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 江戸時代の天子様(天皇様)と庶民

1 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 17:27:55
を語れ

2 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 17:38:52
江戸時代、「水滸伝」の大ブームが起きたことはあまり
知られていないが、
この水滸伝が民衆に支持されたのは、尊皇派の梁山泊が
悪政(=徳川幕府)に立ち向かうという構図が日本の政治構図
にぴたりとあてはまったからという隠れた理由があったのだ。

つまり、水滸伝を支持した民衆は尊皇派であったのだ。

3 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 17:39:17
るかどうかは

4 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 17:41:04
反乱を起こした梁山泊が朝廷に帰順し、逆に朝敵の反乱軍を討つ
というストーリーはまるで明治維新そのものではなかろうか

5 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 17:41:41
邪魔しやがって

6 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 17:48:38
第108代の後水尾天皇は稲荷信仰に深甚な関心を寄せ、
非蔵人兼務の上社神主秦親明から「御神符神守之深秘」
を受けています。
一方、2年後の寛永18年(1641)、
後水尾上皇は御所の建物の一部を非蔵人兼務の目代荷田延次に
下賜しました。これが現在に伝わるお茶屋(重文)です。


7 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 18:00:25
江戸時代、天海僧正は遺言で彼の後継者として親王をお迎えするよう
指示したのが輪王寺宮の始まりなのだそうだ。

つまり、輪王寺宮とは輪王寺の後継者であるとともに天海僧正
(=将軍相談役)の後継者であったというわけだ。

8 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 18:53:31
あまり知られていないが、江戸時代の庶民は起床すると京都の御所の方角に二礼二拍手一礼をしていた

9 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 19:26:58
>>6
やはり江戸時代のお稲荷さんブームに
天皇は関係しましたか

とくに新興住宅街の江戸では
古い信仰が少なかったせいもあって
庶民のほとんどが稲荷信仰者になりましたからね

10 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 19:29:50
>>2
うーむ、市井の尊皇家が
任侠を語るのは
江戸時代のスイコデンの影響かな

11 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 19:30:51
俺武士家系だけど、親戚で集まるとやっぱり農民系の人達とは違うなあって思う。


12 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 19:48:25
まあ、大半の武士は廃藩後、人力車夫や開拓農民になったわけだが。

13 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 20:05:01
農民や町人、公家や朝廷を見下す
武士マンセーの傾向はいわゆる徳川史観てやつだな。

14 :公家さんの暮らし :2006/11/19(日) 20:12:51
江戸時代。
京にくらすお公家さんの暮らしほど、悲惨なものはなかったという。
何しろ…ろくな給料もなけりゃ、勿論ボーナスなんか、ない。
もともとろくな仕事をしていないのだから、入るべきものも入ってこないのが当たり前だわナ。
プライドだけは高いから、「くわねど高楊枝」で自分から生活の構造改革をやろうはずもない。

見るに見かねたのは…近所に住んどる町屋の方々。すなわち庶民と言われる人々だった。

「しょうがないなぁ。これでも差し上げまひょか」
と、持ち寄る食料を、
「うむ」
と高飛車に受け取ったのか、
「いつもすんまへんなぁ」
と、とりあえず礼ぐらいは言ったのか。

とにもかくにも
「しょうがないなぁ」
が都人の口癖になっていたのではなかろうかと、徳川300年の歴史を振り返ると、そう思えてならない。

だから、明治天皇も、あれだけ張り切って討幕戦争にかけたのかなぁ。
いい加減、自分の実力で稼がないと。自分の食費ぐらいは。とか思ったのかも。


15 :おかゆと漬け物:2006/11/19(日) 20:19:10
天皇一族にも輝かしい(頑張って贅沢をした)時期もあったのは疑いないが、
戦国時代には生活自体に困窮し、三代にわたり、おかゆと漬け物を毎日恵ん
でくれた京都の住民によって辛うじて生きのびたり、即位の儀式は践祚
(センソ・天皇の位をつぐこと)後20年以上たって、やっと行なった天皇
もいる。
 明治初年、福沢諭吉が日本国民について「藩あるを知りて国あるを知らず」
と言ったことは有名だが、当時、京都の住民さえ天皇を知らない――顔を見
たことがないという意味ではなく、そういう制度の存在自体を知らないとい
う意味である。まして天皇とは何の関係もない地方においてはなおさらで、
だからこそ、駕籠(カゴ)しかない時代に、また財政窮迫の折にも拘らず、
明治政府は天皇を駕籠に乗せて日本中を引張り廻して国民に紹介し(?)、
「そもそも天皇様とは、いかにおえらいお方か」と宣伝して歩いたのである。


16 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 20:31:06
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20061119i112.htm
江戸時代の天皇即位式、“観覧券”配って庶民に公開

江戸時代、天皇即位式が“観覧券”を配って公開され、庶民が多数詰めかけていたことが、
森田登代子・大阪樟蔭女子大学非常勤講師(近世民衆史)の研究で分かった。

幕府の政策で民衆から遠ざけられていたとされる従来の近世天皇像を覆すもので、
今週発売される国際日本文化研究センター(日文研)の共同研究報告書『公家と武家3』(思文閣出版)に掲載する。

幕府は、朝廷を統制する法令(禁中並公家諸法度)を定めるなど天皇の力を抑制、管理。
天皇は庶民から隔離され隠された存在、と従来は思われてきた。

森田講師が、当時の京都で奉行所が高札などの形で出した膨大な数の「町触れ」(告知)を調べた結果、
1735年の桜町天皇即位式前の町触れに「御即位拝見之儀、此度者(このたびは)切手札(きってふだ)を以(もって)
男ハ御台所門、女者(は)日之御門より入レ候之条」とあり、
これは、観覧券に当たる「切手札」を発行し、男女別で御所のどの門から入るかを決めていたと判明。
続く桃園天皇の即位式でも切手札を発行、事故防止のためか「男百人、女弐(二)百人」と制限し、
老人や足が弱い人などの観覧を禁じた事実も分かった。

1779年の光格天皇即位式を描いた『御譲位図式』などの絵図も調べたところ、
警備の武士とは別に、庶民の正装である裃(かみしも)を着て御所に入る人、子ども、授乳する母親らの絵柄が確認された。
森田講師は「民衆にとってごく身近で楽しみな行事だった。江戸時代になって急に公開したのでなく、中世以来の伝統ではないか」と語る。

当時の即位式は高御座(たかみくら)に昇る天皇を中心に、公卿ら数十人が出席、
鉦(かね)・太鼓、祝詞奏上、焼香など厳かな儀礼が繰り広げられたことが分かっている。

(2006年11月19日20時18分 読売新聞)


17 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 20:33:36
屑ウヨの汚染も酷いな。こんな糞スレ。

18 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 20:41:34
>>16
従来の反日史観を翻す画期的な発見ですね
素晴らしい研究です。

19 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 20:47:10
将軍家はじめ多くの大名は王朝文化に
かぎりないあこがれをもって
平安貴族よろしく貝合わせなんてやってたぐらいだから

20 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 20:50:19
>>14
全部推測とはひどいな。
ここは歴史板なんだから
推測を語るにしてもなんらかの歴史的事実なり
データを出してそれを基に話しを展開するのが
基本だろ。

21 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 20:55:53
>>15
その文章はつまり
天皇=国という制度
であったということだね。

22 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 21:00:01
今後>>16のような研究がさらに進み
反日左翼陣営が政治的に利用するために創りあげた
捏造江戸時代の嘘を暴き
本当の江戸時代の姿があきらかになることを期待します。

23 :農民にとって天皇は価値が無い :2006/11/19(日) 21:34:49
農民にとって天皇は価値が無いし
農民の人生にも生活にも天皇は何の関係も影響も無い
明治時代のように強制されたり現代のように右翼の暴力でもなければ
自分の人生や生活に関係ない天皇なんて興味をひかない
その時代の天皇なんて現代の徳川家のようなもの
現代において徳川家に忠誠を誓う人はいない


24 :天皇制自体は悪用しなければ、毒にも薬にもならない:2006/11/19(日) 21:44:47
江戸時代の庶民にとって天皇は公方様の上にいる関係のない人。
公儀は普通は幕府をさすが、広くは天皇を頂点にして将軍・大名・家臣団と郷村の自治集落も含めた秩序
重層的な支配と重層的な土地所有が続いていた。
支配階級にとっては自分の身分を承認してくれる権威でしょうが、庶民には関係がない。

幕末に国学(平田学派)の門人地方の豪農層が尊王を叫んだが、幕府の権威に対抗する目的があった。
国学を明治になって薩長の官僚が、明治政府の権威付けに利用した。
平田門人はどちらかと言うと弾圧されたり冷遇されてます。その後、自由民権に流れた者の多い。
国学では上代を天皇が治めた理想的な時代と位置づけていますから、日本の本来あるべき姿としたのでしょう。
先の大戦中に戦争遂行のために天皇制を利用したために、大変イメージが悪くなっていますが、
天皇制自体は悪用しなければ、毒にも薬にもならない。

25 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 02:30:54
畿内ではそれなりに有名なはず

26 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 07:47:27
>>16
要するに金が欲しかったから自ら見せ物になって金を集めたってことね

27 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 08:21:28
現代じゃ儀式公開はムリだろうなあ。
爆竹なんか持参する馬鹿が出んとも限らんからw

28 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 00:16:40
98だけど、俺の勇み足だった。別に専門じゃないんで許してくれ。
ただ神明神社、中世とかはどうだったの。伊勢神宮領である
御厨なんかに建てられていた
と思うんだけど。そういう荘園の農民とかが神明神社についてどう感じて
いたのか?誰か仮説でいいんで教示して欲しい。

29 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 00:19:27
98まで長いよ

30 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 00:22:24
ごめんなさい板違いでした。28.

31 :独身ホモ貴族:2006/11/21(火) 14:42:09
江戸初期の軍事力って、近隣諸国と比べてどうだったのか?

32 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 19:49:59
神明社はたしか明治の
合祀令かなんかの影響が濃いと思う。
ただし神宮大麻はかなり全国の農民に
配られていたはず。
当家にも今でも近くの神明社とは
違う古い村社から神宮大麻が来る。

33 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 19:57:01
身はたとひ
武蔵の野辺に朽ちぬとも
留め置かまし大和魂

吉田松陰

34 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 19:59:58
>>2
まさに新発見!

35 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 21:51:57
身はたとひ
下賤の目に晒されても
金が欲しい大御心

凶田小陰唇

36 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 00:09:14
>>23
庄屋同盟など農民の尊皇運動のが数は多い。
>>32
昔は神明に神宮御師が布教に来ていたくらい
明治以降のが乖離
神明社の数は江戸時代の方が多い。


37 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 20:42:41
太平記読みにより
江戸時代、隠れ尊皇派はけっこういました

38 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 23:12:49
太平記をまともに読めば、下々の者をその場限りで使い捨てをする後醍醐に怒りしか覚えないが?

39 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 16:06:32
帝偏差値の神道臣者
自作自演で馬鹿晒す   強制ID導入して馬鹿駆逐しましょう

40 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 15:13:04
やれやれ、どれもこれも前スレのガイシュツネタばかり・・・


41 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 21:20:57
菊花紋章
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:16_Yae_Kiku.png

内痔核
http://www.mediawars.ne.jp/~kik0488y/innhem.html


42 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 21:27:03
>>36
そんな捏造をいけしゃあしゃあと。

43 :独身ホモ貴族:2006/11/26(日) 22:19:28
皇族をネタにできる日本は言論の自由がいっぱい!

44 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 22:20:02


http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1164432210/44

おまいらとりあえずこれ見てみろ

45 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 10:09:56
>>42
太平記と尊皇派は確実につながっていますよ。
かの高山先生も太平記を聞かされて
尊皇に目覚めたのでした。

46 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 21:15:56
高山先生て高山彦九郎とかいう狂人のことか?基地外クソ

47 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 22:20:17
江戸時代の天皇陵ブームはどういう訳だ?
詳細な絵図までたくさん残してるし。

48 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 22:38:40
荒廃した山林を前方後円墳に作り変えてやったという幕府の報告書のことか?
朝廷はありがたくてありがたくて大事にとっておいて毎日江戸の方角に土下座してお礼を言っていたらしいな

49 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 01:46:55
「都名所図会」
1780年刊行の、日本初のガイドブック。京都を詳細に描いた京案内は、江戸でも
大ベストセラーとなり、これに倣って江戸や大坂などの図会も刊行された。

京風への憧れは現在も強い。天皇・皇太子・秋篠宮のご成婚で、夫妻は武家装束
を身に着けていたか?違うよね。

50 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 06:49:14

馬鹿

51 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 06:53:07
49の考えで逝けば普段から洋服を着ている天皇家は西洋に強くあこがれていることになる

52 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 07:23:29
49の考えで逝けば皇室の公式晩餐会の料理がフランス料理のはフランス王みたいに断頭台で処刑するのを憧れているから

53 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 07:33:30
他人の命より金に取り付かれた亡者たち
結局今の戦争は鬼畜による支配者が金儲けのためにしている

軍需産業しかり、戦争が長引けばそれだけもうかる。
その正体は↓

http://rerundata.hypermart.net/aum7/2/oz2/oz205.html


54 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 23:02:11
山県三之助先生は江戸中期の尊皇家

55 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 10:58:45
江戸時代よりはちょっとだけ前になるけど、ルイス・フロイス(1532〜1597)
の著書『日本史』(Historia de Iapan)でも天皇の事が出てくるよね。

外国から商品を携えて取引に来るポルトガル商人は日本の言語を知らず、
日本の諸地方のことも知らず、日本の庶民とも接触もしない。
彼らの大部分は入港する肥後国の諸港の他は何も見ていないので、しばしば
(日本において)「国王」(Rey)とか「王国」(Reinos)という表現を慣用する。
しかし(当地では)そのような称号は考えられもせず決して存在しない。
彼ら(ポルトガル商人)は例えば平戸の国王、志岐の国王、天草の国王など
の他、これに類したことを言う。
しかし、実はこれらの人々は皆、殿、すなわち限られた貴人であって
そのような人は同一国内(日本国内)において無数にいるのである。
本来の日本66ヶ国全体の最高君主であり、国王かつ主権者はただの一人であって
これを皇、もしくは天皇、または内裏と称する。
それゆえ、トノ達はこれに遠慮して公爵(に相当する)自分達の特定の
称号を使用する。

とある。フロイスは天皇が日本66ヶ国全体の君主(o senhor universal,rey e
monarca de todosestes 66 reinos)または真の国王(verdadeiro e natural senhor)
であることを何度も記しており、ポルトガル商人がそれを知らない理由を
日本語が話せず、庶民と接触しない事であるとしている。
ようするに普通に日本に滞在していたらわかること。

56 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 11:20:23
江戸時代前期の尊王は木下順庵(1621〜98)かな?
雨森芳洲や新井白石の師匠で
「近頃、江戸のことを東都などという言う輩がいるが
東の都とは不敬千万。近いうちに義兵を起こし、幕府を廃すべし」とか主張してるからな。

ちなみに弟子の雨森芳洲や新井白石は
朝鮮からの使節を朝廷からの勅使と同じレベルでの待遇していたのを
費用がかかる、朝廷に失礼との理由で御三家が同席しないなどの
降格待遇にしている。

57 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 14:56:59
>>55
戦国時代でも、三好・松永・織田・豊臣などの天下人を始め、
各地の有力大名たちも臣下として天皇には礼を欠かさず、
官位を持つ朝臣として天皇家に貢ぎ物をする事がステイタスだった。

しかし平和な時代になったにもかかわらず、徳川家康だけは露骨に天皇家を
見下して、大名家から天皇家や公家への貢ぎ物を禁止し、天皇家を脅しながら
天皇家の権威を利用できるだけ利用しまくったからなあ。
家康の性格としか言い様が無いが。
徳川幕府がそんな態度だから、民衆も天子を余り尊敬しなくなっただろうな。

58 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 16:07:08
外国人の見た日本人と天皇(1775年8月に来日)

「天皇は町なかに自分の宮廷と城を有し、特別な一区画のように濠と石壁をめぐらし、そこだけでも立派な町をなしている。」

「軍の大将である将軍は、最高権力を奪取した後もなお、天皇には最大の敬意を表していた」

「国民の内裏(天皇)に対する尊敬の念は、神そのものに対する崇敬の念に近い」

伊勢神宮ほか神社に付いても。

「私は、神道信奉者らが祭日や他の日にどのような心境でこの社にやってくるかということが漸次わかってきたが、
そのさい非常に驚くことが多かった。彼らは何かの汚れがある時は、決して己れの神社に近付かない」

「なかでもこの国の二、三の寺社は特に注目されており、あたかもイスラム教徒がいつもメッカを訪ねるように、国のあらゆる地方から
そこへ向けて遍路の旅が行われる。特に伊勢神宮はその一つであり、この国最古の神、すなわち天の最高の神天照大神を祭っている」

「老若男女を問わずすべての信者は、少なくとも一生に一度はここへの旅をする義務があり、そして多くの信者は毎年ここに来る」

『江戸参府随行記』 ツュンベリー(高橋文訳) 平凡社東洋文庫(1994)

59 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 18:56:28
>>55
フロイスは「普通に日本に滞在していた」のではない。
イエズス会というカソリック修道会の中でも最も政治色の強い修道会の宣教師として、
布教以外の政治的目的も担い、日本の政治を観察する立場にあった。
もっとも彼が言う「真の国王=天皇」が制度的なもので、実質的には天皇すら信長の権力の下にある
いう信長自身の言葉を、その著「日本史」の中で書いているから、実体は知っていた。

>>57
「戦国時代でも・・・」「平和な時代になったにもかかわえあず・・・」
この言い回しに、歴史認識の底の浅さがよくわかる。
「戦国時代だから・・・」おのが不安定な立場を権威付ける必要性から、
それも「官位を持つ朝臣として天皇に貢ぎ物を」したのではなく、貢ぎ物をして
官位を手に入れたのだ。
「平和な時代になったから・・・」その利用価値が減り、扱いが権柄づくになったのだ。
信長はまだ天下統一の途上、秀吉は統一後も家康という強大な脅威を抱えていた。
だが、織豊政権のいずれも、長期安定化の道筋が立てば、いずれ家康同様の態度を取っただろう。
事実、信長の朝廷に対する態度の変化(譲位や改元に容喙)に、その兆候が現れていた。

>>58
『江戸参府随行記』・・・読んでみな。
たかが一年半の日本滞在で、偏見や独断ばかり。的外れな指摘のオンパレード。



60 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 19:31:49
>>59

政治の詳しい内情は権力者から聞いていただろうね。
庶民からは権力者ほど詳しい話は聞けなかったにしても庶民が天皇を知らなかったという
事ではないじゃん。天皇が絶対王政を布いていたなんて行っている訳でないし。

61 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 20:07:02
>>60
ただね・・・
>>55の論旨からすると、「ようするに普通に日本に滞在していたらわかること」って、
最後の一言が引っかかるんだよねえ。
つまり
「彼らの大部分は入港する肥後国の諸港の他は何も見ていないので・・・」
の文中「彼らは」はそっくり庶民に置き換えられるのでは・・・と。
庶民の生活圏、なかんずく百姓の生活圏はもっと狭いから。
朝廷はもとより足利幕府の施政権など存在しなかった当時の地方で、
ポルトガル商人にとっての「国王」は、その地方を治める大名でしかなかったように、
百姓町人にとっては「御領主様」しか見えていなかったはず。
もっとも、「天皇を知っていた?知らなかった?」の議論は不毛だとは思うけど。
知っていたから・・・天皇を尊崇していたことにはならないし、
知らなかったから・・・天皇の存在意義が否定できるってもんでもないし、ネ

62 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 20:27:08
こんな記事も。

> (日本の)王朝は、キリスト以前の六六〇年がその始まりである。・・・・この年からキリスト紀元一六九三年に至るあいだ、
> すべて同じ一族に属する一一四人の皇帝達が相次いで日本の帝位についた。
> 
> 彼等は日本人のもっとも神聖な創建者である天照大神の
> 一族の最古の分枝で有り、彼の最初に生まれた皇子の直系の子孫である等々の事を、極めて誇りに思っている。
> 
> 「日本誌」 一六九〇〜一六九三年に日本で勤務したドイツ人医師 エンゲルベルト・ケンペル

63 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 20:44:15
>>61

言葉すらわからない人間(外国人)と日本人が同列なのはどうかと。
京の都や公家なんか見たことなくても、会話が出来て風聞や歴史とともに暮らしている
なら宗教でいうところの仏の教えとか風俗、宗教、多少の地理や昔話
なんかは地元以外にも色々みれるだろう。


64 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 21:08:10
朝鮮通信使は天皇(偽皇とか倭皇)のこととかが
かなり書いてあるよね。

李鼎ai1712〜91)は
山崎闇斎(1616〜82)、浅見糸同斎(1652〜82)、若林強斎(1676〜1732)らが
幕府に反対を抱き西京を復興させようと活動していることを忠義の士だと賞賛していたりする。
結構間違いが多いいけれど、
当時の尊王家や反幕府感情の事なんかが割と紹介されていて、
熱を帯びた尊王思想との世評を受けて
このままだと幕府が滅びそうな勢いだけれども日本の皇が実権を握ったら
朝鮮国王は外交上対等な関係が結べない危険性があるなど慧眼な意見を述べる
人もいたりした。

65 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 19:43:58
あきらかな尊皇派である
崎門一派は幕府から弾圧を受けました。

66 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 22:26:53
明治や昭和みたいに天皇と一緒に死んだ(自殺)人っていんの?

67 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 20:45:54
>>59
宣教師なんて朝鮮人の報告と同じで
天皇から聖職者として認められずに謁見を拒否された為に
自らの功名を言いたいがために信憑性は低い。
だから日本の記録に無いことまで創作されてる。
だいたい、それなら信長が天皇の子を養子にする理由がない。


68 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:36:20
>>67
邦慶親王を猶子として迎えた理由・・・
なぜ正親町天皇に何度も邦慶の父、誠仁親王への譲位を迫ったか?
なぜ改元を強要したり、暦の制定権を奪おうとしたか?
なぜ官位官職のすべてを辞任したか?
天正9〜10年以降、天下統一の先行きが見えてきた頃から、信長は
あきらかに天皇を軽んじ蔑ろにしていた。



69 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 23:38:21
>>68
天正9年に譲位の意思を示したのに信長に反対されて潰されたのは正親町天皇の方だが。

70 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 22:30:46
江戸時代の鳥追いの歌は
はっきりと関白やら右大臣がどうのて
歌ってますね。これが各家庭や道を歌いながら回っていたわけだから
庶民も朝廷についてはあんがい知っていたと思われ。

71 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 22:40:34
>>62
その記事は極めて重要ですね。
一般的には明示以降の創作ぽく思われる皇紀が
すでに江戸時代初期には
知っている人には知られていたこと。

また天皇が天照大皇神の子孫であるという伝説も
この時代にも残っていた(忘れられていなかった)

という重要な裏付けですね。

72 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 22:51:22
>>55
その記事は実権や人々の尊敬うんぬんはともかく
当時の人が天皇こそ真の国生である
という認識をもっていたことを裏付ける資料ですね。
今の日本人はまるで自分達こそ
この国の主で、天皇は住まわせてやってる
というような認識のものが多いが
どうしてこうも傲慢な認識をもち謙虚さを失ってしまったのか
非常に遺憾です。

73 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 23:00:06
たとえ今の主が自分達であるとしても
千年来の国主の家に対して敬意をもって
接するのが日本人としての礼節ではないか。
それが武士道であり日本人の美徳であらう。

74 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 07:33:49
>武士道であり日本人の美徳
ププププ!いかにも低学歴らしい発言だな

75 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 08:18:15
>>71
何年か前に科学博物館で開かれていた「大江戸博覧会」には
江戸期にいたコイン・コレクターの収集品が展示されていたんだが、
その内の「皇朝十二銭」ってやつの箱書きには皇紀が使われていた。
皇紀なんて明治以降のものだと思っていたので驚いた覚えがある。

76 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 08:21:29
>>74
あんたの書き込みも、とても高学歴者のものとは思えないわけだが‥‥

77 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 00:30:04
>>69
ソースは?どうせ小説ネタだろう。
正親町天皇は、結局織田信長の死後も恋々と皇位に居座り続けた。

>>71
母国にはみられない制度や文化に興味津々、過大評価して
現実から遊離したいびつな日本像を描くのは、外国人の常。
江戸参府の経験はあるとはいえ、ほとんど出島に滞在し、
長崎町衆ら有産有識者階層としか接触をもたなかったケンペルの「日本誌」を
根拠にして、当時の庶民の天皇観を語るとは笑止。

78 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 05:54:26
>>77
そういうおまえはなんか必死。
えらそうな口ぶりのわりには全部勝手な思い込みしか語ってないし。

79 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 14:03:17
>>78
必死・・・2ちゃんでは、まともな議論のできないヤツがよく使う捨て台詞。

>>62は、1年も前の他スレにもあって叩かれたレスのコピペにすぎないわけだが、
まあ、日本人の起源を旧約聖書に求め、ユダヤと同根視する異人の著書を
よくもまあ、また性懲りもなく取り上げたものだ。
例えば、生類憐れみの令の評価など、庶民の実情とかけ離れた字面だけの分析・・・
ケッサクだから、読むといい。

80 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 01:10:39
>>77
宮中の女官日誌である「御湯殿上日記」ですが何か?

