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■■■■古田武彦の多元的古代史観 01

1 :古田武彦:2007/01/19(金) 20:01:20
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E7%94%B0%E6%AD%A6%E5%BD%A6
中小路駿逸(元追手門学院大学教授)によれば、「大和なる天皇家の王権が7世紀より前から日本列島の唯一の中心権力者であった」とする日本古代史の「一元通念」を否定した点が最も大きな貢献とされる。
一元通念が論証を経たものではなく、日中の文献や考古学的な遺物も多元的古代史観によって無理なく理解できると主張している。


2 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:02:35
リンク
http://www.ne.jp/asahi/tokfuruta/o.n.line/main.htm
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jfuruta.html
http://www.alles.or.jp/~western/tagen/tagen.html
http://www.geocities.co.jp/furutashigaku_tokai/index.htm

3 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:04:01
政・[心hen宗]・満の法則
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jsss.html

4 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:05:11
九州王朝説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC

5 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:05:41
古田史学
http://www.geocities.jp/pujo106blue/index.html

6 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:09:21
九州王朝説とツガル以外は、一応評価できる。

7 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:09:57
古事記・日本書紀
http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/wakan/menu-w.html
漢籍
http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/kanseki/menu01.html

8 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:10:41
和田喜八郎氏に捧ぐ
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou34/tugaru34.html

9 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:14:52
古田ファンサイト:よみがえる九州王朝
http://www.sysken.or.jp/Ushijima/voyage2.htm#よみがえる九州王朝

10 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:16:46
古田ファンサイト:科学の目で見えてきた日本の古代
http://home.b06.itscom.net/kodaishi/index.html

11 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:18:09
太国が作ったんだねwww
わらかす議論すんなよw
がんばってね(^^)/

12 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:24:57
太国氏は来てないでしょ>11

13 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:26:13
誰がやっても、
こちらが盛り上がる事期待しています。

がんばってね(^^)/


14 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:26:50
中小路駿逸氏:古田武彦ノート
http://classic.music.coocan.jp/book/furuta/note.htm

15 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:29:17
古田武彦研究年譜
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jfurune.html#021

16 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 01:58:07
パラレルワールド、砂上の楼閣、
論理の赴くところと言いながら、
途中で風が吹けば桶屋が儲かる式の論理の飛躍があることに
目をつむる、そんな古田史学。

17 :あっくん:2007/01/20(土) 02:55:55
九州王朝説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC#_note-gengou2
問題点
九州王朝説は現在のところ、日本古代史の学界からは「批判・検証を受ける段階に無い」と見られ黙殺されている。それは以下のような理由による。
九州王朝の歴史を記録した一次資料は存在しない[11]。したがって記紀や中国や韓国の歴史書等に散見される間接的な記事、九州年号や大宰府など僅かに残された資料をつなぎ合わせて王朝の歴史を推測するしかない。
この直接的記録が無いことが、九州王朝否定論の論拠となっており、また多くの亜流を生む原因ともなっている。また、資料の扱いが恣意的である[12]点も、九州王朝説の弱点である(九州王朝説からすると通説が資料の扱いが恣意的であるとなる[13] )。
同じ九州王朝説の支持研究者でも、白村江の戦いまでを九州王朝の歴史と見る、壬申の乱までを九州王朝の歴史と見る、大化の改新まで九州王朝の歴史と見る[1] 等考え方は様々であり定まっていない。
九州王朝説の中にも仮定に仮定を積み重ねたトンデモ説としか思えないものもあり、初めて読んだ本がこれらの場合に九州王朝説全体をトンデモ説だと思ってしまう事がある。

18 :あっくん:2007/01/20(土) 03:02:49
>>16
ただ、多元的古代史観を打ち出したのは古田がはじめて、ってことはないんですか?

19 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 13:59:15
論理がまったく赴かないところに行くのが、
畿内説クオリティー>16

20 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 15:01:13
>>1
ここは
古田さんの肯定するの否定するの?

21 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 21:26:26
皇帝

22 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 23:32:53
だれも皇帝してないねwww

23 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 01:28:57
表向きは「古田説に反対「古田説を無視」

  なのに内心、「やっぱり古田説が真実」

24 :あっくん:2007/01/21(日) 02:38:03
>>20
>古田さんの肯定するの否定するの?
僕にわかるように説明してくれればどっちでもいいですw

25 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 23:00:55
語るに落ちる!
史コテによる自虐ワザ!
www


26 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 00:24:09
この人、東日流外三郡誌でも安本美典と対決してるよね。



27 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 13:10:16
>>26
対決というか、安本が古田潰しに必死。
古田によれば、共闘wを申し込まれたので断ったところネガティブキャンペーンを展開されるようになった、らしい。
元々安本は科学的手法による古代史分析を売りにしていたから、古田の邪馬壱国説が自然科学者に支持されたことは死活問題だったんだろうな。
「犯罪心理」学者の自称も怪しさたっぷりだし。


28 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 13:33:28
結婚後、昭和薬科大学で古田教授の助手契約を更新できると
思い込んでいた原田実は、あえなく契約解消。
安本のネガティブキャンペーンに意気投合、東奥日報とも結託
三郡誌所有者の孫のいじめに成功、今日の古田潰し網が完成。

29 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 18:08:12

結局古田さんの否定スレになるみたいだなw
低俗な書き込み頑張れよw



30 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 23:56:54
一時は考古学者らの多くが(消極的支持も含めて)古田説を支持したこともあったが、
少し後になると、考古学者の主流派から批判されるようになり、
いつしか、古田説を支持する考古学者は皆無になってしまった。

ここにいたって、古田説支持者らが、考古学を誹謗中傷するようになっていった。

31 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 00:15:46
九州と畿内で、同系の土器が出れば、畿内の編年に九州を合わせるといった
考古学者のヤバイ行為が明るみに出てしまった。
そりゃ、誰も支持しなくなるわさ・・・

32 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 01:48:58
>>27
古田潰しっていうか、あれを偽書を見抜けないってどいうことだよ?
そもそも持ち主の和田とか言う人自体が全て怪しげだし…

あと、縄文人が太平洋を渡って中米まで行ってたとかいう説。
どう考えても狂人としか言いようが無い。
とてもじゃないけど学者とは言えないよな…
歴史ロマン小説とか書いた方が良いかもね。

33 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 01:53:31
ていうか、初めから人物も本もメチャクチャ胡散臭かったのを、
古田が三郡誌にまじめに向かい合った。
裸国・黒歯国なんて誰も真剣に探さなかったが、古田はマジに
なって探した。
・・・それだけのこと

34 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 02:28:49
胡散臭いどころか、内容も何もかもメチャクチャだろうがw
しかも筆跡鑑定したら所有者の和田サン本人だしw

そのだーれが見てもコテコテの偽書の解析に真剣に取り組んだのはむしろ安本美典のほうだろがw
だーれも相手にしてくれず放置されていた和田サンのロマン小説を安本がマジで調べてやっただけのこと。

内容以前に全てが否定されているのに「裸国・黒歯国」がどうしたというのか?
そんな事をしているから古田は誰にも相手にされないんだよw

まさに奇人だな古田は…

35 :一応九州王朝説:2007/01/26(金) 05:34:11
>あと、縄文人が太平洋を渡って中米まで行ってたとかいう説。

十分あり得るわけだが。実際に実験もしてるし。和田家文章についてと
他の問題とは分けて考えないといけませんね。第三者が、感情的に過ぎ
る安本氏と同じ事をいうべきでもなければ古田氏のような排撃手法を取
る必要もない。学問における批判と、シロウト雀のスタンスとは違いま
すから。>>33の言うとおりです。それまでやりこめられるばかりだった
既存勢力がここぞとばかりに無視・嘲笑するための便法に使っただけで、
言ってみれば安本氏は猿回しの猿だったと言うことです。その後氏が支
持されたというわけでもないですから。むしろ既存勢力からは同じ扱い
ですよね。それなりに各方面で文献の扱いや科学的方法論で支持されて
いる古田氏と、初歩の統計的手法だけで勝負してる安本氏とでは格も違
い過ぎる。でも、それを彼はがんじえなかった。そう言うことです。

まあおたくの言い方からは、いろんな臭いはしますがね。

36 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 15:48:48
>>35
渡洋実験や小型ヨットの実績に加えて、DNAやウィルス含む寄生生物の面からも
直接的太平洋横断が数千年〜1万数千年?前にあったらしいことが分かってきてるからね。

>あと、縄文人が太平洋を渡って中米まで行ってたとかいう説。
>どう考えても狂人としか言いようが無い。
↑こういう反応する人間の蔵書リストをぜひ見てみたい。

ところで津軽外三郡誌が怪しいとされる第一の理由って何だ?(故人の怪しさは別としてw)
よく知らないが、幕末にオリジナルが作られて明治?に写本されてんじゃなかったっけ?
元々博物学的内容みたいだし、写本の段階でデータがアップデートされていても不思議じゃないのだが、
昭和に書かれたことが確実な部分ってどんなの?
>しかも筆跡鑑定したら所有者の和田サン本人だしw
↑捏造記事を鵜呑みにしてるこういうのは別にして。


37 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 16:57:22
倭人や日本人が太平洋を横断したというのは本当です。とはいっても漂流ですが。その数はかなりの数にのぼるようです。
幕末にアメリカの船が漂流者をつれてきていますし、ヨーロッパ人がアメリカを横断して西海岸に到達したとき、インデアンが日本人の漂流民を奴隷として使役しているのを発見しました。
インデアンにとって、漂流民は拾得物であり、奴隷として使役したのです。
そのため、旧大陸の進んだ文明を取り入れることもなく、結果コロンブスの
アメリカ発見以来の怒涛のごときヨーロッパ人の侵入に対抗できなかったのです。

38 ::2007/01/27(土) 02:03:42
古田教に脳を冒されるとこういう症状になるんですね。納得。


>倭人や日本人が太平洋を横断したというのは本当です。
>とはいっても漂流ですが。その数はかなりの数にのぼるようです。

ソースだせやw
もちろん古田と和田家文書以外でねw
あと竹内文献や富士文献とかもNGねw

>幕末にアメリカの船が漂流者をつれてきていますし

その頃って、アメリカの捕鯨船が日本のすぐ近海で操業していたしねw

>インデアンが日本人の漂流民を奴隷として使役しているのを発見しました。

初耳だなあw
とにかく古田関連の資料以外のソースだせやw
そもそも、12000キロ以上も漂流するなんて、なんと素晴らしい造船技術だろうw

>そのため、旧大陸の進んだ文明を取り入れることもなく

それが本当なら旧大陸の文明よりも先に、
日本人の持ち込んだ旧大陸固有の病原体でインディアン絶滅してるなw
現に、コルテス軍やピサロ軍の持ち込んだ天然痘で南北アメリカの原住民の9割以上は死んだのだからなw


39 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 02:18:24
>>36
>ところで津軽外三郡誌が怪しいとされる第一の理由って何だ?

怪しいのではなく、あれは偽書そのものだからねw

>よく知らないが、幕末にオリジナルが作られて
>明治?に写本されてんじゃなかったっけ?

すべて戦後に和田サンが執筆したものなんだがねw
そもそも幕末のオリジナルなんて無いのよw

>元々博物学的内容みたいだし、
>写本の段階でデータがアップデートされていても不思議じゃないのだが、

いや全然違うしw
てか、アップデートされたら資料的意味ないじゃんw
それこそ和田サンの趣味の世界でしょうにw
俺でも出来るよw

>昭和に書かれたことが確実な部分ってどんなの?

全部だよw ぜ・ん・ぶw
ていうか、和田サンは古田にすら例の「江戸時代のオリジナル」なる物を死ぬまで見せなかったっていうしw
言うなれば「全部が戦後に書かれたオリジナル」なんだよ、「江戸時代のオリジナル」なんて最初から無かったんだよw


40 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 02:28:42
>>38
バルディビアの土器は縄文土器にそっくりだが
現地の土で焼かれたもので「影響を受けた可能性がある」
というのが妥当なところだろう
バヌアツからは本物の縄文土器が出てるぞ

41 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 02:36:05
>>40
>バルディビアの土器は縄文土器にそっくりだが
>現地の土で焼かれたもので「影響を受けた可能性がある」
>というのが妥当なところだろう

似てるってだけが唯一の根拠w
こりゃ、すげーやw
てか、それは科学でも学問でもなく単なる「浪漫小説」の世界w

>バヌアツからは本物の縄文土器が出てるぞ

バヌアツは中米じゃないだろw
てか、バヌアツは物々交換で伝わった可能性が高い。
そもそも、西太平洋地域は紀元前から人間の行き来が確実にあった地域だし。


42 :一応九州王朝説:2007/01/27(土) 11:02:06
これはまた軽薄な粘着だね。

土器なんて簡単に言うなよ。縄文土器は世界最高(当時)の技術なんだぞ。
せめて土器の歴史ぐらい調べてからこいや。

>そもそも、西太平洋地域は紀元前から人間の行き来が確実にあった地域だし。

よくわかってるやんかw なら、バヌアツとの距離も知ってて言ってるんやね。
実は太平洋渡るのは、海流に乗れば簡単なんやが、そんな事も知らんとようカキコ
して人をこき下ろしたりできるな。ジョン万次郎知らんのかw


43 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 13:01:25
一応さんに同意。
ここのところ、ひどい書き込みが目立つなあ。
文系の学問の世界なのに「証拠は?」の一言で
万人が理解できる「ひとこと証明」が返ってくるはずがないのに
したり顔で聞いてくるその知的レベルの低さに呆れる。
和田家文書だって、ホテルに陳列した展示用作品を
安本氏が鑑定した事件があったが(当然近所の文房具屋で売っている紙)
そんなこと何にも知らないで言ってるんだろうなあ。

あ、言っとくけどそのときの筆跡は、地元五所川原の書家が書いたから
和田さんより字が上手だったよ。学者が和田さんの筆跡だって鑑定したら
和田さん、さぞかし喜ぶだろうな、俺の字はこんなの上手かったんだって。

44 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 14:04:46
>>昭和に書かれたことが確実な部分ってどんなの?

>全部だよw ぜ・ん・ぶw
>ていうか、和田サンは古田にすら例の「江戸時代のオリジナル」なる物を死ぬまで見せなかったっていうしw
>言うなれば「全部が戦後に書かれたオリジナル」なんだよ、「江戸時代のオリジナル」なんて最初から無かったんだよw

こういう低脳丸出しな「根拠」しかないわけね。
オリジナルが和田の主張と相違して存在しなかったとして、即捏造の証拠になるわけなかろうに。

45 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 14:12:14
>和田家文書だって、ホテルに陳列した展示用作品を
安本氏が鑑定した事件があったが(当然近所の文房具屋で売っている紙)
そんなこと何にも知らないで言ってるんだろうなあ。 <

サンルート五所川原で展示された「古文書」が
和田喜八郎の筆跡と判明した際、
いきなりレプリカだといいだしたのは
古田氏の方。
レプリカを作ったといわれた書家はその頃すでに故人、
遺族はレプリカ作成を否定、そもそも展示された「古文書」は
その書家の筆跡とは似ても似つかない。
レプリカならホテルもわざわざ展示しない。

何も知らないで言っているのは43の方です
(もしくは知っていても今ならウソが通ると開き直っている)



46 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 23:36:48
あはは、東奥日報+安本のネガティブキャンペーンの布教活動ごくろうさん。
原田君も一緒かな?嘘ばかり並べてもしょうがないね。
いきなりレプリカと言い出したのではなく、初めから知っていたんだけど。
わざわざ展示じゃなくて、ホテル側が借りたいといってきたんだけど。
君の言ってる書家・遺族って誰だろ?
結局、大勢で大量に嘘をつき続けるのが、勝利するってわけか.
そりゃご苦労なこったwww

47 :一応九州王朝説:2007/01/27(土) 23:49:53
なんかもの凄い一部しか知らない話になってますね。ついてけないw

でも、縁もゆかりも無いけど(本は結構持ってる)、安本さんとその
支持者の人の粘着ぶりが凄いことだけは感心する。原田って人も本は
つまらんかったよなあ・・・。

48 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 00:59:10
>結局、大勢で大量に嘘をつき続けるのが、勝利するってわけか.

どっちが詐欺師なんだよw
というか、実は古田は最初からアレが偽書であることを知っていて、あえて行動しているんだろうな。
でなけりゃ、単なるのバカだろw

まー、誰も古田のことなんて相手にしてないからイイけどねwww

49 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 01:30:36
しかし、安本と原田はマスコミ使うのがうまかったな。
田舎者で飲兵衛のオッサンを、マスコミ総攻撃で叩けば、そりゃ勝つわなwww

50 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 01:50:24
叩くも何も、他人の論文や写真の盗用罪で訴えられたんだから当然だろ?
そもそも古物関連の商売で散々な詐欺師なわけだし、詐欺で捕まっても当然な人なんだから。
その片棒を率先して担いだ古田も共謀罪に等しいよ。

51 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 02:02:10
裁判で実質的に勝訴したのは、田舎のおっさんのほうなんだがwww

52 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 02:31:05
では例の写真は盗用ではないとw
論文の丸写しも盗用ではないとw

かなり笑わせるねキミwww

53 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 02:49:32
ああいう人間のことを信じてる時点で古田史学はもう終わってる。
それ以前に九州王朝とか有り得ないし。

54 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 03:00:19
もう放っておけよ。
どうせ古田教の連中の思考は前世紀で停止してるんだし。
このスレに隔離しとけよ。

マジで。

55 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 03:00:30
おやおや、マスコミがよってたかって、外三郡誌を偽書判定させようとしたが、
裁判所はあえなく「非認定」。田舎のオッサンがあっさり勝利。オマヌケだったねwww

56 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 03:36:56
>>55
まさかアンタはアレを真作だと信じてるのか?

だとしたら、早めに精神科行った方がいいぞ、いやマジで。

57 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 09:46:28
裁判所に聞いてくれ。なんで偽作って認定できなかったんだよwww

58 :一応九州王朝説:2007/01/28(日) 09:53:08
こういうのを権威を傘にきて偉そうにする犬というんやねw

自分が社会の木鐸を気取っちゃって。なら、ムーなんかにくだらないこと書いてる
原田とかどうなんよ?あの雑誌だって、お遊びと笑い飛ばせるほど社会的影響力は
軽くないんやで。カルト宗教団体の巣で、わけのわからんパワーストーンとかの悪
徳商法に手を貸してるって意味じゃ、遥かに悪質やろうが。
右翼団体に利用されまくった安本だってどうよ?畿内説の最も悪質な層は、「万世
一系だからそれ以外にあり得ない。戦前のが正しい」って狂信的カルトを学問に押
しつけて未だに健全な自国の歴史の解明を阻害しとる。それで愛国心もないやろ?
安本は九州説に革新性を持たせる可能性をみずから政治的に封じて、でもその代償
に学会から認められたかといえばやっぱり無視されてるだけ。冷ややかに見てるだ
け。
幾ら安本が古田を糾弾しようと内輪もめとしか見てないって。学者馬鹿なんやね。
その点、学問的スタンスに徹することで逆にいろんな事に意味を読みとっている古
田氏の方が人間的に遥かに上やと思うな。親鸞研究とか、戦争に対する認識とか、
哲学者の域に達してると思うよ。辛辣な所が日本の学問の特殊な土壌では嫌われる
けど、それは欧米じゃ常識だし、理系でさえ遥かに珍説奇説でも堂々と発表されと
る。そういうのでも、極論から照射することで学説をより客観的で堅固なものにす
るという評価はされる。
日本の学者は、なんか親分子分の関係もきついし、違うこと言ったら馬鹿にされる
ところが嫌やね。それも文系ほどきついらしいそうやし。まあ同じ学問でも理系と
違って一見責任なさそうに見えるからやろうけど、そんなこと無いはず。
いや、どっちもしらん人やけどなw

59 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 13:48:59
いやはや、正論!同意!!>58

60 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 14:56:14
確かにファンタジー小説として見れば、古田は素晴らしい小説家だろうね。
でも、学者としてのスタンスは論外どころか狂気じみている…
学術的証拠を出さずに自分の推論だけで、仮説を立証できるはずがない。



61 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:08:52
大和王権一元論のほうが、よっぽど夢物語だと思うぞww

62 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:20:31
大仙古墳や誉田山古墳を見てみろ、
畿内にはあれを築造できるだけの政治経済基盤があったんだよ。
地方にもあれを凌駕する古墳があったか?無かろう?
箸墓古墳にはじまった古墳時代は畿内勢力の圧倒的な権威の時代だったんだよ。
一方、その頃の地方は畿内の大王に仕える国造が委任統治する自治体に過ぎない。
埼玉の稲荷山鉄剣や熊本の江田船山鉄剣の銘文を見れば分かる通り。

63 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:26:13
>>61
まず、古田の説(多元論)を裏付ける学術的証拠(遺物、遺跡)を出しなさい、話はそれからだよ。
津軽の時みたいに「鯨の骨の化石=安倍氏の骨」とかダメだよ(笑)

64 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:38:16
やっぱり自作でつか
いつものひとでつね
やれやれ

65 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 15:44:22
>62
二古墳が列島最大の政治経済基盤を示している証拠はないな。
中国では薄葬の風だった時代もあったから、劣等国家だった証拠かもね。
>63
馬鹿だなあ。いまゼロからここで何年越しの膨大な議論を展開するわけ?
授業料を払ってから懇願したほうがいいぞ。

66 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 16:17:39
>>65
>二古墳が列島最大の政治経済基盤を示している証拠はないな。
>中国では薄葬の風だった時代もあったから

日本の巨大古墳の大半は畿内に集中してますが何か?
地方は古墳時代全盛期に薄葬してたのか?初耳だな?
で、その証拠は?
ハイ、また出せませんねw

そもそも薄葬令は日本では大和の朝廷が律令時代になってから始めたもの、
それが証拠に薄葬の時代でも地方はまだ規模の大きな古墳造り続けてるしw

>いまゼロから

認めましたね、証拠は何も無いのに説だけ展開してたってw
素直に病院行きなさい。

67 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 19:28:23
>そもそも薄葬令は日本では大和の朝廷が律令時代になってから始めたもの
古田説の当否以前にこういう妄想に近い想像に基づかなければならない「歴史学」って何なんだ?
客観的事実として、日本の最古律令として確認できているのは大宝律令のはずだがねえ。
>>66は他人に対して
>認めましたね、証拠は何も無いのに説だけ展開してたって
↑こういうことを書けるんだから、日本の律令に古墳の薄葬令がどう絡むのか、年表だせよ。

68 :一応九州王朝説:2007/01/28(日) 20:52:46
中国では魏の曹操からだよね>薄葬
九州の装飾古墳の位置づけは、畿内説の人はスルーしますね。何故か。年代評価も
未だに土器編年至上主義で、無理矢理畿内中心に全部結びつけちゃってるからきっ
ちりしてないし。
でも、ずっと下った時代に高松塚とか出てくるけど、その頃の方が国力としては大
仙古墳の時代より遥かに強大ですから、必ずしも墓のでかさは国の大きさ強さの証
明にはならない。吉備や日向も関東にもでかい古墳はあるわけで。

そもそも古墳の巨大化の意味すらまだわかってないんだし。

69 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 22:33:40
>>67
>妄想に近い想像に基づかなければならない「歴史学」って何なんだ?

