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江戸時代の東北は天国or地獄?

1 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 14:09:50
人災としての飢饉で数十万人の餓死者を出す一方、
「豊かだった東北を明治政府が搾取した結果貧しくなった」との声もある。
果たして江戸時代の東北は豊かだったのか、それとも貧しかったのか。

2 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 20:22:41
2gets

3 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 21:31:02
江戸時代は全体を通じて小氷期なんだから、
東北地方は地獄だったろうね。

逆に温暖期の奈良〜平安初期や室町時代は、
きっと豊かだったろうね。

4 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 18:43:31
あと縄文期までさかのぼっても豊かだったね
そのせいで稲作や戦争の重要性を感じなかったことが
東北の後進地域化を進めたかと

江戸時代は、まぁ一揆はどこでも起こってた訳だし
殿様がある程度マシなら救いもあったろうけど
南部とか会津の人は地獄だったろう

5 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 01:06:21
いつから餓死の話になるかと今からわくわくしますね

6 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 18:45:06
>>4
会津や薩摩が典型的な例ですが、
藩の苛政に悶え苦しんだ百姓の末裔ほど
今でも武士道の類を崇拝してるのはなんなんでしょう?
パブロフの犬のごとき調教が、
遺伝子レベルで染み付いているのですか?

7 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 18:55:35
東北が相対的に豊かだったのは、
日本に稲作が持ち込まれるまでの、
狩猟・採集の時代の話でしょ。
今ある水田の大部分も、明治大正昭和を迎えるまでは
針葉樹か葦でびっしりと覆われていた。
江戸時代以前は、放置されてたか
投資という概念がなく「胡麻と百姓は搾れば搾るほど出てくるものなり」
みたいな名文句を地でいくような
ロクでもない為政者に支配されてたかだもんな。

8 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 20:04:07
おまえ東北と北海道混同してるだろwww

9 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 22:49:06
>>6
市民平等の後に職を失った武士は何になったか?
読み書きや文章を知ってる知識層であった彼らは(搾取してるぶん、武士層の教育レベルは高かった)教師になりました
そして自分たちの正当性と正義を自分たちが搾取した農民に教え込んだのです

10 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 23:31:27
>>9
なるほど。
2chで日教組の洗脳だの馬鹿台詞を吐いてる連中の思想こそ、
それこそ日教組なんぞ比にならないくらいの
偏向教育をベースとしたものなのですね。

11 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 00:44:11
age

12 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 13:31:12
北前舟貿易で潤った秋田は、東北では奇跡的に天国。
秋田同様物流拠点として発展の目はあったものの
治安は極悪だった津軽は、微妙。
支配階級による搾取が恒常的であった仙台や会津は、
士族にとっては天国・庶民にとっては地獄。
山形は、小藩林立の政治的混乱で、岩手ほどではないがプチ地獄。
東北随一の不毛の大地の上寒風で農作物が壊滅する
岩手・下北半島は、みんなまとめてまるごと地獄。
福島中通りは、治水の弁が悪く未だ人類の入植前。
福島浜通りは、地味であまり東北っぽくない。

13 :日本@名無史さん:2006/07/18(火) 21:49:06
うんこ

14 :日本@名無史さん:2006/07/21(金) 18:40:29
age

15 :日本@名無史さん:2006/07/23(日) 14:56:15
age

16 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 21:47:46
age

17 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 18:47:57
江戸期の仙台平野は、北上川大改修の恩恵で『百万江戸の大米蔵』とも称された程の肥沃な土地だった。
北上川大改修によって新たに拓かれた耕作地帯の実質石高は三十万石をゆうに超えたとか。

18 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 20:58:46
age

19 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 10:39:38
人が少ないうちは、豊かな資源で豊かな平泉的な暮らし。
温帯向きの米作中心では、自然環境が適さず人が増えて凶作だと飢える。

江戸期はコメの取れ高が大名の格式なのでコメ偏重の農政策を取った。
結果凶作での被害が甚大なことに。二宮や青木の農業再生で一部持ち直したが
文明開化後の品種改良による冷害防止までこの傾向は続く。
この傾向は為政者側も知っており北海道の開拓では、当初米作を禁止していた。

今では北海道は最大の米作地帯だが・・・・江戸期の技術では栽培不可能だと思われていた。

20 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 10:44:10
本州+九州+四国+佐渡島+淡路島=大本州

21 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 10:49:33
普段はなかなか豊か(搾取の酷い南部藩と津軽藩を除いて)だが
飢饉が起きると地獄。

あと仙台藩も領内で百姓や職人の余剰物資を勝手に承認に売るのは禁止で
自分たちで消費するもの以外は全て藩に売却しなくてはいけない法律があり、
それは江戸初期はむしろ百姓・職人たちにとって都合が良かったのだが、
いつの時代も物価は常に値上がりするものなのに
仙台藩は買い上げ価格を常に据え置いてたので、
時代に進むにつれ買い上げ価格と実質価格の差が出て、
百姓たちを圧迫していったという。

22 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 10:58:53
本州+九州+四国+佐渡島+淡路島=大本州