ついでに言えば、>>77は譲位した上皇の生活をどうするのかというのを考えていないのもよく分かった。

そもそも正親町天皇は天正年間には病気がちで本能寺の頃には非公式の政務は全部誠仁親王がやっていた。
ついでに言えば、譲位の儀式は仙洞御所の造営や新帝の即位式など莫大な費用がかかる(後土御門・後柏原・後奈良の三帝が当時不浄とされた在位のまま崩御したのも譲位するための金がなかったから)。
天皇の即位式や葬式も諸大名の献金がなければ出来なかった皇室は天正年間当時全国で唯一その費用が捻出できる存在である信長が縦に首を振らない限りは譲位したくても出来ない状況だった。
だから、一連の信長が正親町天皇に譲位を要求したとされる発言のあった少し前の記録を見ると実は全部正親町天皇が信長に譲位の件を無理やり言わせているのがはっきりする。
信長の本音は莫大な費用がかかる譲位に関わるほど天下布武が進んでいない段階で譲位を実際に行われては逆に迷惑だった。
実際正親町天皇の譲位が行われたのは毛利・上杉を味方に入れた秀吉がある程度天下統一に自信が持てる様になって仙洞御所造営を行った後の事。

一応、細かい点は橋本政宣(東大史料編纂所)『近世公家社会の研究』(吉川弘文館、2002年)の受け売りだがな。


81 :80:2006/12/17(日) 01:16:04
忘れていたけど、「御湯殿上日記」天正9年の3月22日には一旦朝議で誠仁親王の譲位が決定して「めでたいめでたい」と書かれている。
ところが、同4月1日に突然譲位の件が中止になった事は「兼見日記」に書かれている。

82 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 06:37:19
>>79
へえ、自分ではまともな議論をしているつもりなんだ?
横から見てると、>>77なんてのはあくまであんた自身の「印象」を語っているようにしか見えないんだけどね。
「外国人の常」だの「恋々と居座り続けた」だの、全然実証的じゃないでしょ。
まぁいいや。
じゃ、あんたの言う江戸時代の「庶民」がどういう天皇観を持っていたのかを、
1つ実証的に語ってくれないかな?

83 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 11:12:02
>>80-81
指摘の件のソースは、出典も含めすべてウィキペでは?
女官が日記に、天皇が信長に退位を強要されていたなどと書くわけがなかろう。
柳沢吉保が家宣に罷免された顛末を、正親町町子が「松蔭の日記」でなんと書いているか・・・側近く仕えた女の日記など。
譲位式から即位式に至る費用についても、捻出できなかった三好氏と同列にして信長の財力を侮ってはいけない。
象徴的なのは、譲位強要のデモンストレーションともいわれる天正9年2月28日と3月4日の洛中馬揃えの後、
左大臣への補任を、信長は3月9日「誠仁親王に御譲位あったのち、拝命したい」と奉答し拒絶している。
譲位を天皇が望み、信長が拒んだ――としたら、このやりとりは起こり得ない。

84 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 11:34:31
>>82
難しいなあ。沢山ありすぎて一つ挙げよと言われても・・・
「狂歌百人一首」「古今四場居百人一首」では天皇を役者になぞらえて誹謗する狂歌が収められ、
「花の幸」「色道禁秘抄」という天皇・皇后を題材にしたエロ本が庶民の間で読まれていた。
浮世絵師西川祐信の「百人女郎品定め」という絵草子や「夫婦双ガ丘」という皇后皇女をもじった枕絵もある。
あんまり不敬だと、逆に幕府が取り締まったほど。

>「外国人の常」云々が実証的じゃない・・だったら前にも出た『江戸参府随行記』 ツュンベリー(高橋文訳) 平凡社東洋文庫(1994)
でもいいや、読んでみろよ。


85 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 11:47:22
いかに天皇が庶民に親しまれていたかって事か・・・

86 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 12:16:20
>>84
幾つか記事をピックアップしてみよう。

> 正直と忠実は、国中に見られる。そしてこの国ほど盗みの少ない国はほとんど無いであろう。
> 強奪はまったくない。窃盗はごく希に耳にするだけである。
> それでヨーロッパ人は幕府への旅の間も、まったく安心して自分が携帯している荷物にほとんど注意を払わない。

> 自由は日本人の生命である。それは、我儘や放縦に流れることなく、法律に準拠した自由である。

> 日本人は、オランダ人の非人間的な奴隷売買や不当な奴隷の扱いを嫌い、憎悪を抱いている。身分の高低を
> 問わず、法律によって自由と権利は守られており、しかもその法律の異常なまでの厳しさとその正しい履行は
> 各人を自分の相応しい領域に留めている。
> この広範なる全インド(アジア)で、この国ほど外国人に対して自国の自由を守っている国は無いし、他国からの
> 侵害、詐欺、圧迫、暴力のない国もない。

『江戸参府随行記』 ツュンベリー(高橋文訳) 平凡社東洋文庫(1994)

87 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 12:17:47

> 天皇は、過去二〇〇〇年に渡るこの国最古の君主からつづく正統な一系の子孫に当たる。最古の時代は闇に
> つつまれていて不確かではあるが、他国と同様、恐らく一族の長または小藩主らによって治められていたものが
> その後一人の頭の許に統一されたのであろう。
> 
> 日本の君主についてのより確かな歴史は、西暦紀元前六六〇年に始まる。その時、統治は(略)神武に委ねられた。

> 皇帝は普通、内裏と呼ばれるが、ごく希に御門、代、帝、天神そして王と呼ばれる。私の日本滞在時までに、一一九人の
> 内裏が王位についた。

> 国民の内裏に対する尊敬の念は、神そのものに対する崇敬の念に近い。

『江戸参府随行記』 ツュンベリー(高橋文訳) 平凡社東洋文庫(1994)

88 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 12:27:42
まるで、おとぎ話の世界だね。

89 : :2006/12/17(日) 12:50:40
>>83
実はあれ書いたの俺だけど

90 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 13:11:02
雛人形・百人一首・都名所図会などを通して、江戸の庶民は普通に
朝廷や天皇のことを知っていた。

91 :80=水野白楓:2006/12/17(日) 13:11:36
>>80
ウィキでは端折って書かなかったが、信長自身は左大臣になる事を嫌っていた。
というより、自分と同じように比叡山焼き討ちを行ってその後暗殺された足利義教(極官左大臣)とイメージが重ねあわされるのを嫌っていた。
(足利義昭に出した『殿中御掟』にも義教を「悪い例」として挙げる等、義教の待遇の差はほとんど無かったから慌てて左大臣になる必要性もない(そもそも信長が右大臣時代に朝廷の儀式に真面目に出ていたか?)。
そもそも、前述のように格式の則った仙洞御所もない以上、天皇の意思がどうであろうが譲位なんて初めから出来ない。
(余談だが、東宮御所にはそれほど厳しい規定はなかったので二条御新造でも問題はなかった。東宮の御所は平安期からかなりいい加減だし)

92 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 13:22:25
>>89
ウィキペは自然科学の分野はともかく、あんまり信用できないと
「2ちゃんねらー」の間でも常識になっている。
けど、歴史の評価は、同じ史実についてさえいく通りもある。
だから面白いと思うんだが、その意味でキミの努力には敬意を払うよ。

93 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 13:33:07
>>85
>>90
「知っていた?知らなかった?」って議論の不毛さをいい加減悟れよな。
どう捉えていたかが肝心だろ!

>>91
真面目に質問
では、信長が征夷大将軍と太政大臣の誘いまで断わった理由は?
実は引き受ける意志がありながら本能寺で斃れたとか、秀吉が書状の中で大相国様と信長を呼び、
彼に引き受ける意志のあることを察していたという説は、
時系列的に見て、かなり無理があると思うんだが・・・

94 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 12:32:09
ウフォ!生水野!

95 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 01:00:04
やあ

96 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 23:00:03
>>75
わたくしも皇紀は明治以降のものでないかと
思ってました。本当はいつから使われていたんでせうね。

97 :一院友:2006/12/19(火) 23:04:31
ところで徳川家康の蔵書に
この時代一部の宗教家ぐらいしか
所持しえなかった秘本「日本書紀」
を所蔵していた事実は一体何を物語っていたのであらうか?

おそらくこの時代、天皇本人でさえ
正確には知りえなかった古代天皇と古代日本の歴史を
家康は正確に知っていた可能性があるのだ。

98 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 23:30:32
>>75,96
ネタにマジスレするが、明治以降の所有者が書いたという可能性を考えることができないのかい?

99 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 18:06:55
>>97
日本書紀は本居宣長も研究していたらしいが

松坂に帰った宣長は医師を開業し、そのかたわら『源氏物語』の講義や『日本書紀』の研究に励んだ。
27歳の時、『先代旧事本紀』と『古事記』を書店で購入し、賀茂真淵の書に出会って国学の研究に入ることになる。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B1%85%E5%AE%A3%E9%95%B7

100 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 18:08:45

> 江戸時代までは、官選の正史として記述された日本書紀の方が重要視され、古事記はあまり重視されていなかった。
> 江戸中期以降、本居宣長の『古事記伝』など国学の発展によって、日本書紀よりも古く、かつ漢文だけでなく日本の
> 言葉も混ぜて書かれた古事記の方が重視されるようになり、現在に至っている。

101 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 06:16:16
>>84
で、それらエロ本を元ネタとして、江戸時代の庶民はどういう天皇観があった、と
あんたは言うつもりなの?

102 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 07:34:21
>>91
>自分と同じように比叡山焼き討ちを行ってその後暗殺された足利義教(極官左大臣)とイメージが重ねあわされるのを嫌っていた。

でも結局同じように家臣に叛かれて殺されるわけかw

103 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 19:04:52
だいたい信長はそんなことをチマチマ気にするタマじゃないだろ

104 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 19:18:13
>>103
何を根拠に?小説?劇画?TVドラマ?

105 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 19:36:26
>>84
色道禁秘抄って、おいw
ああいうものを皇室への「誹謗」と受け取る感覚には呆れる他ないな。
いつの世も、大衆ってやつはそのへんのオバちゃんなんかより、
やっぱり地位も教養もセレブな人の色事の方がハァハァできるってだけの話だろ。
こんなたかがエロ本ごときで「江戸時代の庶民の天皇観」をわかった気になっているとは、
生半可に知識だけはあるようだが、日本人なら当然持っているはずの常識や感性ってやつがまるで無いことがよくわかる。

106 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 19:39:48
>>84
色々と知識だけはあるようだから、
おまえは「競伊勢物語」って歌舞伎の芝居についても当然知ってるだろうな。
3年前に国立劇場で復刻上演されたから見た奴もいるだろうが、
惟喬親王と清和天皇の皇位継承争いを背景にした話だ。
おまえみたいな奴は、こういうものも
「当時の江戸庶民は、徳川将軍のことは芝居に出来なかったのに、
天皇のことは平気でネタにしていた」などと言い出すのだろうよ。
だが、こんなのは芝居を見ればすぐにわかることだが、
天皇を誹謗するとか中傷することが主眼でも何でもなく、
早い話が、縁もゆかりも無い外国の王族の話にするよりも、
自分の国の昔に実在した高貴なお方の話って設定にするほうが、
観客が思い入れて盛り上がる、という単純な問題に過ぎない。
いいかえれば、それだけ日本という国は歴史の連続した古い国だってことを
「庶民」がわかっていたということでもあり、そうした日本国の歴史の象徴として天皇を捉えていたことにもなるな。

107 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 19:55:53
>>84
エロ本についてもう一言。
早い話が「尊い存在」「聖なる存在」だと分かっていなければ、
夜のオカズのネタにしたって何もおもしろくはなかろうってことだな。
俗にいう「涜神の楽しみ」「涜聖の楽しみ」ってやつ。
文化が爛熟してくると、えてして大衆はこういう方向に走るものなんだよ。

108 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 20:01:56
>>98
「マジスレ」にマジレスしてやるが、
あれをネタとはおまえもよくよく失敬な奴だな。
現物を見てもいないくせに。

俺が見たのは、12の貨幣がそれぞれ全部同じ大きさの小箱に納められ、
しかもその箱は華麗に金箔をおした、それはもう見事なものだ。
蓋の裏側には、それぞれの貨幣の御代の天皇の御名、元号と共に
わが国の紀元暦が記されていた。

で、何か?おまえは、明治以降にこれを入手した人間が
わざわざそういう箱をあつらえてきて、しかも紀元暦を書かせた、というわけか?

まあ、その可能性が「ゼロ」とまで言う気は無いがな。
しかしちょっと常識で考えてみるといい。
わざわざ手間と高価な金をかけて、しかもそういうあやしげな作為をほどこして、
所有者には一体何の得がある?
皇紀が明治以降のものだとはっきりしているなら尚更のこと、
そういう作為じたいが、品物の価値を下げることになるんだぜ?
珍妙な想像力を逞しくするより、
もっと普通に考えて、収集者には、
そういう教養なり知識なりがあったと考える方がずっと自然じゃないのかね?

もっとも、これを展示していた科学博物館側が、ろくすっぽ検証も鑑定もせず、
江戸時代のものと勝手に判断して展示した、とまで言い張りたいのであれば話は別だがなw

109 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 20:05:42
ま、このスレに限った話ではないが、
いくら生半可な知識があっても、常識と感性の無い奴はどうしようもないという典型みたいなバカがあまりに多いな。
どんなにたくさん史料を読もうが、肝腎の解釈する心の方がねじ曲がっているもんだから、どうしようもない。
まぁたぶん日本人の血が流れていないから、文字の上での知識ばっかりで、
感覚としてどうしてもわからんというのも無理は無いのかもしれんが、
そういう人は祖国である半島の研究でもしたほうがいいんと違うか?

110 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 20:33:26

お前は文字以外からどうやって史実を知ったんだ?w

つまり文字から文字以外のものを読み取るスタンド使いかw

111 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 00:39:37
>>110
どこからそんな壮絶に頭の悪いレスをひねり出せるものやら。
やっぱり日本語が不自由のようだな。

112 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:22:54
>>105-107
>>109
何をそう昂奮してるのか知らないが、語るに落ちたというべきか。
心から敬愛するものを、ふつう「涜神の楽しみ」の対象にはしない。
なぜなら何も知らないこと以上に、それは冒涜的な行為だから。
制度的に神とか、国主とかいわれていても実態を伴っていないがゆえに、
何の畏れもなく、庶民は狂歌や川柳、枕絵や浮世絵で弄んだのだろう。

113 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:22:54
横レスだが>>110みたいな頭悪いレス見るとイライラする。
>>>109は「文字以外から史実を知ることができる」などとは一言も言ってなくて
ただ単に、
「文字からの知識だけはあってもそれを総合する能力・感性がないと
dでもない結論を導き出してしまうことが、往々にしてある」という
ごくあたり前のことを言っているだけだと思うんだが。

>>110みたいな的外れなことを言う香具師がいるから、
研究者は専門バカだって言われるんだよ。

114 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:25:24
>>112
> 心から敬愛するものを、ふつう「涜神の楽しみ」の対象にはしない。

好きな女の子で妄想してオナニーしたこともないのか?
ちょっと人間としての経験に問題があるのでは

115 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:34:41
>>114
たとえが馬鹿すぎ。


116 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:37:43
>>115
なんで?
「人間は、心から敬愛するものを、しばしば冒涜の楽しみの対象とするものだ」
ということを明確に示す、非常に良い例だと思うが。

117 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:44:34
>>116
おまえのがオナニーする時、好きな女の子を辱め、愚弄するのか?
彼女が可哀想だな。
こっちまで馬鹿が感染する。もういいよ、ガキは寝ろ。

118 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:49:38
> おまえのがオナニーする時、好きな女の子を辱め、愚弄するのか?
そりゃ、しますがな。
セクスというのは女の子の股こじあけてナニをぶち込むことなんだが、
それが「辱め・愚弄」とは全く無関係だとでも思っているのか???

あんたはセクシュアリティーに対する自省が根本的に足りないと俺は思うが、
まあそれは置いておく。
俺がガキだろうと何だろうと、
いずれにせよ、俺のように「心から敬愛するものを冒涜の楽しみの対象とする」人間が存在する以上、
>>112のような論理は成立しないんだよ。
それだけ理解してくれればOK。

119 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:51:32
>>115
たとえは下品だが、それだけに本質を突いているともいえる。
人間ってそういうもんだ。
エロ本なんかを例に出す奴がいるからこういう話になるんだけどな。
>>117
ひょっとしておまえまだ童貞か?
真面目なのはいいが、学術書ばっかり読んでないで少しは文学でも嫁。

120 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:55:29

ここまで次元を落とされては。。。
変態を相手にした自分に、ただ嘆息。。。

121 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 01:59:32
エロ本の話をしていながら次元を落とすもなにもないもんだ。
江戸時代のエロ本は、現在よりも「高次元」のものだったとでも思ってるのかね?
嘆息なんかしてないでもっと真面目に議論をしてくれよ。

122 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:07:23
おまえエロ本エロ本って読んでみたのか?
名のある文芸人が歴史もわきまえて書いてるんだぜ。
俺は恋闕の情とはもっと尊いものだと思っていたが。
天皇への尊崇が、彼女への性欲と同列とは、たまげた。


123 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:10:30
>>120
あの程度で変態って、おまえ面白過ぎw
もし、まかりまちがっておまえに彼女がいたとしても
早晩振られるのは間違いないな。きっとおまえにすっごく不満抱いてるぞ。気をつけろよw

124 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:13:09
論理のすり替えはいい加減やめろ。
反論にもなっていない、ただの罵り。ホント馬鹿だなおまえ。


125 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:19:13
>>122
> 名のある文芸人が歴史もわきまえて書いてるんだぜ

>>118程度の変態妄想なら、近現代でも谷崎やらマルセル・プルーストやらが
崇高な文学として、作品化してる。事情は全く同じだと思うよ。

> 天皇への尊崇が、彼女への性欲と同列とは、たまげた。
少なくとも俺自身は、皇室への尊崇よりも、
昔好きだった子への恋慕の情の方がずっと崇高で、大きいものな。
別にたまげるほどのことではないと思う。


ってか、12月24日の深夜に、学問版でエロ話の議論をしてる俺ら(俺含め推定3人)って
客観的にかなり面白いぞww

126 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:21:52
>>111
お前は文字以外のものを文字から読み取れって書いてるわけだよな?
だとしたら間違いなく馬鹿の部類だよね

どちらが頭が悪いのやら


>文字の上での知識ばっかりで、
>感覚としてどうしてもわからん

127 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:21:54
最後の二行にだけ同意。
せめてイブの夜は楽しめや。

128 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:22:18
>>122
やっぱり昔のエロ本は今のより「高次元」だと思ってるらしいw
名のある文芸人?
歴史もわきまえて?
そんなの今だったら峰隆一郎みたいなもんだろがw
>天皇への尊崇が、彼女への性欲と同列とは、たまげた。
誰が同列だと言ってるんだ?
エロ本を例に出して「江戸時代の庶民は天皇をこんな風に見ていたんだぜぃ!」なんて
キ印なこと言う奴に、「エロ本ってものはね‥‥」ってわかりやすいたとえ話をしてやっただけなのに。
>俺は恋闕の情とはもっと尊いものだと思っていたが。
だから、エロ本を例にして語れば‥‥って前提だろ。
最初はおまえが得意げに始めたことだぞ。
そもそも彼女を大事に思う気持も、彼女とやりたいという気持も、
どっちも人間としての根源的なものだろ。
やりたいという気持を研ぎすまし、磨き上げていけば、
何があっても彼女を守ろう、という気にもなるってもんだ。
ま、こんなたとえをしても、あんたにはわからんだろうな。
とりあえず、まずは彼女作れ。話はそれからだw
>>125
それはいえてるw

129 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:25:18
>>113
お前、109の文は頭悪く見えなくて110は頭悪く見えるんだなww

これがお前の言う
> 文字からの知識だけはあってもそれを総合する能力・感性がないと
> dでもない結論を導き出してしまうこと

のdでもなくない結論なのかww
ロクなもんじゃねぇなw

130 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:28:32
ま、皮肉を皮肉で返したらマジレスする

113はもっと馬鹿ってことだな

131 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:29:10
で結局俺は>>118だが、

> いずれにせよ、俺のように「心から敬愛するものを冒涜の楽しみの対象とする」人間が存在する以上、
> >>112のような論理は成立しないんだよ。

↑これに対する有効な反論は得られなかった、と今のところ認識している。


ついでに言えば、俺は>>113でもあるんだが

>>129
> お前、109の文は頭悪く見えなくて110は頭悪く見えるんだなww
さよう。
なぜそう見えるかは、>>113に説明した。

もうそろそろ眠くなってきた。おやすみおまいら
(といいつつつい、また覗いてしまうのが2chの麻薬的なところだがww)

132 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:31:34
>>129>>130
あーあ。とうとう壊れちゃったよw
ちったぁ頭冷やして、おとといまた来な。
だんだん糞スレ化してきたことだし、俺もこの辺でそろそろ退散するとしよう。んじゃ!

133 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:31:51
>>122
妻帯者に彼女を作れとは、不倫しろってか?
峰隆一郎って(笑)・・・
男と女の話じゃなく、天皇について語れよ。誰かが言っていたように実証的にな。
ピントのずれた一般論で急に饒舌になるなよな。歴史のことは何も語らず・・・
別スレ行ったら。

134 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:35:11
頭おかしい奴に限って他人にそれを投射し罵る

他人に原因を求めるため
自分の思考停止に気がつかない

135 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 02:49:02
>>131
個人の嗜好については、良し悪しはいえない。これは認める。
ただ、文脈から言って、彼女へのセックスは彼女を愚弄・嘲笑すると言ってるのも同じことになる。
俺の目から見て、それは彼女を大事に思う気持ちなんてもんとは決して違う。
しかもここは天皇について語る場だ。
庶民が天皇を敬愛し尊崇していたことと、これを冒涜する楽しみに酔うこととは両立しない。
もし反論するなら、彼女がどうたらこうたらって話ではなく、反証を挙げるべきだろう。



136 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 03:26:28
ただ、マリアとセックスしたとか、弁天や観音とセックスしたとか、いう
夢を見たという説話は、意外に批判的ではなく好感をもって伝承されてい
る場合が多い。恐らく宗教的に突き詰めれば、性とは尊いものであって、
否定すべきものではないのだろう。もちろん我々凡人には達し難い境地だが。


137 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 11:10:51
>>135
> ただ、文脈から言って、彼女へのセックスは彼女を愚弄・嘲笑すると言ってるのも同じことになる。

だから、そういうことは論じていないんだ。よく読んでほしい。
俺が言っているのは、あなたの
「庶民が天皇を敬愛し尊崇していたことと、これを冒涜する楽しみに酔うこととは両立しない」・・(※)
という、その主張の根拠は何だ?ということなんだ。
俺(及びこのスレの他の人)からみれば、それはあなたが自説を説明するために
勝手に導入した規則にしか見えない。
なので、主張(※)を支持する根拠を何か示してもらわない限り、
>>112の主張にも同意することはできない。

で、あなたは(※)を支持する根拠として、
「崇敬するということと冒涜するということとは概念的に相反することだから、
それが両立することはあり得ない」と言っているように見えたから、
「いや少なくとも俺は女に対して、同時に崇敬しかつ冒涜することがある。
だから、セクシュアリティーについてはそういう、単純な二項対立的な論理は通用しないんだ」
と言ったわけだ。

↑こういう流れだから、
上記(※)を支持する根拠を挙げるべきなのはあんたの方だ、というのが俺の認識だ。
(そうでない限り、俺らは>>112の主張を受け入れることがでないから。)

138 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 13:33:36
>>108
本当に頭が悪いな。w
銭自体に手を加えなければ銭の価値は変わらない。
銭のコレクション自体は江戸時代の人のものかも知れないが、明治以降にそれをそっくり手に入れた人が箱を新調したか、箱に手を加えた可能性を考えられないのかといってるんだよ。


139 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 15:04:38
通りがかりの新参者だけど。
聖性にエロスとか冒涜は付きものだよ。
文化人類学、宗教人類学、精神分析学の知見などから汲めば上手い
具合に説明できるんじゃないかな?狭義の史学、民俗学だと
共同体を問わない庶民の心性の通有性を原理的には考えたりできないからね。
まあバタイユとかヘーゲル、フロイトを持ち出して説明しても、
学問として説得力がないって言われちゃうかな。この三者の議論も
和合できないから、適当につまみ食い引用になっちゃうんだよね。







140 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 08:22:10
>>138
あんた、文章3行以上あると読まない人?
もう1度よーく>>108を読んで、内容をちゃんと理解してからレスしてね。
バカっぷり全開でかなり恥ずかしいよ。

ああ、そういえば学校ってもう冬休みか。納得。

141 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 18:14:23
>>108
おやおや、坊や、部活前の書き込みでちゅか?
銭のコレクションと箱は別に考えろということが理解出来ないようですね?
コレクション自体は本物でもそれが入っている箱や箱書きの価値や成立時期が同じだという保証は全く無いのだが。
本当に知性の乏しい低学歴を相手にすると疲れるよ。

142 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 00:22:51
>>138
>手を加えた可能性を考えられないのかといってるんだよ

はぁ‥‥童貞妻帯者の次には、今度は輪をかけて猛烈に頭の悪いのが登場してきやがったな。
しかも>>141で恥の上塗りまでしていやがる。
そんなもん「可能性はゼロではない」って>108にちゃんと書いてあるだろ。
その上でどう解釈するかって話をしているんだろうが。
何よりも>108の最後にこう書いてある、
「もっとも、これを展示していた科学博物館側が、ろくすっぽ検証も鑑定もせず、
江戸時代のものと勝手に判断して展示した、とまで言い張りたいのであれば話は別だがな」

こんな簡単な日本語を理解できないおまえは脳味噌スポンジ状態か?