それこそが古田狂の真髄です、さすがによくお分かりですね。

>客観的事実として、日本の最古律令として確認できているのは大宝律令のはずだがねえ。

だから、そう言ってるだろうが、よく読め。

>日本の律令に古墳の薄葬令がどう絡むのか、年表だせよ。

それをオマエに言ってるんだよ、よく読め。
薄葬令云々を言い始めたのはオマエだろうが、ボケ。



70 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 22:35:11
>>68
>中国では魏の曹操からだよね>薄葬

なんで魏の話なんだ?
日本の古墳時代の話してんだよ?認知証?

>ずっと下った時代に高松塚とか出てくるけど、その頃の方が国力としては大
>仙古墳の時代より遥かに強大ですから、必ずしも墓のでかさは国の大きさ強さの証
>明にはならない。

それ以外でこの時代(古墳時代)の経済的な豊かさの指標に成り得るものってなんだよ?出せよ。
墳丘のみならず、古墳の副葬品の質や石室の巨大さにおいても畿内は同時代の地方(九州・関東など)を圧倒していたワケだがな。

>吉備や日向も関東にもでかい古墳はあるわけで。

例えば、全国の200m超の巨大古墳で言えば、全37の古墳の内34の古墳は畿内だけどな。
吉備は岡山の造山と作山、関東は群馬の太田天神山のみ。
この結果をどう見る?
それとも、地方は薄葬で畿内は巨大古墳がデフォですかw
それなら、岡山の2古墳と群馬の1古墳はどうなのって矛盾が発生するね。

>そもそも古墳の巨大化の意味すらまだわかってないんだし。

権威の象徴以外の何があると言うのか?
仮にエジプトのピラミッドのように農閑期の公共事業だったとしても、
その大半が畿内にのみ集中しているのは国力の中枢が畿内にあった証。

ともかく、地方に大和王権に匹敵する政権なんて無かったんだよ。
そもそも、前方後円墳自体が地方勢力が大和王権に屈服した証でわないかwww

71 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 23:33:25
畿内王権一元史観の妄想爆発ごくろうさん

72 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 23:50:09
いよいよ2ch崩壊。過疎から切り捨て開始だ

73 :安本:2007/01/28(日) 23:54:06
>>71
だったら、地方にも畿内に匹敵する巨大王権があった証拠だしなよw
無理だろうけどねw
古田の頭の中だけにしかないんだからねw

74 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:08:56
中国の文化を慕った倭国。
畿内の古墳は畿内が倭国じゃなかった証拠だわな。

75 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:10:44
「イ妥国に阿蘇山あり」
こりゃ、畿内は邪馬台国のワケないな。
「金印」
こりゃ、畿内は邪馬台国のワケないな。

76 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:44:09
岡山により大きな古墳があれば、そっちが都かwww

77 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:48:10
どう考えても、畿内が中心となるのは、壬申の乱以降。

78 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:58:24
>>74
>>75
言ってることが、支離滅裂で意味不明なんだがw

>>76
そうだね。
岡山に200m以上の古墳が50基ぐらいあればね。
でも現実は質・量ともに畿内だよ、畿内。
悔しいかいwww

>>77
5世紀後期の稲荷山鉄剣とか江田船山鉄剣の銘文にある[ワカタケル大王]って
どこの人か知ってるかい?
畿内の人だよ、雄略天皇だよ。

79 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:25:28
>78
だから、畿内地方が「薄葬の風」を身に付けてられなかった
野蛮人だったって証拠にはなる。
ワカタケルと読むかどうかは別として、地元の人でしょ。

80 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:27:59
あそうそう、薄葬の風=薄葬令と感違いしないでね。
野蛮人畿内王とは異なり、中国じゃ漢代から薄葬の風はあるからね。

81 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:30:41
阿蘇山の記載は九州王朝の証拠にはならないと思います。
私が東京から大阪に旅行した日記に、「富士山がくっきりとみえた。」とかいたら、富士山は大阪にあることになるのでしょうか?

82 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:33:37
その国家の特徴として、富士山で祈祷を行なうことが特筆されているなら
そりゃ富士山のふもとの国でしょうなあ。

83 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 08:34:56
大阪府の特徴として、知事が富士山で祈祷する習慣なんかあったっけ?

84 :太国:2007/01/29(月) 09:18:39
金印は九州王朝の証拠。『漢委奴國王』

こういう国王が畿内の国王とは非常に考えにくい。
国王というからには王朝があったことは認容される。
「委奴國」は当然九州しか考えられない。まさか漢にはあるまい。w

85 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 16:26:45
>>そもそも古墳の巨大化の意味すらまだわかってないんだし。

>権威の象徴以外の何があると言うのか?
>仮にエジプトのピラミッドのように農閑期の公共事業だったとしても、
>その大半が畿内にのみ集中しているのは国力の中枢が畿内にあった証。

>ともかく、地方に大和王権に匹敵する政権なんて無かったんだよ。
>そもそも、前方後円墳自体が地方勢力が大和王権に屈服した証でわないかwww

なるほどねえ。
で、その大和王権の版図はどのあたりまで広がっていたんだい?
大和周辺の巨大古墳に匹敵する同時代王墓って世界にどのくらいあんの?

というか嵐でこういうこと書いてんならいいが、本気だとすると…

86 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 16:36:55
稲荷山や江田船山鉄剣の銘文を「権威」の解説抜きに「ワカタケル」と読めてしまう脳ってある意味すごいよな。

87 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 00:45:51
>>79
>だから、畿内地方が「薄葬の風」を身に付けてられなかった
>野蛮人だったって証拠にはなる。

畿内は元々、巨大古墳や豪勢な副葬品という爛熟した埋葬習慣があったからこそ、
仏教の伝来などとも相まって、薄葬に至ったのであって、決して野蛮とか未開という意味ではないだろ。

そもそも、野蛮人が巨大墳墓を築造するというなら、世界各地の文明先進地域になぜ巨大墳墓があるのだろうか?
明や清の時代の皇帝の陵墓がどれだけ壮大な規模かご存知ないのだろうか?

そういう点ひとつをとって見ても「薄葬=先進的」という仮説が妄想的だと分かる。
これだと、風葬・水葬・散骨だって一種の薄葬だと主張することさえ可能になってしまう。

88 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 00:56:45
>>85
>で、その大和王権の版図はどのあたりまで広がっていたんだい?

雄略天皇の時代だと西は熊本から、東は埼玉までは明らかでしょうね。

>大和周辺の巨大古墳に匹敵する同時代王墓って世界にどのくらいあんの?

世界的に同時代でみる意味があるだろうか?
日本国内で限定してみれば、もちろん畿内がダントツだろうね。
国力の中枢だからね、地方からも労働力が駆り出されたのかも知れない。

>>86
>稲荷山や江田船山鉄剣の銘文を
>「権威」の解説抜きに「ワカタケル」と読めてしまう脳ってある意味すごいよな。

じゃあ、古田狂的には何と読むのかな?

89 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 01:54:06
>88
馬鹿を言え。6世紀ですら大和国にとって、播磨国ですら外国だったから、矮小国家。
かたや九州王朝は、極東諸国を支配した大将軍号を許されていた。

90 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 02:02:11
まず信者は「ワカタケル」の説明をしろっつーの

91 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 02:16:29
>>89
>馬鹿を言え。6世紀ですら大和国にとって、播磨国ですら外国だったから、矮小国家。

それにしては物凄い国力があったのね、古代の畿内は。
大仙古墳とかのべ何十万人動員して築造したのかとw
あの当時、あれを作るだけでも相当の国力が必要だよ。
それでも畿内は矮小国家だったのか?
いやー、なかなか笑わせてくれるなあキミwww

92 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 09:04:17
はあ?極東を支配した大将軍のほうが、何倍も国力があると思うぞwww

93 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 09:12:50
エジプトのピラミッドと違い、古墳は土で出来てるから造営は容易だな。
天然自然の山を利用しちゃえば、なんちゃって土木工事でOK。

94 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 11:06:38
>>89
>馬鹿を言え。6世紀ですら大和国にとって、播磨国ですら外国だったから、矮小国家。

同意。もっと矮小な国家。しかも九州の属国。
大和国にとって、
6世紀の欽明以降は淀川河内潟(湖)北岸の摂津すら外国、
支配地域は浪速・河内・奈良盆地南部のみ。


95 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 14:39:49
>日本国内で限定してみれば、もちろん畿内がダントツだろうね。

なんで近代〜現代の国境を古代に遡らせて考えてんの?
「王墓の巨大性をもって権威の象徴としていた、大和を中心とする文化圏」を
文献なり遺物なりの客観的証拠を示して説明してくれよ>>88

96 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 22:04:54
>>95
1人ボケ突っ込みなら
もちっとマトモに書いたらw

97 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 22:59:43
だははは、盲点突かれると、わびしい逆襲か。
畿内一元信者の論拠って弱いな>96

>95さん、荒らしはスルーね。

98 :五条さん:2007/02/03(土) 00:09:59
95さんへ

古代世界において、基本的に文明の先進地域の王墓が巨大なのがデフォでは?
もちろんそれ付随して王宮などのも巨大。
ある段階まで文明が進むまでは「王の権威=王墓や王宮の巨大性」で示されるのでは?

次の段階として、宗教が発展すると寺院などの巨大化に傾倒する。
これも世界共通の認識、日本だと奈良の七大寺や京の五山などはその顕著な例。

更に次の段階として、市民権が生まれると、市民が利用する公共施設が巨大化する。
古代ローマの競技場や大沐浴場や水道橋など顕著な例。
これは現代社会にも共通の文明の発展形態と言える。

99 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 01:56:57
漢の皇帝の墓が、日本列島の古墳より大きいとは知らなかったな。
日本列島の古代が、いつから先進文明になったんだろ。
漢の時代には、薄葬の習慣が先進的な時代になっていたんだよ。

100 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 02:28:01
>漢の皇帝の墓が、日本列島の古墳より大きいとは知らなかったな。

そりゃ、勉強不足ってヤツだな。ハハハ

>日本列島の古代が、いつから先進文明になったんだろ。

古墳時代、九州より畿内の方が遥かに先進地域だろ?
中国にも倭の五王が遣使を送ってるし。ハハハ

>漢の時代には、薄葬の習慣が先進的な時代になっていたんだよ。

何をもって薄葬と言ってるのか、今一不明だが、
要は国力が乏しい時代や地域だと秦の始皇帝陵や百舌鳥の大仙陵みたいな巨大なものは造れなかったろうね。ハハハ
そもそも穴掘って埋めるだけでも薄葬と言えるしな。ハハハ


101 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 03:12:17
>100は全部間違いなのに、自信満々だな。
狂信的な畿内一元史観信者なんだろ。
こりゃつける薬がないなwww

102 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 17:35:56
>>98
>基本的に文明の先進地域の王墓が巨大なのがデフォでは?
仮にデフォだったとして、王墓の規模が同じなら支配領域は同じ程度といえるのか?
地勢が同等な隣接地域ならばそういう可能性は高いだろうが、たとえば関東と近畿で同様な比較は可能なのか?
逆にその政治的限界が日本列島に留まるのは自明なのか?(経済活動は縄文時代すでに列島外に及んでいたにも関わらず?)

103 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 18:37:00
アレキサンダー大王
チンギス・ハン

・・・別に巨大な墓じゃないな。

104 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2007/02/05(月) 18:49:59

質問です。教えて下さい。

古田氏は福岡県の「京都」の地名をどの様に位置づけされているのでしょうか?
もしくは、九州王朝説を支持されている方のご自身の自説でもお聞かせ下さい。

105 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 22:11:41
◆ 我が将来に無防備宣言。将来の日本をも無防備にする存在。ニート・引きこもり・フリーター ◆

      |ミ/  ー◎-◎-)  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     (6     (_ _) )< ボキュは金持ちなんだ!もっと優しくしろよ!
      |/ ∴ ノ  3 ノ  \_______________________
      \_____ノ,,    ∩_
     /,|┌-[]─┐| \  (  ノ 付き合いは金だけだけど・・・お先真っ暗って言うな!
      / ヽ| |賊 国 | '、/\ / / 




106 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 02:26:23
秦の始皇帝
クフ王

・・・やっぱり巨大な墓だな。 ハハハ


107 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 03:18:09
クフ王より伝仁徳天皇陵のほうが大きいわけだが。
いつから畿内王のほうが、エジプト王より強大になったんだ?

さて、アレキサンダー大王とチンギス・ハンの墓の大きさを
語ってもらおうかwww

108 :一応九州王朝説:2007/02/08(木) 20:54:25
クフ王がエジプト最強の王様でもないですし。

始皇帝が曹操や李世民や朱元璋より強大だったかどうかも
意見が分かれる所ですね。
墓がでかいのはむしろ原始的というか。費用対効果も最悪
ですし。

109 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 22:36:33
墓がデカいのは、低レベル文化圏の証拠。

110 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 23:11:39
吉村TBS説によると、
クフ王のピラミッドは墓ではなく、
公共事業によって造られた神殿

111 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 00:46:46
仁徳天皇の御陵のあの優美にして整然とした形状こそ、古代日本の中心が正に畿内にあった証だね。
それこそ数十年の歳月をかけて、のべ数十万人が動員された国家的プロジェクト。
これはその後の時代、巨大寺院建立や都城の造営にも繋がる中央集権的公共事業の萌芽なのだよ。


まあ、九州の小豪族には巨大墳墓築造なんて夢のまた夢なワケだが。ハハハ

112 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 04:23:21
>>103
チンギス・ハンの時代蒙古王侯は
むしろ誰にもわからないように埋葬された

オルドスにあるチンギス廟は墓じゃなくて記念堂だし

113 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 09:09:03
>111
仁徳が最高権力者だったわけね。珍説だな。
文化レベルが低いから、土盛りなんか必死にやっちゃうだけのことでしょ。
チンギス・ハンの墓は未だに見つかってないわけ。
彼は文化レベルの高い、大権力者だったからね。

君はもうマトモな反論できなくなっちゃったね。残念だな〜。

114 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 09:38:38
彼は文化レベルの高い  えーっ。

115 :太国:2007/02/09(金) 10:09:59
>>113
仁徳は天皇だから、言い回しは高尚ではないかもだが、最高権力者
と言っても間違いではないよ。珍説というより通説でいい。
天皇以上の最高はないんだからね。最高ということはウソではない。

それとも、天皇以上の最高が当時あったのかいな?w

116 :九州王朝大好き:2007/02/09(金) 11:02:49
仁徳は畿内だけの最高権力者。
畿内崇神朝を討伐した応神隊長の後継者にしか過ぎない。
畿内人民の信任を得るために治水土木工事等色々苦労したようだ。
畿内の野蛮な風習も取り入れて無駄な大古墳も作らざるを得なかった。

117 :太国:2007/02/09(金) 11:06:24
まぁおおむねそのとおりでしょう。無駄ではないと思います。

118 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 11:52:17
>天皇以上の最高が当時あったのかいな?
あえて釣られるが、古代極東において天皇は明らかにその他大勢のひとつでしかなかった。

119 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 12:39:49
>>118

『彌』
天皇も平伏す

120 :太国:2007/02/09(金) 15:22:04
>>118
神武即位から仁徳崩御まで、倍暦での実年代で400年ばかり経過
しているから、九州と蝦夷はまだだが畿内周辺ではもう完全天下と
言ってよく、その点では仁徳より以上の最高っていうのはまぁ無い
と観て間違いなかろう。それがあるんなら、仁徳陵と同等あるいは
それ以上の大陵となり、なおさら世界最大の墓っていうことに
なり、クフも始皇帝も顔負けでそんなものはどうやらありっこない。

121 :唐松山:2007/02/09(金) 20:44:28
 神功に対立した畿内政権は、神功、武内により徹底的に叩き潰される
神功死亡後 神功の子 応神をもってやっと天皇の座を継ぐ事が出来た
この間に 九州や吉備など各国の実力は、畿内天皇家以上だと思います。
ただ 治世のノウハウの欠如 
仁徳稜は、復活のシンボル 

122 :唐松山:2007/02/09(金) 20:48:17
 神功に対立した畿内政権は、神功、武内により徹底的に叩き潰される
神功死亡後 神功の子 応神をもってやっと天皇の座を継ぐ事が出来た
この間に 九州や吉備など各国の実力は、畿内天皇家以上だと思います。
ただ 治世のノウハウの欠如 
仁徳稜は、復活のシンボル 

123 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 20:57:04
唐松山さん、たまには自己紹介をお願いします。

124 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 21:01:42
応神皇后仲ツ姫およびその父品陀真若王の系譜と政治的立場、ぜひ解説キボンヌ

125 :唐松山:2007/02/09(金) 21:20:55
唐松山です。
ただの オッサンデス
埼玉古墳の鉄剣に書かれた年号が本当に雄略で良いのか?を持ちまして
深入りしてしまった。

それより
崇神から現在景行まで、日の干支のみで そこそこの暦が出来てしまった。が 発表のページが無い
干支と太陽と月(新月)を一致させた 暦

126 :グルタン:2007/02/10(土) 01:08:07
巨大墳墓云々というよりも、古代にあれだけの大土木事業をした痕跡が九州にあるんでしょうかね?ハハハ

仁徳陵ぐらいの巨大公共事業の場合、豊富な「金・技術・労働力」があり、
尚且つ、被葬者に対する絶対的な尊崇の念が無ければ、到達できない極みなのです。ハハハ
しかも、畿内には200m超の国内屈指の巨大墳墓が何十基あることか!

これはその後の時代に至るまで畿内と天皇家が政治の中枢であった、紛れも無い証。

127 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 01:12:51
文化レベルが高いから、九州じゃ作らなかったんだよ。

 お わ か り ?

128 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 01:42:11
ハア?

文化レベル高いと、大土木事業ナシですか?

答えになってねーw


文化レベルの高さを示す遺跡とか遺物も無いのに良く言いますことw

129 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 02:12:42
もう上で、畿内は劣等だって、結論出ちゃってるんだよ。

  残 念 だ っ た ね

130 :グルタン:2007/02/10(土) 02:18:26
畿内のどこら辺が劣等なのかなあw
具体的に答えてもらおうか?
さあ、さあ、さあ早く〜www

まず九州が高尚という証拠の遺物と遺跡を出してもらおうかw
無いね、無いよね、ある筈がないねwww


  非 常 に 残 念 だ っ た ね

131 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 02:20:12
極東の大将軍号をもらったのは九州だけ。以上証明終わりwww

132 :一応九州王朝説:2007/02/10(土) 13:14:16
それ以前に仁徳の墓って言ってる時点でダメポなわけだが。

学問的には「大仙古墳」。

133 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 13:27:49
巨大古墳より、法隆寺建立みたいな文化水準の高いものを
九州は好んだわけだ。移築されちゃったけどね。

134 :太国:2007/02/10(土) 15:36:42
>>132
大仙古墳の名では未来の馬鹿が大山守命の墓だとか言い出す可能性
あるから、この呼び名はうまくない。
世界最大の墓が畿内の巷の豪族とは考えられぬほどデカ過ぎるから、
天皇の墓以外の墓との論は間違いである。

いくら天皇だって畿内の一豪族だろうと反論しても、神武即位から
400年ばかり経過していて16代も代数学wを重ねているんだから、
九州蝦夷はまだまだだが、畿内周辺の勢力は凄かった筈であり、その
他の豪族の墓ということはありえない。だから仁徳陵の名でいい。

135 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 23:16:56
まあ、仁徳天皇の墓かどうか、学問的には確定していないのは事実。
埋葬者が誰だったのか、たった二〜三百年で忘れられるのが一般的。

136 :太国:2007/02/10(土) 23:28:18
>>135
忘れられたって、世界最大ならば、もう某天皇の陵までは間違い
はない。単なる豪族で世界最大はオーバーだろうが。

137 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 23:38:07
九州王朝が勢力のあった時代は、畿内の「おおきみ」はたいした存在じゃありませんでしたね。
岡山に最大級の巨大古墳があったら、それは天皇陵なんですか?

太国さんは、若者でもあるまいに、日本人の死後の世界観に疎そうですので申します。
死後の霊魂は供養期間を経たのちに、浄化されて山に内在する祖先霊となります。
祖先霊となったら、もう具体的な個人の霊魂ではありません。
古墳に葬られた人物が「祖先霊」に成り変った後は、もう個人名はないのです。

138 :一応九州王朝説:2007/02/10(土) 23:40:43
太国さん(笑)

センセイにレスをつけるつもりはさらさらないが、おじいちゃん飛躍が
多すぎだよ。天皇陵だからなんで仁徳なの?


別に返答は不要だけどね。晒し上げてるだけだからw

139 :太国:2007/02/10(土) 23:45:59
>>137
岡山ったら出雲に近い、さらに九州にも近い。少しは天皇も岡山あたり
を行幸してるんだろうが、こと大仙とかいう大山守命と間違いやすい
この陵は畿内にあるし、世界最大だから単なる豪族の墓にしては大きすぎ
ることから天皇の墓であることは疑いない。

出雲と九州に近くなれば、それは神武以前活躍した名と力ある者の墓
だろう。zzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

140 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 00:01:14
太国さん!!
そういった発想が、日本の古代史を非常にダメにしてきたのですよ。
埼玉県で鉄剣が出れば、「これは天皇の下賜品に違いない」と決め付けて
その文字を解読してしまう。何でもかんでも、これは第何代天皇が××に
××されたものに違いない、と考えるのは、まったく根拠のない似非学問です。

141 :グルタン:2007/02/11(日) 01:53:44
>>131
>極東の大将軍号をもらったのは九州だけ。

それは倭の五王である「讃、珍、済、興、武」を中国南朝の皇帝が武勇を讃えて呼んだ称号。
すなわち、かの大墳墓を築造した「履中、反正、允恭、安康、雄略」の各歴代天皇のこと。
勝手に九州の小豪族が名乗って良いものではありません!プンプン!

>>133
>巨大古墳より、法隆寺建立みたいな文化水準の高いものを
>九州は好んだわけだ。移築されちゃったけどね。

良い子は意味不明なこと言うのは止めようね。
法隆寺は大和の斑鳩に建立されたお寺だよ。
ていうか、巨大古墳より200年以上も後(7世紀後半)に造られたものだよ。

>>135
>埋葬者が誰だったのか、たった二〜三百年で忘れられるのが一般的。

なんでやねん?
じゃあ、今から二〜三百年に造られた墓はもう誰のものか分からないのか?
「日光東照宮は誰の墓か不明です、おそらく栃木の土豪の墓です」ってか?