23 :日本@名無史さん:2006/08/15(火) 00:44:40
身分統制と物流の阻害によって秩序は保たれたという側面も事実だ。
だが一見不条理なシステムによって凶作による逃散連鎖による破滅を
防ぎ、幕末まで維持したことも忘れてはならない。
北方警備、関東警備に労力を提供し、その劣悪な環境により死傷者を
続発させたことも藩の維持のための犠牲であり、それらの犠牲によって
存立した。

24 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 02:02:15
津軽の郷土史は、災害と凶作と疫病で埋め尽くされてるよ。
でも生き残れば生き残った人間が、総取りな天国。飢饉で逃散したら入札で
耕作権(不毛の土地扱いなので格安)が手に入る。

25 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 02:34:16
┌長女(病死)
├次女(餓死)
├長男(徴兵→消息不明)
├三女(病死)
├次男(結核)
├四女(病死)
├五女(行方知れず)
└六女(母の母の母→母の母→母→俺)

26 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 09:21:16
すんごく笑えて
ちょっと切ない…

27 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 10:03:53
>>24
土地を手に入れたとしても納められるのかよ。
機械化も稲の品種改良もほとんどしてない時代だし、津軽で米作なんて無謀だよな。

28 :日本@名無史さん:2006/08/22(火) 19:04:27
>>25
それ考えたら、東北人って奇跡の結晶だよな。

29 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 21:30:37
age

30 :そういう漏れも東北人:2006/09/03(日) 02:09:42
>>28
なるほど、ねばり強いってそういうことか。


31 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 21:39:55
東北他県民から140年間村八分に晒されて
針のムシロの上で耐え続けてきた津軽・秋田人は格別だろう。

32 :日本@名無史さん :2006/09/08(金) 12:13:29
>>25
てそれ大正昭和の話じゃん。

33 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 18:31:28
大正政変で地主と資本家が政権を掌握して以来、
東北は一転して江戸時代ばりの地獄に逆戻りしたな。

34 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 23:54:23
あげ

35 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 11:09:40
江戸時代の3度の大飢饉から昭和9年の大飢饉まで、
藩閥政府の治世下では飢饉の起きなかった東北地方。

36 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 19:55:44
あげ

37 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 16:34:35
あげ

38 :日本@名無史さん :2006/11/06(月) 16:24:32
極寒のロシアに連行された日本人は数多いが、東北人の生存率は高かった。

39 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 18:23:35
姥捨の歴史は東北全体にあったの?

40 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 21:24:23
東北どころか中華圏全体にあったよ

41 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 22:23:19
特に岩手が多い。

42 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 23:10:49
間引きと姥捨て山で、江戸時代の東北地方は殺人行為が日常茶飯事。
冷酷な人間が多いのも頷ける。

43 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 01:12:22
何を言うか。
人命価値に対する東北人の独特の感覚が、
東北軍閥が日本を支配した昭和初期に
神風特攻隊やジンギスカン作戦を可能ならしめたのだぞ!

44 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 08:25:18
東北は今も仕事がないみたいで可哀想。

45 :日本@名無史さん :2006/11/27(月) 08:51:11
仕事ならあるさ。金にならないだけで。

46 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 17:15:08
あのイザベラ・バードは「日本奥地紀行」で東北を結構褒めている。

47 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 17:22:14
そんな無名やヤツが何を言おうが、関係ない。

48 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 17:37:55
イザベラ・バードって、今や小林よしのりと並ぶ
国士様の教祖みたいなもんだよな。
なにより、日本を持ち上げると同時に
中国を罵倒しているところがポイント高いらしい。

49 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 18:21:00
いまだって東北の人口減少率は凄いものがある

50 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 20:23:00
四国・九州二島のほうが減少率が高い

51 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 22:39:35
都道府県別・公立小中学校給食費滞納率ランキング
(滞納額が徴収対象額に占める割合)


1位 沖縄  4.09
2位 北海道 1.38
3位 宮城  1.11
4位 岩手  1.01
5位 長崎  0.94
6位 佐賀  0.93
7位 福岡  0.92
8位 千葉  0.80
9位 茨城  0.71
10位 秋田  0.68
11位 大分  0.69
12位 滋賀  0.63
13位 群馬  0.61
14位 埼玉  0.53
15位 高知  0.52
16位 鹿児島 0.52
17位 鳥取  0.46
17位 島根  0.46
19位 宮崎  0.42
20位 福島  0.41

東北と九州が上位を独占してるな。

52 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 22:43:53
ドンゴリ仙台人はとにかく飯にがめついんだよな。
飯食わなくても物凄い走力だけはあるくせにw

53 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 00:11:32
まあ仙台史を眺めてみれば
ひたすら飢饉に飢饉にまた飢饉だから
そうなってしまうのも仕方ないけどな。

54 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 00:24:04
シナ史

農地拡張→開拓奨励→人口爆発→飢饉・大量死→内戦・大量死→農業生産崩壊・大量死→農地拡張→無限ループ

仙台も同じだろ 大体飢饉というのは「本来豊かな農地」が無計画な大量増産で生産力が脆弱化し、気象変動で大崩壊を起こして起きる現象

55 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 00:25:03
東北の求人倍率も酷いよ。
暖房費などのコストも高いし。

56 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 00:58:10
まあ、イザベラ・バードにすりゃ東北は李朝より一万倍まともだったんだろう
「日本奥地紀行」VS「朝鮮紀行」


57 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 03:56:57
>>51
山形がないのは意外だ

