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大  塩  平  八  郎  の  乱

1 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 23:07:53
 

2 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 23:08:23


3 :         :2006/01/10(火) 23:08:57


4 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 02:24:27
陽明学の知行合一理論が大塩の正義感によって
日本史上初の政治的反逆劇として実践された大事件。
倒幕運動への影響大。陽明学の威力や大塩の理論と
名を日本中に知らしめた。

5 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 02:27:18
大塩の檄文すげえぜ。

6 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 06:17:45
三島由紀夫が大塩を賞賛しとるが、、
日本の革命理論には日蓮宗も深くかかわっているのでは?

7 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 06:53:36
大塩の先祖ってどこまで遡れるの?

8 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 14:12:13
age

9 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 14:22:47
知行合一ってのは、よく考えずに思いつきで行動することですよ。

10 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 14:45:55
↑小学校の道徳の時間をやり直せ

11 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:54:50
知行合一は考えないでもビアノがひけるとか
要するに「慣れる」ということです。

12 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 21:10:50
今じゃ学校で知行合一を教えないのかな
これもゆとり教育世代か

13 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 21:41:51
知行合一はウヨ・サヨが得意です

14 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 09:53:43
プロレタリア革命がなにか?

15 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 23:13:35

大塩は結局なにがしたかったの?
檄文には奉行や悪徳商人を討つとか書いて有ったみたいだけど
仮に奉行を倒せたとしても、その後どうするつもりだったの?

16 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 02:23:35
>>15
だから知行合一なんだよ
腐った役人やそれに結託した商人を倒さなければならないと思ったから行動に移しただけ
他意は無い
行動する事に意味がある
結果を考えたら行動できなくなるから

17 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 07:50:47
早い話が思いつきで行動することね・・・

18 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 20:32:03
>>16
それにしては負けた後に知人の家に隠れてたのは潔く無いね
武士らしく切腹するとか
あるいは裁きの場で堂々と自分の考えを主張するとか
少なくとも赤穂浪士は逃げ隠れはしなかったと思うが

19 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 22:09:12
乱直前に老中に腐敗役人と癒着豪商のリストを送りつけたんだけでその反応を見たかったから隠れていたそうだよ。
しかしその手紙は飛脚が他の郵便物に着いていた金子を横領して、手紙全部棄てたんで届かなかったとさ。
赤穂浪士は基地外藩主のため、大塩は天下万民のため。

20 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 01:20:28
今も昔も指をくわえてただ見てるだけじゃ何も変わらない!大塩は、何をしてこうしようではなく、何もしようとしない役人、幕府、民衆にたいして、命を投げ出し、覚悟をしめすしか伝えるすべがなかった、腐りきった世の中にたいして!

21 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 02:53:38
>>18
大塩はやる事があったから潜伏していただけ
それに民衆を救う為に蜂起した大塩の方が尊い
赤穂浪士のように体面の為に人殺して騒ぎ立てたのとは違う

22 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 04:37:15
天命を奉じ天討を致し候

23 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 06:50:32
大塩の檄文は名文だよ
読むと涙が出るね

24 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 06:57:34
どっかにのってないか檄文

大塩を風雲児達で知ってから気になる存在だ

25 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 07:23:10
>>24
http://www.cwo.zaq.ne.jp/oshio-revolt-m/gekibun.htm

26 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 07:27:51
大塩は有名人だし、幕府の役人なのにその出自って殆ど知られてないよね。
一族とかいなかったのかな?

27 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 07:47:07
Googleで「大塩」を検索すると現代人が結構引っかかるんだけど、関西では結構ある氏なのかな?

28 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 09:02:34
>7今川遺臣らしいが

29 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 16:00:05
>>25
ありがとう
凄い字だな

30 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 07:34:11
>>26
かなり怪しいが今川氏真の妾腹の子孫らしい
http://www.cwo.zaq.ne.jp/oshio-revolt-m/inouet2.htm

31 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 07:47:06
大塩は格式で言えば御家人?

32 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 07:55:17
石高はどれくらいだったんだろう?
50〜100石ぐらいかな?

33 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 22:06:10
大塩は大坂城を占拠し、天子を御動座もうしあげ、近隣の摂河泉、播州、城州、江州、丹州、紀州に激を飛ばす予定だった

34 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 22:42:20
あまり知られていないが大塩は実は刑執行前に東南アジア経由でアメリカへ逃れ
ペリーとともにジョン万次郎という名で来日し通訳を行っていた。

歴史とは実に深い。

35 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 23:31:59
知行合一とは                  知識に行動が伴わなければ意味を成さず。行動に知識が伴わなければ意味を成さない。そんな教えかと。

36 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 23:41:03
駄目だよ 陽明学の人はみんな河井継之助みたいになってしまう


37 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 01:03:19
>>32
町奉行所の与力だから大体約200石位だと思われ。

38 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 04:54:20
大塩平八郎って宅間の前世だろwww

39 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 05:18:44
大塩の家系、格式(旗本・御家人の別など)、石高等についてご存知の方、レス願います。

>>37
200石ですか。格式はどうなんでしょう?

