2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【ひろゆき】網野善彦を語り継ぐ3【皇太子さま】

1 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 21:40:44
網野善彦氏は民衆の視点から日本中世史をとらえ直す独自の研究で知られた歴史家で元神奈川大特任教授。
山梨県出身。東大文学部卒。東京都立北園高校教諭、名古屋大助教授、神奈川大特任教授などを歴任。
日本常民文化研究所を足場に、従来の歴史学が軽視してきた遍歴職人や芸能民、漁民ら非農業民に着目。
独自の社会史研究で注目を集めた。
通説にとらわれない考察は、中世における自由と平等の問題を追究した「無縁・公界・楽」、
中世の天皇の支持基盤を再検討した「日本中世の非農業民と天皇」などに結実。
それまでの歴史学に見られた天皇を頂点とする国家像や稲作中心の単一民族観を根底から問い直した。
民衆の具体的生活に即した歴史観は“網野史学”と呼ばれ、1980年代に中世史ブームを起こすとともに、
故隆慶一郎氏の小説やアニメ映画「もののけ姫」などのモチーフにも影響を与えた。

前スレ
【もののけ姫】網野善彦を語る【無縁・公界・楽】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1091524376/
前々スレ
【蒙古襲来】網野善彦死去【無縁・公界・楽】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1077858664/
関連スレ
【訃報】日本中世史の第一人者、網野善彦氏が死去[02/27]
http://news5.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1077866746/


2 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 21:46:46
網野善彦を継ぐ 中沢新一、赤坂憲雄 

「定住という考え方自体が、定住している人の心の深層に達していないんだと、ぼくは感じます。
いわゆる日本の風景をつくっている「里山」とよばれているものをよく研究してみるとわかってくるんですけれども
けっして定住的な意識ではないんですね。里山自体はある限られた動かない空間につくられたような世界ですけれども、
その内部に入っていくと、それはいつも動いて変化しているんでね。どうしてあの風景が美しいかと言うと、
人間が自分の定住的な原理を自然に押しつけなかったということだと思います。
定住の原理というのは、いつも中心の自分とその外部というものをつくりだして、
中心部にある原理をその外側に拡大していこうするわけですけれども、里山ではそれをしていないんですね。
自然の側の力を圧倒的に受け入れているんですね。これは虫や水や鳥や植物・・・・・というかたちで
人間に世界にせまってくる力と、人間が自分の原理を自然に及ぼしていこうとする意思とが、
境界面上でぶつかっていますけれども、そこにひじょうに面白い光景が出てくるんですね。
境界をつくったり、差別をつくったりしていくというふうな、そういうことはじっさい起こっていないんですね。
境界なんてないいですよ。差別も起こっていない。どういうことをやっているかと言うと、
自然の方から、動物、水、植物から要求が来て、それに対して人間の側の要求があって、
その要求と要求がぶつかり合って、そこでネゴシエーションがおこなわれています」


3 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 21:57:00
網野史学とは

1)人間が本来もっている「原始の野生」(自由さ)が、国家や権力によって失われていく過程として歴史を読み解こうとした。
2)権力の及ばない空間である「無縁」の存在を明らかにし、中世の都市をそれに準じる自由の横溢した世界としてとらえた。
3)これまで見過ごされてきた商人や職人、被差別民、女性などが歴史の中で果たしてきた役割を掘り起こし、再評価した。
4)「百姓は農民だけではない」と強調、農業を中心に構築されてきた従来の水田一元史観を批判した。
5)日本が単一民族、単一国家として成立してきたかのような"思い込み"を繰り返し否定した。

4 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 22:41:51
あれっ何で前スレ落ちたんだろう。

5 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 22:33:46
網野先生はとても人気のある歴史学者だったけれど、歴史学会からは嫌われてたんだね。これもじつは知らなかったよ。
『網野善彦を継ぐ。』を読んで初めて知ったよ。


『網野善彦を継ぐ。』
「網野善彦の学問を抹殺しようとする歴史学会の流れがあるなかで、二人の思想家が網野善彦の学問を継ぐという決意を語る対談集。」



6 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 23:29:20
>網野善彦の学問を抹殺しようとする歴史学会
「古文書返却の旅」が微妙に学会のタブーを暴いていたとか・・・
史料を借りたまま返さない学者が大勢いるというのはショックだった。

7 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 23:33:49
だいたい歴史学会っていくつあると思っているんだ。

8 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 18:13:47
水戸光圀って大日本史に使った史料返してないよな絶対

9 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 21:42:54
1949年、東京月島の水産研究所で水産省が打ち出した
「日本各地の漁村の古文書を借用、寄贈などの方法で集めて、整理・刊行し、
本格的な資料館を作る」計画が進められていた
なんて今知っている人はいない。
巨額の予算を投じて始めたこの計画は、すぐに頓挫。
日本各地の漁村から借りた古文書が、未返却のまま残ってしまった。

水産省Fuck!!!


