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勾玉について語ろう

1 :出土地不明:2005/10/13(木) 16:03:24 ID:CxjSPPvo
縄文中期紀元前3500年前にも各地で
出土する勾玉、弥生時代は出雲産が有名ですが
日本古来の宝石だったのでは?

2 :出土地不明:2005/10/13(木) 18:06:52 ID:nESL5T7B
>>1
>日本古来の宝石だったのでは?

日本以前からのね。

3 :出土地不明:2005/10/13(木) 18:56:20 ID:+oo9NJ2p
>>1
もっと勉強しろ!!

4 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2005/10/13(木) 20:46:13 ID:36MCq7ig
勾玉の材料であるヒスイは長い間国内では産地を確認出来なかった。
そんな事で、東南アジアなどとの交易で得たものとかんがえられていた。
ところが、1939年に新潟県の姫川の支流小滝川でヒスイの原石が発見され
出土されるヒスイが国内産であることが解った。

5 :出土地不明:2005/10/16(日) 16:41:57 ID:h/39HFJx
終了

6 :出土地不明:2005/10/24(月) 15:30:25 ID:ylGgNDx3
新潟の海って泣けるほどきれいだよ。
日本海ってもっと暗ーくさみしいものかと
思ってたけど、全然。
太平洋より穏やかに澄んでいて
海はヒスイ色だったよ。

7 :安曇連浜子 ◆M2clACoxQA :2005/10/24(月) 16:08:02 ID:G180tH7r
今でも姫川の河口でヒスイが拾えるって聞いたんですけど本当ですか?

8 :出土地不明:2005/10/24(月) 18:42:37 ID:rEl/SGWM
大昔に勾玉の小さな穴をどうやって開けたのかな?

9 :出土地不明:2005/10/24(月) 21:05:01 ID:kQvW6lmX
石錐を棒の先につけて、ごりごりやったんだろ。気が遠くなるような作業…。
勾玉を安定して置くためにはどうやったんだろ?また、研磨剤は何かつかったのだろうか?


10 :出土地不明:2005/10/24(月) 21:06:33 ID:kQvW6lmX
三種の神器で、勾玉は日本由来だよね。鏡と剣は中国か…。(朝鮮かも知れんが)
これは何を意味しているのだろうか?

11 :出土地不明:2005/10/24(月) 22:37:05 ID:I5PuqfyD
>>7
姫川河口から富山県の宮崎海岸付近までの範囲で拾えるよ。
大雨のあとをねらって拾いに出る人がいるという話。
かくいう漏れも親不知海岸でちっちゃな原石を拾ったことがある。

12 :安曇連浜子 ◆M2clACoxQA :2005/10/25(火) 14:51:30 ID:ODONssQ8
>>11
ありがとうございます!!

13 : :2005/10/27(木) 13:13:36 ID:kfAj6Zg/


14 :出土地不明:2005/10/29(土) 01:07:45 ID:V3yDWYAI
三種の神器の一つはたしか「八尺瓊勾玉」だったな。

15 :出土地不明:2005/10/30(日) 00:25:58 ID:NfAeJPtZ

>7

姫川の上流に行くと、そのうえで昼寝ができるぐらいでっかい
ヒスイの原石がある。とても持ち帰れないので、おれも昼寝し
てきた。台風なんかで大雨が降ると、こういう石のかけらみた
いのが河口の方まで流れていくんだろうな。目の色の変わって
いる人たちが結構下を向いて徘徊していたりするもの。

16 :出土地不明:2005/11/05(土) 14:38:12 ID:T6roxTW2
俺、卒論で玉について書くよ。詳しくないけどw

>>1
縄文前期くらいでも勾玉(曲玉)は出土してるよ。
ただ中期には少ない(無い?)ので縄文後晩期以降の勾玉との関係は解かっていないけど。

>>7
それ専門にするおばちゃんもいるとかいないとかw
ただ、そうやって拾える翡翠で「綺麗」とか「価値がある」のはほんの一部で
粗悪なものも多いよ。ダイヤとかと同じで綺麗な部分を選りすぐって磨いて玉にするわけだから。

>>9
石錐とかも言われてるみたいだけどあんだけ太いものであれだけ小さい穴をあけれるのかが疑問…
管状の工具が使われている痕跡があって、鳥の骨とかとも言われてるよ。

ヒスイは硬いし普通はそれより軟らかいものでは傷すらつけれないけど
媒介があればできる。
金剛砂という粉上のものを工具につければ孔はあけれるよ。
恐ろしいまでの手間がかかるけど…

17 :出土地不明:2005/11/05(土) 18:29:22 ID:tZspbxmu
勾玉の穴より管玉の穴の方が驚異的だ。

半製品が出土しているが、管玉の形にしてから穴を開けている。

18 :出土地不明:2005/11/07(月) 02:50:45 ID:4D6qGiIX
>>17
>半製品が出土しているが、管玉の形にしてから穴を開けている。

普通そうだろ、なぜ驚異的なのさ?
ちなみに水晶製の切子玉など見ると、両端から穴を開けて真ん中で繋いでいる。
あと、日本じゃないけど、プレ・インカ文明の遺跡からは
硬玉翡翠より硬度が高いエクアドル産の大粒のエメラルドに穴が開けられている。
もちろん現代のようなダイアモンド粉末の研磨剤などあるわけもない。


19 :出土地不明:2005/11/07(月) 08:47:35 ID:jaWYFU1S
どうやって開けてたの?

20 :出土地不明:2005/11/07(月) 09:11:52 ID:Fqyvz5HA
エメラルドの粉末を付けて開けたんじゃないの?

21 :出土地不明:2005/11/07(月) 21:15:49 ID:0P2/olql
>普通そうだろ、なぜ驚異的なのさ?

あんたね、直系5ミリに満たないのに3センチくらいの長さがある管玉だってあるんだよ。
そんなものの中心をよく貫けるもんだと思わないのは低知能の持ち主だよ。

先に穴を開け、その穴が中心になるように周囲を削る方が圧倒的に楽だ。
俺は滑石で勾玉管玉をたくさん作り、みすまるの首飾りをこしらえて悦に入っていたのだが
あの柔らかい滑石でも先に外形を作ってから穴を開けるのは大変だった。
直系1センチくらいならまだいい。直径5ミリの管玉に貫通する穴を開けるなんて現代の
道具を使ったって大変だよ。
しかも古墳時代の管玉の穴のなかには、テグスすら通らない細い穴を持つものもある。
実際俺はそれを所有している。



22 :出土地不明:2005/11/07(月) 21:17:34 ID:0P2/olql
もちろん、手作りでね。電動工作機は一切使用せずだ。

23 :出土地不明:2005/11/07(月) 21:24:11 ID:0P2/olql
>ちなみに水晶製の切子玉など見ると、両端から穴を開けて真ん中で繋いでいる。

水晶なら外から現在どの位置に工具が達しているかわかるし
第一、あの直系のでかい穴なら別に驚異的ではない。
根性で何とかなる。

24 :出土地不明:2005/11/08(火) 07:18:36 ID:yfo4BYT3
>>21
そのテグスは何号?太さはどのくらい?
専門の職人だったら可能なんじゃないの?
幻想をいだきすぎなのでは?