40 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 07:54:33
>38椰子は半島人

41 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 21:43:34
大塩は確か武装蜂起の前日に門弟と蜂起について激しい議論となり
蜂起に反対する門弟をぶった切ってしまったんだよね。

愚直で一本気で狂信的で人間の機微というのをよみとるのが下手で、
どことなく江藤新平と共通してるところがある。

42 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 20:09:56
与力は平均200石前後
身分としては庄屋と同じく一代限りのお抱えだが
実際は世襲制になっていた
お目見え以下だが扱いとしては旗本と同じで騎馬も許されていた
まあ、要するに臨時雇いの旗本みたいなもの

43 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 03:05:33
あげ

44 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 07:11:32
大塩が今川遺臣の子孫だという話は本当なのかな?


45 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 16:50:45
大塩は塩漬けにされたってマジ?

46 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 19:30:00
>>42
それでは、御家人抱席(かかえせき)〔抱入(かかえいれ)〕の格式だと考えてよろしんですね。

47 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 00:13:05
町奉行の与力は職務上旗本としての扱いを受けていたが、身分はあくまで御家人
当然お目見え以下だし生粋の旗本(町奉行、勘定奉行、寺社奉行等)から見れば不浄役人
の下郎同然で、当然旗本のような出世も望めなかった。

が、しかし、強大な権限を持っていたので実入りも多く、石高の低い旗本よりははるかに優雅な生活を送っていた。

48 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 03:20:46
>>47
旗本としての扱いというのは、馬に乗れることですか?
町方は関係各方面(商人、各藩その他)から挨拶がありますからね。

49 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 16:47:05


50 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 09:57:48
50

51 :日本@名無史さん:2006/04/16(日) 05:49:51
生田万は陽明学者じゃなくて国学者だよね
なんで?

52 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 00:28:42
造幣局の「桜の通り抜け」を観た後、洗心洞を探しましたが、見つかりませんでした。あの辺ですよね。
ガイドブックにも載ってないし、近辺の人に訊いても知らなかった。東京と違い歴史がある、と威張る割には、無知な大阪人。

53 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 16:26:34
半島出身者が大半ですから大阪人は

54 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 16:48:41
中座の後をパチンコ屋にするような民度ですから。

55 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 23:38:13
>>48
残念ながら乗馬はできませんでし、また、その必要もありませんでした。
その代わり与力を数えるときは旗本同様「一騎二騎」と呼び同心とは区別していた模様です。

要するに、町奉行は町人に対する治安維持を任務としていたので組織上も常に軍事形態を整えていなければならず
そのため町奉行配下の与力・同心と呼ばれた御家人(足軽)の中から上級者(与力)を旗本格(将兵)にして配下同心を統率し、
有事に機動的に対処できるよう組織化したのでしょう。

相手が町人だったからこそ、このような足軽級の者を将兵扱いに出来る訳であって、当然諸藩への有事に際しては生粋の旗本が
兵を率いて出陣することになります。

56 :大塩の乱:2006/05/07(日) 20:12:42
この乱の真相は、陽明学に
よる洗心洞グループだけの蹶起だけではなく被圧迫階級の大坂三郷の原住民が、「世
直し」つまり革命を叫んで、大塩平八郎をたてての蜂起だったのである。

 が、日本全国にわたって、奉行所や牢獄の下級クラスは河原者で占められているか
ら、「彼らの叛乱」となると、これは体制側の取締機構内部のことなので処置に困る。
それに河原者として限定されているのは、ごく一部分であっても、かつては同類で今
は商人や職人、それに武家にもなっている原住系というのは、おびただしい数なので
ある。だから河原者だけに暴動を起こされても、これは大変なのに、全原住系にまで
騒ぎが広まったら大変なことになる。


57 :大塩の乱:2006/05/07(日) 20:15:24
そこで、御政道のために、
「河原者は大塩の乱には一人も加わらなかった‥‥かえって保護を求めるごとく町奉
行所へかけこんだのである」
と政治的めどで、すっかり体裁を変えて繕っているのが、この、「大坂町奉行秘記」
なのである。
 しかし米価騰貴から端を発し、インフレ政策への暴動なのだから、富商のブルジョ
ワジーが保護を求めて奉行所へ逃げ込むのなら話も判るが、「何故に無産階級の彼ら」
が町奉行所へ駆け込むのか?変てこすぎてきわめて作為がみえすぎる。


