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神仏習合を復活しようぜ 2

1 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 23:05:50
前スレでは、ぼちぼち住人が集まったので、
第2スレ作りますた。

ぼちぼち語り合いませう。

2 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 23:16:09
神仏分離の功罪

功:仏教側、神道側、それぞれについて異質な宗教なのだということを確認させ、
それぞれの教学が深まった。特に原始仏教研究のきっかけとなった。

罪:1500年間の間に自然に培われた日本の宗教的伝統が人工的に破壊され、
神道が事実上国教化し、国家神道なるものが成立し、靖国問題等、今日までその
影響が及んでいる。
また、排仏毀釈などで貴重な文化財が多数破壊された。

3 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/27(金) 00:08:14
>1
ありがとうございました。

>2
>異質な宗教
水戸の老人の様な事を。分けて考える意識は、彼の限らずその頃から知識人
の間に広まり始めた様ですから、一人の「罪」とは言えませんが。
寧ろ、「神道」が独立して古代から変化なく続いて来た様に聞えてしまい、実
際に勘違いしている人が多いのが、歴史を考える上では問題かと。
実際の日本史上の信仰は、神仏が混在しており、時に宗派も超えている。
(今の分別で垣根を設けて細分化すると、却って分からない筈です)
原始仏教云々は、近代になれば別に生じて来ただろうと思いますよ。
やはり、神道は神道という様な、今の形で分かれて信仰していたのではない
歴史上の事実を確認する上では、今の認識は不適当です。
中世には垂迹神が現世、本地仏が来世を司るという信仰があり、近世には本
地をあまり言わず現世的なものに神が、来世的なものに仏がと分かれていま
すが、観音を氏神としている様な例もあった訳で。
本地垂迹説に限らず、ローカルな俗信も含めた雑多かつ多種多様な信仰を排
除して、祭神を記紀とこじつけたのは、爪痕と言えるでしょう。
(民俗信仰の信仰対象を特定の仏神に当て嵌めるこじつけは前近代からです
が、明治のそれは強制かつ徹底している)

ところで、現在「神道」=アニミズムと考えている人が多い様で、2ちゃんね
るでもこうした主張をよく見ますが、どこから始ったのでしょうか。
やはり、安藤昌益や本居宣長辺りが「自然の神道」を唱え出した(特に影響と
しては後者)流れなのでしょうか。
実際には、自然信仰を淘汰して来た気がするのですが。
古代には天穂日命や日本武尊が自然神を鎮め、仏教が影響を強める様になっ
て来ると、在来の雷神などは鎮守の役割を負わされており、自然そのものが
信仰されていた様には思えないのですが。
自然物への信仰自体無くなっていたとは言いませんが、それを「神道」という
か、神社・神職の信仰として受け継がれていたものとするには躊躇います。

4 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/27(金) 00:10:51
>「神道」=アニミズム
民俗板では、「神道」と言うよりは、むしろニューエイジの流れではないか
という声も聞かれましたが、しばしば神社側も主張している様です。

余談:北野の旧神宮寺である観音寺に、「本地十一面観音」という大きな石
柱が立てられていますが、大正十三年に寄進されたものでした。
未だに本地仏を掲げているのは、あそこぐらいでしょうか。

5 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 00:47:56
前スレ張って

6 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/27(金) 21:17:17
神はゴッドではない。日本人の信仰は「カミ」だ!
・・・と言って、本居宣長の『古事記伝』あたりを引用して鳥獣草木までも
がカミとされていたのが日本人の信仰だという方がたまにいらっしゃいま
すが、実社神などと呼ばれていた事を考えると、祖霊も含めてあらゆる霊
を信仰対象とする信仰が、時代的・地理的にどこまで存在したのか疑問です。

話変わって。
平成14年、大宰府天満宮に仏像が納められ(一時的?)、天台宗の僧侶に
よる法要が営まれたそうですが、どなたか詳細をご存知ではありませんか。
仏教色のものは一週間の内に焼き捨てられ、破却され、社僧(社家含む?)
が難儀していた中、近隣の寺院に仏像が移されていたもの。
↑大阪の某天満宮にも似た例がありました。

7 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/27(金) 21:20:31
大宰府ではなく、「太宰府」と。
しかし、太宰府天満宮のホームページを見てみましたが、>6の本居宣長の
主張を丸写ししていて、日本太政威徳天がどうとか、安楽寺がどうとか、本
地がどうとかいうのは「無かったこと」になっていますね。

8 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 21:56:16
家康が東照宮に神として、家光が大猷院に仏として祀られたのは、
神の方が格上という意識があったから?
でも東照大権現ともいうしそのあたりはどうなんでしょうか?

9 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 22:09:31
徳川家光はただの人です。仏ではありません。

10 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 22:12:24
死ねばみな仏ですよ。

11 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 22:15:15
人間は死んでも「大居士」以上にはなれません。仏なんてとんでもない。

12 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 22:24:18
前スレです。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1109940153/

13 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 22:58:23
>>8
仏様には大抵の人がなれますが、神様になるには勅命が必要ですね。
神話時代の後では、天皇家以外で神様になった人は、家康さんの外には、
道真さんくらいでしょうかね。

14 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 23:03:28
秀吉も神になってますが。
また江戸時代には各藩の藩祖を祭神とする神社が多数つくられました。

15 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 23:11:09
>>14
秀吉さんはそうでしたね。
各藩の藩祖が神様になったのは本当ですか?
勅命はあったのでしょうか?

16 :15:2006/01/27(金) 23:15:38
各藩の藩祖が神様になったのは、明治以降のことじゃないですか?

17 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 23:50:33
義民信仰にみられるように、人を神にするのに勅命は不要です。

18 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 12:41:26
>神様になった人
小野篁
仙台四郎
高尾太夫
増田敬太郎
…etc

結構居るよ。

19 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 12:47:13
>8
家康が権現っていうのは仏の化身として祭られてるってことだよ。
山王一実派は神が仏の化身っちゅうスタンス。
秀吉は明神として祭られたがその後滅んだので明神号は不吉ってのが理由だったらしい。
家康を祭ったことで江戸時代はこの山王一実神道が勢力を伸ばした。

20 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/28(土) 12:55:49
>>8
「仏になる」というのは単なる慣習上の言い回しです。
戒名が授けられ、仏弟子になったのは事実ですが。
家康の場合、本地を薬師如来とする山王一実神道の神、東照大権現として祭
祀されていました(神仏分離までは)。神号は朝廷に申請したもの。
権現という言葉自体、仏の仮の姿としての神という意味です。
秀吉の場合、吉田神道の法式で豊国大明神として祀られている。
道真の場合、火雷天神(日本太政威徳天)として祀られ、後に本地仏として
十一面観音が設けられたものです。祭祀に携わったのは北野寺や安楽寺。

>天皇家以外で神様になった人は、家康さんの外には、
必要でしょうからやかましい事を言いますが、同じ「神」として祀るにしても、
山王一実神道によるか、吉田神道によるか、はたまたかつての道真の様な時代
その他の環境下で祀られるかによって、「神」としての位置づけは異なります。
「神」だから、道真も秀吉も家康も同じというのが、もう神観念が統一された
神仏分離後の(?)世界観に拠っている訳で。
同じ「人が神として祀られた場合」でも、時代や祭祀側の所属を見て、どの様
な世界観の下に祀られたのか、区別して考える必要があります。

