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【誤政】江戸時代は暗黒時代 其の5【放漫】

1 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 19:55:29
江戸時代とは、徳川家が征夷大将軍に就任し江戸に幕府を
開いたことからそう言われる。似たようなのに鎌倉、室町幕府がある。
主に清和源氏が開くようだ。元は坂上田村麻呂のように蝦夷遠征における
司令官として臨時に司法、行政などの権限を付託したような存在だった
のだが・・江戸期におけるそれは最高権力者に近い。室町時代と違い
天領と呼ばれる幕府直轄地が比較的多く権力基盤が強い。初期は鉢植え大名
とも揶揄されるくらい幕府によって大名と呼ばれる封建領主を転封、改易すらで
きたという。だがそれは浪人問題を引き起こし、キリスト教禁止による大規模宗教
反乱である天草の乱、由井正雪による未遂事件などにも・・・(中略)
   ” 暗 黒 時 代 ”
時期により差異はあるが・・・官僚の増大とそれに伴う
官僚主義の横行、事なかれ、先送りの愚行。伝統や家柄
重視で対応の遅さが目立つのも特徴。数度改革を行うも
成功とは言い難い。緊縮財政と放漫財政の揺れで民衆は
翻弄されていたようだ。後継者争いや浪費を繰り返す大奥
など封建領主特有の問題もあったのだろう。

* 他の時代や外国が暗黒ではないというスレではないので
そのへん要注意だ。過去スレは>>2以降にあるはず

2 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 19:56:43
前スレ
【死屍】江戸時代は暗黒時代 其の4【弾圧】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1075706186/

過去スレ
江戸時代は暗黒時代。 
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1038338243/l50

江戸時代は暗黒時代【弐】
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1044519486/l50

【惨状】江戸時代は暗黒時代【差別】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1068268711/

              __
          /      ヽ、
         ′ ノ_ノl_|l_トl 」
          i´l.彡 ┃ ┃{i| 他の時代が暗黒ではないという
         7! (_, ''' ヮ''丿!  スレではないと...
        く,|i !i `フ i´/ ̄ ̄ ̄ ̄/
         |i !i/´ヽX./ アイマックン /

3 :(0_)! (┃┃〈リ はわわ :2006/07/07(金) 19:58:09
江戸時代は┬─暗黒時代だよ(基本路線)
          │      ├─教科書で習ったよ(弾圧の歴史派)
          │      ├─封建時代ってさー(ひどいよね派)
          │      └─飢饉話(三大飢饉派)
          ├─暗黒時代じゃないかな(中道派)
          │   │ ├─あれだけ暗黒なことあれば確実だよ(事例重視派)
          │   │ │   └─理由あるんじゃない?(原因追及型)
          │   │ ├─赤穂浪士はテロリスト(吉良悪人派)
          │   │ │  └─ 高家にお金渡すの普通だったみたいだよ(浅野が悪い派=明石散人)
          │   │ └─杉浦日向子がいない今もう江戸は・・(NHK見る模範的受信料払ってます派)
          │   │      └─だがタモリ倶楽部は好きだ(古地図、江戸刑罰テロ朝派)
          │   ├─NHKそのときを必ず見る(たまに重要人物が抜けてるな…戦国幕末なんか違うだろ派)
          │   │    └─ 薩摩すげーな。(英国旗の上下間違えんなよ派)


4 :(0_)! (┃┃〈リ はわわ:2006/07/07(金) 19:59:11
          ├─全部暗黒だっつーの(全否定派)     
          │      ├─宗教弾圧し過ぎ殺しすぎ(天草簑踊り派)
          │      ├─身分差別(江戸期最悪派)
          │      ├─農民と胡麻は搾れるだけ搾れる(財政悪化を転嫁派)
          │      ├─無駄無駄無駄(徳川家だけ繁栄すりゃいいんだ的機構派)
          │      ├─民衆のこと顧みず(江戸廻米大塩憤慨の巻)
          │      ├─一揆打ち壊し(とにかく暴動)
          │      ├─財政悪化貨幣改鋳物価高騰(政策の失敗)
          │      ├─鎖国(世界から遅れる)
          │      ├─薩摩松前の横暴(首里城制圧、蝦夷反乱...理不尽な要求)
          │      ├─兄弟喧嘩で人が死ぬ(皆殺しお由良派お家騒動)
          │      ├─ とにかく人を殺すよ(強権大獄派)
          │      └─強引にやっちゃうよ(無理がある派)
          ├─封建時代だからなんでも口出すのさ。
          │      ├─犬殺したら死刑な(綱吉)
          │      └─風俗の乱れってことでなんでも弾圧しちゃうんだヨ(昔至上主義派)
          ├─いい加減だな─林羅山って勝手に大名の家系作ってるだろ。
          ├─田沼時代ってよくないか?(重商主義派)─贈賄文化ちゃうのん?
          │      └─吉宗より宗春の方が名君だで(紀州尾張)─つーか放漫財政に過ぎんよ
          ├─反動暗黒・・定信はとにかくアホだ(愚民主義)─家柄重視。田沼のようなの許せん。
          │      └─水野は江戸を滅ぼす気なんだよ(帰農すれば解決、領地は幕府優先)
          ├─ええじゃないかええじゃないか(サボタージュ説)
          ├─宗教堕落(とりあえず寺格主義だからさー。あと金貸しやって稼げや─東叡山)
          ├─たった4杯で夜も眠れず。・・・危機管理がなってないな。
          └─とにかくいやな時代だな。

5 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 20:03:34

     '´/-ixi-ヽ
    l ili」li」il」li〉
    i リ;゚ヮ゚ノリ < つづくんですね・・・
   ノ.⊂)~^~iつ
   ( ( ん__〉リ   厨房が釣れそう
     `~し'ノ~


6 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 20:38:20
             -‐ '´ ̄ ̄`ヽ、
             / /" `ヽ ヽ  \
         //, '/     ヽハ  、 ヽ
         〃 {_{`ヽ    ノリ| l │ i|
         レ!小l●    ● 从 |、i|   がぉ 乙
          ヽ|l⊃ r‐‐v ⊂⊃ |ノ│
        /⌒ヽ__|ヘ  ヽ ノ   j /⌒i !
      \ /:::::| l>,、 __, イァ/  /│
.        /:::::/| | ヾ:::|三/::{ヘ、__∧ |
       `ヽ< | |  ヾ∨:::/ヾ:::彡' |



7 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 21:31:29
続けなくていいのに。

8 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 21:44:50
続行☆

9 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 21:19:27
江戸サリバン

10 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 21:19:59
坂井輝久スレw

11 :日本@名無史さん:2006/07/12(水) 01:52:30
瓦屋根とかが一般に普及したのは、明治後期以降なのよね。
江戸期は、わらの屋根や板葺き。江戸期以前の建築も茅葺きとか
そんなんだ。朝倉の一乗谷とか大内の千軒寺町みたいに一部の金持ち
都市のみ。日本海ルートで瓦が安価に普及していったようだが江戸や大坂
などの大都市でも江戸末期〜明治の写真を見る限り一般には普及している
ようには見えない。京都は意外と普及しているように見えるが寺院からの
流用や西南諸藩からの復興寄付物資が出回った為のようだ。学校や
寺院の再建で建材などの現物を寄進するのはそう珍しくなく京だけでなく
寺町は基本的に瓦葺きである。

明治以後に学校建設で安価な素焼きっぽい瓦が大量生産され同じような
規格が收束し急激に普及する。現在のような頑丈そうなものは、原型は
江戸期らしいが造形史の面では、まだ詳細には研究されていない。大正期の
瓦については、詳細な研究があり毎日新聞の後援で日本海ルートの
普及状況や欄干、鏝絵などと一緒に体系化されている。好景気中に職人が
移動しながら製造・建築し重厚な一般日本建築の発展に寄与したのは
間違いないようだ。

沖縄では本土と違う瓦文化があるが、漆喰などでかなり差異がある。
ちなみに空手などで試し割りなどのパフォーマンスが拝見できるのは
昭和以後でそれ以前には見られない。

12 :日本@名無史さん:2006/07/12(水) 16:01:55

           /  ̄ ̄ '´ ̄ ̄ヽ、
            ノ/. /二二二ヽヽ  \
        <V/, '/ 人 |  ヽハ夊 、 |
         〃 {_{`ヽ  Vヽノリ| l >" i|  
         ハ小l●    ● レ|、 | | しーさー
         |│ l⊃ rー- ⊂⊃|ノ |│
        /⌒ヽ.| .ヘ  ヽ ノ   jレ/⌒i !
      \ /:::レ l>,、 __, イァ/   /ノ
.        /:::::/ / ヘ:::|三/::{ヘ、__∧
       `ヽ<     ヾ:∨:::/ヾ:::彡

13 :日本@名無史さん:2006/07/14(金) 01:19:43
琉球に関しては、関ヶ原後に島津軍の急襲を受け完全服従。事実上薩摩の
支配下に置かれた。この件に関しては徳川家の許可と承認を受けており
薩摩の独断ではない。経緯は、薩摩商船に関する海賊行為の関与の制裁
だが、被害船が徳川家との合同出資交易船であったために事が大きくなった。

琉球側の関与が実際どれくらいであったかは、異論があり冤罪である可能性も
あるが、東南アジア貿易は、スペイン・ポルトガルの進出、銀流出の防止目的の
大陸側の海禁政策、日本との貿易量の減少などすでにかなり追い込まれていた
との研究がなされている。琉球を介さない大陸との直接貿易は死活問題であった
ことは確かなようだ。
首里城の官僚・王族の半分は鹿児島に移送され、王族は徳川幕府への参府を
幕末まで義務づけられた。もっとも結果的に幕藩体制下の一部として組み入れら
れたことにより日本の物産品が琉球経由で大陸に輸出される拠点となり物流的に
は、琉球史上空前の繁栄を遂げることにもなった。管理されることで軍費に振り分
けることもなく、グスク間の戦乱も起きていない。北方の海産物が沖縄料理に
取り入れられているのもこの時代を通じてである。建築に関しては、台風などの
被害から守るために強固な石垣・瓦の多用と漆喰・石組み技術など見るべきモノも
多い。ペリー艦隊寄港時の記録では、その石組み構造物に関して評価が高い。
亜熱帯の諸島では貴重な石材を用いた建築が権威の象徴であり必ずしも江戸期
以降の文化ではないのだが

14 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 23:17:51
琉球は王朝が準藩主的な存在として交易を管理できたが、アイヌでは
松前藩・そして商人によって寡占的に不当なトレード条件で取引を行われた。

アイヌの細分化されている部族社会では団結できずルート開拓も幕藩体制の
確立で限られたチャンネルでしかなかったのだ。

15 :日本@名無史さん:2006/07/18(火) 00:30:50
     / /    `ト 、',    ヽ
 \  /  /     -ト y  i   l\     
    l ハ l /     ● l  }-、 !  \  鶴屋南北は
    l/i yi ●     , ⊂⊃ l ,!/.  \  フィクションです
 ―   レvl⊃  r´`´ヽ  l  }´/ ヽ   \  
      i 、  ヽ、_,ノ  j ト ~、      ヽ
. r- ,_   」 ヽ , ____,. イll  lヽ=_____   でも面白いでしょ
. l、  ~'''TTト、 ハ,ヽ  l===l l l    //- .,
  ヽ、  .l l l ', ', \ヽ l ̄l l l   //
    `ー.l_l_l__', ',__ \yV/レ  〈ー'ヽ

16 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 21:49:58
・・・夏だな。

17 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 23:18:51
祭だ
祭りの出し物は、何にすべ?
今年は、一丁勧進帳でドヤ
こうして若連は半年の練習の後祭の出し物に掛けます。
もし祭が無かったら…ヒマだなー
文化文政以降の農村の実態です。

18 :日本@名無史さん:2006/07/29(土) 01:09:31
蘇民将来の子孫なりと書く。素戔嗚尊が疫病を予言し忠告した
のが始まりとされる。牛頭大王とかと習合されそうになったりよく分からない
経緯があるがとりあえず忠告を受けて被害に遭わなかったという故事から
お札にそう書いて配るという風習がある。

備後風土記より

伊勢や祇園にもあるのは、素戔嗚尊縁の地だから。蘇民自体は備後の人

19 :日本@名無史さん:2006/07/29(土) 01:26:08
島原の乱

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E3%81%AE%E4%B9%B1

ここの「島原の乱以後の天草」の解説が特に泣ける

20 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 19:02:22
西南戦争と島原の乱は内乱では、あまりにも長期で戦死者が多いからなぁ

21 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 18:02:12
宮本武蔵も従軍してるよ。

22 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 15:05:08
宮本武蔵確かに従軍しているよ。
武蔵は戦国の乱を経験したこの時代では、数少ない戦の体験者。
だから、島原の乱のときは、若い世代を集めて、大講釈・・武蔵の一番輝いたときです。
実際の戦になると、早々に鉄砲玉を足に喰らい退散。
暗いなー

23 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 15:48:43
江戸時代に大陸出兵があったらどうなってたのかな?

24 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 16:09:24
スレ主のこの文章能力は・・・どっかでみたな

25 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 21:10:26
>>20
天明の大飢饉に比べれば、たいした数じゃないな。

26 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 21:27:37
>>22
宮本武蔵は、城壁登ってるときに落石で落下したんじゃなかったっけ?
そのとき養子の伊織が戦功を上げて結構出世したはず。

武蔵は本人は客分でスゴしたけど、弟子とかを養子にしてさらに良家に斡旋して人的
コネクション構築した世渡りの人。武芸歴の顕彰は養子の連中が行って本人は
関与していない。実在したか怪しい決闘相手も多く、有名な佐々木小次郎にしてもその
素性経歴は不明。年齢すら分からない。

27 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 21:38:47
>>26
西洋医学が広く伝わっていない江戸時代に怪我してカタワになったら、
たんなる穀潰しでしかないし、夢想家になるしかないのかな。寂しい時代だな。
それでも山に捨てられず、長生きできたって事は温かい世の中だったんだな。

28 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 23:29:33
子が出世したから

29 :日本@名無史さん:2006/08/06(日) 10:41:35
            __
       ▼__..y''" ,,..ニエ=、
     彡▲jy '' 丿   `´''ヽ   。. +
     彡ィlハl廾丿⌒  ⌒ l  . .* ☆
   ィiil    :l!tl  ●  ●.l +★ 伊織は細川家重臣だよぉ♪
  ...ll        ''' ヮ.'''丿∩
     ..'  ` ( `''`‐‐‐' '"´ , )
          ー-.....-ー ' \_
        丿 (/"\丿 ヽ、_u ヽ
       /  * * *〈


30 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 03:20:31
>28
子供って言っても、有力な氏族の子弟を箔づけの為に養子にしてるだけなので。
武芸などの個人戦闘技能は、太平な世の中になると意外なことに珍重されて
わりと初期は、仕官の有力な要素となった。ちなみに本当に戦争やってた戦後期とか
では指揮能力の高い侍大将が重要で武芸者などは必要とされていない。

武蔵の活躍した時代は関ヶ原以後の太平な時代への過渡期であって、最大の変事である
島原の乱の時点では、歴戦の士卒はかなり希少だった。武蔵は関ヶ原に従軍した経歴があり
評価も高かったようであるが、いわゆる陣借りで門弟を率いて原城攻略戦に従軍したに過ぎない。


31 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 21:44:35
まだこの反日左翼のプロパガンダによる捏造、歪曲に影響を受けた「自虐史観」
の変形であるところの「江戸暗黒史観」(?)のスレはあったのか?

実際、当時のアジアとしては「地上の楽園」でしょ?


32 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 22:18:27
東広島電波発信中 同時警戒プラム臭 

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33 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 14:22:29
>>31

              __
          /      ヽ、
         ′ ノ_ノl_|l_トl 」
          i´l.彡 ┃ ┃{i| 他の時代や外国が暗黒ではないという
         7! (_, ''' ヮ''丿!  スレではないとあれほど...
        く,|i !i `フ i´/ ̄ ̄ ̄ ̄/
         |i !i/´ヽX./ アイマックン /


34 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 16:03:47
他の時代や外国が暗黒ではないとうスレではないと称しつつ、
ことさらに日本の江戸時代のみをとりあげ暗黒と言い続けることで
世界の中で日本が際立って暗黒だったという印象操作をしたい、と。
どこぞの新聞みたいだ。


35 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 16:27:01

日本史板だから^^; アジア関係も含めたい場合は、世界史や日本近代史板で語ってくださいね。

>34
ちなみにこのスレは、”江戸時代は暗黒”だというスレです。
印象操作以前の問題です。

どうしても江戸時代がすばらしいと語りたいときは、

”江戸時代はすばらしいU...かもね。”というスレがあります。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1127808718/

36 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 16:29:04
                _,. 、 --――――-- 、 .,_
        .       ,. -' ´            ゙ヽ、
             /           _, ri     \
           ./          , -.'  ./ ./、    \
          /      ,    /    ./ ./  ヽ.    ヽ
         ./     /   /     ./∠ -―-ヽ'l    ヽ
        ,l     l./ ‐''" ̄"     /'      .ヽ'l,    l
        l     l "/                ',l    .|
        ,l     l/                   l    |
        l     .l              _     l    |
        |     |    _,.ニ,       -=- _   .|   .|
        |     |  .〃イノヽ       /:( ,:ヽ \ |   |
        'l.    | .〃 lj::::::::::l       !::::::::::l  !. | : : : l
        l; : : : : :|  l  弋;;_;;ノ‐ 、   ,  'ゝ ̄ '' 、 |:.:.:.:.:.l
         i:.:.:.:.:.:.:l'i, /       ヽ-‐, l        リl:::::::::l
         'l::::::::::::l ',        ノ   ヽ、     ノ,il::::::::::l
         l::::::::::::l゛ヽ 、 _ ,.  '        ̄  .ノ.l:::::::::l   ふーん
         l::::::::::::l::::::ヽ、              ィ::::l/l i/iノ
         l/'i::/iノl:l/l:/i`r 、. _    ` _,、_, イ i/ V
           l/ ll      /√"  ̄ ヽ\ヾ、
                  ./.::::;.<      l\ヽ::.、 ,
                 /.l.:::::::::..\   r' ̄ . \:i:\
               ./.::::.、.::::::::::::::::::':Y ヽ ゛   ヽ::::::ヽ
               /.:::::::::.\:::::::::::::::::::,ヽ.     ヽ::::::ヽ


37 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 16:31:27
ようするに、自虐史観ですね。
他の時代や外国と比べずに何が述べられるのか?
現在の価値観で過去を断罪するのは、歴史的思考とは言えない。



38 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 17:32:54
>>37
当時の文字が読めないんだよ。
そこがクリアできないと他人の意見の受け売りでしか語れないんだよ。
田能村竹田とか頼山陽とか、もっと読みやすい崩し字で書けよ。読めん。
暗黒の時代や、文字が読めん。

39 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 23:19:57
>37
現代の感覚じゃなくても暗黒です。簑に火をつけて踊らせたり拷問したり
ひどいレートで搾取したり、王宮の官人を連行したりします。
騙し討ちは当然で毒殺も横行。兄の一族全員が急死し弟が家督をとる
などの偶然とは思えない事態が頻繁に起こる。家督が移譲すると死を
賜るくらいの権力闘争が発生する。
一人でも遺していると復讐されるので禍根を遺さないという異様な論理が
まかり通る時代。囚人に対しても将来に禍根をという論理で処理される。
ちなみに六角獄で無決囚全員が殺された事例もある。


40 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 23:27:46
>>37 自虐ではなく暗黒なのが事実。暗黒な事例に事欠かない。江戸時代にも
すばらしいこともあるからといって暗黒部分が消えるわけでもない。日本史上
最悪の宗教弾圧が合った時代であり、人々に圧政を敷き重税を課し、自由を奪い
身分統制を行って差別を行った。一部の例外を除き真実を知ることすら困難な
学術的にも暗黒な時代であり秘匿主義のせいで貴重な文献も公開されることなく
失われている。

41 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 01:59:00
重税ねぇ・・・。

42 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 08:21:27
1が発狂している

43 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 08:35:43
>>11
合っているようで間違っているね。安く大量に作れるセメント瓦が普及したのが明治時代。
藁葺き屋根は江戸の町では禁止の御触れが出ている。17世紀でも最低板葺き屋根が義務付け、明暦の大火(1657)以降は
屋根を不燃材で葺く事が義務付けられ、瓦葺が一部で流行するものの単価が高かったため安価で安い泥葺きの屋根が流行し、
さらに牡蠣の殻で葺いた牡蠣屋根が流行をする。武家以外が瓦葺が禁止だったのは初期の25年程度の話し。まだ無礼切りが許可されてた頃だね。

18世紀になると大岡越前のお触れによりよって墨田区一帯がモデル地域として強制的に瓦葺の屋根に変えられるも、
その性能が立証された事により江戸の町人達にもてはやされ、一気に瓦葺の家が普及したそうだよ。

(参考文献:面白江戸時代、雑学世界の建築史)

44 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 10:02:58
人身売買やってたオウム真理教より凶悪なカルト集団のキリシタンの反乱を鎮圧したのが、宗教弾圧ねえ。
ふーん。

45 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 10:07:37
中共の法輪功弾圧の方が凶悪だよな。
キリシタンの人身売買を禁止するため、布教を禁止した秀吉に怒ったスペインが日本を攻めようとしたんだよな。
当時の日本の人権意識の高さ、欧州列強の凶悪さを語るエピソードではある。


46 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 10:09:06
38は馬鹿ってことでFA?


47 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 11:29:08
========= 改め PUについてかたるスレ ===========
このスレはPUが作った乱発スレの一つですが、それを逆手にとりPU対策スレとしています
※PUは1人で自作自演して、他の人がせっかく入れた意見を、消し去ります。しかも結論も無い妄想や暴言で!何とかしてください!
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お仕置きしちゃだめ

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48 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 23:31:31
>44 人身売買は薩摩の島津や甲斐の武田などが有名だが戦国期の話。江戸期になる前に奴隷貿易は
禁止されている。


49 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 00:19:32
>43
度々、禁令が出されているところを見ると守られていなかったようだ。もともと
江戸の拡大と規制の範囲は曖昧で近郊は藁葺きのまま。現在と違い江戸周辺も田園であって
藁や茅という建材がもっとも一般的だったため。明治以降に急速に一般化したために
カワラが当然のような印象があるが、現実は江戸期はまったく普及していない。代用としての
不燃材という雑学だが、土塀などの普及からみて泥葺きというのは可能性が低い。江戸は端的だが
特に夏は高温多湿の気象環境下であり建材としてそれらを使用した場合、居住性が著しく低下する。
隙間というか空気の多い多い藁や茅は燃えるが通気性に優れ、建材としては実はかなり合理的な
ものなのである。また江戸期はリサイクル社会であり、葦萱や藁の再利用によって安価な建材を
使用することは当然の選択だった。江戸期の説話の一つにミソをつけた話として笑い話があるが、
その話の原型となった話は、屋根に泥を塗り固めて火事を防ごうというもの。実際は、雨で泥が
溶けて意味がなかったというオチとなっている。元は備前の瀬戸瓦の売り文句で代用品で急場を凌ぐ
よりいいもの(瓦)を買っておけという話。余談だが泥がミソに置き換わりミソ不足で長者が破綻すると
いうお伽噺に変わるのだが、普通に考えて味噌が不足することなど有り得ないほど江戸期は味噌は、
流通しており豊後の長者没落のモチーフ、食材を疎かに扱う(豊後の場合は、餅を足蹴にすることで
没落に)という側面があるのだろう。備前大川町のバージョンでは長者は味噌だけでなく汚いモノを掲げ
て火を避けるという要素が付く。火を避けるのは瓦という真っ当な結論の比較説話であろう。

石州の建材流通の過程研究 (島根博物館紀要)

江戸時代人づくり風土記全 (農文協編纂)

50 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 01:02:01
騎馬武士とかは、捕虜になったら身代金で開放されるんじゃなかったっけ?

51 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 06:14:57
>>49
最後に資料を挙げてもっともらしく書いているけど、後半部分は話しと全然関係のない事柄に意図的にすり替えてるね。
書いた内容を簡単に述べれば資料に基づいた意見はなく、あくまで予想のみの内容だね。ようだ、可能性、建築の知識のない予想、これじゃ論破できてないよ。
真面目に検証するならいいが、あくまで予想とハッタリじゃ駄目だよ。
40点

>現在と違い江戸周辺も田園であって藁や茅という建材がもっとも一般的だったため
どこまでを江戸の町として定義するかで違うな。この書き方だと町中でも藁葺きが普通だったように思わされる。

>不燃材という雑学だが、土塀などの普及からみて泥葺きというのは可能性が低い。
読んでから言いましょう。雑学と言っても建築の専門書なんだけどね。
塀と屋根を同義に考えないの。屋根を不燃材で葺く事を義務付けられたと書いたよね?

>>特に夏は高温多湿の気象環境下であり建材としてそれらを使用した場合、居住性が著しく低下する
高温の空気は上昇して低温の空気は地面の近くに吹き下がります。建築学云々の前に理科で習ったよね?
屋根の通気で家全体の居住性が変わる・・・・こらこら。屋根の通気は屋根裏の湿気を逃がすためのもの。
あとね、基本的に日本家屋は夏場を考慮して通気性第1に考えられてるんだよ。

>>屋根に泥を塗り固めて火事を防ごうというもの。実際は、雨で泥が溶けて意味がなかったというオチとなっている
泥壁について調べてみてね。笑うポイント分ってないな〜。詳しいようなのにもったいない。
違う所で笑ってるよ。
予想だけで論破しようと書いてるけど、泥壁、牡蠣殻屋根は実際に使われていた屋根だよ。
予想だけじゃなくて、なかったとする資料提示しなきゃ検証にならんじゃないか。

江戸の農民は悲惨だった?スレに比べてレベル低いなー。俺も含めてね

52 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 18:48:01
江戸はほとんどが低湿地でしたから。
建築の専門書で江戸期に土の屋根の建材がが普及してたって聞いたこと無いです。
白壁とか土塀でも意外と技術的に高度でぶっちゃけ高いんですよ。芯の組みと塗りの
手間と職人の確保も含めて。参考文献に書かれていることはかなり例外でしょう。

泥葺きで技術的に可能ならもっと普及しててもおかしくないですし。建材でのメリットは、
屋根そのものの通気だけではなく構造上葺き方での組み合わせです。重量の軽減と
通気性が和建築上の重要なポイントなのですよ。天平くらいに遡れば豪華建材使い放題で
技術的にも異様に高度ですが、江戸期にはそれらの技術は失われています。

明治期の笑い話は、実現できないことをやらせるというムチャを諧謔にしています。
まぁ民権運動が煽ったってのもあるんですが讒謗律とかその辺の絡みで江戸期の
事例にしてオチにするんですな。本当に江戸期の話だと室町や鎌倉の人物に変わるわけ
ですが。ちなみに大岡裁きの話はほとんど明治期以後の創作です。

あと屋根を不燃材で葺く事を義務付けられたという前提ですが、これは事実と異なります。
寺院の再建時の法令と混同していると思われます。檜葺きとか建築格式の意味合いから
規制された部分(防火目的が主ではなく格式問題のウェイトが高い)と明治以後に火災防止
の大義名分が誤伝したのでしょう。明治期に瓦が推奨されたのは事実で安価な瓦の普及と
防火対策の意味から道路拡充や瓦葺きの普及を都市計画上で遂行していますが、実際は地権と
行政側の強権問題で遅々として進まなかったのですが、大正の大震災で結果的に防災都市構想が
実現されるまでこの状態は続きます。推奨と禁制は別で、江戸期中は制限できなかったのです。
庶民に瓦葺きとか不燃材(泥牡蛎?)でのコスト上昇を負担させるのは無理だから。大正期まで
この有様で防災関係は、政府系以外は放置だったわけです。庶民軽視は江戸期から伝統。

53 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 21:51:09
>建築の専門書で江戸期に土の屋根の建材がが普及してたって聞いたこと無いです。
だからハッタリ書くのはよせよ。厨房じゃあるまいし。

>白壁とか土塀でも意外と技術的に高度でぶっちゃけ高いんですよ。芯の組みと塗りの
>手間と職人の確保も含めて
また意図的な論拠のすり替えか。話しになってないよ。まともに検証しようぜ?
今の単価で職人の手間考えるなよ。電動工具or手作業の現代単価と手作業オンリーの当時と比べんな。
職人の確保だなんて何言ってるんだ?そもそも江戸はなんで巨大な町になったかぐらい知ってるだろ?
意図的な歪曲はよくない。

>泥葺きで技術的に可能ならもっと普及しててもおかしくないですし
牡蠣殻屋根が現れ、安く防火に優れていたからそっちに移行した。そして瓦屋根に移行。

>重量の軽減と通気性が和建築上の重要なポイントなのですよ。
建築士会では重量の軽減は耐震性の向上に繋がると言っているが瓦職人や大工の間では否定されてる。
あくまで机上理論。木の種類で用途を使いわける当時に今の建築士会の理論は通じないなー。
つーか、スレ違いだな。

>江戸期にはそれらの技術は失われています
逆なんだが。五重塔がプレハブ工法とか知らないでしょ。
失われたとする論拠はどこから?
失われたのは近代にかけてだよ。

>大岡裁きの話はほとんど明治期以後の創作です
またハッタリか。その件とこれは違うよ

>あと屋根を不燃材で葺く事を義務付けられたという前提ですが、これは事実と異なります。
>寺院の再建時の法令と混同していると思われます
逆に言わせてもらう。木材の御禁制と混同してないか?

54 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 23:18:45

もっと分かりやすく言ってあげると、コスト的に庶民は無理だったと。藁葺きが
昭和中期まで残ってたのは安かったから。

職人の賃金は高い。職人は意外と売り手市場であり、数日働いただけでもしばらく遊んで暮らせるくらい。
基本的にカルテル社会であり、その結果競合が無く現代の感覚からは不当に(質感に比べて)異様に高
コストなシステムとなっている。身分制で新規参入が容易にできないことも一因。

牡蛎ですか?泥は無かった方向で

江戸期の建築の発想ですから。単純に重い重量を支えるには土台が強固にならざるを得ない
わけですが、長屋建築は土台どころか梁が異様に貧弱で桁も含めてバラックに近い。
軽くないと潰れるわけですな。江戸期の茅葺き建築は意外と技術的に発展してたんだけど
江戸では高さ制限(くだらないが格式とかそういうことかららしい。初期は狙撃防止だった
とも言われてるが)のために合掌建築技術が応用されていない。夏涼しく冬に保温性の
ある切妻合掌も採用されていないわけで。ヤナカやハリの二重化、オドリやカヤの技巧もなし。

失われたのは、建築業者が株によって固定されたため。職人と権利者が遊離し技術伝承が
上手く機能しなかった。ちょっと考えれば分かるけどわざわざ常時報酬の高い職人を抱え込むより必要な
時に職人を集める方式の方が経営的には楽なわけで。継続性がないから当然技術が絶える。
古代〜戦国期は寺院や権力者が技能者を丸抱えして技術を独占してたわけだけど、それが江戸期では
建築する権利だけ固定で寺社自体がそれらを被官しなくなった。朱や細工の技能も失われたが
それらが返って侘びさびにあってたらしく原色が失われた方が評価が高いという皮肉になった。
仏教建築は、もっと原色な世界だったわけだがそれを復元する技能が絶えたことで現在の素朴かつ
評価の高い建築芸術へと思考がシフトしている。質実倹素という規範にもあっていたのだろう。



55 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 01:35:51
もう何言っても無駄な感じだね。まあ、だから周りから嫌われながらも4スレまでも続けて立てるんだろうけど。

>コスト的に庶民は無理だったと。藁葺きが 昭和中期まで残ってたのは安かったから
だからその論拠の証拠を示せよと。また妄想か。
何言っても無駄なんだろうね。
言っておくけど安いから残っていたわけじゃないよ。藁葺きの寿命知ってる?

>職人の賃金は高い。職人は意外と売り手市場であり、数日働いただけでもしばらく遊んで暮らせるくらい。
棟梁ともなればね。しかしこの理論だと江戸が暗黒と成り立たなくなるの自分で気付いてる?

>牡蛎ですか?泥は無かった方向で
無かったとする理由は?

>土台が強固にならざるを得ない
なぜそこで土台?大丈夫?基礎と間違えてるようだけどさ。

>梁が異様に貧弱で桁も含めてバラックに近い
長屋の実物か資料見た事ある?今よりもずっと太いんだけど。
細いのは柱だよ。と言っても豪雪地帯じゃないんだから当時の生活様式なら3寸ありゃ十分だわな。

>江戸期の茅葺き建築は意外と技術的に発展してたんだけど
逆だよ。茅葺きは室町から大して進歩していない。
茅葺き屋根は田舎用だからね。雨と湿気に強い反面、都会で作るとなると維持コストだけでなく
莫大な輸送コストまでかかってしまうと分ってないのかー。
庶民の家ですか。



56 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 01:36:52
>合掌建築技術が応用されていない。夏涼しく冬に保温性の
>ある切妻合掌も採用されていないわけで。ヤナカやハリの二重化、オドリやカヤの技巧もなし
一生懸命建築のサイトを調べてゴタク並べた感じですね。
反論できてないのに立派な事を書けば論破した!にはならないよ。
豪雪地帯でもないのになんで合掌造りなんて作る必要があるの?雨仕舞いはいいけど高くて庶民には手が届かないよ。
あれは今で言う、生産工場兼、集合住宅だよ。
切妻について何も知らないようだけど意味分って使ってる?
合掌はトラス構造と枠組壁構法(2x4)や大壁式で使うものだよ。
在来で合掌じゃないと応用されていないと。じゃ圧力やモーメントはどこに逃がすのかな?


後半部分には賛同できるので何も言わないが、また話しズラして逃げてるしな。
それじゃ話し合いの検証になってないよ。逃げるのばっかり上手になって

57 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 01:55:51
http://www.go-guy.com/plus/video_list/KGGP025/KGGP025_2.jpg

男は美しい

58 :旧コテ全肯定派 ◆UGdlUBvvDg :2006/08/12(土) 03:27:28
藁は稲作で毎年刈った後にできるんだけど最近の子供は藁がお米作るときに
できるっての知らないのかも。障子もそうだけど張り替える・葺き替える文化
なの。恒常的なものじゃないから安く何度でもやり直す。

もともとすばらしい派だからね。暗黒は逆説だって最初から。前も暗黒じゃない
って言ってあげたんだけど、読解力ゼロ?学習能力がないの?

アホやん。牡蛎や泥葺きなんてあるわけないじゃん。泥って言っておいて牡蛎屋根とか
トンでも説言い出して自分で気付かないってのは間抜けすぎる。
専門書と言いながらソースが雑学だしね。

江戸時代に現代的な基準でいう基礎工事はありませんよ。土に台で土台。石を置いて土
との間に柱を固定するわけね。縄張って固めて俵を埋める。

3寸じゃ無理だけど。壊すときに楽だからわざと貧弱に作るの。バラックもそうだけど
痛んだところだけ取っ替える主眼が再生しやすい構造だからね。あと普請が安いと。
京式長屋は戦災にあわなかった部分で残ってる現物があるんだけどとにかく薄いよ。

江戸が分かっていないですね。茅は軽くてもっとも身近な建材。輸送も低湿地を開発した
ことで縦横無尽に水路が発達し舟で輸送。現在は干潟が消滅し川に蓋がされ橋が無くなって
ますが江戸期は、周りは湿原で茅葦だらけです。ちなみに木材は産地が遠いので高い。
葦茅は燃料としても使用されてるので異様に安かったんですよ。刈り取るだけだから。
上方ではそれに税金かけたりして都市部では茅葺きが衰退したんですけど江戸は課税して
いない。

合掌は簡単かつ頑丈な方法。古代から穀倉とか高床式にまで源流を遡れる。湿気を飛ばすには
スペースをより多く確保するのが有効だから。豪雪地方で残ってるのは、単純にそのスペースの
有効利用としての作用と圧力の問題。真屋とか破風すら格式で禁止なのよね。あと単に江戸に
伝播していない可能性もあるのかも。


59 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 03:32:19
.            l.:.:.:.|l   |.:l.!.:..!.:l.: l: .:.:..    }: 、:.::ハ
          |:..:.:.l|   |.:l.!.:.ハ:!l.:八.:.ヽ:.:  /.:.:.:.}.:. :.ハ
          |!.:.:._|   !小-‐弋ヽ‐ヽ.:.:.:. 厶:.:./.:.,'.:j:.|
           l!. /f|  ! |ィテiヽ   ヽ ルト7ハ / /リ
            ll:.ヾj|:   i | V_;rt      f:;r'ヽ〃イ /'   君がとても素敵♪
            |:!.:.:.゙|:.:  i |           ヽ'' 小!::!       
           ノ/.:.:. |!:  !:l       ヽ  ,' /:/
.          //:.:.:.:/!i.:  :.!:l.    ー‐    イ!./:/
         /':.:.:.:.:/:.|.i.:  :.!.:lヽ、     イ: |l レ′
.        /:.:.:.:.:./:.:.:| !.:.:.:.:!.:l.  ` r<.:.:.l:. |l |
       /.:.:.:.:.:/:._r┤!.:.:.:.:!.:ト、_ ∧.:.!.:.:.l:. |l |
.      /.:.:, ィ<´   ! l .:.:.:!.:| >Xぐ{.:.!.:.:.l:. l八
  , -‐―<ヽヽ    .! l .:.:.:!.:|//  ヘ fヽ.:小.:.:ヽヽ



60 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 17:35:14
>>58
お馬鹿な書き込みが多すぎるから色々とツッコミ入れるね。

>藁は稲作で毎年刈った後にできるんだけど最近の子供は藁がお米作るときに
半年に一度10キロ程度の藁を葺き替えるとでも思っているの?
それと藁は堆肥、飼い葉、茣蓙、縄や草鞋等の編み物類に使われ利用価値のない廃棄物ではない。

>アホやん。牡蛎や泥葺きなんてあるわけないじゃん。泥って言っておいて牡蛎屋根とか
>トンでも説言い出して自分で気付かないってのは間抜けすぎる。
>専門書と言いながらソースが雑学だしね。
まともに反論さえできない君にアホ言われる筋合いはないなー。
あるわけない?なら『御触書集成』読みなよ。しっかりと書かれているから。
君のレベルに合わせて簡単な本で説明しただけなんだけどな。
妄想と虚言だけで論破出来るほど日本史板は甘くないよ。

>3寸じゃ無理だけど
また虚言か。昭和30年頃までは普通に使われていたんだけどな。

>合掌は簡単かつ頑丈な方法。古代から穀倉とか高床式にまで源流を遡れる。湿気を飛ばすには
>スペースをより多く確保するのが有効だから。
簡単?頭大丈夫か?
古代は校倉造りが主流だよ。吸湿で木がねじれて狂うから廃れたけどな。
湿気を飛ばすのにスペースは関係ない。関係あるのは空気の流動だよ。またハッタリか
いい加減ハッタリや虚言は辞めろよ。指摘するの面倒なんだよ。
知らない人は間に受けるだろうしさ。やれやれ



61 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 17:35:54
>葦茅は燃料としても使用されてるので異様に安かったんですよ。刈り取るだけだから。
また話しをズラしてるな。茅葺き屋根の茅は狩ってそのまま使っていたと思ってるの?
それと燃料の主流は木炭のバラ売りと魚油だね。茅は補助材だよ。

>真屋とか破風すら格式で禁止なのよね。あと単に江戸に
>伝播していない可能性もあるのかも。
聞いた事ないな。一度くらいソース示せば?それと江戸時代に断絶が行われた形跡はないね。



62 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 17:47:44
58が瓦屋根が明治に入るまで普及していなかったと勘違いしているのは日本全国を見た場合なんだけどね。
が、江戸となるとまた話しは違う。江戸初期の平瓦、丸瓦は高価で大量生産もできず庶民にはまさに高嶺の花だった。
また商屋の土蔵以外での瓦の使用は禁止がされていた。
しかし明暦の大火、別名振袖事件(1657)によって屋根を不燃材で葺く事が義務付けられ土屋根が生まれ、さらにコストの安い
牡蠣屋根が生まれた。そして延宝年間頃(1674頃)に西村半兵衛が今も使われている浅瓦(本瓦)を生み出した。
これは安価で大量生産が出来、さらに幕府による奨励、普及のための公役免除、建築金の貸付もあり、また墨田区一帯でその性能が
示された事により一気に市場に流通をした。
そして土屋根、牡蠣屋根は文献だけに残る代物となったわけだ。

で、問題は学者によって見解が違うって事だな。
『日本全国として相対的に見るか』or『日本で圧倒的に人口の多かった江戸の町を中心に考えるか』
でね。

63 :日本@名無史さん:2006/08/12(土) 20:56:26
>>60
連投w 最初言ってることと違ってるぞ。お前馬鹿だろ。


64 :日本@名無史さん:2006/08/13(日) 09:22:01
>>63
文盲乙

65 :日本@名無史さん:2006/08/13(日) 10:35:43
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::         :::::::::::::::::::::::
  ::::::::::::::::::::::::::::::   ,    ,、 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::
  :::::::::::::::::::::::::::::   i!   ,ノミ '::::::::::::::::::::::::::::
    ::::::::::::::::::::   !i   r' ミ  :::::::::::::::::::::::::::::::::
  :::::::::::::::::::::::::::  ヽ('A`)ノノ`  ::::::::::::::::::::::::::::::
   ::::::::::::::::::::::    ( )     :::::::::::::::::::::::::::::::::::::
   :::::::::::::::::::::     ヽヽ     :::::::::::::::::::::::::::::::::
        ,、  ,       ,    ,、
        ミ.'、  .i!      i!   ,ノミ
       ミ ハ i.!      !i   r' ミ
       ヽ`('A`)    ('A`)ノシ
        i´_(ヽ ⊂⊃ ノノ、ヽ 駄目だよ荒しちゃ・・・。
        ))  ヽ('A`)ノ  ((  こっちにおいで・・・。
             ( ) >>63
             ノノ

66 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 09:33:05
前スレで食について論破されて逃げ出した1だがまたこのパターンになるのかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

67 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 01:54:00
最初に言っておくがハッタリはよせよ。厨房じゃあるまいし。雑談建築学は無敵なのだからな。

まともに検証しようぜ? 補助無いのに言うこと聞く訳ねーだと?あー。タダみたいなモンなんだよ。
今の単価で職人の手間考えるなよ。電動工具or手作業の現代単価と手作業オンリーの当時と比べんな。
職人の確保だなんて何言ってるんだ?そもそも江戸はなんで巨大な町になったかぐらい知ってるだろ?
意図的な歪曲はよくない。 いるに決まってるんだ。需要とかそんなん火がつけば湧くだろ。
資金供給も融資先もないけどどうにかしてたんだよ。

江戸期は、牡蠣殻屋根が現れ、安く防火に優れていたからそっちに移行した。そして瓦屋根に移行。
どこで牡蛎がとれたとか牡蛎が食べられてたのかとは聞くな。きっと食べてたんだよ。

江戸期なんだから今の建築士会の理論は通じないなー。
つーか、スレ違いだな。

五重塔がプレハブ工法とか知らないでしょ。
揺れることで倒れないんだよ。それガセビアでやってたって?嘘だ嘘だ嘘だ
揺れた方がいいに決まってる。折れねーだろ。柳の理論は無敵っての。

大岡越前のお触れがあったのは知ってるだろ?そんなお触れ無いっていうやつはハッタリ。
公式文書に残っていない?その件とこれは違うよ  メモでもあったんじゃね?