58 :大塩の乱:2006/05/07(日) 20:16:10
当時の体制側の代弁者である流行作家の伴信友の『浪華緑林』にしろ、『塩族騒乱
記』でも、このときの暴動に加わった者は、「六百から千」という数字がでているが、
『向山斎丙午斎雑記』や、跡部山城守ら堀伊賀守の名のある調書をみても、大塩の門
人や氏名の分明している者は二十余名にすぎず、後はまったく無名の暴徒で、その数
も出ていないのである。
 そして、これを公式記録では、「乱妨百姓」の文字でかたづけているが、まさか、
米を作っている百姓が、「米価が上がった」と暴動を起こす筈はない。
 いくら当時の施政者がごま化しても、「その真相は、河原者の叛逆」とみるべきで、
ともすると、「講談」が歴史とごっちゃにされやすいから、こうしたモップさえも個
人の大塩平八郎だけをクローズアップさせ、その背後の大衆運動の組織活動は日本で
は無視されてしまっている。


59 :大塩の乱:2006/05/07(日) 20:16:48
しかし大塩が、河原者の叛逆の頭目におされたという事実は、彼が洗心洞熟をひら
き頼山陽や佐藤一斎とも交友のあった学者だったということに関係はないのである。
というのも、河原者が彼の講義など聞きにくるわけがないからである。つまり、こう
なるから、(大塩平八郎の伜格之助が養子だったのは、彼もまた本当は河原者の血を
引くもので、三十歳で没した敬高の実子ではあるまい)という説も明治初期にはあっ
たらしいのである。
 なにしろ寛政十一年に大塩敬高とその妻が同時に亡くなり、文政元年六月に彼が、
「嫡孫承祖」として後を継ぎ、平八郎自身も己れの生年月日を知らぬもののようで、
自分で書いた天保六年のものと、佐藤一斎に書いた手紙とでは、彼の直筆だが年齢も
違っている。


60 :大塩の乱:2006/05/07(日) 20:17:36
そこで、平八郎は徳島の者で大坂へ貰われていき、大塩敬高夫妻が流行病で一時に
死んだとき、ひそかに跡目をたてるべく貰われたものだが、長ずるに及んで、「原住
系民への圧迫をみるに忍びず、ここに叛逆を決意した」という説も生まれている。だ
から、伴信友などは、その著で大塩を「狂儒」と罵り、また「賊」とするが、鴻池な
どの原住系の商人は、家屋敷を焼かれているのに、それでも、「大塩様」と敬称を用
いているのである。だからして、この点からみても、やはり原住系の叛逆というのが
正しいようである。


61 :大塩の乱:2006/05/07(日) 20:19:28
そこで、平八郎は徳島の者で大坂へ貰われていき、大塩敬高夫妻が流行病で一時に
死んだとき、ひそかに跡目をたてるべく貰われたものだが、長ずるに及んで、「原住
系民への圧迫をみるに忍びず、ここに叛逆を決意した」という説も生まれている。だ
から、伴信友などは、その著で大塩を「狂儒」と罵り、また「賊」とするが、鴻池な
どの原住系の商人は、家屋敷を焼かれているのに、それでも、「大塩様」と敬称を用
いているのである。だからして、この点からみても、やはり原住系の叛逆というのが
正しいようである。


62 :大塩の乱:2006/05/07(日) 20:22:50
大坂三郷のそうした非農耕住民の暴発が、どうしても未然に防げない
と見きわめがついた時、大塩平八郎は公儀への御奉公に、自分が囮となって挙兵した
のではあるまいかと疑う。あまりにも戦の仕方が下手だし、それに大塩平八郎は生死
不明で、中国へ逃げたとかアメリカへ逃げたといわれているが、あの時代に海外へ逃
亡できるのは、官憲の補助がなくては出来る事ではない。また、「みずから謀叛人の
名を甘んじてうける」というのは、今の人には考えられぬ事だが、武士というものは
名聞(みょうもん)を度外視して、そういう濡れ衣をうけるものでもあったのだ


63 :教育基本法改悪:2006/05/07(日) 20:25:38

伝統というと何でも良いものだと勘違いしている者が時々居るが、大きな間違いだ。
悪しき伝統、悪弊と言うものも有る。
天皇制は正にそれに当る。

天皇制が出来てからと言うもの、日本人は長い間、重税や徴用に苦しめられて来た。
自民党と公明党は教育基本法を改定して子供達に「伝統を重んずる国を愛する心」を押し付けようとしている。
伝統に固執した時、進歩は止まる。
インカやアステカの様になると言うことだ。
男尊女卑、封建的上下意識、天皇万歳、談合、天下り、癒着、町内会。
みんな伝統だ。
悪しき伝統、悪弊を断つ改革なくして、進歩は無い。
その進歩に必要な心を子供達から摘み取る積もりらしい。