>>140
>埼玉県で鉄剣が出れば、「これは天皇の下賜品に違いない」と決め付けて

ワカタケルってハッキリ書いてあるんだけど。
あと熊本の江田船山の鉄剣にもね。
あと、下賜品ではなくそこの豪族が被葬者の武勲を讃える意味で、仕えた天皇の名を刻んだです。
そもそも古墳からの出土品(剣、玉、鏡)や前方後円墳という形状自体が畿内を中心に同心円状に地方に伝播している事実を見ても、
畿内の天皇家の勢力が着実に地方に及んでいた証なんですよね。


142 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 02:04:21
>141

将軍号をもらった前身国は、「金印」をもらっており、
その後継国には「阿蘇山」があったわけだ。畿内じゃないよね。

法隆寺は九州にあったものを移築して、そう名づけただけ。
同一時代の話じゃなくて文化水準のはなし。

古墳の埋葬者を100人挙げてください。全国に古墳なんて
100万以上あるよね。さあ言えるかな?

ワカタケルなんて妄想で読んだだけでしょ?無理です。

143 :グルタン:2007/02/11(日) 02:47:18
>>142
>将軍号をもらった前身国は、「金印」をもらっており

宋書のどこにそんな記述があるんでしょうかね?

>その後継国には「阿蘇山」があったわけだ。畿内じゃないよね。

当時の隋の使者は九州経由で畿内に来るわけだから途中で阿蘇山見たんでしょうね。
船の場合、風待ちとかで1ヶ月とか普通に筑紫館(つくしのむろつみ)に滞在しますからね。
それとも阿蘇山の麓に朝廷の宮殿があったとでも記述されてますか?

>法隆寺は九州にあったものを移築して、そう名づけただけ。

移築ということは以前は何処にあったのでしょう?
もちろんその遺跡は発見されてますね?どこですか?
法隆寺と同じ伽藍形状の遺構が出ていますか?
どこですか?何処なんですか?さあ、教えて?教えて?

>古墳の埋葬者を100人挙げてください。

畿内だけでも歴代の天皇をはじめ、皇族や貴族など含め、100以上は確認されています(奈良、大坂、京都)。
神武とかはさすがに怪しいですが、古墳〜飛鳥時代まで有に100は超えるでしょう。
地方の有力豪族は記録が残ってない場合が多いので磐井など除き、あまり知られていないでしょうね。

>ワカタケルなんて妄想で読んだだけでしょ?無理です。

雄略天皇=ワカタケル

これ常識です、他に居ましたかねw
居ましたか?誰ですか?記録ありますかw


144 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 07:15:33
>>143は化石でメチャクチャだな。
まるで老衰死待ち畿内論者だな。

館→むろつみ 頭固まっているね。
「むろつみ」なら「湊」。

筑紫→つくし(尽し) 差別用語だろ。
「筑紫」なら「ちくし」。

内海航路でだれも一ヶ月も風待ちせんよ。
一ヶ月風待ちは、九州薩摩→シナの航路の場合だけだよ。
それも特殊事情があったからね。



145 :太国:2007/02/11(日) 07:48:48
>>140
剣と陵とでは大きさが違う。論のいっしょくたではうまくない。
あの剣の文字は、あれだけでは可能性は相当程度あるもなんとも?
だ。陵と違い搬送が可能であるから、畿内の雄略から何らかの賜与
をされた者が関東に行き、そこで果てて一緒に埋葬されれば雄略の
文字の意味にもなりうる。陵が岡山に飛ばせるのは出来っこない。
ハハ! 無理に出来るのは西遊記の銀角大王だヨ。www

>>141
倭の五王は天皇ではない。

146 :九州王朝大好き:2007/02/11(日) 13:12:40
>>141
巨大前方後円墳が貴説の論理で成り立つなら、
装飾古墳はどうなるんだ?
7世紀には、九州が畿内のみならず全国殆ど・福島・宮城まで支配したことになるね。
お解かりですね。

147 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 14:55:05
畿内王朝が阿蘇凝灰岩を手に入れたルートは?

148 :九州王朝大好き:2007/02/11(日) 17:06:21
>>147
九州王朝の出先王権である応神王統と欽明王統の
其々4代目と5代目の墓ですから、
大阪の凝灰岩を使わないで
わざわざ阿蘇から取り寄せた。
4・5代目ともなれば阿蘇凝灰岩を使うことにより、
九州王朝への忠誠を示さざるをえなかったのでしょう。


149 :一応九州王朝説:2007/02/11(日) 18:55:11
>>141
初心者さんだね。高校で何習ったかしらんけど、それが実は誤りだらけ
だったらどうする?理系ではあり得ないことが、日本の歴史学では沢山
あるんだよ。

例えば、
>じゃあ、今から二〜三百年に造られた墓はもう誰のものか分からない
のか?

高野山奥の院に沢山墓があるよね。でも、あの有名人オンパレードの墓
でさえ由来や所在がよくわからないのが沢山あるんだよ。
ましてや、当時山ほど作られた古墳や倍塚、全部どれが誰のものか、大
勢が認知していたわけじゃない。逆に隠されたケースもあるし。曹操でさえ
墓は分からない。モーツァルトは死後200年あまりだけど未だに墓がわか
らない。あまり常識で物事を見ない方がいいよ。


150 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 23:34:14
古墳時代に大和朝廷って用語を使うのは、不適切なんじゃないかと思う。
実体は、大和連合程度なんじゃないかな。

151 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 23:36:45
>>150
同意。「天皇」っていう語も変で、おおきみ=大王だと思う。

152 :九州王朝大好き:2007/02/12(月) 00:24:54
大和朝廷と呼べるのは持統から
大嘗祭をしてこそ朝廷

153 :グルタン:2007/02/12(月) 00:52:47
>>144
反論できないからって言葉弄りかw
まあ、ともかく、

>内海航路でだれも一ヶ月も風待ちせんよ。

時代は下るが、奈良時代に来日した新羅の王子が鴻臚館で一ヶ月以上待たされた事実もあるんだよw
つまり、風待ち以外でも、何らかの政治的意図で外国の使者を滞在させる事は珍しいことではないのだよw
まして、数百年ぶりに中国から使者が来たわけだから、飛鳥の宮でも盛大もてなす準備が必要だったのだろうよw


あと、法隆寺が九州から移築したということは以前は何処にあったのでしょう?
もちろんその遺跡は発見されてますね?どこですか?
ちゃんと答えてねwww


>>146
>装飾古墳はどうなるんだ?
>7世紀には、九州が畿内のみならず全国殆ど・福島・宮城まで支配したことになるね。

装飾古墳は九州に集中しており、東北南部や茨城などにも若干あるが、
後者とは様式的にも確認されている数的にも関連性がハッキリしていないだろうが!
むしろ、後者は九州から影響を受けたものではなく、自然発生した可能性が大きい。
そもそも「全国殆ど」と言うが、九州と同形式の装飾古墳が畿内ありますか?
どこにありますか?無いですね?畿内に九州と同じ様式の装飾古墳なんて無いですね?
高松塚とか全く別形式ですからね、ていうか高松塚に比べたら九州の装飾古墳なんて土人級の稚拙さですしwww





154 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 00:59:00
まず自分から答えたらどうだwww >153

155 :グルタン:2007/02/12(月) 01:05:02
>>148
>大阪の凝灰岩を使わないでわざわざ阿蘇から取り寄せた。
>4・5代目ともなれば阿蘇凝灰岩を使うことにより、
>九州王朝への忠誠を示さざるをえなかったのでしょう。

逆でしょうがwww
大和朝廷への絶対的服従の証として、阿蘇から畿内まで運ばせたんでしょうよw
いや、むしろ進んで九州の豪族が貢物として差し出した可能性もあるね。
その見返りとして大和朝廷から、九州では製作不可能な金象嵌の鉄剣や神獣鏡など下賜したのでしょうねw
そして前方後円墳という大和様式の墳墓の作成も許可したわけですwww


156 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:06:19
>>153
別な地域の装飾古墳の関連性がはっきりしない?
偶発的にはありえない、装飾古墳の特徴知らないでしょ。
全然駄目な奴だなあ〜。

157 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:10:04
6世紀になっても、大和国は播磨国や河内国を領有していないんだから、
むちゃくちゃだな。そのうち、畿内は世界を支配してましたなんて
トチ狂ったこと言い出すんだろ。

158 :グルタン:2007/02/12(月) 01:17:23
>>149
>高野山奥の院に沢山墓があるよね。

あのー、私は天皇墓の話をしているのですよ
誰が高野山の沢山ある墓石の話をしろと言いましたかww?
高野山に葬られた幾多の人の名が伝わってないからって、それを歴代の天皇や将軍と
同列の置き、話を論じるのはナンセンスこの上ないwww
大墳墓の埋葬者と高野山の小さな墓石の埋葬者を比べる意味など無いwww

>当時山ほど作られた古墳や倍塚、
>全部どれが誰のものか、大勢が認知していたわけじゃない

何度も言うが主要なのは天皇陵のことであり、陪塚など不明でも何ら問題はない。

>モーツァルトは死後200年あまりだけど未だに墓がわからない。

仮にモーツアルトも400m級の大墳墓に埋葬されていれば、墓の所在は分かっただろうねwww


159 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:19:01
早く古墳の埋葬者100人言ってみろ。

160 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:23:23
グルタンよ、
まず、墓が大きければ大きいほど、巨大権力だった証明を出してもらおうか?
話はそれからだ。

161 :グルタン:2007/02/12(月) 01:31:56
>>154
だから何を?
こっちが聞いているんだろ?
移築前の法隆寺伽藍は九州のどこにあったのって?
ねえどこどこどこ?

>>156
東北と九州の装飾古墳て、全然似てないじゃないwww
まして高松塚とか比較対象にもならないほど似て無いwww
「石障」や「ケバケバしい色彩」など見ても九州の装飾古墳は一種独特。
こんな特徴は他に類が無い。
「全然駄目な奴」なのは貴方の目ん玉でしょうw

>>157
>6世紀になっても、大和国は播磨国や河内国を領有していないんだから

どこにそんな根拠があるの?
大和朝廷は6世紀どころか5世紀には九州〜東北南部まで支配下に置いてましたよ。
埼玉稲荷山鉄剣や熊本江田船山鉄剣という有力な物証が何よりもの証拠www


162 :グルタン:2007/02/12(月) 01:38:28
>>159
皇室関係者だけでも100人ぐらい居るだろ?
例えば箸墓から始まって飛鳥時代まで、天皇だけでも30人以上いるし、
皇子や皇女、蘇我氏や藤原氏など有力豪族など100人以上居る。
答えは出ているのだから自分で調べろ、馬鹿馬鹿しい面倒だ!

163 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:43:54
グルタンよ、
古墳の埋葬者は明治時代に急遽応急的・暫定的に決めたものだ。
おまえ、そんなことも知らないのか?候補者は途中ころころ変わったわけだがw
真の埋葬者なんてぜんぜんわからないんだよ。

  失 格 !!

164 :グルタン:2007/02/12(月) 01:57:02
>>160
墳墓築造を巨大公共事業として見た場合、あれだけの規模を造るには相当な権力が無ければ無理だろう。
なぜなら、のべ数万人以上の労働者を何年間も働かせるために食べさせなければならないし(もちろんその妻子も含め)、
更に労働者用の宿泊施設も完備し、作業用の道路や運河、臨時の港湾施設や大量の埴輪製造用のプラント設備も建設し、
また葺石や石室用の巨石運搬用の巨大船舶や巨大修羅も造り、それらを造るための大量の木材も確保しなければならない。
しかも、設計や測量、適した土壌の選定のための専門技術者なども雇わねばならない。
これらの物的および人的にも膨大な出費と時間を費やす事業は古今東西において、巨大な権力がなければ成し得ないのである。
とても河内摂津大和のみを領有していただけでは賄えない、まさに国家的プロジェクトである。

165 :一応九州王朝説:2007/02/12(月) 01:59:01
>高野山に葬られた幾多の人の名が伝わってないからって、それを歴代の天皇や将軍と
 同列の置き、話を論じるのはナンセンスこの上ないwww

それクラスでも怪しいのは沢山あるんだけどな。

まあいいよ。お前はイタすぎる。歴史=天皇、将軍なんだろ?


166 :グルタン:2007/02/12(月) 02:08:34
>>163
>古墳の埋葬者は明治時代に急遽応急的・暫定的に決めたものだ。

違うよw
日本書紀や続日本記や平安時代の記録にも天皇陵の記載はある。
仁徳陵など江戸時代にすでに陵墓管理小屋が常設されていたぐらい有名だった。
ころころ変わったのではなく、様々な記録に分散されていて、誤記などもあった為。
そして明治になって宮内庁が管理下に置くべく、それらをしっかり再調査して認定しただけ。

>>165
>まあいいよ。お前はイタすぎる。歴史=天皇、将軍なんだろ?

いや、ここで論じてるのは古代の天皇のことが中心だからだ。
だれが庶民の墓の話をしろなんて言いましたかねwww
庶民の墓の在処が分からないからって、天皇墓の埋葬者も不明とは言えないと言っているのだよ。


167 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 02:50:22
はっきりしてるのは、多摩御陵しかないだろw

168 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 02:53:25
>それらをしっかり再調査して認定しただけ。

もう、この時点で電波。

169 :グルタン:2007/02/12(月) 03:03:55
>>167
オイオイwww
貴方の説だと、それも誰が埋葬されているか不明なんじゃないのwww

>>168
電波は九州王朝説支持者でしょうがwww
何の物証もない机上の論理だしwww


さて、そろそろグルタンは夜食の時間だよ。
温かい肉まんとレモンティーだ。ハフハフ。


170 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 03:33:04
古墳作るより、極東支配のほうが、はるかに巨大権力なんだがな。
播磨国も支配できなかった大和国が、極東を支配した九州王朝より
はるかに巨大かよwww

171 :グルタン:2007/02/12(月) 04:03:06
>>170
>古墳作るより、極東支配のほうが、はるかに巨大権力なんだがな。

まず九州王朝とやらが極東を支配した物証を示して頂戴ネwww
遺跡とか遺物とか、そらもう極東の富を満載してるモノが出て来るんだろうね?
でも、無いね、無いんだよねwww

悲しいねwww
架空の九州王朝www
というか、古田脳内王朝www

グルタンもとても悲しいよwwwうははwww

172 :太国:2007/02/12(月) 07:52:44
>>170 >>171
九州王朝の確固たる証拠はありますよ。ただし畿内まで勢力は
及んでいないことは確かです。
志賀島の金印には【漢倭奴國王】と、ちゃんと國王とあります。
まさか貴殿がニセ物とは言わんでしょうし、漢や畿内の國王とは
言わんでしょうが?
それともどっかの國王ですかな?w

173 :一応九州王朝説:2007/02/12(月) 08:38:24
太国さん、スルーですよそいつは

174 :九州王朝大好き:2007/02/12(月) 10:03:09
グルタンは、話のすり替えばかりで、論理的思考ができていないね。
彼を見ていると、かっての瀕死の化石的畿内論者を見ているようだ。
30年ほど前に古田氏に挑んだ畿内論者達(以後だんまりを続けている)を思い出す。
彼にとって論証は別のギャラクシーでの出来事なんだろうな。


175 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 10:54:27
化石説

「墓が大きいほど、巨大権力だった」

・・・もっとよく考えましょう!

176 :グルタン:2007/02/12(月) 12:11:40
>>172
>志賀島の金印には【漢倭奴國王】と、ちゃんと國王とあります。

ハイ確かに。
しかし、この金印を授かった奴国とは1世紀に博多湾岸にあった国家であり、
その後、3世紀には既に衰退し筑紫平野にあった邪馬台国に吸収された邪馬台国連合の片鱗に過ぎないのです。
すなわち、4世紀以降に成立したであろう大和朝廷とは時代的にも300年以上の隔たりがあり、
この時代には単なる一地方としての立場であったのでしょう。

ちなみに邪馬台国は魏より「親魏倭王」の金印を授けられ、その後の大和朝廷と発展していったわけですから、
中国から見れば既に3世紀初頭には「奴国」から「邪馬台国=大和朝廷」へ政権が委譲したと見ていたのでしょう。

ですので、九州王朝などというものが生まれる余地などなかったのです。


>>174
>グルタンは、話のすり替えばかりで、論理的思考ができていないね。

それは「一応九州王朝説さん」です。


>>175
何度も言うようだけど、墓というより一つの「巨大公共事業の物証」と言おうかね。
そういうものに匹敵する物的証拠が九州には無いねと言っているだけのこと。
すぐに薄葬云々とかに逃げないで、ちゃんと物証を出そうねwどうせ無いんだろうけどw

177 :太国:2007/02/12(月) 13:20:39
>>176
時代は関係ないですね。1世紀であろうとズレていようと、
國王ですよこれは。國王ということは 単なる一地方としての立場
であろうとなかろうと九州である限り九州王朝の國王であり、これは
臣下がいたんですよ。中堅階級よりちょっと上の多少の権力を保持
するものでは國王ではない。はぐらかしても駄目です。

金印がニセ物だというのなら、委奴国が九州でないのならば別ですが
ね。金印は紙ッペラでないから恵也のような言い逃れは全く効かないし、貴殿がケチをつけようがこの証拠は動かないです。

178 :グルタン:2007/02/12(月) 14:47:38
まあ、落着いて下さい、日本史板の重鎮の誉れ高き太国先生。
ちょっと此処で金印の事をお話を今少し深く致しましょうかね♪

ご存知とは思われますが、あの金印(漢委奴国王印)は志賀島から18世紀に出土したものです。
それは農民が偶然にも田んぼの用水路の整備中に発見したものでした。
発見の状況から見て、どうやら支石墓のような大きな石の下から出たようです。
つまり「意図的に埋められていた」わけですね。
ここで疑問が生まれます「なぜ大切な金印が埋められたかという事」です。

ここで仮説を立てるなら以下のことが考えられます。

@この金印を授かった時の奴国王がその価値が分からず単なる宝物として自らの墓に副葬した。
Aこの金印は何代もの間、世襲されたが、後代に至り、奴国の権威を揺るがす外部勢力の影響で
 金印を隠さざる負えなくなり、人知れず埋められ、いつしか誰からも忘れ去られた。

私は仮説Aだと思います。
そしてその外部勢力こそが邪馬台国です。
卑弥呼は魏から「親魏倭王印」を下賜され、名実ともに倭の王と認められました。
この状況に至って、奴国の金印は無用なものになり、卑弥呼は奴国王から没収しようとしたでしょう。
しかし奴国王も馬鹿ではありません、かつての栄光の証をむざむざと新興勢力に手渡すなんてことはしないかったでしょう。
そこで、邪馬台国には偽物の印を差し出し、本物は密かに隠したのです、それも志賀島という離れた場所に…
こうして、かつての大国奴国は邪馬台国に淘汰され、歴史からその名を消したのです。
筑紫平野に本拠地を置く邪馬台国は後に東遷し、大和朝廷になったのです。

余談ですが、神武天皇は大和に入った時、土着民を「金鵄」の力を持って封じたと言われていますね。
この「金鵄」とはもしかすると、卑弥呼が魏から下賜された倭の王の証「親魏倭王印」ではなかったのでしょうか。
というのは妄想ですけど(笑)


179 :太国:2007/02/12(月) 15:17:48
>>178
はは、物凄い妄想だな。ww
まるで探偵小説の物語だ。

>しかし奴国王も馬鹿ではありません。
これは君が国王を認めた語ではないか。ということは遠回しに
王朝をこれまた認めたことになり、自語相違的であるが。ww

さらに旗色が悪くなれば

 「いったん見つけた二十面相が再度そこへ埋めたんだ。」

とか言い出すんではないのか?wwwww PuPu!!

180 :グルタン:2007/02/12(月) 15:31:03
太国先生こんにちは♪

国王と言っても、大小色々あります。
中華王朝から見れば、沖縄という小国でさえ一国であり、そこを統べるものは国王なのです。
だから博多湾岸周辺という土地を治めていても一国は一国です、国王なのです。
無論、1世紀の奴国はもっと広い版図を有していたかも知れませんけどね…

ちなみに私は奴国の九州における最盛期は1世紀中葉前後だと考えます。
その後、邪馬台国に権力の中枢が移った為に奴国は淘汰されたと考えます。

私の中では奴国と邪馬台国は別物です。
間違っても「委奴国」なんて存在しません。
そしての印は「漢の倭の奴の国王」と読みます

181 :太国:2007/02/12(月) 15:35:49
>>180
そんなことは二の次の議題ではないか。国王を認めたグル探先生は
九州王朝を認めているのではないか。大小はこれとは筋離れの副次的
話でしょうが。

182 :グルタン:2007/02/12(月) 17:51:14
九州王朝は認めていません、これは世の中の大半の学識者および一般人と共通です。
弥生時代に一時期、北九州に覇を称えた国があったことは認めますが、それが数百年も持続して
王朝とよべるようのなったなんて、とてもじゃないけど認められません。

そもそも、九州王朝なんて学会から完全に無視されてる説ですよ。
当の九州の人でさえ知らないんじゃないですか?

183 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 19:30:44
>182
「墓が大きければ大権力」の証拠を出せ。
世界中にそんな法則はないがな。

184 :太国:2007/02/12(月) 20:11:39
>>182
こっちも認めないよ。金印の国王の刻印を見ればどう否定しても
現実に逆らうだけのことであり、当時委奴国王と漢との交流が
あった物証であり、当然九州の国王さ。君のは否定のための否定を
して、権威筋の虎の威を借りる狐で自己保全をしているだけさ。w

卑弥呼だって九州の女王なんだよ。畿内に卑弥呼がいれば、当然
地図上では朝廷と女王国とは目と鼻の先だ。となれば天皇と卑弥呼
の交流記事が遥か彼方の大陸にて女王の詳細を知悉してる倭人伝
より、天皇の隣の卑弥呼のなりふりがそれ以上に詳しく記紀に載る。
これが無いということは九州にあったためで、この位置だと大陸
には対馬を経由して近くなり、女王国の情報が大陸に行きやすく、
反面畿内から遠ざかるので、記紀に書くべき情報が伝達しにくく
なるから載っていない合理性が出る。卑弥呼の墓は後からでも出れば
いいことで、見つからぬ所にあるわけだ。だから矛盾はない。まさか
君はクラーク・ケントのように、九州全域を透視したわけでも
あるまいがね。ww

185 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 20:41:56
>>182
あなたは、「出雲には何も無かった」と逝っていた学会に
まだ権威があると思っているのですか?

186 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:43:53
「国」「国王」という言葉だけで、
その国の規模、その国の勢力、その国が盛んだった期間、
などまで、なんで決め付けられるの?

