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【国宝か?】金印偽造事件【捏造か?】

1 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 14:48:35
国宝「漢委奴国王」についてオマイラの意見を垂れ流せ。
江戸時代の儒者がいっちょ噛んどるらしい。
考古学板じゃものたらんし、もちろん世界史板でもだめ。
だからここで決めてくれ。

【参考書】
三浦佑之『金印偽造事件』(幻冬舎新書)

2 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 14:51:39
三浦の本を読んだ感想なんだが、一次資料を使ってないな。
引用されているのはほとんど最近の論文ばっかり。
「〜という」「〜といわれている」っていう文が目立つ。
ま、読み物としてはおもしろかったから、いいんだけどね。

3 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 14:57:33
オレは宮崎市定の『謎の七支刀』を読んで、この金印に興味を持って三浦の本を読んだんだけど、
だれか宮崎の言ってることわかる人いる?

「昭和五十五年八月、京都高島屋において朝日新聞社の主催により、
『邪馬台国への道』展が催されたが、その折の注意深い観察者ならば、
なにかしら、はてなと気づくことがあったはずである。
ただ、現今の私としては、これ以上にはなにもいい足すことはできない」(宮崎) 

4 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 15:15:16
米屋才蔵と亀井南冥と津田源次郎とが顔見知りだってことを三浦はあやしいといってるが、
金印が出てきてそれが何者かわからんかったら、知人のかしこいヤツに尋ねるってのは
ふつうの流れじゃないか?

5 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 17:21:08
三浦がブログで「この本、あまり話題になってない」って嘆いていたけど、マジやったんやね。

6 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 18:34:21
↑ブログのURLうp↓

7 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 18:40:57
じゃあアレか?『金印』って古史古伝ブームのようなもの?

8 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 18:51:31
偽造とする証拠が無い限り『本物』

9 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 18:54:21
>>6
あーゴメソゴメソ
どこだったか忘れちったよ。ブログじゃなかったかも。

ちなみにホムペはここね
http://homepage1.nifty.com/miuras-tiger/

本のあとがきにも消極的なこと書いてあるけど、あれってぜったい自信の裏返しだよな。
しかも幻冬舎が世評を気にするなんて信じらんね。

10 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 18:55:33
>>8
本物とする証拠が無い限り『偽物』ともいえる

11 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 18:59:47
>>10
物が有る以上、その論理は成り立たない。

12 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:02:27
>>11
物が突然でてきて胡散臭さがまとわりついているのだから十分>>10の論理は成立する。

13 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:05:02
だいたい『漢書』東夷伝に記されているブツがそれまでに何の記録もなく
千数百年も後に突如あらわれてきたなんて考えられないじゃん。

14 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:07:11
問題は亀井南冥ほどの儒者が自分の立身出世のためにでっちあげをやるかどうかだよな。
儒者たるものがそんな野心を抱いて生きてきたというなら何のために学問をやってきたのかってことになる。

15 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:07:11
>>12
『胡散臭い』は、あくまで個人的な主観
個人的主観はあくまで参考意見に過ぎない。

16 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:13:07
はいはい

17 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:16:08
先日、週刊朝日で金印の話が出てて、
ちらと捏造説にも言及してるんだが、
金印が蛇鈕なのが珍しいけど、
同じのが中国で発見されたとかで、本物説が濃厚になってるとか書いてる。


日中国交正常化35年 古代ロマン
日本と中国をつなぐ2つの金印

週刊朝日 2007年2月9日増大号
ttp://opendoors.asahi.com/data/detail/7868.shtml

古代ロマン、日本と中国をつなぐ2つの金印−日中国交正常化35年, 「悠久の美−中国国家博物館名品展」, 週刊朝日(2/9)

悠久の美―中国国家博名品展
ttp://www.asahi.com/china07/


1981年、中国江蘇省の甘泉2号墳で「廣陵王爾(こうりょうおうじ)」の金印が出土した。それは58年に光武帝の子
「劉荊」に下賜されたものであり、字体が漢委奴国王印と似通っていることなどから、2つの金印は同じ工房で
作られた可能性が高いとの結論が出た。これが真実だとすれば、偽造説は完全に覆されることとなる。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%A5%B4%E5%9B%BD%E7%8E%8B%E5%8D%B0

