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足利一族の子孫集まれ

1 :徳川家定:2006/01/04(水) 21:37:06
俺は、足利義国の流れ
co.jp/keihttp://shushen.infoseek.hu/sizokugairan/SEIWAG.HTM
を入力するんだ。

2 :徳川家定:2006/01/04(水) 21:38:58
誰かいないのか?
足利の子孫

3 :日本@名無史さん:2006/01/04(水) 21:40:16
いません

4 :徳川家定:2006/01/04(水) 21:40:52
じゃあ新田源氏いないの?

5 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 03:43:38
sage

6 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 17:02:59
 緊急浮上!!
        ___
      /____ヽ
      //        ザバァ!!
     //l| ○_○   
 // ◎    ( ・(ェ)・)  |l   
     \\ /つつ¶¶    
     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ  //
人人  /       ●   ● 、 
   /     〇        ▼ l 人人人
  /     =      , 、_ _人_ノヾ 
人人             ノ 人人
   人人人  人人  


7 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 20:14:47
お家の家紋見たら大体の流れ判るはず!でも例外いるから!

8 :日本@名無史さん:2006/01/19(木) 05:02:43
実家の近所に一色さんと石塔さんがいた

9 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 13:10:09
俺の先祖は清和源氏の嫡流源満仲

10 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 13:20:26
親父の知り合いに自称足利の子孫いるよ。
九州探題と同じ名字で、家紋は二つ引き両。

11 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 14:13:55
新田氏の血なら薄らと流れてる。けど子孫じゃない。  先祖が新田氏の一族里見氏から養子をもらっただけ


12 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 15:08:17
>>11
里見八犬伝で有名な里見義実の子孫??

13 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 15:17:17
安房の豪族岡本家の子孫だが、義弘、義頼に使えた岡本氏元が里見家より養子をもらっている

14 :喜連川左兵衛督:2006/01/22(日) 17:23:55
です。

15 :右近衛大将:2006/01/22(日) 20:34:58
古河公方の子孫です。

16 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 05:57:16
古代イラン史の足利惇氏センセとか人文地理学の足利健亮センセは
関係があるのですか?

17 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 06:02:52
吉良さんがそうじゃなかったかしら?

18 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 07:41:52
>>16
それぐらいのことWikipediaに載ってるから自分で調べろ

19 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 07:43:49
>16 喜連川家は、徳川慶喜の実弟が嗣いだからね。

20 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 07:54:00
足利の子孫といえば朝鮮人の保守本流

21 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 07:58:11
土岐源氏です。家紋は桔梗

22 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 08:00:08
そもそも家紋がある時点で天孫朝鮮。

23 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 21:51:34
戦時中、足利健亮先生が庭を潰して畑を作ろうとした。ところが庭の大木が邪魔で日当たりが悪いので切り倒した。
その木は楠だったそうだ。

24 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 23:22:19
この前、陸奥安国寺に参詣した。

25 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 23:33:29
細川の女系の子孫です。
細川藤孝は足利義晴の御落胤でOK?


26 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 00:09:38
>>25
ううん、清盛よりは微妙な気が。

ただどちらにしても清和源氏であることに違いないですね。
義晴の御落胤なら尊氏の子孫てことになりますが。

27 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 02:55:24
>>18 足利惇氏は喜連川公方の子孫だと言うことは分かりましたが
足利健亮氏の方は分かりません。


28 :21:2006/01/27(金) 03:22:38
俺の先祖

戦国期は美濃か尾張に住んでいた(予想)
安土桃山期に黒田の配下になって中津を経て福岡へ
江戸期は黒田家の家臣として600石を貰っていた時期もあった。
跡継ぎの幼少期の守役をしていたときもあった。

しかし、1770年ぐらいに寺が火事になってしまい、かこちょう?っていう
系図を書いたものが焼けてしまったため、それ以前は本当はわからない!
とりあえず、苗字が九州には少なく、中部地方に多いのと土岐源氏に多い桔梗が家紋
であるために、勝手に予想している・・・

29 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 00:51:27
幽斎が落胤て信憑性有るの?まあ元々超名門なんだしわざわざ飾る必要性もナイからかな

30 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 17:45:59
和泉半国守護家だし、傍流だよ。幽斎は

31 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 11:00:28
俺は足利の支流板倉のものだ。先祖は家康に仕えその後は静岡藩士として活躍した。明治維新と共に東京に入り現在に続く。祖父の葬式の時にみた家紋が非常に簡単だったため勝重,昌重の時代に分かれたのではないかと思う

32 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 11:55:52
ここにいる足利の人は皆血のつながりがあるのか…

33 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 14:00:29
先祖探しのテクニック、エピソードを語るスレC
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1137675415/l50

34 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 17:03:57
>31のものだか同じクラスに新田源氏がいる

35 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 17:05:32
>31のものだか同じクラスに新田源氏がいる

36 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 17:05:50
>32江戸時代に養子が入った家もあるから、血の繋がりは無い

37 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 19:54:51
>34-35ウソつけ

38 :31:2006/02/03(金) 21:17:07
本当だなぜなら奴は祖父が松井田の材木商だったらしくこないだ奴の祖母の葬式の際に寺の和尚から言われたそうだ。先祖探しはなによりも一番寺院が確実性高いから間違いがないと考えられる

39 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 23:38:08
喜連川は傍系。
足利尊氏(将軍家)の末裔なら四国を経て現在は京都に在住。
親しくしていたが、それも二十数年前のことぢゃ。





40 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 07:02:19
>>28当時親戚関係にあった家に記録が残ってるかも知れんぞ。


41 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 10:36:45
喜連川は傍系でしかない。
足利尊氏(将軍家)の末裔なら四国を経て現在は京都に在住。
親しくしていたが、それも在京時代のことで、今は
俺が関東(東都)に下ってしまったため、久しく音信が無い。
足利氏の運転する車で出掛けたりして居たのは、二十数年前のことぢゃ。













42 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 19:30:36
平島公方家以外は、血の繋がりなし。

43 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 00:45:46
足利基氏の子孫は、足利惇氏さん(途中で水戸藩の血に変わったが)の喜連川家と、あと宮原家も
現在まで続いていたはず。

将軍家の血筋は阿波公方家のみ。あるいは細川幽斎の子孫ってとこかな。

44 :日本@名無史さん:2006/02/26(日) 01:05:28
義昭に男子が三人居たはずなんだが、今も子孫いるのかな?

45 :堺市民:2006/02/26(日) 03:33:07
堺にあるお寺の由緒書きに足利家の何代目かが出家したかで創建したお寺があって、
今住んでる住職の表札を見たら足利だったよ。
まあ、それだけなんだけど。

46 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 17:55:15
逆賊高氏の子孫て生きてて恥ずかしくないの?

47 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 21:23:37
足利氏が逆賊の汚名を着せられるようになったのはたかだか150年ほど前から

48 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 22:47:01
 私は、足利将軍家の末裔なのか、
それとも縁のある者の末裔なのか
よく分かりませんが、私の家の家紋は、
足利将軍家と同じ「丸に引き両紋」です。

49 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 01:32:12
舞鶴を家紋としている高島です。

50 :日本@名無史さん:2006/03/05(日) 02:23:05

足利スレと見るや、何とかの一つ覚えよろしく
同じことばかり書き続けている>>46て生きてて恥ずかしくないの?

51 :日本@名無史さん:2006/03/05(日) 19:58:09
みなさん、米沢です。滋賀県の大津市のボロい市営アパートに寓居する佐々木源氏京極支流のものですはじめまして。
このたび、足利さんとの婚姻がなり、めでたく京極と足利が婚姻ですが、いろいろと儀式がやかましそうで胃に穴が開きそうです

52 :日本@名無史さん:2006/03/05(日) 20:50:58
>>51
祝着至極!

足利というと、阿波公方系か、鎌倉公方系のどちらかですな?
市営アパートの住人というと、公務員か何かですか?ともかく
おめでとう

53 :日本@名無史さん:2006/03/05(日) 21:13:28
(´・ω・`)足利さんの子孫ではありませんが明智光秀さんと
つながりがあります

54 :日本@名無史さん:2006/03/06(月) 04:22:28
中国・儒教の研究者に、足利衍○教授って人、いなかったか?もう故人かもしれないが…。

中国宋代歴史研究者の斯波義信教授は、足利一門、斯波家の直系。

55 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 18:46:46
hoshu

56 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 22:11:15
足利って苗字がダサイよな

いくら地名のままだからって、もっとイカした名前にしたら良かったのに

57 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 02:53:39
あしり

58 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 02:59:46
島津を頼ったとか言う足利義昭の息子なんてのはどのくらい信憑性あるの?

59 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 09:39:21
足利土木事務所のクソ松本自殺しろ

60 :日本@名無史さん:2006/03/27(月) 09:53:35
>56天下足る。天下を利す。

61 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 18:09:49
足利高氏の子孫が集まるスレですか…
日本を代表する逆賊の子孫に生まれてしまうなんてお気の毒に。
あなた達は何も悪いことはしていない。けれど逆賊の子孫という肩書きだけで
悪いイメージが付きまとうから、日頃の行動には注意したほうがいいですよ。

62 :日本@名無史さん:2006/03/30(木) 20:01:12
後醍醐の悪政よりは、マシだね(笑)

63 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 13:50:57
>>61
日本人だからといつまでも戦争のことを叩く中国か韓国の人ですか?

64 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 19:04:20
>>61
今時そんな逆賊がどうこうと抜かす厨房はお前だけだな。


65 :日本@名無史さん:2006/03/31(金) 22:44:00
尊氏を逆臣呼ばわりしていた平泉澄は逆臣の子孫なんだよな

66 :日本@名無史さん:2006/04/03(月) 23:39:47
逆賊高氏は人類最大の悪!
ttp://meisou.com/books_data/00025/00025.htm

67 :難波大助:2006/04/05(水) 04:57:46
逆賊上等

68 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 00:43:32
【衝撃】足利尊氏は朝鮮人だった!

http://english.chosun.com/w21data/html/news/200204/200204031021.html

the popular theory that Takauchi Ashikaga, an early
14th-century tribal lord of Japan, came from Korea,
the Ashikaga region is said to have been vaguely friendly
toward the Korean Peninsula.