143 :142:2006/12/26(火) 00:24:19
そもそもおまえがほざくようなことが事実、もしくは強い疑念としてあった場合、
博物館側は、箱は展示すべきじゃないはずだよな?
もしくは「箱は明治以降のもの」って但し書きでも付けるべきだよな?
例えば刀の展示にしたって、刀身と鞘・鍔とで時代が違えばちゃんとその旨書いてあるのが普通だ。
いい加減な骨董屋なんかじゃなくて曲がりなりにも国の博物館なら、当然の話だがな。

144 :142:2006/12/26(火) 00:24:58
とにかく、俺はあくまで自分が見たものについて書いただけの話。
原物を見てもいないのに、一人で勝手にキレているバカがおまえ。
これ以上この件について文句や疑念があるんだったら、
おまえが自分で博物館に電話でもして抗議しろよ。
「皇紀なんて江戸時代にはあり得ないだろ!!いい加減な展示するな!」とか言ってなw

145 :142:2006/12/26(火) 00:27:28
まぁとりあえず、そこまでおまえが言い張るのなら、
まずは江戸時代に皇紀を使われていた形跡なんか絶対無い、といえる決定的な証明でも出来るんだな?
今のところ俺にはどっちともいえないし、ただそういうものが展示としてあったんだよ、って書いただけだけだが、
おまえの論証がこっちにもよく納得できるようなものなら、博物館には俺が問い合わせてやるよ。「誤解を招くような展示はするな」ってな。

146 :142:2006/12/26(火) 00:28:37
> 本当に知性の乏しい低学歴を相手にすると疲れるよ。

おいおい、おまえさんは自分を高学歴だと思い込んで自惚れているようだが、
いまどき大卒なんて腐るほどいるんだぜ。
それよりも、高学歴のくせにおまえ程度の読解力、理解力しか無いことのほうが、
低学歴よりもはるかに悲惨だって現実にそろそろ気付けよw

頼むから、日本語くらいまともに理解できるようになってから出て来いっての。

147 :142:2006/12/26(火) 00:59:49
念のため、もう一度書いておいてやるけど、その展覧会の名は「江戸大博覧会」だ。
つまり、そのコインコレクターが江戸時代の人物であり、
その人物が、どういった風に古銭を収集していたのか、その形態を含めての展示だったわけだな。
それに中身の銭の方は江戸時代どころか、「皇朝十二銭」、つまりもっと昔の、
それぞれの時代の貨幣だ。江戸時代の貨幣じゃないんだよ。
この意味、わかるな?

そもそもこの展覧会は、江戸の博物学的精神ってものをだな‥‥

‥‥って、もう面倒くさいからやめるわ。

とにかく、おまえの言ってるようなことが事実なら、
博物館が嘘ついてるか怠慢行為を犯したことになるってことだ。

以上、せっかくこっちがここまで説明してやったんだから、
おまえの高学歴とやらに相応しい見事な論証を期待しているよ。
それじゃヨロシク。

148 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 01:42:27
高学歴自慢な奴に限って知性が中学生以下だから気にするな


149 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 03:11:03
>>139
> 聖性にエロスとか冒涜は付きものだよ。
全くその通り。
バタイユや澁澤龍彦あたりの名前を出すまでもなく、
エロティシズムに聖性や禁忌が伴うなんてのはむしろ常識であって、
それがどうしても理解できずに激昂している人が約一名いるんだけど、
彼はおそらく日本史なら日本史の専門書しか読まないような、
糞のつく真面目人間なんだろうね。
本来なら真面目な人間をあんまりからかいたくはないんだけど、
あまりにもピントがズレていると思ったんでねぇ‥‥。

> 文化人類学、宗教人類学、精神分析学の知見などから汲めば上手い
具合に説明できるんじゃないかな?

うーん‥‥その通りだろうけど、そもそもそこまで難しい問題か?
ごく卑近な例ですら、
エロといえば、やれ女子高生、看護婦(あ、今は看護士って言わなきゃいかんのか?)、
女教師、制服、人妻、セレブ若妻etcといった具合に、
近年ではその聖性に疑問符がつくものもあるとはいえw
それでもそれらの言葉が喚起するイメージというのは、
本来なら道徳的にしてはいけない禁忌とか聖性とかと相俟って生じているものであることは明白。
素朴で原始的な、健康的な社会ならいざ知らず、
ある程度の発展をとげた社会は、
必ず聖性を冒涜するエロティシズム文学なり、
退廃芸術なりを生み出している。
近世以降のヨーロッパ文学や芸術を見ても、
教会や貴族や法王を風刺したものだの、性的にこき下ろしたものだの、
醜聞を描いたものなんてそれこそ掃いて捨てるほどあるよ。
江戸時代だってあれだけ文化的に爛熟していたんだから、
そのくらいの本は、むしろあって当然なんだって。

150 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 07:49:45
>>142
は〜〜〜あ、これだから低学歴は困るんだよな。
「博物館の学芸員=何でも知ってる知の最高権威」妄信論。学芸員もピンキリ。本当に何も知らない学芸員なんて掃いて捨てるほどいるよ。あんたはしらんだろうが。
しかも、あんたは日本語がまともに理解できないみたいだし。牛丼の食い過ぎで狂牛病になったのかな?
無知蒙昧な小学生の方がマシだよ。

151 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 12:43:00
日本の博物館学芸員はランク的には大学助手クラスだからな。優秀な人は数年で大学に転職して、定年後に館長として戻ってくるというのがパターンだからね。
企画展も内容を館全体でチェックしているところは殆どなくて、担当学芸員一人で好き勝手にやっているところが多い。国立含めてね。
地方博物館はもっと酷いところもある。博物館は左遷の地で本庁の教育関係部所で失脚したり、無能の烙印を捺された人達が流れてくるところもある。
当然まともな展示なんてする能力も気も無い。地方の博物館にいって、いつも同じ展示なのはこの類。

152 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 19:25:48

もう、どうしようもないバカだなこいつは。
思い込み、願望、劣等感がないまぜになって完全に冷静さを失っている。

いいか、もう一度、自分のレスをよ〜〜〜〜〜く読み直してみろ。
「恥」を覚えないか?え?無能の高学歴君w

153 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 20:52:15
冬休みだし厨房は湧くよねw

154 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 20:53:05
残念中学生ではないよ。

155 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 21:03:20
一人三役お疲れ様
ブルーワーカークソ

156 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 21:28:59
学生なのか?

157 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 21:30:51
NEETで正真正銘のプーですがなにかw
くだらない高校は3日でじゅうぶんww

158 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 22:02:14
大奥て陰湿だね
姑の和宮いじめ

159 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 23:20:06
数分間に次々と自作自演の書き込みって相当知的レベルが低い人なんだな
もう一つ、最近博物館の企画展示でもイベント会社に丸投げというケースが増えている。
夏休みによく上野の博物館がやる恐竜ものや、今どっかの博物館がやってるエジプトものなんてのが典型。マスコミの協賛を取り付けるとマスコミが特番で宣伝してくれるから集客は見込める。
もちろん展示はイベント会社が殆どするから学芸員の仕事は殆ど無い。

160 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 23:34:22
一応言っておくけど中卒じゃない。
フリーターでワーキングプワーだがニートじゃないな。


161 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 00:58:52
>>159
呆れたな。自演なんぞこっちはしてねえぞ。
そんな必要も全く無いしな。
それよりも、1つ訊いていいか?
おまえの誇る学歴とやらについてだよ。
そこまで自惚れることができる学歴ってどの程度のもんなのか、
ぜひ参考までに教えてくれ。

162 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 01:35:16
>>150>>151

>「博物館の学芸員=何でも知ってる知の最高権威」妄信論。学芸員もピンキリ。本当に何も知らない学芸員なんて掃いて捨てるほどいるよ。あんたはしらんだろうが。

はいはい、学芸員よりも博学で知的な高学歴くんはご立派ですよw

で、そのご立派な人の言いたいことが、
「学芸員=ヘタレ=展示物は嘘」
って、中学生もびっくりの杜撰な三段論法でしかないってのが
またどうしようもなくくだらないんだよなぁw

仮に百歩譲って、どんなにいい加減な学芸員が多いからといって、
くだんの展示物が嘘だという話にどうしてなるわけ?
こんなもん、象さんでもわかりそうな理屈だろうがw

言っとくが、俺は別にくだんの展示会を盲信なんかしていないぞ。
何度も書いたけどな、これ。
しかしだな、現段階まで、おまえは俺が見たものを否定するだけの
有力な論拠を、何1つとして提示できていないんだぞ。
だったら、少なくともどこの馬の骨ともわからんおまえなんぞよりは、
まだしもずっと信頼できるってもんじゃないのか?
それが世間ってもんだろ?

163 :162:2006/12/27(水) 01:36:55
前にも書いたことだが、あまりに無理解なのでもう一度。
俺はただ自分が見たものについて書いた。
それについて、おまえがそんな展示品はガセだ、その学芸員は糞だって主張するのなら、それだけの論拠をきちんと示してみせろ、ってことなんだよ。
「学芸員なんていい加減だから」ってだけじゃお話にならねんだよw

> 無知蒙昧な小学生の方がマシだよ。

ああ、おまえにとってはそうだろうさ。よ〜くわかるぞ。
その杜撰きわまりない屁理屈で、何の疑問も抱かずに納得してくれるのは、
小学生もせいぜい3、4年生くらいまでだろうからなw

いいか?
あんたが仮にどれだけおえらい肩書き持ってようが、立派な学歴を持っていようが、またその逆であろうが、こういう匿名掲示板では一切関係無いのよ。
相手を納得させるのも、説得するのも、純粋に意見のみ。
全てはその内容次第なの。
納得させてくれる論拠を挙げてくれや。な?

ま、権威とか肩書きに弱そうなおまえには、向いていない世界かもねw

164 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 03:27:47
年明けても喧嘩し続けるのか
仲いいなおまえら

165 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 05:52:18
ちゃんと就職しろよ。

166 :150:2006/12/27(水) 07:33:58
>>162
やれやれ、あんたは本当に人の意見を聞けない人だな。
オレは何も嘘だなんて断言していない。その可能性があるし、国立博物館だから絶対正しいと言うことはないといってるだけだよ。
ま、仕事柄博物館の裏側を色々知ってるもんでね。

167 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 07:44:48
>>149
139だけど。確かにそうだね。

168 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 07:53:06
>>106
その芝居、観たよ。
猿之助が科白覚えてなくて、舞台袖から科白が聞こえてきたのには
笑ってしまったけど。そうか、あれは有名な清和惟喬の話か。
いわれてみれば。
これは余談だけど、民族派の鈴木邦男もいた。国立劇場に関わらず、
歌舞伎座でもけっこう著名人って見かける。まあミーハー的な
書き込みになってしまったね。

169 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 22:59:20
>>166
やっとトーンダウンしたね。
あんたが初めからそういう調子だったなら俺もここまで絡まなかったよ。
何せ、ずーっとこっちを揶揄するような口調だったからな。
少なくとも原物をあんた自身で見てない以上、
ああいう決めつけるような言い方をいきなりするんではなく、
まずは「どんな風な展示だった?」とか「どんな主旨の展示だった?」とか、
他に聞きようは幾らもあったと思うぞ。
せめて「それって明治になってから別人が書いたってことは無い?」
くらいにしておけば、俺だってもうちょっと違った対応をしたよ。

いずれにしても、あれがガセだと、はっきり言いきれるだけの根拠はあんたには無い。

これでいいな?
じゃあこの問題はひとまず終わり。
こっちも皇紀の使用がどうだったのかは本当に知りたかったので、
あんたがちゃんと論証してくれるんであればとちょっとは期待していたんだが、
まぁ仕方ないや。

170 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 23:07:54
>>168
今年正月にNHKで放送された中村富十郎(=人間国宝)の芝居もそれがいっぱい聴こえたw
まあ歌舞伎は初日とかそれに近い日だと、役者もまだ台詞覚え切れていないんだろうね。
てか、大物役者ほどその傾向があるような。スレ違いすまん。

171 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 21:43:30
>>68
暦の「統一」するように要求しただけですが
拡大解釈しすぎですね。 
あと72-78の議論の君の論理だと信長公記は秀吉の後付け小説の類なんですが


172 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 01:48:49
>>171
朝廷の専権である暦の制定に介入することの持つ意味を
過小評価しすぎですね。

173 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 01:58:54
歌舞伎にもプロンプターが普通にいるということを知らない馬鹿がいるね。

174 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 02:33:59
>>172
当時は暦なんて各地域でバラバラに有ったんだけど

朝廷以外が暦を配布してるんだよ


175 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 11:07:54
一応許可されてるけどな

176 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 13:19:33
政治の実権がなかった朝廷にとって宮中行事はなにより重要です。
その基になっているのが700年以上も続く、宣明暦を基に朝廷が
定めた京暦です。
それを三島暦を基にした尾張暦に変えようとした信長の狙いは、
暦の統一というより、宮中のしきたりや諸行事を変更させ、
朝廷を管理下に置くことにあったと見るべきでしょう。
京暦否定のため、信長は殲法講を中止させたり、土御門陰陽頭を加茂在政と
安土城で対決させたりしています。

177 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 22:44:11
信長は熱田神宮とか尾張系の神社勢力の影響が大きいからなあ

178 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 05:04:17
>>173
プロンプターがいることと、実際にその声が観客やお茶の間にまではっきり聴こえてしまう可笑しみとはまた別の話だろうに。
何かというと、すぐに「こいつ知らねえでやんの!ウププ!!」ってなる奴は精神年齢幼な過ぎ。

179 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 05:05:06
>>176
京暦と尾張暦ってそんなに違うものなの?

180 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 07:06:22
>>176
暦を変える→宮中のしきたりを変える→朝廷を管理下に置く‥‥
うーん、発想としてはありだとは思うけど、
単に普段自分が普段使ってる暦を朝廷も使ってよ、ってだけの話のような‥‥
後年の秀吉や家康を見ても明らかなように、
わざわざそんな面倒なことしなくたって、
自分の権力基盤の安定のために朝廷に尽くしてもらうことは可能でしょ?
かえって反感買うだけ損な気がするんだけど。
もうちょっとこの辺具体的に解説してくれる?

181 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 08:46:08
あまり知られていないが、明治天皇以前まで即位の礼の時に
天皇や皇族・公家などは古代中国風の服装で儀礼を執り行っていた。
イメージとしては「秦の始皇帝」の格好といえば分かりやすいだろう。


182 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 12:56:01
中国の皇帝は、天帝から与えられたという「時」の支配が権威の源泉になっていました。
朝廷も同様です。すでに世俗の権力を失っていましたから、時の支配を意味する暦の制定は、
(特に農事に関わる宮中祭祀に深く影響することもあって)固守したかったでしょう。
各地に独自の地方暦や農事暦があったのは事実ですが、もともと封建制の下でそれらを統一するのは
無理な話です。朝廷にとっては、公式暦を定める権限を独占することが重要なのです。
ですから、あらたな権力者にとっては、その専権さえ天皇から奪うことは、権威の移行を印象づける
象徴的な出来事になるのだと思います。
実際、織田信長に限らず足利義満も暦の改変を試みています。(朝廷の抵抗が大きく、頓挫しましたが)
江戸幕府は、当初宣明暦(京暦)を無視して、三島暦を採用していましたが、
のちに渋川春海の大和暦(貞享暦)を京暦に変えるよう朝廷に押しつけました。
朝威回復に熱心だった霊元天皇は、ずいぶん憤慨されたそうです。
まず改元に口を出し、次に改暦に介入する・・・信長も徳川将軍家も、
朝廷の権威を削ぎ、おのれが時の支配者でもあろうとする道筋は同じみたいですよ。


183 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 12:57:36
ついでに・・・暦の改変は、朝廷VS権力者という構図でのみとらえるべきではなく、
暦の研究の進歩という側面も確かにあります。
ただ、そのタイミングからして、いかにも政治的な意図ミエミエと思えるのです。
また、当時の熱田神宮が朝廷に倣って宣明暦を用いていたか?関東東海の武士階級が
使っていた三島暦を採っていたか?は、以前神宮に問い合わせましたが、明確な回答は
得られませんでした。丹念に調べればわかることでしょうが、まともに相手にされなかったのでしょうねえ(笑)
どなたかご存知なら、教えて下さい(乞)


184 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 19:40:26
妖狐九尾の狐
の話しは江戸時代、読本や歌舞伎にされたりした。
中国、天竺で三王朝を破滅させ日本に渡来。
鳥羽院の側室かなんかに化けたのを
陰陽師阿部泰親に退治されるストーリー。

185 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 19:50:50
>>173
プロンプターがいるのは知っている。
これでも歌舞伎マニアなんでね。たぶんあなたよりかは
観ていると思う。
178氏の言うところが正しいです。
余談だけど歌舞伎って稽古時間ほとんどない(数日間)取れないらしいね。
他の演劇(新劇とか)の稽古時間もそんな感じかな?

186 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 19:58:47
>>185
歌舞伎は毎月1〜25日興業が基本だから
その後の5日または6日で舞台装置や衣装まで揃えるわけだし
だからこそ「家の型」だの「伯父さんに教えて貰った」だの
梨園という世界の中で育つことが重要なんだよね

187 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 20:02:09
>>186
そう、その通りだね。



188 :omikuji 【吉】 !:2007/01/01(月) 20:03:51
omikuji!

189 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 23:32:42
>>173
プロンプターがいるのは知っている。
これでも歌舞伎マニアなんでね。たぶんあなたよりかは
観ていると思う。
178氏の言うところが正しいです。
余談だけど歌舞伎って稽古時間ほとんどない(数日間)取れないらしいね。
他の演劇(新劇とか)の稽古時間もそんな感じかな?

190 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 23:37:38
江戸時代の町人は歌舞伎などで天皇の存在を知っていたんだろうけど、
それを持って「日本の象徴と捉えていた」というのは飛躍しすぎだな。

191 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 02:02:46
しかし歌舞伎ってのもアナーキーな芝居だよね
菅原伝授手習鑑なんてストーリーも何もあったもんじゃないし
○○実は××(と思いきや)実は△△なんちゅう役があったり

192 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 17:07:49
教会の青年会にいた頃、
『天使祝詞』の「御身は女のうちにて祝せられ・・」という一節を
「女のくせに祝せられ・・」って揶揄していた覚えがあるけど、
信仰ってもんが当時はわかっていなかった。
神にせよ、天皇にせよ、ほんとうに心から崇拝した者の気持ちは
評論家みたいな論評しか出来ない人にはわからないんだろうなあ。

193 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 23:03:50
歌舞伎を観てるってけっこうヘンじゃね?
マニアでも知らないことなんだが
普通は丸暗記。

194 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 02:22:52
かくして、ここは歌舞伎スレとなった

195 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 16:25:40
>>97
うーむ、家康はむしろ皇室に圧力を加えたもの
として有名だが、

196 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 19:16:54
「日本書紀通証」
寛延1年成立

197 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 19:18:43
知っていたからこそ、圧力をかけたって論理も成り立つのでは?

198 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 23:02:50
たしかに、特に天海は熟知していた
としか思えない。

ところで十返捨一九「宝船桂帆柱」
「ふいご祭の図」の沿書きには
神武天皇からゆうりゃく、にんけん、すしゅん、
さらに聖徳太子へと
この祭の由緒らしきまのがおおっぴらに書かれている。
なぜか江戸の職人は朝廷よりの由緒を好んでいた
傾向があるんですよね。

199 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 23:13:56
刺青の人気は国芳の水こ伝シリーズ。
水こ伝と言えば反体制の親朝廷派。

水こ伝の刺青を入れた勇み肌のものたちは
反幕府の親朝廷であることを
暗に示していたのでしょう。

200 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 23:15:09
白波

201 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 05:42:42
>>199
単に英雄豪傑が好きなだけだと思うが‥‥

202 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 09:56:30
いやいや、刺青を入れる
鳶、職人連中は
昔から親朝廷派ですよ。

江戸時代の大工にとって
必須道具の曲尺の発明者は
聖徳太子であることは常識でした。

203 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 21:24:16
信心深いというか仏ならOK。昭和まで観音とか不動が人気だった。

204 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 01:09:00
水滸伝の刺青が、反幕府親天皇の暗示って?
飛躍しすぎ。

それも“お江戸”の職人がッ!!!

205 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 01:10:58
曲尺の発明者が聖徳太子かどうか知らんが、
それだけで大工は親朝廷になるものなのか?


206 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 01:11:58
九代将軍家重を「小便公方」「あんぽんたん」と嘲っていたのが江戸の町人だが。

207 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 01:13:48
囃し立てた人間は不審死とかで闇に葬られたそうだ

208 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 01:16:40
聖徳太子信仰とか七福神信仰とか江戸時代はかなりごっちゃになってる。聖徳太子って
禁教のキリストとかの暗喩だったそうな。

209 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 02:22:30
フジでやってたバラエティか

210 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 08:15:12
>>204 そのお江戸の職人のイメージは
鳶職ですね。彼らは職人というより人足ですから。
しかも幕府に町火消しにとりたてられたため
「お江戸の職人」を気取るようになりましたが
それも幕末から明治になってからですね。
ひねくれものですから、和良

211 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 08:19:37
>>205
いまでも職人の世界では
上方、京都の伝統技術こそ
最高のものとして修業します。
そして江戸の商家の大店の多くは
もともと上方からの出店です。

212 :武陽陰士:2007/01/05(金) 15:41:35
>>191
マンガみたいなもんじゃない?
「銀魂」(題ってこれでいいっけ?)とかさ。こんな感じでしょ。


213 :【特大吉】→【3京円】:2007/01/05(金) 18:16:52
こんな感じじゃねーよ

214 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 14:45:14
東京大学の山本博文 著「ビジュアルNippon 江戸時代」
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%ABNippon-%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%99%82%E4%BB%A3-%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E5%8D%9A%E6%96%87/dp/4096230421/sr=1-1/qid=1168061152/ref=sr_1_1/503-1894472-8621517?ie=UTF8&s=books

を立ち読みしたんだけど、朝廷関連だと「明正院御即位図」と「禁門之変図」があった。

「明正院御即位図」は、>>16の桜町院の即位図のように、庶民が見物していた。
そこには授乳する母親、待ちくたびれて居眠りする女、幟をいたずらする子供なんかが描かれていて、
興味深かった。

「禁門之変図」を見ると、公家門の南側に今は無い小さな門があることが分かる。
地下官人用かな?
また、観修寺邸で割腹する長州藩士なども描かれていた。
迷惑だったんだろうな。

215 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 20:22:52
>>214
それはおもしろい資料の発見ですね。
長州藩士が寺で割腹してるのは
禁裏を血でけがさないためだと思います。

216 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 20:24:54
後陽成天皇は
「従神武天皇百余代之孫周仁」
と名乗っていました。

217 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 22:47:29
長州藩士が切腹したのは禁門の変でのことだと思う。
>>215
寺じゃない、観修寺邸。
長州藩の与党だった観修寺家に藩士がたてこもっていて、
自刃したもの。

218 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 23:06:28
江戸の職人の話といい、なんでもかんでも天皇崇拝に結びつける
天皇ヲタ。
「イワシの頭も信心から」とはよく言ったもの。

219 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 01:34:42
>江戸の商家の大店の多くは
もともと上方からの出店です・・・ウソ八百。


220 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 01:56:49
江戸店(だな)持ち京商人、江戸店(だな)持ち大坂商人。
例えば、伊勢から京へ出てきた三井高利が京都で開業した
三井越後屋呉服店の江戸店(江戸支店)が現在の三越百貨店になった。

221 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 10:34:10
>>220
例えば・・・って挙げた代表例の三井が、そもそも京・大坂商人じゃないジャン。
三井が伊勢松坂から江戸と京都に開業したのはほぼ同時期。
「江戸に多きもの 伊勢屋、稲荷に犬の糞」とか「伊勢乞食に近江泥棒」などと
いわれるように、近江商人、伊勢商人が江戸で商売を繁盛させていたのは確かだが、
京・大坂商人とゴッチャにしちゃいけない。 



222 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 10:39:35
近江泥棒か、昔の人は上手いこというな
あのえぐい商売の仕方と、近江商人が通った後はぺんぺん草も生えない
ほど根こそぎ持っていく様は泥棒としか言えん

223 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 12:46:32
>>215
>>217の仰るように勧修寺邸です。
山科の勧修寺ではなく、蛤御門の北側に有った勧修寺家の屋敷。

それと>>214は、
「観」修寺 ×
「勧」修寺 ○ です。
間違えました。

224 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 14:44:53
上方すげーな。

225 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 15:00:01
>>220-221
三井高利は、江戸には行かずに伊勢の松坂から遠隔経営してたんじゃ?

「現場の論理」に流されるのが嫌で。

226 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 13:08:11
千石あれば国が買える。億どころか兆である。

227 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 13:09:10
300石は今の9億から12億の価値は
あるよ。


228 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 14:57:58
10万石だとどんなもんでしょう

229 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 20:59:54
227は、水増し過ぎるでしょ。1万石で大名だから10万石なら規模的には10億くらい?

230 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 22:18:17
江戸期の凶作130回(うち大飢饉21回) → 時代が下るほど慢性的・周期的
     寄生地主の下で農奴的生活を強いられ、生産意欲が減退した。

庶民は地獄のような時代。

231 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 22:24:37
10万石ってすごいぞ。子爵くらい。

232 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 03:22:58
トンクス

233 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 22:14:55
一万石あれば大名なんだ・・・

234 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 22:35:12
大名ってより小名のがふさわしいな

235 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 23:27:27
戦国末期の頃で、1石が今の価値で約10万円くらいだそうだ。

236 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 23:57:35
一石はひとりが一年に食べるくらいの米の量で約140s。
10sの米が4,000円として年に5万6千円。

平時ならもっと安いかもしれない。


237 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 17:39:02
NHK大河ドラマ功名が辻のナレーションで一豊が400石知行を得た時「この時代の1石は今の金額でおよそ10万円くらいである」って言ってた記憶があるな。
江戸時代はしらないが。

238 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 17:43:10
>>237
おおおトンクス
調度戦国時代の価値が知りたかったんだ

239 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 20:20:10
天皇の話が出てこないな

240 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 20:55:15

江戸時代の庶民は天皇の存在なんか知らなかっただろ。

明治になって明治政府が天皇について勉強する寺子屋みたいなのを

造って日本全国に天皇の存在を宣伝したんだろ。庶民が知ってたら

そんな事しなくてもいいじゃん。知らなかったから必死でその存在を

宣伝したんだろ!!



