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【うつけ】 織田信長総合スレ 【妻は春華似】

1 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 00:35:54
賛否両論ありますがやはり信長は戦国の英雄。
戦国時代を語る上でこの人はなくてはならない存在でしょう(*・ヮ・*)
信長ネタなんでもござれ!

2 :海舟問屋:2006/07/30(日) 03:32:37
初めて2げと!
まじめな話も、己の力のみでやってきているような信長。
だけど、二回ほど、大幅に人が変わっている時期が。
一回目は、「美濃の蝮」斎藤道三に会ってから。
ここで、天下人たる薫陶を受ける。
信長、初めて人から積極的にモノを教わる。

二回目は、木下藤吉郎を配下にした時。
藤吉郎の美濃攻めのやり方を見て、明らかに力攻めだけではなくなった。
信長にとっても、秀吉はなくてはならない存在であった。


3 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 04:35:02
アリの巣コロリってあるじゃん。
蟻の行列にポンと置くと、一瞬ビックリして列が乱れる。
邪魔だなと言わんばかりに迂回する列が出来る。
そのうち好奇心旺盛な一匹がアリの巣コロリに入る。
そいつをマネして何匹も入る。
毒とも知らずにツブツブを運び出す。
一匹が一粒づつ。
いつのまにか行列列はアリの巣コロリが折り返し地点になる。
黄色い粒と黒い蟻が作り出す模様は綺麗で見てて楽しい。
一匹が一粒づつ、丁寧にせっせと毒の粒を運ぶ。
せっせと、せっせと、せっせと、せっせと。
蟻さんって働き者だなと思う。
俺も頑張らなきゃなと思う。
次の日、あれほど沢山いて俺を困困らせた蟻が一匹もいない。
ほんとにいない。
探してもいない。
泣きたくなった。



このレスを見た人は4日後にあなたの大切な人がいなくなるでしょう・・・・
それが嫌ならこのレスを5つの板にコピペしてください。
信じるか信じないかはあなた次第です。

4 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 18:24:12
>>1


5 :日本@名無史さん:2006/08/05(土) 00:51:29
>>2
墨俣の話は創作のようだけどね

6 :海舟問屋:2006/08/08(火) 10:17:37
>>5
う〜〜ん。
一夜城が創作なのであって、
黒俣砦を作ったのは本当なのでは?
じゃないと後の話が繋がらない。

とにかくサルげっちゅ!したのは大きかったと思う。


7 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 10:40:21
春華似がイパーイ

8 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 12:38:45
信長の近親者、親族で
秀吉に臣従した人たちって
どんな気持ちだったんだろう。

9 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 13:27:01
>>6
墨俣砦
@数日かけて林の中で設営
A完成後一晩(夜やったのかは知らんが)で周辺の木を切り倒す
…みたいな感じでさも一晩で砦が現れたように見せたんでしょ

10 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 14:15:40
>>8
下克上の時代だから、さほど気にも留めてないでしょ。
織田信雄など、徳川時代のほうが北国の小藩に追いやられて悲惨な状態。
秀吉存命の頃に悲哀があったら、徳川時代には立つ瀬も無いw

11 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 16:14:58
っていうか信長関連のスレッド異様に多くないか?
同じようなのを立てすぎ

12 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 23:22:42
===================私はプラムです===============
毎日朝からレスしています。馬鹿スレばっかり作っています。自作自演でしか自己主張できません。
人の話は読み取れません。質問されても返事できません。議論はいつでも負けますが、相手が勝手に逃げてくれます?!
頭は悪いけど負けず嫌いです。約束や自分で書いた事が守れません。東広島に住んでいますが長州気取りです。

【プラムコテ】 PU=プラム=安曇連=がいやまん =太国=ヒッキー=サガミハラ=本田=定ちゃん=彼都

【プラム動向】 罵倒=あほレス=注目浴びたいレス=

【自作自演スレ】 時空移動スレ=薩長会津スレ=一行リレー=南部スレ=邪馬台国畿内スレ=

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151161164/l50
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151055171/l50
【大ヒット書き込み中】先行ぷスレ 今は座談会になってます。 【大ヒット書き込み中】

危険ですので初心者の方は気をつけて下さい。プラムに付ける薬はありません。ひたすら馬鹿にしましょう!



13 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 22:19:12
===================私はプラムです===============
毎日朝からレスしています。馬鹿スレばっかり作っています。自作自演でしか自己主張できません。
人の話は読み取れません。質問されても返事できません。議論はいつでも負けますが、相手が勝手に逃げてくれます?!
頭は悪いけど負けず嫌いです。約束や自分で書いた事が守れません。東広島に住んでいますが長州気取りです。

【プラムコテ】 PU=プラム=安曇連=がいやまん =太国=ヒッキー=サガミハラ=本田=定ちゃん=彼都

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14 :日本@名無史さん:2006/08/22(火) 22:24:34
===================私はプラムです===============
毎日朝からレスしています。馬鹿スレばっかり作っています。自作自演でしか自己主張できません。
人の話は読み取れません。質問されても返事できません。議論はいつでも負けますが、相手が勝手に逃げてくれます?!
頭は悪いけど負けず嫌いです。約束や自分で書いた事が守れません。東広島に住んでいますが長州気取りです。

【プラムコテ】 PU=プラム=安曇連=がいやまん =太国=ヒッキー=サガミハラ=本田=定ちゃん=彼都

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15 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 22:13:54
信長と坂本龍馬が人気を2分するっていうけど、
信長と龍馬じゃタイガースとPLくらいの差があるでしょ



16 :名無しの権兵衛:2006/09/23(土) 01:03:07
信長の子孫でスケーターの
織田信成って顔が信長っぽくないか?
肖像画みるかぎりでは。こないだ
明智光秀の子孫の女が信成と対面
してた番組あったぞ。
うさんくさかったが・・・。

17 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 01:12:57
↑こういう奴に限って最も胡散臭い

18 :名無しの権兵衛:2006/09/23(土) 02:07:51
↑その通り!否定はせんよ。
へ〜うさんくさいっていう漢字
はそう書くんや。勉強になった。
ありがとう。

19 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 03:03:18
>>16
>明智光秀の子孫の女が信成と対面
明智嫡流は滅んだし、津田も柴田に攻められ滅んだ、
筒井は存在自体が疑わしいが滅んだ。
男系は死亡
すると細川系だけだし、それをもって光秀の子孫ってのはどうかと思うぞ




20 :名無しの権兵衛:2006/09/23(土) 03:14:08
↑その通り。まったく今のマスコミは適当すぎて困る。
明智がつけば,そこに無理矢理結び付けようとする姿勢が
見え見え。へ〜て鼻ほじりながら見てた。うん

21 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 03:20:39
↑さぞかし立派な鼻くそが掘れたでしょうなぁ あっはっは


22 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 09:37:44
のぉ〜

23 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 11:24:18
ガラシャの子孫は途中で養子を取ったような…
血は途絶えたけど家系は続いてるからまぁ子孫でもいいのではないかい
織田の方は本物だ


24 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 08:18:34
信長は本能寺の奥の部屋に行って
扉をしめて、その中で切腹した、とか書いてあるけど
誰か切腹の現場を見てたの?

本能寺にいた家来はみんな焼け死んだんだよね?

信長のことだから、こっそり逃げたりしてないのかな。
でも無理か。
有名すぎてて、逃げられないね。

25 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 13:25:25
その後天海上人になった。
だから光秀=天海説は大嘘。

26 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 10:28:19
>>8
家臣より妾になった娘の気持ちが気になる。
が、猿死去後さっさと再婚してるのはやっぱり・・・

>>23
藩主は養子で妾腹の支藩から養子をもらったけど、廃嫡された長男の子孫である
評論家の隆元の家系はガラシャの子孫。

27 :日本@名無史さん:2006/10/16(月) 00:44:31
織田信長ってなんで第六天魔王なんて呼ばれてんの?

28 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 02:26:36
>>27
比叡山を焼き討ちしたから

29 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 12:23:00
>>27
信玄から比叡山焼き討ちの件で抗議されたことに対しての返書で
第六天魔王 信長と署名してあるから。
自らもそう言っていたという話もある。

30 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 18:32:08
信長が韓国人なことについて(これって日本では言っちゃだめなんだっけ?)

31 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 21:12:46
だから信長厨は秀吉を嫌うんですね?

32 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 04:05:56
放尿をすませた信長は、竿を振ってしずくを飛ばしながら濃姫に再度促す。
「ほれ、できぬことなどあるまい。さあ」
「だからたわけ殿と申すのです!お、女子が…それも武家の女子が、このような場所で
できるはずがございません!!」
濃姫は涙をうかべて叫んだ。

「だから城へ戻るというか。たわけはそなたじゃ。
たかが小便のために往復でどれほど時間を無駄にすることか。」
信長が無駄を嫌うのは昔からだ。
「それに考えてもみよ、城までこらえることを思えば、ここで済ます方がお濃も
どれほど楽であるか。」
濃姫は、絶句した。
(ひょっとして、私は本当にとんでもないたわけの妻になったのかもしれない)
濃姫は、信長の無作法が気にならないわけではなかったが、
商人あがりの下剋上の梟雄のもとで育っただけに、無駄なしきたりを無視する
信長のことが他人よりは理解できると思っていた。
(城主の若殿の御台にむかって、夫の殿が、こんな場所で小便をしろなんて!)

そんな思いもよそに、尿意の波は次から次に押し寄せてくる。
山国の美濃育ちで、本物の海をまだ見たことのない濃姫は、
父道三の紋でもある二頭波頭と、今で二度目の信長の放水とを脳裏で重ね合わせて、
二本の、のたうつ蛇のような水流の間で揉まれ打ちのめされる自分を想像しながら、意識が遠くなった。


33 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 14:54:49
これって本物なんですか?!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://hrtr555.seesaa.net/

34 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 00:39:01
閉鎖していて見れないんだがどういう内容?

35 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 05:02:40
(´・ω・`)?

36 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 13:45:33
戦前はあんま評価されてなかったって本当ですか?

37 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 20:29:42
今評価されすぎなんだよ

38 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 00:16:03
>>24
信長は本能寺の変で死んだかどうか確かにわからん。
死骸がみつかっとらんのは事実やからな。
ただ信長の時代は終ったことは事実。

信長はなぜ本能寺の変を迎えんといかんかったか、
そこにいたる明智の心境とその背後を知りたいが。

39 :日本@名無史さん :2006/11/06(月) 05:24:19
つまり信長は結局そこまでの人物だったということだ

40 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 06:03:40
信長をやったのはプロテスタント。カソリックの
手引きで本能寺を逃れスペインに行って、その後南米総督となり
一向一揆鎮圧方式でインカ帝国を攻め滅ぼした。

41 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 07:41:06
昔は秀吉の方が評価が高かったよ。
信長は近畿地方を中心とする地域を
制圧しただけで、秀吉は全国統一を
したという評価だったと思う。

ちなみに、家康はもっと評価が低かった。
つーか、評価が悪かった。

42 :日本@名無史さん :2006/11/06(月) 13:11:43
>>40
精神病院に通報しました

43 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 13:30:55
>>41
戦前と戦後で評価が変わったのは何故だろうか?
秀吉が江戸時代に評価を下げられるのはわかる(前政権のボスを悪くするのは良くあること)。
家康が明治以降に評価を下げれれるのもわかる(秀吉と同じ理由)。
信長の場合は明智政権が出来た時にしか評価を下げられる理由はないと思うのだけど。
また、信長がここまで人気が有るのも理解出来ない。
日本人て人情の深い人物が好かれるような気がするんだが・・・

44 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 13:52:06
現代は人情とか通じなくなったから

45 :日本@名無史さん :2006/11/06(月) 14:21:30
帝国主義の名残

46 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 15:06:13
信長の時代に傑出した武将はやはり信長だけである。

47 :日本@名無史さん :2006/11/06(月) 16:09:38
と、秀吉や家康の天下統一を信長の手柄にしないと気がすまないカルト信者が申しています。

48 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 21:56:27
>>43
天下布武のパイオニアとしての魅力
弱小豪族から天下人にまで登り詰めたサクセスストーリー
中世と戦乱を終了させた革命家
目標達成の寸前で倒れた、桜が散るような儚さ・・・・
すべてがドラマッチク!