58 :にゃんこ:2006/12/04(月) 21:56:07
前近代の経済問題を語る場合、次の2つが分かって無いと、真実を見失う。
1,人間の能力で最も個人差が大きいのは経済能力である。有能で幸運な者は
  短期間で豊かになり、逆の者はアッという間に貧乏人。
2,農業は、本来、天候に左右されやすい賭博性の高い産業である。さらに、
  商品作物の栽培を未熟な技術で強行すると、豊作凶作の不安定さが高まる
  上に市場の不安定さも加わる。

件の津軽藩の飢饉も
1,寒冷地なのに、換金性が高い米作りに専念し過ぎ。
2,連年の豊作を信じて、高騰していた貯蔵米まで春に売り払う。
などと、無茶なギャンブル経営が主因であった。
生命力の強い雑穀や芋も植えて、貯蔵食糧は売るべきではなかった。
まあ、商品経済に巻き込まれ始めた農村の悲劇なんだが。





59 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 23:58:43
本当か?そんな話は聞いたことがない。

60 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 00:19:33
>人間の能力で最も個人差が大きいのは経済能力である
単純にしか物事を考えられない馬鹿がいる

61 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 01:51:08
競争原理が働かなければ個人の裁量などないに等しい。そして江戸期の東北は独占権益の時代。

62 :にゃんこ:2006/12/05(火) 21:25:34
59>
 津軽藩の件は、90年代に講談社から出た「貧農史観を見直す」シリーズから、
 理解しにくい土地の所有権の錯綜と流通の部分を省略したものだ。
 今では、ほぼ定説に近いんじゃないかな。
 前半部分は、1は、自営業者の2は農家の常識じゃないかな。


60>
 君の「複雑」を見せてくれよ。笑ったりしないから。

63 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 21:53:55
 ・ ・
「貧農史観を見直す」

バイアスかかりまくりだなw

64 :にゃんこ:2006/12/05(火) 21:55:11
63>

 バイアスのかかっていない君自身を見せてくれ。どんなにみじめで、女にもて
 なくても、決して笑ったりしないから。

65 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 21:58:17
         ,-、            ,.-、
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66 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 21:58:47
にゃんこかよ!!

67 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 21:59:22
わらってんじゃんw

68 :にゃんこ:2006/12/05(火) 22:41:15
なるほど。童貞臭いな。笑わないでおくよ。

69 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 22:44:34
飢饉で八戸藩は人口の半分、弘前藩は人口の三分の一が減った
地獄と言わずに何と言う

70 :にゃんこ:2006/12/05(火) 23:00:02
人口なんだが、私有地に国家権力が入り込みにくかった前近代社会の記録は
かなりエエ加減なんだ。農民は、より税や小作料の安い土地に向かって
逃げてしまう。そこが、私有地ならば、国の戸籍から消滅。

中国の三国志の時代なんか、9割も死んだなんてウソ。中国史の人口変動っ
て、ものすごく大きいんだ。数十年で10分の1になったり5倍になったり。
もちろん、そんなことあり得ないよ。
私有地に逃げ込んでカウントされなかったり、国家権力の高まりによって、
カウントされるようになったと言うのが真相。

日本の江戸時代の飢饉による人口減も話半分に聞くべきじゃないかな?


71 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 23:02:32
64>
いや別にかかってていいんじゃね?ww

おれもバイアスはかかりまくりなので予め言っとくよ。
基本的な情報は、『岩波新書の江戸時代』

東北は貧農というより耕作放棄で荒廃してたんだよ。リアルに。
戸数ゼロな村が普通に存在するのは、リスク大過ぎるから。逃げるのな。
経済とか交易なレベルじゃないわけよ。

明治だが会津が斗南に来たとき表高との差異で怨嗟の声とか上がったって
話あるだろ。あんな感じ。

でも決して不毛の土地じゃないんだぜ。経済に必要な人がいないだけ。
そりゃ条件だけ見ればわざわざ最果てとかにしなくてもいいよな。移動の自由
は表向きはなかったが、平安時代からの選択、つまり逃散だけはあったって
わけだ。きちんと開発すれば斗南も豊穣な土地だったって残った会津士族も
言ってるしな。会津士族もそうだが逃げ出したのさ。

でそれを回避するにはどうしたらいいか?ってなるよな。高尚な会津士族でさえ
逃げちゃう状況でだ。経済誘致?西洋式の大規模農業?
そんなんじゃ逃散は防げないし大規模資本を投下できる状況じゃない。

72 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 23:23:49
となると既存のコミュニティの再生という結論に落ち着くわけね。

ほら有名なのいるじゃん。
二宮尊徳とか報徳思想にいくわけだな。陽明学とかそっちの方向や
安藤昌益みたいに身分・階級差別を否定して、全ての者が労働に携わるべきであるとか
そういう江戸期には珍しい思想も出現してる。ある意味スゴいよな。東北の現実が無政府主義
に通じていたかは論議だろうけど、その思想の前提に特殊な状況が出現していたことも
考慮しないとなぜそういう思想が出たか理解できなくなる。H・ノーマンが急に発見した
わけでもなく報恩の思想とかそういう衆知総栄でどうにかしようという東洋的な流れから
の研究が本流だと思うのよ。