25 :出土地不明:2005/11/09(水) 16:52:45 ID:A9bBdWaw
>>24
ならその加工法をここで
説明してみてくれ

26 :出土地不明:2005/11/10(木) 09:36:30 ID:qBetLay9
>>25
只では教えかねます。

27 :出土地不明:2005/11/12(土) 03:44:58 ID:SWpfc6aF
勾玉は魔よけか。
天照大神がまとったと言うのもわかるな。

28 :出土地不明:2005/11/12(土) 11:20:30 ID:wD+oXq4u
八尺瓊勾玉

29 :出土地不明:2005/11/14(月) 14:36:00 ID:MxarXiAi

弥生時代になって古志の糸魚川→出雲→韓半島というルートで
勾玉の多くが流出しているってほんとうですか?

30 :出土地不明:2005/11/23(水) 18:03:11 ID:+4LvqKgY
韓半島で翡翠が出だすのって、三国時代になってからじゃなかったっけ?
翡翠は特別に流出しなかったのかな?

随分前の本に書かれていたことなので、その後、出土しているのか知らないんだけど。
詳しい人、教えて下さい。

31 :出土地不明:2005/11/23(水) 22:47:32 ID:/CeXlQhM
三種の神器。

鏡で相手の正体を見分け、剣で邪悪なものを退治する。
そして勾玉は体に密着させた魔除けだ。魂を奪われるのをくい止める。

32 :出土地不明:2005/11/24(木) 21:34:43 ID:mFJYHHU5
かっこいいぞ!勾玉!

33 :出土地不明:2005/12/04(日) 09:05:46 ID:4yALhwkQ
ボーダホンのマークって勾玉と関係あるの?

34 :出土地不明:2005/12/04(日) 10:57:37 ID:YNIwMz93
個人の勾玉コレクションとしてはすぐいと思う。

http://www.hp.phys.titech.ac.jp/kataoka/Magatama/Web-2.htm

35 :出土地不明:2005/12/04(日) 20:28:34 ID:29VBN7D+
大陸や半島の勾玉はどこからきたのでしょうか?
また、あっちの方の起源はどこにあるの

36 :出土地不明:2005/12/04(日) 20:29:40 ID:29VBN7D+
>>34
千葉の方のは微妙に縄文土器の模様入ってるね。

37 :出土地不明:2005/12/04(日) 20:30:42 ID:29VBN7D+
日本古来のもの、勾玉、土器、漆器、甕棺

38 :出土地不明:2005/12/05(月) 09:15:35 ID:MBsVib3b
勾玉は日本のみで作られ、輸出されたって本で
読んだ。

39 :出土地不明:2005/12/06(火) 01:46:36 ID:w/1sKkMp
http://www.wombat.zaq.ne.jp/zenchokyo/t6.jpg
新羅の金冠に付いている、勾玉がどこから来たものなのか非常に気になる。
日本人が、成分を鑑定させてくれ、とか言っても無理だろうなあ。
naverの韓国人は韓国で生まれて日本に伝わったと主張してるけど…。

検索したらこんなのもでてきたけど。↓
http://www.muda-photo.com/topics/
>新羅の勾玉の日本製説について学芸員のかたに聞いてみましたが、明確な答えは
>返ってきませんでした。これについて研究されている方が日本あるいは韓国にいるのか
>とも聞きましたが、たぶんいないだろうとのことでした。

勾玉は日本で生まれた物と言うことでいいの?
縄文時代のものと弥生時代のものとでは、意匠が変わっているような気もする。
縄文時代のものと弥生時代の物とでは断絶があるのでしょうか?
弥生時代になってから形が整っていって、いわゆる今私達が認識しているような、
勾玉になっていっているのは確か。
これは、大陸や半島から勾玉というもの自体が伝わったのでしょうか?それとも、
勾玉自体は縄文人から弥生人に受け継がれ、弥生的合理主義の下デザインが洗練されていって
無駄が無くなっていったんでしょうか?

↓は4000年以上前の勾玉だけど、古墳時代のものと同じ物と言えば同じ物だし、形と材質が
似ているだけ、と言えばそうともいえる。
http://www.mars.dti.ne.jp/~takiura/Jyoumon_Magatama1.jpg
↓は弥生時代のもの。卑弥呼より前の時代のものかな?一体どんな高貴な人が身に付けていたんだか。
http://www2.begin.or.jp/sakura/k03121.jpg
参考
http://bbs.enjoykorea.jp/jphoto/read.php?id=enjoyjapan_13&nid=40493&work

40 :出土地不明:2005/12/31(土) 02:43:03 ID:/y3PYfk5
勾玉は日本で生まれました。


41 :出土地不明:2006/01/01(日) 13:00:15 ID:CH/3fMgG

糸魚川、姫川(採石)→出雲(加工)→新羅 というルートで
大半はもちだされたものでしょう。日本列島が大陸や半島からの人た
ちによって開拓されはじめた当時に。

列島先住民の硬玉にたいする信仰に様式美が加えられて、勾玉
は日本列島で完成したのではないでしょうか。

42 :出土地不明:2006/01/04(水) 07:06:25 ID:qaeefv+r
>>21
>先に穴を開け、その穴が中心になるように周囲を削る方が圧倒的に楽だ。

むしろ、そっちの方が大変ですよ。
硬玉ヒスイやメノウなどには石目といって研磨され易い部分があります。
だから、最初に中心孔を穿つと、研磨中に中心孔から外れる可能性がある。
もちろん、現代の貴石細工職人もこの事を熟知していますから、
孔から最初に穿つなんて無茶なことは決してしません。
嘘だと思うなら、滑石などではなく実際に硬玉ヒスイやメノウなどで実験してみることをお勧めします。


>直径5ミリの管玉に貫通する穴を開けるなんて現代の道具を使ったって大変だよ。

それは貴方の持っている道具ではの話でしょう?
古代人は持っている貴方の道具とは違う物を持っていたのです。
縄文人は鳥の骨とヒスイの粉、古墳時代人は極細の鋼鉄棒とヒスイの粉。
そして驚異的に熟練した手業と膨大な作業時間。


43 :出土地不明:2006/01/04(水) 07:15:27 ID:qaeefv+r
>>34
見た限り、殆ど後世の模作(偽物)ですね。
骨董市とかでよく見るような、特に稚拙なタイプばかりです。

44 :出土地不明:2006/01/04(水) 15:22:34 ID:rLIQ63wJ
ナニカの番組で見たんだが、
竹を使って穴明け検証実験をしてたぞ、
研磨剤は砂、何の砂だったかは忘れた。
チャンと穴開いてたべ

45 :出土地不明:2006/01/04(水) 21:13:16 ID:FalU92Jf
>>43
勾玉は全て本歌だよ。
他はちょっと怪しいが・・・

46 :出土地不明:2006/01/11(水) 23:50:21 ID:W4rQfaAm
>42

低脳? 最初からアナ開けるぞ

http://www.geocities.jp/tamasakukouzin1/kougyokutezyun.html

47 :出土地不明:2006/01/11(水) 23:51:26 ID:W4rQfaAm
>縄文人は鳥の骨とヒスイの粉、古墳時代人は極細の鋼鉄棒とヒスイの粉。
>そして驚異的に熟練した手業と膨大な作業時間。


むちゃくっちゃたいへんやんけ。あほか

48 :出土地不明:2006/01/12(木) 00:03:27 ID:yuisJjhW
勾玉は中国ではどの程度ひろまってたのですか?

