺した沖さんが「涅槃で待つ」
と遺書を残した相手として知られる。日景容疑者は使用したこともを認めているという。

(毎日新聞) - 12月12日12時56分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051212-00000040-mai-soci

21 :俺たちは天使だ!さん:2005/12/13(火) 02:54:57
沖雅也(本名: 日景城児)さんは、天国という意味のつもりでネハンを
用いたんでしょうね!

22 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 20:28:31
遅いな、アイツ

23 ::2005/12/13(火) 20:56:54
>>22
これ、某千葉県某白井市某桜台のゾンビ議員たちの蛸壺墓守寝首掻き野卑坊と申しまして、
ゾンビですので、暫く、こちらの涅槃にいつくかもしれませんが、うっちゃっておいてやってください。
哲学の、て、もわかりませんので。
もちろん、政治も財政も、共同幻想のなんたるかも、な〜んにもわからないDQNどん臭痴ほう議員のふんどしかつぎです。
かみさんがふんどしをしめるのですが、これがまた、まったく戦意のない不戦連敗痴ほう議員でつ

24 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 23:23:55
23は、やはり
ころころころがった糞を相手の顔面に投げる練習もしたり
金魚のクソでありつづけた
経験があるようだな?


25 :考える名無しさん:2005/12/20(火) 15:57:18
アフオ 待ってたぞ!!

26 :考える名無しさん:2005/12/20(火) 17:11:54
「悟り」って、私のイメージでは何事にも動じないって感じなんだけど
そんな人って本当にいるのかなー?もし、そんな人が実際にいたら
いろんなイタズラを仕掛けてどんな反応するか、見てみたい。
まるで、ドリフのコントだけど。
お釈迦様がいま、生きてたらなぁ。

27 :考える名無しさん:2005/12/21(水) 01:13:21
何事にも動じない.......?

28 :考える名無しさん:2005/12/21(水) 15:30:32
>>18
悟りの境地で待つ、って意味じゃ?

29 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 10:32:53
あの時代はまだ同性愛者への偏見が強かったからなあ…
あの世で幸せになろうって意味だと思った。

30 :考える名無しさん:2006/01/15(日) 01:05:06
>>15
亀で面目ないが、入滅って意味で使われることもあるようなのでそれもありだそうでし

31 :考える名無しさん:2006/03/22(水) 02:20:49
つうどう

32 :考える名無しさん:2006/03/22(水) 02:52:36
http://blog.m.livedoor.jp/deathvox/

33 :ヨヴァ:2006/03/22(水) 03:46:54
すべての物は常に流転し、
その中に自分と捕らえられる物は無く、
すべてが苦の為にしか存在していない
ようはこれを受け入れることがニルヴァーナなんでしょ。
俺は
>かくすればかくなるもの
>と知りながら已むに已まれぬ大和魂
みたいな
普遍不動の魂を我とする物のほうが好きだが

34 :考える名無しさん:2006/03/23(木) 02:01:16
おん369そわか
おん369そわか
おん369そわか

35 :考える名無しさん:2006/03/23(木) 02:03:57
なにこの煩悩w

36 :みょーん:2006/04/28(金) 19:52:58
極彩色のうごめくエネルギーみたいなものに、
私は角砂糖のように解け溶けて行った。
「ああ、死ぬってこういうことか」
こうして戻っていくんだ根源に。
それはせつないような・・でもむしろ感動と喜びでした。
私はこの成分の一部。この成分で出来ている。

夢を以前見て、たぶんこのビジョンが私にとっての涅槃。
この夢を見て以来、心の中にいつもそのエネルギーを感ずるし
感動とせつなさを抱いている。
私は今の与えられた条件のもとに生きて、そして、そこに戻っていく。


37 :メフィスト:2006/04/29(土) 10:27:24

うちの嫁はエッチのときに

「ああ、極楽涅槃ってこのことね!」

 と言っております。

 

38 :考える名無しさん:2006/04/30(日) 02:16:25
>>37
脱我ってやつだな。

39 :チン念:2006/05/01(月) 01:56:58
まだまだ、迷いの世界に
さ迷っておるぞ!w

40 :みょーん:2006/05/01(月) 17:07:51
>>38
>>39
茶化しじゃなくて、セックスをしてイクときって神秘的だと思う。
快楽だよね。
それで、子供が出来て、産むときって
苦痛だよね
これが意味するものってなんだろうと思うのだよ。
快楽と苦痛はすごく近い位置にあるんじゃないのかな。


41 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 02:14:10
利己的な遺伝子の
なせる業です。

42 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 02:22:42
みーむ なーむ〜

43 :考える名無しさん:2006/05/03(水) 03:39:25
子供を産む時も辛いけど、産まれてきてから生きてく時も苦しいよ。

人はそれから逃れたくて快感をもたらすセックスをするのかな。

でも、気持ちよくなりたくてセックスをする人達ってのはなんて世俗なんだろー。俺もしたいと思ってるし。でも子供を作りたいと思わない。

全ての雑念から開放されるとしたら、周りから人がいなくなった時かな。なんでこんなにたくさんの人間が産まれてくるんだろって。一人じゃ生きていけないと解っているけど、周りに人が多すぎる。大都会の中でも(不安なく)孤独になれたら悟りが開けそう。

