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●アマテラスよりタカミムスヒの方が偉い●

1 :天之御名無主:2006/07/26(水) 23:52:32
それなのに何でタカミムスヒって、こんなにマイナーなんだ!?

2 :天之御名無主:2006/07/27(木) 06:22:26
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3 :天之御名無主:2006/07/27(木) 09:37:52
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4 :天之御名無主:2006/07/27(木) 12:09:11
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5 :天之御名無主:2006/07/27(木) 17:00:25
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6 :天之御名無主:2006/07/27(木) 17:56:56
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7 :天之御名無主:2006/07/27(木) 18:01:22
アマテラスの前身がタカミムスビだと思った。

8 :天之御名無主:2006/07/27(木) 18:16:02
高まが原の最高神アメノミナカヌシノ神の次におりたった古き神だな。
当然アマテラスとは神格が違う。タカムスビ尊の方が上だな。


9 :天之御名無主:2006/07/27(木) 22:12:03
支配権はアマテラス≒タカミムスヒ…
もしくはそれ以上なのに、何故か
アマテラスばかり有名になってしまい、
この神の知名度はいまひとつ。

10 :天之御名無主:2006/07/28(金) 09:51:53
タカミムスヒに後見され、権威を保障されて高天原を治めるアマテラスって感じじゃねの?

11 :天之御名無主:2006/07/30(日) 12:44:17
この前、立ち読みした本に、アマテラスはタカミムスヒの
謀略で殺された云々って書いてあった…。

12 :天之御名無主:2006/07/31(月) 00:31:02
これは、岩戸隠れの前後で全く違うんだよ。

岩戸隠れの前までは、アマテラスが最高神として振舞っていた。

岩戸隠れの後からは、アマテラスは重要なことを
常にタカムスヒやオモイノカネと相談をするようになり、

13 :天之御名無主:2006/07/31(月) 00:49:00
(途中で送信してしまい、失礼。)

これは、岩戸隠れの前後で全く違うんだよ。

岩戸隠れの前までは、アマテラスが完全な最高神として振舞っていた。

岩戸隠れの後からは、アマテラスは重要なことを
常にタカムスヒやオモイノカネと相談をするようになり、
事実上の最高神はタカムスヒになった。

これは神話の中に、ある現実の事実を織り込んだために起こった性格の変容なんだ。

日本の歴史の中で、女王が立ち平和を保ち、
女王がいなくなり平和が乱れ、また女王が立ち平和が訪れたことがある。
このエピソードを神話の中に織り込んだんだ。

偉い人が『隠れる』と言ったら、それは『死んだ』という意味の尊敬語だ。
『岩戸』といったらそれは墓の蓋のことだ。
スサノオが機織巫女を殺したら、天照は岩戸に隠れた。
つまり、天照のヨリシロであった巫女をころしたら、この世に姿を現せなくなった訳だ。

岩戸後のアマテラスは誰か。これはアマテラスの系図をみればハッキリする。
アマテラスの子、天忍穂耳命の嫁は父親がタカムスヒ、兄がオモイノカネである。

岩戸後の天照役はこの人である。名前は『萬幡トヨ秋津師比売命』。

神話の中に、卑弥呼が死んで男王が立ち世が乱れ、トヨを女王に立てた。
実務は父親と兄が取り仕切ったという事実を盛り込んだってことだ。

14 :天之御名無主:2006/07/31(月) 01:30:41
いまさら卑弥呼説ですかw

15 :天之御名無主:2006/07/31(月) 08:16:29
んー、何と言えばいいのかなー。
神話は割りと多重的にエピソードが盛り込まれていると思うんだよね。