国の行く末は子供達がどんな教育をされたかによって決まる。
間違った教育を受けた場合、もう、自力では元へ戻すことが出来なくなるのだ。
それが教育の恐ろしいところだ。
またバカをやって外国の軍隊に進駐してもらって正してもらうしかないだろう。
まぁそれまで、国民は散々苦しむだろうな。


64 :2・26事件:2006/05/07(日) 20:34:14
この流れは1936年(昭和11)二月二十六日未明に勃発した2・26事
件も、やはりそうではないかと思える点がある。
 この叛逆は、「尊王討奸」の旗の下に、「昭和維新」を目標とし、将校二十一名見
習い士官三名下士官二名、それに元准士官八十九名と兵千三百五十八名、常人十名に
よって蹶起されたもので、この叛逆部隊は、「首相官邸、内相私邸、侍従長官邸、蔵
相私邸、教育総監私邸」を襲撃し、警視庁・放送局を占領し永田町一帯を封鎖までし
た。
 この叛逆のテーゼの「日本改造法案」をだした北一輝が、原住系の多い新潟の佐渡
ヶ島の夷町の出身者であった点、彼らが原住系の多い東北地方の窮乏を訴えて立ち上
がった点、旧幕時代弾左衛門の小塚原刑場にあった回向院に、磯部浅一大尉の墓など
故意にたてられている事からも、どうもその疑いがある。


65 :大塩の乱:2006/05/07(日) 20:37:28
大塩の乱というのが、もし「勤王」でもスローガンにしていたら、
明治時代にもおおいに研究されたろうが、「陽明学」という見地からのみだったので、
三一書房の全集にも、大塩平八郎の檄文のみ再録されているくらいで、なんでもかん
でも刊行している吉川弘文館の人物叢書にも入っていない。


66 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 15:25:36
>>63
何を言っても通用しない箸にも棒にも掛からないバカが製造されるだろうね。
「伝統だ、天皇万歳、君が代、日の丸、男尊女卑、男はこうあるべき、女はこうあるべき」
行き着く先は民主主義の破壊だね。
伝統を突き詰めて行けば、日本には元々民主主義なんて無かったんだから、
民主主義が否定されるのは時間の問題だろう。


67 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 22:35:20
>>63
心が歪んだ右翼爺が頭の悪い若者を洗脳して右翼にする為に書いた洗脳文を
洗脳された右翼小僧が掲示板に張りまくり、それを見た自民党の国会議員が洗脳されて作ったのが
今回の教育基本法改正案だ。
洗脳される者は洗脳する者よりも知能が低い訳だが、自民党の国会議員は、心が歪んだ右翼爺よりも
知能が低いことが分かったw


68 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 14:23:47
なにを言うとるんだか

69 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 22:33:43
大塩平八郎は武士なのに町人の娘に惚れて嫁にしてたんだよね。
気骨あるなぁー。

70 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 23:10:37
ほんとだね

71 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 20:04:10
こまった

72 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 00:38:35
ん?

73 :大塩平八郎檄文:2006/08/11(金) 19:13:21
四海困窮せば、天禄永絶えん、小人に国家を治しめば、災害並到ると、
昔の聖人深く天下後世の、人の君、人の臣たる者を誠め被置候故、
東照神君も、鰥寡孤独におゐて尤憐を加へ候は 仁政の基と被仰候し、
然る処、此二百四五十年、大平の間に追々上たる人、驕奢を公に授受して、
贈貰ひ致し、奥向女中の因縁を以て、道徳仁義もなき拙き自分として、
立身重役に歴上り、一人一家を肥し候工夫のみに心運し、其領分知行の民
百姓共に、過分の入用金申附、是迄年貢諸役に甚敷苦む上、右の通無体の
儀申渡、追々入用かさみ候故、四海困窮に相成侯に付、人々上を怨ざる若
無き様に成行候得共、江戸表より諸国一同右之風儀に落入、天子は足利家
以来、別て御隠居御同様、賞罰の柄を御失ひに付、平民の怨み何方へ告訴
とて、告訴る方なき様乱れ候に付、人々の怨気天に通じ、年々地震火災、
山も崩れ水も溢れしより外、種々様々、天災流行、遂に五穀飢僅に相成、
是皆天より深く御誡の難有御告に候得共、一向上たる人心も得す、猶小人
奸那の輩、大切の政事を執行ひ、天下を悩め、金米を取立候手段計に相懸り、
実に以小前百姓の難儀を、我等如き草の陰より察し悲み候得共、
湯王武王の勢位もなく孔子孟子の道徳も無ければ、徒に塾居致し候処、
此節は米価愈高直に相成、大坂之奉行、并諸役人共万物一体の仁を忘れ、
得手勝手の政道を致し、江戸へは廻来之世話致し、天子御在所の京都へは、
処米の世話いたさゞる而已ならず、五升壹升[ママ]位の米を買下候者共を
召補抔致し、実に昔葛伯と云大名、其農人弁当を持参る小児を殺し候も同様、
言語同断、何れの土地にても、人民は徳川家御支配の者に無相違処、
如此隔を附候者、全く泰行等の不仁にして、其上勝手我侭の触書等を度々
差出、大坂市中遊民計を大切に心得候は前にも申通、道徳仁義も不存拙き
身故にて、甚以厚か間敷不届の到り、且三都の内、大坂の金持共、年来諸
大名へ貸附け候利足金銀并扶持米等莫大に掠取、未曾有之有福に募り、
町人の身を以、大名の家老用人之格に被取用、又自己の田畑新等を夥敷所持、
何等之無不足暮し、此節の天災天罰を見ながら、畏もいたさず、
餓死貧人乞食共、敢て不救共、身は膏梁の味とて、結構の物を食ひ、