241 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 21:07:33
そんなことはありません。
太平記とかで親しみ深いものだった

242 :武陽陰士:2007/01/12(金) 23:43:13
京の庶民と東北の庶民とでは、天皇に対する意識違うでしょ。
社会的階層、地域的差異、そういったものを勘案しないと。
だから天皇を庶民が知っていたか否かは単純にはいいきれないね。
国学なんか富裕(あくまでね)な庶民層には江戸後期(末期じゃない)
にはけっこう浸透してるし、天皇をよく知ってる人間もいることはいるでしょ。
でも、宿場女郎に売られてしまうような貧困層が天皇についてどういった
知識があったかは今一度検討する必要があると思う。
まあどう検討すればいいのかは分からないが。

243 :武陽陰士:2007/01/12(金) 23:46:28
人形浄瑠璃、歌舞伎もそうだけど、最初は都会の庶民の娯楽だ。
だからこれをもって「庶民」の知識を推し量るのは危ない。
芝居が田舎に浸透するのは、江戸後期だろう。
これも物語の中身の歴史的な事柄をどの程度理解していたか。
もちろん都会の「庶民」もそうなのだが。

244 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 03:11:31
>>237
すると4,000万円か。
部下5人に400万円の給料を払って2,000万円。
モロモロの諸経費が1,000万円で、手取りは残りの1,000万円ぐらいか。

245 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 04:09:56
江戸期は半分くらいだな。あと藩に借金とかで6割ぐらい引かれる。

246 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 14:10:20
石ってマジで石もらってるのか

それとも土地をもらってると思ってたが

金のことだったのか

247 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 18:00:19
英北東部の町サウスシールズの警察当局が、警察官を襲った武装ギャング
を刀で撃退した後、姿を消した「サムライ男」を捜している。
 スカイテレビなどによると、この町で民家の中から助けを求める女性の声を私服警官2人が聞き
付け、救出に当たったが、中にいた強盗団は計5人。強盗の1人がナイフで警官を突き刺そうとした
時、どこからともなく刀を持った男性が現れ、ナイフ男に反撃。別の強盗の腕も刀で攻撃して、
逃走を阻んだ。
 結局、強盗団の3人が逮捕されたが、「サムライ男」はこつぜんと姿を消し、正体も分からないまま。
警察は住民に情報提供を呼び掛けている。 

1月13日6時0分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070113-00000021-jij-int

248 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 18:54:26
五右衛門?

249 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 19:51:54
>”トレース・オン”という言葉と共にどこからともなく刀を出した男性が現れ

衛宮士郎だな

250 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 21:55:19
たとえば後醍醐批判があったとしても、
太平記の根本には尊王思想が通底しているのは確かだろう。
だが、太平記読みから聞かされる庶民の多くは、ただ軍記物として
楽しんだのではなかろうか。

251 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 22:01:59
江戸時代の出来事を太平記とかの登場人物にして劇にしたりしたそうだ

252 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 22:04:40
>>243
うーん、今と違って昔の人は厳密な意味を
知らなくても音で覚えていくからね。
ただ江戸時代の庶民は思った以上に
教養レベルは高い。
江戸文学には古典からの引用はひっきりなしに
登場するし、和算などは
世界最高レベルの水準ではないかな

253 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 22:11:57
>>242
それを言ったら今だって
高校生や浮浪者の中には総理大臣誰かも知らないやつもいるだろ。

ただ江戸の遊女は由緒を古代の
皇女としていたし
宮廷作法を参考に作られた所作をしていたうえに
位が高くなると教養も必要とされていたから
知っていた人は間違いなくいたね。

254 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 22:17:21

     パカッ  _.-~~/
          /  /  
         /∩∧_∧
         / .|( ´∀`)_  
        // |    ヽ/  
        " ̄ ̄ ̄ ̄"∪  本当に江戸ですか?


255 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 22:19:25
宿場女郎≠吉原の花魁

256 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 22:19:25
天皇は日本独特の存在でありながら古代中国春秋の王ないし皇帝の
姿を伝承しているように思う。
尊皇派の多くは古代中国春秋戦国の思想を好む。

あまり知られてないが
法隆寺には世界最古の般若心経写本が現存する。
インド本国にもないしかのトンコウ遺跡から出土したものより古い。

古代世界が今に生きるハイテク先進国。
それが日本だ。

257 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 22:22:21
                        , --――--、
          ,. -―v-―‐、       / i   l.    \
        /        \.    / .l レ' ┴―' </ ヽ
       /           ヽ  i   v        `<ハ
.       /    ィ,へ、.      ヘ  jl .V           l l
      ,   ///   \     ハ .vヘj ―- 、__  _,.―.lリ
       l   ム/__  _,.-‐\l   .il i.|r l rtテォ、  ィt=x.ハ
       l.l i Vrtテミ   ィテtァl.   ll l. `'ヘ ヾツ    ヾツ./ノ
      l.l i .ヘヾツ   ヾツ .l  l  l   . ト、   __',  .ノ.|
.        l.l::ハ ヘ  '__   ,.イ___,ニミ l/⌒ヽ,>、._,. イi:.| |
       llヘヽ\> 、_ , ィノ/_, :V.:r――-ミ‐--不.l.:.| l
         -‐イリr┴‐ァ7___. ).:|.:} ー―v¨i.-〈  V:ト,ヽ  ちゃうちゃう
            〈 li ├‐-| {____  }.:lli:{ ――ト、ト-┤ l:.i | l
            V .|  /`L,._. j.:l.l.l:l  ―‐{ ト、. |  .}l .| |
.            l  | ./  `rt-__,ノl l.l.:ll:`ー‐ァ. l. ヽ| ノ:l j |
            i |/   \.:.:.:/;ノト,:.\__/l  l.  〈X.ノ ノノ
              ',〈〉       ̄.:.:.:.l.:ハ.:.:.:. l .l .:./.:/./
             ', ヽ  .:    .:.:.l.:.:.:.:.:.:. li l .:./.:/


258 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 22:59:30
水滸伝とか西遊記は葛飾北斎とかの挿絵がよいのだ。

259 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 01:57:00
勤王か?

260 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 02:04:01
悪辣な大臣の画策で皇帝の命で退治されそうになるが
逆に官軍となって賊を滅ぼした痛快大衆小説。

261 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 02:17:50
西遊記は違うな

262 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 14:51:32
水滸伝ファン=尊王
なんでそう短絡できるのか!

263 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 14:57:42
勅命なら官軍

264 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 15:03:45
勅命のいかがわしさよ。
蛤御門の変後、長州藩は朝敵、幕府は官軍。
それが・・・
いい加減なもんさ。

265 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 18:04:43
暴力を正当化できるのがあってな。勅命ってやつは。慶喜が散々使ってる。征討軍とかで勅命
もらっておいて途中でやめたりして評判を落としたりもしてるが。

266 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 19:10:11
時代を問わず、正当化できたわけではないんだよね

薩長のテロリストどもが時代に乗ったというだけのこと
ちょっと前の過激派テロみたいなもんだな

267 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 19:16:54
テロではないけどな。
あと政権交代自体は無血革命。

268 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 20:09:51
自分で処理しろ

269 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 20:12:48
NHKの教育見ろ

日曜美術館で、京都御所の障壁画の特集やってるぞ。

270 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 20:17:23
国立博物館で企画やってたからかな・・・

271 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 20:19:13
>>270
京都国立博物館でやってるからだろ

272 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 23:05:36
>>265
五稜郭への征討軍でも、総督に名乗りを挙げたらしいぜ。
どこまでも卑怯なヤツだ・・慶喜

273 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 23:27:28
よく考えて見ろ。
将軍が恭順してるのに、勝手に脱走して官軍に抵抗してるんだぞ。
徳川宗家から見ても反乱軍だろうが。

それに慶喜に征討させろって言ったのは新政府の誰かだったと思う。
代わりに弟の水戸藩が出兵してたが。

274 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 00:57:47
そんなことより>>183あたりまで盛り上がっていた暦の話はどうなったんだ?
慶喜なんてどうでもいいから、そっちの方続けてくれよ。

275 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 01:13:00
暦って地方で勝手に作ってるからなぁ・・一応許可とか昔許可したとかだから
違法でもないし。

276 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 01:19:44
1石=1両=10万円は当てにならないよ。
大体200石取りの武士って言ったら、手取りは30〜40石。
上に出てる400石の知行所貰ったら、手取りは良くて160石。
1600万円で自分の家族の生活費と若党や中間、下女の扶持や給金・食い扶持を用意しないといけないとなるといまの経済感覚なら到底無理でしょ。


277 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 01:21:07
>>276
間違えたw
200石取なら60〜80石だ。

278 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 01:39:46
一石は5万円くらいだよ。でも200石で1000万。ちょっとした会社の社長クラス。
40石くらい(年収200万くらい)の使用人2人やとっても600万残る。

中世は都市住人の30〜40%は家内使用人(今で言う執事やメイドだな)。
使用人の給与は一般に安いが食費とかその他の生活費とかが込みになってるので
かならずしも不当ではない。どちらかというと家族の延長だな。

279 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 15:48:45
>>278
結局10万だろうと5万だろうと現在との比較は無理。
一般的な旗本の最低知行200石ならまだしも、御家人や地方大名の家臣なんて50石はおろか10石なんてのもざらにいる。
その場合も手取りは勿論表高の3〜4割。
それでも、体裁を保つために下男1人雇わなくてはいけないし、敷地での蔬菜栽培や内職も当然。
1石=50万円でも、現在の感覚ではやっていけない。
ただし、コレは江戸時代の話、戦国時代はまた少し違う。
兵農分離が完全に遂行されるまでは武将の多くは100%土地の所有者だったので自家の土地を持っていたと考えられる。
単純に言えば自分で自分の土地を耕していた。
そして、合戦の時にだけ武力を提供していた。
だから、財政的には江戸時代よりは余裕があったと言える。

280 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 17:08:32
知行地と俸禄は違うので50石貰って自分の領地や財産からの収入を足せば特に問題はない。
諸藩の陪臣の石高が低いのは、家禄以外に知行地からの収入があるのも理由。もっとも
大藩の家老級になると1万石超えるので大名と言ってもいいのだが。小松帯刀とか西郷とか
と一緒の扱いしてる小説とかあるが禄高からは明らかに殿様。それらは藩とは関係なく独自財源を
持っている。他になにか藩の事業を請け負って割合で収入を得られるのも家禄の一種(もちろん自腹で
出資して成功させる持ち出しがあるからだが)。西郷家は隆盛の先代で失敗して貧乏だったそうだが
もともとは計理収入が大きかったそうだ。

家につく家禄(家格で固定。断絶すると没収なのだが新規は難しいので通常は末期養子とかで対処)
の他に扶持(狭義では援助とかそういう意味になるが、実際は給与である)とかで目的に応じて
幕府・藩が与える方式に改革で比率を移している。所属していることで支払われる俸禄が家格で
固定なので働きに応じる役付きで給与方式にするのは自然なのだ。藩校などの学資援助で
付与してたりするのも扶持。がんばったやつに当代で支給する給与だな。俸禄を上げると
代が変わっても引き継がれるので財政的には容易に上げられない。

扶持とか切米だけの収入なら家人を養うのは苦しいかもしれない。もっとも最低基準が3両1人扶持
くらいだったそうなので5人扶持(単純化すれば5石)くらいあれば

281 :武陽陰士:2007/01/15(月) 19:20:39
>>253
そうだよ。要するに検証なしで「庶民」っていわない方がいいってこと。
だからカッコしてるんだよ。ちゃんと地域差階層差を見極めないと。
現代だってマトモな社会学者は、そういうことを射程に入れている。
まあマトモな史学者もそうだね。
たとえば明治時代に限っていえば、浪曲が好きな「庶民」と落語が好きな「
庶民」は階層が違う。落語の方が品がいい連中(漱石もだ)が多い。
まあどうでもいいが俺は浪曲の方が断然好きだ。これは余談。

282 :武陽陰士:2007/01/15(月) 19:23:42
大河ドラマネタじゃないけいけど、山梨(甲斐)では江戸時代明治大正
を通して、武田信玄は「信玄公」として敬愛されてきた。子供も
貧乏人も信玄公は知っている。天皇は知らなくてもね。
これが地域差。

283 :武陽陰士:2007/01/15(月) 19:34:48
吉原の実態知らないね(まあ俺も史料上だが)。人肉市場だよ、
あそこは。いわゆる教養もある格式高い太夫って存在は、1700初頭
くらいに早々といなくなってるんだよ。まあ江戸初期の太夫くらいだったら、
君の言うとおりなんだけど、それは選ばれた女郎で、大部分は辛酸をなめて
生きていたのさ。まあそれに俺の書き込みは宿場女郎(飯盛女)
だったんだけどね。
ところで、君の近所に江戸時代、宿場町だった町ない?
繁華街(だった)のちょっと裏にあるお寺の墓地には、よく遊女のお墓
があるんだよ。戒名没年をみると、みんな若くして死んだんだな。
もちろん、身請けされて仕合せな人生を送った
女の子もいるにはいたんだけどね。



284 :武陽陰士:2007/01/15(月) 19:37:51
江戸時代の歌舞伎の入場料の高さから考えて、たとえば地方から
出てきた裏店に住む流浪民のような「庶民」が、歌舞伎鑑賞」していたことなど
とても考えられない。貸本にもそういうことがいえる。

285 :武陽陰士:2007/01/15(月) 19:41:03
天皇を日本列島に住む人間ほぼ全員が知悉していた時代がある。
いつだかお分かりだろうか?「大東亜」戦争に向けて固められた
戦時体制下の時代だ。そのときだったら皆天皇を知ってる。
大元帥としての天皇だ。

286 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 19:41:14
木村摂津守なんて禄が低かったのに咸臨丸の提督に選ばれたのは
カネいっぱい持ってたからなんだよな
幕府はほとんどカネ出してなくて太平洋を渡る費用は木村が出した
代々の浜御殿奉行で広大な庭園で薬草作って大儲けしてた

287 :武陽陰士:2007/01/15(月) 19:55:46
浪曲家を、講談師と落語家が見下し差別する。
この構図は明治時代には当然だったのに、今では見えなく(知らない)
なってしまっている。これに限らず過去の時代を見るときには、
周到な調査が肝要だろう。
江戸の「庶民」文化の実際の受容層を、単純に「庶民」と見誤るのは愚かだ。
「庶民」もいろいろだ。それにこれは都市部の「庶民」だ。
芝居も、江戸時代初期中期の農村(日本の人口の多くを占めている)
では余り存在しない(注:お神楽はあった)。
存在してるいわゆる「村芝居」は江戸後期のものがほとんどだ(まあ稀に
室町から伝来する「能」などもあるが)。

288 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 21:33:55
武陽陰士殿
君の博学には感心するよ。
他のスレでも、ネットサーフィンで仕入れた知識を
ベタベタ切り貼りする輩を論破。
俺も前から、この種のスレで、一を以て十を語るような「庶民」の
捉え方が疑問だった。


289 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 22:44:08
日本史板の鑑ですね。
さすがとしか言えません。庶民に関する
考えがきけてよかったです。
奉行は庶民の味方だと評判が上がって講談とかの
モデルになったそうですよ。

290 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 23:24:54
たしかに。
歌舞伎や文楽、太平記、伊勢参りなんかを理由に、天皇が「庶民」に認知されていた。
な〜んて決めつける厨房には、いい薬になるよ。

291 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 00:31:15
甲斐犬仕事休みという博識コテが以前いたが、武陽陰士だったりして。

292 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 02:24:56
>>283
質問なんだけど、いわゆる花魁って言葉は1700年代後半に出てきたわけだし、
色々幕府が禁制とかかけたから、あなたの言う太夫っていう地位の名称はなく
なったにしても、違う言い方で同じようなものがあったという考え方は出来ない
ものなの?

293 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 04:25:53
>>290
他人の尻馬に乗ってるだけのおまえは厨房じゃないのかよ?w

294 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 05:26:18
そういえば以前、天孫降臨や古事記を題材にした農村神楽が読売新聞に紹介されていたな。
現在まで800年間途絶えることなく
続いてきたという稀なもので
無形文化財に指定されいるやつ。
確か北九州の何処かの話だったんだけど覚えている人いませんか?

295 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 05:27:22
宮崎じゃない?東国原さんがなんかやってたよ。

296 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 05:34:56
なんか若布を刈るとか

297 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 18:26:22
愛知県民だけど古くからの農業に関する祭事だけど神社でヤマトタケルを讃える劇を建設された鎌倉時代から披露たりしてる。

新潟に住んでいた時に八幡神社で祭りが有ったけど、江戸時代に農村だけど祝詞や神事に天皇の名が出てきたりしてますね。

298 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 18:27:43
なんか記紀研究とかが江戸期に流行ったらしいよ。


299 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 18:33:05
地方の農民ですら多数が寺小屋に通っていた事を知らない無知がいますね。
寺小屋で使われた書に天皇の事が書かれていた書も複数あったりする。

300 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 18:48:38
戦後の教科書は、寺子屋ではいろは歌とか教えてた絵とかに替えられちゃったけど。

301 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 19:39:23
>>287
>これに限らず過去の時代を見るときには、
周到な調査が肝要だろう。

これについては同意。
ただ、きみの意図は>>290みたいな厨房には通じていないようだね。
周到な調査どころか、この人はただ頭から「江戸時代の「庶民」に天皇は認知されていなかった」
と主張したいみだいだ。
ついでにいえば、きみにしても、信玄公だの落語だのについてあれこれ比喩的なことは語っているものの、
実際に江戸時代の「庶民」の天皇観がどうだったかについては
具体的には語っていない。
行間を読む限りでは、どうも江戸時代の大多数の庶民層(=地方の農民ってことかな?)
は、天皇の存在なんて知らなかった,と言いたいようだが、
そう言いきれるだけの根拠について、明確に示してくれないかな?

302 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 20:26:03
寺の多い地区は寺子屋もやはり多い

303 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 20:28:01
>>298
邪馬台国論争とかすでにあったんだよな。
新井白石とか偉い人から在野の国学者とか。

304 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 01:57:17
>>288
>一を以て十を語るような「庶民」の
捉え方が疑問だった。

1を以て10を語ることは出来ないにしても、
1のことから2、3へと類推を広げていくくらいは可能じゃないか?
例えば町人や農民でも、
富裕層は天皇の存在というものをかなりはっきり認識していた。
であれば、
おのずからその下の階層にも、認識の濃度が次第に薄まって行くにせよ、
「天皇の存在をまるっきり知らなかった」なんてことになるまでには、
かなりの末端にまで行かないとならない気がするんだが。

305 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 02:00:53
京都が一番寺子屋が多かったことになってる。
長宗我部とかいう大名の息子も領地を失った後に寺子屋の先生を
やっていたという話だ。

306 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 02:02:37
>>303
その頃は考古学的な情報がなかったので、普通に九州説が
優勢だったそうだよ。行程とか書いてるんだけど九州になるって。

307 :304:2007/01/17(水) 07:46:35
>>288
そしてその推論を推し進めると、江戸時代の殆どの人たちは朝夕御所を遙拝していたという結論に達するわけだ。

308 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 08:40:40
だから極端だなあ、いきなり10かよ…
摂津、近江、の他に近隣の地域から六万人の貧民が
御所に千度参りを行い、賽銭を投げ入れた事はあったな。

309 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 19:03:16
質問です。
幕府最後の抵抗と言われた
彰義隊はなぜ将軍でなく宮様を担いで挙兵したの?

310 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 19:19:17
幕府はなくなってたから。

311 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 05:12:42
>>307
武陽陰士とやらがいないと、そんなくだらんレスしか付けられないようだな。
おまえ288だろ?アンカーとコテが逆になってるぞ。
間違ったのかわざとなのか知らんが俺が304だ。気をつけろこの間抜け。

312 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 17:33:09
邪馬台国と大和朝廷は繋がってるの?

313 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 22:33:07
>>311
私は288だが、307ではない。
君の意見は武陽陰士同様、極論を嫌うものだと読んだので、反論していない。
知っている、知っていないと「庶民」を十羽一からげに決めつけるのは
どうか?と思ってレスしただけ。

314 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 22:53:31
>>312
江戸期は九州で邪馬台国で大和朝廷とは別ってって意見が多かった。
というか東征して後で大和盆地って流れだな。明治になって最初から近畿という説が出されて
有力になった。考古学的な発見で昔から近畿で有力政権があったような傍証が出てきたことと
大和朝廷が初期から成立していれば記紀の記述に正当性があるというわけだ。
もっとも九州や中国地方(出雲)でも相当数の剣矛や鏡が出土しているので
後漢書の百国麻のように乱れるってのが正しいとか乱立だったのではないかと考えられる。
邪馬台国の九州・近畿説もいつ大和朝廷が成立したかって解釈の違いだとも言えるので
厳密にはどちらとも言えないというのが正解。別物とは考えないとするとだが・・。


315 :日本@名無史さん :2007/01/18(木) 23:41:03
明治以降の皇国史観の影響で、日本の歴史が極端に天皇皇統論の
異常な歴史観でゆがめられたのは事実です。
考古学的にみて、邪馬台国当時は、間違いなく北九州の方が、鉄剣
鉄矛の普及が進んでいる事実があります。

考古学的にみた、民族の発展の歴史を、記紀を中心とした皇国史観
によって、恣意的に解釈され、いまだにその影響を引きずっている
のが現在の状況ではないでしょうか。

316 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 00:03:03
日本どうなっちゃうんだろうね

317 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 00:08:55
まあ景気がよくなるのは間違いないな。多数の団塊の世代が退職し
退職金の支給で金余りの時代になる。
正直金利を上げるのはヤバい。上げないことで団塊の世代の資金が
消費に回り景気がさらに上がるが、金利を上げれば消費ではなく貯蓄に
回って景気が停滞する。

318 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 00:45:14
景気が良くなるといえば
中国が2025年には日本抜くどころか
世界一の経済国になってるっていう予想を良く見るけど
人口と経済成長率だけ見てそう判断してると思うんだけど民度的に無理だろ

319 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 02:57:57
中国はバブルなので大なり小なり失速する。元切り上げ辺りのタイミングしだい。もっとも
経済混乱を世界も望まないので小規模でなんとかなると予想されるが、少なくとも
全体が恐慌となることはないだろう。集中が進むかゆるやかに発展かでも展開が違う。
中国政府はゆるやかに全体が上がることを望んでいるようだが、景気が後退すれば
効率条件のいい沿岸部に投資が集中するだろう。

基本的に欧米と日本の投資が中国の経済原動力なので中国が発展すれば
投資先の国々も儲かることになるので経済的に追い越すことはない。中国も高齢化
が進み食料生産も自給できなくなるのでインドやインドネシアなどの若年人口も多い
周辺国が世界の工場になるのではないかとも言われている。

320 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 03:11:14
このスレには関係ないな

321 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 03:12:41
すまn

322 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 03:14:05
でも勉強になった

323 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 06:16:35
自演乙


324 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 21:44:25
>>310
つまらない答えだ。0点。

325 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 22:49:22
征夷大将軍じゃなくなったから当然だろ。

326 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 13:06:10
>>309
足軽を天皇と称して担ぎ出した笑止千万な偽官軍に対して本物の皇族を押し立てて万世一系の國体を護持しようとした愛国運動だったから

327 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 22:30:04
輪王寺宮はよくやった。
仙台まで赴き、奥羽列藩同盟に最後までつきあった。

328 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 18:28:23
宮に後始末を押し付け自分達は遁走とは
情けない最後だ。徳川幕府。

329 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 21:28:13
  ∧__∧
 <#`Д´><ダム中止した田中センセイは偉大ニダ!ダム推進派は悪ニダ!
 ∧ ∧
 (,,゚Д゚) <田中康夫がダムの代替案として発表した「えん提」は全高50mで
       ダムそのものだぞ(゚Д゚)ゴルァ!!
  ∧__∧
 <#`Д´><ざ、財政破綻の原因になった北陸新幹線の建設推進派は悪ニダ!
 ∧ ∧
 (,,゚Д゚) <田中康夫は北陸新幹線建設を推進してましたが何か?
       田中康夫本人が東京まで出向いて建設推進を陳情してますが何か?
  ∧__∧
 <#`Д´><・・・中央リニアの建設推進派は悪ニダ!土建屋ニダ!
 ∧ ∧
 (,,゚Д゚) <田中康夫は中央リニア建設期成同盟会に参加してる建設推進派ですが何か?
       しかも田中は「羽田成田間のリニア線も推進するべき」とか
       斜め上の発言をしてますが何か?
  ∧__∧
 <#`Д´><・・・は、反田中派は土建屋ニダ!土建屋の手先ニダ!
 ∧ ∧
 (,,゚Д゚) <田中康夫は土建屋から多額の献金を受け取ってるぞ(゚Д゚)ゴルァ!!
       しかも田中康夫後援会は会長も副会長も建設業経営者だぞ(゚Д゚)ゴルァ!!
       田中後援会の企業に有利なように口利きした疑惑がいくつも発覚していて
       そのせいで支持率が激減して落選したんだぞ(゚Д゚)ゴルァ!!バカはおまえは?
       村井の後援会会長はセイコーエプソンの経営者だよ。
       わかったか?土建屋知事の手先クン。

330 :武陽陰士:2007/01/24(水) 20:00:00
>>309
310のいうとおりではあるけど、もうひとつ、
西の朝廷に対するカウンターだと思う。
「宮」という貴種を頂くことで「朝敵」であることを
中和(?)したのだと思う。このへんは面白いので今度調べてみるつもり。
宮将軍を北条氏が招請(後鳥羽の時はもうひとつ朝廷ができるといって、
結局約束していた皇子の下京を実朝の死後反故にした)したり、
尊氏が北朝を樹立したのにも通じるものがあると思う。