21 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/28(土) 13:00:50
家康と道真なら、本地垂迹説でまだ関係付けられますが、道真が本地垂迹説の
下に説明される様になったのも、死後一世紀以上後ですからね。
佐倉惣五郎の場合、近世に横死者が祀られた中に入るものでしょう。
こちらは、確かに朝廷に神号を申請したものではありません。
次に藩祖についてですが、中世にはまた事情が異なりましたが、藩祖の様に安穏
な死に方をした人物が神として祀られたものは、近世の儒家神道などによるもの
であって、これも前述の例とは法式が異なった筈です。
道真、秀吉、家康、藩祖、佐倉惣五郎。全部別々の環境と概念の下に生じていた
「神」として考える必要があります。
>>18の例もそう(時代が近い人が多く、共通点も多そうですが)。

○○神道、思想家○○ごとに概念の異なる「神」がいたのが日本の歴史。
それを統一して「神」にまとめたのが、日本の近代であったと考えます。
そして、その定義は「人より霊威のあるものが神である」というものでした。
しかし、具体的に何かを知ろうとはせず、ひっくるめて称している訳ですから、
「神とは何か」という説明には、実はなっていないのですよ。
「神は霊妙で説明出来ない」というのが、中世の神祇信仰を重視した神道家の
言い分でしたが、これでは仏教的な世界観の下に説明付けられた神道には対抗
出来なかった(篤胤はある意味目指していましたが)とは、大隅和雄先生が中世
の神道について解説されたところです。
この主張を、近代に全体的にやらかしたもの・・・というと乱暴過ぎますか。

22 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/28(土) 13:05:58
>>19氏に補足しておくと、吉田側は、明神と権現の違いを尋ねられると、
明神は「潔斎参詣自由」であり、「相国相当」であると答えています。
本地云々は出ていない様です。天海は気にしていたものか。
少なくとも、天海の傍にいた人物の著した『慶長著聞集』では、本地の存
在をかなり重視しています。
なお、「大明神」というのも、元々は仏の仮の姿としての神という意味。
平安中期頃に登場したものです。

23 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/28(土) 13:17:03
現在の神社側が説いている「霊威あれば神」では、どんな神を、どの様に信仰
すれば良いのか、何故助けてもらえるのかの説明が成立しません。
本地仏が存在する場合、経典には衆生を救うという誓願、神として救うという
証明があり、その為には法楽を奉げればよいというのがはっきりする。
或いは、殺生を生業としているものが神饌を奉げても救われると分かる。
あの世とか、救済とかいったものが、「霊妙で説きつくせない」では、救済の
願望という需要に答えられず、議論にもなりません。
信仰というものが重視されていた中世に本地持つ神が支持された訳がこれでし
ょう。近世に衰えたのは、16世紀頃から見えてくる信仰心自体の衰退(これ
にも理由は色々考えられますが)と、神に後生を頼まなくても檀家をやってい
れば救われるとかいう発想が出て来たせいでしょうか。
そうした意味で、近世には精神生活における本地垂迹説の意義が低下していた
という、前スレ889氏の発言は正しい。神仏分離はまた別の問題ですが。

24 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/28(土) 13:20:23
>「霊威あれば神」
連投失礼。はっきり言って、余程信仰と生活自体が原始的状態にあるか、
現当二世の生活にあまり悩みの無い現代の様な状態に無い限り、需要に
応えられない「神」だろうと思います。
吉田や伊勢は神祇信仰を重視していますが、それでも今は無い理屈とい
うか、世界観を提供してくれていた。神の本縁も明らかにしている。

25 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/28(土) 16:27:57
更に付け加えておくと、中世には現当二世の利益と加護を示していた村の鎮守
神も、近世(特に後期)になると氏神と混同され、神格や由来も判明しないまま
に信仰される地域が増え、ただ加護してもらっているという様になります。
それでも山伏や僧侶による神前読経など、現在と異なる祭祀が存在してはいま
したが、「霊威あれば神」という主張が受け入れられる環境は、神仏分離以前に
既に整っていた面もある様です。
もっとも、由来不明の社が破却・統合され、女神だった山の神などの土俗神が、
天手力男神にされる様な変化は、どうだったかと思いますが。
戦前は「霊威」だけではなく、記紀や歴史上の人物を信仰する事が肝要とされて
いたからでしょうか。
「神道」は「祖霊崇拝」であって、日本国民はその宗教に関らず神社に参詣すべき
だという主張がなされていましたから、或いはそうかもしれません。

26 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 22:08:50
江戸の将軍家が代々日本全体を支配するための形は、家康さんを神として祭る
ことで完成したと思います。本地仏の化身である権現としての神ですが、
仏ではなく神であることは、やはり非常に重要と思います。
天皇家の祖霊が神とされることの相似形を徳川家にも作ったものと思います。

27 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/29(日) 22:33:40
伊勢も本地は大日、或いは阿弥陀、観音とする説がありましたよ。

28 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 23:03:21
やはり、神仏習合の時代でも、神様と仏様は明確に区別されていたというべきですね。

29 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 23:08:14
本地垂迹

30 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/29(日) 23:09:08
>28
そうだとも言えますし、そうでないとも言えます。
本地垂迹説では、神が現世を、仏を後世を司っており、権社神(垂迹した神)
に帰依すれば、後生までも保証してくれると言われていましたから。
当時、神と仏の関係を説明する際、しばしば「和光同塵の方便」という言葉
が使われており、両者はもとより一体であるが、衆生救済の為に別々の存在
として出現しているとされています。
あえて仏に直接祈らず、神を通して本地仏の後世を祈るのは、末世では普通
の祈り方では往生出来ないからと考えられた為。
専修念仏の輩の中には、神祇不拝も見られましたが。
なお、16世紀に来日した宣教師は、神は現世の欲望を、仏は来世の救済を
保証してくれる存在だとされていると記しており、垂迹関係については言及
していないものの、役割分担については妥当な見解だと言えるでしょう。

31 :日本@名無史さん:2006/01/30(月) 02:06:42
>>30
恐るべしポルトガル人宣教師ですね。
確かに来世問題が本地垂迹信仰の鍵なんだと思います。
俺は専ら浄土系の仏教(とりわけ法然の浄土宗)の事しか良く分からず、
とりわけ「禅宗の在家信者」が当時どういう信仰を持っていたのか
見当も付かないのですが、浄土系をとって考えるなら、
基本的には罪業感とりわけ殺生への罪業感と
来世の極楽往生への不安が信仰の根幹だったのだろうと思うのです。
こう考えれば近世になって信仰の質が劇的に変わった事の説明が付くわけで
中世戦国の不安定な兵農未分離社会で頻繁に殺生が行われていた状況ではなく
徳川幕藩体制で、万人が普通に殺生を経験する状況が極端に減ってしまい
殺生罪業感を多くの香具師が理解出来なくなってしまったというのが
根本的な原因だろうと思うのですが。
(その意味で被差別民以外の庶民にとっては正に徳川社会は「厭離穢土」)
幕藩体制下で殺生が身近となる位置にいたのは武士と被差別民ですが、
武士は既にめったに人を殺さなくなっている。もちろん獣は殺さない。
結局被差別民だけに殺生が分業的しわ寄せされる状況になっているわけで
彼らの多くが近世を通じて熱心な浄土真宗の信者だったということは
それを裏付けているような気がするんですけどね。