68 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 15:28:37
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1127808718/l50#tag681


1さんて負け犬の遠吠えしかできないんですね(´・ω・`)

69 :プラム自作自演中↑:2006/08/18(金) 15:30:16
========= 改め PUについてかたるスレ ===========
このスレはPUが作った乱発スレの一つですが、それを逆手にとりPU対策スレとしています
※PUは1人で自作自演して、他の人がせっかく入れた意見を、消し去ります。しかも結論も無い妄想や暴言で!何とかしてください!
PU=プラム=安曇連=がいやまん =太国=ヒッキー=サガミハラ=本田=定ちゃん=彼都
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お仕置きしちゃだめ

    %%%%%%%%% 
    6| -σ-σ | 
     |   ゝ  |  <チョンコまるだしだから
     \ ∀ / 
    │|  │ 
     U ♂ )
     │|│|
     ⊂つつ

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151161164/l50
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70 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 16:44:58

あんたの顔見飽きた!何処っかへ行けや!用が有ったら呼んだる!
         
    %%%%%%%%%    ←←オ〜マ〜エ 
    6| -σ-σ |     
     |   ゝ  |  <チョンコまるだしだから
     \ ∀ / 
    │|  │ 
     U ♂ )
     │|│|
     ⊂つつ



71 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 01:57:00
嘉永 4年 1851     時疫流行

嘉永 5年 1852 十三湖千貫崎開発に着手、工藤伝兵衛御用掛となる   3月岩木川8歩・翌17日9歩5厘出水

安政元年 1854     十三湊暴風で乗合13人中7人溺死

安政 3年 1856 新堰成り、豊富村新開   時疫流行

安政 4年 1857    6月大雨、平常より尺余の出水、田畑冠水33ヵ所橋流失。時疫猖獗「隣松寺風」流行。麻疹患者多数。

安政 5年 1858 大川早口堀替  疱瘡

文久元年 1861 翌2年に亘り十三村の南端を開鑿せるも失敗
   
文久 2年 1862    6月洪水。麻疹流行、7月猖獗死亡多し

文久 4年 1864 十三水戸口改修(本多水戸)
   
元治 2年 1865     7月・10月大風、岩木川大洪水田畑冠水、949町9反歩被害。疱瘡流行、牛種痘を実施

慶応 2年  1866  藻川村成戸開発のため大川堤防増築   8月大風で皆無作。大凶作、減収24万石、倹約令出る。新田地方疱瘡流行。

慶応 3年  1867 綱下100間水戸口改修   疱瘡流行


凶作と疫病の時代。種痘が庶民に実施されるまでこんな感じだ。疫病に関してはとにかく明治になるまで暗黒。



72 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 11:00:00
江戸時代は暗黒時代だったが、李王朝時代はばら色の民族精気あふれる次代だった。


73 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 16:24:46
プラムは懲りずにまたカキコしたとさ。

74 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 16:43:19
日本は暗黒時代しかないに決まってるでしょ。

75 :太国=プラム:2006/08/19(土) 16:53:16
========= 改め PUについてかたるスレ ===========
このスレはPUが作った乱発スレの一つですが、それを逆手にとりPU対策スレとしています
※PUは1人で自作自演して、他の人がせっかく入れた意見を、消し去ります。しかも結論も無い妄想や暴言で!何とかしてください!
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お仕置きしちゃだめ

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    6| -σ-σ | 
     |   ゝ  |  <チョンコまるだしだから
     \ ∀ / 
    │|  │ 
     U ♂ )
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76 :太国=プラム:2006/08/19(土) 17:50:14
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77 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 23:37:54
壁|    ∧_∧
  | ∧ ( ´∀`) < 江戸時代は暗黒時代・・・・ダ!
  |∀゚) (    )
  と_ノ │ │ │
  |   (_)_)


  ∧ ∧∧_∧
  (   ゚)i!   ´) 〜♪
  /  うi!    )
〜(  / |○  |
  UU (_(___


.   ∧ ∧ ∧_∧
   (ill゚∀゚)<`Д´# ∩
  /   ,う U    "ノ
〜(  / 〜|__,!__/|_
  UU   (_こ_(´∀` >


78 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 14:44:50
江戸時代は、歯医者ないから虫歯になったら悲惨だな。無理矢理抜くしかないんだろ。

79 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 14:52:34
貴族や

80 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 14:54:18
阿鼻叫喚の地獄絵図を展開することになる革命の前夜の
アンシャンレジームのフランスですら、


81 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:00:01
>79
ピョートルってロシアの皇帝は、貴族の虫歯をペンチで
引き抜くのが好きで好きで貯まらなかったそうだ

基本的にぐらついたら引っ張って抜く
江戸期は石でガチガチやって折って処理する。教科書の江戸を題材とした
戯曲で戦慄した覚えがある。

82 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:00:23
阿鼻叫喚の地獄絵図を展開することになる革命の前夜の
アンシャンレジームのフランスですら、
庶民100人で貴族や聖職者1人を支えておけばよかった。
これに対し江戸時代の日本は、百姓がたった10人で
武士1人の放漫豪遊を支えなければならなかった。
どう考えたって地獄だろ。

83 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:05:01
疱瘡になったら終わりだよな。

84 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:05:39
武士も極貧だったわけだが。
納税者自体が激減したのが大きい。平安末期もそんな感じで
混迷したが、江戸期はもっと切実で年貢も取れない零細農民化と
既得権益による役人との癒着が行財政を悪化させた。
佐賀の改革とかは、それを根本から変えちゃうものもあったが、均田とか
復古的な政策だが共産化とも言える過激な政策は実現段階で挫折した。

85 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:11:24
>>83 蘇民将来の御札は流行ることに。日本神話で世話になったスサノオが蘇民に疫病が流行るから注意しろ
っていった故事が元で疫病が流行ると蘇民の子孫ですって御札を庶民は買って貼ったりした。
スサノオは日本尊だったかな・・・。牛頭天王と習合されたりして江戸時代はよく分からないことになったが
八坂神社とか祇園祭りが日本全国に拡がったのは、そういう由来による。やっぱり神道とかヤマトタケルの
伝説の地にその動きが顕著。伊勢とか。

86 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:15:27
      l: :/: : : .l´ ,、 -ァ /´  ̄ ̄`ヽ  ー- 、 |: : : l:l
      |: l: : : : |'´: : :l |::| : : : : : : : :.|: : |l: : l: `|: : : |.:|
      |: |: : : :.|:| |: : | |:,:r:'^; : : :^/、|:.:ハ: : |:l: |: : : |: |
       |: |: : : :.|_|ゞ、ヘ´ト、ト;ヽ: : :/ //`ソト‐|: |: : :..|:.:|  抜歯ですか… 江戸時代は、なんて  
       | |: : : : |ヽ ,.、ゞ: ォ 、ヽヽ/ ',ィr‐-..、 ソノ|: : :..|: :|  
      .|:.|: : : : |,イ::::::::::::|       |::::::::::::メ.|: : : :|: :.|   暗黒時代 な の か し ら
      |: |: : : : |! ゞ‐ "´       ` ' ー'- :|: : :..:|: :.:l
     l:.:.|: : : : |ハ////    __    ////|: : : :.|: : :l.
     ,':.:.|: : : : :|:.:.〉,     ` ─ '      .ィ::|: : : :..|: : : ',  
    ,': : |: : : : :.|:.:| > 、 _     _, r ´  |: : : :..:|: : : ::',
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  ,゙: : : : :|: : : : : |..:|:.:',`ー{  ´ ,、r‐、Yヽ‐ ´|: : : : : |   ゙!: : :',



87 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:18:39
韓国人は世界で最も頭の良い民族ですが、未だにに自然科学系のノーベル賞を受賞したことがありません。 それは日帝の仕業です。
韓国人は世界で最も器用な民族ですが、建築物の耐用年数は十数年しかありません。 それは日帝の仕業です。
韓国人は世界で最も清潔な民族ですが、水洗トイレに紙は流せず、女性でも街路で放尿します。 それは日帝の仕業です。
韓国人は世界で最も歴史の古い民族ですが、韓国が出来たのは「戦後」です。 それは日帝の仕業です。
韓国人の女性の美しさは世界一ですが、韓国の女性の整形率も世界一です。 それは日帝の仕業です。
韓国人は世界で最も礼儀正しいのですが、身障幼児の輸出でも世界一です。 それは日帝の仕業です。
韓国人の歴史認識は世界で最も正しいのですが、世界で最も歴史が「誤解」されている国でもあります。それは日帝の仕業です。
韓国人は世界で最も経済感覚の優れた民族ですが、IMFのお世話になったことが最近あります。 それは日帝の仕業です。

<丶`∀´> 真実を語るのは気持ちいいニダ



88 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:21:28
>>85
神道なんてものはなく最初から習合が基本だったわけだし、流行り病対策としては辻の地蔵に赤い涎掛けとか
そうした現象面から語っていった方が勘違いしないと思うよ。
どうしても個々の宗教の整合性を考慮しすぎて、土着習俗に強引に当て嵌めようとすると勘違いが生じる。

89 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:35:22
祇園祭は、1100年前、疫病退散を祈願、日本全国の国の数の鉾66本をつくらせ、
その崇りを沈めるために祇園御霊会を行ったのが始まり。

疫病が流行した869年6月7日,災厄除去を祈るために行われた祇園御霊会(ごりょうえ)
が基本だがそれ以前から鉾を使った行列のようなものがあったという説もある。
庶民の行う夜の集会(百鬼夜行の元ではないかと言われる)を官がヤメさせるために
企画した御霊社という・・・。冷泉家の文書からだが、疫病退散の和歌に言霊として
流民を充てたものとの見方もありハッキリしない。庶民の為政への抗議行進だとすれば
それなりに意味が違ってくる。

東大寺や国分寺寺院での祈祷と似たような官弊が発端で江戸期には、祇園社である八坂神社
の分霊が盛んに行われた。それだけ疫病が流行ったからだが、人口が単純に増えたから
とも言える。

90 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 15:50:34
>88
地蔵は目印や慰霊の墓標代わりで江戸期は、あんまり宗教っぽくないよ。管理者がいるか
いないかで明治期に廃仏毀釈されたけど、地蔵が残ったのは単に不燃物だったからに過ぎない。
もっと多いのは庚申だけど、これも行われた庚申講と必ずしも一致しない。増えすぎて放棄
された社や石仏は、地域習俗と一緒くたにされていったらしい。

江戸期でも安土桃山時代ほどではないにしてもぞんざいな扱いをしている。石の
名のない仏は、勝手に作っても良かったしそれを放置するのもやはり多かったとのこと。
庚申講は典型で講を行うごとに庚申を石に刻みまた新しくという繰り返し。不要になった石は
目印に流用されたり道を保守するときの縄張りの要として使われた。また身代わり信仰というのも
東北以北でよく見られる習俗で古代の埴輪の延長上ではないかとも言われているがよく分からない。
生贄の代わりに素焼きの陶器、そして地蔵という変遷という流れだが全国的に移管したものではない。
基本的に土着の民間習俗で寺院が介在していないので記録が非常に少ない。

91 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 16:26:30
>>90
>庚申講は典型で講を行うごとに庚申を石に刻みまた新しくという繰り返し。
こんな豪奢な事やっていた地域あるの、どこ?

92 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 20:28:23
非を認めず逃げ隠れ新たな持論を開始した1がとても素敵だ

93 :日本@名無史さん:2006/08/20(日) 22:27:02
>>91
何言っても理解できない子だから言うだけ無駄だよ

94 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 01:04:04
93に同意。92は放置されてることすら気付いていないよな。

95 :93:2006/08/21(月) 14:35:53
>>94
日本語大丈夫?祖国に帰ったら?1が放置されてるのにね

96 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 16:37:20
ヒント:95により自作自演判明

93は典型的な厨房だな。

97 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 20:43:36
↑自演乙

98 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 21:44:08
ざわ・・・ざわ・・・

99 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 22:11:37
日本史は暗黒史。

100 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 22:17:24
自作自演の特徴 一行リレー チラシの裏にでも書くようなことを1行でage 
相手にされない=相手が逃げたという発想で自己保全www 
相手にされないので数時間ごとに1行で自分でレス

忍耐力が無く相手も24時間いるものだと思ってるヒッキータイプ
基本的に釣られる 

101 :日本@名無史さん:2006/08/22(火) 07:06:03
>>100
暗黒スレで1はいつもそんな感じだ。何を今更って感じも駿河・・・


結論:朝鮮人には何を言っても無駄




102 :93:2006/08/22(火) 10:34:52
>>96=100
君と同じく自演しているだの捏造されたくねーな。自分がしているからといって周りもそうであるわけじゃないんだよ。
カスは黙ってろ!
ああ、また1の信者に釣られてしまったな〜〜〜

103 :太国=プラム:2006/08/22(火) 12:58:12
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104 :日本@名無史さん:2006/08/22(火) 21:52:18
>>102
93は真性だなアゲで。
逃げたとかカスって言い出すのは93だけだろ
我慢しても半日かよ!!
でAA貼ってごまかすとかせこいな
でもsageても2時間ぐらいじゃバレる〜〜

105 :日本@名無史さん:2006/08/23(水) 23:05:01
Д

106 :日本@名無史さん:2006/08/24(木) 03:46:12
●日本統治35年と、その前後=李王朝と南の軍政&北の金王朝体制を比較せよ!●

韓国人は、日本統治から脱したことを『光復』と言っているが、とんでもない妄言である。
李氏朝鮮は、強欲な特権階級が贅沢三昧ヤリタイ放題の暗黒土民王国であったのだ。
しかも、人口の約4割もが奴隷(奴婢)で、彼らは激務を強制され金銭で売買されて、
暴行・強姦されまくりで人権のカケラも無い牛馬以下の存在だったのである。
さらに、一般農民も重税に耐え切れず、無人島や満州・沿海州に逃亡する者が続出していた。
…こんな調子だから全国民の団結を必要とする、急務の近代化を出来るワケがない。
故に朝鮮政府は、自国より100年も進んでいる日本に自分達の近代化をお願いしたのである。

※日韓合邦は両国政府の合意の下に締結された国際条約であり、反対した外国は皆無なのだ。

だから日本は莫大な国家予算を投入して、特権階級の贅沢三昧で破綻状態にあった朝鮮の
財政を立て直しただけではなく、道路・堤防をつくり、鉄道を敷き、農地を開拓し、上下水道を
つくり、工場を建て、近代都市を築き上げたのだった。
さらに身分制度を廃止して、虐待され続けてきた奴隷・民衆を解放し、地方議員は選挙で決め、
農民の5割以上に耕地を与え、学校を建てて近代国家の国民にするべく日本が200年かけて
体得した西洋の学問と、日本語・ハングルの読み書きを惜しげもなく教授したのだ。

そして、伝統的に路上脱糞を好み不潔極まる朝鮮人に粘り強く衛生観念を教え込み、呪術師の
マジナイを禁止して西洋医療を導入した結果、伝染病が激減した上に、食料輸入・増産によって
餓死者を出さなかったので人口が倍増したのである。

以上のように、日本統治時代ほど朝鮮民衆にとって輝かしい時代は他には無いのだ。
日本によって朝鮮民衆が李王朝の極悪非道の圧政から解放され、自由を手に入れて近代文明の
恩恵に浴した事実は、何人たりとも否定することが出来ない歴史上の真実である。
それは日本から独立後に、南北両政府によって殺された朝鮮人の数が500万人以上である
事実から見ても、明らかである。

107 :日本@名無史さん:2006/08/24(木) 09:50:22

              __
          /      ヽ、
         ′ ノ_ノl_|l_トl 」
          i´l.彡 ┃ ┃{i| 他の時代や外国が暗黒というのは別の
         7! (_, ''' ヮ''丿!  .       スレですよ。
        く,|i !i `フ i´/ ̄ ̄ ̄ ̄/
         |i !i/´ヽX./ アイマックン /



108 :日本@名無史さん:2006/08/27(日) 13:45:05
江戸時代に勝手に天皇陵とか該当天皇を当てはめたので
よく分からなくなった。

邪馬台国の九州説と近畿説もこの時代から論争が始まっている。
考古学的な資料が公開されていなかったので九州説が優勢だったようだ。
文献を見る限りでは九州に邪馬台国があったと見る方が自然だからである。



109 :日本@名無史さん:2006/08/29(火) 10:41:15
>>108 

寺社奉行が管轄の寺社に来歴とかなにを祀ってるのか報告義務を課しただけw 捏造じゃない


110 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 21:45:22
日露通商条約ロシア大使プチャーチン
部下に対し「この美しい戸田村で無節操に糞尿したらどうなるかを考えよ!村の外ではするな!」
・・・ロシア人達は日本の農村の豊かさや美しさに感動していた。
イザベラ・バード
「ソウルの街は糞尿垂れ流しで不衛生極まりなく、恐ろしい悪臭を放っている」
これが文明の違いだ!

111 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 03:09:57
文献にしちゃうとそれが絶対だっていう人間がいるのよ。白旗論とかも公式じゃない
巷説、風説の調査報告書に過ぎないのに。

112 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 02:23:25

記録は誤用されるものだ

113 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 22:20:37
  ____,,... -‐ _ニ-=''7 。. +
_二--‐‐=''"トil_|i/. .* ☆
  |,彡 ┃ ┃{.i| +★ 記紀も口伝からの
ー》|il(_, ''' ヮ''丿|
  ノリ i `フ i´il l|つ  書き起こしなの


いいかげんだからって怒らないでね☆

114 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 03:50:45
稗田さんをなめんな。江戸期では稲生物語が怪奇っぽい。

115 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 01:25:33
口述だとアレンジが入るからな。
稲生物怪録は、武功とかがない太平の世で出世に関しての箔付ける意図とも考えられる。
剛胆と言う性格と知恵者であるということが主眼であり狒々退治のような単純な形式ではなく
継続する怪という珍しい形式をとっている。だがこれは考えようによっては千夜一夜物語の
ように怪異譚としてはエピソードが多い方が話の種になると考えていい。前述の物語は退屈を
紛らわせるために語らせたものだ。稲生物怪録もその性格があるのではないだろうか。
一ヶ月後という符丁と30日にわたる怪異という異様さがあるが”難”という思想という試しである
こともそれをクリアーする(できる)登場人物を称えているようにも読み取れる。
平田篤胤の解釈は微妙だが・・・



116 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 17:51:34
>114
巫女委員会?

117 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 17:05:04
素材だけだろ。

118 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 21:33:32

      ___
    /´. _, -―-、ヽ、
  ./  l´[☆ィTfヘマ、 ヽ
 |  | |ィケリノ |ト}!l|
 | _| レァ予  伝yリ|    ,..、
  | fr| 《{_丿   Ljハ‖  _,ノ/`il  /
  | ゞ||'''  r‐ァ`,ツイイ´  ハ il     そうでもないよ〜
 |  | 「`}T 云'I「|{ {::::{   V リ    
 || N {`ヾー弋イノ`衣√`ヾノ   \
  从 |、 ハ YQヘ\,イ乍}
    `ヽVリ'|  !   Y´ア´
        ノ! |   「´


119 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 04:40:55
米価の上昇にともなう庶民生活の困窮は、江戸だけでばなく、商品経済の浸透によって、
日雇いなどその日暮らしをしている民衆が生みだされていた地方の農村や都市でも同様で
あったわけで偏食とも言える米中心の食文化は弊害をも生み出している。

米の供給が滞ると暴動にまで派生するのだ。
天保7年(1836)だけをとっても、仙台藩の陸前渡波町では4月に打ちこわしがおき、6月には
加賀の金沢町、信濃の飯田町など、7月には越前勝山町など8ヶ所、8月には駿河の駿府町
(現静岡市)や甲斐の都留・山梨郡など8ヶ所、9月には大坂というように夏から秋にかけて、
全国各地で打ちこわしや暴動がおきている

120 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 19:57:36
>>119
食文化による弊害ではなく、投機対象としての弊害だわな。先物取引って分る?

121 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 23:03:41
あの時代の技術力で曲がりなりにも250年の平和を維持できたこと
はすごいと思うがなぁ。

122 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 00:13:53
平和の定義をいかにとるかによるな。
その基準なら、アフリカや中南米の国々では混乱が続く中、
北朝鮮はもう何十年間も平和を維持していることになる。

123 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 00:25:03
けっこう凄惨な虐殺とかやってる。
功名が辻で有名な山内家って相撲大会だって言って人集めて
有無を言わさずに銃撃して殺したとか。はやりの共謀罪ってやつだな。しかも
証拠無しで虐殺。皆殺し。

124 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 00:37:59
>>122
江戸時代の日本は毎年数千人の亡命者を出すような状況ではないが?

125 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 01:04:07
>>124
そりゃ逃げるなんて発想、ハナから頭にはないからな。
グラスノスチで一気に瓦解した旧ソ連、
インターネットの普及で世界の火薬庫となりつつある東南アジア。
民衆が何を知っているかは、
統治に少なからぬ影響を与える。

126 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 01:00:16
age

127 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 18:27:02
>>123
なんて資料に載っていたの?

128 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 19:09:15
>>124
平安時代は口分田を捨て荘園に逃げ込んでいたけど。班田収受の瓦解。
江戸時代は二男三男とかは江戸や大坂に出てきてたんじゃないの?

129 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 21:23:15
>>128
貴方は出稼ぎの人を北朝鮮からの亡命者と同じに見るんですね。
流石です。
南の場合は出稼ぎを強制連行にしますがそれと似ていますね。

130 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 13:16:35
>>127
土佐藩史「藩志内篇」と皆山集。両方に載ってるので有名なエピソードらしい。
ただ騙し討ち自体は、恥だという概念ではなくむしろ知略を褒め称えるニュアンス
となっており機先を制して一国を治めたという逸話のようだ。
土佐を切り取ったという武功がなく実質、徳川幕府から拝領した鉢植え大名の
成り上がりだったために武功を捏造したという説もある。長宗我部配下の
四国九州で多大な武功を上げた猛者と対照的でありその武勇伝を低下させる
為にそれらを山内家が倒したという構図らしい。真偽は不明だが、旧長宗我部
家臣を登用なかったのも事実である。


131 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 20:16:01
らしい、ようだ、説もある

132 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 20:24:39
>128
江戸時代の農村は一地一作人制で長子相続制のため、次男や三男は街へ出稼ぎにいった。
その結果、城下町や寺内町がさらに巨大化し、巨大な専属市場が生み出された。
例えば江戸末期の都市移住比率(人口一万人以上の街に住んでいる比率)は15%。
近畿に限れば25%。これは当時のイングランドとほぼ同じで、江戸日本は相当な都市中心型
国家といえる。
前置きが長くなったが>128は日本史をやりなおせ!


133 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 22:12:31
>>131 山内家の文書なので誇張じゃないかってことだよ。
司馬遼太郎が山内家の非道って見方するまで征伐で上手くやったニュアンスの
武功的な意味合いでしかない。武功なので数が大きくなってるんじゃないかと。

そのまま率直にとれば虐殺で裁判なしで処刑。皆山集によれば相撲を
名目に人を集めて皆殺しした。

皆山集は藩史作成上での資料で、先祖の武功の聞き取り調査の意味合いがあるから
(素性の怪しい成り上がりの山内家家臣に武功などあるはずもなく)過剰申告
していると郷土史家は言ってる。裁判なしの虐殺行為なので詳細が必ずしも
明確ではないこともあって否定する材料はない。肯定する記録は公式文書が
ほとんどだ。

134 :日本@名無史さん:2006/10/17(火) 00:39:58
     ! // il /ノ `:/i:; i l、;;::...i::::i l!:;::::';ヾヽ  ヾ  ',....::i::...ヽヾヽ'、
     ソ  / '/;/;;.::;/ i;___ 巛::i;:::i |、;: 、,,,,,,,,,___i !;;::i;:::;;;;;i;i;;;;i;i;ヽ ', !
   /;;;;/;i: i i!;;i_,,r='''"" ̄"`ヾヽ i, ヽ \ヾ ヽ~`ヾ、: ; :i i i i ', i
  / /;;:/:;/;;:|;;i:i', ! '!l _,,,、、..,,,_  ゝ \, >‐'''''丶 レi i i i i .i i i /
  i! ! / ./  ! !ii ヾ ゝ´ _,,,,,_           ,,,r!!!iii;;.,, ノノ ノ i  ! i !'
 ( i  i  li !ヾ `ii!!'"~ ̄"''      ´    "'''ノノノノノノノ/ i
  ゝ!  iヽ l ! ヽゝ            i      , , , , ,,  イノィイ / i | '、      
   ゝヽi ヽ!l ゝヽ' /////     i!    ''////"  iイノ .i ' i i 丶 暗黒じゃないですよぉ
    ` |!: i: `  _',/''"       ''         /イ/.i i,/ .', ! '、  
     ii;;:.. l  !i ',      r'"´ ̄ ̄`'i     /| i ! !   ! iヾ \
     i!;;;::::l::.. .lli;;:..ヽ      '、       ノ     / ! ',.i i   i .i \
     /i;;::::ノ;;:::;:i i;;::.. ` 、   `       /:::li l  'i ! .,  '  ',
    /ノ;;::/:::;;;;; i : ::;;/;;;/;/`i 、       / | :::i:i::.i.  i .i   ',  ', 丶
    //;;::/ :;;: i ;;;;;::: / /;: ! `  _  /  ! ::::i i::.i. . i i ; ; ヽ ヽ
   //;;::/    i   / /  i      ̄    !ヾ::i ゝ',::::i.i


135 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 10:54:51
埋葬とか被差別階層が担ってた。
葬式で異様にお金がかかっていたのは、彼らに埋葬を
委任しなければならなかったため。自分たちではしない。

136 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 09:50:56
 んー。
 江戸時代が「暗黒」だとはおもわないけどなあ。
 むしろ生きやすかったはずなんだけどなあ。
 指標の一つとして人口の増加を見てみたらどうかなあ。
「江戸 人口推移」で検索したページをひとつ置いとく。
(ttp://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1150.html)

137 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 23:54:18
ちょっと考えれば分かるが、人口が増えたので食糧不足になる→飢饉
食料とか輸入してないんだぜ。

138 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 01:12:11
つーか吉宗以降まともな将軍が出てない。それまでは皆それなりにまとも
だったと思うが吉宗意向明らかに将軍の質が違う。やっぱり直系宗家が絶えた
のは大きかったのだと思う。

139 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 21:54:48
>>137
ちょっと妄想で決め付けずに調べれば分かるが、市場価格の調整のために食料捨てていたんだぜ



140 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 22:39:57
>>138
別に関係ないだろ w
秀忠、家光は家康を見て育ったからそれなりに。
家宣は40代後半で将軍になったから、分別があった。
家継は超早死にだし。
家綱、綱吉は・・・8代以降と同レベルかそれ以下だろ w


141 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 22:45:07
>>138
言い忘れたが徳川前期は、将軍取り巻きの老中クラスが家康の影響もあって優秀だったことは確かだろうね。


142 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 23:16:52
>>137
農業生産性が向上しなきゃ人口は増えない。飢饉は当時の食料需給体制では防げない。世界中同じ。江戸時代のみの問題じゃない。
つまり農産物の生産量に比例して人口が増えるわけで、人口が少なくても飢饉は起こる。

143 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 02:29:19
>>140
家綱はともかく綱吉を過小評価しすぎだろ。

144 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 07:11:58
おそらく徳川時代で一番充実していた時代は元禄時代だと思う。
みんなにアンケートをとったら徳川時代の一番の馬鹿殿は
綱吉になるのではないかな。

145 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 10:40:11
>>139 
儲けるために出し惜しみとかして暴動の対象になってる。
流通が牛耳られてるので金にならないところには飢饉でも供給されない。
自分のところだけ助かるために自領の食料の移動禁じたりする封建領主がいる。
理論上は、食糧自給率100%だが、当然等しく分配されないので飽食と飢餓が発生する。

146 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 11:47:27
>>145
そういやそんな論文なんかの本で読んだことがあるな。
人類の歴史は平均すると大抵食料が余っていたが、
4〜5年ごとの飢饉の時は、情報そのものが伝わるのが何ヶ月もたって
からだし、食料を運ぶにしても大量輸送機関はなかったし、
食料の保存も利かないため結局飢饉で人が死ぬのは防げなかった
と書いていたなぁ。

147 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 21:19:10
>>144
実際の所はそうでもないんだけどね。有名な「生類憐みの令」について綱吉は何も提案をしていない。
22通の書状が現存しているが、その内容はただ単純に「生き物を大切にせよ」その事しか触れていない。
それが何故あのような悪政になったかと言えば、下の人間が自分の意見を通して出世するためや、ごますりのために肉付けさせ、あのような
キ○ガイ法令になったわけだったりする。

基本的に将軍は、子作り&判子押しマシーン でしかなく、実権は老中たちに握られていたのが実情


>>146
今の世界でもそうだね。全てが皆平等なら飢餓で苦しむ人は一人もいないし、むしろ食料はあり余るぐらいにあるんだけどね。
人間は欲深い生き物なんだから仕方がないのかもね。


148 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 01:51:47
>>144
だから綱吉を過小評価しすぎ。

>>147
ま,老中が実権を握っていたことは否定しないが,

>子作り&判子押しマシーン でしかなく

これはおかしいな。矮小化しすぎか偏見だ。
どうしてもそう思いたい特別な理由でもあるのか?

149 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 21:13:51
>>148
将軍=皇帝

どうしてもそう思いたい特別な理由でもあるのか?

150 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 01:19:14
>>149
おまえアホか?
>>148を読んで将軍=皇帝と思えるお前の脳みそ腐ってないか?w

151 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 19:38:12
深夜に発狂しているようだ

152 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 00:27:19
>>135
近畿はそうなのか

153 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 00:49:34
経済システムとしては世界最先端だったことは確かだろうな。
庶民の就学率、知識の高さは世界でも稀に見るものがあった。
このことが相場概念や緻密な信用経済。物流と経済を活発にし
豪華絢爛な庶民文化を花開かせたことは間違いないだろう。
この頃の世界を見れば暗黒の植民地支配と搾取略奪以外に
国を潤すことが出来なかった欧州と比べても、特筆すべき平和で
豊かな国であったことだけは確実だろうな。

154 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 02:29:16
>>151
顔が真っ赤だよ?w

155 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 09:42:45
人格攻撃しか出来ない人なんだね。可哀想に

156 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 20:26:36
なんか素でかわいそうになってきたぞw

>>147-151>>154-155
これをよーく読んでみてみ。
難しいこと書いてないしどちらがおかしいかわかるさw

157 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 20:47:12
          {\           
          .,iト .゙ミ.          
       ._,,yr!″  《yyy,,,,_       
      ,メ″    .{l厂  ´゙)z     
     .l|      l厂     ゙lly_    
    .,ノミly           ,メ゙゙\.  
   ,i「  .゙\u,,,,,,__  .___,,,yr!″  .¥  
   《      ⌒゙゙¨⌒′     il|、 
  ノ'\               _yl¨゙《y
  i|′ .゙\u_          _,yr厂  ゙ll
  li,    .゙゙^冖¬─ー¬冖゙¨′   .メ
  .\,_                 ,zl「 
   ゙゙\u,,_          .__,,yrll^″ 
      ¨^〜---vvvvrr冖¨¨′ 


太くて太国にみたいだね・・・臭・・・臭・・・

この板大活躍の太国自作スレにどうぞ!
【うんこ】人糞利用・処理について語れ【しっこ】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1089061793/l50



158 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 15:11:11
まだ発狂しているのか

159 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 15:52:02
             -‐ '´ ̄ ̄`ヽ、
           / /" `ヽ ヽ  \
     i⌒ヽ,   //, '/     ヽハ  、 ヽ   /)、
     ,ゝ  レ、〃 {_{ノ    `ヽリ| l │ i| .__/^)、 ,i
     '‐‐、/ レ!小l●    ● 从 |、i| l、ヽ、 _/
       .ヽ、 /ヽ|l⊃ 、_,、_, ⊂⊃ |ノ /  > )'´
        / 人ヘ   ゝ._)   j | ./  /
        レ〈ヽ、 >,、 __, イ /  /、
           .|ヽ 7ヽ7、/| / 7  ,イ\ \
           .| | ヽ!、〈ム〉レ' 「>,.ハ \ \
           .| | ,イ、__ハ______,ゝ、>_ヽ、, \ \
.           | |く_、__ハ__、__rン ノ--r、  、  >
           .ヾ.! .7ー、___,.、___,.-‐::::`'ー| トイヾ | ヽヽ __  .| ヽヽ __ .| ヽヽ __
            /::::/::::::::::::::::::::::::::::r'" _/」.   |\    /   |\    /  |\    /
            r'く/ヽ、人__ノ\__,ノ r'ソ-、   |    / \  |    / \ |    / \
           ゝy‐-、〉二ヽ二rニ=‐'^'〉〉 |  =3
        ,'⌒`''く{_7〉::::::::::::::::::::::::`'ー'r'  ノ  ., :
        ヽ ̄`ヽ_Y::::::::::::::::::::::::::::::::::::`'ー' ・゜


160 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 16:55:54
江戸時代が暗黒時代なんてのは、明治政府がでっちあげて
広めただけのものでしょう。士農工商などの身分制度なん
てのも、それほど厳格ではなかったし、年貢なんかも天領
では「四公六民」(但し、年貢の徴収率は各藩毎にまちま
ちで、例えば水戸藩なんかは「八公二民」だったらしい)
で、あまり無茶な取り立てはしなかったみたいだし、色々
な素晴らしい文化も生まれたし・・。要するに、見てくれ
は一見ハイカラで華やかに見える「明治」が、その実、一
般庶民は「重税」に悩まされ、「徴兵制」に怯えて暮らし
ていて、「江戸」を知る年配の方は「古き良き時代」を懐か
しがりながら生きてきた、公害なんてのも明治になって深刻
になったしね。そこで「これはいかん」と思った明治政府が
教育の面での江戸時代を「士農工商」という階級制度に縛ら
れた「暗黒時代」に脚色して若い人に教えてきた、そして、
それは(彼等が起こした)明治維新があくまでもその暗黒
な制度を打ち破った「正義の革命」と、定義付けする事にも
なった訳です。

ちなみに、私も小学生の時に江戸時代には「斬り捨てごめん」
という武士の特権があって、例えば道で商家の丁稚さんがお侍
さんに、謝って「巻き水」を掛けてしまい、手討ちになっても
なんのお咎めもないと教えられて「江戸時代は怖い時代」だと
子供心にも思った記憶があります(実際は、そんなことをしたら
あの頃でも、問題になったそうですが)。

161 ::日本@名無史さん :2006/11/05(日) 17:16:56
ところが島津が外人にそれをやっちゃったんだよね。だから・・・明治で

162 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 10:15:21
               rくヽヘr¬rv┐
              ,.ム-┴┴- /_,√ゝ┐
            , '        ヽ_/ く
           /.:/ / / _ ,ィ   Y 〉 ヽ
             //.:/:.._/.:/_, イ/ l  f 〉   i
         //::/l:::://メ '´_∠.._  l  j/ i  l
          / i::/:小ィiヽ.     __ ` ! / 米   l
          {ハl,小i ヒリ   ,ィテミ l/ /    |
           iハ} { ''' ,    辷シ/ /} ! i  | ふーん
             l ヽ. 、   '' / ,.イノ l i  |
           / //lヽ. _./_/入__ il l   |
             / // {T才 ,ィ>┴‐く√)l  |
          / // - '_, ィ/ 7:::::.:..:..:.:iヽし、i |
        _,/-'_,.. イ ん-し/::.:.. ..:.:.j::::::}_,ノ |  
      ,  '- //   {iて/{こ{::.:.:...:...:..:.{::..ハ   |
     /  / //  _,.イ //、:l:::.:.:..:..:.:.:.i:::l.__}   |
   , ′  ///′  Z必:::::::::::i::::.:...:..:.:.::i::|_}|  l
.  /    //'′  ./ くj:.:.:.:.:.:.:.i::.:.:.:..:..:.::小.ハ .ハ
  {    〃     {   ノ:..:..:...:.:.:.i:.:..:.. ..:.::ilく ヽ.__ヽ.       トハ. ヽ.
.  i   ,′      ',  `}:.:.:.:.::.::.:i::.:.. ..:.:.::リ  / i ヽ.    / } } l,小.
  ',.  {         Vi 八:.::.:.:.::.:::i:::.. ..:.::::i| /   \ \_,.ィi/ // リ l }
   ヽ_ \    {、 {ト、 `7::::ヽ::i:::.:. ..:.:::V/,    /  ` く_// ソ //
      ` ー  Vヽヽ \  `>、_j _,.. -v'クーr--' \       /
            ヽ\ヽ ヽ_, -下__,. -‐‐Kこz \_  ヽ.       /
 

163 :日本@名無史さん:2006/11/12(日) 09:46:15
>>160
暗黒時代だと思っている人って大概

・教科書以外で歴史を知ろうとしてこなかった人
・反政府活動に心頭していた昭和世代のおっさん
・心の拠り所が共産主義だけの左翼ニート
・頑固なだけで学ぼうともしない偽善者
・自国の悲惨な歴史を捏造したいホロン部

こんなだよな。
ちなみに最近の学校では士農工商は史学会でなかった事が常識なので教えていない。


164 :日本@名無史さん:2006/11/12(日) 22:00:42
事実だけみると暗黒時代だけどな。

165 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 00:20:34
「士農工商」とは教えていないが身分制は教えている。
史学会ではそう簡単に割り振れるものではないって認識。

簡単に書きすぎたのか、それでは間違いだらけ。

166 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 17:38:50
>>165
その身分制を奴隷制度のように教えているのが

167 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 21:21:37
>>164
あなたは、江戸の「事実」をどれだけ知って居られるのか?