44 :考える名無しさん:2006/05/06(土) 22:03:02
 仮に涅槃といわれる境地に達したとする。
で、人のことなんか放っておけばいいんだが、
親切心で
おっと、こうしたほうが好いんだよ、と言いたくなる。
 ほとんどの人間がが馬鹿だから、イライラすることになる。
これは涅槃ではない。
 ・・・・・・今日の般若湯は酔わせるな・・・・
 実は、空海大師はゴータマ・ブッダを強烈に裏切ったのではないか、
という疑問は誰でもが抱く疾風怒涛の世界。又後日・・・


45 :みょーん:2006/05/07(日) 17:59:01
見下した瞬間、世界は終わる。
だから、釈迦は「慢」をひつこく説いたのでしょう?
垣間見た悟りに浮かれて、傲慢さにおぼれた時、金色に輝いた世界は
砂のように、ボソボソに崩れて砂漠になる。
仏とは忍耐のなせる技でしょう。

46 :考える名無しさん:2006/05/10(水) 22:49:19
応無所住而生其心

47 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/11(木) 00:04:15
>>45
ちゃうの。見下した瞬間、世界は終わる。っていうのは
自分の無抵抗を捨てたから。自分が無抵抗の状態においてあればそれでよし。
ガンジー様も大統領になっちゃったから暗殺されたし、
どんなに頑張ったって救われないという、無抵抗の状況においてのみ
神の救いがあるの。自力で何とかなるのなら助けは無用です。
死ねば分かるとか通説がありますが、無抵抗になれば分かると同じです。
無抵抗のときに救いがあるということが他のどんな事よりも大切なんです。

48 :みょーん:2006/05/11(木) 00:29:07
>>47
無抵抗という響きは、あきらめを含みますか?
「自然」になるということでしょう。
でも、人間として生まれた条件は変わらない。
特定の国、時代・・・そして、今、ここに人間のAとして誕生した
私を生きなければなりません。超越、達観するのは瞬間です。
人間の私を切り捨てる瞬間、それは傲慢さになりませんか?



49 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/11(木) 00:51:30
>>48
諦められないのです。最底辺が無抵抗ですからここ以下は無い。
そういうところから築いていくのが真の自分の力です。
ただ、神様にもきっかけを援助してもらいたいですが。
その援助がもし、なくて、最底辺から自力だけで立ち上がれるのなら、
自分の力だけで何にでも成れるのでは?
リセットして(無抵抗の地点に行って)どこへ向かおうと自由なんですから。


50 :みょーん:2006/05/11(木) 10:34:39
「神のお導きに従う」とか「宇宙のリズムに身を委ねるとか」
そういうニュアンスでしょうか?


51 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/11(木) 13:49:15
>「宇宙のリズムに身を委ねるとか」
そんな感じです。流木は岩にぶつかりません。
細菌が薬に対する耐性菌になるのも無抵抗の力でなると思っています。
無抵抗に生まれ無抵抗に死ぬ。地球も無抵抗の中で回ってます。

52 :みょーん:2006/05/12(金) 16:26:14
>>51
おっしゃる意味はよくわかります。心を開放するとそのような
感覚になると思います。無になるという感覚にも通ずるでしょうか?
それでも、その状態はやはり瞬間的だと思うのです。
人間を生きて、自分を解放するなら、さまざまなリズムが出入りします。
「宇宙にリズム」「人のリズム」「ある個人のリズム」
そんなものをどのように複合させるのか
それが「私のリズム」だと思うのです。そして複合させる過程には多大な
忍耐と思考が必要だと思うのです。


53 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 16:32:30
みんなが幸せになる方程式を発見しました。


男+女=セックス


でも、どうやって解くか分かりません。
誰か解いてください。

54 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 16:47:25
>>53
(半径×半径×3.14)n=セックス

55 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 16:55:15
(3.14=乙π)

56 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/12(金) 17:01:32
>>52
宇宙のリズム〜でもいいですが、私vs.宇宙でもいいような。
戦いの物語で物語らしくなるのは敵が圧倒的に強いときで
主人公が勝つと分かっていても弱いものいじめのような物語には魅力を感じないでしょう。
それで、勝てないゲームでもやってみるとなんとかなるっていうのは物語の中
だけに限った事ではないんですよね。
形勢不利から大逆転が一番気持ちいいですから。

57 :みょーん:2006/05/12(金) 17:14:23
>>56
私なりに解釈しますと、宇宙のリズムに同化していては認識できないん
ですよね。宇宙のリズムに挑戦してはじめて認識につながる。


58 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/12(金) 17:27:53
とは言うものの、
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1146009719/189
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1146009719/192
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1146009719/197
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1146009719/199
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1146009719/200
こんな事も書いてたりするから自己矛盾全開です。

59 :みょーん:2006/05/12(金) 19:37:23
NAS6 ◆o1AYEkZmQU さんのおっしゃる「無抵抗」という感覚が少し
理解できた気がいたします。「脱力と達観」というふうに言う人もあるでしょうか。
私の悟りのプロセスと始まりかたが違います。
私の場合は自然の心が極めて流動的で、あかんぼうのようにぼんやりとした世界
にあるというところから始まります。
世界をそのまま吸収する。外の世界がそのまま自分の世界となる。
そうしてたくさんのモノを内側に抱えるほど複雑になり、対立が始まります。
その対立を切り捨てず、考え抜き、調和点を求める永遠の作業が
悟りへのプロセスです。