>>47
まさか、秀吉・家康が、独力で天下統一したとは言わんだろうな。
彼らがやったのは、前の天下人の成果を受け継いでやったこと。

49 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 22:48:40
昔は三傑の主役はいつも秀吉だった。
有名な、信長のわらじを秀吉が懐で温めた話が定番だったよ。

秀吉細大の幸運は、信長という主君に仕えたという事と言われてた。
まあ、実際そうなんだけど、秀吉という部下を持てた信長の方がずっ
と幸運だったと思うんだよね。
墨俣城攻略とかって、全部秀吉の功績だもんね。

浅井・朝倉に挟撃された時や武田攻略した時は、徳川のおかげ
で上手くいってるし。

信長の急成長って、秀吉によってなされてる割合が、実はすっごい
高いと思う。

50 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 23:00:34
信長が有能な武将なのは認めるんだけど秀吉と家康よりも一人傑出した存在とも思えない。
重臣からテロられたり結構、穴があるし。
ここまで人気が高いのは漫画やドラマで信長だけ格好良く演出されるのも原因の一つだろう。
そういや某ゲームでも主役扱いだしw

51 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 23:09:40
そうだね。
猿の秀吉、狸の家康に比べると、信長は美男子で
ヒーロータイプだしね。

信長じゃ時代を切り開いた英傑なのに、最後は大勢
に囲まれて自害して果てるなんて、義経みたいだしね。

52 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 23:14:45
>>51
実際に信長の顔見たことあんのかよw
まさかコーエーのゲームの顔が実際の顔だとか思ってないだろうな?
あんた史実とか、どうでも良くて信長の印象を良くしたいだけなんだな
勝手にどうぞ

53 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 23:51:29
肖像画じゃないの?
ポルトガルの

54 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 00:01:33
信長の印象は良いだろう。どんだけ人登用してると思ってるんだよ。
秀吉、滝川一益、堀久太郎、etc……
信長以降は出来すぎると首が飛ぶから鼻毛を伸ばしたりしないといけなかったんだぞ。
信長は自分の味方についてくれた人をさっくり暗殺とか絶対しない。
謀反されるまでほってる。バカといえばバカだけど、それだけお人よしなんじゃん。
後、身内疑ったり、身内を害そうとしない。信長の娘婿でもある自分の息子を殺そうとする家康とは大違い。
(しかも信長に罪おっかぶせてるし。実際は娘婿殺しても良いですかってお伺い立てただけなのに)
謀反企てた弟の遺児を側近に取り立てるような男だ。度量の広さに憧れるよ。

55 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 00:07:31
ルイス・フロイスも信長の事を美男子だと言ってるし、
いくつも残っている信長の肖像は、例外なく美男子だよ。



56 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 00:18:33
信長は天才であると同時に、精神異常者だったというのは
定説だよ。

まっとうな人間は、自らを神と言わない。
相撲大会開いて優勝者に商品として焼き栗1個あげたとか、
異常者ぶりは枚挙にいとまがない。

57 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 00:47:11
>>56
いや当時の武将は自分の神格化は多少はやってた。
しかも自分を神とした訳でもなく、総見寺の功徳を触れ書いた文を宣教師が
ごっちゃにして伝えただけ。
(それと城の拝観料と、かな。己の要塞を只で見せろというのかと思ってしまうが)
で、そのお触書というのが要約すると

1 総見寺に参ると、お金持ちになれるよ! 子宝授かって長生きできるよ!
2 80才まで生きれちゃうもんね! しかも病気はたちまちなおっちゃう!
3 信長の誕生日を聖日として、その日は総見寺に参ってね!

という、微笑ましいことここに極まれりな内容だ。多分お誕生日祝いしてもらえる
西洋人がとっても羨ましかったんだろう。
どこをどうこれを読んで自ら神と証したなんて伝えられるのか、宣教師は狂人だな。

58 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 00:53:53
蛇足だが、信長の場合触書いた以上、総見寺に参ってる人を見かけると
「平均寿命80超えるような治世にしないとー(゚∀゚) 」とか
「こいつらの所得上げるべく頑張っちゃうもんね」とか思ってくれそうで
普通の寺より参る甲斐がありそうな気がする。

59 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 00:56:48
>>49
わらじと墨俣城は、甫庵太閤記の捏造

姉川での徳川軍の活躍は、徳川史観の捏造

秀吉・家康は信長の役に立ってないとは言わないが、実はたいしたことはない。

60 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 01:44:04
ルイスさんの本は面白い?

61 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 02:23:07
>>49
信長の
秀吉の才能を、身分によらず取り立て、使うという功績は大きいだろう

信長の真価は
価値感の過渡期にその先駆となるだけの理想と行動力を持ってたことだろう
その土台あってこその秀吉。

62 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 02:26:04
当時の欧州は宗教紛争の真っ只中だったから。
オランダ、イギリスとスペイン、ポルトガルが微妙に
からんでいたってことはあるかもしれない。


63 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 02:53:11
起 訴 状
左記被告事件につき公訴を提起する。
天正十年十月九日
名古屋地方検察庁
検察官 検事 山田×男
名古屋地方裁判所殿

本籍 愛知県清須市朝日城屋敷1番地1
住居 滋賀県蒲生郡安土町安土城内天守閣
職業 戦国大名
勾留中 織田信長 天文3年5月12日生

起 訴 状
公訴事実
被告人は、清洲城城主として、天文二十年より家督を相続し、戦国大名として職務を行っていたものであるが、
その大名としての施政を行うにあたり、臣下の兵士と共謀し、多くの政敵を謀殺。
また非戦闘員及び捕虜を殺害した上、敵の首を取ると称して被害者の遺体を損壊した。

罪名及び罰条
死体損壊 刑法百九十条
殺人 刑法百九十九条
特別公務員暴行陵虐致死同致傷 刑法百九十五条

64 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 05:18:45
信長の評価で言えば、最大宗派の浄土真宗の門徒さんはどうなんでしょ?
今でも手厳しいのかな?

因みに家は曹洞宗。

65 :日本@名無史さん :2006/11/07(火) 13:32:20
秀吉が信長あってであることは確実だが、
逆に信長が秀吉の出自だったら何も出来ないでしょ。
「信長のおかげ」だけで秀吉を信長より下位にするのは、
スタート地点を無視した不公平な評価だと思う。
信長だって評価が高いのは、信長軍団の秀吉や家康が天下を取ったからで、
もしその後戦国がまた続き関係ない奴が天下とってたら、
信長は家臣に殺された残酷で少々マヌケな親分くらいにしか評価されなかっただろう。

66 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 13:39:50
>>59
いや、それを捏造とする根拠は特にないわけだろ?
胡散臭いのは確かだけどさ。

67 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 21:22:18
49>>65

おお、同志!
そうなんだよ。

信長と秀吉の出自の違いによるハンデを考慮すれば、
秀吉の実力と貢献度って、やはり信長を上回ると思う。

俺の場合、信長と松永久秀って重なるんだよね。
卑劣で、狡猾で、裏切りと策謀に満ちた非人道的な成り上がり
者って感じ。

義昭を奉ったとか、傍系とはいえ出自が良かったとか、
信玄の急死等の幸運に見舞われなければ、単独ならば
松永と信長っていい勝負だと思う。

稀代の梟友だよね、信長と久秀って。

68 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 01:29:36
>>65
スタート地点含めて、何を為したか。

置き換えにあまり意味はないんだよね
同じベクトルで比べられる物じゃないんだから。

多分、持ってる価値観・価値判断基準の幅が狭いと思う。


69 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 02:21:29
出自の違いを言うなら、織田家は桶狭間までの不可抗力の戦がぐしゃぐしゃだから
秀吉だろうと家康だろうとあのバトロワ状態の家で生き残れたかどうかは知らない
信長安土城の石垣に親父の墓石使ったらしいし
親父のことわざわざ悪く言わないだけでなんかあったんじゃないか

70 :日本@名無史さん :2006/11/08(水) 12:46:47
>>68
>スタート地点含めて、何を為したか。

信長=中途半端な天下人
秀吉=天下を統一
家康=天下泰平の基礎

信長は2人に比べ劣るわけだが。

71 :織田信安:2006/11/08(水) 17:05:53
信長以前には天下統一の動きというのは
見られなかった訳だから、
天下統一も天下泰平の基礎も含めて
信長の功績というべきでは?(全部とは言わないが・・)

72 :世界@名無史さん :2006/11/08(水) 17:11:26
秀吉や家康がいなかったら基礎もへったくれもないじゃん。
むしろ基礎を築いたということになっているのは二人のおかげということになる。

73 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 21:34:50
>>72
ん〜それ言っちゃうと、
信長が居なかったら、
家康は三河の土豪から成長出来たとも思えないし、
秀吉に至っては、秀吉と言う名前を含めて全く世に出ないで終わりそうだし。


それはそうと、山室恭子氏の評価って現在ではどうなんでしょうか?
「中世の中から生まれた近世」は面白かったのですが。

74 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 05:50:48
>>70>>72
結果しか見てないな
過程を考慮してない

75 :日本@名無史さん :2006/11/09(木) 13:22:59
>>74
だったら信長軍団の誰でも天下人に成れたと言うのかよ。
秀吉だから出来たんであって他人には無理。

また信長が秀吉のような足軽だったら秀吉のような出世は無理。
信長の出自が小なりといえ守護代だったのと同様に、
秀吉には信長という存在が近くにいた。そういう環境だったということ。
与えられた環境の中でどれだけの仕事をしたかが問題だったら、
秀吉は信長よりやったことが大きかったということ。

秀吉ばかり「信長のおかげ」を強調し、
信長の出自を問わないのは比較する上で甚だしく不公平である。

76 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 14:57:41
俺は日本の偉人の人気ランキングで、毎回1、2位を争う織田信長と坂本竜馬は、
キムタクが毎回、男優人気ランキング1位をとるような政治的な力が働いていると思っている。

77 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 17:34:09
>>76
そういう君の好きな偉人と有名人は?

78 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 18:53:04
ベクトルw


79 :織田信安:2006/11/09(木) 20:38:06
今日、仕事中に安土城跡に行ってきました。

ホントに墓石を石段に使ってあるのを見ましたが
自分はその石段を踏む事は出来なかった・・・

当時であればもっと神仏の畏れがあっただろうから
合理的主義もここまで徹底すれば、やはりすごいなぁと思った次第。

80 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 20:59:02
>>75
信長程度の土豪なら全国何処にでもいたからな〜
大きくなっていく組織に属して出世するのと、
小さな組織をでかくするのでは難しさも違うと思うぞ。

81 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 21:04:18
>>80
どっちが難しいとも、いちがいには言えないよな〜

82 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 21:58:12
>>75
>与えられた環境の中でどれだけの仕事をしたかが問題だったら、

守護代ではない。
尾張の1/8程度を支配する弱小勢力から、日本全土の1/3を支配する圧倒的大勢力に成長した。
誰も天下統一など考えない時期に現れて、戦国のカオスを食い止め、統一の機運を作った。
約800万石で、全土の1/3だが、その傘下には、
日本の人口、富、生産力、鉄砲、兵隊の数の大半が集中している。
毛利・上杉などの地方覇者はおおむね100万石程度だから、降伏するか戦って滅亡するしか道はない。
したがって、信長の傘下以外から、次の天下人が出てくる可能性はなかった。

信長の遺産を受け継いで天下統一を完成した秀吉よりも、
弱小勢力から、すべてを作り上げた信長の仕事のほうがずっと大きい。

秀吉がいなかったら、家康が光秀を討った可能性が大。(実際に尾張まで出兵)
秀吉も家康もいなかったら、
光秀はもう少し長生きしただろうが、結局、旧織田家部将の連合軍に滅ぼされただろう。

83 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 22:08:45
しかし、秀吉は戦下手だよね。
小牧長久手では、家康の絶妙な野戦に敗北してるし。
秀吉って、大兵動員しないと全うな戦できないじゃん。