168 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 22:05:40
江戸時代はやっぱりある種の「暗黒」だと思うな。
確かに往年のマルクス主義史観で見すぎると、江戸時代の
ある種の部分を取りこぼすことになるけど。詳しく述べると
膨大な分量になるのでやめとくけど。

169 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 23:11:00
それに答えられませんし

170 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 23:17:19
まあね。168.

171 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 14:56:44
>>163
なにそれ。
にちゃんねらーが嫌いな典型的なタイプを列挙しただけじゃん。

172 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 18:49:30
>>171
お前は2chマンセーの人間なんだなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

173 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 20:13:29
             -‐ '´ ̄ ̄`ヽ、
             / /" `ヽ ヽ  \
         //, '/    ヽハ  、 ヽ
         〃 {_{ノ    `ヽリ| l │ i|
         レ!小l--    -- 从 |、i|
          ヽ|l⊃ 、_,、_, ⊂⊃ |ノ│
        /⌒ヽ__|ヘ   ゝ._)   j /⌒i !
      \ /:::::| l>,、 __, イァ/  /│
.        /:::::/| | ヾ:::|三/::{ヘ、__∧ |
       `ヽ< | |  ヾ∨:::/ヾ:::彡' |

174 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 20:46:15
俺は子供の頃「大岡越前」や「銭形平次」「江戸を斬る」等の
時代劇を見てきたが、これを見た分には「江戸時代」に対して
は、そんなに悪いイメージが湧かなかった。


寧ろ、明治時代の方が「ああ野麦峠」や「おしん」などを通して
悪いイメージがある。

175 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 22:15:56
実際に巨大な公害、徴兵による労働不足による人買い人売りの横行、明治も明るくはないな


176 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 22:36:34
地租改正で税負担が重くなったといって暴動がおきているんだから
裏を返せば江戸時代は明治時代より税負担が軽いということだ

177 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 23:23:47
実際は士族に対する金禄公債に反発した暴動。(廃止後ほぼ無くなる)
個の権利がそれなりに認められた故の揉め事。
戦後は人権訴訟等が多く、揉め事多くなってるから戦前は天国か???


178 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 23:54:32
江戸時代の幕府諸侯諸国民の頑張りがあるから今の日本がある。
諸外国に先んじた環境保護政策、農機具、肥料、漁法の発達、
芸術文化の爛熟、巧みな外交戦略、日本独自の文化を守った
宗教政策などなど数え上げればきりがない。江戸時代を否定
することは日本人の誇りを否定することにつながる。

179 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 01:16:51
明治を生きたのは江戸時代生まれの人。
大正昭和前期を生きたのは明治生まれの人。

>>176
ってゆーか明治政府は税を下げる気はなかった。
なのに民衆は新政府に期待しすぎたんだよねぇ。
期待を裏切られただけで増税ではなかったと思うけど。

180 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 18:49:46
>>179
薩長は庶民に対し、幕府が倒れたら税が下がるといいふらして
明治維新を起こしたのだからな。期待して当然。

181 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 20:32:34
長州は200万両、薩摩は400万両もの借金があったからな。
そりゃ幕府潰すのに必死になるさ

182 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 15:40:46
長州(毛利家)は、維新後全額返したよ。で維新後安定したら大阪に広大な土地を寄付したり高野山
や大阪の商工組織に施設譲渡。政府にも100万両以上寄付してる。江戸期にそれやんなかったのは
それを担保に商人が融資してたから。なくなっちゃうと融資受けられなくなるからね。
藩を存続させる必要がなくなった廃藩置県以後に事実上全財産寄贈してる。
(慶長期の純度の高い金貨とか最後の最後まで保有してたやつも)

・・まあ反乱防止の目的もあったんだろうけど。井上とかが関西の財界で評判が良かったのは
主家の財産を景気よく還元したから。大名の借金とか返さないのが普通だからね。

183 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 18:18:13
その後は藩閥政治で地元だけを大事にして日本の政治を荒廃させたがな

184 ::日本@名無史さん :2006/11/16(木) 19:39:32
【ここで一句】

チョン囚人

六代たどれば

韓国人・・・



185 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 20:03:04
>>183はどこから電波を受信したのだろう?

186 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 22:47:57
江戸時代を往年流行ってた(今もある)唯物史観流の発展段階説
で見れば遅れているということになる。しかしそれでは江戸時代の
生産性の高さ、身分間の流動性、ある種の「近代」的な機構や思想など
を取りこぼすことになる−−−それに対して江戸を内在的にもっと
追求していこうというポジションで江戸を研究する学者とかが、
最近(といっても二、三十年も前からだけど)けっこう出てきたよね。
それはそれで面白いし優良な研究なんだけど、
江戸時代がそれでも身分制を維持し、言論の
自由などあんまりなかったということは知っていてもいいのでは。
例としてあげれば高野長英。高野長英はたぶん当時の日本人では一番オランダ語
が出来、先端を行っていた医者だけど幕府は全然有効利用できていないで牢屋
送りにしてしまった。近代国家というのはそれなりに国力をアップしなくちゃ
いけないので経済的学問的などの自由は確保するんだよね。それが近代。まあ
近代も別の「暗黒」があるんだが。
あとついでにいえば江戸時代は刑法が罪刑法定主義じゃなかった。
これはとても怖いことだ。
あとうもうひとつ。テレビのドラマとかマンガとか小説から江戸時代
をイメージするのはやめておいたほうがいい。この板を見ていると、
たぶんマトモな研究者の端くれだったら絶対言わない書き込みが
いっぱいあるので誰でもいいから、ちょっと啓蒙してやればいいだろうと
老婆心ながら思ってたんだけどね。


どうでも私事だが、江戸
なんかより鎌倉時代のいいな。
江戸だとくだらい本で聞きかじりした奴が多いけど、
中世はそういう半可通が少ないんだよな。

187 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 23:04:59
江戸時代の経済的発展や教育の発展がなければ明治はないな。
特に田沼時代〜化政時代を近代に含める学者までいる。
簡単に言えば19世紀半ばが家康時代までは言わないが吉宗の享保期レベルで
ペリーさんがやってきて幕府が倒れても 明治の文明開化はないね。
ここが李氏朝鮮との違い。

188 :日本@名無史さん:2006/11/17(金) 09:24:16
>>186
その辺は医学会での利権争いが関わっていたからしょうがない。
今の医局と同じような状況が江戸時代にもあったんだよ。
簡単にその辺を知りたいなら手塚治虫の「陽だまりの樹」なんかが分かりやすくてイイ!

189 :日本@名無史さん:2006/11/17(金) 12:49:36
薩摩は、もともと返せる額ではなかったが借金返さなかった。で案の定西南戦争で反乱の賊徒に
資金を供与したり使途不明金を出したりして顰蹙を買った。鉄道敷設で土地を提供しなかったりとかどうも
久光の影響もあったようだが、近代化(欧化政策)に否定的だったようだ。秘密主義も多く江戸期以来の派閥
の名残もあり島津家は華族としてはスキャンダルだらけだった。

190 :日本@名無史さん:2006/11/17(金) 23:28:20
幕府の暗黒政策の一つ、『御手伝い普請』を課された家の借金が悪いみたいな佐ヴァカが現代に
居る事が恐いな・・・
国の命令で鹿児島県は愛知県の為に莫大な費用使え!全責任は鹿児島県で!!
みたいな出鱈目が江戸時代(将軍様支配)だから通るんだろ。



191 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 00:06:08
薩摩藩は、幕府の仕事以外でも放漫財政で借財を増やし続けた。まあ参勤交代だけでも
単純に出費が半端じゃないわけだが開明派の藩主というのが・・・しゃれになんないくらいの
出費をして国の経済を破綻させていた。小説などでは久光が悪のように書かれることが多いが
開明派の事業継続は、財政破綻まっしぐらなので(幕府で小栗がやった事業も似ている)
緊縮財政やプライマリーバランスを考えることは、財政的にはそうおかしなことではない。

もっとも久光は、軍事費増大させて薩摩軍の示威行動で藩主でもないのに自身の位を手に入れたり
もしているのであまり一貫性はない。

192 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 00:22:36
>>190
まあそう怒るなよ。薩も琉球からさんざん略奪してるんだから。
薩摩じゃなくて悪魔だな。

193 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 00:38:18
         ___
     _ /: : : : : ̄:`ー、
   /: : : : : : : : : : : \_
_/: : : :/ /:∧ヽ ヽヽ: :\: : } `==、
. /: :/: /: /: /: |u |:ヽ: ヽ:ヽ: : .}: :| ト、: :〉|
/: :/: /: /: /|: :| .∧Lュ___,ノヽ: :|: |ミいV_∧
|: /|: :/: /__レ'V /  リ  ヽ|\V: :∧.ハ Vヘ: |  えーとえーと・・・
V: :|: /: 「 ∨       ___ レくヽ.| V | |:|  あの、眠くなっちゃったので寝ますね!
/: ∧|: : :ハ  __    " ̄ ̄` |: レ'  |/ レ    おやすみなさ〜い
|:./ |:/人|:.|./ ̄ `      /:/:.|: |  /
V ∨  |`| /:/:    _    /|: / 
   \. |: :|〉、__   <_ノ _ /|/レへ、
ヽヽ.  `|V  /  ̄「_フ^「__,/|/__ 」
.     レ'∨  ヽ / /_从‐く| /   |   ゝ
       ̄`ー-、./じVー|V |_/     |  ゝ
          /  └┘ | ̄ ̄ ̄│
          |      .|     |


194 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 11:21:08
江戸時代が暗黒なら奈良〜戦国は地獄。中国と朝鮮は有史以来暗黒になってしまう。

江戸時代は人類史上まれに見るユートピア。

李氏朝鮮のソウルと化政時代の江戸 あなたならどっちに住みたいですか?

195 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 11:26:28
そんなに朝鮮が気になるのか?

196 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 11:57:26
* 他の時代や外国が暗黒ではないというスレではないので
そのへん要注意だ。


              __
          /      ヽ、
         ′ ノ_ノl_|l_トl 」
          i´l.彡 ┃ ┃{i| 他の時代が暗黒ではないという
         7! (_, ''' ヮ''丿!  スレではないと...
        く,|i !i `フ i´/ ̄ ̄ ̄ ̄/
         |i !i/´ヽX./ アイマックン /


197 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 03:46:38
まあ徳川時代は4〜5年に一回は飢饉で人間がバタバタ死ぬからなぁ。
明治になると、鉄道や電報や汽船ができて飢饉で人がバタバタ死ぬことは
なくなったからなぁ。

198 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 09:52:33
>>197
ソース

199 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 10:09:58
結論:情報を封殺してしまえば暗黒時代ではない


ここ数年の北朝鮮→この世の地獄
ここ数年より前の北朝鮮→地上の楽園

200 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 12:59:00
>>199
なんで江戸時代のスレに北朝鮮なんだよアホが。


201 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 13:21:14
だって1がホロン部だから

202 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 14:52:33
201は、江戸時代のこと知らないんだろうな

203 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 20:46:07
1を非難するとすぐ釣れるのがこのスレの醍醐味だなw

204 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 00:35:17
和算・養蚕が高度に発達していた藤岡知ってるか?飛行機王にも縁有るが無名だろ。
確かに庶民は凄い。江戸の自慢の上水道も農民和算家が設計。
遥かに程度の低い徳川が支配者な事が暗黒だろ。
バカの時代(江戸)の反動が近代以降の行政(官僚)国家化だな。

205 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 00:51:47
徳川政権擁護派は、300年間戦が無いと
いつも言うのだけど、戦は無くても飢饉、
人権弾圧、医学の遅滞による死亡率の高さ
とか弊害は沢山あるんだよね。

206 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 00:52:42
家康は国賊だな、間違いない。

207 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 13:11:11
暗黒係数の高い順

北朝鮮>>>>>李氏朝鮮>>>室町時代>江戸時代>平成時代

これでいいと思う。

208 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 13:23:11
戦争はあった。北方でアイヌの反乱制圧戦争。ロシアと戦闘。極寒戦線。
東北諸藩の動員兵の死傷者は三桁を超えている。

南方では島津軍が奄美進駐。琉球王府占領。

そして島原で宗教戦争。江戸期以前の伊勢での宗教戦争を超える犠牲者を
出している。数万単位の虐殺。根絶やしだな。

209 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 13:26:42
家光じゃね?

210 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 13:40:45
      /   / , -―――‐- 、 \  ー‐‐ ニ=、
      /   //          \i  \ \
      /  /    /  /    ヽ ヽ \  ヽ \
     /  /   /  /  / / i |  |   i i    iヽ.ヾ、
.     i  /   へ,_/  ///| ∧ ハ ∧ /i |  | ト、|
     i //   | /[≧<,_ |/ |/_,|.ィ._i イ i  i |
.    i V| i  |/ィ{i::::::}` / /  {::::::}ト、| /  / /   
    i   | ト、 |/{ i:::: :}      {i ::ハ}イ/  / ハ   うぐぅ〜 春日局だもん!!
    i   乂 \|. ゝ--'     、   ゝ-ソイ / |' |
    |   |   トヘ ' ' `  r‐:.っ  `` ,{イ  | i!i    天海 鎖国して〜
    |   |    i>、      _, ィ{./  /| i |r‐-、
r―‐、_.| r‐ム i  ∧{: :f` ーr‐ ': 、:/-/  //:∨ |   |
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|   /:.:.:.:.:.:.:Vヘヽ  Vヘー -r‐‐イ-/ / /.:.:.:.:.:.:} /

211 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 22:06:04
>>204
だからといって、明治の政治家が、江戸の政治家よりも
レベルが高いわけではない。

212 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 22:41:51
江戸時代より平安時代のほうが暗黒時代だなあ。




213 :東照大権現:2006/11/20(月) 22:49:38
ヘックション!

214 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 22:52:04
186だけど。『陽だまりの樹』はビックコミック連載中から読んでいる。
あれとはちょっと違うんじゃない。それに俺がいいたいのは言論
弾圧のことだよ。例えば、明治に北里柴三郎が東大派と対立して官から
排斥されたって、牢屋は入んないでしょう。長英は派閥なんか代表してないし、
あいつは崋山の子分みたいだいし。その辺の事情は佐藤先生の本でも読んで
くれたまえ。まあ吉村昭の『長英逃亡』でもいいかも。
どうでもいいけどここの板、江戸幻想論(江戸オリンタリズム?)
に組するやつ多いよな。




215 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 22:53:43
>江戸幻想論(江戸オリンタリズム?)
と、単純にしか物事を考えられない馬鹿がいる

216 :日本@名無史さん :2006/11/20(月) 23:01:40
結論としては
「江戸時代は庶民レベルとしては同時代の他国よりは住みやすかった」
ってことでいいんじゃない?

暗黒時代であったかどうかは同時代の他国の状況と比較しないと意味がないしね。





217 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 23:10:18
単純じゃないよ。ウン十年前までそうだったけど、最近は
そんなのが跋扈してるからだよ。単純に言い切るのは、そうおいう言説
が多いからだよ巷でね。216の意見は限定つきで賛成だな。
しかし江戸時代がいいというのなら、平安時代を暗黒視するのはやめて欲しいな。当時
生産性が極端に低いからさあ、もうどうしようもないんだよ。江戸時代の
豊かさとは絶対的に違う。
もうひとつ。江戸幻想論に組する奴には隠されたイデオロギーがあるわけ。
つまんないナショナリズムとか愛郷心とかね。
あんまり知性がないよ。

218 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 23:16:26
>>217
そういう君も知性があるようには見えないがなw
ナショナリズムや愛郷心ってね、あんた、いまどきそんな情緒的な狭い視野で江戸時代を評価する
バカはいないよ。もっと科学的な議論をしたいものだ。

219 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 23:18:51
こんなところで科学的議論はできません。


220 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 23:22:28
217だけど。江戸を「再評価」している研究者
している良心的な研究者のことはいってないよ。
いまどきというのがジャーナリズムにはそういう言説けっこう多いよ。
まああなたのように知性ある方は専門誌とか紀要しかよまないんだろう
と思うけど。それと俺の前レス読んでくれよ。ちゃんとそういう研究動向
に目配りしたつもりなんだけどな。


221 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 23:29:08
>>217
その江戸否定説の根底にあるのがまたナショナリズムや愛郷心だったりするわけなんだが。
今は昔と違い科学的根拠に基づいて歴史の研究がなされていて、最近そんなのが跋扈してるからと感じるのは
一ゆえに読む本の絶対量が足りないからでは?様々な本を読んでみれば分かるがナショナリズムや愛郷心で書かれている本は
ない。と、言っても過言じゃない。あるから絶対的な否定はしない。

それと216の意見は自分も賛成であり、大多数の人間がそもそも何度も提案をし、
大多数の人がその意見を賛成をしている。
問題なのはそれを、このスレの1が全く聞く耳を持たずに自演を続け、前スレ、前々スレからと悪行を続けてきたからに他ならないんだよ。

暗黒時代であったかどうかは同時代の他国の状況と比較しないと意味がない。
が、それだと江戸時代暗黒論が成り立たなくなるから1はテンプレで「他国との比較を禁止」にしている。

こんなとこかな。長々とすまん。

222 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 23:36:48
220だけど。すごいな。あんまり無知なんで。
ジャーナリズムにはけっこう跋扈しているよ。
それに「科学的」とか連呼しないでくれ。
総合雑誌とか歴史○本とかにはどこが「科学的」
だか分かんないのいっぱいあるよ。
とりあえず最低限の「根拠」と「実証」がなされているか
なされていないかそいった類の論文(読み物?)読むと分かるのに。
でももう面倒なのでこの板から退散。もう少し、トウシロウは
うんざりです。

223 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 00:36:19
>>211
老農・名望家等、江戸と比べたら優れた人材、天地の差で活用してる。
あと行政(官僚)国家化と政治(家)どうとか全く違うから・・・


224 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 00:39:51
そうだね。

225 :井沢元彦:2006/11/21(火) 00:46:30
ある意味、地政学的に有利な所にあるんだよ日本は。
そういう国と、同時代といって
(例えば)バルカン半島とかを単純に比較できない。
外国との比較対照は、得てして愛国心をくすぐるもの。
1の前提は良心的だよ。



226 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 02:48:36
>>222
日本語でおk

227 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 08:39:49
>>225
>地政学的に有利な
えっと・・・・・・世界有数の災害大国なのにですか?もしかして偉大なる1大先生ですか?

228 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 10:28:33
>>227
そりゃ地学w

229 :平成時代は暗黒か?:2006/11/21(火) 11:17:56
そもそもスレ主が住人に何を期待しているのかわからん。現代と比較して、江戸期の“暗黒面”を
議論させようというのかしらんが、>>1に述べられてるような暗黒現象は時空を超えて平成日本にもあるわけで
平成と江戸期の『暗黒係数』を数値化・比較してもそこには何の意味もない。
同時代の他国の状況や他の自愛との比較検証によって 江戸時代の特性が浮かび上がるというものだ。
なのに 他国・他時代との比較禁止では わけわからん。 それでは、
『江戸時代は平成より経済が後れてて政治的自由が無かった』というおバカな結論しか
生まれようがない。

230 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 12:03:56
勘違いしているようですが、基本的に江戸時代の暗黒面を語るスレです。
比較スレではありません。

どうしても比較したい場合は、そういうスレをたてるとよいでしょう。
(欧州や半島と比較したい場合は、世界史やハン板でやるといいかも)

経緯的には、江戸期スレで料理とか庶民文化ののほほんな話題と
江戸時代の酷い面とのギャップがあまりにもすごいので暗黒面のみを
語るスレとしてこのスレが生まれました。

大体の暗黒の分野は
>>3-4

暗黒時代じゃないって論争もあったらしく

逆ベクトルの 江戸時代はすばらしい というスレもありました。



231 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 14:02:00
>>230
しかし、だからと言って捏造までしていいわけじゃないよな。それに対しての反論を一切認めないのも然り。
1の論争を見るといつも嘘ばかりで相手の話しを一切聞き入れてなく、読んでいて開いた口が塞がらなくなる。
生まれはともかく、1のオナニースレ化まで賞賛する考えは正直理解できない。最初の動機は良かったかもしれんが今が駄目。

232 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 14:19:29
>>1官僚の横行、とあるけど、日本は支那のように科挙なんてしてたっけ?

233 :平成時代は暗黒か?:2006/11/21(火) 15:05:37
>>230
江戸時代は暗黒だ、という意見に対して いや暗黒ではない、という反論もあろう。
暗黒の面もあるし暗黒じゃない面もあるし、という意見もあろう。
どういう論争がなされるにせよ その自説の論拠の開陳において、他国や他時代の比較禁止という前提が
学問板の議論スレといて ヘンだ、
ちゅう指摘をしているわけだな。
でないと『江戸時代って暗黒だよな?』『だよね。』で終わってしまう。

暗黒面を語り合って その反論が気に入らないなら、2ちゃんではなくご自身がHP作って
同好の士を集めたファンサイトで語り合えばいいじゃん、ということになる。

234 :平成時代は暗黒か?:2006/11/21(火) 15:11:14
まあ。スレ主の趣旨がわかったので 本格的な議論をしたいワタクシは
消えます。

235 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 16:59:13
>3-4
で大体のパターンをあげてますよ。暗黒場面とその反論のパターンです。

暗黒専門スレがないと例えば江戸時代の食文化を論じていてカステラの伝播状況
と起源とか論じてるときに差別問題と宗教弾圧の方向に持って行ったりもできちゃうので
そういうのはここでやってねって意図です。微妙に隔離スレだったような気もしますが
他のなんか乱立してた江戸スレがなくなっていったのでここで江戸時代を語るという
なんか本末転倒になってます。

基本的に1にあげている暗黒面テンプレに対して違うダロってツッコミ入れる
のがパターンがデフォルトでしたね。今でも有効なのかもしれませんが。

例えば官僚の増大とそれに伴う 官僚主義の横行ってのは、無役だと俸禄が貰えないような
改革を江戸期にやっちゃうわけですよ。で何ヶ月ごとにそっくり担当が変わるとか
同じコトする官僚システムを二重に作ったりしていきます。率直に考えれば無駄なんです
けど、役についてる官僚にならないと武士が食えなくなるわけですからポストを増やすわけ
ですね。でポストとかシステムを減らすと食えなくなっちゃうんで誰も減らさない。財政破綻
まっしぐらと。暗黒財政へ進むという流れです

基本的に実際にそいう面があるけど強調されてますよねって感じでツッコミ入れやすい
仕様になってます。というか立てたの江戸時代全肯定派ですから。全面釣りです。
面白い反論が合った場合テンプレに追加されていきます。

最初の頃はNHKが江戸っぽい寸劇をゴールデンでやってて専門家が江戸期の
すばらしさを広めていたので (NHKのバラエティなので差別要素とかはすっぽり
抜かして) ああなってるけどホントは怖い江戸時代って感じのが多かった・・・。





236 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 17:35:05

官僚増大の反論としては、実はそれってワークシェアリングでみんなが幸せになるいい
システムじゃん。とか身分制度に限られてる分けじゃなくて優秀な民間人が請負で官僚に
なってるよって方向性ですね。

同じことする官僚ポストがあるのは、贈賄とか腐敗防止で意義がある。
誰でもなれたわけでなく実績などで選ばれた官僚なので悪いことをしない。などなど。



類型で言うと

暗黒なことあれば確実だよ(事例重視派) : 無駄な構造で搾取階級(官僚)が増大している
   ↓
反論 理由あるんじゃない?(原因追及型):官僚のポストに就いてる者に俸禄支給


レトリックとしては、どちらも完全に嘘じゃなくて事実だけど、一部の例外の評価と大多数の
状況と全体の公共利益を考えるとプライマリーバランスと効率化しないといけないとか
優先すべきファクターをあげないとB/Sとして釣り合っていない。
一方を増やせばなにかが犠牲になってるって状況を理解しないといけないわけですが
公共財が一定である以上無理が出てくることに。永遠にポストは増やせないし、名君で
あるために減税して善政を敷けば財政が破綻する。

飢饉になれば限られた食料をどう動かすかで 餓死者を出さない名君にも
流民を閉め出し他国を救援しないエゴイストにも評価できると。



237 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 17:35:14
江戸時代の女共は鉄漿してたんだよな。
そりゃ黒い時代だよ。

238 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 17:42:37
お歯黒をする前は、抜歯してたそうなので必ずしもそれが悪かったかは
判断に窮する。なぜ黒くするかと言えば大人の証で昔は、歯を抜くことで
大人となっていた。


239 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 20:26:00
>>235
いつも捏造ばかりしている件はどうなんだ?長々と無知な事ばかり書くが中身ないんだよな。
反論するからには、ちゃんとしたディベートも必要だろう。
君のはあくまで自分の論の垂れ流し。
オナニーなら自己HPでやってくれ。

240 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 22:15:43
>>239
そういうことは、ちらしの裏に書けばいいんじゃねーの?

241 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 18:25:14
>>240
ハァ?自分の意見を言う事が禁止なのか?このスレは。


242 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 20:42:01
>>197
その代わり、工業化による公害で死ぬ人や、資本主義の台頭に
よる劣悪な労働環境によって過労で亡くなる人は江戸より増え
た。

243 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 20:57:34
>>242
しかし過剰な江戸賛美はどうかと思う。流石に1のような暗黒電波満載は困るが

244 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 21:03:09
まあそうだ。ただ昨今の暢気な江戸賛美に対する反措定として
こういった板の存在事由があるのだと思うのだが。如何?

245 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 21:17:46
鉄漿は既婚者のみ。可愛い女の子はしてないの☆

246 :日向V世:2006/11/22(水) 21:23:36
江戸時代を暗黒時代と捉えるのは難しい。
これは、GNPが伸び続けているにも拘らず人口が伸び悩んでいることからも解る。
これは現在の日本と似た状況。国家財政が火の車なのも同じだ。

247 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 21:29:09
間引きとかけっこうあるよ。
日本は堕胎とか嬰児殺しも多いし。
現代とは違ったバースコントロールだ。また今ひとつには
乳幼児の死亡率がメチャクチャ高いってこと。
乳幼児の墓は今でもたくさん残ってる。
まあヨーロッパなんかでも嬰児殺しけっこうあったようだけど。
どこでも世界中どこでも暗黒キツイよ。お江戸でござるはきれいごと。



248 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 21:35:15
宿場町だったところには大体今でも遊女の墓が残っている。
劣悪な労働条件なんで皆バタバタ死んじゃう。落語とか漫画、
映画小説だと暢気な世界だけどさ。世界中どこでも昔は(ところ寄ると
今でも)暗黒だよ。
人権思想ってものがないんだな当時は。当たり前だけど。

249 :日向V世:2006/11/22(水) 21:38:35
要するに人間が勝って気ままに生きるように、生きられるようになってきたという事。
ある意味衰退の始まり。

250 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 21:44:06
女郎奉公してきなよ。

251 :日向V世:2006/11/22(水) 21:55:02
今の女子中高生は、進んで奉公している。

252 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 22:00:26
過酷な労働条件の元だよ。あんなのとは違う。
労働時間が桁違い。生き地獄だよ。君が美少年(男と仮定してだが)
なんだったら、どっかの人身売買が現行している国に行ってウリすれば。
涙も涸れるから。当時の遊女もそうだったんだよ。史料にあるよ。

253 :日向V世:2006/11/22(水) 22:12:00
当時の労働は八つ時(PM3時)で終わるのが普通。
仕事が今よりずっと少ないのだからしょうがない。
しかし今よりずっと重労働なのは言うまでもない。
重機が無いのだからしょうがない。

254 :武陽隠士:2006/11/22(水) 22:22:16
日の出ともに起きだしてね。
それに俺がいっているのは遊女奉公だぜ。職人の話なんかしてない。
彼女らにはほとんど休みなしだ。まあ君は女郎の世界知らないんで(俺も史料上だが)
話を職人に持ってたんだろうが、傲慢な物言いになるが、
もっと文献読んでくれたまえ。

255 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 23:57:33
>>253
それは上級武士のデスクワークの話だろ。
百姓は過酷な労働条件で日の出から日の入りまでは農作業、
日の入りから就寝までは内職の毎日。
休日は年間でたったの20日程度
(←だが、江戸時代暗黒時代否定説論者はこれを根拠にしている)。
まさに帝政ロシアも真っ青の農奴。
収穫の半分程度はお上にぶん取られるが、
その見返りの社会保障の類は一切なし。
病気や怪我ひとつしただけで一家心中一族断絶の危機。
しかもこれが被支配者階級の百姓だけの話ならともかく、
朱子学で思考停止した腐敗政権の長期支配で
日本全体が疲弊した江戸末期には、
足軽や下級武士までこの有様だったから、
支配者階級の内部から革命を起こされる。

256 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 00:20:24
明治・大正の判例普通に現代でも適用されてるが著しい違和感無い。
江戸は確実に違和感有る。園原騒動とか被害者側から否定の訴え提起。
騒動=皆極刑。(加害側・被害側、騒げば両方極刑)
日本で正当防衛の成立難しいのは江戸の影響。

257 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 00:32:02
とりあえずは農民と江戸の街の住民の格差は酷かったんじゃないかと
生活の仕方も地方それぞれだが

258 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 00:49:42
江戸時代の暗黒性を否定する奴は、時代劇の印象で言ってるだろ。

259 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 00:57:06
>>256
明治政府の最大の成果は司法システムの確立だろうな。
遠山の金さんもどきの徳治主義裁判をされたらかなわん。

260 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 01:22:39
現代と比べたらどこの国も一緒だろw
それで暗黒だっていうなら議論の余地はないよな。

そんなことして何になるんだろ。

261 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 01:38:22
「有色人種国家日本の偉大なる近代の達成」を演出するには、
江戸時代を単なる前近代社会とするだけでは足りず、
肯定的に見る似せよ否定的に見るにせよ
世界のいづれとも異なる特異な「江戸」社会としなければならないのでしょうよ。

だから前近代の刑罰を他国と相対化するのではなく、ことさら特殊化する。

262 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 09:57:22
>>255
50代の人の子供時代を聞いてごらん。農家なんてみんなそんなもんだよ。
江戸の生活とそう大差ない。今の日本の生活が異常なだけ。言っておくが江戸賛美とは違うからね。
現実はそんなもん。

年貢は半分以上ではなく4公6民。江戸初期の検地のままで増収しても増税はなし。
現代よりは税は軽いよ。
社会保障ってわけじゃないが、洪水や田畑の水を確保するための用水路の建設は公費でやってたよ。
薩摩は米が取りにくい土地だったから8公2民だったけどね。
米沢は上杉鷹山の善政のおかげで最終的には2公8民。

263 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 01:02:06
現代と比べるより他国と比べる事の方が意味が無い。
信仰心極めて薄い日本と他国なんて・・・
社会一般的な宗教・道徳・慣習も法で、それに従うのは原則的に法治主義。
教義・倫理・○慣習等、人に優超した法を前提とするのが法治だから。
江戸(為政者の都合優先)は完全に人治。
敗戦=『干戈を倒す』なんて日本だけ。アメリカ勘違いさせて狂わしたな。
他国と比較対照では無い。

264 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 01:34:09
すみません。
江戸時代の普通の農民てどんなものを
日々食べてたんでしょうか。

よく、白い米は夢のまた夢とか、雑穀を混ぜてとか聞きますが、
日本の人口のほとんどを占めていた農民が
本当に白米を口に出来ないような生活をしてたんでしょうか?

もしそうなら、日本の農村の原風景は
大半が雑穀畑じゃないとおかしいと思って、凄く不思議なんです。
農民の一年分の食糧は実際作らないと、
江戸時代10年経たずに終わっちゃうし。

で、村の中心部では年貢納めるために
白米作ってますけどみたいな感じで。

265 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 01:42:55
それで、村の中心部は田んぼで米作ってるけど
村の耕作地の大半〜7、8割?は見渡す限り雑穀畑とか、
そういう原風景だったのなら、その風景は、
明治時代にも大正時代にも今にも、絵や写真や文章や伝承で
伝え残されてるはずだと思うんです。

そんな一夜で何もかも変わる訳ないし。

でもそんなの見たことも聞いたこともないです。

雑穀は、あぜや、あいた隙間の土地で云々とも聞きますが、
一年分の主要穀物があぜで作りきれるとも思えませんし。

どうなんでしょうか?

266 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 13:19:22
>>264
農村部は書かれている通り江戸時代は雑穀中心に食べられていたみたい。明治に入ると海外から大量に食物の種を買い入れ、
かつ政府が主体となって品種改良を行ったために次第に雑穀類は廃れていった。
江戸や大阪の重商業地帯は白米が普通に日常食として庶民にも食べられ、結果としてビタミン不足の脚気が流行し、
別名「江戸患い」「大阪病」なんて呼ばれていた。

結論として言えば、江戸時代と言っても農村部と江戸だと大きく違ってどちらを重要視するかで変わると思う。


267 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 19:14:46
>>266
>農村部は書かれている通り江戸時代は雑穀中心に食べられていたみたい。


ありがとうございます。
でもそこが本当にわからないんですよ。

「雑穀中心」というのは、何か記録文書に残っているんでしょうか?
あるとしたらそれは、当時の農民の人たちがいわゆるそのあの所得の過少申告とか
そういうことをしたせいとかとかではないんでしょうとかとか。

と言いますのは、やっぱり、
当時8割はいたはずの農民の人たちの主要な食糧が雑穀なら、

当時の農村風景は、
・村の耕作地の中心に「お上に納めるため」の田んぼ
・その周辺に、田んぼの3〜4倍(耕作地の70〜80%)の広さのあわ・ひえ畑
という風になっていて、

その上で、もっと豊かな「あわ・ひえ食文化」が残っていて
(あわ・ひえを使った多彩なお菓子など)

民話にもあわ・ひえ畑が頻繁に登場し、

田んぼに群がる雀を追い払うためのかかしのような、
あわ・ひえ畑をやっていく上での工夫や道具が、
私たちの周りや言葉の中にもっと残っているはずだと思うんですよ。

「お上に納めるもの」の米に比べて、
本当に身近なもので親しみ深いものだったはずなんですから。
あわ・ひえは。

268 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 19:22:02
「おらの村」も「隣の村」も「山向こうの村」も、
全部雑穀畑だらけだったはずです。
雑穀中心に農民が食生活を送っていたなら。

「雑穀なんて恥ずかしい」なんて意識があったとは、
少なくとも何も証拠がない限りピンときません。
つまり、隠す必要が全くないはずです。
残ってるはずですよ。色々な痕跡が。

でも、実際は全く逆です。
私たちの周りに残っているのは、米文化ばかりです。
収穫後に使うあのほらあの色んな道具。
あれも皆、稲作用でしょ。

これが、明治政府の改革のおかげで、日本の農村風景が一変したのなら、
それこそ、もうそれこそ、歴史に残っていますよ。燦然と。
明治政府がそれを誇らないわけがありません。
子供たちに教えないわけがありませんよ。

269 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 19:36:22
どうもよくわからないんです。
耕作地の隙間で雑穀を作って食べることはそれはあったと思いますが、
1年分の主な食糧として作るとなると相当の量でしょうし。

脚気のお話も、当時の農村が、雑穀を混ぜた、
もしくは精米する習慣がなかったということなのかもと。

うーん。

270 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 19:40:27
あのね、雑穀は収穫量半端じゃないのよ。その辺理解してから書いてよ

271 :日本@名無史さん:2006/11/24(金) 19:57:39
ウィキさんで申し訳ないけど、ヒエのところを見てみた・・
生産性は高くないみたいだけど・・
ヒエで味噌とか作ったのも岩手県とかのようだし。
米の調理法が普及した影響で、同じ調理法で炊くとまずいから蔑まれたとか
書いてあるし。。。

ウィキさんにも主食だったと書いてあるけど、
“文献が沈黙しがち”ならどうして主食だったとわかったのだろう。
アワヒエ畑面積>水田面積でないのはやっぱりわからない。

272 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 01:28:31
>>264
日本の農村の原風景が田園ってのがそもそもの間違い。
1970年代のほじょう整備まで農村は葦が生えたような荒れ地だらけだった。
ちなみに江戸時代の米は基本的に投機用の商品であって、
(上士や豪商を除き)食い物ではない。

273 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 02:06:20
明治や昭和だと米ができない土地でもジャガイモやサツマイモ
あとカボチャがあるから何とかなったが、
お袋が、子供時代は麦と芋が主食で米の飯が腹いっぱい食べれる
ようになったのは昭和の30年代になってからだと言っていたが、
徳川時代の少なくとも初期はジャガイモ、サツマイモ、カボチャすら
なかったのだろう?これは本当にえらいことだぞ。
マジで米ができない地方は何を食べていたのだろうか?