18 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:19:26
また志賀島(東区)で発見された金印「倭奴国王印」は、1世紀頃の大陸文化との交流を示す貴重な資料である。
後漢書東夷伝にある「建武中元二年(西暦57年) 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」
の記事がそれであり、これは日本と日本人について文字で書かれた最初の記録である。
ちなみにこの「中国に朝貢していた」という記録が金印の発見時にひとつの騒動を起こす。天明4年(1784)に
百姓甚兵衛により金印が発見されたとき、主として国学系の学者たちが「中国に朝貢していたとはけしからん。
このようなものは鋳つぶしてしまうべきである」と強硬に主張し、一次、藩論もそちらに傾くのである。それを、
儒学者である亀井南冥が身体を張って阻止したという。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E5%B8%82

19 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:25:15
>>17
テン王の印と廣陵王璽については既に三浦は言及しているよ。
似た物が出たからといって金印が本物であることの証拠にはならないと。
贋物を造るなら本物に似せて造るのは当然だからね。

20 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:25:49
>>16

>はいはい

スマソです。
ここが遊びスレと気付かなかったので マジレス失礼した。

21 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:26:17
>>18
ただし、亀井南冥はそのすぐあとに失脚させられるんだよね。

22 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:27:20
>>20
うん。じゃあね。キミのような人はいらないから。

23 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:30:48
だいたい真物であることに疑う余地がないというなら、
何のためにこのスレをのぞきにきたのだか……

24 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:31:46
金印? ゴッドハンドの仕事だろ。

25 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:32:19
きっと福岡出身なんだろ。

26 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:34:52
>>19
発掘された順序があるだろ。
中国で似たのが発見されたのはずっと後なんだからさ、
その中国のが捏造だというなら別だけど。

27 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:41:28
>なんの為に

そこにスレが有ったから

28 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 19:46:15
>>14
儒学者ってのは、坊さんとは違って、立身出世のために学問してるんですよ。
前提が間違ってる。

29 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 21:18:11
>>28
それは違うな。
出世のために手段を選ばぬというのは儒学でない。
何のための礼なんだよ。

30 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 21:21:57
出世の為。
庶人に礼の義務は無いのが儒教社会の常識。

31 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 21:26:26
>>26
中国古代の印について書かれた書物があるじゃないの。
漢代の印を模倣して捏造する者ならそういった知識があって当然。

32 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 21:28:08
>>30
あんた儒教の文献読んだことないでしょ。

33 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 21:39:07
>>30
亀井南冥は庶人ですか?

34 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 21:45:29
炭素による年代測定で偽物という結論が出たはずだけど。
中学生の教科書を見ればわかるが、もう載ってないよ。

35 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 21:49:46
金に炭素は含まれていない。

36 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 21:57:07
>>34
放射性炭素による測定法のことか?
金印の中に測定できる生物でも入ってたのか?


37 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:03:53
礼とは士大夫にとっては義務だが庶人には義務づけられないんだよ。
出世欲に囚われた士大夫と庶人だけが礼を守る。
それが儒教社会

38 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:09:25
そこまでいうなら典拠を示せよ。
で、もう一度訊くが亀井南冥は庶人か?

39 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:13:41
>>37>>8>>20
はいはい知ったかちゃん。さっさと逝ってねー。

40 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:14:11
>>30>>32ほれ
(論語)だ
子 曰 : 「 學 而 時 習 之 不 亦 乎? 有 朋 自 遠 方 來 不 亦 樂 乎 ? 人 不 知 而 不 慍
不 亦 君 子 乎 ? 」


41 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:15:53
出典は忘れたが

刑は士大夫に上らず、
礼は庶人に下らず
だったかな。

常識だろ。

42 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:23:07
本来考古学板なんだろうが、質問スレにかきこんだものの放置プレイ中だしなぁ・・・