例えば、男神論を信じている人は卑弥呼の要素が含まれている
ということを完全に否定してしまい勝ちだが、これは間違った考え方だと思うんだよね。

私は、そもそも男神だったが、卑弥呼の要素を盛り込んだりして
女神説などが出来てきたと考えている。

そう考える理由は、男神説にも女神説にも
それ相応の根拠と、古い時代からの指示があるからだ。

そもそもの基本形は日本神話ですらない。3貴子伝承は
中国・東南アジア一帯に広く見られる神話である。

ただし、岩戸隠れは日本オリジナルで、
ここに日本人が追加した要素が存在するんだ。

アジア一帯に見られるから、日本の要素はないと考えたり、
男神と考えるから、卑弥呼の要素はないと考えたりするのは
根本的に頭が悪い人間の考えだと思う。

16 :天之御名無主:2006/07/31(月) 08:33:14
3貴子伝承も、ほぼ同じ形の2貴子伝承がエジプトにある。

左右の目から太陽と月を司る神が生まれたというストーリ。

これは偶然だという考えもあるし、
2貴子伝承が時代を経て広く伝播していく過程で、
「うちの王族の祖先は3人兄弟で始まったんだ」
ってことで1人途中で足されてしまったから
アジアの方では3貴子が基本形になったという考えもある。

そういう意味では神話には、
異国の神の姿も、その国の神の姿も、
異国の実在した人間の姿も、その国の実在した人間の姿も、
盛り込まれている可能性がある。

岩戸隠れで性格が、独断型から依存型に変わったのは、
ヨリシロとなる巫女が変わったから、
そういう事実をストーリー盛り込んだから、
だと現在は考えている。

17 :天之御名無主:2006/07/31(月) 09:13:21
>ただし、岩戸隠れは日本オリジナルで、

三貴子がアジア一帯に見られることを知っているのに、
岩戸神話が東南アジアで広く知られている、ということについて無知なのはわざとか?
こんな感じの岡俊雄や大林多良の文化圏論的な解釈は、神話が歴史的事実の反映ではない、ということを
強調することができるだけであって、東南アジア起源だとか主張することは難しいんだがな。

それと、岩戸前後でアマテラスの性格が激変しているのは前から指摘されてること。
あまり自説であるかのように、誰の名前も挙げないというのは単に孫引きで知ったからなのか?

18 :天之御名無主:2006/07/31(月) 23:17:30
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/14675.wmv
第62回神宮式年遷宮イメージソング発表会 「鎮守の里」作詞作曲:藤井フミヤ
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/14675.wmv
第62回神宮式年遷宮イメージソング発表会 「鎮守の里」作詞作曲:藤井フミヤ
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第62回神宮式年遷宮イメージソング発表会 「鎮守の里」作詞作曲:藤井フミヤ
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/14675.wmv
第62回神宮式年遷宮イメージソング発表会 「鎮守の里」作詞作曲:藤井フミヤ
http://hisazin-up.dyndns.org/up/src/14675.wmv
第62回神宮式年遷宮イメージソング発表会 「鎮守の里」作詞作曲:藤井フミヤ


19 :天之御名無主:2006/08/04(金) 00:23:33
タカミムスヒは、「日本書紀」での方が高天原を仕切ってる感じだけど、
「還し矢」の場面は「古事記」の方がカッコイイな。

20 :天之御名無主:2006/08/21(月) 03:17:36
タカムスビは壱岐対馬の神様(日本書紀参照)

21 :天之御名無主:2006/08/21(月) 09:16:17
タカムスビは、どこの国の神様でもない。
「全ての場所」に関わる(関わろうとする)現場主義でお節介な存在(神)。
依り代を見つけては降り、地味に世界を流れて活動してるらしい。
あるところで「流れ星」と呼ばれてるのはそこから。

タチが悪いのは「かなり古い(熟成した)存在であること」
それゆえに顔が広い(つか、お節介が的を射ていて、恩を受けてるのが多い)
だからこそ、一般にしられてる位置に奉られてるともいえるけれど、
そういう背景があるから、あたかも権力を持ってるかのように見えるだけ。
高天原を仕切ってるとみえるのは錯覚。
仕切ってなんていない。
つか、仕切れよ! 仕切ってよ! (本音

タカムスビは好きでやってるからいいだろうけど、それをされた側は
とても気まずいことをわかってくれてない。
恩返しはいらないと消えられて、放置される側の気持ちもわかってくれない。