274 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 10:25:00
>>273
カボチャはあったズラ。戦後は大正時代よりも貧しく明治と同等

275 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 17:37:14
同じような議論が。

教えて!goo
「江戸時代の農民」

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1797034


276 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 17:40:12
カンボジア→かぼちゃ
百済→はくさい

277 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 18:29:04
>>264
食えなかったというのもある。
しかし農家にとって米は「商品」。
食うより売ったほうがいいって思ってた。

278 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 22:08:33
>>243
過剰な江戸賛美ではない、明治も端からみるほど
良い時代ではなかったと言いたかったわけ。


徳川慶喜は、西周を用いて日本に西洋の制度を取り入れようと
していたし、明治政府の政治方針は幕府の勘定奉行だった小栗
上野介の政策に範を得ていると言うし、政府の高官で活躍した
のは、元幕臣(榎本武揚、前島密等)が多いし、政府の財政を
バックアップした渋沢栄一は、慶喜の使用人だったし・・、要
するに、明治維新なんぞなくたって、日本は近代化に成功した
ということだ。

279 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 22:08:41


http://society3.2ch.net/test/read.cgi/atom/1163405852/65


↑とりあえずここ見てみろ

280 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 22:26:14
今の北朝鮮よりましだろ?

281 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 22:37:54
          __
     く∨レ< /ヘ/ヽ`ヽ「レ1
     /ヽ〉' /        └一ヘ
    /  /1  i イ  ,イ !、r、  \ ヽ   あーあ
    i / |iハ |//_/ }/ リ | !  ! \
    |イ' !|r ト! ・   '′ ・!イ-、ハ  !
   ノ|  } !i ハ        ! } |  |
   { ! .i | ヽ-ヘ  cっ  ノ-   !  |
  / i  | !    ≧---≦    |  i
  {i /'  ! |   rく  `X´ >.、   ル1 |
  ヽ {  ヽ_,  /  〉-允ー〈  ヽ   ノイ1
        /  フ ∧弋   |


282 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 01:40:05
>>278
小栗出す時点でアウト。
養蚕の権利仏に売り渡した小栗生きてたら近代化は無理。(第二帝政すぐ倒れるのもミソ)
無資源国家日本で唯一世界に通じる資源が生糸、それ基に軽(紡績)工業から重工業へ。
養蚕利権ないがしろにしてたら横須賀マンセー(東郷)なんて無い。
ようは養蚕なくして日本の工業化無し。
一兆円企業トヨタも無い。


283 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 12:37:30
江戸時代初期 人口と収穫高はほぼ一致していたらしいが、人口の2割である非農民層(武士。町人他)
だけで 米の全生産量を消費していたんかいな? 酒や餅 菓子などの主食以外の消費を考えても 余剰米は無かったんかいな?
稗 粟などが農民の主食ということであれば雑穀の生産量も米の8割方ないと辻褄あわんね。

不思議な江戸時代。>271

284 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 18:29:08
>>272
江戸時代の農村が荒地だらけであってもなくても構わないけれど、
開墾された耕作地のうちの7〜8割はアワヒエムギ畑でないと
説明つかんと思う。

あるいは、当時日本の全人口の8割いた農民を充分養うだけの
アワヒエムギ畑に匹敵するか、それ以上の面積の水田が
広がっていたので、アワヒエムギ畑は目立たなかったのか。
それならその大量の米はどこにいったのかと。
余るにしても程があるよ。それじゃ商品にならない。

それと、投機用の商品でも食い物にはなるよ。
今の時代も皆、小豆食べてるし。

むしろ毎年とれて、毎年消費されて、毎年必ず買い手があったから
投機用にしろなんにせよ商品になったんじゃないだろうかと思います。

285 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 19:02:20
年貢は土地にかかるからなぁ。

286 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 19:36:07
国民一人当たりの米の消費量が現代と異なるしね。
江戸後期でどの位の消費量なんだろ?どなたか詳しい方お願いします。

287 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 22:12:43
>>282
それは成り行き上の事で、小栗の政治手腕だけの問題では
ない(仮に薩摩の同盟国がフランスだった場合、西郷も大
久保も同じ事をやっていたかも知れない)。それにしても
生麦で薩摩の大名行列が、リチャードソン達と遭遇した事
を、西郷も、大久保も、木戸も感謝すべきだったろう。

288 :283:2006/11/26(日) 22:22:43
基本的に1石(10斗)が1人の1年分の消費と換算されてる。4斗俵が60s位かな。
そうすると1人150s。茶碗一杯は約140g
江戸初期1800万石で人口も1800万人程度。人口の2割の武士・町人が360万人で380万石
食らい 残りの1440万人(農民)が10日に一度 米食ったとして144万石。
残りの1300万石はどこへ行ったのかと?

計算合ってるかな?

289 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 23:43:03
石高制は土地の生産力を米の量で表示する制度。

つまり。
石高1800万石≠1800万石の米が生産されている

>>288は根本を誤解している。

290 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 02:58:02
               /.:.:.         \
                  /:,:.:.:  /   ヽ    \
              /.:.l:.:.:/:/   :/  ', :l   ヾ`ー
                /!:.:.|:.: l/  〃 / j } :|    ハ     うそつき
            /イ:.:.i|:.:.jL∠/_/ | /l.ム_/| l  l }
             N:.ハ:.:.:lィfアト/ レ ィ=ト | /| ∧j
              ヽム:.} ii;_j    ii;リ ル iレヽ
                    `ヘ:ゝ.   _    小/  
                      ヾ:{>、 _ ィ<}/|/        
               _, ィr'´ヽ{ ___`} ヽ、_
             /| l:|   | ===|   |:l゙ヽ
              /  | l:l   l     l   l::l l
               l  ヽハ    l    l  //  |


291 :283:2006/11/27(月) 15:59:05
>>289
なるへそ。検地高は米以外の雑穀・野菜等もカウントした数値というハナシだね。
入府当初の萩藩がそれやって幕府から叱られてたけど、米の総生産量は消費人口に対して絶対的に不足していたから
余剰米なんちゅうものはハナから存在しないわけだな。ワカタ。
しかし 271氏の疑問は残ったままだね。

292 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 22:29:38
>>289
 本当か?そんな話は聞いたことがない。
 やはり288の計算が正しいのでは?(実際の武士の人口は7%)
 つまり、残りの1300万石は最終的に農民の口に入ったのでは?
 江戸時代の農民は米を食べていたのが明らかだと思うが・・。

293 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 00:38:09
宮沢賢治は「雨ニモマケズ」の中で「一日ニ玄米四合ト」表現しているが、昭和初期でも
そんなに食べられたのだろうか?勿論副食の少ない時代の話だが、漬物だけで茶碗三杯とかね。
玄米四合は理想の食生活かな、昭和初期の東北の実情を考えるとね。

294 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 00:57:34
>>288
男扶持1日5合、5(合)×365(日)。

295 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 01:05:47
ちなみに石盛が生産量を示していたかどうかも怪しいところなんだよ。
今意見が一致しているのは石盛が生産「力」を示していたってことだけ。

石高については。
畑・屋敷地にだって石盛があったんだからそれだけでも分かりそうなもんだが。

296 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 03:05:20
キムタク主演の『武士の一分』をぜひ見よう☆

297 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 16:35:19
>>296
山田洋次監督の映画は時代公証が正確だからいいね。
しかしスレ違いだ。僕と帰ろう

298 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 21:02:13
杉浦日向子は歴史に残る偉人じゃ

299 :288:2006/11/28(火) 23:58:05
>>294
あー、一人扶持というコトバは正確に言うと俸禄(給与)をさすコトバで、
男五合女三合はメシの消費量ではないんだな。給料の支給額だね。
一人扶持というと1石8斗で、コメ300sなんだな。おかずが少ない答辞としても
これはチト多すぎる。先に茶碗一杯140gとおいらは書いたがこれは米飯であってコメではない。
コメなら100gくらいかな。男一人1日3食600g×365日だと219sでこれに女子供を考慮すると
平均値はぐっと下がるわね。

300 :299:2006/11/29(水) 00:05:44
答辞→当時 すまそ。
要するに武士・町人他などの総人口の2割の非農民層のコメをはるかに上回る
総人口8割の農民層の主食たる雑穀の生産量を考えた場合、
水田の面積の数倍の雑穀耕作地がないと 辻褄があわんという疑問に
誰も答えれてニャィ、ちゅうこった。

301 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 00:55:51
山田洋次は、左巻きなのでわざと貧乏そうに描いてるよ。現代劇でも学校とか寅さんとか
そうでしょ。倉本もそれを参考にしてる。あれも北海道住人を北の国レベルにするくらい。
創作的にはそっちの方が、リアルっぽく見える。実際はあんなに汚くはない。

江戸期というのは、無駄なことに時間を思いっきり使ってた時代なので髪を結ったり剃ったり
小物に異様とも思えるくらい細部彫刻とか時間と手間のかかる品物とかを配してる。
刀には小柄、髪飾りには彫刻細工、着物とか帯とか半端じゃない。一生モノということもあるが
これまたお金をかける。



302 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 16:34:15
カムイ伝みていると人々の生活は貧しい。 
歴史修正主義者の思い描く日本の将来が軍国主義の復活だろう。

303 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 19:39:43
>>301
見てから書き込みなよ。恥ずかしい。
山田洋次監督の作品は江戸での話しじゃなく東北の田舎の話しだよ。そのぐらい知ってるよね?

304 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 20:23:15
ここは江戸時代スレで江戸スレじゃないぞ。

303は、江戸の町奉行所、町政などについて語るスレ
と勘違いしたのかもしれないけど

305 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 21:40:56
そもそも301が山田洋次は、左巻きなのでわざとなど毒妄想を吐いたのが間違い。いい加減スレ違いだな

306 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 00:33:04
山田本人が赤旗で語ってるんだが・・

307 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 00:54:42
赤旗は民衆側にたっていて信頼できる。
少なくとも安倍のような美しい国なる気持ち悪い著作を上梓する政治家よりはね。

308 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 11:36:29
結果的に共産党の存在が野党側の民主党への投票を分散させて
自民党のサポートになってるけどね

309 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 14:59:26
つうか邪魔なのは民主党のほうだろ。
あれは支持母体が30代後半以上のおっさんや地方公務員で、
若者とは歩調を合わすどころか利害が対立するから、
若者としては民主党に投票することは自分の首を絞めることになる。
前回の衆院選での自民小泉の大勝の背景には、相当な民主党アレルギーがあった。
共産党が労働党にでも改名してくれたらいいんだけどね。

310 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 18:26:21
徳川時代はわりと言論の自由があったような気がする。
共産党みたいなことを書いていた思想家がたしかいたような気がするし、
(しかも天寿を全うしているようだ。)


311 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 23:37:41
蛮社の獄

312 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 10:17:50
あげ

313 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 11:08:05
2ちゃんねるができるまで部落と朝鮮への批判が許されなかった戦後昭和は暗黒。

314 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 11:30:36
   i  /         | ヽ  \      ヽ j  |│
.   !  l   i       人  \  `->=z‐' } | ハノ
.   |  {   {   {  /   >< ` ー--- r≠\| ハノ
   |  l   !   |  ! /   ` ー‐‐   k:::j | lノ(
.   |  \ \ \イ〃テミ       ゞCl  } \ 他の時代が暗黒ではないという
    |    \|ヽ、 ヽl K:::::}     、   l  /  ̄ヾー-、
    i / __( |  ¨ l C‐'´   _,-、  ノ/    ヽ   ヽ
   // / | l` }   ヽ     〈__,. -‐/ /      │ヽ } スレでないと・・あれほど
  , ' { i   ! i |   \ー-----ィ´  l   ,     l   }/
  !  ヽ|   i l | |   }, ===ィミヽ  |  /      l   !
  |   |  ヽヾヽヽ/ ^フ-、 ィ´l│ヽヽ {./      l , '
  ヽ   |   \ヽ/ // /| l j ヽ ヽ } 〉       | ノ
   \、l     ヽl      l     /         ,' {
      |      .ヽ   ヽ   /\       ノヾヽ

315 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 18:44:10
江戸時代は農業生産性も上がって相対的に安定した良い時代だとは思うけど、
言論の自由はないね。「共産党みたいな」っていうのはおそらく安藤昌益のことだ
ろうけど、彼のは大っぴらに出版したものではない。もし公刊されたら、あの
ラディカルさから推しても版木没収だけじゃすまないね。牢屋行きあるいは遠島(八丈島なんかにね)、
ヘタしたら死罪(罪因は謀反を計ったかな。無論公議もハナからデッチアゲのつもり
だ)。事例はいっぱいあるよ。調べてみればいい。素人向けの通史にも
載ってるからさ。大衆向けのもの(歌舞伎、浮世絵、戯作とか)は案外と幕府
も目こぼしするんだけど、政治的思想的な事柄に関して幕府はメチャクチャ厳しい
ね。やり過ぎじゃないかと思うくらい弾圧する。これに関しては明治大正昭和暗黒
時代も及ばないよ。
どうでもいいけど江戸時代をマンガ、テレビ、映画、小説、トウシロウ向けの
歴史読み物を学ぶのは止めたほうがいいね。江戸時代を無闇に理想化するのは
馬鹿げている。



316 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 19:39:31
文体からして1大先生のご光臨か。嘘八百なとこもあるから注意して読まないといけないのが面倒。俺の知らない分野だが詳しい人おらんか?


317 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 23:32:33
江戸時代は暗黒 というスレ主の顔を立てて終了したらどうか。

318 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 23:52:18
スレ主は江戸時代肯定派だろ。暗黒厨に荒らされるのを防ぐために作ったって前に言ってたぞ。

319 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 00:54:56
この時代の東アジアは、朱子学の蔓延により
清、李朝、そして江戸幕府と、腐敗政権が長期にわたって君臨した。
これを安定と肯定的に評するのは自由だが、
特に李朝を想起してその考えを維持できるだろうか。
李朝も江戸時代の日本も本質的には同一の社会だ。

320 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 00:58:26
>>319 こちらへ
日本の文明レベルは世界的に高かったのか
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1163525036/l50



321 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 18:14:13
>>318
本人乙。正確には江戸時代暗黒厨肯定派だろ。

322 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 20:43:22
>>235-236

323 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 23:10:39
>>322
前スレ嫁

324 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 23:14:33
>>316
1じゃないよ。

325 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 11:35:08
1よ、訊いてくれ。

326 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 11:49:49
          ,'.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:j:ト、-、.:.:.:`ヽ.:.:.:.:.:.:::',..:.:.:.:.:',
          .l.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:/}}  \ヽ、.:.:.:`ヽ.:.:.:.::',.:.:.:.:.:i
          l.:.:.:.:.:!.:.:.:.:.:/./〃_   \.:_、__.:.:ヽ.:.:.:',.:.:.:.:.!
            !.:.:.:.:.:! i ィiナ/ 7⌒`   ヾ⌒ヽマ ヾx.:.:.:.:.:.i
         |.:i.:.:.:i.:.i.:.オ' /       リ  ヽ.:iハ、.:.:.:.:.| ステキなのです
         |.:i.:.:.:i.:.i':.:.v,.ォ=ァ丶     r==ァミV}}.:.:.:.:.:.|
         i.:i.:.:.::i..i.:.i;ゞ i :::::: i      i :::::: i ヌ;:':.:.:.:.:.i
         .{ハ.:.:.:.i ハ\ ヾ_;;;ソ      ヾ_;;ソ/イj:.:.:.:.:.,'
          リ ',.:.:..i:.:.:i.:',ヽ .,,,   '    .,,,. /.://.:./:/
         ヽヽ.:.:ヽ.:.ヾヽ、    ー‐     /〃ソ/
           ヽ、:ヽ、ハ、::d 、     イフ"/'
                 ノ<=l、` - ´, ヒフヽ
               /: : : : : \ゝム´/: : :\
              /: : : : : : : : : `ゝ´: : : : : : : \



327 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 16:02:02
>>324
句読点や書き方が皆同じ。説得力ない。

328 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 17:30:17
>>327
はいはい。妄想乙。たぶん自分と違う場合は全員同人物だと思いこんでるんだろうね。
大体315の人は、句読点とか使ってないじゃん。


329 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 17:37:48
はいはいクマクマ

330 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 20:16:26

   .∩_∩
  ( ・(エ)・)
  (\_i  i_ノ
  (_( ̄)_)

      クマネチ
   .∩_∩
  ( ・(エ)・)
  (_(    )_)
  (_( ̄)_)


331 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 21:54:33
>>328
そういえばそうだね。基地外1と同じだと扱われたらそりゃ頭くるよね。申し訳ない

332 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 23:54:17
>>331
俺でさえ頭くる

333 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 00:09:32
>>331
1ってたしか前々スレのコピペでは?


334 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 09:16:29
>>333
コピペじゃなく駐在してる。土屋根厨と争っていた。あいかわらず嘘八百だったが

335 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 12:50:34
土屋根厨って牡蠣屋根とかとんでも説とか言ってることにつじつまが合わなくなって
最終的に学者によって見解が違うって事にしてたやつか?

336 :武陽陰士:2006/12/10(日) 21:31:45
>>316
余は315なり。328氏の炯眼通り1氏にあらず。
316の妄誕の説にはただただあきれるばかりなり。
電網に文体などあって無きが如し。その蜻蛉の如きはかなき文体
より同一人であるかなきかをば忖度することなどまこと笑止の沙汰なるべし。
また315はこうも高説を垂れん「嘘八百なとこもあるから注意して読まないといけないのが面倒。
俺の知らない分野だが詳しい人おらんか? 」と。
無知なれば嘘などと軽々しく言い立てるべからず。拙文はそなたのような
蒙昧たる小人に向けて書きたるものなり。よろしく熟読玩味すべし。
しからばその蒙も啓かれん。
余は315の脳髄に電網に長く居続けたる者どもの通弊ありと覚ゆ。
電網にうつつを抜かすいとまあらばそなたの夢想する江戸今少し
学ぶべし。





337 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 23:21:14
>>336
ウザイ

338 :日本@名無史さん:2006/12/10(日) 23:30:20
>>336
ウザイ

>>337
ウザイ

339 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:05:23
はいはい。整理しますよ。
1は、コピペで存在しません。たまに釣りっぽい文言に
ひっかかって1が存在するように思いこむ人がいますが、いい晒し者
なので自分で気がつきましょう。
全員が指摘してくれるほど親切なインターネットではありません。

1の原型は其の弐のテンプレ。
暗黒厨がいいそうなことを列挙していますが
元は”戦国時代は残虐時代”という感じの泡沫スレの文言
アンチスレのわりにテンプレが凝っているので江戸時代通のマニア
でさらにおかしな具合に煮詰まっていきましたとさ。

このスレを否定するようになると上手い具合に
江戸時代のすばらしいと思うように誘導される仕組みだと陰謀説を
となえるバカは消えてください。
その発想は、ムーブのベンジャミンとどっこいです。




340 :武陽陰士:2006/12/11(月) 00:07:53
呵呵。小人の肺腑突きたること笑うべきか悲しむべきか。
うざいなる近代生まれたる俗鄙語を操る輩今一度江戸に参られることを
奨む。
大隠の隠者たる余が江戸の暗黒見せ申す。
そなたら江戸薔薇色に彩らるると信心。まこと奇特なる御仁かな。
鰯の頭も何とやらと申す条はそなたらのことなり。
江戸の文書ひとたび披かば暗黒の一端すぐにも見えん。
そなたらてれびじょん電網読本黄表紙講談の類と金輪際縁切るべし。
しからば江戸の実相見えんこと構えて約すべし。

341 ::2006/12/11(月) 00:31:12
朝に道聞かば夕べに死すとも可也とは孔丘の言いせしことか。
余は愚かなるにより夕べに道を説かんとせり。笑止千万なる
は余なり。眠るべし。
たつきを得んとてえれきてる車に乗る朝は早し。眠るべし。
旬日過ぎれば江戸薔薇色の卑見抱きたるそなたら小人を啓蒙すべし。
さらば旬日後に再会を期さん。眠るべし。

342 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 00:41:45
おやすみ〜。おつかれさまでしたー

343 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 07:05:01
キモ

344 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 07:59:07
>>武
1を馬鹿にされて逆上している不思議

345 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 10:32:39
自演なんだからボロが出るのは仕方がない。必死に言葉使いを変えてるのがまた笑えるわけなんだが

346 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 15:03:56
まあ許してやれよ。オナニースレなんだから

347 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 16:29:48
>>335
334だがお前はどこを斜め読みしてんだよwとんでも説は論破されてた1だよwww建築について知らない人はそう思うのが普通なのかな?
あのね、江戸時代に伝統工法が廃れるわけがないんだよ。1番発展したのが江戸時代だからね。今の大工なんざその真似をしている過ぎない。物理学的にも構造学的にも江戸の建築物は素晴らしいぜ〜〜〜。
なんせ築城の技術がそのまま流用されたり昇華されてんだからな!
なのに茅葺屋根が日本の伝統とか電波飛ばしてるし、何処の国の方ですか?wと。内心ツッコミ入れながら俺は読んだよ。建築に携わる人間じゃなきゃ騙されただろうね。建築用語だけは並べていたから。
土屋根、牡蠣殻屋根は調べたが捏造ではないね。他についてはシラネ。専攻外だ

348 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 17:42:21
>>347
藁葺きだったろ。脳内で変換して斜め読みにしてんなよw1なんていないってwww建築なんて江戸時代になんかあんのか?ぶっちゃけバラックだろ。
江戸とかの民家で江戸期以前の建物って残ってないだろ。即席乱造の欠陥品さ。
大工の技量も押して図るべし。
平安とか鎌倉の寺院建築と勘違いしてんじゃねーのか〜〜〜?
あのな築城の技術ってなんも役に立ってないぞ。石組みも多層も普及してない。
平時じゃ意味ないからな。じゃなきゃ規制でもしてたんだろ?w
っていうか藁茅葺きが伝統ってことより大多数なんだよ。ツッコミもなにも調べてミと。
昭和初期まで東京近郊でもそういう風景だ。土屋根、牡蠣殻屋根は調べたんならソースは?
少なくても京都の建材の情報からでは、
土屋根は茅葺きの亜種。牡蠣殻は名前だけで不明。柿板の誤記とまで言われてる代物。
例によって名前から江戸時代のトンデモ防火案で牡蠣の殻を使ったんだってガセビア。
詳細不明な名前だけのアイディアレベルかなにかの誤伝と考えるのが自然。


349 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:01:14
鳥居耀蔵だけで暗黒時代やれる

350 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:22:40
儒教は暗黒社会を作る 北朝鮮などが典型例


351 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:25:01
江戸時代は庶民にとってそれほど過酷じゃなし

352 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:40:37
>349
水野忠邦の暗黒さがないとその説明が効かない。復讐があるのだ。
この権力争いの結路は・・・ただ鳥居は明治まで生き延びている。
>350
儒教とは聖賢の道だったはずなのだが。朱子学辺りでおかしくなってきたな。
江戸時代は、その朱子学をry
>351
平均寿命は今の半分。一面では過酷すぎるがそれほどと思えばそういうものかもしれんな。

353 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:51:48
>>348
なんだ、誘っていた言い争っていた本人かw
茅葺は防火処理を求められなかった農家中心。商家となると財産保護のために使用していない。幕府も商家への使用を禁止しているしな。
牡蠣殻屋根のソースついては過去スレにあるように御触書集成に書いてあるな。二十年程度も使用されていねーし江戸以外で使われた事もない故に
このぐらいしか資料ないな。
江戸時代の建築物が残っていないのは東京大空襲と開発によるもの。長屋残す意味ないと当時は判断されたしな。商家は案外残されてたりするが。
寺社建築が凄いと思うのは素人もいいとこ。基本は同じ。よくいるよ『宮大工は凄いが大工はヘボwww』何ていう馬鹿。
大工は四方転びも図鐘楼も千鳥も普通に作れるが何か?意匠で凄いとか思ってるなら問題外だ。
石垣は石職人の仕事だ馬鹿。天守閣の技術言ってるんだよアホ。
入母屋の劇的変化は天守閣の構成によって発展をし、簡略化する事によって江戸の町並みに取り入れられ、
特殊性、必要性、多様性によって数々の工法を生む出したんだがな。
茅葺が伝統?日本古来の入母屋と仕口や継ぎ手は縄文時代に既にその原型があったわけなんだが分かって言ってるのか?
大多数??馬鹿が多いとでも言いたいのか?そう思っているのはアンタだけ。
それとも自演で数を多くして力押しでもしようとしてるのかな?
後な、室町は指物中心の建物であり江戸期に耐震用に筋交いが発明されたわけだ。継ぎ手、仕口が多様化されたのも江戸時代。
隅がね法ないし坪かね法、規く術でも学んでみな。驚くから。
なんか相手すんの疲れる奴だな。中学生か?

354 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 19:56:33
暗黒って表現が実に厨房チックですねw


355 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:00:19
354の要約すると

牡蠣殻屋根は、御触書内にあるだけの伝説の代物。
江戸時代民家は商家ならあるかもしれない。
残す必要もない長屋にすごい技術が使われていた気がする。
縄文時代からありました。すいません。


356 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:04:09
>353
もっと落ち着いて整理してから書いてね。
>354
詩的ロマンあふれる表現ですが現実は苛政、天災、戦争、弾圧、疫病、鎖国
と恐ろしい時代を表現するのに最適と言えましょう。
>355
煽るのはやめてね。

357 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:12:01
>>353 ぷぷぷ。疲れるってww。きっとぷるぷる震えながら打ち込んでるンダロ。wとかwwwとか
それとも〜〜〜とか使う余裕もなくなったか。

358 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:16:19
読んでいると、本当に江戸時代を礼賛する奴って厨房だなあ、と思ってしまう。

359 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:17:24
ぶっころ〜〜〜す!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

360 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:20:15
>357
気にしないでください。
>358
隅がね法ないし坪かね法、規く術とか
ネットで拾ってきただけでも褒めないとダメです。
>359
落ち着いてください。

361 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:24:30
                    - ―― -  、
                 /          \
                   , '            ヽ
               /       j __/_    ハ
                 /  、ヽ ハ   /// `//   }
                  レ  ィくム从 /イtァテ</     !
                i ハゝ ii Y-{ ゞ'┘/:/   ,′
                l !ヘ\__,ノ' ` ー‐7 /   /
                リl 八   .   /イ ///
                ヽヘ > 、   ,.ィ//ル′ なんだこれ
                  ` \N、l`71-‐〃´ ̄ヽ
                  〃 ̄ V }{ヽ/    _>


362 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 20:57:35
物凄い自演を見た

363 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 21:00:43
    ______,.___, |;:;:.... | 。  :  
 ゚     。  :     ..:| |l ̄|  ゜ ゜
:         。    ..:| |l保|   :   。
    ゜     : ..:| |l守|.. ゜  ゜    このスレは、ホロン部が捕手してるニダ
  :       ゚   ..:| |l_|::;;,, :   ゚ 
    ゚   :     ..:|;:;:.... |⌒ヽ  ゜ :  ゜
      ゜  :  ..:|;:;:.... |`∀´>   ゜    
  。           ゚ ..:|;:;:.... |   | :   : 
   :     :   ..:|;:;:.... |  .|  ゚     
 ゚  。  :   :  ..:|;:;:.... |  j.:.:.....
  :      :   ..:|;:;:.... |_,,ノ...::::;:;:;
      ,,.,、-‐''"´~ `ー-‐':::::;:;:;:;:;:;:;:;:::.


364 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 21:01:43
ってことにしてスルーしないか

365 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 21:02:43
             -‐ '´ ̄ ̄`ヽ、
             / /" `ヽ ヽ  \
         //, '/   U ヽハ  、 ヽ
         〃 {_{\u   /リ| l │ i|
         レ!小l○    ○u从 |、i|
          ヽ|l⊃ 、_,、_, ⊂⊃ |ノ│
        /⌒ヽ__|ヘ   ゝ._)   j /⌒i !
      \ /:::::| l>,、 __, イァ/  /│
.        /:::::/| | ヾ:::|三/::{ヘ、__∧ |
       `ヽ< | |  ヾ∨:::/ヾ:::彡'

366 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 21:09:01
◆スレッドに書き込むときの注意◆
 ●レスを付ける時はレスを全部読んでからにしましょう。
   既出の話題をむしかえすと、議論の妨げになります。
 ●荒らし・煽りは『完全無視』+削除依頼しましょう。
   煽りにはsageでもレスしないこと。無視できない貴方も荒らしです。

367 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 09:28:36
また1が論破されて発狂してたのか。やれやれ

368 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 10:01:27
1が完全に論破した。で論破された厨が大暴れ

369 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 10:08:55
厨がプルプル震えたりしてそうでこわいな。

370 :1:2006/12/12(火) 10:32:58
>>367
残念。論破されたのは茅葺き厨

371 :◆jcSW3t4A8g :2006/12/12(火) 11:39:18
1ですが、論争してた人とは別人です。※前スレの1とも違います。
参加してないのでどうとも言えないです。
なので1がどうとか言うのはやめてください。以後禁止です。

370でもありません。

372 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 13:28:46
>>368−369
荒らした張本人か

373 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 14:23:15
>>370 372
1を偽称して荒らしてる本人

374 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 14:36:31
>>372
オレが369なんだが367だけ外してるのはオマエが荒らした本人?
見る感じ368もオマエの自演じゃねーのか?

375 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 14:51:28

         , ´,r== 、ヽ
         !くl人ノ从)ト、
         W リ ゚ ヮ゚ノiノ
        __/つ旦0~~___
      / \    ̄ ̄ ̄___\
     .<\※ \____|\____ヽ
        ヽ\ ※ ※ ※| |====B=|
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376 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 21:27:31


      ,.-‐'"" ̄ ̄ ̄ ̄"'‐-、     
     .i´  ,.―――――――`、    
     |  i´ ⊂ニつ  ⊂ニ⊃(     
    .|  |   ――   ―― ヽ  『ヤレヤレ、また、ホロン部の火病か・・ 』
    r⌒ヽ             i
    ヽ__ノ、         0  ノ      
 ⊂|\/⌒  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄´⌒ヽ/|⊃ 
   \/~|            |~\/
       |________|     
       |____|ノ____|     
         ヽ_|    |_/     
        <´_)   (_`> 



377 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 21:30:17
995 :マンセー名無しさん :2006/12/12(火) 16:34:15 ID:FSyF8lz3
>>992
一見持ち上げるように見せ掛け実は何も言ってなく、指摘されると荒らす。
古参のホロン部から受け継がれたテクニックをつかう新米でしょう。

996 :マンセー名無しさん :2006/12/12(火) 16:34:57 ID:GPrqL9Eg
ていうかホロン部って何??

999 :マンセー名無しさん :2006/12/12(火) 16:36:14 ID:FSyF8lz3
>>996
朝鮮学校コンピューター部
のネット上での名前


378 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 22:07:58
>>371
354だが荒らしはスルーで本丸だけ突付かせてもらう。中身がないとは言え自演レスも大変だろう。
別人と言うなら不可解な点が多々出てくるんだよな。武者のように1の意見を否定されたり非難されると、知識があいかわらず1ベースでそれ以上の事は言わない(正確には言えない)で
人格攻撃だけをしてくるのは誰なのかな?と。
前スレの1は鳥も付けずに論破されて発狂自演してたからな。見ていて不愉快でしかなかった。
前スレと同じ逃げ方だなーと正直思うがトリップ出しているから前スレの人とは違うかもしれないね。
物事を収束させようとしている人物か、矛先避ける為の新たな自演。客観的に分析して見るとこうなんだよね。

とりあえず1が荒らしているのは違う事は分かったけどね。
まともに返答できずに荒らして相手のせいにして逃げようとしている茅葺厨が荒らしていると確定。武者もコイツかもなw

379 :日本@名無史さん:2006/12/12(火) 22:59:32
>>378
354が荒らしなんだがミスか?353と同一人物なのか?
自作自演を自分で証明していることに気付いていないようだ

353のような人の話を受け付けない破綻した文章にもともなレスがつくはずもなく、レスがないことを
もって論破したと言う人間は、格好の(378のいう)人格攻撃(ツッコミ)にあうのだろうかもしれないね。
”返答できずに荒らして相手のせいにして逃げようとしていると”いうフレーズが物語ってるように
相手を荒らしにして自分の無能さを転嫁しているに過ぎない。
もっとも不自然に一行の荒らしがほぼ三レス付くのも傾向の似たコビペなど限りなく・・・。

378は反省して論点だけ書けば誰かはレスしてくれるかもよ。とりあえずは
相手のせいにするクセと相手にされないと逃げた(論破したという)理屈は言わないほうがいいと
思うね。言っとくけど逆切れはなしな。社会では親切にこんなこと教えてくれないからむしろ感謝してよね。


380 :353#:2006/12/13(水) 07:13:28
>>379
あ、、悪い353だったな。ひとつ聞きたいんだが君が俺が自演をしていると言い放つ具体的な根拠を言ってくれないか?
客観的に見て普通は俺が荒らして意味がないと理解する。言っておくけど俺の書き込みは早朝と夜中しかしないよ。
いい加減なレスしたくないんでね。話しを振られて正確に書いた事からもその辺は理解できるよね?

じゃ、分かりやすく説明する。348は俺が書いた事柄について一言も正確に議論もせずに逃亡している。悔しくて悔しくて自演をしたのがモロ分かり。
俺は相手との意見の交換にここに書き込んだのぐらい分かるよな?じゃ、何故俺が自演で荒らす必要ある?
書き込みの時間をよく見れ。なんで1時間の間にあんなにレスついてんだ?あの荒らしで利益を得るのは348でしかない。子供でも分から〜。いい加減自己保護はみっともないよ。
破綻していると思うのは、悪いけど

『君の知識が足りない』or『348が君』でしかないんだよな。

それか『身内の保護』でしかない。

で、破綻してるとは何をもってして言うのかな?何て答えるか目に見えてるけどね。

『仲間を呼んで一言レスで荒らして相手のせいにするか』
『それは君で考えなよ』
で逃げるのかの2択だろうな。日本史板はそんな程度の低い板じゃないんだけどな。
その辺は他の板でやってよ。

381 :353#:2006/12/13(水) 07:14:21
鳥の付け方よく分からないな。夜書き込むまでには調べてくる。すまん

382 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 12:41:46
>>380
アドバイス的には、よく自分の書き込んだ文章を冷静に見てから感想書くといいと思うよ。
自分がどういう書き方をしてるのとか。

本人でない可能性もあるので真正ではないのかもしれないが
380が353自体が荒らしだと考えていないフシがある。煽りや罵倒文章で書き込めしておきながら
レスがないことで自身が発狂している。論破されたのは茅葺き厨とムキになって
書き込むなど。逃げ出したなどとよく言い出すことも特徴。荒らしと一致する。

性格的に落ち着いていないのは分かるが一度読み直して書き残したことがなかったとかもよく
確認して書き込めば多少はよくなると思われる。

383 :偽物1:2006/12/13(水) 12:46:57
>>1
前スレの1は自分が悪く言われると怒りだす体裁のない人物でした。場が悪いと隠れもしますが、1を名乗ると即座に食らいつく小物でもありました。
悪いとは思いますが、今回その手を利用させてもらいました。では、本題に移ります。
貴方が仮に1だとしましょう。そうなると、テンプレはあくまである人物の持論のコピペであり貴方の持論ではない事になります。前スレの総意は違いますからね。
先程、貴方は今まで参加していないと言いましたね?すると、今現在嵐をしている人物に対して前スレの流れからある特定の持論を展開する人物が浮かび上がります。
コピペを論破される、論破されそうになると前スレのように荒らす人物。そして解りやすい自演による賛美と持論の保持。荒らしている人物が誰なのか明確になりましたね。
ここまで書けば後は容易に理解出来る事と思います。良かったですね。貴方が発狂している疑いが晴れて。ただし貴方が本当の事を言っていたらの仮定ですが・・・・

384 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 12:58:51
くだらねぇ

385 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 17:37:46
早朝と夜中しかしないってつい書いたからってわざわざ別人を名乗らなくても。
別にヒッキーとか気にしないって。

386 : ◆chcorhPf6M :2006/12/14(木) 17:20:07
ん?おかしな事を言いますね。1についての荒らしの疑いを晴らしただけですのにそのように言われるのは奇妙ですね。これから私が書く事を読めば納得して頂けたら助かります。
ま、煽りとして放置しておきましょう。
さて、本題に入ります。

>>382
どうやら言い争ってる348さんのようですね。主観を入れずに客観的に述べれば貴方の言う、礼節に欠ける意見は通用しないでしょう。
何故なら貴方自身が礼を欠いていたからです。これでは返答に救難しているか身内を庇っているだけと受け止められてしまいます。
私は江戸賛美否定派ですが捏造や曲解までする行為は否定します。何故なら江戸賛美派のみならず事実を知った人間が江戸賛美に傾倒する恐れがあるからです。
348さんがもし荒らしていないのであれば荒らしを利用したりしないでしょう。何故なら流れとして353さんが荒らしても実利がなく整合性に欠けると普通は読むでしょう。
そうなると348さんに疑いの火の粉が及びますが348さんはあくまで争っている事象ではなく論点をそこに移しかえ相手がしているとしました。
裏を返せば自分でしたと言っているわけなのですが気付いていましたか?
自分の体面と持論の保持を荒らしてまで保持する様は気持ち悪く支持できないのが普通です。少なくとも江戸賛美否定派の私でさえ賛同できませんね。そのような事を繰り返していれば狼少年に見られるだけですので。
まあ、ディベートもせずに暗黒だけにこだわる事に別の要素があるなら理解はできますが・・・

387 : ◆GcCw1L8f.M :2006/12/14(木) 19:26:36
異なことを言う。
>>347-348はどう見ても同一人物。わざと煽りを入れてる点など共通点の方が多い。典型的な荒らしだ。
一見それらしくしているが寄せ集めでコピペしているのが見え見え。
353は真正で煽られると見境のなくなる典型的な厨としか見えないが
整合性を感じるのなら386は本人かもしれないな。ま・このへんは特に返答は必要ない。放置する。
(386が自分で自作自演癖で383さん付けしてるだけで本人かもしれんので)

よくは知らんが 386が主張する 捏造や曲解 とやらがなんなのか煽りなしで
きちんと説明すれば問題は解決するのではないか?

wとか煽りなしで書けないのならどうしようもないがそれくらいの知性は353でもあるだろう。
感じとしてないかもしれんが。ひょっとしたらできるかもしれんので
礼節のある文章も書けることを期待する。

あとむりして江戸賛美否定派のフリをしなくても煽ったりしないので
率直に賛美してもかまわんぞ。353っぽく書けば江戸技術はすごい的な方向しかないとは思うが。
あと荒らしでないのならageるな。



388 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/14(木) 23:41:15
347=353

本人だけど勝手に自演だとか曲解しないでくれるかな?
流れとしておかしいだろ、第一俺が自演する必要あるのか?軽くツッコミ入れただけなのに噛み付いてきたから追い払った
だけなのにな。
いきなり鳥付いてるけど386さんが俺だとでも思って対抗して付けたのかな?
凄い的な話しだと思うなら意見を言えばいいだろ。それもなしにただ差し障りのない意見で逃げたら
逃走と俺が言うのは当たり前だろw罵倒もあったら当然。
不思議なのは問題について君が一言も触れない点が不思議でならない。
何故それ程までに348の意見を持ち、俺がさも悪いかのように仕立て上げるのかが理解できない。

とりあえず348も荒らしているのも俺ではない。その事ぐらいは謝ってくれないか?