で、そこに書いたとおり鈴木勉の論文の信憑性に全てがかかってるな。この話。
それ以外は与太話。

43 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:26:07
そういえば、この本の最後の方に『蛍光X線を当てる・・・・』とか書いてるけど、
アレ恥ずかしいから直したほうがいいと思うな。

44 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:31:29
>>39
>>37にあやまれ

45 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:33:20
>>42
金印が廣陵王璽とは違う技法で造られていることを主張した論文だな?>鈴木
同一工房作成説にしても同時代のもので形や見かけが似ているだけってのが根拠だしな。

>>43
やたらと本田光子の名前が出てくるのも気になったw

46 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:38:40
謝罪には及ばない。
庶人に守礼の義務は無い。

47 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:43:02
>>45
そう。広陵王璽に比べて一世代以上新しい技法だってやつ。
もし、この論文の結論が正しければ三浦本とは関係なくアウトだな。

48 :39:2007/02/13(火) 23:06:55
>>37
ばかにしてすまんかった。その『礼記』の文のことを忘れていた。一応あやまる。
ただし、庶人に礼が必要ないというのは間違いだ。
「礼不下庶人」の疏にはこう記されている。
「張逸云、非是都不行禮也、但以其遽務不能備之、故不著於經文三百威儀三千耳、其有事則假士禮行之」

49 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 23:41:59
>>42
質問スレってここのことかい?
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1147676033/

見事にヌルーされてるなあ。
でも三浦の本って考古学っていうよりもやっぱり歴史モノだよな。
それともミステリ板のほうがよかったかなw?

50 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 23:59:24
>>37
>>39を許してやってくれ >>39 >>8の意見も正論と思うがどうだろう?

51 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 00:13:54
何故、金印が、あのような志賀島みたいなところに隠されていたのか?
それは、奴國を中心とした政権が
周囲からより強大な政権によって、滅ぼされたかしたからでしょう?
それで、最北の島である志賀島に隠したというのが真相じゃないのか?
自分は、57年に金印を貰った奴國が滅ぼされた切欠を作ったのは
107年の佐賀・久留米平野にあった面土(筑紫・米多)國の帥升らだと思う。
だからこそ、帥升らは金印を貰わなかった。
何故なら、漢王朝をのお墨付きを貰った国を滅ぼしたからだ。
一方で、帥升らは生口(戦争捕虜)を漢王朝に献上している。
この生口とは、奴國関連でしょう?


52 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 02:42:04
俺もこの本たまたま立ち読みしたけど
金印偽造説なんて初めて聞いたよ・・・
てっきりホンモノと思ってたのにさ
もしマジで偽造されたものなら国辱モノじゃね?
国宝が偽造品だなんて・・・
チョンがまた喜ぶぞ
でもよく考えたらさ、こんなものが見つかるなんてマジ奇跡だよな
読んでたら偽造品なような気がしてきた

53 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 02:59:03
三種の神器すら偽造なんだから金印ぐらいどうってこと無いだろう。

54 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 03:34:33
私ならもっと分からないように、いかにも本物らしく見える金印を作ろうと思えば作れるよ。

だから、限りなーーーく偽造品かなーーーって感じてしまう。

まぁ、一個だけ特別に別口で作られた可能性とか、
本物なくしちゃったから、当時の人達が自分達で勝手に偽造して、本物に見せかけてたとか、
いろんな可能性が考えられるわけだから、安易に結論は出さないほうがいいと思うけどね。

55 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 03:35:48
昔話を一つ。
とある画家が、ある美術館に展示されている自分の絵が泥棒に狙われていると知って、
盗まれては大変だと、本物の3倍近い製作期間を費やして、苦労してそっくりの偽物を描いて、
誰にも分からないようにこっそりすり替えておいたら、
一流の目利きとして有名だった泥棒は、まんまと騙されて偽物のほうを盗んで行ってしまった。
「本物はこのとおり無事だよ」と、画家は得意げに人々に見せながら贋作テクニックを自慢した。