10 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 22:25:57
★「『功名が辻』県推進協議会」が、撮影の為に借りていた貴重な山内家元藩士作成藩政史料原本を紛失

高知城周辺で開催されている土佐二十四万石博を運営する「大河ドラマ『功名が辻』県推進協議会」
(会長=橋本大二郎知事)が、映像撮影のために県立図書館から借りていた山内家元藩士作成の
藩政史料「皆山集(かいざんしゅう)」の原本1冊を紛失させたままになっていることが23日、分かった。
県が記者会見して明らかにした。県は同協議会の担当職員(男性)から事情を聴き発見に全力を挙げ
るとともに、盗難の可能性も否定できないとして県警に盗難届を提出する考えだが、同協議会のずさん
管理に批判の声が上がりそうだ。

県の説明によると、行方が分からなくなっているのは皆山集全116巻のうちの第71巻と、「高知県史
要」の2冊。高知県史要は同じものが県立図書館に3冊あるが、皆山集は紛失した1冊しか存在しない。

同協議会が2月13日、大河ドラマ館「一豊の国造り」コーナーで放映する映像作成のため、図書館に
特別貸出願を申請。皆山集は通常は貸し出さない史料だが、図書館側は「県を挙げた取り組みのため
になら」と同月16日から3月3日までの貸し出しを認めた。
担当職員は委託先の県外の美術制作会社に2冊を渡し、同社は2月末に返却。その後は男性職員が
同協議会事務所内の机の上などに置いたままにしていたという。

皆山集が最後に確認されたのは、県内の民間会社が同協議会の事務所で撮影した3月1日。3月中旬
の事務所の移転を経て、貸出期限が大幅に過ぎた6月下旬、図書館側から担当職員に返却を督促する
電話があり、事務所内などを探したが2冊とも行方が分からなくなっていた。

会見で浜口収県観光担当理事は「早くお返ししたい。深くおわびする」と陳謝。担当者の机の上に紛失した
2冊を重ねて置いていた状況等に触れながら「もう少し気配りをしていれば…」と杜撰な保管態勢を認めた。


高知新聞 http://www.kochinews.co.jp/0608/060824headline01.htm#shimen1




11 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 17:09:24
>>1
なんでひろゆきの名前が?

12 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 20:34:05
網野善彦氏東京都立北園高校教諭
ひろゆきは都立北園高校→中央大学経済学部

13 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 06:27:50
大日本史編纂では、散逸を防ぐため筆写による複製・筆写を進めましたが、汚損紛失防止に万全を図ってます
光圀公からの礼状も各地に残ってます
因みに、ボクの先祖は彰考館に勤めた者が多いんですが
義公との縁の手紙は、残ってますよ


14 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 22:04:13
>>13
そうだったのかー
さすがは黄門様だ。

15 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 19:13:53
2007年元旦の読売新聞記事
「宮内庁が陵墓立ち入り調査容認、古代史研究前進に期待」

「陵墓公開をめぐっては、日本考古学協会など15の歴史関係学会が
2005年7月、大阪府堺市の仁徳天皇陵(大山古墳)など11か所について、
立ち入り調査を認めるよう宮内庁書陵部に要望していた。
これに対し同庁は、歴史関係に限らず、動植物学などの学術団体にも門戸を開くことを決定。
見学は当面、各学会1人とし、立ち入りは墳丘の1段目の平たん面までとする
——などの条件付きで、要望があった陵墓の見学を認めることを先月下旬、同協会に伝えた。
宮内庁はこれまで「皇霊の静謐(せいひつ)と安寧」を守るためという理由で、
陵墓立ち入りを原則として拒絶してきたため、そのほとんどが陵墓に指定されている
巨大前方後円墳の調査ができず、古代史研究の大きな障害となっていた。
古代の天皇陵の多くが指定が間違っているとされているが、築造年代などを明らかにする
手がかりが得られれば、被葬者の真偽を論議する契機になると期待が高まっている。」