49 :出土地不明:2006/01/16(月) 05:10:57 ID:ZrNOji0f
>>46
この人の場合は勾玉の背中側を完全に整形してから開けてるじゃん。
最初からじゃないじゃん。
しかもこの人は本職のヒスイ職人じゃないから、我流でしょ。
何度も言うけど、実際に遺跡から出土する半製品には穴なんて開いてないの!!


>>47
現代のような工具が無かった時代でしょうが!
大変も糞もあるか!
ていうか、古代人は現代人よりも時間の価値観が違うでしょ!
ブルもダンプも無い時代に巨大古墳とかも何十年もかけて造ってるんだよ!


50 :出土地不明:2006/01/19(木) 00:56:07 ID:hoJFlPvk
私も意見を読んではっとしました。
現代の価値観、感性とは全く違いますもんね。
古事記、日本書紀以前の文化でも調べれば
現代の物差しでは計れない縄文時代の人のこころの一端でも
感じれるかもしれませんね。



51 :出土地不明:2006/01/19(木) 16:17:32 ID:e4gSHmCd
「勾玉」 水野 祐(著)
ttp://www.magatama-sato.com/web-mizuno-honn/web-mizuno-honn.htm
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4311201737/qid=1137654117/

レビュー
出雲・荒神谷遺跡出土の多量の銅剣の謎、勾玉の女神、矛の男神との婚姻、
宗像―出雲―越の勾玉文化圏等勾玉に秘められた古代の謎を解く。

勾玉の本質はなにか。あの奇妙な色と形は何を象徴するのか。
なぜ勾玉は三種の神器のひとつなのか。長年、出雲をフィールド
としてきた著者が、考古学、神話学、文献史学の最新の研究成果
を織りこみ、勾玉の謎の全貌を解明する。

52 :出土地不明:2006/01/19(木) 16:22:40 ID:0CZGwKxv
格好の良い勾玉
ttp://www.kenkobunka.jp/kenbun/kb14/miyata14.html
メノウの孔開けの方法はまだすっかりは分かってはいない。
しかし、ヒスイでは分かっていて、植物の茎を使用したと考えられている。
石粉(砥石で多量に出た)を開けたい部分に置いて、そこに中空の茎
(細い竹の一種)を当てて、回転させて孔を開けた。

その根拠として未完成品の不完全な孔の末端にヘソ様の突起が残っている。
ただ、孔の貫通の瞬間がもっとも難しかったらしく、貫通時に平面が破砕した
ものがある。それで、荒造りの段階で孔を開け、それができたものをさらに
完成工程に進めたのであろう。

53 :出土地不明:2006/01/19(木) 16:45:14 ID:0CZGwKxv
いずもめのう細工伝承館
ttp://www.magatama-sato.com/new-shop1201/web-dennsyoukan.htm
テレビ取材
ttp://www.magatama-sato.com/web-syuzai/web-syuzai.htm

54 :出土地不明:2006/01/22(日) 22:21:47 ID:VA4P6mpH
昔も翡翠のほかに水晶やメノウ等もあったと思うのですが
なぜ翡翠で勾玉を作ったのでしょうか
翡翠は硬くて粘り気がありますが
他の石の方がもっと早く作れると思います
翡翠でないといけない理由があったのでしょうか、、、、、




55 :出土地不明:2006/01/22(日) 22:41:16 ID:nCfrQuQu
ヒスイ以外の材料の方が多いです
特に鋳型で量産可能な鉛ガラス製が多いです

56 :出土地不明:2006/01/22(日) 22:43:47 ID:6SOR1Nl6
これモロ
古代ユダヤ起源でしょ

57 :出土地不明:2006/01/22(日) 23:41:02 ID:LLs+Isx3
翡翠以外の材料があったのですね
ご回答、ありがとうございます。




58 :出土地不明:2006/01/23(月) 00:17:04 ID:2M1S/HsW
ちなみに昭和初期まで日本ではヒスイ原石が産出しないとされ
縄文〜古墳時代のヒスイ遺物は全てビルマ産ヒスイであると信じられていた。
  

59 :出土地不明:2006/01/23(月) 09:09:41 ID:iCpa9MWA
ttp://www.pref.iwate.jp/~hp0910/korenaani/a/003.html
県内では玉作りの遺跡は発見されていませんので
中央との政治的な交流により玉類も入手したと考えられ、
身分の高い人物だけが身につけていたと思われます。
また、装身具として遺骸(いがい)につけられた状態で
発見されることが多いのですが、生きている時からのものなのか、
死後の装いとしてつけられたものなのかは良く分かっていません。
しかし死者に対する玉の呪性の存在があったことは考えられます。

勾玉
ttp://www.syogando.net/shop/magatama/magamini.htm
ttp://www.geocities.jp/minorbussanten/maga/maga_01.htm
ttp://www.magatama-sato.com/new-shop1201/web-dennsyoukan.htm

●翡翠(ジェダイト)コレクター集まれ●Part5
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/collect/1130022459/

60 :出土地不明:2006/01/23(月) 09:54:00 ID:KhTbwgbw
>>56
ソースは?
イスラエルの方の遺跡からも発見されてるの?

61 :出土地不明:2006/01/23(月) 11:45:01 ID:XiddTTcG
>>21
おっさん、馬鹿か? ガラス溶かして、金属の管に付け、少し吹くと
ガラスのシャボン玉の小さい奴が出来る。それを引き伸ばすと、中空の
管が出来るぞ。後は冷やして適当な長さに切ればよい。

じゃなかったら、溶かしたガラスを生木の小枝に巻きつけりゃ、小枝は
外側が燃えるから、ガラスの管が出来るだろう。なんで、穴尖けること
しか考えないんだ? 少しは発想の転換しろよ。

62 :出土地不明:2006/01/23(月) 12:12:20 ID:XiddTTcG
>>39
硬質ヒスイは東アジアでは日本にしか産しない。ビルマで発見されたのは
ずっと後になってから。従って日本製に間違いなし。
百済の阿華王は十一年に倭国に大きな珠を求めているが、これは、硬質
ヒスイだろう。

63 :出土地不明:2006/01/24(火) 00:09:35 ID:+laiRsGn
>>61
21氏の言ってる管玉はおそらく碧玉(出雲石)製だと思われ。
あれは確かにガラス管玉の孔より驚異的に細い。

64 :出土地不明:2006/01/28(土) 13:19:51 ID:ecpa0owy
>ていうか、古代人は現代人よりも時間の価値観が違うでしょ!
>ブルもダンプも無い時代に巨大古墳とかも何十年もかけて造ってるんだよ!