ところが、予想に反して、
後日、盗まれた絵は本物として闇市場で売買されるようになってしまった。
美術館の館長さんの耳にまでこの話が聞こえたとき、画家に向かってこう告げた。
「あなたが描いた絵なら、たとえ偽物でも本物なんです」
チャンチャン。

昔話二つめ。
満州の皇帝が日本に来て、昭和天皇に向かって天照大神の鏡を所望したけど、
天照大神は日本の神だという理由で、
宮内庁や伊勢神宮が国外に鏡を持ち出すことを猛反対したらしい。

で、けっきょく満州の皇帝が日本から持ち帰って飾って崇めていたのは、
本物の天照大神用の鏡を作っている日本人の職人さんに特注で作ってもらった、偽物の鏡だった。
チャンチャン。

二つのエピソードから何が言いたいかというと、つまり、
世の中いろんな意図で贋作を作る人がいて、ときには予想外の結果が生まれることもあるってこと。
だから、
たとえ偽物だったと判明しても、それだけで安易に結論は出さないほうがいいんだよね。

56 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 06:41:28
でも光武帝からもらった金印なら別格だろ。
いくら本物に似せて精巧に作ったところで経過した歴史の重みは再現できない。

57 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 06:46:14
>>52
偽作であるにもかかわらず国宝指定されたものなんてたくさんある。
研究者の意見を無視して政治的コネで国宝になっちまうものなんだよ。
郷土からすげえ物が出てきたらそれで村おこしができるからな。

58 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 11:20:41
>>56
だよな
しかもホンモノが存在するならまだしも、無いにも関わらず、
ナショナリズムの高揚のために捏造して教科書にまで載せてるなんて
もう引くに引けない

59 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 11:21:30
>>57
たくさんあるって言われてもさ
例えば?

60 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 12:23:50
贋物説への最大の疑問は動機なんだよな。
大枚はたいて、しかも大がかりな演出して・・・つーのが理解できん。

贋物でないにしても気になるのは、直後に作られたというレプリカの存在。
今残ってるほうがこのレプリカの方じゃないという証明は如何するんだろ。

61 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 16:59:40
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

62 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 17:56:03
どこかの神社に長い間祭られていてそれを掘り出したようにみせかけたっていう説もあるじゃん。
それだと贋物でない可能性もあるよな。

63 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 19:35:39
江戸時代の日本人が知るよしもない古代中国の度量衡に
ぴったり一致しているので真物、という話は今はどうなってるの?

64 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 19:48:08
あの印を押したのを見たら現代人なら疑念を持つのが普通。
出来の悪い子供が書いたみたいな字だからね。

でも、ああいう書体なのw

65 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 20:11:40
>>64

篆刻(てんこく)

66 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 20:27:52
>>26 と同じこと考えて、あの本は立ち読みする気もしなかったんだが、
「あるべき金印の大きさ、字体」をどう調べて捏造したのかについて、
捏造説は、何って言っているの?

67 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 21:49:29
>>66
「『集古印譜』に捺された印の一辺の長さを測って、それとまったく同じ大きさの印を作れば、
漢代の方一寸と同じ長さの辺をもつ印章はできてしまう。あるいは、漢代に作られた銅印があれば、
その大きさに合わせて金印を作ればよい」(三浦142頁)

68 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 22:12:57
>>63
>>66
ぴったり一致と言うけれど、実は中国で出土した本物の印はそんなきっちりとは一致しないそうで。
きちんと測る方法がなかった当時の事ゆえ、バラツキがあるんだそうな。

で、当時の度量衡をしらなくても印影を集めた本があって、そこに載っている印と同じ大きさにすればいいそうな。
三浦本では明代の『集古印譜』があがってますな。

字体は広陵王璽とよく似ている。が広陵王璽と漢委奴國王印では掘りの技法が違う。
この技法の違いを問題にしたのが>>42で書いた鈴木勉の論文。

69 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 00:27:10
そもそも当時の日本人は漢書に書かれていたことを知っていたのか?
全くゼロとはいわないが、あんな田舎の大名領で知っているヤツがいるとは思えない。

70 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 00:28:05
2007年2月14日現在『本物』と、言うことで

71 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 00:32:27
なぜ、志賀島みたいなところにあったのか?ということだ。
真相はこうだろう?


http://yamatonokuni.seesaa.net/article/32720152.html

72 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 00:48:19
>>69
亀井南冥は、発見後即座に光武帝から貰った金印だと主張している。
南冥自身の偽造であれなんであれ、亀井南冥が当時知っていたことだけは事実。

73 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 01:11:47
>>69
異称日本伝なんてマイナーな書物だったのかなあ?