32 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/01/30(月) 12:56:47
>>31
成る程、「殺人」の減少が近世の「劇的」な変化(=本地垂迹説の変容の事で
しょうか?)をもたらしたという事でしょうか。
ただ、能の「鵜飼」に見る様に、殺生というのは、殺人よりも寧ろ日常的に行
っていた不可分の生業と結びついて理解されていたもので、近世になったから
といって、猟師や漁師の存在が消えた訳では無い以上、戦国期の終焉=宗教的
「殺生」の消滅とは言い難い様に思います。
普通の農民でも、鹿や猪は駆除も兼ねて狩っており、山間部に限らず、都会の
郊外でも身近な光景でした。
被差別民というものも、彼らが何故穢れを背負っているとされたのかといえば、
殺す事よりも「死んだ牛馬」の皮を剥ぎ、肉を喰らうとされたからで、死体を
葬って衣を獲得していた様に、牛馬の皮(衣)を得ていたからです。
近世の被差別民に限って「殺生」が見られたと言うべきでしょうか。
真宗の場合、穢れのせいで大抵の寺社には受け付けてもらえないから、信者の
「道場」で信仰されていた面が強いと思うのですが。
罪業感が薄れていたというのは、御説御尤もですが、16世紀頃から義経や朝
比奈の「地獄破り」が描かれる様になっており、経済活動の進展に伴ってか、
死後の事があまり深刻視されない風潮が全般的に強まっていた為かと。
それまで鎮守を通して現地を支配していた宗教的勢力の後退も、霊威と救済の
影を薄れさせるのに、一役かったのでしょう。
戦乱の集結自体一つの流れの中で存在していましたが、宗教というものが勢い
を失い、中世が終るという事も、自然流れが出来ていた様に思います。

33 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 04:44:51
>>32
あんた時代区分に拘り過ぎだよw
中世なんて世界中でいくらでも生きている。

34 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 23:49:56
書き込みは、簡明に手短かに書くのが上手ですね。

35 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 00:10:01
山野は知識をひけらかす前に文章の勉強をしろ。
知ってる知識をダラダラと垂れ流して感心してもらえるとでも思ってるのか。

要点だけ、簡潔に書け。

36 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 19:15:22
綱吉が生類憐みの令を出す以前は、武士が江戸の街中で犬を殺して
食べていたのだが?

37 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 19:38:14
現代の日本人はたいてい次のように漠然と感じています。
(1)正月や、七五三、結婚式とか、めでたいときは神社へ行く。
(2)葬式や、法事、墓参りとは、死に関係あるときは寺へ行く。
(3)クリスマス、バレンタインデイやら、端午の節句、七夕とか、
   神道とも仏教とも関係なさそうなことでも、世界中の年中行事を好き勝手に
   取り入れてやっている。
(4)だから、日本人は本当は宗教心が希薄な民族で、世界でも珍しいらしい。

これって、
(1)(2)が、神仏習合時代は、>>30 のように神様と仏様が役割分担をしていた
ので、何の問題もなかったのですが、明治の神仏分離で、ポカンとチョウツガイが
はずれてしまって、現代の日本人には意味が分からなくなってしまった、ということ
のようです。

38 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 20:25:03
>>36
江戸では犬なんか浪人でもない限り食わんだろう
犬を食っていたのは薩摩だよ

39 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 21:29:53
江戸?東国のど田舎のことですか(プ

40 :唯物論:2006/02/07(火) 06:23:54
靖国は実に実利的な神社だよ。徴兵令の農村対策だな。
軍人恩給と靖国神社はセットだよ。
古来天皇が庶民の神社に参拝するなんぞは異例中の慰霊だw
だから武士の慰霊碑に百姓を入れるわけだよ。
実利的な点は古来の日本の信仰と実に良く似ているよ。



41 :日本@名無史さん:2006/03/11(土) 23:17:56
天部を本尊とする寺へ行くと、かつて、神社のやうにして祭られてゐたのだろう
といふ感じがします。外来のパワフルな神様として祭られてゐたことでせう。

42 :天之御名無主:2006/03/13(月) 22:44:00
神仏習合って仏典や神道書なりに根拠がある教義なんですか?

43 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 22:48:51
犬食う荒くれ旗本


44 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 00:35:44
湯島天神と湯島聖天

http://www006.upp.so-net.ne.jp/kunochan/tera/kanda1.html

45 :日本@名無史さん:2006/03/22(水) 22:47:35
>>42
宗教に根拠などはありません。

46 :日本@名無史さん:2006/03/22(水) 22:51:09
8時だよ。神仏大集合!

47 :日本@名無史さん:2006/03/24(金) 22:12:45
>>42
ないけど都合でそうなりました。
とはいえかれこれ1200年もやってきたから、永きの日本の文化の核になってる。

48 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 23:02:27
age

49 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 21:55:46
日本は仏教は入れたけど道教は入れなかった。
このため、日本人には、中国では道教が盛んなことを知らないで、
仏教が盛んだと勘違いしている人が多い。

道教は神道と完全にバッティングするからヤバイよね。
それにひきかえ、仏教なら微妙に共存可能だし、神仏習合というウルトラCも可能だからね。

50 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/04/05(水) 22:17:09
>>47
般若経典や『悲華経』では?後者は同名のものが多くて紛らわしい。

51 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 05:04:15
>>49
天皇っつー用語は道教からだろ。
それに北魏だったかな、道教を国教化して廃仏を考えていた
らしいな。維新政府の手本かもしれんよ。

52 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 17:26:03
>>50
神仏習合の根拠となる教典はないでしょう。

53 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 13:21:52
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破

54 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 00:00:46
あげ

55 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 22:24:18
あげ

56 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 15:28:29
密教とともにやってきた仏達は、ほとんど全部インドの神様達だよね。
もともと神も仏も同じようなもんよ。

57 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 15:04:22
山野召還age

58 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 15:48:27
神仏習合は日本人の心理の古層。
記紀にも仏教の影響が・・・

59 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 23:34:13
神道がそもそも色々混ざっているような希ガス。

60 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 03:59:39
『西の祇園社、東の津島社』
京都の八坂神社(祇園社)、尾張の津島神社(津島牛頭天王社)など
から全国に広がった“牛頭天王”信仰(御霊信仰)に興味があります。
御霊信仰も、やはり神仏習合の流れと考えればよいのでしょうか?
明治以降の神仏分離令で牛頭天王は素盞鳴尊となったようですが
牛頭天王=素盞鳴尊の結びつきも関心があります。