331 :武陽陰士:2007/01/24(水) 20:26:51
>>301
うーん。気悪くすると悪いんだけど、天皇というものを過大視しすぎでは?
天皇を知らない「庶民」がいると駄目なのかな。
まあ「庶民」でも京に住んでいればもちろん知ってるでしょ。
最近ハヤリの「パトリオティズム」というのが江戸の「庶民」は強いから(天領
に住む「庶民」が他領の住人を馬鹿にしたりする)、
京周辺の庶民は知ってるんじゃないかな?お国自慢になるでしょ。
まあちゃんと調べないとマズイけど。
いずれにせよ階級階層地域細かくで区切って調べないとなんともいえない。
ただ「大東亜戦争」中の日本のように天皇を知っていたはずはないよ。
ところで、もしかすると君は教会に行っていたという書き込みの人かな?
君にはなんだか、天皇に対する尊崇の念みたいのが透けて見えるんだよね。
学問的あるいは知的アプローチは尊崇感情を逆撫でするもんだよ。



332 :武陽陰士:2007/01/24(水) 20:37:09
[訂正]地域細かくで→地域で細かく

ところで江戸というと皆、ひとくくりにするけど、260年も続いたんだから
区分けしないとダメだと思う。江戸後期末期の江戸を前期中期に投影してる
人けっこう多いと思う。テレビの時代劇も初期前期中期が舞台でも、
天保くらいにしか思えない風俗時代感情なんだな。


333 :武陽陰士:2007/01/24(水) 20:52:59
>>301
「天皇という存在」を知らなくてはいけないというのは幕藩体制で
要請されたものじゃないから、知らない「庶民」がいてもおかしく
ないんじゃないかな?水戸学の流れ、国学が田紳に浸透してきた中後期から
だと、また違うかもしれないが。
でも、君が「庶民」っていうときの「庶民」はけっこう中上層だと思う。
あと当時の「庶民」を現在(大正末期から発生)の大衆化社会の「大衆」と
同じイメージで捉えていると思う。当時の「庶民」と大衆化社会の
庶民は相似する部分もあるが、やはり違う。いやぜんぜん違うんじゃないかな。



334 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 21:09:44
誰も知らない庶民はいない
なんて言っていない。

戦後ながらく江戸時代は幕府中枢など
ごく限られた人間以外天皇なぞその存在すら誰も知らなく
明治になってから宣伝されて祭りあげられた
言わば即席の作られた王だというような
論が左翼系歴史家が常識のように唱えていたが
それはおかしいというのが
このシリーズ(「江戸時代の天子様」にはじまる)のスレッドの主旨。

335 :武陽陰士:2007/01/24(水) 21:21:11
>>334
なるほど。
ただ明治帝が、ある種の即席の作られた王であるのは確かだと思う。
でも左翼歴史家の常識っていうけど、具体的には誰?
歴史学者って左翼が多いから、ひとくくりにされても困るんだよね。





336 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 00:14:31
武陽陰士氏の「庶民」の捉え方への問題提起には共感したが、
>いずれにせよ階級階層地域細かくで区切って調べないとなんともいえない。
って主旨のことを繰り返し述べている割には、
実はある結論が本人にはあって、それに障りのあるレスには、いろいろ留保をつけて
逃げ道を用意しながら、やけに断定的な反論をしている。

近頃の論調は特に。

>学問的あるいは知的アプローチは尊崇感情を逆撫でするもんだよ。
との言い様は、まるで信仰を知性の対極に置くような驕りが感じられる。




337 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 01:55:45
まあ、取りあえず畿内では貧民レベルでも
多く人間に知られていた事はガチだね。

338 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 07:53:13
>>301だけど、言いたいことはだいたい>>334>>336氏が言ってくれてるな。感謝。
あとは補足的に。

>>331
>「天皇を知らない「庶民」がいると駄目なのかな。

別に駄目だなんて言ってないよw
ただ、天皇を知らなかったという庶民の具体例はこのスレではまだ出ていないでしょ?
逆は幾らでも出ているのに。
あとは全部きみの「想像」と「類推」だけ。
きみ自身が
>これに限らず過去の時代を見るときには、
周到な調査が肝要だろう。

って書いているのに、それを実践していない内からこういう言い方をするのはどうよ?

>ところで、もしかすると君は教会に行っていたという書き込みの人かな?

違うよ。でもこの際そんなのはどっちでもいいことでしょ。スレの主旨とは何も関係無いわけでさ。

>君にはなんだか、天皇に対する尊崇の念みたいのが透けて見えるんだよね。
学問的あるいは知的アプローチは尊崇感情を逆撫でするもんだよ。

信仰のあることと知性は共存しない、とでも言いたいのかな?
しかしきみのどこが知的で学問的アプローチをしているんだか、
今のところさっぱり見えて来ないんだけど。
こういうことを言うのは、きっちりと調べてからにした方がいいんでないかい?

それにしても、きみ本当に前に来ていたのと同じ武陽陰士?
何だか急にレベルが下がってる気がするんだが‥(気を悪くしたら失礼w)

339 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 19:50:23
室町時代あたりまでは天皇=チョンだということは常識的だったようだね

宮中でのことだけど

340 :武陽陰士:2007/01/25(木) 20:08:31
>>336
まいったな。ま、確かに言質取られないようには書いている。
ただ信仰のことはそういうつもりは全然ない。
自分で言うのもなんだけど、私の趣味は神社仏閣めぐり、仏典とかを
読んだり、石仏を拝観するのが趣味でね。日本列島にある宗教信仰は
すべて興味の対象なんだ。
東京周辺の信仰遺跡は片っ端から訪れている。
もちろん昨今喧しい靖国神社も80年代初めに行っている。
このころは展示施設も遊就館って名称じゃなく、宝物館(殿だったかな?)だったんだよね。
ま、人影もまばら。閑散としていた。
ついでにいえば私はキリスト教の教会員だよ(あんまり言いたくなかったけど、
このことで私の書き込みに対して偏見持たないで欲しい)。現役のね。
だから分かるんだよね、宗教と「科学(人文)」がどれだけ
対立するかってね。まあ禅だったら両立するかな?

341 :武陽陰士:2007/01/25(木) 20:16:19
ちなみに80年代の靖国「参拝」は子供のころ。
もうずっと色んな神社とかお寺とか訪れているけど、
ホントウきりない。大人になっても行ってないとこが多すぎる。
ま、余談だ。
>>339
「天皇がチョン」っていうのは少々、飛躍が過ぎるよ。
天皇が半島から渡来してきたという事実がホントウかウソかだって
今だ謎だよ。まあ学会じゃ認められていないな。
悪いけど、トンデモ説だよ。
まあネット的な言説なのかな。

342 :武陽陰士:2007/01/25(木) 20:21:09
>>338
クリスチャンだから仕方ないと思って欲しい。
例えば聖書の記述。自然科学的な接近じゃなく、
人文科学的に読んでも色々、信仰的な読みとは対立する。。


343 :武陽陰士:2007/01/25(木) 20:29:59
ある対象に対して尊崇感情が強いと、分析の対象じゃなくなっちゃう。
分析というのは、主観が客観として対象を捉える。
その場合の対象は計測可能の事象であるということになる。
例えば天皇というのは計測可能な人文科学的対象物か?
計測可能と思っているのが知的学問的アプローチ。
計測不能、否計測の対象でないというのが天皇尊崇者じゃないかな。



344 :武陽陰士:2007/01/25(木) 20:38:45
「科学」とか「知性」というのは言語的了解が出来なくては成立しない。
例えば情動で天皇とか神を捉えている人たちにはそれは通用しない。
前に右翼文献を読みまくった時、それは感じた。
良し悪しは別にして、彼らの論調は情動に訴えている。そして本人たちも
それを自認しているようだ。例えば三島由紀夫の「忠」は半ば言語とか抽象
を拒否することで成立する。そのことを、三島本人は嬉々として
語っている。村上一郎、井上日召、葦津珍彦もちょっと抑えた感じ
だがそんな感じだ。
右翼で一線を画すのは北一輝だけかもしれない。
ただその北に対しても法華経に対する尊崇は狂といえるものがある。

345 :武陽陰士:2007/01/25(木) 20:50:10
騎馬民族が日本に来ていないというのは学会の通説だけど、
「来ていない」ということを反論するときは結局、私のような
やり方だよ。
騎馬民族とかの習俗が日本では認めらないから、ってのが反論の立て方。
(下層中層)庶民が天皇を知っていたという明確な証拠というのが、
認められないんだよ。信仰なんかみてもね。
石仏だと天照大神、聖徳太子とかあるけど、日本古来の神々はもちろん、
中国インド(朝鮮半島も入れよう)経由の神とも並列状態だよ。
そして庶民が馬頭観音の来歴を知らないように、天照だって来歴は知らないでしょ。



346 :武陽陰士:2007/01/25(木) 20:54:25
じゃあここで一席打ってみよう。
江戸時代の庶民は足利将軍家を知っていたか?
「偽紫田舎源氏」、「仮名手本忠臣蔵」ETC 、があるから庶民は
足利将軍家を知っていた云々。こういう立論も可能だ。

347 :武陽陰士:2007/01/25(木) 20:58:46
>>16
これは事実あるでしょう。私も新聞で読んだ。
でも畿内の庶民じゃないかな。これ。
東国の下中層庶民が行くとは思えない。
長旅だって江戸の下層庶民にとっては一生に一度の楽しみなんだから。



348 :武陽陰士:2007/01/25(木) 21:12:43
吉原の「庶民化」進んだ。太夫滅亡はこれに尽きる。
禁制なんかじゃない。市場価値がないから消滅したんだよ。
そもそも太夫が無用の長物。
一部の大尽くらいで庶民にはつまらない存在だよね。
揚屋を通してやっと逢っても、格式云々ですぐには寝られないし、
お金もカサむし。まあ上層庶民もウンザリしてきたんでしょ。
吉原は元来遊郭でセックスしに男たちが訪れるところじゃない?
吉原がキレイゴトの世界だと思いたい人はいやだろうけど、それが真実。
ただ太夫の存在は消えても、ある種の理念型としては残った。
だからこそ貴方も太夫とか吉原のキレイゴトを言上げしてる訳なんだよ。
後代の花魁には、往昔の太夫のような「教養」はないでしょう。
まあむしろセックスワーカーとしては純粋化したとは言える。
あともうひとつ、太夫は上層。大多数の下層中層には可哀想な遊女がいっぱいいた。
まあ吉原への思い入れは君の幻想だね。


349 :武陽陰士:2007/01/25(木) 21:15:25
↑上の書き込みは>>292へ。

350 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 21:25:56
独り言太国みたいでキモイ

351 :武陽陰士:2007/01/25(木) 21:28:47
ふふ確かに。ネットやるのは一週間に一、二回なんで
まとめて書くとこうなる。

352 :武陽陰士:2007/01/25(木) 21:39:41
また来週だ。反論よろしく頼むぜ!

353 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 21:41:34
なんで週1,2回なのかの方が気になる件

354 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 21:48:02
>武陽陰士へ
嫌○厨はスルーするが吉

355 :武陽陰士:2007/01/25(木) 21:55:29
>>354
なるほど。確かにそうだ。
忠告ありがとう。
また来週。

356 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 22:19:36
武陽陰士さんよ、あんた反論よろしくとか言ってるけど、
たくさん書いたわりには目新しいことは何も言ってないぞ。
つまらない自分語りなんぞにいちいち反論するのもバカバカしい。もう少し真面目にやれ。

357 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 22:24:38
>>345
>(下層中層)庶民が天皇を知っていたという明確な証拠というのが、
認められないんだよ。信仰なんかみてもね。

ここが一番肝腎なところだろ。
どうでもいいことばっかり書いてないで、なんでこれについてもっと詳しく書かないんだ?


358 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 00:45:29
>>348
>>後代の花魁には、往昔の太夫のような「教養」はないでしょう

そこで断定するのが訳がわからん。
別に吉原に思い入れがあるわけでもないし、>>292でもないが、
>>357の言ってることも含めて、1番重要なところを自分の推測で断定した上で
だらだらとどうでも良い瑣末の部分を説明されても、意味がないと思う。
誰も、あなたと同じような頭してるわけじゃないんだから、自分の脳内で断定して
語られても意味がないと思うんだが・・・。
特に、>>357の言ってた部分については、>>345みたいな事は通用しないとおもう、
結局、あなたが言いたい主題の部分と周りが聞きたい主題の部分ずれてるからだと思うね。


359 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 00:57:31
>>343
うん、計測可能と思っている知的学問的アプローチで、
あなたが具体的に天皇を庶民の多くが知らなかったという具体的な
説明が必要なんじゃないかな?
あなたの説明だと生活苦だったからという理由ぽいんだけど、
それって天皇を知らなかったという理由にしては薄いよね。
生活苦でも天皇の存在を知ってる人もいただろうし、
ちょっと知的学問的アプローチとしては弱いんじゃね?

360 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 01:40:35
>>358
そうそう。根拠無く主観を述べているよね。
あれだけじゃ全く逆の言い方だって出来ちゃうのに。
「(下層中層)庶民が天皇をまったく知らなかったという明確な証拠というのが、
認められないんだよ。信仰なんかみてもね」って具合にさ。

361 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 01:46:22
しかしどの信仰を見て言ってるんだろうな?
田の神様とか村祭りとかお神楽とか稲荷信仰とか‥‥を通して、
日本の故事来歴を耳にする機会くらい僻地の農民でもごく普通にあったと思うんだが。
それで天皇の存在すら知らないって、古代ならまだしも江戸時代にあり得るんだろうか?

362 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 01:52:52
まあいずれにしても>359の言う通りだな。
武陽ナントカ氏には、ぜひもっと知的学問的科学的な論証をしてほしいね。
まあ1週間の間にあちこち調べ回って、またここに来てくれるだろw

363 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 18:39:16
上方はもちろんのこと、江戸庶民についても
京の都に天皇(天子、帝)がいるってのは常識なんじゃないの?

当然、当時在位している天皇についてそれほど
詳しい事は知らないと思うけどね・・・

まぁ、天竺のお釈迦様なみに有名っしょ。

それに歴史上の有名人も結構知っていそうな感じでは?
藤原、源平、北条、足利、織田、豊臣くらい?




364 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 20:31:24
江戸っ子のアイドルは平将門

365 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 20:34:18
最近の人がスレ読まないで書き込むのは携帯厨が多いせいかな

366 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 14:46:37
なんでそう思うん?

367 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 01:01:20
>>345
>(下層中層)庶民が天皇を知っていたという明確な証拠というのが、
認められないんだよ。信仰なんかみてもね。

1787年(天明7)の御所千度参りはスルーするの?
飢饉で喘いだ貧民が大量に御所の押しかけて拝んだり賽銭投げ込んでるだろ?
これは明らかに確認できる事だよね。


368 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 01:09:48
大阪(天領)では、行き詰った貧民が大阪城の堀への身投げが急増・深刻化。
大阪城代が身投げを禁止して捕吏りに取り締まりをさせているのに、
大阪城に水死体を作りに貧民が殺到するのが後を絶たず、
貧民による捨て身のシュプレヒコールが幕府に浴びせかけてる一方で、
万人規模で朝廷にお参りし、賽銭を投げる貧民たち。そして下賜された2万ものリンゴ
も一瞬で底をつく始末。

ちなみに朝廷の斡旋で、京都所司代による貧民米が一時支給されるも、
京都所司代を参拝するような群集行動はついに認められていない。

369 :リサリサ:2007/01/28(日) 02:21:21
なんか、おかしなスレあるっつうんで来てみたが、

何?このMM大会ww。(´〇`)

妄想?作話症?…自虐的自慰行為??

370 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 04:44:30
確かにこの板って作話する奴がすごい多いな


371 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 11:13:21
>>367
御所千度参りは、京の町民が京都町奉行所に何度も嘆願したにもかかわらず、
何の措置も講じられなかった結果として始まったもので、初めから御所を
頼ったわけではないだろう。
しかも天明の大飢饉の真っ只中に起こった事象だけに、庶民の階層も流動化し
下層庶民と特定できない。
それに、京から大坂、河内、近江あたりまで波及したようだが、話題の武陽陰士
も畿内における天皇の認知度は否定していない。

372 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 23:55:37
>>371
そういう意味で、武陽陰士は気楽なんだよな。畿内や富裕層は知っていたのは認めつつ、
庶民っていうカテゴリーが広いのでやっぱり知らないだろうみたいな事を言ってる。

>>253が言ってるた疑問として、現代でも総理大臣の名前を知らないような人間もいるのに
って話題に対しては答は>>281ってのもちょっとずれてる気がする。
それって、未来の世界において、総理大臣を知らない事を一般的だと言い出しかね
ない論法を、庶民において天皇を知ってるか知ってないかって事に使ってると思われ
かねないと思う。
上手く説明できないけど、そういう歴史の捉え方ってとても危険じゃないか?
結局、武陽陰士って人、>>343で批判している天皇に対して尊崇感情が強
い人と思想が逆なだけでやってる事は同じじゃないかな?って思えてくる。
現実的に具体的な例をまったく挙げてないっていう事一点においてもさ。




373 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 00:02:30
>>372
そりゃそうだな、現代でも馬鹿にされるような総理大臣を知らない大学生なんかを、
未来の世界でそれが庶民の感覚なんて反論出される可能性があると思われると恥
ずかしくなるよ。


374 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 01:15:30
何?このMM大会ww。(´〇`)

妄想?作話症?…自虐的自慰行為??


375 :武陽陰士:2007/01/29(月) 19:45:52
>>358
必要ないから。持っててもしようがない。太夫の「教養」はね。
市場原理だよ。江戸時代はなんだかんだいっても銭の時代なの。
ところで武家くずれの女郎とか
江戸後期になるけっこう増えてくる。彼女らの教養は太夫とは違
うけど、大したものがあるんじゃない?
でもそれは女郎になったら目立たないものだね。
まあある意味目立つかな。


376 :武陽陰士:2007/01/29(月) 19:53:48
>>367
農耕神、ご利益神だよ。下層庶民にとっては。
じゃあ質問するけど、お地蔵さん、馬頭観音、三社さま、
八幡様、神明神社、お不動様、閻魔さま、観音さま、奪衣婆、
お稲荷様(豊川稲荷のお稲荷と、伏見稲荷の稲荷は別なの。区別
つく?)、富士山(これはご神体)、春日明神etc、来歴知ってるの?
私は趣味だから知ってる。当時は国学者とか神官じゃなきゃ知らないよ。
まあ「知識人(僧、武士階級、富裕層に多い)」には知ってる人間も多いん
じゃないかな。

377 :武陽陰士:2007/01/29(月) 20:28:32
376[訂正]春日明神→春日大社。
>>373
それはこっちの台詞ですよ。現代の感覚を投影しすぎ。
ちょっと長くなるけど始めるよ。
たとえば君は、昨今喧しい天皇の男系女系問題はどう思う?
いろんな人たち(一般人知識人も含めて)意見いろいろ出てるよ。
君もあるのかな?
この問題を私は、実はとても感慨深く眺めている。
日本の歴史の中で天皇というのはそれなりの歴史があるわけだけど、
有史以来、こんなに卑しき凡下の輩ども(私も入る)に皇位に容喙(口出し)されたことはなかったん
じゃないかな?
皇統は民草風情が論うもんじゃないんだよ。義仲は以仁王の遺児を天皇にと、
後白河に推奨するんだけど、めちゃくちゃ嫌われちゃうんだよね。摂関家の
連中にもね。
天皇の位を「賎しき」受領ごときが口出すのは、北条泰時の世だね。
これは朝廷側にはそれなりの慨嘆を与えたでしょう。

378 :武陽陰士:2007/01/29(月) 20:34:30
例えばね、「七人の侍」というのがあるでしょう?
あれね、考証はそれなりにしっかりしてるんだけど、唯一マチガイが
あるんだよ。それは戦国時代の百姓というのは兵農分離が進んでいないから、
あそこまで強固な農民意識(百姓と農民ははここでは同義)がないんだよ。
武士と一線を画していない。下っ端の武士と百姓の境界は曖昧なの。
まあ黒澤(橋本忍他の脚本家)は確信犯的にやっていたのかもしれないけど。
あそこに出てくる百姓は江戸後期の階級意識だよ。

379 :武陽陰士 :2007/01/29(月) 20:42:03
君は神社と寺を区別する?神道と仏教は別ものだと思う?
だとしたら君は大久保たち明治新政府の神道政策にやられているよ。
江戸時代の庶民は神道と仏教を区別してないよ(水戸は少々別かな)。
まあ区別しようがないかな?江戸時代は鶴岡八幡宮寺。浅草神社と
浅草寺は今は別物だけど当時はゴチャゴチャ。まさに神仏混交。
村の鎮守さまにはよく仏像が祭られていた。
ああそれと寺と神社ってよく隣接してると思わない?
あれは元一緒だったのを新政府の命令で別にしたものなんだよ。


380 :武陽陰士:2007/01/29(月) 20:55:32
色川大吉という明治の民権運動、民衆史(主に武陽《南武蔵》を
フィールドにしてる》を専門とする篤学の学者がいるんだけど、
色川先生はね、明治初期の民衆の天皇に対する意識を主に三つあるという
いうんだな。
一つは富裕庶民層の尊王意識。
二つめは天皇に対し少し反感的な気持ちを抱く庶民。
ようするに公方や殿様が年貢をかけていたでしょ。それを引き継いでる
っていうんで、ウンザリしてる庶民。そしてこの層は朧ながら天皇という
存在は知っていたりする(村芝居なんかでね)。
そして三つめは、これは興味深いんだけど、天皇は知らなかったけど
天照大神とか伊勢神宮なんかには触れてた庶民(下層)。この人たちの
もともと持っていた「神」に対する信仰と、現実に明治になって政府が
鳴り物入りで喧伝する天皇、巡幸なんかでやってくる現実の天皇、そういうこと
どもと結びついて、天皇は生き神的な存在と崇めるばかりになった、
というんだな。


381 :武陽陰士:2007/01/29(月) 21:04:02
「武江年表」というのがちくま学芸文庫から出てるんだけど。
これは明治まで生きた町名主が親子三代の時間を掛けてつくった
年表形式の江戸の歴史なんだ。江戸の普通以下のの町人の立場で書いたって
著者の斎藤ゲッシン(漢字が出てこない)ははっきりいうんだな。
これ読むとね、天皇に関する記述がほとんど出てこないの。天皇の崩御
なんかまったく話題にならない。ほんの少し、勅使が下向してきたとかあるくらい。
まあそれにもまして琉球人、朝鮮人の江戸来訪記事は多いんだけどね。
ああ、あとは、江戸にいた有名人の死亡記事、三面記事的な事件、
神仏のご開帳とかばっかりだね。江戸庶民には天皇なんかどうでもよかった
というのが良く分かる。購入お勧めします。

382 :武陽陰士:2007/01/29(月) 21:26:54
>>372
庶民の尊崇意識について最後にダメダシしとこう。
何故庶民が尊崇するのが天皇じゃなくてはいけないのか?
江戸周辺の庶民だったら公方でもいいし、殿様、村の神様(金精神とかね)、
神体とされる山etcなんでもいいじゃない?
それにはっきりいって江戸以前(江戸も含む)は、天皇の方じゃ別に庶民に
知られたいなんて思ってないよ。君は新政府の大久保たちが、
国民統合のシンボル、欧州の王権に比肩するような存在として広く
国民(これも近代に作られた)が知るような天皇、戦後民主義の親しまれる
天皇とかに毒されているよ。
明治以降の天皇は違うけど、孝明以前の天皇は国民(これも近代的な概念だ)なる
賎しき位も持たないヤツバラに親しまれたくないよ。
なんでもいいけど中世史を勉強してください。
自分がいかに現代の申し子か分かるよ。



383 :武陽陰士:2007/01/29(月) 21:31:10
最後に、ある古代を専門とする歴史学者の名言を。
「昔のことをを知るには今の人間の心で向かってはならない。
昔の人の気持ちにならなければならない。
しかるに昔の人の心はよくわからない…」

384 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 21:47:41
色川大吉みたいな左巻きを持ち上げてるようじゃお里が知れるぞw

385 :武陽陰士:2007/01/29(月) 21:51:27
色川大吉の部分ハショレ。ネット右翼殿。



386 :武陽陰士:2007/01/29(月) 21:52:25
地元なんでね。


387 :武陽陰士:2007/01/29(月) 21:54:10
左巻きって、多摩地区神奈川に関して、文書の漁り方
は追随をゆるさないよ。それに左ばっかだよ。
歴史学者は。

388 :武陽陰士:2007/01/29(月) 21:59:48
>>384
もっと勉強してくれ。ネットで覚えた知識を開陳
するな。ムカムカする。
一週間にイチニドしかネットしないのは、
パソコンにつなげてないのと、仕事のせいだよ。
まああと読書だ。左がどうとうかいういかにもありがちな、
庶民ナショナリストにはなりたくないんでね。まあインドでも
中国でも韓国でナショナリズムが凄いらしいけど。
実利的な部分でナショナリストはまあ置いといて、
学問的な立場ではナショナリストになりたくないんだ。


389 :武陽陰士:2007/01/29(月) 22:05:58
しかしネットやると性格が曲がってくる。
これは私だけじゃないでしょう。
まあ2ちゃんねるは篤学の士も少なからず書いているので、
多少居心地は良かったのだけど…。
しかしなんでネットって右翼が多いんだ。
君たちがネットやってられるのも、左翼の遺産だよ。
労働法、憲法の生存権社会権もそうだ。
そういうの分かっていってるのかねー。
日本も豊かになったということかな。

390 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:32:20
>>382
ちょっと待って。
>明治以降の天皇は違うけど、孝明以前の天皇は国民(これも近代的な概念だ)なる
>賎しき位も持たないヤツバラに親しまれたくないよ。

そうなの? 藤田覚の「幕末の天皇」(講談社選書 メチエ)なんかを読むと、ちょっと違うみたいだけど。
光格天皇は「君主」としての強い自覚で窮民の救済を願って行動した、みたいに書いてあるよ。

391 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:38:39
>>390
>孝明以前の天皇は国民(これも近代的な概念だ)なる
賎しき位も持たないヤツバラに親しまれたくないよ。
>なんでもいいけど中世史を勉強してください。

残民争うて採る首陽の蕨
処々炉を閉め竹扉を鎖す・・・
by後花園天皇(在位1428-1464)

392 :武陽陰士:2007/01/29(月) 22:41:02
性格曲がりのツイデに。
384はいつもの人だよね。
だったら反論ちょうだいよ。
あと『武江年表』を読んでよ。
近世の文書とかもね。
つまんない本ばっか読んでないで、江戸時代の人が
書いた本を読んでよ。何でもいいから。まあ江戸もつまんないの多いけど。
活字化されてれば読めるでしょ。
ああそれから平安鎌倉の天皇に触れてみて。
ところで君は初詣にはもういったの?
どこか教えてくれない?
私が分かる範囲で、どんな神様か教えるから。
まあ君は江戸時代のお蔭参りの庶民と一緒(君と説ではね)で、
祭られている神なりの尊崇対象をはっきり認知してたんだろうね。
知らないといったら、笑うよ。ふふふ。


393 :武陽陰士:2007/01/29(月) 22:46:56
光格は別らしいね。仁孝孝明につながってゆく。
ついでにいえば後醍醐天皇もそうだ。
後水尾もそうかも。
ただ概念としての民で、本当に接したいとは思ってない思うな。
おお、後白河を忘れていた。この人は変わってるけど。
平気の平左で宋人に会ったりしてさ。


394 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:51:17
後白河バンザイ

395 :武陽陰士:2007/01/29(月) 22:51:54
天皇自身が窮民とか思うのは外部のイデオロギーに影響されてるよ。
花園上皇シンキ(漢字出てこない)なんかにもあったはずだけど、
儒教(宋学)なんか入っているから、けっこう憂国の士(?)ではある。
しかし、それってどこまでいっても頭でっかちなものじゃないかな?