個人的見解と言うか予想では、
後漢書に「建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」と書いてあるのに
金印は 倭→委 と字が変わっているので本物じゃないかと思う。
文献読んで字を変えるわけないからね。
ただし、他に 倭→委 としている印があるとすれば、この予想もはずれ。
また、倭を委と書く例はあるけど、あまり多くないってのも気になるといえば気になる。

74 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 02:09:42
贋作作る理由がわからん。

アホの陰謀史観にはウンザリw


75 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 02:54:58
カッパのミイラとか作る人間がいるんですよ
いわんや金印をや

76 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 03:02:34
>>74
漏れもわざわざ偽者を作る理由はよくわからんが、
当時、偽の印を作ることが流行していたのも事実らしい。
金印発見のまさにその時に生きていた藤原貞幹は卑弥呼がもらった
親魏倭王印の偽物をつくり、その印影を『好古日録』に残している。

陰謀史観のどうのという前にまずは読んだら?

77 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 10:24:36

○○事件とか言ったって、事件化してないじゃん

脳内事件、ご苦労w



78 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 11:04:17
カッパのミイラワロスwww

>>73
倭→委という省文の用例ってホントにある?あるんだったらあげておいてほしいな。

三浦本では金印が「委」に作ったのは、
邪馬台国論争の中で魏志倭人伝の「伊都國」と筑前の怡土郡とを結びつける説が背景にあるんじゃないか、
みたいなことが書かれてあったように思う。

79 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 12:38:26
>>78
聖徳太子<法華義疏>で 大倭国と書くところ大委国としている。 

80 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 13:00:04
>>79
サンクスコ。確認してみる。

81 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 13:07:14
>>80
わかりずらいけど、写真あった
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/hokegiryu/jhokeg32.html

上の写真 4分割されている右上で、下の列の書き出しが
<大委上宮王>って見える

82 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 13:14:15
>>78
聖徳太子の話は知らなかったけど、金石文では偏を省略することはよくある。
三角縁神獣鏡の銘文には『陳氏作竟用青同』というものがあるけれど、これは

竟=鏡
青=清
同=銅

で偏が省略されている。

83 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 13:24:28
>>79
九州王朝の証拠キタコレ

84 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 13:24:53
>>81
おお!テラサンクスコ。
これは御物本ですな?
小さいけど確認できたよ。
ちなみにこれを底本とする岩波文庫本もきちんと「委」になってた。

>>82
なるほど。金石文ではよくあることなんだな。
鋳造するばあい省文のほうがくずれにくいし
字体のバランスもいいというわけか。
じゃあ、やっぱり印刻のばあい「委」に作るのは何も特別というわけじゃないことになるんだ。

85 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 13:31:38
>>67 日本に下賜した金印と同じ大きさになる金印を推測する資料に
なる金印は、『集古印譜』に含まれているのかな?

あと、金印の高さ(奥行き)、デザインなどは、どのように推測したのだろう?