60 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/12(金) 20:12:13
>>59
>世界をそのまま吸収する。外の世界がそのまま自分の世界となる。
これは認識の事かと思いました。
私というブラックボックスに情報を放り込む。(入力)
そして私の世界観を構築する。(出力)
入出力の差があまりない(無抵抗或いはトートロジー)ことが正解ですが
正解しても意味は余りなくただの自己満足で幸せ感を得るという悟り?
みょーんさんがおっしゃるように認識は差が無いと認識できません。
(トートロジーが何かの説明にならないように)というか認識は比較です。
比較とはAとBの差をとるということです。
これは、ローカル視点と同じです。絶対座標上のA点をローカル視点O’から認識する場合、
A−O’とするからです。それでO’(主観)を絶対座標の原点O(客観)に近づけるのが悟りだと思います。
つまりO−O’=ゼロとすることが神の視点を得るということです。

61 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 20:53:17
あのくたらさんみゃくさんぼだい

62 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 21:02:43
しゅたら

63 :考える名無しさん:2006/05/12(金) 21:12:36
さんが

64 :みょーん:2006/05/12(金) 23:46:35
>>60
絶対的な真理が存在すると考えられるわけですか?

65 :みょーん:2006/05/13(土) 00:12:37
釈迦や多くの宗教で「愛」「慈悲」「恕」など利他を説きます。
その意味は、私の所与条件から観る頂きは卑小で、他を通して無数の
頂きへのプロセスを認識し、山の姿を少しでも見ていく作業のように
思えます。生物の数だけ、頂きがあり、その頂き全体が神の姿で・・・
でも、当然私は全体にはなれません。

66 :みょーん:2006/05/13(土) 00:29:52
私たちが今話をしている悟り?へのプロセスは思考、理性に由来
していると思います。
例えば、肉体的に、あるいは直感的に、あるいは感情的に
「悟り」を得ることについてはどう思われますか。

67 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 01:59:29
全体にはなれないけど、全体の視点に立てるかも。そこが悟りのような気もするし、
的外れのような気もする。

68 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 09:16:56
>>53

みんなが幸せになる方程式を発見しました。


男+女=お互いの同意⇒ セックス −コンドーム −子供


でも、どうやって解くか分かりません。
誰か解いてください。






数学よくわからん。

69 :みょーん:2006/05/13(土) 10:32:37

>>67
全体の視点に立つのは予感したということい過ぎません。

70 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/13(土) 11:28:55
阿弥陀仏の本願は一切の衆生の救済だったと思いますが、
自分の力で自分を救えるうちは救済は必要なく、それはかえって煩わしい。
自分ではどうしようもなくなった無抵抗の瞬間に救済をするからありがたいと思うんです。
その救済を余り上手くやりすぎるとそれも自分の力で切り抜けたと思ってしまうらしいですが。
自省をこめてね。
>>64
この板で私がずっと主張している最大の主題の無抵抗が絶対の真理と確信してます。
私の考えでは無抵抗になれば自動的に救済されるのですが、
そこを何とかして自分自身で無抵抗から自分を救いたい。
それは無抵抗じゃないと言われるかもしれませんが。それとさっきの自省はここですが。
無抵抗から自分の力で組み立てられるのなら何も恐れる事は無くて、
無抵抗からの救済が(阿弥陀仏の)他力だから「あるかないか」不安になる。
>>66
>肉体的に「悟り」を得ること
事故の起こる瞬間やボールがぶつかってくる瞬間に時の流れが遅くなるという感覚を
味わった事は無いですか?
その感覚が無抵抗に近いと思うんだけど。

71 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 13:41:38
男+女=あっあっ気持ちいい ⇒ セックス −コンドーム −子供

72 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 14:04:21
男+女+セックス+あっあっ気持ちいい=男@
男+女+セックス+あっあっ気持ちいい=女A
@+Aより、
2男+2女+2セックス+2あっあっ気持ちいい=男+女
男+女+2セックス+2あっあっ気持ちいい=0B
Bー@より、
2セックス+2あっあっ気持ちいい=-男
男+2セックス+2あっあっ気持ちいい=0

オナニーはセックスより2倍気持ちいいことが証明された。


73 :考える名無しさん:2006/05/13(土) 14:06:01
すまん、ふつうに計算ミスしたよ(´・ω・`)

74 :みょーん:2006/05/15(月) 04:11:18
救われるというのはどういう意味ですか?

75 :考える名無しさん:2006/05/15(月) 04:39:13
>涅槃的に世の中を語っていこう。

断る。



以上。

76 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/15(月) 14:50:44
>>74
なんとかなるということです。

77 :考える名無しさん:2006/05/15(月) 22:18:43
なんとかなっただけでは救われない

78 :考える名無しさん:2006/05/16(火) 06:13:12
なんとかならない人間が圧倒的に多い。
涅槃にいけるといっても、いけない人だっているんでしょ? 割合的に

涅槃に行ける者=勝ち組
涅槃に行けない者=勝ち組以外

涅槃にいくなんて時間の無駄な事はだれもしようとしない。
でも実際に多くの人は苦しんでんだよな。
そして勝ち組になりたい人の多くは周りを見ることができない。
涅槃にいきたければ努力しなさい!
競争相手が多すぎんだよ。

79 :みょーん:2006/05/16(火) 23:28:50
人間の頭は傲慢ですから、打ち砕かれればいい。
人間がどんなに何をどうしようと、地球が少し身震いするだけで、
築き上げたものも命も消えてしまう。
圧倒的な力に、身動きできない状態を経験してしか
自然に帰依したい心は生まれないものでしょうか?
誰の中にも存在している宇宙に通じている道を開ける
ことをどうしたら出来るのでしょうか。
「共鳴」という手段を考えます。