金印によって、あの時期九州に、ある規模の国家があったというのは分かるが、、
「九州王朝」があったことの何ら証明にはならないよ。飛躍がありすぎる。

187 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:51:44
まあ、王朝は別な論証だけどね。
太国さんはお酒がお好きのようだ。

188 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:54:33
磐井律令と九州元号があったのは九州に王朝があった証拠。

189 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:10:35
私感なんだけど、初期大和政権の支配とは、宗教的な支配だと思うんだよね。
つまり、古墳時代初期の政権は、大王家が日ノ神子であることを認めるという物。
現代風に言うと、倭国の氏子総代として認めるという物。

190 :189:2007/02/12(月) 23:17:50
ですから私は、巨大古墳を作った人々、特に初期の畿内古墳が、
権力によって強制されてきていたとは、思っていないんです。
今で言えば、皇居の勤労奉仕に近かったのじゃないかと思えるのです。

191 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:23:23
私もちょっと似たことを思ってます。
航海術・海戦などが苦手な勢力や、大陸・半島戦争を避けた勢力が
畿内を頼って集まってきたのではないかと。

192 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 06:45:59
>今で言えば、皇居の勤労奉仕に近かったのじゃないかと思えるのです。

例えが飛躍し過ぎ。
何十万人が数十年もかけてやるレベルの話だ。

193 :189:2007/02/13(火) 07:49:08
>>192
だからなんです。万単位の人間を、十年間にわたって動員できる権力が有れば、
ワカタケルや天智天武が、中央集権化を図る必要なんて無いじゃないですか。

194 :九州王朝大好き:2007/02/13(火) 11:14:57
>>191
>航海術・海戦などが苦手な勢力や、大陸・半島戦争を避けた勢力が畿内を頼って集まってきたのではないかと。

海洋航行が不要な畿内に移住すると航海術・海戦の能力がなくなります。
小船航海術が発達するのは九州北西部と半島南西部の多島海地域。
瀬戸内は外洋に面していないので季節風・海流の影響を克服できる荒海航行・長距離航行等の高度な航海術は発達しない。

195 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2007/02/13(火) 11:36:39
>to グルタン
大仙山古墳は仁徳の墓ではない。

仁徳は2回も大土木治水工事をしている。そして住民を思いやる政策をした。
100m級古墳の100倍以上の労力を要する大仙山古墳を作るのは無理。
治水工事か古墳造営か少なくともどちらかは嘘。両方嘘かも。

196 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 18:12:41
やれやれだな。

近年の研究じゃ、
飢饉時に造成工事とかを行って、労賃として食料などを給付する風習が世界的規模で広く存在したらしい。
中世日本で、富者を「有徳人」と呼ぶ理由でもある。

大規模な造成工事を行う国が急速に滅ぶとかいわれる理由も、
実はその辺、飢饉連発にあるんじゃないかとさえ言える。

仁徳紀の記述は、まさに飢饉が深刻であった状況を描写するものであるからして、
大規模工事が行われる必然性に満ちている。

もっとも、仁徳陵=大仙山古墳である必然性は、まったくないんだがな。
むしろ時代が合わん気がするので、仁徳陵≠大仙山古墳とは思うのだが。

197 :九州王朝大好き:2007/02/14(水) 00:41:38
>>196
不況になると公共工事を増やす、
すると益々借金が増え、
最後に国が崩壊する。

現代風に訳すと上記の意味になるな。

198 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 01:32:28
>>196
現代の実例

石炭がだめになると、
観光施設を作る、
負債が益々増大する、
最後は財政倒産し、国の管理下になる。

夕張市だけではないな、
大阪市の箱物行政も仁徳以来か?

199 :横山ノック・アウト:2007/02/14(水) 01:36:34
同意。

200 :グルタン:2007/02/14(水) 03:44:35
>>184
太国先生、まず>>186さんのレスを熟読して下さい。

私も卑弥呼は九州の人だと思いますよ、甘木の人だと思います。
そして、天皇家の皇祖神だと思います。
ここは邪馬台国専用スレではないので、詳細は端折りますけどね。

>>188
>磐井律令と九州元号があったのは九州に王朝があった証拠。

まず、その証拠となる一次資料を示して下さい。
無いですね?無いんですよ、そんなものは。

>>189
>私感なんだけど、初期大和政権の支配とは、宗教的な支配だと思うんだよね。

いや、それは寧ろ、後代では?
天皇家の実権が貴族や武家に移ってからのことでは?
古代の天皇は武人の棟梁ですから。

>>190
>今で言えば、皇居の勤労奉仕に近かったのじゃないかと思えるのです。

すごい勤労奉仕ですね。
まさに国家的レベルの奉仕、北朝鮮みたいw

>>193
>万単位の人間を、十年間にわたって動員できる権力が有れば、
>ワカタケルや天智天武が、中央集権化を図る必要なんて無いじゃないですか。

逆でしょう、中央集権化していたから成し得たのです。
でなければ、アイヌ人にも同じものが造れますよw

201 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 04:04:48
お金足りなきゃ国債ならいくらでも発行出来るけど、飢饉で食料は前借り出来ませんよ。

202 :グルタン:2007/02/14(水) 04:07:22
>>194
>海洋航行が不要な畿内に移住すると航海術・海戦の能力がなくなります。

戦国時代、紀州の九鬼水軍についてどう思われますか?
堺や根来寺の衆が海洋航海で富を蓄積した件についてもお答え頂きたいw

>>195
>仁徳は2回も大土木治水工事をしている。そして住民を思いやる政策をした。
>100m級古墳の100倍以上の労力を要する大仙山古墳を作るのは無理。

無理かどうかではなく、墳墓という明らかな証拠があるのですうが?
例え大仙古墳ではないにしても、5世紀の古墳はみな巨大ですので、どれかが仁徳の古墳でしょう。

>>196
>飢饉時に造成工事とかを行って、労賃として食料などを給付する風習が世界的規模で広く存在したらしい。

畿内で巨大古墳は特に3世紀末〜6世紀ぐらいまで継続的に造られてますけど、
もしそれらが飢饉対策なら300年も飢饉が続いたとでも仰るのでしょうかw

>むしろ時代が合わん気がするので、仁徳陵≠大仙山古墳とは思うのだが。

最近の研究では履中陵が仁徳帝で、仁徳陵が履中帝とする説もありますが、
どちらにしろ、年代的には大きな開きではありません。
それとも、もっと時代がずれる(5世紀築造ではないor5世紀の天皇ではない)
という説でもあるのでしょうか?

>>198
>大阪市の箱物行政も仁徳以来か?

仁徳天皇の時代に皇室が滅びていたら、今上天皇につながる系譜は無いと思われますw
もちろん、継体朝は血筋的には別系統ですけどね。

203 :太国:2007/02/14(水) 07:38:36
>>200
先生なんて言わなくていいよ。日本史の重鎮とか言っていたよう
だが、このへんは、紀の記述の天皇までの古代史しか論を張らない
よ。特別なことがあれば、稀にそうでないスレへも書きこむがね。

単独王と、どうのこうの言いたいのか? だから言わんでもない
だろう? 君が九州に卑弥呼がいたことを抜かしているんだから、
九州王朝があったことは確かなわけだよ。卑弥呼が甘木とか認容
してるんだから、それでもう決着だ。

さらに倭の五王朝もあったし、問題ない。五王は当時の各天皇
だとかの主張は大間違いだぞ。たかが「武」の一字があったくらい
で方法がイコールにはならない。別人の判別のために名や号が
あるんだから、イコールなんかは滅多に怒りえない。
一般に、武藤さんと武蔵さんは別人なんだよ。当人が改名なら特別
な場合でありうるがね。そんなことは稀なんだよ。

204 :189:2007/02/14(水) 09:08:52
>>200
>いや、それは寧ろ、後代では?

古墳の副葬品の変遷を見れば、やはり初期王権で重視されていたのは祠祭でしょう。

>すごい勤労奉仕ですね。
>まさに国家的レベルの奉仕、北朝鮮みたいw

古代ローマでは、富裕な個人が、劇場や神殿など公共施設を寄進することが、
名誉とされていた。こうしたことと同様に、古墳の造営に参加したり、
物資を供出することが名誉なことと考えられていたんじゃないか、と言うことです。
もちろん、日本では文献資料がないので推測ですが。

205 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 11:25:29
宗教的な支配というより、行政が宗教がかっていただけだと思います。

それにしてもグルタンの話はメチャクチャだね。
「墓が大きければ大権力」なんて法則はありません。
極東を支配した国のほうが、大和地方しか支配していない国より
権力が小さいわけがありません。また、畿内の国が王朝になったのは
文武天皇あたりからです。持統天皇時代は行政体制がまだ未確立だし、
「元号」もしっかりしていなかった。


206 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 12:34:24
その「極東を支配した国」があったというのは、
文献的にも考古学的にも解決してない単なる仮説、
それもきわめて妄想に近い仮説でしかないのに、
そこまで信じ込めるんだい?

207 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:00:45
はあ?漢籍に再三書いてあるでしょ?
君は読んだことないの?
読んだほうがいいぞ。
http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/kanseki/menu01.html


208 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:05:08
恣意的な読み方だとか、ある箇所を拡大解釈して
都合の悪い部分には目をつぶる。

で、考古学は?

209 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:09:34
金印

210 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:11:01
>208
で、漢籍読んだの?
なんて書いてあった?

211 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:14:25
九州王朝の存在など
どこにも書かれてないが?

212 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:15:59
そりゃ読み直しだな。
大将軍・将軍って書いてあるだろ。

213 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:19:50
畿内に王朝があったという漢籍の記述はどこにあるんだい?>211

214 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 13:55:22
つか、196番目の名無しだが
>202 グルタン氏、

2世紀中葉から激しい寒冷化があって、全世界規模で戦乱の世になった。
ローマは混乱期に入ったし、中国では反乱多発時代、倭国でも大乱があった。
いったん、氷期が緩和されたため、小規模ながらの統一状態が現出し、
ローマでは五賢帝の時代に、中国は三国時代・西晋時代に入ったが、
その後も、やや寒い時代が長く続き、日本列島の場合には「古墳寒冷期」と呼ばれている。
寒冷期が完全に終結したのが、唐の初期ぐらい。

飢饉が多発する危機的状況が、数百年も続いたわけよ。300じゃなく、500年前後だな。
その中でも、倭国乱時期を含めて3回ばかり、特に厳しい時期がある。
最末期には、中央集権化の進展もあったんだろうが、古墳じゃなく都城を造成するように変わっていったようだ。

>201
弥生時代や古墳時代だって、貧富の差はある。
人並みに税を納めても飢えない人も居りゃ、飢える人もいる。
また、常時、全国各地が等しく飢饉になるわけじゃなく、
厳しい年もあればマシな年もあり、激しい凶作の土地も、それなりに収穫がある土地もある。

造成工事で給金(てか食料)を払うのは、結局、富の再配分のようなものなんだよ。

215 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 14:17:33
>>180
>そしての印は「漢の倭の奴の国王」と読みます
釣りですか?三段読みは否定されてますよ。それとも考古学の人ですか?
????



216 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 14:25:44
>>188
磐井律令は風土記で存在が確認されています。
否定するならソースを

217 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 14:33:27
>>206
倭王倭武の上表文は知ってるよね

218 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 15:32:04
>>216

磐井律令の存在を定説として認めてもらってから言う台詞だね。

219 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 15:35:54
っていうことは、九州元号の存在には反論できなかったワケね>218
そりゃ九州王朝を認めたのとおなじだわなw

220 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 15:51:08
磐井律令は定説じゃないのか。
教科書に載ってたが。最近学説が変わったの?

221 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 15:56:46
つか、こいつ文献史学は全然しらんのだろう。
ちょっと邪魔だな。

222 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 19:27:56
>>202:グルタン
大型船も建造できる造船技術のある近世と比べても意味ないでしょう。
日本の古代と近世では船の構造が違いますよ。

223 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2007/02/14(水) 19:31:44
>>222↑はme。

224 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 22:39:59
google検索結果

"大宝律令"    検索結果 約 66,200 件
"養老律令"    検索結果 約 15,200 件
"飛鳥浄御原令"  検索結果 約 638 件
"近江令"     検索結果 約 752 件
"弘仁格式"    検索結果 約 1,210 件
"貞観格式"    検索結果 約 490 件
"延喜格式"    検索結果 約 1,010 件
"三代格式"    検索結果 約 10,100 件
"類聚三代格"   検索結果 約 842 件中

"磐井律令"    検索結果 約 6 件
           古田絡みのwebページが3件、残りは全て2ch関係

ちなみに、これらの中で、"磐井律令"だけが、Wikipedia に載っていない。


これで、どうして"磐井律令"は定説と言えるの?


225 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 22:44:51
どうして言えないの?

226 :グルタン:2007/02/15(木) 03:39:03
>>203
>五王は当時の各天皇だとかの主張は大間違いだぞ。
>たかが「武」の一字があったくらいで方法がイコールにはならない。

その理論だと、倭の五王は九州の王だったとも言い切れませんよね?
なのにどうして太国師は倭の五王が九州の王だと言い切るのでしょうか?

>>204
>古墳の副葬品の変遷を見れば、やはり初期王権で重視されていたのは祠祭でしょう。

馬具や武具や生活用具も大量に出ていますけど。
特に馬具に関しては前方後円墳の時代に出現していますけど?
馬具と祠祭の関連は何なんでしょうか?

>>205
>「墓が大きければ大権力」なんて法則はありません。

では逆に「墓が小さければ大権力」という法則があるのでしょうか?
ありませんね?
大きな墓を造るために大権力があったと考えるのは至極自然です。
いや、ある程度の権力がないと造れないでしょう?
古今東西「経済力=権力」は比例しますよ。



227 :グルタン:2007/02/15(木) 03:40:16
>>212
>大将軍・将軍って書いてあるだろ

それの何処に九州王朝の文字が読み取れますかw

>>214
>古墳じゃなく都城を造成するように変わっていったようだ。

九州の何処に都城がありましたか?
ないですね。ないんですよ、そんなものは何処にも。

>>220
>磐井律令は定説じゃないのか。

定説どころか、誰からも相手にされてないよw

>>222
>大型船も建造できる造船技術のある近世と比べても意味ないでしょう。
>日本の古代と近世では船の構造が違いますよ。

航海術の話をしているのですが、大型船があると航海術が発達でもするのでしょうか?
ちなみに古代でも馬や生口が大勢乗れる大型船は存在したでしょう

228 :太国:2007/02/15(木) 07:26:55
>>226
言い切れないなら、他に五王は半島、大陸の王だというのか?
それとも蝦夷か?ww 君は五王がどこそこの王だと言ってから
そういうことを言えよ。そうでないと、お前さんの論理で倭の五王
は火星にあったか否かも考えろと聴こえることになる。
笑わせるな。www

229 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 09:11:19
畿内で金印が出たっていう定説もないけどね。
阿蘇山で祈祷したのは実は畿内でした、なんて定説もないけどね。

230 :九州王朝大好き:2007/02/15(木) 11:44:34
>>227:グルタン
>航海術の話をしているのですが、大型船があると航海術が発達でもするのでしょうか?
>ちなみに古代でも馬や生口が大勢乗れる大型船は存在したでしょう

検討はずれです。
船の構造が航海能力と深く関わります。
船の構造についてその歴史を勉強してください。
竜骨・帆・艪が船の構造上の大きな違いです。
近世の船は低い航海技術で高度な操船航海能力が発揮できます。
航海技術のソフトよりも、造船技術のハードが上まわります。



231 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 16:34:09
196 ・ 214より
>227
オレ畿内説側だから、「都城」と書いたけど、
九州説なら「城郭」でもいいんじゃね?
たしか、向後石だか金剛石だかしらんが、変な城郭がいっぱいあるのが
九州に王朝があった証拠だ、とかいうヤカラも多いらしいしな。

232 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 18:07:34
笑わせるのがグルタンの使命です。

233 :日本史@名無しさん:2007/02/15(木) 20:31:34
グルタンうざい


さっさと消えろ

234 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 21:27:15
【ワイ族の居住地域】

 天日矛命の国=志羅紀と、ワイ族(朝鮮人)の国である新羅は、3世紀の中頃から戦争していた。
戦争の原因は、ワイ族の志羅紀侵略である。ワイ族は、もともとはカラ半島・東北部に住んでいたが、
ワイ族の一部が、3世紀の前半頃に志羅紀領の北部地方に侵入し、そのまま住みついたため、先住民である
志羅紀人(倭人)とワイ族(朝鮮人)の間で領土紛争が起きたのである。
 
 下の図は、ワイ族(朝鮮人)が居住していた地域を簡単に図形化したものである。
△部分が、ワイ族が住んでいた地域だ。黒い▲は新羅であり、ここもワイ族の居住地だった。
◆部分は倭人が住んでいる志羅紀。■部分は同じく倭人国の任那。
 
      ○←←高句麗(フヨ族が建てた国)
      ↓
○○○○○○○○○○○△▽△▽△
○○○○○○○○○○○▽△▽△▽
○○○○○○○○○▽△▽△
○○○○○○▽△▽△▽△▽
○○○○○○△▽△▽△▽
○○○○○△▽△
○○○○○▽△▽
■■■■■▲▼▲←新羅(ワイ族国。元は志羅紀領)
■■■■■▼▲▼
■■■■■◆◆◆
■■■■■◆◆◆    【日本海】
■■■■■◆◆◆
■■■■■◆◆◆←志羅紀(倭人国。天日矛命の国)
■■■■■◆◆◆
   ↑
  任那(馬韓。任那領=北部に百済があった)

235 :グルタン:2007/02/15(木) 23:02:53
>>228
>君は五王がどこそこの王だと言ってからそういうことを言えよ。

何度も言いまくっていますが、畿内の天皇が倭の五王です。
倭と言ったら、日本すなわち大和、イコール畿内です。
これは学会の定説、いや世の中の常識中の常識です。
小学生でも知ってる日本人の基礎的社会通念です。
広辞苑でも大言海でも何でも字引きで調べて下さい。

太国師、今夜も晩酌がの勢いが宜しいようで、ちと心配です(切実)

>>230
>船の構造が航海能力と深く関わります。
>竜骨・帆・艪が船の構造上の大きな違いです。

では、貴方が主張する「九州王朝の高い航海技術」とやらは当時はまだ無かったということですね。
ちなみに当時の船は中国も倭国(九州も畿内)も「沙船」でしょうから、陸伝いや島伝いに航海したことでしょうから、
後世のような高度な航海術は必要なかったのです。
中国の記録にも「沙船は唯よく北洋を走り、南洋を走るに便ならず」とありますから。
南洋を行くには福船でしょうが、古代倭国で福船が使われたことはありませんからね。

>近世の船は低い航海技術で高度な操船航海能力が発揮できます。
>船の構造についてその歴史を勉強してください。

勉強するのは貴方です。
羅針盤や六分儀やクロノメーターや海図、貿易風や海流の知識など、
寧ろ後代になればなるほど、航海技術はソフト面で発達します。
大航海時代に西欧が遠大な外洋探検を成功させた鍵はこの航海技術の発達があったからこそです。
「低い航海技術で高度な操船航海能力」など有り得ない話です。

236 :グルタン:2007/02/15(木) 23:03:20
>>231
なるほど。
神籠石は7世紀以降に築かれた朝鮮式山城というのが定説ですね。
白村江の戦い以降に防衛ラインとして朝廷が築いたのかも知れませんが記録がないので、
何とも言えませんね。
ちなみに、その内側からは何も出ていないので
単なる聖域を区別するための境界だったのかも知れませんね。

>>232
>笑わせるのがグルタンの使命です。

いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
笑わせるのはあなた方でしょうwww
早く「九州王朝の出てる一次資料」出してねwww無いかwww
大和朝廷が全て燃やした、溶かしたっていうんでしょwww腹痛いwww
天皇は九州王朝の墓まで暴いて、証拠を隠滅したんでしょうかwww

237 :橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/15(木) 23:08:17
倭の五王は、現時点ではわからないとするのが正しい。
ソースが「定説だから」の連呼では荒らしにしか見えませんよ。

238 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:15:35
グルタンは、どこかの教祖みたいだな。

       「定説です」

ヒント:ライフスペース 高橋弘二


239 :グルタン:2007/02/15(木) 23:23:25
>>237
当時の倭国で中国大陸に遣使を派遣できたのは
畿内の大和王権であったとするのがもっとも適切でしょう。
それ以外に該当する勢力があったなら話は別ですけど(架空の王朝は除く)。

>>238
>どこかの教祖みたいだな。

では貴方のような古田説を妄信する人は信者ですねwww

240 :橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/15(木) 23:27:24
>>239
蓋然性は高いと考えられますが、男王か女王かの問題などで正史と漢籍に齟齬が生じますよね。
未だ完全に解決されてはいない問題です。

241 :グルタン:2007/02/15(木) 23:30:20
>>237
こんばんは橿原様。

古墳時代において、対外的に「倭=畿内を中心とした王権」
ということが定説と言ったまでのことです。
九州王朝論者は「倭=九州王朝」と思っているようですので。

242 :太国:2007/02/15(木) 23:43:29
>>235
「幼武」の武が「武王」の武と一致するから双方はイコールだと
いうのがお前と臥海の噴出す発想だ。www

じゃぁこれはどうなんだ?

「42」の 2 と「20」の 2 が一致するから

 42=20

になるのか?wwwwwwwwwww

42≠20

が正解なんだよ。つまり五王は天皇ではない。
お前は古代史界の迷探偵だな。wwwwwwwwwwwww

243 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:44:08

  妄 信   ・・・グルタンのために捧げられた言葉


244 :日本史@名無しさん:2007/02/15(木) 23:49:25
>広辞苑でも大言海でも何でも字引きで調べて下さい

小学生は漢字の勉強してろよぼけが

245 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 23:53:05
小麦蛋白だかグルタンか知らないが、腐ってますね。すごい悪臭。

246 :グルタン:2007/02/15(木) 23:57:19
>>242
>「幼武」の武が「武王」の武と一致するから双方はイコールだと
>いうのがお前と臥海の噴出す発想だ。www

私はそんな事は一言も書いてませんが???
ただ、当時(5世紀)の倭とは諸外国から見て「畿内を中心とした王権」だったと言っているのです。

>「42」の 2 と「20」の 2 が一致するから
>42=20
>になるのか?wwwwwwwwwww
>42≠20

よく分かりませんが、以前、太国師は
「舟渡神のフナとは2と7で2×7=14」で当時は一月が14日であり、
これこそが2倍暦の証拠だと仰ってましたね?
また、イザナミとイザナギの黄泉の国の問答「千五百人の産室と千人殺し」にちなみ、
3対2の比率から、当時は3倍暦と2倍暦が使われていたとも仰いましたね?
あれは何だったんでしょう?