86 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 13:57:54
>>85
『集古印譜』は見たことがないのでなんともいえないが、
三浦の書くところによると、各時代の印影が類従されていて
鈕の形についても詳細な記述があるらしい。

87 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 14:00:49
ぐぐったらすぐに出てきたよ。こいつぁいい本だ。

ttp://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/db-machine/toho/html/C008menu.html

88 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 17:17:49
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

89 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 18:43:13
>>87  どの部分がどのように役に立つのか見当がつかないww

仮に類似品の製作が可能とした場合、発見経過はどう説明するんだ。
志賀島の農民が偶然みつけるように仕向けたという意図が不明。
その農民がネコババしたり、捨てたりしたらとかを考えたら、古い墳墓に
埋めて自分で発掘する方が確実ではないか。

90 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 19:03:08
まあ、まずは本を読め。そのほうが早い。
そのうえでおかしいと思ったところを書き込んだほうがいいだろ。

91 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 20:54:55
漏れもそう思う。
このままだと本一冊分まるまる書くはめになりそうだから。

92 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 21:23:04
>>90>>91 OK!
ここまでの議論で、あの本は「dデモ本」ではないことが分かった。

でも私は買わない。これだけだは、買う価値があると思えない。
ということで、どなたか>>89の疑問に答えてください。


93 :グルタン:2007/02/15(木) 23:15:53
近年になって見付かった類似資料から判断して、
基本的にあの金印は本物と断定して良いでしょうね。
ポイントは何故、志賀島なんて辺鄙な所に埋められていたのかということ。
おそらく、奴国は「親魏倭王の称号」を冠した邪馬台国に淘汰されたので、
奴国の遺臣達によって意図的に埋められ隠され忘れ去られたのでしょう。
まるで銅鐸の出土状況に似ています。
銅鐸もまた、大和王権によって淘汰された畿内周辺の国々が、埋めたものでしょう。

94 :橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/15(木) 23:19:55
>>93
全面的に同意。

95 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:32:37
>>92
強情なやっちゃなーw

しかし『集古印譜』、これ、めっちゃ欲しー!

96 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:38:17
遺臣が埋めたというと、万世一系という大前提が崩れるが。

97 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:40:48
ん?なぜに?よくわからん??

98 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:41:24
はぁ?奴国と関係ないでしょ

99 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:44:58
まじ?

100 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 01:07:10

>>96 は問題にもならん。 ただの釣り



101 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 04:40:01
漢委奴国王印があるのは『宣和集古印史』じゃなかったっけ

102 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 09:08:53
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

103 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 09:42:03
金印があるということは漢に朝貢していたという証拠あるよ

104 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 10:37:54
>>93

「本物」であるというより(偽物)である事の証明が出来ない限り、その金印の(偽物性)は成立しないと言うことです。
そしてあの金印は、後漢王朝が存在すればこそ、その効果がはっきされるモノ
魏王朝には無用の品物となります。
従って、後漢王朝の滅亡と比例し封印された印と見る可きかと考えます。

志賀島自体に余り関連性はなかったのでは無いでしょうか?強いてあげれば
『沈みし王朝の遺物は、昇り行く都の反対側に封印された。』
太陽が沈みし志賀の反対太陽の昇る東側に 親魏倭王の都は存在した。

105 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/02/16(金) 10:52:14
○人大杉状態を何とかするべし、自由に書き込めないぞ。

○金印、、、偽物なら、王の持物らしくもっと豪華に作るんじゃないか?
あれ、一個だけでは真偽に疑問が出るから、
傍証となるようなものも、側に埋めてたりして、、、
で、こんな凄いものも幾つか側から出たから、金印も本物だと喚き散らすとか、、、
で、付加価値を出すとか、、、

106 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 12:26:31
でも後漢書には「金印」なんて書いてないけど名

107 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 14:14:28
>>106

書く必要性がなければ書かない。
先行史料となる「倭人伝」にて假金紫綬の出来事は記録されているし、
後漢書にて書かれなくとも同様な行為が後漢時(共立出来た理由として)あった事は十分読み取れる。
書かれなかったのは、後漢書が先行史料となれなかったから 書かれなかった。
それが一つの理由だな

108 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 14:19:57
だいたい前漢時代に貰ったヤツかもしれないだろ

「金印」=後漢書のブツって決めつけるのは結局脳内根拠だけで、
文献的根拠もなければ、金印の科学鑑定で証明された訳じゃない

109 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 14:29:32
「あの金印」=「後漢書のブツ」と断定するのは