どこまで低脳なんだろこの人は 。゚(゚^▽^゚)゜。 ブヒャヒャヒャ

65 :出土地不明:2006/01/28(土) 13:23:17 ID:ecpa0owy
何十年もかけること自体驚異的なんだろうが。

中南米の水晶どくろ、あれも手作業で数世代100年以上(300年という人もいる)
かけてみがきあげて作った。

驚異的と言わずなんと言おう。

出雲石の管玉にテグスも通らない穴を開ける。驚異的だよ。

66 :出土地不明:2006/01/28(土) 13:24:39 ID:ecpa0owy
>61

阿保はどうみてもお前だな。レスをちゃんと読んでいない。

現国の偏差値は30以下であろう。w

67 :出土地不明:2006/01/28(土) 13:32:25 ID:ecpa0owy
翡翠以外の勾玉は、時代が下ってからの代用品だよ低脳共。
(起源については牙かも知れないから、翡翠自体代用かも知れないが)

翡翠については、何かしらの思い入れがあったのだろう。その深い緑色に。
一説によると、翡翠の緑色は山岳地帯の渓流に見られる水の色であり
翡翠はその水が石になったものであるらしい。透明な水晶が、水の
結晶と考えられているのと同様に。

で記紀のどちらだったか忘れたがこういう記述がある。
「青い玉の水の色のように永遠に、赤い玉の色のように血色良く元気で
勾玉の絶妙な曲線のようにうまく天下を治められますように」

68 :出土地不明:2006/01/28(土) 13:45:25 ID:ecpa0owy
縄文時代翡翠の大珠はあるが、その他の素材の大珠は見たことがない。
有るのかも知れないが非常に少ないだろう。

勾玉の形状からみると、大体初期〜最終期の区別が付く。
翡翠以外の素材のものは圧倒的に後期型の物が多い。
とくに赤瑪瑙はそうである。出雲石製も中期くらいから増える。
滑石も中期〜後期。

上質の翡翠は古墳時代初期におおかた掘り尽くしたのであろう。
このころの勾玉は大型で非常に品質がよい。しかし時代が下ると
翡翠勾玉であっても質が悪くなってくる。そうなると白い翡翠の勾玉
なども現れる。しかし、「翡翠」という素材も大事だが「緑色」という
色も重要だったのであろう。出雲石を代用品に求めるようになる。
翡翠も出雲石も水晶も超高級品である。
貧乏な一族が「勾玉」というものを素材にこだわらずほしがった結果
有りとあらゆる素材でまがたまを 作り始める。

硝子製勾玉は、やはり緑〜青で作られる。これも「緑」色に意味を
求めた結果であろう。高度な技術が必要だが翡翠より大量生産が効く。

69 :出土地不明:2006/01/29(日) 02:46:07 ID:mDrUvKrC
>何十年もかけること自体驚異的なんだろうが。

現代人から見れば驚異的でも、比較対象の無い古代人からすればごく普通。
ヒスイにドリルで孔を瞬時に開けてしまう現代人の方がむしろ驚異的。


70 :出土地不明:2006/01/29(日) 11:35:39 ID:jfZ8ucg1
道具をつかえば簡単。

そんな道具のない時代に高度な加工をするから驚異的なの。

見苦しいよおまい。゚(゚^▽^゚)゜。 ブヒャヒャヒャ



71 :出土地不明:2006/01/29(日) 11:37:22 ID:jfZ8ucg1
ピラミッドを見て

人手と時間をかければこんなの驚異的でも何でもない

と言うのか低脳。

72 :出土地不明:2006/02/02(木) 09:32:57 ID:fWs2EPjR
確かに人手と手間をかければピラミットも万里の長城も驚異的でも何でもないな。
1日で造ったら驚異的だけどな。
                                 

73 :出土地不明:2006/02/02(木) 14:57:11 ID:7cWOYmpG
>>70
>>71
現国が苦手ですか?
マンガばかり読んでないで新聞や文庫を読みなさい。 

74 :出土地不明:2006/02/02(木) 19:03:43 ID:Pp3x1hi7
驚異的な時間がかかっているけど

75 :出土地不明:2006/02/02(木) 19:04:40 ID:Pp3x1hi7
>73

素直に外国人向け日本語学校へ行きなさい。

もちろん生徒として。

76 :俺等05772:2006/02/04(土) 14:39:06 ID:bundEPXG
青玉の検討
日本の硬質ヒスイは、フォッサマグナの中でも姫川(糸魚川市)付近でしか採れない。
(フォッサマグナ:日本列島を東西に分ける地溝帯、富士川と糸魚川を結ぶ大断層。)
http://www.city.itoigawa.niigata.jp/fmm/outline-menu/02outline-fm/02fossamagna.html
硬質ヒスイ:新潟県姫川ヒスイ峡、富山県朝日町の宮崎海岸で産出。ミャンマー:カチン高原

ミャンマーのヒスイ産地と古代日本のヒスイ製品
http://www.mekong.ne.jp/linkage/hisui.htm ←日本で出土した玉製品の大多数は、硬玉(ヒスイ)。
ひすいと呼ばれる他の石
http://www.anygems.com/anotherstone.html

その他宝石や青色の石の産地
碧玉(青メノウ):松江の忌部川附近花仙山。福井県金津町清滝川上流谷間、福井市田ノ頭町山中。
水晶:山梨県金峰山、乙女高原。
トパーズ:滋賀県田上山、山梨県黒平、岐阜県蛭川村田原、岐阜県の苗木,恵那郡
アクアマリン:山梨県黒平、茨城県真壁町山ノ尾
ダンブリ石:宮崎県高千穂町土呂久
オパール:福島県西会津町宝坂、愛知県棚山
青鉛鉱:滋賀県甲賀郡石部町灰山
コランダム:奈良県香芝市穴虫

77 :俺等05772:2006/02/04(土) 14:47:58 ID:bundEPXG
古代のヒスイ加工工場跡

長者ケ原遺跡 (新潟県糸魚川市)
昭和29年、長者ケ原遺跡に本格的な学術調査が入った。その結果、完成品のペンダント2個を
含むヒスイの原石が250点も出土し、さらにその多くが加工途中の半製品或いは破損品である
事が判明し、長者ケ原はヒスイを中心とする一大加工場のムラであった事が判明した。
http://inoues.net/ruins/itoigawa.html

寺地遺跡第1号址 (新潟県青海町)
縄文中期中葉の玉作工房址で、円形の住居址からは、ヒスイや蛇紋岩などの原石やヒスイの玉や
石斧の未成品が発見され、ヒスイを加工するための工房施設があったと考えられている。ヒスイ
を加工するのに用いられた砂や砥石、敲石(たたきいし)などの工具類も出土している。
http://homepage3.nifty.com/himegappa/iseki/teraji/teraji.html

浜山玉作遺跡 (富山県朝日町)
昭和42年に国学院大学教授の大場盤雄博士を団長とした調査団が、浜山台地を発掘調査し、
ヒスイの工房跡を検出した。滑石とともに硬玉ヒスイを採取し、加工製作した遺跡である。
http://www.town.asahi.toyama.jp/site/nature/hisuikaigan.shtml

78 :出土地不明:2006/03/10(金) 01:14:05 ID:Ju2Q0eWI
日本とミャンマー、どちらの翡翠が好きですか。

79 :出土地不明:2006/03/11(土) 10:44:47 ID:igiX1eFt
勾玉のカタチは(一般的には巴紋のカタチだろうけど)何か意味はあるのかな?