69 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 03:09:11
ま、日本の歴史を駄目にした香具師といえばこれしかないなw

               逆 賊 高 氏

露骨で芸のない頼朝のパクリ幕府を立てた先駆者。それが   

              逆  賊  高  氏

遊び感覚で皇統を知らない盲目サムライ相手に詐欺行為を繰り返しているだけ
味方になってくれるくれる馬鹿も大勢いるし、もう死んだ人だし
誰も訴えてこないだろうと、騙して殺すの味を占めてしまった。それが 

      パ  ク  リ  王     逆  賊  高  氏

70 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 03:19:59
尊氏と信長ってやっていることが似ている。

71 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 05:14:08
おれんちは父方が義教を殺害して、母方が義輝を殺害した人物と
繋がりあるんだけど、仲良くしてね

72 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 23:18:35
>>71
赤松満祐と松永久秀か。なんだ、なかなかの名家の血筋じゃん(松永はそうでもないが)

73 :山名但馬守:2006/05/06(土) 15:38:00
おれは山名宗全の子孫じゃ。新田源氏と言うことになる

74 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 16:53:51
>73ヨソ者が養子に入ってるがな。

75 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 17:53:46
>>71
逆賊認定。

76 :石橋某:2006/05/21(日) 14:59:22
>>73
山名さんこんにちは。
あなたが「新田源氏」なら私は「足利源氏」ですわ。
(しかも失脚前の本拠は但馬火畠)
よろしく。

しかしケチつけるつもりはないんだけど、
「足利源氏」「新田源氏」って言い方どうにも違和感があって。
普通に「足利一門」とか「新田一族」とかでいいように思うんですが。
学者でこんな言い方なさってるのは、奥富敬之センセー以外に見たことないです。
(まぁ奥富センセーはまともな学者とは言いがたいが。。)

77 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 22:28:56
俺の家系も足利で江戸時代は赤穂藩家老だったな

78 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 22:25:53
おもろい

79 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:08:09
過去のことウダウダ言ってもしょーがない
今現在自分がどうであるかが大切である

80 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:09:22
いまさっきのことも?

81 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:19:57
自分の子孫のことを話ても無意味でしょう?
足利、源氏、平家の子孫だからどうしたと?
現在では一般人となんら変わりません


82 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:22:37
>>71
もしかして四国出の嫁持ち兵庫県民?

83 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:24:36
>>81
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1149671468/l50
ここの185の人ですね、この人他でも神出鬼没です。

84 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:55:03
違います

そうやって勝手に決め付けるでしょう
あなた方はそんな風に自分の子孫は武家、公家だと勝手に思い込んでるだけなんだと思います
実際には…ただ一般人です
現実逃避しないで下さい

85 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:57:55
>>84
anata
>>81
bunnsyou okasiinowakaranai?
onasjihitodane


86 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 01:04:00
81、84は私です
185は違います


87 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 01:04:42
藤原姓の足利氏は子孫いないのか?

88 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 01:37:03
自分の先祖は新田義貞の家来かなにかだったらしいからここの奴らは敵かな( -_-)

89 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 03:06:32
足利の正統は平島公方以外にあり得ん

90 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 19:00:22
http://bs.doshisha.ac.jp/06voice/voice_main.html

ここの足利義○さんが載っている。
ガチ?

91 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 17:16:54
源氏だから

92 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 23:11:46
昨日渋谷で誘拐されたカリスマ美容外科の女医、
古河公方の子孫だって??

池田優子センセイっての?
旧姓小林は古河では知られた名門らしいぞ。

93 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 08:08:25
>>92
マジ?

94 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 19:45:11
みんな○○の子孫とか末裔とか言ってるけど
確証はあるんすかね?
ただ姓氏大辞典(?)みたいな本を見て苗字が同じ、家紋が同じ
というだけで子孫だと思い込んでる人いませんか。

95 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 00:10:50
>>94
江戸時代は系図やさんがはやってたね。

96 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 18:34:11
三河吉良の
吉良流包丁術は継承されてないの。。。

97 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 20:23:06
>>88
>自分の先祖は新田義貞の家来

気のせいですよきっと・・・

98 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 23:36:29
>>88
お、我が家の家臣か。苦しゅう無い、もそっと寄れ。

99 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 13:56:53
なんと

100 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 02:08:46
高家宮原さん(古河公方系)はいま神主やってるらしいですね。

101 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 11:56:26
>>100
もし義教が永寿王まで抹殺していたら
その方も存在してなかったんですね

102 :日本@名無史さん :2006/08/21(月) 22:30:30
鎌倉公方ー古河公方の子孫を、秀吉が保護し、家康に高家としてめしかかえられ
10万石格の大名となった。徳川に遠慮して、喜連川と改称したが、
足利の祭司は義昭亡き後は喜連川が引き継いでいるはず。

明治に足利に復姓したでしょ、その子孫はどうなとるんだろうな。
逆賊尊氏の子孫としていじめられたのかな。

103 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 22:33:46
>>102
大したことはない。
2ちゃんでお前に虐められる程度だよ。

104 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 22:51:03
>102華族だけど、幕末に齊昭の子が嗣いだ(つまり将軍と兄弟)から、足利嫡流は断絶かな?
傍流は沢山居るけどな。

105 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 23:09:13
足利といったら尊氏より足利トリコット思い出すわ
地理好きな少年だったからさ

106 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 23:57:17
足利尊氏を逆賊呼ばわりするのは、戦前の徳川光圀(水戸黄門)以来、
水戸藩で編纂された大日本史編纂のせいで、(朱子学影響が強く、大義名分など
にこだわりすぎている)それが幕末・明治・昭和の戦中まで続いている。
自分たちの天皇の先祖が、尊氏のおかげで天皇になれたのに、
尊氏を逆賊呼ばわりするのは、どうも納得いかん。
それから大河ドラマに出てくる足利将軍たち(義昭や「毛利元就」に出た
義植)が、いかにも貴族的な格好をしているのが、気になる。
そもそも義昭は、僧侶をしていて、その後亡命生活に入ったのに、
なんで貴族みたいな格好や風習に染まって居るんだ?





107 :日本@名無史さん:2006/08/22(火) 00:00:28
知らんがな
そもそも生き証人なんていないんだからどんなカッコしてたかなんてワカランだろが

108 :日本@名無史さん:2006/08/22(火) 03:31:27
       |;;;;;;;;;;;;:;;;;;;;;;;;;;  |   )
      〔i_二八二二二i〕   )  誰ぞ、ネタを投入してくれぬか!!!
       { r' ⌒-、ノ ,r‐l|    ) (※持氏、義昭は死亡済みですが・・)
      ,-l l ‐=・=´;;l;;;;;;ト,  ノ_
     ヽl l ',   ,_ ! ,'ノノ    ⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒
      ハ. l  r'"__゙,,` l|        
 .    / lヽ ノ ´'ー'´,ハ___ , -‐ 'フ ̄ヽ
   _,<´  l ヽ,,,,二,,,/ トへ /  /     | 足利義教と共に苦難を乗り越えてゆくスレB
 , --,.─ヶ┴‐,‐‐--‐'´ / /_ノ     | ttp://p2.chbox.jp/read.php?host=academy4.2ch.net&bbs=history&key=1154227935&ls=all
/ フ´ /彡'´              /
    / /     \   、      /
  //        \ー--=―┬‐'   ビシッ!
 |   丶      \/ ,|  |
   6代将軍・足利 義教


109 :日本@名無史さん:2006/08/23(水) 06:21:18
>>106
武家の貴族的な格好といえば、
太平記でも北条高時や長崎円喜が・・・


110 :ミッフィー:2006/08/23(水) 17:01:39
足利尊氏の子孫の親戚のものです。こんな掲示板があってびっくり。。
尊氏の子孫と代々伝えられていて、かなり古くから足利を名乗ってるようですが、
詳しい事はよく分からないので、知りたいなぁって思ってるんですが、
他にも子孫の方っていらっしゃるんですか?(この掲示板にもきてらっしゃいますか?)


111 :日本@名無史さん:2006/08/23(水) 17:17:26
俺、非常に珍しい苗字なんでちょっと調べてみたら仁木の支流に同じ苗字があった。
関係あるのかないのか、いずれヒマを見つけて「先祖探しスレ」とか参考にしながら調べてみたいと思う。

112 :日本@名無史さん:2006/08/25(金) 22:34:23
>>111
九分九厘明治新姓でしょうね!

113 :日本@名無史さん:2006/08/25(金) 23:16:45
確かに明治新姓で、藤原を苗字として名乗り始めた家があることなど、
近衛氏ほか本物の藤原姓の方々からみたら、ひどい話でしょうな。

114 :日本@名無史さん:2006/08/26(土) 07:33:53
>>111-112
その一方で、源や平を苗字にした者は藤原を
名乗った者に比べて圧倒的に少ないような・・・
「源」さんという人には今まで出会ったことがありませんね。

115 :日本@名無史さん:2006/08/26(土) 09:23:14
>>114
源しずかちゃん!

116 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 13:58:18
おれもだ

117 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 18:37:39
だから、明治新姓なんてすくないだろ?

118 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 22:30:46
>>117 ん?

119 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 22:34:31
>>117
だな。
苗字ワケなら多そう。同じ集落に同姓が多い理由。

120 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 05:20:10
藤姓の方ですがそれがなにか?

121 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 00:00:48
>>106
馬鹿?
実際に天皇攻撃して皇族殺してるから逆賊以外のなにものでもないの。
まさか南朝北朝どちらが正当かとか話摩り替えるんじゃねえだろうな。
じゃ俺が皇太子攻撃して三笠宮様を天皇にして、逆賊じゃねえとか言っても良いのか?
アホか。これだから在日は


122 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 19:16:55
口挟むけど
>>121
お前のドキュソ文に同調したくはないんだが、皇族攻撃した以上は逆賊。
と言うのは正しい。
例えば明智光秀は人物像が見直されたり、してるけど、
あのまま信長に天下取られたら、
世の中はロクな物ではないとか世界観まで見直されたりしてるけど、
織田信長を”裏切った”部分は事実だからな。
よって裏切り者と言うのは事実だ。
足利にしてもそうだ。こいつが天下取ったからよかったとかあったとしても
”逆賊”と言う部分を排除するのはよくないな。
徳川みたいに朝敵に仕立て上げられたんじゃくて攻撃した以上はな。

123 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 07:00:35
こっちに統合しようぜ。
祖先が名家・歴史上の人物の人集合
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1128760722/

厨房が立てたこの手のスレもううんざり

124 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 09:06:10
>97
久しぶりに見てみたらひでえ事いわれてるなw
まあちゃんと村の記録にも残ってるらしいぞ
まあ家来って言っても落ち武者だったらしいし、今はただの農家だがなw

125 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 14:01:22
祖先が名家・歴史上の人物の人集合
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1128760722/

126 :名無しの権兵衛:2006/09/21(木) 01:03:11
だからどないやねん。それを必要にアピルやつは自己顕示欲の塊やないかい

127 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 02:39:39
落ちぶれてる人傷を舐めあいましょうということだろ。

128 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 08:54:14
ご先祖自慢○×の子孫関連総合スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1160178364/l50

129 :日本@名無史さん:2006/10/10(火) 03:43:56
クレクレで申し訳無いが、質問。
足利惇氏教授には確か子供がいなかったらしいけど、喜連川家は今でも続いているの?
惇氏教授には弟さんがいたと思うけど・・・ググってみると「喜連川家断絶」と書かれたページもある。

水戸出身で古河在住の自分としては、ものすごく気になります。


130 :日本@名無史さん:2006/10/16(月) 00:53:58
129です。昨日、自分で喜連川に行って確かめてきました。
龍光寺(喜連川藩主墓所)に行ってお坊さんに「古河から来た」と言ったら、
喜連川藩主の墓所に入れてもらえました。歴代藩主や正室の墓石に交じり、
「足利家の墓」という墓石があって、「平成17年…月 施主 足利○○」
という卒塔婆が立っていた。お坊さんに「この方、喜連川藩の末裔?」
と訊いたら「そうですよ」とのこと。

喜連川足利家が存続していると知って、とても嬉しい気分。

131 :日本@名無史さん:2006/10/17(火) 12:35:30
>>130だから、血統は水戸徳川家だっての

ところで江戸三大道場の千葉・斎藤・桃井は、各々 平姓千葉氏・加賀斎藤氏・足利氏族桃井家の子孫なんかな?