73 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 23:41:07
報徳思想ってのは、二宮尊徳が説き広めた思想で経済学説のひとつね。
経済と道徳の融和を訴え、私利私欲に走るのではなく社会に貢献すれば、
いずれ自らに還元されると説く。
報徳の教えの中心的概念は大極で、この大極にそった実践を行うという
ことが報徳教の根幹をなす。二宮尊徳はこの大極を三才報徳金毛録のなかで
円を描くことによってしめしていると。
この円を分けることにより、天地、陰陽、などの区別がうまれる。
つまり、大極とは、すべてのものが未分化な状態、一種の混沌状態をさす。
大極はつねにそこにあるものであるため、人間が何をしようがつねに大極ととも
にある。しかしながら、人間は我であるため、つねに大極と何らかの関係をとらな
ければならない。
そこから大極に対して積極的に向かう姿勢である人道と大極に消極的に向かう
天道の区別が生まれる。
天道にのみそって生きるとき、我である人間を支配するものを人心とよび、人道に
そって生きるとき我を支配するものを道心という。人心は我欲にとらわれたこころ
であり、欲するばかりで作ることがない。
このような心の状態でいる限り人間は豊かになることができない。
道心にそった生き方をして始めて人間は人心への囚われから解放され、真の豊か
さを実現できる

ってなってるが要は、力を合わせてがんばりましょうって修身っぽいわな。
逃げるとか自分の欲ではなく人の道でってこと。当時の
思想面では仁愛とかより広く受け入れられたよ。村落の復興って面では成功
したってことになってる。再評価と現状の受け入れって面で論争があるけど
対立すると過酷な状況下から逃げる方向に行っちゃうから現実的には
共同体の利益として仁愛のように与えられる恩寵ではなく相互関係を修復して
責任を共有する方が有効だったんじゃないかな。



74 :にゃんこ:2006/12/05(火) 23:43:38
71、72氏の説に、拙論を合体させるとこうかな?

商品作物中心のギャンブル農業に走り過ぎるのは、伝統的コミュニティが、拝金主義に
よって、壊れているから。過度のギャンブル農業に走らない健全なコミュニティー
の再生が必要だ。

なんだかなあ。


75 :わんこ蕎麦:2006/12/05(火) 23:54:57
拝金主義とは違うな。
道徳との融合で地道に再生しようってのは、裏返せば地獄を皆で
乗り切る。労働者がひとり減ればその負担が重くなるが、ひとりも
欠けぬのならその負荷は最小で済むとそういうことに他ならない。

投機レベルに至っていたかは議論の余地はあるが、少なくても一般的な
傾向ではなかったはずだ。富の集積と労働者階級の登場まではまだ
かなり距離感がある。安藤もそうだが無階級思想は、富の再配分ではなく
農に戻るというベクトルなのだ。農本主義と古の聖典となんら変わらない。

こんなものだろう。

76 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 00:07:52
         ,-、            ,.-、
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      `ー 、__               / 
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77 :にゃんこ:2006/12/06(水) 00:33:36
>投機レベルに至っていたかは議論の余地はあるが、少なくても一般的な
 傾向ではなかったはずだ。

いや、江戸時代に東日本で、南方系作物の米を中心に栽培するのは、十分、投機的だと
思うよ。今日でも、93年に大凶作になったぐらいなんだから。
投機的農業が一般的だったから、冷害で飢饉になるんじゃないですかな。
芋や雑穀も植え、貯蔵米はいくら高くなっても売らないようにしていれば、飢饉に
ならんでしょう。






78 :にゃんこ:2006/12/06(水) 00:40:17
75>

まあ、何ちゅうか、岩波でんなあ。
でも、コミュニティって、結局、保守反動の巣にしかならんのだが。
私はそれが好きなんだが。岩波さん達は、コミュニティの語感に
甘い夢を見過ぎだと思う。要は、コミュニティって、人間関係ドロドロ
ゲチョゲチョの村なんだよな。
まあ、二宮翁のような立派なリーダーがいれば、良いだろうが、それって
結局は、英雄待望論だし。


79 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 00:47:58
平安時代から米作が普及している。
江戸時代東日本でも米は安定生産されてたよ。旱魃とかだと酷いことになるけど
水があれば簡単に栽培できることが大きかった。

その面で投機的な農業とは言えない。
南方系作物ということを過度に特別視することはないかな。
余談ですが、06現在日本で一番米を作っているのは北海道です。


80 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 00:49:43
         ,-、            ,.-、
        ./:::::\          /::::::ヽ
       /::::::::::::;ゝ--──-- 、._/::::::::::::::|
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    .|   ○                 |  
     l  , , ,           ○     l 
    ` 、      (__人__丿    、、、   /  ん?
      `ー 、__               / 
         /`'''ー‐‐──‐‐‐┬'''""´   


81 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 00:58:48
78>

どちらかというと団結しなければ地獄という意味合いが高いな。
搾取され続けるのは、コミュニティを分割され権力者にいいいように
されてしまう。
ここでは現状の過酷な環境を置き換えて見るということだ。
個々ではなんの力を持たないが、団結することで力となるって
論理だが、環境を維持する改善するということは権力者にとっても
都合の良いことであることであり、民衆にとっては逃げてしまう方が
幸福かもしれないのだ。