80 :出土地不明:2006/03/11(土) 10:57:12 ID:BJwzZt5t
翡翠と聞いて飛んできますた

81 :出土地不明:2006/03/12(日) 09:04:16 ID:/dLuxdLx
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

   あ〜たまらんぜぇ〜〜〜、VAIO 独自 変態仕様  (1年と少々で鉄くず)

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


82 :出土地不明:2006/03/12(日) 16:29:31 ID:NdfQ7ouJ
http://page8.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h37198589

83 :出土地不明:2006/03/12(日) 23:44:28 ID:u/bGeuGM
勾玉の形の研究は良くされていて、縄文から発達が追えます。
今「勾玉」と認識されている形は弥生時代にできました。
石は弥生時代ではヒスイが上等で、メノウとか他の石もあります。
古墳時代には水晶も多いです。
また砂からガラスを作る技術は古墳時代末までなかったので
ガラス製勾玉も貴重。
ガラスを吹いたりして勾玉や管玉つくるなんて不可能で、
入手したガラスを砕いて鋳型をつかって勾玉作っています。
ガラス管玉はほとんどが外国製。
玉造工房跡から、弥生中期までは石製の孔あけ工具が、
後期以降は鉄製の工具がでています。竹は腐るので発見例はないけれど
可能性はあります。
朝鮮半島で、日本で言う勾玉がみられるのは、
原三国時代以降で多くは三国時代(新羅百済加羅)。ヒスイもね。
最初は日本からの交易品だったと思われ。
三国時代の勾玉の石の原産地の調査はされているものもあって
日本産もあるけど半島産もある。気に入って半島でも作り出したかと。
半島の青銅器時代に見られる玉は形がかなり異なり
かつ時代的にへだたって、三国時代のと直接的にはつながらないようです。


84 :出土地不明:2006/03/13(月) 00:44:34 ID:NvN6//rs
http://cgi.2chan.net/k/src/1142177648905.jpg

85 :出土地不明 :2006/03/13(月) 19:48:21 ID:gaXM4fx8
勾玉の穴は真円って聞いたことあるけれど、
どうやってあけたんだろう。

86 :とてた ◆0Ot7ihccMU :2006/03/14(火) 23:29:48 ID:KAXfboZg
>>76
あら田舎が上がっている…。

87 :出土地不明:2006/03/16(木) 19:26:36 ID:8OkywpVm
>また砂からガラスを作る技術は古墳時代末までなかったので
>ガラス製勾玉も貴重。
>ガラスを吹いたりして勾玉や管玉つくるなんて不可能で、

吉野ヶ里や丹後半島の弥生時代の遺跡から
た〜〜〜〜〜〜〜くさんガラス勾玉管玉髪飾り出てますけど。

88 :出土地不明:2006/03/16(木) 20:04:07 ID:jTnJycj/
【百済の歴史】

『百済の歴史』は、前期と後期に分かれる。前期の国を「第一次百済」、後期の国を「第二次百済」と
呼んで区別して考えるべきである。第一次百済は、西暦315年に、帯方郡の漢人・倭人が大和朝廷の
支援を受けて、日本領=任那の北部地域に建てた国である。前年の314年に、高句麗の侵攻によって
帯方郡を滅ぼされた、帯方郡出身の漢人・倭人たちによる「亡命政権」が第一次百済である。
これに対して、第二次百済は、西暦345年に第一次百済が高句麗に滅ぼされた後、倭人の近肖古王が
大和朝廷の支援の下で西暦346年に建国した国であり、完全な倭人国家である。
また、第一次百済が、大和朝廷の支援を受けているとはいえ、役人の中核が旧帯方郡出身の漢人・倭人たち
であったのに対し、第二次百済は、役人も武将も全て倭人であり、本国=大和から派遣された役人・武将も
多かった。
第二次百済は、大和国家の一部と呼んでも間違いではない。

第一次百済は、最初は乾馬国(コマ)と呼ばれたようだ。


89 :出土地不明:2006/03/16(木) 20:15:35 ID:jTnJycj/
【百済の歴史】

『百済の歴史』は、前期と後期に分かれる。前期の国を「第一次百済」、後期の国を「第二次百済」と
呼んで区別して考えるべきである。第一次百済は、西暦315年に、帯方郡の漢人・倭人が大和朝廷の
支援を受けて、日本領=任那の北部地域に建てた国である。前年の314年に、高句麗の侵攻によって
帯方郡を滅ぼされた、帯方郡出身の漢人・倭人たちによる「亡命政権」が第一次百済である。
これに対して、第二次百済は、西暦345年に第一次百済が高句麗に滅ぼされた後、倭人の近肖古王が
大和朝廷の支援の下で西暦346年に建国した国であり、完全な倭人国家である。
また、第一次百済が、大和朝廷の支援を受けているとはいえ、役人の中核が旧帯方郡出身の漢人・倭人たち
であったのに対し、第二次百済は、役人も武将も全て倭人であり、本国=大和から派遣された役人・武将も
多かった。
第二次百済は、大和国家の一部と呼んでも間違いではない。

第一次百済は、乾馬国(コマ)と呼ばれていた。
これは、帯方郡が、古代日本人から駒国(コマのクニ)と呼ばれていたためである。


90 :出土地不明:2006/03/19(日) 11:34:58 ID:gmX/CLFt
「最近、あちこちで(日本人に)文句を言うと、『出てけ』とか『帰れ』と言われる。
そうすると、『ハイわかりました。朝鮮人はみんな帰ります。天皇つれて帰ります』
と言ってやる。(笑)。だけど、アイツ働かないからな(笑)」
【「正論」2003年号1月号81ページ 憲法集会での辛淑玉の発言】
                               ↑
                       救いようのないバカ(嘲笑