132 :130さんじゃないけど:2006/10/18(水) 00:01:47
>>131
なんてこった・・・
足利一門に逆賊の汚名を着せた水戸徳川家に
喜連川家は乗っ取られていたんですか・・・

133 :129:2006/10/18(水) 01:43:17
>>131
>だから、血統は水戸徳川家だっての
いや、だから嬉しいんです。129にも書いてあるけど、私は水戸出身の古河市民ですから。
水戸城址の高校を出た私が今では古河の住民になって、万葉以来の古河の伝統を誇りにしている。
飲み会なんかでは「私は喜連川縄氏である」なんてことをよく言います。

余談だけど、徳川斉昭の息子が養子に入った家って、ものすごく多いですよ。
一橋家・清水家は誰でも知ってると思うけど、他にも結構あるわけで。
幕末の殿様同士、実は兄弟だったりします。

134 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 06:00:54
足利家氏の流れです

135 :日本@名無史さん:2006/10/19(木) 23:39:46
>>134
つまり斯波さん?

136 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 08:20:11
>飲み会なんかでは「私は喜連川縄氏である」なんてことをよく言います
すごいDQNにしか見えませんが?

137 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 08:52:49
みんなアダムとイブの子孫だろうよ
足利氏もその流れ


138 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 09:01:19
足利家は朝鮮系渡来人。

139 :日本@名無史さん:2006/10/20(金) 21:29:22
>>136
ところが、それがウケるのが古河クォリティだと聞いている。
市民劇団が足利成氏の芝居をやったら、立ち見が出るほど観客が入ったそうだ。

140 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 00:02:05
>>133貴方が嬉しくても、足利一族の人は悲しいかもな。

飲み会でそんな発言してウケるのか古河は?

島津重豪の子も多いだろ、黒田家とか奥平家とか。

141 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 01:58:54
14代将軍の子孫がいるけど(足利氏嫡流を自称しているとか)、
そこに養子に入った人いますよね?
数年前に亡くなった方だと思いますが…
あの人はそもそも分家の出なんでしょうか?

142 :日本@名無史さん:2006/10/23(月) 23:22:30
私の先祖は足利家ですよ〜(家紋とかはないが)。
なにやら家系図の上のほうに義満の名前があるらしい。
今度確認予定。続報を待て。

143 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 18:18:33
>>142
ほんとかよ。
一応足利は源氏だから子孫自称する家も多いんだよ。
系図だけじゃ信用性ない。
それとさお前女だろ?
なんか意外にも男よりも歴史苦手であろう女に先祖自慢する奴いるが、
女は関係ない。婿養子取らない限りな。
男でも次男以降はほぼ関係ないのに、何をイキガルのか。

それと>>129お前すでにスレ統合してるんだよあげんじゃネエよボケ
ご先祖自慢○×の子孫関連総合スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1160178364/l50

144 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 18:20:12
>>136
同意。>>133は多分精神病だろうな。
>>139
そんな話聞いた事ないな。
自演止めろ

145 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 18:27:17
>>142
言えてる。歴史も知らないのに何とかの子孫とか良く平気で言えるな

146 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 22:04:08
>>143
長男に息子が無くて、次男に息子がいた場合には「断絶」ですか? それとも「家系は続いている」と考えても良いの?

147 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 22:45:30
尊氏の子孫でも、そこそこマイナーだけど知られている家に蔭山氏(持氏の子孫)とか鞍谷氏(義満の子孫)とかあるよね。

148 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 17:36:16
>>146
あげるなよ。
正式に家をついでいない場合断絶。当たり前だろうが。
生物学上の子孫は子孫全てだが、家の場合実子、養子は関係ない。
家をついでるかどうかで語られるからな。
というかそんな低レベルな質問を、しなきゃなんねえほどのレベルの奴が、
自信満々に先祖がどうたら言うなや。
と言うか統合スレあるだろ? コラ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1160178364/l50
荒らしかお前



149 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 19:52:46
女は名跡継がないかぎり無関係、次男以下も無関係
って基本中の基本すら知らない鬼女やVIP、ゲ板流れのリア厨が増えたキガス

150 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 21:23:22
>>149
とは言え、名跡ついでても自称だったり、世間からみると他人だったり
女系でも、藩祖の娘の子孫はみな藩祖の苗字を名乗ってたり、ということもあるので
一概にはいえない。

151 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 02:29:48
文化勲章受章者の斯波義信氏って斯波宗家の末裔?

152 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 04:55:44
>>150
よくわからん('A`)
自称ってのは論外だと思うが・・・
世間からみて他人ってのは養子を取るってことかな
なら日本史では家を継いだ養子の方をみるんだよ。

>藩祖の娘の子孫はみな藩祖の苗字を名乗る
娘が嫁入り先の苗字に変えてないってことか
スマンがどこの家のことか詳しく

153 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 22:40:58
>>152
おそらく>>150はキチガイ。

154 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 22:46:32
>>150はおそらく>>146
意味もわからんくせに先祖自慢の馬鹿。

155 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 22:49:59
>>153-154
なんだそうかw 

156 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 05:21:12
足利義輝の遺児といわれる足利道鑑の子孫が西山氏を名乗り細川氏の下で比着座同列定席の家格にて明治に至る。
足利義昭の子義在は薩摩の島津氏を頼り永山姓を名乗り、義喬は会津藩を頼って坂本姓を名乗った。

という話があるけど、どこまで本当なのか・・・
これらの血筋は現代まで続いてるいるんだろうか

157 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 09:33:02
血筋だけなら続いてるんじゃないの。
血だけなら女系でもいいわけだからいくらでも続いてく
歴史の古い家ってのは家、家系として存続させていくことの方が難しいんだよ。
だから絶家が多くて行方不明となるわけ

158 :日本@名無史さん:2006/11/03(金) 20:49:26
>>156
ソレ言い出したら今の足利さんだって怪しいぞ
江戸時代初期に平島と名乗らされたというのはいいといして
9代目以降は、京都に渡り浪人してたそうで怪しさ抜群。証明するものなし。
幕末の混乱期ではドサクサにまぎれて町人が武士のふりしてたらしいからな。
いくら逆賊としても足利は源氏だから騙る奴は多いかと。

159 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 13:02:38
馬鹿の集まり

160 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 01:09:18
名字は足利、家紋は二引両。実家は岩手、周りに畠山姓多い。俺は子孫本物かな?

161 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 21:32:03
倉庫逝きのスレわざわざ上げるなボケ。>>159
>>160
しるか!お前は百姓だ。本家でないなら関係ない。




162 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 21:33:30
>>160
このスレ廃止ね
下でやれ
ご先祖自慢○×の子孫関連総合スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1160178364/


163 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 14:20:47
元祖畠山家の血筋は残っていないのだろうか?

164 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 00:09:58
桃井かおりは足利系桃井氏でしょ。

165 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 00:59:44
>>161 正解!
ほとんどが明治新姓です。おめでとうございます。

166 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 01:17:11
>>158
今の足利さんみたいに上品な人は間違いなく直系子孫
怪しい奴には品がない

167 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 06:11:06
朝敵どもが!

168 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 22:38:24
品だけは本当にどうしようもないね。こればっかりは付け焼刃がまったくきかない
あれは何百何千年の集大成としかいいようがない
品がない人だと思ったら下賎な氏素性だし、品がある人だなと思う人は大抵良家出身だ。


169 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 07:09:18
>>164
彼女の場合は「ももい」、桃井直常の場合は「もものい」。
毛利や伊達みたいに読み方が変わったってことですか?

170 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 15:37:41
上げてる奴荒らしだな
こっちに統合されてる
ご先祖自慢○×の子孫関連総合スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1160178364/


171 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 15:40:05
>>166

間違いなく直系子孫
そんな理由あるか!
リアル子孫でも下品は下品だ。
上品下品で血を証明出来るか!ボケェ



と。

172 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 02:45:35
百姓の子孫が荒らしてるな。我こそは八幡太郎義家の子孫である。肥やし臭い氏素性の分からぬ輩は来るな。

173 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 05:26:44
>>172
なんかきめぇww

174 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 15:56:04
>>158
平島から今日へ上った後は足利氏ゆかりの寺院に食わせてもらっていたみたいだ。

そういえば、三淵氏も伝承では足利義満の子の子孫らしい。

175 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 21:20:51
足利氏族の斯波氏の一族に奥田っていた?ならトヨタの奥田も足利の子孫かもね!

176 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 21:53:45
細川京兆家はいまいずこに居られるのやら・・・

細川宗家ヅラする肥後細川家の隆盛を苦々しく思っておられるに違いない

177 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 20:58:38
肥後の細川は足利義晴公の子孫だからね

178 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 13:24:36
上げてる奴荒らしだな
こっちに統合されてる
ご先祖自慢○×の子孫関連総合スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1160178364/

179 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 02:49:16
Wikipedia見てみたら、喜連川足利家って断絶してないんだね。
てっきり断絶したんだと思ってた。

>ちなみに、喜連川15代の足利惇氏は昭和初期の著名なインド学者であった。
>一方で惇氏は散逸していた喜連川氏関係史料を蒐集し、家名の再興に貢献した。
>惇氏死後、細川氏からの養子足利公平が第16代目の当主になっている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%9C%E9%80%A3%E5%B7%9D%E6%B0%8F

180 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 19:12:11
ちょっと気になったんですが、
「室町将軍家」と「足利将軍家」の違いは何ですか?

181 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 21:51:15
>>180
同じ。

182 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 00:07:40
>>175
遅レスですまん。斯波氏の流れの奥田氏は確かにいる。
越後のどこだかの藩主家の堀(秀政の家ではなく、直寄の家)氏は
そこの出だったはず。
直寄の父親だかが、秀政の名字をもらったんだったよな。
トヨタの奥田氏がその家の関係者かどうかは知らん。

183 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 17:55:53
>>176評論家の細川隆元や隆太郎って、吉兆家だよな?