その側面では、二宮は(英雄ではなく)民衆の視点に近いとも言えるが
戦前の修身に代表されるように権力者に都合のいい民衆支配の
根拠となりうる。

82 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 00:59:44
         ,-、            ,.-、
        ./:::::\          /::::::ヽ
       /::::::::::::;ゝ--──-- 、._/::::::::::::::|
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      `ー 、__               / 
         /`'''ー‐‐──‐‐‐┬'''""´  

83 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 01:08:03
>>71-73
歴史の上で同時代にどんな選択肢があったかということを考えれば
ある程度やむを得ないとは言えるが、
そんな儒教的な疑似科学(要するにdデモオカルト)に行き着いたところが
二宮尊徳の限界だったんだろうなあ。
同時代的には、特に具体的な実践面ではエロい人と見て良いんだけれど
後代のヤシが、それも中華劣化オカルトの思想面をマンセーすることは
只のアホにしか見えない罠。>>78の言うとおり、確かに岩波だよw
こういうところで西洋に背を向ける根本体質が出てきてしまう。
>>79
東北でも太平洋側と日本海側では違う。太平洋側(津軽では日本海側も)では、
やませのためほぼ数年に一度以上の頻度で必ず積算温度が足りなくなる。
これはどうしようもなく克服不可能。今の冷害の少なさは、
数百年に渡ってありとあらゆる方法で改善が試みられてきた結果の話。
93年のみならず、98年と04年も、江戸期の品種・農法なら大凶作。

84 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 01:20:22
         ,-、            ,.-、
        ./:::::\          /::::::ヽ
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     l  , , ,           ◎     l 
    ` 、      (__人__丿    、、、   / 
      `ー 、__               /  ほほう数年で飢饉とな
         /`'''ー‐‐──‐‐‐┬'''""´  


85 :にゃんこ:2006/12/06(水) 01:27:16
結論。江戸時代に、東北で米を作るな。芋と雑穀だけにしろ。
何!米を作って現金収入にしたいだと!この親不孝者の、バクチ打ちめ!
わかった、米は年貢の分だけにしろ。それなら、飢饉にはなるまい。
まずくても、雑穀と芋を食えよ。


86 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 01:29:05
>要するにdデモオカルト
じゃないよ
二宮尊徳が独学で学んだ神道、仏教、儒教などと、農業の実践から編み出
した、豊かに生きるための知恵で神仏儒を究極的には一つにいたる異なる道に
過ぎないと位置づけ、神仏儒それぞれの概念を自由に組み合わせて説かれている。

そのため報徳の教えを報徳教と呼ぶことがあってもそれは宗教を意味するもの
ではない。

基本的な考え方は、報徳思想の基本的な概念でもある「分度」と「推譲」。
それぞれが「分」に応じた生活を守り、余剰分を拡大再生産に充てることの重要性が
強調される。

ちなみに実在の人物で銅像のモチーフとなっているコトが多い。

87 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 01:31:42
>>84
宮城岩手青森の太平洋側の場合、もしコメ単作なら平均数年毎に凶作が来る。
気温の記録が正確に残る明治中期から戦前までの凶作は
平均するとそのペースとなる。数年連続で地獄の冷夏のこともあれば、
かなり長い間毎年高温のこともあるが。
そして、19世紀末から20世紀は地球全体が比較的温暖な時期。
18世紀から19世紀初頭はもっと厳しかったことは確実だ。
ただ、農民は普通は自家用に稗などを作っているので
数年毎に大飢饉が来ると言うことはさすがにない。

88 :わんこ蕎麦:2006/12/06(水) 01:34:52
反論。江戸時代に東北まで芋は普及してねぇ。末期に間に合った?
イネ科の粟ヒエなどの雑穀は、さらに生育せんよ。
米より生産性は、さらに低いのに雑穀作ってどうするよ?

89 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 01:45:41
稗は、アイヌにおいては最も神聖な穀物とされたのです。当時蝦夷地と呼ばれた
北海道の主食です。厳密にはアイヌと違うという説もありますが
俘囚や蝦夷と呼ばれた文化では稗は重要なものなのですよ。東北には
そういう人たちが完全に分離しておらず江戸期には混在して存在しています。
狩猟を糧とするマイノリティでまたぎ・まとぎ・やまだちなどの別称があります。
彼らもまた稗の文化で狩猟と密接に関わっています。

精白に時間がかかるので敬遠されたそうですが、必ずしも卑下する
穀物ではありませんよ。

90 :にゃんこ:2006/12/06(水) 01:54:54
88>
ヤマノイモは?

生産性よりもこの際、安定性が重要だね。暖かい年には米は生産性が高いが、
寒いとゼロ。これでは生きていけん。

91 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 03:04:12
>>88
>>90に同意。
稗などは、稲よりも生産性は劣るが、冷害による収量変化は比較的少ない。
もともと稗だけは日本列島在来の植物と言われている。
中世以前には、基本的には稗が養える人口しかいなかった。
それで人口も生活水準も低位安定だった。
ところが、太閤検地後、土地評価のコメ一元制度と
近世大名(特に伊達氏)の稲作傾斜政策により、
従来の稗田にも稲作が普及した。
稲は生産性が極めて高いので、豊作の年は沢山の人口を養える。
また、アジア式の稲作は労働集約的なので人手が必要だ。
それでそれにあわせて人口は増加した。
(ちなみに、この時期の農民は安定性を犠牲にしても
生産性を至上のものとしたらしいことは、稲より生産性が劣るが、
稗などよりは優れている麦の栽培さえ忌避していたことからも伺える)
だが、ひとたび凶作になると強烈な飢餓となる。
人口は低位安定から、比較的高位で強烈な増減を繰り返すようになる。
>>89
近世アイヌが最も高く尊重したのは黍じゃなかったか?