74 :大塩平八郎檄文:2006/08/11(金) 19:16:40
妾宅等へ入込、或は揚屋茶屋へ大名家来を誘引参り、高価の酒を湯水を飲
も同様に致し、此難渋の時節に絹服を纏ひ、河原者と妓女共に迎ひ、平常
同様の遊楽に耽り候者、何等の事に候哉、紂王長夜の酒盛も同事、其所の
奉行諸役人、手に握り候政を以、右之者共を取扱、下民を救ひ候儀も難出
来、日々堂島の米相場計を致し候事、実に禄盗人にて、決て天道聖人之御
心に難叶御扱ひ無き事に候、於是塾居の我等、最早堪忍難成、湯の勢ひ、
孔孟の徳はなけれども、無拠天下の為と存じ、血族の禍ひを侵し、此度有
志の者と申合、下民を悩し苦しめ候、諸役人共を誅戮致し、引続き奢に長
じ居候、大坂市中金持の町人共を誅戮可致候間、右之者共、穴蔵に貯置候、
金銀銭並諸蔵屋敷内へ隠置候俵米、夫々分散配当致し遣し候間、摂河泉播
之内、田畑所持不致者、縦令所持致候共、父母妻子家内の養方難出来候程
の難渋者へは、右金米為取遣候間、何日にても、大坂市中に騒動起り候と
聞得候はゞ、里数を厭ず、一刻も早く、大坂へ向け馳参り候面々へ、右米
金遺可申候、鉅橋鹿台の粟財を、下民へ被興候御遺意にて、当時の饑饉難
儀を相救遣し、若又其内器量才力等有之者には、其々取立不道の者共を、
征伐致す軍役に使ひ可申候、必一攘峰起の企とは違ひ、追々年貢諸役に到
迄軽致し、都て中興神武帝御政道の通り、寛仁大度の取扱ひ致し、年来蹣
奢淫逸の風俗も、一洗に相改め、質素に立戻り四海天思を難有存じ候て、
父母妻子を取養ひ、生前の地獄を救ひ、死後の極楽成仏を、眼前に為見遣し、
堯舜天照皇太神の時代には復し難けれ共、中興の気象に恢復とて、立戻可
申候、此書付、一々村々へ為知度候得共、夥敷事に付、最寄人家多き大村
の神殷等へ張置候間、大坂より廻し有之番人共へ、不為知様心掛早々村々
へ相触可申候、万一番人共見附、四ヶ所の奸人共へ、注進いたし候様子に
候はゞ、無遠慮面々申合せ、番人を不残打殺し可申候、若又大騒動起り候
と承りながら、疑惑致し馳参り不申、又は遅参に及候得者、皆金持之米金
火中の灰と相成、天下の宝を取失ひ可申候間、跡にて必我等を恨み、宝を
捨て候不道若と、

75 :大塩平八郎檄文:2006/08/11(金) 19:19:51
陰言不致様、為其一同へ触為知候、尤是迄地頭村方にある、年貢等に拘り
候諸記録帳面類は、都て引破り、焼捨可申候、是往々深慮り有事にて、
人民を困窮為致不申積に候、乍去此度の一挙、当朝平将門、明智光秀、
漢土劉裕、朱全忠の謀反に類し候と申ものも、是非有之道理に有之候得共、
天下国家を纂盗致し候欲念より、おこり候ことには、更に無之候、日月星辰、
神鑑有之事にて、詰る処は、湯武、漢高祖、明大祖、民を弔し、天罰を取
行ひ候誠心而己にて、若疑敷相覚候得者、我等所業、終る所を爾等篤と限
を開きて見よ、
  尚々、此書付小前之者へは、道場坊主或は医者等より、篤と読為聞可
中候、若庄屋年寄眼前之禍を畏れ、一己に隠し候はゞ、追て急度其罪を
可行候、