80 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/16(火) 23:37:44
>>79
ダンテの神曲読んだ事無いんですが、
「冥界の門を通りたくば、汝の欲を捨てよ」
というくだりは有名なので知っています。
解答としては「私はあなたに全て従います」でいいのでは。
つまり、無抵抗ってこと。

81 :みょーん:2006/05/16(火) 23:47:35
無抵抗とは自我をゼロにすることなのですか?
私にとって「悟り」とは 宇宙の流れと自我のエネルギーの調和点
を常に、どの瞬間も探しもとめていくことです。
そのプロセスとして、宇宙・・自然と隔たってしまった自我の意識
を、宇宙的心との回路を結ぶためにまず自我のエネルギーを下げる
必要があるという場合があるとは思います。
宇宙的心と、現在を生きる自我。両方が活動を活発化させ、激しく
対立したのち、見出した調和点が、その人間のあるべき姿だと
思っています。


82 :みょーん:2006/05/16(火) 23:51:42
>>80
それは個人の秘密の部類になるのではないでしょうか。


83 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/17(水) 00:00:37
>>81
連投規制入るかも知れないけど。

自我はなかなか消せないね。乱暴に言えば
一回死んで自我がゼロの瞬間にやっぱり自我は消せないねと
自我がまた出来て生まれ変わるとか。そんな感じ。
自我を意識として死を睡眠として考えてもいいかも。違うとは思うけど。

84 :みょーん:2006/05/17(水) 00:08:11
生きることは無数の調和点を見出していくことだと思います。
内的世界も。外的世界も。

85 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 00:12:14
願望達成ならココかな。
私はまだだけど、友達は成就しました。
http://www.choco2.jp/kajikitou
サイト自体はちゃっちいけど、
実力は本物だと思う。
むしろ、豪華なサイトほど怪しい気もするし…。


86 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/17(水) 00:17:25
>>84
調和点でしょ。
自分の欲望はなかなか消せないから意識だけでも消す方向に持っていって
さぁ、どうでしょう。とやった時に自分の欲望がちこっとついてくる。

87 :みょーん:2006/05/17(水) 00:34:31
>>83
割と近い感覚を見ているのかな。と私はここのところのやりとり
で感じました。
NAS6 ◆o1AYEkZmQU さんは法華経を読んだことがありますか?
「みょーん」というのは、法華経に登場するマイナーな菩薩の
「妙音」から拝借してしまいました。
妙音菩薩は宇宙人らしいですが、私の尊敬する音楽家です。
音楽は生命の活動そのものですし、楽器と音の関係は肉体と精神と
同じです。私は音楽を通して、「共鳴」する道を探しています。




88 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/17(水) 00:41:46
>>87
>私は音楽を通して、「共鳴」する道を探しています
おお、マクロス7だ。法華経は読んだ事ないけど。ぐぐってみる。
↑は主人公が戦闘にノコノコ出向いて攻撃をかわすだけかわして
歌って、歌の力で敵と停戦する。という物語なんだけど。
見ていて、戦闘の真ん中で無抵抗に踊って攻撃が無駄な事を諭して平和が出来る
という私のイメージにぴったりだと思いました。

89 :みょーん:2006/05/17(水) 00:52:23
>>88
ははは。。
へえ。マクロス7ってアニメですか?
割とお若い方なのですね。おじいさんなのかと
勝手に思っていました。
法華経は、妙音菩薩品第24です。
明るくて、かわいいような菩薩です。

90 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/17(水) 01:30:42
ttp://www.parkcity.ne.jp/~chaichan/chai/myouho.htm
ぐぐったら最初にヒットしたここ読みました。政治的なことは知りませんが。


ttp://www.parkcity.ne.jp/~chaichan/chai/myouho.htm#sanpou
>諸行無常は、「永遠の時間」の概念です。
>諸法無我は、「永遠の空間」の概念です。
>涅槃寂静は、「永遠の時間でも空間でもないもの」だろう。

涅槃寂静は人生ですか?命が生きて死ぬその間。
それが既に涅槃なんです。と理解しましたが。

91 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/17(水) 01:32:32
90のリンクのアンカー消えるみたいで。。。補足すると三法印の項です。

92 :みょーん:2006/05/17(水) 02:05:45
立正佼成会のサイトですね。妙音菩薩品24、書いてなかったですね。。
13くらいまでしかなかった。これからがいいとこなのに・・
仏教はものすごく理屈っぽいので言葉を理解するだけでも、
いいっぱい解釈があるし、大変です。その理屈っぽさが仏教の限界だと
思うんですよね。だからお経を唱えれば救われる的にシンプルにもっていく
んだろうけど。お経もやっぱり言葉なんですよね。
涅槃寂静、私の感覚的にはそうでしょうと思います。がよくわかりません。
でも仏教の時空の概念はすごいです。釈迦の見ていた世界を感じたい。


93 :みょーん:2006/05/17(水) 02:16:04
仏教でポピュラーですが、「煩悩即菩提」とか
「色即是空」「空即是色」とか。循環性と、表裏一体性を
言っていますよね。対立要素がどんどん相対化して循環していく
世界観に感動します。

94 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/17(水) 22:59:09
音楽は良いね。でも、半可通なので詩を重視してしまいます。
勝手に自分を重ねて悦に入ってます。
>>93
世迷いごとですが、表裏を言えばその中に大抵のものが入るので普遍性を
出すのには都合がいいかと思います。仏教じゃないかもしれませんが
「苦あれば楽あり」でどんなに苦しい状態に置かれてもその中にも
波があるはずですからただ苦しいだけだとしても言い通せてしまうようなことです。
今書いた事は仏教が説く事については関わらない小手先の事ですが。