「三角縁神獣鏡」=「卑弥呼の鏡」と断定するようなもんだろ


どちらか一方を肯定するなら、もう一方も肯定しなければならない
どちらか一方を否定するなら、もう一方も否定しなければならない

110 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 14:42:45
>>109


景初四年の鏡なんて素敵ではありませんか。
あの出土はナイスです。

111 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 17:16:10
>>110
ところがそいつも偽作じゃないから話がややこしい。
金印に関しては、紐文様という偽作者が当時知りえなかった事実が含まれているため
確かに出土状況は怪しいが認めざるを得ない。


112 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 17:18:19
>>108
それは贋作説以上にありえない。
それどころか後漢前中期の様式でもない。


113 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 19:06:14
>>111
蛇鈕で正しいかどうかっていうのはどこにも書いてないから、
それは『当時知りえなかった事実』にはならないよ。事実かどうか確かめようがないからね。

そして蛇鈕というのがまた曲者で、ヘビというのはどちらかというと南方の生物で、
南の蛮族であるテン族に与えられた印の鈕が蛇鈕というのはもっともなれど、
東夷である倭に対する鈕としてはちとおかしいのだな。昔から言われてることだが。

で、何度も書いてるけど、怪しいのは出土状況じゃなくて彫りの技法で、
鈴木勉の論文は、それが広陵王璽と同じ1世紀中ごろではないと結論しているわけだ。
この鈴木論文をくつがえさないと、本物だと主張するのは苦しいよ。

114 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 19:44:39
>>113
倭を東夷とばかり認識していたわけではないからな。

115 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 21:26:03
問題はそこだ。
成立がさほど57年から遠くない漢書地理志では楽浪海中と『燕地』に書かれているにもかかわらず、
それだけでは贋作とはされずに、疑問点としてそのままになっている。
ともかく、蛇中であることは『当時知りえなかった事実』にはならない。

116 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 21:34:44
>>89>>93>>104

偽作説だと志賀島に埋めたことの説明が難しそう。
偽作を世に出す為なら、自分で埋めて自分で掘り出すのが最も確実。
人に掘らせるにしても、志賀島という発想はなかなか出てこない。
あの農民がたまたまそこを掘り起こさなかったら、出てこなかった。

「偽作が技術的に可能だから偽作」という理屈もおかしい。 

117 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:08:07
>>116
そうね。確かに偽作だとするとそのあたりがどうにも合点が行かない。
しかし、そういう状況証拠は技術論でダメ出しされたら一発で吹き飛ぶ。
だからこそ鈴木論文の評価がこの問題の肝なんだよ。

118 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 03:31:01
>>117 技術論とは「彫りの技法」?
それだと三角縁みたく不毛な論争のループだよ。
同位体比で20年前に決着済みなのに未だにやってるww
むしろ、金の精製技術とか不純物の比率の面の方が有益。
この方面は何かあるんだろうか?

119 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 10:34:37
>>118
それも書いてあるから読め。1000円もしない本だ。

120 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 20:28:20
鈴木勉氏の彫りの話を都合よく勝手に解釈して引用している件について












鈴木勉氏は志賀島のも丁寧な作りなどから漢の王朝の工房によるものとしているが。その上で時間差、工房の違いなどいくつかの可能性を論じている。


121 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 20:51:53
だから原文を読んだ上でちゃんとした評価ができる香具師の登場を待っているのだ。
漏れは、読んだところで正しいかどうかなんて判断できないからな。
そもそも、蛍光X線を当てるなんてことをはずかしげもなく書く香具師だから、
ろくな調査はしてないだろうなと言うことは容易に想像がつくのだが。

122 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 21:29:25
本田光子氏の分析も都合よく解釈している件について











古代中国だろうが純金でなく多少不純物入っているのは別にふつう
少なくとも贋作の証拠にならない
あと彫りの問題だが、鈴木勉氏は広陵王引と違う流派ないし時期差の可能性とは言うが、あくまで漢の王朝の工房の作りの中での違いと言っている。少なくとも贋作とか全く言っていない訳だが

123 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 21:33:17
確かあの金印 22K だったはず

ほぼ純金レベル

124 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 21:38:33
だからわずかに不純物がある訳だが

純金に近いといえば近い

125 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 21:40:12
「ものづくりと日本文化」鈴木勉

126 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 21:50:07
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

127 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 21:50:09
ついに日本でも


http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1169139857/60


東京テロ実行部隊

128 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 22:05:48
>>122
>少なくとも贋作の証拠にならない

贋作の証拠にはしてなかったと思うが。
中国出土金印の分析結果が知りたいということで終止していたと思うが。
贋作の証拠にしているというのは何頁の話?