徳川が豊臣を破ったのは関が原に非ず、小牧長久手である
というのは言いえて妙だよ。
関が原には秀吉はいなかったんだから。

家康は小牧長久手で秀吉に勝ったときに、こいつはいける!と
思ったんじゃないかな。


84 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 22:21:23
83>>82

いや、だからその信長の覇権は秀吉になされた部分が、
非常に大きいと思えるんだよね。

実際、秀吉、家康がいなかったら、織田は姉川で大敗して
滅んでいたのは間違いないでしょう。

家康が三方が原で信玄と野戦をしなければ、信玄はもう少し
長生きして信長を壊滅させたかもしれないし、天下布武驀進
中の織田軍の北部方面柴田・秀吉部隊は謙信の寡兵に撃破され、
秀吉は敵前逃亡して逃げ帰ってるし。

秀吉なんて、武人としては大兵動員するしかない、淫乱猿の
へたれじゃん。
信長は生涯の前半で幸運使い切って、最後は悲運だった感じがする。

85 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 22:34:41
>>84
仮にも天下人をヘタレって・・・・
君に会ってみたいよw

86 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 22:42:38
小牧長久手の戦いは、戦術的には家康の勝ち。
戦略的には秀吉の勝ち。

川中島の戦いと同じ。

87 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 01:02:44
>>84
姉川なんかは太閤記の記述は割り引いて考えないと。
日露戦争の奉天会戦で、ある大隊や師団が活躍したからと言って、
その会戦を師団長や大隊長クラスの活躍に全て帰するのはナンセンス。
それに実際は後詰の美濃勢の存在の方が大きくないかい?
何にしても詳細不明の戦いに、太閤記やらのマンセー記述を持ち出してもな。

88 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 02:35:39
なんか秀吉厨とでも呼ぶべき人が存在しているな

89 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 11:52:28
レッテル厨は帰れ。
理屈で語れ。

90 :日本@名無史さん :2006/11/10(金) 12:45:47
信長は創業者として優秀だけど、経営者として失格だった。
それだけのことでは。
家康が信長の立場にあったところで信長のような大事業は無理。
逆に信長が家康の立場にいたら天下は戦国に逆戻り。
秀吉が信長の立場だったら天下統一は早かったかもしれないが、
家康のような太平の世実現は難しいと思う。

91 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 14:23:51
信長は、経営者として失敗してはいないが?
尾張の弱小勢力を天下取りの軍団に育て上げた手腕は、誰にも負けてない。

最後、わずかな手勢で京都へ行ったことだけが失敗。しかも嫡男とともに。

秀吉が信長の立場でも、天下統一はありえないな。
弱小勢力の段階で、降伏すすめたって、誰も従うわけがないし。
秀吉が天下取れたのは、すべて信長の遺産を土台にしたからこそ。

92 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 14:30:59
>>90
どういう理由を元にそんな事を言ってるのか説明が足らんな。

93 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 14:57:43
>>92
君は自分の意見を認めさせたいだけに見える

94 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 15:06:44
>>93
うん、俺はまだ、これといった意見を表明してないんだけどね。
意見も明かさず批判だけして申し訳ないが。

95 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 18:08:38
>>84
三方ヶ原では二俣城の後詰に出た家康は、鎧袖一触で大敗しているから、
信玄の死とは関係ないでしょ。
裏付けがあるかどうかは知らないが、信長にも浜松に篭っているよう言われていたらしいし。

姉川の戦いを一武将の秀吉や友軍の徳川よると言う論で考えるなら、
信玄上洛を防いだのは、二俣城の中根正照や、
野田城の菅沼定盈の勇戦によるもので、
信長の覇権は、中根正照と菅沼定盈によるものとなるのではあるまいか。


96 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 20:40:20
>>94
性格の悪さとモテなさそうなのが伝わってくるレスですね

97 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 21:16:10
>>90
>信長が家康の立場にいたら天下は戦国に逆戻り。

アリエナス。
氏真と和睦・同盟して、ひたすら西を目指すだろう。
岡崎→清洲→岐阜→
ちょっと遠回りになるが、展開は同じ。

>秀吉が信長の立場だったら天下統一は早かったかもしれない

アリエナス。
清洲の織田信友、岩倉の織田信安に降伏を呼びかけて、
鼻で笑われるだけだろう。

98 :日本@名無史さん :2006/11/10(金) 21:25:32
信長が天下を取れなかったという事実すら認めたがらない馬鹿がいるなw

99 :84:2006/11/10(金) 21:33:19
批判的とはいえ、レスありがとうございます。

私も現実的に言えば、三方ケ原と信玄の死は無関係だと思いますよ。
でも病人の大戦での疲労度を考慮したり、或いは戦績としての三方ヶ原
の武田の大勝利って、信玄の最後のろうそくの煌きとも思えるんです。


信玄ほどの巨星が、大戦の前に行軍中に死んだのではあまりにも虚無的過ぎ。
やはり後の天下人となる織徳軍を撃破したところで、信玄も名誉を上げて力尽
きた印象があるんです。

これは手取川で織田軍を撃破した後に、次の大戦前に死した謙信も同様です。

信玄、謙信といった最強の戦国大名達が、両者共に後の天下人信長、秀吉、家康
軍に大勝してから逝ったというのは、永遠の語り草となってるじゃないですか。



100 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 23:34:05
>>99の話にちょっとリンクするところがあるが、俺はねー、信玄があのタイミングで死んだのは何て言うか、運命のようなものを感じてならないんだよね。
信玄は軍略家としては優れた部分があったけど、天下を取る器じゃなかった。
信長のように天下人になった後、この国をどうするかという明確なビジョンがなかった。
だから上洛をあのまま進めて信長を討っちゃならん存在だったと思うんだよね。
しかし、そんな信玄も希有な軍略家として、やらねばならん最後の仕事があった。
それは後の天下人となる家康に軍略のレッスンをしてやる事。
あれを境に家康は格段に強くなったんだから。
そういった天命を全うした瞬間、役目を終えた信玄はお役御免という事になった…なんていう風に思えてならないんだよね。
いや、分かってるよ。
こんな事を書くと非現実的だとか笑う奴が出て来るのは分かってる。
でも、俺は日本史を勉強すればする程、そういう部分もあるような気がしてならんのです。
そんな訳で、さあ、笑え。

101 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 23:43:47
>>100
確かにちょっと刹那的な考えだけど、信長見てるとそういうの感じる事はあるな。
奇襲じゃなくガチンコだったらしい桶狭間で義元の首を取れた幸運。
信玄の突然の死(病気だったらしいから,信長は情報を持ってたかもしれんが)、
謙信の突然の死。
要所要所で、とてつもなく運命に味方されてるね。
そして、天下人目前での、信長自身の死亡。
天下を取れる目前まで道を敷く事が天命で、それ以降は駄目と
運命に言われたんじゃないかと思ってしまう。
そして信長を討った人間が次の天下取り候補No.1になっておかしくないはずなのに、
それが出来なかった光秀。
やはり、信長にしても、秀吉、家康、おそらく光秀でさえ、
歴史に選ばれたんじゃないかと思う事がある。
もちろん、偶然だけで天下が取れる訳じゃないけど、時々運命が意識して動いてしまう事は
あるんじゃないかなぁと思うかな。

102 :99:2006/11/10(金) 23:52:11
>>100

人が歴史を作るのではなく、歴史が人を作る。
日本が乱世を終えて、近代国家として歩むには
信長、秀吉の覇権が絶対必要だった。

だから信玄の死は、天の采配とも言うべき印象がある。
しかし、信玄が家康に軍事レッスンをしてしまったのは
反対。
家康が幸運で信玄の戦略を学べたというのは賛成。

信長、秀吉のビジョンとは、逆の方向に日本を持っていっ
たのが家康だから。

103 :99:2006/11/10(金) 23:56:34
近代では、東条英機の暴走も運命的な印象があるんです。
日本が民主国家として生まれ変わるには、軍部を大敗させ
る必要があった。

それには、一度日本軍よりも絶対強い相手に噛み付かせな
いとならないからね。

104 :100:2006/11/11(土) 01:00:30
>>101
そう、信長も光秀も秀吉も家康も、それぞれが個性に富んだキャラクターをしていたから、彼らが存在した意義と、その行動の結果に歴史の必然性のような物はやはりあったように思えてならない。
例えば生真面目で善人だったが、守旧派でもあった光秀が秀吉に討たれたのは、これからは時代が変わるんだという事を示した象徴のようなものだったと俺は思う。

何故、歴史がそう動いたのか――それは単に偶然の積み重ね――そんな風にばかり考えてたら、歴史を勉強する事で得られるせっかくの、もっと大きな意義を見逃してるような気がしてならない。


>>102
いや、家康が強くなる事は必要だった。
何故なら、もし家康が存在せず、秀吉が死んだあと、遺されたのが加藤清正や石田三成たちしかいなかったら、時代はまた戦国乱世に逆戻りしてた可能性が高い。
家康が信長や秀吉とは違った方向に時代を動かした部分はあったかも知れない。
しかし、その後260年もの長い間、民が平和な時代に生きるためには、可哀想だけど信玄仕込みの家康の軍略で三成には死んでもらうしかなかった。

105 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 01:24:34
本能寺の変の黒幕は

正親町天皇と近衛前久

106 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 01:28:24
日本史板にしては珍しく有意義な会話だ。凄い!

107 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 02:40:35
天皇黒幕説は無い、天皇自ら命を下すのは勅命にあたる分けで
その様な命が下されたと言う史実はないからそれは無いな。ただ
譲位と暦の変更を迫ったプレッシャーに快く思わなかっただろうから動機はあるけど
実行したのは天正十年夏記にある通り、近衛前久、勧修寺晴豊、明智光秀に
斎藤利光らによる談合によって起きたのが正しいんじゃないのかな

108 :99:2006/11/11(土) 08:12:31
本能寺の変の黒幕は、将軍足利義明という証拠の文書が
発見されたでしょ。
数年前にNHKの、その時歴史〜、で放送されました。

言うまでも無く、光秀のかつての主君は義明。
光秀が自分が左遷されたと感じて焦っているところへ、
かつての主君の義明から信長討つべしとの下命があった。

109 :OPS:2006/11/11(土) 18:53:54
>>108
その事詳しく教えてくれくれませんか。

110 :804:2006/11/11(土) 20:36:51
>>109

黒澤は後期に入るとダイナミズムが薄れ、様式美に
とらわれた作品が多くなった。
影武者はその典型で、黒澤特有の様式美はあるのだが、
演出がテレビドラマみたいに安易で、内容は佳作でしか
なかった。

111 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 21:51:28
ひどい自演厨がいるな。

112 :99:2006/11/12(日) 19:42:12
>>109

本能寺の変の黒幕なんですが、NHKの番組の検証では
光秀が誰かの要請を受けて寝返った文書が発見されたんです。

ただ、最初はその要請を誰が発したがが定かではなかったので、
天皇、本願寺?、その他を順に検証していき、最後に消去法で義景
が残ったんだと記憶してます。

その後に、もったいぶった様に、義景が下命した文書があったような、
なかったような?、そこは良く覚えていないですけど、義景の下命説は
非常に説得力がありました。

うーん、書いてて思い出したけど、それから光秀が主君の命によりみた
いな文章を言っていた記憶があります。

それで、光秀が主君と呼ぶに値するのは、信長、天皇、義景と順に検証
していった番組でした。
その時、歴史〜で検索したらヒットしないかな?




113 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 03:30:05
>>108堤? >>112朝倉?
人名くらいちゃんと書けよ(´・ω・`)


足利家と幕府を見限った惟任日向守が、今更将軍の命令をきくかな?

114 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 03:38:57
前田慶次が最強

115 :99:2006/11/15(水) 07:52:11
足利 義昭
だった。

116 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 00:47:39


117 :織田信長@案内人:2006/11/21(火) 12:49:32
          ____
        /_ノ  ヽ、_\
 ミ ミ ミ  o゚((●)) ((●))゚o      ミ ミ ミ    おれいずれ削除人になるからよろしくだぜ皆の衆
/⌒)⌒)⌒. ::::::⌒(__人__)⌒:::\   /⌒)⌒)⌒)   イェ〜イ
| / / /     |r┬-|    | (⌒)/ / / //
| :::::::::::(⌒)    | |  |   /  ゝ  :::::::::::/    
|     ノ     | |  |   \  /  )  /   バン
ヽ    /     `ー'´      ヽ /    / バン
 |    |

118 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 00:53:00
トリップは?