16 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 06:31:41
>5
学「界」は別に抹殺しようとはしていない。ダメなものはダメと言ってるだけ。
彼(やアベキン)の欧州中心史観(欧米との比較で物を言う)、結局マルクスの
用語で説明を終わらせる点などは、歴史学界以外の分野からも批判があるのは当然。



17 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 03:38:33
中沢新一と赤坂憲雄の対談本『網野善彦を継ぐ。』(講談社)

『(※ 網野善彦は)人と対処するときには、原則的な対応をして、妥協をほとんどしませんでしたねぇ。
あの妥協のなさは、ご家族にはことによると負担だったのかも知れませんが(笑)。』(中沢の発言、P8)

『 たとえば、宮田(※ 昇)さんと網野さんの名前が並びましたけれども、
宮田さんはある意味では生臭いかたちで、弟子をたくさんつくり、ネットワークをつくり、党派をつくったわけです。
現在は、その負の遺産が露骨なかたちで出てきている、それが民俗学の足を引っ張っているとぼくは思いますね。
網野さんの場合には、そういう群れや党派をまったくつくらなかった、拒んだんですよね。
これだけ人気のある、著作のときには何十万部と売れる、そういう歴史家が、
じつは党派というものをほとんどつくらないで、孤独に、孤高に立っていたということです。
ぼくなんかはその孤高の姿に励まされてきたわけですが、たぶんアカデミズムとか、知の制度のなかでは、
網野さんの仕事の継承ということを考えるときに、群れを拒んだということが、
とても大きなマイナスの意味を持ってくるんじゃないかと想像します。』(赤坂の発言、P12)

『中沢 赤坂さんもよくご存じのように、ぼくは学者のなかに敵が多いのです。
赤坂 ぼくもですよ。敵だらけ。
中沢 二人とも敵が多いんですね。よかった(笑)。
ところで、網野さんはたいへん人気のある歴史家でしたから、歴史学界でもとても人気があると思っている人が多いのですが、
それはとんでもない誤解なのです。それどころか敵だらけでした。
とくに東大史学科の、その世界では影響力もある歴史家のあの人、この人などは、網野善彦の対してたいへんな敵対感を持っていましたね。
ある歴史家などは、わざとぼくや網野さんの耳に入るような場所で公然と、網野善彦が死んだら、
彼の書いた本などはすぐに忘れられていくと言っていたくらいです。
でもその方の本は、すでに生前から忘れられていっているから(笑)、かまわないのですが、それがアカデミズムの空気の一端です。』(P15〜16)



18 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 03:41:13
『中沢 赤坂さんは孤独ですよねぇ?
赤坂 (笑)。友だちがいないだけ(笑)。
中沢 ぼくも孤独です(笑)。子分をつくったり、組織をつくっていくということをしてこなかったですからね。
これからもする気はないし。お互い単独ですね。ですけれども、赤坂さんとぼくのあいだに流れている友情は、
単独者同志の友情と理解というものでしょうね。
 先ほどもおっしゃったように、網野さんが亡くなって、ああいう人格的な支えが消失していくと、
たちまち網野さんの影響を一掃していこうとする動きが、組織的に出てくると思います。
網野さん自身つねに単独で仕事をしていました。少数のよい友人たちとの結びつきのなかで、仕事をしてきた。
それに対して組織をつくっている人から、これから網野さんの仕事の否定が起こると思います。
そういう危険を察知して、ぼくらはこうやって対談して、網野さんをぼくらは継ぐという意思表示をしています。
 そのときも、ぼくらはあいかわらず単独者です。そのことを確認するために、こうやってお話ししてきたんだなという気がするわけです。
赤坂 ぼくは中沢さんがすごく羨ましいんですね。行き掛り上、ぼくは組織をつくってしまったために、
「ああ、組織というのはこういうふうに動くんだ」とか、反省しきりです。
中沢 でも、ささやかな組織じゃないですか(笑)、大丈夫ですよ。
赤坂 (笑)。そうささやかな組織でも、たとえばぼくが足抜けしようとすると、それを許さない力がはたらくんですよ。
中沢 そうらしいですね。
赤坂 学会とか知の制度のなかで言えば、たしかに組織にも何にもなっていませんね。
ぼくはいつでも自分は単独者だと思って仕事をしていますし、余計なしがらみは持たない方がいいとも思っています。』(P119〜121)



19 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 10:24:52
赤坂先生って福島県立博物館の館長さんになられたのか。
意外に俗世間の中でも出世のできる方だったのだなあ。

20 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 10:04:43
妙な組織作りに没頭した挙句に「○○に弟子なし」ということになるのは日本民俗学の伝統。

21 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 11:45:48
著作全集がでるってどっかできいたんだが・・・本当?