  奉天命致天罰候摂河泉播村々

 庄屋年寄小前百姓共え

    天保八丁酉年 月 日


76 :日本@名無史さん:2006/08/11(金) 20:27:27
名文だ
国会で読み上げてやりたい

77 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 12:00:18
 戦争責任は人類すべての人間にあるのです
 野生の動物の世界は弱肉強食の悪法がはびこり、戦争状態である。たとえ、
百獣の王ライオンであっても、その子はハイエナに食われる。人間の世界も物
欲によって争闘し、最後には殺し合いとなる。これは人間の欲望に限りがない
からであり、ぜいたくを享楽しているためである。肉食は食欲のぜいたくの極
みであり、これを得るためには家畜を殺し、弱者を犠牲にしなければならない。
動物を殺すことは人間を殺すことと同じである。これでは、人間の霊性は獣と
何ら変わることがなく、自分の子供がハイエナに食われても文句が言えない。
 人間の横暴によってすべての生物が地獄の苦しみにあえいでいる。先の大戦
の犠牲者はこうした人間の行為の償いであり、神からの啓示である。だから、
戦争責任は人間が自らの行為を反省することなく、物欲を発揮してぜいたくを
むさぼっている、人間一人一人にあるのです。
 偽科学が常識を盲信させる
 非ユダヤ人において、科学の盲目的信仰が功を奏しているようである。学校
の教科書で教えられる事がすべて正しいと信じる。こういった人々にとっては
権威ある学会が言うことのみが正しく絶対なのである。
 ユダヤ議定書(第2議定書)
 非ユダヤ人は歴史を基礎とする観察を怠り、専ら理論上の旧弊に囚われて、
その結果に対する批判的工作を忘却している。我々は新聞雑誌を利用してこの
科学理論を盲目的に信用させる。非ユダヤ人の知識階級は自己の知識を誇りと
して、科学から得た知識でものを考えようとする。その知識を論理的に吟味も
せず、その知識なるものが、人間を我々の目的の実現に向けて、教育するため
に作られた事に気がつかないのである。悪魔の世界制覇に向けて。我々の主張
を根拠なきものと思ってはいけない。我々の仕組んだところのダーウィン、マ
ルクスの教説の成功に注意なさるがよろしい。これらの教説は非ユダヤ人の心
に破壊的作用を及ぼした。ダーウィンの進化論は常識となっている。チンパン
ジーは何時になったら人間となるのか。急には進化できないから、その中間の
形態のものが存在しなくてはならない。


78 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 12:02:58
 戦争責任は人類すべての人間にあるのです
 野生の動物の世界は弱肉強食の悪法がはびこり、戦争状態である。たとえ、
百獣の王ライオンであっても、その子はハイエナに食われる。人間の世界も物
欲によって争闘し、最後には殺し合いとなる。これは人間の欲望に限りがない
からであり、ぜいたくを享楽しているためである。肉食は食欲のぜいたくの極
みであり、これを得るためには家畜を殺し、弱者を犠牲にしなければならない。
動物を殺すことは人間を殺すことと同じである。これでは、人間の霊性は獣と
何ら変わることがなく、自分の子供がハイエナに食われても文句が言えない。
 人間の横暴によってすべての生物が地獄の苦しみにあえいでいる。先の大戦
の犠牲者はこうした人間の行為の償いであり、神からの啓示である。だから、
戦争責任は人間が自らの行為を反省することなく、物欲を発揮してぜいたくを
むさぼっている、人間一人一人にあるのです。
 偽科学が常識を盲信させる
 非ユダヤ人において、科学の盲目的信仰が功を奏しているようである。学校
の教科書で教えられる事がすべて正しいと信じる。こういった人々にとっては
権威ある学会が言うことのみが正しく絶対なのである。
 ユダヤ議定書(第2議定書)
 非ユダヤ人は歴史を基礎とする観察を怠り、専ら理論上の旧弊に囚われて、
その結果に対する批判的工作を忘却している。我々は新聞雑誌を利用してこの
科学理論を盲目的に信用させる。非ユダヤ人の知識階級は自己の知識を誇りと
して、科学から得た知識でものを考えようとする。その知識を論理的に吟味も
せず、その知識なるものが、人間を我々の目的の実現に向けて、教育するため
に作られた事に気がつかないのである。悪魔の世界制覇に向けて。我々の主張
を根拠なきものと思ってはいけない。我々の仕組んだところのダーウィン、マ
ルクスの教説の成功に注意なさるがよろしい。これらの教説は非ユダヤ人の心
に破壊的作用を及ぼした。ダーウィンの進化論は常識となっている。チンパン
ジーは何時になったら人間となるのか。急には進化できないから、その中間の
形態のものが存在しなくてはならない。