119 :織田信長@案内人:2006/11/22(水) 01:46:26
めんどくさい

120 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 05:43:30
光秀は土民に殺されたので仕方ないとしても
斉藤利三を処刑する前に動機を聞き出せばよかったのに。
おかげで変の真相、光秀の動機が永遠の謎になってしまった。
あるいは聞き出したが記録に残ってないとかか?

121 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 11:29:44
>>120
どうせ首斬られる利三が、しゃべるわけがない。

黒幕なんていなかった。ただ明智が天下を取りたかっただけ

122 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 19:40:20
信長ってホモだろ

123 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 22:37:21
ホモじゃなかった戦国武将は、百姓生まれの秀吉だけ

124 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 01:10:26
啼かぬなら
殺してしまえ
ホヌヌギヌ

125 :織田信長@案内人:2006/11/24(金) 04:18:00
上げぬなら
殺してしまえ
削ジェンヌ

126 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 05:48:41
うつけって言われてたらしいけど、具体的にはどんなうつけをやってたんだ?
(特に若い時期)
抹香投げたくらいしかわかんね。

127 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 12:53:12
>>126
・町中を歩く時、人目をはばからず栗・柿・瓜をかぶり食い
・町中で立ちながら餅をほおばる
・人に寄りかかり、人の肩にぶら下がって歩く
「世間公道なる折節にて候あいだ、大うつけとより他に申さず候」(信長公記)

ほんとにちょっとお行儀が悪かった程度

128 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 14:12:17
御曹司のやるようなことではないな

129 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 16:31:32
大蛇を探しに池に潜ったり、祈祷に失敗した坊さんに弓ひいた話しのほうが好きだな

130 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 17:52:21
戦国最大の謎の一つ「本能寺の変」。織田信長の遺体が発見されなかったことを筆頭に、
光秀嫉妬説、秀吉黒幕説、千利休黒幕説、はたまた足利義昭陰謀説など…諸説入り乱れ
定説がない。それは、明智光秀がたとえ信長を打ち倒したとしても、当時の状況からし
て秀吉、家康など信長配下の軍事力に屈することが目に見えていたはずだからである。
この謎を究明していた所、奇妙な事が判明した。光秀が信長を討った後の行動には不信
な点があったのだ!なんと何かを察知した光秀が、城から持ち出した財宝を逃走中どこ
かに隠したというのだ!今回この他にも取材陣は光秀の子孫とされる人物に接触!財宝
の在りかを示すとも取れる“先祖代々伝わってきたという歌”の情報を入手!!しかし
、その歌は祟りがあると恐れられていた・・・果たしてこのミステリーは解明できるの
か!?
■テレビ東京 : 新説!?みのもんたの日本ミステリー!〜失われた真実に迫る〜
2006年12月6日夜9時00分〜10時48分
http://www.tv-tokyo.co.jp/nihonmystery/


131 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 18:05:10
光秀も天下様になりたかっただけよ。ただ畿内の大名が恭順して来なかったのと大返しが誤算だった。
個人的には機密を保持したまま本能寺まで辿り着けた事が一番凄いと思う。

132 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 21:49:47
>>127
戦国時代の尾張の人々は、一般的に人前で果物を食べないほどお行儀がよかったんだろうか?
町中で、立って餅を食うことは、そんなに非難されるような無作法なことだったんだろうか?
「人の肩にぶら下がって歩く」って、かえって腕が疲れるし、
平均より身長高い信長どうしてそれをやるのか考えると、
楽しようってのと違う、何かわざとやってる感じがするな。

133 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 22:13:20
うつけ時代の信長って、いまでいうヤンキーみたいなもんだろな。

134 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 22:13:53
その通りだろ
当時は、中央の勢力が下がってきていたのに、何故か尾張の辺りでは
花の御所を模した館に住んで、室町全盛期の如く礼儀作法に煩い暮らしをしていた。
尾張の国人の理想の領主の有り方は今川義元や蹴鞠坊ちゃんみたいな感じだったらしい。

先進的な国では急峻な山に城を建ててる時代に、そんな調子だったんで
信長は家臣らの時勢の読めなさににキレてたみたいだ。

135 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 22:16:10
秀吉が子沢山だったら歴史はもっと面白かったのにね…


136 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 22:22:12
秀吉は子沢山だったが、彼の遺伝子を継いだせいで
畸形児ばかりだったため、ほぼすべて間引かれてしまった。

137 :126:2006/12/06(水) 00:50:23
>>127 134
レスthxです。やはりそんな感じでしたか。
「うつけ」という言われ方からは、粗暴さとかあまりに常軌を逸した奇行みたいな
印象は受けなかったので疑問が晴れました。
wikiなどで読む限りでは、信長は現代の合理的な感性にかなり近いものを
持っていたのではないかと思えてならないんですが。
むしろ間違っていたのは周囲を取り巻く当時の乱れた世の中であり、
正しい行いでさえ血筋だとか家柄で横槍いれて潰してしまうような
世間のあり方だったように思います。

138 :日本@名無史さん :2006/12/06(水) 08:32:59
瀬戸内で役立たずの採算の合わない巨大戦艦造るのが合理的か。

139 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 11:29:21
採算ってなにを利益に置き換えて言ってるんだ?
大阪が手に入り本願寺が降伏し村上水軍に打撃与えて十分なリターンだろう

140 :日本@名無史さん :2006/12/07(木) 13:34:17
あの戦艦で勝利が確定したわけではないことくらい少し勉強したら誰でもわかる。

141 :日本@名無史さん :2006/12/07(木) 13:54:49
本願寺戦争にしか使えない巨大戦艦が合理的だって?アホか。

でも信長は確かに現代の子供に見られる傾向もっているよ。
すぐキレるもんw

142 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 16:47:19
信長ってむしろ切れないタイプってイメージがあるな。
普通なら切腹になる様な裏切りとか失策でも、
許してる事の方が多いし、攻め込む場合でも何度も使者をやってから
攻め込んでいる事の方が多いじゃないか?

143 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 20:20:12
桶狭間の時点でバンザイ特攻しないで決戦の場所まで引き込み待ってたわけで
キレる香具師ってのはイメージ戦略じゃないの?

144 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 20:59:19
>>136
畸形児ばかりでもさすがに男児だったら世継にするのでは?


145 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 00:19:01
>>141
10年続いた合戦で、あの海戦が補給を断つと言う意味で決定打だったのだから、
大安宅船も効果はあったということでしょ。

大安宅船をそれ以外の海戦にも利用しようとしていて、
全く他で運用出来ずに終わったのなら兎も角、
大安宅船は木津川口で毛利方の水軍を本願寺に接近させない目的に造られて、
その前の木津川口合戦には負けていたが、結果勝ったんだから。
てか木津川口でこれ以外の合理的な戦術ってなんじゃらほい。

ようするに木津川口での勝利と言う目的も持って造られ、目的を達成した。
なんで他の目的に運用できない事が責められるんだ?

どこぞの国で信じられている、
時間を超越した能力を持つ万能亀船みたいのが望み?




146 :日本@名無史さん :2006/12/09(土) 13:35:46
本願寺側で補給はさほど困っていなかったらしいよ。
もちろん心理的に巨大戦艦を目の当たりにしたら効果はあるだろうが。
しかし信長はやたらと味方を敵に回して戦力を自ら削いだり、
降伏してきた長島本願寺の奴らを殺して反発を食い反撃され損害出すなど、
あまり合理的ではないという気がする。
むしろやることは合理性というよりも一流のパフォーマンスだが、
結果をしっかりと残した秀吉のほうが合理的だろう。
信長に掃除させておいしいところをもらうところなんか、まさに。
家康は見かけ殺風景だが合理性は抜群かもしれない。

147 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 13:53:47
うつけ。

148 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 14:06:38
>>142
中に僧が大勢いるのに寺を焼き討ちにしたり、
ブチ切れ行為と思われてもしょうがない。
当時の人はそりゃ恐ろしかったろう
優秀なんだろうけど、怒ったら歯止めの効かない暴走機関車になると
庶民から側近まで誰もが思ったろう
殺されてもしょうがない人物だな

149 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 19:18:15
>>148
そうか?
比叡山の焼き討ちなんて、信長が最初じゃないし。
信長は攻め込む前に何度も警告もしてるし。
比叡山の焼き討ちについて、ちゃんと調べたらいかがか?

一揆衆を大量に殺害したのも、非戦闘員という概念はなくて、
女子供でも戦闘員だったという事実を、無視しすぎてると思うけどね。
現代風にいえば、カルト集団+ゲリラ集団だぞ。

150 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 21:05:28
女子供でも戦闘員だったけ?
延暦寺は天台宗だが浄土真宗は妻帯可能だけど。



151 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 21:25:45
後世の今の時代となっては
信長はゲーム化までされてファンも多い
擁護するのはいくらでも結構。
人生の最後が優秀な家臣に焼き討ちにあって殺される
これが全てを物語ってる

152 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 21:36:38
>>148
現代のヒューマニズム的な価値観を別にして考えれば、
ゲリラに退治に根切りは合理的だったりする。
某国も傍目も気にせずルール無用で作戦行動が出来るのなら、

戦力差が圧倒的なだけに今現在の混乱状態はなかったろう。
(逆にそれが出来ないなら手を出すべきではなかったと言う事)

それと、不合理とは特定宗派や宗教を信じて、
他宗派や異教徒を無意味に攻撃弾圧したりする事だろうが、
織田領内での浄土真宗の信仰自体を禁じたわけではないしね。
聖徳寺の例もあるし。
あくまでも武装した集団への戦闘だから(荘園の多くを失っている叡山も含)。

>>150
例えば、願証寺の呼びかけに応じて篭城に参加したら、戦闘員と看做されるでしょ。
実際に戦闘したかどうかは兎も角。
金沢柵の篭城戦(後三年の役)なんてのも女子供巻き込まれているし。

>>151
史上の人物をゲームの数値と同じように、「徳」云々の儒教的な価値観、
現在の人権等の価値観で評価すると言うのに違和感がある。

153 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 23:31:35
明智光秀を対毛利に向けてれば、もしかしたら天下統一してたかな?

154 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 02:07:30
うつけ行為もできないこんな世の中じゃ

155 :日本@名無史さん :2006/12/11(月) 05:57:45
>>153
明智と毛利連合軍が攻めてきました

156 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:11:52
端から見てる分にはいいが、
信長の部下にだけは絶対なりたくないな。光秀の感覚は間違ってない

157 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 21:48:37
そうかい?
軍功上げたら「お前の父ちゃんも勇猛だったしお前が出来る子だって知ってたよ!」とか
べた褒めしてくれるぞ? 信長は口が上手いから。

ただ、人んちに略奪しに入ったりしたら、殺されるけどな。信長潔癖症だから。

158 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 01:04:21
まるで見てきたように語るとこが信長ファンは凄いな。
それはさておき、そりゃいいとこだけ見れば
どんな悪人でもどこかいいとこ持ってるもんだよ笑
トータルでみれば100%信長の部下はやめときますはい
落ちついて考えればこういう結論になりました

159 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 02:26:53
確かに信長さんの部下はつらいわね…

160 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 23:55:30
で、あるか!

161 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 00:03:31
石鹸を使った最初の日本人が信長なんだってね

162 :日本@名無史さん:2006/12/14(木) 00:09:01
ラーメンを食べた最初の日本人が水戸黄門なんだってね

163 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 03:40:48
先駆け前進!敵は本能寺にあり!

164 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 03:48:24
各国から英雄を一名ずつ挙げてランク分けするスレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1165590944/

165 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 00:48:06
漫画とかゲームの信長ってヨーロッパのナイトみたいなカッチュウ(何故か変換出来ない)着てマントしててチョンマゲしてないけど実際はどうだったんですか?
歴史の本の肖像画だと普通にチョンマゲしてるし普通の武士って感じだが

166 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 22:20:45
何年もビロードの帽子をかぶりつづけていたらしいしな

167 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 11:36:08
具足を持てい!

168 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 15:12:29
比叡山延暦寺の焼き討ちって、発掘作業で「大規模なもんじゃなかった」って結果でてんだろ?