★★ 朝鮮人は、古代日本に移住していない ★★

朝鮮人は、古代のカラ半島南部にあった、志良岐・任那・久多良は 朝鮮人の国だったと
信じ込み、
「半島の国々から、古代日本に多くの朝鮮人が移住し、半島や大陸の輝かしい先進文化を伝えた」
と、主張する。
だが、こういった説は妄想に基づく妄言である。 朝鮮人が古代日本に移住したという事実はない。
日本列島にもカラ半島南部にも、紀元前から、長江以南の越地方から多くの越人(倭人) が移住しており、
日本列島とカラ半島南部の倭人は、紀元前から日常的に交流していたのだ。
つまり、『同一の文化』を共有していた。だから、古代ヤマトとカラ半島南部で、文化水準のレベルに差があった、
などということはありえない。古代においては、日本列島もカラ半島南部も『倭人の世界』だったのであり、
同じ倭人どうしが交流していたのだ。朝鮮人は、古代日本とは何の関係もないのである。
朝鮮人は、韓人(カラビト=倭人)ではない。
朝鮮民族の先祖として、もっとも可能性が高いのは、穢(ワイ)族である。
このワイ族は、古代カラ半島北部にあった中国の自治領=帯方郡の東部地方・ワイ郷(現在のソウルの東方地域)に
住んでいた少数部族であるが、高句麗が楽浪郡=帯方郡を滅ぼした313〜314年頃に難民となって南下し、
日本領=シラキに移住したのである。後に、高句麗と手を組んで稲飯命の子孫である志良岐王族を虐殺し、
王権を簒奪して志良岐を乗っ取った金奈勿(キン・ナブツ)も、ワイ族であった。
朝鮮民族は、けして韓人(カラビト)ではない。 もちろん、倭人=日本人でもない。
辛淑玉は、日本人と朝鮮人を同族だと思いたいようだが、残念でした、何の関係もありません(笑


91 :出土地不明:2006/03/19(日) 15:08:10 ID:gmX/CLFt
百済のような小国が、なぜ300年以上に渡って、
高句麗帝国との戦争を続けることが可能だったのか?
この疑問に、朝鮮人工作員が答えることは絶対にないであろう。

★ 百済は日本領土 ★

百済軍の実態は、大和軍。
百済の国家財政は、ほぼ100%、大和のODAに依存していた。
そもそも、百済という国は、日本の四国と同じくらいの面積しかない小国。
そんな小国が、300年以上に渡って高句麗のような大帝国と戦争し、互角に戦うことなど、
普通は不可能であろう。
しかし、実際に百済は、315年に建国された第一次百済の時代から300年以上も高句麗と
戦争し、時には高句麗を追い詰めてもいる。
それが可能だったのは、百済の背後に、もう一つの帝国=大和がいたからである。
百済=高句麗戦争の実態は、日本=高句麗戦争だったのだ。


92 :出土地不明:2006/03/23(木) 01:03:33 ID:IWcNN+p6
 最近、島根県安来市でも玉作遺跡が見つかったらしいですね。
なにやらニードルみたいな鉄器で弥生時代は加工していたとか・・・・

93 :出土地不明:2006/03/31(金) 02:35:22 ID:9qVCK8rD
こちらと朝鮮古代史は関係ないと思いますが、記載事実は間違えはないのでしょう。
朝鮮の方々の大嫌いな「高句麗好太王碑」が鴨緑江中流の北岸、丸都城に414年建立
しました。記載された事実は400年前後ですから大半の人が書かれた事実を目撃したり
聞き伝えで詳細に知っていた時期です。ウソなど書けない時期と思われます。
朝鮮の方々の大嫌いな歴史資料は自分たちに都合の悪い真実です。
倭(日本)は沢山登場しますが他はあまり登場しません。
日本が朝鮮半島南部を支配したことや今のソウルの方まで船を連ねて上陸作戦を決行して
新羅駐留の高句麗軍を追っ払ったり大活躍です。敵の高句麗が書いているのですから
かなり割り引いた記載と思われます。私も日本は古代の朝鮮半島で大活躍していたと
この事実からも考えています。自分たちで戦えれば楽浪の中国難民たちは後々
居座られる可能性の有る他国の軍隊など自国に入れません。戦線を支えられないから
危険性はあっても他国の強力な軍隊を入れるのです。

勾玉の話に戻りますが、モデルは「火の玉」ではないでしょうか。
球電は気象屋さんも認めている。
大変に貴重な球電の写真です。
長野県黒姫付近で学生がかなり前に撮影したものと思われます。
こちらからヒスイの産地姫川流域はすぐ近くで、
こんなものを頻繁に目撃していたのでしょう。
http://www.unexplained-mysteries.com/gallery/albums/natural/normal_ball-lightning1.jpg
http://www.unexplained-mysteries.com/gallery/albums/natural/
こんなものを目撃したらビックリするでしょう!!
古代人だと拝んだりしたのでしょう。



94 :出土地不明:2006/04/02(日) 22:15:38 ID:g56IAAFl
問題外の外

95 :出土地不明:2006/04/03(月) 17:57:51 ID:J0COCbHG
◆◆ 和漢共栄時代から三民戦争時代へ。カラ半島の古代史 ◆◆

3世紀以前のカラ半島は、半島北部地方は、漢民族が楽浪郡を置いて支配し、半島南部地方は、
倭人(日本民族)が、志良岐と任那を建国して支配していた。この時代が、『和漢共栄時代』である。
しかし、313年から314年にかけて、満州地方のフヨ人(高句麗人)が、漢人が支配する楽浪郡を
攻撃して滅ぼしたため、これ以降、『三民戦争時代』に突入する。
三民戦争時代とは、カラ半島北部の高句麗を支配するフヨ人、任那・百済を支配する倭人、そして、旧帯方郡の
東部地方に住んでいたが、356年に倭人国家=志良岐(シラキ)を乗っ取り、新羅を建てたワイ人(穢人。朝鮮民族の先祖)
が、カラ半島の支配権をめぐって戦争を繰り返した時代である。
当初、ワイ人国家=新羅は高句麗に朝貢し、倭人勢力と戦争していたが、433年に高句麗に対して反乱を起こした。
そして、倭人国家=百済・任那と同盟を結び、今度は高句麗と戦争した。
だが、550年代になると、ふたたび倭人勢力とワイ人勢力の関係が悪化し、新羅と百済の間で戦争が再開された。
643年には、敵対関係にあった倭人とフヨ人が反新羅で同盟を結び、ワイ人国家=新羅を攻撃した。
倭人とフヨ人は協力してワイ人国家=新羅と戦ったが、660年、唐と手を組んだワイ人勢力=新羅によって、
百済は滅ぼされた。
668年には、フヨ人国家=高句麗も、ワイ人勢力=新羅と唐の連合軍の攻撃により都を落とされ滅びた。
最終的に、カラ半島はワイ人によって統一された。このワイ人が、後の朝鮮民族である。
倭人=日本人勢力は、663年の白村江戦争で敗北した後、カラ半島の領土を手放した。
しかし、白村江戦争以降も、ワイ人=朝鮮人勢力は、海賊活動を中心に何度も日本侵略を繰り返した。
これが、古代カラ半島の真実の歴史である。7世紀以前のカラ半島は、三つの民族が領土戦争を展開して
いた地域だったのである。




96 :出土地不明:2006/04/06(木) 11:42:06 ID:s3MkZHJt
兎に角結論としてチョンは昔から食い物が無く日本に何か食べ物が
落ちてないか探しに来た奴が多少は居た。
しかし、その殆どはバカだった..以上

97 :出土地不明:2006/04/08(土) 14:50:21 ID:MkLWWxC3
勾玉はいつの時代まで使われてたの? 今でも実用に使っている?