今宵もお酒をお召しでしょうか?お酒は程々に。

247 :橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/16(金) 00:00:26
>>241
こんばんわグルタン殿
>古墳時代において、対外的に「倭=畿内を中心とした王権」
ということが定説
同意。
>九州王朝論者は「倭=九州王朝」と思っている
同意。
これには九州王朝論者も異論はないでしょう。

私は正史だけで説明しきれない部分の解明に、いろいろなアプローチがあった方がいいという考えです。
その理由としては、正史には恣意がふくまれてしかるべし、だから。
考古学もしかり、正史と反する伝承しかり、もちろん漢籍しかり、です。
定説を理解したうえで、その矛盾点を追求するという意味で、九州王朝説は応援しております。
ただし、古田氏の素人を丸め込もうとする手法には憤りをかんじます。
(例えば新唐書の引用で「天皇は筑紫城に居る。」などと紹介する点)

248 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:04:18
  ∧_∧ パーン
 ( ・∀・)
   ⊂彡☆))Д´)>グルタン

249 :グルタン:2007/02/16(金) 00:04:49
>>243
いいえ、2ちゃんねるで言う妄信とは「古田信者」を蔑む言葉です。

>>245
古田信者の脳は腐ってるどころが空っぽですからね、非常に心配です。

250 :橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/16(金) 00:09:48
双方とも煽り、アラシはスルーでお願いしますね。

251 :グルタン:2007/02/16(金) 00:15:49
>>247
はい、こんばんは橿原様。

>私は正史だけで説明しきれない部分の解明に、
>いろいろなアプローチがあった方がいいという考えです。

確かにその通りです。
もちろん私も正史を単純に直視すべきではないという考え方です。
ただ九州王朝や東北王朝を称える古田氏やその珍説を鵜呑みにした信者が、
「これこそが正史」だと主張することに疑問を抱きます。
的確な物証があってこそ真の考古学・歴史学と言えます。

252 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:17:32
鵜呑みにしてるのは、君だけだが?

253 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:19:52
しかし、レスをわざわざ、全部

  a g e

にしてる馬鹿もいるんだなあ〜〜

254 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:21:28
アンチ古田信仰に生きるってのも楽じゃないだろ?>グルタン

255 :橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/16(金) 01:25:07
>>251
正史は恣意に満ちていると感じるのと同様に
>「これこそが正史」だと主張することに疑問を
感じるべきでしょうね。

>的確な物証
現状ではまだまだ足りませんよね。発掘成果で証明できることは限られています。
これは夢物語ですが、蘇我氏が焼いたとされる国記、天皇記がどこかから発掘されませんかねw


おやすみなさい。

256 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 09:37:48
>242
そうか。倭の武王とはつまり、倭武=ヤマトタケルだったんだ!

257 :太国:2007/02/16(金) 11:12:58
>>246
言ってないとか云うが、どうせ臥海の虎の威を借りる狐のお前さん
のことだから、遠回しに肯定してるようなものではないか?w
なぜあの等号にした説のおかしな論理に、不審を抱かないのだ?
それにお前さんは卑弥呼の居所を甘木とか肯定しながら、なんで
九州王朝を否定するのか?

>1ヶ月が14日であり

だから欠史八代間の紀の記述はすべてが1日〜14日までだから倍暦
を主張してるわけだ。当時はこんな暦のようだぞ。
以下ならば ↓ そう考えたくなるだろうが。

日 月 火 水 木 金 土

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12 
13 14

当時の古代人の頭は今でいうデムパだとは云える位、彼らは
迷信深い。現代人のように高等教育を受けてるわけではないから、
彼らの発想において この前のように 42=20 などということ
は古代人の頭にとっては相当程度ありうるといってよい。

だから連中の頭に程度を落として論を迷信のように解説することは、
彼らの生態をストレートに表現した事になる。お前の支持者の臥海
のように、現代人が 42=20 としてたんではこれはまずいのだ。
しかしお前はそれを支持してるらしく、遠回しに 42=20 を認容
してると言われても仕方あるまい。なんで
 幼武=武王 になるのか?お前の話は論無しの狐の生態だな?w

258 :九州王朝大好き:2007/02/16(金) 12:20:27
>>235:グルタン
君は、論理的思考も出来ない、科学技術に疎い一般的機内論者のようだ。
失望した。
橿原一派氏の爪の垢でも煎じて飲み自己改革を望む。

端折った説明では理解できないようだからもう少し説明しよう。
7世紀には、倭は東シナ海対馬海峡を自在に横断できた。
ところが8世紀に入ると畿内朝廷は遣唐使の派遣もままならぬようになった。(空海の渡唐以降)
倭には低性能船でも高度航海技術があったから東シナ海を横断できたのである。
一方畿内朝廷は低性能船に低い航海技術であったから失敗が多かったのである。

明は西欧に先駆けること100年前に大航海時代に入っている。(鄭和)
竜骨・優れた帆・優れた艪(舵)を持った船である。(福船系統)
この優れた構造の船が室町時代には日本にも入ってきていたので、
(九州には室町以前に福船が導入されていたと推察される。中国密交易)
低い航海技術でも400年ぶりに安全に唐と交易できたのである。
(元寇の頃には竜骨船は未だ日本にはなかったと推察される)

室町末期にはこの高度技術竜骨船が普及してきたからこそ、
大内氏に遅れはしたが、高度技術竜骨船を導入できれば、
堺・根来・九鬼でも低い航海技術で安全に海に乗り出すことができたのである。


259 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 12:53:58
間違い修正
×安全に唐と交易→○安全に明と交易

260 :九州王朝大好き:2007/02/16(金) 13:11:02
グルタン氏の曲解を避けるための一言

竜骨船は福船が最も古い訳ではない。
インド洋を駆け巡ったアラビア船もある。
最初に竜骨船もしくはそれに近い機能持った船を発明したのはどこよくわからない。
最も高度な非動力船は西欧人が発明したヨット。

261 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 13:50:08
古田を攻撃する奴って盲信・過信・妄想・我田引水・でむぱの他にはいないのか?
古田説にもいろいろな欠陥があるのに、正しく突っ込むのはそんなに難しいのか?

262 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 13:51:31
>251
>的確な物証があってこそ真の考古学・歴史学と言えます。

だから君は全面否定されちゃったわけですが。


263 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 13:59:39
古田攻撃をする奴って、古田氏がいつも

 「師の説を鵜呑みにするな」
 「権威者の祖述をするな」
 「反論があれば喜んで手弁当で駆けつけます」

と言い続けてる事をまったく知らないらしい。



264 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 14:29:01
「あの金印」=「後漢書のブツ」と断定するのは

「三角縁神獣鏡」=「卑弥呼の鏡」と断定するようなもんだろ


どちらか一方を肯定するなら、もう一方も肯定しなければならない
どちらか一方を否定するなら、もう一方も否定しなければならない

265 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 14:34:16
金印は世に1個だけ。
三角縁神獣鏡は無数にある。

 まったく違うんですが。

266 :太国:2007/02/16(金) 14:37:48
>>256
倭の武王は倭武(ヤマトタケル)にあらず。
同じ数字でも10進法と10以外のn進法では違ってくることがある。
だいたい時代が違う。

267 :九州王朝大好き:2007/02/16(金) 14:37:53
もうひとつ追加
ここで書いてきた高度な航海術とは、
天候海流地形等の蓄積した豊富なデーターベースを利用して航海をする方法のこと。


268 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 15:14:44
>>266

片手で数える五進法。両手で数える十進法。


頭で数えるn進法


どっちが古いか言うまでもなし!

269 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 15:17:44
>>261

全然。

韓国陸行しているだけでOUTで、試合終了してますので

270 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 15:28:18
陸地にも河ってものがあるんだよ。知らなかったの?

271 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 15:38:17
そんな屁理屈でごまかすのは古田説ぐらい

272 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 18:25:38
部分の総計が全体にならない、算数もできないズタズタな変態説がいいワケね?
そりゃ、小学生でも「まちがい」だって知ってるよw

273 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 18:43:18
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) グルタン


274 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 18:59:19
ある「史料A1」の「通説B1」に対して、いくつかの「疑問点C1」をまず出す。
その「C1」に矛盾が生じない「仮説D1」を持ち出す。
また別の「史料A2」の「通説B2」に対して、いくつかの「疑問点C1」をまず出す。
その「C2」に矛盾が生じない「仮説D2」を持ち出す。
同様に、たくさんの「仮説Dk」が出される。

当然ながら、「仮説Dk」を立証するためには、
該当「史料Ak」以外に、それを裏づけるものを提出する必要がある。
しかし、その立証史料に「史料Al」を出してくるが、
その史料は「仮説Dl」という解釈が入ってしまっている。
そしてその「仮説Dl」の裏付けに「仮説Dm」が、
その「仮説Dm」の裏付けに「仮説Dn」が、みたいに互いが連鎖しており、
その連鎖のなかに、「仮説Dk」を根拠にしたものさえ含まれる。


この連鎖の輪が、結構複雑なので手が込んでいて分りづらいが、
結局は、ある一つの連鎖が否定される毎に、一気に崩壊していくのが古田の主張。

 (注) 「C1」に矛盾が生じない「仮説D1」というとき、
     他の「史料α」に矛盾しないことを保証しない。
     実際には、「A1」を「D1」と読む可能性もありえる、という程度の話が
     上記の連鎖を駆使して、「D1」と読むべきと話がでかくなっていることが大半

275 :太国:2007/02/16(金) 19:33:29
>>268
だから、古いのは武王よりヤマトタケルのほうだよ。

276 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 19:34:57
という誤解をしちゃったのが、古田氏のアンチ。

実際に真実探求方法はまったく違う。
少ない仮設で、より多くのことを、より深く説明できるものが、
最も真実に近いという、当たり前のしくみで生き残ったのが古田説。

「邪馬台国は大和に決まってる」
「後進地域九州に邪馬台国などあるはずがない」
・・・などなど、思い込みから突入しちゃった連中が、アンチ古田説。

277 :276:2007/02/16(金) 19:35:45
>>276>>274へのレスです。

278 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 20:06:10
>>276
> 少ない仮設で、より多くのことを、より深く説明できるものが、
> 最も真実に近いという、当たり前のしくみで

意味不明です。
仮説は、その裏付けが取れて初めて意味をなします。

しかも、
裏付けのない仮説で、仮にうまく説明できたように思えても、
その説明に矛盾する内容を指摘されたときに、
また別の仮説から導かれたもので反論という手を出してくる。

ここには論理性は全くない。


> 「邪馬台国は大和に決まってる」
> 「後進地域九州に邪馬台国などあるはずがない」

これも典型的な手口ですね。
架空の極論に反論して、自説を補強したつもりになる。





279 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 21:47:07
>278

君の言っている分野は、理科系の証明問題なんだよ。
そんなレベルの問題なら、100年前でもに結論が出ちゃうわけ。
幼稚な感性で古代史の解き方を観念化しても通用しない。

280 :サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:02:16
韓国内陸行について
郡よりとは、郡の役所のあるところからという意味です。
海岸に従いて水行し、であるが、海岸とは郡の海岸です。そして、韓国を経由してとなります。
つまり、郡より邪馬台国にいたるには、まず郡の海岸に沿って海上を進み、次に韓国を通りその北岸のクヤ韓国に着くということです。
クヤ韓国につくには韓国を経由しなければならないということです。
この分からは陸行説を否定できるものではありません。

281 :サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:03:04
韓国内陸行について
郡よりとは、郡の役所のあるところからという意味です。
海岸に従いて水行し、であるが、海岸とは郡の海岸です。そして、韓国を経由してとなります。
つまり、郡より邪馬台国にいたるには、まず郡の海岸に沿って海上を進み、次に韓国を通りその
北岸のクヤ韓国に着くということです。
クヤ韓国につくには韓国を経由しなければならないということです。
この分からは陸行説を否定できるものではありません。

282 :太国:2007/02/16(金) 22:09:36
サガミハラハラさん
とっぴょうしもないことを言っちゃいますが、「水行十日陸行一月」
が倍暦だと仮定すると、中国も倍暦をやってたのか?と考えてしまい
ますが、貴殿はどう考えますか?

283 :サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:17:17
水行十日陸行一月は倍暦ではありません。中国ではもはや倍暦はありません。
陸行のほとんどは韓国内陸行です。
水行のうち、松浦から半島までは五日です。残りの五日で金海から仁川まで西海岸水行は
無理です。

284 :太国:2007/02/16(金) 22:19:23
>>283
わかりましたが、それで年代の逆算が好都合に運ぶんですか?

285 :サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:20:57
韓国の入り口の群山から仁川まで五日で合計十日となります。

286 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:21:24
>>281

>海岸に従いて水行し、であるが、海岸とは郡の海岸です。そして、韓国を経由してとなります。
つまり、郡より邪馬台国にいたるには、まず郡の海岸に沿って海上を進み、次に韓国を通りその
北岸のクヤ韓国に着くということです。
クヤ韓国につくには韓国を経由しなければならないということです。
この分からは陸行説を否定できるものではありません。


お見事な和訳です。 絶句

循海岸水行歴韓国(韓国の海岸に沿って水行しへる) 

287 :太国:2007/02/16(金) 22:24:32
>>285
その考えは可能性ありますね。

倍暦の年代の件で苦労なさっているようですな?
拙者の同じです。さらに研究しますわ。サガミハラハラさんも
がんばってください。

288 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:27:59
サガミハラハラさん。倍暦の前に漢籍和訳どうにかしないと
かなり滅茶苦茶ですから

289 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:29:59
>>279

仮説の検証を求めるのが幼稚とはね・・・

そんなこと言ってるから、
いつまでたっても学会で相手にされないんだよ。

290 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:31:26
                 |;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|
                   |;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:|   
                    |;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|
                 |_;:_;:_;:_;:_;:_;:_;:_;:_!
                 |;:_;:_;:_;:_|_;:_;:_;:_;:」
                 fT 、_ `"'''"´ _,.゙!}
    r―、-、          tj、 t苙、 ,ィ苙ア lノ
    ',  ヽ ヽ         ',':,   ,! l、  ,イ
    l   !"´!         ヾ! ,.ィ竺t:、 リ
    l   l  l         人.'´三`' /l          f'^i-、__
    |   |  |,. ―- 、_r≦´、、 `'ー' " ト、       {゙ヽ丶ヽヽ
    |   |_|_::::::::::::::::::::::::::::::::::`ヾミ丶、、ヽヽー-、_  ヽヽ丶ヽヽ
    |  /   i\::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`丶.`'=┘::}:::::::`,==、! ,l_.l,..ヽヽ、
    ト、_.|    l / ̄`ヽ:::::::::::::::::::::::::::::::::`'ー-一'::::〈::ヽ ゙',   、_ ',
    ノ  `'ー‐(⌒ヽ ノ l::ヽ:::::::::::i::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ:ヽ ゝ -‐ァ
   ,! __,,.. -r-、`'ーr'´ ノ、:::ヽ::::::::l!:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヾヽ   ;'
    l       ヽ_,.ノ  /::ヽ}::::'i,::::::|l:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ丶、_,. -‐
   {  -‐' ´ ̄ソ  /::::::::::::::::|l:::::||::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l!:::::::::::ト-

ttp://www.nicovideo.jp/watch/ut49jki2kpq7c

東方軍 VS 陰陽軍 の戦い 琴姫の役

291 :サガミハラハラ:2007/02/16(金) 22:32:05
すいません。少しアルコールがはいっていて、文書も見ずにレスしているものですから。

292 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:35:28
>289
早く学校で算数習ってね。

293 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:42:07
>291
健康にはご注意を。あ、太国さんも。

294 :グルタン:2007/02/17(土) 02:14:40
>>254
>アンチ古田信仰に生きるってのも楽じゃないだろ?>グルタン

全くです、楽じゃないですね、狂人を相手にしなきゃならないんだからw
まあ、でもそういう狂人を釣るという楽しみはありますねw

>>257
>それにお前さんは卑弥呼の居所を甘木とか肯定しながら、
>なんで九州王朝を否定するのか?

単に九州王朝を認めるに足る資料が無いからです。
そもそも古田氏の説は「自分自身の仮説が最大の根拠」というおかしな構図です。
これは卑しくも学者という立場の人間が執るべきスタンスではないです。
あの人、実は小説家なんでしょう?それも架空史ファンタジー部門。

>欠史八代間の紀の記述はすべてが1日〜14日までだから倍暦を主張してるわけだ。

ところで太国師、「舟渡神=フナ=2×7=14(一月14日の根拠)」の話はどうなんですかね?
私にはさっぱり分かりません。

295 :グルタン:2007/02/17(土) 02:15:38
>>258
>君は、論理的思考も出来ない

古田信者の口から「論理的思考」という言葉が出てきたことに驚きです。
猿的脊髄反射思考の古田信者からこんな高尚な単語が出てくるなんて。。。
信じられないw

>7世紀には、倭は東シナ海対馬海峡を自在に横断できた。

対馬海峡は島伝いですので極めて容易な航海です。
東シナ海の横断は白村江の戦い以後です。

>ところが8世紀に入ると畿内朝廷は遣唐使の派遣もままならぬようになった。(空海の渡唐以降)

空海の入唐は9世紀ですけど。。。

>この優れた構造の船が室町時代には日本にも入ってきていたので、

遣明船は軽量な室町期の和船ですが???


>低い航海技術でも400年ぶりに安全に明と交易できたのである。

遣明船は春と秋に吹く北東風を使って大陸に渡り、5月に吹く南西風に乗って日本に帰還しました。
これは今までの日本では未熟だった偏西風を利用した高度航海術です。
どこが「低い航海技術」なのでしょうか??
そもそも「400年ぶりに安全に」というのは変です。
私貿易レベルでは古代から中世にかけて、絶え間なく大陸と日本を貿易船が行き来してました。
それが証拠に平安〜鎌倉〜室町の各時代の遺跡からは中国大陸からもたらされた青磁白磁の破片が多量に出土します。
むしろ民間レベルの貿易にシフトしたので国家レベルの公的派遣が無くなったというのが正解でしょう。

296 :グルタン:2007/02/17(土) 02:32:07
>>261
>古田を攻撃する奴って盲信・過信・妄想・我田引水・でむぱの他にはいないのか?
>古田説にもいろいろな欠陥があるのに、正しく突っ込むのはそんなに難しいのか?

自ら古田説が欠陥だと認めた上でまだ反論ですかwww
「盲信・過信・妄想・我田引水・でむぱ」その全てが古田及び古田信者のあなた方そのものじゃないですかwww
またの名を基地害集団とも言いますwww

>>262
>だから君は全面否定されちゃったわけですが。

いいえ、それは学会からも世間からも全否定されている九州王朝肯定派の皆様のことでしょう??
そもそも提唱した人物の仮説が最大の根拠という全く奇特な説ですからね。
証拠となる一次資料も遺跡も遺物も無いのによくもまあ信じますね、こんな説www
こういうのを信じる人って詐欺や勧誘に弱いんじゃないですか?家中に幸福の壷とか掛け軸が有ったりしてwww

>>263
>古田攻撃をする奴って

攻撃なんてしてません!
腹を抱えて笑ってるんです!
だって狂ってるんだものwww

>「師の説を鵜呑みにするな」

そのまま古田信者に捧げる名言ですねwww

>「反論があれば喜んで手弁当で駆けつけます」

暇人という意味ですねwww
それともピクニックかなwww

297 :グルタン:2007/02/17(土) 02:37:53
>>276
>少ない仮説で、より多くのことを、より深く説明できるものが、
>最も真実に近いという、当たり前のしくみで生き残ったのが古田説。

いわゆる「想像の産物」って奴ですね?
基地害かwwww


298 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 03:27:36
通報しました。

299 :太国:2007/02/17(土) 07:44:40
>>294
資料はそろっている。
まず金印、帥升の古文献、倭人伝の内容。倭の五王は天皇ではない
からこれは九州の短期王朝、年号も多数出ている。
当時九州には邪馬壼国と邪馬臺国の二国があり、前者は女王国、後者
はこの短期王朝である。さらには古史古伝には九州王朝を見られる
ウガヤ朝70数代の記録まで残っている。

お前の論は 資料がない などと言って、上のように資料があるもの
を、言葉で無いと否定のための否定をしていて、否定論の根拠が貧弱
まるで無く、論理に具体性がまるで出てこない。
有る資料を無いと言い、否定の論拠は他に聴いてみれば、臥海が
そういうからそうであるなどと自論の具体性がまるでない。狐とは
誤魔化しに終始してw具体性のない「ゼロ論」では肯定派を納得させ
ることはできない。こちらのように無いのを根拠で書きこむんだな。
できないんだろう?www 反論は資料根拠等を出して言うこと。

倭の五王は九州にいたのだからして、今後いくら應神〜雄略あたりの
天皇の、紀の年数と合わせようとしても、いつになってもピッタリ
当てはまらない。今後1000年経とうが、別人同士だから未来永劫に
合うはずがな〜い。そりゃぁそうだよ、別人だからな。www
お前が合わせようとしたところで 42=20 からの出発では〜w
お前が死ぬまで五王と天皇の年数は一致してるようで、一致しない
箇所が必ず残存する。狐のシッポが残るように、この化け物理論は
天皇に完璧に化けられない。www

船戸神は当時の古代人の頭の中はこうだろうという自説だよ。これで
正解とまでは言ってはいない。あくまで迷信深い古代人の考えは
こうではないのかとの説だ。

300 :太国:2007/02/17(土) 07:54:14
>>299 訂正

× 邪馬壺国    ○邪馬壹国

301 :一応九州王朝説:2007/02/17(土) 08:49:12
太国氏へ

スレの健全化のために透明アボーン推奨

302 :グルタン:2007/02/17(土) 09:08:24
おはようございます、太国様。
昨日はよく眠れましたか?

>>299
>資料はそろっている。まず金印、帥升の古文献、倭人伝の内容。

どれもこれも、さまざまな解釈が説かれ、決定的とは言えません。
金印自体は貴重な遺物ですが、奴国一国の存在のみが証明されたに過ぎません。つまり、金印が古代九州の広範囲にまで用いられた形跡が出ていないのです。
金印の捺印がある粘土版などが各地の遺跡から出ていないのです。これは当時の奴国が「博多湾岸および福岡平野」でのみ展開していた王国だったからではないでしょうか?

>倭の五王は天皇ではないからこれは九州の短期王朝

そう言い切れる根拠は何なのでしょう?宋書に九州までの里程や方角が記されているのでしょうか?
或いは五王の名前を刻んだ金石文などが九州に存在しているのでしょうか?

>年号も多数出ている

それは本当に当時使われていた年号なのでしょうか?単なる後代の私年号の可能性はないのでしょうか?
九州年号が記された金石文や中国の歴史書が存在するのでしょうか?一体何をもって九州年号の存在を肯定すれば良いのでしょうか?
教えて下さい!九州年号と私年号の区別の仕方があるのでしょうか?

>さらには古史古伝には九州王朝を見られるウガヤ朝70数代の記録まで残っている。

その古史古伝とは一体何のことでしょうか?それらの古史古伝にどこまで信憑性はあるのでしょうか?
大体、古史古伝は一次資料ではないです、というか後世の創作でしょう?
そして、ウガヤ朝とやらの実在を証明する遺跡・遺物は発見されていますか?