95 :みょーん:2006/05/17(水) 23:43:42
>>94
言葉を伴った音楽も作りますが、詩はとても社会的な感じがします。
言葉は具体的すぎますし、時々心との間に距離がある気がします。
言葉はウソをつくのです。

私が音で描きたいと思うのは、例えば水の中で浮く感じ。
光の様子。自分が溶けて霧になる感じ。不思議さ。
泉に落ちる雫。
色鮮やかな景色。バッタの筋肉質な跳躍・・
ものが壊れる。糸が解ける。カーテンが舞い上がる・・
モノを観て、モノになって、ものを感じて、ものを愛して。

でも、音楽は人間の営みそのものですから、多様です。
だから、私の作るのも多様なんですけど。

96 :考える名無しさん:2006/05/17(水) 23:48:32
色に寒暖を感じるように
音楽にも寒暖を感じる。

97 :みょーん:2006/05/18(木) 00:02:53
そうですねえ。景色や想いや・・・「見える」音楽を作りたいです。
曼荼羅は心の調和点を描くものですが、音楽でそれをしたいんです。

98 :みょーん:2006/05/18(木) 16:48:53
調和点を得る作業。
このスレで重要なテーマだと思います。

1 対立を認めなければいけない

2 対立しているものを自分のなかに抱える

3 区別、分析、検討、分類

対立を認めるためには、挫折感や、無力感などが必要でしょうか。
「悪」として葬り去ったり、存在を無いものとしたり、都合の悪いものを
封じ込めてしまうと、永遠に調和はないですね。まずは机の上に並べないと。
それで、食べてみないといけないですね。それで、一生懸命消化酵素を出して
分解して吸収して、栄養に変えるんです。


99 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/18(木) 20:58:01
>>98
1,3は認識ですね。要は差を感じる事。
新たに認識するものA’と自分との差あるいは前に認識したAとの差。
それを検討する事。
2はその差を受け入れる事でしょうか。

100 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/18(木) 22:02:06
認識が差であるということについて。
「AはAである」トートロジーについて考えて
「A=A」とします。移項して
「A−A=0」この式は
「AとAの差(違い)がない」つまり「AとAは同じ」かえって「AはAである」
認識は「AはBとCだけ違う」という形式で
「A−B=C」
Cがゼロの時AとBは同じで、ゼロでない時はCという特徴が抽出できる。
というのが、認識についての私の認識です。

101 :みょーん:2006/05/18(木) 22:11:56
1から3にいくにしたがって、対象がよりクローズアップしていきます。
まず、対立があることを認める。影を葬り去ることが出来ないことに気がつか
なくてはいけません。ここでは、自分を捨ててはいません。
つぎに、対立の両極を体験してみます。つまり半分自分を捨てるわけです。
そして、両極についての考察を始めます。この時点で、第三の点が生み出される
わけです。考察の過程で、循環が始まります。
調和点を見るために、人間として必要な要素があると思います。
エゴが強すぎると、対立を受け入れないでしょう。
感情が未開発だと、共感性に乏しくなるでしょう。
思考が未熟だと、調和点を見つけ出せずに、「悪」をうむでしょう。

愛のない思考は傲慢。忍耐力の無い愛はエゴ。ということだと思います。

102 :みょーん:2006/05/18(木) 22:29:36
山道を散歩していて植物たちの美しさに息を呑む。
自然は調和点をよく知っているから。
地面を這うシダ、幹をつたう、つる草、しなだれる大木の枝・・・
植物たちは根を降ろした環境のなかで、「太陽と水」をめぐって静かに
お互いが、攻めぎあいながら、見事なバランス感覚で、懸命に生きる。
「自己の生の達成と繁栄」「種の繁栄」「同時に生を紡ぐもの全体の繁栄」
自然はこの調和点を見事に射抜いていて、ひたすらに美しいです。


103 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/18(木) 22:30:49
>>99
>1,3は認識ですね
とかいたけど、1〜3全て認識ですね。
1,3は識で、見分け知る事。
2はそれを認める事。
>>101
>調和点
言いたい事が分かる気もしますが、何の事を言っているんですか?安定?

104 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 22:31:46
諸君らは、仏典の言う『無我』を誤解しているようだ。
自我をなくす、とかエゴを抑えるとかいうことでは、全くない。
『諸法無我』とは、諸の〈存在する〉事物には本質がない、本性がない、ということをいっているのだ。

105 :考える名無しさん:2006/05/18(木) 22:36:11
あるいは「永遠不変の実体」はない。

106 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/18(木) 22:43:06
>>104
「諸法無我」は「諸々は現象だ」ですよね。
「見えるものしか見ていない」つまり「感知できるものしか認識しない」
そこから、どう展開するか。少し様子を見ます。

107 :みょーん:2006/05/18(木) 22:44:21
>>105その通りですね。

108 :みょーん:2006/05/18(木) 22:50:44
調和点は、両方が、共存できるということです。
バランスが整うこと。

109 :みょーん:2006/05/18(木) 23:00:30
仏教の中でもいろんな解釈がありますね。無我について。
我に執着することをやめることですね。自分を拡散すること。
でも、我をこっぱ微塵にすることじゃないですね。
拡散して、自分を再構築したものが、大我とか真我と言われる
ものではないですか?
と、いうようなやり取りをしてきたんです。