61 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/06/03(土) 10:25:22
貞観5年に始まった「御霊会」では、祟道天皇以下六人の霊が「御霊」とし
て鎮められていますが、この様に特定の人格を対象として御霊会を営んだ例
は案外珍しく、大抵は正暦5年の船岡山御霊会の様に「疫神の為御霊会を」
営んで『仁王経』を読んだとある様に、特定の人(神)各を見せていません。
10世紀には、北野天神や祗園天神などの信仰が見え、階層を問わず京都の
人々が疫病や災害の主催者におびえていた事が窺えますが、人格が見えて来
た11世紀以降の祗園会の様な信仰と、それ以前からのものは区別すべきだ
ろうと思います。
貴方の言われる「御霊信仰」が何時のものを指しているのかが定かではない
ので、「よいのでしょうか?」と訊かれても返答出来ません。
経典の読誦であれば、貞観5年の御霊会に既に見えており、北野天神も北野
寺や安楽寺内の廟に祀られて従来の神とは一線を画していた事、祗園天神が
その名称からも予想される通り、寺内の祗園天神堂に祀られていた神であっ
た事からすれば、少なくとも記紀の時代には無かった新しい形の仏神習合の
祭祀形態を見せていたという事は言えますが。
なお、祗園天神が祭祀当初から「牛頭天王」とされていたかについては異論
もあります。しかし、少なくとも鎌倉時代には祗園社の神=牛頭天王でした。
牛頭天王=素盞鳴尊とされているのは、鎌倉時代末期の『釈日本紀』が引用
するところの『備後国風土記』逸文からですが、これは平安中期に偽作され
た武塔神=素戔鳴尊という説話を、吉田家が鎌倉時代になって牛頭天王説話
と結びつけたものの様です。
牛頭天王=素盞鳴尊説は、吉田家による後世の付会と見ていいでしょう。
もっとも、現在の八坂神社では、神仏分離を経ている為、逆に牛頭天王の方
が付会と見做されていますが、事実は逆の様です。

62 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 01:36:41
>>37
>(1)正月や、七五三、結婚式とか、めでたいときは神社へ行く。
歴博の某氏が、奇数を吉と考え偶数を避ける考えは中国に由来し
八百万や末広がりの八といった偶数を吉と考えるのは日本古来のもの
っつーよーなことを書いてたんですが、七五三って神社だよね。

63 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 02:11:56
>>58
つーか日本に入ってきた仏教自体もヒンドゥー教等との習合を経てきたものだろ。

64 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 02:22:01
>>56
インドや中国で根付いた仏像自体がヒンドゥー教や道教に見られる
民間信仰の現われだと思うよ。
仏教自体に偶像崇拝なんて考えないだろ。
寧ろバラモン教の信仰対象としての神様否定したかったところだからな。
しかし布教の過程でどうしても偶像を取りこまざるを得なかったと言うことだな。

人間は目に見えるものを信じたがるものだからな。
そもそも庶民に経典の観念論なんか説明しても全然わからんだろ。
で、哲学嫌いの日本では万巻の経典を南無阿弥陀仏の6語で済ませると言う荒業にまで
結果するわけだ。流石にこれには釈迦もサプライズだろww

65 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/06/08(木) 15:25:53
>哲学嫌いの日本では万巻の経典を南無阿弥陀仏の6語で済ませると言う荒
わが国の弥陀称名念仏は、円仁が招来した五会念仏に由来するものです。
称名自体はそれ以前から行われており、『鑑真和上東征伝』にも南無阿弥陀
仏と唱えて遷化したという記述がある(定着は9世紀以降)。
そもそも、我が国の説話集や往生伝自体が中国の先行した文献に倣って書か
れたものですが、教理よりも奇瑞が庶民を中心に喜ばれていた事は、『高僧
伝』の分類からも分かる。
インドに称名念仏があったかどうかは定かではありませんが、真言はよく出
て来ますし、大乗佛教成立の時点で、簡易な唱えごとによる救済が出て来て
いたとしても、おかしくはないでしょう。
釈迦の直説ではないだろうと言われていますが、阿含経典の中にも、釈迦の
名を唱えていれば旅の安全が保証される等の庶民向けの言説が見られます。
16世紀にキリスト教が伝来して普及しますが、信者が求めていたのは奇跡
による災害からの救済が主で、この点は従来の佛教系宗教者への求めと何ら
変わる事はなく、教理よりも験力で決めていた様です。
多神教から移行する頃のヨーロッパにも、こうした傾向が見える。
「哲学嫌いの日本」特有の現象とも思えません。抑々哲学嫌いだったか。

66 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 02:17:35
>>64>>65
日本人が嫌うのは煩雑な形而上学的神学教理であって
思想という営み全般を嫌うわけじゃない。
「スプーンの上には何人天使が乗れるか」のようなアホ論争を嫌うだけだよ。
無論「哲学(フィロソフィー)」は近代になるまで存在しないんだけど
宗教思想などでは浄土教思想などかなり独自の発展を遂げている。
浄土真宗の教義などはかなり独創的だ。
だが日本人がなぜかどうしても苦手な分野というのはあって、
それが(広義の)占星術だったりする。
占星術や占いなどはどういうわけか独自の見るべき進化を全く遂げない。
ひたすら輸入→下手な模倣→劇的劣化の一方通行。
日本人の多くは歴史的にも決して占い嫌いじゃないんだけどなあ。

67 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 08:15:57
そうか?

68 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 11:53:52
そうよ

69 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 12:10:06
占いと占星術は違うよね。
占いは、霊的な行為で、日本人が結構好きなものだけど、
占星術は、天文学なんだよね。

70 :日本@名無史さん:2006/07/14(金) 00:36:58
だいじょうぶか

71 :日本@名無史さん:2006/07/14(金) 22:31:19
奇数が良いとかいって、3万円とか5万円を祝儀に出すやつ。
3万も5万もチョー偶数だし。

72 :日本@名無史さん:2006/07/14(金) 23:36:17
神仏分離令で不思議なのは、いくら明治政府が命令したところで、一夜のうちに
はいそうですかと、皆が納得してお寺さんと神社が分かれてしまったことだな。
これが、僧侶の結婚令と廃仏毀釈はまだ理解ができるのだ。
また、明治も30年〜40年と経つと宗教的に穏やかになってきたから、
ごく一部でも神仏習合が復活してもよさそうなのに、ほとんどそういった
動きがなかったことだな。
明治も30〜40年代だと前スレの>>1みたいなことを言ってもおそらく明治政府は
いちいち弾圧をしなかったと思うのだ。
いくら神仏習合の理論がいい加減といっても、キリストの水の上を歩いたとか、
浄土真宗の、法主の生き仏信仰で風呂の残り湯をありがたがって飲むとかと
いう話と比べたら、明治の30〜40年代くらいに前スレの>>1みたいな
ことを主張する新宗教が出てもいいような気がするのだが、
あまりそういったことは聞かない、少しはあるのかもしれないが、
神仏習合に戻せ、明治政府の陰謀だと主張する宗教も聞いたことがない。
戦後になってもそういった宗教はほとんど聞かない。


73 :日本@名無史さん:2006/07/15(土) 00:55:05
奈良の東生駒にある宝山寺(通称、聖天さん)は寺の前に
大きな鳥居が有ります、神仏混交ですよ。

74 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/07/15(土) 01:14:24
>また、明治も30年〜40年と経つと宗教的に穏やかになってきたから、
戦前はまだ佛>神系の信仰は難しかったと思いますよ。
戦後になる頃には、もう記憶している人間自体が少数派だったのでは。
法華宗が北海道の寒村が神社を欲しがっていると聞き、じゃあ神社本庁の
系統よりもうちに任せなさいといって、法華三十番神を祀ったという昭和
の逸話はありますが(室生寺あたりが言い出してもよさそうです)。
祇園祭の宵々々山を見たのですが、あれも今では「神道」一色ですね。
たまに祇園御霊会とか、牛頭天王に関する説明も見られますが、基本的に
「祭神は素戔鳴尊」で通す様です。素戔鳴尊とした初見は『釈日本紀』で
すから、古いは古いのですが、近代までの常識とは異なる。

75 :日本@名無史さん:2006/07/17(月) 03:52:32
なんとか山岳信仰などにおける権現という呼び方だけでも
公式に復活できないですかね。
なにはともあれ、まずはじめの一歩を。