396 :武陽陰士:2007/01/29(月) 22:56:45
>>390
網野善彦が「江戸時代の天皇が全く権力を持たなかったと
見るのは違うんじゃないか?」と疑義を呈していたけど、
確かにそうかもしれません。江戸の天皇自身をいろいろ調べて
見ようとは思います。
ところで藤田覚という人の本は未知の本なので、今度チェックしてみます。
ご教示ありがとう。では、おやすみなさい。

397 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:57:03
武陽陰士 殿
あなたはクリスチャンだと言い、
別のレスでは、宗教と人文科学は対立するものだと言う。

果たして、あなた自身の中で、二者をどう両立させているのかな? 


398 :武陽陰士:2007/01/29(月) 23:02:06
>>397
今は眠いので答えられません。おやすみなさい。



399 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 23:47:03
この時間に眠いってことは武陽陰士は爺さんっぽいな

400 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 12:29:11
相手を散々現在の価値観で見てると批判しつつ、
自分は脳内での自分の価値観だけで断定してる
人がいるスレはここでまちがいないでつね?

401 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 12:40:53
>>376
農耕神・ご利益神感覚ってそれこそ現代の一般人
感覚なんじゃねーか?
少なくとも、江戸時代は今よりもっと地元の神社との
関係は強いだろ。そこの神官が庶民に来歴を話す
可能性は普通に強いぞ。

402 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 17:53:47
武陽陰士殿

相変らず余談ばかり多くて肝腎な話が少ない人だね。
ここはあんたの日記帳じゃないんだから、
もっと要旨を簡潔明瞭に書くようにしてくれよ。
まあ救いは、全くつまらなくはないということだが、
それにしてもちょっと目に余るぞ。

で、とりあえず言いたいのは、論点が
「江戸時代の「庶民」の大多数は天皇のことなんかまったく知らなかった」
から
「江戸時代の『庶民』の大多数は天皇のことには無関心だった」
もしくは
「江戸時代の『庶民』の大多数は天皇についての詳しい来歴、
正確な由緒歴史などについては無知だった」
って具合に、いつの間にかズレて来ていることだ。
こういうのはあまりフェアじゃないね。
いま話題になっていたのは前者についてじゃなかったのか?

無論、あらためて後者についての議論を深めるのは別にかまわん。
ただしその前に、まずは前者についての見解をはっきりさせたら?


403 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 19:21:13
つーか、来歴だの由緒だのを詳しく知らないからって、
その信仰対象への尊崇の念が無いって話には全くならないんだけどな。
武陽陰士氏はその辺りを故意なのか無意識なのか、
ごちゃ混ぜにして語っている印象を受ける。

404 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 20:51:21
>>375
ほらまた根拠無く、自分の脳内で断定された現代の価値観
で述べてるだろ?
遊女に教養は必要ないっていう明確な根拠述べなよ。
脳内断定じゃなくさ。


405 :404:2007/01/30(火) 20:53:28
確かに現代の遊女たる風俗嬢に教養なんて必要ないだろう。
ただ、当時は旗本やさまざまな階層の客がいるなかで、
教養なんて必要ない、身体だけあれば良いなんて事はありえ
んよ。

406 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 21:42:11
顔と身体とテクが最重要


407 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 23:33:39
私は、武陽陰士氏が軽蔑する“情動的な”昭和天皇崇拝者だが、
情動的と言われることに「得たり」とは思え、何ら愧ずべきことと思わない。
あまり彼の言説に過剰反応するのはどうかな?
彼にとっては反論を浴びれば浴びるほど、このスレは居心地が良く、
彼の鬱屈したぺダンティズムを癒すだけでは?と思うのだが・・・


408 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 23:42:20
遊女と芸子は違うんだが。たぶん分かってないんだろうな。

409 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 01:26:06
>>381
ふーん、武江年表ね。まぁ気が向いたら読んでみるよ。

しかし武陽陰士さんよ、
このスレでも以前「1を以て10を語る」的な態度は
批判されていたぞ。
その武江年表の親子の例1つを以て、

>江戸庶民には天皇なんかどうでもよかった
というのが良く分かる。

と断定するのはいかにも乱暴じゃないかい?
それに「どうでもよかった=知らなかった」じゃないんだから、
その辺ごっちゃにしないでほしいな。

410 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 01:53:38
>>408
遊女も教養を必要されている。それに作法というのがあって、階級の上の
遊女は三日通わないと一夜をともにできなかった。
町民の遊女通いが一般化してそういう作法とかが衰退というか退化したの
は事実だが、それでも、階級制度というか格式は残り、上級の遊女と遊ぶ
のが、一種のステータスとなってたのは間違いない。それと同時に、そう
いう大金を払わせる以上、それなりの教養を身につける必然性があったの
は、説明するまでもないだろ。
芸子っていうのはあくまでも芸でお金を得る商売、一生処女の芸子もいたそ
うだが、遊女でも階級が上だと遊女が客を選べたし、実際一度も客と寝なか
った遊女もいたようだ。これもまた事実。

411 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 03:07:13
遊女という時点で芸も学もない階層。芸とか学がある場合は別の呼称がある。

412 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 03:24:56
セックルしに行ってるのに教養とかどうでもいいんじゃね
顔と身体とテクがよけりゃ上流、不細工は下流だ

413 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 03:36:04
>>411
教えるなよ。
せっかく無知をさらけ出してるやつが釣れてるのに。

414 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 03:38:42
意外と遊郭の研究って進んでるんだよな。まぁ文献書籍が多いからなんだが。
昔っから興味の対象ってわけだ。

415 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 22:57:48
現代の風俗嬢に近いのは岡場所とか飯盛り女とかじゃない?

416 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 18:55:31
>>284
>江戸時代の歌舞伎の入場料の高さから考えて、たとえば地方から
出てきた裏店に住む流浪民のような「庶民」が、歌舞伎鑑賞」していたことなど とても考えられない。

高い、安いだけじゃ主観の問題もある。
こういうことを断定的に言うのなら具体的な根拠を併記してほしい。
以下は
http://www.kabuki-bito.jp/special/mizuhocbk/04/no3.html
で見つけたものだが↓

歌舞伎というと「高級そう」と思われる方もいるかもしれません。
確かに芝居茶屋を通して最上等の席を取らせるような場合には
銀35匁というのが相場でしたが、切落としという大衆席の相場は
132文と比較的安価でした。
明和8年(1771年)頃には、百桟敷と呼ばれる100文の立ち見席も
あったそうです。
江戸中期以降、蕎麦は1杯16文でしたから、手が届かない、
というような価格ではなかったのです。

‥‥まあそれ以前に、流浪民を「庶民」の中心的階層といっていいのかどうかも疑問だけどね。

417 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 04:50:18

現代に換算すると、
仮に蕎麦を400円として
さしあたり2500〜3300円程度で見られたわけだな。
それほど高価じゃないね。
少なくとも「とても考えられない」なんてことは無い。

418 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 14:51:34
ただ月収が1万もない時代と考えると

419 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 15:54:52
>>418
>>417が蕎麦が400円と仮定してるのは蕎麦が当時も手ごろだったからって意味だろ。
そこで月収が1万もない時代っていうのはおかしいと思う。
屋台で売ってた蕎麦がそんなに高級品だったのか?当時は?って話になるしな。

420 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 17:40:54
蕎麦が高級なのではなく給与が劣悪だったということ。
最低賃金の規制のない時代だからね。

421 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 17:50:12
>>420
最低賃金の規制がないとはいえ食うものも食えない程低賃金ってのも考えにくいがな。
蕎麦16文も中々食えないほどの低賃金って一体何食ってたんだよって話がある。
最低賃金の規制が無いからって限度があるだろ不通に考えて。

422 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 17:54:58
>>421
400文あれば別に食えるだろう。毎日食うわけじゃないし。
そんなもんだ。

423 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 18:00:21
>>422
それだと高級レストランに食事に行くような感覚だな、蕎麦食うのにw
でも400文ならば、こつこつ貯めて一年の楽しみで歌舞伎良くってのもありえそうだな。


424 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 19:49:09
>>422
例としてあげるのはどうかと思うが。

ttp://www1.u-netsurf.ne.jp/~sirakawa/A009.htm

このサイトで紹介されている、若い大工だと一ヶ月じゃなく、日給400文らしい。
その後の注釈で長屋でその日暮らしをしている人たちの日給はその半分以下らしいが、
それにしても月400文なんて人はよっぽどの貧困層じゃないか?

425 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 20:07:53
江戸時代の経済感覚と現代の経済感覚は全く違う。
比べても意味ないよ。

426 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 20:16:02
>>425
それにしたって、江戸時代にも町だと生活するためにお金が必要だったのは間違いないし、
ファーストフード感覚の蕎麦屋があったし、賃金をもらって働いていた人がいたのも事実だからな。
蕎麦は少なくとも江戸時代も現代も手軽に食べられるものってイメージがあったのだろうし、
分かりやすいところで比較するのは当然だろ。
現代の経済感覚と江戸時代の経済感覚が違うっていうのも漠然としてピンとこないな。
たとえばどういうところで?

427 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 20:41:55
一石=三俵 米60kgで約3万 (10kg5000円) 
一両=5000文(本来は4分なので4000文) 相場でかなり違う。
十両=25000文 関取
一分=1000文

200石だと年収600万程度になる。

侍の最低ランク サンピン侍
三両一分 約16000文 40万
幕末は組織借り上げでに半分取られるので8000文
年収20万〜40万 ただし身分の低い階層は普通に兼職するので
実はそれほど苦しいわけでもない。上士クラスは兼職しない。


1000文で一貫(両替960文)

16文=蕎麦400円とすると関取の10両は年収625000円となる。
400文=1万  400文×12ヶ月=4800文

日給400文×30日=12000文 2両4朱 月収30万 年収360万
計算上はお大尽な暮らしができる。

428 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 00:33:04
>>381
「武江年表」、読み始めた。
面白い本を紹介してくれたことについては感謝しとくよ>武陽陰士殿

ただなぁ‥‥

>天皇の崩御 なんかまったく話題にならない。ほんの少し、勅使が下向してきたとかあるくらい。まあそれにもまして琉球人、朝鮮人の江戸来訪記事は多いんだけどね。

だって「武江年表」ってのは、
「武」蔵の国の「江」戸の出来事について書いた年表って意味だろ?
それなら京都の出来事を書かないのは当り前だと思うんだが。
例えば、大塩平八郎の乱なんかについても全く触れてないよね。

>江戸庶民には天皇なんかどうでもよかった というのが良く分かる。

今ざっと見てみると、徳川将軍の逝去だって全く話題になってないよ。
生憎下巻はまだ入手していないが、
少なくとも中巻まで、つまり初代家康から12代家慶まで、その死の話題は全く出てこない。
しかしだからといって「江戸庶民にとっては将軍のことなんかどうでも良かった」という論法が成立するのかい?


429 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 00:49:11
>>427
お前>>424のスレ見てないだろ?
てか聞きたいんだが、お前毎日働いてるのか?w


430 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 00:59:04
>>427
まてまてw
当時は米主体の食事だったし、ある程度米本位の経済だったわけだから、だったから米で見るのは
まずいんじゃないか?少なくとも米の価値は10キログラムで5000円なんて決め付けるようなものじ
ゃなかっただろ、米相場に手を出して失敗うんぬんなんて江戸時代に結構あったようだし。
だからこそ、他の人が屋台で出せるような庶民的な食べ物である蕎麦で現代の価値をはかってるん
だろうに、大体比べる貨幣基準の対象が対象ごとで違うのは変だと思う。

431 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:08:36
何の為の谷町なのやら・・。

432 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:12:36
>>427
こいつ何もわかってない。
10両力士っていうのは明治時代に作られた制度で、江戸時代に10両をもらった力士っていうのは
いただろうが、それを今で言う10両力士とは言わない。


433 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:26:11
>>424も例と言ってあげるには、どうかと思うと認めているように
あのHPは、明らかに試算がおかしいデータ。というか金換算が間違っている。
銀の価値が異様にレートを高くしての換算で本来は1/5程度
(幕末は1/10 さすがに改鋳してレートの帳尻を合わせたが金が流出する結果に)。
もっとも架空の数字であり、長屋で暮らしをしている人たちの年収はこの半分以下
と一応注が出ているが

武士の最低ランクで月収1333文で現在の価値で33325円。
もっとも蕎麦にして83杯。・・蕎麦安いな。そして給与が低い。
最貧層を武士の1/3と計算しても400文程度はそんなものだろう。

434 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:29:05
>>432 
関取の基準だが明治には貨幣単位で両ではない。つまり江戸の基準で収入を判断している。
あと洞察力がまるでないな。ツッコミどころが間違っている。

435 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:36:21
>>428
確かに徳川将軍すらどうでも良い存在に成る程度の屁理屈理論ですね。
この程度の詭弁でしか空想できない


436 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:38:38
等間隔だったのか。ジン解読不能。

437 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:40:25
>>616 
こう言うの観ると
やっぱりバカサヨイデオロギーから
適当な屁理屈で妄想していただけで
史学とか言えるレベルじゃ無い奴だったと分かるよね 


438 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:52:34
朝からしゃれになんねースレだな。

439 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:55:19
     __    __,.- 、--  .._
      |ヽ.__.〕⌒_/  / ,´`'ヽ.-`─‐,┐
      | (,...ゝ '´:::`ヽ ̄`ヽ.、,`L/ ,′
.    ,r:'´::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ」  /
   /,イ::::::::;::::/|::::|::::::::::::::::';::::'.::', /:|
.   j/ l::::::::l::::j_.';:::|、:::::≒-、i;:::lヽ|/::::| 未来から来ました
.    |:|:::::|ヘ:l  ヾ \| \|.i/::::::::::::l. 詳しいことは禁則事項なので
.     ヾ\',      、 _,.|::::|::::::::::::.、
       |`ト==-'   `¨´.|::::|:::|:::::::、::ヽ
       |:N.、_    c _,. !::/ヾ!:::::::l.ヽ::!
       |::|:::::::|  ̄丁__ノ| l/ i':/:/l:/  リ
      /ソ';::::::゙{ヽ-、| i' ,.-ヶム:| '′
       ヾ ヾトv、|_|ニl `/゙i'´ ノ`
       ー/Y´ L.l L7ヽ  )- 、
       r'^ヽゝ_´ `´  ,〉f`ヽ. \
.       ',  ヽ,.-く_`ー--_'ン⌒;  > ヽ
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         ト./  L゙ァ─‐´     |  |
         `′ し′       、_ノ


440 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:58:51
>>433
俺相撲わからないんだけど、
10両力士の10両って年収だってソースとかあるの?
力士の階級って興行ごとに上下するんだから常識的に考えて興行ごとだと思うんだが、

441 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 02:02:49
相撲は給料下がりません。上乗せされていきます。

442 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 02:07:25
>>441
上乗せされるのが10両分ってこと?
基本賃金があった上で?

443 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 02:07:52
前頭筆頭であろうが前頭10枚目であろうが月額の給与は同じである。
ちなみに十両もこれと同様である。

平幕上位、下位では実力の差があるのはもちろんである。力士は番付について
一切意義を申し立てができなのだが、同じ給与ということは上位であれ下位であれ
納得いかない点もあるだろう。しかしこの不満を打開してくれるのは、力士褒賞金制度である。

力士褒賞金制度とは?
これは番付の給与とは別に力士の成績において、毎場所ごとに支払われる制度なのである。

勝ち越しの数(8勝7敗だと8引く7で1となる)につき0.5円
金星 10円
幕内優勝 30円
全勝優勝 50円

これは現役生涯負け越しても減ることがなく積み上げられていく。
そしてこの4000倍の額が毎場所、十両幕内力士に支払われる。
実力がありそれに伴い実績を残した力士ほど高い額を支払われる。

444 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 02:09:09
>>443
それってもう完全に現代の相撲界の賃金体系だよね?


445 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 02:15:04
「十両」の呼称は、江戸時代の幕下二段目の上位10枚目までの力士の給料が
「十両」だったことから来ている。「幕下二段目」とは、現在の十両から幕下に相当する地位を
指す。

年功序列なので給金自体が下がらない。下がらない以上そうそう上がらないのだが
十両以上だとお抱えでタニマチがつくので問題はない。報奨金は勝ち負けでお抱え先の
人間が必ず支払うのでどんどん上がっていく。報奨金制度の原型だな。
昔は大名とかが普通にスポンサーになっていて(郷土出身とかもあるんだが)尚武
の気風という感じでケチったりはしない。幕下にはつかないんだが今ほど厳格ではないので
ひょっとしたらついてる場合もあるかもしれない。

446 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 02:26:16
勝ち越すと給金が上がるが、負け越しても下がらないのは相撲を取れる期間がそれほど
長期ではなかったこともある。正直危ないしな。今ほど場所回数はないがその分集中してやる。

たまに伝説的な大関とか出てくるが例外中の例外。基本は勧進名目で始まったのだが
定期興業が春秋で回向院で江戸では行われていた。屋外のため雨天は中止される。
年2回より 相撲取りは「一年を二十日でくらすよい男」といわれた。
実際は、寺社の神事興業で巡業するわけだが。
魔を踏み固めるとか弓を鳴らして邪を払ったりする型などが継承されてるのはその名残。

447 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 02:34:58
>445
 成績によって番付が上がったり、下がったりするだけではなく、いわゆる年功序列的なものもあります。
負けてばかりいる力士でも、協会(相撲会所のちの相撲協会)の配慮により、番付は上位になる事も
あったようです。2メートルを越える大型力士は、看板力士として相撲を取らなくてもその興行の目玉商品
として一人土俵入りをしています。

横綱は、大関になった力士に相撲の家元から公認される免許でした。番付には大関のままで横綱
とは、表記されていません。家元との仲が悪い藩のお抱えだと雷電みたいに横綱にならないこともあります。

448 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 04:35:45
かくしてここは蕎麦と相撲について語るスレとなった

449 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 04:45:36
誰だよ。そばが16文って言い出したの・・・。

450 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 04:49:41
オマエラ寝ろよ。いやひょっとして早起きなのか?

451 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 14:30:03
輪王寺宮は天台座主も兼務

452 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 15:17:09
基本的に坊主は還俗してはダメだ。

453 :武陽陰士:2007/02/05(月) 19:20:56
>>415
うーんそれは。
遊女というのは一種の債権だと思って欲しい。
証文もあるしね。
資産価値が目減りしたら(客を呼べなくなったら)、
場末の遊郭に売り飛ばされるんだよ。
奴隷みたいなものだよ。
だから飯盛女と吉原は連続していると思っていい。


454 :武陽陰士:2007/02/05(月) 19:36:02
>>408
知ってるよ。常識。
芸者は女郎と違って恵まれているよ。
労働条件が違うし(女郎の方が劣悪。キャバクラと風俗の差異に近い?)。
ところで芸娼妓っていうでしょ。
芸者と女郎を一緒くたにした言い方なんだけど、これだと見えない現実がある。
芸者と違って女郎は、なんだかんだいって差別されていたということ
(松崎コウドウ、山東京伝とかの妻は女郎上がりだ、などという反論はやめてね。
またそれに対してまた何か書かなくちゃいけないから)。
明治の元勲も大体ほとんど芸者だよね。女郎上がりいるのかな?
坪内逍遥の妻(ラブラブだった)が、根津遊郭の女郎だったんだんだよね。
エリートと女郎の結婚は周囲に物凄く軋轢を生んだんだよね。
まあいつの時代でも(今だって)、売春婦に対して偏見はあるけど、
持たない人は持たない。
下層の庶民とか、一種の自由人的知識人(松崎コウドウとかね)には
あんまり差別意識ないんだよね。
荻生徂徠なんか差別感ひどいけどね。



455 :武陽陰士:2007/02/05(月) 19:53:08
>>407
軽蔑なんかしてません。
私は右翼には一抹のシンパシーがある。葦津珍彦なんか好きだな。
西郷隆盛、もね。モリナガ親王も好きだな。命かけてるし。
ただね、ネット右翼とか若者(40代まで)の右翼感情ダメなんだよ。
まあ君は違うのかもしれないけど。
気分的なものでしょ。そういう人たち、時代の気分に流されやすい
人たちだよ。戦前のナショナリズム狂奔。戦争に負ければマッカーサー大好きアメリカ様(終戦しばらく
たったとき、日本人の尊敬する人物ナンバー1はマッカサーなんだよ)、東條死ね。
60年安保騒動、70年安保くらいまでは大方の若者は左翼(ノンポリ左翼もいれてね)
人気だった。まあ地方、大学の体育会は別だな。
今では東條も人気出てきたし。左翼なんてダサいという訳だね。
すごいよ。この変遷。一貫してない。呆れるばかりだ。
福田恒存、三島由紀夫、林房雄はやっぱり偉かったんだな、って思う。
時代の気分に流されているだけの右翼はお笑いだな。
まあ左翼もそうだね。気分的にいろいろ変化(へんげ)している。
「右翼も左翼も時流に沿ってるだけだろ」という横槍は
くれぐれもやめてね。


456 :武陽陰士:2007/02/05(月) 20:23:46
>>414
アカデミックな研究はけっこうキツイいんじゃないかな。
好事家、郷土史家、国文学畑のアカデミシャンとかがけっこう多い。
郷土博物館なんかの紀要に飯盛女について書いてあるけど、
ああいうのは宿場研究、交通史なんかのついでって感じ。
近世(近代も)遊女研究で非常に良質な学者(女)がいるんだけど、
彼女はあんまり一般メディアに登場しないんだよ。
キレイゴトじゃないとこが彼女の研究には出てきちゃうから
お呼びじゃないんだろう。
ところで最新号の『東京人』は読んだ?吉原特集だけど、ザッと
目を通したとこじゃ、歴史学からのアプローチはないね。
小沢昭一とか佐伯ナントカ(女。専攻は比較文学だったはず)、そんな人選。




457 :武陽陰士:2007/02/05(月) 20:28:45
>>425
確かにそうだね。
貴方も頷くと思うけど、一般向けのメディアだとそういう比較
やり過ぎてるよね。

458 :武陽陰士:2007/02/05(月) 20:42:04
>>428
すると思うな。とりあえず記述信用すれば。
政治思想とは迂遠な人たちだったんだね。中の下以下の庶民は。
と、こういうと庶民を馬鹿にしてるって反論がでるんだろうだな。
最近みんな誤解してるけど、江戸時代(明治大正そして昭和も)
の庶民には文盲も少なからずいた。寺子屋云々というのはなしだ。義務教育でも
強制でもない教育機関はけっこう無力なんだよ。まあ義務教育も
無力なんだが(働かなくてはいけないので、昔は小学校行かない人とかは
けっこういた。宮沢賢治は小学校で貧乏な子に優しかったというが、
そもそも本当の貧乏は学校に行かない)。
文盲だとだめなんだろうか?そういう庶民は世間知、仕事をこなす能力は
ちゃんと(人一倍)あるんだよ。字が読めないというのは、単にそうだったという
事実に過ぎない。価値判断してはいけない。
天皇将軍に関心がないのは、そんなに余裕のない生活を営む庶民にとっては
当たり前じゃない?
ただ、徴兵制、日清日露戦争になると違ってくる。
庶民の意識がだんだん統合されてくる感じだね。
床屋政談、風呂屋で時事放談もこのころからだ。
あ、現代も。2ちゃんねるとかのネットなんかね。



459 :武陽陰士:2007/02/05(月) 20:48:04
中国人だけどジャッキー・チャンは文盲だよ。
昭和前期の京都の祇園なんかの芸妓も文盲に近いくらい、
世間的な学力はなかったらしい。
そのかわり芸事は人間国宝なみ(以上?)だ。
子供のときから鍛えられるからね。
今じゃ児童虐待だけど。

460 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 20:53:01
そろそろ武陽がうざくなってきた件

461 :武陽陰士:2007/02/05(月) 20:55:13
>>402
すまない。確かにそうだ。
「江戸時代の庶民は天皇を知っていたか」という問題設定に対しての
私の見解は、「東日本の下層庶民は恐らく少なからぬ数が天皇を知らなかった
だろう」ということだ。
ただいろいろ留保がつく。地域的偏差、時代別とかね。
あと、史料的に証明するのがひどく難しい。いわゆる地方文書とかは村役人レベル
、豪農レベルとかのモノだからさ。
はっきりいって学問的となったら偉い作業だ。

462 :武陽陰士:2007/02/05(月) 20:56:43
>>402
すまない。確かにそうだ。
「江戸時代の庶民は天皇を知っていたか」という問題設定に対しての
私の見解は、「東日本の下層庶民は恐らく少なからぬ数が天皇を知らなかった
だろう」ということだ。
ただいろいろ留保がつく。地域的偏差、時代別とかね。
あと、史料的に証明するのがひどく難しい。いわゆる地方文書とかは村役人レベル
、豪農レベルとかのモノだからさ。
はっきりいって学問的となったら偉い作業だ。

463 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 21:00:58
● 若い桃尻お尻厳選?+秋山奈々??? ●
http://eco.no.land.to/idol/forumdisplay.php?fid=1&filter=0&orderby=views&page=1

464 :武陽陰士:2007/02/05(月) 21:07:57
>>460
だとしたら退散かな?
まあ一週間に一度という人間なんだけどね。
そういうわけでネット的強迫はないんだけど。
まあ書きすぎだな。
>>390
藤田覚の本は読んだよ。面白しろかった。
住吉参り、浅草参りとかわらないじゃない?