92 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 03:10:54
追加。東北のナラ林帯は大量のどんぐりが採れる。
これが東日本縄文文化を支えた土台骨だったわけだが、
東北ではかなり後世の時期まで、どんぐりはそれなりの食料だったらしい。
米というのはとても美味なもので、
しかも米だけを炊いて白飯として食べるのが基本だから、
他の主食系食材を淘汰してしまう。
西日本の低地は照葉樹林で、照葉樹のどんぐりは基本的に小粒だから、
どんぐり食は早々と穀物食にとって代わられている。

93 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 11:44:02
追記。稗はピヤパで同じ物。上代から稗が栽培されていたかは異議もあるが
食されていたのは間違いない。採集農業はどんぐりや稗とともに縄文期
以前からあったと考える方が自然だろう。稗科植物は東アジア圏に跨っている
どちらもそのままでは食べられず加工行程を経ないと食中毒を起こして
死ぬ(毒抜きや精白が不十分だとかなり危険なのだ)がアイヌや狩猟民には、
その技術があったようで伝統的な神事と繋がっている。クマや鮭に関する神事が
知られているが稗も含めて食物すべてに神が宿るという多神教系(九十九神信仰に近いか?)だ。

米が栽培されたのは、その生産性と栽培の容易さからで必ずしも商品価値
からではない。稗や団栗は土着民にとっては、主食でも和民には、それを
食べる技術が不足していた。飢饉というと餓死を連想するが
江戸期は、かなりの割合が(米が不足するので普段食べないものを食べて)食中毒
だったと東北諸藩の記録に書かれていることが多い。従来との土着民との食文化での
没交渉も伺えるが、なにも東北に限ったことではなく漁猟者、狩猟民との
(必ずしも差別と直結していない)隔絶は維新後に国民の把握という権力からの
アプローチがあるまで放置された問題である。

江戸後期になると農業書や復興請負などの技術を導入して雑穀を含めて余剰保存に
藩が取り込んでいるので状況は改善される。
実際荒村復興で雑穀の食し方や義倉、余剰蓄積の推奨などのノウハウが伝わると
飢饉の被害者が激減する。逃散や流民化による弊害は、農村荒廃だけでなく
生活情報の散逸、消失に繋がっていたのだ。越後などからの移民や会津からの斗南
移封での苦労も同様の事例と言える。ノウハウの伝承は必ずしもスムーズに
進むわけではないのだ。コミュニケーションとしての言葉の問題や慣習などの差異も
あったのだろう。もっとも適応し根付いているグループも当然いるのですべてが
途絶してたわけではない。むしろこちらのほうが本道と言える。

94 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 11:38:58
> 83 さん
江戸時代の東北の米作より今の米作の方が気候の変化に弱いよ。

ひとめぼれとかささにしきとか寒さに弱い米ばかり作ってるし、同じ種類ばかり
作ってるから、気候の変化のダメージがすごく大きいよ。

江戸時代の方がまだ東北の気候に合った米作ってたし、種類もいまと違って
多種多様だったから気候の変化に強かった・・・ハズ


95 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:21:10
当時蝦夷地の物品利益を東北諸藩は、受益できなかった。もっと言えば
富の根源となるものが交易なら、北方の交易でもともと豊かになるはずだった
というのが正しい。幕府という権力の成立で、悪名高い松前藩の圧政と規制、無謀なレートの
強要、反乱、武力鎮圧、謀殺、ロシア帝國の南下など問題山積みで積極開発が行われていない。
末期では、一部の商人への丸投げや国防問題や幕府直轄化による統治の混乱など
領内経営が必ずしも安定していたとは言い難い。




96 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:34:28
東北諸藩の中にも産業・人材招聘に勤めた藩があるのです。

有名な南部藩です。

明徳年間(1390〜1394)には有坂という人物が南部家に鋳物師(いもじ)
として召し抱えられたとの記録が残っています。

南部藩歴代の藩主はいずれも産業・文化に関心が強く、 2代目盛岡藩主
の南部重直は1641年(寛永18)甲州(今の山梨)から鈴木縫殿を鋳物師と
して、 1659年(万治2)、京から小泉五郎七を御釜師として召し抱え、武器、
釣鐘、茶の湯釜等の製造にあたらせました。