110 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/18(木) 23:22:29
>>104さんはどうしたの?意向どおりに諸法無我について考えてみます。
他人をいくら観察してもその人になれないので真のところは分からない。
でも、他人だけではなく自分についても言える。
なぜ、息をするのか、鼓動しているのか。分からない。
見えるものしか見れない。
で、諸法無我を提示する意図が掴めないのですが。

111 :みょーん:2006/05/18(木) 23:37:53
「諸法実相」というのもありますね。諸法無我はマクロ的で
諸法実相はミクロ的。

112 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/18(木) 23:45:02
「諸行無常」は「万物はつねに変化している」
「万物は掴みどころが無い」でこれも「本当のところは分からない」
という読み解きです。
「涅槃寂静」は・・・ちょっと待ってね。考えてみる。

113 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/18(木) 23:56:48
「涅槃寂静」は「悟れば静か」
「悟れば煩わされる事が無い」
前2つの(「諸行無常」「諸法無我」)「本当のところは分からない」から
「追求しなければ安心である」
だから、「通り過ぎるものをただ喜びをもって感じろ」というスタンスだと理解してます。
来るもの拒まず、去るもの追わず

114 :みょーん:2006/05/18(木) 23:57:17
ttp://enjoy.pial.jp/~brown/butu_muga.html
諸法実相でくぐったとこ。端的でしたよ。NS6さんの「無抵抗」
って仏教でいう「如実」なのか。と思ったり。。。

なぜみんなhを消してアドレス表示するのかわからないけど、
そうしてみます。

115 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/19(金) 00:10:05
>>114のリンクを見て
この間書いたことを思い出したのでリンクします。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1145929338/477-500

h消すのはリンク先を参照する時にリンク元のページが記録されるからだったと思う。
2ch内のリンクなら消さなくてもいいんだったと思う。

116 :みょーん:2006/05/19(金) 00:17:48
でもね、自己のみの悟りで完結しないんですよ。
他人と関わると、他人のさまざまな、心のバランスに出会うんですよ。
我が真の姿でないことを知ってしまうと、他人の本当の姿に出会いたくなる。
その他人の本当の姿に出会うためにどうしたらいいか。。。
他人と一緒に模索するんです。密かにですけど。
「私はあなたの仏界を是非とも見てみたい」

117 :みょーん:2006/05/19(金) 00:30:15
>>115
うわーーーもももも文字だらけーーー。ヒートアップ。
今日はもう音楽を弾きます。NS6さんはじめ、やっぱ哲学の人は文字
が得意ですよね。あたりまえですけど、2chて文章だけが解読の
手がかりだからつらいですよね。会って話すのと違って
直感が制限されて理解するのに疲れる。。。。
クールダウンしてじっくり読みます。
NS6さんラブー。。おやすみなさい。きゃあ。。。。


118 :みょーん:2006/05/19(金) 07:48:14
>>115
読んだら、別に、NS6さんがずっと主張しているご意見でしたね。
ひとつ疑念があります。私から見ると、NS6さんは頭での認識はしているけれど、
心では溶けていない感じがします。柔らかくない感じ。頭は柔らかい
けど、心がストッパーかかったままみたいな。
頭で認識するのは、「予感する」こと。心で再現できてはじめて「知る」
ことが出来るのでは?
「水面に映った月と実際の月ほどの違い」という例えがあります。






119 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/19(金) 18:14:05
>>118
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1146009719/251-252

先に出来てしまうんです。それから、あの時はどうだったか。等を考えて
理解しようと努めているんです。無抵抗は自分から試すには、失敗したら嫌だから
試す事はしないで、心構えから入ろうと、そうやって考えています。
?→A:反芻(帰納法)どうしてAになったか
a→?:試行(演繹法)aしたらどうなるか
a→A:経験則(因果律)aしたらAになる
出来ちゃうから、反芻して、これかな。と思っても危険で試せないみたいな。

120 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/19(金) 18:33:50
諸行無常からいうと決定論は何なんだろう?
単なる誤謬?

121 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/19(金) 19:46:02
ごめん>>120はこっちに移動
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1147795683/l50

122 :みょーん:2006/05/20(土) 08:22:07
おはようございます。↑のやりとり拝見しました。
「世界はうそで出来ていて、どのウソを選んで生きるかの違い」
というふうに言っている人を思い出しました。

空を見れば何も決まったものは無く絶え間無く形を変える雲にみとれる。
でも足元を見ると、私は確かにここに動かず立っている。

「認識」についての仏教の解釈です。
下記がいいかなと思いました。
 ttp://homepage2.nifty.com/watasikara_anatahe/kusikiron.html

123 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 09:07:10
「諸行無常」は常なるモノは無し、即ち万物はつねに変化している。
「諸法無我」は我は無し、即ち万物には決まった意識・意思などは無い。

即ち、万物には常なる形も意思も無く、ただあるがままにある。
無一物の教えだね。

124 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 11:13:50
粉飾したら無一物になりますた

125 :みょーん:2006/05/20(土) 12:17:45
「空」(諸行無常、諸法無我)を知って悟りオッケーって、
すごい男性的だと思うのです。
性欲を考えるとわかるけど、男性は心と切り離して肉体を見ることが出来ます。
物として人間を見ることが出来るのです。その裏返しの「肉体と切り離した精神
の飛翔と拡散(空)」ではないでしょうか。やっぱり不調和だなと・・・
【空を見れば何も決まったものは無く絶え間無く形を変える雲があって、地面には
私の足が在る】
物事の本質ってなんだろう。
私が知っている中で、なんかぴたっときたのは天台大師の考えた世界です。
微小の世界のほんの一瞬に、世界の現象すべてが備わっている。(一念三千)



126 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/20(土) 12:18:58
>>122
九識は菴摩羅識をより善い地平へ持っていくこと。つまり
業の積み方を説いているんですよね。
やはり悟りがでてくるのですね。
調和点とはここらへん(悟り)のことでしょうか?