しかし前スレにもさんざん皆さん書いてありましたが、
本当に覆水盆に返らずですな。千余年の歴史がこのまま……。

76 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 05:03:11
>>72
>>74
皮相的見解と言うもんだな。
もともと神仏の混交は多神教のなかの一つのあらわれでしかない。
もともと仏と神をともに信仰していたと言うだけのことだろ。
日本人が仏教と神道を共に信仰していると言う現状でも大して
問題はないよ。境内がどうであろうと神仏の像の呼び名がどうであろうと大した
問題ではないだろ。

洩れは古来の伝統に反して未だに神式で葬式しているどこかの大馬鹿もいずれは
仏式で葬儀するようになるとは思うけどね。
馬鹿がいくら神式で葬儀しようが広まらないものは広まらない。
伝統でもなく国民の信心とも乖離した行為が長続きするはずもない。
所詮は単なる政治目的からきたものだ。
寧ろ伝統に反すると言う化けの皮が時代とともに剥げていくだけのことだろうな。

今の日本は伝統回帰的なところがある。胡散臭い明治神道の政策的につくられ定着しない
伝統なんぞはいずれ化けの皮が剥げて埋没していくよ。心配要らんと思うけどね。


77 :日本@名無史さん:2006/08/06(日) 08:06:50
>>76
そうねえ。しかし毎年の初詣は明治神宮がやけに多い。ありゃあ明治神宮は
根付いちまったてことかね、逆に云えば。私見だが明治神宮よりいい神社
なんざ首都圏にいくらだってあるよ。にもかかわらずだ。

ほとんどの人は「神宮」と名乗り、敷地も広大で、社格も高いと
されてきた所を選んでる現実。結局、神社本庁とか明治政府とか「官」に
より近い者によって権威付けされた価値に、多くの日本人は弱いんだよ。
(まあその明治神宮と本庁が対立してるのは皮肉というより瑞兆だがw)

今、麻生太郎が靖国を本庁とは別法人にしようと言ってるそうじゃない。
明らかに神社界に対する政治介入だけど、たとえば神祇信仰全体についても、
逆に廃仏毀釈に対して反作用するような公権力の介入でもないかぎり、
かつての形を取り戻すのは難しいんじゃないかな。
つまり無理ではなかろうか、と。

本当になにかのきっかけで神祇信仰だけでなく、古の伝統を日本人が
どこまで本気で守るつもりがあるのかってことだとおもうけどね。

78 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 22:16:25
>>77
古の伝統というのも怪しいものだよ。

寺社は、その時代時代の権力と結びついたものだよね。
権力との結びつきが大きければ大きいほど壮麗な建物や儀式で、
人々の畏敬の念を引き付ける。

古い権力のもとの伝統を、
新しい権力のもとで守る意味は乏しいって訳だよね。

79 :日本@名無史さん:2006/08/16(水) 00:42:51
神仏習合自体が「怪しい」ですから(笑)
ある意味でそういう怪しさを宗教から排除してしまった廃仏毀釈の類は
とても観念的というか一神教的ですよね。

ただ神仏習合を認めるなら実は国家神道的なものだけを認めないというのも
おかしいといことになる。これは単に相対化ということではなくて。
ただ私の場合>>77さんとは違って、明治以降の信仰のありかたよりも
明治以前の信仰のあり方さえ具体的に多くの人々にアピールすることが
できれば、いい方向に帰結するとおもいますよ。

もっともこの問題は国家権力より実在する神社本庁や各宗門の勢力争いを
はたしてまとめることなどできるのかということの方が気になりますね。
今の生臭坊主、生臭神主たちが下手をすれば自領を犯されかねないような
問題に積極的になりそうもない。もちろんそうでない方々もたくさんいますけど。

80 :政治と信仰:2006/08/19(土) 07:07:29
>>77
別に明治帝を崇拝してのことではないだろ。
足下よーく見てみな、土着性への回帰と言うものがちゃんと見えるはずだ。
特に若い人間にな。それが神道の基本だよ。

初詣はもともと明治初頭に神社が賽銭とテキヤの寺銭目当てではじめたものだ。同時に鉄道の普及。
だから電車も特別な時刻表で運行しているだろ。当然寺院も便乗した。関東でも
川崎大師なんかもその例だろ。文明開化と経済的な理由が第一の理由だから
これまたその意味が薄れれば薄れるものだ。未来は明らかに航空機と自動車の時代だよ。
実際海外で正月と言う人間も増えている。多様化の波には勝てないだろうな。
経済で言うのなら寧ろ本来は神社ほど必要はないはずの寺院便乗組みの方が狡猾と言うものだw

神式の葬儀なんてのも一向に定着なんぞしてないよ。
他方で結婚式はキリスト教式に侵蝕されまくりの現実。
庶民は正直だよ。もともと無理な明治神道の普及がキリスト教に
頼った故の当然の帰結だ。年賀状とか結婚式とかな。


81 :政治と信仰:2006/08/19(土) 07:08:30
>>79
つーか明治以前も以後も神道の基本は田舎の故郷の自然と親族。
明治神道は集権化の道具でしかないんだからその政治的役割が終われば
終わるものだよ。明治政府の富国強兵の限界は米国が明確に提示したからな。
道州制だの分権化だののいきつく先は地方意識の覚醒だろ。
それは図らずも洩れには庶民的な文化たるスポーツに顕現していると思える。
相撲や野球ではなくサッカーが好感されている理由の1つは地方の活性化に
もつながっているからだ。こういった左翼の馬鹿がイデオロギッシュに持ち上げた
のでない草の根と言うものは本物だよ。
右傾化の時代と言われているがナショナリズムも畢竟リージョナリズムに行き付くものだ。
沖縄少女輪姦事件、愛媛丸事件、拉致問題、等々つくられた靖国参拝なんぞと違い
かなり頑固で強烈なナショナリズムは地方の中央政府への不満と言う形で現われているものだ。

政府は国家と国を意図的に混同させているが国とはもともと地方と言う意味だ。
文字通り国の時代だ。愛国心も必ず愛国家心ではなく愛郷心に収斂していくはずだ。
明治の愚かな亡霊は必ず衰退するよ。断末魔は何回かあるだろうけどなww
それは議会や役人が特権的な集権体制の利権の拡散を警戒するからだけどな。
好例は自民党の選挙対策だな。長くは続かない、と言うか既に崩壊している。
だから層化に頼るわけだw政界では既に神仏習合だよww

この公明党の健闘は軽視しない方がいい。この宗教政党は選挙制度が変らない限りは
当分は君臨するはずだ。単独過半数は現状ではどんな政党がやろうとしても無理だ。
できても刹那で終わる。長くみれば必ずや層化+大政党と言う組み合わせしかない。
もともと政党も議会も乱立していたのが戦前の日本の現実で最後は軍部含めてバラバラになったのが
大戦前後。米国に叩かれるまでもなく自滅していたと言うことだな。
つーか本来の日本の姿だよ、分権的な体質はね。
これがまた神道の根源だろうな。

ここいらは律令体制の短命さと明治政府の短命さはよーく似ている。
そしてどちらも東国の人間がぶち壊すわけだなw
明治体制は昭和で既に死んでいたと言うことだな。
明治信仰が強い人間が昭和に怨念抱く理由だろうなw