そして、南部藩主代々の庇護育成のもと、御釜師が作った湯釜は幕府・各藩
への贈答品として使われ、「南部釜」は大いに名声を得ていました。


97 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 23:29:14
>>94
甘い甘いw
江戸時代の東北ではすでに、食味最優先の稲作が行われている。
伊達政宗が既に当時食味最高品質の品種の稲作を奨励し、
その「高級米」で江戸の市場を制したという話が残っているくらいだ。
もともと東北は稲作の歴史が比較的浅いので、遺伝子プールも少ない。
今の東北の稲作は、気象統計上最も気温が高い8月6日前後の数日間に
花芽の最も重要な生長過程をぶつけるように、徹底した管理をしているが
当時はこのような品種も栽培技術も無かった。
>>95
蝦夷地自体の産品の、大和社会における価格価値というのは大して高くない。
南蛮貿易の輸入品のように中継貿易だけで巨利を稼ぐのは難しい。
蝦夷錦と言っても、中華帝国の北端が樺太をかすったことによって
蝦夷地にもたらされた産品で、珍重はされたが、質と量が必要な
富のネタとしては西日本経由の本流の中国貿易に勝てるはずも無い。

98 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 23:38:58
俺埼玉県民だが大学は山形ダタ いい所だった みんな優しかった(´・ω・`)

99 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 23:54:08
>>97
俵モノの貿易額と利益は半端じゃないんですが全部幕府利益なんですよね。
後期になると普通に昆布とか食べられるようになるけど、航路とか流通経路も
あるんだろうけど西日本を経由して庶民に出回ることも。
>>98
山形は、何もかも素晴らしいからね。あそこで食べるご飯はたぶん日本一美味い。
優しいし。秋田もいいんだけど、青森まで行くと鮪とか林檎とか有名なのがある。
岩手も海産物とか昔から有名。

100 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 19:54:05
米は裏で貨幣の役割を果たしていた。
蔵屋敷の米を担保にして諸藩は借金していたのだから、それを返せなければ米で返すしかない。

101 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 22:14:12
>>99
半端じゃないと言っても所詮一次産品だからねえ。
稼ぐためにはどうしてもかなりの量が必要になる。乾物類はそれでも随分軽いけど。
布1反・皿1枚の転売で巨万の富というわけには行かない。
まあ、結局、ローカル史の中では「半端じゃない利益」でも、
グローバルどころか、西南日本も含めた全国区の問題にするだけで
大したことは無い凡庸なレベルになってしまうというのが
どうしても前近代の東北日本の経済史の不可避的な結論ということになる。
ユーラシア世界の東の果ての行き止まりだったのだから仕方ない。
北回り交易というのは、陸海のシルクロード本流と比べると各段に劣る。
東北日本が、特に国際経済面でも本当に西南日本に伍するのには、
太平洋の北東の向こうの超大国アメリカ合衆国の登場を待つしか無かったと
いうのが真実だろうね。
その意味でも、当時のスペイン領メキシコ(新イスパニア)に
大いに着目した伊達政宗は、確かに「伊達じゃなかった」w
だが、300年も時代の先取りをし過ぎたと言えるんだろう。
いくらなんでも先走りし杉だ。
ヤシにはこのような「先取りしすぎ」の奇妙な事例が結構ある。

102 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 23:25:59
それ以前は貴金属が流出してたので(事実上無限な)海産物で
逆に銅などが流入するようになった。国際収支では実はボロ儲けです。
というか清代の塩専売と沿岸諸州の商人の富貴は群を抜いており
世界中(主に東・東南アジアだが)
輸入する食材の豊富さは異常となっている。日本の銅銭価格を一気に
下げるほどの流入は
彼らの食生活の賜でもあるのだ。
太平洋航路という貿易構想も伊達モノの先取り感はぶっちゃけ中国航路
に手を出せないから逆ということなのだ。
メキシコに注目したの当時、銀鉱床が発見されたという世界的ニュース
が元になっているがなぜ銀なのか?
と言えば中国が税を銀本位にしているというその点なのだ。
東北はけっきょくのところそれに与し得なかった。
西日本は幕府が窓口とはいえ、交易で栄え東アジアグローバル化で
銀本位制。東北は奥州藤原氏以前の金本位の体制のままだった。

家康は、分かってて島津を温存させて中国貿易とメキシコに対しても
手を打っている。

103 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 00:02:54
>>102
おおよそ同意するが、やや時間関係が混同されている気がする。
海産物(俵物)輸出へのシフトは、むしろ日本国内の貴金属鉱脈が枯渇して来たため
貿易上こちら(日本)が渡すものが無くなってやむを得ず行ったことが
意外にも輸出産品として好評だったという話だったはずだが。
ぼろ儲けというより、貴金属の足しにしたら主客が転倒したというのが正解。
それに、家康自身は貿易政策に関してはあまり首尾よく政策を実行できていない。
なんとか中国航路(または環東シナ海交易圏)の末端を
関東の浦賀まで引っ張ってこようと画策するが、結局失敗している。
家光の国際貿易政策と、家康のそれはかなり毛色が違う。
なお、銀本位制は、東アジア単位ではなく、全世界レベルのもの。
中華世界より西のオリエント方面では、ずっと前から銀本位制。
中国の銀本位制への参入は世界史的にはかなり遅れている。
それに、東北でも日本海側は、大坂経済圏で銀本位制だから注意が必要。

104 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 00:09:51
それからもう一つ、ここも因果関係が逆になっている。
中国が銀本位制だったから、16世紀を中心に
メキシコ銀と日本銀が注目されたのではなく、
メキシコ銀と日本銀が欧州勢力とイスラム勢力の通商によって、
全世界に浸透したため、銅銭至上主義の名残が残る中国も
いよいよユーラシアのグローバルスタンダードに従って
銀本位貨幣経済に完全移行していったというのが正しい。
銀本位体質を支那に持ち込んだのは一重にモンゴルだとお杉様は主張しているが
お杉様のモンゴルネタだからやや差し引く必要があるだろうw