169 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 18:41:53
比叡山の僧は堕落しきっていたってよく聞くけど、本当の話なの?

170 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 19:03:57
うむ。
当時の本願寺は莫大な資金と軍隊を持っていたからな。
意図的に一揆を起こし加賀藩を略奪し最強の要塞を築いた。
信長と家康の連合軍でさえ加賀藩の一揆を平定出来なかったし

171 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 19:06:14
>>170
堕落してたなら、織田徳川と張り合えないだろ

172 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 19:19:10
女人禁制といいながら、遊女やその子供達が一杯いたからな。

173 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 21:29:04
やっぱ今でも本願寺のトップはすげー金持ちで私利私欲を貪ってんのかな?
京都の有名な神社とかも全国の沢山の小さい分家の神社から数千億〜数億の上納金が集まってくるんだろ?
まさに坊主丸儲けだな

174 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 22:02:04
本願寺は檀家の墓一基毎に数千円の上納金を課しております。
フランチャイズ方式みたいなんです。

175 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 22:12:55
あれだな、宗教者としては堕落してるんだけど、戦う組織としてはビシッとしているのだろうw
案外、それこそが人間の生きる道かもよ?

176 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 23:22:07
>>173
お東さんは明治以来法主がDQN続き
今は4兄弟がそれぞれ分かれて争ってる
東本願寺そのものは左翼に乗っ取られた

177 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 00:00:24
先進国の中で日本が無神論者多いのが理解出来る。
寺や神社の中身は金金金で腐ってるからな。
でも初詣はどこもごった返しなのはミーハーな国民性か。
俺も行くけど賽銭箱に5円しか入れないぜ!

178 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 00:05:39
>>177
賽銭箱に金を投下してる時点でダメだろWWW


179 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 18:19:29
なんてゆ〜か信長にしても秀吉も家康も幼少期が恵まれてないんだよな〜
田中角栄みたいな名を残す政治家もヤクザの大親分もそういう人は多いよな
なんかあるんだろうか?

180 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 19:19:09
織田信長ってドラマの世界だけだろ?
フィクションなんだよ。作り物。


181 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 21:34:04
安土桃山城ってほんとにあんなかっこいい城だったの?
先端が細長い感じの。
あと城の近くに凱旋門みたいな建物は本当にあったの?

182 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 00:31:01
小田原城は難攻不落のイゼルローン要塞のイメージがW

183 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 00:38:04
駿○予備校の東大コースの日本史の先生が講義で
「信長が比叡山焼き討ちした、と言うのは嘘」
って言ってたそうですが、詳しい方いらっしゃいます?
どうも信長を悪いやつだったことにしないといけない者が
でたらめな話を作ったようで、焼き討ちのような大ごとなら
発掘すれば必ずあるはずの物的証拠がまったくない、
現在研究者の間では比叡山焼き討ちはなかったというのが定説。
って感じの話だったらしいんですが。
私東大コースとは縁がなくて講義聴けないんです…。

184 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 00:47:07
大規模な焼き討ちにあった形跡はなかったらしいね。

185 :日本@名無史さん :2006/12/25(月) 06:55:11
比叡山焼き討ちが悪いことなのか知らないけど、
少なくとも信長オタはこの行為そのものすら正義の鉄槌だと主張しているw

186 :天ノ川 創:2006/12/25(月) 07:20:22
アマテラス降臨!

187 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 19:12:01
>>185
>少なくとも信長オタはこの行為そのものすら正義の鉄槌だと主張しているw
ふむ、正義なんて言葉を使う信長オタなんて見たことがありませんね。
それとも自己紹介をしているのですか?

188 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 20:14:25
宗教に対して正義なんて言えるのは、むしろ信長の影響が強い証拠だよな。
ヨーロッパなんて見ると正義の根拠はことごとく宗教だし。中世に政教分離を
思いついた信長、それが個人的な欲求だとしても異質であることは確か。

189 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 05:03:11



190 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 10:11:34


191 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 19:29:08
世はこの国の王である!

192 :にゃんこ:2006/12/27(水) 21:58:26
一般には知られていないが、中学校の歴史教科書にも載った定説
「日本人は、山麓や丘陵地に水田を作って暮らしていたが、戦国時代から
平野部に水田を作り、移り住んだ。」
ついでに、
1,関東平野は、戦国時代には、ほとんど水田は作られていない。戦国時代は
  濃尾平野が最良の地になりつつある時代。
2,平野部には一向一揆が発生しやすい。
3,だから、濃尾平野の一向一揆に勝ちさえすれば、天下統一の先頭ランナー。

そゆこと。





193 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 00:00:16
普通に考えて、
平野部から先に開墾、水田が作られたはずだ。
丘陵部に水田が作られるようになったのは、人口が増えて技術が進歩してから後。

194 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 07:03:24
丘陵部で稲作していたのは水田じゃなく陸稲の畑作だよ。

195 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 02:14:54
パワ〜(ガック

196 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 21:36:25
猿!!

197 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 23:36:56
犬!!

198 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 08:57:19
イヌ→利家
サル→秀吉
キジ→?

199 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 22:20:59
織田信長の次男織田信雄が建てた東区の徳源禅寺は良い寺じゃのお(^o^)

200 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 10:48:42
きのう放送してた明智光秀は内容がメチャクチャでしたな…
下戸の明智光秀が酒を飲んでたり、光秀が秀吉に火縄銃で打たれて絶命したりとか脚色すごすぎw

201 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 14:57:35
わしは新世界の神になる

202 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 16:24:03
下戸とかどうでもいいことでも一々つっかからにゃ気が済まんのか。
歴史オタって難儀だな。

203 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 16:30:26
>>200
信長だって、下戸で甘党だけど、ドラマや小説では、
結構酒を飲むシーンて出てくるし、
あんまり気にするなよ。

204 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 04:07:28
というかあくびしながら蚊叩くほうが気になったが・・・。
殺陣はうまかったがな

205 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 13:37:59
唐沢=前田利家のイメージがやはり強いな…

206 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 19:07:51
信長に関する著作の多い谷口克広の新刊を読んだ。
信長の自己神格化を否定してるが
すると總見寺とはどういう寺だったというのだろうか?

207 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 11:53:19
なぜ信長は皇族を潰さなかったんだろうか?

208 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 13:34:50
>>206
それ読んでないが、自分の誕生日に賽銭求めたのは普通の寺ではないだろう
それに安土城の機関みたいなようだし、ただの寺ではないはず。フロイスが
神発言とか国王発言を混同して記録していたとしても・・

>>207
皇族への信仰心を弱くしたとしても、皇族がいたことに変わりないし
平氏を名乗って右大臣であったわけだし、一応は臣下であったわけでそれに
刃を向ければ謀反になる。巨悪の根源であったはずの義昭を殺さずに耐えたのも
同じ理由でいかに有名無実の権威であろうとも後世の評として謀反人のようになるのを拒んだんだろう。
評だけでなく、義昭を殺したりすればいずれそれを理由に反乱起こされるかもしれない。
家康の場合は秀頼国松二人で済むし、禍根を抹消できる。足利は遡れば源氏、豊臣氏と血流の太さが違う。
信長は源平交替思想を重視してたのは藤原→平氏に変えたことで推測されてるし。

209 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 23:06:44
明智光秀が謀反さえ起こさなければ、かなり日本の未来は変わっていただろうね。


210 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 00:00:55
漫画「センゴク」で信長に興味を持ち

「信長の天下布武への道」

を読みました。他に何かお勧めの本がありましたら教えてください。


211 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 00:03:14
質問です。
「信長の天下布武への道」を読んだのですが
信長は結構、負け戦があるんですね。
一方、武田信玄は勝率は9割5分。

それでも領土の拡大は、織田信長>武田信玄
となったのはなぜでしょうか?

212 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 00:29:53
>>211
信玄は負けない戦を心掛けていたらしいから、博打的な戦を避けてるから領土拡大に時間が掛かったのでは?
あくまで私感だけど武田信玄が桶狭間の状況になっていれば、配下の豪族達に寝返られて武田信玄は今川義元の首なんか取れなかっただろうね。


213 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 00:38:14
>>211
武田家は豪族達の連合集団であって決して主従関係でないから、信玄が勝ち続けなければその結束関係が危うくなる。


214 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 00:43:01
>>212-213

お返事を下さり、ありがとうございます。

>武田家は豪族達の連合集団であって決して主従関係でないから

武田24将も豪族集団と考えて良いのでしょうか?
また信長が主従関係を作れた要因は何でしょうか?

215 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 13:01:11
織田のは新領地

216 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 13:20:49
もうひとつ考えると、武田は(ほとんどの武将は)拠点の同心円状に領土を広げた。
つまり新領土を得ても拠点の甲府に帰る。
次の出兵はまた甲府からだから遠征先まで時間がかかるということ。
信長は岐阜を得たらそこを次の拠点にしていたから、出兵先もすぐ隣。
だからすばやく軍事行動に移ったのだと思う。
ただ京都を中心に同心円状の領土をつくった矢先に内部崩壊してるのは皮肉だな。
信長は常に最前線に立って戦うのが似合っていた。

217 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 20:59:14
織田信長は天下統一する前に光秀にやられているので天下人ではないのでは?


218 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 21:24:19
>>214
つ 「中世のなかに生まれた近世」 山室恭子著

219 :にゃんこ:2007/01/11(木) 22:03:10
193>
194>

繰り返すが、水田が山麓・丘陵地から戦国時代に、平野部に降りてきた
というのは、検定に合格した中学校の歴史教科書に図示してあった。
だから、定説だろうよ。
実際に、奈良の古代遺跡は、明日香・天理・御所など、盆地周辺部に
多い。明日香は丘陵地だし、御所の葛城なんてのは、信州のスキー場
の初心者ゲレンデのような地形だ。(標高はそんなに高くないが。)

織田信長を、日本史上、最初の平野部の勢力からの覇者と捉えれば、
若くして天下取りを本気で目指した理由もわかるよね。
信長の受け継いだ遺産は、かなり大きな将来性抜群の領地だったんだな。


220 :にゃんこ:2007/01/11(木) 22:08:35
この戦国期の人口移動(定説)を知れば、平野部の平城の意義も分かるね。
新興産業地域の中心に、政庁を置いたということさ。



221 :にゃんこ:2007/01/11(木) 22:25:47
昔の技術では、排水が困難だったらしい。長岡京も藤原京もそれで、うまく
いかなかったらしいし。
御所の葛城は、山麓の冷たい湧水が豊富で、これが現代も米の品質を高く
している。よく似た地形の平群も同じだろうね。
戦国時代以降、技術の進歩とともに、人夫を大量動員したり、土地権利を
力ずくで整理できるようになって、平野部の排水や埋め立てが可能になった
んだな。
平野部の開発と、武士勢力の権力増大は、鶏と卵の関係だな。


222 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 14:37:38
>>217
右大臣、死後太政大臣、三職任官要請、前将軍追放、年号改正、あたりを見れば
室町時代とは一線を画した権力者であったのは客観的にみて天下人じゃないか。
そもそも秀吉家康の意味での天下統一をした人間はそれ以前にいない。単位統一とか。

223 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 22:08:03
>>217
鈴木真哉著「天下人史観を疑う」を読むべし。
鈴木は2chでは余り評判が良くないが。

224 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 16:33:41
安土城が廃城となったわけが知りたいです。
秀吉以降も残っていたのでしょう?
信長の夢を受け継いだなら
再建して、そこを拠点とすべきなのでは?

225 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 19:24:43
>>224
江戸幕府が9年ほどかな、長い期間かけてわざわざ秀吉時代と全然違う大阪城
作ったのも同じ理由だと思う。つまり前時代を消すの狙いだったと思う。
でも一番の理由は、それも関係するけど目の前に近江八幡城を作った点じゃないか。
安土の商人町人を移り住まわせて秀次にある程度完成させた城下町を与えた。
そっちに集中したから安土が復活しなかった。

226 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 21:41:12
信長自身が天下統一後は摂津辺りに城を築くつもり
だったのではないかと言われてるからな。
秀吉はそれを継承したのでは。

227 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 20:14:32
大阪って名前じゃなくなる?