79 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 17:32:17
 ファチマ第3の予言
 貴方たちは、私の忠告を妄想だと言って無視したり、自分の知識を誇って、
無知だとあざ笑って、自尊心を満足させましたね。それで、改心の機会を失い
ました。
 麻原の死刑が確定したように、貴方たちの死刑も確定しました。原爆の超高
熱で焼かれるのです。どこへ逃げても、天変地異によって、マグマと津波の生
けにえになる。たとえ、あの世へ逃げても、地獄の極熱の業火で、魂まで焼き
尽くされる。悪業の報いを受けるのである。そうしなければ、犠牲になった動
物たちの魂(怨霊となった)を救えないし、宇宙が破滅する。
 聖母マリア像が血の涙を流している。神が貴方たちを哀れんで、救えない苦
しみの血涙を流しているのです。

 神の臣民である日本人を救うために日月神示がこの地に下ろされた。キりス
トは偽の救世主であり、人類の罪をあがなう役割は日本人に委ねられたのであ
る。みのおわりの美濃、日本のへそ岐阜県に救世主がいるのです。昔から美濃
を制する者は天下を制すると言われ、壬申の乱で大海人皇子が勝利したのは美
濃の豪族が味方したからであり、足利尊氏が天下を取れたのは土岐源氏の桔梗
衆のお陰であり、信長が天下を取れたのも最強の軍団美濃衆のお陰である。
 岐阜県の裏金問題はどこの官庁でもやっている事であり、元職員が良心の呵
責に責められて暴露したのです。よその官庁は隠蔽された。悪は岐阜県から清
められて行くのです。


80 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 22:12:18

吉外

81 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 16:26:04
>>69
>大塩平八郎は武士なのに町人の娘に惚れて嫁にしてたんだよね。
>気骨あるなぁー。

町奉行の与力は武士の世界では御家人(戦国時代の足軽)という身分で、
もちろん将軍にお目見えできないばかりか徳川家に累代に渡って仕える
という制度上の身分保障もなく、基本的には一代限りの召抱え(実際は
家格を世襲していたが)で武士の世界では最下級の身分。

大名はもちろん旗本からも下郎扱いされるほどの卑しい身分だから結局は
町人にしか威張ることができず、また実生活も旗本以上より町人と接する機会が多かったことから、
大塩が町娘と結婚するのは決して珍しいことでも分不相応なことでもない。

82 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 16:28:34



83 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 21:40:59
>>65

勤皇・陽明学と来ると三島由紀夫が出てくるんだよねw

84 :日本@名無史さん:2006/10/29(日) 22:40:59
面接試験で尊敬する人物は?ときかれて
「大塩平八郎です」・・と答えそうになって、あわてて口ごもった。
正義の士とはいえ、やはりお上に立て付いた者なんだから
こういう質問に対する答えとしては適当じゃないよね。

85 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 14:34:40
>>84

別にいいんじゃないの?
徳川家康にしたって末裔は「賊軍」になったしなw

86 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 15:56:25
>>84
誰を答えたの?

87 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 22:01:42
>>86
福沢諭吉先生です

88 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 23:33:19
お金が好きそうだな。

89 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 21:50:34
この乱に使用された銃は、
ゲベールなのかな?
高島流軍学での編成で戦ったのかな?

90 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 21:52:39
>>81
町人をもらったということは妾あつかいになるんじゃね?

91 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 21:54:44
たしか遺骸は塩漬けにされて後日ひきずりだされて磔にされたんだったか

92 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 21:56:09
>>81
>>42みれ

93 :87:2006/11/04(土) 22:09:00
>>88
人事担当者が早稲田だったのでバカにされただけでした

94 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 22:44:17
どうも観念的な決起というきがするのは私だけでしょうか・・・。

暴発っぽい初動、大した効果も軍事的センスもなく、あっさり鎮圧。
農民の決起もなく、天下の台所を扼してご公儀に匕首を突き付けるだけの
広がりもない。
どこまで見据えて事を起こしたのかがよくわからない。由井正雪の方が遙
かに連動性や戦略があったと思うよ。あれも暴発気味だけど。