184 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 18:14:13
ちゃうちゃう。
隆元も護煕も同じ肥後細川家。隆元は家臣になった家。

185 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 18:17:23
>>184dクス。常陸谷田部藩って吉兆家?

186 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 20:44:39
それも幽斎の系統、肥後細川の分家。
近世大名としての細川家は幽斎の子孫だけ。

187 :180:2006/12/29(金) 06:12:20
>>181
サンクス。
表現が違うだけなですね。

188 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 16:06:48
京大教授になってた言語学者の足利ナントカさんが子孫。

189 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 17:12:35
吉兆家って何だよ…。本当は京兆家と分かってて書いてるのか…?。

190 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 20:52:25
>>158
さすがに当時でもいきなり「足利将軍の末裔です」と名乗っても相手にされなかったと思う。
何か証拠になるものを持っていたとか、以前からの知り合いを頼った、とか。
それに足利の偽者なんか、当時は今以上に許されなかったでしょ。
喜連川という、足利家が藩主を務める藩があったんだから。

ただ、当時「足利は逆賊」という意識は一般的じゃなかったかも。光格天皇なんかは「北朝が正統」
という見解だったらしいし。

191 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 21:01:30
>>188
足利惇氏・京大教授ですね。
あと、平島公方の子孫も大学教授だったと思う。

192 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 22:51:55
細川たかし
桃井かおり


193 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 00:17:51
現存している足利家で家系に正当性があるのは
肥前の細川家と吉良の養子が入った上杉家くらいだろう?
あと、今川氏真の子孫も残っているが
地方の一武士の家系にだ。(その代表格が田代まさし)

もし、清和源氏の足利流の男系でどこを本家にしようかとなれば
肥前細川家の男系一族と米沢上杉家の男系一族になる。

194 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 08:13:37
>>193
ええっ、田代容疑者が今川家の血筋?!

195 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 17:22:19
>>193
ソースくれ

196 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 19:22:15
>>193嫡流は喜連川藩主家と決まってますがw
上杉が吉良の流れ? 鷹山もその次も養子ですが。
少しは勉強してからカキコ汁!

197 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 21:30:45
江戸時代以降のエセ上杉家に元祖上杉家の血はどれほど入っているのやら・・・

198 :日本@名無史さん:2006/12/30(土) 22:05:48
>>197
全く入っていない。
室町期の上杉氏の血統は佐竹氏に受け継がれている。

199 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 01:38:32
近世以降の足利一門の家格(官位は無視)でいえば、
@喜連川藩主足利家
A高家・吉良家
B高家・品川家
C熊本藩主細川家
の順かな?

200 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 02:03:26
>>196
実態としてはそのとおりだと思うが、足利尊氏の長男の家(将軍家)が平島公方家として続いてるのに、
次男の家(喜連川家)が「嫡流」と断言しちゃっても問題無いのか?

201 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 02:13:09
>>193
平島公方家は男系で血もつながってるよ。
喜連川家のほうは、途中何度か養子を取ってる。12代縄氏と14代於菟丸、15代惇氏は水戸徳川家の血筋。
16代(現当主)の足利公平は細川家の人。

202 :日本@名無史さん:2006/12/31(日) 16:28:49
>>201
平島公方の先代当主は養子だろ
足利進悟って明らかに足利氏風の名前じゃないな
それとも男系で血がつながってるというソースあんの?


203 :197:2006/12/31(日) 21:55:02
>>198
えっ、全く入ってないんですか?
そんな家が上杉家を名乗るなんて・・・

204 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 00:13:19
>>203
そもそも日本の「家」というのは養子でつながってきたところが多いからね。

205 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 00:14:18
>>202
おや。
自分は「平島公方家は男系で血がつながってる」と思っていたんだが。
先代が養子とは全然知らなかった。

206 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 04:30:37
養子で継いでない家の方が少ないと思うぞ
古い家ほど養子だらけだよ

207 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 10:00:44
それでも進悟氏の実家が平島の分家なら問題無いのだが
どこの馬の骨とも分からん人間じゃ足利氏当主を自称する資格はない

208 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 10:04:06
それでも進悟氏の実家が平島の分家なら問題無いのだが
どこの馬の骨とも分からん人間じゃ足利氏当主を自称する資格はない

209 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 11:07:44
>>207
足利とはあまり縁の無い人が養子に入った喜連川のほうは如何です?
(今の喜連川のご当主は細川なので、今となっては問題無さそうだけど)

210 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 11:28:17
水戸光圀は「大日本史」で尊氏をさんざんこき下ろしたことを気にしてて、
万一喜連川に継嗣が絶え、どこからも養子がこなかった場合には、
水戸家の公子を養子に出すように言い残してたらしいな。

211 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 11:48:48
>>210
その話は聞いたことがあるが「どこからも喜連川に養子が来ない」状況なんて実際にあったのかな。
「南朝が正統で足利氏は逆賊」という評価が固まったのは明治になってからだろう。
現に加藤・細川から養子を迎えたこともあるし、分家の宮原家からも養子を迎えたこともあった。
縄氏は確かに水戸の人だけど、徳川斉昭の息子って、やたらとあちこちの養子になってるからなあ。
将軍慶喜からにして、一橋家の養子だったわけだし。

212 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 12:34:38
進悟氏の出自は一体どこなのかな?
名前からして百姓っぽいけど

213 :日本@名無史さん:2007/01/01(月) 23:37:56
>>212
名家でも、次男とかはそういう名前のことあるよ。

214 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 01:01:37
じゃあ進悟氏の実家はどこなんだよ
かつては武家棟梁であった、足利家の先代当主の出自が不明な訳無いだろ

215 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 02:19:52
:日本@名無史さん :2007/01/01(月) 13:15:43
進悟氏は養子
平島の娘と結婚して婿入りしたのだが、
その後、足利の名字のまま、つまり当主のまま、離婚
そして、別の女性と結婚
現在の当主は進悟氏の二番目の妻の子供
すなわち、女系でも足利家の家系とは言えない

新田と足利スレから転載。つまり、もはや将軍家の血筋でもなんでもなということか。

216 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 02:31:51
この時代の名家の子孫はどこも血筋なんてほとんど繋がってないだろ
血筋よりお家大事なんだよ

217 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 08:18:57
>>197
一応、大昔の長尾の先祖に上杉から養子が入ってるんじゃまいか
上田長尾の出自そのものがかなり怪しかったりもするが

吉良も早くに分かれた家だから上杉とは縁はなさそうかな

218 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 14:00:04
>>919
進悟氏は足利の血を引いてないの?
古河公方家なんかは、氏姫に婿を取ったけど、その婿も古河公方の分家なんだよね
(つまり子孫は、父方も母方も古河公方家ということ)。

>>920
喜連川足利氏の現当主・公平氏は細川家出身。

219 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 15:57:02
>>214
>>215が本当だとしたら、養子入りは養子入りでも、出自不詳の、まさにどこの馬の骨とも
わからん人が平島公方家の文化的な遺産を乗っ取ったことになるが?

220 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 16:00:10
>>219
まあまあ。>>218にもあるが、婿殿も足利の血を引いているのかもしれん。


221 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 12:22:48
 足利義廉ー智恵
         ll
        進悟
         llー義弘ー義徳
        典子

シンゴが足利の血を引いてるというソースは無いのか?


222 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 16:07:15
離縁したのに「足利」姓を名乗るとはな

223 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 20:40:35
>>221
ホントかよ。本当だったとしても、普通それなら娘が後添えもらうだろう。
四谷怪談じゃないんだから。

224 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 21:53:24
うちも本家がそこそこの名家だったらしいけど、当主が戦死した後
嫁さんが婿取りして家のっとっちゃったんだよな
分家筋のうちの爺ちゃんが生前怒ってたよ
民法じゃそれもありみたいなんだよな

225 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 21:56:16
まあ源姓畠山氏とかもそんな感じだったかな

226 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 21:58:08
亡くなったからなのかな?

227 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 02:54:28
>>224
現行の民法でも墓だけは「本家に引き渡せ」と言えるらしいけどね。
でも、2ch以外では「進悟氏が婿養子」という話は、まだ見つからない。
喜連川のほうはいくらでもソースがあるんだけど。


228 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 03:58:52
>>227
阿波公方のことを紹介したサイトに詳細な家系図が載っている。
ttp://rekimin.hp.infoseek.co.jp/gaiyou/kuboryakushi/awakubo_ryakushi.htm

229 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 10:42:45
>>196
鷹山は一代限りのリリーフだろうが。
養弟というか、養親の実子を養子にしたんだが。

230 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 20:33:23
>>225
足利系畠山家は元祖畠山家の血を全く引いてないよね
北条軍の攻撃で元祖畠山家は完全に死滅、
その名跡を足利義純に継がせただけだから

元祖畠山家の血はこの世に一滴たりとも残っておるまい・・・
政敵の血は一滴たりとも残さず赤子に至るまで完全に死滅させる、
それが北条家の恐ろしさ、凄まじさである・・・
北条政権がもっともっと長く続いていたら
死滅した氏族がどれほどの数に上っていたことか
足利・新田一門は間違いなく地球上から消滅していただろう

231 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 01:24:05
家紋なら足利だけど…

232 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 03:41:46
東北の秋田とか、岩手って畠山姓が結構多いですよね

233 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 08:39:55
進悟の話はどうなった?

234 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 10:00:21
>>228のサイトによると義廉氏の実子となっている。系図を見る限りだと、
跡を継いだ以外の子は「義」の字を使っていないな。

235 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 12:15:43
同志社大学MBAの足利さんに聞いてみたら。
この人学部は松山大学なんだな。

236 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 12:28:18
進悟さんは法要を足利家当主として等持院にて
執り行っている。
中央大学卒。

237 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 12:34:08
足利家は現在霞会には入会していないらしい。

238 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 01:00:51
>>237
霞会ってなんだ?ググったらいろいろ出てきたが。
それに、家系図を見る限りでは進悟氏は義廉氏の子のようだが。

239 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 08:14:49
>>230
浄法寺氏は平姓畠山を自称してたようだが。

240 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 11:11:50
>>238
旧華族の会だと思うが。

241 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 13:23:40
>>240
じゃあ平島公方家は入ってなくて当然だなあ。平島公方家は華族にしてもらえなかった
(理由は阿波を離れたためとされている)という経緯がある。

242 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 19:35:25
>>234
長男が早世して次男が跡を継いだ、という可能性もあるな。
長男以外は「義」の字を使わない、というだけの話かもしれない。

>>241
だから足利宗家は喜連川、ということになってるんだろうな。
本家が平民で分家が華族、というのも何か変だし。



243 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 21:07:48
>>242だから〜進悟が養子なのは散々既出
>>221を見ろよ

因みに足利氏の子孫でつくる旧恩会みたいなのがあるのだが
足利氏の当主は進悟の息子という見解で一致している
もちろん喜連川も参加
足利の血を引かないどこぞの馬の骨とも知らん奴を当主としてワッショイワッショイとは、馬鹿だとは思わんのかな?