465 :武陽陰士:2007/02/05(月) 21:14:14
>>416
江戸の庶民は田舎か出てきたんだよ。
ある意味流民。それに裏だなに住む下層民は結構多いよ。
多数といっていい。日雇いの人たちの数はすごいでしょ。
長屋の盆栽は農村でやっていたことの延長だね。
文化史的に目に付く「庶民」を中心に据えるのは、教科書的テレビ的だよ。
まあいいけど。


466 :武陽陰士:2007/02/05(月) 21:18:57
四国とか隠岐なんかどうなんだろう?
天皇に対する意識は強いと思うな。
調べたわけじゃないんで、まるっきり推測だけど。
ところでさ、この掲示板に四国畿内の人いない?
この地域意だと、江戸時代の庶民の天皇意識もけっこう東国とは
違うんじゃない?藤田の本『幕末の天皇』でも、あの御所に押し寄せた
庶民旋風を畿内に限定してたし。
現代でもそうだけど西と東とでは歴史的意識に違いがあるよ。
まあ実証しろというと、キツイけどさー。

467 :武陽陰士:2007/02/05(月) 21:46:55
>>416
>>410
>>428
出るべくして出た反論群だね。手短に。
セックスワーカーという視点をまず視座の基底に据えて下さい。
教養、手管もセックスのフリカケです。あと好事家、文学畑的な遊女
見解を一度、捨ててかかって下さい。これは反論のための反論ではなくて
ある種の公徳心でいうことです。
>>416
実証的に調べなくてはいけないけど、社会学的アプローチで行けば
また違うでしょ。まあ芝居狂の丁稚(手代?)という落語もあるけどさ。
今はちょっと違うけど、つい最近まで歌舞伎けっこう敷居が高かった。
入場料が高いのは他の娯楽に対してということね。歌舞伎が下層庶民にそこそこ
浸透するのは、江戸後期の地方への波及(田舎芝居、農村歌舞伎)とか、
浮世絵とか、巷の噂とかも多いよ。ただこれも実証となるとおそろしく
手間取るな。ここじゃ無理。
>>418
そうだよ。前から書いてるじゃない?ようするに地理的な偏差だよ。
崩御が箱根を越えられないということだよ。まあ将軍も直接庶民には
関係ないんだよね。ま、御政道を論うと捕まっちゃうけどね。
江戸前期(原資料なんだろう?)のところは時事的じゃない?
ただ『武江年表』はひとつの例だね。史学プロパーがいたら反論
バンバンきそうだ。町名主のゲッシンはね、恐らく大塩の乱も知りすぎ
るほど知ってるんじゃないか?まあ下層庶民はね。別だ。



468 :武陽陰士:2007/02/05(月) 22:17:40
書き過ぎた。まあマナーに反したのは許してくれ。
当分、こういった長文群の書き込みはしないから。
ただこの掲示板の前半(1〜100)くらまでって、
凄いね。教養あるな。レンケツ云々の人もネット右翼というレベル
じゃないし、エロスについて語ってる人(私はこちらの人の意見に賛同
する者)もすごいや。読みでがあったよ。
ま、そんなとこで。また。

469 :武陽陰士:2007/02/05(月) 22:22:28
書き過ぎた。まあマナーに反したのは許してくれ。
当分、こういった長文群の書き込みはしないから。
ただこの掲示板の前半(1〜100)くらまでって、
凄いね。教養あるな。レンケツ云々の人もネット右翼というレベル
じゃないし、エロスについて語ってる人(私はこちらの人の意見に賛同
する者)もすごいや。読みでがあったよ。
ま、そんなとこで。また。

470 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 22:25:48
武陽、鯖が重いときは何度も書き込むを押しちゃだめだよ
書き込みに失敗しましたって出ても書けてる場合が多いから
そのまま放置しとけ

471 :武陽陰士:2007/02/05(月) 22:25:58
二重投稿ごめんなさい。
今後ここでは不用意に書き込みはしません。
なるたけ、ロムするだけにするつもりです。


472 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 22:34:49
まあ遠慮するな
どうせ過疎だし

473 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 03:35:28
一般人は書き込めない状態だからな・・・。
まじで閉鎖かもしれん。

474 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 09:15:21
閉鎖ネタは調子乗りすぎたってひろまろ自身が言ってたじゃん
いつまで信じてんだよ
鯖の調子が悪い時は運営見て来い

475 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 12:18:01
すなおな人だな。あまり振り込みとかしないほうがいいぞ。
潰れると予告してから潰れる方がすくない。
直前までなんともないっていうものだ。

476 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 12:26:52
つかこんな金の成る木を手放すわけがないって普通に考えりゃわかるだろうに
万が一手放したとしても株板のコテが買い取るって言ってたし
企業も放っておかないだろ
まあおいらは潰れた方がいいと思ってるがなw

477 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 16:07:27
>>427
誰もツッコんでないけど、200石取りの武士の手取りは200石じゃないよ。
200石分の領主というだけ、実際の収入はその3〜4割程度ですよ。
200石丸まる取ったら農民死ぬよw
もちろん、大名もそう。加賀100万石も手取りは多くて四割程度だろう。
だから、>>427の換算でやったら、200石取の武士は60〜80石で180〜240万円。
これで家族の生活費、武士としての必要経費、若党・中間・下女の給金・食事代などを賄う。
現代では到底無理だね。
これで現代との比較が無理と分ってもらえたかな?

478 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 18:28:42
若党や中元の給与がさらに低いからなんの問題もない。
計算ではサンピンが6人雇える。+自分の取り分

479 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 20:49:17
へ〜〜え

480 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 00:20:51
和歌山人は大阪好きだし、奈良県人は京都にあこがれてるよ。
岐阜県人は名古屋も岐阜みたいなものといってた。
好きとかあこがれってレベルじゃない。
三重は半分和歌山

481 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 01:03:38
どこの誤爆だ

482 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 23:20:37
都道府県戦争?

483 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 02:02:35
>>427
ちょっと計算を間違ってないか?
一石=3俵(1俵60Kg)とあるが、
一石=2俵半=150Kgじゃなかったかな。俺は一石=150Kgで習ったんだけど。
まぁ、半俵は許容誤差としても、10Kgを5000円とすると、
一石は、75,000円(2俵半)〜90,000円(3俵)ではあるまいか?

因みに、俺は5Kgで5,000円前後の米を今食っているから、米の品質や消費物価や卸物価や生産者物価は、この際考えないこととします。

484 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 02:56:49
まあ米は、半額になったり何倍にもなったりするからな。
貨幣代わりにするのは吉宗じゃなくても無謀だと考えるものだ。米将軍も大変だぜ。

485 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 03:07:38
昔どこかのスレで石高を現在の年収にするとってのがあって
そこでは

一石=140`、自主流通米が1`280円として
280円×140=39200円。四公六民で税率は40%だから
39200円×0.4=15680円(=1石)

これを近衛さんの年収としてみると……15680円×2860=4484万4千8百円

ってーのがあって、ほほーっと思った。

>>483
お前良い米食ってるな。俺ん所は10kg3980円だわ。

486 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 19:47:05
>>458
>政治思想とは迂遠な人たちだったんだね。中の下以下の庶民は。

だからぁ‥‥なんで「武江年表」だけからそういう判断が出来ちゃうの?
前には「庶民」を十波ひとからげにするのではなく、
もっと厳密に分類して論じるべき、とかいいながら、
こういう大ざっぱな断定はあんまりじゃないか?
現代だって、数あるファッション雑誌とかレジャー雑誌から
「現代の庶民は、遊ぶことと食うことと着飾ることにしか関心が無かった。政治なんてまるで無関心だった」って言い方、
まぁそれも可能といえば可能なんだろうが、
そんなもんあくまで「印象」でしかないだろ?
現実には、そういう雑誌も読む一方で、
オピニオン誌も経済誌もごく普通に読んでる奴もごまんといるわけだ。
そりゃまるっきり無関心な奴もいるだろうが、そんなの江戸時代じゃなくたって、
いや、洋の東西、時代の古今を問わずとも、必ずそういう人間は存在する。
だからって、そういう最下層の無教養な底辺にまで裾野を広げ、そこから庶民というものの最大公約数を出すというのは、俺にはあまり妥当とは思えないね。
とどのつまりは、「いつの世も庶民なんて似たようなもんだ」って話になっちゃうだけだよ。

487 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 19:52:55
>>465
>文化史的に目に付く「庶民」を中心に据えるのは、教科書的テレビ的だよ。

そこまで言うからには、教科書的テレビ的じゃない庶民を中心に据えたご立派な説を唱えてみろよと思うが、
しかしそうなると今度は「実証は無理」と来る。
なんなんだろうね、これ?
それに「教科書的」と批判するのは簡単だが、
時代ごと、国ごと地域ごとの文化の差異を際立たせるには、それが至極妥当な方法だからってことを無視してはいかんよ。

前にもどっかで書いた記憶があるが、
庶民階層でもそういう教科書的な教養人が少なからずいたってことは、
それなりの広い裾野があると考える方が自然だし、
そういう知識人がよそに及ぼす影響だって、程度の差はあれ必ずあったと俺は考えるけどね。あなた同様、実証までは出来んけどさ。

488 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 21:30:37
>>485
自主流通米の値段だが、1`=280円というのは卸値かい?それとも小売価格かい?
それによってもまた収入が変わってくるよ。

489 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 21:35:26
>>488
すまん。そこまでは解らないわ。
数年前のスレで見た内容だしな。それまで石高を現在の年収に当てはめるとってのが
解らなかったから、これを見て結構納得したからメモ帳に残しておいた奴なんだ。

490 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 21:38:26
>>489
卸値ならいいけど、小売価格が280円なら卸値は当然280円より低いから`あたりの収入が減ると言うことですよ。
当時だって札差に安く叩かれていたわけだし。

491 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 22:48:13
自作自演?

492 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 06:05:39
平田国学って今の秋田の庶民や平田神学が内容から山の民に受け入れられたとか載っていた

平田は今の秋田出身だからそうかと思うが、山の民に受け入れられた理由を細かく分析すると良いかもな。
少なくても平田国学には天皇が関係するので。


493 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 16:18:01
受け入れてません。

494 :ウィキ(その他の百科事典も同じような記述):2007/02/10(土) 20:42:40
篤胤の学説は学者や有識者にのみ向けられたのではなく、庶民大衆にも向けられた。
一般大衆向けの大意ものを講談風に口述し弟子達に筆記させており、後に製本して出版している。これらの出版物は町人・
豪農層の人々にも支持を得て、やがて国学思想の普及に多大の貢献をする事になる。
庶民層に彼の学説が“受け入れられた”ことは、土俗的民俗的な志向を包含する彼の思想が庶民たちに受け入れられやすかったことも示している。
特に伊那の平田学派の存在は有名である。後に信濃の文学者島崎藤村は『夜明け前』と言う作品の中で平田学派について詳細に述べている。



495 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 21:55:36
平田篤胤の思想のうち、庶民の心理にかなって受け容れられたその中心部分は、
顕幽論だと思う。
本居宣長のように、「死ねば善人も悪人もおしなべてきたないよみの国へいく」
というのでは、救われないからなあ。

496 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 01:22:20
浄土真宗でいいやん

497 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 16:41:56
一向宗と平田思想とでは、受容層が違う気が・・・

498 :武陽陰士:2007/02/12(月) 20:56:46
>>486
現代なんかどうでもいいんだよ。そもそも義務教育が浸透している現代
と「江戸時代」では比較になんない。
それとさ、君に「武江年表」を薦めたのは、素人だからだよ。要するネットに
埋没してロクスッポ古典なんか読まない奴と思ったんだよ。大体ネット
に依拠した知識はどうかしてるよ。まとも研究者でネット経由で学問する
奴なんていない。ウィ何たらなんて馬鹿らしいんで私なんか見たことないよ。
じゃいくよ。これから基礎勉強始めなきゃいけない君に最低限読まなくちゃ
いけない本を提示する。

499 :武陽陰士:2007/02/12(月) 21:03:48
まず君は近世の文献、論文、随筆ほか、全然読んでいない。
なぜそういうことがいえるかと言えば、武陽陰士。この名前を知らないよう
だからね。まあ他の掲示板(江戸暗黒ナンタラって板)もそうだけどさ、武陽
陰士は『世事見聞録』っていう文化年間に書かれた随筆の著者のペンネーム
だよ。近世の庶民研究の必読書だよ。まあどうせ書名もしらないんだろうが。
熟読精読してくれ、とりあえず。「文語体でよめないよー」ってなんて
言ったらもう相手しない。啓蒙する価値もないボウフラやろうだからね。

500 :武陽陰士:2007/02/12(月) 21:13:15
あと柳田国男(やなぎた、だよ。やなぎだじゃないからね)の『明治
大正史世相篇』これも読んでくれ。まあ柳田はいろいろ問題もあるのだが、
とりあえず基本は押さえてくれ。貧民(下層庶民』についての必読文献
松原岩五郎『最暗黒の東京』、横山源之助『日本之下層社会』、この
二冊は踏まえてくれ。頼むから。明治期のルポだが。「明治時代じゃな
いか?」なんていったら君はパーだ。江戸時代には貧困を詳細に記す
という観念時代が希薄なんだよ。「飢饉があった」というのもなしだ。
ここでいう貧困というのは社会の構造化されて常態となっていたものだ。

501 :武陽陰士:2007/02/12(月) 21:22:01
近世史関係の学者だと、「江戸時代の庶民は天皇を知っていたか?」という
命題に対しては、だいたい「下層庶民の場合、尊崇観念はないだろうが、
知識としてはあったのでは?」と答えると思うよ。それに対して、私は「
東国の庶民は天皇を知らない連中が多かった」と言い立ててるんだけど。
これは今の学界の趨勢からは多数派とはいえないという自覚はある。
ただ平田国学は庶民といっても豪農層、商人、せいぜい自立した余裕のある
農民とかだよ。末端の庶民には浸透してたなんてことは若干の例外を
除いてないよ。君はね、中流意識が成立した現代(高度成長期から)から
の視点、あるいは震災後の大衆社会を前提としないと浮かばない、
思考様式で考えているよ。もっと勉強してくれ。ネットなんてやるな!
本を読めよ。


502 :武陽陰士:2007/02/12(月) 21:40:38
>>497
至極まっとうなコメントだ。
>>487
君、馬鹿?今まで意欲的な奴だと思っていたが、もう飽きたね。
区内にあるマンモス大学の近世史の学者のとこいって質問してきなよ。
「歌舞伎に関しては下層庶民も触れた」とかいう研究者もいるだろうが、
下層庶民の意識に平田国学なんかない。君とかネットやっている連中は、
私も含めて多少時間に余裕があるんだよ。江戸の下層庶民(まあ農民)は
労働時間が長いんだよ。学問なんてやらない。読み書きを習うくらい。
ついでにいえば、(寺子屋とかじゃ計算全然やらないトコも多い。民俗
学者の宮田登は「江戸時代の識字率は同時代の世界のなかでも抜きん出ている。
農村の識字率は六割は行っていたいただろう」とある対談で放言してた。
六割だぜ。これでも世界的にはスゴイ訳さ。君は文盲が全然いない現代から
立脚してるよ。もっと本読みたまえ。しつこいが)
ちょっとましなのはは、たまに俳句くらいだよ。江戸時代の農村は豊かだ
ったっていう学説が最近は有力なんだが、労働時間はやっぱりケタはずれ。
エリ何とか・バード(名前どわすれ)の『日本奥地紀行』平凡社の東洋文庫刊
(だったかな?題名忘れかけてるや)の下層の農村の人間の描写はスゴイよ。
みんな年より非常に老けて見える。二十歳なのに五十台に見えるとさ。
日本人とか東洋人って今だったら、白人より若く見られるのが常套なのにね。



503 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 21:46:54
つかえど時代に庶民の家にお雛様ってなかったの?
お内裏様とお雛様って歌もあるけど、あれは明治以降なのかな

504 :武陽陰士:2007/02/12(月) 21:53:49
近世に関わっている学者で商売人としての方向もある連中は、
江戸が身分制(中世に比べたら段違いの変動はあるが)だったり、
遊女が人身売買で辛酸を嘗めたり、農村の労働時間の長さ、
都市のスラム、監視国家としての江戸(北朝鮮みたいな感じといったら
言いすぎかね)、江戸後期の治安の悪さ(特に関東甲)、庶民にも
多くの下層がいた事実(杉浦なんたら他が隠居がなんたらとか
言ってたが、江戸で隠居できるのは余裕のある階層だ)、
以上のことどもは分かってるんだよ、本当は。
ただそんなこと一般向けの本とか、テレビとか言ったって
オモシロクないからね。
ああそうだった。阿部次郎の『徳川時代の芸術と社会』。これも読め。
読まないとか言っている時点で、君は見込みなしだ。
歌舞伎浮世絵他の江戸の庶民文化を論じる際の基礎文献だ。
よろしく頼む。あと。以上の本は飽くまで前提だ。
他にも論文、文書ほか必読はゴマンとある。
頼むぜ。
ゲッシンの本は、『俳ふう柳たる』とか同じで暇人好事家向けだ。
君をネット馬鹿の意欲なしのトウシロウと侮っていた。
まあゲッシンのは三文小説になりたいんだったら、ネタにはなるな。


505 :武陽陰士:2007/02/12(月) 21:57:18
まあ、キツク感じたら許してくれ。
ただ以上列挙した本は読んでほしい。
白人女が書いた『日本奥地ナンタラ』は読まなくてもいいから。
前提なんでね。
あああと、暇があるんなら、江戸時代の小説も読んでほしい。
『浮世床』とかね。

506 :武陽陰士:2007/02/12(月) 22:02:36
『世事見聞録』、『最暗黒**』、『日本之**』は岩波文庫から出てる。
阿部次郎は絶版なんで入手しにくいな。

507 :武陽陰士:2007/02/12(月) 22:11:31
>>503
わからない。調べて下さい。
まあ余談だが、神式で初めて結婚式を挙げたのは確か大正天皇だ。
あと江戸時代の天皇は火葬で菩提寺もある。

あと「神官が村人に説教云々」って言う書き込みがあったけど、
なんだろうねこれは。
神仏分離するまでは、多数の神社が寺に管理されてたの知らないの?
まあ若干地域的な偏差と、由緒のある神社は別だけど、ちっちゃい神社
なんて今と違って神官なんていないのが多いよ。神社に仏像が祭られていたのは
ゴマンとある。明治なってから無理やり引っ剥がしたんだよ。
今の神主は、明治になって任命された連中の子孫とか、別当寺(神社の管理寺)
の坊主が転進して神主になったりしたのも多い。
まあいずれにせよ、国学にかぶれてる連中は別として、庶民の意識に仏教と
神道を区別する観念はほとんどない。

508 :武陽陰士:2007/02/12(月) 22:26:10
浮世絵、俳諧、歌舞伎、落語、武道、文人画(南画)、戯作、
江戸漢詩、宣長、活字化された地方文書、江戸の随筆、まあ
その他etcも読むべし。学者の書いた論文著作は後回し。

509 :武陽陰士:2007/02/12(月) 22:29:49
明治初期に日本にやってきた外人の日本庶民の描写は面白いよ。
江戸時代には書かれる対象じゃなかったんだな。


510 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:30:18
>>507
ちょっと調べてみた
>大型で豪奢な享保雛は、「奢侈禁止令」などで贅沢すぎると幕府から取締りをしばしば受けるほどでした。
このことは雛人形が商業化されて、一般町人の世界に広まってきている証左ともいえます。

町人の間では一般的だったようだね
地方の農村だとどうかしらないが

511 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:35:38
>宝暦年間(1751〜1764)以降、京都から江戸への文化の移動に伴い、
化・文政年間(1804〜1830)頃には京都とともに江戸にも雛人形を飾る風習が広まってゆきました。
雛市なども隆盛となり、市民の間にも浸透していったのです。
それ以降、雛祭りは明治・大正・昭和と盛んとなってゆきます。

>桃の節句は五節句のひとつ〜  
・五節供は「五節句」とも書きます。
江戸幕府がこれらの五節句を式日と定めたのは
従来の宮廷の伝統的節会を踏襲する意味がありました。
しかしそれ以上に、武士社会と密接な関係がある農村地帯の民俗的な節日を受容し
これに中国式の解釈を施して形成されたと考えられています。  
・「五節句」の制度は明治6年に廃止されましたが、民間行事として定着しています。


だって。
知ってたっぽいね

512 :武陽陰士:2007/02/12(月) 22:40:06
今、本が手元にないんで確実じゃないけど、記憶にあるので書く。
新政府の役人が明治二年に東京の庶民の階層内訳調査をやってるんだね。
確か、東京(江戸)の全住民が約50万人(武家が消えたのでこの数字なんだろう)。
30万人が借家住まいで、そのうち10万人が「極貧民」(確かこういうタームだった)
で、その日暮しの日ようとり層だということだ。
この階層は生活に余裕がない。何かあればタチマチ困窮する連中。
ま、もう一度調べないといけないし、役人の調査はどれほどアテになるか。
はっきりいって実数(暗数)はもっと多いと私見では睨んでいる。

513 :武陽陰士:2007/02/12(月) 22:45:14
>>511
裏だなの「庶民」はどうなのか。これを調べるのは面倒くさい。
多分、紙雛でも祭ってたんだろう。憶測だが。


514 :武陽陰士:2007/02/12(月) 22:49:52
>>510
農村も江戸も階層差というのを射程にいれて欲しい。
これは知ってて不問に付す学者も多いけど、私は重要なファクターだと思う。



515 :武陽陰士:2007/02/12(月) 22:52:35
たぶんこれは高校レベルなんで皆ご存知だと思うけど、
通常、町人というのは店借は含めないでしょ。
その原義でいえば長屋の棒ふり大工なんかは町人じゃない。


516 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:58:28
庶民の中でも階層で分けて分析しなきゃいけないのか
そりゃ大変だ
せめて一番多い層とかにしてくれよw

517 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:01:50
>>516
ネットだけやってろよ。ばか。

518 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:05:14
「学問」きっちりやることだ。
まともな学者ならやる。
階層差っていうのは社会学でも重要なファクターだ。
やっぱお前は見込みなし。ネットアホウ。
ちなみにお前みたいなの階層も分析されているよ。社会学者にね。
勉強してね。では。
もう寝るんで。あと書き込みはまた当分なしか、もうしないかも。
本読むんでね。

519 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:13:20
2ちゃんねるやる奴の階層とか、ネット右翼的言説の分析とか、
ま、君見た様な連中はいろんな学者が分析してるな。
あとさ、W使うの止めなよ。変な紀要に2ちゃん文体を論じたのがあってさ、
その分析に君入っちゃうよ。私は少し外れる。ネットつなげてないし。
ネット右翼じゃないし。

520 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:17:55
2ちゃんのスレなんだしそんな頑なにならなくても
こういう意見もあるよって書けばいいんじゃね
研究論文書きたいなら他池


521 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:19:17
>>520
まあそうだ。ちょっと大人気なかった。

522 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:20:06
啓蒙癖があるんでね。諒とせられたい。

523 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:24:03
>>118
いる?なんだかこのへんの人全然書き込みしてない感じなんだけどね。


524 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:27:53
ネットやると本性がでない?
まあ人格者は違うんだろうけど。
私は出ちゃう。思いっきりね。
低学歴がどうととか書いてた人いたけど貴方も性格悪いよね。
私と同じ。まあそういうお下劣止めたほうがいいね。お互い。

525 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:27:56
武陽陰士って基地外かバカかなとは思ってたけどやっぱバカだったんだな
もう来ないとか言ってたのにまた来てあいかわらず全レス延々とやってるし
マナー違反ってことも知らないで、よく他人をアホ呼ばわりできるな
NGネーム入り
あぼーんされるの自分でわかってるからコテってるんだろうし

526 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:28:25
まあね。

527 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:29:17
そうとう恨まれたね。「君」には。まあしつこいけど
お勉強してください。

528 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:30:09
君子は豹変す。

529 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:31:58
まあギャラリーの皆様お許しを。
「君」にじゃなく。「君」は「君」としか呼べないが、確実に
存在してるね。

530 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:33:37
レスが飛んでるな
早く国に帰れよ糞チョン

531 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:35:35
>>525
まあせいぜい書いてよ。ここ開くのどうせまた来週だし。
君は毎日開いて来てるからイラつくでしょ。ふふふ。


532 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:37:43
おまえもう来なくていいわ('A`)
臭に一度しか繋げない赤い国に帰れよ

533 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:38:42
>>530
本性が出てきたね。人格は出来ていないようだ。

534 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:39:57
連投ウゼー。いい加減にしろよ
俺もあぼーん入れとく


535 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:40:26
忙しいのよお仕事で。

536 :武陽陰士:2007/02/12(月) 23:42:09
>>534
連投ごめん(これもだが)。マジですまない。これで終わる。


537 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:43:14
もういいって
うざい


538 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:46:36
武陽陰士はそろそろ荒らしの認識を持った方がいいと思うんだ

539 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 23:58:58
「知ったか」にはいいお灸だよ。
痛いとこ突かれて、感情的になってやんの・・・

540 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 00:01:42
たぶん武陽はリアルでも相手にされてないと思うよ
あの偏屈さと頭の固さじゃ話聞きたいとも思わないよ


541 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 03:56:08
いまさらだが、天皇は陛下じゃないのか

542 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 09:03:01
いや、何の史料だったか忘れたが平田神学が山の民に支持されたと有った。
平田の弟子が小作人まで集めて色々と吹きこんだとね。
だいたい、身分制っても日本は欧州と違い横の繋がりのが大きく
言われてる程じゃ無いしな。


543 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:43:04
どうかな?
中根千恵じゃないが、欧州に比べ日本で階層間のモビリティが高かったのは、明治維新以降。
特に江戸時代の階層は固定的だった。

平田篤胤の思想については、「近代天皇制イデオロギー」の礎となったという側面からではなく、
垂加神道の「日少宮伝」へのアンチテーゼとして、死後の霊魂の行方を明らかにすることで、
現実の生活の安定を望む、民俗的信仰に根ざした点が一部庶民の共感を呼んだ面が強いと思う。

544 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 00:43:15
葦津珍彦と三島由紀夫にシンパシーを抱く矛盾に違和感を覚えながら、
逆に自分もそうだから、武陽陰士氏に親近感を感じている。
何でもかんでも「庶民」が天皇を知っている・・・とする牽強付会や、
たびたび見かける「それは、すごい発見ですね」みたくお花畑系のリアクションに
辟易していたから、なおさら。
でも、君の噛みつき方は異常だよ。
レス投しているのは、暇人や学究ばかりじゃない。
仕事に追われ、ビジネス本か、通勤電車の中で司馬遼あたりを読むのがせいぜいの
所帯持ちのサラリーマンや、サークル活やゼミ論に汗かいてる学生もいるんだから、
コレ読めアレ読めと責め立てて、読まなきゃ反論許さねえ・・・みたいなバリアを張る
のはフェアじゃない。




545 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 06:37:02
本人が全てを実際にちゃんと読んでるかは微妙だったりしてね

546 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 06:39:20
ちくわを無視するハットリくんわろた
http://www.nicovideo.jp/watch/ut6n1l13MH810

547 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 10:05:43
伊勢参りとか伊勢神宮詣で知ってたら、少なからず関連として天子の存在を知っていておかしくないか?
確かに、日々の暮らしに渇々だったら伊勢参りとか言ってる場合じゃないが知識としては知っていておかしくないでしょ?
ただ、日常においては天領なら幕府・代官、大名・旗本・陪臣領なら各領主に対して不満・感謝するのが普通だから
普段は頭の片隅にもないだろうね。

548 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 10:13:08
さあて上野の宮様のところに
お参りでも行くべか

549 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 10:37:42
>>462
じつにおかしなことを主張する人だ。
では私の説は西日本の小学生は
少なからず安倍総理をしらないだろうということにしようか?