98 :出土地不明:2006/04/09(日) 08:58:49 ID:emOnM8NW
>>97
奈良時代〜平安初期
今はインチキ業者がヤフオク用に製作してまつw

99 :出土地不明:2006/04/09(日) 09:48:41 ID:KFpSMLn3
私の婆さま、毎朝神棚を拝む時、勾玉のついた紐を首にかけて祝詞あげてます。
「これ、先々先々の先祖様から与かっている物だから、あんたの代にも大切にしてよ」
よく見ると、ガラスか石で出来た10ミリくらいの勾玉が10個ほど付いてます。
見た感じは古い物ですが・・・・・こんな例、どなたかありますか?

100 :出土地不明:2006/04/09(日) 10:41:09 ID:pJq1m0Nt
先々先々の先祖様から与かっている物なのにガラスじゃ悲しいだろ

101 :出土地不明:2006/04/09(日) 11:09:15 ID:KFpSMLn3
100様。99です。材質は正確には解かりません。青い色と赤い色があります。
しかし、硬い材質で触れ合うと、カチカチと云う感じの音がします。
婆さまの話しでは、自分が嫁いできた時、大祖母さんも既に先代から与かったと聞いてます。
そうすると、どうみても江戸時代からの伝わった物は、確かだと思います。
もともと、神道の家系です。出土品ではないと思います。

102 :出土地不明:2006/04/09(日) 16:18:34 ID:NEWsHzhI
>>101
青と赤というのは古神道での言霊解釈「火水(かみ)」との関係性が考えられるね。
ガラスで出来ているように見えるということはガラス質の鉱物なのかもしれない。
もともと神道の家系というけれど、それは神社神道? それとも復古神道?

103 :出土地不明:2006/04/09(日) 16:46:59 ID:/Dqnf/25
モノホンの勾玉はメノウとガラスが多い

104 :出土地不明:2006/04/09(日) 17:03:54 ID:KFpSMLn3
101です。102様103様レス有難う御座います。
私の家系は、神社神道です。勾玉の材質は、身近なところで鑑定していただける処有りますでしょうか?

105 : :2006/04/10(月) 10:34:43 ID:OLyWHfvZ
ホリミネラロジーにお願いしたら?

106 :出土地不明:2006/04/10(月) 15:52:20 ID:Bic1LXSQ
ていうか、どんな石材でもあの形に作れば勾玉扱いだろ?

107 :出土地不明:2006/04/12(水) 08:51:07 ID:3VVMK9Uz
>>104
南青山のいけだ美術

108 : :2006/04/12(水) 10:07:54 ID:RAw/PHHn
jftujsiyyh

109 :出土地不明:2006/04/13(木) 20:01:55 ID:tRhPF6/K
>>96
100パーセントの間違い。
朝鮮人=ワイ人は、古代日本に一人も来ていない。
なぜなら、古代日本人とワイ人(古代朝鮮人)は敵対関係にあったから。

★★ 謎の民族カラビトの正体 ★★

古代のカラ半島南部に住み、日本語を話していた謎の民族=カラビト(韓人)とは何者なのか。
『渡来人』とも呼ばれた彼らの正体は、「倭人」である。
カラビトは、カラ地方(韓)に住んでいたことから、韓人=カラビトと呼ばれたわけだが、
彼らが話していた言語は日本語であり、大和言葉の方言である。古代カラ半島には三つの国が存在した。
シラキ、ミマナ、クタラの三国である。これらの国に住んでいたカラビトは、日本にも移住し、
古代日本の繁栄に貢献したが、彼らは倭人(日本人)なのである。
つまり、古代日本に、朝鮮人は移住していない。古代日本に朝鮮人は来なかったのだ。
戦後、朝鮮人は「古代日本には多くの朝鮮人が移住し、日本文化の発展に貢献した」という宣伝を
組織的に展開しているが、これはデタラメなのである。
古代日本に移住したのは、カラ半島に住んでいた倭人=カラビト(韓人)であり、彼らは日本民族
だったのである。
カラビトは、現在の朝鮮半島に住んでいる朝鮮人とは、民族が違うのだ。


110 :出土地不明:2006/04/14(金) 09:37:00 ID:0vStSYs1
>>109
見てきたようにおっしゃいますな。
高名な学者と拝察します。

111 :出土地不明:2006/04/14(金) 10:01:42 ID:6I9D5yVZ
チョソのはなしなんかするなYO

112 :出土地不明:2006/04/16(日) 13:04:16 ID:7NYrx4io
ウィキペディアの『百済史年表』の記事に、百済の言葉として
日本語が出てくる。

【後期‐泗?時代】
(中略・・・)

657年 百済、王の庶子41人を佐平の官に任命 ←佐平の官。塞の神(さへのカミ)と同じサヘ。

660年 唐・新羅連合軍、百済を滅ぼす
663年 倭国の百済救援軍、白村江で唐軍に大敗

「佐平」は塞(さへ)と同じ意味だろう。守護・防衛を意味する日本語の古語だろ。
◆サエギル=塞きる=防ぐ=防衛

■百済史年表
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E5%8F%B2%E5%B9%B4%E8%A1%A8

やはり、百済人は日本民族だったようだ。


113 :出土地不明:2006/04/19(水) 09:17:46 ID:IxGD05o0
勾玉の話ししろ在日野郎め

114 :出土地不明:2006/04/22(土) 11:53:30 ID:nUPUDtPy
やっぱ、牙でしょ、ルーツは。

115 :出土地不明:2006/04/23(日) 00:48:05 ID:Uv7zD/f/
でも何ですね、勾玉って現代人の我々が見ても魅力的なんだから、古代人にしてみたら
すごかったでしょうね、あと埴輪も魅力的ですね。やはり古代から日本はすごい

116 :出土地不明:2006/04/24(月) 00:56:17 ID:trqj+NFf
俺は日本人だから、埴輪や勾玉にシンパシーを感じる。
現代の日本人の感性に通じるものがあると感じる。

しかし、外人が見たら、日本的だと感じるだろうけど
スゴイと感じるかは疑問。

埴輪より遙かに古い始皇帝の兵馬俑を見よ。
これは「スゴイ」。日本人の俺はシンパシーをちっとも感じないけどね。

117 :1947:2006/04/24(月) 01:29:47 ID:1dD0IVe/
埋蔵金とは違うが現実的な話として結構砂金が採れ
る川がある。埼玉、群馬、長野の県境が重なる辺りだが、
埼玉県側からは車で入れるが石灰石採取の鉱区が設定さ
れていて現在も採掘されている、人も結構居る。私は群
馬県側から山道(登山道)を四時間半程度掛けて歩いて
いく、埼玉側に入ると登山道に道標と旧国土地理院設置
の識別標が立っている(一昨年夏には手書きの案内が有
った)なだらかな下り坂を一時間半程度下りると左下の
方に川が見える。坂の途中で左下の方に下る踏み分け道
が何カ所か有る。正面を見ると石灰の採掘場が見える辺
りの踏み分け道を川に向かって下る。川まで下りていく
と幅15メートル程度の川に出る。夏の水量は少ない、
1メートル程度で深さは2〜30センチ程度(この水は
飲める)対岸を見ると結構古い40センチ程度の楕円の
石があり「水源様」と彫ってある。ここから上流で砂金
が有る。一昨年は一日で20グラム位採れた。純度は良
く判らないが色合いから20金程度と期待している。誰
かこの砂金を精錬してくれる店を知っていますか?幾ら
掛かりますか?                         