>船戸神は当時の古代人の頭の中はこうだろうという自説だよ。

ああなるほど、太国様の頭の中の空想ですね。

303 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 09:34:11
>>281
そしてサガミハラハラさん。
「循海岸」(海岸に沿って)
→この場合、『海岸』とは(海と陸との境部分で、陸地側の事です。)
『沿う』とは
その海岸の両サイドにあたる@陸地域とA海水域の二通りに別けられ、「循海岸」だけでは判断出来ません。
その二通りの選択の内どちらかを指定する為、次の『水行』の文字が用意されているのですよ。
要するに、海岸に沿って移動する場所は(海水域)だと
『循海岸水行』(海岸に沿って海水域を進む)と

これではまだ、どの海水域を進むか位置が特定されないので、次に『歴韓国』の文が

304 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 09:47:40
サガミハラハラさん>>303の続き書きますね。

『歴韓国』の文章は、韓国を徒歩にて横断したり、川を遡る為に用意された文言ではなく、『循海岸水行』の進行航路の位置を知らしめる為に用意されたものです。
『歴韓国』(韓国をへる)と
『循海岸水行歴韓国』
(韓国の海岸水域に沿って航行する)と

『歴』は、韓国の海岸水域を航行すれば、自然と様々な地域を通過するので (歴)なのです。
沿岸の馬韓にしろ弁辰にしろ、その中には様々な国があることは韓伝に書いてありましたね
『経韓国』ではなく『歴韓国』と書いてあるのは
そのため

305 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 09:53:50
古田さんの説かれる韓国陸行伝説は、古田さんの頭の中だけのお伽話で
あった事の、文献史料を元にした状況証拠です。
後は物証にてひっくり返す以外 残された方法は無いのです。

こんな単純ミスを
平然と唱える古田説。一体なんなんでしょう。
根底からミスしてるのに

306 :太国:2007/02/17(土) 10:14:26
>>302
どうのこうの言ったってお前の不利になるものばかりで、お前は
有利なものはありゃぁしないではないか?ただむりやり掴んだウナギ
のすりぬけばかりで、お前のほうが空想的否定を増幅させているに
すぎない。そんなことならば、お前の見方の臥海連に 42=20 の
不審点の追究もせねばあかんだろうが。w

んじゃぁ、お前のほうも存在しないというブツや文献を出したら
どうだ? こっちはあるというブツと文献を出しているではないか。
それをお前は利用して宋書がどうのこうのと批判しているに
すぎない。こっちのブツと文献がどうのこうのは分かったから、今度
はお前も出してくれや。しかし、えらい自信だな。その自信はお前の
頭の中の一人免許的ものになる。そろそろ精神科へ行ったら?ww

九州王朝は決定的。まぁあきらめが肝心だよ、グル綻サン。ww

307 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 10:15:53
かといって他のデタラメ説よりはマシかと。

308 :307:2007/02/17(土) 10:16:31
307は>305へのレス

309 :太国:2007/02/17(土) 10:18:42
>>307
あいつは卑弥呼は九州説を主張してるからな。そういう意味では畿内説
よりはマシだが、あいつをつけ上がらせないように、可愛がるマネは
やめたほうがいいんではないの?w

310 :河童:2007/02/17(土) 10:28:20
>>303-304>>305
は 河童のレスです。

名無しで 失礼しました。

311 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 10:36:07
>>310
あんた、誰?

312 :太国:2007/02/17(土) 10:39:02
>>302 いいから、以下をどう説明するんだい?こっちはお前と違いちゃん
と文証をもって来ている、(お前は何でもいつも、無い文証がないねw)

【紀の欠史八代間の立太子、即位、立后、崩御、葬儀の日数統計表】

1日 4   15日 0        日 月 火 水 木 金 土
2日 2   16日 0             1 2 3 4 5
3日 3   17日 0        6 7 8 9  10 11 12
4日 1   18日 0        13 14
5日 3   19日 0
6日 3   20日 0          ↑
7日 2   21日 0        ←これで1日〜14日が空想か?
8日 3   22日 0         よ〜く考えるんだな。ww
9日 4   23日 0        
10日 1   24日 0         
11日 3   25日 0
12日 4   26日 0
13日 2   27日 0
14日 7   28日 0
        29日 0
        30日 0

313 :サガミハラハラ:2007/02/17(土) 10:42:47
物証にてひっくり返すといいますが、韓国陸行説は物証によりなりたっているのです。

314 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 10:43:52
>>311さん河童です。

315 :太国:2007/02/17(土) 10:44:24
>>312 訂正 カッコ書き

○  (お前はいつも、文証が無いねw)

316 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 10:49:08
>314
説明になっていない。他人にわかるように。

317 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 11:06:39
>>299

根拠が仮説ばかり。
その仮説から導かれた結論には意味がない。

しかも、その仮説同士がリンクしてるから、
一つ仮説が崩れると全体が崩れる。

318 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 11:10:14
>317
古代史に単純な

 仮設→証拠→真実

なんてものはほとんどない。
だからその反論自体、古代史の否定になっちゃうんだよ。

319 :唐松山:2007/02/17(土) 11:11:05
歴年  年度  誤差  閏   歴日  月齢 景行天皇
253年目 1年度 24日 94回 92646日 7.02月 元年秋七月,己巳朔
254年目 2年度 25日 94回 92883日 3.04月 二年春三月,丙寅朔
255年目 3年度 25日 94回 93207日 2.01月 三年春二月,庚寅朔
256年目 4年度 25日 95回 93591日 2.02月 四年春二月,甲寅朔
256年目 4年度 25日 95回 93857日 11.03月 冬十一月,庚辰朔
259年目 7年度 27日 95回 94832日 8.04月 十二年八月乙未,朔
259年目 7年度 26日 95回 94861日 9.02月 九月,甲子朔
259年目 7年度 27日 95回 94950日 12.04月 十二月,癸巳朔
264年目 12年度 27日 97回 96515日 3.03月 十七年春三月,戊戌朔
265年目 13年度 28日 97回 96899日 4.04月 十八年夏四月,壬戌朔
毎年 日数は、相応にある

320 :唐松山:2007/02/17(土) 11:13:01
265年目 13年度 28日 97回 96929日 5.05月 五月,壬辰朔
265年目 13年度 28日 97回 96958日 6.04月 六月,辛酉朔癸亥
265年目 13年度 28日 97回 96988日 7.05月 秋七月,辛卯朔
266年目 14年度 28日 97回 97401日 9.04月 十九年秋九月,甲申朔
267年目 15年度 28日 98回 97578日 2.03月 廿年春二月,辛巳朔
267年目 20年度 29日 99回 97757日 7.09月 廿五年秋七月,庚辰朔
269年目 22年度 30日 99回 98318日 2.09月 廿七年春二月,辛丑朔
269年目 22年度 30日 99回 98554日 10.08月 冬十月,丁酉朔
270年目 23年度 30日 100回 98702日 2.09月 廿八年春二月,乙丑朔
271年目 24年度 26日 100回 99200日 6.96月 四十年秋七月,癸未朔
271年目 24年度 27日 100回 99289日 9.97月 冬十月,壬子朔
272年目 25年度 28日 100回 99379日 1.02月 五十一年春正月,壬午朔
272年目 25年度 29日 100回 99586日 8.03月 秋八月,己酉朔
273年目 26年度 28日 101回 99881日 5.02月 五十二年夏五月,甲辰朔


321 :唐松山:2007/02/17(土) 11:14:12
273年目 26年度 29日 101回 99940日 7.02月 秋七月,癸卯朔
274年目 27年度 29日 101回 100324日 8.02月 五十三年秋八月,丁卯朔
275年目 28年度 29日 101回 100708日 9.02月 五十四年秋九月,辛卯朔
276年目 29年度 29日 102回 100885日 2.02月 五十五年春二月,戊子朔
279年目 ‘0000 30日 103回 101978日 2.03月 五十八年春二月,辛丑朔
281年目 ‘0000 30日 104回 102982日 11.03月 六十年冬十一月,乙酉朔


322 :唐松山:2007/02/17(土) 11:32:16
私の 暦 の仮説 増しがある 
証拠 上記掲載
真実 に最も近いのでは、 
暦日 を 365.25で割る 等 万全です



323 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 11:42:44
誤差が気に成ります。
以前の説と一世代以上分程度は修正されたようですが

以前の場合は誤差は数日程度ではなかったですか?

324 :太国:2007/02/17(土) 11:44:30
>>317
仮説がどうのこうのより、あれだけ揃ってればもうひっくり返らん
よ。無いという論はそれなりの資料、根拠を持って来てくれよ。

そういう言い方じゃ全く具体的論には至っていない。つまり理論的、
抽象的、頭脳明晰的に言ってケムにまいてごまかしてるようなもの。


325 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 12:27:03
>>316さん

>他人にわかるように

名前を名乗っただけじゃだめなんですか?他に何を話せばいいのかな?

326 :唐松山:2007/02/17(土) 13:13:17
歴年  年度  誤差  閏   歴日  月齢   陽差     垂仁
221年目 1年度 18日 81回 80774日 1.99月 -5.2日差 元年春正月,丁丑朔
221年目 1年度 18日 82回 81040日 10.00月 -4.7日差 冬十月,癸卯朔癸丑
221年目 1年度 17日 82回 81069日 10.98月 24.2日差 十一月,壬申朔癸酉
222年目 2年度 18日 82回 81188日 3.01月 14.0日差 二年春二月,辛未朔
224年目 4年度 18日 83回 82103日 9.00月 21.5日差 四年秋九月,丙戌朔
225年目 5年度 18日 84回 82516日 9.98月 39.7日差 五年冬十月,己卯朔
227年目 7年度 18日 84回 83166日 7.99月 18.3日差 七年秋七月,己巳朔
230年目 10年度 20日 86回 84112日 2.03月 45.5日差 十五年春二月,乙卯朔
230年目 10年度 20日 86回 84319日 9.04月 46.0日差 秋八月,壬午朔
233年目 13年度 22日 86回 85383日 9.07月 14.3日差 二十三年秋九月,丙寅朔
233年目 13年度 22日 87回 85442日 10.07月 43.8日差 冬十月,乙丑朔壬申
235年目 15年度 22日 87回 85914日 2.05月 21.2日差 二十五年春二月,丁巳朔
235年目 15年度 22日 87回 85944日 3.07月 21.8日差 三月,丁亥朔丙申
236年目 16年度 22日 88回 86475日 8.05月 40.0日差 二十六年秋八月,戊寅朔
237年目 17年度 23日 88回 86830日 8.07月 29.7日差 二十七年秋八月,癸酉朔


327 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 13:13:54
>325
「河童です」では、誰もわからないでしょう。
このスレでの思想的立場や、古田思想に対する見方、
差し障りがなければ、人となりが洞察できる説明、があればと思います。

328 :唐松山:2007/02/17(土) 13:14:16
238年目 18年度 23日 88回 87243日 10.05月 18.5日差 二十八年冬十月,丙寅朔
238年目 18年度 23日 88回 87273日 11.07月 19.0日差 十一月,丙申朔
240年目 20年度 23日 89回 87716日 1.07月 26.5日差 三十年春正月,己未朔
242年目 22年度 23日 90回 88631日 7.06月 34.0日差 三十二年秋七月,甲戌朔


329 :唐松山:2007/02/17(土) 13:15:57
244年目 24年度 24日 90回 89222日 3.07月 12.5日差 三十四年春三月,乙丑朔
247年目 27年度 24日 91回 90255日 1.05月 8.8日差 三十七年春正月,戊寅朔
250年目 30年度 22日 93回 91404日 1.96月 32.5日差 八十七年春二月,丁亥朔
250年目 30年度 22日 94回 91582日 6.99月 63.0日差 八十八年秋七月,己酉朔
253年目 33年度 23日 94回 92497日 1.97月 29.7日差 九十年春二月,庚子朔
255年目 `000 25日 94回 93355日 7.03月 9.8日差 九十九年秋七月,戊午朔
255年目 `000 22日 95回 93529日 11.92月 36.3日差 冬十二月,癸卯朔壬子
256年目 `000 23日 95回 93620日 3.00月 27.5日差 明年春三月,辛未朔壬午


330 :唐松山:2007/02/17(土) 13:26:40
前回は、 垂仁 の途中で 誤差をクリヤー(閏を1回使う)でごまかし?
今回はストレートで(閏が1回多いまま)やや苦しい
誤差 は干支と暦日の問題ですので あまりきにしない(100年後の今月今夜の干支が
幾つズレたか?ということ)太陽暦との差を載せました。

331 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 13:32:24
崇神紀でなく垂仁紀で魏志倭人伝と合わせようとするアプローチは
唐松山さんの書紀の誤読であり、ホツマの誤読でしょう

332 :太国:2007/02/17(土) 13:34:52
女王国は、神功の時代前後あたりで合わせないと間違いです。

333 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 13:40:16
三国志成立年代以降の、4世紀後半であろう神功の実年代部分に対して
魏志倭人伝の側が同期してるなんてのは、太国さんの三国志の誤読でしょう

334 :太国:2007/02/17(土) 13:43:28
>>333
ピッタリ的ではないと思いますが、時代の前後のズレはありえます。
しかし崇神、垂仁世までも遡りませんね。

335 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 13:57:19
>>327

>古田思想に対し


単に、古田氏唱える『韓国陸行説』に誤りが有るので指摘しているまでで
別に古田説に興味は有りません。
ただ一つだけ言えることは、最初のスタートで躓いたものが土台になり、組み立てられた全体像かな?と感じています。

336 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 13:58:13
「魏志倭人伝に小泉内閣の事が書いてるから、小泉内閣成立は3世紀だ!」とか、
「日本書紀に安倍内閣の事が書いてるから、日本書紀成立は21世紀だ!」なんて言ったら
それは誤読による誤った結論でしょう>>太国さん


蜀は〜263
魏は〜265
呉は〜280

陳寿が〜297

でしょう?

帯方太守の劉夏や弓遵は何時の時代の人ですか?
神功紀の実年代と同時代の人ですか?

337 :唐松山:2007/02/17(土) 14:11:03
私の作成中の暦の 歴年は、 西暦では、有りません 
倭国大乱の収束は、景行 是が、私の見解


338 :太国:2007/02/17(土) 14:12:29
>>336
よくぞそこまでおっしゃいました。
グルタン、恵也にはわるいが、こちらは古神道の機密の隠し玉が
ありますので・・・。貴殿の言うのはそのとおりなんですが〜〜
卑弥呼は神功の時代の前後ころです。但し仲哀統治は短かったので
成務世まではありえます。
あの倉西の婆さんは卑弥呼を成務だとか言っていましたが、これは
間違いです。が、しかしその時代の可能性は残ってます。

339 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 14:13:35
九州王朝説の古田さんは知っているんですよ。
九州王朝説のコアに邪馬台国を措くなら帯方郡から、その比定地が萬二千餘里でなければならない事を。

しかしそれでは陸行一月が如何にも消化出来そうにないと思っているんですよ、彼自身が。
それで彼としては韓国陸行説等々を展開して、陸行一月分を消化しなければならないのです。

つまり陸行一月を追及すると吉田説は簡単に引っ繰り返せます。

萬二千餘里を根拠にして九州に比定している「だけ」の軽薄な論者も、
陸行一月を追及するだけで殆ど一層出来そうですよね。

340 :太国:2007/02/17(土) 14:13:59
>>336 続き
いまのところ、その中国の年代を検討中であります。

341 :太国:2007/02/17(土) 14:17:04
>>339
倍暦の可能性はありえます。プラムさんは否定のようです。
今後も検討すべき箇所です。

342 :太国:2007/02/17(土) 15:01:30
>>336 続き
それじゃぁ納得しないと言い張るかな?w

以下 ↓ で2倍暦なら年代の数字を取替えるべきじゃありませんか?
            1年が今の半年なら年代がズレてきますが?

【紀の繼體天皇の記事の日数統計表】

1日 3   15日 0
2日 0   16日 0
3日 2   17日 0
4日 2   18日 0
5日 3   19日 0
6日 1   20日 0
7日 2   21日 0
8日 1   22日 0
9日 2   23日 0
10日 1   24日 1←即位直前(元年1/24)にて先帝武烈の通常暦
11日 1   25日 0
12日 0   26日 1←百済武寧王の子死亡(7年8/26)の百済通常暦
13日 1   27日 0
14日 2   28日 0
        29日 0
        30日 0

343 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 15:05:43
太国さんは書紀の実年代算出に措いて、
実年代での崇神紀が魏志倭人伝の年代と近接、または重複してしまった事に慄いたのか、

九州王朝説の障害としてそれを廃除しようとして、卑弥呼と百襲姫を遠ざける為に、
日本書紀の崇紀の復元年代の側を卑弥呼の年代から遠ざけるよう算出し直すのではなく、
魏志倭人伝の側の年代を百襲姫の年代から遠ざけると云う、超アクロバティックな業に打って出てしまった。

と云うのが事の顛末なんでしょう。心境は解りますけどね。
此処が吉田さんやその取り巻きとは決定的に違う所ですよね。


太国さんの、書紀の研究自体は見るべきものが在りますけど、
三国志の年代を移動させるのは無理筋でしょう。

この5C以前の漢籍の日付は1〜14日までに集中してるとか、a月b月c月の記録が存在しない、
とかなら大発見ですけど、そう云う事じゃない訳でしょ?

ま、私も統計取った訳じゃないですが。

344 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 15:23:21
九州説に限定するなら、吉田さんは陸行一月の移動距離換算の側を短く解釈すべきだったですし、
太国さんは、卑弥呼の年代の側に崇神紀の側が合わせていたと解釈すべきだったんですよ


自説の防衛ラインが何処であるか定めて、そこから如何に飛躍しないかですよ
矛盾がありそうな時に飛躍した議論を展開して解消し様としていると、
崩す側に取っては容易い事です

345 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 15:31:56
それから河童さんはプラムさんのお知り合いの人じゃないでしょうか?

346 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 15:48:18
>>345さん

それはそれは大変よく存じ上げております。



もう それ以上の事はアンタッチャブルで

347 :征東大将軍 ◆pRDe3lEVnE :2007/02/17(土) 15:49:29
くすくす

348 :太国:2007/02/17(土) 16:18:19
>>343
全然違いますね、慄いたり遠ざけるとかそんなんではありません。
まぁ二次的には遠ざけていることになりますがね。
それに実年代の確定はまだまだ証拠が固まっていないし、今後も
当分はその資料根拠も出てくる気配もありまぜんから、今のところ
自説として言ってるわけです。

>>342のとおり、どうやら繼體世は2倍暦と観るのが相当だと思います。特殊なのは下旬の記述として寡少にありますが、通常の記録は
総てが1日〜14日までの2週間になっています。

つまり当時の ↓ カレンダーは以下のようですな。

日 月 火 水 木 金 土
    1 2  3 4 5
6  7 8  9 10 11 12
13 14 

349 :太国:2007/02/17(土) 16:26:02
>344
貴殿が何と言おうと、卑弥呼は崇神や神武のころの人物説の採用は
ないです。こちらは隠し玉がありますので・・・。
そうならずに崇神世に卑弥呼の年代が行くなら、どこかに間違いが
ありますな。

350 :サガミハラハラ:2007/02/17(土) 16:38:33
>>339
陸行一月を追及するだけで殆ど一層できそうですね。

陸行一月は最も合理的であるから提唱しておるわけです。
西及び南海岸を諸国を歴訪しながらの航海は困難をともないます。いかに困難かは以前2,3の例を挙げて
説明しました。
はっきり言うと、字面からでは水行とも陸行ともとれる。
しかし、総距離や行程からみると韓国内陸行が正しいのです。

351 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 16:49:20
太国さん

>倉西の婆さんは
こりゃひどい。倉西さんは、太国さんより30歳以上若いと思いますよ。

352 :征東大将軍 ◆pRDe3lEVnE :2007/02/17(土) 16:57:26
研究家さんもそろそろ一度戻ってきて欲しいですね。
たまにはお話ししたいです

353 :太国:2007/02/17(土) 17:02:59
>>351
あの女は拙者に何もよくないことを書きこんでいないのに
「出て行け。」と叫んだんですよ。ひどいのはあの女ですよ。あの
女の研究書まで買ってやったんですよ。おそらく
拙者について行けなかったのかも知れません。

しかしあの女の書の書き始めの一定部分は、当人の説の正誤は別と
して非常に学的でgoodですよ。ずいぶん教えられましたし、今でも
役に立ってます。いったんは捨ててしまおうと思った位ですが。

あの女は 卑弥呼=成務 説を言い出したので、臥海で笑われるから
やめたほうがいいと、みどもがアドバイスしてあげたんです。w

しかしあの時、なんでこんな珍説を言い出したのか、もしや〜?
ですが分かってきたような気がします。あの女は時代上限の可能性を
考えて成務世の人物か?と卑弥呼を観ていたんではないでしょうか?
卑弥呼の時代が成務にかかる可能性はあるかも知れません? それ
だけ、深くあの女は研究していたのです。間違っていても大したもん
ですよ。


354 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 17:06:48
実名出しちゃった以上、抑え目に
×倉西の婆さんは
○倉西の姐さんは   ・・・ぐらいでよろしく。

355 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 17:51:47
>>350 サガミハラハラさん

>陸行一月は最も合理的であるから提唱しておるわけです。

→全然合理的じゃないから>>303>>304で、異議を唱えたのです。

> 西及び南海岸を諸国を『歴訪』しながらの航海は困難をともないます。

→『歴訪』って、史料まで改竄しての自説とは・・・・・・トホホですよ

>はっきり言うと、字面からでは水行とも陸行ともとれる。
しかし、総距離や行程からみると韓国内陸行が正しいのです。

→字面からは水域としか取れないから303,304で説明したのです。
「総距離や行程からみると」って、最初から間違っているのに?


356 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 18:35:35
で、河童の結論は無いわけね。

357 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 18:47:14
>>306
>で、河童の結論はないわけね


結論書いたでしょう>>303>>304

358 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 18:52:49
>>306
ここは話し広げちゃだめだよ サガミハラハラさんの回答待ちなんだから
それとも 貴方が代弁しますか?

このポイント以外の話には耳無し法師

359 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 19:25:51
河童が誰に話しかけてるのか不明。河童の結論も不明。

360 :サガミハラハラ:2007/02/17(土) 19:55:04
歴訪はどなたかが、韓国の沿岸の諸国によりながらと書いたからです。

水行にこだわるから、というか水行しかないとこだわるから、正しい陸行説が理解できないのです。

361 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 19:57:54
>>356は誤爆でした

306 は >>356に訂正します。


ゴメン

362 :サガミハラハラ:2007/02/17(土) 20:08:02
>>358
私への質問、ほかになにかありましたでしょうか?
ひと大杉で前みれないものですから。

363 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 21:03:51
>>360>>362 サガミハラハラさん

>水行しかないとこだわるから、正しい陸行説が理解できないのです。

→303:02/17(土) 09:34
>>281
そしてサガミハラハラさん。
「循海岸」(海岸に沿って)
→この場合、『海岸』とは(海と陸との境部分で、陸地側の事です。)
『沿う』とは
その海岸の両サイドにあたる@陸地域とA海水域の二通りに別けられ、「循海岸」だけでは判断出来ません。
その二通りの選択の内どちらかを指定する為、次の『水行』の文字が用意されているのですよ。
要するに、海岸に沿って移動する場所は(海水域)だと
『循海岸水行』(海岸に沿って海水域を進む)と

これではまだ、どの海水域を進むか位置が特定されないので、次に『歴韓国』の文が

→『歴韓国』の文章は、韓国を徒歩にて横断したり、川を遡る為に用意された文言ではなく、『循海岸水行』の進行航路の位置を知らしめる為に用意されたものです。
『歴韓国』(韓国をへる)と
『循海岸水行歴韓国』
(韓国の海岸水域に沿って航行する)と

『歴』は、韓国の海岸水域を航行すれば、自然と様々な地域を通過するので (歴)なのです。
沿岸の馬韓にしろ弁辰にしろ、その中には様々な国があることは韓伝に書いてありましたね
『経韓国』ではなく『歴韓国』と書いてあるのは
そのため


この文の何処に「水行だけ」等と言う偏った意見があるのです?