228 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 08:44:36
当時まだ幕府の官職(守護とか)が権威をもっていた時代、副将軍の地位を拒否したあたり既存の幕府体制の限界を見ていたんだろうな
元々、義輝存命時には信秀と二代に渡ってわざわざ上洛するほどだったんだけど、その時に何か思いついたのかもと妄想

229 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 10:23:43
信長の人材登用は異質だね
日本の歴史上、血縁優遇は当然で現代の政治家官僚すら、表向きは選挙試験を出しながら実質血縁継承が続くよう臆面も無くやっている
信長は重臣層に他国者の浪人、果ては下層民出身の秀吉すら加えている
比較的他国の武士を登用していた甲斐武田家でさえ足軽大将クラスにするのがせいぜいだった

230 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 19:04:58
>>228
尾張統一後、桶狭間前だったかな、あの時点で京堺に行くのは親父の知恵も
あったんだろうなぁ。信長を孤立?させて育てるとか信秀も随分興味深いけど
そこまで詳しくは残ってないんだよな

231 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 11:27:56
やはり親子仲が悪い武将ほど、戦国の世では大成するのかね…


232 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 23:50:50
戦国の世も大変だな

233 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 17:14:10
信長と信秀は仲悪くないだろう

234 :日本@名無史さん:2007/01/23(火) 14:02:50
大須にノーパソ買いにいった帰りに信長伝説の地・万松寺にお参りいってきました!

235 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 12:53:20
信長と利家は子供の頃から歌舞伎モノのマブダチだったってのは真実なんでしょうか?

236 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 22:41:08
すいません。
よくドラマや小説で、信長が天皇家の廃絶を考えていたために、保守的な
明智光秀が謀反を起こしたという話がありますが、これは史料的な根拠は
あるのですか?

実際のところ、信長が皇室廃絶を考えた痕跡というものはあるのでしょうか?

237 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 12:05:39
>>236
無い
信長は晩年に官位を返上して朝廷とは無縁の政治を行おうとした、とか言われるけど
実際には右大臣の職は返しても階位である正二位は持ってるし息子を引き立ててくれ、と公家に頼んでいるくらい
だいたい明智光秀は保守的ではなく、信長の改革を最も忠実に遂行した武将の一人

238 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 15:48:51
>>237
ありがとうございます。

天皇家を廃する気がないということは、信長は天下を統一した暁には、
家康のように、天皇家から将軍職をもらう形で、幕府を開こうと思って
いたんでしょうか?

信長の天下統一後、日本をどのように統治するかというような体制的な
ビジョンを示すような史料はさすがに残っていないですか?

239 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 19:13:28
何故、比叡山を焼き払った無神論者の信長が死ぬ時に本能寺に泊まってたんですか?

240 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 21:32:37
信長は無神論者なのでしょうか?安土山には寺もありますし、確か旗には八幡代菩薩と書いていたと思うのです。

241 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 22:33:58
町ずくりの基本で寺は作るだろ。
信長は無神論者でも民にまで無神論を押しつけるほどの恐怖政治するわけないし。
信長はフセインみたいなタイプだ。フセインは悪の権化と思われてるけど女性の仕事する権利を認めたり中東で酒やタバコやポルノを解禁してたのはイラクだけだったし

242 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 23:16:42
信長って、本能寺がなかったら
征夷大将軍になっていたの?

243 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 08:34:44
信長は無神論者、というのはフロイスの日本史から
だけど実際には桶狭間や長篠といった重要合戦前には熱田神宮にわざわざ戦勝祈願を依頼しているし
守役の平手政秀の菩提寺に政秀寺を立てたりと無神論者とは言い難い行動を行っている
一方で信じきっていなかったのも事実。二条城建築の際に多数の仏像を石垣代わりに使ったことは発掘で確認されているし
奇跡を売り物にした僧侶なんかは自身が詰問した上死刑にしている
信長の特徴としては、例えば他の長尾氏や島津氏がやったような対一向衆禁令とかは出さず本願寺と殺し合いしてた時すら家中領民の信仰には干渉しなかった点
「それはそれ、これはこれ」という政教分離の姿勢を持っていて、一宗教の特別扱い(逆に排斥)は絶対しなかった
安土宗論でさえ、負けた側に「他宗に喧嘩吹っかけるな」とか約束させた程度

244 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 09:11:24
>>242
一般的には成らないと成れないと推察。
1、右大臣を返上しており、朝廷の足かせを嫌っていた、もしくは別の次元で政治をしようとしていた。
2、将軍=源氏の慣習がある。織田は平氏と名乗っていた。

245 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 09:30:34
源氏将軍説が確定するのは、江戸時代からじゃないの?
それまでは鎌倉幕府政権で宮様将軍が当たり前
源氏や平氏と無関係な時代からあった官位だし

246 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 14:33:54
戦勝祈願はポーズだったり熱心な仏教徒の武将のためにやってただけだろ。
信長は願掛けなんかに頼るわけないし。アホ臭いけど周りに対してのポーズでやってただけだと思う

247 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 17:30:09
まあ、16世紀に現代的な意味での無神論者、唯物論者なんていないだろうしな。

248 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 20:29:43
比叡山を焼くときに祟りはないかとかきいてなかったっけ?
実は信心深い?

249 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 20:52:11
>>239
京都に自身の宿舎がなかったから。
寺以外に側近家臣団込みで泊まれる所となると、公家の邸となるだろうが、
戦国時代の公家の邸では規模としても防御施設としても適さなかったんだろう。
当時の京都の町衆に支えられた法華宗の本願寺は規模も大きかったらしいし。
二条城はあるが誠仁親王の二条新御所になってしまっているし。

それと本願寺は法華宗で比叡山は天台宗。
法華宗も信長裁定の宗論では浄土宗に敗れているし、
側近の日乗(法華宗)も追放されたりしてはいるが。

250 :日本@名無史さん:2007/01/26(金) 22:16:01
>>248
比叡山焼き討ちは最近の調査で無かった説が有力になりつつある。
あれだげ殺戮をされながら、比叡山近辺から人骨の出土数が少な過ぎるらしいよ。


251 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 09:32:19
謙信は自分を毘沙門天の化身とまで言った
信玄も天台宗座主の地位を手に入れて、自分は不動明王の化身と言った
フロイスの日本史にしか根拠がないが、信長は自分を神だと晩年言ったそうだ
(信長がキリスト教を認めつつも、決して特別扱いしないことがわかってからの、宣教師の報告書内での態度の変化は面白いほど露骨だからどこまで信じて良いか疑問だが)
旗印に仏教神道関係のものを用いた武将は枚挙にいとまがないほど
一種の宗教戦争の観があるな

252 :日本@名無史さん:2007/01/27(土) 11:31:02
>>43
>日本人て人情の深い人物が好かれるような気がするんだが・・・

信長って実は人情に厚いみたいね
ttp://plaza.rakuten.co.jp/ryukyuneko/diary/200610030000/

他にも秀吉とねねの夫婦喧嘩の仲裁をしたり
黒田孝高が救出されたとき拷問で傷ついた姿を見涙を流したみたいだし

253 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 16:38:48
小説とかじゃ信長は悪役か威厳の権化
だからちょっといい話的なものは流布しにくい
実はいい人な信長の小説とかあったら面白いとは思うけどさw

254 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 17:51:57
>>249
あボケてる。
本願寺じゃなくて本能寺ね。

255 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 19:58:11
>>253
実はいい人って言ったって
比叡山焼き討ち、一向一揆なで斬り、
外出した侍女の斬殺、荒木村重の妻子一族の虐殺などの
残虐行為をやったんだからなあ。
難しい。

256 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 20:06:47
本当にいい人だったら、武将になんてならないだろうしな。
農民か僧侶になってるだろう。

戦国武将なんて程度の差はあれ、みな残酷だよ。

257 :日本@名無史さん:2007/01/28(日) 21:38:40
明日、TBSで、

>歴史ミステリー特別企画“バチカンに眠る織田信長の夢”暗殺の黒幕はあの男
>…残された暗号を解読せよ

っていう番組があるらしいぞ。
ちなみに暗殺の黒幕は誰だと思う?

258 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 11:42:51
司会が・・・
何でそんなの使うかなぁ

259 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 12:04:50
黒幕も何も明智光秀自身の野望のためだと思う
光秀は旧主筋の義昭も朝倉氏も裏切って栄達した男
信長相手にも同じ事して今度は自分が天下を、と考えても不思議とは思わない

260 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 12:08:30
>>250
焼討はあっても虐殺はなかった説もある。
更に先に火をつけたのは浅井朝倉で、それで脅された延暦寺が信長の要求を拒絶せざるをえなかったという説もある。

261 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 12:23:55
虐殺が酷い、というのは後世の倫理観じゃないの
前田利家は臨終の際にお経書いた服を着て成仏できるように、と懇願された時に
「オレは沢山人を殺したが、理由の無い殺しはしていない。それで地獄に落ちるようなら新だ部下集めて閻魔と一戦してやる」と答えた
謙信や信玄、政宗も規模の大小はあれ女子供まで根切りにした
理由が皆殺しを正当化する時代だったんだよ

262 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 16:52:07
http://homepage2.nifty.com/musou-ann/kowai1/kowai65.htm

これって誰だかわかりませんか?

263 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 17:00:55
>>262
ぜんぜん成り立たない夢物語ですwww

>丹後の国のある村
>「織田信長の子孫」を名乗る者
> 彼は水軍を率いており
>海賊行為にあけくれました。


264 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 17:06:01
>>262

こりゃただの、山椒太夫だろw



265 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 18:25:58
八切止夫が、信長爆発暗殺説を出して無かったか。
新型火薬の力で爆発炎上させ、
本能寺毎燃え尽きてしまったとか。
南蛮寺のバテレンや家康が関わっていたとか。
今日の番組は、それと似てるのか?

266 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 20:18:11
安土城の詳細が書かれている屏風絵や資料がバチカンの国王の宝物庫に眠っている可能性がある。現在調査中

267 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 20:21:10
バチカン宝物庫だけでなく当時のゆかり人達の家の宝物庫なども調査するらしいからもしかすると信長の死後の資料なども見つかるかもしれない

268 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 20:37:53
ttp://www.tbs.co.jp/nobunaga-code/
間に合わないかな。


269 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 21:15:27
>>255
比叡山を焼いたのがなんで悪いのかわからん。
武装勢力じゃんよ。

270 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 21:16:51
>>256
僧侶も農民も武装した残酷な連中でしたが?

271 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:44:42
平和に暮らしていた朝鮮とは雲泥の差ですね
秀吉が攻めてくるまで地上の楽園でした

272 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:46:30
そもそも国家のていをなしてない糞尿臭い乞食半島だろw

273 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:58:46
>>269
それどころか先に火を付けたのは浅井・朝倉と言う説もある。

274 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 23:08:38
はいはいwikiからの引用厨乙
説だけとなえるならおれにも出来るぜ
信長は魔人に取り付かれ魂まで食らわれ、
李座主王国から来た乱崇なる異人が
信長を討ち魔人ザビエルを倒したとね

275 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 23:15:29
秀吉の進行に
「解放軍だ」と大喜びで支援した半島の最悪搾取王朝の民の末裔が何か言ってるね。

276 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 23:17:41
近衛前久が黒幕だと言う説に従ったものでした。
細川藤孝もぐるだったと言ってました。

277 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 23:49:31
新説と捏造ギリギリ紙一重。

278 :U-名無しさん:2007/01/30(火) 00:04:01
そもそも今のテレビ局は史学者に完全にそっぽむかれてるだろ。
だから作家しか出てくれない。

とはいえ、小説話をさらに脚色して無茶話にしてる最近の
状況からすれば、案外おもろかった。

279 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 00:27:01
>278
うん
年末年始に、細木数子が歴史番組やってたくらいだからなw
芸能人に催眠術かける番組とか
「あなたの前世はヨーロッパ中世の貴族でした」と
言われて感激する番組とか
「毎日納豆4パック食べればヤセる」とか言った番組とか
そういう延長線じゃないか
雑誌「ムー」のTVバージョンと思えばイイかもな

280 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 03:01:03
>>278
>だから作家しか出てくれない。
テレ東のとんでも歴史番組専属の加来耕三とかねw

281 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 03:13:25
当時の比叡山の僧達は武装集団であり、僧でありながら女を抱き男食もするカルト集団でしょ?