>少なくとも贋作とか全く言っていない訳だが

本人が言う言わないと言うことと、その結果がなにかの証拠になると言う話は別。
重要なのは何を根拠にそう主張しているかという根拠の部分。

129 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 22:23:25
しかし鈴木勉氏の話を都合よく引用しているのは事実だろ

130 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 22:25:27
しかし鈴木勉氏の話を一部だけ抜き出して都合よく引用しているのは事実だろ


成分にしても不純物があることをことさらに強調して、これは問題だと言って誘導しているのも事実

131 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 22:48:20
>>130
>しかし鈴木勉氏の話を一部だけ抜き出して都合よく引用しているのは事実だろ

そんな感じだね。原著論文見てないからわからないけど。

>成分にしても不純物があることをことさらに強調して、これは問題だと言って誘導しているのも事実

だからそれが事実だとしたら何頁に書いてあるの?
たとえば136頁には「比較対照できる材料がないためもあって何もわからない。」と書いてある。
これ以上踏み込んだことは書いてなかったと記憶しているが、
記憶漏れもあるから書いてあるなら頁を教えてほしい。

132 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 23:06:51
蛍光X線ってまちがいなの?
やたらと出てくるけど。
これってチョー恥ずかしい部類のまちがいなん?

133 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 23:46:02
X線って見えないだろ。

134 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 23:53:12
なーる

135 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 02:24:27
蛍光X線分析っていうのは、試料から出てきた蛍光X線を分析するもので、
蛍光X線を試料に照射するわけじゃない。ちょっと調べればすぐわかることなのに。

136 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 10:38:49
>>134
どこをどう納得したのか教えてくれwww

137 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 11:03:41
え?試料を使うなんて知らないからな。普通そんなこと知らないだろ。
可視光線じゃないんだから「蛍光」というのはまちがいなんだな、って納得しただけの話だ。
何かおかしかったか?

138 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 17:12:10
後漢書の検索結果

(永平元年)八月戊子,徙山陽王荊為廣陵王,遣就國.
(永平)十年春二月,廣陵王荊有罪,自殺,國除.
(永平十四年)夏五月,封故廣陵王荊子元壽為廣陵侯.

同じ出来事が繰り返し出てくるものの、後漢書にはこれ以外に廣陵王にかかわる出来事はないので、
後漢代に廣陵王が存在したのは永平元年〜永平十年までの10年弱しかない。
廣陵王璽は廣陵王になった永平元年に渡されたはずだから、
廣陵王璽の製作が58年というのは動かせそうにないな。

139 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 19:23:55
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

140 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 20:36:17
>>137
いったい何を分析すると思ったんだ?この場合の試料は金印だが。
普通は知らないとしても本に書くなら調べるだろ。普通。

141 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 22:47:43
すまん。
試料という言葉すらよくわからんかった。

142 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 23:32:03
>>141
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143 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 00:03:14
蛍光X線分析とは

ttp://mext-atm.jst.go.jp/atomica/08040126_1.html

ちょいと難しいけど読んでみてくれ

試料に当てるのはX線で、それによってなんかしらん複雑な反応が起きて試料から帰ってくるのが蛍光X線
なぜ蛍光というかというと、原子ごとに固有のスペクトルを持つから
それで試料がどの原子がどのくらいの割合で構成されているかがわかる


こんなとこかな

144 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 02:00:35
>>143
おまいとてもやさしいな。

145 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 10:32:57
>>143
dクス

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