244 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 21:15:20
同様に偽子孫が当主となっている例が
自称平家嫡流の伴家
そもそも伴家に伝わる家系図に載っている初代が、清盛の孫という人物なのであるが
これが実在しない架空の人物
偽子孫だということがバレバレなのだが、伴家もまた平家子孫の会の会長を務めている

245 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 21:17:11
>>243
でも>>228のソースでは「進悟氏は義廉氏の実子」と書いてあるんだが。

>足利の血を引かないどこぞの馬の骨とも知らん奴
それ言ったら、喜連川なんか凄いことになってるぞ。8代恵氏は大洲藩の加藤氏からの養子。
11代宜氏は細川氏からの養子。12代縄氏は水戸徳川氏からの養子。16代公平は細川氏からの養子。
分家の宮原氏からの養子(5代氏春と13代聡氏)は別にして、足利とは無関係な当主も多い。


246 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 22:07:10
>>245
>>「進悟氏は義廉氏の実子」と書いてあるんだが

何処にもそんな言葉書いてねぇよw
家系図に一本線で繋げてあるだけ
進悟氏が義廉氏の婿養子なのは事実

247 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 22:17:38
>>245Wikipediaで平島公方を検索してみろよ
っていうか馬鹿がいると話がループするんで引き取ってくれ

248 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 22:29:33
>>247
編集履歴見ると「足利進悟氏は将軍家と血のつながりが無い」と今年の1月1日に直されてるんだが。
で「202 :日本@名無史さん :2006/12/31(日) 16:28:49」で「進悟氏は婿養子」という話が初めて出てきたわけだ。

本当に、これ信用できるソースなんですかね?

249 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 22:47:51
>>248
202と215見てみろよ。いかにも「ソースにするためバタバタ大急ぎで直しますた」ってのがミエミエ。


250 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 23:29:27
っていうかさ進悟氏が義廉氏の実子だというソースだせよ
HPの一本線なら実子だとかいう説明ない簡略な系図以外でさ

進悟氏は婿養子だというのは紛れもない事実なのに義廉氏の実子だとか騒いでるお前ら馬鹿みたいだぞ

251 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 23:31:31
>>249
ソースが2ちゃんかよw
キチガイの言うことは良く分からんな

252 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 23:41:14
>>250
>進悟氏は婿養子だというのは紛れもない事実なのに
むしろそっちのソースを出して頂けると大変助かるし、議論もあっという間に収束するんですが。

>>251
>ソースが2ちゃんかよw
その疑いがあるわけですよ。Wikipediaの「平島公方」について、2ちゃんをソースに改竄したんじゃないか、という疑いがね。
もっと悪く考えると「平島公方は足利尊氏と血の繋がりが無い」と2ちゃんに書いた本人が改竄した可能性すらある。
「進悟氏が婿養子」という話がここや別スレに出てきたのと、wikipediaに「進悟氏は婿養子」と書き込まれた時期が近すぎるから。

253 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 23:58:13
仮にシンゴが本物の子孫だとして、
わざわざ血のつながりが全くないと捏造する必要が何処にあんのかね…

254 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 00:03:39
>>253
さあ。
というより、足利家が男系でつながっていてもいなくても、別に誰の損得にもならないわけで。
みんな、純粋な知的好奇心で「平島公方家は血縁でない婿が当主になったの?」と書き込んでるんでしょう。

わざわざ嘘を書き込む人も、世の中にはいるでしょうね。何が嘘なのかは現時点では全く不明ですが。

255 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 00:05:57
進悟が養子でないとか言ってんの同一人物だろw
紛れもなく実子だというソース出せっての

256 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 00:13:31
残念ながら>>221の家系図は本当
とはいえ、歴史上の人物という訳ではないからネット上では、個人情報に乏しい
それでも信じられないお馬鹿さんは直接義弘氏に電話ででも聞いてくれ
確認もせず妄言を吐き続けるなら引き取ってくれな

257 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 00:28:32
>>255
「養子でない」と言っている人は、最近では見ないような気が・・・
ただ「婿だというソースが無いので、あれば見てみたい」というだけ。
因みに、私のほうでも家系図とソースを。
http://www.ashikagauji.net/member/tokushima01.html
http://rekimin.hp.infoseek.co.jp/Prospect/html/Kubou&Takauji.htm

>>256
>残念ながら>>221の家系図は本当
>とはいえ、歴史上の人物という訳ではないからネット上では、個人情報に乏しい
なるほど。ならば「どこでそれを知ったか」だけでも教えて頂けませんか。
因みに、私は別スレにこういう投稿をしています。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1111024859/922
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1111024859/924

258 :257:2007/01/07(日) 00:30:14
念のため。
足利進悟氏は故人ですから、個人情報の定義には当てはまらないんだけどね。
現在も健在な足利公平氏とは違います。

259 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 00:52:25
ただ、もしその婿養子(悪く言うと御家乗っ取り)が事実だとしたら、系図を
見る限り義廉氏には姉妹がいるし、その先代にも幾人か兄弟がいて、当然その
子孫もいるだろうから結構騒ぎになってるはずだろう。おそらく次男以降なんだろうな。

そのソースが示されれば一発なんだが・・・・

260 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 01:03:21
ループしていて話が先に進まない…
どなたか義弘氏本人もしくは足利ゆかりの会あたりに養子の件を尋ねてみてはくれないか?
楽しみにしてるぜ(o^-’)b

261 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 01:15:40
>>260

256さんが「足利進悟氏は婿養子」という事実をどこで知ったのか、
それだけでも教えてくれると良いんだが。
そもそも202さんの言い分が説得力ゼロ。
>足利進悟って明らかに足利氏風の名前じゃないな
>それとも男系で血がつながってるというソースあんの?

名前の雰囲気が違う、ってのはせいぜい「状況証拠」にしかならない。
古河公方3代目は足利高基という(元は高氏)。弟は義明。次男は晴直(後の上杉憲寛)。
古河公方家〜喜連川家は「氏」という字を名前に入れるのが普通なのに、彼らは例外。

普通は、当主の座は実子が世襲するわけで「違う」と主張するのなら、そのソースがほしい。

262 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 01:33:14
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20070106i115.htm
やっぱりなかった銀閣の銀…漆塗り、初調査で解明

室町時代の東山文化を代表する世界遺産・銀閣寺(慈照寺、京都市左京区)の外壁には、
創建当時から銀箔(ぎんぱく)が施されていなかったことが、寺が専門機関に依頼して行った初めての調査でわかった。

金箔で飾られた金閣寺(鹿苑寺、同市北区)との対比から
銀箔張りだったという説は退けられ、定説通り、漆塗りだったことが確定した。

銀閣寺は室町幕府の8代将軍、足利義政が造営した、こけらぶき二層の楼閣。
銀箔を張る計画が見送られたのは幕府の財政難が理由ともいわれ、
金閣に対し、銀閣と呼ばれるようになったのは江戸時代とされる。

銀閣寺は来年度にも屋根のふき替えや一部の柱の取り換えなどの修復をするため、事前調査を実施。
創建当時のままとみられる2階の外壁の一部について、
奈良文化財研究所に分析を依頼したところ、銀の成分は検出されなかったという。

銀閣寺の坂根孝慈執事長は「銀閣はわび、さびが持ち味で、銀箔がなくても価値は変わらない」と話している。

(2007年1月7日0時22分 読売新聞)

263 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 01:43:27
>>261

>>202は言い分でも何でもなくて、単なる感想でしょ…
そう熱くなりなさんな

264 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 01:46:01
というか>>261が尋ねてくれること期待
そうすればすっきりするんじゃない?

265 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 01:51:00
>>264
ここに行ってくればわかるか?
http://www.town.nakagawa.tokushima.jp/nakagawa/kankou/rekimin/rekimin.htm

266 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 02:06:24
義弘氏が自分で将軍家の末裔だって授業で答えたんだろ。

267 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 02:09:22
足利峻さんでさえこれだ。
長子以外はいみなをつけていない可能性はある。

それから他人の戸籍とかって拾えたっけ?


268 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 02:14:50
http://homepage1.nifty.com/t-kubo/Shoko/sub5-4.htm
この人があつ氏氏の弟で近畿コカコーラボトリングの会長を
やっていたとかいないとか。学習院OBらしい。
シンゴ氏が先代の母方の縁者という可能性も排しきれない。

以前子爵家の末裔が2chに現れて述べた内容によると、
喜連川足利家の系統では
霞会には登録されていないとか。

しかし同志社ってあつ氏氏の母校でもあるし、平島家の子孫が在籍して
いたりとええ仕事してまっせ。

269 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 02:17:15
それよりも斯波氏の子孫が斯波義○氏ってのはガチなのか?

小栗上野ノ介の子孫が漫画家やってるくらいだからなんでもありだな。

270 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 02:28:24
>>267
故人の除籍簿謄本なら、理由による(土地登記で相続関係を調べる場合など)。
あとは正当な学術調査でもOKだったかと。

271 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 02:31:46
>>268
そうみたいだね。
http://oukai.etc.gakushuin.ac.jp/chiiki/hiroshima/index.htm

あと足利惇氏教授(「惇氏氏」ではなんか変なので、こう書きます)の「惇」という字は、
「あつし」で変換できますよ。

272 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 02:36:59
Wikiといえば、[[足利氏]]のノートに
「喜連川系も書け」って内容の書き込みがあったなぁ

273 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 08:28:22
そういえば藤原足利の子孫はいるのかな

274 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 08:29:41
柴田氏が本当に斯波氏の子孫なら勝家は足利の子孫だけど・・・

275 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 10:26:32
>>273
傍系ならゴロゴロいるんじゃない?

276 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 12:03:31
等持院に聞きに逝くのが一番はやいお。
頼底師が惇氏氏を正当と認めるような発言を
日経にてしている。
奥様は竹田宮家出身だし、平民の平島家では
ありえないな。
細川護ひろ氏も若きころに惇氏教授と知己を得て人生の師と仰いでいる
とその著書にある。いっしょに鎌倉の寺を散策したりしたようだ。
細川家から養子が入ったのもさもありなんだ。
東海大学学長就任も、家名によるところが大きいんじゃないかな。
惇氏先生は小学校は学習院で中学から同志社なんだけど、
大学も同志社なのかな。
京大は飛鳥井、足利と名家コレクターですな。

とりあえず、今回のお家簒奪も平民にふさわしい最後ではある。

277 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 12:06:47
ちなみに旧清華家のひとつが奈良に住んでいるのだが、
部落なんだが。例の市役所の欠勤をしていた男性の住所www。

うちの近くには徳大寺家の分家がいたりする。電話帳みると数件あり、
ご家族で住まわれているようだ。

278 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 12:16:59
むかし2chでこういう書き込みがあった。

近所に住んでいた私は、足利先生によくかわいがってもらった。
近所のおばさんが「あの人は足利将軍家の末裔なのよと」教えてくれた。

それと足利先生の子供時代のエピソードで伝統にまつわる話が本に
記載されていた。

子供の頃から父より、足利家の家系図を毎朝書写するようにいいつけられ
ていた。初等科の歴史の授業のある日、先生が「足利は逆賊です」と
言ったとたん、クラス中が私を振り返った。私はうつむいたまま
顔を上げることができなかった。その翌日以降もただひたすら家系図の
書写を続けた。

279 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 12:20:30
斯波義信氏はガチで子孫だろか?