でも、できない相手(古いから)であるし、タカムスビ自身そういうのを毛嫌いしてるので、
どこにおいても(天皇家でさえも)、ひっそりこっそりと奉ることしかできない。

以上、タカムスビの考察(信じなくていい

22 :天之御名無主:2006/08/21(月) 10:20:23
>>21 続き
ついでに。
アマテラスは知られてる経緯(概ね当り)からも実はファザコンで、「親の愛」に飢えていたり。
そんなアマテラスにタカムスビが関わった(噂を聞いて戻ってきた)のだから、もうご想像を暴走してOK。
有名な岩戸隠れも、騒々しいから隠れたというのは建前で、別の理由があってもおかしくなかったり。
とにかく、あの関係は日本(日本の幽冥)の不幸ともいえるかも。

それと、日本で偉いとされてるアマテラスだけど、執政を押し付けられたのが本当だったり。
それが嫌で、時々逃げ出してるのは素敵に今も秘密。
その為のトヨウケオオカミであり、スサノオがサポート役なのは公然の秘密。

さらに、タカムスビの依り代経験あるオオクニヌシゆえに、波乱万丈の生活を踏まされ、
めでたく「オオクニヌシ」と成って神上ってたり。お仕事を押し付けられたり、というところ。
(元々は、ヤガミヒメ事件で命を落としたことがきっかけで、出雲の母神ともいえる
カミムスビは非常手段を行った>だからオオナムチとも呼ばれた)

で、本題。
アマテラス(と皆が呼んでる存在)は確かに霊格はずば抜けてる。それは間違いない。
タカムスビはそれ以上の霊格ではあるけれど、上の文の通りなので、
「執政に関わってない分、偉いとは言いがたい。」
「しかし、誰もが知ってる実力者である事実は拭えない。」
という微妙なところ。
テレビの水戸黄門を思い浮かべてくれるといいかも。信じなくてもいい。

23 :天之御名無主:2006/08/22(火) 01:49:44
還し矢の下りは確かにおもしろい。
芥川龍之介あたりに書いてもらいたかった。
アメノサグメあたりの視点で

24 :天之御名無主:2006/08/22(火) 21:16:10
面白いからもっと語ってくれ。

25 :天之御名無主:2006/08/22(火) 21:18:47
タカミムスビの性別は男でFA?

26 :天之御名無主:2006/08/23(水) 01:05:56
そもそもタカミムスヒなのかタカミムスビなのか
イザナキなのかイザナギなのか

27 :天之御名無主:2006/08/23(水) 08:07:29
>>25
アマテラスも含めて
神に性別はないよ

28 :天之御名無主:2006/08/23(水) 10:37:29
天孫降臨の話って、無理矢理にアマテラスを押し込んでる感じがする。
元々が別の王朝の神話を、大和王朝が取り込んだんだろうな。

29 :天之御名無主:2006/08/23(水) 15:42:19
A王朝がアマテラスを攻め滅ぼそうとした。
アマテラスは恐れて隠れた。
結局アマテラスは捕まった。
形式だけアマテラス政権。実はA王朝。

岩戸ってこういう筋じゃないの?

30 :天之御名無主:2006/08/23(水) 15:46:36
それか
A王朝がアマテラスを攻め滅ぼそうとした。
アマテラスは殺された。
アマテラスの子孫をたて形式だけアマテラス政権。実はA王朝。