118 : :2006/04/24(月) 03:26:47 ID:J4Jg8eSf
勾玉って、胎児だという説もあるが、本当はね、
大昔に宇宙人がやって来て宇宙船が壊れて修理する道具を探しにその場を離れる時に
宇宙船が持ち逃げされないようにキーをはずして持って行ったんだよね。そのキーが
勾玉の原型なんだってモロモロヒーポンさんがおっしゃってたもんね。

119 :ぽん:2006/04/24(月) 06:56:00 ID:xnNTNZpj
>>117
鉱物標本として売った方が高く売れるよ。

120 :出土地不明:2006/04/30(日) 01:45:45 ID:hTH9KtoL
銅鐸、鏡は一時的な流行だったが勾玉は縄文時代から
続くおそらくもっとも古い祭祀の道具でしょう。
これは他のアイテム以上によく研究する必要あります

121 :出土地不明:2006/04/30(日) 02:34:32 ID:uKtRc/MG
ttp://www.kichikyoku.com/
このサイトに出てくる牧野さんという人が撮る心霊写真は凄げー。
マジで心霊写真のオンパレード.。

122 :出土地不明:2006/04/30(日) 03:13:55 ID:TVAKQw1d
ガメラがギャオスにやられそうになった時に
勾玉も壊れちゃったんじゃないっけ?

よく覚えてないや。


123 :出土地不明:2006/05/26(金) 01:25:00 ID:aPdEe/EC
>>98
ですよね
オークションで糸魚川の勾玉や翡翠が売られてますが
ほとんどがミャンマー産の勾玉です。
あと糸魚川でも翡翠探し企画があったとき、お客さん用に
外国の翡翠を海に蒔いたということを噂で聞きました。(喜んでよいのか悪いのかよくわかりませんが)
それに、そこの翡翠のお店で売っている翡翠は海外の翡翠だそうです。
良心的なお店だったのでしょう、きちんと産地を教えてくれたそうです。


124 :出土地不明:2006/06/25(日) 07:25:41 ID:vh/dWs8L
ほしゅ

125 :出土地不明:2006/08/28(月) 23:22:19 ID:DhyXyc0J
保守

126 :出土地不明:2006/09/03(日) 02:34:36 ID:X2Czp44+
ttp://www.wakayama-city-museum.com/SYOZOHIN-KOKO-MAGATAMA.html
金の勾玉もある。新羅や加耶でも発掘されている。

127 :出土地不明:2006/10/07(土) 16:28:12 ID:Ha3i6pZy
>>99 で書かせて頂いた者です。
婆さまの例の勾玉ですが、その後の経過をご報告させていただきます。
展示会に似たものが出ておりましたので、N市博物館の学芸員の先生にお預して見て頂いておりました。
先日、「説明してあげる・・」とのお電話で、博物館の来客室へ通されました。
「赤色の勾玉はメノウ。青色はガラス。恐らく3世紀時代のもので、どこかの埋葬墓か古期古墳から出土品であろう・・
 ・・・風化も少ないので粘土質の中に朱で密閉された出土状況が推定される・・・
  ・・・宜しければ、類例調査のため保管依頼書を書いて博物館保管で預からせて欲しい。」
とのことでした。どうして私の家(神社家系)にこんな物が有ったのか?受け継がれてきたのか?不思議です。

128 :出土地不明:2006/10/07(土) 19:25:08 ID:nkrovWV0
ガラスってハリのことですね
古代にもありましたよ
写真upして欲しいですが

129 :出土地不明:2006/10/13(金) 01:03:25 ID:xMJVFYIk
勾玉は胎児らしいよね。朝鮮半島出土の勾玉には手のあるものもあるらしい

130 :出土地不明:2006/10/15(日) 03:07:01 ID:hBIVI53d
金細工の首飾りや帽子を付けた勾玉なんてのもあるな。
ttp://museum.city.fukuoka.jp/jf/2004/ougon/html/ougon.htm

131 :出土地不明:2006/10/21(土) 02:54:47 ID:9ve2Iqfi
>>129
動物の牙じゃないのか?

132 :出土地不明:2006/10/21(土) 03:23:56 ID:KWc4r+x9
縄文時代の大珠に原型があるの?

133 :出土地不明:2006/11/29(水) 17:06:31 ID:eCnHUF5K
勾玉起源捏造の韓国TV
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=73431

134 :出土地不明:2006/12/01(金) 20:15:42 ID:Lsyg/KTc
曲がったままの勾玉

135 :出土地不明:2006/12/05(火) 05:19:49 ID:C8SqzUzC
ふとんがふっとんだ

136 :出土地不明:2006/12/10(日) 21:11:30 ID:do3E2R3Y
大珠たことではない

137 :出土地不明:2006/12/14(木) 01:04:57 ID:flQAki/Q
今、勾玉ウリナラ起源が盛り上がってるみたいだね

138 :出土地不明:2007/01/25(木) 19:16:03 ID:VJ9Q+SaK
韓国の研究では、三国時代(新羅や百済)に見られるコの字型の珠(いわゆる勾玉、韓国では曲玉)
は国内で発達したという主張が主流。青銅器時代に発達して定型化した
天河石製の曲玉が、その後三国時代に見られる形態になった、というのがその起源論。
でも、定型化した天河石製曲玉は左右のバランスの取れた優美なもので、
頭部の発達した、いわゆる勾玉と形態違うんだよね。
それと、三国時代前に日本型勾玉が登場するまで、時間が空くことも指摘した論文多いのに
みんな「説明がつかないが、でも半島製」みたいな。
あとそれらと、日本の勾玉がどういう関係にあるかは実際研究上ではほぼふれていない。

日本では、日本の勾玉は縄文時代に祖形があり、弥生時代に定型化したという、
一連の発達が研究されており、当然定説。
三国時代の日本と同じ形態の勾玉に関しては、その形態は当然日本由来だと思っていて
いまさらいわない。
もしくは下手にいうと、感情的な反論されそうだから黙ってる、って状態なのかな?




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