82 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 23:25:28
復活

83 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 23:53:00
どんなに古い伝統や儀式でも、必ず
明治の時代に整備されたような事が
ある時代に誰かの手によってなされてきてる訳だから、
明治の世の変革を全否定で目の仇にするのは、
「近すぎる」から粗が目立って神聖視できないだけ。
過去・現在・未来、
これからも続いていくなが〜い歴史の一環としてみれば
明治の世の変革も日本史の中の一つの瞬間、
明治神宮もこれから末永く子々孫々と受け継がれていくよ。これが現実的な考え方
「皇紀2600年」、日本書紀しかり、
いつかの時代かに誰か何らかの権力によって塗り替えられてきた歴史、
実際は何がどんな形で長く受け継がれていくかは誰にもわからない

84 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 00:20:57
>>83
将来どうなるか誰にも分からないのは当然その通りだけれど、
そのことと、自分として意見を持つこととは別だよね。
オレとしては、神仏が交じり合った怪しげな世界より、現在のように分離された
状態の方がスッキリとしていて好きだよ。ただ、神仏が交じり合っていたことの
名残りを見つけて昔の世界に思いを馳せるのも楽しいね。

85 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 23:20:08
仏教は、世界宗教になるにつれて様々な他宗教の影響を受けて、様々な他宗教の
要素を取り入れている。
神道の影響を受けて、その要素を取り入れることなどは、どうということはない。

86 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 23:26:29
>>85
そんなことできねーよ、禿


87 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 20:46:45
>>84
僕も同感。神道(ただし神社神道)のイイ所は宗教臭くないところ。
日の出を見たり山に入ったりした時など、何か気分がスキッとするけど
神社にお参りした時はそれに近いモノがあるな。

大体、神社の神様がいったい誰なのか知らないでお参りしてたりする。
お稲荷様ってキツネだと思ってたり(ただのパシリ)、八幡様って八幡太郎義家のことだと思ってたりする(逆だ逆)。
でも、それでもOKて雰囲気がマターリしてて吉。
どこにでもあるモノ「稲荷、八幡、イヌの糞」ってか。

88 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 02:43:15
>>85
現代でも既に混交は進行している。明治以降の慣行でその典型は初詣だろうなw
例えば初詣と言うものはもともと神社の経営改善のための明治起源のイベント興業な
わけだが、いつからか知らないが寺院が便乗し始めた。境内は別でも慣行は相互乗り入れ
だなwこれは一見大したことないかも知れないが神社の経営を考えたら死活問題だよ。
仏教はなかなか強かだよw初詣と言うイベントに関しては既に神仏の習合が完了している
と理解していいだろうな。仏道は凶事に関係する場合が多いわけだが、初詣は仏道が慶事に便乗しだした
典型かもしれんな。普及しない神式の葬儀に比して仏式の慶事たる初詣の普及はかなり浸透している。
結局は外形なんてものは信心の通りになるものだ。仏教界の反撃といったところかなw
これももともと神仏は同一だと言う思想からだろうな。神道の慶事は仏道でも祝っていいと言うことだろ。
革命や改革なんてものは大抵は時間とともに伝統に侵蝕されていくものだよ。
世界中どこでもそう。

平成16年正月三が日200万人以上の参拝客のある神社
1.明治神宮(東京都) 290万人
2.成田山新勝寺(千葉県)260万人
3.川崎大師(神奈川県)255万人
4.伏見稲荷大社(京都府)235万人
5.熱田神宮(愛知県)234万人
6.住吉大社(大阪府)225万人
7.大宰府天満宮(福岡県)202万人

関東に特に多いな。
徳川家の亡霊はまだまだ消えてないということか?


89 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 00:08:06
神仏分離後の神道の清明なところが好きです。
心にも体にもとても良い感じです。

90 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 00:39:51
>>88
10年前には考えられなかったことだが、仏前結婚式さえ
最近では京都の有名寺院などではじわじわ人気が出つつあるからね。
有名尼僧や王朝文学ゆかりの寺院は、女性には抹香臭くないと感じられるらしい。
結婚式などは初詣と同じく近代以降の創作物なので
極端な話、「中身には何を入れてもいい」わけだからね。

だが、「生き残る革命」というのもある。それは「神社の地縁性」だろうね。
特殊な宗教都市以外、町内会と結びつき得るのは神社(鎮守様)だけ。
ここには仏教寺院は現代では決して入れない。
それは、仏教宗派の選択は地縁で強制が出来ないことが
完全に定着した常識となっているから(強制したら100%憲法違反)
>>87のような感覚が広く存在するので、神社の場合は氏子強制が許される。
だが、神社の中の人が宗教性を振り回し始めたら
これは一気に崩れ去るだろうね。

91 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/07(土) 12:53:12
ある程度歴史を知っていると今の状態など「スッキリ」どころか不自然過ぎ
て見られたものではありません。
「神佛習合」というものも、明治までの各時代ごと各地域ごとに変容が見ら
れ、一律に論じられるものではありませんでしたが、画一化されていなかっ
た点に状況に応じた救済の原理が働いていた訳で。
明治以降の「神道」というのは、死後の問題も含めて救済する為の儀礼なり
論理なりを持ち合わせていない様に思います。

>>80-81
>神道の基本
「神道」という概念が基層として存在しているのを前提に論じられている様
ですが、そんなものはないのでは。
それと、wがやたらついた箇所の根拠がよく分かりません。
初詣が明治以降に定着したのは仰る通り(幕末に萌芽あり)ですが。

92 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 13:08:49
>>91
スッキリというのはいわば「何も無い」という意味なんだよ。
何かとゴタゴタ大杉の現代社会では
「何も無い所に行く」という行為が癒しになっているという事実だね。
最も極端な「何も無い」有名例は橿原神宮なんだが、
それでも戦後になっても神社として少なく無い参拝者を得て存続している。
実際、明治神道らしくとても「スッキリ」したところだ。
それもまた信仰と言って良いんだろう。中身の欲しい人は別の所へ行く。
それに、
今の日本人は死後の宗教教理的救済思想なんて殆ど誰も求めてないよ。
ただし、「親族により一定の世間的手続を踏んで埋葬されること」は
救済にとって重要とされている。(これで初めて「成仏」できる)
何となく漠然とした「遠い天国」のようなものが広く信じられていることは
オカルト系の番組を見れば良く分かる。

93 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 09:50:57
神社に何もないことはないよ。
奇麗な空気、掃き清められた境内や美しい形の社殿がある。
心を清らかにして、マイナスイオンたっぷりの空気を呼吸すれば、
心身の健康にとても良いよ。

94 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 10:03:54
>>88
2〜4位が寺なのがワロスww

95 :日本@名無史さん:2006/10/10(火) 00:42:53
マイナスイオンは幻

96 :日本@名無史さん:2006/10/13(金) 20:56:44
私は一時僧籍に身を置いたものですが、
自分の信仰と寺の行事・檀家の信仰の
ギャップに悩みました。
仏教はそもそも霊魂という不滅の実在を認めないのが本当で
原始仏教に魅かれて仏門を叩いた私には
祖霊信仰の行事が主になっている現在日本の仏教界には
違和感がどうしても拭えなかった。
神仏分離したといっても根本のところではまだ神仏習合状態な訳です。
今は還俗して在家信者として本当の仏教徒は何か?日々煩悶しております。

97 :日本@名無史さん:2006/10/13(金) 22:26:16
>>88
人口が多いんだから当たり前。
地方から上京してきた百姓の子孫が大半。
徳川の亡霊が明治神宮なんか行くかよw