127 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/20(土) 12:26:14
>>125
>物事の本質ってなんだろう。
諸法無我で「諸々には本質はない。ただ現象としてあるだけだ」としていますね。
でも、本質を知り(追求し)たくなりますよね。
それで、追求して自らを苦しめて(渇望して)しまう。

128 :みょーん:2006/05/20(土) 12:36:36
>>126
あれ?第九識がNAS6さんの言う無抵抗。宇宙の循環に身を捧げる
感覚かと思いましたが・・・

129 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/20(土) 12:50:45
>>128
自分で言うのは気が引けるかも。
それぞれが悟りを目指しているのでそれぞれの真理でいいんでしょうが。

もし「良かったら」メールください。見せたいものがあるので。


130 :みょーん:2006/05/20(土) 13:12:13
調和点は単純な話。限界と可能性を正しく観るということ。
すべての現象に限界と可能性があって、これが分離していると、
苦しみ。一致しているのがオッケー。限界と可能性が循環する状態。
が悟りみたいに私は思っています。
作曲でいえば、音は無限にあるけど、人間の声で出せない音を
使っても、歌えないし・・でもピッコロなら出せるかもね。
みたいな。
そうやっていくと、可能性をみること、いやそれ以上に限界を
よく知っていくことがどんなに重要か気がつくって話です。



131 :みょーん:2006/05/20(土) 13:14:44
>>128
そうそう。最後は自分が神になるしかないって話。
「神になる余地」を与えている仏教に一票!
て感じ

132 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 13:46:15
>>125
>「空」(諸行無常、諸法無我)を知って悟りオッケー
色即是空空即是色であり、一切皆苦であり涅槃静寂なわけです。
悟りとは少し違うのでは?

極楽は西にも東にもあらず来た道探せみなみにある。
とは一休宗純か。

133 :考える名無しさん:2006/05/20(土) 20:01:36
ここは哲学板のわりには、みな用語の概念がまちまちのようですな。
そもそも仏教を哲学から捉えるのが適切かどうか。。。
少なくとも般若経的な見方からすれば、一切の哲学的吟味から離れなければならない。
その先に涅槃を観るのが仏教というもの。

134 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/21(日) 14:26:34
テスト

135 :考える名無しさん:2006/05/21(日) 19:59:29
コテトリのテストですか?

136 :考える名無しさん:2006/05/22(月) 15:37:32
自己満足と諦め

137 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/22(月) 18:16:42
自己満足より幸せなことはないですよ。どんな幸せも自己満足にたどり着く。

138 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/22(月) 18:21:38
初恋が不倫の人がいるそうです。

139 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/22(月) 18:24:56
高校生で先生を好きになったんだって、うらやましいけど、せつないな。

140 :NAS6 ◆o1AYEkZmQU :2006/05/22(月) 18:35:52
得ろ目的でそれだけと割り切る人はいいだろうけど。
飽きられたら捨てられる運命w

141 :みょーん:2006/05/25(木) 01:25:55
>>138
不倫にもいろいろですよ



142 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 22:04:30
不倫に愛はあるのでしょうか?
愛なく交接すれば解脱といえるでしょうか?

143 :考える名無しさん:2006/05/26(金) 23:22:40
それで愛ってなんですか?

144 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 11:45:26
十二支縁起にある『愛』でしょう。

145 :考える名無しさん:2006/05/27(土) 13:05:07
その愛は捨てなきゃだめだな

146 :考える名無しさん:2006/05/29(月) 22:59:21
愛を捨てて交接も良いな

147 :考える名無しさん:2006/06/04(日) 22:55:33
涅槃も捨てよう

148 :考える名無しさん:2006/06/05(月) 22:39:03
そもそも持っていないものを捨てることはできない。
持っていないから求めようと思っても得られない。
これが涅槃。