95 :日本@名無史さん:2006/11/04(土) 23:17:43
>>92
町奉行の与力は町人に対する治安維持という職務の特殊性からごく一部の点
で旗本と類似した扱いを受けていたのは事実だが、それはあくまで職務上の
話であって、身分はお目見え以下の御家人。

>>42は与力を臨時雇いの旗本と言っているが、そもそも町奉行という正規の
旗本(士官)がいるのに、わざわざ他に旗本を臨時で雇う必要はなく、
町奉行号令一下各小隊を統括する下士官(与力)と兵卒(同心)が規律ある
組織体系を維持していた。

また、戦国時代の与力ならいざ知らず、江戸時代の与力は職務上一騎二騎と
数えられていても決して騎馬は許されておらず、出陣の際は町奉行のみ騎馬
にて指揮した。

職務上一部旗本的処遇を受けていたに過ぎない与力は当然知行取りでもなけ
れば旗本のように屋敷を構えたり家格に応じた家来を置いたり(与力が私的
に家来を雇うことはあっても制度上家来を置く義務はない)奉行や若年寄等
の職務に就くなど身分上旗本としての処遇は一切受けておらず、あくまで御
家人の中の一つの職である町奉行の与力として生涯を全うした。

96 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 15:11:19
>たしか遺骸は塩漬けにされて

だから、大塩?

97 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 02:20:00
>>27
静岡市にいるよ。
うちの曾祖母は大塩だが、寺には天然の大きい墓石があるらしく、やはり大塩平八郎の子孫説があるw

前にググったら、息子が駿府に逃げたって説があったけど、まぁマユツバ話だわな。

98 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 20:06:12
養子の格の助だね。まあ最後首見聞出来てないから可能性がゼロっていう
わけでもないけど。

99 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 21:32:07
駿府って所が逆に臭いなあ。
もし政争の具にされたんなら、更に別の使い道としてキープされたのかも。
真相を知っている貴重な生き証人、或いは逆に何かを潰すことが出来た功績
で生かされた、とか。

100 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 21:46:11
平八郎の知り合いが駿府にいたらしき事も書いてあった。
もう一度ぐぐってこよっと。

101 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 01:18:17
>>94
観念的な決起以外の何ものでもないでしょう。
大塩は決起前夜、激論の末決起に反対する同士を斬殺していますが、こうと
決めたら向こう見ずの一本気な性格が特徴的で、決して視野の広い人物では
なかったと思います。

大塩は自身の決起は決して倒幕を意図しているものではないと言っていたよ
うですが、ならばなぜ決起をしたのか?決起した後どのような結果を望んで
いたのか?わずかな手勢で豪商を攻撃して本当に決起が成功すると思ってい
たのか?全くもって決起後の展望が見えない感情的な暴発としか言いようが
ありません。

このような小規模な反乱は明治維新後にも幾つか見られましたが、その多く
は「自分たちが起てば多くの同志も起ってくれるだろう」という希望的観測
に基づくもので、その甘い見通しによりことごとく鎮圧されてしまいました

102 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 02:09:49
まあマルクスもレーニンも知らない日本人の百姓にとってはしょうがない面も
あるが。秩父の乱の指導者達がいきなりフランス語ペラペラ・・・だったとし
てもフランス革命の話を即実行出来るなんて、様々な西洋哲学の美しい結晶の
ようなフランス革命指導者達の存在なしにはあり得ないし、ましてその何十年
も前ですから>大塩
幕末から明治にかけての東海地方の一揆など延べ百万人規模ですから、官軍も
幕府も真っ青の動員力で、その戦闘力は世界史的にも特筆すべきものですが、
やはり農民革命というのは中国でほとんどがそうであったように、簡単ではな
かったようで。毛沢東だってレーニンなしには無理だったでしょう。

でも、その影響としてやはり散発的ではあるが各地でにたような義挙も起こっ
たわけで、計画段階では実は相当の広がりはあったんじゃないかとも思うんで
すが、どうでしょう。暗部では幕府や各藩の戦いも絡んでいた、というのは北
方版の大塩でしたね。

103 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 01:57:41
>天皇制が出来てからと言うもの、日本人は長い間、重税や徴用に苦しめられて来た。

天皇制の無い国も重税ですが何か?

104 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 15:09:12
ゲイV男優差別はやめろ!

AV女優は芸能界でも活躍できるのに、ゲイV男優には活躍の場がないではないか!


105 :アジアシステム開発とヒラノ産業の裁判結果 ◆3zNBOPkseQ :2006/11/10(金) 23:03:53
陽明学!

106 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 12:05:42
養子の格の助だね

107 :日本@名無史さん:2006/12/24(日) 13:18:10
兄弟とかいなかったのかな?

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