>>386
俺は348=1だと判断したけどな。1が自分でないと言ったのは嘘だと思われる。
今の今まで散々追い詰められると嘘を付き、もっともらしい用語を使い(専門知識があるなら分かるが使い方が間違っている)
最後は自演で荒らして相手のせいにして終わらせてきた。今回は嘘をつけないと判断をして、即座に自演を開始したように思える。
書いていない人間には分からないだろうけど、俺は自演してないから状況はよく分かる。
ただ疑問なのは、今までの1にしては手応えが薄い事。
恐らくは1の持論を信じ込んだ信者の意見だと思うけどね。もしくはホロ(ry
まともな論争なら俺もしたいけど、逃げと人格攻撃なら話しにならないよ。

そんな事がまかり通るなら

『レベルの低いスレッドと判断される』or『1のオナニースレッド』

の2択になっちゃうのに。分からずにやってるようだけども。

389 : ◆GcCw1L8f.M :2006/12/15(金) 22:46:45
1はいないと考えるのが自然だ。昔から存在しないかは不明だが、いると言い張ってるのは353のみ。
つまり荒らしているのは353と考えていいだろう。どちらにしても353が元凶。反省して謝罪すべきだろう。

347と348の字体、煽りの低脳さ加減はそっくりであり今さら別人物だと言い張っても・・・。仮に別人だと
しても347=353なら自分が悪いと言うことが分かるだろう。間違いなく本人だとは思うが。

利益になるのは347=348本人と考えれば簡単だ。348が存在しないので意見を言えばいいだろ。ということで
相手がいないことに好き放題出来る。w罵倒もあったら当然というやや世間の価値観とは違う歪んだ人格の
人間にはよくあることだ。
助言としては、人のせいにしないことと悪口を言わないように過ごすこと。
この2点でズイブン症状が改善するので必ずしも治療にクスリなどに依存する必要はない。

過度な被害妄想やいない人間の陰謀などの言動を行う症状は、異常ではあるが思春期の衝動の一偏向
人格障害として一過性の症状であることが多い。カール・ロジャースっぽい臨床は専門ではないので
年齢を重ねても一過性であるかは自信がないが状況を変えることで状況が改善できるのではないかと
思う。

過度にネガティブに反応する自覚症状が酷くなるようならば専門医のアドバイスを受けるといいよ。
選択肢を狭める傾向がある場合は要注意。


390 : ◆chcorhPf6M :2006/12/16(土) 19:39:46
>>387
もし353さんが自演で荒らしているならここまで書き込みをし
たりしないでしょうね。>>347-348が自演だとしたら>>353のよ
うな展開にはならないでしょう。求める必要性がなく無駄な事
この上なく逆にお訊ねします。
何のための自演なのでしょうか?そしてここまで求める必要性
はなんなのでしょうか?私は今回の件について持論を保持しよ
うと議論を避け荒らして煙にまいて、邪魔な人間を追い出そう
とするある人物像が分かりました。ある程度の確証も得ました

今回の経緯を述べるならば、まず最初に>>11で持論を提示した
人は>>43で論破されていますが後に>>335で別の形として書き
込み、それに対して353さんが論争を始めた.....実際は
そんな所でしょう。私が不思議に思うのは貴方が何故必要以上
に353さんを執拗に非難するかに
ついて不思議でなりません。不思議でもありませんがそうなる
と確証から確定になるのですがまだ先にしておきます。389の
意見は要約すれば長文での人格攻撃のようですが(用件だけか
いつまめば精神障害者とだけ言いたい)無駄が多いのはある方
に似ていますね。
353さんが自演をしているとありますが裏を返せばその自演を
していると言った部分を攻めれば348さんは論に付いては問わ
れないから責めたてている、そして隠れながら攻撃をしている
....そして348さんは何故そこまで>>11の持論を頑なに守
ろうとしているのか.....あくまで推測のヨタ話しはまだ
よしとしましょう。

391 : ◆chcorhPf6M :2006/12/16(土) 19:41:26
貴方が求める、私が捏造、曲解として書いている事についてで
すがこれは論争について何も話しをせずに荒らして追い出そう
とした事についてです。このまま論争を始めた347さんについ
て事象についての論争もせずにただ攻撃をして追い出し勝利者
宣言したらそれは捏造と曲解になる、
そう言いたかったのですが理解して頂けなくて残念です。但し
これは私が江戸賛美否定派だと理解していないと意味不明な事
となりますが。そうですね、至極分かりやすく言えば私は自治
厨ってとこなんでしょうか。
貴方について問い正しているのはそのためです。389は悪意ま
で秘められていますからね。自分の書き込みまで347さんの自
演としたら敗北宣言になるのが頭にきた.....いや、なん
でもありません。私の独り言ですよ。

392 : ◆chcorhPf6M :2006/12/16(土) 19:43:27
>>388
>『レベルの低いスレッドと判断される』or『1のオナニース
レッド』
求める事は同じ様ですが少し言葉が汚く直すべきです。多くの
人が見る掲示板でありながら、その言葉使いは問題があります
。但し私は江戸賛美否定派なのであくまで誤解はしないで下さ
い。簡潔に言ってしまえば私も困っていたので協力している?
かのように見えるかもしれません。
ここで江戸賛美否定派の人々が立ち上がって一致団結をして占
領しているある人を追い出せれば、まともな議論と公証のでき
るスレになると期待はしているのですが......実際どう
なんでしょ。ネタスレと諦めるべきかもしれませんね。
1さんについているかいないかについては問題はないように思
えます。仮に1さんがいないとしましょう。すると前スレの住
人の総意はテンプレとは大きく食い違う疑問符が出てきます
。そこで浮かび上がるのは持論を展開して保持をするある人物
についてです。>>387さんに書いた事柄ですが貴方も目を通し
て下さい。それが全てだと思います。
今までの流れから言えば確定と言って過言ではないでしょう。
予断ですが武さんもそうなんじゃないでしょうか。言ってる意
味が分からないならすみません。しかし.....推理板のよ
うに使う私はなんなんだろ。

393 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 23:46:50
>>390
43は、
>>49(52)で完全に論破されてるよ。論破されて最初言ってることと違うことを言い始めた。
最初は、お触れがあったから実在したとか断定しててあとで論破されると文献にに残るだけ
のものとか問題は学者によって見解が違うって事にして逃げ出した。
しかも
自分が間違ってることを認めたくなかったらしく相手が話をズラした
とか逃げ出したとか言い出して荒らし始めた。完璧な真正だな。

ソースについても49で建材に関しては
石州の建材流通の過程研究 (島根博物館紀要)
江戸時代人づくり風土記全 (農文協編纂)と示している。
わりと詳細に載っているのだが43は雑学世界本に載ってることを鵜呑みにして
調べる気がなかったようだ。先行研究があると思わずに雑学(実在するか
怪しいモノだが)ってことで43は誤魔化そうとしたのだろう。
農文協のは、行政や自治体の図書館に行けば普通に閲覧できる。
紀要に関しても建材史をやっている人間ならば石州系統のまとめを目にしてるはず。
専攻外で興味がないのならそれはそれでいいと思うのだが。

しばらくスルーされると逃げ出したとか言い始めたが誰にも相手にされなかったようだ。
流れ的に言い出すのは43しかありえないが。

>>391 347の文章は荒らしそのもの。論争をしたいと思ってる人間の文章ではないな。
347以下は可哀想だが精神異常で自作自演しているとしか見えない。本人は気付いていないのかも
しれないが煽り方、文章その他同じ人物と考える方が自然だ。なにかにこだわるってるようで
347以下は結論の視野狭窄に陥っておりワザとにしか見えないが、本気で思いこんでいる
可能性も否定できない。敵を自分で想定して煽りに乗った形というのがそれだと思われるが
江戸賛美否定派というレッテルを貼ることでそうでない側は違うといいたいのだろう。
統合失調のパターンとしてはよくあるのだが、予断とか陰謀説を言い始めたら率直に聞いて
なぜそう思うのかと許容しつつ症状の自己解決を促すように誘導するべき。

394 : ◆BmUbLWewsM :2006/12/19(火) 19:34:07
>>390
もし353さんがまで読んだ。正直複雑すぎてよく分からんくなったw
とりあえず、俺は自演で荒らしなどしていない。IDでねー板はこれだからな。
だから俺のせいにしてスレ占拠しようとしてるんだろうけどさ。

>>393
◆GcCw1L8f.M ?まあ、そうだろうね。鳥消されっと他の人が混乱するっから出しておけ。
あと、内容から49の人と同一人物だね。
的外れな資料を出して相手に非があるかのように書くのなんて同じ手法だしさ。
あと雑学だけ???おいおい、なんで歪曲するわけ???

かなり頭きているの文章からよく分かるんだよな。
俺の書いた後に自演をして攻撃して、さらに俺のせいにして、なんだかな〜〜〜
んな事すんならネタスレ板で立てれよな。考察ぐらいしろよ。

当たり障りのない事を書いてさも相手が無知なように仕立てあげるんじゃなくてさ。

江戸時代にまともな建築なかったとか言われたら反論するさ、普通はな。
あと43と俺をごちゃ混ぜにすんなよな。自分が49だからってよ

395 : ◆BmUbLWewsM :2006/12/19(火) 19:46:22
>>393
改めて過去スレ>>62を読んできたが、論破されたとか言ってる事、おかしくないか????
争点である

『土屋根、牡蠣屋根があった事は明確に書かれていて論破されてない』じゃん。
俺は間違った読み方してないな。他は知らん。俺の問題提起はそこじゃないしな。
335は何を読んだんだろうなー。まあ49なんだろうけど。


396 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 23:09:37
ファイヤーウォール=卯建(うだつ)
数寄家=金持ち趣味と美意識が織り交ざった希少材料や細工技巧を凝らした
    高予算だが小規模の建築物。

これらは政治が安定し都市が大規模化した江戸時代に発展。
瓦屋根についてはかなり普及している。特に珍重されたのが石州の上薬で焼いた物。
ぐぐると色々でるぞ。
 石州瓦は、飛鳥時代の石見国分寺の建立に始まり、江戸時代初期、浜田城築城と城
下町建設に造られたのが基盤となりました。
江戸時代の中期、雲州地方の来待石(現在の八束郡宍道町)からとれる釉薬を使うことで、
石州瓦独特の“赤瓦”として注目を浴び、山陰はおろか北前船によって北陸から北海道に
も運ばれていきました。


397 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 00:58:26
よくは知らないが ◆BmUbLWewsM が発狂してるのは分かった。連続カキコしてるしな。
落ち着いて手の震えを抑えて素数を数えて書き込むといい。
自分がそうだからって人がそうとは限らないぞ。あと〜〜〜とか地が出始めてる。
そのうちwとかつけ始めるとバレるので止した方がいい。バカっぽく見えるからな。

>>394
歪曲というのならソース文献を出すといいと思うよ。ないと思うけど。
とりあえず落ち着いて考えるんだ。無理なときは諦めろ。

土屋根、牡蠣屋根はお触れに出ているだけで実物は確認されていない。
建材史の資料には大抵は正体不明と出ているはずだ。
実在してないとか誤記の可能性が高い。或いはアイディアだけの代物だったかもしれないが。
その場合空想の産物を考察しようがない。
具体的なソースがあれば語りようもあるのでそのへん探したまえ。
見た感じ牡蠣屋根は擁護しようがないので諦めた。

398 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/20(水) 07:00:34
>>396
建築スレにURL張ったんですが、もしかして瓦屋さんの方ですか?
正しい議論と考証をするには瓦屋さんのスレにも張ってくればいいのかな。

>>397
396は俺じゃないよ。やっとまともに議論する気になったような素振りを見せたから
他の人の意見も聞きたくて建築板にURLを張ってきたんだよ。俺が知らないだけかもしれないし
43=348=◆GcCw1L8f.M=397かも知れない。江戸について話しながら出した文献が島根ってさ・・・・
それに雑学なんたらが〜〜言いながらソースが江戸時代人づくり風土記全って・・・・・
『落ち着いて手の震えを抑えて』何度も見た言葉だよね。やっぱ君か。
何故そこまで俺が自演しただのこだわる意味が分かったよ。

あとさ、鳥付けてくれない?いつも隠れながら人格攻撃だけして卑怯だね。

それと執拗に人格攻撃するのは大人気ないな。余程恨みが募っているのかな〜〜。

歪曲でソースない?あのさ、それって君が348だと宣言してる事なんだけど・・・・おいおい



399 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/20(水) 07:02:15
今来た人のために論点をまとめるなら

・江戸の屋根についての考証中
・江戸の建築レベルについて考察中

こんな事を話しています。

400 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 10:42:10
まとめると>>353の自作自演でソースはどっかに貼った。

牡蠣殻屋根は、御触書内にあるだけの伝説の代物。
江戸時代民家は商家ならあるかもしれない。ソースはない。
残す必要もない長屋にすごい技術が使われていた気がする。
実は縄文時代からありました。疲れてたんです。すいません。

401 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/20(水) 19:57:02
>>400
はいはい。小心者の354はいい加減しつこいな。今日は時間あるから詳細書くよ。
んじゃ、証拠↓

日本の古い町並みを『甍の波』と表現する事がある。これは日本の町屋が日本瓦で葺かれている事に由来する。
その変遷は江戸幕府が変遷をした『御触書集成』の記述から追っていけば1657年(明暦3年)江戸城天守閣を
焼いた『明暦の大火』に関連して土蔵造りを奨励する法令が出されている。
しかしこの時点では瓦葺は商屋の土蔵や蔵以外では禁止がされている。

↑瓦が禁止され茅葺のみだったと勘違いしているのはここの辺りだろう。

その直後の1660年(万治3年)の法令では萱、藁、板で吹かれた屋根の上に土あるいは牡蠣殻で覆うように指示している。


資料が現存するので『ない』理論はここで破綻


その半世紀後の1719年(享保4年)年になって瓦屋根を奨励する法案が発令されるが、高価な瓦葺の屋根の普及は進まなかった。
しかし、延宝年間(1674年)西村半兵衛が浅瓦(本丸瓦)を生み出し、安価に大量生産ができるようになり、
大岡越前(忠相、1677〜1751)が番町、麹町に限定して瓦葺を強制した事により本格的に普及が始まる。
幕府による奨励、普及のための公役免除、建築金の貸付もあり一気に市場に流通をし、土吹き屋根や牡蠣から屋根を駆逐した。

光井 歩 著作『建物の見方調べ方、江戸時代の寺院と神社』(共編著)
『近世神社境内とその建築』(中央公論美術出版)

402 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/20(水) 19:58:07
『洛中洛外屏風図』にも江戸の町に茅葺の家はなく、大阪にもない。室町時代に書かれた京都の『洛中洛外屏風図』には茅葺の
家らしいものはあるものの、うだつが設けられている。茅葺の場合、土壁を主流としたうだつは意味がなく、あくまで室町時代は
見栄のために作られ、その後はその姿を消していった。
『四季洛外屏風図』の農家の収穫の様子には本屋の屋根には茅葺屋根が使われているが、数としては木っ端(樹皮を重ねて算木を加え
重石の石を載せた屋根)と同数程度。ちなみに江戸では幕府制定直後に大火が出たために茅葺は最初から禁止されている。


ここのサイトのアイディンティティー辺り見ればイメージ湧くんじゃない?
ttp://www.chuogeomatics.jp/
実際の江戸の町並みの写真はここ見れば載ってるよ。
ttp://www5.inforyoma.or.jp/~appli/bakumatu/edo.htm

403 :水戸高麗門:2006/12/20(水) 20:34:37
建築板から来た越後の瓦問屋の隠居のじじいです。
なにやら専門的な歴史考察されすぎて入りずらいですが
江戸時代は身分性社会ですから
身分や財産により屋根材もまちまちだったと思います。
農村部では茅葺が多かったでしょうし、
町人は当初は板葺が多かったようですが
町人が実力をつけたのと桟瓦(今の和瓦)
の発明により表通りの商家には瓦葺が相当普及したようです。
もちろん農村でも力のある家には桟瓦が葺かれた例があります。
武家はこれは軍事的な理由もあり圧倒的に瓦ですな。

404 :武陽陰士:2006/12/20(水) 20:41:48
予は市井の大隠武陽陰士なり。
久方ぶりに電網をのぞけば普請のことの論い多々あり。
議論沸騰喜ばしきことなり。皆の衆よろしく励むべし。
閑話休題。
予を1氏の変化となす者いたりしかど今となりては益体なきことなり。
予は1氏でも良しと覚ゆ。なんとなれば予は今般よりつらつら書きつるこの
文の体を予の文の証しとするなり。来し方のことは打ち捨てて構わぬこと
なり。余人も己の文の体を持つべし。さすれば人違いあるべからず。


405 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 20:47:44
>>404
ウザイ

406 :武陽陰士:2006/12/20(水) 21:05:10
>>405
電網に溺れる勿れ。呵呵。

407 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 21:33:15
寺院の再建時の法令と混同していると思われます。檜葺きとか建築格式の意味合いから
規制された部分(防火目的が主ではなく格式問題のウェイトが高い)と明治以後に火災防止
の大義名分が誤伝したのでしょう。(52既出)

1660年(万治3年)の法令が実施されたという情報は一切ありません。
法令だけの存在と言われる所以です。建築メーカーなどが支援して研究者が調査しています
がその実物は発見されていません。実施されてないと見る方が自然です。
(実例がまったくないことや範囲を江戸周辺に拡大しても該当なし)

牡蠣自体が誤伝で石葺き(薄く割った石材)の異名や柿板の誤伝説もあります。千葉に石屋根を
(おそらく見た目)牡蠣屋根と呼ぶという事例がありますが別物として判断しています。
千葉の飯岡石は屋根の止め石として中世より使われていたのでこの石屋根が牡蠣屋根と
言えなくもないですが、石材を使用するもので牡蠣そのものではありません。
因みに牡蠣の養殖技術が確立したのは大正期です。江戸期では広島で行われていた
との情報もありますが関東まで伝播していません。
(東北帝國大学農科大学水産学紀要1911(1994復刻)※宮城でも牡蠣が養殖されるようになって
経緯がまとめられています。殖産時代資料。


408 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 21:33:46

光井 歩 著作『建物の見方調べ方、江戸時代の寺院と神社』(共編著)
『近世神社境内とその建築』(中央公論美術出版)については見てませんが
民家じゃなくて寺院ですよね。コストの面で普及しなかった論拠と合致します。
普及していないこと=藁茅だけとは言っていませんので情報をすり替えないように。

資料名にあるように寺院と神社に対する禁令と混同しているのでしょう。
瓦が禁止されてるとは誰も言っていませんので353が脳内で誤変換したのでしょうか。反省してください。
謝罪はいらないです。

江戸時代風土記は農協が江戸期の技術情報をまとめた資料です。教育と農業技術を
メインにしてますが各地の産物・技術が異様に詳しく書かれています。参考にどうぞ。
明治期以後は瓦の生産も流通も活発化しますが江戸期は大量生産している産地と流通経路
が重要です。大寺院の普及と株(ギルドですね)西日本の普及が早かった地域などとの
相関を考察するといいと思います。石州瓦が関東まで流通しているのは大阪を経由している
からなんですが、なぜ独占的な地位にあったかなど資料を読むといいですね。興味がなければ
特に人生に役には立たないので気にせず生きるのは別に悪くはありません。

409 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 23:05:48
当時の流通は海運が主体。
江戸は完全な消費地。大阪は日本中のモノが集まる物流拠点。
なんせ北海道産の昆布でさえ、流通上は大阪の問屋を経由して江戸に入ったりしている。
天下の台所と呼ばれた所以だ。
 で、大阪を中心に海運は動くわけだが、当時は帆船の時代。
風を待ち、嵐を避ける為に沿岸部に港町が栄えた。船乗りは港港で金を落したし、港も
そういった需要にこたえるべく、女郎屋と良質の地酒(下らないが旨い)で賑わった。
 江戸、大阪という大都市だけでなく、そういう港を持つ地方都市もまた産地の面と消費地の面
を併せ持つ都市を形成していった。
 経済規模がある程度発展すると、町並みは一変する。「立地」という価値が生まれるためである。
発展した町には、生産地からモノが流入し消費されてゆく。
数奇屋というのもひとつの価値観で、茶室程度の小さな庵でも、田舎の広大な屋敷より余程高予算な
材料と技巧により作られた建築物である。
 

410 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 23:07:50
また、都市部では豊かであるゆえに「見栄」が重要になる。
「うだつが上がらない」の語源である兎建は、密集した家屋と家屋の間に建てられた防火壁であるが、
この高さや、様式、美術性を競うかのように個人予算で作られた。 立派な兎建はその家の格や経済力
や力関係を表すものでもあった。
 この時代、瓦も多くのものが消費地にはもたらされており、そのランクも多岐にわたっている。
建築様式(門。玄関など)や内装(長押、釘隠しなど)については「身分」により許可されないものもあ
ったが、瓦は屋根の材料であるためどんなに高価なものでも自由に使えた。
 江戸時代は身分制度は厳しかったが、文化や経済は商家を含む町民が主役の時代であり、文化も花開いた。
芸術家のパトロンも身分の高い「士」は少なく、多くは商人や消費者としての個々の町人である。
 そして、田舎に行けば庄屋といいう豪農が地主として屋敷を構え、小作人を使い富を溜めていた。
都市部の建築とは比較にならないほど大規模な屋敷であり、多くは永い代を重ねる中、多くの権利(苗字、帯刀)
をその財力により得ていた。 その中には建築様式の許可も多く、武家屋敷や公家屋敷の装飾を取り込んだものも
多い。 その屋敷に多くの使用人を住まわせ、大家族の形態で生活を過ごした彼らは、ある意味、欧州の貴族にも
似た公的責任も果たしていた。 神社仏閣の保全や、橋や道路の建設。争いごとの仲裁など・・。当主は絶対の権力と
責任を持っており、明治を過ぎるまでその権威は衰えなかった。 WW2終戦によりGHQの政策により、財閥と同様に搾取
する側とされた庄屋、地主は政策によりその土地と小作人を失い、多くは屋敷すらも失った。
江戸時代に出現した豪農というジェントリはこうして消滅した。

411 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 20:22:11
>>407
やっとまともな考証をする気になったか。で、トリップ付けてくれない?354よ。
怯えているのは分かっているが、それじゃ話しにならんのだよ。

明暦の大火(振袖事件)によって幕府が法令を定めたのは寺院についてではなく、一般の家について。
寺社を管轄するのは寺社奉行、町を管轄するのが町奉行。
知らないわけないよね?

誤伝とする根拠が成り立ってないのが残念。その誤伝と伝えている建築メーカーとやらは何処のメーカなのかな?
その手の研究で有名な大○辺りかな?その場合は本も出すんだけどね。民家の考察となると・・・出さないけどな。
よければその研究者とやらを教えてくれないかな?論文でもいいよ。
その前に『御触書集成』は建築に纏わる本じゃないよ。残念。
どうやら建築関係の本をソースにした点から推測して嘘を付いたけど、アテが外れたね。
一応先生に問い合わせてみるから、詳しく教えてくれないかな?
格式による制限は御禁裏の事を示しているようだけど的外れ。残念ながらそれは建築用木材の確保について。

牡蠣殻が誤伝ですか。じゃ、後で詳しく書くね。

石葺き屋根が何故房総半島にあるか意味分かってる?
石葺き屋根の勾配が三寸程度の緩い勾配の理由ぐらいは知ってるよね?何故江戸で使われなかったかぐらい分かるよね?
ヒント:求められる鉛直加重のため
建築に詳しい人ならヒントじゃなくて答えそのものなんだけどさ。
『建築メーカーなどが支援して研究者が調査しています』と、言ったぐらいなんだから答えられると思うけど。

論拠のすり替えはしてないよ。49の藁葺きだった説と、牡蠣殻屋根があった説について論じてるだけだけど。
俺が挙げた資料は寺社だけじゃなく、同年代の民家についても扱ってるよ。
あと、君の言葉使いってトゲがあってキモイね。直したら?
石州の建材流通の過程研究 (島根博物館紀要) については問い合わせ中。取り寄せて読むつもりかな。
407のように読まずに嘘をつく、恥ずかしい人間じゃないから。
江戸時代人づくり風土記全 (農文協編纂)はパス。江戸時代の雑学本でも駄目なんだろ?専門書でもな。
なら読む必要ないわな。

412 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 20:24:54
>>409-410
書いている内容に賛同。詳しいね。
建築についても間違った事を書いていない。

>>407
じゃ、他の本での詳細を書くね。

江戸の町は慶長以前の物は全て茅葺であったと言われ慶長6年(1601年)駿河町により出火した
火災により江戸の町は全焼をした。これにより幕府は以後草葺の屋根を全面禁止とした。
甚大な被害を齎した明暦の大火(1657年)の後、火除け明地、火除け土手が設置され、火消しなどの
消防組織が形成された。
耐火建築物も奨励され。塗屋造り、土蔵造り、屋根を板葺きから瓦葺にする計画が推奨された。
延宝年間(1673年)に桟瓦が考案され瓦葺が普及していった。
それでも板葺きに対して建築費がかかったため、公役の五年免除、費用の貸付等の優遇政策が実施され、
武家に対しては瓦葺建築を、町方では塗屋造り、土蔵造り、牡蠣殻葺といった防火建築を奨励した。

石川英輔著 

資料としては『江戸洛外一目図屏風図』を見ればどんな物だったか分かると思うかな。茅葺なんて全くない。
日本に来たケンペルスも著書の中で『日本は瓦屋板葺きの屋根』とハッキリ書いてある。
茅葺厨の49の持論は破綻。
それを狂信的に支持する意味が俺には理解できない。


413 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 22:08:59
政治的な安定と島国の特権というべき外圧が無い事が幸いして、江戸時代っていい時代だったんじゃねーの?
今でも普通に使われてるローソク足とかチャートの読み方の基本開発したやつが居た事がオレにはかなり誇れる事かなあ
現代と比べたら社会保障とか弱かった過去なんて庶民だけ比べたら暗黒だろうに 普通に考えて
それとも同時代のヨーロッパと比べてンのか?


414 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 23:43:37
>>411 
法令が実施された論拠は?寺院の禁令は実施された可能性が高いのですが
(格式とかコストの理由の方が可能性は高いのですが防災観点の両方かも
しれません。ただ政策決定過程分析では予算要因がウェイトを占めます。具体的には
徳川家の援助している寺院で瓦化されてることなど。)格式的には檜葺檜皮とか
が伝統的で従うこと自体にかなり抵抗があったのです。葺き替えは附属の株を
もった宮大工の領域なので初期は寺院系のみの可能性も高いです。サボタージュで
(改修)予算自体を上げない(格式が下がるので)という事例は京都などでは
実際にありました。江戸もその傾向があったはずですが・・・。

民家に関しては実証されていないです。現存する江戸周辺の古民家は瓦葺きでは
ありません。あと町奉行に強制する権限自体があったのか考察するといいと思いますよ。
予算補助がされていない以上、強制することが可能だったのか疑問です。
(公式文書に補助金関連予算は見いだせません。物資の搬入にしても生産施設は?)
(現代の例ですが家屋の地震対策などするにこしたことはないのですが、進んでいません
耐震構造してると補助ではなく、具体的には税優遇処置で誘導などしていますが
それでも普及していません。政策実施は法令だけでは進まないのですよ。)
公事方、公役の免除(補助ではない)は最初からかかっていない層にとってはなんの優遇処置
でもありませんし、江戸の町民はどれくらいが長屋住まいだったか知っていますか?
天保年間で3/4が町方※。しかも30間以下が殆どで犇めいてます。※面積では違います。


415 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 23:45:07
石川の著作を率直に読めば武家に関してのことと分かる。推奨で強制ではない。江戸中期でも町方は
9割方実施されておらず、中期以降に瓦葺きなのは、西南諸藩の屋敷をはじめとする
武家屋敷と関連する寺院。瓦の流通は大阪経由で物資が流れています。なぜ毛利などが
初期に必要とされたかは、毛利家が山陰山陽の技術者を抑えていてそれらを家光時代以来
供給しつづけたことにあります。石州の松平などが殖産するまでほぼ独占。華美な御門などは
大名屋敷に限られてました(後に禁止される)。資材と構造技術が広く流通するのは明治を待たないと
実現しません。かなり江戸末期の水野時代でも江戸は株仲間によって物資供給が限定されており
これは幕府の統制すら効いていません。寺院と既得権益と諸侯ごとのつながりに幕府自体が
介入できず(幕府と諸侯、本山、宗門などとの折衝だから寺社奉行の格が高い)

ケンペルスは町人の町を見ていないのでしょう。紙と木でできた江戸建築について
エドワース・モース(貝塚で有名)帝大教授(お雇い)の著作を見ると明治10年でも長屋は、板葺きの
ままがほとんどだったと分かる。アーネスト・サトーの公使日記でも同様の記述があります。
もっとも御府内といっても村とかがありますので江戸の範囲という問題があるのですが、一部
だけを見れば屏風絵のようになるかもしれませんね。京都洛中図屏風式に合わせて書かれたのでしょうか?
門前などの風景とその周辺ではまるで違います。浅草寺とその周辺の格差など。
あと神田本郷などでも江戸期の古地図では瓦葺きには見えません。江戸の古地図(ロム・インターナショナル)

416 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 23:55:41
誤伝説は実例が発見されていないため。そもそも実在しないと考えると自然だから。
誤伝と言ってるのは竹脇先生(工学部)の説なので実例反論してくれないと難しいですね。

現存してるとかあれば検証できますけど。ないですから。
専門は地盤工学なので江戸期の一般長屋だと瓦の重量を維持できないって論からです。
寺院とかは基礎とか梁が太いので可能なんですが。明治期以前の重い瓦だと構造的に
(特に震災に関して)あまりに脆くなります。シミュレートすると紙のようにぺしゃんこになります。
揺れた方が強いってのが俗説なので注意が必要です。重心が上に偏ればあっさり倒壊。

メーカーはミサワホームなので防災建材や建築の中世からの変遷です。
牡蠣屋根の研究じゃないのでお間違いなく。存在が確認されなかった
って報告書に書かれてると思いますよ。遠回しになかったって事なんですけど。
委託研究で研究室で実際に調べたので間違いないです。

>石葺き屋根が何故房総半島にあるか
江戸じゃないですよね。使われなかったって認めているようなので反省してるのかも
しれないけど。率直に認めることも大切ですよ。

意味ないので婉曲に諭したんだけどはっきりいうと牡蠣屋根を勘違いしてませんか?ってことなんですよ。
はっきり言ってあげるとトゲがあるとか言いそうなのでそういうのは、自分で判断してくださいね。


417 :水戸高麗門:2006/12/22(金) 19:42:31
「江戸時代、瓦はまったく使われてない、使われたのは明治から」
というのは極論すぎるということは言えます。

たしかに農村部では茅葺きが多かったし、
長屋が板葺きだったのも事実。
しかし、農村でも力のある農家や
都市部でも表通りの大店にはかなり瓦葺きが
普及していましたよ。

418 :小石川:2006/12/22(金) 20:12:39
( ^ω^)うわ、脳内変換おもすれー

そんなこと誰もいってないよ。

419 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 20:29:30
>>411
自分もトリップつけろよ。それともニセモノ?

>>412 
賛同してくれてるのは分かるけど間違ってないって
上から目線だな。そういう性格なのか・・・

>>413
庶民以外は極楽なのかって気もする
現代の感覚以外でも暗黒じゃないかな

>>414
膨大な面積の武家屋敷と人口過密の長屋か?

>>415
錦絵とかお土産地図は名所を描いてるもの綺麗でいいんじゃない
普通に考えてスラムは描かないだろう

>>416
牡蠣屋根は可哀想なのでツッコミ入れてやらない方がいい
ありえんでしょスルーしなよ

>>417
民家はふつうに板葺きだよな

>>418
ぷっ
釣りだからわざとだろ

420 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 22:27:02
>>414
49とは別人かな?何度も言うがトリップ付けないのは何故だい?
それじゃ話す意味ないと言ってるが、日本語通じないのかな?

逆に実施されなかったと示す根拠は?君の机上理論の空論じゃ意味を伴わないよ。
一次資料の『御触書集成』を否定するとなると、数々出版されている本にその事の事象が明確に
書かれているのは何故なんだろうね。
そうなると・・・・大学の教授をやってる方々が皆で嘘を作り上げていると、そうなるね。
瓦の流通面は石州の建材流通の過程研究を見ない限りなんとも言えないな。
ちなみに九割実施されていなかったとする証拠や根拠については?石川先生の著作なら何冊かあるんだが。

ケンペルスについては名前を書き間違ったが、どうやら君は知らないで推測で書いているようだね。
それと勘違いをしているようだけど、俺は瓦葺が主流だったとは言っていない。
49の言う
『茅葺が主流だった』
『牡蠣殻屋根はない』
説について書いているんだけどな。不思議なのは君が嘘まで付いてそこまで49を持ち上げる事なんだけどね。
何度も聞いているのに答えないのは何故なんだろうねw

竹脇何先生か答えてくれないか?大学名は?居ない人を挙げられても困るからさ。
誤伝説は実例が発見されていないためか・・・・強引な解釈だね。
少なくとも『あった』として数々の書籍にその名前は載っているんだがなー。
委託研究室の研究で、ならその論は普通上がってくるんだよな。20年程度で廃れた工法じゃ実験する意味もないのかな。
報告書の内容についてはどのような物か説明してくれないかな?現物が一番確実なんだが、内部資料の公開は違反だろうしなw
確実な証拠出さないとなー、見れない物ばかりソースに挙げられてもな。俺は挙げねーのに


421 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/22(金) 22:28:01
トリ付け忘れたな

地震に基礎の剛性と梁は関係ないよ。梁は地震時にたわんで押し上げる、歪みを生む。むしろ加重で押さえつける事が必要。
板じゃ暴れて跳ねる。阪神大震災を契機に屋根は加重が軽いほうがいいとされ、現在でも構造力学ではそうなっているが、在来大工や
屋根屋の人々は逆を唱えている。屋根の重さに水平力は関係ない。2x4なら剛性構造だから関係あるが柔構造の在来となると話しは別。
ただし、現在の金物による剛性構造の在来は在来とは言えない。
水平力に対しては、それを抑えるために継ぎ手を用いるんだが、地盤工学じゃそこまで検証はしないとだろう。
これらの意見から、揺れた方が強いのが俗説と言うのにも意を唱えるね。
あまり関係ないが法隆寺は振り子の原理によって幾度となく大地震を切り抜けている。

>江戸じゃないですよね。使われなかったって認めているようなので反省してるのかも
?????
あのさ、君が江戸の事例として挙げたんだよ。大丈夫?
>牡蠣自体が誤伝で石葺き(薄く割った石材)の異名や柿板の誤伝説もあります。千葉に石屋根を
>(おそらく見た目)牡蠣屋根と呼ぶという事例がありますが別物として判断しています。
石葺きは海風用のだよ。建築に詳しいようで何も知らないんだね。
答え書いておいたのに何も分かってないし

牡蠣屋根を勘違いしているのではなく、前も書いたが>>49の言う
『茅葺が主流だった』
『牡蠣殻屋根はない』
説について書いているんだけどな。それとハッキリ数々の本に書かれてたらあったとするのが普通だろ?
むしろなかった事にひたすら拘る君が不思議でしょうがない。


422 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 13:16:49
>>420 実物がない。実施が困難かつ裏付けとなるものが一切発見できないとなると
実施されていない可能性の方が高いと判断するべきである。神話時代ではなく近世で
ありながら類似も含めて御触書以外での存在は確認できない。

社会科学的には、実施されたという推定での論説は説得力を持たない。
これを覆すには実施された実例を提示すればいいのだが、建築物史的に
まったく残っていないことから事実としては認められない。
実在した可能性がゼロということを証明するものではないが神話論争と同じで
文献に残っているから確定という論拠には成らない。神話は傍証と遺跡研究
で論証可能(遺跡発掘ごとに潮流が変わるのはそのため)だが、江戸期でしかも
中心地で人口密集地でありながら私文書、技術書を含めて傍証も存在しない。

さらに文献主義で言うならば実施されたという記述が公文書にない。施策布告と施行
は同意義ではなく猶予期間を含めて即実施される権限と強制力は江戸期を
通して一部(いわゆる大改革)を除いて有していない。厳密な住民把握すら行われていない。
当然ながらすべてを見ているわけではないが、数々出版されている本にその事の事象
が引用されてるとは考えにくい。大抵は結論的に詳細不明となるはずだが。アカデミック的には
断定する材料自体がない。想像する余地はあるが想定以外に成り得ない。
あるならば数々の書籍を具体的に提示するといいよ。断定している専門書はないはず。

423 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 13:17:49

瓦葺きが主流だったと言っていないのならば争点はない。周辺は茅葺きが主流だった
という論点と合致するからだ。主流でなかったならば強制が行われたという立証を
する必要もなく、要は自主努力と推奨であったという路線で双方に問題がない。
どちらも主流であったと言ってないだけとなる。江戸の範囲規定の差でしかないわけだ。
解決したと見ていいだろう。江戸府内でも寺院とその周辺は田園だったりする。

外国士官については、事象が書いてないので普通に勝海舟関係のオランダ海軍士官のこと
だと思ったのだが(オランダ人以外で江戸期に感想はあり得にくい)どう書き間違えたのか
気になるな。ペレス大尉じゃないのか?モースは明治期だが最初期なので江戸時代と
ほぼ同じと考えていい。帝都改造はまだちょっと後だ。

424 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 13:19:05
牡蠣屋根は率直に江戸ではあり得ないでいいはずだ。石葺きは海風用と認めてるように
わざわざ江戸に流用する必要性がない。もっとも止め石として初期から利用されているので
実情に疎い官僚が発想してもそれほど突飛な発想ではない。

牡蠣屋根自体をどう思ってるのか聞きたいが、石葺きのことではないのか?ってのが
本当のところだ。前回までかなり遠回しに言い過ぎたようだな。
前に書いたように牡蠣ではなくそのように見える石葺き。別物と判断というところに
反論が来ると期待したんだが残念だ。文字通り蠣殻を敷き詰めるモノを想定しているとすれば
ありえないだろってことに建築史やってる人間ならなるはずだが・・・・・

銚子での事例を元に触れが出ていると仮定すると防火用に石葺きを想定していたと
考えれば筋が通る。実現しなかった理由は、代替物としての瓦という
至極まっとうな理由に落ち着くからだ。特に初期は寺院がメインだが瓦葺きが普及したのは
山陰から瓦が供給されたため。

425 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 13:23:09
形は寄進だが主に初期は毛利家そして後期には浜田松平
が大量に寺院に供給している。タダで供給すれば損なようだがその技術者(それまで瓦葺き
ではないのだからいない)派遣や事実上規格などを含めてシェアを独占することで膨大な
利益が入ることとなる。松平は、大相撲の後援や文化事業で異様に大盤振る舞いしているが
そういう利益と権益があったことと無縁ではない。寺院が主催のイベントに係わりまくってる。
毛利は中期以降は、関西に移して京都や奈良・大阪に大量にコネクションを作っている。
これが幕末に生きてくるのだがその辺は別の話だな。

ただ石州瓦の流通を上げたのは、そういう意図でありどこから流通されたのかなぜ関西から
も江戸へとか考察する手がかりになるだろう。まあ流通とか資材に関して興味がなければ
特に気にしなくてもいい。

明治以後は普通にどこでも生産されるようになって山陰の重要性とかが無意味になるから。
江戸期の特殊な状況に過ぎない。もっと言えば山林資源
燃料(炭だな)とか江戸は沼地からの発展なので住民燃料の消費を含めて山林資源の
不足で火力を回せなかったとか他の理由も山盛り。巨大都市が衰退するのに資源の枯渇
とかの要素を考えれば江戸末期は限界に近い状況だった。極端なリサイクル社会で
それがよいことだという説も多いが。江戸に物資を優先させていたのも事実であり
関西から無理に物資を搬入しようとしたことに義憤を感じて幕府役人出身の陽明学者が
反乱を起こしたこともある。もっともこの問題も
明治維新や産業革命で他から資源を供給することで巨大都市を維持できるようになった。

426 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 15:12:10
>>421
じつは、在来の持つ最強の耐震構造は地束と束石の接合がされていない(乗っているだけ)
という部分。 今の基礎から土台を縫ったアンカーボルトで固定という形では、屋根の荷重が
そのまま横揺れモーメントとなる。
 江戸の頃(実はそれ以前から)の中規模の建築物、お寺などは、大地震の際、建物全体が動き
地面とつながっていないことで構造への負担が極限まで低い。
ただし、ずれ落ちた後の復元には一度バラす必要があるので倒壊よりははるかにマシだが、そのまま
使えるというわけではない。

427 :中村紋所:2006/12/23(土) 22:59:32
江戸時代の建築には
はじめから耐震なんて概念はありません。

唯一の防災対策が瓦やしっくい塗りなどの
防火対策だったわけで

それすらない長屋やら茅葺きは
火事が広がったら
ただ燃えるにまかせるしかなかったわけです。
当時の人達の家に対する防災意識というのはきわめて低い
というよりないに等しい。
火事やら天災の被害はもうしょうがない
というのは少し前までの日本人の意識です。

428 :中村紋所:2006/12/23(土) 23:06:17
>>426
それはいままで一般に言われてきた
ことと逆だと思いますが
誰かそういう説を言ってるということでしょうか?