留保つきで、W。

本人からのレスはいらねえよ。相手する気ない。

550 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 20:56:22
武陽陰士へ

今回はずいぶん余裕無いね。
やっぱり「実証出来ない」ってところでキレたのかな?
でも事実だからしょうがないやね。

俺があんたに不信感と不快感を抱くのは、
余計なことを衒学的に振り回すわりに、
いっこうに核心にふれないことだ。
しかも推測に過ぎないことを断定口調で述べている。
そのくせ、ちょっと突っ込まれると「実証は無理」。
これでどうやって信用しろっていうのかな?

言っとくけど、本をたくさん読んでいるからって別に何の説得力も無いよ。
大事なのは、それら数多の史料を読んだあんたが、
どう論証してみせのかであってね。


551 :550:2007/02/14(水) 20:58:10
まぁしかし「憶測するにしても、もうちょっと勉強してからにしてくれ」
と言いたいのはわからんでもない。
俺も、別の某スレでそんな風に思った経験はあるしね。

だけど、あんたの言い続けていることってのは最初から今に至るまで、
もうずっと何の進展も無いんだよ。
核心からズレたことはああだこうだといろ〜んなこと書いてるけどさ。
だって、要約してしまえば結局こういうことでしょ?↓

「江戸時代の庶民は労働時間が異常に長くて
しかも4割は文盲。貧困。
生活の余裕なんか全然無いんだから、天皇なんか知るわけない」

で、これについては前に誰かが
「経済的に貧しくて文盲だから天皇を知らない、というのは説得力としては薄い」
って返していたし、俺もこの意見に同感なの。
天皇に関する由緒来歴だの、詳しい知識だの教養だのが無くたって、
いや、それゆえにこそ、とも言えるかもしれない、
敬虔な気持で神仏を崇拝する素朴な民ってのは
洋の東西を問わずいるもんでしょうが。

もう1つ、「天皇を知らない」ことと「天皇には無関心」なのは別ってことを
あんたも一度は認めたはずなのに、
今回また混同して話を進めてない?

552 :550:2007/02/14(水) 21:09:48
とにかく、はっきりしているのは
これまで「庶民が天皇を知らなかった」ということを
あんたは論証出来ていない。
あくまで推測を述べているだけ、ってこと。これは歴然とした事実だよ。

ま、あんたが自分で言うほど本当に本をたくさん読んでいるんだとすれば、いまどき殊勝なことだと褒めてあげるけれど
(まぁ俺なんかに褒められても全然嬉しくないだろうがw)
それならご立派ついでに、
あんたがたくさんの本を読んで得た知識を、出し惜しみせず華麗に披露して、
あんたの軽蔑している無知なネット史学厨くらいスッキリ納得させてみたらどうかな?
「本を読め」とか「大学行って聞いて来い」なんて丸投げしないでさ。
そこまでやって初めて「啓蒙癖がある」なんて高言吐けるってもんでしょ。

553 :550:2007/02/14(水) 21:20:13
一応念のため言っとくけど、俺は別にあんたはウザくないよ。
いや、正確にいえば、ウザいと思うこともあるけど、
それでもこちらには無い視点をあれこれ提示はしてくれるんで、
刺戟になるってところかな。
いずれにせよ、あんまりスレと直接関係のない一人語りや自分語りをやり過ぎるのだけは閉口するので、そこだけは何とかしてくれ。
特にネット右翼がどうの左翼がどうのなんて、まるでどうでもいいことだから。


554 :國學院卒:2007/02/14(水) 22:02:21
さてなんとやら陰士とやら
暦の発行経緯はご存知かな?

555 :國學院卒:2007/02/14(水) 22:08:13
江戸時代の暦は幕府天文方が
作成しながらも、やはり朝廷ならびに
土御門家が流布させる形をとっていたわけだが

556 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 00:18:09
>>555
流布ったって、注釈つけさせてもらってただけだろ。
普及させる力も権威もなく・・・
もっとも津々浦々に流布させるのは幕府の権威を以ても為しがたく、
近代国家の成立をみるまでムリだった。

それでも元号が精一杯。残念ながら庶民への皇紀の普及まではね・・・
鳴り物入りの「皇紀2600年」も、奉祝歌がたちまちタバコの替え歌で揶揄られるありさま。
♪『金鵄』上がって15銭、栄えある『光』20銭・・・だっけ。

557 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 01:02:07
銭と円が違う。

558 :武陽陰士:2007/02/15(木) 22:35:59
>>553
忠告ありがとう。確かにそうだ。読み返してちょっとキツかった。
我ながら短気かつマナー違反だった。これは反省してる。
>>554
春海の墓には5年ほど前に参拝した。ま、暦は本当のところよく知らないね。
基本的に自分の知らないことは知らない、読んでない本は読んでないという
正直に言うのが信条でね。それと国学院卒というのは本当?だとしたら好き
になれるな、あなた(まあ迷惑なら悪いが。あと神道学部か国文学科であれば尚良し)。
>>544
まあそうだけどさ。本は忙しくても読める思うよ。
土日潰してね。電車の中でも読めるし。まあわたくしは子供のころに結構
読んだんで今は楽。テレビとかネット(ちなみに今書いてる書き込みは家族のパソコン)
やらないしね。まあ深夜帰りに休日出勤が重なる人はきついね。
>>549
柳田のこの間私が挙げた本を読むべし。
隔絶された共同体ということがよくわかる。現代の情報化社会と一緒に
されたら困る。しつこいが現代とは比較の対象にならないのが、プレモダンだ。
現代のナンタラというのは禁句にして考えるのはやめた方がいい。
あと昔の人々のメンタリティーに極力触れてほしい。
現代人(モダン)(漱石も入る。森鴎外は前現代)?の本は読まないように
してみるとよくわかると思う。

あと本はやっぱり読まないとダメだよ。
忙しいというひとは何か他の娯楽をやっている。
暇な人だって意外に本読まないし。結局他人から学ぶなんてできない。
独学だよ学問は(BY小林秀雄)。


559 :武陽陰士:2007/02/15(木) 22:52:22
伊勢神宮と天皇と直結さすのは江戸時代の庶民に希薄だよ。
まあ私の説じゃなくて、これはだいたいの通説といえる。
解説するのは長くなるので止めとく。
>>555
そうか。さもありえそうな話だ。形骸化しきっても、天皇が、なお幕府に
必要とされたのと同じ感じ?
>>550
人間というのは弱いということさ。
ちょっとしたことでブレる。
ネット上はある意味、生だしね。まあ許して頂戴。
天皇ついて付言。普通、みんなが江戸時代の天皇のことをいうときに
念頭にあるのは国学的、後期水戸学が作ったイメージだよ。そのイメージ
を庶民が持っていないのはわかるでしょ?そのイメージは学問として流布
されてきたものなの。素朴なもんじゃない。素朴な信仰だと天皇には向かわないよ。
例えば関東だと天皇に関する信仰を示す石造物が全然ない。庶民は迷信深くていろ
いろ石造物つくるんだけど、天皇に関してはまったくなし。まあ聖徳太子、
アマテラス、伊勢神宮なんかはあるけど、天皇とは結び付けてないよ。あつかいが
他の神々とすごく並列的に存在してるんだ。ちなみに韓国経由、中国の神も庶民は祭っている。
国学は大体ヒマジンのやるもの。勝海舟もそういう意味のこといってる。
田舎の関所の役人なんかが国学にかぶれたりすることがあるんだけど、
これも暇だから。田紳はみな暇だ。




560 :武陽陰士:2007/02/15(木) 23:04:20
「素朴な信仰」と「国学が醸成してきた天皇表象」、この二者が
今までの議論だと峻別されていないんだ。
平田篤胤は本居宣長の死後ので弟子だけど、宣長の弟子は富裕層が多いよ。
町家の出が多いけど。

出し惜しみはしてるひとは2ちゃんねるには、けっこういると思う。
たぶん後で使おう(論文その他で)と思ってるんだと思う。

こないだ死んじゃったアベキンヤという西洋中世史の学者
がいたでしょ。彼がね、日本には本当の意味の貧乏な階層から這い上がった
知識人はいないというんだな。ヨーロッパだと貧困者は教会という後ろ盾
があって学者になれたりするというんだよ。日本じゃないとアベは断言する
んだ。私はこれについては若干例外ありとは思ってるけど、おおむね
当たってる。




561 :武陽陰士:2007/02/15(木) 23:16:17
連続投稿だが、これで今日は最後なので。
下層中層庶民の素朴な尊崇観念が、天皇に向かった時代というのは
まごうたなく存在する。ご一新後の明治帝の地方行幸と、日清日露の
勝利で天皇が完全に庶民のシンボリックな崇拝対象になったということ。
天皇関連の石造物記念物も目白押しだ。戦争の勝利は下層の庶民も
浮かれさせたからね。あと学校教育、大衆芸能なんかにも天皇関連の
頻度が高くなった。
歌舞伎も皇国にふさわしくしようとして団十郎なんかが改革しようとした。

よく天皇を崇拝する庶民という図式があるけど、あれは御真影の流布
と連動してるよ。皇宮遥拝ももちろん前近代にはない。このときの
圧倒的な記憶が今の日本にも蓄積して、いわゆる右翼というのはいるのだと
思う。もちろんここには葦津や西郷他は入らないし、ある種の新右翼
の人たちも含めない。

562 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 00:05:32
確か、江戸時代に天皇が御所を出たのって200年くらいなかったんだよね。
後桜町天皇の次の光格天皇の時代に火事かなんかで避難したことはあっても、孝明天皇の御幸まで。
(光格天皇が民衆の事を思っていたっていうのは彼が傍系であったことと御所を出た経験による気がする。)

少なくとも、明治になってからの露出度は明らかに異なるから江戸時代の天皇観が明治以降と違うのは確かだろうね。
で、知識人が知ってたことはいいとして、庶民のどれだけが知ってたか。
特に百姓なんかが知っている理由はあるのかな。
少なくとも存在自体を知らない人はいてもおかしくないと思える。
町人に関しては寺子屋でどんな教材使ってたかが分かれば、ある程度参考になる気がする。
あくまで天皇扱う教材あり→天皇の知名度は一定以上、ってだけで教材なし→天皇の知名度なしとは言えないけど。

563 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 12:42:40
体制側の政策は江戸時代は隠す天皇、明治時代は
見せびらかす天皇みたいな主張が定説めいていたけど
スレの最初のほうに紹介されてるように
民衆研究家なんかが丹念に資料(表札)なんかを
調べていったら即位式等でゆるやかとはいえ
庶民との接点なんかが以外に確認されたので
波紋を呼んでるんでしょ?

564 :國學院卒:2007/02/17(土) 18:35:29
武陽陰士殿、長文乙。
後でまた改めていちいち返事させていただきます。

565 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 18:55:22
またしょうこりもなく糞コテ来てるのか
よっぽどリアルでも相手にされてないんだろうな…

566 :國學院卒:2007/02/17(土) 18:58:20
>>563
そのとおりです。さらに今の私たちの常識から
すれば江戸時代とその前の時代、江戸時代と明治時代をはっきりと
わけて断絶や変化のほうに視点をおきがちですが
じつは特に庶民レベルにおいては
この歴史の中に生きた人達の
生活文化にはかなりの連続性がみられます。

567 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 19:00:12
562に関しては563氏が妥当な返答をしているので
省略

568 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 19:00:26
おまいらがいちいち基地外を相手にするから居付いちゃったんだろが


569 :國學院卒:2007/02/17(土) 19:31:45
>>558
江戸時代の暦は幕府天文方の
暦職か作成、それを土御門家に送る
土御門家は幸井家に暦注をつけさせ
再び江戸の暦職に戻す、
暦職は戻った暦を浄書して
土御門家に返す。
土御門家は出来上がった暦を朝廷に献上、
その後、土御門家配下の陰陽士が全国に流布させる。
土御門家はかの安倍晴明子孫の
陰陽道の大家だが江戸時代の
幕府の宗教統制の流れに呼応し
天和三年に霊元天皇より
諸国陰陽道支配のリンジを
賜り江戸時代全国の
陰陽士を統括した。
土御門家からの免状がないものは
もぐり。

570 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 19:33:31
訂正
幸徳井(かでい)家
かつての賀茂氏の流れ

571 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 19:48:33
全国に流布したのは伊勢の御師だろ

572 :國學院卒:2007/02/17(土) 20:12:47
>>562
明治の天皇については
伝統的な天皇をおしたてながらも
近代国家の君主としての
役割を期待されたので
改めて言うまでもなく
それまでの天皇観とはあきらかに違います。

日清、日露の宣戦詔勅にはそれぞれ
「大日本帝国皇帝」
「大日本国皇帝」
と記されています。
勲記にも日本国皇帝と記されていましたが
昭和11年になってようやく
「大日本国帝国『天皇』」になりました。

また江戸時代の庶民についても
天皇に関して直接の知識は
一般の農民たちには薄かったかも
しれませんが庶民をとりまく文化の中には
天皇も含む

573 :國學院卒:2007/02/17(土) 20:17:29
>>562
つづき

天皇も含む古代世界につながる
文化が濃厚に生きていましたから
ぜんぜん知らないという判断は
やはり今の私たちの常識から勝手に判断した
偏見の可能性が高いわけです。

つまり、江戸時代の人達というのは
現代の我々よりはるかに古代との連続性をもった文化の中で生きていたと判断できる
資料や風習が数多くみられます。

その具体的事例については
またボチボチこのスレッドで
とりあげていく予定です。

574 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 20:20:00
>>563
それはその通りで緩やかに、って繋がりが何処までかが問題ですよね。
肖像画という制度が無いところでの天子像というのはやっぱり少し違ったものになると思います。
>>566
民衆のなかに、連続的な天子像があるというのはいいとして、やはりその後に質なり量なり変わると思います。

では、僕らが制度以前の天子像を知り得るか?という問題で、
制度以前の天子像はどれだけの人にどのように受取られていたか。

やはり断絶を見ていると言われるかも知れませんが、肖像画で天皇のイメージを知ることの出来た世代とは、
天子のイメージが同じであることは不可能だと思ってしまいます。

575 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 20:22:50
>>565>>568>>571
いらねえチャチャ入れんじゃねえよ。
俺は武陽陰士氏に対して
返答してるんだ。

言いたいことあるなら
それなりの根拠や資料をもとに
ちゃんと正面から言ってこいや!
こそこそ姑息なことしてんじゃねえ!

576 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 20:25:55
>>574 君は武陽陰士氏?
ではないだろ。
文章と内容の質でわかるぞ。

577 :562=574:2007/02/17(土) 20:26:49
>>572
ありゃ、失礼。
ところで、あなたの言う古代世界につながる文化が濃厚に生きていたってのは、町民だけ?それとも農民も?

578 :574:2007/02/17(土) 20:29:02
>>576
もちろん違いますです。
興味がレベル低くてもうしわけない。


579 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 20:55:28
>>577 農民もですね。
たとえば江戸時代に流行した庚申講
いろいろな形態があるが
おおむね神社では猿田彦が
信仰の対象にされていた。
庚申信仰自体は江戸時代の信仰と言ってもいいが
そこに古来からの猿田彦という神が合流していること自体
江戸に生きる古代世界を垣間見られないだろうか

580 :577:2007/02/17(土) 21:15:02
>>579
それは林羅山なんかの神儒一致によるものでしょうか。
たとえば金比羅さんとか、不動さんとか七福神も流行ってますよね。
そういった、起源を問わずに神として祭ってしまう土壌があったんではないでしょうか。
それはむしろ儒教=幕府に都合のいい様に神々を作り替えていく事に繋がったと思います。
彼らはサルタヒコという国津神の伝説と七福神の起源とか区別していたんでしょうか?

581 :562=574:2007/02/17(土) 21:29:03
自分で寺子屋言い出した手前。
寺子屋では、教師は大体武士で手すさびに教える者が多かったとされる。
寺子屋が流行始めたのが寛永のころらしく、これはちょうど天皇家と幕府が揉めてた頃になる。
逆に露出度もその後200年よりは高かったはずで、武士が儒教→忠孝説く流れで町民達に天皇について伝えた事はありうる。
とはいえその頃は幕府>朝廷で武士からすれば忠孝の頂点としてたかは分らない。

ただ、どうもその頃の教科は読書・習字・算術といった実用の学が多かったらしく、
儒教を教えてるとこは稀だったように感じる。
扱った教科書に古事記とかあるかと思っても、「往来物」や「四書五経」、古典・歴史書というだけでよく分らない。
時代下って安藤昌益とかの頃になると実学でない儒学を教えていたりしてるのは明らかだけれど…
山片蟠桃なんかになると商人やりながら、神である天皇が国の起源だなどと非論理的でまやかしだと非難してたりする。
彼が罰せられたわけでもないことは当時天皇がどんな存在だったか多少示唆してくれるかも。

582 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 05:12:54
即位式を観覧する定数で
男100人、女200人って差別ですか?

583 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 21:44:58
>>582
警備の都合じゃないの? 男のほうが危険でしょ。武器も使えるし。

584 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 22:13:39
いや、それだったら
病人や老人なんかを規制しなくてもいいやん。同じくらい危険性少ないやん。

金払ってでも式を見たい+ほぼ無害
なのに女だけ優遇してるように見える。

585 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 22:55:23
>>584
病人や老人の身が危ないだろー。押し合いになったら。
病人についてはケガレ云々あるかもだけど。

586 :武陽陰士:2007/02/22(木) 22:36:13
いろんな理由から、あんまり引用したくなくて今まで取り上げなかったんだ
けど、三田村鳶魚っているよね。彼の代表著作『江戸っ子』から、引用する。
この板の趣旨に合うので。

「芝居はただ平民のものだと、一概に思い込んでしまっている。芝居町・遊女
町を江戸時代には悪所といっていた。そこは武士以外の者の逃れ場だった
のであります。(中略)この悪所で自由に楽しんでゆく者は誰か。それは資本の
ある人間、町人の得意なことである。だから、平民文学を好む者や、浮世草子
の読者などというものは、江戸歌舞伎を見物する群と似通った、同じ平民の中で
でも、資産のある階級の者どもであった。(中略)平民文学のみならず、江戸歌舞伎
というようなものでも、後来江戸ッ子といわれる人達のものではない。熊さん八つっ
さんは浮世草子を読むことはない。檜舞台を見物することもほとんどない。



587 :武陽陰士:2007/02/22(木) 22:47:52
寺子屋もね。やっぱり階層性を見ないと。
行かない連中も多いし、簡単な読み書きで事足れりとするのも多い。
まあ「いろは」、「千字文」、「消息文」なんか浮かぶけど。
そういうのて尊王とは関係ないじゃない。寺子屋でもピンキリで、
奇特なトコは違うんでしょうけど。
明治時代の民権運動家の目にはちゃんとマジョリティとしての
無知な下層中層庶民への視点があるので、機会があったら読んでほしい。
まあようするに無知な庶民に選挙権はいらないということなんだけど。
ついでにいうと文盲というのも江戸っ子にはそれなりにいる。
あるいは実数は多いかもしれない。算出できないのだが。寺子屋というのを義務教育的に捉えて
はダメだと思うし。
江戸の知識人には、下層中層庶民を描出する意思があまりない。
理由は彼らが恵まれていたことと、そういう問題の視座というのがなかった
からだ。もうひとつは「ご政道」に批判的な観点があると罰せられるから
でもある。ヤマガタダイニは尊王だけど、それだけじゃなく今、私のいった
ような視点を多少持っていたのだけど、幕府によって誅されてしまったよね。

588 :武陽陰士:2007/02/22(木) 22:55:13
>>579
始原をたどるとね、そうなるけど、庶民は知らないと思う。
あれだって道教の教えに(カノエのサルの日に何たらね)、サル田彦が
習合したわけでさ。弁天だってインドの神様に宇賀親王が習合したり、
他にも例がいっぱいある。だいたい日本の神社(寺も)、寺になっていた神社
も祭祀対象の来歴を参拝者が知ってることが少ないよ。
調べてもよく分からない神社もあるし。中世に荘園だったときに
建てられた神社とかもあるね。もちろん村落の住人とは由来からして
縁もゆありもないけど、庶民はそういうのもちゃんとありがたく信仰
するんだな。


589 :武陽陰士:2007/02/22(木) 23:06:44
>>569
『世事見聞録』に載ってるよね。そのへん。
かなり批判的なんだけど。免状で儲けてると批判してる(批判してるのは
私じゃなく、あくまで初代武陽先生です。念のため)。
>>573
(同じ人にだけど。)。私は網野善彦の良い読者じゃないけど、
彼は非常に鋭い指摘をしてる。「関西には民間に天皇信仰と呼べるものがあった
のでは?」とね。実際、学者が調べると、古代に建てられた天皇に関わる
神社で、関東じゃとっくに廃絶したのがあるんだけど、関西にあるとかそれなり
の証左もあるようだ。
私は畿内についてだと、ちょっとお手上げなんで、偉そうなこといえない。
ついでにいうと九州はもうサッパリ私には分からない。

590 :武陽陰士:2007/02/22(木) 23:22:03
ジジェクというスロベニア出身の現代思想家(ここ十年、邦訳目白押し)が、
21歳の日本女性との対談集を、集英社新書から出したんだけど、
そのなかでジジェクは面白いことを言っている。
大略を書く。
「文化人類学者が、ある共同体の文化を見るときに、その文化のことを
学者自身も調べ勉強するとき、その文化圏のマジョリティが、自文化に対
する知識がちゃんと具わっていると思ってしまう。これは間違いじゃないか。
カトリックなんか見れば瞭然だ(聖書その他はラテン語で記されている)

文化人類学者が心してかからなければいけない前提は、共同体の文化の知識
をその当事者たちが余り知らない、無知であるという観点ではないか。

[訂正]
588において ゆあり→ゆかり
587において 消息文→往来物


591 :武陽陰士:2007/02/22(木) 23:41:24
>>562
>光格天皇が民衆の事を思っていたっていうのは彼が傍系であったことと
御所を出た経験による気がする

言われてみれば、
傍系の君主って、民情に通じてる奇特な人達で、名君も多いよね。


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