280 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 12:30:06
>>234
ネタ尽き防止のためか?

281 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 13:10:53
>>279
そう見て間違いないのでは。
斯波家の通字「義」も使ってるし。

282 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 13:47:21
>>277
清華がBってことか?

283 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 15:22:01
宮原氏は足利晴直の子孫

284 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 15:43:18
>>281
そういうとこがかえって胡散臭いんだけど

285 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 16:15:56
>>261
高基も義明も晴直も立派な武将の名前だけどシンゴってwwwww

普通、由緒ある家の出なら名前は訓読なんじゃないのかな?
進悟氏は武家の出ですらないと俺は思うが真相はどうなのだろうか…

286 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 16:25:23
たまたまかしらないけどB地に居を構えているということ。
先代宮司なのにね。

287 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 16:26:13
足利先生が尊氏そっくりで親しみをこめて「将軍」と呼ばれていた
なんて。

288 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 16:39:49
足利晴直=上杉憲寛


289 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 16:43:46
斯波氏の子孫は前田家の家老として残ったらしい。

足利将軍家の子孫としては薩摩藩士永山家というのがある
ようだが。

290 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 19:21:02
>>285
明治以降はそうとも限らない。
明治初期に生まれた人なんか、幼名や通称をそのまま戸籍名にしてる人もいるし、
毛利元徳の息子なんて後継ぎ以外は単純に○郎ばっかり。
近代以降は通字を使うのをやめたり、一般人と同じ普通の名前をつける例が増えた。

291 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 21:33:51
でもシ○ゴはパチもんだろ

292 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 22:32:01
狭山の北条氏も明治以後は謙吉とか雋八とかそんな名前ばかりだしな。明治以後だと嫡子以外はそんな感じ。

そもそも進悟氏が婿養子って話の出展は何だ?

293 :日本@名無史さん:2007/01/07(日) 23:03:05
だからさ〜シンゴが実子だと証明したいなら直接問い合わせろや

294 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 00:08:47
義廉氏に男子はいなかったと、ゆかりの会の人が昔言ってたけど
詳しくは覚えていない

295 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 00:56:20
>>290
足利惇氏の先代(喜連川氏14代当主)は、足利於菟丸(おとまる)という。
この人、12代縄氏の嫡子。明治2年生まれ(まだ喜連川藩があった時代)だし、
幼名をそのまま戸籍名にしたんだろうね。

因みに於菟丸さんのことは知らないけど、こういう人って戸籍名とは別に、
普通の名前のほうを「通称」として持ってることも多い。

296 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 01:17:13
>>293
あのね、ちょっと言っとくけど。
普通は当主の座というのは、実の息子が世襲するの。婿とか養子が継ぐのは異例の形。
「平島公方家では異例の形で当主の座が継がれた」と言ってるほうに挙証責任があるというのが常識。

前にも出てたけど「婿養子が後を継いで、しかも次の当主は公方家の血を引いてない」
というのが本当なら、これって物凄くイレギュラーな形。ソース無しに「信じろ」と言われても無理なわけよ。

「ソースは個人情報になるから、明かせない」というのなら(進悟氏は既に亡くなっているから、
本当は個人情報じゃないんだけど)、せめて「どこでソースを入手したのか(出所)」くらいは言えるでしょ。

喜連川足利家のほうでは「古河歴史博物館の学芸員から教えてもらった」という出所が出てきたから、
みんなが「なるほどね」と信じたわけ。

297 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 12:01:20
養子が当主につくのは物凄くイレギュラー
って言ってるけどさ
実の息子がいなけりゃ養子が入んの当然だろ
真田家もそう武田家もそう
どちらも血はつながってない養子が家継いでるぞ
あと武田龍芳の子孫のHPを見るといいが、家系図には養子だらけなのに、
平島公方のと同じで実子で繋がっているかのような書き方してる

298 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 12:15:13
そそ。旧家はどこでも養子が跡継いでるよ
大奥があってやり放題の将軍家ですら、直系が絶えて傍系から養子取るほど
生存率低い時代を何百年も続かせるって大変なんだよ

299 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 12:34:53
>>297
ただ、女系や傍系、昔に養子に出した家など血統も考慮して養子を迎える家と
家格だけで養子を迎える家があるわな。
伊達家なんかは仙台も宇和島も政宗の血にこだわってたわけで、家斎の子より
旗本の息子優先してみたり、水戸の子より遠くにわかれた宇和島の子を迎えたりで

300 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 12:46:15
まったく関係ない家から迎えたように見えて
何代か遡ればどこかで血が繋がってるんだよ
上流階級ってのはそんなもので狭い世界で結婚したり養子にしたり出したりしてるの


301 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 12:51:02
真田家の血が絶えてしまったのは残念だったな
現当主は一滴も昌幸の血を受け継いでいないのだから

302 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 13:53:58
>>300
大名家なんかはそうなんだが、将軍家の女系は百姓や商人、下級武士だからなぁ。

303 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 14:48:52
>>296お前が問い合わせればいいだろ
シンゴが養子だというのは2ちゃんではずっと前から既出の話

304 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 15:55:50
>>302
男系がくさるほどあるから、女系などどうでもよかった。
御三家やその分家の連枝の松平氏まで入れたら、直接・間接に将軍継承資格のある
家康の男系子孫は相当数にのぼる。

305 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 16:14:11
>>304
それとは逆。大名家が家斎の子を養子にもらっても女系の祖父、曽祖父は
公家や大名家の出ではないので外様の藩主などと血がつながってる可能性はない。
譜代の場合でも、越前家系への養子以外は三河時代にあったかもぐらいじゃない?

306 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 17:06:55
いや、だから家康の男系での直系卑属であり将軍継承資格のある御三家や
その分家である連枝(とくに水戸系)が多かったと言ってるんだが。

307 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 17:56:40
>>299
上杉鷹山も、たしか祖母あたりが上杉氏の出身だからという理由で米沢へ
養子入りしたはず。

江戸時代初期までは正室が跡を継ぐ子を産んでいるが、中期以降はめっきり減るな。
当時の女性達のうち大名の子女が生活環境などの関係で一番虚弱だったみたいだし。

>>303
いや、言い出したのはお前だし、2chのみがソースではほとんどヨタ話同然なわけだが。


308 :日本@名無史さん:2007/01/08(月) 18:00:37
私も>>296の報告を待ちます

309 :バロン曽志崎:2007/01/08(月) 21:15:18
確か今川氏の研究本で、維新後に制定された戸籍法か何かで、基本的に
武家風(諱)的な実名を名乗る事が禁止された為、今川家最後の当主・
範叙は晩年「得多郎」と改名していたという記述を読んだことがある。

310 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 01:58:45
真田は次男の子孫が片倉家庇護の下、存続しています。
ホムペもあるよ。身分を隠していたそうですが。
嘘くせえ。家康本陣近くの部隊の旗まであるんだが。
検索すれば一発。地元もこの人を認めているようだ。

311 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 09:59:45
話の流れを見ると御家乗っ取り養子を主張している側の方が苦しいなw

ところで、足利義辰(義輝の息子or弟)の子孫が西山家として
熊本藩に仕えたって聞いたんだけど、これって本当?



312 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 12:00:01
↑なんでそういう解釈になるんだよ…
馬鹿の言う事は良く分からんな

313 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 14:47:42
>>313
いいからお前はソースをだせこの猿が

>>311
どうなんだろうな。前に足利義昭の子・義在の子孫の方のページなら見た事があるが。

314 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 19:32:01
>>309
でも、明治初期に戸籍名を定めるとき、政府の高官はほとんどがイミナで届けてるけど。
隆盛、利通、清隆、従道、孝允、博文、有朋、顕義、重信、常民、喬任、安芳、武揚・・・

315 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 21:59:04
俺が足利ゆかりの会に問い合わせてみた
平島公方の先代当主である進悟さんは残念ながら、婿養子という事だった


本当に残念でならなかった

316 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 22:51:48
>>315
ご苦労様です。ちなみに、後妻との間の子が義弘氏という件は・・・?
あと、進悟氏の出自は如何に

317 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 23:56:56
>>315
ちなみに、ここには「問合せ先」が沢山出てるけど、どこに聞いたわけ?
http://www.ashikagauji.net/
電話で照会したの? それとも電子メールで問い合わせたの? 手紙で?

318 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 00:06:41
>>297
>養子が当主につくのは物凄くイレギュラー
>って言ってるけどさ
>実の息子がいなけりゃ養子が入んの当然だろ

そうだよ。だから「進悟氏は実の息子じゃない」というソースが出てくれば、みんな納得するわけだよ。
ソースが2chだったり、書き直された直後のWikipediaだったりするから、不審に思われてるだけで。
世の中には結婚する人が多いし、結婚すれば子供ができる人が多い。そういう意味で「次の当主は実の息子」
という形が普通。「平島公方家は養子が跡を継いだ(≒息子はいなかった)」という話を持ち出して
「ソースは?」と尋ねられたら2chとWikipediaしかソースを出さず、挙句の果てに「実子だというソースを出せ」
では「本当かねえ・・・」と、今ひとつ信用されないのは当然のことじゃないかな。

319 :318:2007/01/10(水) 00:24:13
おっと。突っ込まれないように言っておこう。
「息子が生まれるとは限らないだろ」と言われれば、そのとおり。
でも「婿養子が家付き娘と離婚した後も『当主』を名乗り続けて、しかも後妻の子
(=父方でも母方でも足利の血を引かない者)に後を継がせた」という話になると、
これは非常に珍しい形といえる。まして先妻は死んだのではなく「離婚した」んだから。

離婚された娘のほうは再婚もせず、養子も取らず、無関係な男性が「将軍家当主」を名乗るのを、
何一つ抗議もせずに座視していたのか。この娘が(婿)養子を取れば、そちらが正当な当主だというのに。
仮に座視していなければ、間違い無くお家騒動だ。果たして、そんな話があったのかな?