282 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 04:22:01
一向宗どもども、宗教同士でバンバン殺し合いしてたしな。
しかも勝手に道を塞いで「通るなら金出せ」ってあちこちでやらかしてた暴力団でもある。
もう信長様様だよ。キリスト教やイスラム教みたくいつまでも宗教戦争で虐殺三昧の連中を、
日本から早々と一掃してくれた。

283 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 08:35:47
信長って一昔前は、「信長尊敬してます」なんて言ったら
こいつ頭大丈夫か?みたいに思われかねないような人物って感じだったが
時代も変わったな。

284 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 10:32:06
昔から日本史屈指の改革者として人気だったじゃないか
一部の地域の話じゃないの?

285 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 04:27:10
>>283
一昔前は(今もかもしれんが)、尊敬する歴史上の人物アンケートで
坂本竜馬などと並んでコンスタントに上位だったと思うが。
知名度の問題もあるだろうけど

286 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 09:02:09
尊敬や人気とは別に、歴史を動かした人物の評価として
信長は上位に入ってくるとは思う

287 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 09:06:21
フロイスによると、信長は「戦運が自分に背いても意気闊達」で忍耐強かった人物だそうだ
残虐と寛容、激昂しやすさと忍耐強さが両立し得るという稀有な人格

288 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 09:23:27
イエズス会の皆様の記録は参考になりますが、
全面採用しないように致しましょう。

289 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 09:31:27
信長公記から覗える信長の人格も似たようなもの
大大名の身で乞食や足軽・人足に気軽に接したり情けをかけたりする一面と、苛烈な支配者の貌双方が見受けられる
実際に信長が足軽の足が血だらけなのを気の毒に思って自分の履物を与えた際の実物は今でも名古屋の歴史館に残っている

290 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/01/31(水) 10:08:13
○おいおい人大杉で他のスレはなかなか見れんぞ。
ここに実名出されて迷惑の大庭博氏について書かれている中傷、誹謗は、
全て出鱈目だからな。
言っておくが名誉毀損になったら莫大な損害賠償が発生するぞ。
○事実でも人を社会的に貶め、中傷の意図が感じられる。
○プライバシーの侵害である。
○公共のもの以上の個人的中傷である。
○社会的信用を失わせる行為である。
以上はインターネットで莫大な損害賠償金が発生する可能性があるから
気をつけるように。

291 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/01/31(水) 10:23:41

○織田信長は今にして思えば、少し若いところがあった。
西洋の優れた文明、芸術を取り込むところは、先見性があったが、
そればかりを追い求める姿勢は、保守層にはなかなか理解できなかっただろう。
彼の行動は、部下に説明不足、不審を招いたと思う。



292 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 10:50:16
>>287
信長はまるで曹操みたいな人物ですな

293 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 11:26:13
信長はキリスト教を認めても自身がキリシタンになったりとかの特別扱いはしなかった
大友氏や有馬氏領内で起こったキリスト教の強制や寺社破壊などとも無縁
キリスト教絶対主義者から見れば許しがたい悪だとわかってからは宣教師の書き方もボロクソになってる

294 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 14:38:13
信長は最初から苛烈だったわけじゃない
弟・信勝(信行)を殺したのは二度目の謀反を企んだからだし
柴田勝家ら謀反人も一度は許している
信長の一度目の上洛作戦を和睦破りで潰し、信長の面目を丸つぶれにした斎藤龍興すら追放に留めた
よく言われるように、義弟の浅井長政の裏切りに端を発する信長包囲網を境に容赦がなくなっていく

295 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 14:47:39
比叡山焼き討ちは浅井に裏切られる前だろ。
あの時代に聖地比叡山を焼き払うなんて狂気の沙汰だ。

296 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 14:55:18
>>295
まてい。どう見ても裏切り後だろうがw
「織田と浅井朝倉の戦争で相手につかないでくれ。それが駄目なら中立を」と交渉したら露骨に浅井朝倉方に合力した結果
霊山どころか自分から敵対した相手だろう
足利義政はじめ、宗教権威を嵩に世俗介入した宗教組織を攻撃した例は以前にもあるし

297 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 17:12:24
>>295
顔洗って出直してこい!

298 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 20:03:21
そもそも信長は比叡山を焼き討ちしたといえるのか?
最近の発掘調査では伽藍ちょこっと焼いた程度w

299 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 10:44:31
天下万民のために乱れた戦国を平定しよう!でも謀反人でも敵手でも無闇に殺さないぜ!
と蒼天の志を抱いていた天才児が
義弟の無理解等の壁にぶち当たり、それを砕いていく過程で
フハハハハ!ワレコソハマオウナリー!
となっていくわけだな

300 :織田信長:2007/02/02(金) 11:02:39
何か俺に文句ある奴いる?

301 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 11:11:29
今更だが宗教勢力を激しく攻撃したのは足利義教だろう
あと細川政元が延暦寺を信長より先に焼いている。原因は朝倉氏に呼応して将軍推戴争いに参加してきたから
……って朝倉+延暦寺って災難呼び寄せるコンボだなw

302 :日本@名無史さん:2007/02/02(金) 13:19:39
信長は虫歯に苦しんでいて、歯痛からあの短気さがきている。と、面白い事を書いていた怪しげな教授がいたな…


303 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 06:37:20
歯医者が居ないこんな戦国時代じゃ…

304 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 08:08:13
【織田信長アッー!の由来】

戦国武将に扮した織田信長らが敵陣に突入
 ↓
「四つん這いになるでござる」「なれば領地を渡すのでござるな」
などの会話を経て全裸に。
 ↓
指で菊門をほじくられ、「汚い穴でござるなぁ」などと罵られる
 ↓
森蘭丸の尺八で「アッー アッー!」と悶える
 ↓
前田利家に局部を見せながら堀秀政に尻の穴を見せる。「気持ちいいでござる!」と
悶えながら男性自身を勃起させる。このあと、森蘭丸がコンドーム「鉄兜」をつけ、
信長に背後から挿入。「アッ、アッ、アッ、アッ!」と織田信長は勃起させながら声をあげる。
 ↓
ルイス・フロイスも加わり4Pが始まる。ヤラれるばかりだった織田信長が一転、
攻勢に出て、フロイスを下にして犯し始める。小刻みに腰を振りながら、
「アッー、アッー、イクでござる!」と叫んで、信長もフロイスの腹に勢い良く射精。
あとモヒカン頭の明智光秀の超巨根を挿入されて出血死したらしい。

305 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 09:42:06
信長が甘い物が好きで酒はあまり飲まなかったからってあんまりだろw

306 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 03:36:18
信長は宗教を弾圧したことは一度も無いよ。
武装勢力を弾圧しただけ。
宗教勢力が武装解除したら信仰布教の自由は認めてるしね。
弟二人殺されたにもかかわらず・・・。
つくづく宗教には寛大な人だよ。

307 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 10:08:08
蘭丸!保守致す!!

308 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 14:11:09
稲生原合戦の時、信長は700しか兵が無くて1700揃えた弟・信勝派の柴田・林勢に押されまくり
しかし本陣まで敵兵が来たら信長は立ち上がって大喝、自身が突撃すると敵兵ビビって戦況逆転
さらに左腕を切られた部下を助けて敵の大将の一人林美作守を自ら討ち取る
一人で七騎の敵武者をぶった斬った佐竹義重並の剛勇

309 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 15:55:34
>>308
その童話だけど、逆じゃない?
信長近習が美作の左腕を落として、うずくまる美作の首をお取りなされよと信長に申したんじゃなかった?
何かの小説で読んだ記憶があるんだが・・・

310 :日本@名無史さん:2007/02/05(月) 17:22:44
>>309
信長は南へ向て、林美作口へかゝり給ふ処に、黒田半平と林美作数尅切合ひ、
半平左の手を打落とされ、互いに息を継ぎ居り申候処へ、
上総介信長、美作にかゝり合い給ふ。
其時、織田勝左衛門御小人のぐちう杉若、働きよく候に依て、後に杉左衛門尉になされ候。
信長、美作をつき臥せ、頸をとらせられ、御無念を散ぜられ、両共以て追崩し、
去て手ん手に馬を引き寄せ/\打乗て、追付/\頸を取り来り、
其日(八月廿四日)清洲へ御帰陣。

311 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 08:18:12
童話どころか実話ってところが恐ろしい
横槍をつけたってあたりがリアルだな

312 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/02/06(火) 10:39:12

○そろそろ人大杉、人多すぎ状態をなんとかしてくれ。
自由に書き込めないぞ。
○信長は剣術とか、兵法を誰に習ったのか?


313 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 15:10:41
信長がなぜ本能寺であのような最後を遂げたのかどうしても不可解。
相当念入りで組織的な計画でなければ
信長が気を許すわけがない。


314 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 19:05:49
>.>313
明確な根拠もなく、妄想乙。

京都・安土周辺は、安全地帯と見てたんじゃないの。
少数のお供を連れただけで、移動していたのは本能寺のときだけじゃない。
京都で信忠その他馬廻りと合流して、西へ向かうつもりだったんだろう。




315 :日本@名無史さん:2007/02/06(火) 19:23:34
>>312
市川大介に弓、橋本一巴に鉄砲、平田三位に兵法を学び、鷹狩を好んだ。(信長公記)
平田三位から学んだのは戦争の方法としての「兵法」じゃなく、いわゆる剣術だと思う。

316 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 06:13:10
>>313
富士山裾を小姓だけ従えて馬で駆け回って遊んだり、
元々子人数でいることに警戒するヤツではなかったんだろう。


317 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 08:43:54
元々信長は廻りを固めるタイプじゃないからな
逸話であるように足軽やら人足やらとも気軽に交わるし
斎藤氏の刺客団に襲われかけた時には、自分からそっちにいって凄んで追い払ってる
二条城工事のときでも三好の刺客が出かねないのに平気で諸人の礼不要で現場に出ているし
信長の警護役ってすげーストレスだったと思う

318 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 09:59:44
信長はイエズス会の手先にすぎない。
天下統一の仕方、度量衡や通貨の統一、街道整備、鉄砲を使った効果的な戦い方、すべてイエズス会のアイディアを実行に移しただけ。
豊富な資金もすべてイエズス会が用意して信長に与えていた。
よって盆山崇拝で信長がイエズス会を裏切ったため、本能寺で殺した。



319 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/02/07(水) 10:31:55
○早く人大杉状態を何とかするべし。自由に書き込めないぞ。
>>315○有難う。
>>313○光秀の突然の思いつきだけでは無理とされる点。

京都は夜盗、火事などを警戒し、夜回り、盗賊よけの木戸があった。
大きな音を出す大軍の移動が全く気づかれていない。
織田信忠が逃げられていない。二条城に篭城している。
安土城が無傷で財宝と共に光秀の手に入っている。
大阪の四国渡海軍が四散し、無力化した。
美濃で安藤氏の乱がすぐに起こった。
○イエズス会が背景にいた?
羽柴秀吉の軍師黒田官兵衛はキリシタンだぞ。



320 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 11:13:23
○さまは、ちゃんと専用スレがあるんだからそちらでお話くださるようお願いいたします。


321 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 23:11:10
信玄公が史実より後五年生存してれば、武田家の天下統一は無いにしろ、織田信長→豊臣秀吉→徳川家康の流れは無かったろうな…


322 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 10:47:23
勝頼があと半年いきのびても家康への流れはなかったよ。
勝頼の遺領を戦後処理で駿河もらい、さらに本能寺後の北条との抗争で
甲斐、信濃を事実上領国化し、計5カ国の身上となり秀吉に対抗できるように
なったんだから。

323 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 19:54:27
日光東照宮には家康と秀吉と頼朝が祀られているが、信長が祀られていない。
微妙だな〜wやっぱ天下取らないといけないのかしら。
家康にとって偉大な主君だったはずなのだけど。

324 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 21:33:02
>>319
そもそも突然の思いつきが、どの時点からの事かが分からないが、

>京都は夜盗、火事などを警戒し、夜回り、盗賊よけの木戸があった。
木戸があったから事前の準備なしでは無理だったということ?
何が言いたいのかが良く分からないが、光秀以下、京都に始めた入ったわけでもなし。

斉藤利三は京都を前に、「指物を付けて木戸の潜り戸を通り抜けようとしても、
ひっかかるので木戸を押し開けて進むよう、分かれて思い思いの道を進み、
本能寺の森、さいかちの木、竹薮を目当てに確かめて目標をたがえぬように」
と訓示している(川角太閤記)。
別に事前の準備を窺わせる訓示だとも思えないが・・・。


>大きな音を出す大軍の移動が全く気づかれていない。
大きな音を出す軍が通過しても怪しまれないように、街道上の集落やに金でもばら撒いて工作していたと言う事?
どれだけ事前に工作したと考えているのか分からないが、
それだと光秀が軍を動かす前に、密告一発で露見するリスクの方が遙に高いし、
それ以上に街道沿いの集落、京の町方までに工作するのは物理的にも不可能でしょ。
やっていたとしたら光秀は馬鹿になるのでは?