105 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 03:08:40
  ,ィ^i^ト、
 《y'´ ̄`ヽ
  {  {八{从)}
 ノ,イ| ゚ヮ゚ノリ
.(w (つ={=}つ
  く:/i__j \, ', ´
、、、、(./(.、、、(((.@)wwwwwwwwwww

106 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 04:20:09
ナニァドナッサレヘテナニァドヤドーヤーリャーナニァドナッサレヒヰヤーナニァドーヤーレー
ヤーレンソーラン
キッタサノサラルドッココヰイサラル

↑こういう日本の民謡に残ってる歌詞、アイヌ語でも日本語でもない
朝鮮語でもない。じゃあ何語?

ヘブライ語で解読できるとしたら
http://www.sun-inet.or.jp/usr/hiro7733/public_html/minyo/minyo.html

107 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 17:39:50
とりあえず欧米ではヒトラーは「究極の悪人」の代名詞になっていて
誰かをヒトラーになぞらえること自体がとてもはずいことらしい
(実際によほどひどい人物でない限り、例えば何百万人も虐殺とか)。

亀井は小泉ヒトラー発言で欧米からはキチガイか無知と思われてる。

108 :日本@名無史さん:2006/12/17(日) 21:02:47
利益を享受する人間が少なければ、その分富が集中し豊かになる。飢饉後に富裕層が出てくる
のは、復興資本を持つ人間が独占的に富を得られるためである。富の固定化が進み
人口の移動がなければ下層以下の零細化が進み農村内での貧富の差が激しくなる仕組みとなっている。

109 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 14:15:36
流浪しなければそこそこ食えたはず。

110 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 20:42:03
(;^ω^)居続けても死ぬから逃げるのでは?でも最後まで残った人間が土地総取り。


111 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 00:20:29
東北は天国。スグ死ねるぜ。

112 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 00:23:46
運が悪けりゃ死ぬだけさ

113 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 00:44:52
平均年齢が40そこそこだからな。

114 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 12:48:31
東北では、百姓が藩の政策そのものを改善してもらうことにはサジを投げて、
せめてよそに出稼ぎに行かせてくれって一揆起こしてたんだろ?

115 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 22:55:17
環境が厳しいから。

116 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 22:06:13
天保10年に発生した東北地方凶作の餓死者は12万人に達したという。
盛岡藩は地勢的に冷害多発地帯であり、換金作物の米づくりにこだわり、
フレキシブルな対応が出来なかった。

ただ東北だけでなく日本全体が貧しかった。
嘉永5年(1852)勘定奉行兼海防掛を命ぜられた幕閣川路聖謨は
翌6年10月視察のため長崎出張を命ぜられたが、彼の道中日記で
広島領(芸州、浅野)で住民の貧しさ道中一であると記している。



117 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 23:43:52
浅野内匠頭

118 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 16:42:25
農耕民族ってA型のこと

O型は狩猟民族、B型は遊牧民族

農耕民族A型は群れを作る。規則正しい横並びの群れを作るためには
無理やり敵を作り差別する・・・・これが、いじめ・・・・遺伝子レベル

AB型は約1700年前にできた。B型は2万年から1万5千年前。
A型は3万から2万5千年前。それ以前の数百万年は全員O型だった。

約2000年前にA型が日本にやって来たとき、日本の先住民(O型)を
大量殺戮したとおもう。アフリカの狩猟民族(O型)の99%は、
農耕民族(A型)に滅ぼされた。北米のインディアン(インディアンの99%は
O型)も大量殺戮され滅んだ。ヒットラーもブッシュもA型。
ドイツもアメリカも農耕社会。

農耕民族社会はいじめ、女性差別、虐待、大量殺戮、売春、ホームレス、
横並び結婚、を作りだした。
虐待されると自傷してしまう。今、日本の自傷者は百万人ともいわれている。
虐待されると、感情でも理性でも考えられなくなる。

狩猟民族と農耕民族は歴史、感覚、認識の仕方がぜんぜん違う。
狩猟民族は農耕社会で生活すると傷つく。

教育は血液か遺伝子でクラス分け、しないとダメ。


119 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 19:48:45
血液型による性格診断のウソ

 「あの人はO型だから大雑把だよ」とか、「A型だからあの人と合わないんだ」とか、
言われたり、聞かされたりすることはありませんか?

真面目に信用する人がいますが、こ れはすべてウソです。

科学的に明確に否定されているのに、科学らしく言う事柄です。
一番話題になった のは血液による性格診断でした。
あたかも当てはまるようなデータを使って、人間の性格を単純に4パターンに分類して
しまうのです。


120 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:04:40
仙台とその近くという認識。

121 :日本@名無史さん:2007/01/31(水) 00:04:54
それは間違いだと思います

122 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 04:08:35
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  | |      /  /         リ`T7lノ"、   
  |_|     /  / ̄ ̄ ̄ ―   / i 厶./|´ ト、
  |    /  /       、―--rゝ./`‐-‐|   ハ
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123 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 19:57:08
牛飯天国

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