320 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 00:58:20
>>317
そのページの一番下に「事務局/足利市役所商業観光課」と書いてある。
ここに問い合わせをしてみよう。それでハッキリする。

321 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 01:35:31
>>319
まさにそれだよね。それに足利家くらいの名家になると、当人の意思に加え
周辺が騒ぎ立てるような気がする・・・・。戦前の話とはいえ、惇氏さんの系統も
存在していたわけだし、全く無関心だったということはないだろう。

322 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 02:33:04
>>247
>>245Wikipediaで平島公方を検索してみろよ

当のWikipediaで削除されてるぞ。↓の部分が。
>ただし、進悟氏は婿養子であり、義弘氏は後妻との間に生まれたので、
>現当主と足利氏には血縁は無い。

これだけのことを書くのなら、>>319さんの疑問に答えるだけの証拠が無いと。


323 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 08:32:23
逆賊の子孫が生きているのって許されることなのかな。

324 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 08:43:33
>>318なんかお前みっともないぞ

325 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 09:28:49
下らないレスをするしか能のない>>323が生きているのって許されることなのかな。

>>324
いや、お前こそ痛いぞ。ろくに確証もない話をかったに広げときながら、ソース?
そんなもの自分で探せ!なんて通る訳が無い

326 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 09:50:45
>>318粘着うぜぇな…
お前が問い合わせて真相を確かめりゃ良かっただろ

327 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 10:07:45
>>325
進悟が養子なのは2ちゃんねるでは以前から出てた話
進悟が実子だったという珍説は正月になって突然お前が騒ぎだしたもの
よってお前さんが問い合わせるのが筋でした以上

328 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 10:38:08
で結局シンゴはどこの家の出なの?

329 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 10:51:20
>>327
2ちゃんねるに書いてあることは全て真実だと看做してよいのか?
そんな馬鹿な。
例えば噂板で繰り返し芸能人のゴシップが出てきたら、それは真実?

330 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 11:07:56
きちっと検証されている情報もあったし、無根のヨタ話もある。
嘘を嘘と見抜けな(ry

331 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 11:40:06
>>330
だから「進悟氏は養子」説の「根」を問うているんだろう。
それがなければ、2ちゃんねる発の「進悟氏は養子」説なんて、疑うべき
説でしかない。

332 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 13:30:33
いいからシンゴが実子だという珍説を盲信してる奴が真相を問い合わせろや
騒ぐだけで何も行動を起こせんのか

333 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 13:45:13
>>332
そんな著名人でもない一個人の私的な範疇に属する情報なんて、
問い合わせたところで教えてくれるとでも思っているのか。
お前には常識というものはないのか。

334 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 20:26:33
↑粘着馬鹿は氏ねよ
お前一人で珍説言ってた奴だろ

335 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 21:17:15
宮原御所に定着した流れの子孫だと祖父さんが言ってたが。

336 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 21:30:58
>>315>>317>>320
足利市役所の商工観光課に電話してみたら「知らない」って言ってたぞ。
>>315は↓のどこに訊いたんだ。教えてくれ。
ttp://www.ashikagauji.net/toiawase.html

337 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 22:02:14
「喜連川足利家は断絶していない。足利公平氏が細川から養子に入って16代当主になった」
という話はあっという間に認知されたのに、「足利進悟氏は平島公方家を乗っ取った」
という話はいつまで経っても疑われ続けてる。

何故だろう?

338 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 22:50:13
>>336まあ平島公方は足利市と関係ないからね…
ゆかりの会ってのがあるらしいけど

339 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 22:52:40
>>337君も捜査に参加するんだ!
というか問い合わせるんだ

340 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 22:56:27
>>337
話が極めて特殊な事例だからじゃないか?
単に婿養子って形じゃなくて、件の通りの状況で、しかも婿をとった側や
周囲のレスポンスが一切無しっていうのは首を傾げざるを得ない。

足利公平氏の場合、古河のハッキリした筋の情報の上、細川氏という足利氏
ゆかりの家からの養子だからじゃないか?

341 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 00:05:34
公平氏の場合、ハキハキと公言しているが、
進悟氏と義弘氏はダンマリしてるというか、公で自分の紹介したところなど聞いた事がない

342 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 00:07:12
もし問い合わせるなら阿波の平島の歴史資料館か菩提寺の西光寺あたりになるか。



343 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 06:21:05
菩提寺に聞いても教えてくれるわけないんだがw

344 :日本@名無史さん:2007/01/11(木) 09:33:48
むしろ大学に問い合わせてもいいな

345 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 02:04:44
筋としては菩提寺だろう。

346 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 02:08:34
昔織田信孝さんがこの板に降臨して「信成君ってどの系統?」と
ちゃねらーに聞いてたな。当主が知らない織田子孫ってなんなんだよと。
その後、なんかの本の帯に「彼を子孫として認定します」とあった。
自称子孫ほどあやしいものはない。

347 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 02:10:05
竹田さんにメールで聞いてみてはいかがか、惇氏氏の奥さんが竹田家
出身だったはず。それか相国寺の頼底氏に問い合わせるしかないな。

348 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 02:36:54
吉良義央公は、刃傷の前日に喜連川足利家の取扱について改善するよう
にお願いをしていたらしい。義理堅いではないか。

たまーに地方の豪農で足利家の子孫っているよね。

349 :日本@名無史さん:2007/01/13(土) 23:07:05
今日図書館へ行っていろいろ資料をあさって来たが、惇氏さんの情報しか
出てこないなあ・・・・。

350 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 02:16:27
>>348
喜連川足利家は、江戸時代初期には御三家とほぼ同格だったのに、段々江戸城内での家格を下げられていた
(幕末になって、もう一度家格を引き上げられている)。いわば本家筋だし、まして吉良家は儀礼を司る家。
そういう申し入れがあったのは初耳だが、説得力のある話。

>>336>>337>>340
結局「足利進悟氏は平島公方家を乗っ取った」という話は、疑わしいということで結論に達したようだな。
「足利氏ゆかりの会に問い合わせた」といっても、あれだけある問い合わせ先のどこに訊いたのか、
それすら話が出てこなかったわけだし。



351 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 20:49:26
↑勝手にアホな結論出す前にお前が問い合わせろよ

352 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 21:55:02
>>351
お前も煽りに近いような書き込みをしてる暇があったらこのスレの住人を
納得させてみろ。

353 :日本@名無史さん:2007/01/15(月) 23:04:11
>>352
同感。
>>351さんは、「足利公平氏は細川からの養子」という話をみんなに納得させた>>257さんの爪の垢でも飲むんだね。

354 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 00:20:18
でもこのままだとシンゴが実子かどうかも怪しいいままだけどな
はっきりと問い合わせて、シンゴが実子だと堂々と公表すりゃいいじゃん

355 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 00:31:05
例え、進悟氏が養子だとしても、長く続いてるんだからおそらく別家があるん
じゃないの・・・?

356 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 00:48:32
数多くの名家がありますけど、近代以降養子をとった所って多いんですよね
進悟氏が実子だという決め手になるソースは残念ながらまだ出て来ないのでグレーではあります
家系図がソースだというレスもありますが、例えば武田当主のHPでも系図を載せています
しかし系図を見た限りでは、一本線で繋がれているため、実子のみで続いているようですが、実は養子だらけなのです
今のところ、進悟氏が実子であるというソースも、養子であるというソースもはっきりとは示されていないので
それまではどちらかに決めつけるべきではないのではないでしょうか

357 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 01:09:42
>>356
あれはかなり省略した系図(江戸以降は跡を継いだ当主の名前しか無い)だから
なあ・・・。でも、阿波公方の系図は跡継ぎ以外の子や女子の名前までのっている
かなり詳細なものだったから多少は信用していいかも。
ただ、確証はないし、決定打に欠けるが

358 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 02:01:44
旧家ってのはどこも養子だらけで継いできてるんだよ
納得いかないのは新しい家の出身の人だろう
養子が取れなかった家はどこもほとんど絶えてるよ
そして養子は無関係な家から貰う場合がかなり多い

系図上で見ると一直線だけど、無関係な人が継いでる家だらけだよ
娘婿とかでもなくね。
進悟氏だけではなく、どこも長い歴史の中でそうやってお家を継いできている
すでに江戸時代辺りで血はとっくに途切れてるだろうね
家系と血脈は違うってことだ

359 :age:2007/01/16(火) 02:14:10
>>355
別家は確実にあるだろう。但し、だからと言って足利進悟氏が別家の血を引いているかは別問題。
喜連川足利家も、宮原家という別家があるにも拘らず、加藤家や水戸徳川家から養子を取っている。

とはいえ「進悟氏が婿養子で、しかも家付き娘と離婚して後妻の子に跡を継がせた」という話は、
やはり怪しさ全開なのだが。>>318-319参照。

現状では「真偽不明」としか言えない。ただ(これがどうしても理解できない人もいるようだが)、
普通は当主の座は実の息子が世襲するもの。「進悟氏は実の息子ではない」という証拠が未出だし、
まして「現当主の義弘氏が後妻の子」というソースが全く無い以上「実の息子じゃないのかなあ」
というのが現時点での結論。
「足利氏ゆかりの会に照会した」という話(>>315)も出てきたが、事務局の足利市役所は
「不知」と回答したようだし、ではどこに照会したのか(>>336参照)も出てこない以上、
「足利氏ゆかりの会に照会した」という主張自体の真偽が疑わしい。

360 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 02:17:11
(´-`).。oOだめだこりゃ

361 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 07:50:52
実子だという決め手になるソースが欲しいですね
2ちゃん内で今のところ有力だなどと言っても、真実かどうかとは別でしょ

362 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 12:13:09
>>360
きっと今後も実子だ実子じゃないって主婦の井戸端みたいに
うだうだ言ってるだけだよ
そんなに気になるなら興信所にでも頼めばいいのにな


363 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 12:46:24
婿入りしたのに、離婚して尚且つ、当主の座についたままというのはよくある事
例えば鎮西一の猛将と呼ばれた立花宗茂

364 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 14:13:59
>>363
吟と離縁してないと思うよ


365 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 18:31:55
名門名家の養子相続について誤解があるようなので一言。
国持ちクラスの大名の場合、かなりの家が藩祖の男系子孫を明治維新まで維持している。
大抵の養子は支藩や分家から迎えているが、戦国時代まで遡った同族の家から迎えたり、
他家に養子に出た男系男子を呼び戻している例もある。

徳川、前田、島津、伊達、細川、浅野、鍋島、藤堂、山内、佐竹、南部、有馬、宗など、
いずれも一族内での男系相続で継承している。

備前池田は江戸後期に島津とか徳川とか、他家からの養子が続いたが、明治維新のときに
相良家から池田家の男系子孫を迎えて本来の池田家の血筋に戻った。

完全に藩祖と無関係の血筋になったのは、黒田、蜂須賀、因州池田くらい。
女系で血筋をつないだのは上杉だが、綱憲以降は吉良家の男系がずっと続いている。

366 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 18:39:16
あと、小藩でも京極家などは地味に男系相続で明治を迎えている。
久留米の有馬家は赤松支流だったので、わざわざ赤松支流の幕臣石野家から養子を迎え、
なんとか赤松の男系の血を守っている。