364 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 21:31:34
で、距離は符合しないから不合格と。

365 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/17(土) 21:51:44
>>364
>で、距離は符合しないから不合格と。

まだ距離まで進んでいないので、距離の話は後で

『循海岸水行歴韓国』段階でペケなんだから、その先に進みたかったらここをクリアー
しなくちゃ  それに、七千余里と書いてあれば七千余里の何者でもないよ

366 :橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/17(土) 22:16:14
>>353
倉西先生の著作は私も持っています。
ネットに不慣れなせいもありましょうが、結果として彼女は匿名ではありません。
対して太国氏も私も匿名です。

特に太国氏は、私ども若輩者と比べれば人生の大先輩でもあるご様子。
>あの女
呼ばわりは、不適切に存じます。古神道の権威であると同時に、人生の先輩としても振る舞っていただくことを希望します。

スレ違い失礼しました。


367 :太国:2007/02/17(土) 22:20:26
はいはい。

368 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 22:31:49
数年前、橿原一派さんは、このような人格者じゃなかったような気が・・・

369 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 22:49:34
韓国内陸行より酷いのは、
対馬と壱岐の「半周説」だろう。

でも、考えてみれば、これも「韓国内陸行」同様、
始めに結論ありきで、その結論にすり合わせるために
編み出された強引な言い訳なんだよね。

史料を、自分に都合良く誤読(曲解)しておいて、
「合理性」も何もあったものじゃないよ。


370 :太国:2007/02/17(土) 23:06:05
>>343さん >>344さん
両者は同一の方ですか? 先ほど念のために古神道の秘儀『卜字』
を実施し、西検討、吟味した結果、訂正します。

>>349で崇神、神武世の採用が無い旨回答しましたが、これは撤回
します。間違いならばグルタン氏や恵也氏のように固執せず、その
説を廃棄します。

古代史の疑問は唯今氷解しました。以前、江戸川乱歩の「一寸法師」
という探偵小説の終章で、明智小五郎が土壇場での犯人変更を
やったのと同じ心境です。「一」→「壹」の字は女王国名を想い起こ
しますわ。

拙者の倍暦説に則って計算結果を調べ直した結果、実年代の神功39
年は驚くなかれ、崇神天皇即位元年と一致しました。つまり魏の
景初3年は 崇神元年=237年 となります。九州において女王国と
魏が通交したのがこの年(実年代)です。全等倍単純計算での239年
が神功39年になるわけですが、神功世は3倍暦の時代の為、237年と
238年と239年は同一の一年ということになり、初っ端は全等倍計算
237年になりますが、実年代の移動で実際の神功39年の事実は崇神世
の元年=237年に当たるということになるものです。紀の編者はここ
を等倍暦計算をして記録したもようになります。

そして神功世のほうはどうなるのかと問われれば、この時代にも
九州に女王がおり、その名が宇佐神宮に祀られている「比売大神」
です。だから卑弥呼と比売大神とは同一人物でなく、前者が崇神世、
後者が神功世の女性と観ることとなり、古代史の謎は解けました。

371 :橿原一派 ◆6Zok7FAjsY :2007/02/18(日) 00:00:21
>>368
ありがとうございます。
しかし残念ながら、今でも人格者ではありません。
説は変わりましたが性格の歪みは変わりません。

>>370太国氏
倉西先生の件、恐縮です。

>古神道の秘儀『卜字』
秘儀ですから、詳しくは明かせないとは思いますが
それは神託のようなものですか?占いのようなものでしょうか?
それとも古史古伝の解釈を行うという類でしょうか。
貴説を検証する際の参考としたいので、答えられる範囲でお教えください。

372 :グルタン:2007/02/18(日) 05:42:25
おはようございます太国様、
昨晩もアルコールの摂取量が過剰なようで非常に心配です。

>仮説がどうのこうのより、あれだけ揃ってればもうひっくり返らんよ。

と言って提示した資料が
「奴国の金印」「倭人伝」「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の機密の隠し玉」
ですね。
これをもって九州王朝の絶対的実在性を主張する太国様、ある意味スゴイです。
前者2つは既に世間一般に認められた第一級の資料ですが、解釈自体は様々です。
後者2つについては学会はもちろんのこと世間一般からも決して認められた代物ではありませんよね?
さらに磐井律令やら九州元号など一次資料すら欠く代物までその論拠に上げていらっしゃる。
太国様がどんなに「九州王朝の根拠となる資料だ!」と提示されましても、それら一つ一つが眉唾物である以上は
何ら説得力を発揮しないということをご理解頂きたいです。


373 :グルタン:2007/02/18(日) 05:58:58
おはようございます太国様
その2

>こっちのブツと文献がどうのこうのは分かったから、
>今度はお前も出してくれや。

出せと言われましても、出せませんね。
そもそも実在しなかった九州王朝のことを記録した資料など存在しないのですからね。
「実在しない=証拠となる資料がない」これに勝る根拠がどこにあるというのでしょうか?
これは考古学・歴史学以前の一般社会通念上の絶対法則でしょう?

それに比べ、古墳〜飛鳥時代に畿内中心部に一大勢力が存在した証拠は
その膨大な遺跡(古墳・宮殿・祭祀跡・高度技術工房跡・初期仏教寺院)や
遺物(副葬品・編年土器・金石文・炭素同位体年代測定資料)、記紀の記録(古事記・日本書紀・続日本記)など
その全てにおいて一次資料が揃っています。

374 :太国:2007/02/18(日) 08:22:13
>>372 >>373
資料がなけりゃぁそんなでかい口はたたけんだろうが。w
刑事事件だって、犯人を決めるのにアリバイの有無が重要である。
グルタン氏はアリバイの立証において、「反稿言譲」に居なかった事
を、資料無いのでいなかったでは無実の立証にはならない。
いないから証拠資料がないのは当然だでは君の論理こそデタラメと
言われてもしようがあるまい。www

なかったアリバイの立証は、当時の九州は、例えば畿内の者が九州
全土を旅行した記録があり王朝などないから国王、臣下、兵隊にも
遭遇しなかったとか、外人が日本に来ることができて、国王の謁見
をしようとして九州をくまなく探し回ったが王国は見つからなかっ
たとかの古文書等の資料があれば、九州王朝はなかったとの
アリバイの有無の証拠になるんだ。君はそれを出せないんだから
もう君の負けだよ。wwwww 君は資料とかが無いことを自認
したわけだから、もう誤魔化せないね。wwwww
このスレの皆さん、グルタン氏はアリバイの立証が「無い」と口言
していま〜す。wwwww

>眉唾
検事の出す証拠資料がマユツバならば、一つ一つそれをデタラメ
証拠だと崩してくれ。口先でマユツバだけじゃぁ、だれでも言える。
どうしてマユツバなのか、具体的に君が論述で崩すべきだろう。
例えば 1 として、金印がマユツバなのか? 具体的に君は立証
せねばなるまい。これの新スレも立ったそうな・・・。

眉唾の証拠が出せないなら、君の勝手な糊塗になるわけで、どんなん
でもた〜だマユツバだと言う、立証のない反論は君のお家芸。www

2 として云々・・・・・と聴きたいねぇ。

375 :太国:2007/02/18(日) 08:38:58
全国の皆さん。

グルタン氏は王朝さんが九州の「反稿言罵」に居なかったことの
証拠資料が無いことを自認していま〜〜す。wwwww 
王さんがいないというアリバイの有無の立証がグルタン氏は「全く
証拠資料が無いのは当然で、出来ないんだ。」(Pu!) と自信満々
「稿判定」で、叫び、たじろいでおりま〜〜す。www

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

376 :サガミハラハラ:2007/02/18(日) 08:41:32
古代史において、(ほかの学問においてもそうであるが、)文献にのみよりかかっていては
古代の解明には不十分な場合がある。そのために、他の科学の分野の研究も取り入れる必要があります。
特に邪馬台国のように、現地を探りあてるためには、実証性ということが大事です。
陳寿は魏志倭人伝を著わす際に、魏使の報告書をはじめとして、多くの資料を使用しています。
魏使の報告書の丸写しだけではありません。漢の時代からの古文書類に目をとおしまとめたのです。
倭人伝の行程距離は周尺がつかわれています(魏使の報告書ではない)。周代の1里は67.5mです。
ソウルから群山まで海岸に沿って水行し、232.0km進みます。
群山からは陸行し、参礼まで34.5km、南へ参礼から求礼まで113.5km、東へ求礼から河東まで33.7km、
河東からサ川まで49.3km、サ川から固城まで28.7km、ここまで491.5kmとなる。
491.5km÷67.5m=7284.4里で7千余里になります。
私はこのようなこともふまえた上で韓国内陸行説を唱えているわけです。

377 :グルタン:2007/02/18(日) 09:03:11
おはようございます太国様、今朝は生憎の雨模様ですね。
東京マラソンの動向が気になりますね。

>資料がなけりゃぁそんなでかい口はたたけんだろうが。w

私は「九州王朝の実在を示す史料がない」と言っているのですが。。。

>資料無いのでいなかったでは無実の立証にはならない。

例えば裁判でも「証拠」が無ければ被告人は無罪です。
もちろん史学においても同じです。
証拠がないので九州王朝は立証されないのです。
証拠とは何度も言ってますが「一次史料」のことです。
「九州王朝史」とか「九州古事記」とかあるんでしょうか?無いでしょう?
あるいは九州王朝で造られた金象嵌銘文入りの鉄剣とか、石碑とかあるんですか?無いでしょう?
唯一あるのが「奴国の金印」ですが、あれひとつで九州にあった王国の範囲や治世や王の権威がどこまで示せるのでしょうか?
金印一個で「極東の大将軍号を冠したという」九州王朝の実在が示せるなら、
同じく漢代に蛇の金印を下賜された雲南に在ったという「テン王国」は広大な中国南部地域一帯を金印の名の下に支配していたのでしょうか?

>例えば畿内の者が九州全土を旅行した記録があり王朝などないから国王、
>臣下、兵隊にも遭遇しなかったとか

記紀による記述でもそうですが、北九州付近に畿内に対抗する勢力があったなどという記載はないです。
九州全土で見れば「熊襲」や「隼人」が唯一それに相当しますが、いわゆる九州王朝説でいう勢力とは南九州のそれらとは別種ですよね?
仮に九州王朝があったなら、何故わざわざヤマトタケルは九州王朝を素通りして熊襲の長を討たなければならなかったのでしょうか?
何故なら九州王朝など無く、筑紫の地は邪馬台国以来ずっと畿内王権の支配地域だったからです。
もちろん、私が主張する邪馬台国(ヤマト国)とは福岡県の甘木付近に存在した国です。


378 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 09:08:02
「九州王朝があった」「九州王朝がなかった」の2つに分類している時点で、
太国の論理性は、はなから破綻している。

正しくは、
A:九州王朝があった
B:A説は正しくない
の2つであって、自らが正しいことを証明するために必要なことは、
Aは、裏付けになる根拠になる、文献史料・考古学史料を提出すること。
Bは、Aの挙げた根拠の不備を指摘すること。



ついでだが、

> なかったアリバイの立証は、当時の九州は、例えば畿内の者が九州
> 全土を旅行した記録があり王朝などないから国王、臣下、兵隊にも
> 遭遇しなかったとか、外人が日本に来ることができて、国王の謁見
> をしようとして九州をくまなく探し回ったが王国は見つからなかっ
> たとかの古文書等の資料があれば、九州王朝はなかったとの
> アリバイの有無の証拠になるんだ。

で言ってるのは、「悪魔の証明」であって、アリバイでもなんでもない。


379 :グルタン:2007/02/18(日) 09:18:05
太国様、朝から酔ってますね、心配です。

>>375
証拠も自供もなければ被告人は無罪放免です。
一次史料も遺物も無いので九州王朝は根拠無しのため非実在です。
とても簡単な理屈です。
これ以上何の説明が必要でしょうか?


380 :グルタン:2007/02/18(日) 09:27:08
>>378さん、こんにちは。

>>九州をくまなく探し回ったが王国は見つからなかっ
>>たとかの古文書等の資料があれば、九州王朝はなかったとの
>>アリバイの有無の証拠になるんだ。

>で言ってるのは、「悪魔の証明」であって、アリバイでもなんでもない。

正にその通りです。
九州に王朝が無かったら記録に「無かったのです」って書くはずがないですね。
そもそも初めから無いのだから書かないだけのことです。
居なかった人間をわざわざ「居ないです」とは書かないのと同じです。

381 :太国:2007/02/18(日) 12:51:58
全国の皆さん

グルタン氏は>>377 >>379 >>380で、こちらの提出した証拠史料
を眉唾だとか叫びなが3回の書きこみを見るに、眉唾の詳細
な論証を怠り、視点を別方向に向けさせてくらましていま〜す。w

こういうことは彼の得意中の得意技で、こちらの出してる資料が
あるものをことさら無いの言葉で強調し、実際は眉唾の立証をしな
いで逃げています〜〜〜〜。
できないわけださ本物だからな。www  言葉だけは眉唾
だとか言ってラッパを吹き鳴らしてはいるが〜〜おやおや?具体的
反論になると金印だけは誤魔化せないらしくしぶしぶ認めて、あとは
しないで他の関係ありそうな雑論を出して撹乱させ、マユツバの論証
のできない自分を虎さんとともにケムに巻いている。ww

朝廷ではない倭の五王朝を無理にでも 42=20 にしないと九州王朝
が成立してしまうから、グルタン氏は必死になっています。www
こういう理屈に賛同している彼は、まさに噴飯物だろう。pupupu!!

君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!



382 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 13:29:47
>>236 名前:グルタン 投稿日:2007/02/15(木) 23:03
>笑わせるのがグルタンの使命です。

いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
笑わせるのはあなた方でしょうwww

>>296 名前:グルタン 投稿日:2007/02/17(土) 02:32

>古田攻撃をする奴って

攻撃なんてしてません!
腹を抱えて笑ってるんです!
だって狂ってるんだものwww

いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
いいえ、九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。

383 :太国:2007/02/18(日) 13:53:03
どっちみちウナギのようにすり抜けてばかりいても、いずれは
奴は鰻丼の運命だから、いまのように威勢のいいほうが上の鰻丼に
なるからねぇ、まぁ言わせるだけ鰯ておこうやないのぉ〜。www

384 :河童 ◆EY2wfgakAQ :2007/02/18(日) 14:05:56
太国さんも、グルタンさんも

九州王朝が在っただの無かっただの主張していても結果はでません。

まずはお互い『王朝』の定義の確認が先でしょう?
『王朝』に対する認識が相違していての議論ほど空しいものはありませんから。
で、
『王朝』とは?
@ 天子が政治を行う場所(朝廷)

A 天子の行う政治

B 同一王家の血統の者が同一国名で統治している時期

他にも定義としては考えられると思いますが、とにかく不毛の議論よりも認識の統一と確認が先決でしょう。

385 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 16:19:50
王朝の定義は、王位継承が連続的になされ、行政組織も継承された統治体制だと思います。
大体、話を定義論に持って行こうとする人は、相手をけなそうとしているわけだが。

386 :征東大将軍 ◆pRDe3lEVnE :2007/02/18(日) 20:04:39
>>370
両者は同一の方ですよ。
名探偵の私が言うんですから間違い有りません><

くすくす

387 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 20:12:27
古田氏を「吉田さん」と間違えているので
>>343>>344は明らか。

その他、還暦以上の年齢を示す用語の数々。
「云う」「無理筋」「訳」「何処」「如何」「し様としている」「容易い事」

388 :太国:2007/02/18(日) 20:26:34
>>386
比売大神は宇佐神宮では應神天皇と神功皇后とくっついて祀られ
ており、崇神天皇、御間城姫とともに祭られていませんので、
両者は同一ではないでしょう。

これをも検討し卑弥呼の記事の神功39年を実年代崇神元年(237年)
と特定しました。

結論は卑弥呼は崇神の時代の人物と求まりましたが、比売大神は
神功〜應神、場合にとっては3倍歴の短縮の関係で仁徳世までも
入りこむ可能性があります。それに仁徳世の(実年代で)407年には
日女島(←比売島)の雁の卵の話があります。

そういうことで両者は別人と観ています。

389 :グルタン:2007/02/18(日) 21:37:52
こんばんは太国様、今宵も大分泥酔しきってるご様子、かなり心配です。

>>381
>こちらの提出した証拠史料を眉唾だとか叫びながら
>こちらの出してる資料があるものをことさら無いの言葉で強調し

「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
これのどこが眉唾物でないと言うのでしょうか?
そもそも存在自体が怪しさ100%です。

>実際は眉唾の立証をしないで逃げています〜〜〜〜。
>できないわけださ本物だからな。www 

立証だの本物だの言われましても、それらは聞いたことも見たことも無い物ですからね。
自分じゃなくても誰にもできないと思いますよ、もっと普通の史料を出して下さい。
何かもう東日流外三郡史みたいですよ、貴方は和田さんですか?

>反論になると金印だけは誤魔化せないらしくしぶしぶ認めて

金印ひとつで九州王朝の実在性を認めてなんていません。
寧ろ、あの金印ひとつで何故その王朝の範囲・国力・継続性などまでが
どうして分かるのでしょうかと問うているのですけど…

390 :グルタン:2007/02/18(日) 21:46:56
>>388
>これをも検討し卑弥呼の記事の神功39年を実年代崇神元年(237年)
>と特定しました。

特定しましたか…
そもそも「崇神元年(237年)」自体がどういう根拠なのでしょう?
西暦237年に崇神天皇が実在したことを示す考古資料とかあるのでしょうか?
まだ弥生時代なんですけど…

391 :グルタン:2007/02/18(日) 21:49:45
>>382
それはグルタンを名乗る別人の騙りでしょう。
もしかして貴方ですか?

392 :グルタン:2007/02/18(日) 21:56:44
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。


393 :太国:2007/02/18(日) 21:59:01
>>389 グルタン殿
た〜だ怪しいじゃぁしようがないではないか?
お前がはっきりと眉唾だということを根拠を出して具体的に
言わなくてはお話にならない。どんなんでも「怪しい」だけの語は
糊塗できる。まったく具体性の進展がなく「怪しい」でお史舞では
こっちの資料は崩れていない。

こんどそれをやる段になると、お前は虎の威を借りて「だれそれが
こう威ってます」とか言い出して、お前の自論は000000の
0の無の連続の気配ばかりで、崩してみせてるようでちっとも
崩したことにはなっていない。

それに今度は『比売大神』が加わるから、さらに九州王朝の一員が
増えてお前の念貢の収め時は近い。www

お前は安本氏の説に酔ってるんだろう? 酒で酔うのは車を運転など
をしない限りいいだろうが、あの人の説が崩れることのない信念に
お前が増幅オーバーとなってるから王朝を認めるとお前の考えが崩壊
に至るからありえないと強力に思っているみたいだな。
その心酔は大失敗なんだよ。→10年説を信じているのか?ww

394 :唐松山:2007/02/18(日) 21:59:48
私も 崇神 237年の 根拠が見たい。



395 :グルタン:2007/02/18(日) 22:02:35
>君は、論理的思考も出来ない
古田信者の口から「論理的思考」という言葉が出てきたことに驚きです。
猿的脊髄反射思考の古田信者からこんな高尚な単語が出てくるなんて。。。
信じられないw

「盲信・過信・妄想・我田引水・でむぱ」その全てが
古田及び古田信者のあなた方そのものじゃないですかwww
またの名を基地害集団とも言いますwww

>古田攻撃をする奴って
攻撃なんてしてません!
腹を抱えて笑ってるんです!
だって狂ってるんだものwww

いわゆる「想像の産物」って奴ですね?
基地害かwwww

九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。



396 :唐松山:2007/02/18(日) 22:07:57
私が作成中の こよみでは、
崇神元年を 西暦180年として
景行12年  西暦247年


397 :太国:2007/02/18(日) 22:11:47
>>390
それはいいよ、お前は。それより、
お前は早く怪しい理由を書きこむのに狂奔してればいいわけだよ。
話をすぐに他の視点に移させて、撹乱ケムにまいて終わらせるのが
おまえのいつものやり口だからな。その質問はお前が紀年法をよく
勉強してまとものようなら回答に乗ろう。それまではさっきの眉唾
の具体的内容を書きこめ。できないそらしの論を繰り返すんなら、
お前は精神科へ行って診ててもらえ。w

398 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 22:14:51
>>381
> グルタン氏は>>377 >>379 >>380で、こちらの提出した証拠史料
> を眉唾だとか叫びなが3回の書きこみを見るに、眉唾の詳細
> な論証を怠り、視点を別方向に向けさせてくらましていま〜す。w

グルタン氏じゃないですが一言。

定説と違うある説を提出する側が論証しなければないのであって、
「眉唾」であることは、いちいち論証する義務などない。

ある説を出すにあたって根拠として提出されたものを、
「説明不測」「根拠として不十分」「方法論がそもそも間違っている」
のように一挙両断して構わないレベルというのは、残念ながら存在する。
要するに、「論外」で取り上げるのも馬鹿馬鹿しいというレベルです。

その種のレベルをクリアできた場合、
つまり初歩的なことでは叩きようのない根拠が挙げられて初めて、
その根拠の是非を、詳細に論証をする段階にようやくなるのである。

399 :太国:2007/02/18(日) 22:15:11
同じ書きこみをマルチしてるのは、本物のグルタン氏なのかな?

400 :グルタン:2007/02/18(日) 22:23:18
酔っ払いの太国さん、要するに私の申し上げたいのは

九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。

ということだけなのです。おわかり?

401 :太国:2007/02/18(日) 22:24:53
>>398
定説っていうのは、臥海の力関係で決まってるものが古代史には
つきものだから、義務がどうのは関係ない。
あっちとこっちとは対等で充分。
まるで横綱が稽古をつけてやるんだのような考えは捨てな。w

402 :太国:2007/02/18(日) 22:27:50
>>400
この人は本物のグルタン氏かね?
マルチさんは去ってくれないかい?