31 :天之御名無主:2006/08/23(水) 15:52:47
アマテラスは神扱いされていたから殺せなかった。

A王朝=アメリカとして預言書説でっち上げるかw

32 :天之御名無主:2006/08/23(水) 21:43:42
何のこっちゃ。

33 :天之御名無主:2006/08/27(日) 15:30:39
タカミムスヒって、高木神じゃあないだろ。
もともと別の神だろう。
高木神は、扶桑っぽいね。

タカミムスヒは、5〜7世紀頃に神学上の神として
生まれたんじゃないか。
7世紀ぐらいにタカミムスヒと高木神が習合したんだろ。


34 :天之御名無主:2006/08/27(日) 18:29:57
『高木の神の原型も江南』<古代史>

 国生み神話に現れるタカミムスヒの神は高木の神とも言われる。
 正確にはアメノワカヒコへの矢返しのシーンから高木の神となる。この部分が朝鮮皇祖神話の神壇樹に
由来するという説も古い定説となってしまっているが、実は大樹を依代(よりしろ)とする神の原型も、
中国南方神話の中にすでに見つかっている。
 樹木信仰と稲作の関連は、多くの中国少数民族の間で普通に儀式に穫り入れられている、と諏訪春雄が書いている。
ハニ族は田植え祭りの前に聖樹祭を行う。このとき稲霊を庇護する天神が聖樹を伝って降臨すると信じられており、
これは高木神そのものであろうと思われる。
 神話の到来する道は稲作の伝来ルートに一致する。
 それは南から北上して、文明地の信仰といったん混合したのち、さらに北上西行するものと、
現地からダイレクトにはいってくるものと、二種類あると見られる。
 日本は倭人の国であり、海上の島国である。ダイレクトな海の道を伝って来た伝承は当然ながら陸続きの半島より
多い。それが両国の大きな文化の違いであろう。
 もし、我々の先祖のほとんどが北方経由でやってきたとしたら、日本人の体格はもっと大きくなっていたはずである。
目はみんな一重になっていたはずである。頬骨はもっと高くなったはずである。

【高木神の原型は江南にある】
http://white.ap.teacup.com/applet/soudasui/200604/archive


35 :天之御名無主:2006/08/27(日) 18:49:31
大和民族は半島方向系で生きのこれや。
いまさら手遅れw

36 :天之御名無主:2006/08/27(日) 19:16:55
>>22
タカムスビって異名ある?

37 :天之御名無主:2006/08/29(火) 19:29:07
【日韓】 金容雲漢陽大名誉教授「日本語は全て古代韓国語から始まった」★3[08/25]

「お前がいくら嫌いダケド(싫다케도)、私はお前が好きだ。」
ここで「〜ダケド」は「〜だとしても」を短く発音した慶尚道(キョンサンド)の方言だ。
「ダケド」は日本語でも同じ発音と意味で使われる。

 金容雲(キム・ヨンウン)漢陽 (ハニャン)大学名誉教授は、現代日本語が慶尚道全羅道(チョンラド)の方言と
似ており、日本語は韓国語に由来したと主張する。金教授は最近出版した著書『日本語は韓国語だ』
(カナブックス)で、「ダケド」のように現代日本語に残っている慶尚道と全羅道方言を紹介する。
日本語の「〜だっけ」と「申し」は、全羅道方言の「〜당께(ダンケ)」と「마시(マシ、言葉)」に
それぞれ由来したというのだ。
 金教授は7世紀以前まで、古代韓国語の発音が日本語のようにパッチム(終声になる子音字)がなくて
母音が単純で形態がそっくりだったと説明する。また嶺南と湖南地域では、日本の東海(日本海のこと)
隣接地域と往き来してお互いに意思疎通をしたはずだという分析だ。
 金教授は、「言語は文化」と言い「日本語は韓国文化を収容した歴史と一緒に発展した」と強調した。
慶尚道でよく使う方言である「이바구(イパク、話)」が日本語の「イワク (曰く、おっしゃる)」と
変形された例は、韓国人が書く言葉を高級語として崇めた彼らの歴史が盛られているという説明だ。

【日本語は全て古代韓国語から始まった】
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1156556821/100-1001

トホホ・・・(苦笑

韓国語の「ダケド」は、20世紀になって、日本統治時代に日本語から韓国語に移植された
言葉でしょう。
日本語古語では、「だけど」は「されど」であり、日本語「だけど」が韓国語からきた言葉
という説は、非科学的だと思ふ。


38 :天之御名無主:2006/08/29(火) 19:32:14
韓国人は好きだね。
でも、日本人は韓国人が嫌いなんだよ。

39 :天之御名無主:2006/08/29(火) 20:09:17
倭=ヤマト朝廷は出雲人が建てたのよ。
日向国のニニギ天皇の時代から、出雲人は朝廷内に入り込んでいたようだ。