22 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 15:21:05
>>19
赤坂さんは40歳ぐらいでやっと大学の専任になるまでは
学習塾の先生かなんかやってたと聞いた。
下積み長くて結構苦労してるんだな。

23 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 21:05:58
網野先生も中沢も良い家の御子息で学問の世界に血縁者も多いし
敵が多いとはいっても赤坂とは苦労の質が違うね。

24 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 22:42:41
中沢は西部みたいな貧乏過ぎて精神がいかれたペテン師とつるんでおいて、
苦労もへったくれもあるまい。

25 :日本@名無史さん:2007/01/23(火) 00:12:08
爆笑問題 太田光と中沢新一の対談集である「憲法九条を世界遺産に」を読んだ。











網野が泣いているぞ。


26 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 20:39:08
『網野善彦を継ぐ。』などというと物凄くかっこよく聞こえるけど、
日本史家としては圧倒的なセールスを誇った人の後を継げれば
それは美味しいことだろう。

27 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 14:48:32
オウム事件のあと、吉本隆明・河合隼雄や浅田彰と対談して救ってもらった中沢新一。今度は叔父を神格化し、その唯一の後継者を名乗って教祖になろうと画策。

28 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 22:04:12
             ,.r==:、
           ,ク::::::::::::ヾ    叔父より優れた甥など存在しねえっ!
         ,r=-=、'|:::::::::::::::,!|
        ,;':::::::::::::ハ;、_::::_,.ィノ^!               _,...........,__
        |i:::::::::::::::,リ^ '''',"  l!                ,.ィ'" ...:::;;;;;;;;;;;~`:;、
      ヾー-‐彡,. ィ" !  ':,             /  ...::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;',
         \ :ハ     '、  ':,            | ,rrェヒミ〈;;;:リナナク,;:l!
         \ '、   ,:'、  ':,         !斥y'r。xツヘ '・`,,,シミ;:;;:|
           \ゞ '" ::ヽ  ':,           |トニ斗テi"| :;フハコ=7-i;;|
             ヾト、  ::::ゝ  i        :|::ll::::l!:|l|ハ::;;| | ! !| li ,l、
             `ヾ-'"  : ::|^y'ヽ、       |ト|!:::l!:||kキ;|干!,!,!ノノ:,!;l
               `yr'^! :::〈 ミシ|、  ,';,   !|ヽヾヾト'^"~'' ,'' "//;;;;'、
               r'" ヘ ヘ、:::二;;;;リ  /:;;| ,r'-:ゝ ,ィ;'  ,.-...,,;:,,' /l::::;;;`
                ゞイ..`,.>'"リ、/ -'ー-'ミ  ,:':;/ヾ、  .,,. ,,_;:' l!
               `t  ゞ.-'" y;;!rー'''''''ーミ::`:'";;,'  `:;、 :;;: ,;' .,!
                〉  〉.-‐"ノ^:,     ^:、 ゞト、  :,! ':;;, ;;'  '"!
               ,!^ヾー‐‐'"ゝ;;;ヽ'"~`ヾ、 `トr=ミ:;、 !  ':;; ;  : |
               |ハ;;;;;ミi'"~;;;;リ;;;;;;ヽ、  `、 :ハ  い `!     |

29 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 16:30:26
つーか、網野さんの息子がひそかに東大助教授になってることも知らない奴、
意外と多そうだな。

30 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 16:38:20
>>29
専攻は何?

31 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 20:36:05
俺の母の実家の古文書(武田家の軍議に参加した時の内容を記した物)
家から連絡するまでずっと返してくれなかった先生がよく言うよw

32 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 21:19:20
>>30
http://latinamerica.c.u-tokyo.ac.jp/japanese/amino.html
父親に顔そっくりだぞw

あと娘さんがいてやっぱり大学院に進んで研究者目指してはずだけど、
今どうしてるのかな。
まあ、親が偉い先生だったりすると、この世界のしきたりとして
相当丁重に扱われるはずだから、
たぶんそれ相応のポストに就いてることだろう。

33 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 23:25:14
>>32
めっさハンサムだが、一人だけプロモ資料みたいな写真を載せるのは反則ではないのか。

34 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 22:36:46
大月隆寛が網野先生を「つくる会」の講師に呼ぼうとして断られた話が面白かった。

17 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)