149 :トリップを是非:2006/06/08(木) 02:44:38
ydqffzeng6 <= #vwCR]{+f
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LOOgazzenE <= #.wCaP|ri
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klzenHk7bQ <= #wwCpq0s,
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vPDxzenbSg <= #.~}k|=1q
q/KmRlzenw <= #y~}r3Z2/
zensP/tJF. <= #?~}zGQqB
KiJQzenwPo <= #=~})TRVI
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Mzenix5iaQ <= #-~};x!r3
tzenTNIamE <= #9~}_ix`F
/zenPSRvYs <= #}~}{toH6
OMTWkzenm2 <= #D~}~-vNz
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150 :トリップを是非:2006/06/08(木) 02:45:45
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n3AB1zenUA <= #0#ZEIZ7~
qzen.fZHhY <= #*#ZSurwq
zen9yycIpM <= #h#ZceL1I
LAJNgCzenA <= #N#ZhNM7O
zenqnl4uTw <= #)#Zh$~x8
e8H6szenmc <= #}#ZmsrX^
AkzenJZ9to <= #5#Zv~,lg
eVzen81Zgk <= #=#Zz+!#D
azen.jwSLQ <= #3#Z#*7wp
OzenNLtTNc <= #C#Z%$K(-
NzenvLD43o <= #m#Z*NM7O
zenyRJB6IU <= #h#Z+F,`j
znqAwzena2 <= #[#Z,VL14
5wzen.RN2Y <= #3#Z-srX^
Ej6UWuzenQ <= #!#Z:0sLm
wzenr5HCJ2 <= #k#Z=IZ7~
.3ezenhWG. <= #q#Z?1kxD
kZP7zenuUw <= #\#Z?]TW+
WzenfU2hYI <= #)#Z_urwq
3qA2zen/mQ <= #^*l6-9dC
lBg5zenqiU <= #6*lIo3Is
EzeniHv4dw <= #~*lW7LDz
pzen.r7aDM <= #c*lqJxgr
KlEs/zen1Y <= #k*lr9zOp
zeno5kOmS2 <= #b*ltKu/z
Quyzzenfl6 <= #A*lv98Dz
6d2UzengLc <= #=*lx}tgM
zengL.89Lk <= #1*l&B_!a
zen4uNT3gE <= #Q*l&=t=4
zenlMRcFG2 <= #J*l*3@Zx
Q.W/xzenHk <= #Y*l^*xh*

151 :トリップを是非:2006/06/08(木) 14:13:04
ZENYqFUldQ <= #UP4]Euxi
dZENI5pKWU <= #`P4^4pr7
RJzL5GZENA <= #MP4{3tYG
BZENH8DkkE <= #=TQ.b}S$
RZENMjGmdg <= #eTQFec%^
rZENLoVC8A <= #$TQPX,O&
ZENESjiSGM <= #'TQ%X,O&
tZENunMZz. <= #cTQ)ah9h
EKkWZEN7wI <= #'TQ:~YM\
ZENl/BIS76 <= #fTQ=\0OY
xZHXZENhik <= #NTQ@M)Us
Q5VhZsZENI <= #S^F.5,6+
ZENDpmYa3E <= #?^F/qC=%
2tTcZENHzg <= ##^FB[eZK
ZENVS6thd. <= #X^FC5,6+
JmXZENJSHw <= #M^FNpZrC
BIW8PZENt. <= #Q^FP$Q?^
lXOzzZENs. <= #R^FWqC=%
ZbZENZRpsY <= #;^Fc4$:#
/MJ.WEZENA <= #p^Fo5=5y
ZENS2WAfeo <= #u^FthnW(
j4ZENzW0xc <= #Z^Fu+Zj*
ceojZENArQ <= #q^F+-(1S
hKZENV4CJU <= #j^F[SBZN
ZEN94hMpVc <= #.^F{6bW&
LfbDADZEN. <= #U')6]RkE
DZENsT1oWA <= #*')AB[2}
ZEN5m/mj/A <= #E')F}`G!
8ZENgdNqLI <= #F')Oep,\
ZEN7Njp/K2 <= #u')T7}.T
xCwmgsZENE <= #Z')Z=Duk

152 :考える名無しさん:2006/06/08(木) 22:17:47
なんじゃ

153 : ◆ZENS2WAfeo :2006/06/21(水) 01:35:57
禅解析器

http://seibun.nosv.org/maker.php/zen/

154 :考える名無しさん:2006/07/08(土) 17:58:38
このスレも、とうとうお陀仏ですか。。。

155 :お中元さん:2006/07/09(日) 01:38:15
♪♪ ほたるの光 窓の雪  レスよむ月日 重ねつつ
   いつしか年も すぎの戸を  明けてぞ けさは別れゆく

156 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 02:21:37
nahan

157 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 01:41:49
とおじも

158 :考える名無しさん:2006/11/06(月) 03:12:50
のじまた

159 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 23:14:52
かしわぎだいら

160 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 23:18:52
おもひでみさき

161 :479:2007/01/13(土) 22:18:53
>虫に聞けさん
>「菜食について考えるpart10」の108
>仏教に矛盾があれば仏陀も悟ったことにはならないという意味がわかりませんか?

わかりません。
・仏陀に関する情報が正しく伝達しなかった可能性がある
・記録の内容の矛盾は記録の全否定ではない。否定されるのは信頼性
・悟りに関する情報が信頼できない=悟っていないことの証明ではない
でしょう?突っ込まれることを解ってて言ってるとしか思えない。

突然失礼します。こっちでやれと言われたもので・・・
虫に聞けさんと言う方が、「仏陀が悟っていないことを簡単に論証できる」らしいので、
論証していただこうとしてるのですが、菜食スレだったためにスレ違いになりまして・・・


162 :考える名無しさん:2007/01/13(土) 23:15:04
ニルヴァーナは「死」の状態であることであって「死」の状態とは則ち時間がないことに通じる。時間がないということは時間が経つことで生じることがないことに通じる。則ち精神が時間を経ない状態を涅はんという。精神が時間を経ないということは色即是空が無い状態をいう。

163 :考える名無しさん:2007/01/13(土) 23:25:17
然るに涅はんとは純粋に在るということになる。則ち涅はんは五蘊が映し出す世界の前の状態に当たる。よって涅はんは変化を伴う時間の経過・空の状態の前にあることになる。則ち時間を経ないである状態でいる一定の状態を涅はんといい時間を超越してあることだと解かれる。

164 :考える名無しさん:2007/01/14(日) 00:22:58
坐禅と見性第50章 公案と見性B流れる水
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1167920142/

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