98 :日本@名無史さん:2006/10/13(金) 22:48:03
>>96
原始仏教が霊魂の不滅を認めないのに、その後の仏教が霊魂を大いに認め
輪廻転生の宗教に変身した訳だが、それと、日本における神仏習合は別でしょ。

99 :伝統と革新:2006/10/14(土) 05:58:31
>>96
インドでも仏教が普及する過程で或いはインド以外で普及する過程で
やはり習合しているんジャマイカ。原始仏教なんてインドでもどこでもかなり
融合してるだろ。
原始仏教の経典でもブラウマ−神にウパース(跪く)させて仏陀が説法する
なんて場面があったと思うが、ここいらでも既に習合の兆しが
見えると思うけどね。カーストを否定した仏教がバラモン教に妥協し
始めた始まりだと思うけどね。既にヒエラルキーが前提となっているような気がするよ。
ウパニシャドのウパースとは相手への強要と言う意味だ。
祖霊と言うが観念や概念は違うかもしれんが霊魂はサンスクリットでは
アートマンだろ。アートマンは個々の自我や自己の本質と言うことだろ。
一個の人間たる仏陀がブラウマンを説法するなんてバラモン教そのものだと思うけどな。
正しく梵我一如、バラモン教の発想だろ。仏陀と言う個がバラモンの世界全体
を説いていると言う改宗の構図だと思うけどね。この梵我一如と言う逆説的な発想から
逃れられていないと思うけどね。ブラウマンがアートマンに吸収される過程みたいなものだろ。


100 :伝統と革新:2006/10/14(土) 05:59:36
>>98
輪廻の世界全体をブラウマ−と捉えるのならば原始仏教も現在の仏教もその
克服と理解したらそう乖離もしていない。個々の信徒が一切苦と言う世界を
克服する(解脱でもいいけど)と言う発想はウパニシャッドの頃からそれほど
進歩してないように思うけどな。仏陀の発想はアートマンを発展させたものだと思うよ。
古代インド全盛のかなり豊かになって繁栄していた紀元前5-6世紀の話しだろ。
形式的な統制の強い時代から言わば自由な個人主義の時代だな。
輪廻と言うものはリグベーダの時代からある当時の自然観からきたものだ。
言わばこの時代の自然界全体の循環。今で言えば環境論だろ。
当時の科学と言うか法則性みたいなものだな。ここから自由になる
と言う発想が当時の思潮だろ。
その布教手段として仏陀の前にブラウマ−神を跪かせる発想の起源
が正しく梵我一如と言う発想だと思うけどね。修行や苦行に拘ると言うのも似ているな。
キリスト教やイスラム教だとボランティアや断食や寄付程度なんだが、それ以上の
ものになっている。この延長にタオと言う発想が重なって行くのが日本の〜道だろ。
神道が仏道から学習して行く過程だな。道教には無い発想だろ。
仏教は簡単に言うと仏陀と言う個の教えが悲喜こもごもの世界を克服して行く過程だろ。
アートマンを仏陀のそれに限定したものが仏教の教説だろ。これが外見的には
仏陀の魂の尊重と言う発想に繋がって既存の信仰と妥協習合しながら
仏塔や仏舎利や仏像の尊重にいきつくんだろうな。



101 :少子化対策はカーマスートラ:2006/10/14(土) 06:00:49
因みに仏塔の起源はヒンドゥー教にも見られる御神体、つまり性器の交歓だよ。
インドの古い仏塔や今の日本の首都のど真ん中にもある円形の仏塔はそれと酷似している。
ストゥ−パとはそもそも聳え立つ、勃起すると言う意味。
農産物に富んだ南部の統一までに至り繁栄を享受した当時の時代の反映でもあるんだろうな。
リグベーダの時代の輪廻の人間での現われも精子と母胎なんだよねww
この時代はアーリア人の比較的厳格な統制の強い支配欲と言うか北方の禁欲的な
思潮が強いように思える。森林の厳格な教えと言う感じなんだな。これが南下して
また習合発展したらしいけどな。
輪廻のなかでアートマンが発展変化する世界がブラウマンでありこの合一を梵我一如と言い
当時の自然界と人間を説明したわけだよ。この場合アートマンは祖霊とも言える。ブラフマン
は自然だろうな。人生観と自然観の融合と言うことだろうな。それを生活観にも合わせたんだろ。
人間の苦しみが死に至るものならその克服が生の起源たる性やその快楽に行きつく
と言うのも至極当然のように思える。

うーん、インドだなー、産めや増やせやww

102 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 10:21:50
日本式の祖霊信仰は、輪廻転生とは違うよね。

祖霊信仰は、祖霊が家系の中で血のつながりとともに霊的にもつながっている
という感じだよね。だから、祖霊は自分の中にもあるし、自分を守るものでもある。
親子も霊的なつながりを持っている。

輪廻転生は、肉体とは別の霊が肉体の死後また別の肉体を得るものだよね。
だから、どの肉体に転生するかは、肉体における家系とは関係ない。
親子で転生することはない。子が生まれるときに親は未だ生きているからね。

103 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 14:23:17
>>102
それが、現在の日本で広く行われている「先祖信仰」は
どこまででも続く支那文明的な祖霊信仰でもないんだな。
いわゆる「先祖供養」は、一般的には50年以内、最長でも100年以内で終わってしまう。
要するに、当該死者の生前を覚えている遺族がいなくなったら終わりなのだ。
その後はどうなるかと言うと、専ら輪廻転生論の世界になる。
これは例えば一般向けのテレビのバラエティー番組を見れば分かるんだが、
「あなたの前世は戦国時代の有能な武士です」という話はよくあるが、
「あなたの20代前の先祖にあたる武士が祖霊としてあなたを守っています」
という話にはならない。
実は祖霊信仰というより「遺族の記憶の中に残る『生前の彼・彼女』を慰める」
という要素が強い気がするよ。

104 :日本@名無史さん:2006/10/14(土) 19:40:07
>>103
そうでもない。
今でも菩提寺から150年忌とかガンガンお達しが来るよ('A`)

105 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 17:05:56
>>103
要するに、
祖霊信仰・先祖信仰・先祖供養の日本版・中国版のどれにしても、
輪廻転生とは違うということだよね。

106 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 01:32:06
http://220.254.5.211:8000/2ch/academy4_history/1109/1109940153.html

107 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 16:11:17
鷲宝寺に行ったら、新羅三郎頼光の由来が書いてある石碑があった。
大鷲神社には何もなかった。
別にどうでもいいんだけど、興味を引かれた

白旗塚古墳には、義家の由来が書いてあった。

108 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 16:16:38
>>96
お前さんが羨ましいよ。
教えなんて所詮、他人の作った物だからそこまで悩めない。
ただなんとなく、先祖や先人を想ってるだけの俺には死んでも理解出来ないわ。

109 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 01:41:10
考えれば考えるほど日本人の宗教意識がわからなくなってきた。ww
イスラム教やキリスト教は理解はできるのだ。最後の審判があって
善人は永遠の命を得て、天国に入れる。悪人は地獄に落ちるとww
インドは完全に輪廻転生だ。
日本人は般若心経を唱えて、極楽浄土に行くとか言っているだろう。ww
般若心経なんかある意味無神論教の極地だろう。ww
といって唯物論でもない。ww
共産党員が念仏を唱えているくらいだからなぁ。ww
これがヨーロッパだと真面目な共産党員は念仏など唱えないww
その上地獄も信じてなおかつ輪廻転生も信じている。ww
ある意味神仏習合教が一番日本人にあっているのかもしれんww