このように外様大名は、大抵男系相続を貫徹しているので、女系の吉良系になった上杉とか、
アカの他人になった黒田、蜂須賀の方が突出して見える。

だから、喜連川家が早い段階で織豊取立の大洲加藤家から養子を取ったのは、ちょっと意外。

367 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 20:11:07
真田だって信之の男系子孫はすべて断絶してしまったからな
平島の男系子孫が同様に断絶してしまったとしてもなんら不思議でない

368 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 20:19:27
男系血族で続いてる家のほうが少ないだろう。みなどこかで途切れてたり
薄い薄い、ほぼ他人みたいな家からの養子だ


369 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 20:45:30
>>365
因州池田も藩祖(因州は一物挿し込まれたほうな。備前は挿したほう。)の弟の家系からの養子だよ。


370 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 20:51:23
言うほど途切れてない。よ〜く系図集を見てごらん。
上記の有名どころの大大名は支藩、分家からの養子で男系を維持してるから。

分家といっても本家と養子のやり取りをしてるから、そんなに疎遠じゃないし、
当時は本家分家の関係は現代の庶民のように他人という感覚ではない。

もし、直系父子相続にこだわって、分家や支流からの養子がダメというのなら、
歴史上の皇室もとっくにアウトだぞ。

371 :日本@名無史さん:2007/01/16(火) 20:57:12
>>369
確かに19世紀に分家の鳥取新田藩から養子が入ってるが、その次は水戸徳川家から
慶喜の兄の慶徳が入っており、以後はずっと徳川系に乗っ取られた。

372 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 02:18:06
>>371
だから、鳥取池田は、家康の娘の家系って意味での家で、信長の乳兄弟の家って意味の岡山とは趣旨の違う家だろ。


373 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 15:52:18
伊達は一生懸命、「政宗の血統」にこだわってたけどね。

でも今の仙台家子孫は全然違うはず。
宇和島はどうだったかな?
宇和島分家の吉田藩子孫とやらが、いまだに政宗の血統のはず。

374 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 18:51:44
仙台伊達家も藩祖政宗の男系でずっと続いている。

藩祖政宗→2代忠宗→伊達宗房→5代吉村→伊達村良→田村村資→11代斉義

→13代慶邦→14代宗基→邦宗→興宗→貞宗→現当主



375 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 20:00:56
>>373
仙台も宇和島も吉田も一関(田村)も宗城系の宇和島別家も満州の馬賊も政宗の男系子孫。
宇和島が将軍家からの養子を断り旗本山口家から宗城を養子に迎えたり、
仙台も将軍家からの養子を断り宇和島から宗城の息子を一時的に養子に迎えたのも
政宗の血にこだわったから。
宇和島は猫の血にはこだわらなかったようで途中からは愛姫の血だったりするが


376 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 20:18:20
満州の馬賊もw

377 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 21:12:00
陸奥宗光は伊達小次郎、政宗の子孫??

378 :日本@名無史さん:2007/01/17(水) 21:52:55
>>366
>だから、喜連川家が早い段階で織豊取立の大洲加藤家から養子を取ったのは、ちょっと意外。

喜連川の場合、養子の持参金にも期待していたみたい。何せ日本一の小藩だから。
「喜連川町誌」にこんな話が出ている。

10代熙氏には息子がいなかったので、「提灯に釣鐘」という反対を押し切って細川斉護の息子(紀氏)を、
養子に貰うことにした。紀氏の将来を案じた細川斉護が「持参金をつける」と言ってきてくれたので、
熙氏は1万両を(持参金ではなく)「無利子貸付」してもらうことにした。これを年利12%で運用して、
毎年600両を返済に、残り600両で喜連川領内の荒蕪地を開拓しようと計画した。
ところが細川も財政難でその1万両がなかなか貸し付けられず、そのうち何と紀氏が「足利は逆賊の家だ。
天下動乱の時代にこんな小さな家が継げるか(どう見ても、本音は後段だな)」と捨て台詞を残して出奔。
養子と年600両とをともに失った熙氏は落胆した・・・と。
結局、後に残ったのは紀氏が持ってきたツツジの木だけ。この木を気に入った熙氏が「これを切ったら断罪」
と言ったので、このツツジは今でも「だんざい」と呼ばれて喜連川に残っている・・・と。

因みに、この紀氏が後の長岡護美。明治になってから足利家に謝罪するため、14代於菟丸の縁談を世話し、
15代惇氏が京都大学教授になった時には京都市内の細川邸を住居として提供したらしい。

379 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 12:54:51
でシンゴの件はどうなったのさ

380 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 13:08:19
>>379
>>359に書いてある。「現時点では不明」

381 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 14:34:59
どうもこのスレには「『足利進悟氏が婿養子。義弘氏は後妻の子』というソースは無い」
という話と、「足利進悟氏は実子」という話の違いがわからない奴がいるようてすな。

382 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 17:04:44
でも大概の名家の当主ならぐぐれば実子だというソースがでてくるものだけどな
現時点では安易な決めつけはできない
まだ妄想の段階に過ぎない

383 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 17:09:58
もういいよ
わからないものをいつまでやってても埒が明かないし意味もない

384 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 17:29:44
シンゴ自体、検索しても全然ヒットしないからなw
ましてやプライベートな家族関係がのってなくても不思議じゃない
しかしながらシンゴが養子だという話は2ちゃんの中では、前からある
関係者からの情報だったらしいけど

385 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 18:18:52
それしかネタないのか
もういいって

386 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 19:07:47
っていうかいい加減どちらかのソースだせや
ごまかしてねーで

387 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 19:20:01
>>377
伊達騒動で有名な伊達兵部(政宗の末子)の子孫と言われることもあるが、
本当のところは駿河伊達氏の末裔とのこと。

388 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 19:57:31
進悟氏の事なんてぐぐっても生年月日すら分からない謎の人物なんだから
ソース載せろという方がいかれてる

389 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 20:03:01
とりあえず武田家嫡流の事扱ってるHP見てな
家系図みる限り養子無しで繋がってるみたいな表示だから
俺もそれに騙されてずっと現在の当主が信玄の子孫だと思ってたwwwwww

390 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 21:07:37
いまの武田家って柳沢の子孫だよな。

391 :日本@名無史さん:2007/01/18(木) 21:35:02
それ考えたら平島の家系図に載ってる人物はシンゴに限らず全員怪しいな

武田家嫡流は養子無しで現在まで至った仁科の家系にすべき

392 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 01:11:54
>>390
まあ柳沢氏は武田氏の庶流だし、信玄以来の祭祀をしてきたのは
この家だからな。それに全部実子になっている武田氏の系図は非常に簡略化した
もので、当主以外の子女が省略されているので、跡継ぎ以外の子息の名前も
載っている平島公方の系図とは一概には一緒に出来ないだろ

393 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 18:24:22
仁科最強

394 :日本@名無史さん:2007/01/19(金) 20:27:06
仁科の子孫っているの?

395 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 09:27:29
>>394
ウィキによると、2人男子がいて、家康に仕えたらしい。で養子を
迎える事無く存続し、維新後には子爵を貰った人もいるらしい

396 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 10:02:42
>>392
とは言え、平島の系図では養子の場合二重線にするなどの断りがないため
実子のみで繋がっているというのは想像(妄想)の域を出ない

397 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 15:58:34
wikiを信じるなよw
特に日本史は改竄だらけだっつのに

398 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 23:02:59
結局、足利一門の男系子孫であることが確実な名門名家というのは、
いまや肥後細川と吉良に乗っ取られた上杉くらいか。

399 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 23:04:23
あと、近衛本家があったな。
華族制度廃止後とはいえ、摂家筆頭の当主が足利一門の男系子孫というのも面白い。

400 :日本@名無史さん:2007/01/20(土) 23:18:07
なんだかんだで名家は細川だらけかハァ〜
肥後細川は源氏の庶流の分家のそのまた分家なのにな

401 :日本@名無史さん:2007/01/21(日) 00:34:23
流だの分家だの言っても、日本人の大部分を占める百姓の子孫よりは家柄が確かだから
嘆くことはない>肥後細川

402 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 00:10:52
>>399
摂家筆頭も将軍(喜連川)家も細川ですな。
実は細川家って、平成に入ってからが全盛なのね。宰相も出したし。

403 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 16:44:08
>>400
落胤説が本当なら源氏の庶流。落胤説がうそなら庶流の分家の分家。
どっちもうそで他の香具師の落胤ってことも落胤説の出るような母親ならありえるかも。

404 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 18:08:09
まあ徳川家よりはしっかりした家系だよな

405 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 20:05:24
家康は賎民の家系
秀吉の百姓のが遥かにまし

406 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 23:15:31
秀吉が百姓って・・・

家康も秀吉も土豪クラス。
家康のほうが数代前からでかかったけど。

407 :日本@名無史さん:2007/01/22(月) 23:31:34
秀吉は土豪ではないだろうに


408 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 00:48:03
>>403
細川幽斎の親父の実家・三淵氏(三淵晴員自体は細川氏出身だが、晴員の母が
三淵氏)も足利義満の落し胤っていう話が有ったな。まあ、信憑性はあまりないがw

409 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 12:12:57
でシンゴはどうなったんだ?ww

410 :日本@名無史さん:2007/01/24(水) 14:54:14
>>409
2ch以外にまともなソースがない以上現段階ではわからんって話。
それよりもお前の書き込みには悪意を感じる

411 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 01:05:10
>>407
織田のところの足軽大将クラスだっけ?
領地を持って農作もしてたらしいから、土豪でも悪くないんじゃない?
規模小さいけど。

412 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 01:08:13
ははは

413 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 01:16:14
>>411
頼むから学問板荒らさないでくれ


414 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 02:03:35
斯波

415 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 06:22:45
学校で学ばなかったんだろうかって呆れるほど
日本史の基礎教養すらないレスが最近目につくんだけど
ゲームや漫画脳か外人なんだろうか


416 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 08:55:22
>>413
じゃあお前が黙るところから

417 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 17:16:42
>>415
誰でも知ってることを知らなかったりね
ゆとりにしてもちょっと目に余る

418 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 19:54:20
ノブヤボとか引き合いに出すの多いもんな
学校はもっと日本史をちゃんとやるべきだと>>411を見て思った

419 :日本@名無史さん:2007/01/25(木) 22:07:13
ゲームやマンガが史実と思ってる人は史板より戦国時代板のほうが合ってるだろうね
あっちは比較的ネタ板な感じ

420 :日本@名無史さん:2007/02/03(土) 01:00:25
おまいらシンゴを忘れるなよwwwww

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