お寺はやはり壁が大きく厚い造りになるので
それが揺れに耐えてきたという説が言われてきたと思います。

塔のような高層建築は揺れることで
揺れを吸収したというのはよく言われますが

429 :中村紋所:2006/12/23(土) 23:11:39
>>421
水平力を抑えるために継手を用いる手法について
できれば詳しく教えていただきたい。

430 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 23:18:11
ちなみに瓦葺きの町並みが
江戸時代の主要都市に
かなり広がっていたのは事実です。

431 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 00:33:59
>>428
ソースがすぐでて来ないが、建築知識の3年位前の耐震特集かなんか。
それ以前にも田舎の大工から聞いたことがある。
 要は「地面に固定しない」しっかりしたフレーム構造を石の上に据える形。
通常の揺れの際は軸組みの弾力で支えるが、一定レベルを超えると建物全体が
「動く」塚の下にある石には浅いメス掘りしかなく、其処へそれに合う地束
のオスが差し込まれている。 極度の大地震では石から束が外れ、建物は地面と
接しなくする事で構造全体の当会を防ぐ。

 うろ覚えだが近年の震災で、古いお寺がそういう状態になっていた事象も一緒に
載っていた。 あと、壁が厚いから、というのはかなり素人。
壁はそ一定以上の強度を満たせば、あとは配置の方が重要。壁を厚くするのは温度
対策。 また、開口部が多い昔の建物は、四方に絶対に頑丈なL壁を設けて、スパンの間にも
しっかり柱を立てている。
 近代建築の方が設計を無視した大解放の長いスパンを飛ばしがちだが、材料強度や一部の
壁の強度では実は耐震性は上がらない。 設計としてきちんとバランスよく壁を入れる事が
いちばん効く。 ちなみに柱が多くても地震には強くない。重要なのは「壁」とその配置。

432 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 12:52:43
ねえ、江戸暗黒云々と建築史の議論が何の関係があるの。
安普請の町家だと暗黒とかいうの?茅葺か瓦で江戸時代が良かった
悪かったということを推し量れるの?
まあ白熱してていいけどね。

433 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 13:36:08
みんな遠回しに素晴らしいって言ってますので注意が必要です。
知ってる技術自慢なので。
耐震性で地獄とか安政の大地震でそれまでの日本史上最大の倒壊死傷者を出したとか※火災は別
そっちの方面で言えば結構関連してる。
急造官舎の海岸警備の諸藩の藩士が被災してる事例とかでは
危機管理意識とかの方が問題だけどね。

434 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 14:28:05
>>433
なるほど。確かにいわれてみれば技術(ウンチク?)自慢ですね。


435 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 16:03:16
最近白熱している、ここで議論、いったい江戸暗黒と何の関係
があるのだ。耐震だと江戸はいいのか?茅葺だと暗黒なのか。
板の趣旨は何処へ行ったのか。

436 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 21:22:35
>>431
うーん、今の基礎の形態は
まさしくその束石からはずれることによる
家の倒壊を防ぐためだったと思うが。
それから、壁の配置はわかるが
壁の厚みになぜ言及したかと言うと
今と壁の構造が違うからですよ。
今の在来軸組に使われる耐力壁などの概念はありませんよ。

その建築知識の記事はきわめて興味深いので
詳細を思い出したら教えてください。

繰り返しますが江戸時代な「耐震」などの概念は基本的にありません。

437 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 02:21:52
何を今更だが、他時代や外国と比較してはいけないんなら、
何をもって「暗黒時代」と言うんだろう……?
後は当時の日本人が自分の住む社会をどう思っていたかの「主観」で論じるしかないと思うんだが……。

438 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 03:16:40
>>437
ここは純粋に暗黒時代だなぁと思うことを書くスレです。(それに対する反論含む)
詳しくは>230>235 >3-4 かそれ以外の事を書くとよいです。普通に多いですよ。

他には平安時代や末法思想時代、戦国乱世なども暗黒時代候補ですが

・文献がない又はそれほど多くない(バリエーションが多くない)
・時期が限られてるなどで語るには不適当。地域差が激しい。
・前提条件、情勢が全く違うので時代比較は意味がない。
などの理由で除外しています。世界も上記以上に前提条件が違うので。

○ 日本の文明レベルは世界的に高かったのか
○ 日本文明は世界的に高かったのか(中国、朝鮮除く)
って比較スレもあるようですし。まあ範囲が広すぎて前提がかみ合わない展開ですが。

逆に言えば江戸時代は、文献資料が多くて暗黒要素が豊富。時期も長くて事例も
数多く暗黒面に対して対応策、無策、悪化、改善、順延、放置などの効果が論証できます。

暗黒じゃないってベクトルで語る人も多いですが別に暗黒じゃないって論陣でも違和感
ないですしね。あとあまりにこだわりすぎて町政や東北で独立スレ立てる人もいますが別に
否定しません。それもいいんじゃないかなぁ。(前提がよりはっきりしてて)

一応 ”江戸時代は素晴らしい” ってスレもありますのでそちらもどうぞ。江戸時代が
みんな好きなんですよ。きっと。






439 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 11:59:26
国や政権には表裏があるからね。
ここは裏を語る訳か。

440 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 12:34:17
長期に渡っての封建制だと表でも普通に酷いことになってますので。
財政問題山積みなのにシステム的に放漫財政ですのでどんどん悪化していきます。
緊縮財政にすれば末端はしゃれになんないことになりますし
(しかも封建制なので他の業種への転換が容易ではない)
藩を潰せば浪人が増えて治安が悪化しまくりです。

初期の湯水のごとく浪費する寺社への寄贈・支援や過度な使節への扱い、諸藩にとっては
参勤交代や藩外交、婚姻などでの膨大な出費・・・・
財政的には家光時代にもうすでに限界に達してます。白石のように無駄の圧縮や
田沼のように拡大路線も根本的な解決にはなりませんでした。
たいていは反動で極端なことになってるし、綱吉の儀礼格式復古や定信の極端な規制など。

対応は
改革か先延ばしで放置が基本ですけど封建制で政権(幕府・藩)中枢が代わると
幕末の薩摩藩のように権力争いで血で血を洗うようなことになっていることも多い。
(薩摩は藩士が多いって特殊事情もあるけど)
根本解決は幕藩体制の解消しかないので廃藩置県まで結局変わらない。

441 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/25(月) 20:01:52
>>422
実物がないからと、正確な一次資料や研究者達の研究を『ない』とするのは酷い極論でしかない。
それこそ醜い持論への固執でしかなく、それは江戸の暗黒についての検証にはならない。
ましてや嘘を書くのはもっての他。詳しく説明をすれば

>牡蠣自体が誤伝で石葺き(薄く割った石材)の異名や柿板の誤伝説もあります。
かき屋根で検索して出てきた事柄を強引に結びつけたのだろう。
しかし、残念ながらこれは柿屋根(かきやね)とは読まずに、柿(こけら)屋根と読みます。
奈良時代より一般的に使われていた厚さ3mmの板葺きによる屋根の事です。
瓦が普及する以前の寺社なんかは皆これ。今に残る寺社の銅版屋根を引っぺがせば、その下は杮屋根がほとんど。
他にも檜皮(ひはだ)屋根と呼ばれる檜の皮を何枚も重ねた屋根があり、江戸期にはこのふたつの屋根が
主に板葺きの工法として使われている。

牡蠣屋根について説明をすれば、明暦の大火(振袖事件)によって大名屋敷500、武家屋敷700、十万人もの人々が
焼き出され、幕府は防火用に屋根を不燃材で葺く事を義務付ける。武家は幕府からの貸付もあり屋根を瓦で葺く事ができたが、
財政的に厳しい庶民達は土を塗った屋根の上に平瓦を置いて防火に備えた。
しかし、それでは瓦が滑り落ちてしまうため、芝を植えたり牡蠣殻を用いて接合を高めた。
これらの屋根は『火除け瓦』とも呼ばれ、後の桟瓦を生むキッカケになる。

もう少し詳しく知りたいなら『日本の瓦屋根』(工学博士 玉置豊次郎監修 坪井利弘 著)
辺りを見れば詳しく載っている。石川英輔氏とは少しスタンスが違うが牡蠣屋根について書いてある。
まだ反論できる?
『牡蠣殻はない』理論はもう結果出たよね?真面目に検証しようとしている相手に嘘まで言うのはよくない。

442 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/25(月) 20:03:24
重量によって江戸は瓦が使われていないかのように書いているけど、奈良時代の古代瓦は今の瓦の
二倍もの重さがあるけど、江戸時代の桟瓦は今の瓦の重量とほぼ同じ。
耐震についてはかもい、なげし等の指物だけでは足りずに筋交いが作られるようにはなるが、江戸時代の地震は
直下型地震だったと言われ、そのぐらい大規模なものになると耐震云々じゃないね。

瓦屋根について『西村家由緒覚書書』によれば、近江大津、光井寺に勤める瓦職人であった西村半兵衛
が江戸に赴いた時に『火除け瓦』からヒントを得て桟瓦を生む。
享保8年には伊賀蜂次郎が目安箱に火事の多さを訴えた事により、徳川吉宗のテコ入れが始まり、
十年年賦の拝借金制度を導入。この制度は120年も続き広く瓦屋根が普及する事になる。
で、9割実施されなかったとするソースは?嘘はよくない

443 : ◆iYpWoaA4h2 :2006/12/25(月) 22:17:01
>>441
極論ではなく実施されなかった可能性が高く、ゼロではないという程度の信憑性ですね。
正確な一次資料は触書以外にはなく、研究者の資料も詳細不明以外に書きようがないわけで。
現物がなく、実施された例もなく同時代の技術書に記載なし。あったという論陣は難しいでしょう。
社会科学ではそういう結論にならざるを得ないですね。専門の研究をして実証すればこの限り
ではないですが、そういう研究を行っている人間はいないですね。現在に繋がっている技術ではない
ので当たり前ですが・・・。(本当にあったならばですが)絶えた技術というものは証明しづらい。

板葺きの延長上と考えるのが自然。柿板の誤記説は根強いですが偶然の一致に過ぎない
可能性も捨てきれません。どっちにしても断定できる材料がないので仮説に過ぎません。
偶然で出てくるのか?とか読みが一緒で混同って反論もありますが(触書でも当て字が多い)

牡蠣葺きとは石葺きのことで蠣殻ではありません。353も流石に気付いてきたようなので
(最初に固執してた牡蠣殻屋根とは言わずに牡蠣屋根って言いかえてますが)あるとすれば
牡蠣石とは止め石として使用していた石の別名です。銚子石などを薄く割って使用します。
牡蠣殻を使用した実例は最初から存在しないです。銚子では形と色で石を牡蠣に見立てています。

444 :日本@名無史さん:2006/12/25(月) 22:17:39
坪井利弘さんの著作を出していますが意匠工法は瓦史研究として着眼点はいいですね。
(一読していれば江戸期の民家に使用されてないことが分かるはずですが)
公事建物と寺院の瓦研究入門には最適です。なぜ鬼瓦が作られたか配置の積算とか。
あと明治期以後の工法については詳細に載っています。江戸期にはない工業規格とか。
353は江戸期と混同してるようですけど。見出しだけ見たら勘違いするかな。

もともと関東では瓦は公的建物にしか用いなかったもので、寺院や奉行所などに用いられて
いますが資料に上げてる西村家ですが・・・
江戸期に瓦職人西村半兵衛が桟瓦を発明したという巷説がありますがもともとは
三井寺の職人さんなので、江戸に火除け瓦を見に行ったという逸話もかなり怪しくなります。
西村家文書ではどういうものか記述が曖昧で明治期のものとはどうやら違うようです。
桟瓦は関西では簡略瓦、江戸へそれらが流入して江戸葺き瓦と呼ばれたそうですが格が落ちる
ようで評判自体はよくなかったのでそのへんで関係があるのかもしれません。
軽量で技術的にはいいものなのですが。ちなみに京都の大徳寺の東司(便所)とかに現存している
実物がありますが本殿とかには使われなかったようです。

大量に使われるのはやはり明治で葺く時に桟木を置くことで容易に作業できる技法が
開発された明治以降となります。一般に普及したのは大正期ですね。大正期になると
製瓦設備が大規模化して民間に普及しました。

江戸期は353が言っているように瓦を固定するために土、しっくいや固定用の止め石など行程が
多く瓦職人の人件費を含めてとても一般民家に普及できるモノではありませんでした。
江戸期の職人が数日働けば当分働かなくていい賃金を手に入れられたというの
は、いわば特殊技能だったからです。江戸期は呼称がバラバラで統一的に桟瓦と呼ばれ始め
たのは明治期以降(大体規格とかが集束して)なので伝統的な桟瓦和瓦は実は明治に
生まれたものが多いわけですが。
原型が江戸にあり規格化、技術普及で明治以後に拡がるパターンですね。桟木にしても
それができちゃうと熟練の瓦職人でなくても葺けるわけで・・封建制で技術者が固定化されて
いるという状況だから存在する特権なわけです


445 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 10:00:15
うわ・・・・凄い見苦しい言い訳

446 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/27(水) 20:56:11
君の捏造ぶりはホント凄いね。厚顔無恥って、この事を言うんだな。
じゃ、一つずつ君の持論を潰していくね。

>正確な一次資料は触書以外にはなく、研究者の資料も詳細不明以外に書きようがないわけで。
学会でも論争されてる公事屋葺きならまだ分かるけどね。牡蠣葺きが詳細不明なのか〜〜〜。
442で挙げた一級資料の『西村家由緒覚書書』についてはスルーですか。はいはい。
ならもうひとつ。
小川頸道作『塵塚談』(1814年)によれば
「我等二十歳頃までは、江戸の端々は武家・町屋とも多く牡蠣殻であった」
と、ハッキリ記載がある。
『御触書寛保集成』(1660年)の内容を詳しく説明をすると
「わらふきかや葺有え候、たとへ当分え事にても、土にてぬち可申候、こけらふきはかきからにても、
芝にても、土にても、早々かって次第に可到事」
『御触書寛保集成』(1716年)の内容では化石化した牡蠣殻を
「火事の節、火の粉等を防ぐために罷り成り候よう仕えるべく候」としている。

そして江戸の儒学者、林述斎の『述斎偶等』の中で
「茅葺は雨が降っても静かでよいが都の住屋は全て瓦屋根に板庇なので雨音が高くうるさい。
楽翁(松平定信)は、柿(こけら)葺きの庇に土を盛って草を植えられたと言う。
緑の庇はなかなかに赴きがあって面白いではないか」
と書かれる。簡単に詳細を説明すれば(以前も書いたが)平瓦だけでは屋根から落ちるために土を敷き、
芝生ないし、牡蠣殻を敷き詰めた事からこのような事も起きたってとこかな。

牡蠣殻屋根がすぐに消えたのは、保守管理の手間の悪さと延宝年間(1673年)に桟瓦が考案され、
寛政四年(1792年)の大火の後に徳川家斎が瓦葺き以外の屋根を禁じたため。あと東京に江戸時代の家屋が
残っていないのは東京大空襲によるものさ。
あと江戸の70%は武家屋敷。15%が寺社、町屋は15%であり、15%の中で牡蠣殻が現存する可能性は元々ないに等しかったと
思われる。

447 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/27(水) 20:57:34
『資料のみで現存しない物はないと同じ!!』と言うなら『古事記』や『日本書紀』にしか記載のない
伏屋式平地住居、周堤式平地式住居、周溝式平地式住居、壁立式平地住居、伏屋A式竪穴住居、
伏屋B式竪穴住居、伏屋C式竪穴住居、二段伏屋式住居等の物も存在せず、
天地根元宮造りもなしにいきなり茅葺が存在したとか、愉快な論になるんだけどね。

>牡蠣石とは止め石として使用していた石の別名です。銚子石などを薄く割って使用します。
>牡蠣殻を使用した実例は最初から存在しないです。銚子では形と色で石を牡蠣に見立てています。
牡蠣殻がなかったとする説は完全に破綻。自覚してるからこじつけにきたか。
石葺き屋根については対馬や房総半島等の風の強い地方は屋根を持っていかれないための対暴風用。
そのために屋根の勾配も緩い。
それ以外は防火用であり屋根の名前から牡蠣殻と誤認は君の唱えるトンデモ説。
ちなみにモースは日本の地方に伝わる石葺き屋根の特殊性を述べている。

>板葺きの延長上と考えるのが自然。柿板の誤記説は根強いですが偶然の一致に過ぎない
>可能性も捨てきれません。どっちにしても断定できる材料がないので仮説に過ぎません。
>偶然で出てくるのか?とか読みが一緒で混同って反論もありますが(触書でも当て字が多い)
かなり苦しそうだね。じゃ、詳細を説明するよ。
君が柿屋根と牡蠣殻屋根を混同しただけであって、柿(こけら)屋根は創設時よりこけら屋根。
有名な”桂離宮”も柿屋根造りなんだけど・・・・・知ってた?見ているこっちが恥ずかしくなったよ。
奈良時代はその名の通り柿や檜の板が使われたが、室町時代には檜、杉、サワラ、栗の板が使われる
ようになっている。柿じゃ竹釘で止めても割れるから。
誤認説は君が作り上げた珍説。

ちなみに江戸時代には木っ端(トントン葺き)とも呼ばれてもいた。
基本的な呼び名は柿(こけら)屋根だけどね。
その辺知らない君が勘違いして喜んだのが手に取るように分かったがあえて放流しておいた。面白いから

448 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/27(水) 20:59:57
>坪井利弘さんの著作を出していますが意匠工法は瓦史研究として着眼点はいいですね。
>(一読していれば江戸期の民家に使用されてないことが分かるはずですが)
>公事建物と寺院の瓦研究入門には最適です。なぜ鬼瓦が作られたか配置の積算とか。
>あと明治期以後の工法については詳細に載っています。江戸期にはない工業規格とか。
>353は江戸期と混同してるようですけど。見出しだけ見たら勘違いするかな。
残念ながら君は読んでもいないようだ。公事建物と寺院の瓦研究だけではなく民家についても詳細な記載がある。

>三井寺の職人さんなので、江戸に火除け瓦を見に行ったという逸話もかなり怪しくなります。
>西村家文書ではどういうものか記述が曖昧で明治期のものとはどうやら違うようです。
>桟瓦は関西では簡略瓦、江戸へそれらが流入して江戸葺き瓦と呼ばれたそうですが格が落ちる
>ようで評判自体はよくなかったのでそのへんで関係があるのかもしれません。
>軽量で技術的にはいいものなのですが。ちなみに京都の大徳寺の東司(便所)とかに現存している
>実物がありますが本殿とかには使われなかったようです。
他の本ではその頃にフランスで考案された桟瓦に近い物が現存し、その影響を受けたのでは?とする説もある。
逸話だの明治期と違うとか言うのは論外。妙な珍説作り出さないでくれたまえ。
ところで桟瓦を寺社に使ってどうす気なの?君は

>江戸期は353が言っているように瓦を固定するために土、しっくいや固定用の止め石など行程が
>多く瓦職人の人件費を含めてとても一般民家に普及できるモノではありませんでした。
江戸時代の瓦職人の組合記録である『檜皮名前帳』や当時の公儀御定による屋根葺きの手間について
書かれた『愚子見記』によれば高価なものではなく、今で言えば日給1万5000程度。

推測で嘘を書き並べても正確な資料の提示されたら恥かくだけなのに。

牡蠣殻について詳細が書かれ、誰でも読める資料としては

新建築学大系59 彰国社
屋根の日本史 原田多加司著作 中央新書
屋根 伊藤ていじ 淡交社

辺りを読めばいい。


449 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 23:47:02
うわ・・・・凄い見苦しい言い訳

450 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 09:04:54
分かりやすいまとめ

<丶`∀´>「江戸の町は茅葺だったニダ」

「茅葺は1601年の大火によって禁止になったよ」

<#`Д´>「それでも茅葺はあったニダ!」

「明暦の大火後は屋根に不燃材の土や牡蠣殻を植えるのが義務付けられたよ」

<丶`∀´>「牡蠣殻なんてトンデモ説wwwwwwwwプーwwwwwwwwwwwwwwww」

つ【御触書集成】

<#`Д´>「御触書集成は捏造書物!!それ以外の書物が存在しないニダ!!」

つ【西村家由緒覚書書】【述斎偶等】【塵塚談】


         ((⌒⌒))
        ((((( )))))
        .  | |
         .∧_∧
        ∩#`Д´>'') ファビョーソ
        ヽ    ノ
         (,,フ .ノ
           .レ'   

451 :水戸高麗門:2006/12/28(木) 20:41:08
>>444
横から失礼して申し訳ないが
桟瓦が明治にできたようなもの
というのはかなり語弊がありますぞ。
一部そう述べている建築雑誌もありましたが
検証が足りないですな。
何度も述べているように
大店の商家や農民でも経済力のある家には
桟瓦が使われています。
江戸時代。

それから本殿に使われていないのは当たり前。
基本的には格のある建物には
本瓦を使うのが伝統的な瓦屋根の仕様。
桟瓦はあまり格式にこだわらない建物や
それこそ庶民階級向けの瓦。
もちろん予算の関係で本式な建物に使われている例もたくさんある。

452 :水戸高麗門:2006/12/28(木) 21:01:33
>>448
フランスではなくオランダですよ

453 :水戸高麗門:2006/12/28(木) 21:19:44
みなさん同じような専門書をネタ本にしているようですから
既出でしょうか?見落としているかもしれないので

「九月二日、赤穂(二万石)に入る。・・・市中人家皆瓦家」
「十七日、程なく広島(四十三万石)・・・船よりあがれば城下瓦屋を並べ
富商多し」
「十月二日、下関に着、ここは大船着にして、
瓦屋を立並べ富商多し」

江漢西遊日記、天明八年頃

454 :水戸高麗門:2006/12/28(木) 21:25:59
>>444
桟木に引っ掛けて葺く工法は
諸説ありますが、いずれも普及したのは
明治ではなく関東大震災以降でしかも
関東以西ではつい最近まで(阪神淡路大震災以前)
は江戸時代以来の土葺きにより
瓦を葺いていました。

455 :水戸高麗門:2006/12/28(木) 21:31:15
>>444
桟木ができても和瓦については
やはり熟練技術が必要です。
しかし、江戸時代は製瓦技術が
いまほどの水準にはなかったので
美しく瓦を葺くには熟練した技術と大変な
手間がかかったので単価がよかったわけで
あとは遊んで暮らせる程もらったわけでなく
それほど今よりずっと工期がかかる仕事だったからです

456 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/29(金) 12:11:51
>>451
明確な指摘ありがとうございます。フランスじゃなくてオランダでしたか・・・・
453で挙げた資料については見た事がなかったので、年明けにでも県立図書館で探してみようかと思います。

>大店の商家や農民でも経済力のある家には桟瓦が使われています。
面白いのが名古屋等の中京で、ここは尾張藩主徳川宗春が検約令に背き瓦屋根に
対抗して独自の瓦に頼らない防火構造と見栄のための独自のうだつ文化を作り上げた事が面白い。
中京は独自のうだつ文化や中京間や関東と関西の文化があらゆる面で混同していて学べば学ぶ程に面白い。

>桟木ができても和瓦についてはやはり熟練技術が必要です。
>しかし、江戸時代は製瓦技術がいまほどの水準にはなかったので
奈良時代から平安時代に移行した時にも同じような事があったそうですね。
大量生産ができるようになったものの、質が大幅に低下をしたため朝廷がわざわざ法まで
整備をして瓦の管理にあたったとか。今でも最上級の瓦は奈良時代の瓦とされてるそうですね。
ただし重いので使用する屋根は限られていますが。
手元に資料がないので詳細は年明けにでも書きます。この前図書館で読んだ資料だったもので。

457 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 17:55:33
江戸の町で瓦が普及していないことを茅葺きだけと誤変換してる人がいます。反省して下さい。

453 西日本は産地特性によって流通してたので普及が早いですね。下関・赤穂。流通は
石州瓦が有名。石州とは石見のこと。中国地方の山林資源を使って江戸期から製瓦が盛んでした。
もともと瓦は東野本や北日本では適しておらず明治期以前は普及していません。重量の増加が
技術的な問題となっていました。日本はけっこう豪雪地帯なので。明治以後に軽い瓦の登場やry

茅葺は1601年の大火によって禁止になったという説は、はっきりいうと間違いです。
守られてないと言うより守れないことと。周辺は広大な田園と沼沢地。葦茅藁が基本です。
資材の供給も簡単な試算でも不可能だと分かります。代用品としてという流れで

牡蠣殻なんてトンデモ説はわざとと思ったんですが真性で信じてるのはどうか思いますが・・・
ちなみに牡蛎は当時の江戸で食されていません。養殖技術もナシ。
どうやって集めてくるんでしょうか?ちなみに防火効果もありません。空気を遮断しないと

御触書集成  この時点でおかしいのですがあえてツッコミをいれずにおきましょう。

幕府の公文書というか民政上の書類は大火と江戸城の失火でけっこう焼けたのですが。
行政文書としては写しと伝聞で残ってはいます。ただ二次資料なので誤記が非常に多いです。
教科書で資料として使われていないことは有名です。有名な慶安御触書とかも原本がなかったり
存在自体が疑われていたりする。(受験に出すと揉めるので使うなって風潮です)
掲載されているのが周辺の諸藩のものがほとんどなのはそのため。確実だから。

西村家由緒覚書書  由来は地理的にかなり無理のある記述なのですが鵜呑みにする人がいます。
私文書なので話半分くらいで参考程度に。よくあることですので落胆する必要はありませんが。
明治期の技術とは違うとするほうが無難です。大体文書自体に桟瓦がどのようなものかすら書かれ
ていません。どうこうして使われるようになったという覚え書きなので当たり前ですが。
ちなみに寺院用に考案したものです。同じ形であったかどうかは、残念ながら分かっていません
としか言いようがないわけで。




458 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 18:20:18
分かりやすいまとめ

「江戸区画面積から言って公用資材だけでも諸藩に依頼してるのにどこで瓦を」
<丶`∀´>「関東の山林をを丸裸にするくらい炭を使えば江戸中くらい瓦にできるニダ」

「御触書等はこれを記した原本文書が見つからない。実行した形跡がない。」

<#`Д´>「それでも御触書はあったニダ!ないなら愉快な論wwwプーwwww」

「明暦の大火後は屋根に不燃材の土や牡蠣殻を植えるのが義務付けられたよ」

<丶`∀´>「牡蠣殻は燃えないから間違いないニダ!江戸脅威の技術で土でも重くないはずwww」

つ【御触書集成】

<#`Д´>「原本がなくても学者がそう言えばあるニダ!!」

【西村家由緒覚書書】【述斎偶等】【塵塚談】 光井寺

>ありえない記述が多いですが誤字ですか

         ((⌒⌒))
        ((((( )))))
        .  | |
         .∧_∧
        ∩#`Д´>'') ファビョーソ
        ヽ    ノ
         (,,フ .ノ
           .レ'   


459 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 18:20:19
ニヤニヤ(・∀・)


460 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 18:21:33
>>458
うあwwww必死に歪曲してるwwwwwwwwwwwwwwww

461 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 18:24:31
>458-460
反論されたら荒らしのジサクジエンかよ・・しかもageて

462 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/29(金) 19:01:09
>>457
いや、なんかもう、哀れ過ぎて見てられないと言うか・・・・・・
ソースの提示ぐらい期待してたんだがな・・・・・・・

>江戸の町で瓦が普及していないことを茅葺きだけと誤変換してる人がいます。反省して下さい。
はぁ?じゃ、これは何?↓

>423 :日本@名無史さん :2006/12/23(土) 13:17:49
>
>瓦葺きが主流だったと言っていないのならば争点はない。周辺は茅葺きが主流だった
頭大丈夫?追い詰められたからって論拠のすり替えはよくないわな。
俺が問題としているのは『牡蠣殻屋根があったかについて』だ。それと君の嘘への追撃だ。

>石州瓦が有名。石州とは石見のこと。中国地方の山林資源を使って江戸期から製瓦が盛んでした。
>もともと瓦は東野本や北日本では適しておらず明治期以前は普及していません
明治期後半と江戸期をごちゃ混ぜに考えているな。江戸時代の瓦は各地に分散する形で点在。
前に石見が瓦を独占的に市場を占拠していたかのように書いていたが、それがそもそも間違い。
毛利家所蔵『江戸三御屋敷新御作事記録』によれば、石見地方の年の生産高は6万程であり、
明和9年(1772年)の大火によって屋敷が全て焼却した後、再建用には自家だけでは賄いきれず
堺へ26万もの瓦の発注を行っている。当時の西の瓦の市場の流通を形成していたのは堺の商人。
それと瓦は、その地、その地で焼成するもの。そうしないと割れんだよ。
明治、大正になってもその傾向は変わらず、技術の進んだ今でも、だ。

>茅葺は1601年の大火によって禁止になったという説は、はっきりいうと間違いです。
妄想はいいから、間違いとする明確なソースは?49と違ってソースも出さずに妄想話しばかりだな。
君はさ。

俺が挙げた小川頸道作『塵塚談』(1814年)についての言い訳も楽しみにしていたんだけどスルーですか。残念。
水戸高麗門さんへのレスはないの?

>御触書集成  この時点でおかしいのですがあえてツッコミをいれずにおきましょう。
じゃ、答えて。答えられないだろうけど、あえて聞こう。

463 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/29(金) 19:02:04
>幕府の公文書というか民政上の書類は大火と江戸城の失火でけっこう焼けたのですが。
>行政文書としては写しと伝聞で残ってはいます。ただ二次資料なので誤記が非常に多いです。
資料として一番多く残っているのが江戸時代。
御触書寛保集成は原文も残っていて研究されていますが何か?

>西村家由緒覚書書  由来は地理的にかなり無理のある記述なのですが鵜呑みにする人がいます。
>私文書なので話半分くらいで参考程度に。よくあることですので落胆する必要はありませんが。
>明治期の技術とは違うとするほうが無難です。大体文書自体に桟瓦がどのようなものかすら書かれ
西村家由緒覚書書については名前からの推測話しかよ。
だから妄想話しは、もういいんだよ。偉大なる半島に帰りなさい。

>ちなみに寺院用に考案したものです。同じ形であったかどうかは、残念ながら分かっていません
>としか言いようがないわけで
はいはい。寺院用は本瓦だよ。桟瓦が作られるきっかけになった事は牡蠣殻屋根等の『火除け瓦』の
評判を聞き江戸に赴き、落胆した様子も書かれている。
そして、それを元に女瓦と男瓦を簡略化して桟瓦を作った事も書いてあるよ。

>>458
勝手に俺の論を変えないで欲しいw

>【西村家由緒覚書書】【述斎偶等】【塵塚談】 光井寺
>>ありえない記述が多いですが誤字ですか

自分が逃げたいからそうやって書いたのか。やれやれ

464 :353 ◆BmUbLWewsM :2006/12/29(金) 19:07:46
書いてから気付いたんだが、457はただ釣ってるだけんじゃないか、と。
明確なソースを提示して、普通ここまで妄信するわけないもんな・・・・・・

これから忙しいから明確なソースの追記はまた年明けにでも出す。
457のように、いい加減な事書くわけにはいかんからさ。

465 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 23:17:59
えっと・・・どこまで本気なのか流し読みなのか分からないですけど
353は根本的に勘違いしてますよ。反省しそうになさそうなので指摘していきますね。
ちょっとがっかりです。

>資料のみで現存しない物はないと同じ
って脳内で変換されましたか・・そういう癖があるのかもしれませんが
かわいそうになってきますね。

実施されなかった可能性が高く、ゼロではないという程度の信憑性ってのは、実物は
ありません。って発表で普通は江戸時代後期に存在してまったく実物がない?って評価です。
記紀ならば考古学検証で遺跡調査、遺構調査で推定できますよね。
全然愉快な論ではないですよ。地道な作業です。
ちなみに藁茅葺きは古民家などで関東周辺でも現存します。
技術的な継続性のないものの証明は地道な研究でしょうね。

屋根の名前から誤認説は最初から否定的です。すなわち存在していない説ですよ。違うものと
混同していると考えれば論理的には問題が無くなります。石色からの名称は銚子に
実物があります。実際には牡蛎殻など使用されていません。

>桟瓦を寺社に使ってどうす気なの
文面は、意味不明ですが西村さんは、三井寺の関係者なんですが寺院付属の技術者ですよ。
他の本からの受け入りだそうですがその本も探し中ですか?

>今で言えば日給1万5000程度
いつの記述でしょうか?貨幣単位とか出ませんか?あと江戸中同じじゃないですよね。

原田多加司さんって檜皮葺職人の方ですよね。現存したというような話載ってませんが・・・。
屋根 伊藤ていじのも現存写真・・・載ってないですね。
なぜ上げたのかよく分からないですがいつもの書き間違えですか?