ヤマトの京(みやこ)を、北九州から近畿に移したのも出雲人。
日向人にまったく相談しないで、出雲人の独断で強行したらしい。
とうぜん、日向人は怒って、「京を北九州に戻せ!」と要求したが、
そもそも、近畿に遷都した目的は、天皇がいる京を日向から遠ざけることで、
日向勢力の朝廷への影響力を排除するためだから、出雲勢力は拒否した。
だから、神武天皇が崩御した後、ヤマトは日向圏と出雲・大和圏という
二つの地域に分裂してしまった。
いわゆる欠史八代と呼ばれている時代は、この分裂時代のことだよ。
神武天皇の時代から国の統一が始まった、というのが日本古代史の建前だが、
実はウガヤフキアエズ時代以前に(日向と出雲は)すでに統一されていたのだが、
神武東征(近畿への遷都)が原因で、大八島国が分裂してしまったのだ。
ヤマトタケル時代になっても、日向国(九州中南部圏)の出雲=大和圏への憎悪は収まらず、
日向国と出雲=大和連合との対立は続いていた。

大和地方は、もともと出雲の支配下にあった(神武天皇時代から)。
つまり、出雲=本家、大和=分家、という関係だったのだが、
興味深いのは、ヤマトタケル時代になると、分家だった大和のほうが強くなり、
出雲が大和に対し反発して、出雲−大和の関係も断絶していたらしいことだ。
だから、ヤマトタケルが出雲タケルを殺したわけだ。



40 :天之御名無主:2006/08/30(水) 03:14:48
冒頭あらわれて、すぐにお隠れになってしまうのですが
いつの間にか復活してますな。


41 :天之御名無主:2006/08/31(木) 00:25:04
どうせ造作なんだから
紀の編者も記の編者も
アマテラス一本で徹底すればよかったのにね

42 :天之御名無主:2006/09/10(日) 19:04:25
【国引き神話】

 国引きの神話は、出雲国風土記の、意宇郡名伝承『八束水=臣津野命(ヤツカミツオミヅノ命)国引き』として
風土記神話の中でも最長篇で語られている。風土記の記述によると、出雲国はその昔「狭布の稚国」といって、
細く長く未完成の国であったという。
 そこで、大水主=臣津野の命(オミヅのミコト)が、出雲は狭い若国であるから、広く継ぎ足そうと言われて、
遠い志羅紀の国の余りを「国来い国来い」と引き寄せたのが杵築の岬で、その時に使われた綱は園の長浜、
そして、引いて来た国を動かないように継ぎ止めた杭が三瓶山(佐比売山)であるという。
 その風景は、稲佐の浜から現に見ることが出来る。


 出雲国風土記に記されている「志羅紀の余った土地を引き寄せて杵築の岬を造った」という記述が
何を意味しているのかは、一目瞭然である。古代出雲人が、出雲地方だけでなく志羅紀も支配していた、
という事実を示しているのだ。つまり、志羅紀人は出雲人と同族だったという事だ。
 志羅紀人(シラキ人)は日本民族だったのである。彼らは朝鮮人ではなかった。この事実を頭に入れて
考えなければ、天日矛(ツヌガアラシト=都怒我阿羅斯等)の日本への亡命、そして、それに続く天日矛の子孫
=神功皇后による<新羅征伐計画>の理由を理解することはできない。神功皇后の<新羅征伐・政策>は、
息子の応神天皇に引き継がれた。なぜ、当時の大和朝廷は、<新羅征伐>を何度も繰り返したのか。
なぜ、それほどまでに『シラキ=志羅紀』にこだわったのか。
 理由は明確である。当時の大和朝廷は出雲勢力によって牛耳られていたのであり、彼ら出雲人は、自分たちの領地
である志羅紀を異民族=朝鮮人に奪われたため、失地回復のために<新羅征伐>を断行したのだ。
すなわち、当時の出雲人は、朝鮮人(志羅紀の北方に住んでいたワイ族)と敵対関係にあったということだ。
出雲人は、「シラキは我々の領土だ」という意識があったので、朝鮮人に奪われた<シラキ>を、何が何でも
取り返したかったのである。


43 :天之御名無主:2006/09/12(火) 19:14:40
だからといって地理的に遠方の大和が半島に戦争しに行く理由としては
どうかと思うが。

44 :天之御名無主:2006/09/17(日) 13:34:44
>>43
志羅紀は出雲から近いじゃん。

出雲は大和朝廷の黒幕だから、大和朝廷がシラキを侵略したワイ族を攻撃するのは、
筋が通っている。


45 :天之御名無主:2006/09/17(日) 13:51:37
>>35
>大和民族は半島方向系で生きのこれや。
>いまさら手遅れw


意味不明(笑






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