403 :太国:2007/02/18(日) 22:30:29
本物なら、今度何をつっこまれるかとビクビクしているようだな?www

404 :グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/18(日) 22:32:16
本物グルタンです。

>>395
>>400

これは別人です。

405 :グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/18(日) 22:33:26
偽者グルタン防止の為、
今度から、トリップ付けます。

406 :太国:2007/02/18(日) 22:34:38
>>396 唐松山さん
ここはよくないスレ人が粘着してるようだから、後日「2倍念暦」の
ほうで説明とかしましょう。

407 :太国:2007/02/18(日) 22:37:37
本物らしいグルタン氏
こういう新入りが来て荒れるみたいだから、保留だ。

408 :日本史@名無しさん:2007/02/18(日) 22:52:41
偽物も本物もやってることおんなじだしw

太国も、てめえが相手するからグル馬鹿が調子こいてるだけなのが、
わからねえのかよ。
本物だって茶化しに来てるだけだろうがよ。

409 :グルタン ◆2bGURU5966 :2007/02/18(日) 23:33:49
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>404

こいつは偽者です。

410 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 23:41:09
>>401
> 定説っていうのは、臥海の力関係で決まってるものが古代史には
> つきものだから、義務がどうのは関係ない。
> あっちとこっちとは対等で充分。
> まるで横綱が稽古をつけてやるんだのような考えは捨てな。w

こういうこと言ってるから、内輪以外相手にされないんだよ。

現実に、ここ20〜30年だけで、
どれだけ古代史の「定説」が覆ったかを考えてご覧。

結局は、面倒くさいとか、相手の土俵で戦うのはちゃらんくせぇなんて思わず、
あるいは場合によってはハンデありの不利な戦いだと思っても、
決まった手続きに則ってやっていくしかないんだよ。

411 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 23:43:54
>>299で出された根拠は次の7つ

1.金印
2.帥升の古文献
3.倭人伝の内容
4.倭の五王は天皇ではないからこれは九州の短期王朝、
5.年号も多数出ている。
6.当時九州には邪馬壼国と邪馬臺国の二国があり、前者は女王国、後者はこの短期王朝である。
7.古史古伝には九州王朝を見られるウガヤ朝70数代の記録まで残っている。


1〜3は、「自らの仮説が合理的に説明出来る」からという噴飯物の理由以外に
根拠らしい根拠がないまま、その「独特の解釈」を安易に自明のこととして扱っているという間違い。

4は、「倭の五王は天皇ではない」⇒「これは九州の短期王朝」は「偽」であるので論外。
「倭の五王は天皇ではない」の証明が出来ていないことも言うまでもない。

5〜6は、1〜3、特に3が成立を前提にしたものであって、
3の系にすぎないものを、独立した根拠として提出してくるのは論外。

7は言うまでもなく論外。



結局は、一次史料がなく、「解釈」という名の「詭弁」でしかない。

こう書くと、「否定する根拠もなく」とまた怒りだす姿が目に浮かぶが、
個々の事項を否定する以前に、due process を経ていないものを
根拠としているそのこと自体が、否定される原因となっていることを、
そろそろ自覚しましょう。

412 :グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/18(日) 23:45:16
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>409

こいつは偽者です。


413 :太国:2007/02/18(日) 23:48:17
>>410
お前がそれでやりゃぁいいねでないの? お前は臥海に平伏するのが
大好きなようだから、それでやってけばいい。w
ハンデもクソもない。別にこっちは不利でもあるまい。それはそういう
ときもたまにはないとは言わんがね?

決まった手続きはあるにはあろうが、お前がその道を進めばいいだけの
こと。そんなんでこっちを呼ぶな。zzzzzz・・・・・

414 :太国:2007/02/18(日) 23:50:35
zzzzz・・・・・・
おや起きたよ。双方で眉唾(nise者)を立証すりゃぁいい。wwwwww
zzzzzz・・・・・・

415 :グルタン ◆zLZm4FTpRU :2007/02/19(月) 01:52:08
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>412

こいつは偽者です。


416 :グルタン ◆J0JpeEYsvI :2007/02/19(月) 02:30:23
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>415

こいつは偽者です。

417 :グルタン ◆2bGURU5966 :2007/02/19(月) 02:37:01
いやだなあ。
私の偽者がトリップつけて成りすまししています。

>>416

こいつは偽者です。


418 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 07:41:22
こんなことやってるようじゃ2ちゃんの古代史もおわりだな。

419 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 07:50:09
何時もこんな調子だから!ほぼ話題に乗れない連中の腹いせじゃん

420 :太国:2007/02/19(月) 08:28:46
>>411
お前のは、こちらの提出したものの本質的崩しが無いねぇ。
その提出の根拠をさもお前も書きこんで論じているようだが、結局
は抽象的、〜いかにも俺は教授クラスの学がある虚勢を見せ付けて
正当な学問からの論理的説明をしてるように化けてるもので何の事
はない、お前の高度の論理に見せかけただけの私的な文にすぎない。

俺とグルタン氏は九州王朝存否の論の応酬をしているものであり、
こちらが亀田氏のように論のアッパー、ジャブ、あるいはフックと
いろいろ混ぜ説明のパンチをグルタン選手にあびせているわけで、
彼はその防備のため、かような種々のパンチ(←提出資料の
具体的本質的つき崩しの論)をするヒマもなく、頭突きをしながら
スルリスルリと鰻丼になる前のウナギをやりたく、有効パンチを受け
ながらも、一見攻めてるようで、やることは頭を下げたり体をぶつ
けたり唾を飛ばして逃げの僕震愚に終始して得点をかせいだように
表明画策しているだけのことである。こういうんでは正論(←提出
された具体的つき崩しと自らも資料提出での論述)の仮想であり、
単に路上の暴れをリング上でやっているにすぎない。

こういう状況が続き、つき崩しを怠っているので、ストレートを
俺が食わしたところ、あいつはおびえ出したというわけだ。
ということでグルタン氏の敗北が濃厚になって来たところ、お前が
奴側の選手として現れてバトンタッチし、こちらに僕震愚の攻撃を
やりに来たようだが、な〜に選手のように見せかけて、ひとつも
ストレートとかジャブとかの正規の攻撃をせず、選手兼(奴ひいき
の)審判をして、こっちの減点ばかりを宣言している。こういうん
では双方の正当な史論への不公平イカサマのジャッジとなり、それで
こちらを負けにさせ極めてコスイ手段であって全く許容できない。

お前は選手でくればいいわけで、審判までやるのは卑怯である、相手
ひいきの兼審判選手ではずるい戦法である。兼任せず純粋に選手だけでやって来い。www

421 :太国:2007/02/19(月) 10:27:55
まぁ>>411のように、選手として登場してるようで、その化けの皮
をはがせば、ジャブ、アッパーなる選手の武器の行使が、「採点」
を武器とする選手であったわけで、選手のようで相手側が勝つように
したいための審判兼選手なわけである。wwwwwww

こういう奴が出てくるということは、グルタン氏の否定論が危機的
状況にあり、その背水の陣的情勢の時に敗色をぬぐい去りたい同調
論者が加勢に加わりやすくなようで、いろいろな奇手を使ってなし
崩しを図って来るのが事の成り行きなのであろう?

以前も神代文字の存否の論争でこういう奴が現れ、高度の学術的
抽象論を連発して、神代文字の選手と選手の討論中に、旗色が悪く
なりかけたことを察知してが現れ出て、どれとどれとどれが詭弁
であると箇条書きの格式ばった教授のふりの論述をし、選手のようで
その実態は、最初から勝ちを無側に決めこんだエコ贔屓の審判で
兼選手という二役をやり、孫悟空を銀角大王が三山圧頂の法で汚史
潰させようとした話とよく似ている。

選手のふりして自分の試合の審判で採点をやる奴がこのようにいる
から、用心するに越したことはない。ww

422 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 12:58:52
>>420

「本質的な反論」をされているのに、
そのことさえ気付けてないようだね。

423 :太国:2007/02/19(月) 14:18:03
やはりお前も具体的に提出した根拠の云々は言っていない。
上っ面言って、あとはお史舞じゃないか?ww
やることが似通ってるな。まぁあきらめが肝心だぞ。
九州王朝は厳然としてあることが、金印以下の資料で決まり。

424 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 15:19:21
だから、その金印以下が根拠として成立していない
って言ってるんだが?

425 :太国:2007/02/19(月) 15:26:22
>>424
外出するが、どういうわけだかその理由が書きこんでないから、
具体的に出してある各資料をこういうわけだと説明しておけ。
そう言うからには自信があるんだな?
ついでにコテをつければ正々堂々だぞ。

426 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 15:42:47
>>425
>>424じゃないが、同趣旨のレスが上にあったと思うが「三角縁神獣鏡伝世説」と同次元じゃないの?
倭国の領域内ならいつどこで出土しても倭国のもの、ってやつ。

427 :太国:2007/02/19(月) 17:51:53
はいはい。

428 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 19:00:07
アーア、
グルタンの様な者が出てくるとは、
畿内朝廷一元論も終末状況か。


429 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 20:43:12
だよね。

430 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 00:41:36
>太国
>九州王朝は厳然としてあることが、金印以下の資料で決まり。
>具体的に出してある各資料

↓金印以下の資料、具体的に出してある各資料↓


「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」


431 :ボビィちゃん:2007/02/20(火) 01:51:19
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」
>太国 「ウガヤ朝の古史古伝」「古神道の秘密の隠し玉」

ハァ?…


432 :ボビィちゃん:2007/02/20(火) 01:53:31
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争
>太国 以前も神代文字の存否の論争

ハァ?…

433 :ボビィちゃん:2007/02/20(火) 02:00:40
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!
>太国 君は精神病院で即刻問診してもらったほうがいい。hahahaha!!

鏡を見て言っているのか?…



434 :ボビィちゃん:2007/02/20(火) 02:06:08
もうグルタンていう名前を捨てたぞ。
これからは当分、ボビィちゃんでいくからな。
太国よ、わかったか?

435 :ボビィちゃん:2007/02/20(火) 02:09:00
名前が変わっても、あくまで九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。


436 :グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 02:44:41
頭大丈夫か?

437 :グルタン ◆2bGURU5966 :2007/02/20(火) 03:21:04
偽者注意!!

438 :グルタン ◆J0JpeEYsvI :2007/02/20(火) 14:48:08
偽者は来るな

439 :太国:2007/02/20(火) 17:13:03
>>370
説明中に間違いがありました。以下のように訂正します。

紀の記述の神功39年=実年代239年

景初元年=崇神即位元年=237年

440 :グルタン ◆zLZm4FTpRU :2007/02/20(火) 18:23:13
ひどい。偽者だらけ!!

441 :グルタン=ボビィちゃん ◆X24Lidc2ho :2007/02/20(火) 21:25:44
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。


442 :グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 21:48:53
ひどい。偽者だらけ!!

443 :グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 21:50:01
ひどい。偽者だらけ!!

444 :グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 21:51:20
>>439 頭大丈夫か?

445 :グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 21:52:07
>>439 頭大丈夫か?

446 :グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 21:53:49
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。


447 :太国:2007/02/20(火) 21:55:24
グルタン精神ハ星辰火ヘ行ッタカナアー?

448 :グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 21:57:12
太国のうんこ食べたい

449 :グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 21:58:13
>>447 頭大丈夫か?

450 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 21:59:54
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>442-446=連続投稿犯グルタン


451 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:00:35
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>448-449=連続投稿犯グルタン


452 :グルタン=太国 ◆UEAIvUWq8k :2007/02/20(火) 22:01:36
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。
畿内王朝論者を茶化すのが私の使命です。


453 :太国:2007/02/20(火) 22:03:20
拙者は偽物です

454 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:03:30
  _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>450-451=連続投稿犯グルタン


455 :太国火面:2007/02/20(火) 22:04:08
グルタン成人

456 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:04:49
  _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>453=グルタン


457 :太国:2007/02/20(火) 22:07:35
拙者は太国の偽物です。
グルタンではない。

458 :太国:2007/02/20(火) 22:07:49
太国のうんこ食べたい

459 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:08:49
グルタンのAAって、ずれるんですね。
パソコンの使い方、知らないんですね。>>454>>456

460 :グルタン ◆29hJwTl1oY :2007/02/20(火) 22:33:42
太国のAAって、ずれるんですね。
パソコンの使い方、知らないんですね。>>454>>456


461 :グルタン=ボビィちゃん ◆X24Lidc2ho :2007/02/20(火) 22:35:10
また偽者が出た>460

462 :グルタン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 22:36:06
  _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>453=グルタン


463 :太国:2007/02/20(火) 22:37:05
拙者は本物の偽物です。

464 :太国:2007/02/20(火) 22:37:15
下らん成人!

465 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:37:21
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>462 グルタン


466 :太国:2007/02/20(火) 22:37:36
拙者は偽物の本物です。

467 :ボビィちゃん :2007/02/20(火) 22:37:47
  _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>461=グルタン


468 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:40:23
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>465 グルタン


469 :太国:2007/02/20(火) 22:42:35
偽物などくだらんことは止めよ。

470 :グルタン ◆zLZm4FTpRU :2007/02/20(火) 22:42:39
偽者のオンパレードだなwww

471 :火面太国:2007/02/20(火) 22:43:50
グラタン朝  食

472 :太国▲kosintou:2007/02/20(火) 22:46:01
拙者も島とかいうのを付けた。
これで偽物封じができた。
もう成済ましはできまい。

473 :グータン ◆LehujNtwkA :2007/02/20(火) 22:46:10
偽者のオンパレードだなwww

474 :太国 ◆mn3XtcDepY :2007/02/20(火) 22:48:15
>>472
気を付けろ
こいつ拙者の偽者だ。

475 :太国▲kosintou :2007/02/20(火) 22:49:18
>>474
気を付けろ
こいつこそ拙者の偽者だ。

476 :プフム:2007/02/20(火) 22:51:20
で、九州王朝は在ったの無かったの?どち?

477 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 22:52:43
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>476 グルタン


478 :プフム:2007/02/20(火) 22:55:54
西大寺会陽といえば、六尺褌一丁の男達がぶつかり合う勇壮な奇祭
として、全国に知られている。祭のあと、男達は集会所に集まり、
普段着に着替え飲み合う。 六尺は、激しい祭でドロドロボロボロに
なるから、使い捨てで、ゴミとして出される。俺はいつもそれが狙いだ。
捨てられている六尺の、できるだけ汚れてる奴を10数本ほど、こっそり
さらっ て家に持ち帰る。 そして、深夜、俺一人の祭が始まる。
俺はもう一度汚れた六尺のみ身に付け、部屋中にかっさらってきた六尺
をばら撒き、ウォーッと叫びながら、六尺の海の中を転げ回る。
汚れた六尺は、雄の臭いがムンムン強烈で、俺の性感を刺激する。
前袋の中のマラは、もうすでに痛いほど勃起している。 六尺の中に顔を
埋める。臭ぇ。 汗臭、アンモニア臭や、股ぐら独特の酸っぱい臭を、胸
一杯に吸い込む。
溜まんねえ。 臭ぇぜ、ワッショイ! 雄野郎ワッショイ!と叫びながら、
前袋ごとマラを扱く。 嗅ぎ比べ、一番雄臭がキツイやつを主食に選ぶ。
その六尺には、我慢汁の染みまでくっきりとあり、ツーンと臭って臭って
堪らない。 その六尺を締めてた奴は、祭で一番威勢が良かった、五分刈り
で髭の、40代の、ガチムチ野郎だろうと、勝手に想像して、鼻と口に一番
臭い部分を押し当て、思いきり嗅ぎながら、ガチムチ野郎臭ぇぜ!俺が行
かせてやるぜ!と絶叫し、マラをいっそう激しく扱く。
他の六尺は、ミイラのように頭や身体に巻き付け、
ガチムチ野郎の六尺を口に銜えながら、ウオッ!ウオッ!と唸りながらマ
ラを扱きまくる。 そろそろ限界だ。
俺は前袋からマラを引き出し、ガチムチ野郎の六尺の中に、思いっきり種
付けする。 どうだ!気持良いか!俺も良いぜ!と叫びながら発射し続ける。
本当にガチムチ野郎を犯してる気分で、ムチャクチャ気持ち良い。
ガチムチ野郎の六尺は、俺の雄汁でベトベトに汚される。
ガチムチ野郎、貴様はもう俺のもんだぜ!
俺の祭が済んだあと、他の六尺とまとめて、ビニール袋に入れ押し入れに
しまい込む。また来年、祭で六尺を手に入れるまで、オカズに使う。
押し入れにはそんなビニール袋がいくつも仕舞ってあるんだぜ。


479 :プフム:2007/02/20(火) 22:58:04
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>477 グルタン


480 :太国▲kosintou:2007/02/20(火) 23:06:01
プラムさんの成済ましまでするとは、卑怯至極。


481 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:07:53
>>474
鳥というのは、誰にも分からない暗証を伴ってるのが条件だよ。
そんな分かりやすいのは公開トリップも同じだ。

482 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:16:55
>>481=グルタン

鳥というのは、誰にも分からない暗証を伴ってるのが条件だよ。
そんな分かりやすいのは公開トリップも同じだ。


483 :太国▲kosintou :2007/02/20(火) 23:18:42
プラムさんの成済ましまでするとは、卑怯至極。


484 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:20:00
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>480 グルタン


485 :太国▲ugayahukiaszu:2007/02/20(火) 23:22:50
>>481
かたじけない。秘儀に関する島にした。

486 :太国▲ugayahukiaszu:2007/02/20(火) 23:25:48
ガチムチ野郎の六尺は、俺の雄汁でベトベトに汚される。

487 :犬国▲unkotabetai:2007/02/20(火) 23:27:41
>>481
かたじけない。秘儀に関する島にした。


488 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:27:46
トリップに失敗し続けている太国さんへ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97_(2%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8B)#.E3.83.88.E3.83.AA.E3.83.83.E3.83.97.E8.A1.A8.E7.A4.BA.E6.96.B9.E6.B3.95

489 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:29:10

気をつけて!太国さん>>488は危険サイトへの誘導だよ!

490 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:31:51

みなさん、楽しそうですね〜♪  §*^o^*§



491 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:32:03
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>489 グルタン

492 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:32:44
>>488
コンピュータウィルス

493 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:36:46
グルタンよ、危険サイトのURLなど貼るなヴォケが

494 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:37:13
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

495 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:38:04
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>492−493 グルタン

496 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:38:35
>>488
ノーd、ぶっ壊れた

497 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:39:09
>>494
グルタンよ、危険サイトのURLなど貼るなヴォケが

通報しました!


498 :グルタン ◆zLZm4FTpRU :2007/02/20(火) 23:39:22
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。


499 :日本@名無史さん:2007/02/20(火) 23:43:20
今度、本が出るらしいな。2ちゃんの書き込みだけど
古事記、日本書紀を二倍年暦で換算して
西暦に直しているやつらしい。

自分もいろいろ調べてみたら、日本書紀、古事記は共に二倍年暦で
即位期間、干支没年だけじゃなくて、
各天皇の寿命や年齢など全部、総合的に見たら
仁徳天皇だけ在位期間(日本書紀)が不自然なんだなw

古事記の応神天皇、仁徳天皇の寿命から考えたら
日本書紀の仁徳天皇の在位期間だと、
仁徳天皇はもっと長生きしないと無理w

仁徳天皇の在位期間だけ二倍にして、神功皇后を卑弥呼の近くにしようとしているw
しかも、記紀の編纂者は、最初のほうは二倍年暦だと計算していない間抜けさw
だから、年代が大混乱してしまった。
しかし、日本書記の唯一の年代誤魔化しは
古事記の発見によって、訂正されそうだわな。

あと、古事記は古い天皇の年齢は正確なのに、新しい天皇の年齢は?
これって、不自然だってサイトを見つけたけど
何のこと無い、新しい天皇の頃は、二倍年暦→通常暦へ移行したから混乱しただけ。


500 :太国:2007/02/20(火) 23:49:49
>>499
著者はどなたですか?

今宵は荒れてましたね。
zzzzzzzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・

501 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 01:07:15
>>500
島(しま)ではなく鳥(とり)ですよ。
トリップのトリからきているのです。
なりすましを防ぐ唯一の手段です。

名前欄に
▲abcd
ではなく
♯abcd
と打ち込むのです。(abcdは任意の英数字)
すると◆がでます。

不安なら別板ででも試して下さい。
このままではあんまり気の毒です。



502 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 01:16:07
以下、ウェブサイトからの引用:

名前の由来は『1人用(ひとりよう)キャップ』を略して『トリップ』。

トリップ表示方法
(1)名前欄に任意の文字を入力。続いて#の後に「#bgrty2」など
 好きな文字を入力する(全角・半角や文字種は無関係。
 よって漢字や記号でも出来る)。この文字列(パスワード)を
 特にトリップキーと呼ぶ。
(2)書込む。
(3)名前欄に「◆QWcajfuhO.」と出てきた。この“◆”以降が
 トリップである。なお、このパスワードは名前と同様にクッキー
 を消去しない限り自動的に名前欄に入力されるため、(名前欄の
 パスワードを消さなければ)次回以降も表示される。


503 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 01:45:33
>>501
>>502

グル馬鹿に注意!

太国さん注意して!
その方法でやると、IP抜かれます!
IP抜かれると住所指名までバラされますよ!

504 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 01:52:43
>503
嘘ついてんじゃねえヨ、どアホ!

505 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 17:54:04
>>502
好きな文字=既存の単語の鳥はほぼ解析されている

506 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 18:59:53
>505
誰が太国氏の好きな単語の鳥を抜いたりするんだ?アホか?

507 :日本@名無史さん:2007/02/21(水) 23:59:23
九州王朝論者を茶化すのが私の使命です。

  ・・・まで読んだ。

508 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 00:41:59
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´) >>504->>505 グルタン


509 :日本@名無史さん:2007/02/23(金) 08:17:26
ざっと素人目で流し見た感じじゃ、九州王朝はなんとも言えないが、
外三郡史誌を引きずってるのがなんとも・・・

古田支持者って今でも本気でアレが真作だって思ってるの?

510 :日本@名無史さん:2007/02/23(金) 12:52:45
>>509
だから偽書の証拠はなに?具体的に上げてみ?
俺は古田信者じゃないが、外三郡史の偽書の証明なるものもアンチ古田の脳内証明しか見たことがない。

511 :日本@名無史さん:2007/02/23(金) 13:27:35
同意。
寛政原本以外の昭和写本を見て、偽書呼ばわりしてるアンチ古田は
原点批判の基礎が足りないと思うぞ。昭和の知識入れちゃってるし。
今は亡き保管者の人格攻撃など、いくらやっても無意味。

512 :日本@名無史さん:2007/02/23(金) 14:40:14
その寛政原本ってのは、
誰が保管してきて、
誰がどこで発見して、
今は誰の手元にあり、
誰がいつ、その原本を学術的に
調査したの?

現状では、偽書と受けとるのが自然だよ。

513 :日本@名無史さん:2007/02/23(金) 17:46:50
アンチ古田には、何でも偽書なんだな。
そう受け取るのが自然だよ。

514 :サガミハラハラ:2007/02/23(金) 19:06:17
アンチ古田でなくとも、東日流外三郡誌は偽書とみていますよ。

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