466 :sage:2006/12/29(金) 23:19:06
お触れ書きについても読んでないんじゃないかと。幕府って法令いいかげんで
効力の研究では、実施されてないかどうか江戸法令史をちょっとやれば分かると
思うのですが。極端な反論としては瓦葺きの禁止とかも出てます。推奨どころか
禁止です。民家ですけどね。瓦は基本的に武士屋敷と寺院だけなのですよ。
理由は消火の時危険だから。知ってるとは思うけど水とかで消してません。

延焼防止の破壊消火なので重い瓦が落ちて危険だから・・・ってのが表向きの理由。
実際は格式とかでしょう。あと瓦とかの建材が高騰すると武士が困るという基本的な
問題が発生してますから。

>瓦葺きが主流だったと言っていないのならば争点はない。周辺は茅葺きが主流だった
瓦葺きが主流じゃないところは周辺で茅葺きで問題ないでしょ。あと江戸の範囲の違い。
論点じゃないのなら触れる必要もないのにわざわざ触れるのは353が茅葺きだけって
意図的に誤変換してスリカエたのがバレたからでしょ。率直に謝りなさい。

牡蠣殻屋根はないで間違いないよ。牡蛎屋根じゃなくて牡蛎殻なんでしょ。
実物ゼロ。牡蛎柄の調達も不可能。効果ゼロ。反論に困ったら相手が嘘とかいう
クセなおしなさい。みっともない。

瓦は腐らないので在庫を確保していたのですよ。境じゃなかったとは思うけど353は
大阪と境の区別がついてないかもしれないので一応指摘しとくね。毛利家は後期になれば
なるほど物資を大阪に集積して供出してるので幕末各方面から支援をを受けました。
でも前期からそれやってて家光時代に建材を供出して感謝されてます。島津が大変な
賦役くらってるのに毛利家がなにもされてないのはその辺の理由です。

石州瓦が使われたのは単に集積されていた物資だったからってのも初期にはあったわけ。
で大量に必要な大火のときに押さえていた物資を上方から移送と。冗談みたいな話だけど
毛利とかタダで配ってるのよ。それ。なんでそんなことしてるかというと徳川家の貸しと
実質的には瓦の規格、同じ瓦を使うから長期的には山陰の瓦の物流を押さえてた毛利家
の利益になるから。



467 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 23:20:02
独占的にって誤理解してるけど瓦の形(実質スタンダード)がそれのせいで石州っぽい
瓦になったってこと。同じ規格だから西国の瓦は江戸に転用できる。で関東の瓦は
駆逐されると。実際は同じ瓦を関東でも作るけどいつでも西国から集積された物資を
(ほぼ同じ規格になったので)上方から送れるようになったわけです。大火とかの急な需要に
関しては、当然関東周辺だけでは対応できないので大阪から物資を供給される。

浜田の松平もやってるけど中期以後で毛利家みたいに大阪に商業拠点
もってないからそんなに影響力ないよ。あと簡単に割れるような軽くなった瓦は後期。
戦国の延長のような軍事用っぽい頑丈というか分厚い瓦が江戸城とかにも使われてた。
大量に使うものだからその地だけでは賄いきれない。

一応寺院系の座という組織(後期には寺院から株を買った商人が独占する株仲間っぽくなり
ますが)が流通させるので寺院や武家屋敷優先で民家には回りませんね。
全然供給量が追いつかない。他から流用しないと追いつかないので商人とかが瓦を使用する
のを禁止したのは経済的にはそういう理由からです。名目は防火作業のためだそうですが。
それなら寺院や武家屋敷も禁止しないとおかしい。

株組織は実質カルテルなので幕府の統制も効きません。影響力を持っているのは株を支配する
寺院なわけで渉外担当となる寺社奉行が格上なのはその理由もあるのです。寺院庇護の
門前町など錦絵とかに描かれるのはその辺り。だから瓦葺きですしね。禁令を受けず供給も制限
されないから。民家に供給するにはこの寺院下の流通網(公共財)パレート最適を崩さないと
いけない。どちらかの供給を上げるには、一方を下げないといけなくなるバランスがあったのですから。


468 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 23:21:12
御触書については、簡単なツッコミからそれ違うでしょ。あと法令解釈編(ちょっと長いよ)
江戸期の法令は明治になって司法省官吏(菊池駿助とか)が編纂したものでまず一次資料ではありません。
北町奉行所、南町奉行所で言ってることが異なるケース、ちなみに地区ではなく期間で交代する
民生部局です。禁制などにおいて奉行の裁量権に属する部類は極力、公文書として規制せずにおくので
(そのほうが官僚の権力が増すから)一部の例を除いて永続的ではありません。政策決定と法令に関しても
武家や寺院に関しての決定は町奉行にない(と考えるのが一般的、寺社奉行とか目付とか別部署)ので
民政決定権者のパーソナリティが大きくなります。アリソンのモデルならば限定合理性で下されます。
奉行内やステークホルダーでの複雑化ではなくトップが合理的な決定をするものとしても意味が無く
財源に関する裏付けもない。負担免除は負担している者にのみ有効で合理的な選択ではなく負担せざる
ものに取っては意味をなさない。

江戸に関しての法令は司法省による明治編纂で基本的に江戸の法令は矛盾だらけです。
理由は、決定権者のトップダウンとその決定に関する実行力のなさ。あと機関としての規模が
支配管理地域に対して小さすぎることへの弊害。寺社の権限が強くて寺社奉行を介しての官庁間の
交渉となること(実際には面倒を起こさないことが仕事となる)ためにほとんど規制に関しては無力です。
瓦は寺院が絡んでいるのでほとんど影響力はない。構造的には町奉行がより上位の寺社奉行なり機関に
働きかければ可能だが、そのような事例はない。司法省編纂資料によれば

西村家由緒覚書書これも題名自体怪しいが、一応つっこむところはツッコムね。
>442の寺自体が違う。あと西村家文書を信じるなら近江大津の人が江戸の瓦を見て10年以上かけて
完成・・・年代とまあ有り得ない云々よりもそんな事実ないでしょ。脚色か覚え書きのミスとしても
辻褄が合わない。三井寺に当時の年代の瓦が現存していない。比較対象が存在しないので研究しようが
ない。大徳寺の東司は年代的に明治(〜大正)のモノの特徴があり葺き替えられている。

469 :水戸高麗門:2006/12/30(土) 18:09:40
>>466
民家への瓦葺き禁止は
江戸初期ですな。
途中から一変して奨励、普及を促していますぞ。
江戸中期〜後期にかけて江戸市中でも商家を中心にかなり普及しています。

470 :瓦長一:2006/12/30(土) 22:34:46
>>469
1720年に瓦葺きの禁止令が廃止ですので
江戸開府以来120年くらい禁止で中期まで
ってことですな。
奨励、普及を促しているのは綱吉とか直系が絶えた
あたりで紀州系になってからですぞ。
もっとも江戸時代の3/5は禁止されてたので簡単には
いかないようで寺院と関係のある地域や商家中心だったようですな。

471 :水戸高麗門:2006/12/30(土) 23:29:28
>>470
江戸の主要都市は基本的に
城下町です。瓦が寺院だけという時代はすでに江戸以前の歴史になります。

江戸の城下町では
その軍事的理由から瓦葺きの武家屋敷の存在が存外多く目についたはずです。

さらに当時もっとも恐れられた都市災害の一つである火事
にたいする対策から町屋にも瓦が奨励された結果
文化二年当時の
日本橋界隈はすでに90%の町屋が
瓦葺きとなっています。

472 :水戸高麗門:2006/12/30(土) 23:37:04
>>470
禁止されていたのが120年間とするなら
徳川265年のうち残り145年江戸時代のうち半分以上は奨励されていた期間ということになりますな

473 :瓦長一:2006/12/31(日) 14:01:16
>>471
幕府開府によって武家屋敷を中心に城下は急激に拡大しておるのじゃが
供給が需要に間に合わなかったので建材の高騰を防ぐために寺院と武家だけ
に限定されたのですぞ。

江戸の城下町では特に江戸城や武家屋敷の消費量が大きいので民間まで
使ってると値段が上がってしまうのじゃな。

もっとも名目上は火災時に延焼を防ぐ破壊消火をするので重い瓦が落ちて
危険だからと言うことで瓦葺きを禁止したのじゃ。
それなら武家屋敷とかもダメなはずじゃが民家だけ禁止しておるのはやはり
格式とかなんじゃろうな。

民家まで瓦葺きじゃと大火があると瓦の値がが高騰してしまうので復興での
武家の負担が大きかったようじゃ。

474 :瓦長一:2006/12/31(日) 14:48:50
>>472
1720年は吉宗時代に伊賀蜂朗次という人物が建白して瓦葺きを許可したという
ことなので実は、瓦葺きの禁止の解除がどれくらいかは微妙ですのじゃ。
田沼時代には日本橋は諸国の物産と拡大路線の建材などの物流で土蔵造りになったと
いう記述があるので瓦が普及したのかもしれんのう。土蔵造りじゃと頑丈なので重い瓦でも
大丈夫なはずじゃわい。

ただ11代将軍の時代の寛政年間-はっきり言えば
松平定信時代に復古的な揺り戻しでまた庶民の瓦葺きが禁止されてるのじゃ。
定信は株仲間の廃止とか極端じゃからその弊害で瓦自体が流通できない状況に陥ったんじゃな。

改革自体の期間は定信とその後継の信明の10年もない期間なのじゃが
幕政に引き継がれて町人への規制の風潮が続くのですぞ。
日本橋周辺も町人の贅沢禁止とか倹約強制で白壁の美しい町並みが黒く塗られてしまったそうじゃ。

1720〜1793の63年は特に瓦葺きは禁止されていないようじゃがそれ以降は、禁止されたり
されなかったりで規制と放置の繰り返しじゃな。贅沢自体が罪というよく分からん基準なので
商家だけでなく諸藩の城などもそうなのだが新規ではなく大規模じゃない改修ならよいらしいですぞ。
そのへんは基本的に前例主義じゃな。既にあるものはそのまま許可で新規は不許可。

475 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 20:00:09
後北条氏の小田原城下町は瓦葺が主流だった。
しかし京の町は未だ板葺き主流であった。
これを聞いた北条何某、「我らも京に見習い板葺きにすべし」
とのたまったそうな。

どうでもいいよね。


476 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 22:52:08
>475
後北条氏は小笠原氏とか技術者抱えてる家臣(一族だが)もってるからなぁ
鎌倉は昔から製瓦技術がある。小笠原氏の一族の丸茂とか山中は円覚寺とか建長寺の有力支援者
どっちも臨済宗で寺院付属の瓦の技術者を擁している。鎌倉は寺院建築だからね。武家は禅宗をかなり保護してたし。
武家に瓦ってのは防御上の理由もかなり高いけど。小田原にもその技術がふんだんにもたらされて要塞都市になってた。
質素にすべきって意見とかあったようだけど(北条氏は伊勢新九郎以来、鎌倉の伝統路線だが)元は早雲自体が
瓦などの普及してた備中出身で建物に重厚な城塞を構築する技術そのものをもっていた。ちなみに幕府奉公衆時代から
禅宗と小笠原氏とは縁が深い。あと大道寺氏、内藤氏、笠原氏など、後北条氏の家臣は備中系が多い。

余談だが小田原は、塹壕戦やるのかってぐらい広大な空堀で町を囲む方式は応仁の変時代の禅宗寺院の構えに
近い。もっとも小田原とか規模が異常なくらい大規模で珍しく城下町ごと囲んだ惣構えで事実上強攻は不可能。
遠距離からの火矢などの討ちかけも瓦と土塀で効果がない。数万規模の武田や上杉も攻略不能だった。

北条に仕えた小笠原氏は、もとは幕府奉公衆で一族。信濃の大名家と明らかに親戚だけど。
礼典や武芸の事柄で有名。やはり鎌倉五山とかに一族の人間を送ってる。
後北条氏の二代目氏綱は奉公衆小笠原政清の娘(南陽院殿)と早雲の間の子。



477 :353 ◆BmUbLWewsM :2007/01/03(水) 12:49:55
なんだか詳しい人達が増えてますね。まともな論争と考証が出来そうで嬉しいです。
ある人(465)は・・・・・あいかわらずまともなソースもなしに、推測から妄想をフル回転させて長文書いてますが。
俺が今まで挙げた資料を1冊でも読めばいいのに。分かりやすい資料ばかり提示したのにさ。
あとトリップ付けろ。他の人に失礼だろ

>>465
御触書寛保集成が現存しないと言うので、じゃ、とりあえず誰でも読める二次資料の提示。
一次資料は君のような輩じゃ読めないでしょ。もっとも一次資料は歴史の側面を知らないで読んでも
意味ないんだけど。

御触書寛保集成 高柳真三、石井良助共編 岩波書店  1934年 ←購入不可能。図書館で閲覧可能
御触書集成目録上 石井良助/編 服藤弘司/編 岩波書店 2002年
御触書集成編年索引上 寛保・宝暦 小林年春/著 監修大口勇次郎 ゆまに書房 1997年
御触書集成目録解題 石井良助/編 服藤弘司/編 岩波書店 2002年発刊

番外編のお勧め資料
銅板葺屋根 日本銅センタ?銅板葺屋根編集委員会/編 ←寺院から江戸文化を考えるのに最適

御触書寛保集成は江戸時代の事を研究する上で最初に学ぶ入門書。存在しないとか論外だよw
君が嘘を付いてる事の立証になってしまったんだけど、分かってる?分かってないんだろうなーw

>実施されなかった可能性が高く、ゼロではないという程度の信憑性ってのは、実物は
>ありません。って発表で普通は江戸時代後期に存在してまったく実物がない?って評価です。
壊れたテープレコーダーか。ないとする明確な証拠出せばいいのにな。君が書いているのは、あくまでそうあって欲しい希望論。
塵塚談については、やっぱ答えないんだね。嘘つくには苦しいのが手に取るように分かってしまう。

>屋根の名前から誤認説は最初から否定的です。すなわち存在していない説ですよ。違うものと
ん?誤認説は根強く残っているとか言ってた馬鹿は誰だったっけ?
そろそろ苦しくなってきたか。まあ、追撃資料の提示は来週にでもする。今週は忙しい。


478 :353 ◆BmUbLWewsM :2007/01/03(水) 12:51:30
>文面は、意味不明ですが西村さんは、三井寺の関係者なんですが寺院付属の技術者ですよ。
ああ、寺の名前書き間違えたな。とか言ったら君は苦しくなるね。
寺院付属の技術者か・・・・内容知ってる俺としては笑ってしまった。

>いつの記述でしょうか?貨幣単位とか出ませんか?あと江戸中同じじゃないですよね
そらそうだ。逆に君に聞きたい。収入から無理だったと提示したからには君が明確に資料を
提示する義務があるわけなんだが。
ちなみに450文な。俺の調べた資料だとな。もっとも人によって歴史的背景から貨幣の価値は代わるんだが、これは蛇足か。

>原田多加司さんって檜皮葺職人の方ですよね。現存したというような話載ってませんが・・・。
ぐぐれ。そのぐらいできるよな?檜皮葺職人じゃねーよボケ!暴言吐くな!
他にも色々と屋根についての考察本を出版してる。日本屋根について学びたいならこの人の本だ。

>屋根 伊藤ていじのも現存写真・・・載ってないですね
牡蠣殻屋根の現存する屋根は存在しない。何度も言わせんな。これは100%。俺も最初のほうにそう書いた筈なんだが。
だが、資料や文献にはしっかり残っていて、日本の屋根の成り立ちについての考察本には必ずその名が出てくる。
それで資料を提示したんだが・・・・写真しか見なかったのか?????

>お触れ書きについても読んでないんじゃないかと。幕府って法令いいかげんで
ふむ。九万五千もの記録書が残っているのに、いい加減なのか。そうかそうか。江戸幕府のシステムについて学べ。
瓦が禁止云々については前にも書いた。水戸さんが既に的確にツッコミ入れてるので俺は突っこまない。

>論点じゃないのなら触れる必要もないのにわざわざ触れるのは353が茅葺きだけって
>意図的に誤変換してスリカエたのがバレたからでしょ。率直に謝りなさい。
あのなー、『牡蠣殻が何故使われたか』についての歴史的背景も語らなければ意味ないだろ。
まして電波満載の君を諭すのに分かりやすく説明してるのにな。論点をさらにズラそうとするなよな(苦笑)

479 :353 ◆BmUbLWewsM :2007/01/03(水) 12:52:37
>瓦は腐らないので在庫を確保していたのですよ。境じゃなかったとは思うけど353は
いや、もう長文で書いても見苦しいだけだから。ちなみに毛利家が200万両もの借金していた事ぐらいは知ってるよね?
江戸三御屋敷新御作事記録によれば、堺を拠点に輸送したんじゃなくて購入した事がハッキリ書かれているわけなんだが。
君の挙げた『石州の〜』とやらは大日本史なのかな?それを元にした事しか書かないね。

>>442の寺自体が違う。あと西村家文書を信じるなら近江大津の人が江戸の瓦を見て10年以上かけて
>完成・・・年代とまあ有り得ない云々よりもそんな事実ないでしょ。脚色か覚え書きのミスとしても
正確には『西村家緒諸覚書』だな。寺は三井寺で正解。
嘘ばかり付くから試させてもらった。その後の記述は推測論だったのはガッカリだな。
大徳寺は明治期に桟瓦葺きになったわけだが、意味分かってないなー。時代背景について考えろ。
それと君の意見はかなり強引で都合のいい解釈ばかりだね。反省して下さい。

>>471
供給が間に合わなく高いので生まれたのが土屋根であり、さらにその上に平瓦を載せる事が
幕府からの防火対策への対応となり、平瓦だけだと落ちてしまうのを防ぐために生まれたのが
牡蠣殻屋根と芝を植えた屋根だったりします。
474で挙げてる事象は建築の研究者達の視点と日本史の研究者達の視点だとスタンスが違いますね。
それがまた面白い。
もっとも後に瓦以外を禁止にしたのは同じスタンスですが。

>>476
なるほどー。小田原城が難攻不落の要塞だったのがうなづけますね。技術面から戦国を考証するのもまた面白い。


480 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 15:05:08
>>477
つっこみどころ満載だなぁ・・・文意を353脳内で変換したもので反論されてもねぇ。
法令面でのって理解してないのかな。
あと御触書寛保集成って宝暦集成と矛盾する触書いっぱいなんだが
索引だけあげてるってことは知っててわざと?
初期と中期・後期で瓦葺き禁止も出てる。推奨とか吉宗時代周辺だけ・・
初期は消火作業で瓦落下が危険だからって理由。後期は多分前例か復古主義。

希望論じゃなくて法令に関しては実施されたかってのが法令集や判例(仕置き)みれば
分かるのですよ。ぶっちゃけされていない。定信の隠密に隠密をつけるような
事例や鳥居耀蔵みたいなのは例外中の例外でほとんどは名目上禁制するだけで
守れなさそうなのは取り締まっていない。というか判例・仕置きがないのですよ。
見つけたら挙げてね。ないけど。判例ゼロなのでお触れが実際に出されていなかった
って考え方もできるんだけど。本当に施行されたの?

塵塚談って江戸?武蔵国豊島郡の話だからなぁ・・しかも80歳くらいの時の随筆書でしょ。

資料
江戸
御触書写
御仕置御規定
御書附写並高帳
御勝手方御定書 御定書并伺之上被仰渡候書付 上・下
御定書并伺之上御下知書付 上・中・下

江戸周辺
御触書留書
御触書小前御請印帳

481 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 15:26:06
>>478
ネタ並みの反論なので笑ってしまったが、マジかもしれんのでツッコミ

>寺の名前
353って実は読んでないだろ。文献名だけってのがバレバレ。

>高価なものではなく、今で言えば日給1万5000程度
でいつの記述で貨幣単位は?自分で挙げておいて答えられないの?
それとも資料名と適当な日給は353は考えたの?

>考察本を出版
檜皮葺で有名な人なんだが353は知らなかったのだろうか

>現存する屋根は存在しない。ry 資料や文献にはしっかり残っていて
残ってないって自分でいってんのに資料は正しいってムリムリだよ

>九万五千もの記録書
つまり言ってるだけ?逆の禁令とかは無視?

>歴史的背景も語らなければ
触れる必要ないって自分で言っておいてそれって矛盾するよね。


482 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 15:57:15
>>479
毛利家はむちゃお金持ちなんですよ。じゃなきゃ誰も貸さない。慶長時代の純度の高い金貨
とか莫大な銀貨保有(たぶん銀山産)してるのと大阪に物資集積地を確保してた。実際には
大阪に集積してる物資が担保なんだろうけど。長州がお金持ってることは広く知られてた。
幕末でも純度の高い金貨と銀貨は100万両以上残ってたそうだが、結局維新後に政府に全寄付。
広大な土地は、大阪とか高野山に寄付したそうです。

家光時代に大量に建材を提供してる。家光は異常なくらい建設してるから心証がよかった。
堺に発注したという話は確認できませんが、全国から物資を調達したり供出させたりしている。
諸侯は任意だけど、毛利ほどではないにしても供出している。

>寺は三井寺で
間違ったときはその言い訳で通すのかな。478で気付いて479でってのは分かりやすいけど
率直に反省すればいいのに。素直になりなさい。で明治時代でいいわけね。

>供給が間に合わなく高いので
土でも手間で意味がないのでは?どこから土を入手したのだろう。土壁とか漆喰もかなり
高いですよ。左官職人の費用とかも。

>小田原城
野戦構築なので瓦じゃないはず。武田にしろ上杉にしろ民家は略奪して焼き討ちするので
簡易な方が再建しやすいという可能性も。



483 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 17:40:34
瓦だか屋根だかがどう暗黒時代かどうかにつながるんですか?

484 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 19:14:06
1〜482オマエラただの江戸好きだろwww
結論 江戸技術厨は以後下記へいけ

現代からしてみれば驚く江戸時代の技術
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1103907725/l50

485 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 21:32:27
>>483
同意
スレあんまり読んでないんだが、瓦やらなんやらとか言うのは防火対策の事?
瓦が普及してたらしてたでいいし、経済的・技術的理由等々で瓦が普及してないならしてないでそれはしょうがないんじゃないか?
幕府の誤政や鎖国に原因があるなら、暗黒やらなんやらに繋がるかも知れんけど。

それに例えば瓦じゃないにしたって、幕府の尽力によって火消し等が整っていれば暗黒とはならんのじゃない?

486 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 21:43:15
>>485
たしかにそうだな
おれもよく読んではいないが、瓦とかは枝葉末節のような気がする
事実はともかく普及してたってことにしておけばいいんじゃないかな?昨今の映画とかでは
なんか貧乏っぽい描写が過ぎると思うのよ

時代考証とか言い出したら真っ暗な家でボロボロな粗末な家ばかりになるじゃん
暗黒って見方も出来るけど粗末な方がリサイクルで立て直しやすいとか火事の時に壊しやすいと思えばさ。

落下する瓦で怪我するから瓦禁止されてたってのがあるらしいけど、そんな教科書に載ってるような
こと言ってたら時代劇とかみんな違うってなるじゃない

487 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 21:49:11

 ◆◆スレッドに書き込むときの心得◆◆
 
 ○レスを付ける時はレスを全部読んでからにしましょう。
   


488 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 15:47:44
これは体のいいアラシでしょ。
瓦がどうとかはやめてくれ。うざいんだよ。

489 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 15:50:03
おれは475だよ。
ようするに瓦がどうとかは、どうでもいいっていいたいんだよ。
消えてくれ。
前のレスに戻ってくれ。


490 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 15:53:28
北条何某(名前失念)は京にあこがれたんだよ。
で、京都と同じにしただけ。

板葺き茅葺だと暗黒なのか?
瓦をやめて板葺きにしたら、極楽→暗黒なのか?
じゃあ小田原城下は極楽から暗黒に移行したことになる。
アホクくさ。

491 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 16:27:55
時間があって、それなりに健康なら、献血はいかが?体調把握になるよ。

http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20070105/2308.html
富山市布目の会社員、井手澄夫さん(59)が四日、同市飯野の県赤十字血液センターで
九百二回目の献血をした。井手さんの計算では、これまでの献血量は百九十リットル以上
になる。世界記録認定を目指し、今月上旬にもギネスブックに申請する。
井手さんが初めて献血したのは昭和四十五年七月。しばらくは子どもの誕生日など記念日
に献血していたが、二百回を超えたあたりからペースが上がった。「当時暮らしていた長崎
で自分が一番多いということを知り、行けるところまで挑戦してみよう決めた」と振り返る。
ギネスブック認定を思い付いたのは八年ほど前。現在、世界記録を持っているのは
南アフリカの男性で、献血量は約百九十リットルという。井手さんの手元に昔の記録はなく、
正確な量は分からない。そのため認定はギネス社の審査に委ねられる。井手さんは
「健康に気をつけてきたおかげで、ここまでやってこれた。ギネス認定にかかわらず、
今後も献血ができる六十九歳まで続けたい」と話している。


492 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 16:42:38
>>491
そういうあんたがいけばいい。
くだらないこと書き込むな。

493 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 18:04:49
結論 ようするに瓦がどうとかは、どうでもいいっていいたいんだよ 。
現代からしてみれば驚く江戸時代の技術 に戻ってやれ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1103907725/l50
じゃなきゃ消えてくれ。。

494 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 22:13:49
 百姓一揆、逃散、間引き、嬰児殺し、人身売買、売春など農民の悲しい抵抗と犠牲
の上に徳川263年がある。暗黒の歴史なのである。
 飢饉で餓死したり、税金を滞納してひどい目にあわされるより、次善の一時しのぎの策
として、農村の婦女子は人身売買の対象となった。 売られる歳は7、8才が多かったという。
 又、越後出身は、他地方の婦人より二割ほど高かった。主に人口の減った東北へ送られている。
忍耐力が強いことが理由だそうだが、飢饉時の間引きで女性比率が下がった東北需要が高かった
為という。

 人間が物として売られた。 これが徳川幕藩体制263年の歴史であった。


495 :353 ◆FjOpeTE2Ts :2007/01/10(水) 00:04:53
なんだかスレ違いと言われているようなので、簡単に説明をすれば
     ↓
>335 :日本@名無史さん :2006/12/10(日) 12:50:34
>土屋根厨って牡蠣屋根とかとんでも説とか言ってることにつじつまが合わなくなって
>最終的に学者によって見解が違うって事にしてたやつか?

で、このスレのこの問題について話しあってるわけです。
なのに意図的に話しをスリ変えられてるのが問題なわけなんですが。

ちなみに牡蠣殻屋根についての江戸時代の資料

御触書寛保集成
西村家緒説覚書書
述斎偶等
塵塚談
正宝事録(土屋根についての記載)

日本史分野での資料
江戸考学研究辞典 江戸研究編 相書房
雑学建築史 彰国社
大江戸八百八町 石川英輪

建築分野での資料
新建築学大系59 彰国社
屋根の日本史 原田多加司著作 中央新書
屋根 伊藤ていじ 淡交社
日本の瓦屋根 工学博士玉置豊次郎監修 坪井利弘 著
古建築辞典 武井豊治 理工学社
建築史研究 太田博士太郎

496 :353 ◆FjOpeTE2Ts :2007/01/10(水) 00:06:24
あれ?トリが変わっている???ま、いっか。
探せばまだあるんだろうけど、なかったとする資料や説は見ないですね。
江戸考学研究辞典かな?には遺跡からまだ発掘されず文献にのみ記載が見られると書かれていたが、
他の江戸時代の文献に記載されている事から御触書だからと完全否定をしていない。

>>480
で、意味が分かってくれたと思う。瓦云々を論争してるわけじゃないよ。
矛盾って、知ってるよそのぐらい。その辺は469〜で水戸高麗門さんと瓦長一さんが既に語っているしね。
「御触書集成が現存しない!」とか電波飛ばしてる相手に、御触書寛保集成 1638項 1639項 見れ。
言っても意味ないから。以前に1660年、1716年とヒントも書いたんだけどさ。
少しは勉強して欲しくてわざと書いた。どの本読んでもすぐに、御触書寛保集成 高柳真三、石井良助共編 岩波書店
に行き着くしさ。成り立ちぐらいは理解できるかと思って書いた。
「図書館で読め」までヒント書いたのにな・・・・・・
つか、日本史に詳しい人なら、ここまで言わないでもすぐ分かる。
塵塚談は江戸市中の見聞録ではなく、武蔵国豊島郡の話しとして研究されてるの?

497 :353 ◆FjOpeTE2Ts :2007/01/10(水) 00:09:12
>>481
>353って実は読んでないだろ。文献名だけってのがバレバレ。
原典までは読んでないな。現代語訳したのを読んだけどな。
つか、推測だけの君はそれさえ読んでないのがバレバレで見ていて恥ずかしくなる。
三井寺の玄関を桟瓦で葺いたとか知ってた?

>でいつの記述で貨幣単位は?自分で挙げておいて答えられないの?
>それとも資料名と適当な日給は353は考えたの?
あいかわらず自分は答えられないんだね。1698年頃には御触書により大工手間は銀三匁として定めされている。
簡単な土方作業は二匁。
自分が「大工手間が高価で瓦屋根はできなかったんだ!」言い始めたんだろうが。やれやれ。

>檜皮葺で有名な人なんだが353は知らなかったのだろうか
人を間違えた。これは俺が悪い。素直に謝る

>残ってないって自分でいってんのに資料は正しいってムリムリだよ
以前も書いたように、技術の連動した成り立ちがなければ発生するわけがない。前にも書いたよな?
天地根元宮造りは現存しないが、いきなり合掌造りが生まるとでも思っているのか?
それと、これから書く事で君の論にも矛盾が生じてくるのでよく読むように。

>率直に反省すればいいのに。素直になりなさい。で明治時代でいいわけね。
完全に葺き替えたのが明治時代。やはり罠にかかってると気付かなかったか。
どんどん焼きで調べてみよう。奈良と京都での桟瓦と本瓦屋根の違いが分かる。

498 :353 ◆FjOpeTE2Ts :2007/01/10(水) 00:11:12
>467で述べている
>独占的にって誤理解してるけど瓦の形(実質スタンダード)がそれのせいで石州っぽい瓦になったってこと
調べてみたが捏造。石州瓦が普及したのは明治後半になってから。三州瓦よりも普及率は遥かに下で淡路瓦と同程度。
三州瓦は国元からの輸送の形跡は紀尾井町遺跡より発見されているが、石州瓦は一切発見されておらず、
それこそ『江戸三御屋敷新御作事記録』等の文献にのみ記載が残るだけ。

>土でも手間で意味がないのでは?どこから土を入手したのだろう。土壁とか漆喰もかなり
>高いですよ。左官職人の費用とかも。
たまには明確な資料提示して。
こっちばかり提示してるんだからさ。

499 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 02:05:23
暗黒時代確立を問うに江戸の屋根は完全茅葺屋根である事が必要。論考考証など笑止。之以上スレ違いの書き込みをするからに
荒らし認定によるアクセス規制において考慮しているのか是非を問いたい


500 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 02:07:34

これ以降は、現代からしてみれば驚く江戸時代の技術 に戻ってやれ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1103907725/l50



501 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 03:04:11
どうでもいいがアク禁でもくらってたのかね?

>> 495
載ってない資料上げられてモナ。
田舎のおっさんの回顧録(80才近くになって若い頃の江戸の噂話記述)とか
近江の寺職関係者とか関係ないのをリストアップしてるので注意。
ググって適当にあげたのだろう。最初に引用してたのは雑学本(笑い)
353は元々雑学建築物で読んだのが刷り込まれているらしくそれにこだわってるようだ。
牡蠣屋根は止め石と呼ばれた石止めの形状と色の異称で牡蠣殻ではない。
牡蠣殻を並べたとかトンデモ説を想定していたようだが353は論駁されると埋められたもの
とか芝だの違う物にすり替え始める。
最初に引用文献を上げるなら分かるが後になって付け足しのように言い始めるとこが
厨房っぽいな(^-^*)
後半にリストアップされている文献には最初から載っていない。
建築の知識もないようなので話にならない。

>>496
完璧に論駁されたので言うに事欠いて知ってるよって言い始めましたか。
このパターンならなんでもよさげ〜〜。わざと書いたって言わなくても率直に
ごめんなさいで許してあげる。逆に禁止されてるの分かってて言ってるのって
論理が破綻してるよ。


502 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 03:05:44
>江戸時代の瓦職人の組合記録である『檜皮名前帳』や当時の公儀御定による屋根葺きの手間について
>書かれた『愚子見記』によれば高価なものではなく、今で言えば日給1万5000程度。
353の説によれば高額 日給1万5000らしいので×職人5人
(固定漆喰で必要な左官2名 葺き替え瓦職人3名)
×工期30日としても2250000

金1両=米1石=約150kg、現在の米価約16,000円/60sで計算すると、
16,000(円)÷60(kg)=267(円)
267(円)×150(kg)=40,050(円)
よって、米価では1両=約4万円になります。
相撲取り十両で40万あれば一年たらふく食えたそうなので日給1万5000はかなり高い。
40日働けば一年間働かなくていい計算になります。

2250000を両換算にすると56両。関取の年収の5.6倍・・・無理でしょ。裕福な民衆が
2〜3倍の収入としても年収の数倍のコストを負担できる?

>1698年頃(?)には御触書により大工手間は銀三匁として定めされている
根拠は448の話なので353がいいかげんなら違うカモね。353が円で日当を脳内計算
したので確認の為に言ったんだけどこれも後で違うとか言い出すのかなあ。
本当は決められてないでしょ。



503 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 03:44:19
>>498
赤土とか関東ローム層とか知ってるだろうか?地学知識がまったくないと分かりにくいかも
しれないが、沼沢地である江戸は石灰がとれない。明治になって秩父や他の地方から
石灰が供給され土塀や白壁、漆喰も一般的になったが建材に使える土はどこにでもあるものでは
ない。藁やオガなどを混合させる技術もあるが、石灰を焼いていわばセメントとしての使用は
元々防御建築などで武家に限定された物だった。武家屋敷の土壁とかなにも好きこのんで
そうしたわけではない。コストと資源を浪費し燃料の供給(江戸期は薪、炭)が潤沢でない状況で
安くできる道理はないのだ。世界でも中世以前の大都市が滅んだ理由は大抵資源枯渇など要因が
多い。マヤとかその典型。

※鏝細工などの左官意匠が発展した大正期までの左官について毎日新聞の特集が詳しいので
暇なときに調べるといいだろう。本題とは関係ないので別に興味がなければ調べることはないが。

石州瓦が発展したのは山林資源と輸送ルートとしての瀬戸内交易圏(瀬戸物、割れ物ルート)が存在した
ことが大きく、前期は瀬戸内〜関西上方から東海関東へ至っている。家光時代に度を超した建築ラッシュを
行った為に上方から瓦を含めた建材が大量に供給された。石州瓦は江戸中期に最盛期を迎え
(日本史の教科書で習ったと思うが北前船航路によって)北陸から北海道はては沖縄まで運ばれて
普及したので瓦のことを知っていれば広く分布しているという観点からも江戸瓦の中心と言えることが
分かるはずなのだが。

もっとも明治からのプレス・焼成技術導入はそれはそれで技術革命ではあるが。石州瓦が江戸期に
普及してないというのはありえない。琉球瓦への影響など釉薬、製法の伝播もそうだがスタンダードな
ものと言えるだろう。三州瓦は東海での普及だが尾州公が自領建設で江戸などへの供出要請を断った
経緯などがあるので少なくても江戸初期には流入していない。わざわざ毛利に家光が供出要請を
しているのは、そういう経緯がある。上方の瓦在庫を江戸城下建築で使用している。主に武家建築に
使用され大名家の豪華な門が話題になっている。

504 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 07:55:35
うんこを塗り固めたうんこ壁、うんこ屋根は一般に普及していた。
つまり江戸はうんこの町と言える。

505 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 10:15:20
驚愕の真実!











んなわきゃない

506 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 11:20:52
>>501−503
いい加減ウザイ
他でやれ

507 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 11:33:12
〉〉506
深夜に書き込む辺りニートなんだろ。生暖かい目で見守ってあげなよ。

508 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 11:36:38
海外でもそうですが財力と階級は必ずしも一致しません。

日本の階級は、

上流階級(The upper class) 皇族(旧十四宮家)、公家(摂家、清華家、大臣家)、
武家(将軍家、大名家)、政治家一族(衆参議員クラス)、神職及び僧侶(僧正、浄階クラス)
軍人(将官クラス)

中流階級上(The upper middle class) 公家(羽林家、名家、半家)、元士族(旗本、御家人)、
政治家一族(県知事、市長クラス)、大学長クラス、経営者及び役員クラス(年商100億以上)、
神職僧侶(僧都、明階クラス)、軍人(佐官クラス)、資産家(地主、馬主、山主、大株主)、
官僚(キャリアトップ)の家系、豪農、豪商、大庄屋の家系

中流階級(The middle class) 公家(地下)、元士族(藩士、郷士)、政治家一族(県、市議会議員)、
経営者及び役員クラス(年商1億以上)、神職僧侶(律師、正、権正、直階クラス)、家元(伝統芸能)、
大学教授クラス、上級公務員(キャリア組)、投資家、芸術家(書道家、画家etc.)
医者、弁護士などの各種専門職(独立開業可)、軍人(尉官クラス)  

上記がブルジョア階級


509 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 11:37:48
下記がプロレタリア階級    

労働者階級上(The upper working class) 芸能人(プロダクション所属)、スポーツ選手、
自由業(作家、トレーダー、フリーランサーetc.)、自営業、公務員(事務系)、
サラリーマン(部長以下、一流企業含む)などのホワイトカラー職系の家系

労働者階級(The working class)公務員(現場系)、肉体労働者などのブルーカラー及びグレーカラー職系
貯蓄残高ゼロ世帯の家系

下層階級(The lower class) 花柳界、ホームレス、生活保護、などの家系

階級は家柄であって教養や文化や政治に対する考え方など家庭の中で話す内容は格階級によって違うかと思います。
話してる内容は各家庭に於いて多少温度差があるでしょうが、大体こんな感じではないでしょうか?

上流階級   政治、皇室、芸術、歴史、趣味 、宗教
中流階級   経済、文化、ビジネス、哲学、歴史、法律、ファッション、科学、資産運用(投資)
         学歴(留学、大学etc.)、習い事
  
労働者階級  飲食、車、家など目に見える物、ギャンブル、芸能、スポーツ、観光旅行、ローン返済 、会社内の仕事話
下層階級   会話の内容が無いがお金の話が多い。 黄色い声が入り混じってストーリーが掴みにくい。

(注意)
親族の中でどの職業が多く占めているかで判るかと思います。
同じ階級でも幅があるので同じ位置ということではない。
プロレタリアであってもブルジョアを凌ぐ財力がある場合もある。

510 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 13:03:04
皇室は実質的には階級とか関係ないような気もするが

511 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 09:51:38
>>501
日本語分からないのか?スレ違いだと言ってるんだよ春日

512 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 13:04:28
>>501
何か勘違いしているようだが、お前がやってるのは「スレを盛り上げてる」んじゃなくて、
憶測と妄想を撒き散らして住人に迷惑をかける、荒らしに近い行為だぞ。
スレが盛り上がるどころか、むしろ住人離れを招いている。
せめてトリップくらいを付けてもらいたい。
353はNG登録すればいいが、お前はトリップ出さないから登録できないんだよ。
早い話しが邪魔

513 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 17:57:01
楽園スレと暗黒スレに分けたからと言って、捏造してたらネタスレに成り下がる事を
理解しなければならない。

514 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 19:10:52
>511
今度からチラシの裏にかいとけよ
三回も書き込むようなことじゃないし
その前もオマエだろ

age荒らしで埋めても
妄想と言い出して逃げたことはまるっと丸わかりだ
都合が悪くなるといつもそうだよな

もう二度と来なくていいから
この後の人生で論破されたら捏造っていうクセ直せよ
社会不適合とか迷惑だからな


515 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 19:36:31
>>514
貴方様の仰ることは一々ごもっともですので、屋根についてまだウダウダいいやがりたいなら他のスレでやれボケ

516 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 19:44:06
ごもっともであり、江戸驚異の技術っぽいスレでってことで。閣下

517 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 22:05:54
大河ドラマで有名な山本勘助は江戸期に著作された甲陽軍鑑(作者小幡景憲)に登場する
創作上の人物だが三河出身という設定で徳川時代に受け入れられた。

武田軍の伝令に山本管介という同名の人物が偶然存在するので実在の人物とする説もあるが
それなら二四将に入るはずもなく
ようするに三河侍の活躍の願望にすぎない。三河侍の雇われになった
武田系の人間の屈折した時代を象徴してる。

いいかげんな時代だが太田牛一も似たようなものなので
それほど奇異な話ではない。

518 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 02:27:43
>>517
小幡は山本の子孫の話を元にしているので勘助は実在の人物。
多少誇張されてるが言った者勝ちなので武田重臣扱いでも間違いではなかろう。

519 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 07:19:42
>>514-515
自らの荒らしを正当化か。お前最低な奴だな!
連投する辺り余程頭に来ているいるのか内容が破綻しているなwwぉいwww
君を無視すればいいだけだからさ、トリップ出せよ。
NG登録するからさ

520 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 09:01:40
>>514
本人乙!自己弁護も大変ですね☆(^O^)/








ダブルスタンダードの言葉の意味ぐらいその頭でも理解できるよな?
353と共に消えやがれカス

521 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 10:06:29
ここは1=501の自己満足のための専用オナヌースレッドですがそれが何か?
不満があるなら出ていって下さい。ニヤニヤ

522 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 12:00:28
毛利家を神格化しているスレはここですか?