110 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 11:41:54
日本人は、明確に分からないことは分からないこととして、そのままにしておくんだよね。
分からないことでも、何らかの真実を感じるものは丁重に扱うんだね。
これって、とても科学的な姿勢だよね。

明確に分かっていないのに、あることを信じ込んで、それと違うことを排除する
なんていう人達が世界には多いようだけど、困ったことだね。

111 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 04:40:52
>>102
輪廻も祖霊信仰も家系も霊魂の不滅も復活も要は長命や永続性への人間の
憧憬だよ。これが延いては一族郎党、民族国家や自然界、人間界の経済社会
の繁栄や永続性に繋がるわけで、霊魂は要は護国豊穣の連鎖のつなぎ役のようなものだ。
それで人間界の断絶たる死を解釈したんだろ。本質的にはどれも変らない。
人間が本来は同一の精神と肉体を便宜的に分離して理解しようとした理由は
この肉体の限界を精神の連鎖で解き放とうとしたから。
霊魂を精神と言い換えればその集積は例えば仏教哲学や延いてはあらゆる信仰そのものだったりもする。
何等祖霊の集積たる家系と変りはしない。単純に縦に並べるか、抽象化概念化して複雑に錯綜させるかの違い
だけだなw
>>109
ww用いるときは句点は無い方がすっきりするねww

112 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 23:46:39
http://www.thebritishmuseum.ac.uk/world/asia/asia.html

大英博物館にあるスリランカの仏像なんだけど、エロいよね。

113 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 22:27:21
現在の神道は、霊性をほとんど感じない。
むしろ、無心の清々しさと身体的な爽やかさを感じる場を提供するもの、
といった感じだね。とても良い感じだよね。

114 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 11:42:25
古神道その他いろいろ2 他山の石  より
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1160815450/
821 :太国 :2006/10/09(月) 07:59:17
余も「神道体系」が欲しかったが、あまりにも高額となるのであきらめていた。
最初から最後まで完読は容易ではないだろうから、図書館等で見つけて必要個所
を読めば足りると考えた。当然大学の神道関係の部署ではあるはずだな。w
無理はしないことですな。それは入手可能な財力あれば購入を否定しないけど。

822 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/10/09(月) 09:54:00
古神道の最高権威太国様は神道体系も持ってないの?
                 
「古事記・日本書紀」総合スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1150629621/
186 :太国 :2006/09/23(土) 22:14:36
精一杯だと?w 笑わせるな。 余が古神道の最高権威だぞ。
余が臥海に崩れたら、臥海に神社界は面子が丸つぶれになるのだ。
そうはならんぞ。
これだけの真を、お前は余から教えてもらってるんだから
有り難く思え。
二朝並立は、おおむね祟神の時代から文武の時代までの間だ。その間は
畿内の朝廷と九州王朝は並立にあったのだ。

824 :太国 :2006/10/09(月) 14:35:09
>>822
神道と古神道は違うんだよ。古神道の最高権威とは、最高機密『卜』を確実に
知悉することなのだ。そんなの持ってたって学者にはなれようが、こいつは
分かりはしないと想うぞ。余は神道のほうは権威者ではない。

QQQQQQQQQQQQ この人明らかな馬鹿ですよね! QQQQQQQQQQQQQ


115 :日本@名無史さん:2006/12/23(土) 21:07:49
頭割り!

116 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 21:41:38
ほー

117 :日本@名無史さん:2007/01/23(火) 00:43:39
俺の行ってる教会は七五三やるぞ。カトリックだが。スレ違いスマソ。


118 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 01:02:17
こういうのも神仏習合と言っていいのかね?
http://w.nsview.net/v/00085/
坊さんを祀る神社(中国からの渡来僧:湛誉)。

119 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 03:25:58
今でも神仏習合はあるよ
うちの菩提寺は曹洞宗だけど境内に恵比寿様があって
檀家で毎年静岡の秋葉神社にお参りツアーやってる

120 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 06:46:55
神仏習合って寺主導だろ?

121 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 11:13:35
古くは建て前として、
世襲が認められなかった寺が、
世襲の神社よりも上となりうる訳がない。
寺の意は役所。
社の意は住まい。
語意からも同様に考えられる。

122 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 12:14:01
神祇信仰の土台の上に仏教を被せた訳で、その逆じゃないって事だ

123 :日本@名無史さん:2007/02/01(木) 14:01:27
仏教の始祖シッタルダや釈迦族の特徴もよく読むと三苗族などの神道のルーツと同根のように思える。

三苗族には蛇や鳥、日月といったトーテム(精霊)が女性の体内に入ると子を産むとされるが、シッタルダの母も「白い象が体内に入ってシッタルダを産んだ」とされている
「法輪」の原型も「八卦」かもしれないし、「修行」は「道を極める」のと基本的に同じ発想。

124 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 20:54:43
あんがい今の江原某とか細木某とかといった連中のほうが日本人の
宗教感性に一番近いのかなと思う。


125 ::日本@名無史さん :2007/02/07(水) 21:01:58
江戸期まで 神仏習合 阿弥陀仏信仰

明治維新 神仏分離→国家神道

戦後 神も仏も 忘れ去られた

現在 様々な神が

126 :日本@名無史さん:2007/02/07(水) 21:35:25
>>124
「どんな宗教も無節操に一緒にしてしまうのが日本人特有の宗教観で、
それをよく示しているのが神仏習合」
みたいな言説がなぜか、広く信じられ、
甚しくは学校の歴史の授業でそう習ったりするけど、
それは間違いだよ。

神仏習合は既にインド密教がヒンズーの神を取り入れた時に起きていたもので、
日本の密教はそれを踏襲したに過ぎない。

127 ::日本@名無史さん :2007/02/07(水) 22:27:18
末法思想によれば、1052年から日本は末法時代に突入した

それと呼応するかのように、摂関政治は廃れ、
皇室には院政がおこった。天皇の位は、カタチばかりのものとなった。
平安末期、かろうじて平安貴族の如く貴族化した平家の後には
北条、足利、徳川という時が
織田、豊臣もあった

時は至り
現在、神の時代は再び到来しつつある
神と仏は、タテとヨコの関係で、十字に結ばれるのだ。

128 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 16:57:22
神仏習合の伝統はほとんど途絶えたというのに、神・アーメン習合
仏・アーメン習合が出てきだしたな。
江原なんか神主のはずなのに、十字架を首にぶら下げているし、
オウムは仏教なのにハルマゲドンで突っ走るし、


129 :日本@名無史さん:2007/02/11(日) 17:53:30
インド密教の場合は殆どヒンドゥー神群を天部として取り込んだって云うだけの意味だろ
極端な話、神仏並立

日本の神仏習合の場合は、
天神地祇の特定の神挌に対して、密教世界の特定の仏挌(ヒンドゥー神群込み)と対応させるんだよ

130 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 19:59:52
ダキニ天がキツネに乗っかってるヤツね。

131 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 04:45:30
神社内での坊さんの仕事は何だったんだろうね。
神主同士の喧嘩の仲裁か。

132 :日本@名無史さん:2007/02/16(金) 06:06:36
神前読経だよ

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