それと、いざ軍勢の音がしたとして、集落や京のの人間が、織田上層の枢機に通じていて、
「こんな時間に軍勢がここを通るのはおかしい。右府様が狙われている」などと考えるとは思えない。
そして織田家の家臣でもない者が、命を懸けて明智の軍勢に気付かれないように追い抜き、
本能寺の信長に御注進もないでしょ。

325 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 21:36:09
>織田信忠が逃げられていない。二条城に篭城している。
突然の思いつきでないとする理由が、これと何の関係があるのか分からないが、
これは逃げられなかったと言うより逃げなかったが正しいのでは?
妙覚寺に宿泊していた信忠は、「信長と御一手に御なり候はんと」
本能寺に向かおうとするが、村井貞勝父子に本能寺は焼け落ちたと知らされ、
二条新御所に入るよう薦められ、御所にいた親王と若宮を禁裏に移し、ここに篭る。
この後の詮議で信忠に「退かれ候」と進言する者も居たが、
「雑兵にかゝり候ては御無念なり」で、二条御所で戦っての切腹を決断。
上は信長公記だけど、
http://www.sky.sannet.ne.jp/kyoshio/furuya/nazo/nazo05.html
なのもある。

>安土城が無傷で財宝と共に光秀の手に入っている。
2日朝に本能寺の変、報せは同日中に安土に届いたとは思うが、大混乱だったと言う。
で、3日午後に留守居の蒲生秀賢が、安土に詰めている兵では、
安土での防戦は無理だと判断、信長の妻子を連れて、自身の居城である日野に篭る。
什宝類などを持ち出す暇もなかったと思うが。
出かけに火を付けるだけで安土城ほどの城が簡単に燃え崩れるわけでもないし、
燃え崩すために、それなりの準備も必要だが、それをする時間も無い。
それ以前に、後の反抗を考えて、光秀が安土を拠点とする事を阻止するために、
主君の城安土を焼き崩すと言うのも、この時点では秀賢の頭にはないでしょう。
篭城し信長の妻子を守る事だけで手一杯。
それと長浜城も似た状況だが、別に城を壊して退去していない。
てか、賢秀が光秀と内通していたと疑っているのなら、賢秀が日野に篭る理由が説明付かない。


326 :日本@名無史さん:2007/02/08(木) 21:38:34
>大阪の四国渡海軍が四散し、無力化した。
これも光秀が事前に工作していたと言う事?
これまた露見する確率の方が高いし、
露見する可能性大の信孝や丹羽の新規に与力となった武将に工作するくらいなら、
明智の下にある与力にこそ、事前に工作しとけよという話になる。
丹羽や信孝の直臣兵卒は山崎合戦で秀吉に合流している。

>美濃で安藤氏の乱がすぐに起こった。
天正七年に追放されていた守就が信長の死を聞いて6月8日(だよね?)に蜂起した事に何の怪しさがあるのだろう。
準備不足の上、所詮過去の人だから簡単に追討されているが・・・。
光秀が守就と事前に諮っているのなら、光秀は相手を間違えているとしか言いようがない。


>>323
家康は太閤秀吉の家臣だけど、信長の家臣であった事はないよ。
形骸化しているにしろ同盟者。


327 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 03:23:02
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B4%B2%E5%90%8C%E7%9B%9F

家康には駿河一国だけしか与えられなかった。しかもそれは、家康が安土城に
いる信長のもとに赴いて、信長から賜るという形で与えられている。この頃になる
と、家康はもはや完全に信長の臣下のような状況にあったのだ。


形の上では同盟だけど、武田戦後処理をみてもこの仕置は
内外に徳川氏の被官化の地ならしだったろうな

328 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 11:47:11
北条が信長の新たな有力同盟者の地位に上がったら、徳川氏は完全に宙に浮くからなぁ
勢力図を見れば分かる通り袋小路に
それまでと違って信長側から見ても利用価値が暴落しかねない状況

329 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 12:55:23
>>322
勝頼が史実より半年長く生存で徳川幕府の設立は厳しいか…
今現在の歴史は絶妙なバランスで成り立っているんですな。
もし勝頼が半年延命してたら、豊臣秀吉が天下統一前に他界して最後は若い伊達政宗あたりが、天下統一をして伊達幕府が出来てたもね。


330 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 14:11:50
>>329
武田氏討伐がならないまま史実道理に中国遠征の援軍目的で信長が横死したかどうかは
ともかく、本能寺がおこってもわずか2カ国では家康は何も出来ないし、
むしろ勝頼が盛り返して、徳川は偉いことになっていたかも。

331 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 11:17:29
信長はいろいろ独創したり、他の大名が行っていた政策をより大規模に利用したりしていたけど
ブレーンとか師匠とか軍師にあたる人物って見当たらないよね
小説とかだと岐阜の名前出した坊さんがそれだ、とかいうのがあるけれども
一人の頭で全部ひねり出したのなら普通に凄いわ

332 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 13:06:11
信長はおとっつぁんが頑張って成り上がった家から出てきた苦労
知らずの二代目ボンボン。独創性なんてないから、全部「アレ欲しい」で
他人のものをパクっていただけ。今でいう東大出の人間みたいなもの。
↓戦国板からコピペ。

●鉄砲隊の組織化=一向宗徒(雑賀・根来衆)に学ぶ。つか、長篠後も一向宗の鉄砲隊に苦戦。
●楽市=六角、今川などが先行。つか、当時は一般的に行なわれてる。
●兵農分離=公記にある弓衆の強制移住なら、一般的な旗本軍制にすぎん。
     軍役衆という意味なら普通の戦国大名。
●選銭令=平安末期から行なわれている。むしろ、独自の貨幣を作れなかった後進性がみられる。
※武田信玄は甲州金貨を畿内にまで流通させ、上杉謙信も独自の金貨を領内に流通させていた。
※選銭令を完全に実行できていたのは北条氏領内のみ。
●宗門焼き討ち=平清盛、足利義教、松永久秀らが先に実行。
●畿内貿易港の掌握=平清盛、足利政権の真似。滅び方も似ているが。
●サディスティックな大量虐殺や嬲り殺し=これが意外とオリジナルかもな。      

333 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 14:26:05
浅井長政が信長を裏切らずにいたら、本能寺の変後はもしかしたらポスト徳川家康の位置にいたのかしら?


334 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 16:21:04
>>332
戦国板に留まっていてもらいたいような質の低いコピペだな。
独創性云々ってなんじゃらほい。
朝鮮人の起源認定みたいw

335 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 16:24:48
時系列的に明らかにおかしいのもあるし
織田軍の旗本鉄砲五百は既に正徳寺会見の時点で組織されてるから雑賀衆との接触前だし
流石に鉄甲船とかについては牽強付会もできないようだw

336 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 23:34:55
やはり人の数だけ諸説があるのね。

337 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 03:56:02
実は本能寺が興っていない別の世界では、日本統一後、唐、朝鮮を平らげ、
ゆくゆくは世界を揺るがす大帝国として成長し、第1次世界大戦でヨーロッパの
大半を勢力下に収め、二次大戦でソ連とアメリカを悉く滅ぼして天下統一したました。

しかし、日本の事を快くおもっていない朝鮮人がタイムマシンで過去の世界-1582年の
世界に現れ、光秀に電波を送って信長を暗殺するように仕向けたんです。

ですから、事前に察知はできませんでしたし、信忠も逃げなかった理由は「ここにとどまる
ニダ」と朝鮮人が命令したからです。

そして時は流れ、慶長、文禄の役後の和睦を関が原後の家康が朝鮮と国交を結びなおした
事でもわかるように挑戦に有利な内容となっています。

つまり、信長暗殺の犯人は朝鮮人による陰謀です。

338 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 06:36:42
>>337心底くだらない
おもしろくもないし

339 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 07:20:15
早速もみ消し工作ですか
必死ですね

340 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 22:24:24
信長は独創の塊だよ。

341 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 01:39:39
率直な感想だが信長の部下より秀吉の部下になりたい。


342 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 02:23:01
で、豊臣恩顧の藩とは江戸幕府から改易されちゃう末路たどるわけね

343 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 02:48:52
関白殿はそのような御方ではない!

344 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 10:44:11
信長の父も祖父も下克上の人
異端は織田の血筋かもしれん
本能寺以降、急速に劣化するが

345 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 22:31:08
足利幕府があんな状態だから、当然下克上の世になるざんすよ。

346 :日本@名無史さん:2007/02/13(火) 23:31:38
悪いのはまろではない
信長のやつでおじゃるぅ〜

347 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 10:23:32
義昭なのか義元なのかどっちだ?w>>346

義昭ならなおタチ悪い。全国の大名が義昭を見捨て、義栄が将軍に既に就任するという悪条件で自分を拾ってくれた信長に逆らうんだから
領土の一片すら信長から貰ったものなのに

348 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/02/14(水) 10:45:40
○人大杉状態を何とかするべし。自由に書き込めないぞ。

○しかし、足利義昭は最初、信長を父とも慕っていたんだろう。
それを憎み始めるんだから、余程のことがあったとしか思えない。

349 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 10:49:06
○しかし義昭は細川藤孝にまで見捨てられてるんだから
余程のうつけであったとしか思えない。

350 :日本@名無史さん:2007/02/14(水) 11:40:20
○しかし、足利義昭は信長に担がれた神輿として満足していればよいものを、
実力ないくせに権力を振るおうとしたんだから、余程のアフォであったとしか思えない。

351 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 07:29:40
〇しかし義昭は、信長のおかげで神輿に乗れたのに京を追い出された後も懲りずに信長討伐令…
3歩ほど歩けばみんな忘れる愉快な人だったのであろう


352 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 09:12:34
一休さんに出てくる将軍さまを見れば、足利幕府は滅んで当然ですな。

353 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/02/15(木) 10:54:59
○人大杉状態をなんとかするべし。自由に書き込めないぞ。

○そうか?、この後の織田信長包囲網はたいしたものだったし、、、
信長に副将軍就任を頼むほど期待していたし、、、、
親衛隊を持ちたいといった姿勢に間違いは無いし、、、
無能ではなかったと思うな、、、


354 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 11:38:12
〇さあ〜。
信長副将軍の話は前に否定されて、それに対する反論も無かったっしょ?
喰い散らかした挙句に話をループさせるなら専用スレに行きなされ


355 :日本@名無史さん:2007/02/15(木) 16:56:16
織田信長の戦略・戦術・外交・軍備を語るスレ
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1171182342/

356 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 22:57:57
下戸の光秀めに酒を強要せねば、今頃は天下様の世だったのにな…


357 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 08:08:26
海洋国家日本を作り上げて、
世界中の海岸線の拠点を押さえてそのあがりで今頃はホクホクだったのにな。

358 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 15:29:05
敵ぎゃ〜!!

359 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 23:08:10
伊庭義明殿が信玄を倒してなければ、日本の首都は長野県になっていたかもしれませんな…

360 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 08:16:35
長野が首都の宗教国家か。
中東みたく未だに宗教信者同士でテロやりあってるのな。

361 :日本@名無史さん:2007/02/19(月) 15:25:28
脱脱ダム宣言

362 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:35:50
戦国自衛隊の原作小説は、最も信長を高く評価してる作品なのかもな。
正確には道三まで込みなんだけど、あの時代に信長が生まれなかったら
あれだけのテコ入れを行わないと天下統一は成し遂げられないってんだから。

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