523 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 13:25:58
>>519
荒らし路線ですか?wwいwwwとか

519は”日本@名無史さん”をNG登録するといいよ。


524 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 13:42:32
>518
たしかに江戸時代には『甲陽軍鑑』は軍学の聖典と尊重されて広く読まれていたので
山本勘助という人物の存在は史実として疑われていなかったのも事実。

ただ甲陽軍鑑は軍学者小幡景憲が武田の軍法がすごいってのを喧伝する目的で
高坂弾正に仮託して書いた創作物なので子孫のクレームのかからない高坂や
勘助に活躍をさせている面が大きい。名前だけの可能性が高いのだ。基本的に成功役を
高坂、失敗役を勘助に仮託している。山勘とは外れた代名詞でもあるのだ。

>522
山本勘助は、武田信玄の部下だよ。毛利じゃない。
ただ伝説では流浪時代に大内や毛利にも知遇があったという。信憑性は低いと思うが明智光秀にも
同様な伝説があるので軍師は京や西国を知っているというのがセールストークだったのかもしれない。
甲陽軍鑑によれば信玄に大友家の立花道雪のことを話したという。柳川の立花は徳川家に武士の鑑
として再興されたばかりなのでその影響で小幡が付け足したのかも。

525 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 13:54:25
武田信玄って江戸期に過大評価されてるだろ
徳川を一回破った以外は大した戦果ってないやん。上杉にも勝てないし北条も倒せないし。

526 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 13:57:03
今川とか諏訪を倒してますが?

527 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 14:24:21
>>525
武田は滅びたのでその配下の武将とか兵卒が徳川家に結構仕官してることを考えれば
そうおかしな話ではない。ちなみに武田と戦った上杉も評価がかなり高い。こっちは
存続しているのでさらにすごい武勇伝になっている。一騎打ちの伝説まで存在する。

>>526
信義上かなり問題のあるやり方だが・・・今川の場合は同盟破棄で徳川と分割。
諏訪は悪辣で約束を破って当主を殺してしかもその姫を自分の側室にするという戦国でも
通常ありえないことをしている。もっともそれおかげで信州と駿河・甲斐の三国を制する
大名になり信長に対抗できるようになった。領地が増えたので旧武田遺臣も当然増える。

基本的に軍記物は戦争の凄惨さではなく武勇伝として江戸期に語り継がれた。
現実を知らずにこれらの話を鵜呑みにした愚かな英雄信仰がやがて暗黒な兵站無視の
動員計画へと形を変える。江戸期の東北諸藩への北方警備動員などはその典型。



528 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 15:13:07
>>523
トリ出す脳がないならせめてコテ名乗ってくれないか501よ

529 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 16:52:12
>>528
嵐は放置が基本

530 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 18:33:50
>>523
   ___    クルッ…   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  / || ̄ ̄|| <⌒ヽ ))  < はてさて、
  |  ||__|| <  丿    | どこを縦に読みゃいいんだ?
  | ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/  \___________
  |    | ( ./     /


531 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 19:28:14
>528-529
分かり易い自作自演。もう二度とすんなよ。

532 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 19:30:42
貴方様の仰ることは一々ごもっともですので、まだウダウダいいやがりたいならチラシの裏に書けボケ


533 :日本@名無史さん:2007/01/12(金) 19:44:39
 
 ● スレッドに書き込むときの注意 ●

 ○ レスを付ける時はレスを全部読んでからにしましょう。
   既出の話題をむしかえすと、議論の妨げになります。

 ○ 荒らし・煽りは『完全無視』+削除依頼しましょう。
   煽りにはレスしないこと。無視できない貴方も荒らしです

534 :353 ◆BmUbLWewsM :2007/01/12(金) 23:46:14
とりあえず、捏造厨へのトドメだけ書いたら終わりにするからカンベンしておくれ。
荒らし言われたら仕方ないから移動するよ。追い詰められた501の自演じゃなけりゃいいけど。
もし、そうなら人として終わってるわな。まあ、いなくなってから勝利宣言するのはバレバレなんだが・・・・・・・・・・

>>501
深夜に発狂しているニートの君と違って俺は忙しい。それに、前に忙しいと書いたよな?
それと、君と違って俺はちゃんと調べた上で書いているから、即答はできない。君のようにネットでググった事を
都合よく解釈して電波を飛ばしたりはしない。間違った事を書けば、ちゃんと謝るよな?
でだ、君は挙げた資料を読んでいないのが丸分かりで痛い。ある、ない、両方を苦労して探した上で書いてるわけなんだが。
建築分野で挙げた資料を一冊でも読めばいいものを、「文献には最初から載っていない。」などと嘘まで言い始めたか・・・・・

480で君が挙げた資料について調べたが・・・・・・・・・やはり何も理解していないようだ。
ただ検索して出てきた名前を列挙しただけとは・・・・・恥ずかしい・・・・・・・。
御触書寛保集成 高柳真三、石井良助共編 岩波書店 は、今の江戸研究の日本史学会では誰でも読む入門書なんだよ。嘘だと思うなら聞いてみな。
これを元に付箋を貼ったりデーターベース化して研究がなされてんだよ。君が挙げた資料程度なら全てそこにまとめられてる。
県立図書館クラスの蔵所にならあるから、一度読んでみな。

482について。石見銀山は幕府の直轄領(天領)
長州藩は当初から財政が貧窮しており藩内の検地を度々行って厳しく年貢を取り立てている。
四公六民が平均な中で、七公三民もの重税を課していた事は有名。1831年には大一揆が起きている。
長州の一揆の数は全国でも群を抜いている。1837年にも下関・三田尻・美祢・小郡で一揆があり、
それにより村田清風が藩内の大改革に取り組む。
その後、ようやく財政になんとか余裕が出てくるようになるが借金は明治政府にまで持ち込み、
踏み倒し常習犯の薩摩と組んで、強引になかった事にする。むちゃお金持ち?

535 :353 ◆BmUbLWewsM :2007/01/12(金) 23:48:16
502について。俺が出したのを元にか・・・・自分で調べる事さえしないのか。
愚子見記がいつ書かれた事も考慮もせずに浅はかな奴。それと「十両で40万あれば一年たらふく食えたそう」とは?
他の学者の説では19世紀の大工手間は今の手間で12万5000と低く、そのため単身者が多かったともあるんだがな。

503について。大岡忠相の時代に原料の土や石灰の入手が難しく、土塗りの強制を家主が断った事が記載されている。
これが牡蠣殻屋根、土屋根が衰退し桟瓦に取って替わられた一番の要因。『正宝事録』にも管理の大変さについての記載がある。

瓦の流通について。
江戸瓦の一大生産地
南本所瓦町、小梅瓦町、中之郷瓦町、中之郷横川町、北十間川の瓦焼、山田寒山の竃
そして安藤広重『絵本江戸土産』において瓦の大生産地とされていた今戸がこれに次ぐ。
江戸の瓦は江戸によって賄われ、大名のみが国元から送られた瓦を使用している。
石州瓦は北陸、北海道に至るまで日本海ルートには広く流通してはいたが、江戸、京、三州に比べ、その量は遥かに下。
勘違いしているようだが、三州が江戸を席巻していた説はない。三州は江戸よりも遥かに下。
明治に入り、江戸より大量の職人が分散して、ようやく生産量三位になった程度。

536 :353 ◆BmUbLWewsM :2007/01/12(金) 23:49:46
過去スレ読むのが面倒な人のために、今回の件についての総まとめ

49の主張のまとめ
・牡蠣殻は柿屋根と間違えた誤認説が根強い(捏造。自分が柿(こけら)屋根を勘違いしただけ)
・石屋根を牡蠣殻屋根と誤認した説が強い(捏造。石屋根の成り立ち自体が違う)
・石州が瓦の流通を独占、販売。市場に流通しないようにしていた(捏造。石州瓦は4番手の中堅瓦)
・西村家緒諸覚書は辻褄が合わない捏造本(希望的推測論。何にせよ『火除け瓦(土屋根、牡蠣殻屋根)』があった事は事実)
・御触書は存在しない(捏造。大蔵書庫に現存するし編纂もされている。無知な人間の言う言葉)
・高級の大工手間では普及しなかった筈だ(根拠のない推測論。高級取りは棟梁。大工は薄給)
・毛利家は富豪だったので、瓦の流通を統制していた(捏造。毛利家は借金王国)

ちなみに牡蠣殻屋根については3つの論が展開されている
1.幕府の視点からの化石化した牡蠣殻の灰を塗り防火処理を施す論。防火処理コーティング(日本史会に多い論)
2.土屋根に平瓦を積み、接合を高めるために牡蠣殻や芝を使用論。接合使用(建築史会に多い論)
3.土屋根が落ちないように芝を植えたり、牡蠣殻を軒先に打ち止めにしておく論。いわゆる『火除け瓦』(日本史、建築、両方にあり)
個人的には『塵塚談』や『述斎愚等』の内容との整合性が高い3が使われていたのではないかと思われる。

こんなとこか。まだ反論するなら移動して相手するけど?
捏造までして自分の持論を堅持するのは馬鹿チョンと同じだよ。


537 :353 ◆BmUbLWewsM :2007/01/12(金) 23:52:30
スレを占拠したのは悪かった。暗黒スレとは言えな、捏造ばかりしていたらチョンと同じでしかないんだよ。
んなわけで捏造厨を攻撃しまくってた。もう少し実りのある内容になると思ったんだがな・・・・・他のスレとは空気が違うみたいだね。
混乱するといけないから鳥付けてたけど、名無しに戻ります。
武田の話しには俺も参加したいから。んでは

538 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 03:44:00
>>534 
それはない。建築で岩波はないわ。岩波マニアならスグにバレル嘘をいうかね。。
ちなみに日本史学界で話題で牡蠣屋根など出たこともないな。存在しないから。
学会誌でそういう記事があったら教えてくれ給え。ないから。

銀山は、幕府領になる前に領有していた。その前に豊臣直轄になってるな。
吉川家に実物があるから暇なついでがあったら岩国城に見に行くといい。吉川なのは
毛利時代山陰担当だったから。吉川は毛利元就の次男の家系。対外的には本家と仲が悪いと
されてるが当初から隠し鉱山とか本家と繋がっている。ちなみに本家は毎年朝廷に銀貨を献上してる。
ま採掘技術者とか囲ってたからだろうな。
ちなみに金貨保有高も慶長時代の純度の高い金貨を幕末までそのまま持ってた。維新後全額
政府にそのまま寄付したので記録に残っている。冗談みたいな話だが100万両だそうだ。
それでそのままかえせばよさそうなものだがそれ使っちゃうと誰も貸してくれないかららしい。
大量に出ると普通に金相場が下落するしな。
廃藩置県後に藩を維持しなくて良くなると毛利家の財産は景気よく商人や高野山に
寄付した。堂島とか麻布とかそうだな。


539 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 03:45:18
>>535
矛盾するダロっていってるんだが、否定するならオマエがおかしいってなる。
自分で出した数字も覚えてないんなら書くなよな。

オマエが石州瓦が明治からとか嘘言い出したのに指摘すると今度はちゃんと
流通っていってるな。ふつうにあやまれ。
大名が国元から瓦を輸送ってのもちゃっかり入れてるシナ。割れるから輸送できない
とかオマエは電波な説言ってたろ。ボロばっかりでてるぞ。
あと三州は東海で関係ないのにいれてるな。

353の矛盾・特徴のまとめ

・牡蠣屋根を存在したと盲信。雑学本がソース。
・後付で資料を出してくるが載っていない。江戸の話なのに近江の寺本。
・牡蠣殻を並べたものとか噴飯ものの説あとで芝とか土にとか言い出す。
・石州瓦は明治から流通などと断言
・北前航路で広く流通していることを指摘されると流通していたと平気で言い始める
・家光が諸大名に建材を要請したのと混同している。江戸建設事情を知らないらしい。
・脳内で勝手に変換してすり替える。言ってないことを元に批判。頭が悪いだけ?
・自分が上げた資料の作者をよく知らない。ぐぐって名前見ただけなのだろう。
・風説書を一級資料と勘違いしてる。作者が70くらいの時の回顧録とかも。
・矛盾した条文があるのを無視。知ってたと強弁。
・法務省がまとめた禁令考察と矛盾。編纂と写本の差が分かっていない。
・幕府の仕置き集(判例集)に一切でてこないのにあったと言い張る。
・牡蠣殻が使われてる民家が一切ないことに対して疑問に感じていない。
・分かり易くを教えてあげてるのに気付いてない。あほだな。

540 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 03:57:06
>537
最後らしいんでアドバイスしてやろう。
きちんと現実に向かい合え。知ったかぶりとかは人生をつらくするぞ。嘘を平気でついたり
自分が間違ってたら人の方を捏造とか言い出すのはいかん。
んでは

武田については
武田信玄について語ろう
http://academy5.2ch.net/test/read.cgi/history/1158554181/l50



541 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 07:48:07
これで尾張。何事もなかったかのように再開


542 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 07:51:26
>>538
横槍入れれば石見銀山は毛利家の物じゃないし幕末には400万両の借金なんだけど。終わった事を蒸し返すのはナンだが。とりあえず尾張

543 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 12:47:13
銀山は最盛期の慶長年間に毛利家時代がある。単独としがちだが吉川と毛利だな。基本的には
支配というよい庇護で献納される方式。毛利(豊臣時代も事実上の委託)から幕府(徳川家)に移譲
されるときも技術者は毛利について行ってる。わざわざ大久保長安とかつれてきてるしな。
譜代ではない大久保(巷説では武田旧臣)がなぜ重用されたかというと鉱山技術者であって
毛利系の技術者がいなくなっても単独で経営できるから。大久保は銀山だけでなくて江戸初期の資金の
ウェイトを占める鉱山事業にたいてい係わっている。

銀山そのものよりも技術者囲い込みが大きい。毛利は銀山譲渡後に周防各地で鉱山を
開発している。もちろん幕府には渡していない。初期から管轄を吉川家にしてたり徳山藩(毛利家)
名義でやってるのは名目上で本藩と関係ないとするためだったと思われるが詳細は不明。銀のインゴット
などは、明治にやはり政府献上されてるので慶長期の金と銀は資本金扱いだったと分かる。
江戸期にも毎年朝廷に銀を献上しているので幕府黙認だったのかもしれない。
村田清風時代で170万両の負債。最終的にはキャッシュフローでも帳簿簿価でも300〜400万両規模
なので計算上は200万両以上資産が残る。藩が継続するために使えない額や不動産が入っているので
実際の藩経営では使えない部分が大半だが。藩継続する必要のない段階で清算し債権者に分配している。
毛利ほどではなく慶長以来の大名は藩財政とは別に資産を保有している事が多い。逆に鉢植え大名は
最初から財政難だったりするのは無形資産である技術者などの差異が大きいと言える。



544 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 12:58:40
資料にはないが石見銀山と別の謎の巨大銀山を毛利家は所有し莫大な富を築いていた!!俺が言うかんだから間違いない!!

こんなとこ?

545 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 18:31:47
別に謎でもないが石見銀山は毛利氏と豊臣氏の共同管理で(当然秀吉の軍資金にも充てられたが)
毛利氏は最盛期に領有して石州銀を大量に保有していた。日本銀行の貨幣博物館にもあるので
気になるなら見るといい。いわゆる石州文禄御公用銀。流通貨幣というよりインゴットとして大名家が
保有している感じだな。吉川博物館にもそのものがあるが毛利本家はさらに膨大な銀を保有してた。
生産量は年に3,600貫(13,500s)らしいから半分1800貫としいても膨大な量が手に入ったことが
分かる。実際には銀座の取り分があるのでそのままではないが。
銀の技術者は、後の徳山藩(長州の支藩)が大規模にやってたようだな。江戸期というか当時の東アジア
は銀本位なのでで銀座を持つところが多い。徳山の銀座は大内時代から有名だった。そのまま接収して
毛利の一族が管理。旧大内の都、御堀や江戸期では一の坂銀山が有名。もともと大仏鋳造や貨幣鋳造で
使われた故事があるように鉱山技術があったそうだが。

維新後の太政官への献納でも銀2万両なのでいかに保有銀が多かったかが分かる。
慶長金と違って現実通貨(藩札)とかの準備銀なので現実の兌換通貨量と同等なのだろう。
ちなみに浜田藩で5000両程度。ちなみに石見銀山は幕府所有になっても増産を続け
「銀山旧記」によれば「慶長の頃より寛永年中大盛士稼の人数二十万人、一日米穀を費やす事
千五百石余、車馬の往来昼夜を分たず、家は家の上に建て、軒は軒の下に連り・・・」だそうだ。
もっとも生産量は天保年間には年100貫以下になってる。江戸期は採掘しまくりの暗黒時代なのだろう。


546 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 00:44:23
銀山は、三隅、蔵目木、青景、河原、賀野、俵、一の坂、杉山など。
杉山銀山は道天、勘場、二十枚等鉱山地名のところで採掘されてた。
最盛期は日に70貫文だそうなので1貫文=2石とすると140石。365×140で年51100石分の
価値があることになる。(当然時期によって相場が異なる)一貫が4〜5石に相当する場合も
あるのでその場合は係数で当然2倍〜2.5倍となる。

根笠、玖珂、阿川などの金山もあったりする。また銅山もあって初期の輸出品の重要品目の一つ。
(玖珂鉱床は今でも金が出るそうだ)初期は特に鉱山開発が盛んだった。
幕末になると石灰や石炭の産出量、山陰の砂鉄を物流する方の収益が上回ったそうなので
(量の母数が多いから)そっちの方がリスクが少なくて儲かったそうだ。

製鉄に関しては長州藩の絵師が描いた「先大津阿川村山砂鉄洗取之図」が技術的に貴重なので
参考になる。現物は東京大学に寄贈されて現在は東京大学大学院工学研究科が所蔵している
そうだ。石州街道から海路に接続して砂鉄を山のように船に乗せて輸送されている様子も描かれて
いる。

このへんの鉱山事情は明治の理學士木戸忠太郎が鉱山論文でまとめているが、地学・鉱物学関係の
書籍を所蔵している研究科でないと所蔵していないかもしれない。木戸論文は禅とか大陸事情の方が有名
だが本来は鉱物学が専門。一応京都大学の書庫(戦前文書)にある。貴重本指定ではないが古いので扱い
に注意が必要となる。


547 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 09:43:17
まだゴキブリがいるのか

548 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 12:24:18
   /l、
   (゚、 。`フ 547っt何が楽しくて生きてるんだろ?
   」  "ヽ
  ()ιし(~)〜

549 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 12:50:03
○ 荒らし・煽りは『完全無視』 煽りにはレスしないこと。無視できない貴方も荒らしです


550 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 16:34:10
長州は金持ちだったんだな

551 :日本@名無史さん:2007/01/14(日) 17:53:14
今の日本と同じだろう。借金がいっぱいに見えるが実は、資産も基金もすごくあるという。
あんなに貿易黒字が出てて経済大国なのに赤字で借金っておかしいだろ?
実際国有財産をバランスシートで出せば資産面で圧倒的な黒字となる。でもそれって
現金化できない公共物や事業が含まれるので意味がないって話になる。清算すれば
事業が継続できないし。売却したらそれまで。年金事業とか損益だけで兆超えてる・・
行政や道路公団でB/Sが作成されなかったのはそういうこと。政府を小さくすれば
(新古典主義経済だな)不必要な出費がなくなり効率が良くなる。最低限の公共財の
提供にとどめて経済活動を自由にさせるべきだと。つまりケインズの言う夜警国家なわけだ。
もっとも現在は福祉国家(福祉を拡大すれば官僚が肥大化する)で年金などが国家予算の
に相当する特別会計で別になるような方向性だが。財政改革ではNPMとかでry

資産あるなら借金するなよなって素人的には思うかもしれない。ただ行政の財政って他のことに
使っちゃダメとか特定財源とかが多い。公債償還の為の予算や人件費相当分などは
存続し続けるかぎり手をつけられない部分なのだな。封建制度下ではそれが膨大。
封建制の諸藩に関しては、それが家臣の俸禄であったり領地の維持費、儀礼その他で
自由に動かせない固定費がほとんど。廃藩置県でそれがすべて中央政府に移管されたので
資産を維持(領地が大きいほど当然巨額)に回さなくてもよくなれば規模に応じて清算で
+になる。長州は別会計で固定費とかの通常予算とは違う特別会計方式で積み立てた資金を
使ったからすごいことになった。本来なら準備銀の2万程度の経済枠に過ぎないのに
予備資金で70万両とかあり得ない額を積み立てていた。・・通常財政に転用すれば35年分

552 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 13:03:05

    iンr_
   ゞ,//ヽ
   Zd|゚ー゚リ
   〃Y木i'つ 
   Uノ___ゝ
     し' U


553 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 23:07:47
>>524
山勘は山師の勘

554 :武陽陰士:2007/01/25(木) 21:53:54
余は市井の大隠武陽陰士なり。
久方ぶりに訪なえば荒涼たる有り様。嗚呼。
江戸極楽論者の跳梁跋扈すでに進みたること如何ともしがたし。
奇特なる御仁はおらぬか。余はこの板今一度生き返らんことを冀うのみ。
そなたら江戸極楽論者に告ぐ。そなたら四書五経、武芸のたぐい修めたることあり
しか。江戸をば知らんと欲せれば即ち当時の者どもしたること真似るべし。
かいなでの江戸談義など片腹痛し。そなたらの文言文一致なりしか。
不快この上なし。そなたら御一新後に成りたる文を用ゆ。
不愉快千万なり。普請与太話金輪際止めるべし。


555 :武陽陰士:2007/01/25(木) 22:42:58
欲せれば→欲せば
上の文の誤謬なり。ご寛恕願いたし。


556 :リサリサ:2007/01/28(日) 02:03:54
なんか、おかしなスレあるっつうんで来てみたが、

何?このMM大会ww。(´〇`)

妄想?作話症?…自虐的自慰行為??

557 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 07:36:48
某所から誘導されてきてざらっと読んだんだが…。
いったい建築や瓦屋根とか、そんなものの真偽が
江戸時代が暗黒であったかどうかなんて結論にどうやってつながるんだ?
同時代の他国と比較してでの検討でないと全く意味がないと思うんだが…。

寺子屋が存在し侍でもない一般市民が一定の読み書きができ、
庶民の女性が一生のうち一度であっても旅行もでき、
浮世絵などの大衆文化が存在し、特権階級でなくても劇場に出入りでき、
年に数度とはいえ花見、お祭り、花火大会などのイベントすら存在し、
一定の食糧管理のもと飢饉もそうそう起きず、暴動らしい暴動も滅多に起きず、
江戸など大都市の凶悪犯罪の発生率もほとんどないに等しく、
税率も平均3割程度と現在と同レベル、エトセトラエトセトラ。

同時代のヨーロッパの一般庶民の状況とかと比較すると天国のような気がするんだが。
芸術も演劇も貴族や特権階級の物で、旅行なんて夢のまた夢、
商人などを除く庶民の識字率はゼロに近く、
毎年のように大量の餓死者が発生する地域すらあった。
ヨーロッパ以外の国ではさらにひどい状態だし。

そりゃ現代の常識で江戸時代を語れば当然暗黒だろうけどさ。
そういう時代を無視した検討って何か意味があるのかな?

558 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 13:37:29
         ,、          _
      / l          ヽヽ
      ,′|          ヘ ヽ
      l  l           l ヘ
      |  l           l. l
      | ヘ              l  |
      ヘ  ヽ         /  j
      ヽ  \ , -┬┬、/.  /
       \   7   ヽ ヽ_∨ 
         ヽ  l   .  二 --`ゝ
          /ゝ' _.. '-'´ ・   ・ ヽヽ
         j−'´ |  =   _人  ~ l 〉
        / ̄ ̄l         ノ´
         / ̄ ̄~|      _.. ィ‐┐
        ゝ──'>ー<二○'´i ̄
           `ー┐      l
            _」      つ
           ゝ───…  ̄
         /
      ⌒ヽ/


559 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 15:57:18
>>554
馬鹿丸出し。

>>557
流れを読めば分かるように暗黒妄想を語るスレなので。
まともな意見、資料は一切意味を持たないスレがこのスレの特徴

560 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 17:57:18
* 他の時代や外国が暗黒ではないというスレではないので
そのへん要注意だ。


              __
          /      ヽ、
         ′ ノ_ノl_|l_トl 」
          i´l.彡 ┃ ┃{i| 他の時代が暗黒ではないという
         7! (_, ''' ヮ''丿!  スレではないと...
        く,|i !i `フ i´/ ̄ ̄ ̄ ̄/
         |i !i/´ヽX./ アイマックン /


559はどうやら理解してませんが
>>235-236
の通り江戸時代がヘンでしょってツッコミを入れるスレです。
構造的に必ずしも暗黒オンリーじゃありませんよ。ツッコミ入れやすいように
暗黒時代面を事実羅列されてますが他国がそうだからっって比較になると

”日本の文明レベルは世界的に高かったのか”スレ
みたいになっちゃいます。それがいいって人はそっちで。

なるべく多元的に一面で断じないようにすると嫌われないでしょう。
相手を妄想とか言い出すとダメですよ。




561 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 18:53:14
>557
地域によっては寺子屋は言われているほど普及していません。寺院の集中している京都や
畿内、西日本の豊かな地域によっては8割から9割をカバーしていたとの研究もありますが
(京都教育大紀要99号史料による初等教育普及の検証:元谷瑞穂)
逆に言えば交通の便が整備されていない山間部、人口逃散の見られた東北
の荒村では1割にも満たせてません。国土の4分の3が山地であり面積比では教育ゼロ地帯が
ほとんどでした。漁・猟に従事する民衆に対する教育も浄土真宗系を除けばほぼ皆無です。
(同上紀要:環境教育史の視点からの考察:神崎直美)

逆に無干渉と平行社会による平和という見方も出来ることもできますので必ずしも暗黒ではありま
せんが、その意味では明治期の教育普及がいかにすさまじかったかとも言えますね。
そちらは民俗学からは規範の統一による伝統の封殺とも言えますが。
江戸期の混沌による多彩さと共通の教育という国民育成は相反するものなのでしょう。
本来はどちらがどうとかではありません。

ネタかもしれませんが税率は低くなくまたイベントは軒並み規制されています。庶民の富の蓄積は成さ
れず一般民衆への銀行の役目を果たす金融機関は存在しません。公的な郵便制度も全体金融システムなく
エリアごとに仲介手数料をもってわざわざ両替します。旅行がいかに不便であったかは、比較的
安全で整備された東海道の旅行がいかに大変であったか当時の旅行記を読めば分かります。
笑い話ですが、江戸の人にとっては殆どは隣町・村にすら行ったことのないというのは誇張ではありません。
行けないのではなく手間が煩雑で障壁となっていたのです。橋の通行規制や関、宿泊機関、ルートの未整備
どれもやっかいなものです。それらの障壁を無視できるのは宗教権威による動機などですがry

前述したように必ずしも耕作面積では平地が少なく、山地がちで自給自足は飢饉との隣り合わせでした。
技術的に限界があり大幅な開発をしない限り限界に達していたのです。幕末に日本に来たヨーロッパ人は、
日本の気候と土壌が農業に適しているのに、農民が特にまずしいことに驚いています。
税が高いかどうかはともかく民衆が富を蓄積される構造ではなかったようですね。

562 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 19:14:28
>>558
彦ちゃんじゃん♪400才なんだよね☆

563 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 20:22:57
>>562 あれは、たぶんひこにゃんですよ。滋賀県ローカルで話題に。癒し系のゆるキャラです。

  ひこにゃんは彦根藩2代目藩主の井伊直孝を、東京・豪徳寺で手招きして雷雨から
 救ったとされるネコがモデル。頭には井伊家の軍隊のシンボル「赤備え」と呼ばれる
 赤いかぶとをかぶっている

※画像:
 http://www.nikkansports.com/general/f-so-070129-3401-ns.jpg
 http://www.ohmitetudo.co.jp/railway/info/gachakon/hikonyan.gif

 豪徳寺の猫逸話が招き猫発祥って説もあります。発祥かは怪しいですが
現在の形の招き猫のモデルはここでしょうね。


564 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 20:43:29
井伊 直孝 異名は夜叉掃部。赤い甲冑を纏い赤備えを率いる。奥州の英雄である
伊達政宗とは仲が悪い。家康が正宗に与えた百万石の朱印状を勝手に奪って焼いた
ことがある。鄭成功の救援要請に反対した幕府の重鎮。けっこう残酷。

兄・直勝にかわって井伊氏の実権を握っており、また家康の命令で家督を横領
したような形になったことから、早くから「実は家康の隠し子ではないか」という
巷説が流れていた。もっとも戦国の例では前田利家も似たようなことをしており長子相続より
軍功のある人間を重用するのはそう珍しくない。ただ真田にボロ負けしてたりもするので
家康の贔屓があったのは間違いない。木村重成と長宗我部盛親を討ち取ってたりもするが。

ちなみに直孝の実母については直政正室の侍女、あるいは直政が宿所とした
農家の娘など複数の説があり、未だに素性不明という

江戸期の譜代大名では最大の40万石を領有する大大名である。初代大老とも言われるが
初期は、大老職自体がなかったとされるので大老格とするのが一般的のようだ。
譜代大名には珍しく転封なしで幕末まで続き、安政の大獄を起こした井伊大老へとつながる。

565 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 20:59:04
>563

自性院が発祥だっての

ソース自性院の猫面地蔵尊縁起
「明和四年(一七六七年)のこと、江戸小石川の豪商、真野正順の娘、後に金坂八郎治の妻となった女性
がなくなった。貞女として誉れ高く評判があったこの女性のために、神楽坂の鮨商売人、弥平が後生にこの誉れ
を残し、そして冥福を祈るため、高さ五十センチ程の石の猫面地蔵尊を自性院に納めた」

出典:『招き猫の文化誌』宮崎良子著

弥平の寿司屋に猫が迷いこんできてから、不思議と店が繁昌したので、猫の死後、地蔵を作って供養したのだという
話と合致する

566 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 21:06:08
招き猫と猫面地蔵って違うんじゃないの?

567 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 21:15:45
http://www.hikone-400th.jp/blog/2006/12/post_62.php#more
すす払いひこにゃん。
無茶なことしやがって・・・

568 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 21:33:25
>>565
鮨屋というのがポイント。鮨屋のお得意先は吉原とかでそこで働く遊女のことを寝子と呼んだ。
なんで猫地蔵なのかってのは遊女が縁起物として猫の置物を置いたからなんだな。
猫に会いに来たってのは遊郭に行くって隠語なわけだ。
豪商の貞女ってのは多分関係ない。それならなんで猫なんだ?って話になるので名目なのか
偶然なのかどっちにしても特に意味はないだろう。
猫の地蔵を寄進したという事実があって、あとで縁起を考えたのだろう。


569 :武陽陰士:2007/01/29(月) 21:48:32
>>559
お前が馬鹿だよ。
江戸時代に書かれた本を読みまくれ。ネットなんかやってんなよ。
地方文書でも漁れ。読めないとかいうなよ。

570 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 21:49:31
あれ?
にゃんまげ?
なにこの可愛さwwwwwww


571 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 21:53:12


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          | .|          l l
            l l          l .l
            l l         / ./
          l ヽ  _ィ―‐t-v_' /
           ' ,  Y´ \_ヽ_く
            ソー'  /´ __二ニ>
            l_ィ┴' ̄・ .・ ヾヽ
           /___l ニ    人 ニ i _l
           /ー―l        _ノ´
          `ー--ト―ャー―''フl´
             /   、`,'a''´ ノ  ひこにゃんは様子を見ている
            (    ヾミ   )
             `ーャ二ノー''´


572 :日本@名無史さん:2007/01/29(月) 22:49:01
彦根城を訪れた将棋の羽生王将を激励する『ひこにゃん』
http://www.sponichi.co.jp/society/shogi/2007/image/0121.jpg


573 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 22:14:17
>>561
つ【座頭】【飛脚】【東海道膝磨毛】

伊勢神宮には年間500万人が参拝した記録があるんだが・・・・・・・・・・・・ま、いっか。
江戸は暗黒時代だ!!!!!!

574 :日本@名無史さん:2007/01/30(火) 23:48:02
>>573
いかに大変かってことが書いてて笑いどころいっぱいなんだが
読んでないんだろうな・・・・。ま・こんなもんだろうけど。

記録を鵜呑みにする検証精神のなさは、あまり文系にはむいていない。
もっともむいてる必要はなさそうだが。
500万人って数字でおかしいと思わないんなら人生を幸せに過ごせる
と思うよ〜

575 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:18:14
暗黒かどうかはどの階級に属してたかにもよるだろう。
諸侯をはじめとする領主階級、都市の富裕層、田舎でも100町以上の
大地主とかなら、楽園に近いと言えなくもないんでは?

ヴィクトリア朝時代の英国だって、貴族や富豪にとっては
「古き良き時代」に違いないが、ウエストサイドの住人にとっては悲惨
極まる暗黒時代。映画『フロム・ヘル』の描写なんて生温すぎる。

帝政ロシアみたいな超格差・二極化国家ではもっとそうだ。貴族なら天国、
農奴なら地獄。日本の場合、ロシアや東欧よりは中間層が育っていたから、
全面的に暗黒と言いにくいと思う。江戸期の享楽的な出版物・流行などを
見ても、都市部は田舎とは歴然とした違いがある。

576 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:44:38
万年ニートにとっては現代も暗黒時代

577 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:45:23
           ,..-─‐-..、
            /.: : : : : : : .ヽ
          R: : : :. : pq: :i}
           |:.i} : : : :_{: :.レ′
          ノr┴-<」: :j|
        /:r仁ニ= ノ:.ノ|!           _
          /:/ = /: :/ }!        |〕)  コツン
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578 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:47:15

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579 :日本@名無史さん:2007/02/04(日) 01:51:44
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   /::::::::/     /: :l: : : : :十: iヽ:|::::::::::::|:::;>


580 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 11:11:29
>>574
江戸時代の事をどうやって「検証」するの?
タイムスリップ??

581 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 14:26:04
研究者は宿のキャパとか許容量や移動インフラ、人口、文献検証と数的推論とかやってるわけなのだが
一桁までの正確な無理でも上限とかは分かる。数的に無理な分を全部野宿とか仮定するよりかは
科学的だろうと思われる。民家とかを宿泊施設と算入しても一日2000人以上は不可能。365×2000でも
73万人。日帰りやリピーターが三倍(かなり無理があるが)としても219万人。

もっとも極論すれば一般人は鵜呑みでいいんじゃない?


582 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 15:29:44
    ドモホルンリンクル検証!!

    ∧,,∧  ll
   ( `・ω・)
  c(,_U_U  
          ̄



    ∧,,∧  ll
   ( `・ω・)    ………
  c(,_U_U  
          ̄



    ∧,,∧  ll
   ( `・∀・)
  c(,_U_U  . ポチョーン


583 :日本@名無史さん:2007/02/09(金) 08:21:16
>>581
一日2000人の根拠は?

584 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 00:04:37
伊勢神領旅客宿数は「上」本陣格2軒、最大宿泊数を多めに試算して5〇×2で100名
「中」六軒 50名定員(本陣より多いとは考えにくいが)としても300人
「下」木賃宿と民宿 5倍と考えて1500程度と試算。
ちなみに現在の伊勢市の登録されている宿泊施設合計の最大キャパは 一日辺り2,700人程度。
(江戸期の伊勢神領範囲とは同一ではない、伊勢市は当然それより広い)
なお常時100%稼働ではないことに注意。

500万以上だと試算すると1日辺り1万4千人以上のキャパが必要となるが
それだと毎日1万2千人以上が日帰りとなる。遠路からの参詣、宿泊と考えると
かなり無理がある。

桑名の江戸期の人口が1万人強らしいので桑名住人数の1.5倍が毎日
というのは数的には明らかに不可能。日帰りで参詣できる範囲をより多く取れば理論上
は可能だが大都市圏との交通手段、街道の移動許容量を無視した場合であり
現実的ではない。

585 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 00:22:12
各宿場にある本陣格の宿は、1万石規模の大名行列の随行人数50〜100にほぼ一致する。
到着すると宿場全体で迎えることになるそうだが。
加賀藩では最大4000人だが分宿、寺院寄宿で全体が同じ宿場には泊まれない。
莫大な出費で100万石規模だと移動だけで藩予算を圧迫する。
とにかく江戸期の移動は、ものすごいコストのかかるものだった。

個人の伊勢参りも積み立てたり講で代表を立てたりして資金を融通する。
もっともイスラムにおけるメッカ巡礼の「ハッジ」と同じでそれがよいこととされた
ので爆発的なブームを起こしたとされる。


586 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 12:14:15
もっともらしい計算してるけど元になる数字は結局推測かよ。
推測に推理を合わせるのが検証なのね。
五百万の数字がどうでもいい第三者からするとどっちもどっちでした。

587 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 16:14:33
宿数が分かってるからな。上限を推定することで500万を否定する検証はできる。
現在の伊勢市レベルで概算すると最大宿泊者数985500以上(2700×365)とは考えにくい。
常に許容量100%ではあり得ないから甘く見つもって80%でも788400

江戸期の遠路からの参拝者という性質上、日帰りが4倍以上という
推定はかなり苦しいって結論になるな。

588 :日本@名無史さん:2007/02/10(土) 23:42:11
ここはネタスレ

589 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 01:21:31
と思ってると油断します。

590 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 18:12:10
別にそこに宿泊する必要なくね?

591 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 00:15:36
駄目だ。絶対に駄目だ。
そこに泊まらなければならない。そう法律が決まっていた。
そうじゃないと俺の理論が崩れてしまうんだ!!!!!!

592 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 03:35:48
邪馬台国時代は魏の属国ですが、日本は他国に侵略されたことは無いなんて嘘ばっかりですね。

593 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 07:43:47
桑名の住人数と同じくらい人数泊まれるんだよ。
そこに泊まれば1万ぐらい可能ったら可能。検証なんかすんじゃねぇ。
そうじゃないと500万人が嘘っぽくなるだろ!!!!!!

594 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 07:47:14
邪馬台国は江戸時代ではありません。江戸時代に邪馬台国論争がありましたが決着はつきませんでした。
魏の使節が本当に来たのかも怪しいです。

595 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 17:59:08
属国だとしても侵略されたことにはならなくね?

596 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 18:46:07
即座に501が釣れてるのはなんだな

597 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 19:54:08
はいはい。論駁されたらそういうことにしときましょ♪

598 :日本@名無史さん:2007/02/17(土) 23:54:41
( ´,_ゝ`)プッ

599 :日本@名無史さん:2007/02/18(日) 04:42:04

         ,-、            ,.-、
        ./:::::\          /::::::ヽ
       /::::::::::::;ゝ--──-- 、._/::::::::::::::|
       /,.-‐''"´          \:::::::::::|
     /                ヽ、::::|
    /                   ヽ|   
     l                         l
    .|    ⌒                 |  
     l  , , ,           ⌒     l 
    ` 、      (__人__丿    、、、   /  ふふふ
      `ー 、__               /  温かい目でみてあげる
         /`'''ー‐‐──‐‐‐┬'''""´   


600 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 06:10:41
考えてみたら300年近くも続いた軍事独裁政権なんだよね

601 :日本@名無史さん:2007/02/22(木) 21:51:59
  ∧,,∧    ∧,,∧    ∧,,▲   ∧,,∧
  (,,・∀・)   ミ,,・∀・ミ   (;;・∀・)   ミ,,・∀・ミ うむ
〜(_u,uノ @ミ_u,,uミ @(;;;;uuノ 〜ミ_u,,uミ


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